●ケース00/天道郁代(
ja1198)
「相談をもりあげる係をやりたいですわ! なんかそんなモブがいたほうがいいですわ!」
エクストリーム・モブ! と一番乗りにやって来た郁代は真っ直ぐな挙手と共に名乗り上げた。
そうだなぁ。提案された棄棄は思案する。彼女の希望としては相談内容の速記であるが、生徒の中には悩みを他者に聞かれたくない者もいるだろう。しかし郁代の熱意を無碍にするのも……よし、こうしよう。
「では、生徒郁代。君に当カウンセリングの受付任務を課す! 出来るな?」
「はい先生! 勿論ですわ!」
決まったのなら善は急げ。机と椅子を一つずつ教室の外に設置して、郁代はそこに座すと持参した鉛筆とノートを卓上に広げた。ピンと背筋を伸ばす。そうだ、やって来た者の性別や学年などを記録して統計を取るのもいいかも知れない。そう思いながら、彼女はわくわくを胸奥から滲ませながら声を張った。
「次の方どうぞ〜」
そう、これがしたかった!
以降、このカウンセリングが終わるまで郁代は鉛筆をなめなめメモを凄いスピードで書き続けてゆく。
●ケース01/九鬼 龍磨(
jb8028)
「最高級とはいきませんが、桜の塩漬けは乗ってます!」
後の皆の為にと大量のお茶に紙コップも添えて、風呂敷一杯のアンパン。
あはは、と着席した龍磨は面映ゆげに頭を掻いた。
「自分次第だと、解ってはいるんですが」
日々の中、己の影が囁く。
『誰も彼も美しい、お前など不要だ』
影が鏡を突きつける。凡庸な己しか移さない鏡面。兵卒である事に迷いはない。けれど羨みの棘が魂に刺さる。影が詰る。
『足手纏いめ! 木偶でさえない』
「皆のような戦術を持たない僕が憎い。できることがある、良き友もいる、なのに……影を振り払えない! 己の影が知らずにいた醜さが厭で厭で堪らない!」
甘ったれてますよね。静かに呟き、項垂れる。それでも聞きたい。僅かに涙を浮かべながら。
「ここに、いていいの? 誰かを好きで、いていいの?」
「良いんだよ。お前はここにいて良いんだ。大丈夫、己の弱さ醜さを知る者はな、強くて美しいんだ」
時には背伸びも必要かもしれない。だが飾り続ける事は辛く苦しく、続かない。
笑顔の棄棄は龍磨をモフッと撫でると、もう片手でアンパンを齧った。
「これ、ありがとな。皆で美味しく食べるよ」
●ケース02/黒百合(
ja0422)
「悩み事ねェ……まァ……折角だし相談してみようかしらァ……無料だしィ……♪」
おい、と苦笑した棄棄に黒百合は悪戯っぽく笑った。
「そうねェ、最近宿敵が欲しいと思ってるわァ。ほら、天使サリエルみたいなァ」
あの子には私個人として生きていて欲しかったわねェ、と黒百合は記憶の中の『本気の殺し合い』に思いを馳せる。可愛い子だった。もっと色々な表情を見たかった。
「ぶっちゃけ殺されてもいい、あの子の物になってもいいかなァ、とすら思ったわァ……まァ、最後には死んじゃったけどねェ……もの凄く残念だったわァ……」
そこに想いがあったからこそ、頬杖を突き残念そうな溜息一つ。「というわけで」と棄棄に視線を戻し、
「良い子を知らないかしらァ? 出来れば可愛くて嬲り甲斐がある子が嬉しいのだけどォ……ちなみに最低でも今の私を容易に倒せる相手ェ♪」
「俺」
「……『可愛くて嬲り甲斐がある子』って言ったじゃないのォ」
「じゃあ冴草先生」
「……」
棄棄の『可愛い』のベクトルはなんだが違うらしい。黒百合は笑った顔のまま沈黙する他に無かった。
●ケース03/鴉乃宮 歌音(
ja0427)
「やあ先生」
「よう歌音」
「今日の私は客だけど客じゃありません」
これを持ってきました、と紅茶セットを広げてゆく。
「私がブレンドしたカモミール系です。落ち着かない生徒がいたならば飲ませてやってください」
用意した電気ケトルで天然水を沸かす歌音の言葉に「ありがてぇ」と棄棄が応える。そのまま歌音は勧められた煎餅を齧りながら、なんとはなしにいつもの平然とした様子で言葉を始めた。
「迷いや悩みがあることは良い事だと私思います。伸び代があるという事ですから。どうぞ若い衆を導いてやってください……て、私も生徒ではありますが。まあ大学部ですし」
「お前に悩みは無いのか?」
「ああ私は悩み溜めないようにしてますので。人間案外なんとかなるものです。神とダイスは無口で気まぐれ。楽しめるようになれば幸せだ」
「はは、その通りかもな」
「ではまだ時間もありますし先生の思惑や愚痴でも聞いときましょうか、守秘義務は守りますので」
「そうだな。この紅茶が美味しくって明日から普通の紅茶が楽しめなくなりそうなのが今の悩みかな」
「それはそれは」
光栄です、と歌音は微笑を浮かべた。
●ケース04/君田 夢野(
ja0561)
「ども、お久しぶりです。自分【交響撃団ファンタジア】っていうチーム組んでて、そろそろ結成2周年ぐらいになるんスよ」
「おう夢ちゃん。で、うまくいってるかい?」
「それなんですよ! ずっと自分なりに頑張ってみて、仲間にも恵まれていて、いい感じに行っているようには見えるんです。なんですけど、他の部隊のリーダー見てると、何というか皆風格を感じて、ブリッラントで、マエストーソで……その度に、何か自分がちっぽけなリーダーに見えてしまって……!」
頭を抱えて机に突っ伏す夢野。カリスマが欲しい。カリスマに満ち溢れたリーダーになりたい。そこで、だ。夢野は顔を上げて棄棄を見る。
「生徒に愛され続けている棄棄先生から何か一つアドヴァイスを頂ければ!」
「オーケィ。あのな夢ちゃん、ちっぽけで何が悪いんだ。ちいさい事は恥か? ピアニシモだっけか? なんかあるだろ『ちいさく』みたいな。先生詳しくないけど、音楽ってフォルテばっかじゃ駄目なんだろ?」
「そうですね……」
「な? だからお前さんはお前らしくやればいい」
頑張れよ、と棄棄は彼の肩をぽんと叩いた。少しだけ夢野は笑みを浮かべる。
「どうも、ありがとうございます」
●ケース05/田村 ケイ(
ja0582)
「癒しぃー」
持参したアンパンと緑茶でまったりなう。が、ケイはメイン目的を思い出すとアンパンもぐもぐしたまま棄棄に問いかけた。
「先生。実は最近悩んでることがありまして」
「なんだいケイちゃん」
「ええ、そう、癒し成分が足りないと思うんですこの学園。こう、ゆるキャラ? とかマスコット? とか。着ぐるみ着た人とかなんか変なロボとかは徘徊してますけど、ええ私も本気の戦場では最強の防具着ぐるみを装備するキグルマーですけどそれは置いといて、やはり宣伝効果も踏まえると重要だと思うんですよ、マスコットの存在は。可愛いキャラがもっふぅ! とか言ってたら大抵のことは赦せると思うんですよ。だからマスコット作りません? 癒し目的で作りません? というか癒しに最適な場所知りませんか?」
熱弁である。
「言いだしっぺの法則だ、ケイちゃんがマスコットになろうぜ。あと俺的オススメ癒し場所は夕日が奇麗な放課後の屋上かな」
君ならきっとナンバーワンになれる、と棄棄は拳を握って頷いた。
●ケース06/フレイヤ(
ja0715)
「フッ、分かってないわね棄棄せんせ。この黄昏の魔女とキャッキャウフフしようだなんて100年早いのだわ!」
ドヤ顔のフレイヤが足を組んでフフンと笑う。
「でも……どっどうしてもというなら、お茶も用意してもらおうかしら!」
「合点了解」
丁度歌音の紅茶がある。ふわりと香り。振舞われた黄金色の水面を、フレイヤは眺める。
「まぁ黄昏の魔女といえど悩み事はあるわけでして……その、友達ってどうやれば出来るのかしら」
久遠ヶ原生徒暦<ぼっち暦。もう逆に友達って何なの。空想の生き物なんじゃないの。
「何か良い友達の作り方あったら教えて!」
「じゃあ今日から俺が友達だ」
「え、でも」
「『でも』じゃなーい! 千里の道も一歩からだ、返事ィ!」
「はいッ」
姿勢を真っ直ぐに応えたフレイヤに棄棄は満足気に頷いた。そんな彼に「あとさ」と彼女は言葉を続ける。
「せんせはいっつも私達の事考えてくれてるけどさ。悩みとかあったら言ってくれていいんだからね? 役に立つとは約束出来ないけど、話を聞いてあげる事は出来るから」
「お前と友達になれたから今のところ悩みナッシング」
サムズアップ。
●ケース07/月臣 朔羅(
ja0820)
「最近、良く眠れない日々が続くんです。戦いの行く末を思うと、つい思い悩んでしまって……」
嘘だ。眠れない訳ではないし、割り切っているし、どうなろうと戦い抜く覚悟がある。
「先生方は、この戦いの行く末に何を見据えていらっしゃるのですか? この学園は、何を目指し、どこへ向かうのか」
棄棄から得られる答えが全てではない事も分かっている。
だが。それでも気になった。
真っ直ぐ見据える朔羅の青い眼差し。その先で教師は、
「知らん」
あまりにも即答。
「ここは人が多く、ハーフとか天魔生徒編入とか予想外も多い。俺の考えはあくまでも『学園の』ではなく『俺の』になるが、それでもいいか?」
「構いません」
「そうか。俺はこの戦いの果てに人類の平和が訪れる事を信じている。それは俺が生まれた時から変わらない」
その為に生きている、と棄棄は言った。成程、と朔羅は頷いた。
「有難う御座います。今後の参考に致しますね」
微笑みながら、しかしどんな答えでも良かったのだ。目上の者の言葉を聞き、指標の一つとする事で束の間の安心を得たかった――ただ、それだけ。
●ケース08/喜屋武 響(
ja1076)
「おはよーございまーっす、棄棄センセ! 悩みというかなんつーか、吐き出したいだけなんですけれども!」
「おう響、何でも聴くぜぃ」
「えっとー……戦闘が怖いんです。周りがみんな割り切ってるじゃないですか。撃退士としての定めだから、みたいな。でも俺は全然で。ディアボロ殺すのも躊躇って、戦闘依頼とかずーっと避けてて」
血を被る覚悟もない。傷付けたくも傷付けられたくもない。響は努めて明るくあろうとしていたが、言葉と共にそれが揺らいでゆく。
「避けてるのもアリだとは思う、けど戦いたい、けどすごく怖い。撃退士として、もー、どうすればいいのかよくわかんなくて。甘えで逃げで、自分が情けなくって……」
「響は優しい子だね。その思いを大事にしたまえ。戦闘好きを悪いたぁ言わねぇが、世界がそういう奴ばかりになったらどうなると思う?」
「戦いばっかになりそう……」
「だろ? 世の中バランスさ。無理に己を変えようとする必要はない、お前の優しさは世界の為に必要なんだ」
皆と違うから、を恥じる必要はない。教師の言葉に、響は一息の間を空けてから礼を述べた。煎餅を齧る。美味しい。それからまた、響はにぱっと笑みを浮かべた。
「俺、棄棄センセのことすきですよー!」
「おう、俺も響好きだぜ!」
●ケース09/橋場 アイリス(
ja1078)
何の為に戦うか。
「先生は愛する生徒のためだとよくおっしゃってますね。とても立派だと思います。でも私の場合、いまは少し分からないです」
前までは人を救う為。なのに自分は半分人間ではなくて。
義妹に乞われて始めたのに、義父はやめろと己に言う。
なんだかなー、と。
「失って辞めようと思いましたが、私が抜けると、別の大切な方を失ってしまうかもしれないって戻ってきましたが、最近は上手くいってないですしねー」
煎餅をぱりぱりしながらご〜ろごろ。橋場ダラリス。相談というより、吐き出したかった。
「いつも上手くいく方法があったら俺にも教えて欲しいぐらいだぜ。ま、今の俺に言える事は……」
言いながら、棄棄はアイリスの口にもふっと煎餅を突っ込んで。
「お前が帰ってきてくれて、お前がここに居て、俺は嬉しいよ」
「……はむぁー」
トラウマは未だ癒えず。元気そうに見えるのは表層だけ。絶望。失望。剣の下の罪の数。
形こそあるが、罅の入った硝子細工の様だと棄棄は生徒に目を細める。
罪を共に背負うだなんて傲慢は出来ないが、共に居る事は、出来る。
●ケース10/エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
「まあ、僕の悩みなんて今も昔もたった一つで、昔から背が一向に伸びないんですよね」
紅茶を味わいながらエイルズレトラは言う。合法ショタと言われるのが癪で昔から中学3年生で通しているが、久遠ヶ原に入学してからずっと中3だし、それ以前から何年もずっとそれに相当する学年で通してる訳で。
「僕の背が伸びないのはご先祖様が神様を殺して祟られた呪いみたいなものなのですが、牛乳飲んだり、鉄棒にぶら下がったり、僕なりにそれを克服しようと色々頑張ってるんですよ。妹に『兄上、おはようございます』と言って頭を撫でられたり、弟に『兄貴、おやすみ』と言ってヒョイっと抱き上げられたりするのは、マステリオ家の長男として屈辱なわけです」
どうにかなりませんか。そう言い終るより先に、棄棄がエイルズレトラの両肩をしっかと握り締めた。
「超わかる」
真顔の頷き。棄棄もちょっとミニなのが辛い。
「でもね先生思うの。身体の大きさで勝てないなら心の大きさで勝てば良いじゃないって」
「ものは考えようって事ですね」
「YES」
身長欲しい同盟。
●ケース11/矢野 胡桃(
ja2617)
「棄棄先生、今日はよろしくお願いします、です」
「おう胡桃ちゃん、よろしく〜」
ぺこん、と胡桃は頭を下げた。アンパンにチョコ、甘いものを机に置いて席に座る。教師にそっと視線を遣る。
「先生。『強い』って、なんなのです? モモには、分からなくなっちゃったのです。だから、聞かせて下さい、先生。先生にとって、『強い』って、どんなものなの?」
聞いてみたい。教えて貰いたい。動かぬ左手に視線を落とす。自信を取り戻したいのだ――多分。ちびっ子なりに。
「いいか胡桃ちゃん。そもそも『強い』には星の数ほど種類がある。喧嘩に勝ちまくる奴も、すげぇ頭いい奴も、折れない心を持つ奴も、努力し続ける奴も、いずれも『強い』。
ってのを前提として、俺の思う『強い』ってのは……思いやりを忘れない優しさかな。自分も他人も大事にする奴だ」
ぽん、と棄棄は胡桃の頭を柔らかく撫でる。
「大切な人はいるか?」
「はい、たくさん」
「じゃあその人が自己犠牲っつーのをしたら、どう思う?」
「……や、です」
「逆の立場もおんなじさ。思いやれ、他人も自分も」
戦いだけが強さの尺度ではないのだ。
●ケース12/礼野 智美(
ja3600)
湯呑みに淹れた上質な緑茶の、芳ばしい香り。
「……姉妹には『頼りになる姉・妹』でいたいんですけど……どうしようもない事って、あるんですよね」
『シュトラッサーいる天使って学園に入れないのどうして?』
『堕天したら力の供給出来なくなるの何とかならないかな、何にも悪い事してないのに』
それは妹の言葉。目を閉じれば思い出す眼差し。
「……俺、妹にかける言葉見つけられませんでした。妹自身答えを求めて発した言葉じゃないとは思うんですけどね」
緩やかに目を開き、智美は苦笑する。取り敢えず誰かに聞いて欲しかったのだ、と。
ふむ。棄棄は茶を一口飲むと、「美味いな」と伝えてから言葉を続けた。
「頼られる、頼り甲斐のある……ってのは嬉しいもんだが、大変だよなぁ。特に智美ちゃんは真面目で頑張り屋さんだからよ……『しっかりしないと』って思ってるかもしれん。ま〜確かにしっかりするのは良い事だと思うが、偶には今日みたいに弱音を吐くのも大事だぜ。そしたら、色んな奴からいろんな助言が集まって、妹ちゃんに返す言葉が出来上がるかもしれんしな」
人は支えあう生き物である。
●ケース13/雨宮 歩(
ja3810)
「初めまして。撃退士兼音桐探偵事務所所長、雨宮 歩だぁ、よろしく頼むよぉ」
「おう歩ちゃん、よろしゅー」
そんな挨拶も程々に。
歩は机の上に指を組み、言葉を始める。
「ボクは撃退士として戦う。ボクは探偵として捜査もする。理由は単純、どちらも愉しいんだ」
命懸けで強敵と戦い、勝つも負けるも。憎悪と共に因縁敵を追い続けるのも。誰かの悩み不幸を見聞きするのも。
理解している。これが自分。向き合っている。つもり。
だけど。誰かに聞いて欲しかった。
まるで教会で行われる懺悔そのものである。
「ボクはこれでいいのか、それとも間違っているのか。ボクの在り方は、罪なのか。はっきりと言ってほしい気持ちもあってねぇ」
「よろしい」
棄棄はニコリと微笑んだ。
「では俺が全て赦そう。お前は正しい、お前に罪はない。罪を憎んで人を憎まず。お前はなんにも悪くない。赦してやるよ。俺が全部赦してやろう。お前は無罪だ。オーケィ?」
「……オーケィ」
ふ、と愉しむ様な笑みで歩は応えた。臆す事無くなんと傲慢、この教師は平然と神を騙るつもりらしい。
何処まで本気かは、歩にも見えなかったけれど。
●ケース14/夏野 雪(
ja6883)
「こんにちは、先生様。これ、実家から送られてきた、ほうじ茶と茶団子です。一緒に頂きましょう」
ほうじ茶、茶団子、それから煎餅。ほぅ、と雪は一息つく。うめーうめーとそれらを頬張る教師に視線を向けると、本題を語り始める。
「その……先生様。今日は、先生様にご相談があって」
「おう、なんだい」
「先生様は……学生結婚って、早いと思われますかっ?」
盾の如く沈着な雪にしては珍しく、やや語気を張り上げて。
「気がつくと、あの人の事ばかり考える自分がいるのです。昔はそんな事なかったのに」
独りの時間が苦しい。独りぼっちの夜が寂しい。言葉と共に雪は俯き、先生様、と言葉を続けた。
「私は、弱くなってしまったのでしょうか? 盾としての確固たる意志が、揺らいでしまっているのでしょうか?」
「俺は逆だと思うね。雪ちゃんは今、人間としての成長点にいるんだ。心が苦しいのは言わば成長痛さね。どんな結果になろうがそれを乗り越えたらお前はもっと強くなる」
それから、と棄棄は笑んだ。
「結婚は勢いだって先生の先生が言ってたぜ」
「ありがとうございます先生様。先生様の言葉、よく考えてみます」
ぺこりと一礼。
●ケース15/翡翠 龍斗(
ja7594)&水無瀬 快晴(
jb0745)
二人は愛猫と共にやってきた。龍斗の子はスノウドロップ、快晴の子はティアラ。
にゃー。にゃあ。スノウは棄棄にじゃれつき、ティアラは首を傾げて不思議そうにしている。
「うへへへへへへへへ」
棄棄は可愛い猫二匹にデレッデレだ。もふもふしまくっている。龍斗もティアラをもふろうと手を伸ばしたがネコパンチで潰された上に、愛猫も棄棄にスリスリしている。
「……アレ? スノウ?」
「ティアラを先生はどう思いますか?」
「え? カイ?」
「ちなみにりゅとにぃは弟妹に甘すぎて困ってます。どうしましょう?」
「俺、甘くないぞ?」
真剣な快晴の質問に突っ込みながら(因みに棄棄は「ティアラも龍斗も可愛い」と答えた)、龍斗は快晴と棄棄にアンパンを渡すと気を取り直して教師を見遣った。その目を、開いて。
「棄棄先生とじっくり話すのも初めてですね」
「それもそだな。んじゃ、じっくり聞こう」
「先生。俺は死に場所を求める為に久遠ヶ原に来ました。ですが、雪……愛する人や義理の弟妹がいます。血に塗られた過去を持つ俺が生きたいと思うのは愚かな事なのでしょうか?」
「生を愚かと断ずるのは傲慢だぜ、龍斗。次、死にたいみてーな事言ってみろ。雪ちゃんにチクんぞ」
「うっ、それは……」
「なら生きろ。汚くても臭くても生きて生きて生き続けろ。生きてから死ね」
それが屠った命への礼儀でもある、と棄棄は述べた。
次は俺も、と快晴が手を上げる。
「俺は残された余命の中でしか生きられない。いつか大切な花の傍で一緒に眠る為に戦っている。でも、簡単に命は捨てたくはない。生と死。俺はどちらに重点をおけば良いのだろう?」
「龍斗にも言った通りさ、生きてるんなら、生きてる事を考えろ。死んでからの事は死んでから考えな」
未来も大事だ。だが大切なのは今なのだ。
残された時間がなんだ。短かろうが長かろうがいつかは死ぬ。棄棄は二人の肩に、手を置いた。
「生きろよ、生徒諸君」
●ケース16/雨宮 祈羅(
ja7600)
「先生! 非常に遅れたバレンタイン、つまりお返しいらないものです!」
「俺も! ホワイトデー過ぎたけどコレあげちゃう!」
アンマンと煎餅のトレーディング。なんだこの儀式。可笑しくて笑った。笑う――それこそ祈羅の望み。悩むより笑顔。
悩みなんて、強いて言うなら「歩ちゃん大好きすぎておかしくなりそう」ぐらいだと冗句めいて笑うレベル。
「一応、真面目な悩みだと……ジョブ的に『守られる』ことが多くって、人を守れるようになるためどうしたらいいか、ってのを最近考えてるね」
でも、と祈羅はアンマンをもぐもぐしている棄棄を見遣る。
「うちの悩みより、先生こそ、悩みない? こんなうちだけど、聞くくらいできるよ?」
「そうだニャー。差し入れが一杯あるからおなか一杯になっちゃったらどうしようって」
「先生、今全部食べなくってもいいと思うよっ……!」
「明日の朝ごはん昼ごはんにする事も視野に入れとく」
「そうして!」
零す苦笑。そうだ。もう一つ、伝えたい事があった。
「先生の道徳の授業のおかげで、自分の気持ち気付いたんだ。今幸せだよ、ありがとう!」
飛び切りの笑顔だった。お前が幸せで俺も嬉しいよ、と棄棄も笑った。
●ケース17/カーディス=キャットフィールド(
ja7927)
今日も彼はねこぐるみ。冬毛仕様でふるもっこ。
「先生! カウンセリングに来てみたはいいのですが相談する事がありません!」
「悩みが無いのは良い事さ。お茶でもするか?」
「喜んでー! ていうかそのつもりで来ちゃいました〜」
色々なアンパンを作ってきたのでどうぞなのですよ〜、と沢山のアンパンが乗せられたティースタンドを準備。
「英国式ティータイムです。お茶は緑茶とほうじ茶を用意いたしました」
執事の如く礼一つ。「クリームチーズ入りアンパンがオススメです」とアンパンを優雅に取り分けてゆく。
折角なので受付をしていた郁代も呼んで、3人で楽しい、ちょっと遅めのアフタヌーンティー。
「相変わらず料理上手いな〜カーディスは」
「どうもありがとうございます、光栄です〜」
クリームチーズ入りアンパンを頬張る教師に黒猫忍者はニッコリ笑った。そんな彼を、(猫さんだ……)と郁代はじっと見ている。
「でさ、カーディス。さっき田村ケイって子が久遠ヶ原のマスコット作りたいってゆってたぜ。コラボとかどうよ?」
そんなこんなの四方山話で、時は過ぎてゆく。
●ケース18/アラン・カートライト(
ja8773)&フレデリック・アルバート(
jb7056)
「ティータイムと洒落込もうぜ」
そう言ったアランは紅茶とスコーンのセットを広げた。そして準備が整うなり一言。
「先ずは紹介しよう、恋人のフレディだ」
「どうも、初めましてMr.棄棄」
「先生、どうすれば恋人の愛情表現を得られる? 先生は愛に生きる男だろ? ちょっとアドバイスの一つや二つくれよ」
真顔のアラン。そんな彼を、煎餅をつまみながらフレデリックは素知らぬ顔で見遣った。神妙な顔でカウンセリングに行くと言うので暇潰しに付いて来たが、こいつは何を言っているんだ状態である。
「本人に聞いてみようず。どうなんですフレディさん?」
「愛情表現? これが全力」
「ですってアランさん」
「いいやお前はもっと頑張れる筈だ。俺に対してもっと優しく出来る筈だ。つうか紅茶も飲め」
促されるままに「はいはい」とマイペースに紅茶を飲むフレデリック。アランは「見ての通りでな」と棄棄に目をやった。だから逆転の発想で相談しに来た訳なのだが。
紅茶を置いてスコーンを齧ったフレデリックが溜息の様に言葉を吐く。
「それよりアランの酒癖の悪さでもどうにかしてくれないかなあ……」
「俺は酒癖が悪い訳じゃねえ。紳士的な酒の嗜み方程度だ」
「紳士とか云う割に伴わない紳士さの調教でもしてやってくれないかな、Mr.棄棄」
「先生、君等のやりとりをあと3時間は見てたいわ」
「だってさフレディ。それじゃあ先生、次は酒でも飲み交わそうか」
「いっちゃう? いっちゃう?」
「楽しそうで良かったね、二人とも……はぁ」
状況は相変わらず。
だがアランは熟知済みだった。本当は第三者を介した際の恋人の反応を楽しみたかっただけ。つまり悪趣味。それをフレデリックは気付いているのか否か――どっちだろうと彼はこう思うんだろう。いつもの様に無気力なマイペースさで、気怠い溜息でも吐きながら。
「どうでも好い」
好きは素直に好きであるからこそ。
いちゃついたり甘えあったりしないけれど、そこには確かに信頼関係と愛情があった。
●ケース19/雪室 チルル(
ja0220)
「うんと、あたいの悩みっていうのは……」
そう切り出したチルルに、いつもの様な快活さは無かった。
「最強になるには、どうしたら良いの?」
入学してから数多の戦線を潜り抜けてきた。その度に努力を、装備強化を、強くなる為、頑張った。
なのに、だ。最強、その影すら見えない状態で。
「このまま頑張っても最強になれるの? というかいつになったら最強になれるの?」
堂々巡り。抜け出せないスパイラル。頭を抱えるチルルに、棄棄は口を開いた。
「チルルちゃんは一直線な子だね。そゆとこ、好きだぜ? だからこそ考えのベクトルを変えてみよう。そもそもお前の言う最強って何だ? 具体的にどういうのが最強なんだ?」
どんな勝負にも勝つ事? だが勝負というものは星の数ほどある。殴り合い、知略による騙し合いからジャンケンまで。
強いって? 殺す力? 殺されない力? 護る力? 作戦を思いつく力? 仲間を指揮する力? めげない精神力?
「先ずは、具体的にどうなりたいのか。それを、少しずつでも曖昧でも良い、考えていこう。自分の理想ってのを」
そう言って、棄棄はチルルを優しく撫でた。
●ケース20/シュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)
「また唐突にこういうイベントをよく考え付くものね。そのアクティブさには、脱帽だわ」
持参のカモミールティーに、セルフの煎餅。それらを交互に口にしながらシュルヴィアは呆れた様な感心した様な物言いだった。
「この個人面談……中にはそうじゃないのもいるでしょうけど。これもやっぱり只の気まぐれなのかしら?」
「俺の半分は気紛れで出来てるんだ。ロマンティックだろ?」
「……成程。まぁいいわ」
教師の調子は相変わらず。シュルヴィアは肩を竦めてみせる。
そんな、いつもの様な談笑だけのつもりだったが。会話の途切れと共にふと、視線を窓の外。逡巡。「一つ、聞いてもいいかしら」とシュルヴィアは静かに語り始める。
「先生は、どうにもならない事を是が非にでもどうにかしようとする事は、いい心構えだと思う? あるいは……早々に諦めて、達観してしまうのは、ダメな事だと思う?」
「後悔するならNO。後悔しないならYES」
即答。「そう」とシュルヴィアは視線を戻し、紅茶を一口。
「……まぁ、参考にはさせてもらうわ。ありがとう」
それから、「どういたしまして」を聞きながら煎餅も一口。
●ケース21/桜井疾風(
jb1213)&桜井明(
jb5937)
「えーと、すみません」
オドオドしている疾風は遁甲の術で気配を殺してやってきた。からの突然土下座。
「俺、あんまちゃんと戦う理由とかなくて実力もそんなたいしたことなくて正直足手まといで!! でも、それでも撃退士やってても良いのでしょうか!? 俺でも誰かを守れるのでしょうか!?」
既にパニック。ほぼ悲鳴。半泣き状態。最近、気になる子ができた。彼女は一般人だから影ながら撃退士として守らねば、とは思うけれど。
「取り敢えず落ち着けや」
棄棄は苦笑しながら疾風を立たせると、席に座らせ紅茶を勧める。
「で、お前を足手まといっつったのは誰だ」
「えっ!? あっ、えと」
「嫌なコト言われたら俺に言え。俺がそいつを指導してやる。だからお前はお前を信じろ。自分を一番信じてやれるのは自分だろ? 『大丈夫だ、俺は出来る』って毎日心の中で10回繰り返してみな。大丈夫だ、お前は出来る」
「うぅ、ありがとうございます……あ、あとすみません。サインください」
「いいよ」
ルーズリーフにマジックでサラサラ。それをしっかと抱き締めて、疾風は教師に深く礼を。
そんな疾風が退室した直後に入室したのは満面笑みの明だった。
「可愛いだろう!? うちの子」
「疾風君のお父さんか。あの子可愛いね〜」
「だろう? だから僕の事はどうでもいい。疾風の力になってあげてくれ。万が一、疾風の敵に回るようなことがあれば……」
君を斬る。朗らかな様子からは一転して、明はその手に大鎌を携え棄棄を威圧しようとした、が。
「いゃん手が滑った」
ばしゃ。
あっつい紅茶を顔面にぶっかけられた。
「っ!?」
出鼻を挫かれる明。スマンスマンとタオルを渡す棄棄。受け取ったそれを握り締めながら、明は教師を睨み付ける。
「君は、学園は本当に疾風の味方かい? 僕は人類の行く末なんてどうだって良いんだ。ただそこにあの子の笑顔があるのならね。疾風を利用して使い捨てた先に――平和を築こうなんて考えるようなら学園は僕の敵だ」
真剣だった。学園と棄棄という男の本性を推し量るつもりだった。敵なら殺すつもりだった。
なのに棄棄はといえばへらへらしながら明の頭をぐしゃぐしゃ撫でるのだ。
「バ〜カ、俺を誰だと思ってる? 俺を信じろ。俺は教師<棄棄>だ。……明は子供が大事なんだね、立派な親御さんだ」
喰えない、男である。
●ケース22/ミリオール=アステローザ(
jb2746)
「んふーっ、少しは成長したか先生に見てもらいにきたのですワ!」
だが今はそれよりお菓子ですワっ! と、ミリオールは色んな者が持って来たお菓子にお茶をわふわふ食べる。美味しいかいと棄棄は笑顔だ。そんな教師を、彼女は見詰める。
――己のハラワタを暴き嗤う怪人のイメージ。
「ワぅー……これはまだ無理そうなのですワ……」
まだ手合わせは無理そうだ。今の体も楽しいし嫌いじゃない。が、『元に戻れば』本気の手合わせも出来るのに……と寂しげに呟いた。
「いつでも待ってるぜ、俺は誰からの挑戦も受けてたつ」
「はい! おっきくなるまでもう少し待っていて欲しいのですワ!」
「おうよ〜」
「それじゃその時の為にも技を見て貰っても宜しいですワ?」
勿論、と快諾されたのでミリオールは様々な技を棄棄に披露する。持てる技を有りっ丈。
「どう、どう?」
「いつも思うけど、ミリオールちゃんの技は綺麗だなぁ」
「んふふ〜っ」
と、得意になってテンション上がりすぎて全力になりすぎて色々やりすぎて。
疲れたミリオールは、その後棄棄の膝枕で爆睡してしまったそうな。
●ケース23/ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
「おっす、今日は俺の悩みを聞いてくれるってーから来たぜ」
荒っぽく脚でドアを蹴り開けてやってきたのは久遠ヶ原のトラブルメカ。どかっと着席。
「つい先日から付き合う事となった女性がいるのだが」
付き合うと言っても買い物ではなく、恋愛的な意味であると照れ気味に補足し、言葉を続ける。
「で。相手はいい奴だし、俺も相手の事は好きなんだが、やっぱり同性って言うあたりが 不毛なんじゃなかろうかと言うのが一つ。
二つ目は、彼女はばりばりの生身で、反面俺は8割機械体という冷血漢。こんなんでやって行けんのかよーという不安がそれ。惚気と言われればそれまでだけれど、相手を不幸にはしたくねーからよー」
このままで大丈夫かなかな? 相変わらずの放胆な様子のまま、されどその目は真剣だった。
ふむ、と棄棄は一つ頷く。
「俺は同性愛者じゃないからその辺アレだが、否定はしない派だぜ。だってよ、お互いに好きなんだろ? 天魔と人――種族を超えた愛だってあるんだ。こまけぇこたぁ気にするな、だ。まぁ恋愛ってのは焦り禁物だぜ。ゆっくり二人で一歩ずつ進んでいけばいいんじゃないかしら」
君に幸あれ、サムズアップ。
●ケース24/リンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)
たい焼きを差し入れ、着席してからの沈黙の後。
「棄棄殿にお話すべき事なのかは分からんのだが……俺は、人間の番いの片割れをこの手で殺めた 」
その者に生きろと言われた事。
なのにその願いを果たせているか分からない事。
生きているかと問われても、頷く事も出来ない事。
生きるとは、ただ命あるだけではないと考えるが故に。
「棄棄殿、御主は俺に何か生きる意味を与えてくださるか? 上手くは言えんのだが、詰まる所……俺が戦って、強くなって、戦果を上げた時、褒めて欲しいと言うか……ダチになって欲しいというか……」
吐き出した不安、ちら、と教師を窺い見るリンドの目。その目に映る棄棄は、優しく笑っていた。
「先生思うんだけどさ、色々大変な事もあるけど、それを『大変だ』と思うのはお前がちゃんと生きてる何よりの証拠じゃねーの? ただ命あるだけなら何も感じず何も考えず、ただただ惰性でいる筈だ」
生に悩むのは他ならぬ生の証拠。笑顔の教師は続ける。
「それに俺はもうとっくにお前のダチだよ。これからもよろしくな、リンちゃん」
「うむ……よろしく頼む!」
友情の握手。
●ケース25/指宿 瑠璃(
jb5401)
「……私このままアイドルとしてやっていけるのかなって……」
アイドルが大好きで。
アイドルになりたくて。
その為の依頼に何度も参加して。
アイドル部に入部して。
でも、と瑠璃は俯くのだ。
「先生も見ればわかりますよね? 私がアイドルなんてお笑い草なブスだってこと……実際依頼や部活で一緒になった子を見ると、私が逆立ちしても勝てないほどみんなかわいいんです……」
最初はそんな可愛い子の近くに居るだけで良かった。だが今は、ただ自分が足を引っ張っているだけな気がして。
「先生、私どうすればいいんでしょう……」
「……」
「せ、先生?」
「ん? あー悪ィ悪ィつい見惚れてたわ。お前がすげぇ可愛いからよ」
ニッと笑って棄棄は堂々と言ってのける。
「お前をブスっつった奴がいたら俺に言いな、そいつ指導してやる。だがそれが自己評価なら、改めるんだな。思考に気を付けろ、それは巡り巡って運命になるぞ、って偉い人が言ってたぜ。
もし、お前がそれでも自信持てないってんなら、覆面アイドルとか被り物アイドルとかどうよ。顔だけじゃなくて歌でも踊りでもアピールは出来るし、諦めるのはまだ早いぜ」
応援してるぜ、とサムズアップ。
●ケース26/不破 十六夜(
jb6122)
「この所、不運続きなんだよ……」
煎餅を咥えたまま、十六夜は机に寝そべっていた。
集めた情報から姉らしき人物と会おうとするも依頼中で不在。
帰還後に連絡を頼むと今度は己が依頼中不在等で姉探しが難航。
挙句には、実家で料理の手伝いをしたら鍋一つを駄目にして台所出禁。
「ちょっと、調味料を間違えて鍋一つ溶かしたからってやり過ぎだと思わない?」
「鍋が溶けるって何処の魔界の調味料ですか」
「知らないよ! なんか良いにおいがしたんだもん。でさ、鰯の頭も信心からって言うからね。なにか開運アイテムない?」
「この300万久遠する幸運の壷をだな」
「先生それ詐欺だってお母さんが言ってた」
「ウム冗談だ」
と、唐突に扉がばーんと開く。大きな影。どこぞのテイマーのティアマットがわふわふとハイテンションのままに教室乱入。遠くの方で「おーいそいつを止めてくれ〜」と声が聞こえる。
大型動物。げ、と後ずさる十六夜とティアマットの視線が合う。わふー。次の瞬間ティアマットに物凄い勢いでじゃれつかれ襟首を咥えられ、窓の外へとフライアウェイ。
「不幸だ〜……」
フェードアウト。キランと星になる。
●ケース27/八神 翼(
jb6550)
「先生……私は、学園にいる天魔の方達とどう接したらいいのか、わからないんです」
天魔を斃す為、その力を得る為に学園に来た。
天魔が、憎い。
学園の天魔は仲間だと頭では理解しているつもり。
でも。
度々の夢。天魔に殺された家族が言うのだ。
『近くに仇がいるじゃないか、どうして仇を討ってくれないんだ』
「私は、自分が将来、学園の仲間に危害を加えてしまうのではないか……そう考えると恐ろしいんです。先生、私は一体どうしたらいいんでしょう……」
「俺も、天魔が死ぬほど憎いよ。『俺は教師であいつ等は生徒だから』って自分に言い聞かせてる。でもいつか、踏み外してしまいそうでよ」
怖いよな。棄棄は窓の外に視線を向ける。
「そうだな。天魔の教師と仲良くなってみるのはどうだ? 教師なら、もし翼ちゃんが衝動に囚われても適切に対処する事が出来る実力がある。ちょっとずつ慣れるのが大事だと思うぜ」
「はい……検討してみます」
闇紫の目を伏せて、翼は小さく礼をした。
(こんな考え自体、私がまだ弱い証拠)
もっと強くならねば。一体でも多くの天魔を屠ってやる。
それでも誰かに、胸の内を話したかった。
●ケース28/鈴原 賢司(
jb9180)
「初めまして棄棄先生! あなたに一目惚れした! ……という冗談は置き、まあ冗談でなくともいいが、それはそうと本日は宜しく頼む」
「は〜いヨロシクなのよねん」
挨拶と自己紹介も程々に、賢司は「後の生徒とどうぞ」と手土産の高級金平糖を差し出した。
さてそんな賢司であるが、新入生で依頼も未経験で悩みも無くて。
「依頼での心構えは?」
「自分らしく」
「友人を作るには?」
「先ずは挨拶から」
「綺麗な髪だね」
「お前の髪もね」
「それはどうも」
おべんちゃら。折角なので愉快に楽しく。ハハハと笑って、僅かな間。
「いい空だね先生、僕はこの時間が一等好きだよ」
夕方。赤い。昼と夜の間。血を流す空。
「今日の事を忘れないで」
始めましてだからこそのお願い。賢司は世界を愛している。皆が好きで誰も彼もが愛おしい。
「……でも僕にそんな資格は無い。僕は神様でも何でもない。いつかその矛盾が僕を責めるだろうね」
「来年の事を言うと鬼が笑うんだってよ」
たった一言の回答だった。
それに賢司は、仄かに笑って。
「有難う、あなたは良い先生だ」
必ずまた会おう。
●ケース29/小埜原鈴音(
jb6898)
「葉葉先生、いつもお世話になっております」
深々と一礼の後、やや緊張した面持ちの鈴音は勧められるままに着席して棄棄へ向いた。
「私は学園に来るまでずっと入院してて、人と関わることをしてきませんでした。生きることにも消極的でしたがアウルに覚醒して天魔と戦うようになって、生きることに張りが出てきたというか……」
でも、と鈴音は視線を落としたまま言葉を続けた。
「任務の時は割と平気なのに、日常時に人と上手く会話できないんです。雑談とか絶対出来ないです。友人とか……欲しいのに……すぐに気まずくなっちゃって、わからないんです、全部」
今だって世話になっている棄棄と目を合わせる事も出来ず、ずっと俯いたまま。
「よし、鈴音ちゃん」
優しい物言いの棄棄が、徐にノートと鉛筆を取り出した。
「交換日記。あるいは手紙。これなら咄嗟の会話とか間とかは気にならないし、自分のペースでいけるだろ?」
「でも、相手が……」
「俺でもいいが、実は同じ様な悩みを抱えてる生徒が相談にきててな。まだ他にもいるかもしれないから、その時にちょっと呼ぶよ」
ちょっと待っててね。
●ケース30/島原 左近(
jb6809)
着席した左近は徐に生徒手帳を取り出すと、そこに挟んでいた写真――父親の再婚でできた中学生の義弟が写っている――を深刻な顔で教師に見せる。
「くぅが可愛すぎて困っている」
「くぅ?」
「あ、義弟の愛称。あとこれくぅ特製の蕗の薹味噌。嫌いじゃなけりゃ食ってくれ」
瓶詰め入りの紙袋を棄棄に手渡す。その間も左近の弟語りは続いていた。
「くぅは体の方はあんま丈夫じゃないんだが、学園の撃退士として頑張る姿はそりゃあ健気で……フェイクファーで作った猫耳姿、移動動物園で兎と戯れてた時の笑顔。まるで天使のような、っても過言じゃないな。むしろ天使以上。『怖い夢を見た』って布団に潜り込んできた時はこれがキュン死か! と思ったね! そうそうこれもちょっと見て貰っていいかな」
スッと胸ポケットから取り出す義弟の写真。
「あとこれは先週の……」
スッと上着ポケットから取り出す義弟の写真。
「そうそう、これはとっておきの……」
スッとポケットから取り出す義弟の写真。
以下無限ループ。
「うむ……これからも仲良くな!」
取り敢えず棄棄は親指を立てておいた。仲良き事は良き事かな。
●ケース31/オリガ・メルツァロヴァ(
jb7706)
そっと戸を開けて。椅子に座って。暫し足元を見詰めて。
「悩みとかじゃ、ないの。ただ、聞いてみたいことがあるだけなの」
オリガは金の瞳をじっと棄棄に向けた。
「あなたは、自分の在り方が変わる可能性を有する情報があったとして、知りたいと思う? 知らずに、生きる?」
天魔と人の合いの子。
冗談半分で検査を受けて新たな事実を知った者。そんな話を多く聞く。
決められていた検査実施期間。終わりが来るまで何度も足を向けては立ち止まり、結局己は受けなかった。
「何であろうと、あたしは魔女だから。逃げじゃないの。『そうである』という事実があるのだから、必要でない事をしなかっただけなの」
ただ、それだけ。
なのに。
心の隅から、消えてくれなくて。
「何で在ろうが、人であろうがそうでなかろうが、オリガはオリガだろ?」
オリガの瞳を、棄棄もまたじっと見詰め返す。
「俺だって検査は受けなかった。これは俺の意志だ。環境、状況、人、色んなモノが回りにあるが、自分の中に自分を持て。自分である事に誇りを持て。大丈夫、お前は、世界で唯一無二の、お前なんだ」
もふり。撫でるのは柔らかな茶色の髪。
●ケース32/恙祓 篝(
jb7851)
「先生……。俺、今すっげえ悩んでるんです」
席に着いた篝は己の手を見、語り始める。
はぐれ悪魔の少女より継いだこの力。それを使いこなせるように、誰かを守れるように、彼は久遠ヶ原に来た。
自分の無力を痛感する日々だけれど、依頼以外でも友ができ、おそらくは普通に学園生活を楽しんでいると思う。
だが、しかし。
「なんで俺がツッコミ役になってんだ!!! いや確かに昔っからこんな感じではあったんすけどね!?」
「力が欲しい的な相談がくると思った」
「最近アウル制御よりもそっちの力を得てますけどねってやかましいわこんちくしょう! なんでだ! 先生、俺どうすりゃいいですか!!?」
「いいかい篝くん。ツッコミはね、ボケを理解し、状況が混沌になりすぎて収拾が付かなくなる事を抑えると同時にボケを更に良く昇華せねばならない。ボケを傷つけ抑圧し蔑むのはツッコミじゃない、批判だ。故に上手なツッコミストってのは希少なんだよ。素晴らしい能力なんだ。だからお前はそのまま最強のツッコミ撃退士を目指すといいよ」
「はい! ……いや可笑しくね!?」
もうええわ。どうもありがとうございました。
●ケース33/紀浦 梓遠(
ja8860)
「先生! アウルパワーで僕猫耳が生やせました!」
「俺なんか人耳だぜ!」
「!?」
すげぇ、と梓遠は言いかけたが良く考えたら当然の事だった。
それはさておき煎餅をムシャりながら、梓遠は言葉を零してゆく。
「先生、僕男なんです……男なんですよぉ……」
「可愛いとか男の娘呼ばわりが嫌なら、超男らしく丸坊主にしてみようぜ」
「ちょっ……」
それは流石に。絶望ポーズ。棄棄に肩ポンされたので、「せんせーっ」と抱き付いた。泣き付いた。周りにリア充が増えてホッコリすると同時にモヤモヤする事もションボリ呟く。
「別にリア充爆発しろって訳じゃないんですよ? そりゃちょっと羨ましいなーっていうのはあったりしますけど……何となくこう、恋人同士っていうのを見てると喪失感があるっていうか」
大切な人、居た筈の人。
大事な家族と友達と、……なんだったっけ。
――もうおもいだせない、さくらいろ。
と。不意に棄棄が梓遠を撫でる。
「俺も昔に居なくなっちゃったんだよ、大切な人。喪失感を埋める事ぁ俺にできんが、共感はしてやれる」
「……ありがとうございます」
●ケース34/緋流 美咲(
jb8394)
「あの人のことを思うといてもたってもいられません。いつもあの人のことを考えてしまいます。あの人といると癒されます。お互い触れ合うことも出来ていて……心が満たされて、笑顔で居られます。
あの人が誰かと楽しそうにしている所をみると複雑な気持ちになります。私もあの人と一緒に居たい、嬉しそうな笑顔が見たい……触れたいし、抱きしめたい。私のことを見て欲しい……」
この気持ちはなんなのでしょうか? 溢れる想い。頬を染めて美咲は胸に手を添える。ドキドキと高鳴るそこに。
ほほう。棄棄はニヤッと笑った。
「それは恋だね!」
「恋……これが……」
「うむ、まだ若いんだ。自分の気持ちに正直になれ、突っ走れ! 好きなら好きって伝えるんだ、後悔してからじゃ手遅れなんだぜ?」
「気持ちを、伝える……」
「そうだ。恥ずかしいかもしれないが、気合の入れ時だぜ! 俺は全力で応援してるからな!」
「はい先生! ありがとうございます!」
立ち上がってピシリと礼。
因みに美咲の言う『あの人』とは飼い猫の事だったのだが、それはまた別のお話。そんなオチ。
●ケース35/緋桜 咲希(
jb8685)
「えっと……あの、天魔とかいう以前に、何でみんな危ない所に平気で飛び込めるんですか?」
物凄く物凄く不思議そうに、咲希は教師に問うた。
「みんな、守りたいものがあるからとか色んな事言ってるけど、だって怖いし、危ないし、死んじゃうかもしれないんですよッ! 自分に天魔をやっつける力があるのは分かるし理解してるけど、それと怖いって思うのは別だもん」
気弱で臆病。英雄気質とは寧ろ真逆の、ただの人間、普通の女子中学生。それが咲希という少女。
「戦わないと敵に殺されるからだよ。戦うと『死ぬかもしれない』が、戦わないと『死ぬ』んだぞ。死ぬのは怖いだろ?」
「でも、戦いも、怪我するのも、怖いです……」
「それで良い。恐怖は悪い事じゃない。『他の皆』と同じになる必要は無い。それに戦いが怖いなら、非戦闘系の任務に入る手もあるんだぜ?」
「成程……。それから先生、もうひとつ。戦闘中、気づいたら敵がいつもグロくなってるのは何でなのかな、怖いって思った後の記憶がぼんやりしてて」
「ふむ。生徒にゃ少なくないんだが、ひょっとしたら多重人格かも……まぁ悲観するこたねぇよ、稀に良くある話だ」
自分の気持ちを大事にな、と棄棄は咲希の肩に手を乗せた。
●ケース36/聖蘭寺 壱縷(
jb8938)
「お友達を作るにはどうしたらいいのでしょうか?」
手作りの菓子を差し入れた後。座した壱縷の表情は、ごくごく僅かだが曇っている様に映った。
「友達は一人もいないのかい、壱縷ちゃん?」
「いえ。でも、この学園でも……心からの友人に巡り会いたいのです……。僕に足りないモノは……積極性なのでしょうか?」
「こうして話してくれただけでも十二分さ。そして、俺にはトッテオキの解決方法がある」
入っていいぞ、と棄棄が教室の外へ呼びかけた。すると、何処か気もそぞろな様子でフレイヤと鈴音が入室する。
「ここにいるのは皆、『友達が欲しいんだけどどうしたらいいのか』っていう諸君だ。今すぐ仲良くなれってのは難しいかもしれないが、文通なりちょっと挨拶なりなんなり。これが切欠になれば良いなって」
ハイ握手ー。棄棄が3人に握手させる。
「仲良く……なれるでしょうか……」
そっと壱縷は教師に心配げな目を向けた。だが棄棄は柔く笑い、大丈夫だと頷くのだ。
「お前も、皆も、素敵なイイコさ。教師の俺が保障する」
その言葉に少女はコクリと頷いた。その性根は素直なのである。
それではお菓子と共に、しばしの歓談。
●ケース37/ガラクシアス=アンドロメダ(
jb2946)
「初めましてかもしんねーけどよ、ちょいと相談に乗ってもらうぜ」
相手はベテラン、俺の悩みも解決してくれっかも。ガラクシアスはピンと猫耳を立てて棄棄を見詰めた。
「良い耳だな」
「……その事なんだよ。これ。これの所為で周りにボクが何考えてっかバレバレなんだよ。どうにかなんねぇかな?」
「そんな事なら、ほれ。これあげる」
ぱすっ、と棄棄が自分の被っていた笠を唐突にガラクシアスに被せた。
「これでバレんぞ」
帽子やこういった被りものをすれば取り敢えず耳は周りに見えない。デメリットは少し耳が窮屈かも?
不慣れな被り物に不思議そうにする生徒を、棄棄はニコニコしながら見詰めていた。
「お前さん可愛いから、絶対帽子とか似合うぜ」
「そっ……うかよ。ありがとな」
ガラクシアスは笠の中で耳がピコピコ。それから「これ」と棄棄に菓子折りを手渡した。それから手早くお茶を淹れたりお手伝いも。
「おう、気が利くな」
「話を聞いてもらったんだ、礼を返すってもんがスジだろ?」
「お前の笑顔が何よりの報酬さ」
「ブレねーなあんた」
いっそ苦笑が漏れるレベルである。
●ケース38/Unknown(
jb7615)
ある人間は の想いを回避し棄てて笑って誤魔化し嘘吐いて最初から無かった事にして
それでも共に存在する時間の中で安らげる場所になりたいと が願うのは醜く愚かだろうか
「なーんてなー」
すてきー。アンノウンは尻尾をぴるぴる、ニコニコしながら棄棄を撫でる。
「身長分ける儀式ーすまーいる」
「おうアンちゃんちょっと5mほどくれ」
「せんせそれ我輩消えるのだ」
いつものふざけあい。
己に声や形が在るのも今だけだ。無敵でも腹は減るのと同じ事で、愛も減ると彼は思う。
だから得た分ぐらいは返しておく。貰いっぱなしは癪なのだ。
(いつも殴られ蹴られてばかりではないのだ)
切なさは噛み殺す。あと何回こう出来るだろうか。それまではせめて笑顔で。
もうすぐ黄昏が終わる。
カウンセリングが終わる。
次の生徒が待っている。
そろそろ時間だ、と棄棄は言う。
ので、アンノウンは兎人形で棄棄の唇を奪おうとした。だがそれは、教師のキツネ形になった手が代わりにがぶ。
「こんこん」
がぶがぶ。
●ケース39/剣崎・仁(
jb9224)
「学園に来て日も浅い俺だけど、俺の相談にも乗ってくれるか?」
「勿論なんだぜ。かもん」
そうか、と。仁は表情を出さずぶっきらぼうに、ぽつぽつと語り始める。
「あのさ、俺。その……男社会で育った為か、女に免疫が無い。どうすれば免疫って出来んだ?」
学園は広い。女に会わないなんて無理だし、依頼となれば女子供を助けるのもザラにある。だから何とかしたいのだが、その方法が分からない。
「教師なら女にも接する機会は多いだろ? 何か……女と巧く接する秘訣とか秘策とかあんのか? 教えてくれ」
「そうだな〜、俺は性別で態度を変えたりしないな。変に飾ると剥げた時に大ダメージだぜ? だからありのままのお前で、挨拶から始めてみようぜ。おはよう、こんにちは、こんばんは、さようなら、ありがとう。たった4、5文字だ。それなら出来るだろ?」
「そうだな……考えておく」
相変わらずの様子で応え、「それと」と仁は棄棄に梅の花を手渡した。
「来る途中で何か綺麗だったから……」
溜息の様に言うが、仁なりのお礼のつもりだ。
ありがとよ、と棄棄は微笑み、お返しに残った煎餅を全部仁にプレゼント。
●ケース/end
「俺は全ての生徒を応援しているぜ」
『了』