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光・食・僕たち私たちのベストプレイス見ぃつけた! タグ:【函館】 MS:佐嶋ちよみ


 関東では花粉症の便りも聞こえる頃、函館山はまだ雪化粧。
 キンと冷えた空気も華成 希沙良(ja7204)にとっては懐かしい。
「……修学旅行といえば…… 函館……です ……よね」
「毎年来ても飽きそうに無いな、此処は」
 三年連続で、希沙良と共に訪れているサガ=リーヴァレスト(jb0805)は紫の瞳を優しく細める。
「……ラーメン…… いくら……」
「明朝、一番に新鮮なものを味わえるよう、今日の観光は控えめにしておこうか」
 様々なラーメンも新鮮ないくら丼も、今からだって味わえるけれど。開店直後の活気の中で味わうことを楽しみにしてきたのだ。
「今年も鈴音ちゃんと一緒に来れて嬉しいなー! 私、北海道初めてなんだ!」
「いやぁ、やっぱり北海道に来たら、ウニでしょう、イクラでしょう、ホタテでしょう! 獲れ獲れのは明日の朝一番だね、茜ちゃん……!」
 歓声を上げる女子が二人、天原 茜(ja8609)と六道 鈴音(ja4192)だ。
「今日は、どこまわろっか。あっ、イカーリア星人の着ぐるみ体験実施中だって」
「キャラグッズも入手できるかな!」
 鈴音のさり気ない提案へ、明音が食いついた。
「そーいち兄、駅前行のバスはこちらなのだ」
(そーいち兄と修学旅行♪)
 普段と変わらない、落ち着いた物腰の築田多紀(jb9792)だが、瞳の輝きは素直なもの。
「多紀さん、後ろ向きだと危な ……あっ」
 咲魔 聡一(jb9491)を振り返りながら進む小さな姿。後方へ気を取られているうちに看板へ衝突してしまう。派手な音がした。
 聡一は慌てて駆け寄り、多紀にケガが無いことを確認して安堵の笑みを浮かべる。
「夜には夜景だし、メインは明日の朝市だし。今日の昼間はじっくりと、多紀さんの大好きな甘味を食べよう?」
「効率のいい道順は、調べておいた」
「すでに」
「全力で、全部を楽しむのだ」
 多紀の片手には、書き込みギッシリガイドブック。他方の手と手を繋ぎ、兄妹は甘味行脚へ。
「俺の里帰りに同行グループの皆様、こちらでーす」
「迷子にならんでなー、このヒーローが目印やでー!」
「小せぇフラッグだな、肩車してやろうか」
「楽しそうだな! 次は俺の番なのぜ!!」
「直立フラッグなら、遥久で充b なんでもないです。メルちゃん、付いてきてるー?」
「えっ、……大丈夫よ。ありがとう加倉さん」
「完全に引いてますね。疲れた時には、遠慮なく話してください。でないと、終始あの調子です」
 空港ロビーで初手から賑やかなのは、加倉 一臣(ja5823)と友人たち。
 恋人である小野友真(ja6901)が並んで先導を引き受け、後ろから月居 愁也(ja6837)がからかいの手を伸ばす。
 その周囲をギィネシアヌ(ja5565)がはしゃいでまわり、気後れしているメル=ティーナ・ウィルナ(jc0787)へ、夜来野 遥久(ja6843)が紳士的な救いの手を。
「よく分からないけど、加倉さん達について行けば間違いないわよね」
 今回が、メルにとって初めての旅行。レンタカーで移動するというし、はぐれる心配もないはず……
「まっかせろい、明日の体力残しつつ、裏夜景まで華麗にエスコートしてやるぜぇ。個人的に、臨空工業団地からの眺めに一票な」
「北海道は久しぶりに来たなー。シューヤ先輩、誘ってくれてありがとうなのだ!」
「なんの、こちらこそお誘いに乗ってくれてありがとな、ギィちゃん」
「これはあれだ、デートってやつだ! ……俺はもう、二年くらい縁がないやつだな」
「保護者同伴の集団デートと思えば……。ほら、オミパパも居るし」
 黄昏るギィネシアヌへ、愁也がフォローを。
「メルちゃんは初めまして!」
「初めまして。今回は、頼りにさせていただくわ」
 愁也に笑顔を向けられ、メルが丁寧に礼を返した。


 さあ。
 初めましての方も、
 お久しぶりの方も、
 お馴染みの方も、
 自分たちだけのとっておき絶景スポットへ、いざ行かん!!



●満喫フリータイム
「真緋呂ー。真緋呂さーーん。温泉行くんだよね、これから」
 両手にクレープ、ジェラート、いももち、あげいも。腕に提げているのはヤキトリ弁当、オムライス。
 鼻歌交じりに御機嫌で進む蓮城 真緋呂(jb6120)の後ろを、米田 一機(jb7387)が青ざめがちに追掛ける。
「そうよー? 久々に、羽を伸ばしてのーんびり温泉に浸かろうね」
「入る前から、こんなに食べてどうするんだよ」
「……え?」
 きょと……ん。
「温泉に入る前の、軽い食事よ?」
「軽い? ……うん、軽いね(当者比)」
 こくりと頷き、一機は真緋呂の手から、袋を一つ受け取る。
「それじゃ、腹をこなしつつ歩いていきますか、雪の露天風呂」


(中学生活、最後の修学旅行)
 単独で歩く平野 渚(jb1264)には、旅の目的があった。
 手荷物はシンプル。地図と二種類の楽譜。
「ん。ガラス職人」
 桃色ツインテールを寒風になびかせ、少女が見上げるは西部地区・ベイエリア赤れんが倉庫群に在るオルゴール堂。
 様々なオルゴールが宝石のように並び、繊細な音を響かせている。二階には体験手作りコーナー。
「たのもー」
 目指せガラス職人、目指せ手作りオルゴール。
 オリジナリティ溢れるガラス細工に銀のシリンダーを閉じ込めたそれは、きっと素敵に違いない。
「ガラスから、作る。ここでなら、できると聞いた」
 それから楽譜を取り出し、これらの曲で、オルゴールを作りたいのだとも伝える。
 ややあって、職人である壮年の男性が姿を見せた。
「完全自作のオルゴールか。……簡単な道じゃあないぜ」
「大丈夫。問題ない」
 無表情のまま、びっと親指を立てて渚は応じた。


 市街地では、雪の量こそ減っているが土は未だ凍てついている。
 五稜郭の堀周辺を歩く暮居 凪(ja0503)の足元では、氷を割る小気味よい音がついて回った。
 明朝、【円卓】の仲間たちと共に函館山山頂から朝焼けを眺める約束をしており、今日の自由行動は控えめに歴史散策。
「対人間用の要塞と考えるならば、その出来はかなりのものね……」
 資料館で当時の造りを目にし、改めて堀に囲まれた星形の要塞跡を見遣る。
(人間が建てた『対人間用』の建造物ならば、攻略できなければならないものね。考察を深めてみましょうか)
 歴史の歩みに思いを馳せ、凪は城郭跡を一望できるタワーへと。
「……そうね、この辺りに置くべき天魔は……」


 ぬるめの温泉は、長湯にもってこい。
 四肢をググっと伸ばし、真緋呂はホウと息を吐いた。
(最近戦闘依頼ばかりだったから、こんな脱力してるの久しぶりだなー……)
 山の麓の露天風呂。屋根の向こう側では、チラチラと白い雪が舞っている。積もる程ではない、ささやかなもの。
「うん? ……あっ」
 物音が聞こえた気がして、神経を集中させると……物陰から物陰へと、小動物が駆け抜けていった。キタキツネだ。
「写真撮りたかったかも」
(一機君の方からは、見えたかな?)

 髪を乾かし浴衣を纏い、休憩所へ行けば一足早く一機がマッサージチェアに座っていた。
「「あ”ーーー」」
 昔懐かしいマッサージの圧力に仲良く声を震わせつつ、二人はとりとめなく雑談を。
「最近はどうなのさ」
「そうねぇ……。……色々気を張っちゃってるのかな。余り食欲なくて……」
「せめて、それ食べるのやめてから言おうよ」
 真緋呂の手には、ご当地バーガーがしっかりと。
「と、トータル量は、減っ……て」
 にこにこにこ。
 生暖かい、一機の眼差し。
「ぅ…… た、食べる?」
「僕はいいから、そのままおたべ……?」
 ごめん、からかいすぎた。
 少女の表情があまりにも悲しそうで残念そうで、少年の心が根負け。
 手を伸ばし、隣に座る少女の頭を撫でてやり、
「まぁ、無理はしないでね」
「……うん。よし。お喋りで元気出たから、併設の食堂で思い切り食べる!」
「えっ」


「ガラスで、遊ぶ。なかなかの出来映え」
 渚の表情に大きな変化は見られないが、実はご満悦。
 偏屈という表現がよく似合う、オルゴール用の器は夕方には完成した。
「単音のオルゴール。……うん、良さそう」
 額に浮かぶ汗をぬぐい、渚は次の工程へ。楽譜を基に、オルゴールを作り出す。
 曲は『久遠ヶ原学園校歌』と、『瞬間エナジー』。
 きっと、世界で一つしかない響きを出すだろう。



●知る人ぞ知る、絶景スポット〜裏〜
 函館市はコンパクトなもので、車さえあれば観光地のほとんどを手軽に押さえることができる。
 レンタカーで巡るのは御堂・玲獅(ja0388)。
 日が傾き始めるのを感じると、裏夜景を臨める場所へと進路を変える。
「砂州の街だとは聞いていましたが、幅が一番狭い場所で1キロしかない事には驚きましたね……」
 名前もそのまま『1キロ通り』、大波でも来たのなら、飲み込まれて分断されやしないかと思ったものだ。
 函館湾と津軽海峡に挟まれたその地点が土地として低い場所に在り、これから向かう方面は高台に当たる。
 函館山と向かいあって峰を連ねる山々、その麓へと。
(……あ)
 玲獅は不意に車を停める。
「名のある場所ではないですが…… 普遍的な美しさがありますね」
 デジタルカメラを取り出し、夕暮れのグラデーションを閉じ込めた。


 遠くに本州を眺める海岸ライン、岬、西部地区をスルリと抜けて、函館駅裏を通るバイパス道路・ともえ大橋を走れば遠くに駒ヶ岳の峰が覗く。
「すごいね!! きれいだねー!!」
 車窓にベッタリくっついて、櫟 千尋(ja8564)は感嘆しっぱなし。
「まだ途中ですけど、もう今の時点ですごいきれいですよねー……」
 山から見下ろすばかりが景色ではなく、見上げること、視点を同じ高さにすること、様々な楽しみ方があった。
 ハンドルを握る櫟 諏訪(ja1215)も、普段ののんびりした雰囲気を崩すことなく穏やかに、そして楽しげに応じた。
「デートはいっぱいしたけどドライブってなんか新鮮だね。あわわ……わたしも、ナビとかしっかりしたいのに あっ、一番星!」
「裏夜景、楽しみですねー?」
「寒いの苦手だけど、夜景は楽しみ! どんな景色だろうね!!」


「フィオナ、次の坂の、突きあたりを左折です」
「こんな細やかな道路、ナビゲーションにも載っていないぞ」
 アクセル・ランパード(jb2482)の指示に従い、フィオナ・ボールドウィン(ja2611)が車を操る。
「小さな町らしいか」
「姉さんとなら何処でも楽しいです」
「シアは…… そうだろうが」
 後部座席で観光土産に囲まれて微笑む幼馴染、アレクシア・エンフィールド(ja3291)へ、フィオナは苦笑い気味に。
「だ、だって運転出来ないんですもの! アルスヴィズに乗って……なんて無理ですもの!」
「何も、車のことを話しているわけではありませんよ、アレクシア」
 決まり悪そうなバハムートテイマーへ、アクセルも耐えきれず微笑する。
「朝焼けも楽しみですが、こうして幼馴染だけの行動も良いものですね」
「今頃、それぞれどんな行動をとっているのだろうな」
 アクセルの言葉に、フィオナが口の端を上げた。
「さて、そろそろか?」
 近くの駐車スペースに車を置き、そこから三人で歩く。


 その頃、市内のあちらこちらで歓声とため息が上がっていた。
 薄紫から濃紺へと変わってゆく空に、金銀の星が彩り、海の色は深く深く沈むように。
 宝石のような街灯りは浮かび上がるように繊細で、またたいている。


 まばたきをする度に、光と闇のコントラストが濃くなってゆく。
 それすらも、食事の味付けのようだ。
 店自慢であるというエゾシカ肉の料理を楽しみながら、玲獅は今日一日を振り返り、眼前の裏夜景に重ねる。
 黒いシルエットとなっている函館山には、地上とを繋ぐロープウェイがライトアップされ上り下りしていた。
 山と山、海と海に挟まれた街。
(今後…… もしも天魔が函館を占領した場合、拠点を置くなら函館山でしょうね)
 戦時中には、山そのものが文字通りの要塞だったそうだ。背面は海、切り立った崖。麓には港。
 守り、そして攻めへ転じるには都合のいい場所だろう。
(他のルートや地勢も、把握しておきたいですね)
 そういった考えから見ると、裏夜景という場所は観察にも適していた。
 赤ワインを使っているという濃厚なソースと絡み合う肉料理も堪能しつつ、玲獅は『この先』からも目を逸らすことなく。


「すごいねー、すわくん……! 光の海みたい!」
「夜景もきれいですけれど、大好きな千尋ちゃんと一緒に見れることが一番うれしいですよー?」
「!!!」
 千尋は嬉し恥ずかし、両手で赤面を隠して転げまわりたいけれど、諏訪の手が握っていてそれを許さない。
「ああああのねあのね、わたしも、すわくんと一緒にすてきな景色見たりおいしいもの食べたり出来るのがすごく嬉しいんだよ……!!」
 嬉しい。照れくさい。気恥ずかしい。それでも、気持ちはちゃんと『言葉』で伝えたい。
 裏夜景と向かい合うカウンター席、隣り合う二人の距離はいつもより近い。
 二人が出会って何回目になるのだろう、『あーん』からも、逃れられない。
 甘い甘いバニラアイスが口の中で溶ける。
 食後の温かい飲み物が届けられ、夜景の闇が一段と濃くなるころ……
「え? スペシャルメニュー??」
 もう、食事は終わりなのに??
「ホワイトデーのお返しですよー? きっと、千尋ちゃんによく似合いますよー!」
「わぁ、星のネックレス……!! きれい! 大事にするね!!」
 千尋の笑顔が、夜景のように一際眩しく輝いた。



●これぞ正統派〜表〜
 ロープウェイを使えば三分で到着する、函館山山頂。
 温度計と体感気温のミスマッチが売りの一つでもある。
 風が強く、寒い。
 強い風は、邪魔な雲を追いやって追いやって、眼下に美しい夜景を咲かせる。
「北海道はさっむいねー。でも、この夜景を見れたんだから悪くないじゃん? へへっ」
「うむうむ、しっぽに詰まった餡子がまた美味じゃのう。 ――なんか言ったかの、こどー?」
 ムードを盛り上げようとする黒沢 古道(jb7821)だが、同行する円 ばる(jb4818)には通じない。計算通り。
 山頂駅で購入したアツアツたい焼きに夢中な少女の姿が愛らしいので良しとする。
 ばるが小柄を活かして掻い潜ってゲットした最前列特等席は、溜息が出るレベル。
「ガラケーで撮影も良ーけど、ナマで観る迫力は再現できないだろうね」
「こどー、白あんは買わなかったのか? む、そっちか。半分寄越せ」
 ばる、たい焼きに夢中で話なんざ聞いちゃいねぇ。あっ、夜景も見てない。
 笑い、古道は食べかけのたい焼きを、半分わけてやる。
「っと。指先冷えてるじゃん。ばるたん寒い? こうすりゃ温かいぜ!」
「むぐ」
 古道が、自身のロングマフラーを少し解き、ばるごと巻き込む。
「やー。ばるたんは可愛いねーもう、このままハネムーンに行っちゃいたい位だぜー」
「やめい! 離せ!! おとなしくしておれば、この!!」
「ばるたん、締まる締まる……!」
「べたべたと暑苦しいくらいなら、寒い方がマシなのじゃーーー」
 しばらく押し合いへし合いをして、体が温まったところで両者妥協。疲れたともいう。
「涙に浮かぶ夜景もキレイ……」
「ふむ、そうじゃのう……。にんじゃとしては明るすぎるのも考えものじゃが、これも流る時代の運命よのう」
「こうやってさ、たまに再確認するのも悪くないと私は思うんだ。あの街の灯ひとつひとつが私たちの戦う理由になるじゃん?」
「うむうむ。こどーにしては珍しく良いことを言いおる」
 ばるはおとなしく頷いて見せ、それからハタと気付く。
「……さてはお主、ニセモノじゃな!? 本物のこどーをどこへ隠した! 今すぐに かーえーすーのーじゃー!!」
「ばるたん、締まってる締まってる……!!」


 そうして幾つもの想いの輝きをのせて、夜は更けていった。




●勝負の!

 \ あ さ だ ー ! /

 明けやらぬ頃、雪室 チルル(ja0220)の元気な声が宿に響き渡る。
「あさだぞー! おきろー! 早くいくよー!」
 寝起きの悪いアレクシアへ、ダイビングアタック目覚まし!!
「チルルさん……! あら、姉さんは……」
「すでに支度を整えて宿を出ていますよ」
 髪を纏めていた凪が答えた。
 低血圧なアレクシアが、のそりと起き上がる。そこへ備え付けの電話が鳴った。
『お早う。眠気覚ましに早朝散歩はどう?』
 新井司(ja6034)の声だ。こちらの動きを読んでいたらしく、声音には忍び笑いが含まれている。
「おはようございます。新井さんは、今どちらに?」
『近くのコンビニよ。使い捨てカイロは、人数分用意してるから。かなり冷え込んでいるわ、服装に注意して』

「ぅー……あと、五分……」
「起きろ」
 円卓四席・ルドルフの朝は早い。早朝というより、むしろ深夜。
 ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)は、相棒である戸蔵 悠市(jb5251)のベッドへ潜り込もうとして蹴り落とされた。
「さっさと起きないお前が悪い」
「いや、え、俺の朝」
 遅いの、この時間で!? ルドルフは、慌てて時計を確認する。
「我らが君主は、既に待ち合わせ場所へ向かったぞ」


「遅いぞ」
 果たして。
 誰よりも早く、フィオナ・ボールドウィンはロープウェイ乗り場に居た。
「ボールドウィン、山頂は寒いと思うの。邪魔じゃなければ、使って」
 司がカイロを渡すと、短く礼を返して受け取る。眠そうなルドルフの姿には笑みを浮かべた。
「さて。皆、そろったようだな。時間もちょうどいいだろう」

 深い深い闇が、押しやられようとしている。その今際の際。
「黎明に神性を見出した人の気持ちが分かるわね……。これだけ綺麗なのだもの」
 闇を払う、光。
 その輝きを瞳に映し、凪が呟いた。
「……太陽って、こんなに眩しかったっけ」
 それは水平線の向こうから、鮮烈に。ルドルフが、光に胸を貫かれる。
「景色ばかりは、実物に敵わないな。……夜明け前が一番暗い、か。人生もそうありたいものだ」
「戸蔵くんは、相変わらず難しいことを言う……」
「こういうノンビリとした物も悪くないですね」
 仲のいい悠市とルドルフを見遣りつつ、アクセルは自前で用意した酒を飲みながら。酒が内側から暖めてくれて心地いい。
「ヤ ッ ホ ー ー ー ! 」
 色彩の移り変わりをカメラに収めきったチルルが、腹の底から叫ぶ。なんて清々しい気分!
「それにしても寒いわね! あたいは、お茶が飲みたいな! みんなはこれからどうするの?」
「事前に調べておいた古書店で、開拓史関連の文献等をあさる予定だ」
「俺も付き合うよ、戸蔵くん。……去年も同じことした気がするけど、まあいっか」
 旅先であっても変わらぬ『いつも』。それも良いだろう。
「マジ心洗われてる現状だけど……、ついでにお腹空いてきたな」
「さすがに函館に来てまで、朝食がコンビニじゃ味気ないものね」
 食品は買ってきていないのだと、司がルドルフへ言葉を添える。
 仲間たちの自然なやり取りを、朝陽を背景に眺めてフィオナは言葉を飲み込む。
 ――人を
 人間に、失望しかけた。その自覚が、フィオナにはあった。
(それでも、ついて来てくれる連中がいるなら。もうしばらく、人として剣を振るおう)
「またこの朝焼けを見に来よう。円卓の仲間と一緒に」
 気が付けば、仲間たちは同じ方向を見つめていた。
(ロマンチストな自覚は無いのだがなぁ……)
 心の中で呟いて、フィオナは苦笑した。


 時は少し、遡り。
 夜明け前、山道を歩く人影が二つ。
「あとどんくらいかな、大じい様」
 防寒着でもっふもふ、三毛猫柄の耳当てを着けた点喰 因(jb4659)が、隣を歩く長身の男性へと問いかける。
 薄闇の中に、ふわりと白い吐息が形となった。
「じきだろう、ほら、街の様子も随分と見えてきた」
「大じい様の身長で言わないでくださいよぅ」
 大じい様、そう呼ばれるのは柳川 果(jb9955)。外見は三十路に足を踏み込んだくらいだが、種族は悪魔、因の六代先祖に当たる。
 コートにマフラーと洋装を着こなしているが、マフラーはさび猫柄。血は争えない。
 天使も悪魔も混血も受け入れる久遠ヶ原では、『妖怪』と称され人間たちの生活に溶け込んでいた天魔たちも門を叩くようになり。彼もその一人であった。
(ダメ元で誘ってみたけんど…… 来てくれるもんだなぁ)
「大じい様はさ、どうして人に倣って、人と暮らそうと思ったの?」
「おんや、藪から棒に。……そうさねぇ」
 来孫は問う。祖は、しばし目をつむる。
 濃く思い出すのは、最愛の妻のことだった。
「あのひとが、いっとう俺が惚れたまんまでいられるにゃ、こうする方がいい。そう思ったらだぁね」
 だから冥界を離れ、人の世に踏み込んだ。確かに苦労もあったけれど。
「畢竟、惚れた弱みか。なんというかすごいねぇ」
「存外、なる様になっちまうから、『心配』するんじゃぁねぇよ」
 果は笑い、因の頭をポンと撫でた。
 家系を辿れば明確に行きつく悪魔の血――のみならず、彼女の内に目覚めたモノは。
(……質問の意図はとうにばれていたようで)
「年の功にはかなわないなぁ」
 じんわり、心が温まる。知ってる、これを安心って言うんだ。

 もうじき、朝が来る。



●イチバンの!
 同じ頃、地上では。
 函館朝市が、溢れる活気で開店していた。
「ふふ。暁歩さんと一緒に旅行に来られるなんて、嬉しいですね」
 初めての、家族旅行。日下部 暁歩(ja8227)と日下部 暁璃(jb6797)は、賑やかな空気に気圧されつつも楽しみながら歩いていた。
「朝早いのに、人が多いんですね……。あ、暁歩さん。あそこに座れますよ?」
 朝食にしましょうか。
 暁璃が店の一角を指すと、暁歩は彼女の腕にしがみついて背伸びで確認する。
「お刺身…… おいしそうですね!」
 その様子は仲のいい姉妹そのものだ。
 丼だと、きっと重いだろうから。暁璃はそう考えて、刺身や好きなものを選べる単品の天ぷらを楽しめる店を見つけ出して案内する。
「暁璃さまはなにになさいますか?」
「そうですね、今の季節ですと……。そうだ。暁歩さん、二人で分けられるように少しずつ、色々なものを頼みませんか?」
「良い考えです!!」
 暁歩の瞳が輝きを増す。手を合わせ、どれにしようか改めて悩み始める。
「ご飯を食べたら、一緒に甘味を探しましょうね。きちんとご飯を食べた人にはご褒美の甘いもの。そう約束しましたものね」
「本当ですか! ではきちんと選びたいですね! お菓子は一品まで、でしたもんねっ!」
 この街は、和洋ともに甘味も種類豊富だと聞く。楽しみで仕方がない。
「暁璃さま! これおいしいですよ!」
 新鮮な刺身の自然な甘さは、お菓子とは違うけれど強い旨味とあいまって、パクパク食べられる。
 そんな暁歩の姿こそ、暁璃にとって至上の歓びであることを、眼前の少女は知らない。


「夕べは素晴らしい夜景だった……夜空の星を集めてザッとばら蒔いたような……。感動的だったね、多紀さん」
「そーいち兄、次は何処へ行こうか」
 既に三軒の定食屋を回った、聡一と多紀。昨夜の夜景を思い起こす兄を置いて、多紀は食欲一直線。
「ぶっちゃけ僕の胃袋に限界はないので、お財布の許す限り食べるよ! どれもこれも美味しそうで迷っちゃうなー」
 焼きガニの香ばしさ、ふっくらとした根ぼっけの味わい。コトコト煮込んだツブ貝。
 刺身や海鮮丼もさることながら、こうした『地元の味』が非常に美味しい。米もまた美味しいのだ。
「仲良しの可愛い妹とグルメツアーなんて、早起きして良かったし函館に来て本当に良かった!」
「幸せの連続なのだ」
 深々と多紀が頷く。どれだけ食べても飽きが来ないったら。
「お土産は生キャラメルを先に買って郵送しておいたから、残りのお金は全部食べ歩きに使うよ!」
「お土産を開けるのも楽しみだな……! よし、今度は鮭とイクラの親子丼にしよう。そーいち兄に、『あーん』するのだ。兄妹らしく!」
「兄妹って普通あーんとかするのかな……?」
「……しない、か?」
 非常に残念そうな表情で多紀が呟くのを見て、聡一はブンブンと首を振る。
「いや、勿論付き合うけどね? 僕達の函館旅行はここからが本番!」
「なのだ!」


 イクラがこぼれんばかりに盛りつけられた丼を前に、希沙良は恍惚とする。
「……んー…… ……美味しい です……」
「希沙良殿も本当に好きだな。口の周りに一杯いくらがついているぞ」
 無垢な彼女の姿に、サガの表情もほころぶ。指を伸ばし、宝石の一粒を取っては自身の口へと運ぶ。
「量も質も、なかなかの物だな」
「サ、サガ様……」
 その動作に、希沙良もハッとして赤面した。
「今年も、豊漁だったようだな」
「!! はい……、去年も、今年も……」
 毎年来るとは、こういうこと。思い出して、記憶を重ねる楽しさがある。

「……サガ様…… ……今年は…… 何ラーメン……に……しますか……?」
「ふむ…… む。味噌バターラーメンか……、美味しそうだな」
 いくら丼を美味しく頂いた後、次はラーメン屋へ。
 メニューを考えているところに、目立つ看板を見つけた。
「……今年は……味噌…… バター……」
 美味しそう。こくり、希沙良も賛成の意を示す。
「寒い朝にはこういう食事も良い物だな……」
 バターは、コクを出すと共にスープの熱さを封じ込める。
 体の内側から、熱気があふれて来るよう。
 食べ終えたサガが隣を見遣ると、ほくほく笑顔を絶やさずマイペースに堪能する希沙良の姿。
「ふふふ……また来るとしようかな、希沙良殿?」
 サガはそう言って、完食した彼女の髪をそっと撫でた。


「あっ! ほら、あそこ! テレビで見たことある食堂だよ! 並ぼ!」
 茜が、鈴音の腕をグイグイ引っ張る。
 修学旅行だというのに、早目に就寝してこの時に備えました。
「それにしても見事な海鮮丼……! 私はイクラメインにしたけど……」
「うあぁぁ、ウニが山盛り……」
 茜の向かい側の席で、鈴音の瞳が震えている。
 実を言うと、鈴音がまともにウニを食べるのは今回が初めて。
「香りがね、なんだかちがうの。うわぁぁ、お箸で持てちゃう…… んん、味が濃厚!」
「美味しそう〜! ちょっと味見していい? 私のイクラもどうぞ♪」
「ありがとう。すごい、綺麗、きらきらしてるよぉ」
「「おいひぃ〜〜〜〜!」」
 熱い茶でリフレッシュしつつ、海の幸を全力で堪能。
「いや〜、昨日の夜のホテルのビュッフェ、最後のデザート盛気持ち少なめにしておいて正解だったよね?」
「イカーリア星人の着ぐるみを着てたくさん運動もしたしね……!」
 からの、重い沈黙。
「鈴音ちゃん…… 学校戻ったら一緒にランニング始めよ……?」
「……うん、そうだね茜ちゃん……」
 一生懸命、フォローを考えあうけれど…… 食べすぎましたよね。美味しかったんだもん。
 乙女たちは頷き合い、
「……というわけで! 修学旅行はバッチリ食べちゃおうね!」
「まだまだ行こうね!!」
 決意を新たに、次のお店へ。


 里帰りツアーの面々は、朝食の前に市場の空気を楽しんでいた。
「え? あ、あぁ、試食。有難う…… え? こっちも? ちょっと待って頂戴なんでそんなに色々試食が!」
 カニ脚、ジャガイモ、果物と、あちこちから差しだされる『試食』攻撃に、メルは困惑中。
 昨夜の疲れから表情を笑顔に変えて、一臣が助け舟に出た。
「なんも、あずましく見て回ったらまた来るっけさ。したら、そん時によろしく頼むね」
「……加倉さん、今の、何処の言葉……?」
「流暢な函館語でございます」
 魔手から守ってくれた相手に、礼より驚きの勝るメルであった。
「値切っていいて聞いたけど何処までやっていいん? 本気OK?」
「いんじゃね、色んなお客さんいるだろうし。大阪魂見ッてみたい!」
「んじゃ2割引+おまけ目指して4割交渉から行こか」
 ゆらり。愁也の声援を背に、友真がオーラを纏う。
「このイカのんとー、昆布とー、まとめて買うたるからまからへん? ……4割でどない?」
 それにしても綺麗な肌やんね、お姉さん。何食べたらそんなになるん? えっ、ホンマ? そしたら、ソレも付けて!
 3割5。……3割。
「すげー、10円単位の交渉突入したぜ」
「着地点が楽しみだな。……さて、こちらは質を吟味したいが」
 愁也が、じっくりを土産を選ぶ遥久へ耳打ちする。景気の良いやり取りは、彼も楽しんでいるようだった。
「地酒に合わせるならこれとこれか。それから、鍋用の蟹だな」

 土産品の購入・発送も終えたところで、一臣イチオシの店での食べ歩きツアー。
「三色丼でオール帆立とかそれ……一色だな?」
 迷いなき友真の選択へ、一臣は喉を鳴らす。
「私は鮭とイクラで親子丼にするわ。ふふ、豪華」
 友真のようにイクラか鮭を倍にすることでの二色丼も可能ということで、メルはイクラたっぷりでオーダー。
「さて、ウニ山盛りの丼を食べるのだぜ! ……うめぇ! うめぇ! この舌触り、クリームのような濃厚な海の旨み!」
 ギィネシアヌが、蕩けそうに震えた。

 賑やかで楽しい食事の後は――
「イカ釣り…… てっきり岸壁で釣るのかと思ったわ」
「針先を引っかければ簡単に釣れる、か…… ああ、なるほど」
 メルと並んで、水槽のイカへ針を垂らしていた遥久が一杯目を引き上げる。そして流れる動きで一臣の顔面へ吸い込まれる活イカ。
「さすがは新鮮ですね。吸盤が違う」
「折角だから旅の思い出をデジタルカメラで撮ってあげようである!」
「ギィちゃんの針にもイカが掛かってる、それ水から上げないと水g」

 活イカの海水ブシャーと、吸盤アタックと、一臣の悲鳴と、デジタルカメラのシャッターはほぼ同時であった。




●そして
「寒くないですか? 暁歩さん」
「マフラーも巻いているから、大丈夫です」
 気を配ってくれる暁璃へ、くすぐったそうに暁歩が答える。
 互いに和装で、それがどれだけ暖かいかはわかっているけれど、相手を思う気持ちはどうしても強くなる。
 ふふっと声を零し、それから息を吸い込んで。暁歩は暁璃と向かい合い、相手を見上げた。
「暁璃さまと一緒に旅行できて幸せです! また一緒におでかけしましょう!」


 願いが叶うなら、来年もまた、みんなで楽しい修学旅行を!









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