4月10日更新分
●
桜前線が例年よりもほんの少し早く北上を見せる、初春の事。
その知らせを久遠ヶ原の教師・太珀が受けたのは、天界の姫アテナの王位継承の儀式が行われる手はずを受けている最中だった。
「太珀先生! こちらに居ますか」
「なんだ、騒がしいな。その服、レミエルの所の部下か。という事は、完成したのか?」
駆け込んできた白衣の青年の胸元についた紋章から無尽光研究委員会に所属するものだと判断する太珀。
そして、その彼らが今大急ぎで自分に伝えに来るような案件と言えば、そう多くはない。
問う声に青年はどこか誇らしげに、大きく頷く。
「はい、神器、祭器の修理改修が完了しました」
●
「来たか」
学園の中にあって、最高機密を扱う研究所の一つでレミエルは、早足で現れた背の低い悪魔教師を迎えた。
挨拶もそこそこにレミエルは部屋の端に押しやられていたホワイトボードを引っ張り出すと、雑にクリーナーで書かれていた文字を消していく。
書かれていた内容はと言えば、
『今日は布団で寝たい』『朝日が見たい』『ばれんたいん…』
どうやら、修理改修は大変だったようだ。
犠牲となったものたちの魂の叫びがすっかり消えた所で、漸くレミエルは説明を始めた。
「まず、今回の修理改修で問題となったのは『神器破壊』の神器にどう対抗するかという点」
天王配下のシリウスの持つ神器は、神器を破壊する力を持っていた。
並大抵の事では破壊出来ない聖槍が破壊されたのは、彼の神器があったからこそだ。
ただ修理しただけではシリウスと再び見えた時。否、シリウス以上の力を持つだろう天王に対した時、再び破壊される可能性は十分にある。
「そして、兼ねてより一本だけの強い武器というのは我々学園の戦い方に対しては即していないという点が問題になっていた」
強力な武人が一人で戦うのではなく、大人数が力を合わせ強力な力を生み出して戦うのが学園の戦い方だ。
そうなると、一本しかない武器はどうしても扱いの幅が狭くなってしまう。
「その観点から、全員に効果が得られるようにデザインされたのが祭器なわけだが」
改めて説明されるまでもないが、祭器『千億星の光旗槍』は親機となる一本の旗槍と、それに繋がる子機の腕輪で構成された『ヒトの為』の武器だ。
その効果は絶大で、単純に何倍もの力を利用者に与える。
だが、どうしても神器と比べれば一人の瞬間火力は劣ってしまう。
「そこで、我々は……」
長い技術革新などの解説を経て、新たな力の説明を太白が聞けたのは凡そ1時間後の事だ。
「それで…、親機と子機を霊的なラインで繋ぐ技術から更に一歩先に行く苦労は判ったが、結局それで何が出来るようになった?」
「親機と繋ぐ事が出来るものが増えた。――神器だ」
「どういうことだ?」
なにが出来るようになる? という表情の太珀にレミエルは大きく頷く。よくぞ、聞いてくれたということだろう。
「簡単にいうと、祭器の機能に、神器の効果を呼び出す機能が追加された。祭器でパワーアップしながら、神器が使えたらより強力な力となる」
「まぁ、そうだな。だが、神器が一本しか無い分結局は戦術の幅を狭める事になるだろう」
1時間前の説明でもあったとおりだ。
「祭器の説明になるが、あれは親機である旗槍と術の力を、子機で受け取る事でパワーアップする訳だ」
そこに疑問はないと太珀が頷くのを見て、レミエルは続ける。
「そこで、同じように神器の力を子機で受け取れるようにできないかと考えた」
「!」
「そう、子機を持つものが神器の力を呼び出して戦うことができれば、本体は後方に置いたまま、同時に使える」
構想自体は長い間あったが、それを実現するには地球の材料だけでは難しかった。親機が神器の力に耐えきれないからだ。
「天界に材料を取りに行かせたのは、その為か」
「ミカエル殿に交渉したかいがあった。三界同盟が良い形で纏まったのも、タイミングが良かったんだ。技術協力を得られたからな」
様々な結果が、努力が、積み重なって新しい力を生み出したのだ。
「具体的な説明になるが、この新しい武器――『多奏祭器』御統ノ煌星旗槍(たそうさいき・みすまるのこうせいきそう)は、
これまでの祭器の効果にプラスして、親機と接続している神器の力を、スキルとして呼び出す事ができるようになる」
そして、それは聖槍アドヴェンティに限らない。
二人の前には厳重な設備があり、その中央に座するように杖のような槍が立てられていた。
形は以前の祭器とあまり変わりがない。
装飾が少し増えたように見えるくらいだろうか。
「学園で保管していた、『氷宿・フロスヒルデ』それに、許可が頂ければアテナ様の『イージスの盾』も理論上は、力を呼び出せる」
神器、戦器、魔器、それらを繋ぐことが可能だというのだ。
だが勿論、良いことばかりではない。
「まず当然といえば当然だが、神器そのものを使うよりも力は減衰する。単純に力が落ちたり、範囲や効果が限定されたりだな」
しかし使い手自体を増やすことが出来るのだから、実質的には何倍にも強くなるとも言える。
「それから、使い手に関しても若干制約が出る。呼び出すスキルによっても異なるが、基本的に複数人で呼び出す必要がある」
スキル発動に対して、基本的に、子機を持った術者が複数名必要になるというのだ。
「それから、親機を扱う術者。『多奏祭器』の力を十全に引き出す為には、術者は人間種族である必要がある」
「つまり、僕やお前では無理になったという事か」
はぐれ悪魔である太珀と、堕天使であるレミエルは共に祭器を扱うことの出来る数少ない使い手だ。
「これまで通りの祭器としての力を使う分には、俺たちも扱える。ただ、他の器とのリンクは再現されない。このリンクは人間種族固有の『絆』の力を利用しているからな」
「となると、生徒会長になるのか、術者は」
開校から年月の立った久遠ヶ原学園には、彼女に並ぶほどの実力者も増えてきている。
だが、祭器となると扱う為の訓練が必要である為、『多奏祭器』の条件をクリアする術者は久遠ヶ原学園生徒会長・神楽坂茜しか居ないことになる。
説明を受けながら、細かい解説などの書かれた資料に目を通していた太珀は、気にかかっていた事を口にした。
「天王がいつ行動を起こすとも分からないぞ。天王に対して、試射無しで実戦投入は出来れば避けたい所だが」
そう、密告者であったレギュリアが持ってきた情報と、冥王が討たれた戦いを通してルシフェルが得た情報から、恐らく天王の『神界』に至る為の準備が整いつつある懸念が高まった。
太珀、レミエルの両者であっても、おとぎ話の伝承でしか聞いたことのない『神界』。
何があるのかはわからない。
それがいつ起こるのかも。だからこそ、備えなければならない。
「……京都で使えるか?」
それは、近々で予定されている作戦である。タイミングとしては、ギリギリだ。
きっとホワイトボードにはまた悲鳴が綴られるだろうが。
「検討してみよう、間に合いそうなら生徒会に打診してみよう。彼らにとっての助けになるだろうから」
「頼む」
それでも、戦場に赴く者たちのために全力で用意を進めてくれるだろう。
かくして、新しい力は古都に届く。
幾多の願いをのせて。
(執筆:コトノハ凛)
4月25日更新分
●
空は青く高く澄んでいた。
天界中央に向いて開いたバルコニーに立つベリンガムの髪を緩やかに撫でていく。
「いよいよ、この日が来たな」
その声は強い覇気に満ちていた。
彼はこの日を待っていた。遠い昔、ひょっとすれば亡き母から寝物語にきいた時から。
「余は、全ての世界を変える。すべてをだ」
唾棄すべき欺瞞も。力なき虚偽も。傲慢な幻想も。
全て破壊する。
そうして、古き神の創ったもの全て、創り変える。
天も、魔も、古き神により仕組まれた因果で縛られ、もはや何の為に戦うのかの意味すら失われているというのに、積り固まった澱が呪いとなって、古き神の呪縛のままに進んでいる。
だからこそ。
●
>正ノ管理者、及ビ負ノ管理者、両権限ノ承認ニヨリ、神界門ノ顕現ヲ実行中…
>…
>…
> …正常起動ヲ確認
――ベリンガムが、『神界』への道を開いた
その一報は、まず天界の王宮とそして、冥魔界の魔王の坐す王宮に届いた。
届いた、と言うのは些か説明が足りないかも知れない。
正確には、それぞれの世界にある『神によって据えられた』古代遺跡から光が立ち上り、祭壇と呼ばれる秘奥の間にメッセージが届いたのだ。
ディスプレイ、と表現するしか無いパネルのような幻影が浮かび上がり、そこに天魔にとっての古代語で書かれていたのだ。
神界への門を何者かが顕現させた、と。
そして、その情報は程なく学園にも届くことになる。
アテナとルシフェルが揃って、人間界との緊急会議を打診してきた事によって。
●
急遽開かれた会議の場は、錚々たるメンバーが集まっていた。
京都の奪還作戦の指揮をとっていた生徒会役員。学園の各種技術部門の要人、委員会の長、顧問役、更には撃退庁長官なども揃っていた。
天界は、先だって天王位を継ぐ儀式に挑んだアテナとミカエル、騎士団、レギュリア。
冥魔界からは、ルシフェル、ベリアル、そしてメフィストフェレスが初めて学園に訪れていた。
「つまり、そのメッセージは天王が…失礼、ベリンガムが『神界』へ行ったという証拠ということですか」
場所の提供者であり、間に立てる立場である生徒会が必然的に、会議の進行役を行うことになる。
天魔両者から提出された資料の説明があらかた終わった所で、まず茜が切り出した。
「そうです。このようなメッセージを起動させる装置があるとは、今まで知らなかったのですが」
「冥魔も同じだねェ、何代か前の冥王様が大規模な遺跡調査をじっくりやって見つからなかったくらいだからねェ」
天使悪魔双方の研究者がそう証言する。
「なんども出てきとるけど、『神界』って結局なんなん?」
大前提となる知識であるだけに、しっかりと共有しておくべきだろうとあえて、南が水をむけた。その意図を読んだ茜が親友に微笑を送る。
最初に口を開いたのは、意外にも学園側の者、レミエルであった。
「天界に伝わる古い伝承でよく登場してくる。天界と天使を作った神が住む場所で、天王の遠い祖先ということになっているが…」
それを受け、続いたのはやはり学園の者、太珀。
「冥界もおんなじようなもんだな。冥界と悪魔を作った俗説のひとつには、最初のモノが帰った場所というものあるな。神ではなく、始まりの悪魔とされるが」
だが、堕天使として魔界に天界からの情報を持つものが住み着いた事で、始まりの悪魔と神は同一であるというのは一定の知名度をもつ定説のひとつとなっていた。
そして、今回の一件でそれは正しかったのだと証明された。
「だが、これらは一般的な天使悪魔の知識での話だ。政治的に不安定な状態の天界はともかく、冥魔界の方は、もう少し具体的な話が伝わっているのではないか?」
かつての立場であれば、同じ立場で話す事はなかっただろう太珀が、冥魔の要人達に対して尋ねる。
「あぁ、その説明やらをする為に来たらしいぞ。メフィストは」
「相変わらず雑な紹介じゃのぅ、元宰相殿。まぁよい。時間もあまり無いことじゃ、要点のみで進めさせていただくぞぇ。細かい部分はメイドに説明を受けてくりゃれ」
紫銀の髪の悪魔は、悪魔の中でも高位。ルシフェルやベリアルが堕天使で構成される魔界の出身者であるのに対して、純粋な悪魔であり、地位は大公爵。天界で言う所のエルダーと同じ立場といえる。
彼女がこの場に現れたのも、それだけ本来であれば秘匿性の高い話であったからだろう。
「まず、先程の『神界』とはなんじゃ? という問じゃが、これは妾も正確には答えられぬ。
伝承では、神、創造主、統べる者、そういうものが住む世界と書かれておるがな。
次に、ベリンガムを放置すればどうなるか…じゃが、恐らく神になるじゃろうの。
神となって何を望むかは判るべくもないが、あまり歓迎出来る話にはなるまいのぅ。
そして、如何にして『神界』へ至るか。
これについては、妾はおんしらに教えることができるのぅ。
古い古い、王家が伝える伝承。
冥王、魔王は、その王位を継ぐと同時に鍵の使用権限をもつことになる――『神界』への道を開くのぅ。
その方法は、冥界にある遺跡、『神』が置いたとされる古代遺跡に、王として登録する事……そう、天界も同じよの?」
つい先だって、アテナはその儀式をした所だ。
話を任せていたルシフェルがふと声をあげる。
「ひょっとして、俺に暫定冥王とかいう中途半端な役職と、移譲の儀式をやらせたのは」
「無論その為じゃ。
門は一つでは開かぬ。冥王陛下を喰らったベリンガムは、その力と同時に権限も取り込んだ…と見るべきじゃろうのぅ」
「では、今ここに両方の鍵が揃った…ということになるのですね」
声を上げたのは、黙って聞いていたミカエル。
瀬戸内海を挟み、長く睨み合っていた両者がここで初めて直接相対するというのは、なんとも奇妙な話である。
居合わせた幾人がそう思っている事を知ってか知らずか、お互いに微笑すら浮かべて話をすすめる。
「そうなるのぅ、そしてこの地。天と冥双方のゲートが開いた場所であろう」
かつて存在した、久遠ヶ原学園の前身となった学校を飲み込んだ事件。大惨事と呼ばれる多数の犠牲を出して破壊したゲートは、確かにここに存在したのだ。
だが、そうである場所と何が関係があるのか?
そこまで考えた源九郎は顔をハッと上げた。
「! もしや神門を開く為には、王による古代遺跡へのアクセスが必要? それが、2つの遺跡にメッセージが届いた理由か」
「この場所であれば、短時間で開くことも可能じゃろう」
その時である。
ふっと窓の外が暗くなったのだ。最初は雲が厚く掛かったのかと、誰も気に留めなかった。
しかし、次いで外から悲鳴が聞こえた事で一同は窓へと視線を転じた。
はたして、そこに見えたのは――真っ暗な空。
それは奇妙な景色であった。薄く掛かった雲の先に広がる筈の空が真っ黒に染まっているのだ。
夜とも違う漆黒の、そこには何もないのだと感じる程の、黒。
「これ、は…」
呆然と見守って居たのは一瞬だったのか、それとももっと長かったのか。
不意に映像が乱れるように、黒が乱れて見慣れた青い空へと戻った。まるで、一瞬の悪夢でも見ていたかのように。
後に、同じタイミングで天界、冥魔界、そして他の平行世界においてもその現象は確認されていた事が知れる。
「兄が…ベリンガムが、神になろうとしている影響ということでしょうか」
「だろうな」
空から目を離せないでいるアテナに、同じく空をみてルシフェルが応える。
あまり時間の猶予はないのかもしれない。
茜は二人の王を見て思う。
ゲートをこの場所で開くのは、先達を思えば辛い選択だ。
けれど、その痛みで歩みを止めるのもまた先達の望むものではないのではないだろうか。
「止めなければ、なりません。
力を、貸していただけますか?」
未来へ進むためのゲートを、この場所に
●
正ノ鍵は、正の王家に
負ノ鍵は、負の王家に
双つの鍵で、神様を封印しましょう
いつかいつか、もう一度神様が必要になったときは
双人の王様に選ばれたヒトが、次の神様となるでしょう
世界をもう一度はじめましょう
(執筆:コトノハ凛)
4月26日更新分
●
すっかりと春の陽気をはらむ風。しかし、世界はどこも不安の気配がしていた。
空が黒く染まる異常現象。
最初に発生した後も、時折それは発生した。時間はそれ程長くなく数秒程度。
それでも、天魔が居るという日常に慣れてしまっていた世界ですら、その異常に人々は恐怖を覚えた。
それは異常現象というだけじゃない、もっと本能的な部分に訴えかける恐怖なのかもしれない。
例えば――世界が終わるのでは……?
不安を煽るのだ、あの黒い空は。
一度見てしまうと、脳裏に焼付いて消せなくなる。そんな、なにも先がない空の色。
「だからってーー、このまま黙って終わるかもしれないーって待ってたら久遠ヶ原魂がすたるわよね!」
威勢のいい声が響く。おそらくは、新聞部の彼女だろう。
「やれやれ、元気がいいな。でも、そういうものを失わない強さがあるのは良いことだね。特にこんな状況ならば」
学園長である宝井は、自嘲気味に眺めていた窓から目をそらした。
「それで神界へのゲートは開けそうなのかい?」
「可能だな。あと多奏祭器の技術の副産物のお陰で、転移は楽になりそうだぞ」
学園長と相対しているのは、レミエルだ。
「というと?」
「魔器、つまりは悪魔の船だな。あれともリンクする事が出来たからな。簡単に言うと、船で乗り付けられる」
世界の危機なのだが、多少の浪漫を感じなくもない。
そこへ、備え付けの電話が鳴り響く。
おそらくはまた、学園外の対応についての相談だろう。ここの所の学園長としての仕事はずっとそれだ。
「こんな形でしか、学生諸君を護れないのは心苦しいのだがね」
「いえ、学園長。帰ってくる場所を、お願いします」
●
神界へのゲートが開かれる場所は、とある校庭の一角に決まった。
常に居た沖合を離れ、エンハンブレは空に待機している。ゲートが開いた後、すぐに乗り込めるようにということだろう。
遺跡を用いた"門"の開き方については、ベリンガムが開いた際の痕跡の調査データが天界側の技術者へのヒントになり、なんとか解析できたのだという。
以前、出雲の遺構から学園が回収したデータも解析に役立ったらしい。
それはすなわち出雲の遺構にも、天界と冥界にある"神が置いたという遺跡"と同種の技術が使われていた、という事実に行き当たる。
だが、その辺りは、全てが終わってからじっくり歴史を紐解いてもらえばいい。
今は――
「それでは、はじめてください」
全校生徒が見守る中、生徒会長の茜の言葉を受けアテナとルシフェル、ゲートを開放するように意識を集中していく。
二人の脳裏に聞き覚えの無い声が響いた。
『正ノ管理者、及ビ負ノ管理者ノあくせすヲ確認』
『神界門ノ顕現ヲ行イマスカ?』
●神の世界
そこに、音らしい音はなかった。
美しく磨き上げられた青白い石畳。立ち並ぶビルのようなもの。どこまでも高い空。遠くにそびえる塔。
太陽はないのに、空は明るい。
風は吹かないのに、雲は流れている。
暑くもなく、寒くもない。
「ここが、神界」
誰ともなくつぶやく。
開かれたゲートを、エンハンブレごと通り抜けて辿り着いた『神界』と呼ばれる異界は、そんな世界だった。
その時、共に降り立った天使や悪魔からどよめきが起きる。
「これは…一体? 力が、抜ける」
「どうしたんだい、あんた達っ……っ、こ、これはなんだい!?」
「ん? どうした?」
「いや、なんだか体が急に重く、なって……、お前は、平気……なのか?」
同じ天使、悪魔であっても、平気なものと、そうでないものが居る。
その違いは――
「学園に帰属してるかどうか、か」
その様子は、ゲートによる能力減少に似ている。
神に刃向かうなと言うことなのだろうか? ならば、何故天魔だけなのだろう。
疑問は尽きないが……。
「私たちに時間はありませんが、失敗も許されません。
この中の誰も、訪れたことのない世界です。闇雲に進むほど危険なこともありません。
まずは先発隊を出し、最低限の情報を得たうえで先を目指しましょう」
なんとしても到らねばならない。
今、神へと到らんとするベリンガムが待つ――最上層へ。
(執筆:コトノハ凛)
5月10日更新分
●
神界-第三層の突破。
そのニュースは、地球でもすぐに報道され広がっていた。
皆、不安なのだ。
空は今も時々何もない漆黒に染まる。――その頻度が、一日毎に増えてきている。
だからこそ、明るいニュースに縋るように、祈るように、食いつくのだ。
世界が終わってしまうのではないかという恐怖を、拭うために。
●
神界-第三層。エンハンブレ内。
「第三層は、お前らが電波塔とやらを壊してくれたお陰で問題なく活動できるようになったな」
船主、ではないが船主の夫であるルシフェルが作戦室の椅子で寛いだ様子でいう。
初めて訪れた神界はどういう理由なのか、天界・冥魔界に所属している天魔の能力を激減させていた。その減衰量が凡そ7割。
その為、天魔両軍は第三層の攻略時にはほぼ参加出来ず、エンハンブレの守備にとどまっていた。
しかし電波塔を攻略して暫くすると、身体の重さがなくなり本来の能力を発揮できるようになったのだ。
本来の力を取り戻した天魔の実力者の揃う軍勢の前では、いくら無数に湧いてくるような敵が相手であっても拠点を維持し続けるのが容易となった。
「おかしな話ね」
「何がですか? レギュリア」
「どこから湧いてくるのかしら、この兵士達」
アテナを君主として従う配下として、そして直近のベリンガム軍の内情を知る者として、レギュリアもまたこの場に参加していた。
その疑問は、多くの撃退士達も抱いていたものだ。
「ほむ……。報告書によりますと、生命探知などで生命反応を感知できなかったようです。
さらに、天界にも冥界にも所属しない異界のものである、という見立ても」
神楽坂茜が報告書を読み返しながら答える。
自身でも垣間見た、あの敵の姿は。
「――何と申しますか。まるで、機械のような」
「それ、案外、当たりかもしれないわよ」
「うむ」
ぽつりとつぶやいた茜に、同意を示したのはレギュリア、そしてメフィストだ。
どういうことかと問えば。
「多分、なんとなく解ってるとおもうんだけど。古代遺跡の技術の雰囲気ってあなた達人間のキカイってやつによく似てるのよね」
「妾たちも古代技術に似せて作る事はあるがのぅ、おんし等の方が解析のひらめきは近い可能性、十分にあるじゃろうの」
共に天魔の古い伝承に詳しい者たちが揃って言うのだから、そうなのかもしれない。
だとすれば、あの兵士達はむしろゴーレムのようなものだと考えるべきか。
神界の防衛システムとして、機械兵がわんさか。
まるで、映画かなにかのようだ。
「まぁ、鬱陶しいことこの上ないがこいつらの相手くらいなら寝てても出来るだろ。第二層にも電波塔はあるらしいじゃねぇか?
またお荷物になっても仕方ねェ。残った電波塔の攻略と、塔の入り口の確保はこっちでやっておくぜ」
「エンハンブレはどうします?」
「塔の前まで動かす。流石にこの巨体は塔の中までは行けないだろ」
「……」
「どうした、レミエル。急に黙り込んで」
太珀が声をかけると、レミエルは話すかどうかを迷った末、やはり結論を急ぐのは避けようと言う。
「第二層には、《思念具象機関》の中枢があると目されている。俺も確証がほしい。『それ』を確保できたら、改めて話すことにしよう」
「? …ともかく、偵察の話ではラジエルが出てきそうだということだ。
情報の少ない相手だし、どうも救助した御使の話を聞くに、かなりきな臭い。十分に気をつけるように指示してくれ」
●
――トビト殿、そんなに力が必要ですか。
「見くびらないでほしいな。力なら十分持ってるよ」
そのはずだった。
それなのに至らない。届かない。得られない。
あぁ、苛々する。
――でしたら、受け入れられるといいでしょう。神の力を。貴方にはその才能があるのですから。
「才能がある? そんなこと言われるまでもない、知ってるよ」
――なるほど、それは頼もしい。では、くれぐれも頼みましたよ。
壊れてしまった者も多いようですが、貴方なら"耐えられる"のかもしれません。
「……当たり前だろ」
消えゆく気配を感じ取り、人知れず、唇を噛んだ。
これも避けられぬ運命なのだろうか。
なぜだ。なぜだ。なぜだ。
何もかも上手くいくはずだったのに、何もかも上手くいかない。
首筋に仄かな痒みだけが残る。
痒みは、心に差した歯がゆさと連動するように、じわりと広がっていった。
(執筆:コトノハ凛 / クロカミマヤ)
5月15日更新分
●作戦会議の裏側で
神界-第三層、神塔前。
神界への進攻作戦は、補給や回復の為、第二層への進攻までに一日の休息日を迎えていた。
その間も、先行偵察部隊は第二層に先んじて偵察に行っていたり、第三層で得られた情報などを整理したりとする事は多いのだが。
多くの撃退士は、僅かな休息を思い思いに過ごしているだろう。
生徒会長・神楽坂茜は神塔前にエンハンブレを迎え入れる前にやりたい事がある、と、神塔前に足を向けていた。
長い因縁の決着の付いたその場所に。
そこには、先客がいた。
茜がやって来たことに気付いて、先客……天界の姫・アテナと、今はその従者として動いているレギュリアが、軽く礼を送ってくれる。
彼女たちにとっても、この場所で斃れた――否、撃退士たちが倒した相手は、『縁深い』相手だ。
ザインエル。
神の剣と称えられ、天に剣を捧げた天使。
その痕跡は、既にこの場所にはない。
同様に倒したエステルと共に、天界へと送らせて欲しいと天界側から、より正確にはアテナ本人から希望があったからだ。
信じたものは違っていても、もとは同じ同胞であるから、と。
彼らにも、思うところが無いわけではない。
けれど激戦の果てに斃れた今このときまで、その生き様を糾弾することはできない。したいとも、思わない。
茜とアテナたちはお互いに長い沈黙を守ったまま、亡き剣将たちに想いを寄せ、静かに時間が流れた。
そして、最初に声をかけたのは、茜の方であった。
「……ザインエルとは結局、刃で語り合うことしか叶いませんでした。けれど、だからこそ。私達、久遠ヶ原学園の撃退士がもっとも多くぶつかり続けた相手でした」
出会いはまだ、多くの者が駆け出しであった頃。
大きな犠牲があった。……多分、お互いに。
「そう、ね」
その『最初』から、居合わせていたのはレギュリアも同じだ。
京都の後、当時のエルダーの方針に従いザインエルの元にはいられなくなってしまったが、それでも駆けつけられる時は、駆けつけた。
袂を分かつまでは。
「色々あったわ。地球に来る前の、……ううん、撃退士と本気で対立していた頃の私は、こんな状況、想像すらしていなかった。まさかエルダーが傀儡政治なんてやってるとは知らなかったし、傀儡にしてた天王様が内乱起こすなんて予想もできなかった」
彼女は、元々穏健派に属するエルダーの遠縁出身なのだという。
ややこしい事情が彼女にもあるように、きっと多くのものが、多くの事情を複雑に絡ませて今に至るのだろう。
そう、それは彼も。
「ザインエルさんは……、どういった方だったのですか?」
天界ではなく天王に、ベリンガムに、剣を捧げ続けた将。
複数の人物から話は聞けども、直接会うことはついぞ叶わなかったアテナが問いかけた。
人と天の少女達は改めて考える。
彼は、彼というヒトはどういうヒトであったのか。
「……そう、ですね。どこまで行っても私の印象でしかありませんけれど、振り返ってみればザインエルの太刀からは、常に強い意志と信条を感じたような気がいたします。おそらく彼の胸には、己を律するに足る、確固たる信念があったのだと」
さらに、茜は続けた。
「あれほどの技量を身につけ、あれほどの速度で力をつけられていたのは、天使であるという事だけでは決して説明がつかない。もちろん、天賦の才という言葉で片付けていいとも思えません」
茜の言葉に、レギュリアも頷いた。
「そうね。近くで見ていた時も、自己鍛錬に余念のない方だったわ」
「それから……私達と同じように、仲間、部下を尊ぶ姿勢と、大切に想う心を持っていたのではないでしょうか」
これも推測にすぎませんが、と呟く茜。
報告書から垣間見えた情の部分。
何かが違えば、手を取り合うことが出来たかもしれない。
レギュリアは静かに頷き、どこか遠くを見るような顔をして語りだした。
「以前、撃退士に、ザインエル様についてどう思うかと聞かれたけど……いえ、こうなったからこそ、そう思うのかもしれないのだけど」
射撃の腕を褒められ、頼りにされた事が、昨日の事のように思い出される。
「あのひとは変わってしまったと、私はあのとき答えたわ。でも、きっと違ったのね。あのひとが大事にしていたものは、きっと変わっていなかった。変われなかった……と、言ってもいいのかもしれないわ」
ザインエルが決して変えたくなかったもの――その本質、核にあったものは一体何だったのか。真意を知ることは最早できず、だからこそ、その是非を問うこともできないけれど。
世界を取り巻く状況は変わった。
その状況に柔軟に対応し、変化を恐れず、絶えず思考し、手を伸ばし続けた、『変わり続けた』のは人間だ。
「あのひとにも、変わるチャンスはきっとあったのよ。周りの誰かが、それを促す事の出来るチャンスも。あなたのその忠義は、本当に『天』の為になるのかと……」
或いはこれはレギュリアの懺悔なのかもしれない。
だが、ザインエルが信じようとしたものは、剣を捧げたものは、おそらくは天界というシステムが擁した王という概念ではなく――天王ベリンガムそのもの、だったのだろう。
天界という世界を重んじたレギュリアと、王自身を天と据えたザインエル。
それが、彼らの道を分け隔てたものの正体だったのかもしれない。
けれど。
「……けれど、変わらずにあって欲しいと願うものもあります」
変化だけが正しい事ではない。
「わたし、は。平和を願う気持ちだけは、変わらずにあってほしいと思っています。それが、わたしの『確固たる信念』なのだと、おもいます」
だからこそ、三界同盟は成った。
この同盟が永き平和を呼ぶように、と。そう願う気持ちだけは、変わらずにあって欲しい――
そんなアテナの言葉に、茜は強く頷いた。
世界もヒトも、変化せずにはいられない。
まったく変化しないということは、成長もしないということなのだから。
変わっていく。人間も、天使も、悪魔も。
「曲げられない本質を大切にしたまま、どう変わっていくのか。変えていくのか。この戦いが終わったあとの私達の、大きな課題になってくるような気もいたします」
「茜さん……。そう、ですね。課題はまだたくさんあります」
「ふふ、残念ながらそうなのですよー。……けれど、きっと乗り越えてゆけます。私達はこれまでも、手を取り合い、議論をして、多くの課題を乗り越えてきたのですから」
「そう言えるのが、きっと人間の強い所なんだわ」
例えば、仇敵にも花を手向けられるような、心の強さを失わないように。
「――あぁ、ルシフェルさんたちの船がきたようです」
「休息ももうすぐ終わりね」
変わらなかった剣に胸の内で敬意を表して、再び戦場へと戻っていく。
はじまる第二の戦いに、"臨む"。
変えることの出来る、未来を"望む"ために。
(執筆:コトノハ凛 / クロカミマヤ)
5月24日更新分
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『驚いた、正直に賞賛させてもらおう――ここまで辿り着くとは思っていなかった』
神界-第一層、そこへ足を踏み入れた者たちの脳内に、直接その声は響いた。
『ようこそ、勇敢で愚かな勇者諸君』
空一面に広がる無数の星。星に詳しいものが見たならば、その星々は地球で見えるものではないと気付いただろう。
磨き上げられた何もない地面は透明なガラスのようにもみえ、足元も深い黒が広がっているかのようだ。
そして、その世界の中心に彼はいた。
『天の祖、冥の祖、辿ればここに辿り着く。神はここで全てを創り出した』
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その頃、学園では各地域へと転移した生徒達からの状況報告処理に追われていた。
「なんとか、間に合ったな」
「間に合っただけだ。本来なら試運転をしなければならない所を何もしていない」
そう話し合う、太珀とレミエルは同じタイミングで窓から見える空をみた。黒に染まりきったその黒の向こうに生徒達が居るように思えるからかもしれない。
撃退士達の活躍により、多奏祭器にさらなる力を加える事が出来た。本当にギリギリの調整だった為、試運転は出来ていない。
だが、そのリスクを考えても余りある程、強力な力と成るはずだ。
神器を破壊出来る神器『刃砕ダーインスレイブ』の力は強力な剣となるだろう。
思念具象機関と『星祈核』、二つを合わせて使うことで前線で戦う撃退士達の強力な支援となるだろう。
直接ベリンガムと戦うのが難しい撃退士達も、そして戦う事すら出来ない一般人も、共に世界を護る為に、日本各地でその準備を進めていた。
「思念具象機関をほぼ無傷で押さえたお陰で、子機のリンクが地球でも有効になったのは大きいね」
「フン。あとはこの短期間で、どれだけ協力者を集め多くのエネルギーを送ることが出来るかか」
「そこが問題ではあるね」
「あまり心配はしてないがな。これまで、生徒たちがしてきた実績が答えになるだろうからな」
「そうだね」
学園と縁深い土地で、生徒たちがどんな行動を取ってきたのか。
それを思えば、誇らしさすら感じる程なのだから。
「大体配置は完了したか。では、神界の動きを待つぞ」
想いを力に変えるのは、アウルという力そのもの。
だから、届け―幾億数多の想いよ、皆を護る力となるために。
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ベリンガム。
全ての世界を破壊し、創りなおそうとしている、元凶。
悠然と宙に浮かび、周囲には無数の魔法陣のような――或いは電子配列を模した輝きが浮かんでいる。
見るものを酷く畏れ震えさせるその輝きを纏い、神王と名乗ろうかと笑った。
『天を超え、冥を呑み込み、余は神に等しい頂に至った。
今ならば理解る。
天使も悪魔も、システムの構成員でしかなかった事も、何故王の証が無ければ出来損ないであったのかも』
彼には不幸があったのかもしれない。
そうと伺い知れる鱗片は、学園でも把握している。
しかし、不幸であるなら何をしてもいい訳ではない。力があるなら、何をしてもいい訳では無いのと同じように。
『ここは全平行世界の中心。核となった場所。無数に見える輝きは、全て平行世界そのもの。
目を凝らせば君たちの故郷も見つかるかもしれないよ。
面白いものをみせてあげよう』
空の一部の輝きに向けて手を翳すベリンガム。
釣られて空を見るとベリンガムの手の動きに合わせて、その方角にあった輝きがいくつも弾けるように消えていく。
まるで、流れ星がその場で燃え尽きるかのように。
『このくらいでいいか』
その声に再びベリンガムを見れば、白く眩い光が空を翳していた手の平の上に浮いていた。
なんであるか、誰もが理解ってしまった。
理解ってしまったが故に、誰もが咄嗟に声がでない。
あの輝きは、平行世界そのもののエネルギーだ。
『心配しなくてもいい、君たちの故郷は狙わなかったよ。いつ壊されるかわからない方が、怖いだろう?』
とっておきの好物を目の前に置かれたら、あんな風に笑えるだろうか。
ベリンガムは、間違いなく楽しんでいる。
何故なのかは窺い知れないが。
『そうだ、お礼を言わなければいけないな。こんなに早くこの場所に至れたのは、君たちのおかげだったのを忘れていたよ。
祭器…だっけ? その発想はとても面白いものだったよ。
大きな力を、複数で分け合う。
それを逆転させれば、複数の力を一つに集約する事になるだろう。冥王も容易く屠る程に束ねることも』
平行世界そのもののエネルギーを奪い取って、己の力にする事が出来るなら、確かにもはや神に等しいのだろう。
無謀かもしれない、その存在に刃向かうという事は。
それでも。
『功績とここまで来た健闘を称えて、世界の終わりと始まりに立ち会うという栄誉を与えてもいいが…その気はないようだな
古き神の造りし世界はもはや、修復が不可能な程に歪んでいる。一度楽園から始め直すべきなのだ』
難しい事は後で考えればいい。
『世界は終わり、始まる。新しい神のシステムによって』
神を名乗る男をぶん殴った後で――学園に帰ってから、考えればいい。
「倒しましょう。倒して、帰りましょう! 私たちの学園に!」
多奏祭器・御統ノ煌星旗槍の輝きが生徒を包み込み、生徒会長の号令が掛かった。
全ての想いと共に、最後の闘いが始まる。
(執筆:コトノハ凛)
6月8日更新分
――終焉の刻、その場に居た者たちの姿の記憶
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神界。
かつて、"神"と呼ばれた者達が造りし世界。
意志、想念、その力を具現化してエネルギーへと変換する、システム。
その神界のシステムそのものと完全に同化せんとした、神王ベリンガムは遂に倒れる。
これで、終わったのか? と、誰もが疑うその時である。
どこからか聞き覚えのある声が響き渡った。
『あぁ、偉大なる愚かな王。孤独な王』
「この声……まさか、ラジエルか!?」
まさかと思う者たちの中、やはり来たかと思う達も居た。
倒したはずの王の側近。いや、側近にして影の支配者といった方がよいだろうか。
その男の声が直接頭に響く。
「ラジエル……貴様っ、何を」
『全てを使い尽くした今ならば、侵食できる』
折れた剣を支えに、己の血に染まり喘ぐベリンガムの側には、何も居ないようにみえる。
だが。
確かに感じる、濃厚な気配を。神へ至ろうとした王を、影から操り続けた男の気配を。
ベリンガムが睨む虚空に、確かに在るように。
『神界と貴方は同化した。
であれば、神界のシステムに保存した私とも同化したということです。
貴方は、私だ。
王は――私だ』
瞬間、ラジエルの気配が弾け、ベリンガムに重なる。
その意味は、もはや誰の目にも明らかだ。
「くそっ。やはりラジエルは神界システムの乗っ取りを目論んでいたのか……!」
恐らくあの男は、追い詰められた王がシステムとの同化を急ぐ事まで、見越していたのだろう。
ラジエルという異物がある事を認識出来ないほどに、王は追い詰められる――と。
ラジエルの最期の行動に、意味を見出し警戒していたメンバーは、即座に阻止しようとする。
だが、既に王自身が神界システムとほぼ同化している事が判明している以上、ベリンガムを分離するという選択肢はない。
だからこそ、ベリンガム自身を、止めざるをえなかったのだから。
しかし。
ベリンガムだったものが、復活する。
『人の子らよ、感謝いたしますよ』
その口調は、先程まで撃退士と戦っていた王のものではない。
既に、撃退士達の多くが満身創痍だ。もう一度、神王と戦うとなれば――厳しい。
『遂に私は、私に相応しい立場となった……?』
朗々と告げる、ベリンガムだったもの。だが、その表情が曇る。
『――何、どういう……、カジツは不完全…ギッググgg』
「なんだ? どうした?」
様子がおかしいベリンガム――否、ラジエルに、気付いた者たちが声をあげる。
更にラジエルが叫んだ。
『同化スル。神、神、神…王、……余ハ王、神界ノ深淵ヨ選定ヲ!!』
「!?」
ラジエルを中心に、もう一度"ハジマリノカジツ"の時と同じ、青白い光が瞬いた。
再びあれを使われるのか、と身構える撃退士たちだったが、その光は徐々に色を変え、深淵を思わせる紫、そして焼け付くような真紅へと変化していく。
光の渦が完全に赤へと変化した直後、それらの光は一処に集束していった。
――そして、ラジエルの意識が操るベリンガムの身体を包みこむ、赤き光の柱となったのだ。
「なんだ、……暴走?」
「――ラジエルが仕込んだ暴走かっ!!」
正しい手順を踏まない、力任せの術で世界が崩壊していこうとする。
警戒は無駄だったのか。もうどうにもならないのか。
無力感が広がる中、『それ』は唐突に起こった。
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世界の白と黒が反転する。
それは、ベリンガムが見せた虚空にも似た景色に見えたが、その足元は透明なガラスの上に立っているようでもある。
よく見れば、はるか地下深いところに青白く煌やく光が見えた。
《――神ノ器ヲ複数確認。
要求:優先順位ノ設定ヲ請ウ 》
「なんだ? ラジエルとも違う、世界に反響するようなこの声は……」
「電子音というか、これ聞き覚えが……確か」
この戦いが始まる直前。アテナたちが、神界への扉を開いた時に耳にした声だと誰かが思い出す。
つまりこれは――神界のシステムの声だ。
《――権限者ノ提案。
世界ノ選別。及ビ、ライブラリー参照ニ拠ル、復元 》
《――権限者ノ提案。
永久神王権限ノ設定。対象者:ラジエrrr 》
《――権限者ノ提案。
ERROR発生。損傷箇所ノ復元ヲ実行 完了迄00% 》
エラー。
その単語を、人々は聞き逃さなかった。
「これは……」
「チャンス…なのか? どう活かせばいいのかわからないけど」
ざわめく人々の言葉を聞きながら、西橋旅人(jz0129)は、レミエル(jz0006)と太珀(jz0028)から事前に聞かされていた"可能性"を思い出す。
同様の説明を聞いていたはずの神楽坂茜(jz0005)に、"可能性"が現実化しているのではと話すと、茜は強く頷いてみせた。
そして茜は人々に向け、言葉を紡ぎ始めた。
「――皆さん、諦めるのはまだ早いです」
神界システムを壊すことが出来ず、神王となったラジエルを倒せないというのなら、
「これから私達は、神界の"ハッキング"を試みることといたします」
――神界を掌握出来ればいい。
分のいい賭けだとは、お世辞にも言えないだろう。
ろくに戦闘知識の無い集団が素手で喧嘩を仕掛ける位には、分が悪い。
それが簡単に出来ることならば、わざわざ傷付き、戦う必要がなかったのだから。
でも。
「ここは想いや意志が形になりやすい世界だっていう話は、みんな聞いたよね。
今までは、そのシステムの根幹をベリンガムが抑えていたんだけど――」
「彼が暴走してしまったために、制御を掛けていた部分が"解放"されたようです。先程のエラー音声が示したのは、恐らくその事かと」
「神王権限ノ設定、で、エラー。つまりシステムは、王が誰であるのかを、見失っているんだろうね」
止められなくなるはずだった、『王の器を得た不正アクセス者』を、止めたもの。
それは不正の末、暴走の末の、予期せぬエラー。
――否。もしかしたら、かつて王だったものの……ベリンガムの、最期の――?
旅人はその可能性も考えたが、口に出すことはしなかった。
茜は改めて全員を見渡すと、いつもの凜とした表情で告げる。
「私たちの"想い"は成りました。皆さんが伝えてくださった"ラジエルの介入は阻止する"という意志も、きっと――無駄にはなっていません」
怪我人、意識が漸く戻ったものも多い。
でも、今は一人でも多くの《意志》が必要だ。
「――ですから。皆さん、もういちどだけ、参りましょう」
なぜなら『ここ』は。
想いや意志が、未来を創る楽園だから。
「人界で活動していた皆さんにも連絡をとってください。すべての準備が出来次第、『多奏祭器・御統ノ煌星旗槍』と『神界』をリンクさせます!!」
《――対立スル権限者ノ存在ヲ確認。
実行:優位設定ノ為、確認プロセス、実行 》
キミは。
キミたちは。
この果てに、どんな世界を、望む?
(執筆:コトノハ凛)
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王権派
血統や権力に寄らず『真の実力あるものが正しく評価される』世界を掲げ蜂起した天王ベリンガムと、
それに賛同した天使達の勢力グループ。
主張ゆえ、賛同者は若いもの、姿や血統が優れないと言われてきた者が多いらしい。
新しい政治派閥ではなく、『新しい国を作り侵略して塗り替える』というに近いやり方で、反発も大きい筈だが
その反発ごと制圧する為、恐怖から降伏した者たちも多いという。
また、有望と思える相手には、位階に関わらず積極的に勧誘を行っているようだ。
エルダー派
王命を代弁していたエルダー(後述)による統治に従っている者たち。《武闘派》、《穏健派》共にこれに含まれる。
天王ベリンガムは政変を起こし、それまでの統治を否定し、打ち壊しにかかった。
地球においては、天界からのラインが切られ、エネルギーと情報の封鎖をうけ実質天界から孤立しているようだ。
彼らにとってはエルダーからの命は王命そのものであり、王に逆らっていたという意識は無かったのだが、
天王のやりかたをそのまま受け入れられるかというと、それもまた難しい状況にある。
エルダー《元老院》
天界において最古とも言われる古くから続く12の名家、エルダー・トラテベス十二支族の代表で作られた組織。
王の頭脳、王を護り支える翼、などと称される裏で、王に成り代わり天界を治めてきた。
彼らによって天王ベリンガムは長く幽閉されていたが、2016年の政変以降
その半分以上が、天王によって制圧され滅ぼされてしまった。
京都ゲート
ザインエルを筆頭に、王権派のゲートとして王権派のゲートとして、
2016年2月の戦いの折に京都に開かれたゲート。
現在はゲート主であるリーネンが守っている。
神界
天界や冥界を作ったとされる『神』。その『神』が住む世界を指しているという。
詳細はわかっていないが、ベリンガム、そして王権派の実力者たちは、
それに関するいくつかの情報を得ていてもおかしくないと考えられている。