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光と食のファンタジックフェスタ タグ:【函館】 MS:佐嶋ちよみ


 深い色をした海に左右を挟まれた砂州の街、函館
 ようこそ、異文化の交差点へ!



●目指せ甘味制覇〜第一陣〜
 総人口に対して、菓子店・カフェの数が合わないというツッコミにはもう慣れた。
 そんな地域ぐるみで開催されるのが『スウィーツフェスタ』。
 有志店舗は20近く、スタンプラリー形式で街を楽しみながら甘味を満喫しようといった企画だ。


 遠目には粉砂糖をまぶしたような函館山。
 函館駅前でバスを降りた江沢 怕遊(jb6968)が、キラキラとした瞳で猛然と駆けてゆく。
「おー 甘いものいっぱい食べるのです♪」
 目指すは、全メニュー制覇!
「メニュー、上から全部食べるのです♪」
 パァン! 元気よくガラス戸を開けると、驚いた表情で老人が顔を上げ……そして破顔した。
「よぐ来だな。べこ餅、美味いど」
「おー べこ…… 牛ですか?」
「ま、名物はいなり寿司なんだがな!」
 怕遊が三軒目に入ったのは、お餅屋さん。
 白と黒の餅は素朴な味で、寒い季節にホッとする。
「失礼します。フェスタのスタンプラリーで来たのですが……」
 今度の来訪者は静かだ。
 志々乃 千瀬(jb9168)が、おずおずと遠慮がちに顔を出す。
 雪のような白銀の髪が傾けた首に沿ってさらりと揺れ、そのままフリーズする。
 視線は、怕遊の手元で止まっていた。
「おー! この店の名物らしいのです♪」
 怕遊が元気よく手を振った。
 隣に腰を下ろし、千瀬は他にどんなものを食べたのかなど情報を交わす。
(女の子…… 中等部くらい、かな??)
 引っ込み思案な千瀬だが、怕遊があまりに幸せそうに和菓子を食べているものだから、少しだけ警戒心が薄れる。
 ちなみに怕遊は男子であり、千瀬と同じ高等部3年ということは学園へ戻ってから気づくだろうか。
「あの、ね。私は和菓子を中心に、たくさん回ってみようと思うの」
「おー それじゃあ、またどこかで会うかもしれないですね♪」
 ――よければ、一緒に
 言い出すタイミングを、千瀬は逃してしまった。
 ぺろりと指先をなめると怕遊は満面の笑みでお辞儀をひとつ、次の店へと弾丸のように飛び出していく。
(また、どこかで……)
 それも、楽しいかもしれない。


「去年は南だったから、今年は北……かな」
 路面電車の終点の一つである『谷地頭』停留所で降り、山へ続く急な坂を登ったところに湧き水がある。
 龍崎海(ja0565)は、食べ歩きの供にしようと持ち込んだ水筒へ注ぎながら、そこから臨む景色に目を細めた。
「この高さから、というのはポストカードでも見かけないけど……なかなか綺麗だな」
 美しく弧を描く沿岸部が、海峡を抱くように伸びている。
 独特の景色をデジカメで撮り、海は満足そうに微笑した。
「折角だしね。スタンプラリーの制覇を目指そうか」
 電車の中で既に効率の良い道順を割り出している。
「釜焼きパン屋で、焼きたて季節パンが上がる頃だね。そのまま公園へ上がって……」
 食べて、歩いて、疲れたら店内で一休み。
 日が暮れる頃に、夜景を見に行ってみよう。


 クレープを片手に、神崎・倭子(ja0063)が路面電車の走る道路に沿って街を歩く。
「生クリームに卵にバターに…… なるほど、北海道のスイーツが美味しいわけだ!」
 豊かな材料を求め、パティシエが集まるのも納得。
 高い高い空。どこに居ても香る潮風。
 レトロな電車が倭子を追い抜いてゆく。
「平和だなー……」
(平和といえば。駅前の特設会場で、ヒーローショーが開かれるんだっけ!)
 友人が参加すると話していた気がする。
 パンフレットを取り出そうとしたところで、ふと視界の端、路地の向こうに気になる看板を見つけた。
「おや、フェスタ参加仲間でしょうか?」
 お辞儀をして店から出てきた如月 千織(jb1803)が倭子に気づく。
「うん、今のお店って?」
「中国茶屋でした」
「チャイナ……!」
 時間を確認する。ヒーローショーまで、お茶をする余裕はある。
「私も行ってみまーっす!!」
「温かなジャスミン茶がお勧めですよ」
 お湯の中で花開くジャスミンティーは、目でも楽しめる一品。
「ふふっ、甘味があるなら……とことん食い尽くそうじゃないですか……!」
 千織は、次なるフィールドを目指した。


 五稜郭地区。
 西洋式要塞跡のある地区で、繁華街のひとつだ。本日限定歩行者天国に、出店が並ぶ。

「黎さーん! クリームと餡、どっちにします?」
 焼きたての『甘次郎』――いわゆる『今川焼き』『大判焼き』と呼ばれる類のものだが、この街では店の名が愛称として定着していた。
 点喰 因(jb4659)が、ホクホク笑顔で紙袋を抱えてくる。
 振り返った常木 黎(ja0718)の手には、スティック状のアップルパイ。
 好奇心旺盛な因に手を引かれ、黎もいつになく気持ちが浮上している。
(……体臭まで甘くなりそうね?)
 なんて、冗談交じりで考えるくらいに。
 強引だったろうかと不安になり、因が黎の顔を覗き込んだ。
「な、なんといふか、ごめん」
「え」
「ストップ、これは帰ってからで。コーヒー。コーヒーにしよう!」
 黎は個人行動が基本だったから、こうして一緒に巡る友人が居るだけで十分に嬉しいことで。
 もともとの小食を押していたため、確かに容量が厳しくなっていたところだった。
「いいけど…… いいの?」
「お土産も買ってこうよ。お土産ー」
 小動物のようにクルクルと因が動き回る。
「誰のとは、聞かないでしょう?」
「え? あぁ、うん……」
 にやー、と猫のような笑みを浮かべる因から、黎が照れ隠しに顔を逸らす。
 誰の、とは言わなくても。
 二人が同時に思い浮かべたのは、赤髪の卒業生。
(喜んでくれる…… と、良いな)


「トート 甘い いっぱい」
 逆月十音(jb8665)を抱きかかえ、ネイ・アルファーネ(jb8796)はキラキラと輝く無垢な瞳で出店を見渡す。
 冬なのにソフトクリーム。
 アツアツ、程よくパリっと焼き上げられたクレープ。
 カラフルなマカロンに、バターの香り豊かな焼き菓子たち。
 食べたい、食べてみたい、足りない言葉を力いっぱい振る尾でネイはアピールする。
「ネイは相変わらずなのですよ〜……。とっても馬鹿犬っぽさが最高なのですよ〜……」
 ひどい言いようにも聞こえるが、ネイの腕の中でひとくちサイズのチーズケーキを食す十音の表情は優しい。
 儚げなこの少女の方が、実質的に『保護者』であり、世間に疎いネイをサポートしていた。
「あっ、あんなところに美味しそうな」
「!!」
「有機野菜を使ったケーキだそうですよ〜」
 腕の中の天使が、小悪魔のように微笑んだ。
 金色の大型犬は、チワワのようなまなざしで言外に訴えた。
 目標は、全店舗の全メニュー制覇…… ならば、越えねばならぬ壁なのだ。
 さあ…… ふたりの下した、決断は?

「トマトのケーク・サレ、自然な甘みが美味しいですね」
 深い味わいに千織の歓声が響く。
「野菜ブレンドのパウンドは、レシピを教えていただくことできますか?」
「重要な事はメモメモなのですね!」
 ヒョイ、千織の横から聖蘭寺 壱縷(jb8938)が顔を出す。
「相性のいい紅茶の茶葉を考えるのも楽しそうです…… おや」
「どこかで……お見かけしましたでしょうか」
 千織と壱縷は互いに記憶を辿る。
「壱縷、美味しいのあったか!?」
 黛 紫苑(jb8879)が、壱縷へ背後から抱きつき、それから千織に気づいて会釈を。
「迷子になるなよ…… っと」
 一歩引いた形で、妹である紫苑と幼馴染の壱縷の保護者役を買って出ていたのは黛 悠(jb8946)。
「友達できたか、壱縷」
「悠兄さんは壱縷に過保護過ぎだぜ?」
「僕より…… 悠は、友達ができたのですか?」
「容赦ないぞ、二人そろって……」
 和気あいあいとしたやり取りに、千織は口元を緩めた。
「学園でお会いすることがあれば、お菓子の話でも」
「はい、僕は――」
 入寮したばかりの住まいを伝えると、千織が軽く目を見開く。
「まさか」
 旅先で、同じ寮生とおそらくは初顔合わせ?
 手を振り合う二人の背を、悠がぼんやり見守る。
「悠兄さん? その…… 言わないと、わからないこともあるぜ?」
「……紫苑」
 血の繋がった実の兄妹でありながら、悠と紫苑が顔を合わせたのはつい最近のことで、どことなくぎこちない空気が横たわっている。
 空白の時間の分だけ、距離を縮めたい。方法がわからない。
 美味しいものを食べていれば、あるいは自然に……そう考えないでもなかった。
 共通の友人である壱縷も居たなら、……居
「「壱縷!!?」」
 まさかの、この隙に迷子。
「携帯用料理道具一式装備のイベント参加者なんて多くないだろ。呼びかければ……」
「単独行動じゃミイラ取りになるぜ! 僕も一緒に行く!」
「お、おう」
 男前な妹は、どんな時でも男前だった。



●温泉は甘くない
 湯の川温泉郷。
 若者からお年寄りまで幅広く愛される名所のひとつ。
「男の娘……参る!」
 混浴があると聞いて揚々と、姫路 神楽(jb0862)はフロントへ。
 女子と一緒の温泉に入りたいというわけではない。そも、神楽にとって愛しい人は既にいるわけで。
 性別:男の娘 は、何かと大変なのだ。

「ふぅ……良ーい湯っこだっけさ……」
 熱すぎず、温すぎず。
 どこで伝染したか北海道弁で、いい湯満喫。
(こうして、ゆっくりできるのが……嬉しいですね)
 冬の潮風は冷たく、頭がシャッキリする。
 温泉をあがったら、牛乳に卓球に…… やりたいことは色々あるけれど、今しばらくゆったりとした時間に身を任せようか。


 休火山を抱く函館には、温泉の湧くポイントがいくつかある。
 海岸線に面した『水無海浜温泉』もまた、その一つ。
 入浴可能時間は潮の干満によって変わり、自然の恵みそのものといった場所だ。
「眺めて愛でる花があり、のんびり浸かれるお湯がある。最高の贅沢だね、これは」
 長い四肢をグイとのばし、天城 暦(ja9918)は空を仰ぐ。
「あら。花ってボクのこと?」
 くすくす笑う綾(ja9577)の傍らには、徳利を乗せた桶。
「……手酌になっちゃうわねぇ」
「おや、そんな無粋なことはさせないさ」
 暦が、すっと綾へ酌を。
「いいお湯ね……」
「……波の音が……素敵」
 バスタオルを羽織ったユキメ・フローズン(jb1388)、秋姫・フローズン(jb1390)が姿を見せる。
「湯当り注意だよ〜。あっ、飲みすぎも注意ね〜?」
 飲料水を持参したのはアメリア・カーラシア(jb1391)。綾が既にいくつも徳利をカラにしていることに気づいて一言。
「……いいお湯」
 普段は表情の薄い染井 桜花(ja4386)も、この時ばかりは嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「本物の温泉は一味違うな……、何か気持ちいいぜ」
「あっ部長、ちゃんと体を洗ってから温泉に入ってください」
「わーかってるって、黒井! 駆け込み飛び込みのポーズだけだってば♪」
「うーむ、やっぱり僕は背が低い」
 一足先に温泉を満喫していた蔵寺 是之(jb2583)。
 いかなる時でもマナーは大切、みんなの良心・黒井 明斗(jb0525)。
 明るく振り向く紫園路 一輝(ja3602)の体には、それまでの戦闘を生き延びてきた証として傷跡が痛々しく刻まれていた。
 ――という姿にも見慣れている森田良助(ja9460)は、年長者の部類なのにダントツの小柄振りを目の当たりにして黄昏ている。
 女湯も賑やかだが、気心の知れた野郎同士の湯船もなかなかだ。
 【討伐紫】ご一行。つい先にもあった戦いでの傷を癒す目的もあって、ノンビリ湯治。
「平和の象徴ですよー」
 ぷかり、良助がひよこの玩具を泳がせる。
「さて諸君。この温泉はすばらしい景観だ。しかし一つだけ、無粋なものがあると思わないか」
 演技がかった口調で、一輝は語り始めた。
「!? だめですよ!」
 察した良助が立ち上がり、止めようと腕を伸ばす。
「っは、バ〜カ。俺を誰だと思ってる! 据膳食わぬは男の恥だぞ?」
「んじゃ覗かせてやる……」
「蔵寺君!? 僕じゃナイヨ!?」
「森田のパターンは読めてるって♪」
 良助の背を是之が押す、突撃される形となったが一輝は避ける。その先に待ち受ける、女湯との仕切り。

「筒抜けだ」

 暦が、ノーモーションで風呂桶を投じる。
「残念だが、彼女らの湯浴み姿は見せられんな」
 容赦なく連弾で二人は湯に沈んだ。
 ここからが、予想していた女性陣による華麗なる制裁タイムスタート。
『遠慮はするな……。たっぷりと……桶をくれてやろう……!』
 秋姫の中に存在する『修羅姫』もお怒りです。
「……遺言もういい?」
 桜花によるフィニッシュへ、返る声はなかった。

「っぷっは♪ っくっくっ、はっは♪ いやー桃源郷は短く美しいね♪」
「悪戯も、ほどほどにですよ」
 湯治に来て深手を負うとは如何に。回復魔法を掛けながら、明斗は苦笑い。
(こんな馬鹿も何時まで出来る事か……)
 いつか、潮は満ちる。
 ふ、と一輝から笑みが消えたことには、誰も気づいていない。


 騒動のさなかに、来客二名。
「温泉と言うのは初めてなのじゃが、楽しいモノじゃのう」
 アヴニール(jb8821)は、ドタバタ劇を目にしながら湯へつま先を入れてみる。
 外気との温度差に驚き、それから湯の心地よさに虜となった。
「湯に浸りながらの絶景は格別だの」
「何処を見ても凄いのじゃ!」
 陽炎 朔夜(jb9145)がこの場所へ誘ってくれた理由がわかる。
「朔夜……、傷が沢山……なのじゃ」
 普段は面頬やプロテクトで覆われている彼女の体を、こうしてアヴニールが目にするのは初めてだった。
 右目の切り傷、体中も傷だらけ……
「大丈夫、心配ない」
 受けた傷は、過去のもの。今は平気と朔夜は微笑みかけ、少女と視線の高さを合わせた。
(……色々聞かない方が良いのかの……)
 アヴニールは、朔夜を姉のように慕っている。
 まるで、見えない壁を立てられたような、寂しい気持ちになってしまう。
 でも、今は。
(誘ってくれたこの場所を、今という時間を、思いっきり楽しむのじゃ)
「朔夜、我が背中を流すのじゃ」



●目指せ甘味制覇〜第二陣〜
 五稜郭の堀周りをゆっくり散策したあと、北条 秀一(ja4438)と酒井・瑞樹(ja0375)の二人はベイエリアまで足を伸ばしていた。
「この辺りも風情があるな、北条さん」
「大正ロマンとは、いったものだ」
 赤レンガ倉庫群の裏手には和洋折衷様式の茶屋。アーリーアメリカン調のカフェがその並びに。
 まるで、街並みまるごと文明開化の真っ最中だ。
「そういえば瑞樹はこういう甘いものも好み、だっただろうか」
 茶屋の前で秀一が足を止め、メニューを覗き込む。
「和菓子なら求肥も練切りも好きだが、北海道ならやはり口取りだな!」
 熱弁する瑞樹に、秀一がクスッと笑う。
「ぶ、武士だって甘い物ぐらいは食べていたと思うから、構わないのだ……」
「ああ、そういう意味で笑ったんじゃない。実はな、こっそり調べておいた店があるんだ」
 瑞樹が照れ隠しで言い募ると、秀一が悪かったと謝りながらメモを取り出す。
「北条さんが?」
 自分の好きなものを覚えていて、それにあわせた場所を探してくれていた。
(嬉しいのだ)
 瑞樹の顔が火照る。
 その角を右に――、案内しながら自然な流れで秀一が彼女の手を取った。


 湾に面した赤レンガ倉庫群は、変わった土産屋やアクセサリー、そして甘味処の集中しているスポットだ。
 ウィンドウ越しに眺めるだけでも楽しい。
(たまには、こういうのもいいだろう……。光だったら、甘味制覇もしそうなものだが)
 水無月 神奈(ja0914)が後輩を思い浮かべ――た、その先に。
 視界に入ったのは、青髪のポニーテール姿。
 全開の笑顔で手招きしている。
「移動販売クレープ……おひとりさま限定2個。なるほどな」
 自分の姿に驚くでもなく、見かけるなりコレだ。
「いま行く……。何処へ行こうと、変わらないな」
 小さく笑い、路上のワゴン車へと歩み始める。その後ろにどこかで見た顔があることに気づいた。
 向こうも気づいたようで、軽く会釈をしてきた。
 グラン(ja1111)だ。
「甘味があるところに光嬢ありのようです」
 同じく、彼も限定販売のクレープで捕まったらしい。
「そうそう。近くの菓子工房で、菓子作りを体験させてくれるそうですよ」
「ふむ?」
「光嬢に体験する機会を、と思いまして」
「聞こえてます、グランせんせい」
 そっぽを向いている少女が、頬にチョコレートソースを付けてむくれていた。
 菓子にまつわるイベントのたびにフォローをしていたものだから、グランは気づけば『先生』認定されていたらしい。
「これからはどうします? 行きたい場所があるならスケジュールを組みましょう」
 事前に打ち合わせができたなら理想的だったが、ここで落ち合えただけでも幸運だった。
「うーん。神奈さんは、どこかありますか?」
「……私も一緒なのか?」
「え?」
「え?」


 観光ポスターでも屈指の御馴染の坂を登る少女たちの姿がある。
「コベニ! ミズホ! 道が凍っているから気をつけるのだ」
 凪澤 小紅(ja0266)と長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)。大切な恋人たちの手を取って、フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)はしっかりとエスコート。
 三人だけで行動する修学旅行は今年が初めてで、フラッペはやる気に満ち溢れている。
「あそこで、英国式のティーセットを楽しめるらしいのだ!」
 目指すは、旧イギリス領事館!

「庭は、薔薇ですわね……。季節だったら、見事だったのでしょうね」
 雪を被る庭園へ目をやるのは、みずほ。イギリス出身の彼女にとって、この建物はどこか懐かしく感じられる。
「ほう。6月には、ガーデンウェディングもあるのだな」
 テーブルにセットされているアルバムへと小紅が手を伸ばした。
 隣から覗き込み二人のドレス姿を想像しているフラッペの鼻先へ、可愛らしい焼き菓子が差し出された。
「とりあえず、近い未来より今ここにある幸せ……か?」
 『あーん』をさせる小紅の顔が赤い。
 小紅が、照れ隠しにクスッと笑ってみせた。
(そういえばわたくし、小紅さんの笑顔を初めて見ましたわ……)
 みずほは、その横顔を見つめ。
「それでは、わたくしからは小紅さんへ。あ〜ん、ですわ」
(そうか……。まだ、笑えるんだな、私は)
 微かに緩んだ口元に、小紅自身が驚いた。
「ボクもミズホも一緒なんだから。これから、もっともーっと、一緒に笑おう、コベニ」
「離れぬよう。忘れぬよう……ですわね」
 いつか交わした、三人の約束を唇に乗せ―― それから、みずほはひとつ、行きたい場所を告げた。



●イカすイカせよイカす時!
 函館の代名詞の一つに『イカ』がある。
 名物としてのイカは、やがて象徴化され一人歩き甚だしい。
 そんな現状を嘆く者がいた。

「それが侵略者・イカ型宇宙人イカーリアなのです!!」
 進行役は竜見彩華(jb4626)。
 ここは駅前地区の特設会場、食休みがてらに用意されたヒーローショーだ。

「リア充……滅すべし…… 慈悲はなイカ」
「イカーリア星人が襲って来たわ! たいへーん!」
 タコの姿をしている、イカーリア星人 ※虎綱・ガーフィールド(ja3547)が立ちはだかっていた。
 イカ型という設定は何処へ行った! 安心するが良い、語尾はイカだイカ!!
(しっと団らしい活動も久しぶりだし気合入れるかの……)
 虎綱は砂糖よろしく墨を吐き散らす。
「たすけて、正義のヒーロー!!」
 天道 花梨(ja4264)が甘い香りのする墨から逃げ惑う。墨に見せかけたチョコレートソースのスプレー……だと。


「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
「我龍転成っ、リュウセイガーッ!」

 颯爽とセットを飛び越え、ステージへ光り輝く二人のヒーロー、見参!
 千葉 真一(ja0070)、雪ノ下・正太郎(ja0343)だ!
「あッまーい!!」
 墨がブシャーとヒーローたちの視界を奪わんと噴射された。
「可愛い助っ人はいかがかな!?」
 鞭が一閃、ヒーローたちの手前で墨を打ち払った!!
「むっ、何ヤツだイカ!」
「第三のヒーロー、そう呼んでくれて構わない」
 紫のヒーロースーツに身を包む海城 恵神(jb2536)参上!
「1対3とは、卑怯だイカ!」
「脚を8本も持っておいて何を言う! 行くぜ、リュウセイガー!!」

「ヒーローのリア充っぷりに、神様もしっとしちゃうかもしれないのだわ!」

 リア充――『リアルが充実』であり、つまりヒーローとして充実している彼らも『リア充』だったのだ!!

「誰かがしっとに燃えるとき、しっと団は現れるっ!」

 ヒーローに護られていた花梨が、ピコハンを振りぬいた。
「残念、私はしっと団の総帥なの☆」
 華麗なる早着替え、翻るマントの下は――
「スク水?」
「スク水……」
「寒いのだわ!」
 ちびっこ達のヒソヒソ声を掻き消すよう花梨が叫ぶ。
 女幹部っぽい姿になりたかったんです。でも小学生なので限界があるんです。

「必殺…… 氾濫掌!」
「ゴウライ……キーッック!!」

 二つの輝きがクロスし、イカーリア(虎綱)、そして女幹部(花梨)を滅ぼす……!
「危ない、うしろよー!!」
 彩華の声と子供たちの叫びが重なる。

「ふはははは…… イカにも、私が真の黒幕である!」

 煙幕の中から恵神の鞭が飛び出し、ヒーローたちを襲う。
「お前達正義の力、この程度か!?」
「……足りない」
 乳が、の言葉を飲み込んで、リュウセイガーは立ち上がる。
「ああ、俺たちを倒すには、そんな手足の数じゃあ足りないな!!」
 ゴウライガ、ナイス熱血。
「みんなの勇気を、俺たちに送ってくれ!」

 \ がんばれヒーロー!! /

「ぐはぁ、小癪なぁぁぁぁ!!」


「良い子のみんな、応援ありがとう〜!」



●目指せ甘味制覇〜第三陣〜
 ケーキ柄の路面電車を降りて、住宅街を歩くこと約15分。
「パパ、看板みつけたよ〜っ」
 黒田 紫音(jb0864)に腕を引かれ、ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)がマップから顔を上げた。
 血の繋がりはないけれど、義理の父娘として血より濃い家族の二人。
 甘党二人に恐れるものはなく、行く先々の様々な甘味を楽しみ、街を楽しんでいる。
 今回のフェスタにおいて、場所が分かりにくいからと出店参加している店の、本店を探しにこんなところへ。
 白壁に深いグリーンの屋根。通りから見える美しい庭は今は雪化粧。その向こうに、サロンが覗いていた。

 日当たりのいい席に座った二人へ、ケーキセットが運ばれてくる。
「ふむ……これは良い味だねぇ♪」
「美味し〜♪ 幸せ♪ あっ、パパのも半分、わけてね?」
「紫音には大人の味かもよ☆」
 コーヒーリキュールをたっぷり効かせたチョコレートケーキ『オペラ』。
 シンプルな外観の割に、ハードで洒落た味だ。
「こっちはねぇ、カリッとしてフワッ☆シュワッで甘酸っぱいよ〜」
「『ピュイ・ダムール』……愛の泉、という意味だっけ」
 甘くてほろ苦いキャラメリゼの下は、メレンゲにカスタードを混ぜ込んだ特製クリーム。
 その奥に潜む、赤く甘酸っぱいラズベリーソースは、愛情を閉じ込めた泉そのものだ。
 互いのケーキを交換して、二人は美味しさにとろけた。


 甘味に飛び込む父娘あれば、甘味に引きずられる父娘あり。
「あっ! 特大パフェだって!」
「特……?」
「こっち、イチゴ大福!」
「隣の、イカもなかが気になって集中できないんだが」
「これ知ってる! 有名なやつだよね?」
「どれも同じに見えるんだが……」
「じゃあ、全部買って食べ比べっこしよう?」
 かわいらしい笑顔で、矢野 胡桃(ja2617)は養父である矢野 古代(jb1679)を見上げる。
「いつも頑張ってるんだから、モモのお願い聞いてね?」
 そういわれてしまえば、古代に返す言葉はない。
「はい、あーん♪」
「    」
(ま、まあ身長差あるし恋人には見られないだろ。親子だから! 親子だ!)
「え、あ、うん。あーん……」
 名物チーズケーキが、古代の口へと運ばれる。
 ふわりとチーズの風味、それから濃厚な味が舌の上でさっと溶ける。
「ん、美味い。モモに食べさせてもらうと尚更……とか言った方が良いのか?」
 他人に聞かれたら死ねる。そんな言葉を吐いてみせたところで、同様にフェスタに参加している生徒が後ろを通り過ぎた。
「クレープも、いろんな店があるんだな。そば粉で作るのが、本来なんだっけ」
 スタンプラリー制覇間近の海だ。
「…………」
「父さん、モモ、クレープ食べたい。チョコバナナ。お願いね」
「わ、わかった。良い子で待ってろよ?」
 桃色の髪を撫で、古代は行列のできているクレープ屋へと向かった。
(今のうちに……父さんへお土産探そうっと)

「え、7分待ち……。じゃあ注文だけって出来ます?」
(待ち時間で、土産でも買ってくるか)
 ――胡桃から古代へは、革製キーケース。
 ――古代から胡桃へは、テディベアのネックレス。
 同じタイミングで買い求めていたと知り、『やっぱり親子だ』と笑いあうのは、これから数時間後のこと。


 ローカル鉄道の駅を降りた女子三人が向かったのは修道院。
「わたくしの生まれ育った場所に似ていて……。お二人に、お見せしたかったのですわ」
 長く伸びる並木道を進み、ゆるやかな坂の上。赤レンガのゴシック造りの建物の下。
 みずほが、フラッペと小紅へ振り向いた。
 美しく微笑み……その頬を、一滴の涙が伝った。
「Daddy……。Mammy……」
 郷愁が、少女の心を襲う。
「……名物のクッキーを買わないとな」
「ミズホの淹れた紅茶で飲むのだ!」
 両脇を固める愛しい人が、そんな心ごとギュッと抱きしめた。



●夕暮れバル街
 イルミネーションが山裾を飾り始める頃合いから、『函館バル街』が開幕する。
 由来はスペインの文化で、お気に入りの店をハシゴして楽しもうというものだ。
 坂の上、坂の下、坂の途中。もともと店を構えている店舗もあれば、この日だけの屋台スタイルも。


「色々な種類の料理があるみたいですね……」
 参加チケットと地域マップを広げ、望月 紫苑(ja0652)は『バル街』に胸を鳴らした。
「……これは食べ甲斐があります」
 ちなみに紫苑、日中はスウィーツを食べ倒し、夕方には温泉でサッパリしてからの参加である。
 この細い体のどこに、大量の食べ物を取り込んでいるのか。
「うーん、ドイツ直伝のソーセージも魅力的」
 何軒も回れるように『ボリューム少な目』の提供だというけれど、折角なら本来の量で食べたいとも思う。
「夜は長いのですから……全部店を回ってみたいですね」
 一日で街すべてを食い尽くす笑みでもって、紫苑は夜の函館へと身を投じた。


「日が暮れると、雰囲気が変わるな」
「美味しいもの、たっくさん食べよ!」
 日中は散策でお腹を十分に空かせておいたのは、志堂 龍実(ja9408)とフィル・アシュティン(ja9799)の二人。
 元気いっぱいのフィルが、ぐいぐいと龍実の腕を引く。
「うんとね龍実、このお店、行ってみたい! スペインの家庭料理だって!」
「へぇ、面白そうだな」
(そうか、海産物料理はどちらも有名なんだ)
 世界は広いが、地球は丸い。
「……あっ」
「危ないよ、夜は足元が見えにくいから」
 凍り付いた坂道に足を取られたフィルを、くすっと笑い龍実が後ろから支える。
「……楽しくて、はしゃいじゃった」
 照れ笑い、それからフィルはパパッと離れる。
 お付き合いを始めて、まだ二ヶ月。
 ちょっとしたことでも、照れくさかったり嬉しかったり。こちら、局地的にスウィーツフェスタ開催中。


 小洒落た洋風のバーもあれば、蔵を改装している居酒屋なんかもある。
「函館といったら、やっぱり豊富な海産物よね〜」
 うっかり通り過ぎてしまいそうな店構えの前で、大曽根香流(ja0082)は足を止めた。
「料理研の部長としては、こういう所で美味しい食材を見て、触って、食べて、今後の料理に活かさないと!」
 店の奥からは、既に陽気な笑い声。
「失礼しまーす…… わー、大きな水槽!!」
 一階が調理場、二階の客席へ続く途中に、食材となるべくイカや魚、カニなどを間近に見ることが出来た。
「あの〜、この黒いのは、なんですか〜?」
 少なくとも、久遠ヶ原のスーパーでは見たことのないグロテスクな黒い物体……たぶん、魚。
 水槽向こうに居る調理場へ声を投じると、笑いながら『ごっこだよ』と教えてくれた。
 北海道名物ごっこ汁、そう言葉にすると覚えがあるような。こんなナリだが高級魚だったはず。
 どうやって調理するのだろう、どんな味がするのだろう!


「……ラーメン ……いくら……」
 ふらりと進む華成 希沙良(ja7204)の腕を、微笑みながらサガ=リーヴァレスト(jb0805)が掴んだ。
 雪道で転ばないように、はぐれないように。
「希沙良殿はラーメンが好きだな」
「はい……」
 ラーメン目当てで再度の函館行きをノリノリで決定したのは希沙良である。
「……もしかして……他の、ラーメンが…… よかったですか……?」
「今回は、色々な味を楽しめるのだろう?」
 気にすることじゃない、とサガが手を握りなおす。
「はい。……今年は……、去年が……醤油……でしたから、味噌中心……で」
「ふむ、味噌ラーメンか。より温まる感じがするな」
 暖簾をくぐると、湯気の向こうから歳若い大将が出迎えてくれた。
 漂うスープの香りが食欲を刺激する。二人は『当たりを引いた』と視線を交わした。


 ハイペースで進んでいた者たちが、食休みとばかりに火照った体を夜風で冷やしている。
「バルか。初めて聞くが、面白いイベントだな」
 自分たちのペースで楽しんでいた穂原多門(ja0895)は、隣を歩く巫 桜華(jb1163)へ視線を移す。
「お料理沢山で、目移りしマスですネ♪」
 彼女アツアツのピロシキを半分、多門へ。
「シェアですヨ♪」
「ああ、頂こう。それじゃあ、俺からはミートパイがいいかな」
 夜景が浮かび上がり始め、それを横目に食べ歩き。
「店にでも入るか……、たしか寿司屋がこの辺りに。酒も呑むなら腰を落ち着けたいな」
「いつか、多門サンと一緒にお酒呑んデみたいでス♪」
 桜華が、酒を呑める歳になるまで。
 それは、大切な約束。


 焼酎。日本酒。ビールにワイン。
 『地酒』と称されるものに事欠かないのも函館の特徴だろうか?
「ふむ、甘口のワインは菓子にも使えそうだな。……昆布の焼酎? 出汁が効いてやしないか?」
 酒店の店頭では、利き酒イベント。
 食べ歩きの合間にフラリと立ち寄った強羅 龍仁(ja8161)は、顔色ひとつ変えずに二桁近くの杯を空けてゆく。
 店主の方が、顔色を青く変えている。
 それぞれに風味が違い、使用した料理のイメージなどを起こしながら満喫すると、次の店へ。


「修学旅行で食べ歩き……。ふっ、腕が……じゃなくて、腹が鳴るぜ」
「もう、篝先輩ってば食べてばかりなんですから。少しは風景を…… あ、でもこれ美味しいですね」
 色気より食い気の恙祓 篝(jb7851)へ呆れながら、雪織 もなか(jb8020)は串焼きに目を見張る。
 焼き鳥、だったはずだが……これは。
「ぶたにく……?」
 何故。
 けれど、秘伝と謳ったタレとの相性は抜群で、食べ応えも満足だ。
「北海道って初めてだけど、やっぱこの時期はまだちと寒いな。もなかは、平気か?」
 カニの爪が入っている海鮮塩ラーメンで体を温め、篝は後輩の顔を覗き込んだ。10歳頃までロシアで育ったということだけれど。
「私も初めてですよ〜。雪が綺麗ですね〜」
 ちらちらと夜空から気まぐれに落ちてくる粉雪に、地上のライトアップが美しい。
「あ、篝先輩……。あの教会」
 美しく照らし出されているのはロシアの教会だ。
 重要文化財に指定されており、『函館の教会』といったら真っ先に思い浮かべるのではないだろうか。
「もなか、ロシア料理でオススメとかあるか?」
「えと、代表的なものだと『ボルシチ』や『ビーフストロガノフ』ですね」
「国外料理も結構出てるみたいだし、探してみようぜ」
 日本食しか評価できないと自負する篝の舌だが、はてさて北の大地で味わう料理はどうだろう。
「あ、おでん食う?」
「……ふぇ? あ、頂きます…… あつッ」
 不意に差し出されたのは、串に刺された大根。
 思いもかけず『あーん』の状況に戸惑いながら、もなかは髪を押さえて頬張った。
「しかし、こうライトアップされてると綺麗だな〜。足元見やすくて助かるわ」
「もう……。いえ、このままの方が篝先輩らしいかもですね」


 空気まで濃紺に染まり、街の輪郭を光が描いている。
「ニャハハハハハ☆ やっぱり海産物が美味しそうニャね〜☆」
 アヤカ(jb2800)は新鮮な海の幸の炭火焼に瞳を輝かせる。
(このカニ……、お刺身か焼ガニにしたら美味しいだろうニャ〜)
 発泡スチロールの中でゴソゴソしているタラバ蟹へ、指を出してはハサミをかざされ、ビクリと引っ込め。
「この甲羅に日本酒の燗酒を入れて飲みたいニャ〜☆」
 持っててよかった、学生証。外見だけじゃ年齢を推し量れない昨今です。
「……ニャニャ?」
 黒い猫耳が、聞きなれた声をキャッチする。
「香流ちゃんニャ〜」
 料理研で一緒の、香流だ。
「あら? アヤカさんじゃないの。相変わらずお酒飲みながら楽しそうね〜☆」
 そういう香流はメモを片手に研究へ余念がない。
「アヤカさんと一緒に回ると、美味しそうな物に巡り合えそうね」
「何を食べるニャか?」
 イチオシは寿司店、透き通るカソーメンは未だ食べていない、食べたいのだけど。


 酒を飲んだといっても酔うでなく、気に入った店で家庭向けアレンジなどを聞き込んでいた龍仁は足を止め、ふと夜空を見上げた。
 地上の輝きも見事だが、天上の星々もいわずもがな。
 飾りのひとつのように、ロープウェイが夜空を昇ってゆく。
「おっさんが一人で観てもな……」
 自嘲気味につぶやき、それを見送った。
 視線を下ろすと、どこか見覚えのある暗緑色のスーツの後姿。
(あの背格好、もしや……)
 学園の、そこまで思い浮かべたところで、自分の知る渋い男性に比べ幾分も年若であると覗いた横顔で気づいた。
 そんな彼が入っていったのは 豪奢な建物。明治創業の、老舗洋食店。
「イギリス料理、か。不味いと評判だが、ここは日本人向けに改良されているのか?」
 どうやらイギリス文化というよりは、日本向けの『洋食』という文化を取り入れた、この土地における草分けの存在のようだ。
(オムライス……)
 目に付いたのは、定番中の定番。
 金色薄焼き卵が包むのは、下味がしっかり施されたチキンライス。
「……息子に食べさせてやりたいな」
 父親の顔で、龍仁はドアを押した。
 

 少しでも多く食べ歩きできるように、ボリュームはおさえて。という話だったけれど。
「これは満足ですねぇ」
 アメリカンサイズの創作バーガーに、紫苑がうっとり。
 ご当地で有名な店もあるが、こうして個人店も参加しているから侮れない。

「っとと、お隣失礼します」
 紫苑へペコリと頭を下げてから、九鬼 龍磨(jb8028)は寮のメンバーを呼び寄せた。
「ラーメンやお寿司は昼間に楽しんだしね。こういうところもあったんだ」
 常葉荘・寮長の神谷春樹(jb7335)が店構えを覗き込む。
「……人大杉ワロタ」
「よく、はぐれないでついてきてるぜ玉吉?」
 ラファル A ユーティライネン(jb4620)は、服のすそを握る玉置 雪子(jb8344)へ片目をつぶって見せる。
「オッス、ラファル先輩」
「本当に、人も天使も悪魔も美味しいものもたくさんで! あ、ミニラーメンお持ちしましたの♪」
 ラーメンが食べたいのだけど、とキョロキョロしていた雪子へ、ドロレス・ヘイズ(jb7450)がひとつ渡す。
 昼に回った場所とは違った店のもので、トンコツと海鮮のコラボスープだそうだ。
「コレうまい! メキシカンバーガー! 小さめだし僕オススメ!」
 先に注文を済ませていた龍磨が、カッと目を開く。
「それじゃあ……私も、それにしようかな……。春樹は、決めた?」
「んー、九鬼さんオススメはロキさんに分けてもらおうかな」
 ボリューム多目の店を、大人数で訪れるのにはこういった楽しさがある。
 ほくほくのじゃがバター、味の染み込んだイカ飯といった重ねれば負担が確実に増えるものも、楽しんで味わってこれたのだ。
 春樹の考えを察し、ロキ(jb7437)がこくりと頷く。
「うん…… 美味しいよ」
 ふわりと息を吐き出し、ロキは薄く笑む。
「えっ、胃とか大丈夫!?」
 龍磨の反応にロキが小首をかしげ、春樹がなにやら察する。
「ファ!?」
 間一髪遅し。雪子は、激辛バーガーを口にして目を白黒させた。
「……九鬼さん?」
 怖い。笑顔の春樹が怖い。
「……にゅう。ごめんなさい」
「それから。ロリータ、グリーンピースは嫌い?」
「えっ、その……」
「ひとつだけでいいよ。食べてごらん」
 こっそり残しているのを春樹に見つかったドロレスが、叱られた猫のように小さくなる。
(……あら?)
 いつもは苦手なグリーンピース。だけど、今日はなんだか…… 美味しい。
「ハルのおかげですわ!」
「クッキー先輩、爆発しろし!」
 感謝の意を頬へのキスで……表現しようとしたドロレスの前を、雪子の怒りのパンチが掠めていった。
「おー、飛んだな。ついでだ、留守番組の土産を買ってくる。皆は先にロープウェーに向かってくれ」
 淡々としたラファルへ、春樹は笑ってうなずいた。



●千の星と一つの夜景
「凄く綺麗なのじゃ! ここまで来た疲れも吹っ飛ぶのじゃ」
「山頂は、もう少し先だがの…… 光が、近いのう」
 冬季間通行止めの車道は、迷うことなく山を登ることができる安全ルートの一つ。
 アヴニールと朔夜の二人は足を止め、徒歩ならではの景観にしばし見入った。


「この夜景を守る為に戦う……ってのも悪くねぇかもな……」
 煌く宝石箱を眼下に、闇の翼を広げた是之は呟いた。
「急に止まると冷えますから、カイロ使ってくださいね」
 ビニールシートを広げ、明斗はメンバーへ呼びかける。
 登山ルートでたどり着ける場所で星空を、夜景を独占だ。
「お疲れさん皆♪ はい温かいの♪」
 一足先に到着していた一輝が、甘酒や熱燗を用意していた。
「……夜食ある」
「一個もらうわね、桜花」
 宿へ荷物を置いた後、厨房を借りて用意してきた桜花の手製弁当。
 ユキメや秋姫らが受け取ってゆく。
「……一輝に、鋭気養ってもらわなきゃね」
 お酒をもらいに行くついでに――ついでの割には豪華な弁当を手に、綾は一輝のもとへ。
(相棒や恋人がいれば『夜景より綺麗』とか台詞をいえたのになー……)
 荷物持ちを果たした良助が、冬の空気で輝きを増す夜景へ大切な人たちを重ねた。
「馬鹿、俺だって好きな子と行きたいわ……。リア充は爆ぜればいいと思います!!」
「何よー! 一輝のバカッ! 弁当あーん攻撃しちゃう!」
「うらやまs いや、紳士的行動からそれてしまうな」
 先ほどまで綾を背負い、背中で柔らかな感触を楽しんでいた暦が伸ばしかけた手をあわてて引っ込める。
「? すっぱい……です……」
「……一個だけ入れた」
 桜花が仕込んだ小さないたずら、とってもすっぱい梅干入りのおにぎりは、秋姫が引き当てたらしい。
「辛いのだったら交換してほしかったな〜」
 アメリアがニャハハと笑い飛ばし、自分の緑茶を秋姫へと差し出した。


「寒くないか、桜華」
「こうしていれバ……平気でス♪」
 山頂の風は、強い。
 ほろ酔いも醒めるというもので、多門は傍らの桜華を案じると、彼女は暖をとるようにその腕へ寄り添った。
「そう、か」
「多門サン?」
 煌びやかな夜景にはしゃいでいた桜華は、彼の真剣なまなざしにようやく気づいた。
 それから、どこか周囲を気にして……?
「今度はこちらから……という約束、だったな」
 やさしい力で、多門は桜華の肩を抱き寄せた。


「わぁ〜♪ 綺麗な景色だねっ!」
 夜景は、どうしても二人で見ておきたかった。
 フィルと龍実は、自分たちが歩いていた街を見下ろし、今日という日を振り返る。

「ねぇ知ってる? 函館山から見た街の風景の中に『ハート』が2つ隠れてるんだよ♪」

(あれ? 今の声……)
 後ろを通り過ぎたのは、龍実と交友のある神楽だったように思うのだけど。
「今のって、ほんとかなっ」
 龍実が声を掛けようとする隣で、フィルは早速『ハート探し』に夢中になっている。
「っと、身を乗り出しすぎると危ないよ」
 フェンスから身を乗り出す勢いのフィルの手を、はしっと掴み。今度は、離さない。
「……来年も一緒に行こうね。約束だよ?」


「……サガ様 寒そう……です……」
 希沙良はサガへ自身のマフラーをぐるぐる巻いてあげる。
「それじゃあ、今度は希沙良殿が寒いだろう」
「……手は」
 おっとりおっとりペースの彼女なりに、必死な様子が伺える。
 サガの両手をしっかりと小さな手で包み、はぁと暖かな息を吹きかけることに一生懸命だ。
「去年も、そうして暖めてもらったな」
 変わらない、かわいい人。
 サガは希沙良をそっと抱き寄せ、マフラーの端を彼女へと。
「これで二人とも温まれるだろう?」
 顔を覗き込むと、希沙良は頬をぱぱぱと赤らめた。


 決して高い山ではないが、山頂ともなれば相応の寒さだ。
「お店で、飲み物を詰めてもらってきたよ」
「春樹、私も手伝うよ……」
 飲み物を配る春樹をロキが手伝い、他の面々が輪を作った。
「……この眺めの為に戦ってると思うと、なんだか誇らしいや」
「たまには気の利いたことを言うな。ご褒美だ」
 未成年も居るからとアルコールを我慢していた龍磨へ、ラファルが持参した甘酒を差し出す。
 コーヒーで両の手を暖めながら、雪子は目の前に広がる光の海に言葉を失っていた。
 湯気が消え、すっかり冷めてしまうまで。
「ハルーっ」
 その腕へと、甘えるように抱きついてきたドロレスに驚き、春樹が微か体勢を崩す。
「いつも帰りはこんなカンジでしょ?」
 小悪魔っぽく微笑んで見せるが、苦笑い一つで流されてしまう。
 カフェオレを手に、フェンスに寄りかかっていたロキ。
(……あ、眠)
 歩き回った反動が、安堵と同時に襲ってきた。
 ――ロキさん、
 少し離れた場所から名を呼ぶ声が聞こえ、そしてロキは意識を手放した。
「おーい、集まれー。デジカメで記念写真撮るぞー」
 遠く、ラファルが呼んでいる。


 寒さに身を縮める瑞樹へ、秀一が自身の上着を掛け――、
「そういえば、去年も同じような事をしたか。……来年も、またこうして来られると良いな」
「来年といわずっ……、これからも、ずっと一緒に居たいと思う……のだ」
 去年より、少しだけ前に…… 進むことは、できただろうか。
 途中で買ったおそろいのストラップを握り、瑞樹は顔を上げられないまま。


「パパ……。また一緒に見たいねぇ……」
 キラキラの夜景。
 ジェラルドへぴたりとくっつき、紫音が幸せを噛み締める。
「何年先も、こうやって綺麗な夜景を見られる事。その傍らにキミが居る事を、望むよ☆」
 愛しき『娘』の柔らかな髪へ、『父』が誓いのキスをひとつ。





 心と言葉と約束が、降り注ぐ星のように交わされた一日。
 優しい思い出が、未来への力となるよう……
 小さな祈りの形のように、ささやかな雪が降り始めていた。









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