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香港観光&グルメツアー タグ:【香港】


 香港島から大陸側の九龍半島へ向かい、スターフェリーが行く。
 星影 燈(ja9570)は窓枠から顔を突き出した。
「潮の香りがする!」
「ああそうだな。おい、落ちるなよ」
 由野宮 雅(ja4909)は燈の腕を押さえた。
「見て見てっ! あんな建物日本にはないよね、素敵ー! ね、雅♪」
「ま、香港だからな」
 密度、高さ、デザインとも、異質な魔天楼。
「こんなの初めて……誘ってくれてありがとう」
 燈の明るい声に、雅の顔にも微笑が浮かんだ。
「別にいいさ」

「うわぁ、うわぁ〜〜〜!」
 刻々と表情を変える光景に青鹿 うみ(ja1298)はただ歓声を上げる。
「夜景も、綺麗でしょうねっ……!」
「うみさんは、感激屋さんですねー」
 澄野・絣(ja1044)は横笛を取り出した。
 潮風に、絣の奏でる笛の音が戯れるように流れていく。


「イラッシャイマセー」
 ショッピングセンターの玄関先では、笑顔の店員達が日本語で出迎える。
「1、2……順調に減っているな」
 ジュリアン・白川(jz0089)は免税カードの残りを数えた。
 既に初日から、数名が出奔。
(航空券を握っていて正解だったか……)
 集合時間を告知する彼の声を背中に、学生達が目当てのコーナーへと散らばる。

 鍔崎 美薙(ja0028)は店内を見渡す。
「やはり異国の店の品は、物珍しいのぅ。見ておると迷子に……」
 振り向くと、自分1人。
「誰もついて来とらんではないか」
 漸く、ギィネシアヌ(ja5565)と宮垣 千真(jb2962)が追いつく。
「これだけ広いと、テンションあがっちゃって!」
 美薙に誘われ、一緒に行動している七海 マナ(ja3521)も荷物を抱えてついて来た。
「仲間に入れて貰ったしね。みんなの要望は全部聞くよっ。そういうの好き?」
 美薙が眺めるショーケースには、珍しいデザインの宝石や細工物が並ぶ。
「安心せい、流石に見るだけじゃ」
「おー、あっちがドレスのコーナーみたいだぜ」
 ギィネシアヌが指さす方に、チャイナドレスが並ぶ。

「要望を聞くと言うたな。安心せい、絶対によく似合う」
 美薙がマナに迫る。
「僕も着る! だから……みんなも着よ……ね?」
 助けを求めるようなマナ。
「ロング丈の猛虎柄、か。これはいいのぅ」
 めぼしい物を見つけては試着。
「ほらほら! まるでカンフー映画だぜ?」
 赤いノースリーブでポーズを決めるギィネシアヌが、現れた美薙に顔を輝かせた。
「美薙ちゃん綺麗だな! よく似合ってるぜ」
 マナは結局、膝上ミニ丈でノリノリだ。
「マナ先輩……ホント完璧に美女だぜ」
 ギィネシアヌが呟いた。美薙が嬉しげに近寄る。
「おお、良いな。ついでに髪もこう、花簪なども付けるか?」
 マナが玩具にされている間に、ギィネシアヌはブレスレットを調達してくる。
「マナ先輩は青、宮垣さんは赤、美薙ちゃんは紫……俺のは桃色!」
 後に撮った記念写真には、メイクまでばっちりの美女(?)4人が写っていたという。

 品揃えをざっと見渡したリュカ(ja6460)が、一枚を指さす。
「コレ」
 ドレスを受け取り、七種 戒(ja1267)はやや不満顔である。
「なんか、選ぶんはやくね!?」
 だが黒地に青と金糸で華やかな牡丹の刺繍が散りばめられたチャイナドレスは戒に良く映えた。
「おー似合うぜ、さすがオヒメサマ」
 満足げにリュカは目を細める。

 一方で、とことん拘る者もいる。
 フローラ・シュトリエ(jb1440)は本来シビアな金銭感覚の持ち主だが、ドレスを徹底的に見比べる。
「せっかく本場の物が手に入る機会なんだから、妥協しないでじっくり選びたいわね」
 持ち時間を使いきる勢いだ。
 漸く気に入った一着を手に試着室へ。シルクの白地に見事な銀糸の雪の結晶模様。
「なかなかいいわね」
 鏡の前でポーズをつけると、竜胆 椛(jb2854)が感嘆の声を上げた。
「すごく、素敵なのです」
 その声に、フローラが振り向く。椛はびっくりして身体を固くする。
「あ、ごめんなさい。でもとてもお似合いなのです」
 フローラは嫣然と微笑む。
「ありがとう。いいわ、これ、いただくわ」
 お値段の方もなかなかのものだったが、躊躇はしない。
 椛は自分も一着と、ドレスを身体に当てる。
 青紫のドレスに、小物や靴を揃えて見繕う。
「学園以外でのお買い物は楽しいのです。あ、あれも素敵なのです」
 やっぱり、ちょっと多めに資金を用意してきて良かった。椛は軽い足取りで店内を巡って行く。

「うーん、迷うわねえ。あ、これ素敵! 試着してくるわね?」
 シエロ=ヴェルガ(jb2679)はクリフ・ロジャーズ(jb2560)に言い置いて、空いた試着室めがけて突進していった。
「はしゃぐのはいいが、スられんなよ」
 スケアクロウ(jb2547)がその後ろ姿に声を掛ける。ややあってシエロが呼んだ。
「これどう? 似合う?」
 藍色の生地に燕と牡丹の刺繍の、ロング丈。深いスリットが見事な脚線美を強調する。
 スケアクロウは無言のまま、頭の先から足の先まで眺める。
「胸回りが少し苦しいんだけど、仕方ないのかしら……」
 動きにくそうにシエロが嘆息する。
「しーちゃん、そういう衣装も似合うね。胸は……仕方ないよ。オーダーじゃないんだし」
 スケアクロウが尋ねると、手直しして出発前夜にホテルに届けてくれるらしい。
 クリフは藍色の玉に房飾りが豪華な耳飾りを手渡した。
「ドレスに似合うと思うよ」
「ありがとう、クリフ」
 シエロの声が弾む。

 クリスティーナ アップルトン(ja9941)がバッとカーテンを開いた。
「今日は『香港の毒りんご姉妹』(自称)、華麗に登場! なのですわ」
 萌黄色のミニ丈が、堂々たる美脚を引き立てる。
 隣の試着室から、アンジェラ・アップルトン(ja9940)が顔をのぞかせた。艶やかな赤のロング丈。歩くと深いスリットが揺れる。
「赤林檎と青林檎ってトコロですわね!」
 二人で並んでポーズを決め、クリスティーナは御機嫌だ。
 アンジェもうっとり。
 昔愛読しているジャパニーズアニメファンの投稿雑誌で、目にした記事。香港には幼いころから憧れていた(どう紹介されていたのかは謎だが)。
「でも、ちょっと胸がきついですね」
「さっきの昼食程度で、先が思いやられますわね」
 まだ明日の本気の昼食がある。待ってろ食べ放題!

 久瀬 悠人(jb0684)(クゼ ユウト)は異国の香りに目を閉じる。
「姉さん、俺はついに海外に来ました」
 地領院 夢(jb0762)は、姉の地領院 恋(ja8071)と悠人の腕を引っ張る。
「凄く楽しいっ! お姉ちゃん、悠人さん、どこ行く? 何見る?」
 悠人ははしゃぐ夢を可愛いと思いつつ、恋が自分に向けた警戒の気配を感じ取る。
(……姉妹の間に入っていいのか、俺?)
 夢が嬉しそうに前方を指さす。
「お姉ちゃん入ろう! きっと似合うっ」
「チャイナ服専門店……!」
 恋の表情がひきつった。
 押し問答の末、結局可愛い妹に押し切られ、恋も店内へ。
 互いのドレスを見立て合う。
 恋の黒地に紫の繊細な刺繍が入ったドレスに、夢がはしゃぐ。
「大人っぽくて綺麗、流石お姉ちゃん」
「夢もよく似合う。流石妹」
 紅花色の膝丈ドレスの夢に、恋は目を細める。
(どうしよう、うちの妹マジ可愛い)
「二人共、よく似合う事」
 悠人としては『二人共』に力を込めたつもりだが、恋の妹愛、迷走。
(これは夢を全力で守らねば……)
 夢の声が無邪気に響く。
「次は悠人さんのですよ! 折角だしっ」
 その言葉に、恋がにやり。顔には『君も道連れだ』って書いてある。
「久瀬君も確かに中華服が似合いそうだ」
 驚いたのは悠人の方である。
「……へ? いや俺はって聞いてる夢、ていうか恋さんもかよっ!?」
 抗議の声もむなしく、男性用コーナーへ連行される。


 ナイトマーケットには活気と喧噪が溢れていた。並んだ裸電球の光を受け、街路全体が怪しく輝く。
 悠人は蒼の中華服を着て、困惑の表情。
 肩に乗せた相棒の召喚獣・チビに八つ当たり。
「……お前、何その『変な格好』みたいな目」
 軽く頬を引っ張る。自分も痛いので、あくまでも軽くであるが。
 夢が笑い転げる。
「やはり旅行は共が多い方が楽しいな」
 恋はぽつりとつぶやいた。だが、それはそれ、これはこれ。
(……どうしてもと言うならば、アタシを倒して連れていけ!)
 自分を呼ぶ夢の声に、恋は改めて大事な妹を護り抜くと誓うのだった。

 黒百合(ja0422)がほくそ笑む。
「さてェ、折角なのだから存分に楽しまないとねェ♪」
 まるで今から戦場に向かう目つきだが、単にお買い物である。
 黒いシルクの髪飾りやレースのストール、サテンの靴。
 女性の好む小物はいくらでもある。
「ねェ……もう少しおまけしてよ。こんなのでどう?」
 店主の電卓に勝手な数字を打ち込む。甘い声でちょっと寄りかかってみたり。だが。
「ありがと♪ じゃあね」
 代金と商品を取り交わすと、あっさり相手の腕を捻ってさようなら。

「これは……デートですね!」
 レイン・レワール(ja5355)は、紫ノ宮莉音(ja6473)に微笑みかける。
「はい♪ なんか可愛いのいっぱい!」
 二人は物珍しげに彷徨い歩く。
「と、迷わないようにしなければいけませんね」
 雑貨屋の店先で、レインが足を止めた。
「ちょうどこんな黒の扇子、欲しかったんだ〜」
 絹張りの扇子を広げ、レインは具合を確かめる。
「可愛いですねー♪」
 纏めて買えば割引という店員の片言の日本語に、それぞれが思い浮かべた人々に似合いそうな小物を選んだ。
「莉音君は、いい物見つかりましたか?」
「んー、どっちも可愛いなー」
 莉音はTシャツを身体に当てては悩んでいる。
「んと……こちらが莉音君に似合いそうかな」
「それじゃあ、これにします♪」
 莉音は値引交渉をうまく成立させた。
「じゃあ次はあっちのお店に行きましょうか」
 レインは嬉しそうに、茶葉の大缶が並ぶ店へと向かう。
「こちらのお茶美味しいですよね♪ 試飲もさせてくれるみたいです」
 二人の買い物はまだまだ続く。

 千葉 真一(ja0070)は、一緒に歩いていた神林 智(ja0459)の姿を探す。
「あれ? どこいったんだ……」
 まさか迷子か、誘拐か。
「ねえねえ先輩、どうですこれ?」
 振り向くと、橙色も華やかなチャイナドレス姿の智の笑顔。
「お、おう」
 ほんの一瞬言葉が途切れたが、すぐににやりと笑みを返す。
「似合ってるぜ。せっかくだから記念写真でも撮るか?」
「一回来て見たかったんですよ。なんだかお祭りみたい、素敵!」
 ドレスの裾を翻し、目を輝かせる智の姿にパシャリ。
「何か面白い土産物でもないかな……」
 智が真一を呼んだ。
「先輩、これなんかどうです? あ、こっちのお菓子も面白い!」
 どういう意図か宇宙人が並んだバレッタや、レトロな図柄の腕時計、袋いっぱいの素材不明のキャンデー。
 吹っ掛けられているのは知っているが、値切りはほどほどに。だって旅行のお土産だもの!
 智は戦利品を大量に抱えて、満足そうだった。

 大荷物を抱えて蘇芳出雲(ja0612)は文句を言った。
「おい、結局僕は荷物持ちかっ! というか青鹿貴様、買いすぎだ!」
 うみは藤堂・R・茜(jb4127)と共に天然石の小物を物色していたが、顔を上げる。
「まだ村の人全員の分には全然足りないのですよ!」
「……な、に?」
 出雲が唖然とする。
「はぐれないようにしてくださいねー」
 絣は写真を撮りながら、微笑ましく見守る。
「皆でお揃いとかなアクセサリー買うたらどうやろかー」
 茜の提案に、うみが顔を輝かせた。
「素敵ですねー」
 アイリス・レイバルド(jb1510)は一見、無感心な様子で店頭のドレスをチェック。
「これはいいな。素材もいいし肌触りも悪くない」
「ええね、似合いそう」
 茜に言われ、アイリスは店員に声を掛けた。
「ところで黒はないのか? ブラックだ、ブラック」
 ショッピングに関心のない大炊御門 菫(ja0436)は、小さく嘆息。
「流石に女性ばかりでは……こうなるのは分かっていた事だな」
 付き合い程度に見て回っていたが、『これでアナタもカンフーヒーロー!』と中国語で書いてあるらしいトレーニングセットに思わず見入る。
「……良く考えたら、出国時に大変そうだ」
 我に帰った。
 大箱から手を放した菫に、荷物持ちの出雲は内心ほっとする。
 ふと視線を感じ振り向くと、シャルロット(ja1912)と目が合う。
「おや、一人ですか?」
「え、いや、あの……」
 言い淀むシャルロットに出雲が笑いかけた。
「良かったらご一緒にどうですか?」
「えっ」
(も、もしやこれはデ、デートのお誘いというものでは……)
「おい、青鹿! 一人追加だ」
 淡い期待は、出雲の言葉に打ちのめされる。
(ボクと二人でって話じゃなかったんだ!?)
 シャルロットの表情を、出雲は違う意味に取った。
「……と、これ全部僕の荷物だと思ったんですか。それこそ心外ですよ。……荷物持ちにも少しくらい、よい思い出があってもいいでしょう」
 シャルロットははっと我に帰る。
(アレ? 何でボクこんなにいらっとしたんだろう)
「荷物、僕も手伝……」
 振り切るように荷物に手を掛けた指先が、相手の指先に触れる。思ったより近い場所に顔があった。何だか微妙な空気が流れる。
「君も、着てきたらどうですか。きっと似合う」
 出雲が微笑んだ。

 青いチャイナドレスの夜咲 紫電(jb1385)が、包服(パオ)を着た天羽 伊都(jb2199)と並んで歩く。
「やー、こういう服一度着てみたかったのさ! 伊都君、おかしくないかな?」
「ん〜チャイナドレス……素敵ですよぉ♪」
 伊都は満面の笑み。そこに流れる、鼻孔をくすぐる香り。
「夜さん! あっちに美味しそうな小籠包があるですよ♪ 行こ?」
 屋台を見つけた伊都が紫電を誘った。
「これが本場の小籠包かぁ! 日本のとは少し違うけど、美味しいよね!」
「熱いから気をつけてくださいね〜」
 お腹も心もほかほかに。
「じゃあ今度はボクの用事に付き合って?」
 部活の仲間への土産物選びに困っているのだ。
 二つ返事で伊都が頷く。
 土産とは別に、揃いのデザインの細いバングルも。
「可愛いと思わない? 二人でお揃いなのさ!」
「ふふ、お揃いですね〜♪ ちょっと恥ずかしいけど嬉しいな♪」
 伊都が腕をかざすと、紫電はそっと自分の腕を添える。

「この国って黒と雰囲気似てるよね、なんとなく」
 七ツ狩 ヨル(jb2630)が、夜市の明りをバックに蛇蝎神 黒龍(jb3200)を見遣った。
「服装のせい、かいね」
 黒龍の目が笑みを湛える。
 いつもの中華服に、いつ入手したのか、水餃子の小さな椀を抱えていた。
「ヨルちゃんも着てみーひんか?」
「じゃあ選んで」
 普段から服装に無頓着な上に、中華服など判らない。
 だが流石に、黒龍がいそいそと選んできた服は拒否した。
「俺、男だよ」
「えー、似合うと思うんやけどなあ」
 黒龍は名残惜しそうに色とりどりのチャイナドレスを広げる。

 アラン・カートライト(ja8773)が、不遜な微笑を浮かべる。
「香港は昔イングランドの植民地だった。つまり、俺の庭みたいなモンだ」
「お前にゃ勿体ねー庭だ事」
 赤坂白秋(ja7030)が茶化すと、アランは鼻で笑う。
「証明してやろうか」
「上等だ、やってやらあ!」
 香港知識対決、開始。
 こうなることを予測し、白秋は下調べを済ませている。……マメな男である。
「知ってるか。香港ってな、市内での固定電話の通話料、なんと無料」
「それ位常識だろ。じゃあ香港の中国返還はいつだ」
「え? え、えっと……おう、1997年だ!」
「えらいえらい。今度はそっちからだ」
 応酬数度。
「タクシーは的士だ。ちなみにバスは巴士。一種の当て字だな」
 白秋が黙りこみ、アランのドヤ顔が電球の光を受けて輝く。
「紳士としては当然の結果だな。おい、何させる?」
 突然話題を振られたニージェ(jb3732)は、マンゴー入りのデザートドリンクに夢中だった。
「罰ゲームは1日お前に絶対服従だ」
「じゃあ、とりあえず」
 この間二秒。
「わんって言ってみて」
 ニージェ、ソークール。
「…………………………わん」
 アランは白秋の声をしっかり携帯に録音。
「いいなこれ、受信音にするわ」
 その後ニージェのあれ食べたい、これ買って来てに、さんざん振り回される白秋だった。

 風見鶏 千鳥(jb0775)は、占いグッズの並ぶ店先にいた。
「風水盤か……」
 陰陽師の家系に連なる者としては、生活に風水の思想が根付く香港は興味深い。
 あれこれ見た揚句、謎のお守りや線香などを買い込む。
 加えて何処で着るのか判らないような、どうしようもないデザインのTシャツなども。
「よく分かんないけど、面白いだろう」
「いいのかね、そんな基準で」
 傍で様子を眺めていた白川が、呆れたように呟いた。
 その目が百々 清世(ja3082)を見つける。
 雑貨店の可愛い娘と楽しげに話しこむ清世の肩を、ポンポンと叩く。
「……ホテル到着前に消えたのは、流石に君だけだったよ」
 荷物は身につけた分だけ、後は現地調達。男の甲斐性で寝る場所はタダ。何処でも気ままな清世である。
「……見逃して?」
 男子学生に可愛くウィンクされても、どうしろと。
『お嬢さんすまんが、こいつはうちのボスのお気に入りでね』
 慇懃に微笑む金髪のスーツ男に、余り上手くない中国語でこう言われたら、大概の娘さんの笑顔は固まる。
「怒っちゃヤダー」
「怒ってはいないが呆れてはいる」
 ようやく全員の所在を確認し、2日目の夜は終わった。


「見て、面白い形!」
 燈に、雅も同意する。
「日本なら訳あり物件じゃないか?」
 このビル、一階部分は四方全面ほぼ開け放しである。風水上『龍の通り道』なのだという。
「へえーっおもしろい!」
 ルルナ(jb3176)は目を輝かせて、高い天井を見上げた。
 千鳥は、昨夜買い求めた簡易式の風水盤を覗き込み、頷いている。

 だがナナシ(jb3008)の関心は近くの建物に組み上げられた、竹の足場にあった。
「飛べもしないのに、どうして人間は危険を冒して高い建物を作るのかしら」
 通りに出て、いろんな角度から写真に収める。
「これ、司書にあげよう」
 近くの店で買い求めた小物を、大事そうにしまいこむ。

 並木坂・マオ(ja0317)は、人々が賑やかに行き交う通りを眺める。
「……意外と普通?」
 てっきり功夫服の人が「〜アルネ!」などと言いつつ、その辺りで格闘してるのだと思っていた。勿論、そんなことはない。
「どうしようかな……その辺りブラブラでも……あれ?」
 クラクションが重なり合うのが聞こえてきたと思うと、車が1台、猛スピードで近付いて来る。
「おおっ、トラブルの予感!?」

 既に他の皆も、ビルから顔を覗かせていた。
「あれ、ドアに人が捕まってるよ!?」
 燈が指さすワゴン車の脇に、一人の男が張り付いている。
 雅が中国語で何事かと呼びかけると、通り過ぎる車から男が喚いた。
「……現金輸送車が奪われたらしい。あれは警官だ。面倒だが助けるぞ」
 雅の苦笑交じりの説明に、俄然盛り上がる。

 メフィス・ロットハール(ja7041)は、バイクに跨るアスハ・ロットハール(ja8432)に呆れたように言った。
「ちょっと、アスハ? このバイクどこから……」
「交渉して借りてきた。飛ばす……落とされるなよ、メフィス!」
「わかったわ!」
 爆音に、引率の白川が叫んだ。
「犯人が一般人なら、やり過ぎに注意したまえ!」

「香港の連中は、てめェのシマで遊ばれて黙ってンのか」
 リュカが調達したバイクの後ろに戒が乗る。
「フルスロットルでー! ついでにシマごと貰っとくかー!」
 戒が言うと、全く冗談に聞こえない。
 路地裏を抜け大通りに出ると、渋滞でろくに進めない件の車に追い付いた。
 幅寄せし、挨拶代わりに車体を派手に蹴飛ばす。
「よォ。イイもん運んでンな。分けてくれ」
 そのとき耳元を何かが掠めた。……銃弾だ。
 バックミラーにバイクが二台、どんどん近付いて来る。
「交渉決裂か。おい、オヒメサマ。せめて俺らと遊んでもらうか」
「おー、全力の追いかけっこな、楽しそうだ」
 笑みを浮かべるリュカと戒の顔はどう見ても悪人だ。
 チャイナドレスの腿に仕込んだ、乙女の浪漫のホルスターから銃を抜き、戒がぶっ放す。

 メフィスが符を手に、声を上げた。
「オッケー、相対速度そのままでお願い。当れー!」
 アスハはメフィスが狙いやすいよう、速度を調整する。
 見事命中した火焔がタイヤを壊し、バイクの男が投げ出される。
「天魔に比べれば、可愛い相手、だ」
 アスハは男を地面に伏せさせると、背中に捩じ上げた腕を足で踏みつける。

 黒龍とヨルは上空から車を追う。
「二台来た」
 ヨルが、仲間に連絡を入れた。
 現金輸送車に、別のワゴン車二台が追いつく。
 一台の車の上に降りたヨルが、ひょいと顔をのぞかせた。
「もう観念して止まった方がいいよー」
 日本語である。『意思疎通』で大方言いたい事は伝わっているはずだが。
 だがヨルを降り落とそうとするように、ワゴン車は蛇行する。
 黒龍が運転席の窓を叩き割り、中国語で呼びかけた。
「悪い事したら鬼が来るて習わんかったか?」
 黒龍の目が少しだけ開き、縦長の虹彩が覗く。覆面の男たちはパニック状態。

 森浦 萌々佳(ja0835)はタイミングを狙って青空・アルベール(ja0732)を蹴り出した。
「すーちゃん〜! ヒーローになるチャンスよ〜!」
「って……うわあああ無茶しないでええっ!」
 爆走中の車の正面に放り出される青空。それでも転がりながら、マシンガンを具現化する。

「街中で飛び道具は、慎重にな!」
 叫ぶ真一に、智が声援を送る。
「ゴウライガ! 頑張って!」
 真一はビシッと気合の決めポーズ。
「変身っ! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
 赤いマフラーをなびかせ、正義の味方ここに見参。

「すごいですね、映画みたいー!」
 智が無邪気に手を叩く。
「さすが香港ね! 二人とも頑張って〜」
 萌々佳も高見の見物だ。いざとなったら支援するが、まあ大丈夫だろう。

 青空のマシンガンが、タイヤを狙う。
 天魔との戦闘とは勝手が違い、割と必死である。
 銃弾にタイヤを奪われ、車がガクンとつんのめる。エアバッグが運転士の視界を塞いだ。
「You're under arrest!」
 真一がドアを蹴破ると、男たちは車を捨てて逃げ出す。

 ルルナがマイクロッドを手に、叫んだ。
「あなた達、もっと輝くことで名を上げたいって思わないの!?」
 高らかに響く歌。
 『プリンセスクレイドル』で輝く夢や希望に満ちた夢の中へと誘う。
 思いを込めた歌は言葉を超えて、きっと通じると信じて。
 1人、もう1人と地面に男たちが倒れて行った。

 萌々佳がひらひらと手を振る。
「素敵よ〜! 決め台詞は忘れてたみたいだけど」
 その言葉に、青空は手で顔を覆った。
「そういえばヒーローらしく、は無かったね……」

 黒翼を広げて舞い上がった茜が、仲間に残る一台の進路を告げる。
「このまま追い込むわいね」
 車の前方から突っ込むふりをし、すんでの所で避けて、再び舞い上がる。
 驚く隙に、菫は傘を引っ掛け屋根に跳び乗った。窓を蹴破り、後部座席にいた数人を叩きのめす。
 何やら叫ぶ運転手の男は、目前に迫るアイリスの拳に悲鳴を上げる。
 ひび割れたフロントガラスに穴を開け、突き出た腕がハンドルをがっちり押さえんだ。
 そのまま突き進む車の正面で待ち構える千鳥が、全力疾走。
「陰陽拳!『挽き肉ぱーんち』!!」
 真っ向から叩き込まれた拳に、ボンネットは曲がり、白い煙を吹き上げ車は停止した。

 現金輸送車は、その間も走り続ける。
 マオは前に躍り出た。車に張りつく警官が何か叫ぶ。おそらく危ないとか何とか。
「あの人、後で本場のカンフーとか見せてくれないかな……!」
 そんな期待を籠めた『閃光番長』が炸裂。
 勿論加減はしたが、弾き飛ばされた車が路上でスピンする。

「……素敵だわァ、楽しそうだわァ♪ ほらァ、アクセル全開ぶっ飛ばせェ♪」
 黒百合が、嫣然と微笑む。
 なぎ倒される店の看板や商品、映画さながらの光景が面白くてたまらないらしい。
「ほらほら〜捕まっちゃうわよぉ♪」
 放つ銃弾が、振られた車体の角度を変える。

 窓から身を乗り出し、白秋が不敵に笑った。
「はっ、丁度退屈してたとこだ」
 縋りつく警察官に向かって、ニージェが並走する車から身を乗り出し英語で呼びかける。
「手錠で中の人と繋がってるんだって」
「なあニージェ、赤坂の罰ゲーム有効活用しようぜ」
 咥え煙草のアランが言った。ニージェは小首を傾げ、即答。
「技名とか叫んでよ、中二病っぽいの」
 白秋は窓から落ちそうになる。
「えっ、おまっ、今それ持ち出すか!?」
「まだ24時間たってないから」
「人助けのついでだしな」
「お前ら後で殺す……」
 歯軋りしながら拳銃を構える白秋。
「わ、わ――我が身に宿りし災厄の解放――其は原初ナル漆黒“永闇<ダークマター>”絶望与えし根源ノ闇――」
 台詞を考えるのと羞恥とで集中力が削がれる。
「――深淵の底で己を恥じよ! 漆黒邪霊断魔弾――!」
 赤面しつつ放った銃弾が、タイヤを直撃。勿論実際はスキル抜きだ。そんなことしたら警官諸共即死である。
「うわあ……」
 称賛とは程遠い声を上げるニージェ。
「愉快過ぎて腹痛え」
 アランは勿論、白秋の渾身の叫びを、携帯に保存した。

 まだ止まらない車に、ナナシが近付く。
 ぶつかる瞬間、『物質透過』で車内に入りこみ、運転席で手を伸ばす。
 中の犯人たちが何事か叫んだ。
「私が誰かって? そうね、通りすがりの善良な悪魔よ」
 ナナシは表情も変えずハンドルを奪い、サイドブレーキを引く。
 張り付いていた警官がその隙に窓枠を掴み、器用に助手席の男の首に脚をひっかける。
 そのまま両足を揃えて窓から男を引きずり出した。
 路上に転げ落ちた男の上に着地し、一気に手錠の腕を捻り上げる。
「おおーすごい」
 華麗な一連の動きに、マオは歓声を上げる。
「大丈夫ですか?」
 椛は救急セットを手に駆け寄り、全身ボロボロの警察官を気遣った。


 強盗騒ぎで大いに遅れた昼食だったが、警察官――香港警察のチャン警部と名乗った――が、協力のお礼にと、新たに店を手配してくれた。
 飲茶グレードアップの吉報に、どよめきが起こる。

「アンジェ、ふかひれです! ふかひれを頼むのですわ!」
 クリスティーナが拳を握る。
「姿煮にスープ。麻婆豆腐もお願いしますわ!」
 フローラは表情を変えないままだが、やはり料理を待ちわびる。
「しっかりと味わって頂きたいわね」
 点心を味わうに、分担量的には4名はベストといえよう。
「いっぺん本場のを食べてみたかったんよ〜」
 茜も笑顔で料理を待ちうける。
「ここまで来ることなんてそうないけんねぇ」
 やがて皿や蒸篭が卓を埋め尽くす。
「うわーなんやろね、これ!」
 口にした上海蟹の旨味に、茜が感嘆の声を上げた。
 辛い物が苦手なアンジェラも、甘みのある味付けを心ゆくまで味わう。
「デザートには杏仁豆腐ですわね」
 クリスティーナが言うと、アンジェラも反応。
「杏仁豆腐と胡麻団子と……」
 色とりどりの甘味が並ぶ。
「これは、今までの印象が変わるわね。あ、これ、分けていいかしら」
 フローラは濃厚で甘みの強いマンゴープリンを食べ終え、巨大な月餅を人数分に切り分ける。
「ああ……最高に美味しい甘味がこんなに。アンジェは幸せにございます」
(勿論リサーチの為ですわ!)
 うっとりしすぎて、本音と建前が逆になっている。

「冥界にもこんな店があればよかったのにね」
 クリフの声に、シエロが頷く。
「ほんと人間界の食べ物って美味しい。それ取って?」
「あ、エビ蒸しでいい?」
 卓上では各種餃子が湯気を上げる。
 スケアクロウはそれを平らげつつ、強い老酒を煽る。
「付き合えよ」
 杯を口にしたクリフがむせた。
「……ス、スケさん。このお酒強すぎない?」
「2人共、お酒飲み過ぎないでよ?」
 シエロの心配そうな声に、スケアクロウが言った。
「デザートは頼まなくていいのか」
「あら、有難う」
 まだ少し緊張を感じる相手だが、心遣いに笑みを向ける。
「スケさん、しーちゃんには優しいね」
「男にも優しいぜ。ほら食えよ」
「!?」
 クリフの口に、スケアクロウは鶏球大包を捻じ込んだ。

 黒葛 琉(ja3453)がきりりと眉を寄せる。
「飲茶の事は俺に任せろ!」
 卓上のオーダー用紙に熱くペンを走らせ、次々とチェックを入れる。
「すっごい頼んでますねっ! アレ、自分で食べたいだけじゃないかなー」
 澤口 凪(ja3398)の指摘は、多分当たっている。
 牧野 穂鳥(ja2029)が、小さな茶碗にお茶を注ぐ。
「飲茶のお店ってこういう所なんですね……」
 茶を皆に勧めながらも、蒸篭の湯気と香りに気を惹かれる。
「本場のお店で食べるなんて素敵ですよね」
 凪も初の海外旅行に慣れ、辺りを見回す余裕ができたようだ。
「取り敢えず俺が皆の口に合うか実験しておくな!」
 琉が蒸篭の蓋を開け、次々と箸をつける。
「うむ、これは……毒味は俺に全て任せろ!」
 梅ヶ枝 寿(ja2303)が蒸篭の蓋で、琉の箸をブロック。
「リーダーばっか食ってずりぃとか思ってないですし! 俺も毒見に協力するだけですし!」

 天上院 理人(ja3053)がおもむろに、隣の桐生 直哉(ja3043)に聞こえるように呟いた。
「そう言えば何だったかな、高級で美味だと聞くアレ」
「え、そんなのあるの」
 直哉を見る理人の眼鏡越しの視線は無駄に鋭い。
「おお、この『亀苓膏』だな。黒葛に勧めてはどうだろう?」
 出てきたのは、黒いぷるぷるの物体、亀ゼリー。
 直哉に笑顔で勧められ、琉が受け取る。
「高級で美味、か。ありがとな桐生」
 口にした瞬間。
(……!?)
 椅子を鳴らし立ち上がった琉は、ダッシュで離席。
「なんだろな、急に走ってって」
 寿が腰を上げる。

「……ッりぃぃだあぁ! くそっ誰がこんな…!」
 廊下で倒れる琉を目にし、拳を壁に打ち付け寿が呻く。
「でも飲茶冷めちゃうからな! 食ってからな!」
 踵を返し、席に戻る。
「大変だ皆! リーダーが倒れていた!」
 一同にざわめきが広がった。
「またですか……」
 斐川幽夜(ja1965)の言葉が皆の真意を端的に現している。確か去年もこんな感じで、ちなみに犯人は琉だった。
 寿が箸を素早く動かす。
「状況を察するに、この飲茶の中に何かが……お前らに危ない橋は渡らせねぇ!」
 だが突如、寿の口の動きが止まる。
「……う、ぐッ!?」
 駆け出す寿。
 やれやれと首を振る一同は、大きな物音に、流石に腰を浮かせた。
「爆発音!?」 
 駆けつけると、倒れる琉と寿、壁には大穴。
 凪が目を見開く。
(……あ、さっき先輩に直哉さんが何か勧めて……た?)
 まさかそんな。だが状況的に一番怪しいのは彼。凪の心は直哉への想いと、事実との間で揺れる。
 穂鳥がおずおずと声を上げた。
「大変申し上げにくいのですが……桐生先輩は先ほど、黒葛先輩と何をお話になっていたのでしょうか?」
 直哉の肩がびくりと動く。
「……亀ゼリーがまさかそんな凶悪な食い物だったなんて、知らなかったんだ……凪、こんな俺でごめんな」
 頭を抱え、膝をつく直哉。
 理人は顎に手をやり、思案顔。
(何故ことぶ子まで……? だがこのままでは僕の関与が漏れるのは時間の問題。ここはなんとか、ことぶ子を犯人に……)
 死人に口なしで事件の隠蔽を図る理人。(※寿死んでない)
 だが幽夜が言い切る。
「全て繋がりました」
 指差したのは床……の、寿。
「ここに注目してください」
 背中にはくっきり、>>>の模様。
「おそらく梅ヶ枝さんは、偶々転がって来たタイヤに当たったのでしょう」
 ……先刻の事件のアレが、市内を転がり続け到達か。
「じゃあ、黒葛先輩はやっぱり直哉さんが……? どうして!?」
 凪が口に手を当てる。
「真相は天上院さんがご存じでは?」
 幽夜のクールな視線に、理人がフッと笑みを漏らす。
「ふ、僕としたことが、詰めが甘かったようだな」
 大仰に手を広げ、叫ぶ。
「だが、亀ゼリーのこれ程の危険性を誰が想像する? 僕はただ、黒葛が悶え苦しむ様を見たかっただけだ! そもそも僕の事をツンデレなどと笑う黒葛が悪い。これはきっと天罰だ!」
「実際ツンデレじゃないですか」
 幽夜の声に真犯人はがっくりと項垂れた。

 卓に戻った穂鳥は、散らかった食器を簡単に片づけた。
 残された黒い塊を見つめ、口に運ぶ。
「シロップをかければ、そんなに酷い物ではないような……」
 要は漢方薬の味なのだ。倒れる程のものではない。
 詰まる所は、いつものじゃれあい。
 穂鳥は暖かいお茶にほう、と静かな息をついた。


 夜の海に、写り込んだ夜景が揺れる。
 柊木要(ja1354)は、ビルの屋上に佇む。
「ふむ、此処の屋上からの景色も中々……」
 屋上マニアとしては、高層ビルの立ち並ぶ香港は魅惑的だった。
 昼間の景色も素晴らしかったが、夜景はまた表情が異なる。
「65点……いや、70点は固い。いやまて、光による幻想的なアートを鑑みると……これは」
 点数をつけられるようなチャチなもんじゃあ、断じてないなッ!
 滾るこの気持ち、叫ばずにはおれん!
「やはり屋上とは素晴らしいものだッ!!」
 再確認した要は、素直にホテルに戻る。

 ホテルでは、引率の白川が清世と立ち話していた。
「じゅりりん〜誘いに来たよ。飲み行こー」
「……魅力的なお誘いだが、流石に引率でそれはまずいね」
 帰国後に改めてと固辞され、清世は通りかかった要を巻き込む。
「……いやあの、何歳に見えるのか俺には分からないけど、俺未成年っすよ?」
 固いこと言わずに〜等というやり取りに、白川が説教を始め、要はその隙に逃げ出した。

 スターフェリーの船中で、美薙がギィネシアヌを気遣う。
「冷えてはおらぬか?」
 マナは愛する潮の香りを胸一杯に吸い込んだ。
「この街も海が近い……。天魔から人々を守るために、僕みたいな海賊がいてもいいのかもね」
 愛用のキャプテンハットの角度を直す。
 ギィネシアヌは、少しせつないような気持で、美薙とその背後の夜景を見つめた。
「綺麗だなぁ……最後の夜に相応しいのぜ」
 旅は今夜が最後。明日はもう日本に帰る日である。

 アスハとメフィスは寄り添いながら、窓外を流れる夜景を眺める。
「余計なイベントまであって、波乱万丈だったわね」
「全く、キミといると退屈しない、な」
「お互いさまよ」
 ひそやかな笑い声が響く。
「綺麗ね。あの大騒ぎが嘘みたい」
 そう言うメフィスの横顔を、アスハは見つめる。
(ここは、キミの方がキレイだ……とあえて言うべき、かな?)
 折角出かかった言葉は、振り向くメフィスに出番を失う。
「帰ったらさ、普通のツーリングしましょ?」
「ああ、そうだ、な」
 言葉の代わりに、肩を抱き寄せた。 

 レインは大好きな夜景が少しでもよく見えるように、二階席を選んだ。
 遠ざかるビクトリアハーバーを眺めていたが、ふと、隣の莉音に笑顔を向ける。
「隣が俺でごめんね?」
 莉音はきょとんとレインを見つめた。
「どうして? 君の瞳の方が綺麗だから?」
「女の子じゃなくてって意味で……! そんな目でこっち見ないの!」
「大丈夫! ちゃんと夜景も見ます」
「も、なの!? メインどっち!?」
 明るい笑い声は、絶えることなく。

「あっちも見てみよう」
「ええね、あの辺りは人目に付かん」
 ヨルと黒龍は、共に夜の闇に翼を広げ、空からの眺めを堪能する。
 百万ドルの夜景をこの角度で見つめた人間は、おそらくいないだろう。
 自分達だけに許された贅沢を、存分に楽しむ。

 その眼下の展望台で、アイリスは歩きまわり、気に入りの場所を定めた。
「今回は……時間もないし絵で仕上げるか。無論、出来に妥協はしないが」
 絵筆を取り出すと、観察結果を形に残し、とどめる作業に没頭する。
 人に許される時間は、有限。
 だからこそ、その時間の中で見られるだけの物を見ていよう。

 青空は対岸のビルを眺め、ちょっとしょげてしまう。
「格好良くはやっぱ難しい……」
 折角の機会、彼女の前でヒーローらしくビシッと決めたかった。
 だが萌々佳は嬉しそうに笑っている。
「大丈夫。カッコよかったよ〜」
 だってヒーローの第一歩は、誰かのために努力することじゃない?
 その笑顔によって、世界の平和が守られたことを青空は確信できるのだ。
「ありがとう……」
 躊躇いがちに背後から回された腕に、萌々佳はそっと自分の手を添えた。
 背中の暖かさと共に、きっと目の前の夜景を忘れることはないだろう。


 滑走路が眼下に小さくなって行く。
「次はマカオ辺りのカジノで遊びてェわ」
「カジノってアレだろ、美人なウサギのお姉様がいるトコだろ」
「まあ、大体あってるか」
 笑うリュカの掌に、戒が落とす軽い金属の音。
「ドレスのお礼……じゃらじゃらしてるし、一つくらい増えてもイイだろ」
 リュカの好みそうな、狼の牙のシルバーアクセが光っていた。
「ありがとよ、オヒメサマ」
 リュカは戒の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「過ぎてみりゃあっという間だな」
 窮屈そうに身をよじり、アランが呟いた。
「そうだな」
 白秋は窓外を眺め、日本に残った黒子(ja0049)を思う。
 あいつ、肝心な時に風邪引きやがって。
 治ってたら空港から電話して、迎えに来させよう。
 土産と想い出話は、早い方がいいだろう――。

 陸地の緑が、雲の白に覆われて見えなくなった。









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