●
「わぁ‥‥海だぁ♪」
幽樂 來鬼(
ja7445)が歓声をあげた。恋人の猪川真一(
ja4585)と旅行に行くのは、今回が初めてということもあり、純粋に嬉しくなっていた。
神子元島の波は荒い。上げ潮と下げ潮がぶつかり合う、高難易度のダイビングスポットだ。
夏にはシュモクザメの群れが見られるという珍しい場所でもある。
クルーザーに分乗した学生たちは、必要装備の正しい装着方法と、ダイビングの基本レクチャーを受けた。
本来なら、30本はダイビング経験がなければ、泳げない上級者向けの海。
だが、撃退士ならではの運動能力とあうるぱわーで、ドリフトダイブに挑むことになった。
ドリフトダイブとは、上げ潮に乗って、クルーザーもろとも流されながら海中散歩を楽しむダイビングスタイルである。「上げドリ」とも呼ばれている。
いちいち泳いでクルーザーに戻る手間がなく、2箇所のスポットを一気に回れるので、人気もある。
「あ、何か跳ねたよ」
遠くの水面を、メジロザメの群れが跳ねていく。水無瀬 快晴(
jb0745)は恋人の川澄文歌(
jb7507)の頭を撫でつつ、「すごいねぇ」と見とれていた。
「おおー、結構いるな。すげーな」
ロード・グングニル(
jb5282)も感動を隠せない。
今日の気温は13度。水中は15度前後という。
それでも春めいた日差しがあたたかく、海中は明るく見通しが良いそうである。
「ウミガメ、トビエイ、マンボウ、楽しみだなぁ」
黒井 明斗(
jb0525)が海洋生物の図鑑を見ながら、これから出会える生物に思いを馳せている。
普段のクールさは何処へ行ったのか、実に楽しそうだ。
「お魚と一緒に泳げるのが楽しみですぅ。餌用にパンを持って潜ってもいいですか?」
「あー、餌はあげないでくださいね」
マリー・ゴールド(
jc1045)は船長にたしなめられ、仕方なく持っていたパンを置いた。
「ちょっと前まで泳ぎが苦手だったのに、ダイビングなんて、なんだか不安だよ」
鈴代 征治(
ja1305)がウェットスーツを着ながら、アリス・シキ(
jz0058)に話しかける。
「大丈夫ですのよ、事前に勉強はしてまいりましたから、サポートいたしますわ」
「お魚と一緒に泳げル、とても楽しみ! ウチの好きなエイもいるんでスよネ♪
会えルと嬉しいでス♪‥‥多門サン、緊張してるですカ?」
ウェットスーツを着こなし、巫 桜華(
jb1163)がきょとんと首をかしげる。
穂原多門(
ja0895)は、(ウェットスーツとは案外体型が出るものなのだな)と、桜華のスタイルを見て、目のやり場に困っていた。
「はいは〜い、撮るよ〜」
水陸両用カメラを振り回す、真紅のビキニのアメリア・カーラシア(
jb1391)。
クルーザーの皆を撮影すると、カメラをユキメ・フローズン(
jb1388)へ渡す。
ユキメは白ビキニ、マリーも際どい水着のまま、フィンを装着し、ボンベを背負って、海へと飛び込んでいった。
「れっつ、ご〜!」
上着を脱ぎ捨て、自身も勢いよくダイブしたアメリアの声だけが残った。
恐るべし、寒中水泳すらものともしない、乙女のお洒落心!
●
綾(
ja9577)はピンクのフリルビキニで、セレブよろしく甲板のビーチチェアに寝そべっていた。
黒ビキニにサングラスで決めた染井 桜花(
ja4386)と、日焼け止めを塗りっこする。
「‥‥良い日差し」
桜花はソフトドリンクを、綾はスピリタスをワイングラスに注ぎ、優雅にカチンと2人で乾杯する。スピリタスの空き瓶があちこちに転がり、船の揺れと共にごろごろ移動している。
「一輝が来られなくて残念ね。折角ボクが日焼けどめを塗ってあげようと思っていたのに」
無駄に2人、セクシーポーズで寛ぎながら、諸事情でドタキャンした紫園路一輝(
ja3602)に思いを馳せる。
●
晴芽野 驟雨(
jc1107)と星歌 奏(
jb9929)が手をつなぎ、ウミガメと並んで泳いでいた。
潮流が早く、さほど泳がなくても、自然に体が流れに乗って移動していく。
透明度の高い海に日差しが差し込んで、幻想的な光景が広がっている。
きらきらとカンパチの魚群影が通過する。
黄金色に輝くヒラメが泳いでいる。
ごつごつとした岩場には、底生生物がわんさか。
(驟雨ちゃん! 海がとても綺麗なのー♪)
(本当に綺麗な海だよな!)
海中装備では互いの声は聞こえない。が、2人の思いはひとつだった。
(サメちゃんなのー♪)
奏が海底に横たわるサメを見つけ、(大人しいのー♪)と撫で回した。
「ネコザメなんているんだねぇ」
快晴は船長から聞いた話を文歌に伝えた。
「ネコザメ? どんなサメさんなんだろう?? 私、探してみるね。眼の上にある突起が、ネコさんの耳のようなの?」
「海底をよく探すといいらしいよ」
快晴と文歌は、2人で手を繋いで海へダイブ。
「マンボウさんにも会えたらいいね♪」
「そうだね。マンボウも見てみたいけど、どうだろう」
(本当だ、勝手に体が流されていくから、無理に泳がなくても大丈夫そうだね)
征治はアリスと手をつないで海中散歩を楽しんでいた。
(地上とは別世界の景色だなあ。魚影がきらきら輝いて綺麗だね。マンボウに会いたいけれど、こういうのはきっと探すより会えるのを待つ方がいいよね)
(‥‥綺麗ね)
ユキメはダイビング仲間や魚影をカメラにおさめていた。
(これがお魚‥‥こうやって泳いでいるんですね‥‥)
円城寺 空(
jc0082)が、海中の絶景に息を呑む。
(あ‥‥マリーさん!)
マリーは小魚の魚群の只中でもがいていた。
小魚が際どい水着の中へ潜り込んだり、通過したり、露出した顔や手足に激突したりしていた。
(み、水着がずれちゃいますぅ! それにくすぐったいですー!)
慌ててずれた水着を直し、手で小魚を追い払おうとしても、そこは無数の小魚の群れの中。
(助けてください〜!)
溺れかけてマリーは、ヘルプサインを出した。
マリーの異変にいち早く気づいたのは明斗だった。急いで救出し、潮に共に流されているクルーザーへ連れ戻す。
温水シャワーを浴び、船の隅に縮こまって赤くなるマリー。
「うぅ‥‥恥ずかしいです」
「気をつけてくださいね。水温も低いですし、ウェットスーツを着たほうがいいですよ」
クールに告げて再び海に潜る明斗。まだまだ魚と一緒に泳ぎたいのだ。
ビリジァン色の世界に包まれ、クリスタ・アウフレヒト(
jb8154)に、ラルフ・エーデルシュタイン(
jb8153)はそっと手を差し伸べた。
ラルフがエスコートするように、2人で泳ぐ。
(海の中の世界って、こんなにも見え方が変わるんだね)
飛行にも似た浮遊感と、周りを飛び交う魚達を楽しむラルフ。
(海の中はすっごく綺麗だけど、やっぱり一番きれいなのは‥‥)
隣にいるクリスタを見て、そっと微笑むラルフ。
見上げれば日差しが水面を通してちらちらと輝いている。
『大好きだよ』
<意思疎通>で思いを伝えるラルフ。
(ラルフくん‥‥!?)
嬉しさと恥ずかしさが一度に押し寄せ、胸が高鳴りだすクリスタ。口から心臓が出てしまいそうなほど、ドクドクと全身が脈打っている。
(どうしよう、ラルフくんの顔がまともに見れないよ‥‥!)
えい、とラルフの胸に飛び込んで、ギュッとしがみつき、照れながらクリスタは小さく頷いた。
「私もだよ」
‥‥クリスタの小さな声は、ボンベの泡と共に水面へ上っていった。
多門と桜華も、手をつないで海中遊泳を楽しんでいた。
水族館とは違った美しさに、酔いしれる多門。手をつなぎ、目配せと微笑みで想いを共有する。
繋いだ多門の手は、ウェットスーツで温度がわからないけれど、桜華にはあたたかく感じられた。
桜華が楽しみにしていたエイとも無事に遭遇し、一緒に泳ぐことができた。
【青年団】のサリナ・A・フローレス・S(
jb8473)は、「僭越ながら、わたくしがご紹介いたしますわ。この星を」と微笑んだ。
同行のキアラ・アリギエーリ(
jc1131)とカルロ・ベルリーニ(
jc1017)は天魔界の出身。
この機会に是非、この美しい世界を味わっていただきたいと、サリナはそう思っていた。
「まずは地球の神秘から見てまいりましょう」
クルーザーからダイブし、海中を潮に乗って遊泳する3人。
(とっても、綺麗‥‥!)
キアラが青く澄んだ海と岩場、きらきら光る魚影に興奮する。カルロは興味深そうに海中生物に見入っていた。
「さて、そろそろ泳ぐか」
体力を考え、ゆっくりとダイビングを楽しむつもりだった真一と來鬼が、頃合いを見てダイブする。
二人で手をつなぎ、悠然と泳ぐ魚たちに目を奪われ、綺麗な水の色、差し込む日の光に陶酔し、地形をたどりながら擬態している底生生物を見て回る。
(!!)
ユキメがカメラで、稀にしか見られない魚影を捉えた。
手で合図して、皆に知らせる。
(これは‥‥マンボウ!)
生で見るマンボウはかなり大きく、優雅に海を泳いでいた。
ダイビング中だった皆に報せが伝わり、皆、マンボウを驚かせないよう、注意しながら並泳する。
(あれはメジロザメの群れじゃないか?)
マンボウを満喫したあと、ロードは目指していた魚影を発見した。
距離を置きながら近づいてみると、海面付近を跳ね回って楽しそうに泳いでいる。
太陽光の差し込む海中は、エメラルド色とも深い青ともつかない、美しい色が混じり合っていた。
そろそろダイビングタイムも終了である。
それぞれのクルーザーにあがり、順番に温水シャワーを浴びて着替え、体温を調整する。
日光浴をしていた綾と桜花は、「日差しはいいけれど、風がまだ冷たいわね」
「‥‥ん」と既に上着を着こんでいた。
●
灯台はごつごつした岩場に囲まれていた。
そこを、助け合いながら、快晴と文歌が歩いていく。
「岩がごつごつして危ないね‥‥。気をつけな‥‥あわわ」
滑りそうになった文歌を抱き止めて、転ばないように支える快晴。
「だいじょぶ?」
「うん。ありがと、カイ♪」
灯台は静かに佇んでいた。石造りで、中へ入ると補修の跡が見受けられる。
静かな灯塔を登ると、これまた絶景が広がっていた。
海を挟んで、弓ヶ浜まで綺麗に見える。太平洋側を望めば、空と海の水平線がくっきり。
「わぁ〜、絶景だね」
「うん、絶景だねぇ」
文歌と快晴の声が同時に響いた。
「来年も一緒に来ようね、カイ♪」
そっとキスをした文歌を抱き締めて、快晴はキスをし返す。
二人の影はなかなか離れず、やがてクルーザーから出航準備の合図が鳴り響いた。
●
クルーザーに分乗し、15分ほど波に揺られて、伊豆半島へ。
貸切の旅館では、従業員が皆を迎えてくれた。
旅館内は程よく暖かく、海上の肌寒さを忘れられる温度に調整されていた。
先に運び込まれていた荷物をめいめい引き取り、襖で隔てることが出来る大座敷に通される。
『桜座敷』側が女性用に、『菜の花座敷』側が男性用(男の娘含む)に分けられていた。
就寝時に襖を閉めることにして、好きな相手とまったり寛ぐ。
●
サングラスを外し、座布団に転がって、ゆっくりと休む真一。
ダイビングで溺れかけた経験を思い出し、今回は無事に済んだと安堵する。
アメカジ系のファッションの彼が見やると、和風の窓の外には、黄色い菜の花畑が広がっていた。
(どうしても、論文と鑑定物に意識が向いちまうな)
「あー、論文やら考えてるでしょぉ」
がばっと抱きついて、ニヤニヤ笑いながら來鬼が悪戯っぽく言う。
図星である。
苦笑する真一に、來鬼は泣き真似をしてみせた。
「どっかの誰かさんが引き籠ってるお蔭で、何時も寂しい思いしてるのよぉ?」
「‥‥そういやこうして旅行に来るの、初めてだったな。‥‥一緒にきてくれてありがとな、來鬼。これからも宜しくな」
「こっちこそね! っつかお礼はいらんの!」
來鬼は笑い、真一も笑った。
葛城 縁(
jb1826)と彩咲・陽花(
jb1871)は、女湯タイムに早速お風呂を堪能していた。
まずは洗い場で身体の洗いっこ。
スポンジがボディソープの白い泡で、もこもこと泡立っている。
それを縁の綺麗な背中に滑らせる陽花。
「縁、身体洗ってあげるよー。むぅ、それにしても相変わらずの大きさだよ‥‥」
(それに比べて‥‥)
陽花が自分の胸に目を落としたところで、縁がスポンジを取り上げ、陽花の背中を洗い始めた。
「こうして洗いっこするのも、旅行の醍醐味だよね〜」
「そ、そうだよね」
「縁、温泉に来た以上、全種制覇は必須事項だよ! そうでないと帰れないよ!
女湯タイムが終わる前に急いで回らないと!」
身体を綺麗にしたところで、まずは檜風呂を満喫。
「ん、この檜風呂は凄くいいね♪ 檜の香りがして落ち着くんだよー」
「陽花さん、陽花さん。次はどのお風呂に入ってみようか?」
「じゃあ、竹風呂なんてどう? 意外と聞かないし、珍しいよねー」
まったりと、且つ、全力でお風呂を楽しむ2人である。
「そろそろ午後の女湯タイムが終わるね。次は夜かなー。夜の露天風呂もいいね」
「そだねー。さて、これで最後の温泉かな? ふふ、全制覇完了だよ♪ どれもすっごく気持ちよかったねー」
「わぅっ! この後の料理も楽しみだよ! たっくさん食べないと‥‥!」
お風呂から景色を眺めると、外には早咲きの満開の桜と、ちょうど見頃の葉の花畑が見えていた。
ラティシア フォーク(
ja0832)は陽花たちから少し離れた場所で、お風呂を楽しんでいた。
さっくりと温まり、体を拭いて浴衣に着替える。
女湯タイムが終了し、従業員が掃除に来て、男湯に入れ替わる。
ラティシアは浴場入口の休憩場で、体を冷やしすぎない程度にクールダウンしていた。
待ち人は、恋人の仙道・龍馬(
ja0153)である。
龍馬があがってくるまで、のんびりとマッサージチェアに身を任せるラティシア。
「先輩♪」
お揃いの浴衣姿の龍馬を見つけ、声をかけながら笑顔で小走りに駆け寄る。
「海の中、綺麗でしたわね♪ 空を飛んでいるみたいで気持ちよかったですわ。でも今の時期は海水が少し冷たかったので、今度は夏に伺いたいですわね。夏にはハンマーヘッドシャークの群れが見られるそうですのよ、先輩?」
楽しかったダイビングのことを話しつつ、一緒に宴会場へ移動する。
「お腹すいたあ」
そんな声も聞こえつつ、宴会場に入っていく一行。
既に席にはお膳が並んでおり、この旅館でしか味わえないと評判の、S級サザエのつぼ焼きとお造りが振舞われる。通常なら100g前後のサザエが、なんと神子元のサザエは350gオーバーという大きさである。大きいだけではなく、漁師が1つ1つ手で採取するため、傷もストレスも抑えられ、また、黒潮にもまれて豊富な海藻を食べて育った、甘みの強くとても貴重なサザエであると、旅館の板長は語った。
続いて登場したのは、5月半ばに漁が終了する伊勢海老である。ぷりぷりの歯ごたえと、甘みのある締まったお刺身に舌鼓を打っていると、今度は「鬼殻焼き」が出てきた。
伊勢海老を殻のまま背開きにし、つけ焼きにした料理だそうで、磯の香りと特製のタレが絶品であった。
板長の言葉を聞きながら、ラティシアは、サザエのつぼ焼きの食べ方がよく分からず、隣の龍馬に手伝ってもらっていた。
「ラテ、ほれ、口あけろよ」
「有難うございます。先輩、私からも、はい、あーん♪」
ラティシアは、お礼に、と、自分のお箸で伊勢海老のお刺身をつまんで、龍馬に差し出した。
●
日も暮れ始める18時、「みなみの桜と菜の花まつり」の目玉である「夜桜☆流れ星」のイベントが開始された。
青野川の来宮橋〜九条橋間が屋台と人で埋め尽くされる。
早咲きの桜は満開。ライトアップされ、夜の闇が下りてくるに従って、幻想的な光景を醸し出す。
「屋台といえば焼きそばだよね」
征治はアリスの手を引いて、屋台を楽しんでいた。
「そろそろ時間かな。人が集まっているし、いのり星を見に行こうか」
海城 恵神(
jb2536)は、志々乃 千瀬(
jb9168)、月白 星(
jb5160)と共に屋台を巡っていた。
「え、えと‥‥、誰かと、一緒にお祭り、なんて‥‥初めて、なので‥‥すごく、楽しみ、です‥‥! 屋台も、いっぱい、ですし‥‥こう、お祭りって、すごい、ですね‥‥! りんご飴とか、わたあめとか、美味しそう、です‥‥!‥‥でも、私不器用、なので‥‥金魚すくいとか、水風船とかは、取れないんですよ、ね‥‥」
目をキラキラさせて屋台を巡る星。水風船に興味があるのか、つと出店の前で立ち止まる。
「よーし、水風船だな! この私にかかればちょちょいのちょいって‥‥あ、あれ?」
恵神は水風船釣りにトライするが、なかなかうまく釣り上げることができない。
「が、がんばって、ください、ね‥‥!」
星がぐっと拳を握り、はらはらと見守っている。
「あはは、ちょっと失敗しちゃったけれど、小さいのは何とか釣れたよ。ほら、これあげるよ!」
水風船を押し付け、3人で収穫を喜び合う。
(あんまり外に出るのは好きじゃ、ないんですけど‥‥星とか花の本を鞄に入れて、ゆっくり歩きましょう、か)
千瀬はわたあめを買って、袋から出し、ちぎって口に放り込んだ。
(‥‥一応、私が、一番年上、なので‥‥こう、何といいますか、保護者として、ですね‥‥頑張らない、と‥‥)
「お、美味しそうだなー! ちせ、ちょっと貰うよ! あむっ」
わたあめを反対側からかじりつく恵神。
「きゃ! 食べたい、なら、お財布に、お金、いっぱい入れてきたので‥‥何でも、買ってあげます、よ‥‥!」
(‥‥来月は、質素倹約、ですけど、ね)
そんな千瀬に、恵神は悪びれる様子もなく言った。
「みんなで分け合うから美味しいんだよ。あ、そろそろいのり星の時間かな?」
人ごみがざわついてきたので、恵神はひょいひょいと歩き出す。
千瀬は星の手を引いて、人波を渡ろうと努力を始めた。
矢野 胡桃(
ja2617)は、矢野 古代(
jb1679)の言葉に、ツッコミを返していた。
「モモ知ってる。そういうの、花より団子って言うんだよね、父さん」
「違う、団子ではないぞ。買いに行くのはわさび漬けだ。最近わさび漬け食べてないからな、買いに行こう。今すぐ行こう」
ライトアップされた桜には見向きもせず、菜の花畑のほうに歩き出す父子。
「モモ、桜は苦手だって知ってるでしょ。それより、菜の花とライト観よ! 人いっぱいだし、腕とか組んでみる? 父さん?」
「んんー、腕組み? 良いよ。ほお、桜も嫌いじゃないがこっちも見事なもんだな」
菜の花も綺麗に咲きそろって、実に見応えがあった。
屋台では、じゃがばたーの前でふっと足を止める胡桃。古代がすかさず注文した。
「ほれもも、じゃがばた美味しいぞー。あ、ベビーカステラもある」
「は、花より団子な父さんと違って、モモはちゃんと景色観ますし。観ますし〜」
そう言いながらも、じゃがばたーをあぐあぐしている胡桃は、幸せそうだった。
甘いものも、ちょこちょことつまんで食べる。
(全く、花より甘味な娘だな。俺は娘と違って、景色も楽しむけど)
「あ、すいませーんケバブくださーい」
ちょう似たもの父子だった。
地堂 光(
jb4992)は古庄 実月(
jb2989)と2人で屋台を回っていた。
屋台で買い食いしつつ、夜桜の絶景スポットを探す。
まだお互いに名前で呼び合うには、若干照れくさい関係であり、2人だけで行動するのもこれが初めてだ。
「か、体、冷やすなよ。風邪とか引くと困るからな、相棒」
光は実月に温かい飲み物を差し出した。
その優しさが嬉しくて、ベンチに座ったまま、少し夢見心地の実月である。
(‥‥その、風邪を引く気はありませんけど、照れとか気恥ずかしさで‥‥熱いような‥‥うぅ‥‥これは多分顔が赤いやつだけど‥‥今日くらい仕方ない‥‥よね)
「桜華、寒くないか」
多門は自分の上着をそっと桜華の肩にかけた。
その時、ひとひらの桜の花弁が多門の肩に落ちる。
(其処はウチの場所なのでス)
少し桜の花弁に嫉妬した桜華は、内緒話を催促するように多門の腕を引いた。
「何だ?」
屈んだ多門の頬に口付ける桜華。
「夜桜、菜の花、綺麗でスね!」
子供っぽい悪戯気分を照れ隠すように、はしゃいで多門の腕にくっつく桜華。
どくん、どくんと、互いの心臓の音まで聞こえてきそうだった。
【青年団】のサリナは、「会場に着いたら、まずは腹拵えですのよ」と悪戯めかして2人に吹き込んでいた。
「屋台の食事は一人3つまで、というのが祭りの鉄則ですわ‥‥って、冗談ですのよ?」
「えっ、冗談だったんですか?」
キアラはすっかり信じ込んで、たこ焼きを3つとイカ焼きを3つとクレープを3つ手にしていた。
「折角人界に来たのだ、旅の経験の1つや2つ、してみたいと思うのは当然ではないかね? ダイビングしかり、屋台しかり、花見しかりだとも」
キアラの買ってきたたこ焼きに串を刺しながら、カルロが演劇的に語った。
「とかく我々は戦場としてしか人界を観ようとしない。その実、ここまで美しく儚い世界だというのにな」
「人界の美しさを理解していただけたようで、光栄ですわ」
サリナはカルロに微笑みかけた。
奏は驟雨をつかまえて、興奮気味に語っていた。
『たくさん泳げて楽しかったのー♪ 驟雨ちゃんも楽しかったのー?』
『そういえば、お花のお祭りがあるらしいのー‥‥浴衣に着替えてくるの♪ 待っててほしいの』
(奏の浴衣姿かあ‥‥可愛らしいだろうな、楽しみだ)
驟雨も浴衣姿で、待ち合わせ場所にいた。屋台で2人でつまめそうなものを買って、スタンバイ。
そこへ、ぱたぱたと駆けてくる浴衣姿の奏。
「ああ、奏‥‥き‥‥」
綺麗だよ、と言いかけて、言葉が喉につかえる。顔がみるみる紅潮していくのを感じる驟雨。
「屋台もあって美味しそうな香りがするのー♪ 何か買って夜桜見に行くのー♪‥‥驟雨ちゃん、夜桜‥‥綺麗なのー‥‥一緒に見れて幸せなの、ありがとうなの!」
(いや‥‥奏も綺麗なんだよ‥‥)
言いたいのに、言えない。
「ああ、あぁ、本当綺麗だな‥‥本当楽しくて幸せだよ。一緒に来てくれてありがとな!」
(違う‥‥俺が言いたいのは‥‥!)
●
歓声が上がった。いのり星が川に流され始めたのだ。
ひとつ、またひとつと数が増えていき、青野川が青い地上の天の川と化す。
●
征治はアリスと手をつないで寄り添い、いのり星の天の川を見ていた。
(これまで色々あったけど、やっぱり僕はアリスといたい。ずっと、ずっと一緒にいたいな)
カメラの露出を調整し、祭りの様子を動画におさめる征治。
恵神はいのり星流し権の当日券を3人分買って、土手から川に流していた。
「おぉ、本当に濡れると光るんだな! それに天の川みたいだ!」
神秘的な風景をパシャリとスマホにおさめる。が、暗くてなかなか綺麗に撮れない。
(また一緒に来れるといいな。その時はちゃんとしたカメラを持ってこよう‥‥)
胡桃は、青色LEDの幻想的な灯りを見つめて、小さく願い事をひとつ唱えた。
(だって星の様に綺麗。流れる光はきっと願いを叶えてくれるはず‥‥)
「父さんがずっと幸せでありますように。モモの幸せも、全部、あげる」
「こりゃまた‥‥凄い光景だな」
光は実月と共に、幻想的な世界へ迷い込んだかのような感覚を、しばらく堪能していた。
「本当に素晴らしいですね。夜桜だけでも綺麗なのに、青のライトアップなんて、綺麗じゃないはずがないです」
(周りもみんな楽しそうですし、好きな人も一緒だしで、ちょっと夢心地になりそうです)
実月はそう答えて、ほのかに赤くなった頬を冷たい手で押さえた。
「星が流れると、誰かの命が尽きたと言われることがありますの。ですから、このいのり星も、散っていった誰かの命に見立てたものかもしれませんわね」
サリナが適当に言った言葉に、カルロは反応し、ぴしりと敬礼をして、流れゆくいのり星を見送った。
綺麗ですね、と素直に見入っていたキアラは、きょとんとしていた。
「綺麗だな」
「綺麗なのー」
「それ以上の言葉が出ないな」
驟雨と奏はいのり星を眺めて、美しさに言葉を失っていた。
「本当に、驟雨ちゃんと来られて良かったの♪ ありがと、驟雨ちゃん♪」
奏はじっと驟雨の瞳を見つめた。
●
祭りが終わり、夜9時。再び、風呂場が開放された。
綾は、露天の檜風呂に浸かりながら、桜花の酌で熱燗を次々と空けていく。
桜花はジュースを徳利に入れて気分を出し、綾の相手をしていた。
「絶景かな♪ 絶景かな♪」
「‥‥ん」
風呂場からは神子元島灯台の灯りも見え、また内陸に目を向ければライトアップされた早咲きの桜が満開である。
月も綺麗に輝いていて、月見酒にもいい感じだ。
「‥‥綺麗ね」
ユキメが月を見上げ、灯台を眺め、夜桜に見とれていると、後ろから接近してきて、胸あたりをガシッと掴むように抱きついてきたものがいた。
「きゃ! やめなさいアメリア!」
「ん〜、育ってるねぇ〜」
アメリアは微笑んで自分の胸を指した。
「にゃはは〜、ユキメちゃんも揉む〜?」
「冗談言っていないで、早くお風呂に浸かりなさい。風邪引くわよ」
ユキメはクールに言い捨てると、空に目を向けた。
空は、桶にハムスターたちを入れて浮かべ、ほっこりしていた。
「いい湯ですね‥‥体の芯まで温まります‥‥皆で旅行‥‥素敵ですね‥‥また来たいです‥‥」
その横では、マリーが「はあ、生き返るですぅ」と岩風呂の岩に腕枕をし、身体は湯に浸し、のんびりと湯を楽しんでいた。
「そろそろ上がるわね」
いい感じに気持ちよくなった(でも素面の)綾と桜花が風呂を去ると、空も「そろそろあがりますね」とマリーに声をかけた。
アメリアもユキメも、風呂から出て行く。
マリーは爆睡していた。
「お客様、お客様、あの‥‥男湯タイムになりますよ」
掃除担当の従業員(女性)が慌てて起こしてくれる。
がばっと起きて、きょろきょろ周囲を見ると、脱衣所で待っている男性の影が!!!
「ちょっと人払いをしてきま‥‥あら?」
従業員が言い終える前に、マリーは全裸でダッシュしていた。
「わ、マリーさん!?」
脱衣所で、コーラを詰めたクーラーボックスを持ち込もうとして待っていた明斗とぶつかる。
マリーはバスタオルだけ掴んで急いで体に巻き、奇声を上げながら桜座敷に走っていった。
「あ、マリーさん! 着替え! 着替え、脱衣所に忘れてますよ!!」
明斗の声も届いていない。
「い、今の何だ?」
寝る前に露天風呂へ、と思ってやってきたロードと思いっきりすれ違うマリー。
女性従業員さんがマリーの着替えを回収し、桜座敷まで届けてくれることとなった。
●
深夜。
ダイビングで疲れたのか、起きているものは少ない。
桜座敷と菜の花座敷は襖で隔てられ、男女別に布団に包まって眠っていた。
「誰か、トランプやらないか?」
眠れずにいたロードは、小声で呼びかけてみる。
数人が「眠いけど、少しなら付き合うよ」と言ってくれた。
「負けた人は、そうだなあ‥‥恥ずかしかったことの告白でもやるか」
ロードがシャッフルして配り、大富豪開始。
革命に次ぐ革命で、言いだしっぺが負けるジンクス発動。
「えー、俺?‥‥じゃあ、バレンタインのことを打ち明けようか」
身を乗り出す参加者たち。
「今まで、女の子にチョコを渡す日と勘違いして、チョコを作ってた。これが恥ずかしい話」
「全然恥ずかしくないじゃないですか」
「当人には恥ずかしいんだよ。二戦目いくぞー」
ロードが負けたので、勝った人がシャッフルをして、第二戦開始。
――こうして、伊豆の長い夜が更けていったのであった。