●四国・愛媛県某市
日本全国の農耕地域で広く行われる「お田植え祭り」。開催時期は初春、もしくは田植えが終わった6月頃と地域により異なるが、この町ではその年の豊作を祈願するため毎年3月に行われるという。
ようやく春めいた柔らかな日差しが降り注ぐ田園地帯。まだ稲を植える前の空いた田んぼの周囲に大勢の人々が集まり、わいわいと賑わっていた。
形としては地元農家の有志による「田植えを模したパフォーマンス」から始まるが、途中から互いに田の泥をなすりつけ始め、挙げ句の果ては見物客まで巻き込む派手な泥合戦に発展――すなわち「どろんこ祭り」として知られる所以である。
今年も地元の子供から観光客まで混じって勇ましい泥合戦が各所で繰り広げられているが、そんな会場のほぼ中央、小さなサッカー場ほどの広さを持つ田んぼの周囲にギャラリーが集まり一際熱気が高まっていた。
間もなく祭りの特別ゲストとして招かれた久遠ヶ原学園修学旅行ご一行によって競われる「どろんこ騎馬戦」が開催されるのだ。
学校の運動会などでおなじみの競技であるが、今回の舞台は田んぼのど真ん中。しかも超人的な体力を備えた撃退士同士による試合がいかなる戦いとなるのか興味津々の観衆が見守る中、4人1組で騎馬を組み、東西両軍に分かれた生徒達があぜ道を通り威風堂々と入場していく。
●激突! どろんこ騎馬戦
「たまにはこういうのも良いですね!」
騎手として身体を揺らしつつ、神凪 景(ja0078)はすぐ真下で騎馬を組む1人にして年明けに入籍したばかりの新夫・神凪 宗(ja0435)に元気よく声をかけた。
2人の所属は東軍。ちょうど新婚ほやほやのところで参加した修学旅行とあり、早くもハイテンションである。
鬼道忍軍の生徒2人と共に馬を組んだ宗は新妻の声に顔を上げた。
「ああ。試合といってもエキビションマッチみたいなものだし、気楽にいこう」
といいつつ、すぐ間近で見る景の水着姿に思わずドキリ。
「濡れたり汚れたりしても構わない服装」ということで、宗自身は紺・黒のチェック柄トランクス水着、景の方は花柄ビキニ&パレオという出で立ち。
後者は旅行前に宗が贈ったもの。彼女が「古いのは胸が窮屈で‥‥」というからデパートに同行し見繕ったのだ。
とはいえ実際に身につけた姿を目にすると、我が妻ながら実に何ともみずみずしい。しかも「真下から」という日常ではめったにない角度である。馬役の動きに合わせてビキニの胸がゆさゆさ揺れるところなど、つい視線が釘突けに――。
(と、いかんいかん。競技に集中しないとな)
すぐ後ろでは、
「修学旅行です! お祭りです!! 騎馬戦です!!」
同じく東軍の騎馬に乗った神雷(jb6374)がエキサイトしている。
はぐれ悪魔の彼女にとっては人間の旅行、お祭り、騎馬戦と全てが目新しいのだ。
人間でいえばスレンダーな女子中学生くらいの体型に水着姿。普段かけている眼鏡は割れるといけないので依頼戦闘時に使う狐面を被っている。
一方西軍陣営では、試合を前に天原 茜(ja8609)が同チームの六道 鈴音(ja4192)と作戦を練っていた。
「参加するからには勝ちにいくよね? 鈴音ちゃん!」
「当然でしょう。地元の人達も見てるし、負けられないよ!」
ちなみに茜の服装はビキニ&ショートパンツタイプの水着、鈴音の方はワンピース水着。泥はね対策に水泳用ゴーグル装着と準備も万全である。
同じチームを組むのはガタイのよい男子生徒が2人。
「俺達は馬になるから、騎手はお二人さんどっちでもいいぜ」
そういわれ、茜と鈴音は互いに顔を見合わせた。
「どっちが騎馬になる? ね、鈴音ちゃんて体重いくつ? 当ててあげよっか?」
素早く伸ばされた茜の手が、友人のお腹と太腿をささっと撫で。
「うん、若干差ぽいけど私が騎手やるね‥‥!」
「ちょっ‥‥これは昨日たまたま食べ過ぎちゃっただけだってば!」
思わず反論する鈴音。「体重差」といっても、彼女らの場合は見た目で判断がつかない程度のものであるが。
しかし屈託なく笑う年下の友人を前にして(よーし。ここは茜ちゃんのためひと肌脱ぐか!)と思い直し。
「‥‥むぅ。じゃあ私が騎馬になるから、茜ちゃんは騎手になって!」
そう答えると、自らは騎馬の先頭に立ってチームを仕切るのだった。
やがて入場式を終え、戦場となる田んぼを挟んで対峙した騎馬は東西それぞれ10騎ずつ。
審判役を務める引率教師が試合開始を告げるスターターピストルを鳴らす否や、両軍40人に及ぶ撃退士達は雄叫びを上げて駆け出した。
バシャバシャバシャ!
早くも泥水が飛沫を上げて跳ね飛び、試合場を覆い尽くさんばかりの勢いである。
「よーし、突撃ー!!」
開始と同時に光纏、阻霊符を発動した鈴音は膝まで泥に浸かるのもお構いなしに背後の男子生徒へ「右! 左!」と指示を飛ばし、広い田んぼの中を縦横無尽に走り回った。
「茜ちゃん、無理しなくていいからね!」
振り飛ばされないようしっかりつかまる騎手に声をかけるや、味方チームと交戦中の敵騎の側面や背後を取って渾身の体当たりで押し崩す。
「漁夫の利戦法ー!!」
「止まったら負けだよ鈴音ちゃん! でも無理はしないでね! あっ! あの辺ぐらついてるよ! 一気に行こう!」
まずは生き残り重視、試合をエンジョイしながらも勝利を目指すというのが彼女らの作戦方針だ。
対照的に神雷は馬役の生徒に指示し、一番槍とばかり相手陣営に単騎突入。
「一騎駆けは戦場の華ですよ!」
ダイヤモンドダストで生み出した氷晶を煙幕代わりに操り、並み居る敵の騎馬を次々と仕留めていく。
周囲でも田んぼ狭しと両チーム入り乱れての取っ組み合いが始まっていた。
落馬した生徒はその時点で失格となるが、実は「退場しなくてはならない」というルールもない。
むろん競技へはもう参加できないが、今度は落馬した生徒同士で泥合戦の「場外乱闘」を開始する。試合の勝ち負けとは関係なく「泥で汚れれば汚れる程この一年は無病息災」というのがこの祭りの伝統なのだ。
競技の性質上、やはり参加者には近接しての徒手格闘を得意とする阿修羅、ディバイン、ナイトウォーカーなどが多い。
そんな中、忍軍だけで馬を固めた神凪チームは「水上歩行」を用いて田んぼの水面を滑るように動き、軽快な機動で相手騎馬の死角へ周り込んだ。
「フフフ。これぞ忍者流騎馬戦!」
「すごーい! あめんぼみたい」
騎手役の景は夫の奇策に目を丸くしながらも、
「よーし、私だって負けませんよっ」
魔具なしでも使えるスキルを織り交ぜ、不意打ちに慌てる敵の騎手を手あたり次第に落馬させていった。
そんな風に夫婦一体による奮戦で何騎目かの敵を仕留めた、その時。
「うわっ!?」
景に突き飛ばされバランスを崩した相手の騎手が――故意ではなかったのだろうが――咄嗟に伸ばした片手で彼女の水着ブラの紐をつかみ、ブラを道連れに泥田へと転落していった。
「え? きゃあっ!?」
一瞬露わになった己の胸を両手で覆い、動転した景もまた落馬。
『うぉおおおーっ!!』
周囲の観客から一斉にどよめきと歓声が上がった。
このアクシデントに対し、審判の教師はホイッスルを鳴らして試合中断を告げ、素早く駆け寄りバスタオルを投げる。
「大丈夫か、景?」
「は、はい。でも水着のトップスが‥‥」
立ち上がった景は耳まで赤くなり、胸を隠すように夫へギュッとしがみついた。
宗はチームの仲間にも手伝ってもらい田んぼに沈んだブラを捜したが、両軍の乱闘ですっかり濁った泥水の中でなかなか見つからない。
「気にするな。水着ならまた買ってやるさ」
渡されたタオルを妻の身体に巻き付けると、宗は優しくお姫様抱きで田んぼから上がった。
ちなみにこうした「事故」は例年のこと故、この騎馬戦に限り「試合中のカメラ・ビデオによる撮影はご遠慮下さい」という決まりになっている。
試合終了を告げる号砲が鳴り響いた時、生き残った騎馬は東軍が神雷チーム、西軍が茜チームの1騎ずつ。結果は「引き分け」となった。
「え、もう終わり?」
仮面から覗く神雷の目が物足りなさそうに瞬きする。
「――まあ楽しめたからいいです」
「惜しかったなあ。でも最後に生き残った者が、勝者なのだよ!」
鈴音は騎馬から降りた茜とハイタッチを決めた。
試合は無事終わったが露天風呂が開くまでにはまだ間があるため、田んぼから引き上げた選手達は残りの時間を祭り見物や別のイベントで楽しむべく、とりあえず泥を落とすため近くに用意された温水シャワーの方へと向かうのだった。
●大地に届け! 僕らの歌声
騎馬戦の興奮もまだ冷めやらぬお祭り会場。少し離れた場所では田んぼの中に半円形の野外ステージが設置され、これも恒例の「早乙女踊り」が開演されようとしていた。
古くはその名のごとく着飾った乙女達が五穀豊穣を祈る踊りを奉納したものだが、今回は「どろんこフェスタ」の一環として、踊りに限らず歌舞音曲全てOK&飛び入り歓迎のミニコンサートとして開催される。
「では、団長命令をくだーす!」
楽屋の中で、【交響撃団ファンタジア】リーダーの君田 夢野(ja0561)は同行の団員達に向かい声を張り上げた。
「交響撃団、日頃の戦いの疲れを吹き飛ばすべく、全力で楽しめ!」
「今日は戦いのことは忘れて、みんなで楽しもう!」
日頃は淡々とした語り口調の水無瀬 快晴(jb0745)も気勢を上げる。
「せっかくのお祭りじゃーん! 俺達の腕の見せ所だぜっ」
愛用のギターをチューニングしつつ、ガート・シュトラウス(jb2508)も同意した。
彼にとっては初めての修学旅行。依頼や天魔討伐以外の目的で仲間達と遠出するのも初体験のため、ワクワクを押さえ切れない様子だ。
ステージ上では、まず最初に地元の一般人女性達による伝統の早乙女踊りが披露される。
「伝統芸‥‥? ‥‥やる」
飛び入り参加も歓迎――と聞いた平野 渚(jb1264)は、事前に祭りの運営委員会に申請し、歳の近い地元女子高生グループから念入りに踊りのレッスンまで受けていた。
「頑張って、覚える‥‥!」
普段自分の興味がないことには割と淡泊な渚であるが、今回はなぜか俄然やる気。頑張れ少女。
猛特訓の甲斐あってか、ステージで本番に立つ頃には地元の女性達と比べてもひけを取らない程までに早乙女踊りをマスターしていた。
「う〜ん、平野さんもなかなかやりますねー。どうです、僕らも飛び入りで参加しませんか?」
和装をまとい田んぼのあぜ道から立ち見で見物していた袋井 雅人(jb1469)は、傍らにいる恋人の月乃宮 恋音(jb1221)に振り向いた。
先日四国の地で天使軍との戦いにより負傷し、その湯治も兼ね恋人同伴で旅行に参加した雅人であるが、同じ久遠ヶ原生徒の渚が地元の人々と楽しそうに踊っている姿を見ているうちにいてもたってもいられなくなったのだ。
「えぇ? そんな、恥ずかしいですよぉー」
淡い桃色に燕柄の浴衣姿で雅人に付き添っていた恋音は初めこそ照れくさそうに遠慮していたが、
「ま、雅人さんが‥‥そこまでいうなら」
恋人の熱意に押され、持参の琵琶を袋から取り出した。
「私と恋音も飛び入りで参加させて貰いますよ。私達の楽器演奏どうぞお聞き下さい!」
片手を振って挨拶しながらあぜ道とステージの間をつなぐ花道を2人が渡り出すと、周囲の観客からも大きな拍手と声援が上がった。
渚達の踊りが一段落したところで、今度は雅人が得意のギター、恋音が琵琶を弾いて2人による息の合った合奏が始まった。
(胸が少し邪魔ですぅ‥‥)
と内心思いながらも片手に持った撥で琵琶の弦を弾く恋音。
だが彼女の高い技量が奏でる音色に、地元の老人達でさえ「ほぅ‥‥」と感嘆のため息を漏らすのだった。
雅人達の演奏が終わると、次は交響撃団メンバー達が各自の楽器を携え舞台袖から姿を現した。
「俺達は【交響撃団ファンタジア】。今日は祭りの熱気に負けないくらい熱い演奏を聴かせるから、みんなよろしくな!」
まずは一同を代表して夢野が挨拶。自らが担当するドラムを叩きリズムを取り始める。
「盛り上がろうじゃーん!」
次いでガートがギターを弾き始め、鷹群六路(jb5391)がベースをつま弾き始めた。
(騎馬戦の盛り上がりには負けらんねェな!)
「団長直伝! キーボートの演奏はあたしのお任せなんだよー♪」
天王寺 伊邪夜(jb8000)の白く細い指がキーの上を滑り、伝統芸能から一転してビートの利いたロックのリズムが会場に鳴り響いたところで、ボーカル担当の快晴がマイクを取り、愛媛の大地に響けとばかりオリジナルソングを歌い始めた。
「さて、みんな一緒に行くよ!」
ボーカルの合間には各パートの演奏者にもスポットライトが当たり、時に激しく、時に優しくソロパートを披露する。
会場のテンションも次第に高まり、先程の「早乙女踊り」メンバーやステージに駆け上がった観客達も各々手拍子を取りステップを踏んで踊り始める。
「よーしノってきた! 君田先輩、アレやりましょーよ」
「よしっ、ドンとこい!」
六路は夢野の背後に周り込むと、2人羽織によりドラム演奏を開始。会場がどっと笑いに包まれ、女の子達がキャアキャアと歓声を上げた。
交響撃団に続いて舞台に登場したのは、下妻ユーカリ(ja0593)・赤星鯉(jb5338)・芹沢 秘密(jb9071)によるアイドルユニット『花唄撫子』。
(やっぱりスーパーアイドルとしては、盛り上げていかなきゃ嘘だよね)
ユーカリは黄色、鯉はピンク、秘密はブルーを基調にした華やかなステージ衣装。
「花唄撫子、どろんこ祭りを最高キュートに彩ります!」
「まだまだ寒い日が続くけど、ここだけは灼熱のステージにしてみせるわ」
ユーカリが可愛らしく元気、鯉が華やぎとパッションを持ち味とすれば、秘密のキャラは好対照を成す、いわばクールビューティー。
(どろんこフェスティバルである以上、メインはやはりどろんこ騎馬戦の筈。ギャラリーもおそらくはそちらが目当ての者が多いと思う)
だが秘密としては、泥臭さを売り物とする伝統の祭典にあえて正統派アイドル路線で勝負するつもりだった。
だからこそやる価値があるし、魂も震えるというもの。
(余興として行われているダンスイベントを、極限まで盛り上げる。大して期待していなかった通りすがりの観光客に、ガチのステージを見せつける――考えただけでゾクゾクするじゃないの)
「最強のライブを見せて伝説作らなきゃ、ね」
秘密の心を読んだようなタイミングで鯉がそっと囁き、ウィンクを送った。
「歌もダンスも、元はといえば昔の人が神様に捧げるため創り出したもの。それなら陰陽アイドル的にはパワフルかつ、魂のこもった歌を届けたいところね」
「じゃあ今回のお祭りのために作った私達の歌、聞いて下さいっ!」
マイクをとったユーカリは、自ら作詞作曲したオリジナル曲『百穀豊穣ババンバン!』を歌い始めた。
「♪泥まみれでいいじゃない
なんだかちょっと 大地の力が
その身に宿る 気がしないでもないでもないから
神様に祈ってみればいいんじゃない
なんだかちょっと お米の味が
美味しくなった 気がしないでもないでもないから」
跳んだり跳ねたり転がったり、ステージ狭しと踊りながら熱唱するユーカリ。
「♪百穀豊穣ババンバン!
奇跡の力が 穀物たちに降り注ぐ
お百姓さんも びっくり仰天
百穀豊穣ババンバン!
奇跡の歌が 穀物たちを包み込む
わたしたちも びっくり仰天
そうだね 大豊作だね
そうだね 明日もお天気だね」
ピンクドレスの裾を翻して鯉が声を振り絞れば、秘密もまた長い髪をなびかせてクールに激しく歌って踊る。
ステージ上やあぜ道の立ち見席で興奮した観客から、再度の拍手とアンコールの声がかかった。
リクエストに応えて交響撃団が演奏を奏で、渚をはじめ早乙女踊りのグループがバックダンサーを務める中、花唄撫子のトリオは再び『百穀豊穣ババンバン!』を熱唱。
今やテンション最高潮に達した観客の一部は服を着たまま田んぼに飛び込み、泥だらけになるのも構わずそこで踊り始める。
かくしてコンサートは大盛況のうちに幕を下ろすのだった。
●祭り囃子に誘われて
自ら騎馬戦や演舞に参加する生徒達がいる一方で、ギャラリーとしてイベント参加の友人を応援したり、お祭りそのものの雰囲気を楽しもうとそぞろ歩く生徒も少なくない。
麻生 遊夜(ja1838)もそんな1人だった。
同行する恋人の樋渡・沙耶(ja0770)が
「泥に塗れるというのは、あまり好ましい事では、ありませんので‥‥」
というので、2人連れだって騎馬戦や演舞を見物した後は町の広場に立ち並んだ各種屋台を冷やかして歩いた。
(うむ、沙耶さんはいつでも可愛いのぅ)
隣を歩く恋人の横顔をちらっと見やり至福に浸る遊夜だが、たこ焼き・焼きそばといった定番から地元の名産物まで揃った屋台の列を見回しながら話しかけた。
「沙耶さんはどれか食べたいのはあるかい?」
「あ‥‥遊夜さんに、おまかせ‥‥します」
そこで遊夜は先刻から目をつけていたうどん屋台ののれんをくぐった。
四国といえば讃岐うどんが有名だが、この土地の名物は大きな盥に盛ったうどんをだし汁につけて食べる「たらいうどん」。
ついでに伊予柑のジュースやデザートも注文し、備え付けの長椅子に並んで座った遊夜と沙耶はツルツルとうどんを啜った。
同じく龍炎(ja8831)も恋人の詩道 彩女(ja7811)と手を繋ぎ、イベントや屋台を見物しながら祭りを堪能していた。
「ここは俺の地元なんだ。こんな風に依頼以外の用事で帰るのは久しぶりだけど」
「まあ、そうなのですか」
振り袖姿の彩女がにっこり微笑んだ。
「道理で、いつもより楽しそうに見えました」
‥‥心なしか、祭り見物に歩く生徒達にはリア充組が目立つ。
明音(jb8807)は浴衣姿のメタリカ=K(jb6905)と腕を組んで喧噪の中を歩いていた。
(これって初デートなんだよね‥‥)
内心でちょっと緊張気味の明音。
極端に無口な上、常に前髪で素顔を隠したKは同じ堕天の明音から見ても少々とらえどころのない娘であるが、恋人の腕にぎゅーっとしがみつき、時折袖を引っ張り『楽しい』と書かれたプラカードを見せるところから、彼女の方もまんざらではないようだ。
「人が多いから‥‥離れないようにね‥‥」
明音の言葉にこくんと頷くK。
ふと思いついた明音は、屋台の1つに寄ると財布を出した。
「お祭りと言えば‥‥リンゴ飴‥‥どうぞ‥‥」
「?」
棒の先で赤い飴にくるまれた小玉のリンゴを珍しげに眺めるKだが、やがて嬉しそうに(表情は見えないが)舐め始めるのだった。
縷々川 ノエル(jb8666)は幼馴染みの不知火 蒼一(jb8544)、女友達の水窪 日陰(jb8905)らと行動を共にして祭りを見物していた。
「露天風呂が開くのは夕方の5時くらいからだって」
「ふうん。なら、まだだいぶ時間があるな」
彼ら的に今回のメインは温泉なので、昼間のお祭りは時間つぶしの物見遊山といった感がある。
「お祭りの屋台の食べ物はどれも美味しそうに見えるなーぁ」
思わず財布の紐を緩めかける日陰だが、
「でも今食べたらお風呂ん時に後悔するよなぁ‥‥」
と思い直す。
「あら?」
その時、ふいにノエルが声を上げた。
「どうした?」
「あの男の人‥‥」
そういって彼女が指さしたのは、10mほど先の屋台で五色そうめんを啜る男性の後ろ姿だった。
180cm近い長身、茶色に染めた髪。
祭りの場だというのに、遠目にも高級ブランドものと分かる緑色のスーツをダンディに着こなしている。
「言われてみれば‥‥」
「あの人って、まさか――」
蒼一や日陰も立ち止まってじっと男の背中を観察する。
彼らにとってなじみ深い、とある学園関係者によく似ていたからだ。
「あの人、こっちの旅行に来てたんだっけ?」
「さあ? ‥‥何なら確かめてみるか」
蒼一の提案で、3人は息を潜めてそーっと男の側へ近づいた。
もし「本人」であるなら、背後からいきなり挨拶して驚かせるつもりだったが。
『OH! カラフル! デリシャス! ジャパニーズ・ソーメンGood!!』
よくよく見れば外国人の観光客。
どうやら人違いのようだ。
●湯煙の中で
夕刻の5時。地元温泉組合の厚意で久遠ヶ原生徒貸し切りとなった露天風呂の開場が近づくにつれ、昼間のイベントや祭り見物を楽しんでいた生徒達が次第に集まって来た。
「わざわざ貸し切りにしてくれたのか。多少ハメを外しても他のお客さんに迷惑がかからないからいいな」
夢野は同行する交響撃団のメンバーに振り返った。
昼間のコンサートもそうだが、日頃の戦いの疲れを癒すには格好の機会である。
各自男女別に分かれた更衣室で着替えると、混浴の露天風呂で再び合流。
「やー、眺めが最高じゃーん♪」
学園指定水着&頭にタオルを乗せたガートが、夕焼けに染まる四国の山々を見渡して嬉しげに叫んだ。
昼間の騎馬戦で水着のトップスをなくしてしまった景は湯浴み着に着替え、一足先に夫の宗と温泉につかっていた。
湯船の中で互いに寄り添い、景色を眺めながら祭りの思い出話などを語り合う。
いつしか景は宗の胸にもたれかかっていた。
「また、こうやって旅行したいですね♪」
「いやぁ、生き返るわ‥‥」
鈴音もまた、湯船に身体を沈め騎馬戦の疲れを癒していた。
「はー今日は楽しかったねえ!」
傍らでは共に戦った茜も上機嫌で入浴している。
「あ、スキンケア用品の試供品持ってきたんだー! 後で一緒につかおっ!」
「助かるよ。あれだけ泥に塗れると、さすがに肌荒れが気になるし」
少し離れた場所では神雷も半ばお湯にとろけたようにまったり入浴していた。
騎馬戦では鈴音達と敵対チームだったが、もちろん今はもう敵も味方もない。
「さすがに効きますねー。怪我には温泉が一番の薬」
雅人は本来の目的である湯治として、天使との戦いで受けた身体の傷も隠すことなく湯船で手足を伸ばしていた。
その側には湯浴み着に着替えた恋音の姿もある。
最初はあどけなさを残す顔立ちとは対照的に豊かな(豊かすぎる?)胸を恥ずかしがっていた恋音だが、雅人とお祭りや過去の思い出話などするうち気分もほぐれ、
「……不束者ですが、これからも、宜しくお願い致しますぅ……」
そういって恋人に身を寄せるのだった。
女子更衣室で白のビキニに着替えた沙耶は、バスタオルを片手に待ち合わせていた遊夜と合流した。
「何でバスタオルなんか?」
「ビキニの上から身体に巻こうと思って‥‥あ、でも、それじゃ却って裸に見えちゃうのかな‥‥?」
「気にすんなよ。湯船に入っちまえばどちらも同じさ」
苦笑して答える遊夜。
しかし内心では、
(いやあよかった‥‥『一緒には入らない』なんていわれたら落ち込むトコだったぜ)
と胸をなで下ろしていたりする。
明音とKは昼間の祭り見物に引き続き、2人で入浴していた。
湯浴み着に着替えたKだが、やはり恋人の腕をしっかと握っている。
極端な無口ゆえ、会話よりも専らつついたり抱きしめたりとボディランゲージ優先。
目のやり場に困りつつも、
「ふー‥‥今日は楽しかった‥‥?」
明音は満足げに呟くのだった。
「さあメインイベントのお風呂やでーぇ!」
レンタルの湯浴み着をまとった日明が意気揚々と洗い場に向かう。
「ノエルちゃん、流しっこしよ! お体を隅々まで丁寧に洗わせて貰いますよーぅ」
肌理細やかなお肌はタオル使ったら傷ついてしまう‥‥という理由から両手で直接ボディソープを泡立て、ノエルの体のあんなトコやこんなトコまで念入りに洗い始めた。
「‥‥ちょっ、何処を洗っているのよ!?」
などと言い合っているちょうどその時、少し遅れた蒼一がトランクス水着で浴場に入って来た。
「お待たせ‥‥っておい! ノエル、その格好‥‥」
「どうしたの?」
不思議そうに答えるノエルが着ていたはスクール水着。なぜか中学時代の。
ちなみに現在の彼女は17歳の高等部生である。
「なんでスク水!? てかお前それサイズが‥‥」
「色々考えたけど恥ずかしいし‥‥コレで良いわよね‥‥胸とかちょっときついけれど」
「いやそれはきついってレベルの問題じゃ――」
「とにかく、昔一緒にお風呂入った時とは色々と違うのよっ!」
「ま、まあガキの頃とは違うようだが‥‥」
幼馴染みにスク水姿を見せようと立ち上がるノエル。だが運悪く、ソープの泡で濡れた足がツルンと滑ってしまった。
「っておい!?」
倒れ込んできたノエルを支えようとする蒼一だが、彼もまた足を滑らせ、ノエルが彼を押し倒す形で転倒してしまった。
その拍子にスク水の肩紐がブチッと切れた。やはりサイズ的に無理があったようだ。
「きゃああ!?」
ノエルは思わず蒼一の頭を己の胸元に力一杯抱え込んだ。
ここで手を離せば、水着がずり落ちて上半身が露わになってしまう。
「く、苦しい‥‥」
「もう、何をやっているのかしら‥‥私っ」
「ちょっとノエルちゃん!? それじゃ不知火君が――」
「え?」
日明にいわれて我に返った時、2つの柔らかい膨らみの谷間に撃退士の怪力で顔面を押しつけられ呼吸もできない蒼一は、哀れそのまま意識を失っていた。
「こんな時だからこそ、言える言葉もあるんだ」
浴場の一角で起きた騒ぎをよそに、夢野は日頃から戦いを共にする交響撃団の仲間達に感謝の気持ちを伝えていた。
「これからも天魔との戦いは激しくなるだろう。いや、これからが本番かもしれない。それでもいつかこの戦いを終わらせるために‥‥みんなの力が必要なんだ」
「そんな、水くさいだろ団長‥‥さ、みんな冷たいものでも‥‥飲んで」
快晴が売店から買ったきたコーヒー牛乳を仲間達に配った。
それを見た伊邪夜の顔がみるみる青ざめる。
「‥‥かかカイにぃ」
「どうした? 伊邪はこっち。お前は牛乳が飲めないでしょ」
オレンジジュースを手渡された伊邪夜の顔が安堵に緩んだ。
「うー、良かったんだよー」
やがて終業時間の夜9時が近づくと、風呂から上がった生徒達は着替えを済ませ指定の旅館へと戻っていく。
そんな中、ノエルは出口の石段に座りがっくり落ち込んでいた。
「はぁ‥‥私、いったい何やってんのよ‥‥」
「気にすんなって。あれは事故なんだから」
そんな彼女に買ってきたビン牛乳を手渡し、蒼一が優しく頭を撫でてやった。
人気の少なくなった露天風呂では、わざと他の生徒と時間をずらして待ち合わせた龍炎と彩女が少し距離をおいて湯船に入っていた。
特に言葉を交わすこともない。
ただ2人きりで湯煙に包まれ、すっかり暗くなった空と、そこにぽっかり浮かぶ月を静かに見上げるのだった。