.









リプレイ一覧


リプレイ

南ドイツでビール祭り〜歌も踊りもあるんだよ!〜 タグ:【ドイツ】 MS:ユウガタノクマ



 日本から飛行機に乗って12時間。撃退士一行はついにミュンヘンの地へ足を踏み入れた。長かった旅路に疲れたことも今は忘れよう。なぜなら、

「「zwei drei g’ suffa! Prost!」」

 今はビール祭りの真っ最中なのだから!
「えー、みんなー。久遠ヶ原学生として恥ずかしくない行動を……」
 暮居 凪(ja0503)は立ち上がり、同行する面々に注意を促した。
 そんな彼女の前にウェイトレスが巨大なグラスどん!それはマースビアと呼ばれる1リットルサイズのグラス。
「……気にしなくていいのね」
 酔っ払いに細かいことは通じない。好きなだけ飲んで、食べて、歌えばいいのだ。
「では、思う存分、飲ませてもらいましょう prost!」

「「Prost!」」

「すみれちゃんProst!」
 雀原 麦子(ja1553)はマースビアを軽々と持ち上げ、高々と乾杯の声をあげた。
「Prost!」
 菊開 すみれ(ja6392)もヴルストやターキーに舌鼓を打ちながらもがつん、とジョッキの底をぶつけ合う。陽気な音色が響き渡った。
「ジュースがこんなに大きいとは思いませんでした」
 彼女はジョッキを持ち上げ、大量のジュースを口に流し込む。麦子は感心するように歓声をあげた。周囲で飲んでいるドイツ人たちも、まるで昔からの知り合いのように彼女へ賛辞を贈っている。
 この一体感。これこそ、ビールをこよなく愛する者達の祭りであった。
「よく飲んだー、あはは!」
 そう言う麦子は殊更に上機嫌である。
 そんな彼女たちは今、ドイツの民族衣装であるディアンドルに身を包んでいる。
「ビールよ!ビールを持てぇい!」
 エルナ ヴァーレ(ja8327)はじゃんじゃかとマースビアのグラスを飲み干していった。
「肴?肴は炙ったイカでいい〜」
「エルナさん、イカはありませんよ。ヴルストをどうぞ」
 カタリナ(ja5119)は皿に盛ったヴルストをエルナの前に置いた。
「ねえ暮居さん、余興に占いなんてどう?」
「え?」
 エルナは凪の答えも聞かずにぐびぐびー、とマースビアを飲み干すとグラスの底を覗き込んだ。
「なるほどなるほど……あなたのラッキーアイテムは……ビールよ!!」
 ちょうど凪の手にはマースビアが。そしてエルナは「飲め飲め」と言わんばかりにジェスチャーを繰り返している。
「まあ、元々飲むつもりではあったけど」
 ぐぃっ、と彼女はビールを飲み干した。周りから盛大な拍手が送られる。陽気なドイツ人たちは彼女達に負けじと次々とグラスを空にしていった。
「え、もう飲めない?よいではないか〜よいではないか〜ってやつよ!!」
 だが忘れてはいけない。彼女たちは撃退士である。一般人が真似したらマジやばい。
「あらあら、みんな明日が怖いですよ」
 カタリナはビールジョッキを抱えながらそんな光景を眺めるのだった。
 そんな彼女に声がかかる。ビールジョッキを運べ、という指示であった。
「はーい、ただいま」
 そうして彼女は甲斐甲斐しく動き回る。
「……おかしいですね、みんなで飲みに来たはずがなぜこんなことに」
 言いつつも大量のマースビアを抱えながらテーブルを行き来する。その姿はまさしく酒場のお姉さんといった感じである。
「この機会、逃してはならないもの」
 凪は次のテントへ向かった。目指すは6つのブルワリーが提供するテントの全制覇。
 その道中、ジュースを買いに出たすみれと出会った。
「ここ見た記憶ない……」
 すみれは迷子のようである。ディアンドルのせいでウェイトレスと間違われてたりしていた。
「菊間さん?あまりあっちこっち行っちゃだめよ」
「ふぇ〜」
 すみれは泣きながら凪に抱きつくのだった。
「さあテントにもど……皆、どこかしら?」
 そんな2人をカタリナは見つけた。
「あ、お2人ともこんなところに!よしよし、みんなあっちにいますよ」
 そんなこんなでビール祭りが続いていく。テントの真ん中にあるステージでは「Ein Prosit」(乾杯の歌)が歌われていた。
「アインプロージット♪アインプロージット♪デア ゲミュートリッヒ カイト♪」
 興に乗った麦子はディアンドルを着たままステージで歌っていた。緑色のスーツを着たナイスミドルと肩を組み、上機嫌にダンスまで踊っている。その時、あろうことか彼女はその男性の禿げた頭をペちぺちと叩いた。
 場合によっては失礼な行為。だが、男性は「HAHA!」とドイツ語で大いに笑うのだった。まさに無礼講。
「オアンス!ツヴォア!ドライ!ズッファ、プローーーーーゥスト!!!」
 凄まじい声量が轟いた。その豊満な体格を活かし、ミセスダイナマイトボディー(jb1529)は見事な乾杯をあげた。
「飲んでっかいイスル?」
「ええ、飲んでますよ」
 イスル イェーガー(jb1632)はマースビアの大きさに苦戦しつつ、少しずつビールを飲んでいた。
 彼らの前にはザワークラフトやムール貝などの料理が置かれている。それらをミセスは次々と平らげる。
「ブヒュー、去年は、飛行機に乗るのも楽やったのにな」
「ああ、そんなこともありましたね」
 ミセスは山と盛られたジャーマンポテトにフォークを付き刺す。左手にはマースビア。
 故郷の食べ物と飲み物に感謝を込め立ち上がった。
「さ、もういっちょ歌うでイスル!今度はあんたも歌うんよ」
「え?いや、僕はいいですよ」
「なぁに言っとんねん」
 それでもミセスはイスルの腕を掴んで引き上げた。
「この場におるみんなが歌って飲むから、このお祭りは楽しいんやで。ほらしゃきっとしぃ!」
「わかりましたよ」
 そうして彼は立ち上がった。隣でビール片手に歌う彼女を満足げに眺めつつ、彼は高々と「Ein Prosit」を歌い上げるのだった。
 
 
 ステージはテントの中央に位置している。そこには大いに騒ぎたい人々でごった返していた。
「紳士淑女諸君。日本じゃお酒は二十歳から。飲めない僕は自分に酔おう」
 ヒンメル・ヤディスロウ(ja1041)の言葉で周囲は笑いに包まれる。喋ってるのはドイツ語ではなく英語だがちゃんと通じているようだ。
「そして諸君も酔わせて見せよう!地球の裏側からこんにちは。アイドル撃退士のご登場!ヴィーヴィル、ナタリアの歌と踊りをお楽しみあれ!」
「さあ、歌っちゃいますよー♪」
 靴を脱ぎ、酔っぱらった様子でヴィーヴィル V アイゼンブルク(ja1097)はステージに上がった。
 別に彼女は酔っぱらっているわけではない。酔ったふりだ。そもそもビールを飲める年齢ではない。
 だが、そんなことを気にするドイツ人は誰もいない。みんなで楽しく酒が飲めればそれでいいのだ。
「酔っぱらっちゃって、ちょっといい気分……うふふ、どっちが上で、どっちが下かしら……?」
「ほらヴィル、しっかりして」
 あざといいくらい可愛く振る舞おうとするヴィーヴィルの背をナタリア・シルフィード(ja8997)は支えた。
「もう、いくら“フリ”だからって、そんなにふらふらでちゃんと歌えるの?」
「にゅふふー、だいじょうぶですよナタリア様?こう見えて私、実は成人してますからー」
「え、ヴィルってたしかまだ中等部……」
「はい、ハタチ以上の少女です♪」
「はいはい」
 こういう冗談が言えるうちは大丈夫だろう。そう彼女は思うことにした。
「2人とも準備はいいかな?」
 ステージの陰でヒンメルはチェロを構える。そして演奏が開始された。
 演目は『アンネン・ポルカ』。酔っ払いの歌と呼ばれるクラシックである。
「先に行ってるねヴィル」
 ナタリアはステージの中央へ。清楚さと気品あふれる踊りは周りの聴衆を瞬く間に虜にしていった。
 ヴィーヴィルも自慢の歌声で歌い上げる。可愛らしい歌い手に酔っ払い達は一斉に歓声を上げた。
「Prost!いい夜ね」
 酔っ払いの歌を肴にユグ=ルーインズ(jb4265)は1人でちびちびとビールを飲んでいるゴンザレス 斉藤(jb5017)の肩を叩いた。
「はぁいゴンちゃん、Prost!」
「ん……ユグか。Prost」
「どうゴンちゃん、楽しんでるかしら?」
「ああ」
 ゴンザレスは満足そうに頷いた。そして急にその口を開く。
「知ってるかユグ。ドイツのビールは、『大麦』と『ホップ』と『水』しか原料に使っていない。1516年のビール純粋令をいまだ準拠してるんだ。この作る物に対しての気真面さは日本人に似ているところがある。実に興味深いな」
 ユグはなんとなく、彼の周りに人がいない理由を悟った。
 とにかく飲むことが主目的となるこのビール祭り、ひたすら長い薀蓄を聞かされると酔いが醒めてしまう。
(……酔ってるのねぇ)
 彼の講釈をユグは軽く聞き流すことにした。
「聞いてるのかユグ?」
「もちろん聞いてるわよ」
「そうか」
 彼は満足そうに袋を取り出した。中からアツアツのメンチカツが。
「メンチカツにビール、意外にあうんだよな……」
「どこから持ってきたのよそのメンチカツ」
 ユグは素早く反応した。
「アタシにも一つちょーだい?」
「まあ……いいけど」
 いまだステージではヴィーヴィルの可愛らしい歌声とヒンメルのチェロ、そしてナタリアの踊りが続いている。酔っ払いたちは喝采を上げた。それを肴に2人は肩を寄せ、メンチカツを分け合うのであった。



 ビール祭りでビールを売っているのは何も一ヵ所だけではない。ブルワリーが提供するテントはいくつも存在しているのだ。別のテントの様子を見てみよう。
「……おら、場所は決めておいたぞ。喰う物持ってさっさと来い」
 スケアクロウ(jb2547)はビール満載のマースビアを振り上げそう言った。
 【ガレージ】の面々に先駆けて席を確保していた彼の目の前は、山と積まれた肉料理に埋もれている。
「おお、すごいねスケアクロウさん。これ全部食べるの?」
 桝本 侑吾(ja8758)が彼の隣に座る。そういう彼も、両手に抱えて運ぶ料理とビールは一般人から見ればかなりの量だ。
「おうよ。今日はここのテント潰す気で食うからな」
「じゃあ僕もお付き合いさせてもらうかな」
 その言葉通り侑吾は持ってきたヴルストに勢いよく齧りついた。ビールと一緒に口へ流し込む。
「ヴルストもムール貝もマジうまい。これがまたビールと合うというのが流石だ」
「へ、上等だ!」
 2人はテーブルに置いた料理とビールを片っ端から貪るのであった。
「ほほー、あわあわ綺麗っすねー」
 そんな2人の横で強欲 萌音(jb3493)は目を光らせて琥珀色に輝く神秘の液体を眺めていた。彼女にとっては山盛りの料理よりもこちらの方に感心があるらしい。
「あたい、あっちじゃ全然飲んだことないんすよね……お酒は飲むものじゃなくて見るものっすから」
 無邪気に眺めるその姿に侑吾はふふ、と微笑むのであった。
「お待たせみんな」
 そこへやってくるシエロ=ヴェルガ(jb2679)。彼女はディアンドルに身を包んでいた。
「少し胸が苦しいわね。少し紐、緩めた方が良いかしら」
「おうシエロ。やっぱ似合うじゃねぇか」
 スケアクロウがビール片手に彼女を囃し立てる。
「どうせならそのまま酌してくれ。美人のねーちゃんいてくれりゃぁ百倍美味い」
「馬鹿言わないの。私だって食べるんだからね」
「お酌はあたいがするっすよ」
 素早く強欲がスケアクロウのグラスにピッチャーからビールを注いだ。
「ささ、シエロ様もどうぞっす!」
 シエロは「あらあら」と苦笑しつつもグラスを傾けるのであった。
「ありがとう強欲。あなたも一杯どう?」
「いえいえ、あたいは見てるだけで充分っすから!」
 素直に受け取れないのは下っ端の性というべきか。
「やっぱり寒冷な気候だけあって、ワインも美味しいわ」
「おまたせしましたー。いやー人がいっぱいいて大変だったよ」
「すまん、遅れた」
 そんな彼女達の元へクリフ・ロジャーズ(jb2560)とアダム(jb2614)がやってくる。彼らの手には大盛りの料理とビール。
「皆、本当にテント潰す気?程々にしないと他のお客が飲めなくなるわよ?」
 シエロは呆れながら眺めるのだった。
「こういうのってワクって言うんだったっけ……?」
「ふむ……いっぱいのむんだぞ!きっとこの祭りいちばんになれるんだぞ!」
「お2人もお酒をどうぞっすー」
 颯爽とクリフとアダムにピッチャーを持ってくる強欲。
「む、すまぬな強欲」
「いえいえ、なんのそのっす」
 酒を注ごうとする彼女にアダムはグラスを差し出す。が、それをクリフは「駄目だよー」と阻止した。
「アダムはまだ未成年じゃない。お酒は早いんだよー」
「安心しろ……おれは401才だ!」
「そう言ってさっきお店の人に『Netter Witz(Nice Joke)!』って笑われたのは誰だっけー?」
「う……あ、あれはだな……!」
「なになに、アダム君ビール買えなかったの?」
 侑吾がビール片手に絡んできた。さすがに気分が高揚しているのか、笑い方が周りの酔っ払い達と大差がない。
「アダム君まだ高等部だもんね。あ、いちごみるく売ってないか探してこようか?」
「ば、馬鹿にするな!」
「あ」
 アダムは強欲の手からピッチャーを奪うと、勢いよく飲み干した。
 数分後。
「くりふ〜くりふ〜」
 アダムはすっかり出来上がっていた。
「くりふ〜ほっぺにヴルストなんだぞ!」
「アダム、酔ってるの?あははは、ヴルストがほっぺにって無理があるでしょー」
 アダムがクリフのほっぺたをペロペロと舐めている。そんな2人の光景を見ながら強欲は首を傾げる。
「これ……ノンアルコールなんすけどねぇ……」
 酔おうと思えばたとえ酒じゃなくても酔えるのだ。
「クリフにアダム……バカップルみたいよ」
 シエルが困ったように笑みを浮かべている。そんな彼女は強欲に空のグラスを持たせ、酒を満たす。
「はい強欲もどうぞ」
「え!?」
「私達ばかり楽しんでちゃ悪いもの。ここには上も下もないんだから、強欲も楽しんでちょうだい」
「う……」
 感極まり、強欲の目に涙が浮かんだ。
「あ、ありがとうっすシエル様……では不肖強欲萌音!一杯行かせていただくっす!Prost!」
「「Prost!」」
 彼女の掛け声に遠巻きに見ていた酒飲みたちも乾杯の声をあげた。
 数分後。
「スケアクロウ様……あたいのヒック…おしゃけのめなーいんっすか」
 強欲はすっかり出来上がっていた。
「てめ、さっきまでの謙虚さはどこ行きやがった」
「う」
「うわわ、お水、お水飲んで」
 スケアクロウに小突かれた拍子に真っ青になる強欲。そしてそれを介抱するクリフ。皆が皆、それぞれに酒を楽しんでいた。


「Ein Prosit♪ Ein Prosit♪ Der GemUtlichkeit♪」
 ステージ上では流暢なドイツ語で「Ein Prosit」が歌われていた。
「音楽の一人旅!いろんな音楽好きとも友人になれれば一石二鳥だね!Prost!」
 マースビアを掲げる春日 遙(jb8917)の掛け声に合わせ、周囲の酔っ払い達もビールを飲み干した。
「みゅ、お疲れ様ー」
 ステージを下がる遙にユリア・スズノミヤ(ja9826)がハイタッチ。
「すごいねー。ドイツ語話せるんだ」
「今日の為に必死に勉強してきたんだよ。僕は音楽を全力で楽しみたいからね、音楽を求めて三千里さ♪」
 ユリアは興味深げに頷くのだった。
「みゅ、私も踊りなら得意なんだよ。皆をハッピーにさせてあげるね♪」
「おーいユリア」
 舞台の下から声がかかる。それは恋人である飛鷹 蓮(jb3429)と、メイド服を着た一川 夏海(jb6806)であった。
「もう出番じゃないのか?司会者が呼んでるぞー」
「はーい♪今行くー……みゅ、そうだ」
 とことこ、とユリアは蓮の元へ駆けて行った。そして胸の前で手を合わせ、上目づかいでお願いのポーズ。
「ねぇ、蓮。得意のヴァイオリン弾いてくれない?お願ーい」
「大勢の前ではあまり弾かないのだが……折角の旅行だしな。披露させてもらおう」
 蓮は楽器ケースを持ち上げた。実に用意が良い。
 そうして3人は舞台に登る。演目はダンス。
 蓮の演奏に合わせ、ユリアは服を翻して優雅なベリーダンスを披露する。
 一方の夏海はメイド服のスカートをはためかせフラメンコを踊るのだった。
「ハァッ!折角馬鹿げた格好してるんだ。楽しまないと損だぜェ!」
 Prost!の掛け声共にマースビアに入ったビールを一気に飲み干す。
「オーレ!」
 テントを盛大な歓声が包み込んだ。
「わー、なんだかあっちがすごい賑やかだね」
 人ごみをかきわけながらクリス・クリス(ja2083)はステージの方を指さした。
「すごい楽しそう。あっち行ってみよーよミハイルさん」
「そうだな」
 ミハイル・エッカート(jb0544)は彼女が指差す向こうへ足を向ける。
「ほらほら、前を見て歩かないぞ危ないぞ」
 そんな2人の様子はまさに父と娘。屋台では間違いなくそういう目で見られていた。
(せめて兄妹に見てくれないかねぇ)
「へー、フラメンコとベリーダンスまであるのかー」
 クリスは手拍子を送った。そんな微笑ましい様をゆっくりと見守りながらミハイルは近くのウェイトレスを呼び寄せる。
「ほれクリス、何食べるよ?」
「ドイツに来たらソーセージとキャベツの酢漬けだよね。おねーさん、四人前下さい」
「エルディンガーの黒ビールあるか?」
 しばらくして皿に盛られた料理とビールが運ばれてきた。
「ダンケ〜。わぁ、おいしそうー」
「さすがにビールに合うツマミが多いな」
「はい、ミハイルさんProst!」
 クリスはジュースの入ったグラスを差し出した。
「あいよ、乾杯」
 かつん。
「ふふ、こうして乾杯をあげるとー、なんだか大人になった気分〜」
「二十歳になったら誕生日祝いで酒奢ってやるぞ」
 舞台上ではヴァイオリンの音色が激しくなる。
 クリスは目を輝かせてステージへ向かった。
「ミハイルさん、一緒に行こうー……遠慮するのぉ?じゃ一人で行くー」
 突然の闖入者にも拘わらず周囲は盛り上がりを見せていた。
「お、なんだ嬢ちゃん一緒に踊るか?」」
 それを見つけた夏海は彼女を抱き止め、フラメンコに誘った。
「うし、じゃあ景気点けにもう一回、オアンス、ツヴォア、ドライ!!」
「ズッファ、Prost!」

「「Prost!!」」

「どうだったー春日ちゃん?」
 演目が終わり、ステージ下で料理を食べていた遙と3人が合流する。
「最高だよ。すっかり見惚れちゃった」
 遥は満足げに答えるのだった。
「みゅ、それはよかったよー♪。踊ったら喉乾いちゃったなー……あ、蓮それちょうだい」
「え?」
 蓮の言葉を待たず、彼女は蓮の持っていたグラスを手に取った。そして一息に飲み干す。
「にゃー」
 彼女の頬が、うっすらと赤く染まっていた。
「うにゃー、ドイツって素敵だにゃー。ビールもお料理も聞いた通り美味しいにゃー」
「ああ、ビールも料理も美味いな……ユリア、飲みすぎるなよ?」
「にゃー?」
「……まあ、二人の時なら構わないが」
 困ったように蓮はマースビアに口を付けるのだった。
「ご飯美味しいにゃー。幸せだにゃー。みゅあ、蓮ー、お口あーんしてにゃ♪」
「おいおい、口が汚れているぞ」
 そう言うと蓮は布巾でユリアの口元を拭う。そしてなぜか差し出された料理を彼女の口に差し込む。
「んむんむ、美味しいにゃー」
「全く……子供だな。そこが可愛いところでもあるが」
「お」
 夏海は通りがかるウェイトレスを見つけ席を立った。
「ヘイ。ダンスも良かったが、俺も中々イケてただろ?どれ、出会った記念に接吻でもしてくれよ」
 さすが酔っ払いの多いビール祭りで働くウェイトレスである。気軽に夏海の求めに応じ頬に熱いキスを降らせた。メイドがウェイトレスを口説く様に赤ら顔で囃し立てる者、大きな拍手を送る者、声援を送る者と様々である。
「ハッハー!最高だぜェあんた!」
 夏海はウェイトレスを抱き上げた。一際大きな歓声があがる。やはりビール祭りは陽気な人々が集まるらしい。



 時間と共にビール祭りの盛り上がりも最高潮に達する。そんな中、屋台を巡る者がひとり。
「えっと、これ、おすすめってことー?」
 フェイン・ティアラ(jb3994)は折角ドイツに来たので、屋台の料理のレシピを取ろうとしていた。だが現地の人が何を言ってるかはよくわからない。
 ならば勢いで勝負、とばかりにフェインはジェスチャーを繰り出した。その結果がこのヴルストである。
「あ、これおいしいねー!うん、教えてくれてありがとうー!」
 彼の満面の笑みに屋台の主人もウィンクで答えてくれた。テントでは旅先で出会った2人の隣に座る。
「おかえりー!どうだった?」
 笠間雪那(jb8372)はザワークラフトを摘まみながら彼に聞いた。
「なんとか通じたよ。ジェスチャーが効いたみたい」
「そうなんだー。私もねー、えへへー」
「わぁ、よかったねー雪那」
 言って彼女はビールを自慢げに差し出す。幼い外見から断られるかも、とは思ったがさすがに大学生ということなら文句もあるまい。
「まさか、ドイツに来れるとは思わなかったですね〜。せっかくなので味比べです」
 そしてまたザワークラフトをぱくり。程よい酸味がビールの苦みと合わさり、彼女の舌をさらなる味の深みへ誘う
「う〜ん!やっぱり本場は違うわね〜、ビールが進みます☆」
「じゃあボクはビールは飲めないからジュースで……結唯も一緒にー」
「ああ」
 隣で黙々と料理を食べ続けていた谷崎結唯(jb5786)も、山と積まれた料理の中からマースビアを取り出した。
「「Prost!」」
「……Prost」
 かちん。
 結唯の意識は音色に乗ってドイツ中を駆け回る。
 ノイシュヴァンシュタイン城。ケルン大聖堂。ムゼウムスインゼル。いずれもドイツを代表する観光地だ。
「ベルリンの壁の跡地は……ないだろうか」
 目を閉じ、ベルリンの様子に想いを馳せる。どうせなら実際に観光してみたかった。
「ベルリンかー。でも、そこまで行ってたら確実に帰りの飛行機に間に合わないよねー」
 大きなジュースのグラスを傾けつつフェインは笑う。結唯はうむ、と残念そうに頷いた。
「……機会があれば個人的にでも行ってみるか」
「ドイツ1周旅行だね。浪漫だなー」
 雪那もビール片手に笑いあった。
 そこには天使も悪魔も、人間さえも関係ない。

「それでは……乾杯!」
 
 「「乾杯!」」

 鳳 静矢(ja3856)が音頭を取り、【大宴会】が座するテーブルは火を点けたかのように騒がしくなった。
「はーい皆さん。いまお料理配るのですよぅ」
 鳳 蒼姫(ja3762)は忙しくテーブルを駆けまわりご飯を分けてた。
「僕も手伝うよ姉さん」
 藤沢 龍(ja5185)は蒼姫の手伝いをしつつ笑みを浮かべる。
「修学旅行を兄さんや姉さんと来れて嬉しいな」
「ふふ、アキも嬉しいですよぅ。みんなあとどれぐらい飲むんですかねぇ?」
「さあ。何しろみんな底なしだから」
 龍はテーブル見渡した。積んでいた料理は山とあるもののじきに足りなくなるだろう。
 蒼姫はウェイトレスを呼び止める。
「このヘンドゥルと……りぅくんも何か頼むですかぁ?」
「うん。あ、この料理、自分でも作ってみたいな」
「レシピ教えてくれるんじゃないですかねぃ?」
「どうせなら食べつつ味を盗んでみるよ。ところで姉さん」
 そう言って龍はジュースの入ったグラスを差し出す。
「姉さんも動き回ってないで、好きなの食べていいんですよ??はい、Prost」
「Prost♪」
 かちん。
「ありがとりぅちゃん。でも、酔っちゃった人がいたら介抱してあげないといけないからねぃ」
「それなら僕がやりますから。ほら、このプレッツェルなんて美味しそうですよ」
「んー……ありがとねぃりぅちゃん。よくできた弟で、おねーちゃん嬉しいよぅ」
 蒼姫は笑顔でそう答えるのだった。
「皆陽気に楽しくて良いな、うむ……」
 静矢は満足そうに【大宴会】の様子を眺めていた。
「おーい静矢はん」
 そこへ気さくな様子でゼロ=シュバイツァー(jb7501)が近づいてくる。
 ――どこから持ってきたのか大樽を担いで。
「日頃のお礼です飲んで下さい」
 そんな彼に酔っ払い達は一斉に喝采を送った。
 テーブルが盛り上がるならステージも盛り上がる。
「みなさんこんにちは!私達は日本から来たアイドルです!」
 忍者衣装を身に纏った指宿 瑠璃(jb5401)は流暢なドイツ語で語りかけた。客達は「NINJA!」「NINJA!」の大コールである。
 その隣にいる川澄文歌(jb7507)も巫女服からか非常に人気が高い。
「わー、すごい熱気だね。みんな酔っ払いとはいえ、なんかライブコンサートみたい」
「いよいよ世界進出!……なんちゃって」
 瑠璃はおどけるように言った。文歌も微笑みを返す。
 バンドの演奏が始まった。それと同時に彼女たちは身を翻し煙幕をあげる。一瞬の目隠し、そして晴れるとテントは喝采に包まれた。
 瑠璃と文歌の来ていた衣装が変わっていた。お揃いの学生服風アイドル衣装を着て2人はダンスを交わす。
「日本式のアイドルと言うものを見せてあげるよ!」
 観客は2人に大きく拍手を送った。
「おー、2人ともすごいのです!」
 ナデシコ・サンフラワー(jb6033)はカメラ片手にステージの脇から拍手を送る。そしてすばやく鼻を摘まんだ。
「ビールの香り嫌ぁ……苦手……」
 できるだけビールを飲む場所から離れようとしたナデシコ。だが、ステージはテント内に存在している。つまり、彼女は飲む場所のど真ん中にこれから立とうとしているのだ。
「き、緊張するけど……頑張って歌います!」
 匂いは気合いで我慢!そして彼女はステージへと躍り出た。
「ナデシコはん、がんばれやー!」
 遠くからゼロが酒を飲みながら声援を送っている。匂いを紛らわすように、彼女はポケットからカメラを取り出しゼロをぱちり。
「歌は……ドイツ語で頑張ってみるです!」
 バンドが楽器を始める。曲は「野ばら」。
 彼女の歌声にテントは穏やかな空気に包まれるのだった。
「ビールの香り苦手なのです……」
 先のナデシコと同様に鼻を摘まむ舞鶴 鞠萌(jb5724)。そんな彼女をマオカッツェ・チャペマヤー(jb6675)は心配そうに見つめていた。
「む……こ、この程度何ともないのです……」
 今日の旅行を彼女はとても楽しみにしていた。こんなビールの匂いで挫けるわけにはいかない。
 マオカッツェの目に抗うように彼女は立ち上がった。
「にゃぁ……行くのです!」
 ステージに立つ。ビールの匂い?忘れることにしよう。
「ドイツの皆さんGuten Tag!猫姉妹なのです!」
 可愛らしい2人組に拍手が送られる。そして司会者は彼女にジュースのグラスを渡した。
「にゃう♪楽しい時間を頑張るのです!Prost!」
 乾杯の声高く、人々の酔未だ醒めじ。
「へいへいへーい」
 こんがり焼けた北京ダックがケツ振って歩いてきた。
 いや、ロストダックの着ぐるみを着た香奈沢 風禰(jb2286)であった。
「南極夢見てドイツにインしたロストふぃーダックなの!」
 色々と設定があるようだ。その隣には緑カマキリの着ぐるみに身を包んだ私市 琥珀(jb5268)が。
「きさカマ、ドイツに立つ!」
 これにはドイツ人も大喜びである。2人を囲んで一斉に「Ein Prosit」を歌うさまは何かの儀式のよう。
「一緒に踊ろう、ふぃーダック!」
「踊るのー!」
 ダックとカマキリが肩を組んで踊っている。そして互いにジュースで「Prost!」
「あの2人は日本の何がアピールしたいのか解らないのである」
 そんな2人を眺めつつ高河 水晶(jb5270)はビールを楽しんでいた。
「んー、いいんじゃないかなー」
 大好きな酒をぐいぐい飲みながら瀬戸 入亜(jb8232)は応える。
「盛り上がればそれでいいんだよ」
「そのようなものであるか」
 くぴり、と水晶はまたグラスを傾けた。
「うん。あ、このビールおいしい」
 グラスをテーブルに置く。彼女の前にはマースビアのグラスがたくさん置かれていた。
「味比べなんてこういう機会じゃないとそうそうできないからね。あ、Prost」
 グラスの山を見て周りの酔っ払い達は彼女を相当の酒好きと認識したらしい。次々と声を掛けては「Prost」と乾杯をあげてゆく。
「……まぁ、それもいいね、うん。Prost」
 入亜の前にまた空のグラスができあがった。
「……でけージョッキだなおい」
 マースビアのグラスを両手に持ち上げて坂本 桂馬(jb6907)は呟く。
「しかもぬるい。氷ねーのか氷。ところで真さん、ペース速すぎじゃありませんこと?」
「Prost!」
 桂馬の言葉も聞かずに川知 真(jb5501)はビールを一気に流し込んだ。
「ぷはっ、やっぱり本場は違うね。ケイ、せっかく来たんだから飲みなよ」
「え、俺?いやいーよ」
「遠慮しないの」
「ちょ、ちょ、マジでいいって、そーいうのアルハラっつーんだぞ、酔う酔わない以前に胃の許容量的に無理だから、おいバカだからやめろって……アッー!」
 桂馬、撃沈。
「ふふ、だらしないわね」
 そう言いつつ真は相変わらずビールをかっぱかっぱと干していく。その様子は周囲の酔っ払いが感嘆するほどであった。
 そして真は屋台で地酒を購入。桂馬に肩を貸し、引きずるようにホテルへと向かう。
 この後2人は夜通し無茶苦茶飲み明かした。

 夜も更け、ビール祭りからそれぞれのベットへ帰る人が多くなってきた。演奏が遠くに霞む。
「お義姉様!Prostですわ!」
 屋台に向かう道すがら支倉 英蓮(jb7524)は蒼姫にハグをした。
 彼女もハグを仕返す。それを樹月 夜(jb4609)は酔っ払いがちょっかいを出さないように見守っていた。
「夜くん」
 そんな彼へ蒼姫が一言。
「うちのえーちゃんを宜しくねぃ?」
「ええ」
 夜は自信を持って答えるのだった。
「夜君」
 ふと、英蓮は夜にハグをする。それと同時に彼の首へハートマークのレーベクーヘンを掛けた。描いてある文字は「Darling」。
 それと同時に夜も英蓮の首にレーベクーヘンを掛けた。文字は「Alles Liebe」。
「一応、ね」
 夜は微笑みながら言った。
「まさか、相手が支倉君とはね」
 それをみて水晶は笑いかけた。
「驚いたである。まぁ、頑張りたまえ」
 そして彼はそのまま鳳夫婦の元へ向かう。
「これから屋台に行くのだろう?今回は宜しくであるよ」
「ああ」
 静矢は答えた。
「ふむ、これは良いものであるな」
 屋台には様々なものが売ってある。食べ物だけでなく、お土産の雑貨等が所狭しと並んでいた。
「これなどよさそうだな」
 美術品のように展示された中から、彼は自分の気に入ったものを選び取る。それは瀟洒なティーカップ。彼にお似合いの一品であった。
「荷物なら自分持ちますよ??」
 龍は夫婦に言った。
「2人はのんびりと買い物を楽しんでください」
「すまないな龍君。それにしても」
 静矢は遠くに見えるドイツの街並みに目を向けた。
「こうした外国の街の風景も良いものだな……」
 木々を挟んだ向こう側では日本とは全く異なる生活様式が繰り広げられている。異国の空気に想いを巡らす。ビールに火照った体に風が心地よかった。
「最近は家族に埋もれてるねぇ」
 その隣を蒼姫がそっと寄り添う。ぎゅ、と手を握った。暖かかった。
「楽しかったか?」
「うん、とっても」
 それだけを答えると、他人に見られる前に彼女はさっと英蓮の元へ向かうのだった。
「えーちゃん。お土産何がいいかな?」
「これなんかどうでしょうか?」
 彼女はテディベアのキーホルダーを揺らす。可愛らしいお土産に2人は満足げである。
 買い物を終えた英蓮は夜と2人でベンチに座っていた。持参のマタタビ漬物で酔った彼女はヴルストの端を咥え、夜の顔を見つめた。
「仕方ないな」
 彼は苦笑しつつあーん、ともう一端を咥える。
「ずっと一緒……ですよ?」
「ん、ずっと、ね 」
 そしてキス。その後、酔った英蓮をお姫様抱っこでホテルに連れ帰る夜を何人もの通行人が目撃したという。
「色々珍しいものがあるね!」
 アヒルの被り物(ふぃーダック)とカマキリ(きさカマ)の格好のまま琥珀は物珍しげに屋台を見ていた。
「私市さん、うまそなキーホルダーなの!」
 そんな中、風禰はレーベクーヘンのキーホルダーを見つける。クッキーの形をしたキーホルダーに彼女の目は釘点けであった。
「これ良いね、一緒に買おう?」
 ドイツに来た記念として琥珀と風禰の仲良しコンビはお揃いのキーホルダーを買うのであった。
「楽しめましたか?俺のお姫様♪」
 文歌をお姫様だっこで抱えたままゼロは甘い言葉を囁いた。
 互いに屋台を食べ歩いた。文歌はゼロにお酌したり、お土産を買ったりした。彼も彼で、闇の翼を広げて遙か高みからミュンヘンの夜景をプレゼントした。
 今は地上に降りている。直上には凛然と輝く月。木々を挟んだ向こう側、ビール祭りの喧騒が、遠い異次元にあるかのようである。
 ゼロはレーベクーヘンから伸びる紐を彼女の首にそっ、と通した。かける言葉は「I like You」。
「来年も一緒に行こうね,ゼロくん☆」
 彼女もゼロの肩にレーベクーヘンを掛けた。同時に頬へキスを一つ。
 顔を離すと同時に風が薙いだ。文歌の表情を月明かりの下に晒す。紫色をした瞳は儚くも潤んでいるように見えた。
「もちろんや」
 翻る髪を撫で上げゼロもキスを返す。月と、無数の星だけがそれを眺めていた。



 夜が明けた。ビールに呑まれたどんちゃん騒ぎを振り返りつつ撃退士一行は空港に到着。あとは帰りの飛行機に乗るだけだ。
「さすがドイツ。色々あるわね」
 その間、真は売店で地酒を見て回っていた。
「いやまだ飲むのかよ酒。もういいだろ酒」
 流石撃退士、昨日の二日酔いは感じられない。桂馬は呆れながら彼女を眺めていた。
「これからは真ではなく、酒神マッコスと呼ぶことにしよう」
「あら、そんなこと言うなら今夜も酒盛りしよっか?昨夜はお楽しみだったもんね」
「……勘弁してください。というか、誤解されるようなこと言うんじゃねえ」
 それぞれの思い出を胸に翼は日本へと飛び立つ。
 ちなみに昨日の1日だけで、ビール祭りにおけるビーる過去消費量の最高値を達成したらしい。恐るべし撃退士達の胃袋。
 さようならドイツ、Prost!









推奨環境:Internet Explorer7, FireFox3.6以上のブラウザ