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MRTとバスで行く! 台湾絶景の旅 タグ:【台湾】 MS:川崎コータロー


 台湾。そこは東京から飛行機で四時間余りの亜熱帯の場所。
 朝も昼も夜も――眠ることを知らずに常に活気付いている。
 そこに、久遠ヶ原の生徒達が降り立った。


 天を衝くという言葉が似合う台北のランドマーク・台北101。
 この近辺は、洗練されたセレクトショップやブランドが立ち並んでいる。まさしくショッピングをするには抜群の立地だ。
 どこに行こうかと迷っている深森 木葉(jb1711)が春夏冬にナンパされているのを後ろに、少女が一人、小走りで店の並びを見回した。
「わー、沢山お店ありますね、目移りします! 日本とはまた違ったアジアンテイスト、っていうんでしょうか?」
 シャロン・エンフィールド(jb9057)は徐々に減速して、改めて店の並びを見る。
 建築や内装は日本・西洋のものとほぼ同一であるが、何であろう。日本にも西洋にもない、独特の雰囲気がある。繁体字のせいだろうか。それとも、町全体に漂う独特な雰囲気のせいだろうか。
「滅多に来られないですから行きたいところが多くて……!」
 目を輝かせながら入る店を選んでいるエンフィールドを見守っているのは、佐々部万碧(jb8894)だ。
(……例え何歳でも女性は女性という事か……)
 中学生に連れ回される大学生の構図と言えばわかりやすいのか。端から見れば中学生と保護者にも見えなくはないが。
「あ、こらはしゃぐな、転ぶぞ」
「大丈夫です。転ぶなんてそんな子供みたいな……わあ! あっちも気になr、あぅ」
「……言わんこっちゃ無い」
 はしゃぐ余り、足をもつれさせて転びかけたエンフィールドをすんでの所で抱え上げる佐々部。
「うー、すいません、ちょっと浮かれすぎました。あ、万碧さんもどんどん行きたいところ言わなきゃだめですよ? お付き合いしますので!」
「いや、俺の買い物はいい……」
 無邪気な満面の笑みを浮かべるエンフィールドの顔から視線を、そして話題を逸らす。
「ほら、あそこ行きたかった所じゃないのか?」
「あ! そうです。あそこです!」
 エンフィールドの横、佐々部がひっそりと寄り添いながら二人は台北の街を歩く。
 旅はまだ始まったばかりだ。


 淡水河に沿って賑わう淡水は『台湾のベニス』とも言われ、水平線の向こうに沈んでゆく夕陽は絶景の一言だ。
 しかしまだ夕陽という時間ではない。という事でここは花より団子。観光街――老街巡りと洒落込むのがいい。
「ボクね、購買のガイド買ってきたんだー! えっとね、ここの蛋餅がおいしいんだってー!」
「お兄ちゃんはしゃぎ過ぎなのですよっ あっ見てみて! あの食べ物美味しそうなのですよっ!」
 淡水河に程近い老街で、ガイドと看板を見ながらはしゃぐフェイン・ティアラ(jb3994)と、彼を宥めつつも同行するヤンファ・ティアラ(jb5831)。
 フェインが身振り手振りで美味い食べ物はあるかと聞けば、店主が笑顔で屋台の食べ物を勧めて来るので買う。道端の屋台で美味いぞと話しかけられればヤンファがホイホイとついて行く――を繰り返す内に、腹がふくれてある事を思い出す。
「お土産に買って行きますです? お茶も有名だって聞きましたし、ハニワみたいなのあるでしょうか」
「うん。そうだねー! あと、あんまんみたいなのもないか探さないとー!」
 二人が通り過ぎて行った道の横、ある二人組が少しだけ足を止める。
「レディー、案内するね。お手をどうぞ」
「蜃ちゃんのみちあんない! なの!」
 楼蜃 竜気(jb9312)がゆっくりと差し出した手を取る末摘 篝(jb9951)。
「ねえ、あれはなに?」
 彼女が目についたのは、ある店の軒先に飾られたチャイナドレス。
 店に飾られたチャイナドレスが気になるお年頃らしい。
「ん? チャイナドレスが気になる? じゃあ記念に一着探してみようか」
 店に入り、色鮮やかなチャイナドレスを一枚一枚見ていく二人。
「どう、かな?」
「おっ、それ似合うじゃん。じゃあ、そのまま着てて。買ってあげるよ!」
 店員に背中のタグを切ってもらいながら、レジで会計をしている楼蜃を見て、末摘は言う。
「ね、お揃いで着よう?」
「えっ、お揃いするの……?! いいけどペアルックって……」
 照れながらも溜息を一つ吐いた楼蜃は、レジの女性店員に流暢な中国語で話しかける。
(これも旅の思い出か……)
 同じデザインのチャイナ服を受け取り、笑いながら試着室に入った。

 時をある程度同じくして。場所は少し変わって淡水河のほとり。
 多数のギャラリーに見守られ、野次を飛ばされながら――撃退士達が、水面に干渉する。
 無論、台湾の撃退士達だけではない。中には、日本の撃退士達だっていた。
 何をやっているかと言うと――要するに、かけっこである、。
 スタートの空気砲と共に、青い光が雪ノ下・正太郎(ja0343)を包み込む。やがて消えた時、そこに居たのは――青龍のヒーロー。
「我・龍・転・成っ!! 龍成我!!」
 せっかくなので、表記も漢字である。
「外郭強化! タイプ――獅子舞ッ!」
 一気にギャラリーが沸きあがった所で、さらに変身。
 足からアウルを出して、獅子舞踊りで水面を爆走する。もちろんパフォーマンス重視なのでスピードは多の面々よりも劣るが、そこはヒーロー。ギャラリーの声援で進み続ける。
 目指すは優勝。ただ一つ。
 だが、それは参加している者皆そうだ。
「妻の運転にぎょへーとなるがいいの」
 召還したケセランのたゆたいで空からボートに登場した森田 霙(ja9981)。
 ところがどっこい。今はケセランを抱いている姿が似合っているあの面影はどこにもない。いや、手漕ぎボートを脅威のオールさばきで飛ばしながらも丁寧な運転から、辛うじてそれが読み取る事ができる。
「よーし、お前だけには負けないぜ……!」
 そんな彼女に対抗するのは、夫である森田直也(jb0002)。彼もまた手漕ぎボート。仲良し夫婦だ。
 広大な淡水河のほぼ中心。ギャラリーからはかなり遠くなっている事を確認した彼は、一気に吼え、闘気を開放させて手口で全力のボート漕ぎ。
「邪魔だー!どけぇ!負けられねえんだよ!」
 だが、距離があってもギャラリーに万が一の事があるかも知れない。
「大人げないことするんじゃねーの!」
 オシオキの異界の呼び手が、夫のボートを捉える。
 夫のボートが足止めを食らっている最中でも妻のボートは猛然と進んで行った。

「……流石だ、歯が立たない」
 翼で現地のアウル覚醒者と張り合っている龍崎海(ja0565)に悠然と追い抜かされながら、気迫で圧してもなお全く歯が立たない面々に溜息を吐く牙龍(jb7950)。しかしなおも、ボートを漕ぐ手を止めない。
 そんな彼の仇を取るかのように、歌乃(jb7987)が踊り出る。
 最後に移動を開始した彼女は、軽やかで雅やかなダンスと跳躍で観客を沸かせ、その歓声で隠密の精度を上げる。
 そして歓声で気配を消した所で、ボートなどを足場にして軽々と飛び越え、追い越してゆく。
 まさしく猛進。ついには先頭にも追いついた。
 このまま歌乃が勝ちを持っていくのか?
 いや、誰もが負けてはいない。
 追い越されてもなお、次々とラストスパートと言わんばかりに歌乃を追い越し、追い越され、また追い越してゆく。
 ほぼ横並びの決戦。
 歌乃が縮地・トリプルアクセルからの三回転宙返りで対岸へ着地を試みる。見れば、誰もが着地へと体勢を移行している。
 跳躍。
 勝者は――

 かくしてレースは終わった。
「起きてー。そろそろ次のところに行こうー?」
 真っ白にな、燃え尽きたぜ……と言わんばかりの燃え尽き症候群に陥った夫の口に、妻が死のソースをなみなみと注ぎ込む。
 淡水河のほとりで細い火柱が立ったのは、また別の話。

「楽しい思い出を作る!」
「はい。良い思い出になりそうです♪ 「楽しい体験しましょうね♪」」
 淡水河の流れを見つつ、蒼色と白色のチェックシャツの裾をはためかせて拳を握る日向響(jc0857)。彼の横に居る木嶋香里(jb7748)は、翡翠色チューブトップワンピースにはない肩と腕を覆うように、透け感のあるレースチュニックを着ている。
 ただ、何か特別な事をできるだけしようという訳ではない。
 名物の数々に舌鼓を打ちながら、個性も様々な店をウィンドウショッピングで回る。
 それだけでいいのだ。何よりも二人の目当ては、淡水河に沈んでゆく夕陽にあった。
「わぁ、話には聞いていましたが――本当に綺麗……!」
 揺らぐ水面は沈んでゆく夕陽を粛々と映している。二人は静かに目の前の光景を眺めていた。
 だがし、眺めるだけが目的ではない――少なくとも、日向にとっては。
「きっ、木嶋さん!」
「はい、何でしょうか」
 いつになく真剣な顔の日向に、木嶋も静かな表情で見守る。
「木嶋さん……いえ、香里さんの事が……大好きです。……ただ、釣り合えるか解らなくて……ずっと悩んでいました」
 果たして、自分は彼女の隣に居ても許される男なのだろうか?
「だけど一緒に居て解りました……この気持ちに嘘をついてはいけないと……」
 彼女の事がどうしようもなく――大好きで、愛おしかった。
「だから、えっと……こんな私ですが……よろしくお願いします!」
 精一杯の言葉に詰め込めるだけの愛を詰め込んで。
 彼女の――木嶋香里という、この世で最も愛しい人の返答を待つ。
「私でよければ、よろしくお願い致しますね」
 木嶋は日向のそんな愛を、穏やかな顔で受け取った。
 優しく日向の手を取り、彼の瞳を覗き込んで、返す。
「響さんと一緒に素敵な思い出作りをして行きたいです♪」
 また笑った木嶋に釣られて笑う日向。しばらく穏やかな笑い声が周囲の風と共に場を包み込む。
 ……ふと自然に笑うのを止めた時、二人は静かに互いの顔を見た。
 沈んでゆく夕陽の中、日向は木嶋を、木嶋は日向だけを見ていて。見つめていて。
 二人の影が重なって溶け合う。
 影は、夕陽で長く永く伸びていった。

 かつては金鉱で栄えた街・九分。周辺の地名にその名残を残しながら、観光名所として蘇った街。
 久遠ヶ原の面々を歓迎するような雲ひとつ無い晴天。
 真っ青な空が、山の観光名所の上を静かに流れている。
「面白い町並みだよね。日本的な空気を感じるのは、かつて金が採れた頃に日本人がこの街の発展に大きく関わったからなのだそうだよ」
 ノスタルジックな町並みを視界全体に捉えたウィンスノゥ・クロノス(jb7528)は、観光名所特有の、賑やかさの中に一抹の寂しさが混ざった空気を肺に吸い込む。
「アナログな空気は、なんというか落ち着くね」
 映画の舞台に選ばれた、という理由も理解できる。
「生憎と中国語は出来ないのだけど、いい機会だから少し覚えてみるのも面白そうだね」
 九分は日本人観光客が多く来る場所。よって、「ネギ炒ぬ」や「テツクリ キヨウサ」など妙に斜め上をつついてくる日本語が、中国語の下に併記されている事が多い。
「そうだねぇ、日本語にはちょっと目を瞑りつつ……ここはやはり有名な烏龍茶チーズケーキかな」
 ノスト・クローバー(jb7527)が、クロノスと共に入った茶坊のメニューをめくりながら呟く。日本語が通じる店員に茶の選択を任せ、眼下の景色を眺める。
「最近はゲーム続きだったけれど、たまにはこういう雄大な景色を眺めるのも良いねぇ」
 眼下の基隆湾には、どこからか来たであろう貨物船が泊まっている。人がそこで生活を営んでいる証拠だ。
「……人間は偉大だね」
 テーブルに置かれた花の茶をゆっくりと喉に流した。

「同じ学校に居るがこうして話すのは初めてだな」
 九分を巡回していた十に、雪之丞(jb9178)は話しかける。
「久遠ヶ原は広いからな。して、修学旅行は楽しんでいるか? 先輩に半ば強引に連れられて来たが、中々に面白い」
「そうだな、修学旅行というより日々の疲れ癒す目的で参加したが――中々に快適だ」
 基隆湾を眺めながら、二人は静かに語り合ってゆく。

 別の茶坊では、階段とランタンと石畳が混在する不思議な町並みを眺めながら、お茶会を楽しんでいる紅葉 公 (ja2931)と楯清十郎(ja2990)の姿。
「こういう所でお茶を飲むのは初めてなので楽しみです。映画のモデルになったということもありますが、歴史を感じます。もし映画のような神様がいたら、会ってみたいですね」
「夜になるとより映画の景色に近くなりますし……ここまで似てると映画に出てきた神様達が居ても気付かないかも知れませんよ」
 少し暇を持て余した退屈そうな神様が、すぐ隣でお茶を飲んでいたっておかしくない。そんな不思議な雰囲気の中で、二人はまたカップに口をつけた。


 台湾最大の夜市・士林夜市。
 最大とだけあってその規模は伊達ではない。人と音と光の奔流だけで押し流されそうな賑やかさ。道路の中心にまで商品は並べられ、同じ看板の店をそれぞれ別の場所で見かけた、という事態もままあるほど、規模と店の数が半端ない。
 空間把握能力の高い龍牙と機動力の高い歌乃が、人混みの中を泳ぐように進み、様々な店を見て回っている。そこから少し離れた場所では。
「夜も賑やかですね、活気があるのはいい事です♪」
「だからシャロン、うろうろするな……」
 人の多さにげんなりとしている笹部が、そんな事に構わず人ごみに嬉々として飲み込まれていこうとするエンフィールドを引き止める。
「全く昼もあんなに動き回ってどこにそんな体力があるんだ……」
 エンフィールドの顔を優に超える揚げ衣の塊――正確には鶏肉を丸々一枚贅沢に上げた鶏排という食べ物なのだが、その圧倒的な油の塊は、油ものへの全てのマイナスイメージを軽々と爆破させて清々しさすら感じさせる。
「……買うのはいいが、本当に全部食べられるのか?俺は手伝わないぞ?」
「だ、大丈夫です、食べられます! 気をつけますから!」
 両手で確かと揚げ物を持ってかじるエンフィールドを見ながら、佐々部は本日何度目かの溜息を吐いた。
 この後鶏排に飽き足らず、誘惑に負けて様々な料理を頼みまくって最終的に食べきれなくなったエンフィールド。残ったものを全て佐々部が保護者役の務めと言わんばかりに食べたのは言うまでもない。

 観光客が毎夜毎夜殺到する士林夜市は、台湾名物の激戦区でもある。
 かき氷の店も探せばわらわらと発見できる。その一軒に、クロノスとクローバーがメニューを見ていた。観光客に向けて、メニューには番号と日本語のルビが振られている。
「そうだな……抹茶紅豆雪片にしようか」
「いいね、同じのにしようかな」
 ウィ、と頷くクローバー。
「本の知識もいいけれど、やはり一見に如かずだねぇ」
 人のいい笑顔を崩すことはなく、しゃくしゃくと氷をすくってゆくクローバー。ふと通りに視線を向ける。
(確か、ティアラ兄妹もここに来てるはず……)
 広大な士林夜市。すれ違う確率は低い、が――
(――あそこに居るのがそうかな)
 ふと、見慣れた二人組が同じ店のメニューを見ている事に気付く。
 それはどうやらクロノスも同じだったらしい。静かに
「様子を見て楽しむ気かい? 本当にいい趣味だよね」
「まさか、そんな訳にもいかないだろう」
 クロノスは立ち上がり、注文に迷っているらしい二人の横に入ってメニューを指差す。
「ここはこれがお勧めだよ。それで有名になったくらいいだ」
 しばらく突如として現れたクロノスの顔をじっと見る双子。さらにクロノスが顎をしゃくった先にいるのはクローバー。
「えっ……? あっ、ノストー! ウィンも一緒だー!」
「やぁ、綿菓子君に姫わんこ君。君達のことだから食べ歩きかな?」
「うん。ヤンファが食べたがってたかき氷を食べるよー! どれも美味しそうだなーお勧めどれだろー? って悩んでたらノストが来てびっくりしたよー!」
 クロノスのお勧めの通りにかき氷を頼んだ二人が、クロノスとクローバーと同じテーブルを囲んで食べ始める。
「良いご本は見つかりましたです?」
「おかげさまでね。君達も楽しめたかい?」
「ヤンファ達も、すごーく美味しかったのです」
 満面の笑みを浮かべるヤンファの隣、こっそり朱桜を召還して共にかき氷を食べるフェイン。
「えへへ、皆で旅行、楽しいねーっ!」
 湯圓、抓葱餅、割包……食べたいものは、まだまだたくさんある。
 夜市での時間は、まだまだ続きそうだ。

「本当にお祭りみたいです! 屋台も沢山ありますね〜」
 駅を出て少し視線を傾けばすぐに目につく賑やかさ。
 左右を見ればたくさんある細い分かれ道。
 どこに行こうかすら迷ってしまう。
「初めて見る料理も多いですね」
 日本にはまずない、不思議で、どこか懐かしい料理の数々が楯の五感を刺激する。
「かわいい小物も沢山ありますし、おいしそうな匂いも漂っていて目移りしてしまいます」
 女子受けのいい店の前で美味しそうな食べ物を売っているという事もよく見る。
 途中鶏排の大きさや揚げられるスピードに驚きながらも、一通り見て回って休憩。
「どちらも台湾産まれの清涼飲料だそうですよ。僕の方のも一口飲んでみますか?」
 近くのジューススタンドで買ったタピオカミルクティーを紅葉に渡し、楯は愛玉のカップに太いストローを突き刺す。
「どちらも美味しそう。ありがとうございます! 一口頂きますね。……どちらも初めて飲みますが、なかなか美味しいです」
 そして、次はどの道に入ろうかと二人で話し合う。休憩も、すぐ終わるだろう。

 士林は人が多いので、はぐれる事も大いに有り得る。
「よーし、美味しいもの、食べに行こっか」
 手を繋ぎ、様々な場所を見て回る。
 様々な事を楼蜃から教えてもらう末摘。
「小籠包美味しい! で、このぶにょぶにょしたのは肉圓っていうんだよ」
 出されてゆく料理を末摘に説明しながら食べてゆく楼蜃。
「かがり、あついのにがてなの。ふーふーしてほしいの!」
「ってふーふー?! ……今日だけだぞ」
 そういったことを続けている内に腹が膨れ、口直しに甘いものが欲しくなってくる。
「蜃ちゃん蜃ちゃん! でざーと! あまいのー!」
「甘いものかー……杏仁豆腐とかどう?」
 そうして出てきた杏仁豆腐を美味しそうに頬張る末摘を見て、楼蜃は思った。
 ――篝ちゃんにとっていい思い出になったかな?

 辛いものばかり買っては食べる妻に、仙草ミルクティーで舌を癒す夫という組み合わせの森田夫妻。
「……ったく、舌がヒリヒリするぜ」
「慣れが大事なの」
 料理に死のソースを混入された夫が、涙目になって抗議する。
 そんな抗議も涼しい顔で聞き流し、ポケットからくるりと取り出した死のソースを一気に飲む。
 屋台と雑貨屋がこれでもかと混在するのも夜市の特徴で、食べ歩きの合間合間にショッピングを楽しむ夫婦。ショッピングでこっそり夫用のブレスレッドを購入し、プレゼント。
 どうやらそれは夫とて同じだった様子。
 考えていることが同じの仲良し夫婦。少しだけ笑いあってから、プレゼントを渡す。
「月並みの言葉だが……愛してるぜ」
「そんな言葉がうれしいの」
 キスを受け止め微笑む妻の頭を、夫は撫でる。
 音と光の喧騒の中、二人だけの時間が流れていた。


 北投は淡水から程近い温泉の街。
 緑も多く、空気も澄み切っている。
 そんな場所にある一件の温泉宿。貸しきりのそこは、久遠ヶ原の生徒達が思い思いにゆったりと過ごしていた。
「――よしっ、と」
 風呂から上がった龍崎は、コーヒー牛乳片手に定番の腰に手を当てるポーズでぐびぐびと飲んでいる。
 また、一足先に仲間達とのんびり湯に浸かった雪ノ下は、台湾料理に舌鼓を打っていた。

 混浴風呂では、緑色系の模様が入った蒼玉色のサーフパンツを着た日向が、青系統のパレオ付き翡翠色のビキニを着た木嶋と共に洗い場で体を流している。
「背中、流しますね♪」
 日向の背中に木嶋の指が触れる感覚。
「え、香里――」
 何も言わないで、と言わんばかりに首を横に振る木嶋。
「これも楽しい思い出にしちゃいましょうね♪」
 ウィンクをしながら、木嶋悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 互いが互いに、ゆっくりと時間を過ごしている。
「ふー……ここまで来たかいがあった」
 澄み切った空気を肺いっぱいに詰め込んで、肩まで湯に使った雪之丞は、女湯でひとり空を見上げる。
 修学旅行はまだまだ続く。さて、次の日はどこへ行こう?









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