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大英帝国、満喫ツアー タグ:【英国】

● Breakers in London

「ある意味里帰り、になるのかな?」
 フェリーナ・シーグラム(ja6845)は、燥ぐ心を抑えて英国の地を踏む。
 続く君田 夢野(ja0561)にとっては、殆ど初めてと言って良い土地だった。
「小さい頃だし、覚えてないんだよな」
 しかし、逆に新鮮な気持ちで楽しめると思えばそれも悪くない。
 そして機内食では物足りなかった育ち盛りの交響撃団御一行様は、早速近くの伝統的な庶民の味を供するという食堂に席を取った。
「…ぉ、ぉぃしぃ」
 全くそうは見えない顔で、夢野はただ塩辛いだけのポタージュスープを胃に流し込む。
 旨味は何処行った?

「凄いな…。ここがイギリスか…」
 風紀委員会独立部隊のメンバー、御影 旭(ja8029)は初めての外国に興味津々。
 アンティークショップや魔女が店番をしていそうな謎の店、オカルト専門店、美術館や教会、ブランドショップ…そして外せないのが心霊スポット。
「…心霊写真、撮れないかな」
 高瀬喜央(ja7944)と共に怪しげな場所で写真を撮りまくり、お腹が空いたら食事も出来るパブへ。
「これが…英国料理…ッ」
 想像を超えた味に、悶絶。
「滞在中、ずっとこれなのかな…」
 夏雄(ja0559)が呟く。名物料理を楽しみたいと思っていたのに、これじゃ拷問かも。
 それを横目に、一条常盤(ja8160)は荷物に忍ばせて来た梅干しを食べていた。口直しと言うより、これがメイン。
 宿では自炊出来のが救いだろうか。

「カルム先輩。彼女さんと、一緒」
 友達も来られなくなった様だ。
 あおい(ja0605)は仕方なく、ひとりで歩き出してみる。
 不味いと聞いた英国料理を一度は食べてみたいと思い、目に付いた食堂に入ってみた。
 見た目はそんなに不味くなさそう…、…、…やっぱり、お菓子が良い。
 そして、あおいのお菓子専門食い倒れツアーが始まった。
「ん、おなか、いっぱい。うれしい」
 お土産も、いっぱい。

「祝。海外」
 ロンドンの街に降臨した平野 渚(jb1264)は、早速目に付いたパンクファッションの店に飛び込み、とびきり派手な衣装を買い込んだ。
「ふぁんたすてぃっくー」
 と言うより、エキセントリック?
 さあ、岩を探しに行こう。何に使うのか、それはヒミツだ。

「姐さん、本場ですよ! 本場!」
 着いた途端にいきなりハイテンションな黒伊睦美(ja0121)は、街を歩き始めて最初に目に付いたフィッシュ&チップスの屋台に突撃した。
「ん〜、これです! これ!」
 揚げたてを頬張り、睦美はその雰囲気に酔いしれている。
 そんな睦美の姿を、姐さんと呼ばれた晦日 そまり(jb2570)は幸せそうに眺めていた。
(こんな幸せ…天界ではなかったなぁ…)
 しみじみ。
 実を言えば、その屋台はちょっぴりハズレだったのだが…舞い上がった睦美にはとびきり美味しく感じられた様だ。
 何事も、思い込みって大事だよね。

 トラファルガー広場では、黒瓜 ソラ(ja4311)がひとりナショナルギャラリーに続く階段に腰掛けて、ぼんやりと街を眺めていた。
「ここがクソ爺の故郷、ね…」
 一度は見ておきたかった場所。
「ま、そんなの置いといて、折角の機会だから楽しまさせてもらおうかな」
 そこの屋台で買ったフィッシュ&チップスを摘んでみる。
「…なんだろーなー…そんなに不味く感じないのは」
 あの屋台がアタリだったのかもしれない。うん、きっとそうだ。
「ツアーの時間まで、お土産でも見てようかな」
 ソラは包み紙を丸めてゴミ箱に放り込んだ。

 ピカデリーサーカスを歩いていた宮本明音(ja5435)は、英語ペラペラの若い男達に声をかけられていた。
 その背に隠れた菊開 すみれ(ja6392)は、余裕で受け答えをする友人を頼もしげに見つめている。
 しかし。
「ふぅ、何言ってるのか全然わからなかった!」
 彼等が去った後、明音は良い笑顔で振り返った。
 そんな事よりショッピング、英国製の茶器を探すのだ。
 散策がてら目に付いた店に入ってみる。
「これ可愛いなあ。どこのメーカーだろ? …ウェドグウッド?」
「ウェデジウォードじゃない?」
 二人ともブランドの事などさっぱりだ。
 だが、ちらりと見えた値札に明音の声が引っ繰り返る。
「す、すみれちゃん。そーっとね、そーっと…」
 もう少し見て回って、手頃な値段のものを探そうか。
「そしたら、二人でセットで買おうね」
「うん!」
 そんな二人の様子を見るともなしに見ていたユーノ(jb3004)は、自分でもそっと値札を確認してみた。
(やっぱり物が良いだけに値も張るんですね…)
 流石は紅茶の本場。
 アンティークなら少しは安くなっているかと思って点在する店を見てみれば、却って高値が付いていたりする。
 良い物を長く大切に使う、それが英国紳士淑女の生活スタイルの様だ。
(今日は市も立っている様ですし、そちらも見てみましょうか)
 コヴェントガーデンの一角に設けられたアンティーク市には、他の生徒達の姿も散見された。
「通訳は任せろ。英語も十分話せる」
 そう胸を張った綾瀬 レン(ja0243)を頼りに、田村 ケイ(ja0582)はあちこちの店を見て回る。
「茶会に使えそうなものがあればよいが」
「へえ、このカップ良いわね」
「ん? ああ」
 そんな会話を交わしながら、二人は巨大な市場をそぞろ歩く。
 目当ての茶葉にティーセット、友人への土産物…ここだけで欲しい物は何でも揃ってしまいそうだ。
 向こうの店には、酒類を物色する常塚 咲月(ja0156)と鴻池 柊(ja1082)の姿があった。
「あ…イングリッシュワインもある…有名だから買ってこう…」
「ならスパークリングにしたらどうだ? 本場よりも秀逸だって聞くぞ?」
「そうなの…?」
 咲月は幼馴染みの言葉に素直に従ってみる。
 買い物を済ませた二人は、今度は老舗の高級ブランドが並ぶ通りに向かった。
「おー…。ひーちゃんオーダーメイドのシャツ作るの…?」
「あぁ、姉貴に持ってて損はないって言われたからな…」
 溜息をつきつつ、それでも少しまんざらでもない様子で生地やデザインを選ぶ柊。
 その後はカフェでティータイム。
「お菓子は美味しいよね…」
 問題は夕食をどうするか、だが。
「美味しいレストラン探してみるか?」
 無理難題、と言う程には難しくないだろう…多分。

 昼食時のリージェンツ・パークには、弁当を広げるドニー・レイド(ja0470)とカルラ=空木=クローシェ(ja0471)の姿があった。
 宿のキッチンで作って来たものだから、弁当の味は保証付きだ。
「でも折角だし…」
 カルラは目に付いた屋台でフィッシュ&チップスを買ってみた。
 結構悪くないかもしれないと、半分にしたフライをドニーに手渡す。
「どう?」
「ん、案外いけるな」
 晴天の公園でのんびり食事。悪くない。
 それに、ドニーの方から誘ってくれたのがカルラには嬉しかった。
(後で何か、プレゼントしたいな)
 買い物のついでに、思い出になる物を探してみよう。

 公園に隣接する王立音楽院の前では、亀山 淳紅(ja2261)がポカーンと口を開けていた。
「凄いなぁ…凄いなぁ…!!」
 あっちをウロウロ、こっちをチョロチョロ。
「演奏科、歌劇科…うわぁぁ…ひょああ…!!」
 目を輝かせながら走り回るその姿を見て、何だか偉そうな人が手招きしてくれた。
「特別に見せてくれるって」
 Rehni Nam(ja5283)の通訳によれば、個人的な見学は許可していないらしいが。
「ほ…、ほ…っ」
「うん、ほんと」
 飛び上がらんばかりに喜び、身振りで目一杯の感謝を伝えた淳紅は校門を潜る。
「うわぁっ、うあぁっ!」
 いつか世界的な音楽学校で学びたいと願う彼にとって、ここは憧れの場所のひとつ。
 お陰でテンション上がりすぎてもう大変。
 後から続いたレフニーも、興味深そうに…だが静かに見学していた。
 本当はパリやウィーン、プラハに行ければ良いのだが、この王立音楽院も世界屈指のレベルだ。近くには王立音楽大学もあるし、何より淳紅が喜んでいるのが嬉しい。
 帰り際、さっきの人がまた声をかけてくれた。
「土曜日まで滞在してるなら、またおいでって」
 ここでは毎週土曜日に音楽教室が開かれている。本来は18歳未満が対象だが、東洋人である彼は若く見られたらしい。
 その後は王立音楽大学を回り、近くにある学生向けのアパルトメントを物色し、繁華街では人混みに埋もれ…
「あ、あんまり離れんといたって…!」
「その、手、繋ぎましょう……?」
 そのまま、二人はバッキンガム宮殿や大英博物館を回り、買い物を楽しむ。
「これとかどう?」
「素敵なのです。えと、ジュンちゃんには……これ!」
 リア充、万歳。

 近くのパブでは雪風 霙(ja9981)と森田直也(jb0002)が昼食を摂っていた。
 食事の方はまあ、噂通りのものだったが…その味よりも強烈なものを、直也は見てしまった。
 暇があれば唐辛子を齧り、喉が渇けばデスソを飲む霙の味覚崩壊度は、英国人を凌駕しているに違いない。
「お前絶対人として必要な神経が2、3本切れてるぞ…」
「その発言、全国のデスソ好きを敵に回しますの★」
 お詫びに、座ると死ぬと言われるバズビーズチェアーを見に連れてって。
「そんなに俺を地獄に送りたいのか?」
 座らなければ大丈夫と、霙は軽く口付けを。
 それはデスソの味がした。

「…暇だな」
 エイラ ユーティライネン(jb2545)は、ロンドンの街をぶらぶらと歩いていた。
 目当ての演劇や音楽の名所や劇場、ライブハウスは大抵が夜からの営業で、昼間は何もする事がないのだ。
 仕方がないので手近なパブに入ってみた。
「自分の故郷もまずい料理って言われちゃいるが、大してかわらねぇな」
 どうやらフィンランドの料理も似たようなもの、らしい。
「さて、どうするかな…」
 このまま夜まで待って、ライブやオプションツアーに参加するか、それとも…

「ほぇ〜、こんな楽器もあるのかぁ」
 楽器店がずらりと並ぶ通りの一角で、ルカーノ・メイシ(ja0533)が声を上げる。
 世界の伝統楽器から最新の電子楽器まで、ここに来れば何でも揃うと言っても良さそうだ。
 値段とサイズ的に、土産はティンホイッスルあたりが良いだろうか。
「それなら、そこらのパブでも演奏してるよ」
 少し練習すれば飛び入りで参加出来ると聞いて、ルカーノはそれに決めた。
「それじゃ、買って練習してみます」
 その後は近くの公園でひたすら練習…夜のパブ巡りまでに、少しは形になるだろうか。

 かつて蒸気華やかりし英国の今に興味を引かれた蒸姫 ギア(jb4049)は、期待に胸を膨らませてその地を踏んだ。
 しかし、周囲には蒸気機関の欠片も見当たらない。
「高い場所から一望すれば、見付かるか」
 そう思って、ギアはロンドン塔へ…向かった筈が、気が付けば少女と同行する事になっていた。
「ギアは蒸姫ギア、よろしく」
「一人で寂しかったから、蒸姫さんと会えて良かった! …幽霊怖いし」
 その少女、美澄 優衣(jb2730)もロンドン塔に行くつもりだったらしい。
 屋台で買い食いをしながら、二人は目的地に向かって…いなかった。
「このフィッシュ&チップス、あんまり美味しくないね」
 で、ここは何処?
 携帯が地図になると思い付いた優衣は、携帯を掲げてみるが…
「あれ? 地図にならない…? ごめんなさい、ボクのせいで迷子になったかも…」
 しかしギアは首を振った。
「ここはべーカー街、かつて有名な探偵がいたらしいよ、ギア研究忙しくて会ってないけど…って、ついでの観光案内だからな、迷ったりなんかしてないんだからなっ!(ツン」
「うん、蒸姫さんが迷子じゃないって言うなら迷子じゃないよね!」
 悪魔さんの言う事に間違いはない。
 全幅の信頼を得たギアは、更に迷ってサイエンス・ミュージアムへ。
「ああこれだこれ、優衣も見るといい」
 ワットの蒸気機関を前に、ギアは目輝かせる。
「なにこれ、大きい! アメリカンクラッカー」
 結局二人は、心ゆくまで蒸気機関の魅力に触れまくったらしい。
 めでたしめでたし?

 その二人と入れ替わる様にベーカー街を訪れたのは、月詠 神削(ja5265)だった。
「イギリス、ロンドンと言えばあれだろう――シャーロック・ホームズ!」
 という事で、221Bを探している。
 勿論ホームズは架空の存在で、彼が住んでいたという下宿も現実には存在しない。
 その番地も、物語が書かれた当時は存在しなかったのだが…
(後に合併で番地が増えて、現実に存在する住所となったそうだけど…そこには高級賃貸マンションが建っていると聞いたな)
 行ってみたが、やはりそこには何もない。
 折角だからと、神削はその先にある博物館まで足を伸ばしてみた。
(迷路のような街並みに迷い込んで、本当の221Bに行けたりしてな…)
 と思ったら、いた。
 博物館の中に、本物の…いや、それにしてはやけに小さい…?
 それは、ホームズのコスプレをした雪室 チルル(ja0220)の姿だった。
「ここが英国ね! 海外って初めてだから楽しみよ!」
 という事で、英国といえばシャーロックホームズとばかりに衣装を買いに走り、オモチャのパイプを咥えてお土産を探し…
「あたいったら探偵ね! この勢いでお土産も探すわ!」
 気が付いたら、ここにいた。
 ついでに博物館の安楽椅子に座って写真を撮ってみたり。
 と、そこへ宿敵モリアーティ教授…の格好をしたヴィルヘルミナ(jb2952)が姿を現した。
 蔵里 真由(jb1965)と共に室内を見て回りながら、インバネスコートとモノクルで決めた教授はすっかり雰囲気に浸っている。
(人を探る探偵と言う物語は中々に面白い。なればその原点を見たいものじゃないか。人の業と情念を食い入る様に暴き出す様はまさに悪魔の様だと思わないか?)
 だが、そこに水を差す様な真由のお言葉。
「私はどちらかと言うとクリスティ派なんですけどね」
「推理があるならば伺おうじゃないか、ミス・マープル?」
「ホームズって偏屈じゃないですか」
「貴様の声は届かない、残念だったな!」
「心が無いミステリーなんて存在しません、あなたにはホワイダニットがないんですよ」
「それは否定済みだ」
「心を蔑ろにしすぎです。十戒や二十則が何だと言うんですか!」
「悪くないがまだまだだな」
「足掻いたその先のすれ違った愛こそが真実です!」
「それでこそだ。人の情念は素晴らしい」
 ファン以外には理解不能な会話を交わしつつ、喧嘩している様に見えて実はイチャついてるだけだったりな二人は、仲良く記念撮影を終えると博物館を後にする。
「ミナ、次はハイドパークへ行って見ませんか? 乗馬が出来るらしいですよ?」
「無理は禁物だぞ、子猫(キティ」
 からかう様に頭を撫でつつ、ヴィルヘルミナはその方向に足を向けた。
「ぁ、教授…」
 そんな二人とすれ違ったアイシス・ザ・ムーン(jb2666)は、流石は本場と感心しきり。
 さっきは小さなホームズもいたし、街のあちこちにはシルエットとなった彼の姿がデザインされているし…
「他国の土を旅して行く…地球のこうした風情ある行いが、豊かな感性を養うのですね」
 それがきっと、面白い本が生まれる理由なのだ。
 そして博物館に足を踏み入れたアイシスは、思わず目を輝かせた。
「こんな感じ、確かにこんな感じだと思ったのです!!」
 鼻息を荒くして、室内をくまなく見て回る。
 そう、数日前から読んでいた本の内容。そこから想像した通りの光景。
 家の間取りも書斎の様子も、17段の階段も。
 思い切り堪能し、記念撮影も済ませて、いざ階下のショップへ。
「この前本で言っていたお土産の買い方は…まずほとんど買いたいものは買ってしまう。その後、新聞とかかさばらないものを買って綺麗な紙袋を確保、なのです」
 それに従うと、店にあるもの全てを買い込む事になりそうな気がするけれど。

「Humpty Dumpty sat on a wall〜♪」
 鳳月 威織(ja0339)は楽しげに歌いながら、テムズのほとりを歩く。
 ロンドン橋を渡り、マザーグースゆかりの地を巡り、あちこちのマーケットに顔を出し…
「…お土産、何にしましょうか」
 そう言えばスカボロー・フェアも実在の地名から来ている様だが、そこまで足を伸ばす時間はあるだろうか。
「うぇーいイギリスー海外だーすごいねー」
 そんな陽気な歌うたいとすれ違った鬼燈 しきみ(ja3040)は、ガイドブックを片手に街を歩いていた。
「んーどこに行こうかなー迷うねー」
 行ってみたい所は数々あれど…やはり本好きとしては大英図書館に行くしかない!
「本がーいっぱいー」
 三階まで吹き抜けの、ホールの壁一杯に並んだ本棚。
 それを見ただけで本好きの心は躍る。
 年齢制限の為に図書の利用は出来ないが、館内を巡るツアーもあるし貴重な展示物も多い。
 本に囲まれたカフェやレストラン、ショップもあるとなれば、ここだけで全ての用が足りる。
 果たして、他の場所を回る時間はあるのだろうか…?

 そしてここは、図書館の本家とも言える大英博物館。
 入口でパンフレットを買い求めた沙 月子(ja1773)は、入ってすぐのグレートコートで暫し逡巡。
「うーん、ゆっくり全部見て回りたいけど無理ですよねえ」
 とりあえず、すぐ左手の古代エジプトエリアから見て回ろうか。
(修学旅行として学ぶことの多い場所ですね)
 と、学生らしく学究心溢れる態度で臨む…と見せかけて、実は内心舞い上がっていた。
(あー、もー! 雰囲気がたまらない! 博物館最高ー!!)
 そしてあっという間に予約時間。そう、用意周到に館内レストランを予約しておいたのだ。
 限られた時間で無駄なく回る為の、それは必須テク。
(あ〜美味しい〜!!!)
 食べ終わったら次は二階を制覇しよう。
 その同じ頃、佐藤 としお(ja2489)もまた博物館の中にいた。
(やっぱ、来て良かったぁ〜)
 理解出来るのは「KEEP OUT」の文字くらいだが、雰囲気を楽しむだけなら問題はない。
 観光旅行くらい、魂のボディランゲージで何とかなるものだ。
 博物館の広さに驚き、マダムタッソーの蝋人形館でその精巧さに感激し、ビートルズスタジオ前の通りに立ってお決まりのポーズで記念撮影などするうちに、何となく言葉も通じるようになってきた…気がする。
(海外一人旅、一度やってみたかったんだよね〜♪)
 さて、次はどこに行こうか。

 英国は魔術の本場。
 街を歩いていても魔術や占星術関連の本やグッズが普通に売っているくらい、それは文化の中に根付いていた。
「…魔術師、は、己を高める、修道者に、酷似している、と思う」
 卜部 紫亞(ja0256)と共に博物館や美術館、図書館などを巡り歩いた羽空 ユウ(jb0015)は、最後にアストロロジーショップを覗いてそう言った。
 精神の強さと知識が問われる、それが魔術師の在り方。
「占星術、は、学問――理由、それは全てに、連続性がある」
 世界には全て、何らかの調和が存在するのだ。
「流石に本場だけあって品揃えが凄いわね」
 日本では手に入らない専門書や占星術の原典とも言える本の英語訳など、その道を志す者にとっては垂涎ものだ。
 と、興味を引かれた本の上に二つの手が重なる。
 同時に手を伸ばした蒼波セツナ(ja1159)は慌てて引っ込め…
「ぁ、どうぞ」
「こちらこそ、お先にどうぞ」
 思わず譲り合いが始まる。
 セツナもまた、魔術や占星術といった神秘の世界に属するものに目がない人。
 足元に置かれた袋は既に、本やグッズで満杯だったが…まだまだ、欲しい物は尽きない様子だった。
 資金の続く限り買い込んで、それでも足りずにその場で読み耽る。
 閉店時間までそうしていたセツナに、店の人はお茶を出してくれたとか…。

 市内にある墓地の一角には、墓参りをする一 晴(jb3195)と空木 楽人(jb1421)の姿があった。
「お父さん、あたしも大切に思える人が出来たよ」
 亡き父に対し、気取らず気負わず、深刻な雰囲気も出さず、ただ自分は今幸せだと…それを伝えたかった。
 そんな晴の姿を静かに見守る楽人。
「付き合ってくれてありがとね。紹介できてよかったよ」
 微笑む晴に、楽人も笑みを返す。
「僕の方こそ、大事な場所に連れてきてくれて…ありがとう」
 彼もまた、墓前で静かに誓った。
 彼女を大切にし、しっかりと責任を持つ事を…。

 そしてリョウ(ja0563)は観光も楽しみつつ、市井の人から最近の天魔や撃退士についての情報を集めていた。
 現地の撃退士ともさりげなく接触し、交流を図る。
 互いの国の撃退士事情や訓練の様子を見聞きし、天魔の動向などを話すうちに、どうやら撃退士のレベルに関しては日本が一段高い位置にあるらしい事がわかってきた。
 学園に留学生が多いのは、このせいだろうか。
「もし日本に来る事があったら案内しよう」
 知り合った者(主に女性)にそう約束し、アドレスを交換する。
 帰国後は海外との連携強化を力説するレポートを提出するつもりだった。

 

● Jack the Ripper

「お疲れ様的な感じにしたかったのですが、まあ、これもらしいですよね」
 静かな裏通りを歩きながら、【ふうき】隊長イアン・J・アルビス(ja0084)が仲間達に言う。
 それにこうなんというか、こっちの方が性に合っている気がするし。
 さて、まずは明るいうちに被害者を探して情報を聞き出そうか。
「情報がなければ、始まりませんからね」
 ところが、その聞き込みの最中に――
「ジャックが出たぞぉっ!!」
 路地の奥で誰かの声がした。
「外国と言えど、風紀の乱れは見逃せぬ!」
 オレンジ色のでっかいバックパックを背負った夏木 夕乃(ja9092)は、真っ先に飛び出して行った。
「服切り裂くとか死活問題だ…ちょっと許しがたいかな…」
 その姿を追って、夏雄は手近な壁を駆け上がった。
 狭く曲がりくねった路地を上から見下ろし、夏雄は夕乃や仲間達に道を示す。
 しかし、漸く辿り着いたそこには既に犯人の姿はなく…
「あなた、犯人を見ましたか?」
 その場にいた男に、喜央が英会話の教本を片手に訊ねた。しかし、どうにか聞き取った所では…男も声を聞いてたった今駆けつけたばかりだという。
「では、ジャックが出たと叫んだのはあなたではない…?」
 見れば、近くの壁に三本の傷が残っていた。
 それを写真に収め、地図に位置を記録する。
「切り口の位置で背格好、裂け方で利き手と凶器をある程度特定できるかもしれません」
 常盤がそれを詳しく調べ始めた。
 その時…
「ジャックだあっ!」
 再び声がした。
 今度は逃がさないと、夏雄は屋根から屋根へ華麗に飛び移り…
「Oh、NINJA!」
「…ぇ」
 誰かが下で騒いでいる。遁甲の術が切れた途端に、現地の人々に見付かってしまった様だ。
「ど、どーも…オーガロードアサシンアーミーです…」
 ぺこり、屋根の上で頭を下げると、NINJAは慌てて走り去る。
 そんな事をしている間に、またもや犯人は路地に消えた。
 そしてここにも、壁に残された三本の爪痕。
「さっきのと同じ様だな」
 その場を調べる仲間達の様子を撮影しながら、御影 旭(ja8029)が言った。
「背はかなり高い様ですね」
 常盤は自分でも切り付ける真似をしてみる。
 その傷跡は、彼女の手の位置よりもかなり高い場所にあった。
「子供の悪戯ではなさそうです」
 その様子もしっかり記録しながら、喜央が言った。
 大人か、或いは天魔なら飛んで逃げたか。だが屋根で見ていた夏雄は首を振る。
「被害が物損に止まっていますし、天魔の可能性は低いですが…用心して臨みましょう」
 まだこの辺りに潜んでいるかもしれないと、常盤が言った。
 それに応えて、夕乃は囮として先行する。
 いかにも不慣れな様子でキョロキョロしながら、単身で人通りのない狭い路地へ。
 バックパックの中身は蛍光塗料、もし誰かが切り付ければ手にも刃物にも塗料がベッタリという寸法だ。
 と、背中に軽い衝撃を感じると同時に、背後で甲高い声が聞こえた。
「引っかかったな狼藉者、英国名物切り裂きジャック生け捕ったりー…って、あれ?」
 振り返ると、そこには自分と変わらない背丈の少年が立っていた。
 手やナイフに付いた塗料を振り払いながら、怒った様に喚いている。
「ワタシニポンゴシカワカリマセーン!」
 退路を塞ぐ様に立った常盤が、その襟首を引っ掴んだ。
「器物損壊罪で現行犯逮捕です!」
 どこからともなく取り出した手錠で犯人を拘束…と思ったが。
 先程の推理で得た犯人像とは余りにも違うその姿に、常盤は躊躇いを覚える。
 喜央の懸命な通訳によれば、この辺りには彼と同じ様な悪戯をする者はいくらでもいるらしい。
「観光客が大騒ぎするのが、面白い…と」
 しかも彼等はその戦果を誇り、互いに競っているとか。
「ともかく、ここは厳重注意だな」
 悪戯小僧の前に仁王立ちする旭。
「…めっ!」
 ごん! 頭の天辺にゲンコツが落ちた。
 今度やったらこの程度では済まないと忠告し、少年を解放する。
 しかし、これで一件落着とはいかない。
 壁に付けられた傷跡の謎を得べく、彼等は再び路地の奥へと進んで行った。

「ジャックさん、捕まったそうですよ」
 捜査の途中でアフタヌーンティーと洒落込んだ真田菜摘(ja0431)は、ミルクティーを飲みながら携帯に届いたメールを見て言った。
「え、じゃあもう事件解決?」
 それを聞いて、探偵倶楽部の部長、九神こより(ja0478)が少し不満そうな声を上げる。
「うーん、そういう訳でもないみたいです…」
 どうやら犯人は複数いるらしい。同じツアーに参加した学園生達は、引き続き捜査を続ける様だ。
「そうか、それなら手柄は私らの独り占めだね」
 部長、自信満々。今夜のジャック捕獲計画は完璧たっだ――少なくとも、彼女の頭の中では。
「それまで、こうしてのんびり過ごしましょうか」
 真打ちは最後に出るものなのだ。

「探偵の大先輩シャーロック・ホームズの国で捜査をする、かぁ。探偵としては見逃せないイベントだよねぇ」
 雨宮 歩(ja3810)はひとり下町を歩いていた。
 同行する筈だった二人はどうやら都合が付かなかったらしい。
 英会話も多少なら何とかなるし、ここは音桐探偵事務所の名に賭けて…
「あー兄どこ行くの? 一緒にいくよー♪」
「…っ!?」
 シリアスに決めつつ通りを歩く歩の背後から、いきなり抱き付いた影。
「幸穂…」
 それは彼の妹分、木ノ宮 幸穂(ja4004)だった。
 アンティーク市をぶらぶらしていた所で歩の姿を見付け、こっそり尾行してきたらしい。
「ねえねえ、あー兄。どうしてそんな難しい顔してるのー?」
 幸穂は、歩の前に回ってニッコリ。
「英国で位はシリアスにやらせてもらえるかなぁ、幸穂」
「無理♪」
 きっぱりと言い放ち、幸穂は先に立って小走りに駆け出した。
「切り裂きジャック捕まえるんでしょ? 私が囮になってあげるね♪」
 そのまま、幸穂の姿は人混みに紛れて見えなくなってしまった。

 その同じ通りを、青木 凛子(ja5657)と夜来野 遥久(ja6843)が腕を組んでそぞろ歩いている。
「あ! あのカフス、遥久ちゃんに似合いそうだわ」
 あれもこれもと次々に指差す凛子。
 しかし、そこで買ってあげるとは言わないのが主婦の知恵。
「それで、本当は何が欲しいのですか?」
「アクセサリーを入れて置く小物入れが欲しいの。何かないかしら」
 いや別に、買って欲しいなんて言わないけどね?
 しかし気になるネックレスも発見してしまい…
「入れ物を買うはずが中身ばかり目につきますね、仕方ないとはいえ」
「ほんと、目移りして目的を見失いそう…」
 そんな凛子を微笑ましく眺めつつ、遥久はふと目についた金地にベベルガラスのジュエリーケースを勧めてみた。
 そして自分は、ものすごーく不気味で不吉な人形を手にしてみる。
「これは、土産によさそうですね」
「ちょっと、呪われるわよ?」
 忠告にも関わらず、遥久はそれを買い求めた。親友らへの土産その1、確定。
 そして二人は、そこからほど近い切り裂きジャックの事件現場へ。
 凛子は少し寒いのを堪えてショールを外し、鎖骨を露わにした格好で路地を歩いてみる。
「折角だもの、囮役はやっぱりレディでなくちゃ」
 少々危険かもしれないが、大丈夫。
「怪我をしても治してくれるって信じてるもの」
「治しますが、それ以前に怪我はさせ…」
 ガッシャン!
 目の前に植木鉢が落ちて来た。咄嗟に足を止めなければ頭を直撃していた所だ。
 遥久は何事も無かった様に再び歩き出すが…。

「ここが噂の大英帝国でありますか…」
 初めての海外旅行に、綾川 沙都梨(ja7877)は少々緊張していた。
 だが、それも鼻をくすぐる香ばしい香りに吹き飛ばされ――
「目標発見でありますっ!」
 沙都梨は走る。向こうに見える屋台に向かって。
「フィッシュ&チップス! 英国に来たからには、これを食べずには帰れないのでありますよっ!」
 うん、美味しい! さすが本場!
 あれ、ちょっと待って。自分、何しに来たんだっけ。
「そう、切り裂きジャック追跡! それが仕事!」
 そこらの屋台をハシゴしてそれぞれの味の違いなどを楽しみながら、沙都梨は事件に関する情報を集めていく。
 ふと見れば、他にも自分と同じ様に屋台を巡りながら聞き込みをしている生徒の姿が。
「主よ、ボクを犯人の元へとお導きkあ、それ下さい」
 シャルロット・ムスペルヘイム(jb0623)は聖書を片手に人々の話を聞きながら、目に付いた食べ物を片っ端から腹に入れている。
「何、向こうで見た? 見てない? 声だけ?」
 それだけ聞くと、シャルロットは足早に示された方角に歩き去った。
「ちょっと待つのでありますよっ!」
 その背を追って、沙都梨は声をかける。
「何? ボクに懺悔を聞いて欲しいの?」
 そうじゃなくて、何人かで行動した方が仕事の効率も良くなるだろうと。
「ボクの愛は激しいよ?」
 その言葉通り、シャルロットの愛…と言うか、愛の鞭は激しかった。
 探索中に路地裏で人相の悪い男達に絡まれた時の事だ。
「止めなさい」
 路地の向こうから飛び込んで来たソラが、流暢な英語で止めに入る。
「子供だと思うと痛い目みますよ」
 だが、もう遅かった。
 シャルロット、ヤンデレスイッチオン。
「…ああ! 嬉しいよ! 君はボクの事が好きなんだね! さあもっと壊(愛)しあおう!」
 一般人を相手に容赦なく大剣を振り回し始めたシャルロットを、沙都梨とソラは慌てて止める。
「早く謝った方が身の為ですよ。私達もいつまで抑えていられるかわかりませんから」
 チンピラ達は観念した。
 きっと逃げても追って来る。地の果てまでも。
 改心したらしい彼等から得た情報を元に、いつの間にか三人に増えたチームは路地の奥へと消えていった。

 そろそろ夕刻も近付いて来た頃。
「…確かホワイトチャペルとかいう貧民街だったわねぇ…」
 紫亞とユウの二人は、コヴェントガーデンからシティを抜けてイーストエンドの方まで足を伸ばしていた。
 アストロロジーショップで見かけたセツナも同じツアーに参加すると知り、三人で事件現場へと向かう。
「医者の仕業…と囁かれた、と言う」
 薄暗い路地を歩きながらユウが言った。
「ジャックのときは娼婦だったけど、今回は観光客ね…」
 しかも服やバッグを切り付けるだけ。凶悪な殺人鬼には思えないと、紫亞。
「天魔の犯行にしてはやることが小さいわね。切り裂きジャックを模倣した愉快犯ってとこかしら?」
 セツナも首を傾げている。
 愉快犯なら、こうして無防備そうな女子がふらふらと歩いていれば油断して姿を現すだろうか。
 そこへ…
「ジャックだ!」
 声が聞こえた。
 三人はその方角に向けて走る。しかし…
「逃げられた…?」
 セツナがふと見ると、傍らの壁に爪で引っ掻いた様な傷跡がある。
 縦横に走るその跡は、人が切り付けたものには見えなかった。
(…サーバントや、ディアボロ、なら。人的被害、出てもおかしくない)
 理由なき攻撃。これはきっと、知能の高い者の仕業だ。
 ユウはタロットに犯人の行方を尋ねる。
 追い詰めるのも時間の問題だった。

「ほむ…この辺りをうろついておれば、その霧崎殿とやらに会えるかのう」
 橘 樹(jb3833)はその連続殺人犯の名を「霧崎ジャック」というものと盛大に勘違いしていたが、仲間達は誰も突っ込まない。
 流石は不良中年部、大人の余裕と優しさを持ち合わせている様だ。
「観光客を狙うらしいが、集団だと避けられそうだな」
 ミハイル・エッカート(jb0544)の提案に従い、彼等はそこで二手に分かれる事になった。
「先生は俺と一緒でどうだ?」
 ミハイルは門木章治(jz0029)と、樹は刑部 依里(jb0969)と。
「章治先生は迷子にならない様にね」
 依里が言う。
 門木は神妙な顔で頷くが…本当に大丈夫なんだろうか。
「まあ、暗い中でもその白衣は結構目立つからな」
 ミハイルが苦笑い。
 まさか白衣で来るとは思わなかったが、ついでに到着早々全財産をスリにやられて着替えを買う事も出来ないとは。
 生き馬の目を抜く様なこの大都会で、ボンヤリした門木はさぞかし良い獲物に見えた事だろう。
 と、依里が何かの気配を感じて振り返る。
 気のせいだろうか。今、何かの唸り声の様なものが聞こえた気がしたのだが。
 念の為にヒリュウを偵察に放ち、依里は樹と共に路地の奥へと入って行った。

 そして時は過ぎ…
「そろそろ潮時かねぇ」
 街灯の明かりも届かない暗闇の中で誰かが呟く。
 ダークスーツに身を包んだその姿は、闇に溶け込んで殆ど見えなかった。
 このまま姿をくらます事も出来そうだが…最後に種明かしはせねばなるまい。
 しかし、どうやって…と考え始めた時、路地の向こうから誰かが近付いて来た。
「きりさきじゃっくー、でておいでー」
 それは何やら大きな岩を抱えた渚の姿だった。
「切り裂きジャックはチョキ。じゃあ岩持っていこう。グー」
 でも飛行機には乗せられないから、現地調達で。
 どこかから現地調達してきた、意匠の凝った匠の岩。
「ろっくろっくー。チョキにはかてるー」
 その思考に理解を超えた底知れない恐ろしさを感じた彼は、闇の中に身を潜めようとした。
 が…
「不審者、発見…」
 屋根の上から夏雄の声がする。
 四方八方から駆けつける撃退士達。
 男の足元で発煙手榴弾が炸裂した。
「御用改めである! 不埒な悪行三昧、許してはおけない!!」
「…待って下さいよ、俺は…」
「問答無用!」
 旭が手にしたスクロールから光の玉が迸る。
「カオスレート−1、一般人ではありませんね」
 中立者で判別した常盤が皆にそれを伝える。
「ならば天魔でありますねっ!」
 沙都梨が銃を構えた。
「現れたの、みすたーKIRISAKI!」
 何故か名前だけ英語発音の樹が、びしっと指を突き立てる。
「あー兄、今だよ!」
 男の身体にマーキングで印を付けた幸穂が歩を呼んだ。
 それに応えて、シリアスで皮肉っぽい雰囲気全開の探偵がふらりと姿を現す。
「音桐探偵事務所の探偵、雨宮 歩。標的は世界の果てまで追い詰める。逃げられるとは思わない事だねぇ」
「あー兄、カッコイイ!」
 幸穂に茶々を入れられて、折角の雰囲気が台無しではあるが。
「ろっくろっくー、あたるといたいー」
 奥の暗がりからは、手にした岩を頭上に掲げた渚がフラフラと近付いて来る。
「…わかりました、降参しますよ」
 男は両手を挙げて街灯の下へ。
 その姿に見覚えのある者はいない様だが、男は学園生の服部 雅隆(jb3585)と名乗り、学生証を見せた。
「まさかの学園生!?」
「しかも愉快犯!!」
 あちこちからブーイングの声が上がる。
「いやなに、どうせならもっと面白いものを切ればいいのにと思いましてね」
 悪びれもしない様子で、雅隆は話し始める。
「これは、俺が切り裂きジャックに成り代わるしかないと…」
 それで狂言回しを演じてみたという訳だ。
「では、事件の真相は結局あの子供達の悪戯だったという事でしょうか」
 イアンが言った。
 拍子抜けの結末に皆が溜息をついた、その時。
「…っ!?」
 何かが空を裂く音が遥久の耳元を掠めた。
 咄嗟に凛子を庇い、盾を構える…が、転んだ。大事な所ですっ転んだ。これはやはり、人形の呪いか?
 しかし気を取り直して立ち上がり、遥久は盾を構え直す。
 そこには雅隆とほぼ同じ背格好をした異形の者の姿があった。
「ほら、犯人探しにもちょっとは役に立ったでしょう?」
 しゃあしゃあと言い放つ雅隆をスルーして、撃退士達は天魔に向き直った。
 彼等の怒りと徒労感と、その他諸々が一点に集中する。
 嘘から出た誠か、この騒ぎに引き寄せられて迷い込んだのか。
「野良天魔かしら。ついでに滅ぼしておくのも一興よね…」
 紫亞が笑顔で魔法書を構えた。

 それ以降、切り裂き魔の噂はぷっつりと聞かれなくなったと言う。
 彼等の攻撃の余りの苛烈さに、地元の悪戯小僧達も怖れをなして改心したとか…。

 一方その頃。
 探偵倶楽部の面々は、テムズ川豪華クルーズディナーを楽しんでいた。
「お…二人とも似合うな…」
 借り物のタキシードに英国紳士の象徴たるシルクハットを被った久遠 栄(ja2400)は、こよりと菜摘のドレス姿を見て思わず呟いた。
 こよりは実家から持参したオレンジと黒のフリル付きドレス、菜摘には肩出しの青ドレスを半ば無理やりに着せて…
「うん。似合うぞ、なっつん」
「そ、そうでしょうか…」
 菜摘は恥ずかしそうにモジモジしながらも、こよりに褒められればまんざらでもない様子。
「掴まって。レディには紳士がエスコートにつかないとな」
 栄はこよりに、木南平弥(ja2513)は菜摘に腕を貸そうとして…
「ぬ……思ったより歩きづらいなぁ。っと」
 歩きにくさに苦労しながら、平弥は頑張って菜摘をエスコートしようとするが。
「お客様、それは…」
 クルーズの受付でストップがかかった。
「なんや、タキシードあかんのんか?」
 しかしそれは、ペンギンタキシードの仮装。
 格式高いディナーの席では、頭の被り物を外しても駄目なものは駄目と言われて平弥は涙目。
 しかし、そこに救いの神が!
「こんな事もあろうかと、二人分借りといたよ」
 栄が差し出す、真っ当なタキシード。
 自分が帽子の中に隠した垂れウサ耳に関しては…外から見えなければ良いのだ、うん。
 かくして四人は無事ディナーの席へご案内となった。
「美味い! 学園の金でこんな美味いもん食えるとは…幸せやな〜」
 テーブルマナーも何も気にしちゃいない様子で、平弥は次々と豪華な料理を平らげていく。
 それを横目に見ながら、栄は想定外に豪華なディナーを前にオロオロ。
 正面に座ったこよりの動作をチラ見しながら真似てみる。
「う、美味いけど妙に緊張するな…」
 彼等はそうして、切り裂きジャック事件の犯人が現れるのを待っていた。
 犯人の目を引くための派手な服と、魅惑的な行動。そして探偵としての鋭い観察力でディナーを楽し…じゃなくて犯人を探すのだ。
(犯人が現れたら、このダークヒーロー怪盗ウサギの出番だな!)
 しかし彼等は致命的な事を見落としていた。
 切り裂きジャックが豪華なディナークルーズの場に現れる可能性は、限りなくゼロに近いのだ。

 そして事件現場には、聖書を朗読するシャルロットの声が朗々と響いていた。
 目の前では、渚から渡された常盤先生のブロマイドを握り締めた雅隆が正座しつつ、その苦行に耐えている。
「疲れた? 何言ってるんだい。君の罪が消えるまでボクはちゃんと付き合うよ」
 目指せ、全ページ読了。

 

「皆さんお疲れ様です。こんな部長についてきてくださってありがとうございますね」
 後日、再びメンバーと集まったイアンは、お茶とお菓子が美味しいと評判の店に皆を連れて行った。
 食事は微妙でも、これは胸を張って勧められる。
 彼等は暫し、ちょっとした「お疲れ様会」を楽しんだという。

 

● PUB & INN

「門木先生、不良中年部の部活動だ」
 切り裂きジャック事件を無事に解決したミハイル達は、夜の街へと繰り出して行く。
「不良中年を目指したいなら夜のパブは必須だぜ?」
 勿論、不良じゃなくても中年じゃなくても、部員でなくても同行歓迎。
 という事で…
「では、俺も混ぜて貰うかな」
 こちらもやはり若い学生の若さが眩しいクチらしい、ガナード(jb3162)が加わる。
 そして元気な愛娘に買い物だ何だと付き合わされ、ちょっぴり年齢を感じてしまったらしいデニス・トールマン(jb2314)も一緒だ。
「娘には内緒だがな」
 宿に置いて来た娘は怒っているだろうか。
「怒ってるだろうな…」
 後で機嫌を取らなければ。
 そして、ぞろぞろと出掛けたパブには先客がいた。
「本場のパブで飲むビールは一味違うわね♪」
 フィッシュ&チップスとウインナーを肴に、雀原 麦子(ja1553)がビールで一杯やっている。
「でも、何だろうこれ…ウインナーにパン粉が入ってる?」
 と言うより殆どパン粉?
「食えるだけマシさ」
 隣の卓に着いた依里が言う。
「イギリスと言っても、まだ食えるからなぁ」
「メシは腹がいっぱいになればいい。日本人は繊細すぎるんだ」
 思わぬ所でミハイルと意見が合った。
「ほむ…確かに、わしもきのこがあれば充分だからの…!」
 樹が嬉しそうに言う。
 ところで、この店にはきのこ料理はないのだろうか。
「…きのこのポタージュ、というのがあるぞ」
 隣で静かに飲んでいたガナードがメニューを指差した。
「ほむ…ありがとうの!」
 早速それを注文してみるが…口に入れて0.5秒で後悔した。
 昼間、店で見かけたきのこ達はあんなにも美味しそうだったのに。
 これは食材と調理法、どちらに問題があるのか。買い込んで研究してみる必要がありそうだ。
「そういえば、この国にシイタケはないのかのう」
 酒が入ったせいか、それともきのこの毒にやられたのか、樹は椎茸と裏社会との関係について熱く語り始める。
「シイタケの裏と社会の裏は繋がっていたのだよ!」
 ばーん!
「お…おう、そうか。シイタケあなどれないな」
 目を点にしたミハイルは、その勢いに押されてこくこくと頷いている。
 椎茸最強。世界は椎茸で回っているのだ。
「そうか、シイタケは強いのか!」
 それなら今度、銃の代わりに椎茸を突き付けてみようか…裏の仕事で。
「ほむ…ガナード殿は悪魔であるのかの」
 今度はそちらを標的にして、樹ははたと気が付いた。自分も同族である事に。
 すっかり忘れていた気がするが、まあ良いか。仲間内では誰も気にしてないし、天使だってこんな有様だし!
 それはそうと、天使や悪魔の中年というのは何を基準にするのだろう。
 門木を見て、ガナードを見て…こくり、頷く。
「やはり見た目かの…」
 いや、別にどちらがどうという訳では、うん。
「おお、ソフトカクテルもこんな味するのかぁ。今度作ってみようか」
 パブ巡りに潜り込んではみたものの、大人達の…と言うか、変な人達の会話に今ひとつ付いていけないルカーノは、テーブルの隅でひとり静かにソフトカクテルを飲んでいた。
 酒に興味はあるし、この国では飲める年齢ではあるけれど…でも誰も勧めてくれない。
 仕方がないので流れて来る音楽に合わせてメロディを口ずさんでみる。
「へえ、良い声じゃないか」
 依里が声をかけてきた。
「楽器も出来るのかい?」
 ティンホイッスルを見付けられ、ルカーノはちょっと曖昧に頷いてみる。
 練習はしたけれど、胸を張って出来るというレベルでは…
 そう思っていたら、何だか回りの見知らぬ人達からも声をかけられ、拍手を送られ、気が付けば彼はステージに立っていた。
 即興のセッションが始まると、そこらじゅうから歓声が上がる。陽気に踊り出す人達もいた。
 流石は本場のパブ、皆さんノリが良い。
 その雰囲気に酔いながら、依里は門木にもエールを勧めてみた。
「金の心配なら…そうだな、賭けに負けた奴が、酒代を払うのはどうだい?」
 イギリスと言えば、スポーツの結果から明日の天気まで、何でも賭け事にしてしまうお国柄。
「ポーカーはどうだい? 自分の運命をカードに賭けるのも、悪くないさ」
 周囲も巻き込み、最初から素寒貧の門木には皆が軍資金を出し合って、いざ勝負。
 イカサマで勝たせておいて、持ち上げた所でどん底に落として沢山分捕ろう…という魂胆だったのだが。
「ちょっと待て、今のはイカサマじゃないのか?」
「俺にもそう見えたな」
 デニスとガナードが鋭い視線を向けた。
 見た目的にちょっと怖い人達に睨まれて、流石の依里も両手を挙げた。
 相手を勝たせるイカサマは、それだけなら粋な計らいと言えそうだが。
「負けた者は可哀想だから勝った者が払うという話を、何処かで聞いたな」
 ガナードが言った。
 それなら、結局はワリカン的な事になる…かも?

「寝泊まり寝泊まり〜♪」
 その日の昼過ぎ。
 宿に着いた紅鬼 姫乃(jb3683)は、市場で仕入れてきた大量の食材をキッチンに持ち込んで、早速夕食に向けての下拵えを始めた。
(誰かと友達になれたらいいなぁ)
 可愛いエプロンを着けて、鼻歌交じりにせっせと手を動かす。
 夕食はコーニッシュパイ、デザートはチーズケーキで、ティータイムは手作りのアップルパイ。
 洋風ばかりでは飽きそうだから、和菓子も用意しようか。
 その隣では、同室の睦月 芽楼(jb3773)がヴィクトリアンメイドの姿で腕を振るっていた。
 パン屋の娘、大曽根香流(ja0082)も一緒だ。
「素材は良いんですよね、素材は」
 それが、昼間各種の店を食べ歩いて調査研究をしまくった香流の結論だった。
「なのに、それを活かすすべを持たないと言うか、活かす気がないと言うか」
 形も個性も何もかもなくなるまで徹底的に煮込み、美味い素材をわざわざ不味くするのが英国流、らしい。
 イギリスパンも、はっきり言って実家の方が美味しかった。
 スコーンはまあまあだったが、これもジャムとクロテッドクリームで誤魔化された気がしないでもない。
 結論。イギリス料理は自分で作れば不味くない!
「皆、喜んでくれるかな〜♪」
「大丈夫です、味噌や醤油も持って来ましたから!」
 流石、料理研部長は抜け目がない。
 別室では御堂・玲獅(ja0388)が英国風サーモンとクリームチーズのパテを作っていた。
 まずはボウルにチーズを入れ、レモン汁を少々。そこに牛乳を少しずつ加えながら全体をクリーム状にのばし、柔らかく均質になって来たら一口大のサーモン入れて…
 全体を更に混ぜ馴染ませたら、粉末のハーブ等を種類・量ともお好みでふりかける。
「これで完成です」
 玲獅は満足げに頷いた。
「パンにのせ食べるのがお勧めですよ」
 彼等のお陰で、この宿に泊まった者が食事に困る事はなさそうだった。
 まあ、中には天斗・T・ダルク(jb4119)の様に海外まで来て宿の警備に専念し、食事はお馴染みどこでも同じ味のコンビニ弁当やファストフードで済ませるという者もいる様だが。
「あ、そういえば思い出したでござる」
 いや、宿の警備ばかりではない様だが…何処に行くのだろう。

「あ、アレ美味しそうー」
 霧崎 風遊(jb3430)と二人で歩きながら、伊座並 明日奈(jb2281)は時折ふらりと屋台に引き寄せられる。
「今度はクレープか」
 食べながら戻って来た明日奈を見て、風遊は「これが別腹というものなのか」と人体の神秘に驚いていた。
 二人はそうして観光地を巡って記念撮影をしたり、マーケットやアンティーク市を回って買い物を楽しむ。
 風遊はそこで気に入ったアンティークチェスを手に入れて、ちょっとご機嫌だった。
 食事は評判の良い店を予め調べておいたから、ハズレはない。
(明日奈にマズい物を食わせたくないからな)
 と、そこまでは良いのだが。
(くそっ…宿泊施設は男女別部屋か…)
 風遊はルナジョーカー(jb2309)やデニスと相部屋の様だ。
 しかし慌てる事はない。悪魔には無音歩行や物質透過という強い味方があるのだ。
「バレなければいいだろ…ルナも行ってみたらどうだ」
 しかしルナジョーカーは首を振った。
 別にそれを避難するつもりはないし、本人も「黒葉と婚前旅行か〜」という確信犯的下心満載な訳だが。
「そこ、通ってみろよ」
 言われて風遊は近くの壁を通り抜けようとする、が。
「な?」
 誰の仕業か、宿の周辺には阻霊符の結界が。
「…無念…っ」
 下心がなくても変な意味じゃなくても、駄目なものは駄目、らしい。
「お楽しみは次にとっておくさ」
 ルナジョーカーがニヤリと笑い…
「また今度、新婚旅行で来ような〜」
 思わず真っ赤になった言羽黒葉(jb2251)に抱き付いた。

「あ、このキッチン…ちゃんとオーブンもあるんだ」
 昼間の観光を終えて宿に落ち着いた瑞姫 イェーガー(jb1529)は、部屋に入った途端キッチンに直行した。
 オーブンのあるキッチンは、彼女の憧れ。買って来た食材を使って、瑞姫は早速料理を始めた。
「はい、口直しにマーマレードサンドイッチ」
 手早く支度を調えて、相棒で彼氏のイスル イェーガー(jb1632)に差し出す。
 不味いと聞いた英国料理は、確かに不味…いや、口に合わなかった様だ。
「後はどこに行こうか」
「まだ出掛けるつもりか」
 今日はロンドン市内を中心に、シティやベーカー街などの街並みを見て、キングスクロス駅やバディトンなど物語の舞台になった場所を歩いてきた。
 もう充分だと思うのだが…
「だって、これからロンドン塔のツアーがあるでしょ?」
 そうだった。
 あのツアーは真夜中に始まるのだ。

「もう、パパったらどこ行っちゃったの!?」
 宿で待ちぼうけを食わされたセラフィ・トールマン(jb2318)は、思いっきりブーたれていた。
 昼間はデニスと一緒にショッピングを楽しみ、その「まるでデート」な状況にテンションMAXだったのに。
 一転、今はどん底の気分だった。一緒に料理を楽しもうと買って来た食材も、そのままテーブルの上で寂しげに固まっている。
「早く返って来ないとツアー始まっちゃうよー」
 パブで良い気分になっていたパパが帰って来たのは、ツアーの参加〆切直前の事だった。

 そして時は既に真夜中。
「えーっ、マジもうどーしよー」
 月島 光輝(jb1014)は暗い街路でひとりウロウロオロオロしていた。
 初めての海外旅行でいきなり姉とはぐれ、宿の場所もわからず…
「姉ちゃんホンットとろいんだからさーっ!」
 はぐれたのは自分だという事は、棚に上げる。
 そこに、ちょっと見覚えのある学生っぽい集団が現れた。
 何の集団かもわからないまま、光輝はちゃっかりそこに紛れ込んでみる――

 

● Tower of London

「じゃあ皆、気を付けて行こう」
 こんな時こそ部長らしい所を見せねばと意気込んで、夢野は蝋燭を手に先頭に立つ。その隣にはフェリーナがぴったりとくっついていた。
「ロンドン塔ね――」
 背後から暮居 凪(ja0503)の声を潜めた解説が聞こえる。
「知っているかしら? この塔は昔、勢力争いに敗れた者達の監獄だったことを…」
「か…監獄?」
「正確にいえば――不都合だった者の排除の場所、とも言えるわ。有名な例でいうと、アン王妃ね。彼女は…」
 このロンドン塔で斬首刑にされた、16世紀の国王ヘンリー8世の二番目の妻。
「…今でも首の無いままに彷徨い、見た人を呪うと――あら?」
 凪は長広舌に一区切り付けると、皆の…と言うか主に夢野とフェリーナの反応を伺った。
「こ、怖くなんか…ありません、よ?」
 フェリーナは夢野の腕にしがみつき、小刻みに震えている。
「て、天魔より怖いものなんて…いる訳が…」
「そ、そうだよ、ゆ、幽霊なんて、そんなの…」
 しかし、二人とも作り笑いが痛々しかった。
「そうね、あくまでも噂よ」
 その様子を見て、にっこり微笑む凪。
「因みに、今歩いている辺りは昔…」
「さ、先を急ごうか! ほら、制限時間もあるし!」
 再び説明を始めようとした凪を制し、夢野はずんずん先へ進む。
(夢野さん…フェリーナさん…幽霊、苦手なんですか…)
 背後の暗闇で、高槻 ゆな(ja0198)が何やら怪しい微笑みを浮かべていた。
(それは是非、撮影せねば!)
 今回の主目的であるゴーストハントの為に持ち込んだ赤外線機能付きのビデオカメラとボイスレコーダーで、こっそりビビリ具合を撮影しちゃおう♪
 ビデオを回しっぱなしにしながら、カメラ小僧は嬉々として塔の奥へ進む。
(これでも「科学部?」の部長ですからね♪)
 果たして幽霊の姿は映るだろうか。
 興味本位は幽霊に失礼だが、これはあくまで科学的解析を目的とした真面目な撮影なのだ。一応。
「これがロンドン塔か〜♪ 町もこれも初めて見る物だらけだな〜♪」
 初っ端から恐ろしい話を聞かされたにも関わらず、前田 空牙(jb3589)は暗い塔の中を弾む足取りで歩いていた。
 何もかも見慣れない、珍しい物ばかりで大はしゃぎ。
「あれ、あそこに誰かいる」
 ふと立ち止まり、指差した先には……
 夢野とフェリーナの全力悲鳴が壁や天井に反響した。
 しかしそれでも蝋燭だけは死守した夢野は、その光を奥の暗がりに向けてみた。
 フードの付いたボロボロのマントに身を包んだ…血塗れの、幽霊?
 それは、ふらふらよろよろと覚束ない足取りで、ゆっくりと近付いて来る。
 そう言えば、西洋の幽霊は足があるんだっけ。
 しかし…落ち着いてよく見ればこの幽霊、妙に存在感がある。
 と思ったら…
「びっくりしました?」
 幽霊がくすくすと笑い声を上げた。しかも日本語を喋っている。
 血塗れのフードを取ると、エナ(ja3058)の見慣れた顔が現れた。
「このまま誰も来なかったらどうしようって、ちょっとドキドキしてました」
 点呼の後すぐに、ひとりで塔の奥に向かい…そこで今か今かと待ち構えていたのだ。
「良い画が撮れました♪」
 ぐっ。ゆなが親指を立てた。高感度カメラでの撮影もばっちりだ。
 そして再び、一行は奥へと進む…が。
 道に迷っているうちに蝋燭が燃え尽き、辺りは闇に閉ざされた。
 暗闇でガタガタ震えながらも、必死に踏ん張る夢野。
 と、そこに…
 ぼうっと浮かび上がった貴婦人の姿。しかし、その首から上にあるべきものは、そこになく…
「ふ、ふえぇぇぇぇー!?」
 フェリーナ、戦線離脱。
 続く謎の物音にトドメを刺され、夢野の意識も遠のいていった。声もなく、静かに…自分達が今や二人きりでその場に取り残されている事も知らずに。
 それは、仲間達の陰謀…いや、二人きりにしてやろうという温かい心遣いだった。
 約一名、空気を読み損ねたメンバーもいた様だが。
「半透明な人影がいたよ…ってあれ? みんなどこ行ったの〜!?」
 気が付けば辺りは真っ暗、仲間もいない。
 明かりがなければ地図も見えない。
「スカイ〜、迷ったから手伝って〜」
 空牙はヒリュウのスカイを呼び出して、二手に分かれて道を探し始めた。
 しかし歩いても歩いても、外に出られる気配は全くない。
 その時…
「あ、向こうで誰か手招きしてるよ〜」
 さっきの半透明な人だ。その影について行くと…
「出口だ〜、親切な人がいてくれて良かったね〜」
 因みにその同じ「親切な人」を見て、エナはあっさり気絶したらしい。

 こちらは別の入口から探検を開始したグループ。
「よっし! 幽霊探すぞ〜! いるなら、会ってみたいもんな」
 白虎 奏(jb1315)は張り切って受付を済ませた。が。
 ひとりは…別に怖くないけど、こういうのは誰かと一緒の方が楽しいよね!
 という訳で、知った顔がいないか探してみた。
「お、いた!」
「って、え?」
 いきなり腕を掴まれ、光輝は目を丸くする。
「あー! お前猫の隠れ家に居た奴じゃん!! カナだっけ? 俺光輝ー! なぁなぁ、一緒行ってイイっ!?」
 勿論、そのつもりで捕まえたのだ。
「で? これなんの集団?」
「知らずに来たのかよ!」
「え? 幽霊探索ツアー?」
 暫しの沈黙。ビビって逃げ出すのかと思えば…逆だった。
「ヤッベ何それちょー楽しそーっ!! マジモンの幽霊とか出んの!?」
「そう、らしいな」
「よっしゃー! カナ! 暴れんぞー!!」
「…お、おう…」
 二人はグループの最後尾にくっついて、塔の中へ。
 すぐ前を歩いているのは、霙と直也のカップルだった。
 何かが見えるらしい霙は、時折立ち止まっては唐辛子を齧りながら誰かに話しかけている。
「お前、誰と話してんだ?」
 霊感ゼロの直也が首を傾げると、霙は平然と壁際の暗闇を指差して言った。
「この人ですの」
 言われて目を懲らしても、直也には何も見えないし暗闇など怖くもない。
 速攻で飽きて、霙とイチャイチャベタベタし始めた。
 そこへ…
「どうした、何かあったのか?」
 先頭を行く蝋燭持ちのデニスが、ぬうっと顔を出した。
「ぎゃあっ!?」
 一番後ろで誰かが悲鳴を上げたのも無理はない。
 蝋燭の明かりにぼうっと浮かび上がったその姿が、既に幽霊よりも恐ろしいのだから。
「な、なに? どどどうしたのパパっ!?」
 その背にしがみついた愛娘、セラフィが震え声で訊ねる。
「ここに何かがいるらしいんだが…」
 デニスは霙が指差した場所に明かりをかざしてみる。
 何も見えない。しかし霙には何かが見えているらしい。
 という事は…
「も、もももう帰ろうよパパ…っ」
 自分で申し込んでおきながらビビりまくっているセラフィは、デニスの服をぐいぐいと引っ張った。
 だが、デニスは娘を引きずりながら楽しげな様子でどんどん奥へ進む。
 暫く後…蝋燭の明かりが消えた。
「うげぇ、真っ暗ってのは困る!」
 奏が声を上げる。
「…とりあえず、落ち着こう。光輝〜? いる〜? どこにいる〜?」
「ここだよ、ここ!」
 目の前で声がするが、姿は全く見えなかった。
「まあまあ、落ち着こうよ」
 手探りで相手を確認し、奏はポケットからチョコバーを取り出す。
 姉への土産だが、ひとつくらいなら。
「菓子、食べる? すっげぇ甘いけど、美味いよ?」
「食べる!」
 しかし、真っ暗な中ではすんなり手渡す事も出来なかった。
 渡し損ねて床に落ちたチョコが、ぼんやりと淡い光を帯びる。そして、ふわりと舞い上がり…
「あ、誰か拾ってくれたみたい。ありが…、…うっそ!?」
「ちょ、出た! マジ出たっ! すっげー!」
 現れたのは二人の少年だった。
 二人は手にしたチョコを物欲しそうに見つめている。
「それ、欲しいの? 欲しかったらあげるよ?」
 奏に言われ、二人は嬉しそうに微笑むと…チョコバーと共に消えた。
 その場所は、ブラッディタワー。そこでは二人の幼い兄弟が命を落としたと言われている。
 しかし霊感とは縁の無い直也は、欠伸をひとつ。
 真っ暗になったのを良い事に、更に大胆な行動に及び…
 ――ごんっ!
 何か鈍い音がした。
「次は、デスソの一気飲みですの」
 それは多分、幽霊よりも恐ろしい。
 そしてデニスは限界を超えてしまったらしい娘を背負い、暗闇の中を黙々と歩く。
 彼等は無事、外に出られるのだろうか…?

「流石にこの蝋燭一本だと暗いですね…」
「おおー、暗いのぅ」
 首に縄……いや、首輪にリードを付けた着物姿の千 庵(jb3993)と、そのリードを手綱の様に握る亀山 絳輝(ja2258)。
 珍妙な格好の二人は、グループの先頭を歩いていた。
「…お、あれは何じゃ?」
 ふらふら。
「あっあれ良いモノじゃのぅ…」
 ふらふら。
「ですから庵先輩、私から離れないでくださいと言ってるでしょう。この暗闇の中どこに行こうとしてるんですか!」
 放っておくと勝手に何処かへフラフラ漂い出す庵を、絳輝は力一杯に引き戻す。
「なんじゃ、わしは犬か…」
「犬は呼べば戻って来ますけどね」
「ん、なんかあっちが面白そうじゃの、絳輝ーあっち行こうじゃよー」
「ほらまた!」
 ぐいっ!
 そんな二人の後に続く瑞姫とイスルは、お互いにしっかりと腕を組んで歩いていた。
 薄暗い中で楽しそうに目を輝かせる瑞姫は、イスルを引っ張る様にどんどん先へ歩いて行く。
「楽しいか?」
 問われて、瑞姫は子供の様な笑顔で答えた。
「探検って、何だかワクワクしない?」
 その言葉に小さく肩を竦め、イスルは相棒の気の向くままに引っ張られて行く。
「ねえ、少し皆から離れてみようか」
「真っ暗だぞ」
「大丈夫、少しは夜目が利くから」
 やれやれ、とでも言いたそうに首を振りながら、イスルは小さく笑みを浮かべた。
「いいなぁ、あの二人」
「良い雰囲気だよねぇ」
 明音とすみれは、前を行く二人をちょっと羨ましそうに眺めながら腕を組んで歩いていた。
「お互いに彼氏がいたらねー」
 すみれの言葉に明音も「そうだよねー」と返す。
 それだけ言うと、暫し無言。
「…でも、こうしてると何だか彼氏ポジションみたい」
 腕にしがみつかれる格好になった明音が、くすりと笑う。
「…ぇ…っ」
 どきんっ。
「何かドキドキが止まらないよ…怖さのせいかな?」
 そういう事にして、すみれは一層の力を込めて明音にしがみついた。
「…可愛い」
 明音は思わずすみれの頭をナデナデ。
(すみれちゃんの彼氏かー…どんな人なんだろうなぁ)
 現れるのは、いつだろう。
(それまでは私が可愛がってあげようかな)
 一方のすみれは…
(彼氏がいなくても親友がいれば良いじゃない!)
 なんて事を思いつつ。
 そんな二人の視界には、幽霊など入り込む余地はなかった。
「幽霊ですか…。天使も…幽霊になれるのかな?」
 最後尾を歩くそまりの後ろを、睦美はキョドりながら歩いていた。
「日本の妖怪系女子として、他国のオカルトには負けられないさ…って、いや、僕、妖怪じゃないからね…」
 昼間の勢いは何処へやら、慎重に歩きすぎて仲間との距離がどんどん離れていく。
 前を行くそまりも、それに気付いていない様だ。
 拙い、置いて行かれる。そう思って走り出した途端…
「もぶっ!?」
 転んだ。先を行く蝋燭の明かりが角を曲がって消える。
「ちょっ!? こういうトラブル、ホント、やめてくれない!?」
 自分の存在さえ危うくなりそうな真っ暗闇の中で、睦美は半泣きになりながら闇雲に進む。
 と、その目の前に…
「…姐さん…?」
 そまりが探しに来てくれた、と思ったのも束の間。
 それは白い死装束を纏った見知らぬ女性の姿で――
「あれ…睦美さん…? 睦美さん!?」
 そまりがふと気が付けば、すぐ後ろにいた筈の睦美が姿を消している。
 顔から血の気が引いた。
 突然響き渡った悲鳴の方角へ、そまりは壁を突き抜けて一直線。
「睦美さん!」
「ぁ…」
 声と同時に、幽霊は姿を消す。
(天使だ…天国から、お迎えが来た…)
 ふらーり。
 安らかな顔で失神した睦美の身体を支え、そまりは安堵の息を吐く。
 これで一安心…でも、出口は何処?

「見てください緋毬! 着きましたよ!」
 市内マップを手に、クロエ・ブランシャール(ja0658)は嬉しそうに市来 緋毬(ja0164)を振り向いた。
「ここ…なのですか?」
 緋毬が不安げにその建物を仰ぎ見る。
 時刻は既に真夜中、辿り着いたのはロンドン塔。
 ショッピングを楽しもうと街に繰り出した二人が何故ここに居るのか。
 それは、横文字が苦手な緋毬の為に、クロエが一生懸命に頑張った結果だった。
「何か…とても…怖い場所のような…」
「日本やフランスとはまた違った雰囲気で素敵ですね」
 興奮して舞い上がったクロエは気付かない。
 気付かないままに、いつの間にか手にしていた蝋燭と共に塔の奥へ。
 何か物音がする度にビクビクしながら、緋毬はクロエの腕をしっかりと掴んでそろそろと歩く。
「しかしこんなに暗くては何も見えません。一体どこで何を買えばいいのか…」
 蝋燭の明かりで周囲を照らしながら、クロエが言った。
 この期に及んでもまだ、この場が何処かのショップだと信じて疑わないらしい。
「はわ…クロエさん…こちらでよろしいのです?」
「はい、この地図の示す所では…ここはロンドン塔という名のショップの様です」
 そこまでわかっていながら、何故気付かない。
「…ろんどん、とう…?」
 先に気付いた緋毬の顔から血の気が失せる。
「大丈夫ですか? 具合が悪いなら戻りましょうか? …あれ、どこへいけば…」
 既に迷子。
 そして追い討ちをかける様に、何処かで衣を裂く様な悲鳴が…
「ひ……緋毬」
「は…、はい…」
 漸く気付いた。ロンドン塔、それは…
「ごごごめんなさい。私も、実はお化けとか…こういう所。ダメなんです。ダメなんです」
 クロエは緋毬の腕にしがみつき、ブルブル震えながら半べそをかいている。
 その様子を見て、緋毬は覚悟を決めた。
「クククロエさんだだ大丈夫ですっわわたしがつついてますからっ」
 蝋燭を受け取り、手を繋いで…走る。
 と、目の前の壁をすり抜けて、天使の様な幽霊の姿が…!
 それは必死で義妹を探すそまりの姿だったのだが――
「こここちらから来ました! 戻りましょう!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「大丈夫ですよっ、もうすぐ出口なのですっ」
 多分。
 涙の雫を撒き散らしながら、二人はひたすら走り続けた。

「幽霊出ませんかね幽霊。僕まだ幽霊会ったことないのですよ」
 鳳月 威織(ja0339)は、きらきらした目で周囲を見回す。
 しかし、博士・美月(ja0044)はそれを真っ向から否定した…何故か、震える声で。
「ゆゆゆ幽霊なんて非論理的な存在、居ないって事をこの手で証明してやるわよ!」
 論理的根拠のない存在は認めない! 世の中、論理が全て!
「建物は住む人・住んでいた人の魂を宿すといいますし、それにここは監獄でもあったのでしょう?」
 ユーノ(jb3004)の言葉を裏付ける様に、何処か遠くで誰かの悲鳴が上がった。
「いいい今のは、他のグループの誰かよ!」
 確かにそれは美月の言う通りかも知れないが。
 ギギィ…
 目の前で重い木の扉が開いた。勿論、誰かが開けた訳ではない。
「じじじ自動扉なのよきっと! 実体のない幽霊に扉が触れるわけないでしょ!」
 美月は自分に言い聞かせるが、その声はやっぱり震えている。
「肉の器を無くしてなおこの世界に留まり続けるほどの強い思いを抱えた魂…そんなものがいるのならば、それはどのようなものなのでしょうね」
 ユーノの落ち着いた声が余計に恐怖を煽っている様にも感じられる。
 無論、本人にその気はないのだろうけれど。
「本当にいるかどうか、いたとしても意思疎通など難しいでしょう…けれど、霊魂となり果てなお残す想い、見届けたいですね」
 その声に応える様に、まだ長く残る蝋燭の炎が風もないのにふっと消えた。
「ゆゆゆ幽霊に炎を吹き消せる筈ないじゃない!」
 直後、周囲のあちこちから聞こえ始めるラップ音。
「じじじ実体のない幽霊が、物理学的に音を出せるわけがないのよ!」
 とりあえず全てを幽霊のせいにして、それを片っ端から否定する。それが美月流の証明法だった。
 しかしそう考えれば考えるほど、結果的に幽霊を意識する事になり…
「あ、誰かいますね」
 真っ暗闇になっても落ち着いた様子の威織が、勝手に開いた扉の向こうに人影を認めた。
 何かから逃げる様に髪を振り乱し、金切り声を上げながら走る貴婦人。彼女は真っ正面から美月の身体を突き抜けて走り去る。
 ぱたり。
 恐怖のメーターが一気に振り切れた美月は意識をシャットダウン。
 実在しようがすまいが、怖いものは怖いのだ。
 念願叶って幽霊との出会いを果たした威織は上機嫌で美月を背負い、壁を頼りにゆっくりと歩き出す。
「出口は必ずあるんですから、慌てずにこの雰囲気を楽しみましょう」
「ええ、そうですね」
 闇の中からユーノの静かな声が返って来た。
 あれは恐らく死刑執行人の大斧から逃げ回り、4度目に首を切り落とされたという伯爵夫人の姿。
 彼女はこれからも、この場に留まってその最期の瞬間を再生し続けるのだろうか。
 背後の何処かで、断末魔の悲鳴が聞こえた気がした。

 その悲鳴を聞きながら、沙 月子(ja1773)はひとり闇の中を歩いていた。
「London Bridge is falling down〜♪」
 などと鼻歌を口ずさみながら、その場に漂う空気を恐れる事もなく、さくさくと進む。
(本物出たら面白いのになあ)
 …ん? 今、誰か目の前を横切った様な…まあ、いいか。
 それよりも、この歴史の重み溢れる建築物。傷跡の残る壁や拷問道具、囚人が残した落書き…
 歴史マニアの血が騒いでいた。

「…睦美さん、外ですよ。無事に出られましたよ」
 そまりは背中の睦美を優しく揺り起こす。
「…ぇ……あ、そまりさん…!」
 良かった、天に召された訳じゃなかったと、睦美は改めてその背にしがみついた。
「よっしゃー! 正義は勝ーーつ!」
 その向こうでは、元気な中学生が無事な生還に歓喜の声を上げつつハイタッチ。
 恋人同士の様に腕を組んだ明音とすみれも、無事に脱出完了。
(役得役得、もう少しこのままでいようかな)
 明音のそんな思惑に応える様に、ゴールの後でもすみれはその腕を離そうとしなかった。
「先輩…お守りと塩です。塩はできれば肩と…少し口にも含んでください」
「お祓いかえ? おお、肩な」
 向こうでは絳輝と庵が、何か憑いて来ちゃったものを祓っていた。
「絳輝は頼もしいのぅ、じゃが妖怪はおらんかったのぅ…」
 のんびりと言う庵に、絳輝はきっぱりと言った。
「先輩、妖怪と幽霊は違います。それに…まだ、そこに」
 絳輝は視える人だった。
「歴史的にも、今でも心霊スポットとして有名ですからね…」
「ほっほっほ、また来てみたい物じゃ」
 全く見えないらしい庵は、余裕で笑っているが。
「さ、これからどうしましょうか…私も今年で20歳ですし、美味しいお酒の飲み方でも教えてくれませんか?」
「おおー酒か? ほっほ、良いじゃろう。絳輝、案内頼むぞえー?」
 その時…上の方から何やら宴会風のどんちゃん騒ぎが聞こえて来た。
 音の方向を辿ると、どうやらそれはホワイトタワーの屋上から聞こえて来る様だが…
「まあ、遠慮せずに呑め」
 そこでは誰かに酒を勧める鷺谷 明(ja0776)の姿があった。
 昼間のうちにエールやワイン、ビール、酒の肴などなど大量に買い込んでおいた彼は、ここに宴会トラップを張って客が来るのを待ち構えていたのだ。
 勿論、そこは普通の人間が入れる場所ではない。罠にかかるのは天魔か撃退士、それに…幽霊くらいなものだろう。
 という事で。そこには塔の住人(?)から周辺の心霊スポットに潜む者まで、ロンドン中の幽霊が集まり、さながらハロウィンパーティの様相を呈していた。
「イケニのブーディカとかフランシス・ドレークとかも呼べたらいいねえ」
 さて、この宴会に混ざる度胸のある者は…誰か、いませんか?

「…今日は…なかなか楽しかったな…」
 幽霊パーティは遠慮したイスルは、瑞姫と入ったパブでぽつりと呟いた。
「案外楽しんでいたもんね。イスルってば」
 傍目からはそう見えなくても、相棒にはちゃんとわかるのだ。
 そのまま二人は、心ゆくまでロンドンの夜を飲み明かした。

 

 暫く後。
 凪の手で救出された夢野とフェリーナは、救護室で目覚めると少し照れくさそうに顔を見合わせた。
「意外に…俺もフェルも苦手なんだな、こういうの」
「ユメノにも、苦手なものが…あるんですね?」
 新たに発見した互いの意外な一面に、二人は微笑みを交わす。
 ちょっと良い雰囲気になった所で…
 バンッ!
 いきなり扉が開いて、空気を読まない空牙が乱入!
「よかった〜♪ やっと見つけたよ♪」
 …って、あれ? 二人とも何で睨んでるの?

 因みに、ゆなが撮影したビデオには…延々と不気味なノイズばかりが続いていたそうな。

 

● Free Tours

「いぇ〜い♪ 修学旅行じゃ〜♪」
 ハッド(jb3000)は南へ向かう列車に揺られていた。
 目指すはロイヤル・タンブリッジ・ウェルズ、嘘か誠か円卓の騎士ゆかりの猫屋敷があると言われる温泉町だ。
 と、その道中の車窓に何やら金色に光る葱の様なオブジェが見えた気がするが…気のせいだろうかか。
 やがて駅に降り立ったハッドは、広場で声高に呼ばわった。
「我輩は、バアル・ハッドゥ・イシュ・バルカ3世。王である!」
 うん、華麗にスルーされたよ!
 その代わりに猫達が足元に寄って来た。
「ふむ、猫屋敷まで案内してくれるとな?」
 それに従い、着いた所には…どうにも頼りなさそうなぽやーんとした青年が猫と暮らす、大きな屋敷があったとかなかったとか。
「ところでおぬし、カマバットという一族を知らぬかの?」
 何? 彼等は遙か昔に外国へ? …それは残念。

「…すごい。ほんとうに、綺麗な街並みだわ…」
 フィン・スターニス(ja9308)は今、ストラットフォード・アポン・エイボンの旧い街並みの中に立っていた。
 本人曰く随分時代錯誤な箱入り娘だった為、時が止まった様なこんな場所は異常に似合うらしいが…本気で似合っていた。
「…良い勉強になりそうね…」
 シェイクスピアの生家や隣にあるシェイクスピアセンターを見て回ったフィンは、この歴史ある街での経験を糧にもっと上を目指したいと、そう願った。

「ケルト神話の地、ドルイド見学にまいりますの〜」
 キャロル=C=ライラニア(jb2601)はヒースの荒野を歩いていた。
「しぜんをめでて、いわうのですわよね〜♪ わくわく、どきどき♪」
 でも、何処に行けば会えるのだろう。
「はー…さむいですね〜」
 背中の羽根はしまって、ひたすら歩く。
「びゃくや? おーろら? はここからみえるのでしょうか?」
 それは多分、もうちょっと北の方。
 歩いて歩いて…何だか古そうなストーンサークルが見えてきた。
 その真ん中にある石のテーブルで、誰かが手招きをしている。
「…まじょのおちゃかい? キャロもおよばれしていいのでしょうか?」
 もしかしたら妖精かも。
 キャロルは小走りに駆けて行く。果たして無事に帰って来る事は出来るのだろうか?

 スコットランドの荒涼とした大地に、アザミの花が散る。
 この国まで来たものの、やはり戦場に散った彼女の手がかりはなかった。
 判っているのはスコットランド生まれという事のみ。その詳しい住所も、本名もわからない。
「スコットランド的大草原というのは、この辺りで良いのでしょうか」
 ロンドンから直通列車で約8時間。
 調査中に目的を同じくする事を知った二人、十八 九十七(ja4233)とクライシュ・アラフマン(ja0515)は今、ハイランドと呼ばれるインヴァネスの郊外に立っていた。
「名も無き魔女…せめて、故郷の地の風に、鎮魂の花を」
 彼女が好きだったという西洋アザミの花が、色のない大地に彩りを添える。
「スコットランドの国花だった、か」
 ぽつり、仮面の下でクライシュが呟く。
 九十七がついと視線を逸らした事を見届けて、クライシュは人前では外した事のない白面に手をかけた。
「今となっては遅いかも知れんが…お前の望み通り、素顔を晒してやる」
 ハイランドの冷たい風が、顔に走る刀傷を刺す様に吹き過ぎる。
 その風に舞うアザミの花に乗せて、クライシュは胸の内で鎮魂の言葉を捧げた。
「お前の御伽噺は、それなりに楽しめたぞ」
 そう呟くと、再びその顔を隠す。
 何処かでバグパイプの音色が哀しげな尾を引いて、風に流れていた。

 ウェールズの首都カーディフに向かう列車には、7人の撃退士が乗り合わせていた。
「ボールドウィンのお嬢さんにランパードの養い子と。いやァ、引きこもってる間に続々代替わりしてンじゃねぇの」
 前のボックス席から身を乗り出して、ロヴァランド・アレクサンダー(jb2568)が後ろの三人に声をかける。
 彼等の事は噂に聞く程度で実際に会うのはこれが初めてだったが、ロヴァランドはさすが年の功と言うべきか、古くからの知り合いの様に振る舞っている。
 幼馴染みのフィオナ・ボールドウィン(ja2611)、アクセル・ランパード(jb2482)、そしてアレクシア・エンフィールド(ja3291)の三人は、互いに顔を見合わせて小さく頷いた。
 いずれも当地に古くから伝わる家系に連なる彼等にとって、これは里帰りの旅。
 特に、ロヴァランドの隣で仏頂面をしている義弟、マクシミオ・アレクサンダー(ja2145)にとっては実に11年ぶりの帰郷だった。
 通路を挟んで反対側では、唯 倫(jb3717)が窓に額を押し付ける様にして流れる景色を飽きもせずに眺めている。
 結局彼等と共にウェールズを旅する事に決めたエイラは、その隣でうとうとと居眠りをしていた。
 自分の席に腰を落ち着けたロヴァランドは義弟に向けて言う。
「俺もそろそろ引退してェなー。なァ、マクシ?」
「言っとくけど。俺ァ死んでもアンタの後だけは継がねェかンな?」
「んー? 何か言ったかなー? 聞こえないよー?」
「補聴器でも買ってやっか」
「ってぇ事は、お前も認めるんだな?」
「何を」
「俺がもう隠居するようなトシだって事だよ」
 何だかんだで、漫才するほど仲が良い…らしい?
 やがて駅に着くと、まずは全員でカーディフの観光に繰り出す事となった。
「おいロヴ、俺の両手は2本しか無ェんだ。そんなに荷物持てるわけ…だから聞けって!」
 荷物を全て持たされる事になったマクシミオが何か文句を言っている様だが、ロヴァランドはキニシナーイ。
「迷子にならないように気をつけよう」
 方向音痴の才能には自信のある倫は、しっかりと自分に言い聞かせ…
「あれ、皆さんどこですか!?」
 手遅れだった。
 初めての海外旅行で、その才能を遺憾なく発揮した倫は途方に暮れる。
 しかし――
「こっちだ」
 その腕を強く握る者があった。
「エイラさん…!」
 この人…いや天使、見た目は少し怖そうだし言葉遣いも荒っぽいけど、実は良い人なのかも。
 それからというもの、倫はしっかりとエイラの袖を握ってついて行く。
 終始キョロキョロと落ち着きなく、見るもの全てに目を輝かせながら…
 一行はカーディフ城や民族博物館に大聖堂、途中で食事を摂りつつフィオナお勧めのマーケットへ。
「料理が不味いというのは、他の国の者が拘り過ぎているだけの話なのだよ」
 フィオナが言う。
 昼食に勧められたチーズやミートパイは、確かに悪くなかった。
「不味かろうがなんだろォが、俺らにとっちゃこの味が普通だし」
 ついでに言えば、イングランドとウェールズは別の国。サッカーだってナショナルチームがあるのだ。
 そして再び名所を巡り、午後もだいぶ回った所で漸くティータイム。
 重い荷物を持ったまま散々引っ張り回されたマクシミオは、ぐったりとテーブルに突っ伏した。
「どっちが弟かわかりゃしねェだろ?」
 年甲斐もなくやんちゃな兄に文句をひとしきり。
「…まァ、そこまで嫌いってワケでもねェけどな」
 最後に、ちょっとデレた。
 ウェルシュケーキで小腹を満たした所で、アレクサンダー家の兄弟は皆と別れて実家に寄る事になった。
 彼等の家は、まだ遠いらしい。
「来年は俺らの地元にご招待、と行きてェ所だな。歓迎すンぜ?」
 そうフィオナに告げて、二人は駅舎に消える。
 残る五人はまだ観光を続ける様だ。
「まだまだ、見るべきものは沢山ありますよ」
 第二のふるさとを自慢したくて仕方がないらしいアクセルは、いそいそと案内を買って出る。
 古城に古橋、世界初の保存鉄道であるウェールズ西部の「タリスリン鉄道」、世界で最も長い駅名の駅…
 そして夕方。ウェールズの魅力を堪能したエイラと倫はロンドンの宿に戻る為、幼馴染みの三人と別れる事になった。
「今日はありがとうございました」
 丁寧に礼を言い、倫はエイラの袖を引いて列車に乗り込む。
「この時間じゃも、ジャックは捕まっちまったか」
 ぽつり、エイラが呟いた。
「ごめんなさい、もっと早く帰れば良かったですか?」
「べつに」
「…宿に戻ったら、何かご馳走しますね。これでも料理は得意なんです」
 エイラは黙っているが、否とも言わない。
 倫はメニューを考えながら、買って来たお土産を鞄から出してみた。
 後はコスプレ馬上槍試合が出来れば言う事なしなのだが…ツアーの出発は明日だったか。
 二人を見送った幼馴染達は、それぞれの実家に顔を出し、挨拶を交わした後、馴染みの店に集まっていた。
 フィオナは地元の酒を飲みながら、ほっと一息。
「宴会もいいが、静かに飲むのも悪くなかろう?」
 その言葉に、本来の姿に戻ったアレクシアが頷く。
「こうしていると、昔に戻ったみたいです」
「あ、シアが喋った」
 アクセルが笑う。
「シアは人見知りが激しいからな」
 フィオナも笑っている。
 昔と同じ、楽しいひととき。
 アレクシアの顔にも笑顔が戻っていた。

 

● Knights & Ladies

「ところでユウ。行きたい場所があるのですが――」
 イギリスに到着早々、何やら真剣な面持ちで話を切り出したレイル=ティアリー(ja9968)に、ユウ(ja0591)は「やっぱり」といった調子で言った。
「…言うとおもった。お城でしょ」
「って、予想済みですか」
 流石は自分の同類と、レイルは嬉しそうに言葉を返す。
 そんな訳で、ユウの専属バナナオレ係(?)地領院 徒歩(ja0689)を交えた三人で、いざドーバー城へ。
 そこではユウは貴婦人の姿、徒歩とレイルは騎士の甲冑を纏って城内を散策…の筈が。
「ユウ、地領院殿、私は馬上槍試合なるものに参加してきます。また後ほどお会いしましょう!」
 更衣室から目の色を変えて飛び出して来たレイルは、二人の返事も聞かずに走り去ってしまった。
「ぁ、ヴィー…」
 ヴィーとは、ユウだけが呼べるレイルの嘗ての名。
「…場所…わかってる?」
 しかし既に彼の姿は視界から消えている。どうやら放っておくしかなさそうだ。
「…ん。それじゃナイト様、エスコートよろしく」
 言われて、徒歩は紳士的な動作で腕を差し出してみた。
「ん、任せるが良…いや、お任せくださいお嬢様」
 白衣を脱ぐのは久しぶりだが、衣服を変えてみると精神も変わるものらしい。
 徒歩は覚えている限りの騎士道精神と紳士知識を総動員してユウをエスコートする。
 試合が始まるまで、城の風景を写真に撮ったり、通りすがりのコスプレイヤーと互いに写真を撮りあってみたり。

「騎士のコスチュームを身に着けての城内散策…」
 間芝 真士(ja7802)は、ドーバー海峡から吹き付ける海風に晒されながら場内の散策を楽しんでいた。
「いやぁ、インスピレーションが溢れてくるねぇ。当時の情景がありありと浮かんでくるようだよ」
 浮かんでくるどころか、その情景は実際そこにあった。
 重たい甲冑をガシャガシャ言わせながら歩く甲冑の騎士や、ドレスの裾を気にしながら歩く貴婦人達。
 かくいう自身も銀色に光るフルプレートに身を包んでいた。
「へえ、馬上槍試合もあるのか。それは是非とも体験させて貰いたいね!」
 始まるまでの間、誰かフリーの貴婦人を見付けてそれっぽくエスコートでもしてみようか。

「歩きづらい…着物の方が楽…」
 眼の色に合わせた淡い緑色のドレスを着た咲月が危なっかしい足取りで歩いて来る。
 転びそうになる度に脇を歩く甲冑姿の幼馴染、柊に支えられ…
「ありがと…あ、ひーちゃんの騎士姿似合ってるよ…」
「それは俺の台詞だ。月」
「皆に写メ送っておくね…?」
「やめろ。姉貴の萌えを突くだけの写メになる」
 携帯を没収された咲月は必死に伸び上がって取り返そうとするが、その身長差ではちょっと無理。
 絵の参考になりそうな城や美しい町並、綺麗な景色などを撮って資料にしたいのに。
「写メ、諦めるか?」
 こくんと頷いた咲月の手に携帯がポンと置かれた。
「おー…。いい眺めだー…」
 咲月は早速そこから見える景色をカメラに収める。
 柊も家族への土産写真を撮りながら言った。
「普通に旅行する時はナショナルギャラリーやテートモダンに行くのも良いな。月もそうだろ?」
 撮影に夢中になった咲月から、返事はなかったけれど。

「……甲冑で良かったのか? ドレスも選べたが」
「一度着てみたかった」
 少し心配そうなレンに、フルプレートをガシャンガシャンと鳴らしながらケイが答える。
「良いのなら別に気にしないが」
「折角だから、写真でも取ろうか?」
 塔のてっぺんで記念撮影をした後、二人は狭い螺旋階段をガシャンガシャンと降りていく。
 その途中。背後に何かの気配を感じたケイは、マントを留めていたブローチを外して投げてみた。
「隙あり…」
 カン! 良い音がして、小さな悲鳴が聞こえた。
「なんでイギリスでこんなことしてるのかしら私」
「田村、どうした?」
 先に行ったレンをその場に残してブローチを拾いに行ったケイは、通路の隅に頭を押さえて蹲っている人影を見付けた。
「…誰」
「誰に頼まれたかは言えぬが悪気はないでござる!」
 それは天斗の姿だったが…そうか、誰かに頼まれた訳か。
 まあいい、これといって害はなさそうだし。
 何も見なかった事にして、ケイはレンの後を追った。

「葵は綺麗だ。板に付いている感じも良い」
「そうかしら。でも、ありがとう」
 紺色の貴族衣装を着た伊達 時詠(ja5246)に言われ、藍沢 葵(ja5059)は嬉しそうにくるりと回って見せた。
 黒いシックなドレスに日傘。低身長故にどう調整しても裾を引きずる長さだが、そこは気にしない。
「隠し部屋とかないかしら」
「そうだな、探してみるか」
 その衣装で記念撮影を済ませた二人は腕を組んで歩きながら、周囲の怪しげな場所を押したり引いたり。
「フィクションだとこの辺りに何かがあるんだが」
 時詠の腕にぶら下がる様な格好になった葵は、そんな恋人の姿を楽しそうに眺めている。
「何だ?」
「ううん、何でもない」
 組んだ腕にますます体重をかけ、葵はぴったりと時詠にくっついてみる。
「おい、歩けないだろ」
 そう言いつつも嬉しそうにフラフラ歩く時詠は、脇の石壁に手をついて…
 ガコン。
 ただの壁だと思っていたものの一部が反転、そこに隙間が空いた。
「見付けた!」
 身体を滑り込ませた二人は、そこでいちゃいちゃ…いや、無理。
 暗いし臭いし、何か人骨の様なものがぼんやり見えるし。
 さっさと記念撮影を済ませて、二人は外に飛び出して来る。
 そして衣装チェンジ…今度は男女逆転、時詠は銀眼銀髪化粧に豊胸でゴツい紺色ドレス美女に変身してみた。
「葵は綺麗で何より」
 声色も変え、仕種も女性になりきった時詠は、小さな貴族様にエスコートを要求。
 デコボコな二人は暫く周囲を散策した後、再び記念撮影。
「衣装が気に入ってしまった…どうしてくれよう」
 記念にお持ち帰りは…え、駄目?

「おーい、アッシュ」
 城の周辺をぶらぶらと歩いていたカルム・カーセス(ja0429)は、恋人の天河アシュリ(ja0397)に声をかけた。
「あっちでコスプレ?っていうのが出来るらしいぞ」
「へえ、中世の衣装ね…」
 そして出来上がった、何故か男女逆転カップル。
「似合うじゃないか、マドモアゼル。綺麗だ」
「ふっ…アッシュも良く似合ってるぜ」
「では、お手をどうぞ」
 男装のイケメン騎士は、女装の彼氏を真似て紳士的にエスコートしてみる。
 普段とは逆だが、これはこれで楽しいものだ。
 二人は腕を組みながら、ゆっくりと城の中庭へ。
 そこでは馬上槍試合の準備が進められていた。
「折角だし、このまま馬上槍試合といこうか」
「その衣装のままでか?」
 怪我をすると心配するアシュリに、カルムは余裕の笑みを見せた。
 試合の開始まではまだ暫くある。それまではこのまま、散策を楽しもうか。

「あら…皆楽しそうね」
 黒を基調としたドレス姿で城の中を散策していたフィンは、コスプレを楽しむ皆の姿に目を細める。
 その目の前で、豪華なドレスに身を包んだあおいが街で仕入れたお菓子を食べながらドヤ顔をしていた。
「パン、なければ、お菓子、食べる」
 レディというものに常日頃から密かな憧れを抱いていたらしいが、果たして素敵に決まっているだろうか。
「凄く似合っていると思う。とっても素敵よ」
 そう声をかけて、フィンはその時代に想いを馳せつつ再びそぞろ歩きに戻る。
 そんな二人に声をかけてくる騎士が二人。
「麗しきご婦人方をエスコートもなしで放っておく事など、どうして出来ましょうか」
 すっかりナイトになりきった真士は、レディ・フィンに腕を差し伸べる。
「では、そちらの小さなレディには私が」
 あおいに向かって手を差し伸べたのは、甲冑を着込んだ麦子だ。
「一人旅、つまらない。みんな、いっしょ、が、いい」
 こくんと頷いて、あおいはその腕に掴まる。
「そちらの騎士様も試合に出るのかしら? だったらこのままご一緒しましょ♪」
 そして四人は散策を楽しみつつ、ゆっくりと中庭へ通じる階段を下りて行った。

 向こうでは騎士姿の香流に、芽楼が紅茶を振る舞っていた。
「ご主人様、紅茶とスコーンをお持ちいたしましたのです」
「え、ご主人…?」
 目を丸くした香流に、芽楼はにっこり微笑む。メイドの姿をしている間は誰でもご主人様なのだ。
「どうぞ、めしあがれなのです」
「うん、ありがとう」
 中世騎士にヴィクトリアンメイド、実際には有り得ない組み合わせだが、そこが良い。
 そして、こちらには執事がいた。
 貴婦人姿のマスター、玲獅に付き従う執事コスのメレク(jb2528)。
「マスター、許可を頂きました」
 メレクは主人たる玲獅に報告する。
 続く馬上槍試合の観覧席でお茶会を開く許可が出たのだ。
「私はその準備に入りますので…」
「では、私は暫く辺りを散策して来ましょうか」
 この雰囲気を楽しむ為、貴婦人は静かに歩き出す。
 その姿を見送って、執事は使用許可の下りた厨房へと向かった。

「えーと…どうかな?」
 騎士の甲冑を着込んで現れた楽人は、少し照れた様にポーズを取って見せる。
 自分ではカッコ良く決まってると思うのだが…
「うん、カッコイイ!」
「ほんと?」
 ドレス姿の貴婦人となった晴に言われ、楽人は満足げに微笑んだ。
「じゃあ、記念撮影しようか…お姫様?」
 楽人は鎧の重さに負けそうになりながら、それでも頑張って晴をお姫様抱っこ。
「あれ、スレイプニルはいないの?」
 天馬騎士になろうと思ったのに。仕方ないので、槍試合用の馬を貸して貰って…パチリ。
 馬に乗ったまま、二人は試合会場へ向かう。
「頑張ってね! 勝ったらご褒美あげるよっ!」
 その声に背中を押され、楽人は緊張の面持ちで静かに馬を進めた。

 久しぶりに女装…いや、本来の女性らしい服装をして城の一角に立った黒葉は、背後から近付く怪しい人影に全く気付かなかった。
 そろり、そろりと近付いて…
「わっ!」
「ぎゃあっ!」
 およそ貴婦人らしからぬ悲鳴を上げて、黒葉が飛び上がる。
 振り向けば、そこには甲冑を身につけたルナジョーカーの姿があった。
「何すんだよ!?」
「驚いたか? 怒るなよ…」
 苦笑いを浮かべながら盛大にハグしたルナジョーカーは、耳元で「綺麗だぜ」と囁いてみる。
「ば…っ、馬鹿っ!」
 突き飛ばす様に腕の中から抜け出す黒葉。
 しかしこの場合の馬鹿とは、ありがとうとか大好きと同義。多分。
「う…見るな…」
 真っ赤になって後ろを向いた黒葉の背中から、ルナジョーカーは再びハグ。
「じゃ、行くか」
 耳まで赤くなったグィネヴィアをエスコートし、ランスロットは槍試合の会場へ――

 

 中庭ではすっかり試合の準備が整えられていた。
 馬を走らせるフィールドには左右に仕切る柵が設けられ、その両脇に作られた観覧席には様々な紋章をあしらった色とりどりの垂れ幕が飾られている。
 そこに座る人々は勿論、全員が何かしらの中世風コスを身に付けていた。
 まあ、中にはちらほら…メイドや執事、それに何故か「馬の人」の姿も見受けられたが。
 その馬…いや、茶色い馬の全身スーツに身を包み、馬の被り物で素顔を隠した金鞍 馬頭鬼(ja2735)は、試合前に出場馬の品定めでもして来ようかと席を離れ、厩へと向かった。
 それに、こちらに来る前に受け取った手紙の主とも、そこで待ち合わせる事になっていた筈だ。
「いや、どれも良い馬だ」
 試合用の甲冑で身を固め、その下にはカラフルな馬着を纏った馬の肌が露出した部分を撫でながら、馬頭鬼が待つともなく待っていると…
「やあ、待たせたかな」
 厩の入口に立つ人影。あれが「馬上槍試合でぜひ乗らせてほしい」という手紙を送って寄越した人物だろうか。
「やぁ! あなたが私に手紙を送ってくれた方d…げぇ!?」
 そこまで言って、馬頭鬼は息を呑んだ。
 その様子を見て相手は楽しそうに笑っている。
「いやぁー噂には聞いていたけど…本当に馬の姿になってるとは驚いたね」
「あ、兄貴ぃ!? なんでここにいるんだ!?」
 そう、この田中 一郎(jb3983)こそ、そこで呆然と立ち尽くす二足歩行馬、本名を田中次郎と称する彼の、実の兄。
 こうして久しく会う事のなかった兄弟の、感動の(?)再会は果たされた。
「色々あって検査をしたら見事に合格してね…撃退士に転向する事にしたんだよ。よろしくね、次郎?」
「か、隠してんだからその名前で呼ぶなぁー!」
 誰も見てないよね? 聞いてないよね?
 しかしその時、噂が生まれた。
 馬人の本名は田中次郎、その兄は調教師。
 その噂は後々、学園内にジワジワと浸透して行く事になるのだった。

「お、この学園の生徒も出てくるのか」
 始まる前から盛り上がる会場の様子を見て、田中俊介(ja0729)は空いた席を探そうと観覧席を見渡した。
 前の方は既にパートナーを応援する貴婦人達で一杯だが、後ろの方にはまだ空席がある。
 そのひとつに腰を下ろすと、メイド姿の芽楼が紅茶を手渡した。
「ご主人様、お飲み物をどうぞ」
 礼を言い、その香りを楽しみながら、俊介はフィールドを見下ろす。
「さて、のんびり見物させて貰おうか」
 試合のルールは一本勝負、すれ違った瞬間に相手の何処に槍の穂先を当てたかでポイントが決まる。
 盾に防がれた場合は1、鎧の上半身が2、兜が3。相手を落馬させた場合は5ポイント。
 撃退士向けのアトラクションだけあって結構ハードだ。
「せっかくの旅行で怪我するのも何だし、互いの兜に付けた鳥の羽を落とした方が勝ちって形式はどう?」
 その説明を聞いて、麦子が言った。
「そうだな、手軽に楽しみたいって奴にはそれで良いんじゃないか?」
 手にしたタワーシールドに赤龍の紋章を付けた柊 夜鈴(ja1014)が、槍を選びながら答える。
「ガチでやりたい奴は元々のルールでやれば良い。な、朔哉?」
 話を振られて頷いた柊 朔哉(ja2302)は、五芒星が描かれた盾を持っていた。
 勿論、彼等はガチ勝負希望だ。
「そうだ、もうひとつ…俺達だけのルールを作らないか?」
 ニヤリと笑って朔哉が言う。
「ルールって言うか、罰ゲームみたいなもんか。負けた方が何でも言うことを聞くってのはどうだ?」
「何でも…?」
 それを聞いた朔哉は何だか嬉しそうだ。
「やるからには本気だぜ? 朔哉も手抜くなよ」
 手抜きなどしない。全力で勝ちに行き、夜鈴にリードして貰うのだ。
 二人はフィールドの両端で槍を構える。
 合図と共に、馬の蹄が大地を蹴った。二頭の馬が地響きを立てて走り、サーコートが風になびく。
「行くぞアーサーああああああ!!!」
 やがて両者はすれ違い――観覧席から歓声が上がる。
 フィールドに兜がひとつ転がった。
「俺の勝ちだな」
 勝ち誇った様に、夜鈴が兜のバイザーを上げる。
「朔哉は何をしてくれるんだ?」
「よ、夜鈴の、好きな、ように…」
 頬を赤らめながら答えた朔哉に、夜鈴は手を差し伸べる。
「だったら、今日は1日お姫様して貰うぞ」
「ぇ…っ」
 男装、超楽しいのに!

「では、こちらはあそこで見守る元気なお嬢さんの為にも、怪我のない様に…」
 麦子は観覧席から転げ落ちそうな勢いで身を乗り出し、両手を振りまくる晴の姿を見て小さく微笑んだ。
「さあ、一勝負といきましょうか♪」
「はい、よろしくお願いします」
 対戦相手の楽人はぴょこんと頭を下げる。
 勝負事は苦手だが、ここは踏ん張りどころ。大事な彼女を護るという意気込みを見せるのだ。
 幸い身長差もそれほどないし、彼女の応援があれば百人力。
(…よし!)
 覚悟を決めて、楽人はバイザーを下げる。
 互いに槍を構え、馬を走らせ――
 ドカッ!!
「っ!?」
「あ…っ!」
 飛ばされて転がったのは、麦子の兜。
 しかし、楽人が被ったままの兜からは羽が綺麗になくなっている。
 結論。高速移動と激しい揺れ、そして視界不良と三拍子揃った馬上から、ピンポイントで何かを狙うには熟練の技を要する。
 本来のルールなら、これは兜を飛ばした楽人の勝利だが、この勝負は特別ルール。
 だが、審判席からは双方を勝者とする判定が下った。
「頑張ったねっ」
 スカートの裾を思い切り捲り上げて駆け寄った晴が、恋人の首に抱き付く。
 その唇に、勝利のキスをプレゼント。
「…っ!」
 祝福の拍手と歓声に見送られ、二人は会場を後にした。
 勿論、お姫様抱っこで。

「そういやアッシュと勝負なんて初めてじゃないか」
 ドレス姿で馬上の人となったカルムが、対戦相手のアシュリにおどけた仕種を見せる。
「さぁさ黒髪の騎士様、俺が欲しけりゃ力尽くだ。俺自身を倒して奪い取ってみせてくださいな」
「では、マドモアゼルでも容赦はできないな…君を手に入れる為ならね…」
 その手の甲に軽く口付け、アシュリは馬首を巡らせスタート地点へ。
「流石に、これは動きにくいな」
 ひらひらと風になびくスカートに難儀しながら、カルムは槍を構える。
 安全の為、鎧の上半身と兜だけはドレスの上から装着していた。
 合図と共に腹を蹴ると、馬はぐんぐんスピードを上げる。
 槍を持つ手に力を込め、腰を浮かせた瞬間――
 ばさぁっ!
 スカートが捲れ上がり、視界を塞がれる。そこへ容赦のない突きが決まって、カルムは馬から投げ出された。
 流石は撃退士とあって、この程度では怪我などしない様だが…
「ふふ…流石騎士様、やるな」
 自分で起き上がろうとした所に、手が差し出される。
「ふっ…降参だ」
「やっぱり君は僕のモノになる運命なんだよ」
 小柄な騎士に抱き締められ、貴婦人は頬を赤らめた。
「さぁ、これで俺は騎士様のもの。何なりと望むままに――」

「やあやあ我こそは遠い北国からやってきた青の騎士! あたい推参! いざ勝負!」
 勇者気分で城を散策していたチルルは、そのままの気分で名乗りを上げた。
 対する真士も舞台でスポットライトを浴びているが如くの芝居がかった動作で、周囲の観客に一礼する。
「我が名はシンジ=マシーバと申す流浪の騎士。そこなる青き騎士に仇と追われる身なれど、我とてむざと討たれる訳にもゆかぬ次第」
 いつの間にか、そんな設定が出来上がっていた。
「我等二名の命を賭した大勝負、とくとご覧あれ!」
 素晴らしい舞台に相応しい試合を披露しようじゃないかっ!
 何だか面白そうだとチルルも乗ってみる。
「ここで会ったが三年目! 友の仇、覚悟!」
 チルル、突進。
 槍と槍がぶつかり、火花ならぬ木くずが散る!
 そして…
「む、無念…」
 どさり、真士がゆらりと馬から落ちる。
「仇はとったよ! 誰のか知らないけど!」
 青の騎士は槍を持つ手を高々と掲げた。

「おっ、俺は風遊と対戦か」
 ランスロットに扮したルナジョーカーは、ガウェインに扮した風遊の姿を見て言った。
「悪いが、勝たせて貰うぜ?」
「それは俺の台詞だ。受けて立つ、手加減はしないぞ」
 そう答えて、風遊は客席に向けて手を振った。
「ガウェイン頑張れー♪」
 そこではガウェインの妻、ラグネルの衣装を身に付けた明日奈が手を振っている。
「頑張れー頑張れー♪」
 背の低さはジャンプ力でカバーすると言わんばかりに飛び跳ねる明日奈。
 その隣で、黒葉はまだ恥ずかしそうに俯いていた。
「お前は応援してくれないのか?」
 歩み寄ったルナジョーカーに、黒葉は「そんなこと、ないけど」と小声で答える。
「よし、じゃあ勝って来るぜ!」
 その手に口付けを残し、ルナジョーカーは戦場へ。
(必ず守り抜く。二度と同じ過ちは繰り返さない。ハッピーエンドで終わらせる)
 例え余興でも、負ける訳にはいかないのだ。
 宣言通りに勝利したルナジョーカーは、客席から掻っ攫った黒葉を馬の前に乗せると、そのまま場内を一周。
「最後まで、一緒にいるよ?」
 ぎゅっと抱き締め、耳元で囁く。
 拍手の中、二人はそのまま何処かへ消えて行くのだった。

 その頃、試合に出ると張り切って飛び出したレイルは、方向音痴のスキルを遺憾なく発揮していた。
(…で、試合会場は何処でしょう?)
 テンションを上げ過ぎたのが悪かったと、誰かに道を聞こうとするが。
「すみません、馬上試あ日本語が通じない!?」
 こう見えても、歴とした日本人。英語なんてサッパリだった。
 しかし折角のチャンスを逃してはならないと、散々彷徨い歩いた果てに漸く…
「…あ、来た」
 受付終了直前に現れたその姿を見て、ユウはバナナオレを傍らの徒歩に手渡した。
「…のんびり、見物しましょ」
「ありがとうございます、お嬢様」
 一体どこで買ったのだろうと思いながら、徒歩はそれを有難く受け取った。
 実は、彼女の好物であるそれがこの国に存在しなかった時の保険にと、荷物の中にいくつか忍ばせて来たのだが。
(後でこっそり部屋で飲むか)
 バナナオレを飲みながら、徒歩はフィールドに目を向ける。
 レイルは一体どれだけ歩き回ったのか、始まる前から息が上がっている様子。
 それに対して、対戦相手の紅鬼 姫乃(jb3683)はパートナーである馬と和気藹々といった様子でじゃれ合っている。
 しかも彼女は馬上槍試合の経験者だという話だった。
「手加減なしで行くよっ」
 姫乃の言葉に、二人は黙ってバナナオレをちゅーちゅー。
「…ヴィーのぶんも、あるからね」
 負けてもちゃんと分けてあげるからと、ユウが呟いた。

「さて、一勝負と行くか?」
 次に登場したのは、レンとケイの二人だった。
 ケイにはそのつもりはなかったのだが、レンに「普段やらない事だ、楽しもう」と誘われれば断る理由もない。
 そして、やると決めたからには全力で。
 容赦のない突きが胴に決まり、レンは馬から転がり落ちる。
 …少し、本気になりすぎただろうか。

 そして最後は飛び入り参加の倫vsとしお。
 輝く甲冑に身を固めた二人は馬上の人となり、互いにバイザーを上げて一礼を交わす。
 蹄が力強く大地を蹴り、二頭の馬が駆ける。スピードに乗ったとしおはその勢いに任せて槍を思い切り突き出し――
 勢いが、余った。
 ギャグ補正で慣性の法則を無視し、その身体は槍と共に宙を飛び…刺さった。
 不発弾の如く、大地に深々と。

「なかなか、面白い試合だったな」
 まあ、最後のアレは置いといて。
 全ての試合を見終わった俊介は席を立ち、ふらりと何処かへ流れて行く。
 城の中に、食事が出来る場所はあるだろうか――

「これあげる。色々のお礼。ありがとうね」
 鎧を脱ぎ、城内のカフェで休憩をとっていたケイは、レンが欲しそうにしていたカップを差し出した。
「俺も、田村にやろうと思って…」
 レンが差し出したのは、銀で出来た髪飾り。
 お互いにこっそり買い込んでいた事を知り、二人は顔を見合わせて小さく笑う。
 寮の知人は、良い友人になれそうだった。

 

 そして古城のシルエットが闇に沈む頃。
 人気のない城壁の上に佇む二つの影があった。
 騎士姿のドニーと貴婦人のカルラは、中学時代からの同級生。
 今の所は、お互いに友人以上恋人未満という安定した関係を保つ気安い仲だった。
「それ、似合うね」
「ん、ありがと。…お前も似合ってるじゃないか、『お姫様』?」
 こんな華やかな服を着る事など滅多にないカルラは、恥ずかしそうに頬を染める。
 しかし、ドニーに褒められれば悪い気はしない様で…
「に、似合うって…ほんとに? 変じゃない…?」
「あぁ、本当。…この身に代えてもお守りします、って言いたくなるよ、今のカルラは」
「…ありがとう」
 その言葉に思わず舞い上がりそうになる心を鎮め、カルラは視線を海と星空に向けた。
 ドニーもまた、その顔を上げる。
 どうして彼女を守りたいのか…その答えはまだ、見付かりそうになかった。
 今はただ、こうして落ち着いた静かな時間を過ごす事が出来れば、それで良い。
 二人は付かず離れずの距離を保ちながら、いつまでもそうして海と星を見つめていた。

「大英帝国といえば紳士淑女の憧れ! 英国紳士!」
 鈴野アイラ(ja0360)は力説する。
「ああ、それはわかった」
 相手を頼むと言われてエスコートの練習もして来たけれど…と、ジェレミー・エルツベルガー(jb1710)はアイラに訊ねる。
「何故オレがドレスで女装なんだ」
「あら、似合いましてよ?」
 そういう問題なのか?
「ここはあたくしが紳士になりきり、お勉強をする場なのですからしてね!」
 そうなれば当然、相方はレディでなければならない。
「…わかった。だがこの口調だけはどーがんばっても多分このまま崩せないぞ」
「英国紳士は細かい事を気にしないものですわ」
「テーブルマナーコースとかあるのか? 教わらないと多分オレできねーぞ!?」
「そんなもの、適当に誤魔化しなさいませな」
 良いのかそれで。
 しかし、とりあえず言われるままに任せるしかないのだろうと、ジェレミーは観念した。
「では参りますわよ、お嬢様?」
 馬車で城に到着した二人は、タキシード姿のアイラのエスコートでディナーと夜会の会場へ。
「他意はありませんでしてよ! マナーですからしてね!」
 はい、わかってます。
「ところでジェレミー、あなた踊りは出来ますのかしら?」
「まさか」
 ならば教えてやると、アイラは張り切って会場へ。
「せっかく学生をしていますのですからして、遊ばずしてどうしますの!」
 …学生って、遊ぶもの…でしたっけ?

 

● Epilogue

 英国旅行参加者、総勢113名。
 しかし、旅の最後に全員で撮った記念写真には、何故か114人の生徒が写っていた。
 だが増えたひとりが誰なのか、それは永遠の謎――









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