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蒼天を彩る気球と古代ロマン タグ:【気球】 MS:monel


 抜けるような青空に白い雲がふんわりと浮かんでいる。
 3月にしては暖かな陽射しは、風が吹かなければ心地よいと思えるほどだった。
 空には彩り鮮やかな気球が浮かび、気持ちよさげに上下している。
 地上では多くの観光客が、思い思いに屋台を楽しんでいる。

「ふっ、なかなか盛況じゃないか。俺様を楽しませるならこれぐらいじゃないとな」
 独特の感性を感じさせる服装の三下 神(jb8350)は、人ごみの中でどこまでも蒼い空を見上げる。
 別に人ごみの方が孤独を感じるとか、凄く混んでるのに自分の周りだけ人が近寄らないとか、そんなあれこれが悲しくて涙が零れないようにしているなんて、そんなことはないのだ。
「お、俺ぐらいリア充なら一匹狼になりたい時だって……」
 ごにょごにょと呟いていたが、三下の元へふわりとおいしそうな香りが漂ってくる。
 ふらふらと誘われるように、三下は人ごみへと歩いていくのだった。

 紅香 忍(jb7811)はカキ小屋に入って来た、奇抜な格好の人間にチラリと視線を送ったが、興味無さそうに目の前の炭火に視線を戻す。
「……カキ、サザエ……イカ……」
 どれを最初に食べようか、と中の汁を爆ぜさせる牡蠣や、クルリと巻き上がっていくイカに迷ったように視線を移す。
 やがて、おもむろに牡蠣用のナイフを片手に軍手を着けた手を伸ばす。
 片手に掴んだ牡蠣を見極めるように真剣な眼差しで眺め、おもむろにナイフを差し込む。
 ススッとナイフを動かすと、僅かに火の通った牡蠣がぷるんとその身を晒す。
 最初は何もつけずに、と汁を零さないように牡蠣を口へと運ぼうとして、白野 小梅(jb4012)が隣に座ってニコニコと見上げていることに気づいて一瞬固まる。
 だが、牡蠣が先だと幼女は無視して食べる事に専念するのだった。

「あーん」
 いつの間にか膝の上を占領している白野が、口を開いたまま紅香を見上げてくる。
 しばらく無視して食事を続けようとしていたが、心苦しくなって来た。
「……涎……零されても……困るし……な……」
 誰ともなく言い訳をしながら熱々の牡蠣を冷ましてから、白野へ与える。
「美味しいのぉ」
 ふんわりと幸せそうにほっぺを押さえる白野に、紅香は自分が笑みを浮かべたことに気づかない。
「……何か、食べる……か?」
 もぐもぐと牡蠣を食べていた白野は、真剣な表情で壁にかかっているメニューを見つめる。
「んと、ワラスボ!ムツゴロウ!」
 元気に注文する白野の頭を撫でていた紅香は、目の前に差し出された魚を見てのけ反る。
 まさにエイリアン、と言いたくなる奇怪な生き物が目の前に差し出されていた。
「それ……食べ……もの?」
 楽しそうにワラスボを焼く白野に、若干引きながら尋ねる紅香。
「うん、おいしーよっ!はあい!おっそわけぇ」
 目の前に喰いついてきそうなワラスボの頭を突き出され、紅香は仕方なく口を開く。
「……あ。悪くない……」
 でしょーでしょーっと嬉しそうに騒ぐ白野は、今度は肉が食べたいと注文するのだった。

 結局、白ごはんまでお代わりして、お腹いっぱいになった白野は紅香の膝に頭を乗せてすやすやと寝息を立てる。
 白野の頭を撫でながら、静かに座る紅香の表情は、とても穏やかなものだった。


 一人牡蠣小屋という偉業を成し遂げた一匹狼・三下はいっぱいになったお腹と隙間風が吹きすさぶ胸の内を抱えて、屋台を渡り歩く。
 ふと、「気球すくい」という見慣れぬ看板を見つけて立ち止まった。
 水の中を上下する気球を模した水風船を釣竿でひっかけて釣り上げるらしい。
 もはや、気球でもなく「すくい」あげてもいなかった。
「だが、それが良い。よくわからないが俺様に不可能などないのだァ!」
 腕まくりをして栄光の未来を信じる男・三下は釣竿を手に取るのだった。

 屋台の間の人ごみは賑わいを見せている。
「おい、桐生」
 天上院 理人(ja3053)はもぐもぐと焼き饅頭をたべながら歩いている桐生 直哉(ja3043)を呼び止め、「気球射的」の看板に目線を送る。
 桐生は新しい饅頭を口に運んで、首を傾げる。
「ふん、勝負をしようと言ってるのだ。僕に負けるのが怖いのか?」
 天上院の挑発に、桐生は頬っぺたを膨らませたままにやりと笑う。
「俺に勝つ気か?理人。いいだろう、望むところだ」
 桐生はもぐもぐと口を動かしながら、屋台へと歩いていく。
「射的、ですか」
 桐生の隣からひょこっと顔をだした澤口 凪(ja7176)は、射的屋台に置いてある銃を次々と構えてみては重心の違いを確認しだした。
「……し、真剣だな、君は」
 屋台の射的とは思えないような真剣な眼差しに、天上院はごくりと喉を鳴らす。
「負けた奴は食べ物奢りなー」
 ようやく口の中の饅頭を食べ終えた桐生が提案し、三人の目は更に真剣さを増すのだった。

「あ〜、マジだねぇ、あれは。」
 白熱する三人の様子を眺めながら、点喰 縁(ja3398)は隣の杷野 ゆかり(ja3378)に苦笑して見せる。
「わっ、澤口さんまた当てたよっ」
 三人の様子を見ながら、凄い凄いと点喰の袖を引っ張る杷野の様子に、今度は優しい笑みを浮かべて、射的の様子を見る。
 撃退士と言えども、射的のコルク弾を狙い通りに撃つのは難しいのか、思いのほか当たらない。
 中でも天上院は明後日の方向へ球を飛ばして、銃のせいにしている。
「意外と自重捨てるんだよなぁ……うちの兎娘は」
 6発中3発を当てた澤口が喜んでるようすを眺めていた点喰は、「お腹すいちまったね」と不意に杷野の手を握って屋台へと引っ張る。
「こういうところって地域の特産のとかあるよね。ね、それ探してみよっか」
 ぎゅっと手を握って杷野はあちこちの屋台へと視線を動かす。
「ま、地のものってぇのは気になるよなぁ」
 点喰はそんな杷野の様子を楽しそうに眺めながら、のんびりと歩くのだった。

 桐生達3人は、今度は気球すくいだ、と次の屋台へと歩き出す。
「ふん、さっきは銃が悪かったからね。今度は実力で勝負だ」
 三人の勝負は飽きることなく続き、桐生は常に食べ物を抱えていて、天上院は手に入れた気球水風船を一つだけ、大事そうに持っていたことは確かだった。


「気球っ!凄くいっぱい!綺麗だねっ!」
 一際明るい声が広場に響く。
 地領院 夢(jb0762)は姉の地領院 恋(ja8071)の手を引っ張り、空を見上げたまま駆け出す。
「うわっ、ちょっと夢ちゃん。急に走ると危ないだろう」
 言葉ではたしなめながら、恋の口許には柔らかな微笑みが浮かんでいる。
 二人は駆けながら空を見上げると、無数の気球が一緒に駆けてるように見えて、それだけで嬉しくなってくる。
「これは壮観な光景ですねぇ。青空に良く映えます」
 駆け回る姉妹を眺めながら、一緒に来ていた幸広 瑛理(jb7150)は隣を歩く久瀬 悠人(jb0684)に語りかける。
 久瀬は片手を額にかざして空を見上げ、ふむと頷く。
「確かに。これは凄いですねぇ。なぁ、チビ。空は広いな大きいなって歌があったけどどう思うよ」
 二人の間に漂っていたヒリュウに声をかけると、一緒になって空を見上げていたヒリュウは、地面と空を見比べてそっと視線を逸らすのだった。

「先輩たちーっ!遅いですよーっ!」
 恋と二人で屋台を巡っていた夢が、幸広と久瀬に向かって大きく手招きをしている。
「相変わらず中の良い姉妹だな。はぐれてしまわないように気をつえないと」
 恋と手を繋いで無い方の手をぶんぶんと振っている夢に、片手を上げて応え、幸広は微笑まし気に呟く。
「そうですねぇ。でもひょっとして迷子になるのは俺達の方かもしれませんよ」
 久瀬が幸広のつぶやきをまぜっかえすと、幸広は苦笑しつつ、同意する。
「確かに。急ぎましょうか」
 男二人とヒリュウは少し足を速めて姉妹の元へと急ぐのだった。

「見てくださいコレ!可愛い気球ですよーっ」
 夢が側の屋台をピシッと指さす。
「気球すくいだそうだ。なかなか可愛いですよ」
 ふわりふわりと漂う気球を模した水風船を見ていた恋は、追いついた男達に笑顔で振り返る。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん。どんなデザインが良い?」
 夢が恋と一緒に水槽を覗き込む。
 その様子を見ていた久瀬は、幸広の背中を押す。
「気球を救うのは幸広さんに任せましたよ」
 微妙なニュアンスの違いに、幸広はぽんっと胸を叩いておどけた様に笑う。
「任せてください。完璧に気球を救ってみせましょう」
 すっと前にでた幸広は、恋の側で一緒に水槽を覗き込む。
「ふふ、瑛理先輩は頑張ってください」
 幸広のおどけた様子に、恋は含み笑いをこぼして応援する。
 そんな恋を振り返って、幸広は胸に手を当てて尋ねる。
「さ、どれが良いですか。屋台主に止められるまで好きなものをいくらでも取りますよ」
 わざとらしい爽やかな笑顔を浮かべる幸広に、恋はふふっと笑い、中の一つの気球を指さす。
「これなんか、綺麗ですね」
 これか、と確かめ、手にした釣竿で気球をひっかけ、ぐいっと引き上げる。
 水面に出る前にさっと網を差出し、見事に狙いの気球をすくうのだった。
「うわーっ、幸広先輩すごいねっ。お姉ちゃんっ」
「ゆ、夢ちゃん、そんなに押したら……あっ」
 夢がぐいぐいと恋を押したため、せっかくすくい上げた気球をもう一度すくう事になるのだった。

 楽しそうに気球をすくってる3人を眺めていた久瀬は、周囲を見回してぽんっ、と手を叩く。
「……よし、こうしよう」
 チビを伴って久瀬がふらっと歩いて行った先には、『気球体験』の看板があった。
 小さな気球が地上にロープで繋がれており、ほんの僅かに浮き上がるのを楽しめるようだ。
「大空っていいよなぁ」
 チビを抱きながら穏やかに久瀬は気球に近づいていく。

「ねぇ、こっちの屋台も美味しそうだよっ」
 屋台主に気球を持ちやすいように包んでもらっていると、待ちきれないように夢が呼ぶ。
「ねぇ、悠人さんっ。あのシュウマイ食べたいですっ。ね、チビちゃんっ」
 久瀬が居るはずの辺りを振り返ってシュウマイをねだろうとする夢だったが、そこには久瀬しか居なかった。
「あれ、チビちゃんが居ないなんて珍し……って何やってるんですかーっ!」
 すぐに気球に縛り付けられて泣き叫んでるヒリュウに気づいて、慌てて助けに走っていく。
「バレテーラ。気づくとは、おのれやりおる……」
 もう少し見てたかったなと呟きながら、ヒリュウと夢の分のシュウマイを買うのだった。

 夢と久瀬のやり取りを見て、恋と幸広は顔を見合わせて吹き出す。
「ふふっ。シュウマイも美味しそうだし、色々とあるな。恋さんは何が好きですか?」
 幸広は周囲の屋台を眺めて恋に尋ねる。
「ええっと……あ、あれ、かな?」
 恋はおずおずと、かわいらしい小さな焼き饅頭を指さす。
 すぐに2つ買ってきた幸広に、饅頭を渡された恋はお礼を言って、思い出したようにポケットを探る。
「あ、これ。瑛理先輩いつもありがとうございます」
 差し出されたのは小さな気球のキーホルダー。
「物が一つあると、今日の日を思い出しやすくなりますよね」
 真っ直ぐな恋の眼差しに、幸広は胸が暖かくなるのを感じるのだった。


『気球レースの参加者はレース会場までご集合ください』
 会場にアナウンスが響き渡ると数人の学園生は散策を止めて会場へと向かう。

「よーし、はるりんレースに参加しちゃうぞーっ」
 きゃぴんっとポーズを決めて素早く会場へとやってきたのは神宮陽人(ja0157)だった。
 一番乗りだと喜んだのだが、そこには妙な服装をした三下が既に立っていた。
「あっれー?君も参加しゃかい?」
 とりあえず声をかけてみると、三下はビクッと体を震わせて目線を彷徨わせる。
「え、や、き、気球レースの参加者が少ないなら参加してやってもと思ったんだがな!俺様は紳士だからお前に譲ってやるでござるよ!」
 きょどる三下の様子を気にせずに、神宮は受付へと三下の背中を押す。
「あ、オッケー☆人数少ないから参加しようねー。大丈夫大丈夫、そうそう衝突とか転落とか無いだろうからね!」
 え、え、と状況が読めない三下を受付へと連れて行き、登録を済ませるのだった。
「そんじゃ、がんばってなっ☆」
 グッと親指を上げて、真っ白に燃え尽きている三下を置いて、神宮は気球を探しに行く。
 その気球はすぐに目に留まった。
 見る人の目を攻撃的に刺激してくる、目に痛いほどの蛍光色を主張し過ぎるほど使った気球。
「おっ、あんたこの気球の良さがわかるのか」
 整備していた気球のオーナーが、カラフルに染めた髭を震わせ、大声で話しかけてくる。
 誰もが目を背ける気球を前にがっちりと握手をかわす男たち。
「こんな素晴らしい気球を燃やしたりはしないよ」
 謎のフラグを残していく神宮の瞳は本気だ。

「他にやる事もないしな……」
 陽波 透次(ja0280)は暇を持て余して、レースに参加することにした。
 受付に行くと男が一人泣いていたが、持ち前の危険回避の能力が反応したのか、とりあえず見なかったことにしたのだった。

 バタバタと二人の少年が飛び込んでくる。
「やあ、間に合いましたね!エイルズ先輩っ!」
 元気な声をあげたのは相楽和(ja0806)、気球の操縦や周辺の気候を書き込んだ地図などを両手に抱え、準備に余念がない。
「そうだね、和君」
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)はお菓子やジュースを一杯袋に詰め込んで、相楽の後ろからついてくる。
 周囲をキョロキョロと見回していたエイルズレトラは、相楽の袖を引いて、一つの気球を指さす。
「僕らにぴったりの気球を見つけたよ。名前はハロウィン・マジシャンズ号。これにしようよ」
 エイルズレトラが指さす気球は、おばけカボチャのジャックをモチーフにした茶色い気球だった。
「楽しい思い出になりそうですねっ!」
 相楽は目を輝かせて頷き、徐々に膨らんでいく気球を見上げるのだった。

 簡単なレクチャーを受けて、それぞれの気球に乗り込む学園生たち。
 用意された気球がファンファーレと共に一斉に大空へと舞い上がる。
「うわぁぁぁあああ!高いっ!怖いっ!無理無理無理ーっ!」
 一番低い場所を飛んでいく三下の気球は不安定な風に煽られて、右へ左へと流れていく。
 高度が低いため、悲鳴は会場まで届くのだが、撃退士の悲鳴が大げさなリアクション芸だと受け取られたのか、会場は拍手で明後日の方向へと流れていく三下を見送るのだった。

 神宮は凄く張り切っていた。
 すいすいと他の気球を追い抜いて高度をグングンと上げていく。
 最大火力で気球をどこまでも飛ばしていくと、すこっ、と音がして急に火が消える。
「あ、消えた……?」
 そのまま、みるみる萎んでいく目に痛い気球。
「うそだろーーーー!!」
 辛うじて予備のバーナーを見つけた神宮は途中で不時着することに成功したのだった。

 思いのほか騒がし……賑やかになった気球レースだったが、陽波が乗るシンプルな気球は上手く風を捉えて悠然と空をただよっていく。
 空から見下ろした地上の景色は、精巧なミニチュアのようでもあり、目を凝らすと一人一人の表情も窺える。
 遠くに視線を移すと、自然豊かな平原を電車がゆっくりと走る平和な光景が見え、さらに先には陽の光に輝く海が見える。
「僕の友達は風、気ままな風が友達だな……せめて好成績を残して良い思い出にしたいな」
 スマホで風景写真を撮りながら、一人の寂しさを紛らわせる。
「姉さんに何か土産話を持って帰りたいけど……あ、これでもいいかな」
 ベストショットを探して写真を撮る陽波のスマホには、泣き叫ぶ三下と慌てる神宮がクロスする奇跡の一枚が収められるのだった。
 だが、気球と並走する渡り鳥に気づいた陽波はその光景をすぐに忘れるのだった。

「空ですよ空!僕たち、飛んでます!」
 相楽の興奮した声が、大空に吸い込まれていく。
 エイルズレトラと一緒に乗り込んだ相楽は、気球の端から身を乗り出すようにして空の旅を楽しんでいる。
 そんな相楽の姿をデジカメで撮影して、エイルズレトラは微笑む。
「身を乗り出したら危ないよ。ま、和君なら大丈夫だろうけど」
 軽く相楽を諌めながら、持ち込んだ袋をがさがさと漁る。
「折角の絶景だし、空の上のピクニックを楽しもう」
 取り出したお菓子を相楽に渡して、一緒に外を見ながら風を感じる。
 相楽は隣に顔を覗かせたレイルズレトラからお菓子を受け取り、地上で屋台を楽しむ人たちを眺める。
「気持ちいいなぁ」
 気のおけない友人と一緒に空からの光景を満喫して、相楽ははしゃいでいる自分を感じ、それがまた楽しく思える。
「あのね、和君」
 エイルズレトラは遠くを眺めながら、気球の縁に乗せた腕の上に顎を重ねて、ポツリと話し始める。
「学園の検査で分かったんだけど……僕、実はハーフ天魔なんだって」
 エイルズレトラの突然の告白に、相楽は驚いて隣の友人を見つめる。
「まあ、うちの家系はそんなところはあるから、そんな気はしてたんだけどね」
 あっさりとした表情でそんな事を告げるエイルズレトラの手を、相楽は目に涙を浮かべて握りしめる。
「教えてくれてありがとうございます。でも、僕たちの友情はそんな事でビクともしませんよ」
 しっかりと握られた手を見つめ、エイルズレトラは、ほぅ、と息をつく。
 気球は二人を乗せて、変わらずにのんびりと空をただようのだった。


 陽も傾き、全てが赤く染まり、やがて完璧なブルーの世界が訪れる。
 暗闇がやってくる前の青く澄んだ色に世界が染まる僅かな時間。
 厳かな音楽に合わせて、気球に火が灯される。

「こりゃぁ、圧巻だねぇ」
 杷野と手を繋いで【オウル】の仲間と一緒に歩いていた点喰は、手頃な場所を見つけて仲間と一緒に腰を下ろす。
 昼間に見た壮大な光景とは違い、夕闇の中で暖かな灯を灯す気球の群れは幻想的な想いを見る者に抱かせる。
「きれいだね……」
 杷野の言葉に頷いて、握りしめていた手にそっと力を込める。
 帰ってくる手応えに、点喰はほっこりと胸を温めていた。
 言葉少なく気球を見上げる二人だったが、やがて杷野は点喰にもたれかかって、静かな寝息を立てだした。
「夢でも会えるかねぇ」
 優しい眼差しで杷野の頭を撫でながら、点喰は気球を見上げるのだった。

「夜に見ると、また違った感じがしますね」
 澤口は片手に持った焼き饅頭の袋を、桐生に差し出しながら気球を見上げる。
 桐生はごそごそと澤口が持つ袋を漁り、二つの焼饅頭を取り出す。
 その饅頭を澤口の口へと一つ押し込んで、もう一つを自分の口へと運ぶ。
 二人のもう一方の手は、寄り添うようにしっかりと繋がれていた。
「今年も一緒に来れて良かったな」
 目をキラキラとさせて気球に見入る澤口に、桐生は微笑みを浮かべて囁く。

 天上院もまた、桐生から受け取った饅頭を口に運びながら気球を眺めていた。
「灯篭流しの空中版、か……悪くないな」
 足元に咲いていた花を1輪摘んで、気球に向かってふわりと飛ばす。
 その表情は確かな決意と少しの寂しさが滲んでいるように見えた。
「暇だったらまた来年も行こうな」
 天上院を振り返った桐生が声をかけてくる。
 物思いに耽っていた天上院は、気球に視線を送ったまま答える。
「皆と高校最後の修学旅行に来れて良かったと本当に思っているよ」
 珍しく素直な物言いを聞いて、桐生が少しだけ驚いた表情を浮かべるが、それにも気づかずに天上院は気球を見上げ続けている。
「良い思い出になりそうだ」
 小さく呟かれた言葉に気づいた桐生もまた、空に浮かぶ気球を眺めるのだった。


 古代の住居を模した宿泊施設に荷物を置いた学園生達は、中央の広場で行われているキャンプファイヤーに集まってくる。
 大きく燃え上がった焚火は天高く焔を上げて、天上に輝く無数の星を焦がしていた。

 キャンプファイヤーの周囲には沢山のバーベキューベースが囲んであり、学園生達は思い思いに散らばって気の合う仲間との食事を楽しんでいる。
「お腹減ったのです!」
 橋場 アイリス(ja1078)は沢山の肉を乗せた皿を仲間達の元へと持ってきた。
「……せっかくのバーベキュー、食べないと損ですの。どんどん焼きますの」
 橋場・R・アトリアーナ(ja1403)はアイリスが持ってきた肉と一緒に、自分で持ってきた野菜もバランスを考えてどんどん網の上に広げていく。
「はむぁーっ!!」
 赤々と燃える炭の上で、肉が焼けるやいなやアイリスがガツガツと旺盛な食欲を見せる。

 キャンプファイヤーにも星空にも見向きもせずに焼き肉を楽しむ二人を見て、アスハ・A・R(ja8432)は笑う。
「見事に、色気より食い気、という感じ、だな……」
 アスハの言葉に、星空を見上げていたイシュタル(jb2619)も微笑んで二人を眺める。
「……なんだか役割分担が決まってるわよね」
 くすくすと笑っているイシュタルの目の前にぐっと肉が突き出された。
「リアさんが焼いてくれたのですよ〜。イシュタルさんも食べるのですっ」
 口許に突き出された肉からタレが滴り落ちそうになり、イシュタルは慌てて口を開けてアイリスに食べさせてもらう。
「……リクエストがあればそれも焼きますの」
 まだ口の中の肉の味を味わっているうちに、アトリアーナが焼いた肉を乗せた皿をイシュタルへ渡す。
「ん……ありがとう、アイリス。アトリも、ね?」
 急いで呑み込んだイシュタルは、二人に微笑んでお礼を言う。
「大人気、だな。イシュタル?」
 賑やかな三人を見て、アスハはイシュタルをからかって苦笑して、食べ頃の肉を乗せた皿をアトリアーナに差し出す。
「そのままだと、アイリスに全部喰われる、ぞ?」
 差し出された皿を見たアトリアーナは、その皿に更に山盛りに肉を乗せる。
「……そうゆうアスハも食べないとなくなりますの」
 どっしりと重みが増した皿に、アスハは溜息をもらすのだった。
「私はちゃんとリアの分を残してるのです!」
 アスハの言葉にアイリスが抗議するが、アスハはアイリスの皿に野菜を乗せる。
「ちゃんと野菜も食べよう、か?」
「そういう自分が先に食べてくださいね!」
 自分の皿に乗せられた野菜にたじろぎつつ、アイリスはそっと野菜とアスハの皿に置き返すのだった。

 賑やかな食事も(肉が無くなったので)終わりに近づき、3人の女性は姦しく賑やかに談笑している。
 そんな平和な光景を、アスハは寛いで眺めていた。
「……ま、これもある意味では貴重な絶景なのかもしれん、な」
 持ってきていたデジカメを取り出し、3人の様子を撮影しようとする。
「はむぁっ」
 アスハが構えたカメラに気づいたアイリスは、アトリアーナとイシュタルの間に収まって、二人の腕を取ってポーズを決める。
 他の二人も笑顔で待ち構えるが、いつまでたってもフラッシュが光らない。
 しばらくアスハがカメラを弄っていたが、やがてポツリとつぶやく。
「……あ、バッテリ切れたな」
 笑顔をひきつらせて待っていたアイリスがはむぁーっとアスハに怒り、アトリアーナがそれを止めている。

「……なんだか締め括りはこれがないとって感じね」
 最後まで賑やかな仲間達に微笑み、イシュタルは空を見上げる。
 わいわいとやっている3人を確認して、イシュタルはそっと翼を広げる。
 キャンプファイヤーで盛り上がっている地上の喧噪から離れ、夜空へと舞い上がると、星に届きそうなほど鮮やかに見えた。
「……綺麗ね。天魔との戦いが嘘のよう」
 星の海を泳ぎながら、イシュタルはこの大切な平和なひと時を満喫するのだった。









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