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リプレイ

東洋のガラパゴス、父島 タグ:【父島】

●船は南へ

 久遠ヶ原島を出発して、十二時間が経過した。
 三度の食事を終え、時刻は午後七時。南下を続ける大型船の甲板で、神鷹 鹿時(ja0217)は潮風を浴びている。
「最近じゃあ船に乗る機会なんて少ないからな〜、旅行最高だぜ!」
「明日には父島に着いてるんやねえ。楽しみや!」
 瀬尾伊織(jb1244)がはしゃぐ。エンジン音と波音にまぎれ、大声を出さないと会話もままならない。
 風はまだ冬の冷たさだが、徐々に亜熱帯に近づいているはずだ。
 アートルム(ja7820)は船の設備を見て回った後、学園生が集まる船室に戻った。思い思いの方法で時間をつぶす仲間達を少し離れた位置から眺める。
 早めに眠ってしまった者、お菓子を食べる者。お喋りの輪もできている。
 到着はまだ先だ。アートルムは同じトレジャーハンター部員である高谷氷月(ja7917)に目配せをし、カードの誘いをかける。
 氷月は文庫本から顔を上げて応じた。
 無表情な氷月と、距離を計るアートルムのポーカー勝負である。ストレート。フルハウス。互いに一勝一敗したところで、
「お、ポーカーか? 俺もやるぜ!」
 デッキから戻ってきた部長の鹿時とハイテンションな伊織も参戦し、トレジャーハンター部の洋上の熱い夜が始まった。

 引率の教師、高柳 基(jz0071)は学生達の船酔いを案じていた。せっかくの修学旅行を楽しんでもらうためには、何よりも安全、そして健康状態がものを言う。
 酔いやすい体質を申告した者には乗船前に酔い止め薬を服用するよう指示した。酔ってからでは効かないのだ。
 幸い、篠田 沙希(ja0502)、メル フィース ロスト(jb4155)とも元気そうだ。
 浪風 悠人(ja3452)はデッキの手すりにもたれ、遠くを眺めている。隣には浪風 威鈴(ja8371)。長い船旅は二人とも初めてだそうだが、悠人の服をつかむ威鈴は目をきらきらさせている。
「船…の中…探索…したい……」
「わかった」
 悠人が威鈴の手を取る。高柳はデッキに残り、二人を見送った。
 樋渡・沙耶(ja0770)と話す麻生 遊夜(ja1838)の顔色がやや悪いのが気になるが、この先も波が穏やかであるよう願うしかない。

「構造を把握しておくか」
 小型船舶免許も習得している龍崎海(ja0565)はくまなく船内を歩く。船首と船倉の貨物室は扉に閉ざされ、入口を確認できたのみだ。
 明けて翌日も探検を再開すると、機関員がエンジンルームを案内してくれた。室温はときに50度にもなるという。

 多くの者が船内での生活に飽きてきた午後一時。
 三十時間の長い航行を終え、船は予定通り小笠原諸島・父島の二見港に入った。接岸する前からデッキに出ていた学生達は、宿泊施設の名前を書いた紙を掲げる島民の姿を目にした。
「歓迎・久遠ヶ原学園御一行様」の垂れ幕がはためく。2011年、世界遺産に登録される前から観光に力を入れていた島である。修学旅行生の受け入れも熱心だ。しかも今回訪れるのは撃退士達とあって、歓迎ぶりはいつも以上なのだ。
 タラップを降りたファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)が伸びをする。きらめく太陽に手が届きそうだ。
 アシュリー夫妻が父島行きを希望した理由は、日本の南国を体験したいというものだった。暑い時期には避暑がポピュラーであり、この寒さとあれば避寒も当然の行動である。
「常夏っていっても完全に夏じゃないんだね、ちょっと寒いな……」
 気温は二十度をわずかに下回る。シルヴァーノ・アシュリー(jb0667)は、半袖の腕を震わせた妻、ユーナミア・アシュリー(jb0669)の肩に上着をかけた。
「ホエールウォッチング、申し込んだよ」
 学生といっても、夫婦や夫婦同然の婚約済カップルがいるのは久遠ヶ原学園ならではだ。しかし島での宿泊は普段の寮同様、男女別室となる。
 滞在中のオプショナルツアー参加希望を取りまとめた高柳にそう告げられ、
「仕方ないねぇ」
 残念そうに顔を見合わせたアシュリー夫妻は、来年こそ夫婦同室の修学旅行を実現できるよう高柳に求めた。
「ん〜、やっと着いたわね」
「長旅お疲れさん、だな。夜の星空観察に備えてゆっくり休むかね」
 ブリギッタ・アルブランシェ(jb1393)はアレクシア(jb1635)を気遣う。
 リッタ、レアと呼び合う二人は、学園の大規模作戦にて同じ隊に所属した縁で親しくなった。
「そうね、サイクリングがてら、ぶらつくのも良いかもだけど」
「そうだな。昼の空を見に、ちょいと散歩するのも良いか」
 長く船で揺られた後の平衡感覚を取り戻す相談をする。半日をどう過ごすか、二人の前に自由が広がっている。

 出発前も、また船上でも図鑑やネットの写真を眺め、知識を増やしていたのは和泉早記(ja8918)だ。
(ここまで辿り着いた御先祖様は、迷子? 新天地を目指したくなった?)
 大陸から遠く離れた島々で数百万年をかけて進化した独自の生物相に思いを馳せる。三十時間の船旅も退屈知らずだった。
 長袖の上着と帽子を身につけ、日焼け止めも塗って準備万端。まずは海洋センターへ向かうつもりだ。

「あったかいとこはいいねえ。一緒に来られてよかったな」
 御伽 炯々(ja1693)がバンダナの端を風に泳がせながら振り返る。
「有難うございます」
「ありがとうございます」
 声がそろう。
 相互扶助部の部長である炯々は、鈴代 征治(ja1305)と共にアリス・シキ(jz0058)が旅行に参加できるよう学園に頼み込んだのだ。
 一色 万里(ja0052)は早くもデジタルカメラを構え、部員達を写している。
 兄についてきた御伽 燦華(ja9773)は最初こそ「兄がお世話になっています」と部員達に対してかしこまった挨拶をしたものの、三十時間の船旅の間にすっかり打ち解けた。
 昨年末に入学した雁鉄 静寂(jb3365)にとっても、今回の旅行は部の仲間とさらに友好を温める機会となるだろう。
 里条 楓奈(jb4066)はイルカの生態に関する資料を用意してきた。申し込んだオプショナルツアーはドルフィンスイム。名の通り、助け合いが身に着いている相互扶助部である。
 船酔いせずに済んだ沙希は島内を少し散策した後、宿泊施設でのんびりする予定だ。

 笹本 遥夏(jb2056)は女子用に割り当てられたシャワー室へ向かい、船旅の間に着ていた服を脱いだ。着替えを済ませ、鏡に映る姿を確認する。
 そろそろ皆、船を降りた頃だろうか。ここからが本番――メイクを整えた遥夏はウィッグをつけた。

 一昼夜を読書に費やした炎宇(jb1189)は読了した本を肩かけ鞄にしまい、船を降りた。所持している中にはビーズアクセサリーの入門書もある。
 島に降り立ち、目を瞠りながら思い出したのは、もう会えない一人の少女。
「この綺麗な世界を、あの子にも見せたかったな……」
 死してヴァニタスとなった少女が炎宇の脳裏に浮かんだ。

 海の藍。空の青。島の斜面を覆う緑。潮の香りと温かな微風。
 さぁ、季節外れの小さな「夏」が始まる。

●大型哺乳類との遭遇

 矢野 古代(jb1679)は旅館でチェックインを済ませ、売店に向かった。半日、磯釣りをして過ごす予定だ。
「父島物価高いな!?」
 お茶の値段を見て、思わず独り言が漏れた。島で使う物資は船で運んできているため、どうしても上乗せの販売価格となるらしい。
 バイクを借りて向かった先は地磯。狙うは大物。糸を垂らして引きを待つ。
「釣りなんて何年ぶりだろうな……。最近忙しなかったし、たまにはのんびりするのもいいな」

「午後のホエールウォッチングツアー、出発します!」
 小さな舟のそばでガイドが旗を振る。参加者六名が集った。大きな荷物は宿に置いてきたおかげで皆、身軽な格好だ。
 桟橋から真っ先に舟に乗り込んだのは、草薙 胡桃(ja2617)。
「モモ、くじらさん見たことないから、ワクワク!」
 昨年末から黒井 明斗(jb0525)との交際を始めた胡桃は、人生初めての旅行を大好きなひとと共に経験できて嬉し恥ずかし気分。
 さらにクジラとの初めての対面への期待もあり、そわそわする気持ちのままに手すりから身を乗り出す。
 明斗がすかさず胡桃の身を引き寄せる。
「あ、ありがと」
「気をつけて」
 炎宇が巨体を器用に傾け、桟橋から舟に移る。
 メルは堕天して初めての旅行だ。このオプショナルツアーを楽しみにしてきた。
 シルヴァーノとユーナミアが乗り込み、舟は父島沖に向けて出発した。
「古代父さーん、行ってきまーす」
 岩場で釣竿を握る古代に向かって明斗は手を振る。

「クジラ〜! どこだぁ〜!」
 メルが風に向かって叫ぶ。
 自然相手のツアーに脚本はない。出会えない場合もあるという。
 見渡す限り広がる海原のどこにクジラがいるのか、どれほど深く潜っているのか、海面からはわからない。
 明斗は船の先端部に立ち、望遠鏡越しに目を凝らす。
「あっ」
 見つけたのはクジラではなく、別のツアーに参加している仲間の舟だった。

 日傘をさした藍晶・紫蘭(jb2559)、手をつないだ紀浦 梓遠(ja8860)と柚祈 姫架(ja9399)の乗ったグラスボートが遠く航行している。
 ホエールウォッチングの舟よりも岸に近いあたりをゆっくりと進んでいる。向こうもこちらに気づいたらしく、紫蘭が日傘をくるくると回して見せた。
 明斗と胡桃は手を振り返す。

 ザトウクジラがよく現れる海域に出てしばらく待つ。舟には屋根がついており、無防備に日差しを浴びることはない。
「あ、聞こえました」
 海中にセンサーを入れ探鯨していたガイドが顔を輝かせ、船長が舟の方向を変える。
 いよいよか。六名は手すりを握りしめ、海面を見つめる。
 一キロほど離れたあたりに大きな水しぶきが上がった。
 さらに舟は進み、エンジンを停めた。
「わぁ」
 黒々とした体表が見え、すぐ水面下に隠れた。クジラがいると聞いていなければ見逃してしまいそうな、一瞬のできごとだった。
「見てみて! 明くん! くじらさんだよ!」
 明斗は波間から現れるクジラを連写した後、カメラをガイドに渡した。
 メルは望遠鏡の代わりにヒリュウを召喚した。ヒリュウとの視覚共有スキルを使ってクジラを観察する。水中に隠れている部分はどれほどあるのか全貌はつかめないが、体長20メートル近くありそうだ。
「近くで見るとやっぱすげーでかいなぁ!」
 迫力にメルが声を震わせる。
「ザトウクジラ、二頭いますね。カップルのようです」
 ガイドの説明を受け、ユーナミアが船上から身を乗り出して海に手を伸ばす。
「子供も一緒にいないかなー。母子ジャンプ見たくない?」
 シルヴァーノは慣れた風情で、落ち着かないユーナミアに笑いながらカメラを構える。
 浮上した鯨が尻尾で海面を叩いた。しぶきが上がる。続くジャンプ。舟が揺れる。
「でっかいなー!?」
 ユーナミアが口を開けて驚き、
「写真撮り逃した!」
 振り返って半泣きの顔になる。
「大丈夫、ちゃんと撮れたよ」
 ユーナミアに笑顔が戻る。シルヴァーノはぽんぽん、とユーナミアの頭をなでる。
(君はレンズ越しではなく、その目に焼きつけるといい)

 しばしの邂逅を楽しんだ後、クジラは広い海のどこかへ去った。
 余韻に浸る明斗と胡桃にガイドがカメラを返す。確かめると、ジャンプするクジラを背景に笑顔を見せる二人が写っている。いい記念になるだろう。
「オジサンはクジラが好きでね……。子供の頃はああいう力強さに憧れたものさ。毎日毎日、早く大人になりたくて……」
 再びエンジンをかけて動き出した舟の中、語るのはガイドではない、炎宇だ。まだ幼さの残る学友達は炎宇の言葉に耳を傾ける。
「大海を泳ぐクジラのように、自分の力で違う所へ行きたかったんだな」
 もう今は行きたい場所へ行ける――。炎宇はタバコを手に、吸っていいかガイドに身振りで尋ねる。
「どうぞ」
 またいつか故郷の地へ帰るのもいいかもなと思いながら、炎宇は一服した。

●神崎家のダイビング

「家族旅行……もとい親族旅行かー」
 修学旅行に親族で参加しているのは神崎家。
「ビーチなら可愛い子が……って! 今、冬だぜ。風邪ひかないようにな?」
 撃退士以外にも水着姿で砂浜を歩く酔狂な女性がいた。八神 奏(ja8099)は持ち前の余裕たっぷりな態度で声をかけるが、
「ありがと〜、僕ちゃんも楽しんでね〜」
 子供扱いされて出鼻をくじかれる。ダイビングスーツに身を包んだ姿は決して幼くは見えないはずなのだが。
 
 神埼 累(ja8133)は従妹達のために水着を選んで持ってきていた。
「累お姉ちゃん、これはちょっと可愛すぎなの……」
 神埼 律(ja8118)は水玉のワンピース水着を手渡され戸惑う。ドットと呼ぶより水玉という表現が似合うレトロな柄だ。もっと大人っぽい水着を着たかったのだが。
 ボーダー柄ビキニを受け取ったのは、神埼 晶(ja8085)。
「累姉、さすがのセンスね!」
 早速、更衣室で着替えてきた晶は、
「ほらクイン、なにか言う事ないの!? 可愛いとか! 可愛いとか!」
 クインV・リヒテンシュタイン(ja8087)に賞賛を強要する。
「晶ちゃんはすごく可愛いの」
 律は晶にハグし、耳までかじりそうな勢いだ。
 クインが素直にほめるわけもなく、
「可愛い水着? もっとこうゴシック調にだね……」
 ひねくれた提案をするが、
「やだクインちゃん、ゴシック調だなんて……! 今度はそれ、ね……!」
 累に新たなインスピレーションを与えたようだ。 
 八種 萌(ja8157)に用意された水着はフリルで縁取られたフェミニンな小花柄だった。
「似合いますか?」
 累が目に涙を溜め、うなずく。
「ああ……晶ちゃんも律ちゃんも萌ちゃんもめんこい……可愛い……幸せ……」
 自分の支度を忘れかけ、あわてて皆を追いかける累。
 地味な水着をウエットスーツで隠し、水際へ向かう。

「親族であるのが惜しい美人ぞろいだな、ウチは……。おっと、そちらの美しいお嬢さん、ご一緒に海中のデートなんていかがですか?」
 親族以外の美人を見たら口説くのが礼儀と考えている奏である。
「ごめんね、マンタの方が好みなの」
(マンタ……って、エイみたいなひらひらした奴か)
 あしらわれた奏は大きく息を吸い込むとシュノーケルをくわえて水に潜った。マンタと男比べするまでは帰れない。

(自然豊かな場所ですね)
 神埼 煉(ja8082)は白いトランクス型の水着に白いパーカーをはおり、海辺に現れた。太陽の光が波間に反射してまぶしい。
 さらにまぶしいのは波打ち際で戯れる女性陣の水着姿だ。砂浜に華が咲いたようである。
 萌が従姉達に手を振り、ドルフィンスイムツアーの旗を掲げた舟を目指して歩いてゆく。
「……累姉さん、頑張りましたね」
 泳ぎが得意な煉はパーカーを脱ぐと、そのまま海へ入った。
 気温よりも若干、水温の方が高い。しばらく体をなじませていると、寒さを感じなくなった。
 少し沖へ出て海底を目指すと、サンゴが群生していた。
 手足を傷つけないよう、触れることなく観察する。
 薄桃色のサンゴの間に赤、青、黄、さまざまな色の小さな魚が見える。息が苦しくなる前に海面へ戻った。
「……泳ぎも結構な鍛錬になりますよね」

 クインは眼鏡の上にゴーグルを装着し、海中景色を堪能していた。
(ふふふ、眼鏡越しの海の中の世界、素敵じゃないか……)
 海底を歩いていくのはカサゴだろうか。確か毒があったはずだ。
(はっ、ゴーグルに水がっ)
 ゴーグルの中に海水が浸入した。視界がぼやける。
 焦って口を開き、シュノーケルが外れた。クインの声なき声が泡となって海中に響いた。
「めがごぼぉっ」

 マンタとの遭遇をあきらめた奏は、先に海から上がり、親族に渡すバスタオルを用意した。
 そこに打ち上げられたのは、溺れて海藻のようによれよれとなったクイン。晶は奏から受け取ったタオルでクインの体を包む。
「あんた……もうちょっと普段から運動した方がいいわよ」
 口調は厳しいが、介抱する優しさを見せる晶である。
「哀れだから洗ってあげるわ」
 砂にまみれた眼鏡に晶が手を伸ばす。気絶寸前でもなお眼鏡を奪われたことがわかるのか、クインの顔がゆがむ。
「しばらく休むといいの」
 律は右手にシュノーケルセット、左手で煉の腕をつかみ、再び海へ向かう。
 ドルフィンスイムに参加したはずの萌が戻ってきた。参加希望者が多いため、翌日の舟『イルカ3号』に振り分けられたという。
「イルカさんと会いたかったのですが、今日は姉さん達と過ごす時間を楽しみます」
 累は初めてのダイビングに夢中でクインの騒動に気づかずにいた。小笠原固有種の黒いクマノミを見ているうちに時間も忘れ、ようやく陸に上がってきたのは一時間ほど経ってからだ。
 ぐったり横たわるクインを目にした累は微笑む。
「うふふ、クインちゃんは疲れて寝ちゃったのね」

●ガラス越しの海

 グラスボート内では優雅な海中観察が行われていた。
 お茶を飲みながら、何の憂いもなく足元のガラス越しに魚を眺めることができる。
「べっ、別に楽しみなんかじゃね、ねーしぃ!?」
 ツアー参加前にはそんなツン発言をしていた梓遠も、足元に現れる魚の群れを見てはしゃがずにはいられない。
「お、何だあれ」
 紐のようなものが舟の底を右から左へ抜けていった。
「ウミヘビですね」
「ヘビ!」
 姫架は梓遠と手をつなぎ、ガイドの説明に耳を傾ける。大好きなひとと一緒に初めての景色と出会えるのは楽しくて嬉しい。

 黒い一角獣の悪魔である紫蘭はイルカに興味があった。しかし泳ぎが苦手なためドルフィンスイムツアーへの参加はあきらめ、グラスボート上からの遭遇に賭けることにする。
「イルカは知能の高い生物と聞きますし、意思疎通ができたら良いのですが……」
「近寄ってくる個体もいますよ」
 ガイドが教えてくれる。
「このあたりではなかなか見られませんから、深いところに出てみましょうか」
「お願いします」
 紫蘭は日傘を傾け、目を凝らす。
 ドルフィンスイムには知己の内藤 桜花(jb2479)が参加している。イルカの現れる海域に行けば会えるかもしれない。

●思い思いの午後

 いつも通り黒装束のファレル(jb3524)と、長袖ワンピースで腕を覆ったシェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)は自転車をレンタル後、土産物屋をのぞいた。
「ん〜……女の子が気に入りそうなものっていまいちわかんないよな……」
 ファレルの口から溜息が漏れる。
 棚にはTシャツ、塩、ジャムと並ぶ。
「……なんだったらいいんだろうな……」
 一方のシェリアも、
「はあ……猛烈に悩みどころですの」
 動物を象ったアクセサリーを手に取り、眺めすがめつ溜息をつく。
「これなんか、お気に召してくれるでしょうか」
 会計を済ませ、店から出た二人は自転車にまたがる。夜の星空観察ツアーまで島内を散策だ。

「美味しい食べ物と綺麗な景色……素敵ですね」
 窓越しに海の見える寿司店で、島寿司を堪能する星杜 焔(ja5378)と雪成 藤花(ja0292)。
 店主に作り方を訊ねているところを見ると、焔は作り方を覚えて帰るようだ。
 島寿司は鰆のづけを握ったもので、わさびの代わりに和辛子が薬味となっている。本土にはない味わいの郷土料理が二人の舌を喜ばせる。
 甘いものは別腹の言葉通り、島寿司の後、二人はフルーツを売る屋台に立ち寄った。
 搾りたてジュースを飲む藤花は白いサンドレスにストローハット姿、まさに夏のお嬢さんスタイルだ。
 おそろいの土産物はウミガメのマスコットを選んだ。もちろん焔は忘れずに自然塩も購入する。
「作る料理の味が広がるね〜」
「楽しみですね」
(大人になったらまた来たいなあ)
 そのときはぜひ特産酒も試してみたいと思う焔である。

「静矢さん♪ ばばばばばばばーなのー☆」
「優希、バイクが気に入ったな……」
 鳳 静矢(ja3856)は二人乗りバイクの後ろに鳳 優希(ja3762)を乗せ、宿を後にして山道をのんびり走る。風が二人を包む。
「こういう一時もたまには良いねぇ」
 鳳夫妻とすれ違ったのは、遊夜と沙耶。ただしこちらはバイクではなく自転車だ。
「この程度の山道には、負けん!」
 まだ船酔いの残る遊夜の頭をぺしぺし叩き、登らせる沙耶。男の見せどころではあるが大丈夫だろうか……。
 クレア(ja0781)が颯爽と下り坂を降りてゆく。
「お、良い景色。ちっとここで休憩するかい?」
 遊夜は呼吸を整えながらカメラを取り出し、木々の切れ間に海の見える絶景ポイントで沙耶を撮影した。
 体の線が出るスポーツウェアを着た沙耶が自転車を支えて立つ。
「うむ、良い一枚だな」

 古代が釣りを楽しむ隣へ、石動 雷蔵(jb1198)もやってきた。
「おや、雷蔵も来たか。小さいエソがよく釣れるよ」
「エソですか」
 狙うはイシダイとイシガキダイ。しかし、雷蔵の最初の獲物はハタだった。
「カルパッチョにすると美味いんですよね」
 古代の背後には大荷物が置いてある。クーラーはもちろんのこと、まな板、包丁、調味料、小皿までそろっている。
「矢野さんはここでさばいてるんですか」
「雷蔵は?」
「バーベキューをやる班があるらしいから、釣れたら持っていこうかと」
 どこでも火を起こしていいわけではなく、浜辺の一箇所に集まっての宴会になるだろう。雷蔵の説明に古代はなるほど、とうなずく。
「釣りびとさん達、調子はいかがですか?」
 二人の背後に現れたのは、上品な白いワンピースにボレロをはおり、日傘をさした完璧なお嬢様だ。
「ありがとう、まぁまぁかな」
「……お」
 引きを感じ、二人の意識が海面に向かう。カンパチが釣れた。次に振り向いたとき、お嬢様の姿は消えていた。

 小笠原諸島は寒がり、かつ動物好きにとっての楽園ともいえる。
 早記がまず向かったのは、海沿いにある海洋センターだ。
 センターではウミガメを飼育しており、成体だけでなく卵や子亀も見学可能だ。また自然観察のマナーも各種パネルで学習できる。
 全ての展示は、生物を愛し、環境保護のために尽力する有償、無償スタッフの結晶だ。
(皆を啓蒙する仕事……こんな世界もあるんだな)
 知識を得た後は、たっぷり自然散策の時間だ。スマートフォンを手に、長袖装備で山へ繰り出す。
「ノスリ、かっこいい」
 翼をはばたかせる天然記念物のノスリを、うまく写真に収めることができた。撮った写真はメモと共に後日まとめるつもりだ。
 山を降りてきた早記は砂浜でうつぶせになり、しばしウミガメの気持ちを味わう。
 十五分後、学友達の声が耳に響き、早記は我に返った。
(また来たいな……本家ガラパゴス諸島にも、いつか――)

●マリンスポーツチーム

 グラルス・ガリアクルーズ(ja0505)が跳んだ。
「ナイスジャンプ!」
 視界の端、別のボートに引かれるセシル=ラシェイド(jb1865)が見える。
 グラルスは重心を落とし、引き波を越える。
「やっぱり海と言えばウェイクボードだね。自然の波じゃなくても充分楽しめる」
 ボードをフラットにし、ターン。エッジをかけてさらにジャンプ。
 いわば海と空を両方味わう爽快感で、自然と笑みが浮かぶ。

 ラグナ・グラウシード(ja3538)は早速絶望した。
 旅のしおりに『海で遊ぶ場合、水着の上からドライスーツ着用をおすすめ』と書かれていたのを見逃していたのだ。
(くっ……み、見目麗しい女性たちの水着姿だけを楽しみにしてきたのにッ!)
 期待は破れた。太陽は高い。とりあえず遊ぶか、とウェイクボードに初挑戦を決めた。
「ぬ……す、少し怖いな」
 最初は立つのも難しかったが、すぐに慣れた。遠心力を利用して跳ぶコツもつかむ。
「おお、これは爽快だな!」

 エルレーン・バルハザード(ja0889)は砂浜の目だたないところで、双眼鏡越しに兄弟子ラグナを観察していた。
 ラグナに見つかるとまた「貴様殺す!」と襲いかかってこられるため、こっそり追ってきた。
「わあ……ラグナ、すっごく楽しそう」
 ボートに引かれ風を切る彼を見て、エルレーンは微笑む。
(よかったねえ、ラグナよかったねえ)
「……あ、れ……」
 ふと意識が遠くなる。長時間、日光を浴びたのがこたえたのか、
「は、はうぅ……」
 視界が暗転する。
「あぅ……らぐな、……くるしいの、たすけてぇ……」
 遠くラグナの声が聞こえる気がする。

 砂浜に戻ってきたラグナは倒れたエルレーンを発見した。
「……ふん、貧乳女。こんなところで日干しか? ますますその平たい胸が貧しくなるぞ」
 挑発するも、エルレーンは虫の息だ。
「……ちっ!」
 弱った相手をいたぶるのは気が引ける非モテ騎士は、無表情のまま手を伸ばす。
 熱中症ならば、涼しい宿で休ませれば回復するだろう。

 グラルスとセシルは湾の中で、難易度の高いジャンプを次々と披露していた。
 滞空時にボードをつかむグラブ系トリック。バックサイドからのバックロール。しぶきが上がる。
「見よ! これがトリックマスターの業なのです!」
 様々なトリックを決めまくるも、最後は派手に水没するセシルだった。

 別の浜では、サーフィンに挑む二階堂 光(ja3257)と鈴屋 灰次(jb1258)の姿が見られた。
「俺、サーフィン初めて! ご指導お願いしまっす、ハイジ先輩!」
「俺の波乗りテクでひーちゃんのハートにビッグウェーブおこしたらごめんねー」
 経験者の余裕を見せる灰次。
 冬場はメロウな波が多いポイントらしい。遠浅の砂地は初心者にも最適と聞いてやってきた。
 他の女性客が波打ち際で戯れている。
「うーん、絶景! 水着はやっぱり白だよなー」
 つい目がそちらへ向いてしまう光。
「首の後ろで結んでるデザイン可愛いよなー」
「ねぇ、右の子と左の子どっちがタイプー?」
「んー、右の子」
 相槌を打ちながら枝で足元にLOVEと書く灰次。砂に書いたラブレター、定番である。
「って何してんのお前ー!」
「俺のひーちゃんへの愛が伝わるでしょ」
 光の反応に笑い、軽口を叩きながら灰次はハートマークもつけ足した。
「いや、男から愛もらっても嬉しくないから!」
 頬をふくらませつつ、光は水際へ走った。両手ですくった水を運んできて、ハイジと砂の上の文字にかける。

●イルカ1号

 イルカと一緒に泳ぐドルフィンスイムは、父島で一番人気のオプショナルツアーだ。申し込んだ人数が多いため、学生達はいくつかのグループに分かれた。
 一つの舟に乗れる最大人数は十五名。大勢が一挙に押し寄せて追いかけると、イルカも怯えてしまうためである。
 イルカ1号と名づけられた舟には、ファティナ、神月 熾弦(ja0358)、アイリス・L・橋場(ja1078)、橋場 アトリアーナ(ja1403)、ナタリア・シルフィード(ja8997)、天風 静流(ja0373)、イシュタル(jb2619)のグループが乗り込んだ。
 銀髪姉妹喫茶に集う面々だ。

 イルカとの遭遇前に自主的な水泳教室が開催された。
「ここ暫く運動してなかったけど、ちゃんと泳げるのかしらね……」
「泳げなくてすみません。教えてもらえますか」
 生徒はナタリアとファティナ。教師はすがすがしい白ビキニ姿の熾弦だ。
(……泳がないと駄目なのかしら……)
 翼を収納したイシュタルもおそるおそる着水する。
「とりあえず、苦手意識を一旦忘れて力を抜けば自然と浮きますよ」
 熾弦の手ほどきで、泳ぎが不得手なファティナも、運動不足を懸念していたナタリアも思った方向に進めるまでになった。イシュタルも余計な力を抜けば大丈夫だろう。
 上達への道筋はアトリアーナが水中カメラにしっかり収めている。
「……皆楽しそうだから撮りがいがあるの」
「まあ時間は短いので、静かに浮いていられるようになれば充分でしょう」
 熾弦からの合格点を得た。
「イルカ達も興味を持てば寄ってきてくれるかもしれませんし」

「手を伸ばすと嫌がって逃げてしまいます。手は体の横か後ろにつけて、足だけで泳ぐといいですよ」
 ガイドの説明の途中で、舟はイルカの群れに遭遇した。
「舟を降りたら左に進んで」
 足にフィンをつけ、静流はそっと水に入った。仲間達も続く。
 イシュタルは少しの間、流れに身を任せた。熾弦が手を引き誘導してくれる。左へ。
 ファティナはイルカを見るのが初めてだった。野生のイルカがこんなに優しい目をしているとは知らなかった。笑っているように見える。
 静流はイルカを刺激しないようにゆっくりと観察しながら泳ぐ。
 アイリスはイルカ達に沿って泳いだ。黒い水着を着ているせいもあり、イルカの方でも仲間と認識してくれたようだ。
 徐々にスピードを上げると、一匹のイルカがついてきた。競争だ。

 アトリアーナは水中カメラを持ち込み、ゆったり泳ぎながら撮影を続ける。
 アイリスとイルカの競争場面は何度もシャッターを押したが、うまく撮れているだろうか。

●友達よりも近い距離

 須藤 雅紀(jb3091)は背中に当たる感触にどぎまぎしながら、自転車のペダルをこぐ。
 後ろに乗せているのは、香月 沙紅良(jb3092)。二人の関係は友達よりも近く、恋人よりも遠い。
 きっと二人乗りに慣れないからなのだろうが、こんな風にぎゅっとしがみつかれると、心の距離も縮まるのではないかと考えてしまう。
 到着したのは人影まばらなビーチ。少し沖には沈没した船の遺跡があるらしい。
 洋服を脱いだ沙紅良の水着姿に、雅紀は照れまくる。こんなにスタイルがいいとは思っていなかった。背中に感じた胸の感触、重なった鼓動をまた思い出してしまう。
「恥ずかしゅう御座います故、あまり見ないで下さいませ……」
「あ、ごめんね」
 謝っても、つい視線が彼女に向いてしまう。青少年である。

 海中の美しい光景を充分に楽しみ、二人は滴を垂らしながら浜へ上がった。
 雅紀は周囲を見回した。このあたりならば特に危険や障害物もなく、夜の星空観測に向いているかもしれない。
 沙紅良は濡れた体をタオルでふき、雅紀の背中を見つめる。
(……手を繋いでみましたら、驚かれるでしょうか……)
 小さな勇気が、きっと距離を縮める。

●イルカ2号

 二台目のドルフィンスイムツアーの舟が出港した。
 各務 与一(jb2342)は双子の妹、各務 浮舟(jb2343)と共にツアーに参加していた。
 浮舟はワンピースタイプの水着の上にドライスーツを着用し、顔に日焼け止めを塗り、さらにつばの広い帽子をかぶっている。
「厳重装備だね」
「焼けるの、嫌なんだもん! お、おでこは光らないよ?」
「ふふ、浮と一緒にイルカと泳げるなんて夢にも思わなかったよ。楽しい思い出を作ろうね、浮」
 今まで共に旅行する機会は滅多になかった。かけがえのない時間だ。
「うん!」
 ガイドの指示で、学生達は水に入る。数メートル離れたところにイルカの群れがいるらしい。
 与一は泳ぎが得意な方ではあったが、フィンをつけて泳ぐとこんなにも楽なのかと驚きである。しぶきを上げないよう、浮舟と一緒にゆっくり泳ぐ。
(可愛いイルカだね、まさに癒しの時、かな)
 浮舟もゆっくり立ち泳ぎをしながら、イルカと楽しむ。
(わぁ、すっごく大きい!)
 近づくと、イルカの体長の方が浮舟の身長より勝っている。
 手を伸ばし、触れてみようとする。逃げられてしまった。
(残念……)
 浮舟は与一に抱きついた。与一は妹をなだめ、海面に顔を出して呼吸した後、再び潜る。

 万里は水上歩行を使って海面に立ち、あたりを観察していた。溺れるひとがいたら水面を走って、浮き輪を持っていくつもりだ。
 ガイドも最初は驚いていたが、撃退士の集団ゆえ納得したらしい。イルカを踏まないように、とだけ注意をされた。
(水の上からイルカさんにご挨拶だね♪)
 イルカも水上の万里に気づいたのか、ジャンプして応える。

 最近まで泳げなかった征治は、アリスとの特訓のおかげで泳げるようになった。南の海で彼女と一緒に野生のイルカに出会えるなんて。興奮を抑えきれない。
「行きましょうか」
 アリスに目配せして揺れる舟から手を離し、海へ入る。
 部長の炯々が手を腰に当てて宣言する。
「イルカもだけど部員も観る!」
(せっかくの水着だからね)
 そんな炯々の妹、燦華は服装に頓着しない。適当にレンタルした水着を身につけ、躊躇なく水へ入った。
 水中で宙返りをすると、イルカも同じポーズを返してきた。
 準備体操も余念なく済ませた静寂は船の縁に座り、足先から海に入る。
「気持ちいい海ですね、心が洗われます」
 間もなくイルカと並んだ。
(イルカさんとお友達になれるでしょうか?)
 静かに泳いでいると、イルカの側から静寂に近寄ってきた。スーツを着ていない手の甲にイルカの体表が触れた。不思議な感触だった。
 楓奈も興奮を隠し、冷静にイルカとのスイムを楽しんでいた。
 驚かさないことが第一。細心の注意を払う。
 その甲斐あってか、静寂の周りにいたイルカが一匹、二匹、楓奈のそばに近づいてきた。楓奈を群れの一員として認めてくれたかのようだった。

(海の中に潜るのです! 綺麗そうなのです!)
 桜花のテンションは高いが、行動は裏腹に落ち着いたものだ。水の透明度は高く、数メートル下までも見渡せる。
(イルカと泳ぐのです! 驚かさないようにゆっくりなのです!)

 御暁 零斗(ja0548)と小田切ルビィ(ja0841)は一般観光客の女の子を見つけて声をかける。
「どこから来たのー? 俺達は久遠ヶ原」
「え、もしかして撃退士さんですかー?」
「ああ」
 手応え上々。水も滴るいい男作戦だ。二人はイルカと戯れ、爽やかさをアピールする。
 あわよくばお持ち帰りできるかも、と妄想するが、そううまくはいかない。お目付け役として同行する巫 聖羅(ja3916)が水の中でも猫のような目を光らせている。
(兄さんと零斗さんの毒牙から女の子を守ってみせるわ……!)
 手取り足取り女の子に泳ぎを教えてにやける二人に、聖羅の代理のイルカが頭突きを食らわした。

「海って綺麗だなあ。『母なる海』か……うん、なんとなくわかるかも」
 Relic(jb2526)は初めての海、そして初めて間近で見るイルカに興味を持ちつつ、まずは船上から観察した。
 グレーのひょろっとしたイルカ達がすいすいと泳いでゆく。右から現れたと思えばもう左に抜けている。すばしこい。
「これが人間と同じくらい知能を持ってる生き物なんだ〜、フムフム」
 仲間が水に入り、イルカと一緒に泳いでいるのを見て、Relicの好奇心がうずき出す。
「人懐っこいなあ! はぶ!」
 油断して波に飲まれる。海水が口に入った。
(しょっぱい!)
 塩辛さに驚き、以降はしっかりと唇を閉じたまま、体を浮かせる。
 慣れてきたRelicのそばでイルカが優しく笑っている。

「上がってくださいー」
 ガイドに呼ばれ、学生達は滴を垂らしながら舟に上がった。イルカの群れはさよならを告げるようにジャンプをした後、去っていった。
 征治とアリスが一枚のタオルの端と端を使って濡れた髪をふいている。
「何というか……感動という言葉しか出ぬよ」
 泳ぎ終わってしばらく経った後も興奮が冷めない楓奈である。
「感動なのです! かわいかったのです!」
 桜花も力説する。
 炯々は部員や学友達を眺める。
 人間の語彙では表現しきれない、言葉を介さない動物とのコミュニケーションは皆の思い出となるに違いない。

●海鮮BBQ大宴会

「俺様泳げないから、あさ君に教えてもらう!」
 狂々=テュルフィング(jb1492)はこの日のために買った水着姿でビーチに現れる。白のフリルがついたワンピース型だ。
「教えてあげるさー! ダイビングライセンスもちゃんとあるしな!」
 与那覇 アリサ(ja0057)は笑顔を見せると、遠浅のエリアへ狂々を導く。
 まずは水が怖くないことを感じてもらう。今日だけではなく明日も明後日もある。疲れない程度にしておいた方がいい。
 アリサはイルカの真似をして狂々を楽しませる。
 しばらく戯れた後、狂々を休ませ、アリサは滑らかに水へ潜る。
(素潜りでヌシ探ししてとっ捕まえるさ!)
 縮地助走、蹴り投げで狙った魚を仕留める。まさに自然児。
「さばくのは俺様のブレイドでーす!」
 浜では狂々が待ち構えている。美味しく綺麗に見えるようさばき、仲間達とのバーベキューの食材として提供するのだ。

「ばーべきゅーなるものをするのに魚が必要らしいな……よし、ひとつ素潜りでもして捕るとするか」
「何か道具はお使いになりますか?」
 神城 朔耶(ja5843)に訊ねられ、中津 謳華(ja4212)は首を横に振った。
「銛? 必要ない。昔から魚は素手で捉えていたからな」
 とりあえず網籠だけ用意して出かけ、籠いっぱいの魚を獲ってきた謳華。
(一応食えるものの見分けはつくが、ばーべきゅーとやらに使えるかはわからんな……)
「……朔耶、これはばーべきゅーとやらに使えるか?」
 魚介以外の食材を準備していた朔耶は目を丸くした。
 バーベキューに適したもの、他の料理で使えそうなもの、食べられないものに仕分け、
「中津様……これはさすがに食べられないものなのですよ」
 食べられないものは海へ帰すことにする。

 凪澤 小紅(ja0266)も素潜りで魚や貝を獲っていた。泳ぎには自信がある。
 ホテルで聞いた、素潜りでの漁が可能なポイント、そして釣ってもいい魚の種類を頭に入れ、着々とバーベキュー用の食材を確保してゆく。
 恋人のフラッペ・ブルーハワイ(ja0022)はアジュールと針、餌を使って魚を獲っている。
(大きい魚をGetしたいのだ……)

 溺れてぐったりしていたクインだが、にぎわしい様子に目を覚ました。
「……いい案があるの」
 律が晶に耳打ちした。
 晶はうなずいて膝を折り、クインに話しかける。
「クイン、あんたの眼鏡光線で火をつけてよ」
 無茶ぶりである。だが、眼鏡の力を要請されて断るわけにもいかない。
「うん……眼鏡光線? 薪に向かって放てば良いのかい?」
 まだ寝ぼけ半分の様子で、薪に向かって眼鏡光線を放つクイン。
「アッキヌフォォトッミラージュレェェィッ!」
 出し惜しみのない全力ビームである。
 次の瞬間、クインは後ろに吹っ飛んだ。
「危ないだろクイン兄、美女に当たったらどうするんだ」
 クインの眼鏡光線を手鏡ではね返したのは奏。
 勢いで倒れたクインのそばに眼鏡が転がっている。
 拾い上げて眼鏡をかけようとするクインは、レンズが砂まみれになっているのに気づいた。
「ぼ、僕の眼鏡がぁ!」
 眼鏡の奥で涙を流すクイン。
(火がつけばクインは用済みなの……でも可哀想だから、海水をかけてあげるの)
 律はバケツいっぱいにくんできた水をクインにかける。
「砂が落ちますように。ワカメが少し入ってるけど気にしないの」
 涙と海水と海藻が入り混じったしょっぱさを味わうクインであった。

 雷蔵と古代が釣った魚を運んできた。
 刺身はもとより、焙り、味噌汁、カブト焼きといったバラエティ豊かな調理法の出現だ。学友達から歓声が上がった。
 朔耶も協力し、焼き物以外の皿が充実してゆく。

「お、参加させてもらおうか」
 シルヴァーノとユーナミアは連れ立って火のそばに寄って行く。
「混ぜてもらってもいーですかー」
「どうぞどうぞ、もう火はついたし、焼けたものから食べられるよー」
 不慣れながらも手伝いに加わった二人は、少しずつ学友と言葉を交わす。ご夫婦なんですかと問われ、照れながら自己紹介もする。
 宿泊が男女別で夫婦同室でないことも、同性の友人が増える好機となるだろう。
 ウェイクボードを終えたグラルスも加わり、アシュリー夫妻は海鮮バーベキューを楽しむ。
「外での食事はどうしてこうも美味しく感じるんだろうね」
「ねー。不思議」
 清浄な空気、新鮮な食材。友情というスパイスが加わったバーベキューはことさらおいしい。

(コベニに熱い思いなんかさせたくないのだ!)
 フラッペは火のそばを陣取り、焼きたての貝を殻から出し、ふーっと冷ましてから、
「あーん」
 小紅の口に運ぶ。
 一方の小紅はフラッペの顔に手を伸ばし、
「ほら、汚れてる」
 あごについた汚れをぬぐう。
 互いに世話を焼く、まさに同性バカップルである。

「いっぱい食べるの」
 律は網の上に食材をざーっとこぼした。はぜる魚介をしばらく眺める。
 萌がトングを握ってエビをひっくり返す。
「律姉、もう食べられるよ」
「……食べられるの……?」
 お箸を片手に首をかしげる律。
 晶はうなずき、こんがり焼けたエビや見事なハマグリを取り分け、萌や奏のためにお皿に乗せて渡す。
「ほら、イカ焼けたよ!」
「奏ちゃん、飲み物は足りてる? 沢山食べてね」
「おー、晶姉も累姉もありがとうー」
 奏は箸を動かす。シンプルな塩味。素材の旨みが口の中に広がる。
(大食いの煉兄に食べられる前に、海鮮焼きを確保しないと)
 そんな晶の心の声を知ってか知らずか、基本は調理側に回る煉である。
 痩せの大食いを自認する煉は、自身が食べ始めると周りに被害が及ぶとわかっている。皆の食べっぷりを見て、空腹が満たされたところで参戦すればいい。
 配膳しつつつまみ食いをしていた累だが、
「煉ちゃんも沢山食べてね……負けないわ……!」
 対抗心を明らかにした。煉も本格的に食欲を解放する。
「海で食べるバーベキューは最高よね!」
 満足そうに晶が言う。

 やがて日が沈み、フラッペとコベニは空を見上げる。ホテルでも同室のため、この後も一緒にいられる。
(前の修学旅行の時は寂しかったから、今こうして楽しい旅行が出来て嬉しいのだ!)
 フラッペはコベニを強く抱きしめた。
「また来年も来よう、コベニ! だから来年も、ボクの傍にいてほしーのだ!」

●満天の星の下

 島に来るまでの船ではしゃぎすぎたのか、宿に着いた後、夜になるまで伊織は眠った。
「星見る時間だぜ」
 鹿時に起こされた。トレジャーハンター部の仲間はもう支度を済ませているようだ。カメラとフィルムの予備をバッグに詰め、後を追う。
 集合場所には大勢のツアー参加者がいた。
「ガイドさんの言うことを聞いて、危険な場所へは行かないように。あと再集合時刻も厳守のこと」
 引率の高柳が言う。はーい、と声をそろえて返事をする学生達。
 旅の楽しさは夜に深まる。星空観察ツアー出発だ。

 気づけば遊紗は列の先頭に立っていた。ツアー参加者はカップルが多いようで、すぐに列が崩れるのだった。
 都会では見られない満天の星空。学園も同じ空の下にあるのだと思うと、不思議な気持ちになる。
(今遠くでお仕事してるお父さんお母さんもどこかでこの星空見てるかな〜)

 観測ポイントに到着し、再集合時刻までは自由行動となった。
「冬の空もいいね。夏とは違った趣があるよ」
 星座の位置を確かめるグラルスの瞳に光が映る。
 悠人と威鈴は寄り添った状態で空を見上げる。言葉少なだが、すぐ近くで嬉しそうにしている威鈴と、遠く光を放つ星、どちらも悠人にとっては奇跡に近い存在だ。

「俺の実家でもこんな星空は見られねぇな! まさに自然の宝だな!」
 鹿時は見つけた「宝」に向けて使い捨てカメラを向ける。
「デジタルで取りたかったな! まぁ写れば一緒か!」
「もうフィルム使いきったわあ。何本フィルムいるやら……」
「すごー……」
 ハイテンションな伊織の隣で相槌を打つ氷月。二人ともいいカメラを持ってきている。
「楽しそうだな!」
「そんなこと」
 ないんやけど、と言いかけて氷月は言葉を呑み込む。楽しいのは事実だ。
 鹿時は人影から離れ、夢に思いを巡らせる。
「こういう景色を探すのもトレジャーハンターなのかもな……夢を叶えた頃にはわりぃ天魔が居なくなると良いな……」

「すごい……。星、綺麗だね……」
 胡桃と明斗は水筒とブランケット二枚を持ち込み、温まりながら星を数える。
 水筒の中身は『小笠原産の珈琲』を使った温かいカフェオレだ。胡桃が寒くないよう、タオルを敷いて地面に直に座らないようにしたのも明斗の心遣いである。
「あ、流れ星」
 二人同時に指をさす。
(胡桃さんが、幸せになりますように)
 明斗の願いはただ一つだ。

「夏の大三角が見えますね。ちょうど天の川の上を白鳥座が飛んでいるみたいに……」
 藤花の解説を、焔はうなずきながら聞いている。
(この島から見える星空はやっぱり、いつも見えてる空とは違うのかな)
 あるいは常にそこにあっても、普段は見えないだけなのか。
 焔は藤花と星を観る度、心の闇が晴れてゆく気がしていた。
 そして藤花も感慨深く、遠い輝きを見つめる。
(星は何かの契機にいつも傍にあったから。……恋を自覚した時も。それを告げた時も)
 二人は手をつなぎ、流れ星を探す。
(星が結んだ縁……この先も傍にいられますように)
(これからもずっと彼女と星の下生きていけますように)

「この国で、こんなに見られるなんてな……」
「此処までくるともう別の国よね」
 アレクシアとブリギッタは天を覆う星々に思わずため息を漏らす。
「戦ったり、勉強したり、普段は星を見上げる余裕も無いけれど」
 一緒に見られてよかったわ、とブリギッタが言う前に、
「リッタと一緒に見られて良かった」
 ぼそりとアレクシアがつぶやく。
「そうね、手でも繋いどく? ほら、暗いから……ううん、繋いでたいの」
 分け合う体温に理由なんていらない。今日くらいは素直にそうしたいから、でいい。

「ヤドカリ〜ヤドカリ〜♪ ……ぴにゃ!」
 浮かれつつ、ヤドカリを探してうろちょろするも、突如頭上に出現したネズミ……いや、コウモリにびびるセシル。
 首をすくめて呼吸を整える。

「綺麗だな……」
「綺麗ですわね……」
 返事はあるものの、シェリアの様子がいつもと違うことにファレルは気づいていた。
(どうしたんだろ……?)
 夜光虫の光に照らされた洞窟を抜け、周囲にひとがいなくなったところでシェリアが立ち止まる。
「ね、ねえファレルさん、あなたに渡したいものがありますの」
 シェリアが取り出したのは、イルカ型の首飾りだった。
「俺に……?」
 あの店で選んでいたプレゼントか。思い至ったファレルはサプライズに顔をほころばせる。
「ありがとう」
 膝を曲げてかがむと、背後に回ったシェリアが首飾りをつけてくれた。
「……これからも仲良くしてくださいね」

「夜光虫、ヤドカリ、蝙蝠、間近で見るのは良いよな〜」
 鹿時の言葉にアートルムが生真面目な顔を見せる。
「夜光虫を集めて写真撮影、了解しました」
 どこかへ向かった後、すぐ戻ってきたアートルムは顔を曇らせていた。
「すみません、触れてはいけないそうで……。でもたくさん集まっている場所を見つけました」
「行ってみようぜ!」
「こちらです。暗いので気をつけてください」
 絶好の撮影スポットへ、部員達を案内する。

 光と灰次は砂浜に寝転がり、夜空にスマートフォンを向けた。GPS機能で星座を教えてくれるアプリが入っているのだ。
「ひーちゃん何座だっけ? 見えんじゃねー?」
「俺、いて座ー! どれどれ、俺にも見せてよ」
 灰次の手の中の液晶と夜空を交互に眺めていた光だが、いつの間にかまぶたが落ちてきた。

 静矢と優希は用意してきた大きめのビニールシートを敷いた。仰向けで星の光を浴びる。
「綺麗なのー☆」
「夜空が綺麗とは聞いていたが……確かに絶景だな」
 持参した温かい缶ココアを両手で包む。
「あったまるなのですよぅ〜☆」
 満天の星を堪能した後、オートシャッターで記念写真を撮る二人。
「記念に、ハイ、チーズなのですよ〜☆」

 梓遠と姫架は二人で行動するも、やはり気恥かしい。暗闇にまぎれて手をつなぐ。
 皆が星に夢中な間に姫架からこっそり梓遠の頬にキスをする。
「ずーっと大好き」
 返事はない。大胆すぎただろうか、姫架は少し不安になる。
「……あのさ」
 くるりと振り向いた梓遠は、
「……大好きだ」
 姫架の唇をふさいだ。

「むにゃ…ハイジー…もう食べられないって……」
 光の寝言を聞き、灰次はにやりと笑う。
「起きないと俺がひーちゃん食べちゃうよー?」
 宣言し、頬に軽く口づける。
 目を覚ましたものの寝ぼけ眼の光は悪戯な友人に笑いかけ、
「お前と来れてよかったー……」
 星を見上げながらぼんやりつぶやいた。

 雅紀と沙紅良は皆から離れ、昼間に目をつけておいた砂浜へ向かった。
「久遠ヶ原で見る星空とは、また違いますわね……雅紀様」
(あれ、名前で呼ばれた?)
 夜空よりも隣の沙紅良が気になり、生返事となる雅紀である。
 やがて昼間のダイビング疲れが出てきた沙紅良は雅紀に寄りかかり、うとうとし始める。いつものことだ。気を許してくれている証拠と思おう。
 雅紀は沙紅良をおぶり、集合場所へ戻る。
 白いワンピースの少女がどこかへ歩いていった。

 はるか昔の星の光が長い時間をかけて地球に届くように。
 恋人達も、まだ恋を知らない者も、それぞれの速度で目指す場所に向かうのだ。

●イルカ3号

 滞在二日目の朝。ドルフィンスイムツアーの舟に予約していた撃退士が乗り込んだ。

(あまり泳ぐのは得意ではないのですが、イルカさんに会いたいのです)
 前日に参加できなかった萌にとって念願のドルフィンスイムだ。
「まさか、イルカと泳げる日が来るとはな……」
 雷蔵は光る水面を感慨深げに見つめる。相手は野生のイルカだ。驚かせないよう、相手に合わせるのが肝心と考える。
 五十鈴 響(ja6602)も水族館で会えるイルカとは異なる、生き生きとした自然の姿を間近で感じたいと思っていた。
 必要な機材はレンタルで整えた。合唱で鍛えた肺活量を頼りに、少し離れたところから息の続く限り間合いを詰めていくつもりだ。
「……シュノーケルにウエイトにモノフィンはそろえました」
 Cカードも持ち、素潜りでも達人の域にある仁良井 叶伊(ja0618)だが、イルカとの触れ合いには自信がなかった。
 なぜなら叶伊には独特の殺気があるようで、陸上でも犬猫に嫌われるのだ。気配を殺し、ガイドの指導のもとドルフィンスイムに挑む。
(……注意すべきは海流と有毒生物と鮫…ですね)

「イルカの群れです」
 ガイドの報告に、船上の参加者達は浮足立つ。
 遊夜は潜る準備をしつつ、視線をめぐらせる。
「む、群れってのはあれかね?」
「一、二、三……軽く十頭はいますね」

「冬に海で泳げるというのなら、その贅沢を楽しまなくては」
 海は学園の先輩として天魔生徒の引率を手伝っていた。
(人間界にまた疎い人もいるだろうし。それで騒動が起きたら楽しめなくなっちゃう)
 水着に着替えたメルが水をかき、イルカの群れを追いかけた。
(おーい待てよー!)
 追われたイルカが四方に散って逃げる。
 響はイルカの周りをゆっくり泳いだ。ゆらゆら揺れる海中の光の中、あぶくを出してイルカを誘ってみる。
 イルカが笑うのがわかる。
 神凪 宗(ja0435)は舟の縁に腰かけ、群れに囲まれる響を眺めた。
「間近で見るのは初めてだが、噂に聞くとおり人懐っこいのだな」

「お、寄ってきた寄ってきた」
 遊夜ののんびりとした様子につられたのか、ペアのイルカがすっと近づいてきた。
「ちっとご一緒させてもらうのぜー?」
 遊夜はしぶきを上げないよう潜る。
 白のダイバースーツを着た沙耶は嬉しそうに泳いでいる。滑らかな動きはさながら若いイルカのようだ。

 海は名を体現するかのごとく、水と戯れた。
 メルもイルカを驚かさない泳ぎ方に慣れてきたようだ。

 水面近くで漂っていた優希を頭で押し上げるように、一頭のイルカがスピードを上げた。
「静矢さーん☆ 乗ってるなのー☆ なのー☆」
 水族館でのショーのように優希はイルカの背に乗って風を切る。
 水面に顔を出した静矢は、楽しそうな優希を見て微笑む。
「イルカは癒されるというが……良いな」

 萌はぷかぷかと海面に浮いていた。泳ぎが下手なせいで思った方向に進めないのだ。
 興味を持ったのか、イルカが寄ってきた。珍しい玩具のように萌をつつく。
(きゃー)
 声にならない声。思いがけない至福の時間だ。

●南島探訪

 一艘の舟が父島を離れ、無人島である南島へ向かっていた。
 南島では自然保護のため、一日の上陸人数に制限を設けている。係の者が山の上から、無断で上陸する者がいないか見張る徹底ぶりだ。滞在時間も二時間までと決まっている。
 正規の手続きを踏んでその日の上陸許可を得た撃退士は、十名。
 前日にドルフィンスイムを経験したイルカ1号の面々、そして九十九 遊紗(ja1048)、アリサと狂々だ。
 靴底についた土と一緒に外来の生物を持ち込まないよう、靴を洗ってボートで渡った。南島には上りやすい上陸地点はなく、岩礁に囲まれた自然のままの崖によじ登る。
「はむぁ…」
 前日のイルカとの競争のせいで疲労が抜けないアイリスは傾斜を上るのもつらそうだ。

 太陽の光に焦がされながら丘を越えると、白い浜に囲まれた青い池があった。扇池だ。
 外海と洞窟でつながった景観はまさに小笠原の秘宝として知られている。水色と一口で言っても、輝き、深み、彩りは様々に変化する。

「カメさん見つけたー」
 砂浜をゆっくり進むウミガメを見つけたのは遊紗だった。驚かさないよう座って見守る。
(うわー、こんなに間近で見れるだなんて幸せ〜!)
 スケッチブックに甲羅の模様を描き、気がついたことを書き記す。
 静流達も言葉少なに近づき、自然の一員を囲む。
 亀の歩みそのものの速度で、ウミガメは海へと戻っていった。
「カメさんバイバーイ! またね〜!」

 ハートロックが見える場所で、静流がデジタルカメラを掲げた。
「皆、準備は良いかな?」
 アトリアーナが用意した三脚にカメラをセットし、全員並んで撮影を試みる。
「……ボク達が一緒にいた、その証。今がいつまでも続くとは思ってないから記録は大事、かも」
(記念撮影か……立ち位置はどうしようかしら)
 ナタリアは写真栄えするように位置取りをする。
 後ろに隠れるように立つファティナ。
「え……!? わ、私より前に出すべき人はいるから今回は後ろに……!?」
「私は新参者だし隅っこで十分……」
 イシュタルも隅に引っ込む。
「お姉様はある意味中心人物なのに前に出なくてどうするの?」
 熾弦はファティナとイシュタルを引っ張り出す。
「お、お姉様!? わ、私を巻き込むのはやめてほしいのだけど!?」
 アイリスはちゃっかりアトリアーナとファティナに挟まれる位置を確保した上で、逃げるイシュタルを無理やり前に押し出す。
 照れながら抵抗するイシュタル。
 さらにアイリスは後ろに隠れようとするファティナに抱きつき、無理やり正面の一番前に立たせる。
「ティナ姉様、長女なんだから一番前にいないとなのですよーっ」
「仮にも店長なのに何やってんだか……」
 写真を撮るのも一大事。
 ナタリアは、ファティナと他の姉妹とのやり取りを遠目で楽しそうに眺める。シャッターが落ちるのはいつになることやら。

「えっへへ……思い出をありがとうね! あさ君っ!」
 アリサと狂々はハート型の岩を背景に記念の一枚を写した。
 まだ手をつなぐのは早いかと思っていた二人だけれど、気づけば手をつないでいた。

●山歩き

 ガジュマルの森にも手をつなぐ二人がいた。
「ぅわぁ……ジャングル……」
 悠人と威鈴。互いの空いた手で大樹に触れながら進む。
 珍しくはしゃいでいる威鈴が狩りや採集をしないよう、落ち着いたまなざしで見守る悠人。
「あ…これ、何の花かな」
「勝手に持ち帰っちゃいけないよ」
 悠人は威鈴を抱きしめる。温かい腕に包まれ、威鈴はうなずく。

「いい天気……絶好の観光日和だなルビィ」
 観光と書いてナンパと読むのは零斗の語法。
 山歩きに参加している女の子に自然派をアピールし、あわよくば……以下略、というのがルビィの脚本だ。
 実は旅行が始まって以来、観光(ナンパ)は失敗続きなのだが、零斗とルビィには理由がわからない。たまたま女の子に見る目がないのか。首をひねる。
「ん〜? 何でこうも連戦連敗なんだ? 達人ルビィ?」
 兄の悪友と兄とを見張る聖羅がいる限り、女の子がついてこないのも道理なのだが。

「海と山を両方楽しむのです! 海の次は山なのです! 本土の森とは全然違うのです!」
 桜花は学宿塾で世話になっている紫蘭にいろいろ教えてもらうのを楽しみにしていた。
 紫蘭は故郷の森を思い出す。灌木が生い茂る山道。久遠ヶ原島とは空気が違う。深く息を吸いこむ。

 当初はハイキング程度の予定だった零斗とルビィ、聖羅の山歩きは気づけば道なき道を行くサバイバルに突入していた。
 体力のない聖羅が早々にへばり、朦朧と歩き続けた結果である。
 サボテンに似た植物が前をふさぎ、これ以上は進めない。
「おい、聖羅、こっちだ」
 ルビィと零斗が道を見つけたおかげでどうやら再集合場所に戻れそうだ。

 ガジュマルの森で仲間達と分かれたクレアは一番厳しそうなコースを選んだ。
「うわー! 見たことない生き物ばっかりだよっ!」
 道中で出会うひとと笑顔で挨拶を交わし、足取り軽く歩を進める。木漏れ日の坂道を抜けると視界が開けた。
 青い海。沖を行く船が見える。クレアは大きく伸びをし、しばし休息する。

●父島メインストリート

 薄着姿のエルナ ヴァーレ(ja8327)は何よりも酒を楽しんでいた。
 海沿いのバーで、置いてある酒を全て試す。飲めば飲むほどテンションが上がる。
 黒苺 レトスール(jb2681)はいつものドレスの上にパーカー姿、エルナのお酒につきあうものの、自分が目立っていないかが気になって仕方ない。
「ただの日焼けに見えるから大丈夫よ〜」
 エルナのフォローに少し気楽になる黒苺。おでこまでかぶっていたパーカーのフードを外す。
「人間には悪魔ってやっぱり好奇とか恐怖の目で見られるのかしらね?」
「あたいだって魔女なんだから平気平気。たとえ、一般人から何か言われようと、あたいは友達よ」
(あたいも、故郷では割とそういう目で見られてたし、ね)
 この世界を楽しみたいと思っている黒苺だが、自身の肌の色が気になり、他の客の視線を避けてしまう。
 それでも友情だけは確かに感じられる。

 海は一日一食の島寿司を堪能した後、ラム酒を飲んだ。
 どこかで見た白いワンピースの少女が、視界を横切った。

 宗は、土産物屋で雀原 麦子(ja1553)に合うアクセサリーを探していた。
 ユーナミアとシルヴァーノがそろいのクジラストラップを手にするのを横目で見る。
「ラム酒とかも美味しそう、シルどれが好き?」
「全種類いこう」
 迷いのないアシュリー夫妻が大量の土産物の会計を済ませる。行きよりも荷物が増えているのは間違いない。
 沙希はラム酒を試飲後、うなずきながら土産用に瓶を手に取る。割れないよう厳重な梱包を頼む。
 宗はイルカのついたヘアピンを選んだ。
 あくびをしながら浮舟が店に入ってくる。与一と一緒に眠れないのが不満で、一晩中起きていると意気込んだが、いつの間にか昨夜は眠ってしまった。
 お土産は絵葉書だ。海で見たイルカや、鮮やかな花の写った絵葉書を何枚か選んだ。
 続いてやってきたのは、ブリギッタとアレクシア。
「折角だし、何かお土産買っていこうかしら。早々来れるとこでもないんだし?」
 おそろいのペンダントは、ウミガメがトップになったペンダント。
「思い出の第一歩、なんてね?」
「これからも、思い出増やせると良いな」

 炎宇は自転車にまたがり、目に留まった風景をデジタルカメラに収めてゆく。
 店が立ち並び、観光客でにぎわうメインストリートに向けてシャッターを押す。

●最後の夜、そして朝

 明日は父島を離れる。
 修学旅行最後の夜、焔は枕を抱きしめて寂しさをまぎらわしていた。いつの間にか藤花との生活が当たり前になっていた。

 宗は民宿の一人部屋で外を眺めながらラム酒を味わう。
「たまにはこういった平和な時間を過ごしておかないと、戦闘狂になりかねないな……」
 久遠ヶ原に戻れば、また「日常」が始まるのだ。

 いくつかの宿に分かれて泊まる学生達の間で一つの噂が流れていた。
「俺見た」
「上品な日傘さしてたな」
「すーっと消えてったんぜ? 天魔より怖えー」
 女子の泊まる部屋でも噂はささやかれる。
「お嬢様風の幽霊でしょ、私も見た」
「まさか恋に破れて身を投げたとか?」
(あの幽霊、実はうちなんや)
 初めての女友達ができたと喜ぶユーナミアに、打ち明けようか遥夏は迷う。元気娘に見えて実は少女趣味である遥夏の告白をすぐに信じてもらえるかはわからないが。

 海が提案したトランプの大富豪は、叶伊の勝利に終わった。
「もう一勝負」
 謳華が粘る。

 相互扶助部の泊まる旅館では、戦闘が始まっていた。きっかけは消灯前、男子大部屋に女子が遊びにきたこと……なのだが。
 枕を取りに戻るあたり、女子もやる気満々である。
 楓奈の顔に枕が当たった。スイッチが入り、楓奈も参戦する。
 旅館に泊まるほぼ全員を巻き込んでの男女対抗枕投げとなった。
 最初は偉そうに止めようとした炯々も、気づけば前線に立っている。征治は布団の中に潜伏し、敵の後方から狙い撃ちにかかる。
 セシルは序盤こそ暴れていたものの、早々に寝てしまった。
「面白い。ひとつ混ぜて貰えんか?」
 沙希が加わり、再び戦闘開始。
 静寂は全力かつ的確に、敵に枕を叩き込む。バスケで鍛えた脚力と腕力。
「ここは戦場、何人たりも逃しはしない」
 容赦なく各個撃破を狙う。
 スタミナ度外視で全力投擲していた沙希がふらっとめまいを起こす。
「お酒ばっかり飲むもんだから……はぁ」
 燦華が介抱に回る。二人後方へ。
 とにかくブン投げる征治と、ケタケタ笑いながら攻撃を繰り返す燦華。手は似ている。
「喰らえや若人共!」
 古代も参加した。大人げないのは百も承知。
 結果は男女とも一勝一敗。
 旅館の器物破損がなかったこと、高柳がそこに泊まっていなかったことが幸いといえよう。

 島を発つ朝。
 盛大に見送ってくれる島民達に手を振りながら、学生達は船に乗り込む。
「面白かったな。一族旅行もいいもんだね」
 奏は少し照れつつ満足そうに笑う。神崎家の思い出がまた一つ増えた。
「せっかくやし、郷土料理は食べておきたいと思ったら」
 遊夜は思いがけない土産に軽く目を瞠った。
 寿司屋の店主が、撃退士のお弁当として八十名分の島寿司を握ってくれたのだ。
 帰りの長い船旅の中に、島の空気を持ち帰れる。大自然とゆったり流れる時間。贅沢な修学旅行はまだ終わらない。









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