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リプレイ

裸と柳と白壁と 〜歴史に遊ぶ岡山の旅〜 タグ:【岡山】

●裸祭り
 広いお堂の中に、白い褌だけを身につけた男達が密集している。
 動きはない。
 声もない。
 しかし寒さは全く感じられない。
 一人一人が熱を発し、水垢離の際の水分を蒸発させて上昇気流を生み出していく。
 午後10時。
 質素な木製の棒が天井近くの窓から落とされる。
 それが、1万人に戦いの開始を告げた。
「フハハハハ!」
 筋骨たくましい参加者の中でも特に目立つ男が、じり、じりと肌色の海を進んでいく。
 参加者に互いを傷つける意思はない。
 しかし宝木を求める思いは強烈で、肌と肌のぶつかり合いは迫力だけなら戦場並だ。飛び抜けた体力を持つギメ=ルサー=ダイ(jb2663)でも、一筋縄ではいかない。
「アウルの使用禁止程度で止まると思ったか! 我の筋肉を以てあの棒を手中に収めてみせよう!」
 内側に宝木を抱え込んだらしい地元大集団の前に、ギメ=ルサー=ダイが真正面から立ちふさがる。
 肉と骨がぶつかり合う音が、数世紀の歴史を持つお堂に響き渡った。

●肌色
 西大寺会陽のいわゆる砂被り席よりさらに前。
 手を伸ばせば裸の男に触れられてしまう位置で、パルプンティ(jb2761)は警備の一員として頑張っていた。
「遅刻しなければ参加せずに……」
 泣き言を言いつつも前に出ようとするお子様を宥め、お堂から押し出されてきた筋肉男を隣の警備(男)に任せてその場を凌ぐ。
 宝木争奪戦を行っていたらしい、100人以上が密集した中から十数人が吹き飛ばされ、こちらに向かってくる。
「とほー」
 パルプンティは覚悟を決め、受け止めようと手を広げる。
 だが一際たくましい男が倒れかかった男達を抱え、激しい土煙をあげてなんとか減速し、パルプンティの直前で止まる。
「む、木を外に持ち出されたであるか?」
 危うく負傷しかかった参加者を立たせてやりながら、ギメ=ルサー=ダイは残念そうな、同時にとても爽やかな笑みをいかつい顔に浮かべる。
 本堂近くでの戦いはまだ続いているが、特徴的な臭いは既に会場の外にある。
「仕方あるまい――本年は預けておくぞ!」
 天使は、呵々と大笑するのであった。

●美観地区
 鮮やかに白い漆喰の壁。
 緩やかに揺れる緑の柳。
 よく手入れされた和洋様々な歴史ある建物。
 サミュエル・クレマン(jb4042)は時間を忘れて倉敷の街を堪能し、そして、唐突に気づいてしまった。
「ここ、どこだろう」
 当たりを見回しても案内図が見あたらない。
 市街地っぽくないのでまだ美観地区の中だとは思うのだけど、それ以上のことはさっぱり分からない。
 普段はりりしい雰囲気が崩れ、徐々に年相応の顔が覗き始める。
「ぼく、迷子?」
 柔らかな声が聞こえた。
 振り返ると、淡く微笑むアデル・リーヴィス(jb2538)が屈んでサミュエルと視線をあわせてくれる。
「あ……その……皆がはぐれてしまったみたい……」
 恥ずかしく思い言いよどんでしまう。
 けれどリーヴィスは急かしもせず馬鹿にもせず静かにサミュエルを見守っていた。
 だから、サミュエルはいつものサミュエルに戻ることが出来た。
「いえ、迷子でした!」
 ぴしりと身を正し、直立不動で頭を下げる。
 真冬であるにもかかわらず元気に半ズボンを着こなす少年の見事な所作は、近くにいた観光客達を感嘆させていた。
 サミュエルを大通りまで案内してから、リーヴィスは1つの提案を口にした。
「助けた代わりに、一緒にスイーツでも食べない? 二人の方が美味しいよ」
 リーヴィスの提案に目を輝かせ、だが肩を落としてしまう。案内はいくつか見つかったけども、あまり詳しい情報までは載っていなかった。
「でも、どこにあるか分からない……です」
「一緒に探しながら歩きましょう?」
 リーヴィスがそっと手を差し出すと、小さな騎士は淑女を元気にエスコートするのだった。

●人の街
 柳が大きく揺れて、枯れた木の葉が勢いよく空に消えていく。
 それ単体で美術品にみえる、青く豊かな髪が揺れ、しかし乱れることなくもとの形に収まった。
「一度中に入りますか?」
 自らの体で風から庇ったカルマ・V・ハインリッヒ(jb3046)が、外套を脱いでウィズレー・ブルー(jb2685)の肩にかけてやる。
「そう……ですね」
 透き通るように白い肌をかすかに赤くして、細身なのに強靱な力を感じさせる肩越しに町並みを眺める。
 200ほど前に建てられた蔵。
 80年ほど前に建てられた重厚な洋風建築。
 彼女にとって、どれだけ眺めても飽きの来ないものばかりがある。
「昔はこういう建物の方が多かったんですけれどね……懐かしいです」
 人間とは比べものにならない時間を生きる彼女は、良い意味でも悪い意味でも多くを知ってしまう。
 穏やかか気配に混じる陰りは、カルマがそっと美術館に導くことで薄れていった。
「素晴らしい空間ですね、ここは」
 20世紀初頭にヨーロッパで収集された貴重な美術品の数々よりも、建物の方が彼女の興味を引いたらしい。
「ふむ、確かにまた面白い……」
 黒手袋で包まれた手で外套を受け取った後、カルマはウィズレーより落ち着いた態度でほとんど同じ行動をとっていた。
「あれ、俺若干ウィズに毒されてる?」
 自らの変化に気づき、カルマは整った美貌に淡い驚きの色を浮かべる。その驚きの中には不快感は全く含まれていない。
 若い、少なくとも心と外見が若い2人の気持ちの通じ合った様はとても眩しくて、館内の客達から憧憬の視線が寄せられる。
 ウィズは視線に気づいて戸惑い、より強い視線を向けられた時代を思い出す。
「そうか、ウィズはこちらの世界の人間からエネルギーを分けてもらっていたのでしたね」
 カルマの声には非難の感情も慰めの感情もなく、真正面から誠実に受け止める思いだけが籠もっていた。
「はい」
 ウィズレーは素直にうなずき、先程同様軽い足取りで歩いて行った。

●家族
 釉薬を使わない焼き物。
 木綿糸で織り上げられた藍と白の布。
 真竹から削りだした竹ひごで編んだ竹や籠。
 若者向けの華には欠けるかもしれないが、職人による入魂の品々は点喰 縁(ja7176)を心から楽しませていた。
 が、先程から連れの反応がない。
「ゆかりちゃん?」
 備前焼や勝山竹細工や作州絣を詳細に説明しすぎたかと内心反省しながら振り返る。
「ななななんでしょう?」
 普段は元気いっぱいの杷野 ゆかり(ja3378)の動きが堅い。
 縁が謝罪を口にしようとすると、それよりゆかりが先に口を開く。
「い、いえいえいえっ。誘ってもらえて嬉しいなぁ〜」
 ぎくしゃくするゆかり。
 理由はとても簡単。だいすきな人とのデートで舞い上がっているだけだ。
 手をつないだ方がいいかなぁとか、もうちょっと距離を詰めたいかなぁという考えが頭の中をぐるぐる回っていているのだ。
「だいじょうぶ?」
 縁は大事にしたい女の子に、額に体温を測るために手を伸ばし、ゆかりは顔を赤くしつつ動きを止めて待ち受ける。
 男女が直接ふれ合おうとしたそのとき、2人の耳に聞き慣れた声が届く。
「えっと、ぱぱとまちあわせしてるので、さきにはいっててといわれたです!」
 おめかしした幼児が、入り口で従業員に足止めされていた。
「あちらの方達は……歳が若すぎるわよね」
 縁とゆかりをちらりと見てから、人の良さそうな従業員が表情を曇らせる。
 迷子の案内を出すべきか迷っているようだった。
 点喰 瑠璃(jb3512)は父と知り合いのおねーさんに気づかれないよう、妙に本格的な……現役の撃退士らしく気配を消して物陰に隠れようとしていた。
「瑠璃……なんでこそこそしてるんだーおめぇ」
 ゆかりの額に手の平を当てる寸前で身を引き、縁は可愛くて仕方がない娘に言葉だけは厳しく声をかける。
 これまで娘に気付けなかった自分自身に呆れ、驚愕し、今までずいぶんと舞い上がっていたことにようやく気付く。
「だって、ぱぱたのしそうだったからきになっちゃんだもん!」
 ちょっとだけ涙目で、身長差ゆえの上目遣いで弁解する。
 身内同士であることを確認できたため、従業員の女性は瑠璃に入場券を持たせ、ごゆっくりと優しく微笑んでから去っていった。
「ホントに?」
 ゆかりは離れて行く手に切ない視線を向けていたが、瑠璃の言葉を聞いて目を輝かせた。
「うん。なんにちかまえからずっとだよ」
 縁が照れて明後日の方向を向き、ゆかりがガッツポーズをして喜びを顕わにする。
「ありがとう教えてくれて」
 小さな手の平を自分の手で包み込むと、瑠璃からわずかにあったこわばりが抜け、心からの笑みを浮かべてゆかりを見上げた。
「ゆかりちゃん、瑠璃も一緒でいいかな?」
 デートに娘同伴という提案を控えめにする。
 それに対する返事は、予想を上回っていた。
「もちろんです! 瑠璃ちゃん置いてけぼりにするのは駄目絶対ですよ!」
 ゆかりは強く主張する。
 そして瑠璃から片手を離し、そうっと、おそるおそる、縁に手を伸ばす。
「うん。よろしくな」
 内心驚きはしたが顔には出さず、力強く、それでいて優しく
「えへへ」
「えへへだよー」
 笑み崩れる女の子とつられて喜ぶ最愛の娘と共に歩き出す縁。
 何もかも異なる3人は、1つの家族に見えた。

●甘味の店で
「裸祭り、ちょっと残念でしたね」
 スイーツの注文を終えてから紅野 葉幸(jb0141)が冗談っぽく言うと、対面の水無瀬 快晴(jb0745)は無言のまま肩をすくめた。
 あの祭りに巻き込まれそうになったとき、快晴は文字通り全力を振り絞って回避した。
 気高い猫を思わせる彼がそこまで嫌がるのは極めて珍しい。
 ぷいと視線を逸らす。
 喫茶店の内装は洒落ていると同時に落ち着いた色合いで、騒がしい客は1人もいない。
 窓際には地元産の硝子細工が控えめに飾られていて、冬の淡い陽光を受けて穏やかにきらめいている。
「綺麗だな」
 葉幸と硝子細工を見ながら正直な感想を言うと、葉幸は一瞬だけ動きが止まり、暑いですねーと手のひらで自分を仰ぐしぐさをしながら顔を赤らめた。
「お養父さんへのお土産何かいいのありますかね〜?」
 快晴の視線の先の硝子細工に小さな値札を見つけ、目を懲らす。
「ん〜、予算が」
 洒落た店は値段も洒落ていた。
 一瞬赤と金に切り替わった瞳をもとに戻してから、一見愛想のない、けれど今は柔らかな雰囲気の快晴との時間を楽しむ。
「お待たせしました」
 ウェイトレスが運んできたのは、桃の砂糖漬けを生クリームとチョコレートで飾り付けた一品だった。
「いただきます。甘い物、食べないんですか?」
「ああ」
 快晴はカップを手に取り、様になる仕草で音を立てずに香りと味を楽しむ。茶菓子もスイーツも無しだ。
「むー」
 一口食べては顔をほころばせ、お茶だけの快晴に微量の不満を感じながら、また一口食べて破顔する。
 見ていて飽きない光景を静かに楽しんでいた快晴は、ふとあるものに気づく。
「何の匂いだ?」
「スイーツちゃんだけが心の傷を癒してくれます〜」
 快晴達の隣の席で、肌色の死角の暴力による精神的ダメージを、甘味によって回復中の悪魔がいた。
 力なく垂れていた一対の黒角が、ひと皿空にするたびに力を取り戻していく。
「ん? 何時間かぶりですね。食べます?」
 同じ宿に泊まっている2人に、大量に並べられた皿の一つを差し出してみる。
「先輩は甘い物だめなんですよ。だから私が」
 葉幸が手を伸ばす前に、興味を惹かれた快晴が受け取った。
 白い皿の上に1つだけ載せられた果肉。
 強烈に濃い赤紫のそれにスプーンで触れると、微かな抵抗の後に一口分だけ切り離される。
 口元に運ぶと不快ではない酸味が鼻腔をくすぐり、甘味はほとんど感じられない。
「桃だな」
 口に含みと熟れた果肉がほどけ、微かな甘味と鮮烈な酸味が広がっていく。
「昔の品種らしいですよ」
 パルプンティが3皿目に取りかかりながら説明すると、快晴はひとつ頷いてから手をあげてウェイトレスを呼ぶ。
「甘すぎないものなら俺でも大丈夫だな。1皿もらおう」
「私も♪」
 珍しい甘味を楽しむ3人を、店の奥から眺める2対の瞳があった。
「本当に来て良かったです」
 疲れをとるために多めに砂糖を入れてから、ウィズレーは楽しげにカップに口をつける。
 長時間の建物の鑑賞で満足したらしく、疲れてはいるが満足そうだ。
「それは良かった。また来れるといいですね」
 カルマが穏やかに言うと、ウィズレーは幸せそうに微笑んだ。

●枕投げ
「いただきですっ」
 蕎麦殻がみっちりと詰まった枕が、ぶおんと音を立てて畳と水平に飛ぶ。
 しかし狙われていたはずの快晴の姿は既にない。
「はっ?」
 葉幸の戸惑いは一瞬。
 勘に従って正面に飛ぶと、低反発素材製枕が高速で脇を掠め、畳に敷かれた布団に深々とめり込んだ。
 快晴は足音を消したまま移動し続け、葉幸を攪乱しつつ2つ目の枕を振りかぶる。
 しかし葉幸は甘くない。
 清潔なカバーに包まれた低反発枕が葉幸の手から離れてすぐ、葉幸からの迎撃の蕎麦殻枕が真正面から激突し、一緒になって明後日の方向へ飛んでいく。
 2人は真正面から見つめ合い、口元に心底楽しげな笑みを浮かべてから枕投げと高速回避を同時に開始する。
 洗練された攻防は美しい。
 美しくはあるのだが、回避された枕や防御された枕が大量に部屋を飛び交い、周囲の撃退士を巻き込んでいく。
「リーヴィスさんっ」
 流れ弾を座布団シールドで払いのけながら、寝間着に着替えたサミュエルが見知った顔に気づいて駆け寄る。
「昼間はありがとうございました!」
 まくらとふとんとざぶとんによる戦闘音を背景音楽にして、礼儀正しく頭を下げる。
 肌と体の線を隠しているのに艶を感じさせるリーヴィスの寝間着姿は刺激が強すぎて、視線は真っ直ぐだけども頬が赤くなっていた。
「今度は僕があなたを守ります! どんな攻撃も通さなっ」
 リーヴィスに背を向けて座布団シールドを構えると、急に枕の密度が増し部屋の向かい側が見えなくなる。
 新たな参加者に対する手荒な歓迎だ。
「がんばって」
 背後から聞こえた起伏のない声が、小さな騎士の胸に炎をともす。
 彼は、一歩も下がることなく日が変わるまで防ぎ続けた。

●おやすみ
「おとーさん……おねーちゃん……」
 ひょっとしたら義理の母になるかもしれないひとに抱きかかえられたまま、小さな天使は幸せそうな顔で眠りについていた。
 寝床が無事なのは瑠璃を含む極一部で、大多数は疲れ果てて布団を適当に被って睡眠中だ。
「守るから……」
 サミュエルは大量の枕の下から救出されたとき、熟睡していた。
 リーヴィスは優しい瞳で小さな騎士を布団に寝かして飽きもせず見守り続ける。
 修学旅行最終日の夜は、静かにふけていった。









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