●夢の国
モッフィーランドは夢と魔法と冒険の国。
久遠 栄(ja2400)は探偵倶楽部の面々と共に乗り込む。
「ひゃっほう! これが本場のアレがいる場所だねっ!」
このテーマパークの主とも言うべき黒兎。悪戯好きのモッフィーである。
木南平弥(ja2513)は栄の後からゲートを抜ける。すると景色は一変、ファンタジックな建物がいっぱいに広がる。
「おお〜まさに夢の国……! うっし、めざすで乗り物全制覇!」
びくっと肩を震わせ、真田菜摘(ja0431)がガイドブックから顔を上げた。
(全制覇……ここにはアレはないのでしょうか……?)
菜摘は九神こより(ja0478)の袖を引っ張る。
「お、お化け屋敷とかありませんよね、こより……!?」
「ん? あったような気がするが」
「えっ!」
本から顔を上げないこよりの生返事に、菜摘が蒼白になる。
こよりは今、リノリウムの床に倒れている男に夢中だったのだ。
(ロスといえば探偵にとって聖地の一つ! 本場で読むと臨場感が違う!)
「こんな所で読書かね? ……ああ、成程」
本のタイトルに、引率の教師ジュリアン・白川(jz0089) が頷いた。
「明日行くハリウッドには、主人公の事務所のモデルになった建物があるよ」
「何、本当か」
思わず身を乗り出したこよりだったが、湧き上がった歓声にそちらを向く。
人だかりの中に揺れる黒いウサ耳。
『モッフフモフ!』(意:やあみんな! モッフィーランドへようこそ!)
モッフィーがゲストを出迎える。
冲方 久秀(jb5761)としっかり手を繋いでいたのも忘れ、キョウカ(jb8351)が駆け出す。
「うしゃぎたんー!!」
ボフっとぶつかると、モッフィーはきゅーっと抱きしめてくれた。
「くっくっく……楽しそうだ」
久秀はウサギに抱かれるキョウカを写真に収める。笑い方と顔は怖いが、お子様たちの引率者だ。
「みんな周囲の人に迷惑をかける事はないようにするのだぞ」
「「「はーい」」」
紫苑(jb8416)、蘇芳 陽向(jb8428)、天駆 翔(jb8432)がいい声でお返事。
だが凝った作りの園内に、直ぐに紫苑は気を取られる。
「ふおおお……あめりかんどりーむでさあっ」
陽向と翔は互いの拳を突き合わせる。
「行くぜーせかいせいふくだー!」
「おー!」
どうやら園内制覇の意味を勘違いしているらしい。
神埼 晶(ja8085)が従姉妹の八種 萌(ja8157)と神埼 累(ja8133)を呼ぶ。
「累姉! 萌ちゃん! 一緒に写真撮ってもらおう!!」
萌はその後を追いかけながらも、累を急かすように手招きした。
「ねえねえ、累お姉さん、ほらモッフィーだよ!」
普段はおっとりしている萌だが、今日は大はしゃぎだ。
「今行くわ。あんまり急いで転ばないでね?」
累が笑いながら後をついて行く。
(ここはずっと来てみたかったから嬉しいわ)
初めての海外旅行は少し緊張したが、いざ従姉妹たちと一緒に来て見れば楽しいものだ。
(ああ……それにしても、はしゃいでる皆がめんけごど)
可愛いわね、という意味らしい。ほんわかしすぎて思わずこぼれ出たようだ。
賑やかな輪の中から、黒兎は器用に抜け出る。
そこで遠慮がちに輪の外から見つめる目に気付き、そっと手を差し出した。
『お嬢さん、いらっしゃい』
星杜 藤花(ja0292)の驚きの表情が、見る見るほぐれる。
「こんにちは、モッフィー」
「よかったね〜さすがモッフィーだね〜」
星杜 焔(ja5378)は嬉しそうにウサギと握手する藤花の姿を撮影する。
が、戦いはこれからだ。
「じゃあちょっとお父さんは走るのだよ〜」
特別パスを入手の後、パレードの場所を確保せねばならない。
「気をつけてくださいね、焔さん」
藤花は背中を見送り、改めてデジカメの写真を確認する。
「考えてみたらこういう場所では初めて……?」
その背後で、渋めの男の声が聞こえた。
「青春とはすばらしいものだな」
日本語だ。
「え?」
振り向いたときにはモッフィーに集まる人に紛れ、声の主は分からない。
ただ揺れるウサ耳が遠ざかるのだけが見えた。
●右往左往
園内には歓声が満ちていた。
「なんぺーっいくぞーっ」
栄が叫ぶと、平弥も一緒に両手を上げる。
「うっし、こいやー!!」
ざっぱーん!
急流すべりの先頭で頭から水を被り、大笑い。
「うおぉおお、髪がぐちゃぐちゃだーっ!」
「いやそれ、いつもやで」
菜摘とこよりが思わす笑いだす。
「ほんと、こうして心から遊べるのは夢みたいです」
菜摘の抱える暗い過去は消えはしないが、太陽の光に薄れて行くようだ。
「あれなんだろ、人だかりが」
こよりが見つけたのは大道芸だった。
椅子を積み上げて高い所で逆立ちしたり、見事なジャグリングをしてみせたり。
少し離れたところでは、マジックを披露している人もいた。
「……今の、どうなってるんでしょうね……???」
こよりと菜摘は顔を見合わせる。
「おおお……あれもすごい……」
あんぐり口を開け、翔が首が痛い程に上を見る。
「ふおおおお、みごとでやんすな」
紫苑も目を丸くして、椅子の上でのジャグリングを見ていた。
「乗り物よりも気になるのかね?」
久秀が尋ねると、目を離さずに紫苑が答える。
「じりきではいすぴーどでとべやすもん、でもあれはできやせん」
あんまり熱心に眺めていたお陰か、にこやかなジャグラーが紫苑に大きな風船を持たせてくれた。
「いいんですかえ?」
紫苑は大事そうに紐を握りしめる。
「おおっすごいなっ」
西部劇ショーの最前列。モッフィーの耳を生やした清純 ひかる(jb8844)が、チュロスを齧るのも忘れて見入っていた。
「萌ちゃん、本場はやっぱり違うね!」
晶が身を乗り出し、萌も大きく頷く。
激しい銃声、立ち上る火炎、噴き出す水。アトラクションは迫力満点だった。
『助けて〜』
ヒロインに襲いかかる悪漢。銃声が響くと男は二階の窓を突き破り、そのまま水音高く井戸へ落ちて行く。
「すごいねあれ!」
晶と萌が思わず口元に手をやり、ひかるが拳を握る。
「うおっ、大丈夫なのか?」
「……良い動きだ。撃退士でないのが惜しいものだ」
少し離れた場所で、大きなモッフィーのぬいぐるみを抱えた人が呟くのが聞こえた。
人の隙間から緑色のスーツの袖がわずかに見える。
「へ?」
何か引っかかりを感じつつも、佳境に入ったショーに、ひかるはいつか声の事を忘れて没頭していった。
外では明るい太陽の下、ジャイアントパンダが闊歩していた。
下妻笹緒(ja0544)は夢の国を隅々まで歩き回った。どうでもいいがこの男、どうやって税関を通過したのだろうか。
「成程、確かに煌びやかで、楽しげで、賑やかで、これぞエンターテインメントと言えよう」
腕組みする制服姿のパンダ。
「だがモッフィー、これはダメだ。夢の国の主人公の座、それがウサギでは些か荷が勝ちすぎている」
重々しく首を振る笹緒。そう、ウサギではだめなのだ……!
●ナイトパレード
賑やかな音楽と共に、輝くフロートがゆっくりと進んでくる。
「藤花ちゃん〜俺の前に来ると良いよ〜」
「はい、ありがとうございます」
ウサギの耳の帽子を被り、沢山のお土産を詰め込んだ袋を足元に。手にはチュロスを握りしめ、ふたりは歓声を上げる。
園内のほとんどの人がナイトパレードを見に集まっているので、沿道はびっしりの人垣だ。
「ん? みんなどこ行ったんやろ」
平弥はふと、仲間が周りにいない事に気付いた。
「えっ……まさか、迷子!?」
そんなに離れてはいないはず。そう思って探すが、暗い中ではよくわからない。
突然、胸の辺りに何かがぶつかり悲鳴を上げた。
「きゃっ」
「あっ、ごめんな!」
「すみません、こちらこそ。ああよかった、学園の人ですよね」
ぺこりとお辞儀をするのは萌だった。
「そこで親切な人が声をかけてくれたのですが……」
見るからに迷子の萌を心配して現地の人が話しかけてくれたのだが、英語が分からず大混乱。思わず逃げだしてしまったのだ。
「ふたりなら何とかなる! 一緒に皆を探そうや」
元気を取り戻す平弥。そこに声がかかった。
「こんな所でどうしたね、皆はあっちだよ」
「「先生〜!!」」
無事に白川と遭遇できた。
「あれ、なんぺーどこ行ってたの?」
「よかったあ〜」
ひしっと抱きつく平弥の頭を、栄が笑いながら撫でた。
「ほらしっかり見ておかないとね。夜のパレードってこんなに綺麗だったんだな」
栄の言葉に大きく頷くこより。栄から貰った胸元のペンダントが、光を受けてキラキラ輝く。こよりは菜摘の手を握ったままで大きく振り上げた。
「菜摘ちゃん、あのフロートの上! 綺麗なお姫様!」
「本当にとても綺麗ですね」
穏やかに微笑む菜摘の目は、こよりの笑顔に。
(本当は私には、こんな楽しい日々を過ごす資格はないのかもしれないけれど……でも、願わくば)
暗い闇を照らす、魔法の灯のように。少しでも長く一緒にいたい人達。
菜摘はきゅっとこよりの手を握り返した。
白川に連れられ、萌はようやく従姉妹たちと再会を果たす。
「萌ちゃんどこ行ってたの!? 探したんだよ!」
「おトイレかと思ったわ。人が多いから迷ったのね」
晶と累が交互に萌を抱き締めた。ようやく安心してパレードを楽しめる。
「いやぁ、本場のモッフィーランドはやっぱり違うね!」
デジカメを構える晶に、無言のまま身を乗り出す累。ずっとお姉さんらしく気を配っていたが、目前の可愛いダンスに釘付けだ。
累の服の裾を握りしめ、萌は心に誓う。
(帰ったら英語を勉強しなおそう……)
これも旅の成果という物かもしれない。
他方でトラブルに巻き込まれたもう一組。
「ひさおじたんは、いーひと、なのっ!」
キョウカが久秀の前で大きく手を広げて必死の訴え。前にはランドの警備員が。
どうやら久秀の強面ぶりに、誘拐犯の疑いを持ったらしい。
『とにかく事務所へ。パスポートを拝見する』
等と言いつつ、久秀の腕をとる。
「うぶかたのおっちゃんは顔は怖いけどわるいひとじゃないぞ! じすいずあーのっとフーシンシャー!!」
「つれてく、だめー! なのっ」
陽向も一生懸命説明する。キョウカは半泣きだ。
暫くそれを面白そうに見物していた紫苑だったが、本当に連れていかれては困る。
「せわやけますねぃ」
フロートの前で踊るモッフィーの耳でももぎ取って騒ぎを起こすか?
そう思った時だった。
ジャイアントパンダがモッフィーの前に躍り出た。
「40周年は区切りに丁度良い。これを機にこのパークをパンダちゃんランドとすることを今、宣言する!」
高らかに響く笹緒の声。
ウサギが飛び跳ねる国と、パンダがごろごろする国……どちらがよりドリーミーかは論ずるまでもない話。
「見るがいい! 夢の国にShimotsuma Makes Revolution! 我こそが王として君臨する――!」
物凄い勢いでブレイクダンスを始めるジャイアントパンダに、モッフィーが敢然と立ち向かう。
『モフッフモフモフッ!!』(意:年に一人はこういう奴いるんだよな〜)
めくるめくウサギとパンダの壮絶バトル。
を、止める為に、警備員は秀久を放置して駆け出して行った。
秀久は半ば面白がっているようだった。
「くっくっく……旅にハプニングは付き物であるよ」
「おーきれいー! パンダもキラキラ光ってるよー!」
翔はただひたすら無邪気に喜んでいたが、背後からの渋い声に思わず振り向く。
「やれやれ。ここでも相変わらずだな」
そう言ってチュロスを齧りながら、スーツ姿の壮年の男は人波に消えて行った。
「だれだっけ、あのおじさん……?」
首を傾げる翔。どこかで見たような気がする。
だが次のフロートが近付くと、そんな事は忘れてしまった。
●ハリウッド大暴走
ナイトパレードの余韻の残る翌日は、ハリウッド大通りへ。
リリアード(jb0658)とマリア・フィオーレ(jb0658)は、歩道に残るスター達の手形、ウォーク・オブ・フェイムに手を置いては歓声を上げる。
「この俳優さん、渋くて好みなのよねぇ」
「マリアらしいわ。でもこの子も将来が楽しみヨ」
とにかく目立つ二人だ。現地の男性が放っておくはずがない。
『お嬢さん、良かったらドライブでもどう?』
爽やかな笑顔の青年に軽く手を振り、リリアードはマリアにしなだれかかった。
「ふふ……ごめんなさいね、デート中なの」
「いやねリリィ、こんな所で」
くすくす笑いで軽くあしらう。
アンジェラ・アップルトン(ja9940)とクリスティーナ アップルトン(ja9941)の姉妹も足元を眺めている。
「いつか私のプレートが埋め込まれる日が来るかもしれませんわね!」
クリスティーナが金髪をなびかせ、アンジェラがうっとりと微笑む。
「そうですね。楽しみですわ」
そこに突然、大通りの西の端にいた白川から緊急連絡が入る。
『タンクローリーが暴走して来る! 気をつけたまえ!』
響き渡る悲鳴の波と共に、タンクローリーがボロボロのおじさんをくっつけて走って来た!
『ああ〜またかよ! 死にたくねぇ〜!』
クリスティーナの目に鋭い光が宿る。
「ただ事ではありませんわ! アンジェ、行きますわよ!」
「はい、姉様」
同時にダッシュ。
「「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上!」ですわっ」
そこにひかるが(何故か)電話ボックスから走り出た。
「うわ、大変だあ!」
颯爽とマントを翻して華麗にフライ! 車両に貼りつく。
屋根にいたクリスティーナが窓を蹴破って運転席に滑り込むと、男が叫んだ。
『ブレーキ踏むんじゃねぇぞ! 減速したら爆発する、装置は右のヘッドランプだ!』
「困りましたわね。安全な所まで走らせるしかありませんわ」
どうもあまり困ってない。
「じゃあ、おじさんは僕が連れて行くね」
ひかるが男ににっこり笑いかけた。
「急いで僕に掴まって、脱出するよ!」
『おい、おい〜!?』
「宜しくお願いしますわ」
ひかるが男を抱えて離脱し、車は大通りをひた走る。
やがて充分な広さの空き地を見つけ、アンジェラが先に離脱。起きあがったところに、大きくターンしてきたタンクローリーが迫る。
「アンジェ、よくって?」
「ええ、姉様!」
ドアを開いてクリスティーナが飛び出した瞬間、数多の星屑を散らしてアンジェラが車の右前部を破壊した。
「やったあ!」
歓声を上げるひかると、呆然とするおじさん。
「私達、アクションスターの素質がありますわね」
「流石です、姉様」
燃え上がる車を背中に、いつもと変わらぬ涼しい顔の二人であった。
●それぞれの光景
市街の一角で、ウィル・アッシュフィールド(jb3048)は、懐かしそうに目を細めた。
「ここは小さい頃、よく遊んだ。……良かった、まだ残っていたか」
良く知る街だ。普通の観光客が知らない、住人の視点で路地を歩いて行く。
スピネル・クリムゾン(jb7168)は知らない街で見る、いつもと違う表情を見せるウィルにどぎまぎしていた。
「う? ……ウィルちゃんの小さい頃……ふふ。可愛かったんだろうなぁ」
躊躇いがちに、そっと繋がれる手と手。
「……不思議だ。見知った場所なのに……君といると、特別な気分になる」
ウィルがぽつりと呟き、スピネルは小首を傾げる。
「あたしは一緒ならどこだって特別だけど……でもでも……」
ウィルに向けるのは、いつもと変わらぬ笑顔。
「えへへ♪ ウィルちゃんが嬉しそうであたしも嬉しい♪」
「そうか。……海沿いにでも行ってみよう」
スピネルを見つめるウィルの目は優しい。
「まずはトロリーに乗りましょう」
夏野 雪(ja6883)が翡翠 龍斗(ja7594)を手招きする。
「下調べしてきたのですが、あちらのモールが良さそうです」
「任せるよ」
トロリーに並んで座り、ゆっくり街並みを眺めるのも立派な観光だ。
やがてモールに到着。手を繋いで歩きながら、二人はそれぞれ違う物を探す。
「これ、似合うんじゃないかな」
「これなんて如何でしょう?」
同時に指すのは、互いに相手に似合いそうな物。二人は一瞬見つめ合い、そして笑いだした。
射撃練習場では、テンガロンハットに口髭の男が出迎える。
「ようこそロスへ!」
……日本語だった。
アラン・カートライト(ja8773)は鼻歌交じりでリボルバーに銃弾を籠める。
(何でこんなに浮かれてるのやら)
フレデリック・アルバート(jb7056)が軽く肩をすくめた。
アランにとっては新婚旅行の予行演習。フレデリックにも、何とかその気になって貰いたい。
「フレディ、一つ勝負と行こうぜ」
ニヤリと笑うアラン。フレデリックには次の言葉の予想がつく。
「また罰ゲーム?」
「おう。絶対勝つからな」
(何をさせられるやら……)
適当に扱いやすそうな銃を選び、構える。真ん中に当たればラッキーというところだ。
「そうじゃねえ。もっと脇を締めろ」
アランに少しずつ修正されるが、フレデリックの分が悪い。
「俺の勝ちだ。今日は一日、俺に話すときは語尾は『にゃん』だ。きっと可愛いぜ。ほら鳴けよ、フレディ」
フレデリックは呆れたように溜息をつく。
「分かったよ、負けは素直に認める。じゃあこれ以後、君に喋らないようにするな、にゃん」
真顔で言って口をつぐむフレデリック。今度はアランが敗北を認める番だった。
「……分かった、撤回する」
その代わりの条件とばかり、指を絡めて手を繋いだ。
口髭の男がニヤリと笑って見せる。
「両手に花、実に羨ましい!」
白川は両側からリリアードとマリアにがっちり捉えられ、強張った笑いを返した。
「フォームの癖が気になってるの。直していただきたいわ」
リリアードがくすくす笑うと、マリアもノリノリで続く。
「今日はお財布役でお呼びした訳じゃなくてよ? 折角ですもの、素敵なところを見せて頂きたいわ」
「私も実弾を撃った経験はそうはないよ?」
それでも実技教官のメンツにかけて、白川は的を撃ち抜いて行く。
「ふふ、男性の真剣な横顔ってかっこいいわねぇv ね、リリィ?」
「ええそうね。的を射すくめる眼差しってセクシーで素敵」
近付いたマリアが指を滑らせ、白川の胸ポケットに何かを突っ込んだ。
「これお礼よ。良かったら使ってね?」
「……?」
その正体はキワモノお土産のセクシーボールペン。
無言で肩を震わせる白川を尻目に、華やかな笑い声が遠ざかって行った。
●この街に乾杯
やがて日は沈み、夜の帳が街を覆う。眼下に広がるのはロスの夜景。
藤花はうっとりと目を細める。
「綺麗ですね」
傍らで焔も微笑む。
「お土産もいっぱい買えたよね〜本当に楽しかったね〜」
帰ったら土産話もいっぱい。
「一緒に来られて良かったです」
「うん〜またいつか一緒に来ようね〜」
何気ない優しい言葉が、静かにかわされる。
フレデリックはスマホを取り出して夜景を切り取る。
「男二人で夜景見るのもなって感じだけど、流石と云うべきか……綺麗だな」
美しい景色をお裾分けしようと、数枚をメールで従妹に送信。が、良く見るとアランが写り込んでいた。
「これ唯の邪魔だよ」
「大丈夫だ。彼奴もきっと俺の顔が見れなくて寂しい筈だからな」
アランは通りかかった白川を呼びとめた。
「ようジュリアン、暇だよな?」
「生憎ずっと仕事中だ」
「じゃあこれも仕事だ。確り撮ってくれよ」
カメラを白川に押しつけ、アランはフレデリックの肩を抱き寄せた。
呆れたような軽い溜息をつき、無表情の侭でフレデリックは写真に収まる。
白川が去った後、アランが改めて夜景に向き直った。
「悪くないと思わないか?」
この土地の事だ。フレデリックが隣に並ぶ。
「まあ、来れて好かったよ」
それは本当だ。アランがふと真面目な表情になる。
「いつかここへ移住しようと思ってる。お前を連れて、妹を連れて」
振り向く瞳は真剣だった。
「勿論、一緒に来てくれるだろ?」
フレデリックは直ぐには答えず、視線を夜景に向ける。
「さあ。呼べば来るかもな」
ぽつりと漏れた言葉にアランは僅かに口元をほころばせ、柔らかな金髪に指を絡めた。
さっきまで歩いていた場所とは思えない程の、見事な夜景。
スピネルは思わず溜息をついた。
「すっごい綺麗なんだよ……」
控え目な外灯にほの白く照らされたスピネルは、幻想的ですらあった。
ウィルは言葉もなく、暫し見とれる。
「どうしたのウィルちゃん?」
ウィルはそのあどけない声に、心から癒される。
「……スピネル、君と来れて良かった。……とても、綺麗なものが見れたから」
そっと腕を回すと、スピネルははにかみながらも微笑んだ。
「うん♪ ウィルちゃん、幸せいっぱい、ありがとなんだよ♪」
闇の中でも、ふたり一緒ならきっと怖くない。
抱きしめる暖かさが確かにそこにあるから。
龍斗は雪を気遣いながら、光が少しでも近くで見られる場所へと歩いて行く。
「大丈夫か? 足元に気をつけて」
すぐ足元に広がるような夜景は壮観だった。
「綺麗……」
雪は光に飲み込まれそうで、思わず龍斗と組んだ腕に力を籠めた。
指には昼間一緒に選んだリングが輝く。
躊躇いながらも、龍斗が空いた方の手でそっと雪の頬に触れる。
「……いいか?」
小さく頷く雪。
「ここはアメリカですから。そういうのも郷に従え、です」
光の海を背景に、二つの影が重なる。
きっと今夜の事は、この光景と共に一生忘れないだろう。
白い指がグラスを弄ぶ。
ひとしきり笑いあい、語りあい。マリアとリリアードは、互いに魂の双子とも呼ぶ相手と心ゆくまで最後の夜を楽しむ。
「ねえリリィ、学園は本当に退屈しなくて楽しいわね」
「そうね。来年の旅行も今から楽しみヨ」
リリアードはグラスを目の高さに掲げる。
「ひとまず今年は、この街に乾杯、ネ」
涼しげな音が祝福の鈴のように響いた。
<了>