● 世界は愛と筋肉で出来ている
「え、フィンランドってなんなの」
奥様運びとか、何でこんな選手権があるの。
しかも世界選手権とか何なの。
とか言いながら、 梅ヶ枝 寿(ja2303 )は嬉しそうだった。
「喜んで参加しちゃうだろばかぁ///」
それはそれは嬉しそうだった。
だって好きな子を誘えたんだもん! やったぁ☆
「フッ、世界大会、良い響きじゃない」
その好きな子、フレイヤ(ja0715)@よしこも楽しそうだ。
「今まで抑えてきた黄昏力(トワイライトパゥワー)を全開にする時が来たようね!」
ただし、ルールは知らない。
覚える気もない。
ただ、何だか知らないけれど寿@ことぶ子が嬉しそうにしているから。
「任せときなさい、ことぶ子!」
優勝は貰った。
「お、奥様だなんて…そんな…」
恥ずかしそうに頬を染めるセシル・ジャンティ(ja3229 )の耳元で、ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)はそっと囁いた。
「そのうち本物にしてあげるから、待っててね?」
今は奥様かっこかり、だけど。
こくりと頷き、セシルは囁き返す。
「ルドルフ、優勝したら…ご褒美を差し上げます」
ほの一言でルドルフの気合ゲージは振りきれ寸前――だが。
何故に奥様(仮)の方が男性用の民族衣装を着ているのだろう。
そして気が付けば、ルドルフは女性用の可愛らしい衣装を着せられていた。
「折角のお祭りですもの、観客の皆さんにも楽しんで頂かないと、ね?」
しかしルドルフが異を唱える筈もない。
二人とも異性装が似合うし、何よりご褒美……いや、セシルの頼みとあらば!
見事に決まった飴と鞭、後は優勝目指して走るのみ!
「なあ、俺達って、その、一応対等の関係だと考えてはいた、ン、だが…」
「うん、そうだね」
マクシミオ・アレクサンダー(ja2145 )は、爽やかに微笑みながら自分を見上げる恋人、永宮 雅人(jb4291 )の顔と自分の衣装を見比べ、更には二度見してみた。
「えっ、俺が……奥様?」
「体格的に、順当に考えると僕が奥様役なんだろうけど」
折角のお祭りなんだし、何でもアリだって聞いたし。
「敢えてマクシくん奥様役になってみない?」
「いや構わねえけど。お前がそれで面白いなら俺は全然オッケーだけども」
って言うかもうすっかり「奥様」の格好が出来上がってるんだけど。
でもちょっと待って。
「お前、俺のこと持ち上がる? だいじょうぶ?」
「普通なら絶対無理だけどさ、光纏すればいけそうな気がするんだよね」
「抱えられる? ぎっくり腰とかならねえ? だいじょうぶ? むりすんな? 立てる? だいじょうぶ?」
マクシくん、心配性なオカン状態だった。
「お兄ちゃんのあほぉ!」
藤沢薊(ja8947)は男の子だ。
しかし本日の衣装は赤を基調にした華やかなワンピース。
「笑ったやつ、そこに直れ」
せっかく可愛いのに、そこから滲み出るオーラが闇色をしているのは多分、無理やり着せられたせいだろう。
「笑ってない、誰も笑ってないよ! つか薊の可愛さ世界一!」
そんな格好をさせた張本人、兄のルルディ(jb4008)はアドレナリンMAX状態で弟を抱き上げる。
そんな「可愛い弟」を更に際立たせる為、今日のルルディは女装を封印、長袖に長ズボンという地味な格好だった。
優勝なんて狙ってない。
ただ、弟の可愛さを全世界的にアピール出来ればそれで良いのだ!
「よくない!」
薊の抗議は、幸せ一杯なルルディの耳を右から左に虚しく通り抜けて行った。
「そして砕け散るがいい、ね」
ディザイア・シーカー(jb5989)は、旅行案内では伏せられていた筈の文字を、何故か読み取っていた。
「良いだろう、やってやんぜ!」
奥様役の橘 ありす(jb8111)を右腕にちょこんと座らせ、静かに開始の合図を待つ。
彼等の見せ場は、あくまで本番。
魅せてやろう、久遠ヶ原の本気を!
「流石撃退士の学園、旅先でその実力を魅せつけてきなさいという所?」
長良 香鈴(jb6873)が魅せ付けたいのは、実力よりも寧ろ自慢の妹、長良 陽鈴(jb6874)である様だが。
「学校のイベントで海外旅行が出来て、その上カオちゃんとの愛の深さを世界に魅せ付けることができるなんて楽しそうね」
夫婦でなくても愛があれば参加出来るのがこの大会の良いところ。
その愛の深さと、双子ならではの息の合った連携で挑めば、結果は勝手に転がり込んで来る事だろう。
根拠はないけど、多分ね。
「本気で優勝を狙いに行くぞ」
「ええ、狙うは優勝のみですわ」
数多 雄星(jb1801)と斉凛(ja6571)は互いに顔を見合わせ、微笑を交わした。
「雄星さんと二人なら実現できますの」
二人には、ネタに走った部分など欠片もない。
ガチ勝負にはコメディ補正が入らない分、判定も厳しくなるが、敢えて二人はこの茨の道を選んだ。
そう、愛とは厳しく険しい道を選んでこそ強く気高く燃え上がるものなのだ。
満を持して最後に姿を現したのは、鷺谷 明(ja0776)だった。
「ペアが居ないのなら作ってしまえばいいのだよ。年齢性別その他一切不問って書いてあるし」
という訳で、彼の奥様は身長4mの鋼鉄製。
そこら辺に転がっていた錆びたポールに、顔の絵が描かれた紙を貼り付けたシロモノだった。
しかし問題はない、ちゃんと暫定名称「奥様」って名札も付けたし。
出来れば電柱の太さと重量が理想だったが、この国の電線は殆どが地中に埋められているのだから仕方がない。
さて、これで学園からの出場者は全て顔を揃えた。
彼等の他にも世界各国からの出場者がいる訳だが――
「どのみち開始直後に砕け散るんだ、わざわざ紹介するまでもあるまい」
ディザイアが鼻を鳴らす。
例の「読める筈のない一言」を相当根に持っている様だ。
そして、戦いの幕は切って落とされた。
「アピールと援護は任せたよ、セシル!」
ルドルフは王道のお姫様抱っこでセシルを抱え、脇目もふらずに全力移動。
その腕の中で、男装の麗人は真っ赤な薔薇の花束を会場に撒き散らしながら、女性客に魅惑の微笑みでアピールした。
「…趣味なんてとんでもない、お祭りですもの」
盛り上げなくちゃ、ね?
しかし、そんな中でもナビの役割は怠らない。
「ルドルフは、ただゴールへ向かう事だけに集中して下さい」
「頼りにしてるよ」
なんたって、勝ったらご褒美だもんね!
薔薇の花を振りまきながら、二人は走る。
しかし他の選手達も、最初から快調に飛ばしていた。
「皆、ハートブレイクしちゃえ!」
薊が天に向かってHBショットガンをぶっ放す。
ドガガガガ!
その音に驚いたルルディはしかし、反射的に走り出した。
「それ、人に当たったら危ないでしょ…」
「笑った人には当てても良いと思うんだ」
ほら、あそこの何となく見覚えのあるナイスミドルっぽいオッサンとか。
「いや、あれは薊が可愛いなぁって微笑んでるんだと…」
だが薊は聞いちゃいない。
女装を見て嗤っていると判断した相手には容赦なく発砲しつつ、ルルディにハッパをかけた。
「蹴散らせ! にぃちゃん!!」
それに応えてルルディはヒリュウのフィロ君を召喚、インビジブルミストで姿をくらませ、敵の間をすり抜けて走る。
「離さないでよね」
ぎゅっ。
「離さなかったらご褒美に頭撫でてなんだよ」
ぎゅっ。
「おにぃちゃん…薊、お兄ちゃんの凄いところ…みたいなぁ」
「おおおお、ワザとってわかっているけど! お兄ちゃん頑張っちゃうんだから!」
あざとい弟の応援に舞い上がり、鼻血を飛ばしつつ、ルルディは走る。
その後ろから追い上げるのは、凛をしっかりと抱き締めた雄星だ。
「気合十分……行くか!」
行く手を遮る者達は凛が緑火眼を使って足元を攻撃、排除。
バランスを崩して転んだ者は後続に踏まれてミンチになること必定。
しかしそれを逃れても、精密狙撃から殺戮茶会のコンボが待ち受けていた。
「一撃必殺」
相手が反撃をする間も与えず、先手必勝で先頭をぶっちぎる。
「前だけを見て進みましょう」
しかし、その背後から猛然と追い上げて来るペアがいた。
左手に影獅子、右手にエンタグルシールドを装備したありすを腕に乗せ、ディザイアは走る。
磁場形成で爆走しつつ、予測防御で妨害を察知。
「来るぞ」
「任せておけ」
爆走の勢いと構えたシールドでぶっ飛ばす、人はこれを轢き逃げと呼ぶ。
だがスピードが落ちれば、勢いも落ちる。
そうなれば、積極的に攻撃して行くしかない。
ディザイアはありすの影獅子にワイヤを絡めて固定、それを命綱にして――投げた。
投げられたありすは相手の頭を蹴り飛ばし、或いはシールドで張り倒し、ついでに踏み台にして再びディザイアの腕に戻る。
「地面に付かなければ良いんだよな?」
それにワイヤーで繋がっていれば、飛んだ事にもならない筈。
敵を踏みつけながら身軽にクルクルと回ってみたり、ギャラリーに手を振ってみたり。
しかし、そこに迫るガスマスクを付けた惨多苦労ス!
万物を震わす竜のウォークライを轟かせ、明@惨多は両手で抱えた奥様を振り回す。
それに注目した者も、しなかった者も、手当たり次第にぶん殴って惨多は走った。
逃げるが勝ち、或いはわざと遅れて行くか。
いや、彼等の場合はわざと遅れた訳ではなかった。
「うん、やっぱ無茶だな」
という事でマクシミオと雅人、衣装チェンジしますので暫くお待ち下さい。
「…え? 僕が女装? いやいやそれはないっしょ!」
「んー? 『奥様運び』だもんな?(にっこり」
「いや確かに『奥様運び』だけど、さあ…」
ちょっと引き攣った半笑いで目を逸らす雅人、しかし押し切られた。
「雅人には傷一つ付けさせねえよ?(きり」
何と言っても大事な奥様だし。
そして遅ればせながらスタートを切った。
マクシミオはお姫様抱っこが出来ない代わりに雅人の腰をしっかりと抱いて、紳士的対応でギャラリーからのイメージアップを狙う。
スタートが遅れたお陰で妨害もないし、思いきり飛ばす事が出来そうだった。
「追い付くぜ、しっかり掴まってろよ」
そしてもう一組、マイペースで我が道を行くペアがここに。
「カオちゃん、スタイリングありがとう」
自慢の長い髪をお揃いのアップスタイルに纏め、香鈴と陽鈴は互いに褒め合っていた。
「旅を満喫出来るようにって思ったの」
「動きまわるんですもの、しっかり纏めておかなくちゃね」
「ところで、どちらが奥様役なのかしら?」
香鈴の言葉に、陽鈴は有無を言わせずお姫様抱っこ。
「…そうね、阿修羅様にお任せしちゃう」
香鈴は素直に、妹の首に抱き付いた。
しかし。
「ヤだカオちゃん、ちょっと痩せちゃったんじゃない?」
陽鈴は心配そうに眉を寄せる。
「正月の反動を正そうと思ったらやり過ぎたかしら?」
「帰国したら献立を見直さなくっちゃ」
「そうね、現地のご飯もいいけどヒカちゃんの手料理がもう恋しいわ」
そこには二人だけの世界が出来上がっていた。
と言うかスタート地点にはもう他の選手の姿はない。
「…あらスタート?」
完全に出遅れていた。
「でも平気、二人一緒なら負ける気がしないわ」
陽鈴は縮地で一気に追い上げにかかる。
段差や険しい岩場は小天使の翼でひとっ飛び。
いや、あの、飛行は禁止、飛んだら失格、なんだけど。
しかし二人は気にしない。
ギャラリーや脱落者達に余裕の笑みで手を振る香鈴を大事に抱え、陽鈴はマイペースにコースを進んで行った。
そして最後に残ったのは――
「んー、とりあえずスタートダッシュが大切よね!」
フレイアはスタート地点から一歩も動かず、寿の足首をがっしと掴む。
「この黄昏の魔女様とペアである以上負ける要素は0よ!」
そのままジャイアントスイングの要領で両足を脇に挟み、しっかり抱えて回り始めた。
「てなんで俺が奥様役なんです? あれ?」
ぐるんぐるん振り回し! 力の限り! ゴール目指してぶん投げる!
「ゴールってどっちだったっけまぁ良いかー!」
ついでに追い打ちブラストレイ!
「とんでけー!」
どーん!
「躊躇わない勇気が黄昏力だ!」
いや少しは躊躇おうぜそこ!
「てなんで俺がぶん投げられてんです!? あれぇ!?」
寿は考えた。
弾丸の如く飛びながら、遠心分離器にかけられた様に血が上りきった頭で一生懸命考えた。
「よしこアイツぜってールール聞いてねぇ…!」
そもそもスタートダッシュの意味ちげぇ!
「でも! 俺は負けねえし!」
飛距離は充分!
「いくぜ! 秘技! 八艘飛び!」
説明しよう! この技はライバル達を蹴りつつ移動することで落下せずに以下略!
「いける! 要所要所でこの技繰り出してけば勝てる!」
しかし、もう足場となるライバル達がいない!
寿の計算通りなら、ここでフレイヤが待ち構えている――筈がなかった。
「っつかあれよしこドコ行ったっつかうわあああ(暗転」
どーーーん!
さて、その頃フレイヤは。
「…運動したら疲れちゃったし飽きた、眠いしお腹減ったしかえろー」
来年は「人間砲丸投げ」の種目、追加よろしく。
残る選手達は岩山から川の攻略にさしかかっていた。
凛を肩に担いだ雄星はダークブロウで前方を更地に。
更には追っ手を阻む為にテラーエリアで周囲を闇に閉ざし、自身は夜の番人で視界を確保し駆け抜ける。
続くルドルフは壁走りで岩を超え、暗黒地帯は大岩を使った三角飛びで飛び越えて速度を維持しながら、軽快に進んだ。
ディザイアはエアロバーストで向かい風を相殺し、追い風なら更に加速させつつ、ついでに邪魔者を吹っ飛ばしながら進む。
立ち止まったら殺られる。
迅雷で縦横無尽に駆け地縛霊を呼び起こす、あの惨多に。
風の力も借りて猛ダッシュしたディザイアは、ありすを頭上に掲げて川に入った。
川底に足をメリ込ませて固定し確実に進む。
それを追って奥様を振り回しながら水面を突き進む惨多。
これは下手に動かない方が安全と、ディザイアは岩陰に身を潜めて遣り過ごす。
その少し下流で、雄星は氷の夜想曲で川を氷漬けにして渡る算段だった。
しかし。
それは自然現象を再現するスキルではない。
魔法的な効果で川を凍らせる事は出来ないのだ――ただ、その余波でライバルを眠らせる効果はあったが。
仕方なく、雄星は凛を抱え上げて川の中を進む。
それを軽々と飛び越えて行くのは水上歩行を使ったルドルフだ。
このコース、やはり鬼道忍軍は強い。
「俺の足を止めたいならこの三倍の急流を持ってこいってーの!」
雪原に入るまでにどこまで距離を稼げるかが勝負だ。
その勢いのままトップで雪原に入ったルドルフは、ぴたりと立ち止まる。
セシルが目視で罠を探し――いや、探そうとしたが雪に埋もれて見えなかった。
その後ろから、奥様をぶん回した惨多が走り抜けて行く。
地雷で吹っ飛ばされても穴に落ちても、惨多は何事もなかった様に走り続ける。
「あの後ろに付いて行けば、トラップ全部解除してくれそうだね」
ルドルフがちょっと悪い顔で笑った。
最後のゴール前で潰してしまえば、逆転優勝とご褒美は俺のもの。
「了解しましたわ」
それに応えて、セシルが発煙手榴弾で煙幕を張る。
ライバルを文字通り煙に巻く為だ。
しかし撃退士たる彼等にはサーチトラップという強い味方があるのだ。
「気を付けて、何かある」
意思疎通で弟に「可愛い」電波を送り続けながらも、ここまで何とか走り続けたルルディは、その指示に思わず――
「踏みに行こうとするな!!」
「あ、ごめん。だめと言われると踏みたくなるんだよ」
間一髪で罠を避けた、その直後。
「ごめんあそばせ?」
凛の愛刀虎徹(という名の釘バット)が、走り抜けざまに二人を纏めてかっ飛ばして行った。
その後ろからは炎焼で雪を溶かすという強引な方法で罠を見破ったディザイアが追い上げて来る。
しかし溶けた雪が水蒸気となって視界を塞ぎ、方向感覚を狂わせた。
「おい、ゴールはどっちだ?」
「ボクに訊くなよ」
自然現象の再現も、良い事ばかりではないらしい。
ゴールは目前。
優勝争いはルドルフ・セシル組、雄星・凛組、そして惨多と鋼鉄の奥様の三組に絞られていた。
海外組の姿は、とうにない。
日本の撃退士をナメたらアカンのだ。
ところがここに、ダークホースが出現した。
地味〜に順位を上げて来た、マクシミオ・雅人だ。
「優勝は狙ってないけど、もしかしてこれ狙える位置にいる?」
雅人は余力充分、追い付いたライバルを魔笑や胡蝶で妨害してみる。
だが、流石にここまで生き残った強者達には小手先の攪乱など通用しなかった。
先頭を走るのは、やはり惨多。
しかしゴール直前で悲劇は起きた。
ぺらり。
奥様の顔が剥がれ、舞い落ちる。
これも立派に「身体の一部」ですから、失格ですね、はい。
残る三組に残されたのは、もう気合いと根性、そしてご褒美への期待のみ。
体力など、とうの昔に昔に使い果たした。
いや、マクシミオはまだ体力を残している!
「ラストスパート、いくぜ!」
優勝を狙わなかった、その無欲が幸いしたのだろうか。
勝利の女神は、隻腕の騎士と男の姫様に、その微笑を向けた――
因みにパフォーマンス部門の優勝は、見事な出オチを飾った寿・フレイヤ組だったそうな。
● 聖地の叫びを聞け!
フィンランドは現地の言葉でスオミとも呼ばれる。
「スオミの名物と言ったら、世界的なメーカーがある携帯電話もその一つですね」
仁良井 叶伊(ja0618)は、静かに瞑想しながらその時を待っていた。
ここに来る前に準備は万端、資料を取り寄せてルールと会場を確認したし、現地での下見も終えた。
投擲用に買い求めた携帯で、投擲の練習も重ねて来た。
やるからには全力で、この携帯の聖地とも言える場所で投擲の極意を示すのだ。
「後は無心で投げるだけです」
「出場するからには絶対優勝するわ」
魔女に敗北は許されない。
制服の上に黒いローブを羽織った蒼波セツナ(ja1159)が肩に掛けているのは、大きなショルダーフォン。
その姿はどう見てもネタだが、本人は本気かつ確実に勝ちに来たつもりらしい。
と言うか、その電話……今では寧ろ値打ちモノなのではないだろうか。
もしかしたら貴重な未来技術遺産かもしれないよ?
投げちゃって良いの?
ほぼ確実に壊れるけど、良いんだね?
よし、わかった。
「スマホの保護シートOK、カバーバッチリ、これで完璧です」
一方、海城 阿野(jb1043)は保護対策に余念がなかった。
「まあ、前のスマホなので紛失しても平気なんですけどね」
それでもしっかり保護するあたり、物を大切にする和の精神が窺い知れる。
いや、潔く捨て去る断捨離の心も悪くないけどね。
「こんな変わった大会があるんですねぇ、日本じゃ考えられないですよ」
やるからには優勝を目指し、服装も燕尾服で決めて来た。
高く、遠く、美しく。
「私の美しさを、世界の目に焼き付けて差し上げましょう」
長田・E・勇太(jb9116)は、育ての祖母から渡された定期連絡用の携帯を握り締めていた。
アメリカ在住の祖母が、遠く離れて暮らす孫の心配をするのは無理からぬ事だろう。
しかし、ものには限度というものがある。
今日こそはその溜まり溜まった怨念を携帯に乗せ、投げるのだ。
それこそ大西洋を越えてアメリカにまで届く勢いで!
「携帯投げの大会に出場しますよーぅ」
パルプンティ(jb2761)は携帯に付けたストラップを持ってグルグル回しながら、手持ち無沙汰な様子で出番を待っていた。
さて、これで学園からの出場選手の紹介は終わった。
出場者は他にも多数、強敵がひしめいているが、そんなもの久遠ヶ原の撃退士にかかれば雑魚も同然。
従って紹介の必要も、ましてや投擲の様子を中継する必要もないのだ。
カメラは常に、学園の生徒のみを追いかける。
そして本番。
パルプンティはファイアワークスでバチバチと派手に演出しながら、踏み込む左足を真上まで振り上げ――
因みに彼女はスカートだった。
そして彼女の下着には、絶妙なタイミングで落下する修正があった。
つまり……おっと、ここで何故か映像が途切れた!
そして次の瞬間には、やたら飛びそうな雰囲気で思いきり腕を振り切ったパルプンティの姿が!
「全力投携帯です!!」
さあ、携帯はどこまで飛んだのか!
見えない!
まさか飛距離が測れないほど遠くへ……!?
「……………!???……………」
ざわざわの騒ぐ観客、しかし。
「……………あのー、ストラップが指に引っ掛かって投げられませんでしたぁ(てへっ」
パルプンティの指先で、携帯がちょっと恥ずかしそうに揺れていた。
「いっつもいっつも、夜中に定時連絡してくんじゃね〜 USとアジアの時差考えろクソババアー」
ぶんっ!!
勇太はありったけの怨みを込めて、携帯をぶん投げた。
それは勢いよく宙を飛び、アメリカ大陸へ飛んで行った――気分だけは。
実際にはその遥か手前、場外にも届かず失速した訳だが、この際飛距離はどうでも良い。
「ヤッタ、壊れましたネ!」
その結果、後でどんな事態が待ち受けているかは……神のみぞ知る。
阿野は走った。
投擲エリアのギリギリ後ろまで下がって助走を付ける。
「遠心力も良さげですが、目が回って方向が定まらず変な所へ投げる可能性もありますし」
フォームの美しさを意識し、微笑み、そして叫びながら、渾身の力で――投げる!
飛距離はそこそこ、しかし芸術点は高い筈だ!
セツナは、阿野が避けた回転投げを敢えて採用した。
ショルダーストラップを持って、砲丸投げよろしく回る。
回転に合わせて黒いローブの裾が花の様に広がった。
ぐるん、ぐるん、タイミングを合わせ――
「遠心力を上手く使えば、100mぐらいは飛ばせるはずよ」
ぶちっ!
切れた。遠心力と本体の自重に耐えきれず、ストラップが切れてしまった。
重くてデカいもんね、あれ。
解き放たれた電話はしかし、コースを外れもせずに真っ直ぐ飛んで行った。
しかも流石は撃退士、その飛距離は一般人の記録を遥かに超え、自身の予測をも超えて200mを飛んだ。
「流石ですね」
しかし負けてはいられない。
叶伊は助走を付けての強烈な踏込から、その推力で体を反転させて生み出す遠心力と体のしなりを生かして斜め45度に――発射!
円盤投げと槍投げを足して2で割った様な妙なフォームだが、飛距離が出れば格好なんて!
結果は……残念、セツナの記録に僅か及ばず!
未来技術遺産は強かった。
そしてパフォーマンス部門は勿論――
「飛ばしてないのに優勝なのですよーぅ」
サービスショットの故、だろうか。
● 熱すぎる戦い
フィンランドはサウナ発祥の地、まさしく本場だ。
その地で行われる大会で優勝を勝ち取る事は、世界を勝ち取る事を意味する――かどうかはともかく。
「勘違いしてもらっちゃ困るな」
若杉 英斗(ja4230)は、サウナ小屋の入口でギャラリーに向かってポーズを決めて見せた。
「撃退士が世界に挑むんじゃない、世界がこの俺に挑むのさ!!(ドッキャーン!」
誰だ、そこで派手なスモーク焚いたの。
(地味な戦いになりそうだからな。口上だけでも大きく出て、目立っておかないと…)
そして英斗は小屋の戸を開ける。
「久遠ヶ原学園のシリアス担当、この若杉が鮮烈な世界デビューを飾る時が来た! いざ!」
そこには先客がいた。
その男、佐野 輝久(jb9015)は、英斗とは真逆のスタンスでこの戦いに臨んでいた。
勢いで修学旅行に参加しまった後で、重大な事実に気付いたのだ。
即ち。
「ってか、ツレもいないのに海外旅行に参加とか何考えてたの俺ッ!?」
という次第である。
集団の中のひとり行動マジ孤独感ハンパ無い。
もしかしてぼっちルートフラグ?
周りに「見てあの人、修学旅行なのにぼっちだよー」なんて引かれたら耐えられないし…ッ!
こうなったら、一人で居ても不自然でないサウナ大会でDVD見たりして時間を潰すしかないじゃないか!
しかし、サウナ付属のTVは一台しかない。
その一台しかないTVのチャンネル権は、蓮城 真緋呂(jb6120)がしっかりと握っていた。
「じっと我慢だけってのも何だしね」
そして選んだのが、北欧メタルの音楽番組。
「北欧といったらこれよね」
そうそう、良いよねあのキラキラな美メロ。
サウナで聴くにはどうかと思わないでもないけれど。
その画面をぼんやりと見つめながら、米田 一機(jb7387)は思う。
(僕、ここで何してるんだろう)
真緋呂と並んでサウナで我慢比べ、ですね。
(いや、それはわかってるけど)
まだ頭は大丈夫な筈だ。
熱いけど。茹で上がりそうに熱いけど。
ふと脇を見ればビキニ姿の胸元(推定F)が眩しすぎて、平常心を保てないお年頃。
それでも何とか頑張ってみるが、体温は確実に上昇を続けている様だ――中からも外からも。
「一機君、ギブしてもいいのよ?」
爽やかな微笑に、一機は意地でも負けるものかと痩せ我慢。
見れば真緋呂も汗だらだら、顔は真っ赤で今にも意識が飛びそうだ。
こうなるともう、我慢比べと言うより意地の張り合い。
さて、どちらが先に折れるか――
「「もう限界!」」
同時に叫んだ二人は揃って外に飛び出し、足並み揃えて冷水にダイブした。
「冷水プールが気持ちい……」
……ちっちっちっ……ちーん。
「冷たい寒い冷たいっ!」
今度は水の冷たさに耐えきれなくなった真緋呂に抱き付かれ、一機は再びヒートアップ。
推定Fカップがぎゅっと押し付けられ、嬉しいやら困るやら。
そして華のなくなった室内に残された男二人。
「心頭滅却すれば火もまた涼し…とはよく言ったものだ、ふふふ…ふふふ…ふふ…ふ…」
英斗はひたすら耐える。
ピクリとも動かずに、じっと耐える。
「…想像以上に地味だぜ…」
ここは一発、何かネタでも披露するか。
いやいや、英斗はそんなキャラではない、だってシリアス担当だもの。
その反対側ではTVのチャンネル権を握った輝久が、お気に入りのDVDを鑑賞中だった。
水着の上からTシャツと短パンを着て、脱水症状を防ぐ為の水も水筒に入っている。
これで暫くは外に出る必要もないだろう……この暑さにさえ、耐える事が出来たなら。
「優勝は狙ってないけどサウナの外には出たくないかな。だって、もし外に出れば、俺がぼっち参加ってバレるじゃん…ッ!」
大丈夫、ぼっちは君だけじゃない!
英斗だって……おや、何か様子が変だ。
「あぁ…君はもしかして、俺のエア彼女!?」
何もない空中に腕を伸ばしている。
「ついに実体化してくれたんだね!! こいつめぇ」
何もないところにコッツンスリスリしている。
どうやらトランス状態に突入した様だ。
「さぁ、一緒にレッツサウナ――」
ゴツン☆
幻の彼女を抱き締めようとして、頭を打った。
その途端、覚醒――いや、正気に戻った。
「はっ!? 俺は何を…俺のエア彼女は!?」
あ、微妙に戻ってない。
「俺のエア彼女は、所詮はエアだったのか!? この暑さで蒸発してしまったのか!?」
はい、出口はあちらです。
結局、手持ちの回復スキルを使い限界まで耐え抜いた輝久が最後まで勝ち残る事となった。
世の中やはり、無欲な者が勝つのかもしれない。
● フィンランド、ふしぎ発見!
「ここは、ぼくのお父さんの故郷なのです…!」
シグリッド=リンドベリ(jb5318)は生まれも育ちも日本だったが、父の祖国に関しては色々と聞かされている様だ。
「この時期ですとオーロラが見頃なのですが…」
相変わらずボンヤリしている門木に防寒着を着せ、カイロを持たせ、首にマフラーを巻いてやりながら訊ねる。
「ぼくはサンタさんにご挨拶したいのです…! 先生ご一緒しませんか?」
日本を出てからずっと一緒――と言うか、レイラ(ja0365)と二人で世話を焼いてきた訳だけれど、改めて。
勿論、引き続きレイラも一緒だ。
友達は他の所に行ってしまったし、本当は門木を独り占めしたい気分だったけれど。
「すみません、よろしくお願いしますね」
ちょっと申し訳なさそうに頭を下げたレイラに、シグリッドは慌てて首と手を振った。
「あ、そんな、謝らなくていいです…!」
独り占めが無理な事はわかっているし、同じ学園の仲間に寂しい思いはさせられない。
いつでも三人一緒なら、逆に自分が寂しくなる事もないし。
それに、ぼんやり門木の迷子や事故防止の為には両脇でガードを固めるのが一番だ。
「少しでも門木先生とご一緒できると嬉しいのですよ…!」
「……ん、案内よろしくな」
と言うわけで。
サンタクロース村では、毎日サンタさんに会う事が出来る。
「あ、ほら。トナカイもいますよ!」
食事はカフェのサーモンが美味しいそうだ。
「レストランでトナカイ食べられるらしいです…よ…」
「……美味い、のか?」
食べてみようかとも思ったが、シグリッドが何やら目をウルウルさせている。
うん、またの機会にしようか。
それから村の郵便局に回って、クリスマスカードを出す。
「先生とお友達とモミの木さんに。この赤いポストに入れるとクリスマスに届くそうですよ!」
それから、モミの木へのお土産にオーナメントを買って。
そこにはディザイアとありすも来ていた。
彼等はこの後、オーロラを見に行く予定らしい。
「サーリセルカって言ってな」
そこはラップランド最北のリゾート地、オーロラ観測が出来る事でも有名だった。
「日本じゃオーロラは見れんからな」
「……オーロラ…」
確かレイラも見たいと言っていた。
「はい、サーリセルカはここからバスで三時間半ほどです」
レイラが計画を立てていたのも、ちょうど同じコースだった。
既に長距離バスの予約も、着いた先での宿の手配も完了している。
「よろしければ、ご一緒しませんか?」
目的地が一緒なら、わざわざ別行動をする事もないだろう。
サンタ村を満喫した五人は、サーリセルカ行きの長距離バスに揃って乗り込んだ。
その頃、ヘルシンキの一角では。
鈴谷 貴太郎(jb2268)が借りたレンタカーの後部座席から身を乗り出しながら、朝澄 夜千代(jb1458)が鼻歌を歌っていた。
「野菜楽しみですね!」
「え? 野菜、ですか?」
助手席のフェイト・高槻(jb1798)が首を傾げつつ振り返る。
「だって収穫旅行でしょ? え? 収穫じゃなくて修学旅行?」
何たる空耳。
しかし夜千代は気にしない、さっさと話題を変えてきた。
「ちよは出来る子なのでガイドブック買いました!」
ばーん!
取り出した本の表紙には、ニュージーランドの文字が。
「ランドしかあってない? 小学2年生に選ばせたお二人の責任です」
ネズミの国と間違えるより、危険はないと思うけど。
でも大丈夫、こんな事もあろうかと――
「優しい私は地球の歩き方的なアレを用意しておいてあげたのですよ!」
フェイトが取り出したのは、真っ当にフィンランドのガイドブックだった。
ただし。
「行き先はサイコロで決めるのです!」
「サイコロかよ! 何ここまで来て企画なの!?」
貴太郎がツッコミを入れる、が。
「良いけどさ」
良いのか。
「はーい、二人共注目ですよーぅ!」
サイコロ振りまーす!
行き先はキルピスヤルヴィ……ってどこ?
え、最北端? 車で20時間超? 普通は飛行機?
まあいい、運転は好きだし。
「んじゃ行くぜ。道? カーナビで何とかなるっしょ」
道中、延々と夜千代の怪談を聞かされ続け、心が安まる暇もないが――
「俺? 楽しんでっぜ? 得意だしよ、陰陽師なもんで」
途中で買ったCDを果てしなくリピートさせながら、いいかげんそれも聞き飽きた頃。
「お、良い感じに温泉見っけ。ちょっと遊んでっか」
「まぁ? 運転手は貴太郎さんですから、途中の寄り道はお任せするのですよーぅ。ただし、面白いところをお願いしますね、面白いところを」
面白いかどうかはわからないが、何やらイベントが行われている様だ。
「ちょっと寄ってこうぜ、あれこれ見ないと損でしょ」
そこで行われていたのは、何とエアギター世界選手権……の、地区大会。
なんでも、飛び入り歓迎だそうで。
「え? 家族? 違うよ?」
「そう、ちよは二人のジャーマネさんなのです!」
夜千代は早速勝手にエントリー、自分はちゃっかり解説席の末端に座る。
そして勝手に選手紹介。
「ドーナツが如き可憐なる円環。金色の獅子フェイト! そしてウェハース的な軽いノリに秘める大和魂、鈴谷なのです!」
選んだのは車の中で耳タコになるまで聴いたあの曲だ。
そしてフェイトは流石にアイドル、プロの技とノリで見事に優勝を掻っ攫った。
因みに賞品はエアトロフィーだったとか。
旅行中だし、荷物にならなくて良かった……ね?
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である!」
ハッド(jb3000)は今年も安定のフリーダムだった。
「ひととせぶりの会瀬になろ〜。あやつは壮健かの〜」
あやつら、とは。
そう、英国はロイヤル・タンブリッジ・ウェルズ在住の青年と猫達の事。
ちゃんとアポは取ってある。
待ち合わせ場所に迎えに行き、そして一緒にぬこを見るのだ。
「旅は道連れと言うではないか、共にフィンランドをたのしも〜ぞ!」
サウナと温泉でのんびり〜しつつ、意思疎通で地元の猫と仲良くなる。
それで猫語の通訳が出来る訳ではないが、そこは気分の問題で。
「ところで、この国にはカマバットという一族はおらぬのかのう?」
お〜い。
いや、多分呼んでも返事はないと思うんだけど。
夜(jb7204)の行動もまた、フリーダムだった。
人の流れにまじって着いて行ったところ、気づけばフィンランドに。
自分がどこにいるのか全く理解していないまま放浪し続け、彼は犬ぞりを発見する。
そして、目覚めた。
「なにやら知らないが、俺の内なる野生が騒ぐのだ……あれを牽いて走れと!」
夜は金眼黒毛のニホンオオカミを思わせる様な姿になって犬ぞりを牽く。
「俺は誇り高き山神の末裔にして、荒ぶる暴威の顕現! 刮目するがいい、異郷の民よ!」
言っていることは恰好よさげだが、誇り高き山神の末裔は普通、犬ぞりなど牽かない。
しかし断言しよう、犬と狼との違いなど些末であると――!
多分ね。
そして彼は世界で唯一の犬ぞりを牽く狼として注目を浴び、次期南極探検隊の一員としてスカウトされた――という話は、残念ながら聞かなかったけれど。
「フィンランド、かの原書を手に入れる絶好の機会だな」
その時、戸蔵 悠市(jb5251)の眼鏡は光った…かもしれない。
旅の目的は芬蘭語で書かれた本の入手。
芬蘭文学を語る時に欠かせない詩集から有名な某谷の物語まで、ピンときたら手当たり次第、自由時間と予算の許す限り買い漁る。
宅配便などもっての他、さっさと読むためなら大荷物も何のそのだ。
「断言しよう、俺のアウルは本を運ぶ為に存在すると」
少なくとも今この時だけは確実に。
一番の目的は『カレワラ』と『カンテレタル』の原書、あわよくば――
「おぉっ、これは『原カレワラ』っ!」
読める! 読めるぞ!
途中で会った友人、ルドルフに何と言われようとも構わない。
「私は胸を張って答えよう、本を買うためだと!」
きらーん。
今度こそ、彼の眼鏡は光った…かもしれない。
「ごめん待って、君がここまできた理由が俺にはやっぱ読めないんだが…」
頭を抱えるルドルフに別れを告げ、悠市は再び探索の旅に出た。
ここで立ち止まっている暇はない。
行く手には広大な書物の海が待ち受けているのだ――!
真緋呂は一機と共にヘルシンキの町を散策していた。
他国の人間には理解が難しい独特な味を持つ飴として有名なサルミアッキをうっかり口にしてしまった真緋呂に、一機は現地の人に教わった錫の馬蹄占いを披露してみる。
馬蹄形をした錫を溶かして水に入れ、それが冷えて固まった形から運勢を読み取るものだ。
「金運とか、これからいい事ありそうな形してる」
そう言いながら、何となく犬の様に見えるそれを土産代わりにプレゼント。
「ありがとう。じゃあ代わりにこれあげるわね」
真緋呂が差し出したのは、ククサと呼ばれる白樺のカップだ。
「人に贈られると幸せになるんですって」
「へぇー」
どうやら気に入ってくれた様だ。
「よし、今日は奢っちゃうぞ」
夜の町でディナーと洒落込もうか。
そしてサーリセルカでは。
地元の小ツアーに参加したレイラは、皆と一緒にサーミの可愛らしい民族衣装を着て記念撮影したり、お土産のショッピングを楽しんだり。
幸運のククサは、勿論真っ先に手に入れた。
夜になれば、頭上には神秘的なヴェールがいっぱいに広がる。
(門木先生と…修学旅行…(////)
空気は凍てつく様に冷たいけれど――
(先生と一緒ならどこでも幸せで…(////)
寒くない。寧ろ熱い。顔の辺りとか、特に。
熱でもあるのかと心配される程に。
オーロラが見られるのは、オーロラベルトと呼ばれる一帯のみ。
残念ながらヘルシンキで観測されるのは稀だった。
しかし、そこは撃退士パワーで引き寄せたのか――その夜は、ヘルシンキの上空にも見事なオーロラが広がっていた。
雄星と凛は小高い丘に上がってそれを眺める。
「これからもよろしくな、凛」
じっと夜空に見入る凛に、雄星は不意打ちのキスを――
そして最終日。
近場でのんびりスイーツ店巡りをしていた者も、ひたすら車のハンドルを握っていた者も、涙目で逃走した弟を必死に捜し回っていた兄も、そして野性に返っていた者も、恐らく、多分きっと、無事に帰りの飛行機に乗った筈だ。
乗り損なったら後は自己責任で……いやいや、大丈夫。
皆さんちゃんと無事に帰り着きました。
沢山の思い出や、お土産と共に――