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リプレイ

100万久遠を掴み取りッ タグ:【函館】


 朝一番の飛行機が、冬晴れの空を駆ける。

「にゃ〜…… 眠いのである」
 むにゃむにゃ。見事な毛並みの白ネコ着ぐるみの中で眠りこけるはラカン・シュトラウス(jb2603)。
 猫の寝こみを襲う、人影ひとつ――
「にっ、日谷先輩っ! それは、それはダメです!!」
「そろそろ着陸態勢に入るだろう。ベルトを締める前に、俺が起こしてやるのが親切というもの」
 フライパンとお玉を手にする突撃隊長・日谷 月彦(ja5877)を、東城 夜刀彦(ja6047)がしがみついて押しとどめる。
「む……。ならば」
「鼻フックと口枷も、怒られます……」
 空の上での攻防を乗せて飛行機は旋回し、北の玄関口・函館へ――!!

 

●ぶらっと朝市
 函館近海の物を中心に北海道の海の幸、農産物も集う、函館朝市。
 『ここ』じゃなきゃ体験できない味が揃っている。

「せっかくの函館だしな……」
 朝の冷たい空気に黒髪を踊らせ、榊 十朗太(ja0984)はゆったりとした足取りで市場の活気を楽しんでいた。
「ふむ、これはなかなか。実家に土産で送りたいのだが、ここから直接発送できるんだろうか」
 幾つかの商店で試食に足を止めながら、その場で加工しているというイカの燻製屋が気に入り、店の奥へ呼び掛ける。
「やんや、実家だなんてその若さで、まー。これも送ってやんなさい。なんもなんも、おまけだっけさー」
 問い掛ければ、ドサリと『おまけ』も箱に詰められた。
「む、……礼を言う」
(おまけ……という、量だろうか)
 気後れしつつ、好意は有り難く。
「店のパンフレットさ入れとくから、お取り寄せも待ってるよー」
「なるほど」
 周到な戦略に、思わず顔を綻ばせる。
 店主にやたらと肩を叩かれ見送られ、十朗太は次の場所へ。
「あとは海鮮丼だな」
 こちらは下調べをしてある。
 お好みの具材で丼にしてくれるという店へ入る。
「ウニ、いくら、カニ、イカ…… これで、大盛を」
 値段はお高くなっても『ここに来なければ味わえない』贅沢。
 こればっかりは『お取り寄せ』できないのだ。
「北の海の恵――か」
 美味い。
 熱いお茶を喉に流しながら、人々の雑踏を聞きながら、十朗太は北の幸を味わった。

 

●朝市☆食べ歩き
「『はやおきはさんもんのとく』っていうのをあたし知ってるっす!」
 もこもこコート着用で防寒対策完璧なニオ・ハスラー(ja9093)は、真っ白な息を吐きだしながら笑顔全開。
 早起きは辛かったけれど、頑張って起きて皆とやってきたのだ。
 着こみ過ぎて歩きづらい。置いてゆかれないよう、同行の夜刀彦たちへトットコついていく。
「すごい活気……」
「食べまくりましょうね、ヤトさん」
 あちこちから、土産だの試食だの素敵なお兄さんコッチだの、威勢のいい声が掛けられる。
 夜刀彦は頬を上気させながらキョロキョロと興味の対象をあちらこちらへ。
 並んで歩くマキナ(ja7016)は、臨戦態勢バッチリだ。
 下調べ? もちろんしていない!
 地元の事は、地元の人間に聞くのが一番。
「この時期のオススメはなんですか?」
「あーっ 何すか何すか、あれは何ていうんすかー!?」
 マキナの腕にしがみつき、並べられた海産物を指してニオ。
「おっ、目の付けどころが良いね、お嬢ちゃん。それは――」
「あっちのも何すか? あれもあれry」
「女将よ、我はあれを所望するのである!」
 ニオの質問攻めを中断し、ラカンが活きの良い魚を指名。
「もふっ!?」
 女将なる市場のおばちゃんがラカンの姿に驚いている隙に、一般観光客の子供がもふもふ突撃!
 ズドン、と背後からの攻撃に、ラカンも思わず息を詰まらせる。
「お…… 俺もーっ」
 耐えきれず、機を伺っていた夜刀彦もアタック参戦。
「すごい賑わいだね……」
 レイ・フェリウス(jb3036)はその様子を眺めつつ、その間にも差し出される試食に戸惑いの表情を浮かべていた。
 如何せん、悪魔。人間界に不慣れで『食べ物』にも慣れていない。
「どうやって食べるんだろう…… 殻ごと?」
「いや、それは、こうやってだな」
 さすがに、ここでドSは発動できない。月彦は希少な優しさ成分でレイへ蟹の食べ方の説明をする。
 真顔で戦々恐々としている姿に、くすぐられる何かはあるが。
 使いどころを選んでこその、ドSである。
「そろそろ、食堂街にも行ってみましょうか」
 マキナが提案し、
「こっちですよー」
 夜刀彦が面々へ手を振った。
「もふもふっす! 高い高いっすー!!」
「ニオ、我の上で騒ぐでないわ! 落ちてしまうであろう」
 歩きにくそうにしていたニオを察し人ごみに埋もれかけていた彼女を肩車したラカンが、プンスカ怒ってみせた。
 

●戻り鰹と港町
 冷たい潮風が市場を吹き抜ける。
「函館か……。何もかもが懐かしい」
「北海道って美味しいの多いんよね。お正月にもろた加倉さんたちからのお土産も美味しかったし」
「あ、はい、帰省してました」
 雰囲気作りからスタートしてみた加倉 一臣(ja5823)であるが、宇田川 千鶴(ja1613)にヤンワリとセッティングを壊される。
「一臣の故郷なの? 港町って良いわね」
 豪奢なファーコートで、颯爽と降り立つのはリリアード(jb0658)。
「美味しい海産物を奢ってくれるって約束よね」
「ふふ……楽しみだわ。初めましての方は、よろしくね」
 リリアードと睦まじく並ぶマリア・フィオーレ(jb0726)が、艶やかな笑顔を見せる。
「学年問わず修学旅行とか、久遠ヶ原マジすげぇ……」
「いつ『修め』になるか、わからん世界だからな」
 月居 愁也(ja6837)は、友人たちと旅行に来れたことに対する純粋な感嘆を口にしただけだった。
 しかし、鴉乃宮 歌音(ja0427)の切り返しは冬の津軽海峡のようにクールであった。
「というわけで、ハプニングは余すことなく記録に残す。大いにネタを巻き起こしてくれ」
「はいはーい! 動画はこっちでーす!!」
 ハンディカム片手に栗原 ひなこ(ja3001)がナビゲート。
「よし。友真、雪道でも滑らない話を頼みますね!」
「えっ!? あ、えー…… 雪道は、勇気満ち道……」
 一臣の無茶ぶりに対し、カメラ目線で小野友真(ja6901)がキメたところに、千鶴の裏拳が無言で入った。

※それでもカメラは回っています

「ちゃうねん、朝は頭回ってへんだけやってん! 寒いの苦手ー!!」
 ダウンジャケットで完全防寒しながらピーピー声を上げる友真が、視線を移動して硬直する。
「石田さん……着こみ過ぎ!」
「これくらい重ねれば、大丈夫やろ?」
 涙目で愁也が指すのは、千鶴によって完全着ぶくれの石田 神楽(ja4485)。
「……千鶴さん……でもこれ、着せ過ぎです」
 にこにこを絶やさず、神楽。
「シルエットが信楽焼……」
「一臣さん? 射抜きますよ?」
 ふるふると笑いを堪えながら写メる勇気を見せる一臣へ、神楽はゼロ距離射程のスマホフラッシュを放った。
「そろそろ食べに行こうぜー」
 このままでは、入り口でコントを繰り広げて夜が来る。
 如月 敦志(ja0941)がキリのいいところで面々に声を掛けた。
 俺達の冒険はこれからだ!

 

●君と朝市
 目的地にバスが着き、皆が降りてゆく中、龍騎(jb0719)は気が気ではなかった。
(普段は大目に見てるケド、旅行中は絶対に脱がせない)
 初等部生らしからぬ決意である。
「氷点下で裸じゃ、各種機関に通報されるよ」
「う…… でも俺、服を着てる方が恥ずかしいぞ……」
 『脱ぐ』それが彪姫 千代(jb0742)のアイデンティティであるためだ。
 冷ややかな龍騎の一言にも、この返答である。
「次脱いだらリュウ帰るから」
「大丈夫だぞ! 俺、もう脱いでるからな! 次はないんだぞ」
 早かった。
「帰る」
「リュウ!? 帰っちゃダメなんだぞ!?」
「じゃあ着てろ」
 むしろ現段階で寒くないのか、この半裸。
「なあ…… 一枚だけ、一枚だけ脱いじゃダメか?」
「じゃあ見えないトコ脱げよ、パンツとか」
「! リュウ、頭いいんだぞ! 俺、早速脱いでくるぞー!!」
「   」
(マジで脱ぐとかナイわ……)
 嬉々としてトイレへ駆けてゆく親友の背を見送り、
(まーイイか、見えないし)
 こうして着地するようになった辺り、良くも悪くも『変わった』のだろう、な。

「サガ様……こちらのお店が……美味しそう……です」
 サガ=リーヴァレスト(jb0805)の腕を、華成 希沙良(ja7204)が引く。
 お刺身、海鮮丼、お寿司にラーメン。
 楽しみたい『食』はたくさんで、二人で少しずつ、『ほどほど』に留めて種類をたくさん楽しむ考えだ。
「私も食感が好きだが……、それは掛け過ぎではないか、希沙良殿……?」
「えっ イクラ……には…… たっぷり……でないと 駄目……ですよ ね?」
 希沙良の大好物、イクラ丼。オプションで更にイクラを掛けることが出来ると聞いて……。
 サガが苦笑する頃には『ほどほど』はどこへやら。
「いや、ここでしか味わえないことだ。好きな物は存分でいいと思う」
 ほわり。
 サガの一言で、希沙良は花を咲かせるような笑顔になる。
「ラーメンは……味噌か……醤油…… どちらに……すべき……か」
「ふむ、私は味噌にしようか」
 真剣に悩む希沙良の表情に口元を緩めながら、サガが助け船を出す。
 それじゃあ、と希沙良は醤油を選択。
 次のお店で、迷い無くオーダーする。
「……暖まり……ますね……」
「確かに暖まるな。この季節にはもってこいの食事だ」
 何より暖まるのは―― なんて言葉を飲み込み、満面の笑みを浮かべる希沙良を、サガは見守った。

 

●異国情緒と倉庫群
 函館湾西部の赤レンガ倉庫群。
 商船用の倉庫として作られた頑丈な建物は、今は様々なショップが入り、観光客を出迎えている。

「さすが、店はたくさん有るようだな?」
 コンサートホールにビヤホール、彩り豊かなガラス工芸。
 神楽坂 紫苑(ja0526)は黒のロングコートに身を包み、寒さに負けぬ観光客たちでにぎわう通りを進む。
「さて、良い物が見つかるかな」
 重い扉を押しあけ、どこか懐かしい香りのする倉庫内へと入ることとした。
 薄暗い照明に、キラキラと色とりどりのガラス細工。
 多くは女性向けのアクセサリーで、他には様々な形のグラスといった生活密着タイプの品が多い。
「ん、あれは」
 その一角に、手作りオルゴールのコーナー。
 手回しタイプで、同じ曲でも一つ一つ響きが違う。まさに『一点物』。
 興味をそそられ、幾つか試してみる。
 同じ久遠ヶ原か、または違う学生か――旅行と思しき若者たちの声で、紫苑は我に返る。
「……時間を忘れてしまうな」
 半日も倉庫で過ごすわけにも行くまい。
「そうだな」
 魅入られた一点を購入することに決め、紫苑はブラリと外へ出た。
 暖かな屋内に居た反動で、潮風が身を切るように冷たかった。
(喫茶店でも入ろうか。たしか、向こう側に……)

 

●体験! ガラスアート
 倉庫群の奥まったところに小さなグラススタジオがあり、そこでガラスアートの体験ができる。
 予約済みの五人組は、目的地を探しながら寒空の下、わいわいとまとまって歩いていた。
「ひりょ殿、こっちじゃ! ああ、咲殿、離れるでないっ」
 観光案内ガイドブックを読みこんでいた美具 フランカー 29世(jb3882)が、同行メンバーの案内役を務める。
 黄昏ひりょ(jb3452)は方向音痴。彼に頼りっぱなしにもいくまい。
「ふふふ〜。たまには、こういう平和なのも悪くないですよねぇ」
 美具に手を引かれながら、落月 咲(jb3943)が空を見上げる。
「咲ちゃんが言うと、一気に不穏すね?」
 鷺ノ宮 亜輝(jb3738)が茶化していると、目的のスタジオが見えてきた。
 受付で予約の旨を伝えると、早速、工房の中へと案内される。
「……暑いのう」
「ですよね……」
 ふわふわ毛皮の狐珀(jb3243)の言葉に、ひりょが苦笑い。
 ガラスを溶かす炉は、ただでさえ高温で。真冬であることを忘れさせるほど、工房内は暑い。
「アートなんてがらじゃねえすけど、ダチと楽しむのが一番てことで」
 亜輝は袖を捲り、いざ挑戦……!

「このような口でも、上手く行くものじゃのう」
 スタッフにアドバイスを貰いながら、息を吹き込む加減に気を付けて。
 飴のように形を変えてゆくのが面白く、琥珀はようやく形作られたグラスに目を細めた。
「えっ 上手に!?」
 汗だくで苦闘していた亜輝が、自身の出来栄えに落ち込んでいたところで顔を上げ、琥珀のもとへと歩み寄る。
 そこに鎮座していたのは、狐をイメージした黄色いグラス。
「へえ、マジで綺麗すねぇ……」
「こういうセンスがあるんですね」
 ひりょも覗きこみ、賞賛を。
「ふふふ〜…… 綺麗にできたものは壊したくなっちゃいますよねぇ」
「ちっと待つすよ、咲ちゃん!?」
 拍手をしながら頬笑みを浮かべる咲を、亜輝がストップに掛る。
「やだ、冗談ですよぉ?」
「禍々しい固体を作り上げた人に説得力はないす!」
 ここで改めて、全員が作り上げた作品のお披露目会。
 完成し、手に取れるのは完全に熱の取れた明日になるそうだ。
「何もいわねえで欲しいす……」
「これはさすがに使えませんよね……」
 同志見つけたり。遠い目をするひりょの肩を、亜輝は無言で叩いた。
 そんな中。
「ひりょ殿の作品、美具におくれ!」
「えっ? けど、これ……ボコボコですよ?」
「丁度、こんなコップが欲しかったのじゃよ」
 気の強い笑みで、美具がグイグイと押す。
「そのかわり、ひりょ殿には美具の作ったビードロを進呈じゃ!」
 不器用でも、一生懸命さが伝わってくるグラスを、美具はニコニコと見つめた。

 

●イロモノと倉庫群
「だーりん、みてぇ! 変なキャラメル、いっぱいなのだ☆ミ」
「わあ、たくさん面白いものがあるね!」
 お土産ショップで正統派おデートを満喫しているのは中学生カップル、レグルス・グラウシード(ja8064)と新崎 ふゆみ(ja8965)。
 ジンギスカン、こんぶ、函館ミルク、ラベンダー…… これ全て、キャラメルである。
「ぜーんぶ、一個ずつ買っちゃおっと★」
「これっ 兄さんへお土産で買っていこうかな?」
 スープカレー、味噌ラーメン、豚丼、こちらは板チョコレートである。
 北海道の人間は、誇れる食材を全てチョコレートかキャラメルにしてしまえばいいと思っている節があるのだろうか。
「……途中で溶けちゃうかな」
 観光をしていて感じたのは、思いのほか、室内の暖房が効いていること。
 食べ物以外の方が良いだろうか?
 レグルスは反対方向の売り場にも足を伸ばし、荒々しく鮭を捕えるヒグマの木彫り置物に目を輝かせた。
「ふゆみちゃん、どう思う?」
「だーりんってば、さっすがなのだぁ☆ミ」
「兄さんの新技の参考になるかな……」
 互いに『コレ!』というお土産を購入し、片手に紙袋、片手は繋いで。
 海辺をてくてく、お散歩しよう。
 風の冷たさに震えるけれど、互いの手が暖かいから平気へっちゃら大丈夫。
 きゃっきゃと楽しく、次のお店へ行ってみようか。

 雑貨やお土産ショップを、ゆったりと見て回るのはマーシー(jb2391)に水簾(jb3042)。
「は……」
「初めての旅行だねっ。いっぱい楽しもうね!」
「……水簾さん、このかんざしとかどう?」
 初デート、という言葉を飲み込むマーシーの隣で、水簾は恋人だけに見せる年相応の表情を輝かせる。
 歴史と新しい文化がない交ぜの倉庫群。洋物アンティークや和小物など、見ていて飽きない店舗がたくさん。
「綺麗っ えへへ、似あうかな」
「うん。凄く、似あうよ」
 マーシーは必死に己にセーブを掛けて、穏やかな声とともに水簾の頭をぽふりと撫でる。
「マーシーさん?」
「あ、いや」
「あはは、こっちは変な小物。こういうの好きなの?」
「いや、えーと」
 視線の先を勘違いした水簾が、後ろのワゴンを覗きこむ。
「ケーキ屋さん、行ってみようか。そのマグネット見てたら甘いもの食べたくなってきたな」
「賛成っ あたし、苺のケーキが食べたい!」
 頬にクリームをつける彼女の姿が容易に目に浮かび、マーシーの表情が緩む。
「人が多いね…… 手、繋ごうか」
「あっ…… うん」
 初めての街で、初めてのデート。
 揃って頬を染めながら、手を繋いで二人はケーキショップへと向かった。
 できるだけできるだけ、今の時間が長く続きますように。

 

●レトロモダン西部地区
 函館という土地の中でも、いち早く異文化を迎え入れたのが、ここの地区となる。
 ポスターやテレビCMでおなじみのロケーション、といえば想像もつきやすいだろう。

「この辺は、衣装館があるって聞いたけど……」
 デジカメ片手に散策をしていた瑠璃堂 藍(ja0632)は、足を止めて観光案内板を覗く。
 明治時代に建設された、ランドマーク。ここは外せない。
「厳寒期のため、休業中……!?」
 膝から力が抜ける。
「けど、中の見学はできるのよね。教会の景観も素敵だったし。行くだけ行ってみようかしら」

 函館山は冬季間車両通行止め。
 明治時代の復元をした路面電車もお休み中。
 見たい物・行きたい場所が、ことごとく『季節』の壁に阻まれている少女がここにも一人。
「う〜ん、タイミング悪いなあ〜あたし」
 柴島 華桜璃(ja0797)は、それでも必死に前を向く。
 だってだって、せっかく来たのだもの!
「あっ、衣装館はまだ行ってないな。せめてドレスを着て記念写真は撮りたいな……」

 ――という事情を抱えた少女が二人、雪の中でなお美しい、青と黄色の建物前で鉢合わせとなった。
「厳寒期って言うけれど、撃退士だったら平気だと思わない?」
「素敵な衣装を冬眠させちゃうの、もったいないですよね」
 ちらっちらっと、受付へ視線をやりながら、互いの経緯をやりとりする。
「もしかして久遠ヶ原学園の、修学旅行の生徒さんですか?」
 撃退士養成機関からの団体様ご一行は、地元観光業界でも話題となっている。
「よろしければ、こちらへどうぞ。受付の電気ストーブを持っていきます、暖まるまで衣装を選んでください」
「「きゃあっ」」
 押せば、なんとかなる!?
 日頃の行ない!?
 藍と華桜璃は歓喜の声を上げ、受付のお姉さんについていった。
 一人でブラリと過ごすつもりだったけれど、一人でお茶も、ちょっと寂しい。
 素敵なドレスで記念写真を撮った二人は、情報交換をしながら食べ歩きの約束を交わした。

 

●宝石箱のように
 函館山に向かって、麓には幾本もの坂が伸びている。
 一つ一つ、登った先には有名な建築物や神社や教会があるのだけれど。
「わぁ〜、いい眺め!」
 雪で滑る足元に気を取られながら、なんとか登った先から新名 明日美(ja0222)が眺めているのは津軽海峡に沿った美しい曲線。
(……元町配水場……は どこでしょう)
 明日美が目指す配水場は、『南部坂』を登ってすぐ。左手にロープウェー山麓駅があり、右手の先には教会群。
 実に実に解りやすい、はずなのに。ここからは、ロープウェー駅も見えやしない。
 途方にくれる明日美へ、人影が近づいてきた。それは、出くわした、に限りなく近い偶然だった。
「新名か。久しぶりだな……。何かあったのか?」
「先輩!?」
 以前、とある行事で同席したことのある巌瀬 紘司(ja0207)だ!
 頼れる先輩である。
「配水場? この角を曲がった先だが……、案内しようか」
「先輩、頼もしいのです……」
 紘司は下調べ充分。ガイドブック不要で歩けるが、どうも明日美は危なっかしい。
 特にこれといった目的地があったわけでもないので、紘司が道案内を申し出ると明日美が見るからに安堵の表情を浮かべた。
「ああ、見えてきた。冬は中に入れないみたいだな」
 『緑豊か』というイメージが強かったから、明日美の直感だけで進んでいたら二つしかない分かれ道の他方へ直進していた気がする。
「あ……」
「うん?」
 紘司を振り向いた明日美は、そのまま後ろの景色に目を奪われる。
「ここからだと、函館の両側の海が一度に目に入るんですね」
「あー……。ゆっくり見ていくか?」
 ドラマのロケでもCMでも、ポスターでも、こんな景色は見られない。
「いつでも来られるものでもないしな」
 教会群を抜ければ、イギリス領事館がある。そこで小休憩をしても良いだろう。
 そう提案すれば、明日美がにっこり笑った。

「ほわー、これがレトロモダンな雰囲気なんだねー。昭和テイスト、だっけ? 蓮は懐かしい感じするー?」
「……不思議な懐かしさを感じるな」
 散策の合間に一息。
 教会の前にある茶寮で暖かな飲み物をオーダーしながら、飛鷹 蓮(jb3429)は和洋折衷の店内を見渡した。
 恋人のユリア・スズノミヤ(ja9826)は上機嫌。
「あ、来た来た。カステラ分けあいましょう〜」
 ダージリンティーとのセット到着に、共通の友人であるディオ・サルヴィトーレ(ja9794)はさっそく切り分け始めた。
「ありがとー、ディオちゃん」
「滑った後だからな、ナイフの扱いには気をつけろよ……」
 『ソリになる練習?』とユリアに言われた見事な滑りっぷりを披露したディオである。
 派手に転んで見せれば笑いが獲れるだろうかとドM精神を発揮しましたが、画策する必要も無く実によく滑りました。雪道SUGEEEであります。
「蓮の、『野立て珈琲』? 面白そう、ひとくち頂戴っ。ディオちゃん、白玉クリームあんみつ食べてみないー?」
 それぞれの注文が揃ったところで、和やかなティータイムを。
(……こうして新しい記憶を彼女や友人と共に作るのも、また…… 楽しく思い返すのだろうな)
 ユリアの笑顔。ディオの声。
 蓮はそれらを、大切に胸に焼きつける。
「一生の思い出ですね」
 雪にまみれたことも、澄んだ空気を三人で歩いたことも、目にした景色も。
 蓮の心を読んだわけではないだろうけれど、ディオはそう言って、クリームあんみつを頬張った。
 なんて優しい、甘さ。

 

●この街に祈りを
(主よ。私は貴方の導きに背を向け、貴方の敵と同胞に刃を向けます。
滅びの裁きと咎は、奈落へ落ちる我が魂にお与えください。
しかしこの地に残る全ての者が、いつか楽園を手に入れることをお赦しください)
 祈祷席で、イリン・フーダット(jb2959)は静かに祈る。
 幾つもの国の教会が、争うでなく佇む西部地区は不思議な場所だ。
 一つ一つに足を運び、祈りを捧げて回っていた。
「堕天しても、性格は変わりませんか」
 苦笑しながら――心のどこかで安堵する。
「美しい街ですね」
 文化も宗教も受け入れ、吸収し、穏やかな時を過ごす街。
 雪に彩られた景観に、白い息を吐きだしながらイリンは呟いた。
「老舗洋食店……試してみましょうか」
 異文化を自分たちの文化へと転化させたもの、それが『洋食』。
 きっと、この街らしいものなのだろう。どんなメニューか、オススメを聞くのも楽しみだ。

 観光地区から少し、離れた場所。
 空港に着くなり団体のバスではなくタクシーに飛び乗った椎野 さくら(jb0841)は、故郷の墓所で黙祷を捧げていた。
「今度は……お姉ちゃん達と来るだよー」
 修学旅行の目的地に函館が含まれていたのは、何かの縁だったのだろうか。
 同じ撃退士である二人の姉は天魔との決着がつくまで戻らない、と決意は固いようで、その代わりに想いをさくらへ託した。
 津軽海峡を眺める静謐な墓所は、時代に流されること無くあの時のまま。
 胸が、キュウと締めつけられる。
「……シスターに、挨拶に行こう」
 路面電車の近づく音も懐かしい。
 なだらかな坂を下り終着駅へと向かって来る姿に目を細め、さくらは寄せては返すさざ波のような思い出を反芻していた。
 ガイドマップもGPSも要らない。
 変わらないこの街で、土地勘を頼りに西部地区にある孤児院へ行こう。
 天気のいい日を過ごした、あの大きな公園へ行こう。

 

●雪さえ溶かす鐘の音と
 足元には気を付けて。
 踏み固められた雪道を、並んで歩く恋人達。
 繋いだ手が、この先も離れませんように。

 不安定な雪道をものともせず、椎名結依(ja0481)が小さな体でヒョイヒョイと跳ねるように歩きまわる。
「見てみて、涼くん! 教会! スッゴーイ!!」
「はいはい、見えてるよ」
 雪の白、落ち着いた色合いの街並みに結依の髪が鮮やかに映えて、眩しい。
 御琴 涼(ja0301)は半歩遅れ、ゆっくりと結依を追う。
「レトロモダンって、あたし好きなんだー♪」
「へぇ」
 熱っぽい眼差しで建物をカメラに収める、そんな結依を、涼が撮る。
「!?」
「ああ、可愛い表情してたかんな。そりゃ撮りたくもなるだろ?」
 振り向いた結依へ飄々と言ってやれば、今度は涼へカメラが向けられて。
「あっ、ツーショットも撮ろうね!! 誰か通り掛らないかなっ」

 人間達の生み出した『神』へ祈りを捧ぐ教会達の間を、天使の夫婦が散策する。
 美しく波打つ金の髪のジゼル・アロース=コルトン(jb3533)、黒き髪のジェラール・アロース=コルトン(jb3534)。
「ヨーロッパは色々まわったけれど、日本まで足を伸ばすのは初めてね」
「今年も君とこうやって、いろんな景色を見れることを祈るよ」
 ハネムーンで人間界へやってきて、長居しすぎてオートマティックに堕天完了という二人。
 『修学旅行』も、日本の素敵な一面を覗くチャンスの一つであった。
「寒くない?」
 ジゼルは乙女のように、ジェラールに腕を絡め。
「君がいればどこでも暖かいさ」
 ジェラールは、そのままジゼルの体を包み込むように抱きしめる。体温を、共有するように。
 どこかの教会の鐘が鳴り響いた。
「俺たちの愛を割く事なんて誰にも、神にだって出来やしないさ……」
「ジェラール。健やかなる時も、病める時も、……いつも貴方を愛してるわ」
「愛しているよ、ジゼル」

 ――というやりとりを、結依と涼がポカンと見守っていた。それは美しい坂の上でのこと。

(友人で散策するのも面白いが、矢張り好きな人と一緒に見て回れるのが――)
「とても……素敵ですね、龍斗さま」
 夏野 雪(ja6883)は、教会のステンドグラスを見上げて溜息を吐く。
「街の風景もステンドグラスも綺麗だけど、雪には圧倒的に敵わな……」
「え?」
「あ ええと、あれは……?」
 うっかり本音を漏らした翡翠 龍斗(ja7594)は、照れ隠しに話を逸らす。
「ふふ」
 けれど、雪にはしっかり聞こえてしまった。
 大丈夫。他に声を聞く人はここには居ない。
「雪」
「はい、龍斗さま」
 意を決した龍斗は咳払いをしながら、用意していたものを取りだした。
「こういうのって。雪に似あうと思うよ」
 ふわり、ウサ耳のウェディングベールを愛しい人の髪へ。
 近隣の教会の鐘が鳴る。
 時刻と共に、祝福を告げるように。
「行こうか」
「はい」
 寄り添うように、教会をあとに――
「きゃっ」
「危ないっ」
 出口の階段で雪が足を滑らせる、とっさに背中から抱きとめようと龍斗が手を伸ばす、指の先が触れたのは柔らかな、
「ご、ごめん、雪……」
「い、いえ……ありがとう、ございます。怪我を……するところでした」
 恋人たちに起きたハプニングは、二人だけの秘密と言うことで。

 

●星と浪漫
 函館の歴史を背負う、西洋式城郭跡の公園・五稜郭。
 美術館や図書館なども周辺にあることから、地元民の姿も多い。

「ここが五稜郭かー」
 タワーを下から眺め、百瀬 鈴(ja0579)が感嘆の声を上げる。
「ここはねっ、イカ型天魔と戦う人類最後の希望らしいよ、鈴先輩!」
「そうそう、五稜郭に大量のアウルを込めるとロボになるんだって」
「ほ、ほんとうっ……?」
 鈴の言葉を真に受け、犬乃 さんぽ(ja1272)は瞳をキラキラさせた。
 純粋になんでも信じてしまうから、ついつい鈴も悪ノリしてしまう。
「天使・悪魔との戦いの最終兵器だから、よっく見ておかないとっ」
「ゴリョウカクって神秘的な場所って聞いてたけど……そういうことだったんだ」
※事前に観光向けプロモーション映像を見て、さんぽちゃんは勉強してきました。
「よーし、操縦席に行こう、さんぽちゃんっ」
「ラジャー、鈴先輩!」
 ツッコミ不在とは、素晴らしい環境である。
 ガラス張りの最上階に到着し、さんぽは息を呑む。
「まっ、魔法陣だよ先輩…… さすが対天魔の要塞だ!」
 タワーから見下ろす公園は、堀に囲まれ美しい星の形。
「春になったら、桜も綺麗なんだろうなぁ。見て、さんぽちゃん。あの周り、全部、桜だよ」
「サクラ! わぁ、冬なのが残念……」
「また、来れるかな?」
 桜の咲く頃に。
「また、来たいねっ」
 対天魔最終兵器として稼働する前に。
「……ぷっ」
「え?」
「なんでもない。ね、お腹すいちゃった。近くに地元のハンバーガー屋さんがあるんだっけ。行ってみよっか」
 さんぽの思考を読み取って、鈴が目に涙を浮かべる。
 疑うことを知らない、純粋で真っ直ぐな男の子だ。
 景色を楽しみ、一階のお土産コーナーを見て回りながら、二人は件のバーガーショップへと足を運んだ。
「ボク、ドカタなんとかってバーガー食べてみたいな」
「土方歳三バーガー? 私も同じのにしようかな。ホタテのって珍しいね」
 函館で最期を迎えた新撰組隊士の名を冠したご当地バーガーとは、どんなものだろう。
 ――待つことしばし。
「……わぁっ、凄いおっきいホタテフライ♪」
「ま、まって、さんぽちゃん!? これ…… ええー!?」
 写真で想像していたのと、全然違うボリューム!
 ホタテの肝の部分まで丸っとふわっとサクッとフライにして、え、この値段!?
「美味しい……こんなホタテフライ、私、初めてだよ」
 目から鱗が落ちるとは、まさにこのこと。
「函館に来て、よかったね」
「夜景も素敵だって聞いてるよ。楽しみだねっ」
 修学旅行、楽しみはまだまだ盛りだくさん。

 

●巡る星と想いと
 出発前日の夜から断食を敢行していたフント・C・千代子(ja0021)は、土産店に入った玖神 周太郎(ja0374)の戻りを待っていた。

「……何でもいい、良い指輪はないか?」
 同行者の中でも、おそらく千代子あたりがイライラと待っているに違いない……易い想像をしながら、周太郎は店員に尋ねる。
 今回、一緒に来れなかった存在への土産だ。
 相手の特徴を手身近に伝え、見繕ってもらう。
 民族伝統デザインが施されたリングを購入し、周太郎が食べ歩き待機している三人のもとへと駆けつけた。
「あ、よかった、シュー兄が最後で!」
「……なんだそりゃ」
 手を振り迎えた紅葉 虎葵(ja0059)の、他方の手には土産の袋が提げられている。
 家族への土産、海産物に関してはここから発送できるということで伝票の控え。
 どうやら、虎葵も先に単独行動をしていたようだ。
「準備万端ってことー。ほらほら、寒いんだし、美味しいもの食べよう!」
「北海道、楽しみにしてきました。それに……」
 ノルトリーゼ・ノルトハウゼン(ja0069)は、チラ、と千代子に視線を流す。
「限界だ!!」
「はいはい、悪かった悪かった……。どっから行くか」
「とりあえずケーキ!」
「……空きっ腹にか?」
 ぽふぽふと千代子の頭を撫でてやれば予想外の返答で、サングラス越しに周太郎は目を見開いた。
 予想を裏切らず、退屈しない相手である。

 ケーキ、コーヒー、ハンバーガー、そば、とんかつ、ラーメン、
 
「少し歩いたところにチョコレート専門店があるぞ!」
「……まだ食べるのか?」
 というより、途中には北海道無関係の食べ物屋もあった気がする。
「ケーキは別腹だからな。まだ食い足りないくらいだ」
「食休みの散歩程度の距離ですね」
「ノルは大丈夫なのかよ……」
 周太郎は万事控えめに行動するノルトリーゼが気になっていたが、本人は至って普通のようだ。
 静かな笑みで、ノルトリーゼは頷きを返した。
「みーんな一緒だと、楽しいもんねっ」
 慣れない雪道に疲れも出てきているけれど、虎葵もまだまだ元気。
 周太郎の上着の袖を掴んで、次の店へと進みだした。

 

●たった一つの星抱いて
「さ、流石、北海道……凄く寒い……」
 橘 優希(jb0497)は肩を抱いて北の大地の厳しさを実感する。
「歩いていれば、暖まりますわ」
 対する斉凛(ja6571)は、無邪気そのもの。
「だねぇ……。ありがとう、がんばるよ」
 ――かくして、タワー最上階。
「ここが新撰組、終焉の地……。……優希さん?」
「えっ、うん、綺麗な景色だね」
「もう少し、こちらへ来ないと?」
 真下を決して見ようとしない優希に気づき、察し、凛は悪戯っぽくその手を引いた。
「なかなか、こうしてゆっくり来る機会はありませんのよ?」
「わわっ」
 優希の視界に飛び込んできたのは、雪に彩られた美しい星。
「こんな綺麗な星形……実は天使や悪魔が作ったとかじゃないよね?」
「ふふふ」
 その発想に、凛が肩を揺らした。
「ここは、人が作り、守り続けた場所ですわ」
「……うん」
 凛の言葉に、優希は背筋を伸ばした。
「あのね、凛ちゃん」
「はい」
 きょとんと見上げる凛の、その手の中へ小さな紙包みを。
「携帯ストラップ。さっき、可愛いのを見かけて。よかったら、凛ちゃんに」
「あっ……ありがとうございます」
「もう一つは僕用に、ね」
 思いがけないプレゼントに、凛の頬が赤く染まった。

 ――新撰組に関する場所を見学したい。
 そう提案したのは酒井・瑞樹(ja0375)で、なんとも彼女らしいと同行を申し出たのは北条 秀一(ja4438)。
「武士として、一度は来てみたかった場所なのだ!」
 最近、復元されたという奉行所などを見て回りながら、瑞樹はまるで雪原を駆ける子犬のよう。
 秀一は微笑ましく見守りながら、ゆっくりと一緒に回る。
「今でもロボットになってイカ型宇宙人と戦うなど、正に武士の鑑だな!」
「……瑞樹? それはどこで?」
※事前に観光向けプロモーション映像を見て、瑞樹は勉強してきました。
「北条さん、新撰組の羽織りを着てみないか? 似あうと思うんだ」
「俺より、瑞樹が羽織るといい。土方歳三の銅像と写真を撮ってやるよ」
「!!」
(頬を……染める場所か、今の?) 
 そんな瑞樹を可愛いと感じるのも、確かで。
 普段は部長と部員・先輩と後輩というスタンスだから、こうして二人きりで、というのも貴重な時間だろう。
 大丈夫、時間はまだある。
 二人の時間を、二人なりに楽しんで行こう。

 

●お熱いのは好きですか?
 湯の川温泉郷。
 津軽海峡に面し高級温泉旅館にホテルがズラリと並ぶ、圧巻の地域だ。
 一般に思い浮かべる『温泉郷』のように、浴衣姿で温泉を梯子、とはできないことが残念だけれど。
 真昼間にゆったり満喫する贅沢。これはなかなか、得難いもの。

 海に雪山、絶景のロケーションの露天風呂へ消沈した表情の少女が一人、やってくる。
 白野 小梅(jb4012)だ。
 同行者を見つけられず、一人で街を観光していた。
 土地勘が無いなりに、物珍しい建物や資料館などに目を輝かせていたが……疲労が出てくれば、それは一気に寂しさへと変わる。
 体を暖めようと温泉へ来たが――やはり一人。
「温かいけど……寂しい」
 子供らしく、泳いでみたり歌ってみたりするけれど、怒ってくれる人がいない。寂しい。
 そのうち、誰か来るだろうか?
 小梅はもうちょっとだけ、待ってみようと決める。

「おんせーん!!」
 そこへ飛び込んできたのは桜花(jb0392)だ。
 空が近く、潮の香りが漂う解放感! 最高じゃないか!
「うっ!?」
 威勢のいい声に、のぼせかけていた小梅がビクリと顔を上げた。
「あら、可愛い先客がいたね。ご一緒しても良い?」
 胸元の傷は己の生きた証し。隠すことなく湯へと身体を浸す桜花に、小梅は口をパクパクさせ、言葉を発することが出来ない。
「ね、姉ぇちゃんって……呼んでもいいですか……?」

 細かいことは気にしない、それが高峰 彩香(ja5000)のスタンス。
 とはいえ、最低限のマナー順守は大事。
 脱衣所に掲示してある温泉入浴の作法を身体にバスタオルを巻き付けたまま、じっくりと読みこんでいる。
 事前にも、調べてはおいたけれど。
 自分より後から入ってきた女性は既に露天風呂へと向かい、のぼせたらしい少女を抱えるようにあがってきた少女もいる。
「よし、まったりしよう」
 まったりするために気合を入れるのも、元気な彩香らしいだろうか?
「時間はたっぷりあるんだし、存分に堪能させてもらおうかな」
 浴衣でフラフラとは行かないけれど、他の温泉へ移動することは禁止じゃない。
 あれこれ楽しむのもいいかも…… そんなことを考えて、いざ、露天!
「……負けた」
 引き戸を開けるなり、呟く彩香。
 温泉の片隅で雪見酒を楽しんでいるのは……常木 黎(ja0718)だ。
「こんにちは、失礼します」
「ああ、お構いなく」
 静かに景色と酒に酔う黎が、肩をすくめて応じた。普段の嘲笑めいた様子は影を潜め、どことなく孤独気な笑みだ。
「あたしも大人だったらもっと満喫できたのかな」
「どうだろ。料理も酒も温泉もいい、ただ――」
 一人で来るもんじゃないかな。
 くつくつと微笑する黎は、軽いとはいえ、やはり酔っているらしい。
 どこか解放されたような、それでいて妖艶な香りがする。
「『たまには休め』って言われたから、慰安旅行の気分で来たけどね」
「うん、こういった所の温泉に入る機会はあまりなかったけど、気持いいね〜」
「……」
「あれ? なんか、変なこと言ったかな」
「いいや。そうだね。騒がしさから離れて、ゆっくりするのも悪くない」
 遠くまで旅行に来て、一人で温泉――何とも場違いな気がしていたけれど。
 悪くない。かもしれない。

 

●脆く強固な壁
 ここに木製の壁がある。
 湿気を吸い、寒空にそびえるそれは、拳一つで打ち崩せそうであり、しかし決してその行為を許さぬ無言の威圧感があった。
 壁は、露天風呂の男湯と女湯の間に立ちはだかっている。

 湯に盆を浮かべ、地元の食を堪能しているのはリューグ(ja0849)。
「こっちの方は初めてだなぁ」
 出身が北海道という時点で、なかなか帰省のタイミングを得られない。
 敢えて地元とは離れた道内への旅行も良いだろう。
 いくつかの温泉を梯子しながら持ち込めそうな食べ物を買いこみ、手足を伸ばしてゆったり満喫。
 ちょっとお行儀が悪い? 大丈夫、許可はとってあるし、なぜか差し入れまでもらった。
(……おに〜さん、力士と思われてないか?)
「おっ なんか美味そうなモノ食べてますね!」
 そこへ、姿を見せた天険 突破(jb0947)が目を輝かせた。
「外が寒かっただけに、湯の温かさが身にしみるぜ〜〜」
 身体を洗ってから露天風呂に入り、リューグのもとへ。
「絶景絶景! 旅先の温泉は一味違うって楽しみにしてたんですけど、なんか一味以上に楽しんでますね」
 温泉の中で食事とは。その発想は無かった。
「寿司は食べました? この辺りに寿司屋があるって!」
「それはまだだな。さすがに温泉ではなぁ」
「ですねぇ。……そいえば、入り口で引率のせんせーが阻霊陣発動してましたけど、なんでですかね?」
「なんでだろうなぁ」
 反対側で長湯をしている青年へ、リューグは向けるとなしに視線を向けた。
 恐らくは、彼のような手合い対策。

 同刻。板壁の向こう。
「ほふー 温泉は良いものですねー」
 アーレイ・バーグ(ja0276)は、豊かな乳をたぷんと湯に浮かせて極楽の表情。
「お湯の中だと重力が こほ、解放感が違いますよね」
「アーちゃん……?」
「解放感が違いますねっ」
 ゴゴゴ、と黒い気配を背負う葛葉 夏葵(ja0716)へ、取り繕うように大事なことを二度。
「もうっ アーちゃん、洗いっこしよう?」
「ひゃっ♪ 胸に悪戯しちゃ、めーなのですよ!?」
 後ろから飛び付く夏葵へ、アーレイが短く声を上げた。

 同刻。板壁の向こう。
(学園の事だ。透過能力対策はしてあると考えるべきだ)
「アーちゃんは、お胸おっきくてやわらかいねぇ……」
 板壁の向こうから聞こえる女子のやり取りはしっかり耳に入れながら、ビアージオ・ルカレッリ(jb2628)は思案する。
(とすると、召喚獣と感覚を共有して、温泉の脈から逆に登らせて――)
「ちょぉ!? 何処触ってるのですかー!」
(何処を触っているんですか!?)
 反射的にビアージオは思考を遮断して、顔を上げる。
 会話から察するに、隣の女湯は今、二人しか居ないようだ。
 同性二人っきりで、そんな、あんな、
「ぁぅ……。そこは自分で洗うからだいじょうぶなのですよぉ……」
(いけません、女子同士の悪戯なんて描写しては規制されてしまいます!)
 ビアージオの男の煩悶を、突破とリューグが生温かく見守っていた。
(ネックは、召喚獣の滞在時間だ。いっそ水脈を辿るより……)
 一か八か、勝負……!

 同刻。板壁の向こう。
「さて…… 夜景とラーメン屋、どちらを選ぶか夏葵ならわかりますね?」
「遠い北の地へ来て、遂げるはひとつ!」
「YES! いざ行かん函館のラーメン屋全制覇!!」
※ちなみにこの街、簡単に検索するだけで70軒近くラーメン屋があります。

 同刻。板壁の向こう。
「だってこれ、絶対フラグだろ。お仕置きはせっかくだから女教師に」
 ヒリュウを飛ばした女湯はもぬけの殻、覗きたいものも覗けないまま罪を背負い引きずられてゆく天使の姿を、突破とリューグは生温かく見送った。

 

●温泉と食い倒れ
 という、ドタバタから一呼吸置いて。

「良い湯だな〜〜」
 畳んだタオルをおでこに乗せ、悦に浸るは夕凪颯(jb0662)。
「温泉は良い。人類の生み出した至高文化であるな」
 颯に並び、マクセル・オールウェル(jb2672)は深々と息を吐き出す。
「ふぅ。日頃の疲れも吹っ飛ぶっていうか」
 白い頬を赤く染め、紫音・C・三途川(jb2606)もご満悦。
「ここで満足するには早いよ。人類――否、日本の究極の文化はここからだ」

 湯からあがり、姿見の前でポージングをとるマクセルへ湯冷めするぞと声を掛け、三人そろって休憩スペースへ。
 そこでは、既に久遠寺 渚(jb0685)が待っていた。
「温泉、とっても気持ちよかったですね!」
 渚は颯の手に、4本の牛乳瓶があることに気づく。
「夕凪さん……それは、もしかして」
 フッと一笑し、友人たちへ牛乳瓶を手渡す颯。
「いいか、マクセル、三途川。一度しか見せないぞ」
 足は肩幅に開く。右手に瓶を、左手は腰に当て。小指を立てつつ一気飲み!!
「ぷはーっ 風呂上がりにこうやって牛乳を飲むのが、日本の文化だ」
 キリッ。
「ほう」
「あっためたらダメなの?」
「わ、私、一気飲みなんて出来ませんよー?!」

 温泉を楽しみ、風呂上がりの牛乳を楽しみ、一行は近くのラーメン屋さんへ。
「看板メニューは海鮮出汁の塩ラーメン、ですか」
 オーソドックスなスタイルから、トッピング任意、蟹の脚やら豪勢な海鮮ラーメンまで。
 渚は目移りしながら、他の三人が何を頼むかも、ちょっと楽しみ。
「誰が一番食べられるか、勝負しないか?」
「?!」
 そこで飛び出す、颯の一言。渚のツインテールが驚きで飛び上がる。
「むう。たしかに先の牛乳は物足りなかったからな。勝負事に負けてなるものか、この筋肉に賭けて……!」
「ったく、育ち盛りかあんた等は」
 紫音は『俺達はマイペースで』と渚に視線を返した。
「俺は、普段は醤油と塩だな。北海道だと味噌も美味いんだよな?」
「私は塩にしてみます。函館は、塩って聞きました」
※札幌・味噌、旭川・醤油が有名です。
 バトルを開始した颯とマクセルを横に、渚と紫音は、それぞれのペースでラーメンを頂く。
「わー。あっさりしてるのに、こくがあって美味しいです!」
「こっちの味噌も美味い。辛味噌だけじゃなくてよかった……」
「食で天使に負けられるかよ」
「店主、次である! 足りぬ!!」
「……お寿司は食べるのを見てるだけ、にしようかな」
 丼ぶりを重ねてゆくラーメン激戦に、渚は力無く頬をかいた。

 

●温泉とおなかいっぱい!
「イギリスの温泉も良かったですが、日本の温泉も最高ですね」
 長い黒髪を一つにまとめ、夜姫(jb2550)は上機嫌で温泉街を歩いていた。
「あとはお団子屋さんがあれば最高なんですが……」
 夕飯は早めに寿司屋に入り、夜景の集合時間に間に合わせよう。
 頭の中で計画を立てていると――
「!?」
 すれ違った観光客が、手に提げているのは。
「す、すみません、それは何処で……!?」
 徒歩15分足らずで老舗の団子屋があることを知り、夜姫は幸運に感謝した。
 ああ、どうして自分はひとりなのだろう。
 喜びを分け合いたい存在は、今は、居ない。

 ジャパニーズSUSHIが食べたい!
 愉快なお土産を物色中に、アリシア・ミッシェル(jb1908)が空腹と要望を宣言した。
「夜景を見る時間がありますから、逆算するとそろそろでしょうか」
 アリシアにご当地名物らしきお魚マスコット帽子を被せられた袋井 雅人(jb1469)が土産屋の壁掛け時計を確認した。
 月乃宮 恋音(jb1221)は店員に許可を貰い、そんな雅人を写真に収めていた。
「楽しみだなーっ。どんなメニューがあるんだろっ」
「海の幸はもちろんですが、日本らしさでしたら『山葵巻き』なんかもオススメしたいですね」

 ――見事な山葵でした。
 ダイレクト山葵に悶えた後、アリシアは念願の新鮮な極上握りに舌鼓を打ち、ついでに雅人の頭を軽く小突いた。
「お土産屋さんにも行ったしー 色々買えたし。SUSHIも美味しかったね!」
 鼻に抜けるような山葵の辛さは、一緒に流れる涙でなぜかスッキリした気持になる。
 最初に酷いインパクトを体験したおかげか、その後のサビ入り寿司は美味しく頂くことができた。
「あとは、時間まで温泉ですね」
「……最近、忙しかったですからねぇ……。……ゆっくりさせていただきましょう……」
「任せて! 月乃宮さんの隠された事実は、ばっちり実況するよ!」
 何かを揉みしだくようなアリシアの仕草に、今度は雅人がアリシアの頭を軽く小突いた。
 さて。それぞれの脱衣所へと分かれたところで。
「ふっ、甘いね」
「……アリシアさん……?」
「温泉の定番と言えば覗きだよね。男湯覗くぞー!」
 あっけにとられた恋音に止める術は無く、勢い余って板壁を倒したアリシアは夜景集合時間まで引率教師に説教されることとなる。
 本人いわく『大丈夫。月乃宮さんの柔らかさは手のひら全てが記憶している』とのこと。

 湯上り美人三人が、ラーメン屋の暖簾をくぐる。
「温泉気持よかったね。此処まで来たら、やっぱりラーメンだよね♪」
 並んでカウンター席に座り、彩咲・陽花(jb1871)がメニュー表を広げた。
「わぁ、美味しそうな匂い!」
 メニューを覗き、月影 夕姫(jb1569)はトッピングのチェック開始。
「よぉし、食べるぞー」
 葛城 縁(jb1826)は気合十分。
「私はコーンバターにしようかな。あっ、餃子も頼むから、みんなで分けよ?」
「決めた。私は海鮮塩ラーメンに、煮卵をトッピング!」
「わふぅ〜 私、大盛り! あふれんばかりに、全部どっさり!」
 そのスタイルに似合わぬ大食いの縁の宣言に、見越してサイドメニューの餃子を頼んだ陽花も、見守りポジションの夕姫も肩を震わせた。
「だ、だって、どれも美味しそうじゃない!?」
「わかるわかる」
「縁はほんとにいっぱい食べるよね」
 見ていて、気持ちが良いくらい。
 美味しそうに食べる姿は、周囲の人も何処か幸せにするものだ。
「けど、日中に温泉に入ってよかったね。津軽海峡を眺めながらなんて、贅沢ー」
 夕姫が上機嫌で、露天風呂からの景色を思い出す。遠くに本州の姿を見られるのは日中の特権だ。
「夜景も楽しみだね、夕姫さん!」
「ね。そのためにも、今から体ほっかほかにしておかないと」
 夜の山頂は格段に寒いと聞く。
「餃子が来たよー。はい、あーん♪」
「……むぐ、美味しい!」
「縁。ウニと蟹、どっちを選ぶ? どっちかなら食べてもいいわ」
「良いの!? どっちにしよう、迷うよ〜〜」
 夕姫が海鮮ラーメンを差し出せば、縁は目を輝かせて悩み始める。
「ふふ、旅行先でも餌づけされてるね、縁」
 夕姫のからかいに、陽花が片目をつぶる。
 ラーメン一つで盛り上がりながら、夜景の集合時間までの間を三人で過ごした。

 

●100万久遠の宝石箱
 函館山からの夜景を楽しむのなら、夕暮れ時に登るのがベストとされている。
 あちこちで思い思いに観光を楽しんでいた学園生たちがチラホラと山麓駅に集まっていた。

 ラベンダー色から紫紺へとグラデーションのかかる景色に優希は言葉を失っていた。
「こんな綺麗な景色をずっと見られるように、平和にしなくちゃね」
 そのための、撃退士。自分の力。再認識し、隣に寄りそう凛へ向き直る。
 視線が交わり――、凛は俯き、優希の冷たい手を、両手で包みこんだ。
「……優希さんに、お渡ししたい物がありますの」
 緊張で、凛の声がかすかに震える。真っ赤な顔は、薄闇の中なら溶け込んでわからないだろうか?
「僕に?」
「髪留めと……ストラップのお礼ですわ」
 凛が鞄から取り出したのは、写真立て。
「これに飾る写真を、記念に撮りませんか?」
 今日という、記念を。二人で。

(100万久遠と称される夜景、ですか……)
 景色に値をつけるのはいささか無粋というもの。そう考えていた夜姫だったけれど。
「……、」
 唇で、今はもういない妹の名を象る。
 できれば共に、この景色を見たかった。
「この命に代えても……必ず貴女の仇を討ちます。待っていて下さい……」
 誓おう。
 この夜景に。

「瑞樹? さすがに疲れたか」
 山頂に着いてから黙りっぱなしの瑞樹へ秀一は微笑し、上着をそっと掛けてやる。
「寒いだろ。やっぱり頂上は違うなぁ」
「あ、その…… 有難う」
(むむむ……困った。先ほどから心の臓が騒いで収まらぬ……)
 秀一の心配とは別のところで、瑞樹は動揺を抱えていた。
 加えて、秀一の上着。
 ふわりと漂う香りが、秀一に包み込まれているようで一層、落ち着かない。
(し、しかし……)
 傍に。
 傍に寄りそうくらいなら、良いだろうか……?
 ちらり。瑞樹が秀一を見上げる。
 優しく己を見守る、秀一の眼差しがそこにあった。

「鈴先輩、キラキラ綺麗で、地上に星が降りてきたみたいだよね」
 夜景に魅入るさんぽの腕に、鈴は勇気を振り絞り、さりげなさを装ってそっと自身の腕をからめる。
「こうすれば、暖かいよね。……今日はありがと」

「月乃宮さん、愛していますよ!!」
 夜景に絶叫する雅人に、恋音が笑った。
「!? え、そこ、笑うところですか!?」
 恋音に己に自身が無さ過ぎるのと天然さも相まって、『ラブコメ演出』と解釈されたようだ。
 果たして、雅人の本心は如何に?

「闇に浮かぶ宝石みたいだね。とっても輝いていて……色褪せない。ねぇ、蓮。私達の想いも……ずっと今の『色』のまま、変わらない?」
「もし変わるとしたら、お互いの想いが更に深まる時だ。……心配するな、俺が想い、愛するのは――」
 どこか不安げなユリアを、後ろから蓮が抱きしめる。
 遠くから、澄んだ声――ディオの讃美歌だ。
「ふふ、ディオちゃんたら」
「恋人たちのために何かしたいって言ってたか……」
 離れていても、離れても、大切な存在の『色』は変わらない。
 二人は笑いあって、互いを抱き締める腕に力を込めた。

「去年の旅行では恋人のフリだったのにね」
 今は本当の恋人なんて、不思議。
 重ねた時間を想い、結依は夜景を見ながら涼に寄り添う。
「ねぇ、涼くん。……大好きだよ」
 ちょっとだけ勇気を出して、改めての想いを言葉に。
 幸せな笑みで涼を見上げると、目元にそっとキスを落された。
「隙だらけ、だぜ?」
 悪戯っぽく、涼が笑う。
「今は周りに人がいるから、ここまでな?」
「……もう!」

「先輩、今日はありがとうございました」
 紘司へ、明日美が深々と頭を下げる。
「気にするな。どうせこれといった予定も無かったし、楽しかったよ」
 色々と、ハプニングもあって。
 紘司はそれを飲み込むが、ことごとく真逆に進もうとした明日美は充分に自覚がある。
「あの。……お礼には、ささやかなんですが」
 今日、一番惹かれたキーホルダーを。
 顔見知り程度だった二人だけれど、今回の旅行でなにかが深まったり……するのだろうか。

 繋いでいた手の冷たさに、希沙良は驚いてサガを見上げた。
「……少しは……マシ…… かな?」
 はーっと息をかけ、希沙良なりに暖めようとすると、その様子にサガが優しく笑った。
「希沙良殿の方こそ、寒くないだろうか?」
 自分は寒さに慣れているから大丈夫。そう告げて、上着をふわりを掛けてやる。
「こうした方が……より、暖まるかな?」
 その上から、そっと抱き寄せて。
 真っ赤になった希沙良は抵抗できないまま、その胸にポフリと顔をうずめた。

「リュウー! なんかスゲー綺麗なんだぞー!!」
 夜景に向かって千代が叫ぶ。
 海鮮丼もお寿司も、恥ずかしさを抱えつつたくさん食べた!
 美味しかった!!
(なんで裸の男と夜景見てるんだろ、超寒い)
 夜なら暗いから大丈夫、と遂に上半身の服を脱いだ千代の隣で、その横顔を龍騎が見上げる。
「リュウ、旅行一緒に来てくれてありがとうなんだぞ!」
「リュウは行きたいトコにしか行かないから」
 諦めと、呆れと、それから何だろうか、この感情は。
「キレイだね」
 名前を付けられないなら、付けなくていい。
 龍騎はきっとどれだけの久遠を積んでも手に入れられないだろう夜景へと視線を移した。

 イカ釣りに動く刺身にカフェに観光タクシーに……満喫した一行は、最後も仲良く全員で夜景を見降ろしていた。
「空の星もいいけど、これはこれでいいもんだよな……」
 光の一つ一つに、人々の生活がある。そう思うと、敦志の表情も自然と引き締まった。
「ハート型に光が見えたら幸せになれる……だったかしら」
「それ、カタカナで『ハート』っていうオチg」
「ネタバレは求めてないわ」
 マリアに鋭く肘鉄を打ち込まれ、一臣が沈む。
「俺は、日中に散々イケニエになったから。加倉さん、ファーイト」
 朝市で散々マリアとリリアードに絡まれた愁也です。
「……さて、寒くなるし戻ろうか」
 そんなやりとりを横目に、敦志が自身のマフラーをひなこにふわりと掛ける。
「ありがと……。イイの?」
 寒くない? ひなこは遠慮がちに首を傾げ、それでも差し伸べられる手を取ろうと――
 ……周囲の暖かな視線に気づき、敦志とひなこは一斉に振り向く。
「心配無い。良い雰囲気に水を差すつもりはない」
 ――動じない歌音さんが怖いと、今回強く思いました。 ひなこ・談

「楽しい旅行でしたね。さて、また頑張りましょうか」
「そうやねえ」
 神楽と千鶴が、なんだかんだで手を繋いでいる一臣と友真の姿を微笑ましく見守る。
 そんな二人も、こっそりと手を繋いでいることは、誰も知らない。
 ぬかりなく全ての記録を残した歌音を除いて。

 


 歴史に異国情緒に海鮮にラーメン、それから過分な青春をぎっしり詰め込んで、函館の夜は更けていく。
 きらきら、とびっきりの思い出が一番のお土産。

 

 了









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