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遊び倒そう☆大分別府 タグ:【別府】

●修学旅行:別府
 本日は晴天なり。修学旅行日和。
「あっ!! のとちゃ〜〜んっ」
 どこか大冒険にでも出掛けるのだろう荷物の奥戸 通(jb3571)は、その視線の先に大狗 のとう(ja3056)の姿をとらえて、両手を大きく振って駆けだした!
「おおっ?! 通、大丈夫かっ?」
 抱き留めた瞬間やってくる衝撃。いつもよりもずっと重たいものだ。その荷の重さを気に掛けつつ二人は、何十年振りかに会ったようなハグを交わした――おそらく昨日も一緒だったのではないだろうか?

●地獄巡り
 海外旅行などすると、まずは空港でその国特有の香りがするというものだが、ここは硫黄の香りが鼻をつく。
 これに気が付かない。という強者はまず存在しないだろう。
 そして各所から細い白煙が上がっていることも特徴的な地域だ。
 因みに小火ではなく湯煙だ。

「や、初めての別府! こんにちは!」
 アスファルトをしっかりと踏みしめてユニ=ココスノート(jb3500)は第一の地獄の地に降り立った。
 ヨナ(ja8847)はそんなユニをエスコートするように、半歩前を歩き始める。
 それとは対照的に
「…地獄巡りですか…」
「マキナは好きそうな感じよね」
「…何ですか地獄が好きそうって」
 ぐいぐーぃっとファリス・フルフラット(ja7831)に腕を引かれマキナ・ベルヴェイク(ja0067)は苦笑する。
「単に歩く道が地獄でもかまわないと言うだけで、普通に嫌いですよ。当然でしょう」
「んぅ? でもあれよ? ここはただの源泉だからね?」
 観光案内のパンフレットをふりふりそう言った、ファリスにマキナは、なるほどというように軽く頷く。
「…なんだ、源泉ですか」
 然し何故と続けようとしたマキナの腕をより強く引き
「時間は有限よ? 出来るだけ見て回らないと」
「ゆっくり見て……観光とはそう言うものではありませんか?」
 そんなマキナの台詞がファリスに届いたかは定かではない。


 事件は竜巻地獄で起こった。
 予想より多くの生徒を引率することになった、常盤楓(jz0106)は特に問題のないことに安堵し、学園への定時報告も兼ねてスマホへと視線を落とす。
 普段ならばあまり興味も持たないのだが……それは目に飛び込んできた。
『わーいわーい、地獄なうー』
『10分以内に5リツイートされたら竜巻地獄に突っ込む』
「―― ……」
 楓は小さく嘆息し、各々で楽しんでいる生徒たちを見回す。
 開いていたページは世界中で流行っている呟く機能。
 こんな冗談のような呟き、拡散しても本気にするものはまず居ない。居ないはずだが、発信者は久遠ヶ原学園の生徒だ。色々な意味であり得ないなんてない。
 カウント数が増えると焦りが出る。
 それにあわせるように、生徒たちの間からカウントダウンの声が聞こえる。
「……5、4、3、2、い……」
 まだ来そうになくて、一瞬カウントが止まってしまうのはご愛敬。
「0!!」
 岩の間から、フシュフシュと吹き上げてきたのと同時にゴーサイン。勢い良く垂直に吹き上げてくる熱湯は屋根を貫く勢いで圧巻だ。

(〜〜♪ 5じゃ少なかったな?)
 画面に表示される数字を目で追いみんなの声を聞いて、ルーガ・スレイアー(jb2600)は、ぐっと軸足に力を込めた。
 そして闇の翼を展か、ぃいっ……
「ぐぇっ!」
 襟首捕まれた。
 今まさに上昇した上での下降狙い。勢いもあった。
 蛙がつぶれたような声を自分の口から聞くとは……。
「……修学旅行で、重体者を出すわけには行かないので我慢してください」
 にこり。肩越しに見えるのは楓の笑顔。
「よ、よく分かりましたね、先生」
「えぇ、もうはしゃいでる気配が体中から滲み出ていました」
 お互い、にこり。
 大丈夫、寒くない。


「すご〜い♪」
「はい、別府と言えば、やはり地獄巡りですね部長」
 歓喜の声を上げた雁久良霧依(jb0827)に、雪ノ下正光(jb1519)は微笑む。
「この瞬間に上にいたら、きっと飛べるわね♪」
「え」
「……火傷しちゃうか♪」
 無邪気な発言に息を呑むものの思いとどまってくれて良かった。
 ぴっ、かしゃっ
 デジカメからの電子音が吹き上げる音に混じっている。
「たっくさん、写真撮らないとねー」
【剣術部】にて部員同士で相談した結果。
『会話の問題と有事の際に国内だったらお金があれば帰れる』
 海外除外。
『なら父島も除外?』
『そうね。迷子になる可能性はないけど、海が荒れると帰れなくなるし』
『船での移動が長いのは――』
『買い物が出来そうにないところは嫌ー』
『寒そうなのも』
 どんどん切り捨てられていってしまう。
『……温泉目当てでしたら、別府ですよね』
 そして辿り着いたのがこのコースだったことを思い返していたのは礼野 智美(ja3600)
 妹の礼野 真夢紀(jb1438)が楽し気にカメラのシャッターを押すのを見つめて、瞳を細めた。
「姉上、大丈夫ですか?」
「……硫黄の匂い、きつくないか?」
 そして智美と音羽 紫苑(ja0327)は礼野 静(ja0418)を気遣うが
「あまり強いようならその時点でやめて、入り口近くで待っているから」
 と笑みを作る静と、パンフレットを真剣に覗き込み
「5年生で修学旅行行くことになるとは思わなかったなー♪」
 嬉しげに、楽しげに無邪気にはしゃいでいる部員の一人音羽 千速(ja9066)や真夢紀を見やって無理はしないという約束で予定通り回ることにした。
「ほら、二人とも団体行動だからふらふらはぐれたりしないように」
「はーい!」
 紫苑は釘を刺したものの、返ってくる明るい声につい寛容になってしまいそうだ。

(……修学旅行、ねぇ)
 小さく溜息でもこぼしそうになっていた、美森 仁也(jb2552)に気がついて、美森 あやか(jb1451)はその腕を引く。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「部員のみんなや、智美さん……何よりお兄ちゃんと一緒に行動出来て嬉しいです」
 そして向けれる可愛い恋人の笑顔に、仁也の口角を引き上げ、そうだな。と頷く。


 二番目の地獄は血の池地獄。
 真っ赤に染まった熱泥の池。その説明が一番に的を得ていた。
 底の見えない赤い泉。
 ゆるりと立ち昇る熱気に頬を撫でられると、背筋が凍える。
「温泉と一口に言ってもこんなに違いがあるものなんだな」
 しみじみとひとりごちたのは梶夜 零紀(ja0728)
 思わず柵から僅かに身をそらし
「確かに地獄のようだ……ここまで入りたいと思えない温泉も珍しいかもしれない」
「ほ〜んと、ほんと♪ うにゃ〜、熱そうだね♪」
 こぼしてしまった零紀の独り言を拾い上げたのは、白鳳院 珠琴(jb4033)
 にこにこっと愛くるしい笑顔で
「ホントの地獄には行きたくないけどね、天使が地獄を巡るって言うのも面白いよね♪」
「ああ、そうだな」
 無邪気な天使(名実ともに)の笑顔に零紀も微かに目元を緩めた。


「姉上、大丈夫ですか?」
 本日二度目。そして今尚重ねられる。優しい妹の言葉に静は、瞳を細め緩く笑みを作ったが顔色は青い。
 力なく奥の海地獄へと続く石段に腰掛けて、小さく息を吐く姿は病弱さを強く感じさせる。
「…わたくしに付き添うより、皆と一緒に見学に行けば良かったのに…」
「俺は構いません。姉上が心配ですし、純粋に楽しむより観光地だから『ここが戦場になったらどうやって戦うか』って観点で見てしまってますし」
 そっと静の背を撫でつつ、言って苦笑した智美に静は困ったような笑みを浮かべる。半分は姉を気遣うが故。もう半分は、本心だろう。それが自分の上の妹らしさ、だ。

 入り口の方へと立ち去った静と智美を、ほんの少し寂しげに残念そうに見つめていたのは水屋 優多(ja7279)
 優多は場所自体はどこでも良かったが、こうしてみんなで一緒にが嬉しかったし、思いを寄せる人も一緒となると尚嬉しかったのだから、見えなくなった後ろ姿を憂うのも仕方ない。
「まさか、俺が引率することになるとはな……」
 剣術部々長である静が体調不良にて席を外したため、年長者である仁也が後任を継ぐことになった。
 そのことで、小さく嘆息した仁也の姿を隣で見つめていたあやかは、くすりと微笑む。
「お兄ちゃんなら、適任ですよ」
 言われて視線を落とせば、その先には可愛い恋人の笑顔。それが一回でも多く見ることが叶うなら、まぁ、悪くない。仁也は静かに笑みを返した、ところで――

 穏やかなマリンブルー広がる癒しの空間が刹那騒然とする!
 そして、響く怒声。咄嗟に闇の翼を展開しがっつり襟首掴まえたのは仁也。
「馬鹿か御前は! 鬼道忍軍が落ちかけるな!!」
(――あ、れ?)
 怒鳴られた方は、大きな瞳をぱちくり。
 確か自分は、凄いな凄いなーとうきうき気分で足取り軽く歩いていたはずだ。そして、柵のぎりぎりで、真夢紀に写真を撮ってもらおうと振り返ったら……。
 急に青い水底に引き込まれる感触を思い出し、千速は顔を青くした。
 舐めるように、ぽこりと深い青が盛り上がり弾けて消える。
 ぶるりと身体が芯から震え口をぱくぱく。
「あぅあぅ……」

「二人とも大丈夫ですか? 戻ってください」
 ぽかーんっとしていた周りも、楓の声に時を取り戻す。一般客が少なくて助かった。
「すみません、先生」
「大事なくて良かったです。音羽さんも驚いたでしょう」
 丁寧に詫び他の部員の下へと戻ると重ねて怒鳴られたり、嫌な音がしたりはしたけれど、千速を心配してのことだろう。
「すいませんでした〜」
 千速からの謝罪の台詞。
「しっかり写真にも収めたんだからねー」
 真夢紀の言葉にこれは学園に戻ってからも話の種にされるだろうことは目に見えた。

●水族館
 海岸沿いに併設された巨大な水族館。
 広い階段を上りきると卵形のオブジェが迎えてくれる。
 館内に入れば温度管理がなされているのだから、外に比べれば暖かいが、人々の話し声すらさざ波にように響き吸収してしまう高い天井。
 間接照明のみで保たれた視界。
 それはどこか非日常的な神秘的な空気を孕んでいた。

「兄さんとお出かけするのも久しぶりですね」
 星野 瑠華(ja0019)は蛇腹状のパンフレットを開き、順路を確認しながら隣をのんびり歩いていた兄:星野 玲(ja0500)を見上げた。
「あぁ、水族館なんて来たのいつ振りだろうなぁ」
 他の学園生も一般客に混じって、館内を進んでいる。それらをぐるりと見渡して口にした台詞はどこか感慨深げな色を持っていた。
「ラッコの餌付けができるみたいだけど、それは良いのか?」
 規則正しく、案内板の矢印に沿って歩いている瑠華の手元を覗き込んで告げた玲に、瑠華は両の口端を緩く引き上げて微笑む。
「ラッコとのふれあいは人が多そうですし、普通に見て回りましょう」
 そっと袖が擦れ合う距離で告げ
「折角兄さんと一緒なんですしね」
 そう重ねた、妹にやんわりと笑みを返し玲は首肯した。
「んじゃ、適当にゆっくり見てくかー」

「あ! 涼、あの魚はね……」
 八角 日和(ja4931)は小さな水槽を覗き込み、見慣れない形態をした魚を指さした。
「ん、何?」
 日和との視線を揃えるように、腰を折り水槽を覗いたのは高坂 涼(ja5039)
「凄く珍しくて、日本近海では滅多に見られないんだよ。それでね……」
 動物好きが高じて、日和は次々と小さな水槽の中の珍しい生き物の解説をし、涼はそれをうんうんと穏やかに頷きつつ耳を傾ける。
(日和も楽しんでるな……水族館なんて、何年振りだろう……)
 優しく細められた瞳の先の日和が、ふと涼を見上げ
「ねぇ涼?…あの、その…手……ぅ〜…何でもない……」
 ごにょごにょり、俯いてしまう。
「次の水槽は何が泳いでるの? 教えて」
 涼が歩を進めると日和の手が、くんっと引かれる。
「あ、涼」
「ん?」
「……なんでもない」
 次はね……薄暗い館内、日和の頬が朱色に染まったのは秘密。

「うおー! 生き物いっぱい! すげー」
 そんな中テンションの高い声が響く。通りすがり数名がちょっと振り返ってしまうくらいの勢いだ。
 ちらとその様子に気がついて、自分がしっかりしなくてはとアクア・J・アルビス(jb1455)が、ハルティア・J・マルコシアス(jb2524)の腕を掴もうとした手は、そのまま側の水槽に引き寄せられ
「あー! あっちに珍しいのが!」
 生物学者として、生き物がいるのに、見に行かないわけには行かないという意気込みが先行し、
 しっかり、出来ないかも知れない――

「うちなぁウミガメが好きやねん、ゆったりした雄大なあの姿に、憧れるわ〜」
「確かに、あの姿には余裕のようなものが感じられますね」
 ぼーっと大水槽の前に張り付いていた天道 ひまわり(ja0480)は誰に拾われることもないだろう独り言に返事があったことに驚き隣を見る。
「初めまして、四条和國(ja5072)といいます」
「よろしくです。和國様もウミガメ好きです?」
 問うて直ぐひまわりは水槽の中へと視線を戻す。
「うちは、亀の背中に乗ってみたいなぁ」
「あぁ、それは楽しそうですね……」
 館内はどこかゆったりとした時間が流れているようだ。


 ―― ただいまの時間よりラッコの餌やりを行います。イベント参加者様はお急ぎください。

 館内アナウンスの声に、
「え、うわ!? イルカさん…?」
 ふれあいコーナーにて、イルカに手を伸ばしていた中西 緋翠(ja5058)は手のひらにイルカの頭突きを受け、跳ね上がった水飛沫がきらきらと降り注いでくる。
「中西、大丈夫?」
 一緒に連れ立っていた桜木 真里(ja5827)は、可愛い妹のような緋翠の無邪気な姿に微笑みタオルを手渡した。
「ふふ、悪戯好きな子だったのかな? 案内聞こえた?」
「はい、ラッコに会いに行きましょう」
 次々に目の前に飛び込んでくるものが楽しくて仕方ないというように、緋翠ははしゃぎ、真里の腕をとって館内へと戻っていく。
(こんなに楽しそうな中西も珍しいな)
 腕を引かれながら、真里は微笑ましくその後ろ姿を見つめた。

「ラッコたちも食べ過ぎるとお腹を壊しちゃうので、お一人様二つずつでお願いしますねー」
 飼育員にいくつかの注意事項を聞いた後、貝を手渡され、プールの端に立つとふんわりと潮の香りと冷たい風が登り頬を撫でる。
 その姿を見たラッコたちは、もう何が行われるか分かっているのだろう。
 つぃ……っと泳ぎ寄ってきて、直ぐ皆の手の届くところまで近づいていた。
「コイツは可愛いなー」
 いの一番に膝を折ったハルティアの手から貝を受け取るためにのばされた小さな手が、刹那触れあう。嬉しさと感動につい出てきた犬のような尻尾がふわりと揺れ、びくりと緊張する。
「へぇ、こんな感触してるんだ…」
 逃げられはしないかと、少し構えていたハルティアはその見た目以上に堅い毛質の感触に瞳を細めた。その感動を伝えるべく隣のアクアを見上げると
「えーっと、ラッコさんの生態はー……」
 貝ではなくメモ帳を手に学者モード。とても楽しそうだ。
 ゆっくりと大水槽など一般展示にマイナスイオンを感じながら過ごしてきた紅 アリカ(jb1398)も
「…こんな身近でラッコを見れるなんてね。本当、可愛いわ…」
 と頬を緩め
「ラッコさん可愛いなぁ…」
 耳に入った声の主和國と目があって、本当にと微笑みあった。
「かわいいですねー」
「そうだね、近くで見ると可愛さが増す気がするよ」
 滅多に近寄れるものではないラッコとの距離に真里も少なからずテンション高め、ラッコプールの区間は飛び交う可愛いの声で溢れていた。
 そう、ここにも
「わあ〜〜! ラッコさん、かわいいです〜vV」
「へぇ、ラッコってこんなの食べるんだなぁ」
 通がプールサイドにしゃがみ込み小さく延ばされる手に貝を手渡しているのを覗き込むように見ていたのとうは、ふと、プールの上にぷかぷかと浮かぶラッコが流されないための習性の名残か手をつないでいるのを見つけた。
「通」
「ん? な〜にのとちゃん」
 餌を与え終わり立ち上がった通が振り返ると、のとうはきゅっと通の手を握りしめた。
「俺らも仲良し、な!」
 突然の行動にびっくり顔だった通も、ふっと笑みをこぼし
「ん…私も、離れない」
 ぎゅぎゅっと互いに込めあう力と温もりに、ふと照れが湧いてきたのかそれとも……、にししと満足気に笑うのとうの姿に通も愉快気に肩を揺らし笑いあった。


 控えめながらも足早に、人を縫うように駆け抜ける瑠華の姿が延々と泳ぎ続ける魚たちやウミガメを見ていたひまわりの側を抜けていく。
(さっきまで一緒にいたはずなのですが)
 どうやら兄:玲が迷子だ。
 視界の隅っこで口を開けて
「はあー、でっかい魚も居るもんだなー」
 とぽかーんとしていたと思ったのに。
「あの魚なんかでっかいのと少し小さいので兄妹みたいじゃないか? 一緒に並んでるし」
 などと会話していたはずなのに。
「…昼は寿司に」
 なんて怖いこともデリカシーに欠けるようなことも発言していたのに。

 売店は、ぬいぐるみにキーホルダー、クッキーにチョコレート定番のおみやげ品が並ぶ場所は今も賑わっている。

「どれが良いかな…」
 緋翠が可愛いを連呼しつつ土産を選んでいる中、真里も大切な彼女への土産を物色中だ。
 どれもこれも女の子なら喜びそうなものが多い。彼女の喜ぶ顔を思い浮かべつつ、悩んだ末真里は大きなラッコ抱き枕をチョイスした。
「これっ、とっても可愛いですっ!」
 ぐぃぐぃと隣ののとうの腕を引いた通が示したのは珊瑚のストラップ。
 のとうは、にぱっと笑みを浮かべ嬉しげに同意する。
「おおっ! 本当だ。可愛らしいのにゃあ」
「はい、のとちゃんと私お揃いです」
「良い記念になるね」
 交わした笑顔ごと思い出の中へ――

「兄さん! 凄く探したんですよ、心配するじゃないですか」
「んーごめんごめん」
 玲の姿をこの売店の側で発見。
 妹のお説教などどこ吹く風。玲は、小さな包みを差し出した。
「何ですか?」
「プレゼント」
 心配の深さからまだぷりぷりしていた瑠華はそれを受け取って、かさりと開く。
「……ありがとう、ございます」
 瑠華の言葉尻はどんどん弱くなる。頬は仕方ないなというように緩んでいた。
 掌には転がり出てきた、珊瑚や魚をモチーフにしたヘアピンがきらり☆

「一緒に回ってくれてありがとう、楽しかったよ」
「こちらこそありがとうございます。またいつかご一緒しましょう」
 そんな台詞も聞こえてきた。

●温泉宿:足湯
 二日間滞在する旅館に到着し自由時間になると、各々好きな時間を過ごすこととなる。
 荷を解くと、早速温泉に向かうもの、館内を散策するものそれぞれの行動に移った。

 そしてこの足湯に訪れたものも少なくない。
 二重の長方形に組まれた湯殿に、壁際から絶えず湯が流れ落ち、足湯場を満たしていく。
 室内の間接照明に煌めく透明な湯は、僅かなとろみを帯び足にしっとりと絡みつくようで心地良い。
 海に面した側は、全面ガラス張りとなり景観も美しい。
 その奥のフロアには、喫茶・バーが併設されていて注文も可能だ。甘味や、アルコール類が振る舞われていた。

「また会いましたね」
 頭上から降ってきた声に、ひまわりは顔を上げる。
「四条様、こんばんは」
 隣良いですか? と同席を求める和國にひまわりはにこりと頷き、場所を空ける。
「甘味とか、どうですか? ボク何か頼もうかと思ってたところなんです」
「え、あの、それでしたら……苺大福どうですか?」
 言って持ち込んだ包みを開いた和國に、ひまわりはきらきらとした笑顔を向けた。
「いただきます♪」
 ぱくりと一口食べたひまわりから漏れた、美味しいの単語に隣に座っていたポラリス(ja8467)が
「あ、苺大福美味しそう!」
「良かったらどうですか?」
「え、本当に?」
 和國に差し出され、手を伸ばしたポラリスに
「ポラリスちゃんは控えた方がいいんじゃない?」
 ぴくりとポラリスの延ばした指先が止まる。
 そして、嵯峨野 楓(ja8257)から絶妙な間を持って禁断の一声が響いた。
「太るよ」
 ばしゃっ☆
 聞こえませんとばかりに足先で湯を弾いたポラリスは、いただきまーすと余裕で受け取る。
「和菓子は大丈夫、和菓子は低カロリー!」
 聞こえては居たみたいだ。
「まぁ、足湯にも美脚効果とかありそうだもんね!」
 効能まで見てこなかったから定かではないが、勝手な確証をもって楓は微笑む。

「足湯なら、浸かりながら酒も飲めるし…ちょっとした大人の特権だね」
 ゆらりと猪口を揺らして頬を緩めた涼に、日和も微笑み、足先でゆっくりと湯をかき混ぜて、手の内にあるアイスを一口。
 暖かな足元とは対照的に、ひんやりと冷えたアイスが喉元を通り過ぎる感覚が心地よく瞳を細める。
「ふ〜…結構歩いたから気持ちいいね〜」
 二人とも、宿に用意していた浴衣を着ていた所為か、いつも通りだけれどそれはいつも通りではない。
(……なんか、ちょっとドキドキするな。前の旅行の時は、こんなこと思わなかったのに…なんでだろ)
「ん? 日和、どかしたか?」
「ううん、何でもない」
 慌てて答えた日和に、変な奴だなというように涼は柔らかく表情を崩した。
 益々どきどき。日和は急いでアイスを頬張った。


「結構歩いたねー。少し休憩しようっか!」
「そうですね。足湯場に向かいますか」
 温泉街を散策してきた鴉女 絢(jb2708)と颯(jb2675)は、購入してきた土産品を部屋に置き、足湯へと向かう。
 それなりに賑わっていたが広さがあり閉塞感なく開放的であるため静かな時間がそこには流れていた。
 注文した甘味を受け取り、二人は足湯の一角を陣取る。
 ちゃぽんっと指先から浸っていくと、じわぁっと湯の熱が体中に染み渡るような気がして、颯はふにゃーっと脱力。
 心地良いをまさに体現している。
「色々とあるんですね」
 人間界はいつもの町並みや久遠ヶ原学園周辺くらいしか知らなかった颯は、改めて今し方見て回ってきた温泉街を思い起こす。
 至る所から白煙が上がっているのも不思議だったし、もうある程度鼻はなれてしまったが、温泉特有の香りが街全体を包んでいるようだった。
 売り子のおばさんたちもみんな親切で、温泉饅頭などは勧められるまま試食していたら満腹になるところだ。
「絢さんは何を買いました?」
「色々買ったよ。何だったかな、あ、颯君これもおいしいよ!」
 絢は、颯の話に相づちを打ちつつも、自身が食べていたあんみつを一掬いして、颯の口元へと運び、あーんと、にこり。
「え、あ、絢さん?」
 ふわっと頬を赤くして問いかける颯に、可愛らしく小首を傾げる。
「……食べないの?」
 そんな顔をされて断れるわけも断る理由もなく、颯はぱくり。
 その姿に破顔する絢に、美味しいですと答えたものの正直なところ
(……どうしよう味がわからない)

「お? 楓も一杯どうだ?」
「おや、強羅さんもこちらでお寛ぎですか?」
 どういうわけか、男湯で鼻出血し倒れるものが続出し、その対応を終えた常盤楓がこちらの様子を伺いに寄ったところで声を掛けられた。
 機嫌良く手を挙げているのは強羅 龍仁(ja8161)
 浴衣を着流してお銚子を傾ける姿は、すっかりこの場に馴染んでいた。
「こういうところで飲む酒は美味いぞ」
「何をお飲みですか? 確か焼酎も美味しいものがありますよ」
 少し腰を屈めて、そう言いつつ楓はそっと酒を断った。
「まだ少し見回りもありますので」
「そうなのか? ご苦労様だな。ああ、じゃあ、後で俺もそれに付き合うから、息子へのお土産何がいいか一緒に考えてくれないか?」
「ああ、カブトムシの好きな息子さん、でしたかね? 私で良ければ喜ん……」
「常盤せんせー!」
 最後まで言い終わる前にその声は飛んできた。
 声の主は、照れるような話題でもあったのか顔を真っ赤にした嵯峨野楓だ。
「先生も楽しんでますー?」
「ええ、楽しんでますよ」
 掛けられた声に軽く手を振り返しす。
「…って、ちょ!? 私のあんみつ食べるんじゃないよ!!」
 嵯峨野が目を放した隙に、ポラリスの魔の手があんみつに――。
「ふふ、楽しそうですね」
「あ、あぁ、まあそうだな」
 その片隅では浴衣に半纏姿で湯に足を浸し、うとうとと船をこぐ高虎 寧(ja0416)の姿もあった。

●遊園地
 日付を跨いで訪れたのは、清々しい高原の香りが漂う広い敷地。そこはレジャー施設が並び立っていた。
 説明と1DAYパスポートを受け取った生徒たちは遊園地の門を潜る。駐車場まで届いていた、軽快な音楽は気分さえも明るくし、足取りを軽くすると言うものだ。

 大澤 秀虎(ja0206)は唸っていた。
(さて誘ったはいがどうしたものか……)
 大きなアトラクションが点在しているのを、見回して再び唸る。
「秀虎行くよ!」
 ぐっと腕が前に引かれる。
 当然、秀虎の前へと踏み出したのは涼風 燦(ja0340)
「遊園地といったら、もちろんっ全アトラクションを制覇だよ!」
「そういうものなのか?」
「そう、遊び倒そうね!」
 にこにこっと元気な笑みに、何も迷うことはなかったと秀虎も釣られ表情が緩む。考えすぎなくても、一緒にいれば楽しい。それが大前提なのだから。

 ――……ギッギッギギ……ッ
 流石、日本で最初の木製コースター。木製のレーンが軋む音がゾクゾクするぜっ!
 乗車した面々の視界は高くなり、園内を一望出来るのでは思った瞬間?!
 がこんっ
 身体が僅かに沈み浮遊感を覚える……え、と瞬きする隙もなく
 ぶわあぁぁぁぁ
 頬に当たる風が切るように冷たく、転がり落ちる勢いに、目を閉じるもの両手を上げるもの、それぞれがコースターに乗って駆け抜けていく。
「うひゃぁぁああぁぁっ?!」
『これはもしや! ばびゅーんっと早いやつですね!』
 長い列にも負けず
『ここまで来たら乗るしかないですよっ!』
 ぐっと握りしめた拳が輝かしい。そして現在は降り上げた両手が輝いているのはメイベル(jb2691)
 その隣で声を殺してるのは蔵寺 是之(jb2583)
 それとは対照的に
「ぎゃぁぁぁ、ひぃぃい、神よぉぉぉ、お助けぉぉ!」
 素直に神に縋って、いや、祈っているものも居る。
 【花籠園芸部】エルディン(jb2504)は、叫び祈り、隣のクリス・クリス(ja2083)の、きゃっきゃっと愉快気な笑い声が後方へと吸い込まれていった。
 このコースターの中での温度差は阿鼻叫喚図レベルだろうか?

「紫織部長、撮れました?」
 一番地面と近くなる場所付近でシャッターチャンスを狙って居たのは瑠璃谷 紫織(ja0129)
 跳ねるように駆け寄ってきたクリス。神への祈りをぶつぶつと続けるエルディン。
「はい、秀逸なものになったと思いますよ」
 その姿を交互に見て、紫織はその顔に綺麗な笑みを浮かべた。
 その後ろを同じコースターに乗っていた
「あ、あっちにも何かあるよっ!」
 メイベルに引っ張られる形で虎秀が擦れ違い
「観覧車もあちらになるそうですよ」
 楽しげなルーネ(ja3012)の声が通り過ぎ、彼女の身につけていたフレアスカートの裾がふんわりと後を追い掛ける。


 観覧車はなだらかな斜面を登った先に設置されていて、他の遊具より一段と高い場所から見渡せるようになっていた。
「お足元に気をつけてゆっくりとご乗車ください」
 アナウンスに促され、ルーネと青戸誠士郎(ja0994)は通常のゴンドラへと乗り込む。
「腰のベルトをしっかりとお締め下さい」
 少し間をあけてベンチタイプに乗り込んだのは、九十九(ja1149)・アーティア・ベルモンド(ja3553)
 九十九はアーティアをエスコートするように手を取り、
「ティア、足元に気をつけるさね」
「……ありがとうございます」
 ゆっくりと動いていく椅子に促すと、自身もその隣へと腰を下ろす。二人分の体重を乗せると、僅かに揺れて足先が小さな弧を描く。

「人間さんの娯楽は苛烈ですね、ですがこれなら大人しくて良いですね」
 言って笑ったメイベルに是之も
「…あぁ…過激だな」
 と短く突っ込み答えて頷く。
 二人が腰掛けてるのもベンチタイプ。
 360度絶景の大パノラマだ。
 まだまだ冷たい風の吹く季節。その所為で並んで座り、僅かに空いた隙間がお互いの体温でほんのりと暖かい。
 それがなんだかくすぐったくて、どうして、そんな風に思うのかもよく理解できなくて、是之は僅かな動揺を感じていた。
「なんだか…、恥ずかしい…っつーか…照れちまうな…」
「わぁー、高いですっ! 飛ばずにこの高さから見下ろすのって、何だか新鮮です!」
 上機嫌なメイベル。そんな彼女に自分の声が届いていたのかは定かじゃない、けれど是之は漠然と
(これが…デートしてる奴の…気持ちなのか…?)
 そう思わずにはいられなかった。

 思わず向かい合って座ってしまったのはルーネ。
 誠士郎が背にした大きな窓の向こうも気になるが、やはり一番に気になるのは
「―― ……」
 つい無言になり、じわりと頬が熱を持つ。それを隠すように自分の膝を見つめると
「どうした?」
 と声が掛かる。ちらりと見れば、こちらの気持ちは手に取るように伝わってしまっているようで、ルーネは全身に火が走るように熱くなった。
 がこんっ☆
 もうっ! と可愛いらしく不貞腐れた声を上げて、立ち上がったルーネは勢いに任せて誠士郎の隣に腰掛ける。
 額を誠士郎の肩口に押しつけてしまえば、もうこの赤くなった顔を見られなくても済むだろう。
 ふっと空気が揺れた。誠士郎が笑いで漏らした吐息だとルーネが気がつくより早く、その肩は強く抱きしめられ、ぴったりと寄り添う。
「たまには、こういうのもいいよな」
 無理に声を出すと上擦りそうで、ルーネはこくんっと首肯した。

「遠く……どこまでも遠く見渡せますね」
「そうさねぇ……」
 ぐるり一周空の旅。それだけのはずなのに、まるでこの空間だけ切り取られたように別のものに思える。
 頬を撫でる風は冷たいが、身体に溜まっていく熱を程良く奪って心地よい。
 みんなの笑い声や喧噪がどこか遠くのことのように感じる。
「少し風冷たいですね……もう少しくっついても大丈夫ですか?」
 開いていた僅かな隙間を埋めると、お互いの体温がじわりと伝わり、鼓動まで共有してしまいそうな感覚に落ちる。
 その温もりにアーティアが頬を緩めると、するりと手が取られ指が絡められた。
 アーティアが顔を上げれば、普段よりもずっと素直な感情の籠もった笑みが向けられる。
「……これ貸してあげるさね」
 ふわりと二人で分けあうマフラー。
 繋がれた手に、きゅっと力が込められ同じだけで返すと、微笑みあう。
 暫くなかった九十九とアーティア、二人だけの時間は優しく重ねられた。


「みんな楽しそうだね♪」
 遊園地と隣接した緑地公園。季節ならば手入れの行き届いた芝が青々と茂っていたことだろう。
「カップルが多いのは気のせいかな?」
 どこを歩いても楽しそうしているクリスがきょろきょろと他の客を眺めて告げ、くすりと微笑む。

 その中には色々と回った後で一休みをとっていた是之とメイベルの姿もあった。
「今日は…アンパンだ…。今回は…特別な…高級品だぜ…」
「わあ、ありがとうございます。是之さんがパンを作ってきて下さるというので楽しみにしていたんです」
 メイベルは受け取ったパンを美味しそうに頬張る。
「美味しいです。いつもありがとうございます」
「そう…か…」
 照れ隠しのように、頬を掻いた是之にメイベルは笑みを深めた。

「エルディンさん羨ましそうにしないの」
「いいえ、幸せなカップルを祝福するのは私の務めですから」
 と胸に片手を添えて微笑んだエルディンは神父然としていた。

「ボクお馬さんに乗りたーい」
 そのクリスの一言で、紫織とエルディンは乗馬体験のアーチを潜る。
「良い子です、良い子……」
 恐る恐る餌やりを行ってみる紫織の隣で、
「よーし、まずはこれで仲良くなろう」
 おっかなびっくり、クリスが手を延ばすと
 かぷり☆
「え、突然夜が……夜、じゃなくて、ぎゃー」
「ク、クリスさんっ」
「ボクはご飯じゃないよー」
 慌ててエルディンに救出されたクリスは情けない声を上げて馬を見たが、馬はぶるるっと鼻を鳴らして、誘うように首を上下した。
「気に入られたんじゃないですかね? 手綱は私どもが引くようになりますが、どうぞ乗って下さい」
 クルーの一人に誘われて、クリスは二つ返事で馬の背へ。

「紫織部長ー、エルディンさーん! 気持ちいいよー♪」
 にこやかに手を振るクリスの側を、誠士郎とルーネが仲良く通り過ぎる。二人乗りが出来ればと思っていたが、ここでは行っていないと聞き、二人並んで息のあった乗馬を披露していた。
「お二人ともこちらを」
 折角なのでと、クリスを撮影するためにカメラを構えていた紫織は二人へも声をかけ、写真へと納めた。
 もちろんクリスも忘れない。 

●温泉宿:調香
 自由時間を利用して希望者は調香体験へと向かう。
 ここ、別府には『香りの博物館』があり、そこから今回は学園の生徒のために講師が出向してきてくれた。
 室内に並べられた長机の上には、理科実験室のように試験管立てが並び、透明な液体の入ったビーカーとスポイト、その他いくつかの小さな小瓶。
 部屋の隅には、色とりどりに輝く小さな小瓶が並べられていた。
「出来上がる香りをイメージして、容器を選ぶというのも良いと思いますよ」
 一つずつ、好きなものを選んでから席に着くように促され参加メンバーは着席する。
 【剣術部】から参加したのは、静、真夢紀、あやか、優多の四名。紫苑などは、器具破損を危惧し
『私はパス。その間に買い物や風呂にでも入るさ』
 と分かれた。
 沢山の小さな精油瓶が並ぶのを見つめ、ちらちらと揺らす。
 静の瞳は真剣そのもの。
 市販の香水の香りが苦手で、普段は小さな石鹸をポケットに忍ばせているくらいだ。
 今回のような機会はありがたい。
『香水は三つのノートで構成されます』
 講師が説明してくれた話を反芻し、一番の基礎となるベースノートをチョイスする。
「微かに香る花のようなものが出来ると良いのですが」
「桜とかありますよ。私は柑橘系がいいかな?」
 楽しげな姉妹の会話を聞きつつ
(…そういえばお兄ちゃんの好みの香りって知らない…)
 とあやか。仕方ないので自分で使えそうなものをチョイスする。
「彼女だったら…華やかな薔薇か、すっきりとした森林系の香りか…」
 優多は、あれこれと思案しつつ好きな娘への贈り物として選択していく。


「香水って自分で作れるものなんですね」
 にっこりと柔らかな笑みを浮かべたシュガー(jb1020)は、隣に座るセツナ(jb1036)を見つめる。
 二人は、一つずつメインになる香りを選んで世界にたった一つ。唯一無二のものを作ることにした。
「セツナと一緒に旅行にくることが出来るだけで嬉しいのに、こうして、二人だけの思い出を作れるってますます幸せですね」
「うん、文化祭も楽しかったけど、二人で一個の思い出というのは一層幸せ、ですね」
 ほんのりと頬を染めて幸せそうに語るセツナに、シュガーも暖かな気持ちになる。
 優しい思いを重ねるように精油を一つ一つ吟味した結果
シュガーは
「私は、こちらグレープフルーツの精油にしましょう。気分を明るくさせてくれる良い香りです」
「ええ、良い香りですね」
「それに、セツナの髪の色に似ていますから」
 添えられた台詞に瞳を細めセツナは
「じゃあ、私は白いお花にします」
 ジャスミンの精油を選び抜いた。
「白い花…私の髪の色で選んでくれたんですね。ありがとう」
 シュガーは、スポイトで適量吸い上げ、瓶の中へとぽつぽつと垂らしていく。
 室内の蛍光灯の向こうの光が揺れて眩しい。僅かに顔の位置を変えると、同じく覗き込むようにしていたセツナと髪が触れあう。
 音もなく二人微笑み合うと作業続行。
 優しい香りに風が吹き込むような爽やかさがプラスされた。
 出来上がりを、一滴手首に垂らし、そっと擦り合わせると胸にじんっと染み渡るような癒しの香りが包んでいく。
 もう数日寝かせればもっとしっとりとした深みもでてくるだろう。

● 
 同じように瓶を掲げていたアリカも、自分の香水の出来に満足し頷く。
 光に柔らかく波打つ淡い赤色の縛りを解くと落ち着いた香りがふわりと立ち上った。
 そしてまた、セシル・ジャンティ(ja3229)もある種の決意を胸に、小さな花の集合体。淡く優しい水の色をしたスターチスをトップノートに持ってきた香りを精製した。

「これとこれとこれとー、えいえいー」
 とりあえず、瓶を満たせばよい勢いで次から次へと注ぎ込まれる精油からはそっと目を反らす。
 ルーガ……楽しそうだから良いのではないだろうか?
「香りのテーマは森を駆ける」
 馬との交流を思い起こしクリスはすっきりとした爽やかな香りを調合し、紫織は色々迷った末
「神秘的な女性をイメージして」
 イランイランを用いた香水を作った。
 隣にいたエルディンも完成したようで、ラベンダーを含めた数種の花の香りを使い甘く仕上げる。
「人間はこんなに素晴らしいのですよ。私はこの子たちを守ります」
 そして、みんなの香水を少しずつ分け合おうと提案したエルディンに近くにいたルーガはこれもどうかと、瓶を軽く揺すったが、まぁ、行き先は決めている。
「冗談だよー。これは先生の枕元にでも置いてくるからー」
 ルーガは呪いの言葉を吐いた。悪戯って楽しいよね!

●温泉宿:卓球
「ふむ……これなど、か」
 皇 夜空(ja7624)は旅館に併設された土産物売場を散策していた。
「このあと温泉でもどうです?」
「温泉……ですか。いえ、嫌いというわけではなく、単に人に肌を見せたくないだけで」
 会話に顔を上げると、そっと右腕を撫でたマキナと、ファリスが通り過ぎて行く。
「じゃあ、部屋の風呂で良いわ。あなたと回れるのが楽しいんだし、ね」
 それに気を取られることなく夜空は手にした、ペンダントを吟味し購入。
「お♪皇さん、卓球行こう、卓球」
「ん、あぁ。今行く」

「…正義…卓球、どう…?」
 旅館の浴衣姿でメンバーの一番後ろを静かに歩いていた染井 桜花(ja4386)に誘われたのは大浦 正義(ja2956)。
 前を歩く生徒たちとは初対面であったし、僅かに逡巡する間があったものの
「…行こう…」
 と完結して、歩き始めた桜花を追い掛ける形で合流した。
 この温泉卓球場がこれ程の熱気に包まれたことがあっただろうか? 否ない、反語。
 始めた以上は全力で!
 【紫一行】は紫園路 一輝(ja3602)を筆頭に混合ダブルス総当たりを始める。

 卓球のラケットをぐっと握りしめ、互いに向かいあった相手に挑む。
「私も……負けませんよ!」
 小さなピン球を構えての宣言。
 いつもと全く変わらない体を装いつつも九条 朔(ja8694)人生初の旅行、仲間との卓球、高揚感は隠しきれない。
 その隣に立つのは、宗方 露姫(jb3641)開始早々ピンポン球を温泉卵と勘違いして口に入れてしまった強者だ。
『人間と一緒に旅行できるなんて、夢みてぇ…今日は思いきり遊ぶぞー!』
 の心意気が斜め上に働いているのだろう。
 対するのは、

「行くわよ?」
「行きます…よ…!」
 ユキメ・フローズン(jb1388)と秋姫・フローズン(jb1390)のフローズン姉妹。
 息のあった姉妹の動きは予測不可能だ。
 撃退士同士の卓球対決。
 小さな球は空気を裂き、台を抉る勢いで互いの間を行き交う。

 混合ダブルス。
 仲の良すぎる森田良助(ja9460)と黒崎ルイ(ja6737)が組んだのが運の尽き。
 いつでもどこでも割と頻繁に発動する特殊スキル:二人世界。
 とりあえず、良助に剛速球の小さな弾丸に集中砲火されるのは仕方ないと思う。
「ちょっ! いや、待って、おかしいっ、おかしいっ! 痛いっ」
 悲痛な叫びはオールスルー。
 良助が撃沈する頃には
「ボク最強♪」
 な綾(ja9577)の図式も出来上がる。

●露天風呂
 ―― かぽーん……
 露天風呂なので、恒程度の屋根しかないがこれほど風呂場を効果的に表すことの出来る擬音語は存在しないだろう。
 天然温泉が数カ所に分かれて引かれているため、人数は多いが時間帯により、ゆったりと足を延ばすことは可能だ。
「中々に絶景だな。たまにはこうしてゆっくりと温泉に浸かるのも悪くはないな」
 長い足を目一杯にのばしても大丈夫。
 龍仁は、大きく深呼吸し暮れていく別府の町並みを見下ろした。
「桧風呂か……自宅にほしいが手入れが大変なんだよな……」
「そうねぇ、入っているだけで森林浴をしている気分だわぁ」
 ぶつぶつとこぼした龍仁にまったりと答えるのはヨナ。

「『川風や、よい茶よい酒よい月夜』か」
 そんな中耳に入ったのは――卓球後、露天風呂へと移ってきた。夜空が口にした一句。
 身体に点在する傷口も乳白色の湯船の中では、生々しく晒されることはない。
 桶に張った湯で程良く暖まった温泉燗。
 猪口の中に月が映れば完璧だろう。
「一緒にどうです?」
 軽く持ち上げられた猪口に、湯を共にしていた二人も遠慮なくと杯を受ける。

「ふむ…タオルのみ、というのはやはり慣れないな…」
 高坂 永斗(jb3647)と別れ男湯に入ったユリウス・ヴィッテルスバッハ(ja4941)は戸惑い気味だが、
「う〜〜ん♪無事に聖槍も終わったから格別に気持ちよい♪」
 と先に入っていた一輝や、虎綱・ガーフィールド(ja3547)に招かれ従う。
 周りを見回しても、男ばかり、男ばか……あれ?
 ユリウスの視線はある一点で釘付けとなった。


 事件は風呂場で起こった。
 響きわたる男の悲鳴(えっ)
「…ぐっ…去年に続き二度も同じ事で倒れる訳には…」
 もう一回くらいありそうだからそれはそれで良いですよね。
 血飛沫が上がり足下に広がる血の池地獄……は、見てきたばかりのはずだが。ユリウスさんしっかり。

 ――ぴちゃん
 大浴場を抜けると露天風呂が点在する。石の床を白く繊細な作りの足先が踏みしめた。
「ちょっ! ……蘇芳さん、こっち男湯ですよ!」
「ああ。分かっている」
 先客たちが目を剥くのは当然だ。
 しかし、あまりに毅然としたその立ち居振る舞いにもしかして、混浴だったのかとか、自分が間違えてしまっていたのだろうか? という不安の方が勝ってしまう。
 【ディバ研】メンバーの一人、若杉 英斗(ja4230)だけがその光景の異常さに声を……悲鳴に近い声を上げた。
「分かってるじゃなくてですね!」
 ざばっと湯船から立ち上がり掛けて、何故か慌てて湯に沈むのは英斗の方だ。
 気休め程度に隠されているタオルがずれないか、こちらは気が気じゃないが、蘇芳 更紗(ja8374)は、何をいっているんだという風に瞳を細めて、僅かに濡れた髪をかきあげる。
「ですから、ここは」
「男湯だな」
「そうです、だから」
 自身を男だと思いこんでいる更紗に、なんと説明していいのか、周りの男性陣の視線も気にしつつ、隣で湯船に浸かっていた周防水樹(ja0073)に助けを求めるように英斗は腕を伸ばした。
 ばしゃん
 あれ? 何もつかまない。
「……後は任せました」
 水樹は顔色一つ変えず、さっさと湯船からあがって脱衣所へと向かっていた。
「部長ぉぉっ!」

 この後超不本意そうな更紗が足湯場で、騒ぎの収束までの時間をつぶしている姿があったとか。


「なんだか、男湯の方が騒がしいですね」
「っ! それは特ダネの香りがするねぃ…!」
「行かないでください、盗撮は犯罪です」
「正面から行くから心配はいらねぇよ」
 それも、もちろん問題です。
 ふと、女湯の脱衣所まで聞こえてきた騒動に、顔を上げたソフィー・オルコット(jb1987)は、それに意気揚々と飛び込んでいこうとする【ネコミヤ出版】メンバーであり部長である猫宮 小銭(jb2229)を窘める。
「そうそう、男湯なんかより女湯は桃源きょ……そんなことより早く入りましょう♪」
 ちょっと、心の声を漏らしているのは卯佐見 栢(jb2408)
「………♪」
 小銭にカメラを向けられていることを、気にするでもなくなんの躊躇もなく服をおろしていくのは犬伏 斑(jb2313)純粋に友達と旅行、ということが嬉しくいつも通り口数は少ないが上機嫌が滲み出ている。

「…皆で来たのに此処からは部長たちは二人だけなんですよねぇ」
 ぽつりと寂しげに口にしたのは鴉守 凛(ja5462)だが、同じく、男湯の騒ぎを耳にして【ディバ研】女性陣は、お互いに顔を見合わせた。
 直ぐにその原因へと思い至ることは可能だ。
 一条 真樹(ja0212)ふと自身の姿を見下ろしたが、自分は好きで普段から真っ白な学制服(男子用)を着用している。
 緩めた衣服から見え隠れする肢体が女性のものであることは当然で、女湯に自分がいることも当然なのだが……ふと、男湯の方をみやる。
「一応、声は掛けたんですけど」
「男は男湯だと、」
 うん。騒ぎになっても仕方ない。


「ふう、極楽ごくらく……って天使がいうことじゃないけど」
 一人突っ込みしつつ珠琴は露天風呂に身を沈め、んーっと身体を伸ばしてのんびりくつろぐ。その傍にはユニの姿もあった。
 頬を撫でる風は冷たく。身体はほっこり。
「こうして、温泉にゆーったりまったり浸かって、うとうと、なんて最高の贅沢なのよねぇ」
 そんな二人に微笑み掛けるのは寧。本日も、温泉巡り堪能中です。この旅行の間に、全身ぴかぴか磨き上げ計画実行中。

「私の国では男女一緒なのですけどね、あ、水着ですが」
「さ、流石に水着でも…恥ずかしいかな…」
 カタリナ(ja5119)と凜。
「一日観光した疲れを温泉で癒せるのは良いですね」
 続けたのは奉丈 遮那(ja1001)そして、
「温泉と言うのはあれだ、入ってくつろいでいると、中から謎のローマ人が出てきたりするのだろう? さあ来いローマ人!」
「なるほど! それは実に興味深い話、是非取材をと行きたいところだねぇ、っと、あぁ、温泉写真も撮らないとだから」
 冬夜嵐(ja4340)のへんてこ勘違いに、のっかってきたのは小銭だが、直ぐに斑たちの撮影へと戻ってしまう。
 その身軽な動きはその名の通り猫のようだ。

 無遠慮に向けられるレンズも、連続するシャッター音も気にすることなく斑はのんびりと湯に浸かる。
 以前芸能活動をしていた経緯もあり、この手のことには慣れていて自然体でいられるのだ。
「斑ちゃん、気持ち良い? 良いよねー」
 にっこにことその隣に身を沈めたのは、栢。湯船は広いがもちろん肌触れあう距離を陣取るのは基本。
 すべすべとした柔肌にテンションもあがると言うものだ♪
「……で、なぁんで、ネコちゃんは、洋服着てるのかな?」
「そりゃもう撮影重視で」
「約束したのにっ、洗いっこしたり、それはもう隅々まで丁寧に、それで抱きついたり浸かったり」
 うん。栢さん欲望が前倒しになってます。
 ざばっと湯船から延ばされた腕は小銭を掴む。
「脱がせてあげるわぁ」
「にゃーっカメラは駄目でぃ!」

「あっちも楽しそうだし、景色が綺麗だし温かくていい気持ち……」
 そんな騒動を眺めつつ【ディバ研】のメンバーの一人である春名 璃世(ja8279)は、岩風呂の岩に寄りかかり、ぼーっと、ゆっくり……。
 ゆっく、り…
 ぶくぶくと泡を上げて湯船の底と仲良くなって……て、
「ああっ!」
 慌てて他のメンバーに救助されることとなる。


「汗…べたべた…です…」
 熱い盛り上がりを見せた卓球も一応の決着の付いた【紫一行】は湯殿に向かう。
 混浴があればと思ったものの、申し訳ありませんがと丁重にお断りされた。
「汗かいたね〜」
 浴衣の帯を解きながら、空いた手をぱたぱたさせているのはアメリア・カーラシア(jb1391)
 挙動不審気味に、周りのある一点を見回し
「胸なんかなくったって…ぐすっ…」
 と肩を落としたのは露姫だが、湯船に浸かればもっと落ち込むだろう。浮かんでるの見るとちょっと……いや、仕方ない。

「ふぅ……やはり良い物だな、露天風呂というのも開放感があって……」
 岩風呂にゆったりと肩まで浸かり、首を岩に預けてのんびりするのは永斗。
 旅館の明かりが漏れているから、仰ぐ空は暗く瞬く星はあまり見えないがその開放感は絶対。
「……いいお湯」
 同じく、呟いて湯を身体で味わうように瞼を落としたのは桜花、それに同意するように深く深呼吸したのは朔だ。
 アメリアは、うつ伏せになり岩の腕に腕を預け、そこへ顎を落とすとゆったりと身体を伸ばし、細く長い息を吐く。

 既に泡々になって遊びに入っていたユキメと秋姫の傍で
「身体の洗い方、教えて上げるね」
 にっこり。
 手にしたタオルを泡立てて構えた綾を、露姫は真剣に見つめる。
 超真剣に、身長や四肢の細さからは想像できない、綾のたわわな……
「もう!」
「すげぇな、揺れる」
 ぷるんってなった。

 そんな和気藹々な彼女たちを見つめて、天城 暦(ja9918)は、ゆるりと微笑む。
(ホント仲良いね。怪我はしないでくれよ)
 保護者気分で身を案じているものの、表面的にはいつもと変わらず「眼福眼福」と飄々とした態度。
「同性だからこそだよね。こうして女性陣をまじまじと見れるのは」
 半分くらいは本気なものだから真に入っている。

●温泉宿:宴会
 最後の夜とあっては否応なしに盛り上がる。
 【ディバ研】メンバーも例外なく、だ。
 食事時も男女別なんていわれていたが、予想よりも大所帯になったため、一番広い会場を食事時は提供してもらうことになっていたから、皆好きな席を陣取って楽しんでいた。
 特に服装指定はなかったが浴衣を着ている者が多いように見える。
 不慣れなものたちが少なからず、取り乱しても仕方ないと思う。
 英斗もそんな一人だ。くらりとしそうだった頭を振って
(いかん、煩悩に打ち勝ってこそ…ディバインナイト!)
 力強く頷いて、自然に、極自然に、だ。
 璃世の隣へと腰を下ろして話し掛ける。
「春名さん、温泉どうでした? 露天風呂良かったですよね」
「若杉くん、顔が赤いよ?」
 璃世は無遠慮に英斗の顔を覗き込んで、じっと見つめるものだから、益々紅潮する。
「温泉で逆上せたの? 私と一緒だ。私ね、すぐに逆上せちゃってあまり景色を見てないんだ」
 ふんわり笑顔で璃世は答えた。
「それで、ヒデトはいい人いないんですか?」
 側に座っていたカタリナは、普段から非モテで有名な英斗だが、実際端から見ていてそうとはとても思えない。一度は聞いてみたかった話だ。
 しかし、英斗はどこか哀愁漂う息を吐き、どこか遠くを見つめる。
「悲しい質問です、カタリナさん」
「リセとか仲いいですよね?」
 自分の名前が出たところで、璃世は
「仲良し…だったら嬉しいな。これからもよろしくね」
 と続ける。肩ぽむしたほうがいいのだろうか?
 凛は、そんな風に楽しげに会話している三人とか、声を掛けてくる者に、無表情ながらも、どこか穏やかな雰囲気で酌をしている水樹を見て暖かな気持ちになる。
「…こんなの初めてで…楽しいですねぇ」

●温泉宿:枕投げ
 消灯時間前の一室。
 それは行われていた。
「おらぁぁ!! 必殺ダイナマイトボディプレス!」
 いえ、枕投げです。
 叫んで体当たりを仕掛けた露姫の浴衣から枕が生まれたことは見なかったことにしよう。

 【紫一行】が集まった一室は、怒号と熱気に包まれる。
「僕をなめるなよ、諸君。特に男性陣、きみらは存分に痛めつけてやろう」
「私も……負けませんよ!」
「…よく分からんが、伝統と言われれば手を抜くわけにも行くまいよ」
 撃退士たちの、枕投げ。
 本当に詰まっているのは綿なのか? 蕎麦殻なのかと問いたくなる、ゴゥッと風を切る音とかもはや凶器。
 鷹虎は、枕二つにシルバートレイを仕込み防御用として構えたが……それに当たる音はかなり重低音。
 腕にじーーんっと響いてくる。

「…一輝?貴方も食らうがいいわ!」
 綾から繰り広げられる剛速枕!
 狙われた一輝はもちろん交わすが、肩を掠め、ただでさえ着崩れていた浴衣が僅かに落ちる。
 片方の肩が室内灯に晒されると、絶妙な陰影によりエロス漂う構図になった。
「ふふ、ふふふ……おーけー理解した。そうだな、事故だよな。なら、私が勢いあまってきみをぶっ飛ばそうとそれも事故だよな?」
 暦の何かスイッチが入ったらしい。
 ちょい切れた状態で、バーサク状態になった暦は、手当たり次第に枕を拾っては投げ拾っては投げ。
 それに続けとばかりに
「必殺! 枕ビームを受けてみろー」
 良助の必殺技。もちろん、ビームはでないが誤ってそれはルイをかすめてしまった。
「わわわっごめんっ!」
「……だいじょう、ぶ、です」
 微かに頬が赤くなっている気がする。
 慌てた良助が駆け寄ったのが運のツキ。卓球時と同じく二人世界が発動してしまう。
「リア充が! 自重しろ!」
 虎綱の全力枕と、夜空の全力枕、いや、スキル駄目です。爆発ないです。
 でも勢いは止まらない。
「ぐへっ!」
 会心の一撃に良助は廊下側の襖を吹っ飛ばし、廊下へと転がり出る。

「―― …これは、何の騒ぎですか?」
 聞き覚えのある声に、良助はおそるおそる声の主を見上げる。
 しーん。
 一気に水を打ったような静けさが訪れた。
(おや、この喧噪も、心地良いものに感じていたのにね。終わりみたいだ)
 窓際でのんびりと涼みつつ皆の枕投げの様子を見ていた永斗は緩やかに微笑み、
「……外の風も気持ちいい」
 吹き込んできた風に、少し緩く重ねていた襟元が泳ぎ、ユリウスが再び血の池に倒れることになる。

 使い捨てカメラでみんなを撮影していた朔の最後の一枚は、みんなで正座の図になった。

●そして最後の夜は更ける
 抜け出す者も少なくはなかったが、生徒達への信頼もあり消灯時間までは五月蝿くいうことはない。
「お待たせしました」
 中庭の片隅を恋人との待ち合わせ場所にしていたセシルと、ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)もそんな2人。
 ルドルフは持参したスウェット姿だったが、部屋にあった浴衣と揃いの半纏を肩にひっかけていた。
 そして、足早に駆け寄ってくる恋人を受け止めると、そっとその肩に羽織らせる。
 セシルはそれを胸元に手繰り寄せて、ふっと頬を緩めると、大事に手にしてきた香水瓶を取り出した。
「此れを貴方に。スターチス、花言葉は変わらぬ心」
「ありがと、大事に使う」
 大きな手のひらに載せられた小さな瓶は、その中で宝石のようにきらりと輝く。
「ルドルフ。今度はわたくしの故郷へ一緒に行きませんか」
 見上げてくる瞳は言葉以上の深い意味を含んでいて、返答を待つ刹那の時は永遠にも感じられる。
「……良いよ。君と一緒なら俺はどこにでも行ける」
 ルドルフの迷いのない言葉は、セシルの胸をじわりと暖めて満たしていく。
 交わした視線に、軽く触れ合うだけの口づけは永久の誓いのようでもあった。

 ――こうして、それぞれに思い出を刻んだ別府への修学旅行は、幕を閉じた……。









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