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新潟・旅の陣 タグ:【新潟】 MS:離岸


 トンネルを抜けると雪国であった、などと言うつもりはないが、新幹線の車窓が写す景色が雪色に染まったのを見て歓声を上げた学生達は多かった。
 普段あまり見ることのない雪景色に沸く声は、この旅行への期待を如実に表していると言っても良いのかもしれない。

 引率の教師が人に迷惑をかけぬようにとお決まりの言葉を重ねる中、やがて新幹線は目的の駅に到着。
 新潟の地一番槍を目指す者達が出口へ押しかけ、扉が開くのを今か今かと待ち受ける。


「似合っている、な。……あぁ、格好良いぞ?」

 黒とピンクを基調としたウェアを身に纏ったスピネル・クリムゾン(jb7168)を出迎えたのは、無彩色のカジュアルウェアで身を固めたウィル・アッシュフィールド(jb3048)の声だった。

「かっくいいでしょ☆ ウィルちゃんに貰ったニット帽も付けて倍ドン!」

 手に持っていたニット帽を被りスピネルはウインク一つ、既にウィルがゲレンデまで運んでくれていたスノーボードに片足を固定させる。
 スノーボードは得意であるウィルはスピネルに速度を合わせて並走、リフトに乗ってまずは簡単なコースへ。

 この日は雲ひとつ無い快晴だった。遠くの山々が被った白を光が跳ね返し、撃退士達を歓迎するように輝いている。

「前の雪遊びでちょっとだけ見たけどスノボ楽しそうなんだよ〜♪」

 最初こそ動き方すら分からないような有様のスピネルであったが、ウィルのアドバイスが効いたのか、何度か滑っている内にコツを掴んだようだ。

「いっぱいジャンプして難しい技とかやっちゃうんだよ〜♪ ウィルちゃん、どっちがいっぱい出来るか勝負! なんだよ?」
「いきなり飛ばしていくな…」
「勝ったらあたしのお願い聞いてもらうんだもん♪」

 言うが早いが先手必勝。小さなジャンプで勢いをつけると彼女は滑り降りて行ってしまう。
 勝負事には乗り気な一方、万一負けてしまった時どうするかとウィルは気が気でない。

「……あ」
「ひゃぁあ〜〜ッ!」

 が、勢いがつきすぎたか、スピネルはジャンプ台にたどり着く前にバランスを崩し転んでしまった。

「大丈夫か? …盛大に飛んだな」
「雪だらけになっちゃったね〜」

 すぐにスピネルへ追いついたウィルはくすりと笑みを漏らしながら彼女を助け起こすと、コースの隅へ。

「ほら、折角の美人が台無しだぞ」

 帽子の雪を取ってもらいながら彼から飛んできたそんな言葉が、スピネルにはとても嬉しく感じられて。

「…ありがと、ウィルちゃん! さ、勝負の続きしよ!」

 満面の笑みをウィルへ返すと、また勢い良く斜面を滑り降りていく。
 今度は負けじと彼も追いかけるように後に続く。


 隣を猛スピードで滑り降りていくスピネルとウィルの姿を見て、橘 優希(jb0497)に何かのスイッチが入ったようだった。
 一緒にスノーボードを楽しむ【橘一家】の静止の声にも後ろ手でひらりと返事を返すのみ、ほぼ直滑降でゲレンデを滑っていく。

「…って、わわっ!?」

 先のスピネル然り、スピードが出すぎるとバランスを崩しやすくなるものである。
 小さな雪のこぶに足を取られてしまった優希は崩れたバランスを修正することが出来ず、盛大に雪を巻き上げゲレンデに身体を投げ出すことになってしまう。

「ま、待ってくださいー! あわわわっ」

 優希が転んだのを見て慌てて助け起こそうと動き出す或瀬院 由真(ja1687)であったが、優希のようなスピードを出せない。
 無理もない、というよりも、転んだ彼がスピードを出しすぎたと言ったほうが正しいのだが。

「みーんなーっ! 見て見てーっ!!」

 転んだままの優希が逆に心配するほどの蛇行滑降を由真が披露する中、二人の聞き慣れた声が、空から。
 声の正体はウェル・ウィアードテイル(jb7094)。結構な速度を維持したままゲレンデに設置されたジャンプ台のコースへと突き進めば、直後その身体が宙を舞う。
 ただ飛ぶだけでは飽き足らないのか、空中で半時計回りに三回転。突然の大技披露に周囲から感嘆の声が沸く。
 着地まで鮮やかに決めると、そのまま勢いを緩めて優希の元へ。

「ウェルちゃんのテクニック、どうだった?」
「凄い凄い。僕なんかほら、転んじゃって…あはは」
「や、やっと追いついた…優希さん、大丈夫ですか…?」

 息も絶え絶え、とでも言わんばかりの由真がやっと追いついた。
 そっちの方こそ大丈夫か、と聞きたいが余計な茶々は入れず、優希はそのまま彼女に助け起こしてもらい、

「ゲレンデのど真ん中でイチャつくリア充爆発しろー♪」

 直後、ファリオ(jc0001)が静止の勢いで巻き上げた雪が直撃し、「ぶへふっ!?」と、妙な悲鳴を上げた。
 ファリオの奇襲じみた雪攻撃の被害者は優希だけに留まらない。すぐ近くに居たウェルと由真にもまた平等に雪がぶちまけられる。

「……ファリオくぅん?」

 あ、涅槃。
 雪まみれの三人を面白おかしくスマホで撮影していたファリオであったが、被害者達の背後からにじみ出る気配に冷や汗タラリ。

「よし、良い絵が撮れました。しからばっ!」

 逃げるようにまた滑り降りていくファリオであるが、当然被害者三人も黙って逃したりはしない。

「何すんのっ!」
「ふふふ、逃がしませんよー?」

 日頃培っている連携の前に一対三はあまりにも不利。
 ウェルと優希が左右を抑え減速できない状況を作った上で――

「ヒリュウ、そのままふみふみの刑です!」

 由真が呼び出したヒリュウがファリオの頭上へ落下。それが決め手となり転倒してしまった彼はお縄につき、雪だるまの刑に処されてしまう。

「あの、寒いんですけれど…」

 全身を雪で固められ身動きの撮れないファリオの懇願にも優希は自業自得だと取り合わない。

「ここで反省しなさい。二人共、そろそろお昼食べに行こう?」

 ファリオの頭上で偉そうにふんぞり返っていたヒリュウも連れて三人はロッジへ入っていった。
 放置されたファリオは雲ひとつ無い青空を見上げてぽつり。

「…あぁ、温泉で暖まりたいなぁ」

 夜の部です。諦めてください。


 いくら超人級の身体能力を持つ撃退士であっても、いきなりスノーボードを履いてほら滑るんだと言われてもそれは無理な話だ。
 だが、仲良しグループの中で経験があるものが居ればその人物を頼りに手ほどきを受ければいい。

 緋流 美咲(jb8394)と柊 和晴(jc0916)もそんな教師―生徒の関係であった筈だった、のだが。

「人間界には色々不思議なものがあるんだね…まさか、滑っていたら雪に埋もれるとは思ってなかった」
「それに関してはごめん…」

 初々しいと言うか何と言うか。和晴を教える立場の美咲だったのだが、和晴を前に緊張して動くことが出来ず逆に転んでばかり。
 照れ隠しに彼女が投げつけた雪球が発端となり、スノーボードの最中だというのに雪合戦に発展してしまったのだ。

「…何と言うか、頑張りすぎた」

 互いに全力で投げ合うものだからその疲労具合たるや相当なもの。
 和晴がぼやいたように、二人共しばらくは動けなさそうだ。

「りょ、両足固定ってかなり怖いんですが?!」

 一方、教師ファング・CEフィールド(ja7828)と生徒シエル・ウェスト(jb6351)のペアに視線を向ける。
 軍に居た頃の訓練や作戦以外でスノーボードを教えるのは初めてなので上手く教えられているかファングは不安だったようだが、ボードの教師となっても食べていけるだろうと周囲は思ったに違いない。
 完全初心者のシエルの要望は手取り足取り、である。
 それを真面目に受け取ったファング、シエルの乗っているボードに自分も乗り、二人乗りの状態でレッスンを始めたのである。
 当然、密着状態。彼氏彼女の関係なんだからくっついてもええやん、と何故か関西弁でシエルは内心呟くが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

「んおぅ!? ここちょっと凍ってぇ!?」

 その後も波乱が両手では足りないほどにあったようだが、ファングの頑張りも有り、最終的には――

「見てくださいよコレ! メダル取れますよねコレ!!」
「何かおかしいと思うんだ!? 上達早すぎるよね!?」

 スノーボードでトリプルアクセルを、と言わんばかり。背面から滑り始めてジャンプ台に入れば、テン・エィティを決めるまでに至る。
 撃退士が撃退士に何か教えると、あらゆる意味で番狂わせが起きる、という一例だろうか。

 さて。
 このままだと撃退士についていらぬ誤解が発生しかねないので、今度こそ教師と生徒が成り立っている者達にフォーカスを当てる。

「じ、実は…初めてなんだよ、スキーって…」
「うん、直滑降で木にぶつかりに行ったの見れば分かる」

 からかい混じりの言葉と共にフィル・アシュティン(ja9799)を助け起こした志堂 龍実(ja9408)は小さく笑う。
 彼自身はスキーの経験がある上に元が器用なこともある。その上に撃退士という恵まれた身体能力が合わされば、その辺りのプロと同程度に滑ることなど造作もない。
 その上、教えるための言葉を選ぶのも上手いようで、必要なポイントを的確に見抜き、矯正していく。

「ほら、そこは変に力を入れ過ぎているんだよ。上半身を固めないで、曲がるに合わせて身体を捻って」

 フィルの方も一度コツを掴んでしまえばあっという間だ。周囲の景色を眺めながら滑る位なら楽々行える程までの上達を見せた。
 僅かに先行して彼女が追いつくのを待っていた龍実はその成長ぶりに満足気に頷いた。

「真っ白で、凄く綺麗だね…!」

 リフトに揺られて山頂へ辿り着くのを待つ間、周囲を見渡していたフィルは改めて感嘆の声を漏らす。
 釣られて、龍実も眼下を見下ろす。
 一面の、白。広すぎるこの場所で、誰かが声高に戦うことを叫んだとしても、それはきっと小さすぎて誰の耳にも届かない。
 一年に一度、このイベントがある度に龍実は平和や共生について考えずにいられない。

 ――自分は、天魔のことを倒すだけの存在と認識できなくなっている。

 共生の道は無いものだろうか。そんなことを言い出す自分は異端なのだろうか。ぐるぐると巡る考えが止まらない。

「どうか、した?」

 ぎゅ、と。グラブ越しの熱。
 昨年は手を繋ぐだけで精一杯だったようだが、一年の年月は手を繋ぐ程度では彼女が赤面しないようにしてくれたらしい。

「…何でも無いよ。それよりほら、もうリフト着くよ」

 触れた彼女の手を、少しだけ強く握る。
 握った手の感触をしっかり覚えておくためにも、まずはこの旅行を全力で楽しもう。


 華澄・エルシャン・ジョーカー(jb6365)とひとしきりスキーを楽しんだ後、ルナ・ジョーカー(jb2309)は彼女と共にコースを外れて森林の立ち並ぶエリアへと足を運んでいた。
 本当に上級者しか訪れない、圧雪されていない雪に満たされた空間。それ故に人が来ることも少なく、静かな領域の中、聞こえるのは二人の息遣いのみ。

「なあ華澄、俺、一人で滑れたらご褒美だって言ったよな」
「うん、言っていたけれどご褒美って…何?」

 華澄がそう問いかけた時、ルナが立ち止まった。くるりと彼女の方へと振り返ると、立てた親指を上へ。
 その動きに釣られるように視線を上へ。そこにあったのは、葉が如き純白を付けた幾つもの木々。
 霧氷、というものだろう。太陽の光をスポットライトのように浴びて輝くその光景を、どう言葉にすればいいのかわからない。
 景色に見惚れるように息を呑む華澄に満足したのか、ルナは一つ頷いて。

「喜んでくれたみたいだな。事前に見つけておいたんだ」
「うん。なんて綺麗…」

 物語のワンシーンを切り出したようなこの白の世界も。そして、その世界の中で嬉しそうに微笑む彼の姿も。
 もしも二人が両想いになれなかったIfがあったとしても、この光景は心に焼き付けたい。そう願わずにはいられない。
 そんなことを考えていると、不意に華澄を抱きしめるルナの力強い腕。
 大丈夫、そんなIfを考える必要はない。自分を抱きとめる腕の強さも、髪をくすぐる吐息の暖かさも、今ここで目に写っている全ても、何もかもが現実のものだ。

「どうだ? 俺の腕の中は」
「ルナ…愛している。ありがとう」
「俺の方こそ、ありがとう。華澄…目、閉じてろ」

 彼の姿が見えなくなることを少しだけ惜しみながら、華澄は言いつけ通りに静かにまぶたを閉じる。
 次の瞬間、彼女の唇に一瞬触れた何かの熱は、きっと自分がよく知っているもので。

「冷えてきたな。戻るか?」
「ううん、もう少しだけ。冷えているなら…」

 言葉と共に、グラブ越しのルナの両手を包み込むようにして触れる。
 両手からじんわりと広がる二人の熱が互いを暖めたものは、きっと手だけではないのだろう。


 陽が西の空に沈み始め、白が夕焼けに染まり始める。
 あちこちに設置されたスピーカーが、リフト営業時間の終了を知らせている。
 まだ動いているリフトから見下ろすゲレンデにも次第に人が減っていき、楽しかった時間が矢の如く過ぎ去って行くことを如実に語る。
 そんな中で、最後の一滑りだと御琴 涼(ja0301)と椎名結依(ja0481)はリフトを乗り継ぎ、スキー場の山頂へ。

「わぁ…」
「二人きりでこれが見れるってのも感慨深いモンがあるねぇ」

 山頂だけあって、麓に近い場所から見る景色よりもずっと見晴らしが良い。
 天候と標高が手伝って山の向こうに海まで見える。
 夕陽に彩られていく白い山々も、眠るように日本海に沈んでいく太陽も、まるでこの世の物とは思えないほど美しく。
 手を繋いだまま二人、しばらく夕陽が沈んでいく様子を見つめていた。

「幸せ、だね」
「……あぁ」

 去年の修学旅行でも口にした、そんな台詞に涼が頷いたのを横目で見やる。
 去年から今年までの一年間、どれだけの幸せを彼と積み重ねてきただろう。
 そしてこれから未来へ、どれだけの幸せを彼と積み重ねていくのだろう。

「おし。じゃあ、最後の一滑りだな」

 整備された林間のコースを、二つの影がゆっくりと滑り降りていく。
 最初は結依を見守るように後を滑っていた涼だったが、麓が近くなってきてから少しだけ速度を出して彼女を追い抜いて。
 不思議そうな表情を浮かべながら慣性で前進し続ける彼女を、優しく抱きとめた。
 驚きに目を見開く結依に小さく笑い、その左頬へ触れるようなくちづけを。

「…また一つ、俺ら想い出、が増えたぁな」

 にっと笑ってみせると、少しだけ顔を赤くした彼女も何とか笑みを作って、微笑み返してくれた。

● 
 他方、日中もう一つのプログラム、酒蔵見学へと視線を移す。

 やはり撃退士には身体を動かすことが好きな者が多いのか、スキー場に行った者達よりも数が少ないが、その分集中して見学が出来るとも言える。
 酒絞りが始まったことを示す杉玉が下げられた玄関をくぐり抜けると、髪の毛などが酒に混入しないよう白衣に着替えて酒蔵へ歩を進める。

「で、な。魚沼の米が美味いと言われるのはやっぱり育つ環境が良いんだよ」
「そこで作られたお米を使って、また美味しいお酒が出来て――ということですね」
「そういうことだ。質の高い米、越後の山々に降った雨雪による滑らかな水でできた酒は美味いだろうねえ」
「お詳しいんですね」
「新潟は出身地なんでねえ。ちょっとした帰省気分さ」

 幾つかに分けられた班の内、鐘田将太郎(ja0114)、川知 真(jb5501)、由野宮 雅(ja4904)達の班。
 そこでは酒造の歴史や道具の説明に混じって、将太郎の米に関するうんちくが炸裂していた。
 日本人なら米を食え。そう主張する米好きには、米から作られる日本酒が作られるこの場所はきっと、宝の山に写っているはずだ。
 見学者からすれば説明役がもう一人増えた事になる。酒造の説明役と将太郎、二人がひっきりなしに語る米と酒の話は、全ての工程を見終えてもまだ語り足りない程だ。

 名残惜しいが見学を終え、お待ちかねの試飲に入る。
 自前のカクテルグラスを用意してきた真と雅の用意の良さに将太郎は感心しながら、酒蔵が提供してくれた酒を一口ずつ、互いに感想を言い合いながら味わっていく。

「肴は炙ったイカがいい〜なんてね♪」
「あれ、ご飯じゃないんですか?」
「それとこれとは違う話だぜ」

 雅の軽口にこれまた軽い口調で返す将太郎の言葉に、真がくすくすと笑みを漏らす。
 ほろ酔い上機嫌の将太郎に限らずとも、やはり酒は会話の潤滑油。
 気づけば試飲コーナーに居た一般客すら巻き込んで、酒飲み達は語り続ける。


 日中行程を終えて撃退士達が年季を感じる旅館にたどり着いたのは、既に日も暮れかけている頃。
 ぽつぽつと街灯が灯り始め、赤から黒へと変わりゆく空の色が、夜が近いことを告げている。

「「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上!」」

 などと旅館の看板の前でポーズを決めているのはクリスティーナ アップルトン(ja9941)とアンジェラ・アップルトン(ja9940)の姉妹。
 近くに居た学生に一枚写真を撮ってもらうと、荷物を割り当てられた部屋へ運び早速温泉へ。

「冬の日本海を眺めながらの温泉、エクセレント! ですわね。生き返りますわ〜」
「心も身体も癒されます…やはり日本は素晴らしい国なのです」

 湯船の縁に肘をつくような体勢で日本海の夕焼けを見つめていると、改めてそう思わざるを得ない。

「天魔は何故日本に多く現れるのでしょう…と考えていたのですが、この景観を見れば集まる理由も分からなくありません」
「そうですわね。この美しい景色、私達がしっかり守っていかなくては」

 二人が決意も新たに頷き合った次の瞬間、がらりと脱衣所の入り口が開く。
 視線を入り口へ向ける。新たな入浴者はマオカッツェ・チャペマヤー(jb6675)と舞鶴 鞠萌(jb5724)の姉妹だ。
 湯船からの視線に気がついたか、マオカッツェは挑むように一歩前に。

「あら、猫がお湯に入るのが不思議? …私達は天使だから関係ないわよ?」
「あ、いや…すまない」

 アンジェラの謝罪に満足したか、マオカッツェは鞠萌を連れて身体を流すと湯船の中へ。

「んー、ここのお湯も中々ねぇ…はふぅ…」
「お二人は日中、どちらに行ってきましたの?」

 湯船の壁に背中を預けて夢見心地のマオカッツェ、クリスティーナのそんな質問に頭に載せたタオルをわずかに直して。

「空いている時間に二人で街を探検してきたの。地方に行くほど職人が凄いわよね…って、大丈夫?」
「にゃ…格差社会だにゃ…」

 マオカッツェの声に、何だか元気がない様子の鞠萌に三人の目が集まる。
 視線の集まった鞠萌、湯船に口まで浸かりぶくぶくと息を吐き出して。
 口までお湯に浸かった結果少しだけ低くなった視線の先。新潟の名山にも劣らぬ立派な六つの山々。
 アップルトン姉妹はまだ良い。モデルでもやっていそうなスタイルだし、外人さんは大きいのがむしろスタンダードな気がするし。
 けれど、血を分けた双子の姉妹で、何故こんなにも一部分が違うのか…!

 彼女の視線に気づいた三人は互いに顔を見合わせると、やがて誰ともなしに苦笑を浮かべるのだった。


「あらロド、そちらも湯上がりでしょうか?」

 浴衣の上に丹前を羽織り、ぼんやりと窓から外の景色を眺めていたロドルフォ・リウッツィ(jb5648)に声をかけたのは、これまた浴衣姿のフィーネ・アイオーン(jb5665)。
 ロドルフォはしげしげとフィーネの姿を見つめてほう、と息を吐きだす。

「何時もと違う装いもいいですね。フィーネの新たな魅力が見える」
「もう、お上手ですね…」

 満更でもないのか、照れたように袖で頬を隠して彼女は小さく笑った。
 ロドルフォの隣のソファに腰を下ろし、彼と同じ目線で窓の外へ視線を向ける。
 身体が冷えるといけない、と彼は着ていた丹前を彼女にかけてやる。

「ありがとう、ロド…夜景が綺麗ですわね」
「夜景が綺麗なのはあの灯火の一つ一つに人の営みってやつが詰まっているからでしょうね。フィーネと見ているからというのもありますけど」

 二人が見つめるのは、雄大な景観ではなく、遠くに見える集落の灯り。
 ぽつり、ぽつりと暗闇の中でその存在を誇示するように輝く光にこそ、堕天使二人は絶景を見出さずにいられない。

「出来る事なら、こういう事が長く続けば良いのに…」

 それはきっと、誰もが思っていること。
 戦わず、誰もが平和に暮らせることが出来ればどれだけ世界は幸せだろう。

「全てに手を届かせるなんてできやしませんが、俺達の手で護れるものもあるはずです」

 だから、ロドルフォはそう呟いて頷いた。
 彼の言葉に、フィーネもまた頷き返して。

「こちらに来てからお互い色々有りましたけど、こういうのは余り有りませんでしたね。今日はこうやってお話出来て、楽しかったです」
「俺の方こそ…ところでフィーネ、身体が冷えていませんか?」
「大丈夫ですが、少し話し込みすぎましたわね。お料理も出来ている様ですし、そろそろそちらに参りましょうか」
「ええ、行きましょう」

 先導するようにロドルフォは一歩フィーネの前に立ち、エスコートするように右手を差し出す。
 差し出された右手に重ねられた手を少しだけ強く握り、連れ立って二人は歩き始めた。


 大広間に並べられている夕飯のメニューは、季節の魚の刺身や新潟のブランド肉と野菜の焼きびたしをメインに新潟の旬を楽しむことの出来るコースだ。
 紫 北斗(jb2918)は持ち込んでいた可愛らしいぬいぐるみを料理と一緒に写せる位置へ置くと、スマホで一枚記念撮影。
 見目麗しい彼のその行為は、知らぬ者が見ればイケメンの意外な一面とも取れただろう。

 だが、そこで大人しく終わらないのが久遠ヶ原である。
 北斗の修学旅行への参加動機が「『リア充候補生に架空の美女へ恋をさせ新リア充の誕生を阻止せんと運営中のお料理ブログ主ゆかりちゃん』の女子力に溢れる修学旅行記をつけること」だと言えば、色々察していただけるだろうか。
 ぬいぐるみを膝の上に乗せると慣れた手つきでブログ記事を作成し始める。

『ゆかりは今新潟にお友達の皆と一緒に来ています! スノボー初体験☆いっぱい転んじゃったけど楽しかったょv
 宿のお料理は新潟の旬の食材がいっぱい! どれも美味しい〜! お料理の参考になりました! 今後のゆかりブログにも期待していてくださいね♪』

 世の中には知らなくても良い事が溢れているという一例であろう。

「ふう…」

 北斗が真顔で満足気に一つ息を吐きだすと、丁度全員揃ったようで、皆が我先にと箸を伸ばす。

 刺身の脂の乗り具合に皆が目を見開き、焼き板の上に乗った肉が焼けていく音にまだかまだかと箸が踊る。
 食事が素晴らしければ当然酒も進む。普段はあまり日本酒を呑む機会が無いというクリスティーナとアンジェラは料理に合う酒を教えてもらおうと女将との会話に夢中だ。
 マオカッツェと鞠萌が猫のような言葉遣いになってしまったことに誰もが楽しそうに笑い、アンジェラが「南蛮エビ擬人化本の有無が気になる」と呟いたことに鞠萌が反応しかけたり。

 何時もより騒がしいというのに、旅館の従業員も他の客もその騒がしさが快いものだと言わんばかりに目を細める。
 騒音すらも活力に変えてしまう力強さが、そこにはあった。


 旅館の入り口に旅館近辺のB級グルメを提供している店舗のリストと地図が掲載されているのを見て、食事後に外に繰り出す学生たちも多い。
 質のいい食事も勿論良い物だが、B級グルメという不思議な響きはどうしても腹ペコたちの胃袋を掴んで離さない物なのだ。

「…丼物というのもいろんな種類があるんだね。魚のもおいしいけど、肉のカツも甘辛くておいしい」
「せやで、丼物というものも奥深いんや、この体型になるためによく食べたで」

 たれカツ丼、ぶりカツ丼、洋風カツ丼と三種の丼をテーブルに並べてその違いを楽しんでいるのはイスル イェーガー(jb1632)とミセスダイナマイトボディー(jb1529)。
 洋風カツ丼の上にたっぷりとかけられたデミグラスソースをスプーンで一すくい取ってキャベツにまぶし、そのままカツと一緒に口に運ぶ。

「うん! カツと野菜とご飯、それらがソースで一つとなっとる…まさにこれは味の宝石箱や!」
「どこかで聞いたことのあるフレーズ、だね」

 くすりと笑うイスルにええやんええやん、と上機嫌に目の前の丼を次々に平らげていくミセス。

「名前通りのダイナマイトボディーに成ること、認めてくれて感謝や」

 ご飯を口いっぱいに頬張りながらのミセスの言葉に、イスルは気にするなと言わんばかりに笑顔で頷くと、頬についたご飯粒を指で取ってあげた。

「んー! 美味いっ! 新潟B級グルメサイコー!」

 と、不意に近くのテーブルから上がった声に、二人は揃って声の方を向く。
 声の主は、大盛りのたれカツ丼を豪快に頬張る将太郎だ。
 その食べっぷりに何か通じるものがあったのか、ミセスはイスルと共に丼を持って将太郎へ声をかける。

「お兄さん、いい食べっぷりしとるなぁ」
「お? お二人さんも久遠ヶ原生かい?」
「ええ、折角の機会ですので、B級グルメも楽しもう、ということになりまして」

 突然声をかけられたことに少々面食らったような表情を浮かべた将太郎だったが、旅は道連れ世は情け。
 見知らぬ人間と話しながら物を食べるのもきっと楽しいだろうと二人を向かいの椅子に座らせる。

「これ食い終わったら地酒が出る所探しに行こうと思ってるんだが、良かったらどうだ? 昼の試飲だけじゃ物足りなかったんだよなあ」
「いいですね。僕としても是非お願いしたい所です」
「うちは食べられる所なら何処にでもついてくで!」

 そうと決まれば話は早い。あっという間に丼を完食すると、三人は連れ立って近くの居酒屋へと繰り出していった。


 素肌での接触が苦手なヒスイ(jb6437)が一川 夏海(jb6806)と共に風呂場に現れたのは、だいぶ遅くの事であった。

「なんだよォ、ヒスイ。俺とお前の仲だろォ? 今更タオルなんざ必要ねェだろうが」

 他に誰も入浴者がいないとはいえ、前を隠そうともせず堂々と振舞う様子にヒスイは目を背けざるを得ない。
 だが、やがて観念したよう己の腰に巻いていたタオルを取り払って。

「ほら、僕だけ隠してたら男らしくないかなと思って……別に負けたとか思ってないからね!」

 それを口にしてしまう時点で既に負けてることを認めているのではないだろうか――とは口に出さない優しさも、ある。
 生ぬるい笑みを浮かべたまま夏海は体を流して湯船に体を沈めるが、しばらくして入ってきたヒスイが自分と距離を置いていることに首を傾げて。

「ん? なんでそんなところにいるんだヒスイ。もっとこっちに来りゃあ良いじゃねェか」
「う、うん…」

 例え相手が親友でも、裸の付き合いは少しハードルが高かったのかもしれない。
 少しずつ近づいて来るその表情から緊張が抜けないのを認めた夏海、ニヤリと悪戯っぽい笑みが浮かぶ。

「まだちょっと怖いけど…うん、多分、これくらいならだいじょうぶ…」
「どしたどしたァ、馴れない場所でビビってんのかァ?」

 伸ばした手が触れるか触れないか程度の距離が限界だ。
 既に涙目のヒスイはそんな結論を下していたのだが、その位置をキープするよりも早く夏海の手が伸びた。
 ぐい、と力強い腕に引かれて彼の胸の中に抱き寄せられる。

 悪ノリの産物であれ、それはヒスイにとっては劇薬でしかない。

「ヒッ!?」
「え、おいちょっ…うおぉ!?」

 水の抵抗など感じさせない鮮やかな右ストレートが炸裂し、夏海の身体が華麗に舞い、湯船に沈んでいく。
 浴室の隅まで逃げるように退避しガタガタと震えていたヒスイだったが、やがて正気に戻ったのか沈没した夏海を必死に引き上げる。

「…何故だ」
「なっちゃんが悪いよ…ばかなっちゃん…」

 こうなるともう温泉どころではない。まだ頭がフラフラしている夏海を脱衣所へ上げて、体を拭いて扇風機の前に座らせる。
 夏海の頬に冷たい牛乳瓶を押し当てて、ヒスイは本日何度目かのため息をつくのだった。


 温泉からあがった和晴と美咲は浴衣姿のまま、旅館敷地内の庭園を散歩していた。

「今日、本当に楽しかったね。こういう日がずっと続けばいいのにね」

 今日起きたことを指折り数えながら美咲が呟いたそんな言葉。
 和晴は引き寄せられるように彼女の手をそっと握ると、空いた手で彼女の髪を梳くようにその頭を撫でる。

「…ハル?」

 怪訝そうな表情を浮かべる美咲の顔を和晴は真正面から見つめて。

「……これからずっと傍に居てくれると嬉しいな」

 その言葉に、瞬く間に美咲の顔が真っ赤になっていくが、それでも嬉しそうな笑みを浮かべ。

「…うん、私もずっと傍にいて欲しいな♪」

 その返事と交換するように、美咲の頬に寄せられたくちづけ、一つ。
 くすぐったそうで、けれども幸せそうな声が彼女から漏れた。


「少し古い飲み方をしてみましょうか」

 旅館の一室、真は窓を開けると、すぐ目の前にそびえる木に積もった雪をグラスに詰める。
 そこに酒蔵で買っていた日本酒を注ぎ、目の前の雅へと差し出した。

「平安時代に紫式部もやっていたと言われる雪割り酒という飲み方です。もしよろしければ」
「古い呑み方、ですか? いただきましょう」

 雅はグラスを受け取り一口。酒と雪、二つが混じり合うその口当たりはとても優しい。

「では返杯ということで、私は現代風に」

 言って雅は先程の真同様にグラスに雪を詰めるとそこに甘口の日本酒を注ぎ、最後にペパーミントを乗せる。

「よろしければこちらをどうぞ、スノーミントです」
「ええ、いただきます」

 空いた雅の盃に酒を注いでから、本日何度目かの乾杯の音。
 互いに話したいことは尽きないようで、二人の晩酌は朝まで続く。


 酒蔵で日本酒を買い込んで部屋で呑む、という夜の過ごし方を選んだのは雅や真だけではない。
 黒田 京也(jb2030)と黒田 紫音(jb0864)夫妻もまた、窓の外からの景観を眺めながら酒を楽しんでいる者達だ。
 用意させた炬燵に京也が入ればその膝の上に紫音が座り、べったりとくっつくような姿勢で酌を続ける。
 酒の勢いなのか、時折京也が紫音の耳元で愛の言葉を囁いて、それに彼女が顔を真っ赤にするのはご愛嬌。

「随分真っ赤だが…酔ったか? それとも、炬燵でのぼせたか?」

 意地悪な言葉にむくれたように抗議の目線を向けるも、任侠の世界で生きてきた京也にとっては柳に風でしか無い。
 けれど、酒の香りで若干彼女が酔ったのは事実だったようだ。可愛らしい抗議の目線がすぐにとろんと崩れると、彼の胸板にしなだれかかるように身体を預けて。

「紫音、大丈夫か?」
「大丈夫…ねえ、京也……」

 頭を僅かに動かし京也を見上げる瞳が、わずかに潤んでいる。
 古今東西どんな世界でも男は女のこの手の表情に弱いのがお決まりだ。内心の動揺を押し殺して、京也は続きを促すように彼女を見つめ返す。

「……ずっと、可愛がってね?」

 言葉と共に京也に抱きつくと、その首筋に顔をうずめて幸せそうに吐息を零す。
 首筋にかかる紫音の吐息にくすぐったさを覚えながら、彼も彼女の背に手を回して抱きしめ返す。
 大人っぽくなり始めた妻の、女としての身体に男として思うところが無いわけではないが――

「酔い覚ましに、ちょっと外に出るか?」

 そこは硬派。ニヒルな笑みを浮かべ、そっと紫音を引き剥がすと立ち上がる。
 冷たい夜風が必要なのは、きっと酔った彼女だけではないだろう。


 夜の布団の中というものは内緒話に最適な場所の一つでもある。
 とある一室。二人部屋だというのに敷かれた布団は一つ。
 若松拓哉(jb9757)と若松 匁(jb7995)は狭い布団の中で身を寄せ合い、ぽつりぽつりと言葉を交わし合う。
 話は今日あった事だけでは収まらず、言葉は次々に過去へ飛ぶ。
 笑ったこと、怒ったこと、悲しかったこと。二人で過ごした様々な時間があっという間に脳内を走り抜けていく。

「…色々、あったね…本当に沢山の事があった。……知ってる? あたし達が出会って、もうすぐ一年なんだよ?」

 くすくす笑いながら匁が告げた一年という期間。振り返るとあっという間で、けれどもとんでもない密度で駆け抜けていった日々。
 一年という期間は一つ、区切りでもある。

「…キリが良い…公開処刑」

 悪戯っぽく微笑むと、隣の匁へ視線を向けて軽く頭を下げる。

「…俺の…嫁に…なって……ちゃんと…言ってなかった…から」
「…!」

 匁の目が、大きく見開かれる。
 彼女はしばらく口を開いたり閉じたりを繰り返していたが、ふと耳に届く規則的な息遣いに、横目で隣を見やる。
 視線の先には、答えの前に寝息を立てて眠り始めてしまった拓哉の姿。
 なんでこういう大事な時に寝ちゃうかな、と思わないでもないが、すぐに気を取り直して彼の頭を何度か撫でてやる。

 返すべき答えは決まっている。彼の心に、ずっと一緒に居たいから。
 だから。

「あたしの前に現れてくれて、ありがとね」

 耳元で優しく告げると、そのまま枕に頭をうずめて目を閉じる。
 言いそびれてしまった答えは、明日の朝告げてもいいだろう。


 月が沈んで日は上り、また新たな一日が始まる。
 楽しかった旅行を惜しむ声はあちこちから聞こえてくるが、帰るまでが旅行だ。

 両手には沢山のお土産を、心には沢山の思い出を。
 抱えきれない程の荷物を抱え、撃退士達は新潟の地を去っていく。










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