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おや、【四国劫天】の交戦記録を見に来たのかい? ‥‥多くの命が奪われ、多くの命を奪った。だが、続く命も数多くある。 君たちが望む未来のため、過去をよく見て、よく考えていくんだよ。 ベテラン窓際族 ・ 月摘 紫蝶(jz0043)
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● 『‥‥そうかい。まぁ、それが未来の――若い連中の選択だってンなら、様子をみるしかないねぇ』 「そうだね。きっとオグンも、椿と同じ事を考えたんだろうさ」 日差しが温まる3月下旬、クラブ棟の片隅のとある教室。 久々に教室に差し込むうららかな光に身を委ねながら、紫蝶はモニターに映る椿に笑いかけた。 この場所は『四国天魔関連作戦部』の本拠地――だった部屋だ。 情報管制室として数多のパソコンや通信機で雑然としていた様子から一変、それらは撤去されて残るは紫蝶私物のノートブックのみ。 地図を映写するため昼夜を問わず張られていた暗幕を外すと部屋に陽が零れ落ち、それはまるで、長い夜が暁を迎えたようであった。 そう、長い長い――『焼滅の日』から続く、明けない夜だったのだ。 「‥‥あれからもう一年半にもなるんだね‥‥」 ● 暖かな黄金の光が、広間を照らす。 それは特段珍しい事ではないし、元々ここは日当たりもよかった。 なのに、かつて見なれた光景と全く違うように見えるのは、玉座に座る彼女からまるで覇気が失われてしまったせいだろうか。 「貴女がそんなにしょげてる姿、初めて見たわね」 「――レギュリア」 《 戦場を尽く斬り閃く美しき暁の剣 》。 ドレスの上に甲冑を纏った姿は麗しく、鮮やかな灼眼には鮮烈な朝焼けのような強き意志。 彼女は闇を斬り拓く美しき暁の剣姫。冥魔の存在を許さず、戦場を赤く染める武闘派の気鋭。 名をウリエル。『ツインバベル』のもう一人の長――。 ‥‥そのように天使達が讃えた姿は、見る影もなくなっていた。 痛ましさからか世話係や官吏たちも寄り付かぬがらんどうの謁見の間で、ただ一人、ウリエルは呆然と座していたのだ。 「辛いようだけど、ひとまず仕事を済まさせてもらうわ」 天界上層部の勅令であった高松支配作戦は完全に失敗に終わった事。 その中で、軍師であるエクセリオ、経験豊かな将であったバルシークとゴライアスが殉死。 フロスヒルデの奪還には失敗し、今も人間の手に残った事。 レーヴァティンはオグンが過負荷をかけて用いたために砕けた事。 そして焔劫の騎士団の大黒柱たる『オグンも死んだと思われる』事。 「まぁ、一口に言うなら完敗‥‥かしらね」 「‥‥爺、だけは推測なのか?」 ぽつりと返した言葉が、空虚な広間に響く。 一縷の望みと、その先の絶望を綯い交ぜにしたような、弱々しい声色だった。 「あくまで『死体が見つからなかった』という意味よ。他の騎士達は‥‥その、ちゃんと確認できたんだけど。オグン団長は、レーヴァティンの余波で痕跡も残らなかったのではないか、とか、状況から判断するしかない状態なの」 「そう、か‥‥」 「以上の内容を、私からメタトロン様に報告しておくわ。まぁ‥‥上の興味は、剣と盾の実運用結果だけかもしれないけど」 そうだろうな、とウリエルは内心毒づく。 机上で戦を語る連中は、前線の心中など些かも興味がない。それが、天界の現状なのだ。 「爺の遺志は、重いな。あの夜、軽々に受け取ってしまったが、重くて、潰れてしまいそうだ――」 それきり、ウリエルは顔を伏せてしまった。 レギュリアは何がしかの声をかけようと口を開いたが、その口が激励の言葉より早く紡いだのは、謁見の間に現れた人物の名。 「ミカエル、様」 「こんにちは、レギュリア」 言って、玉座へと向かうミカエル。すれ違いざま『君も辛い立場なのに、すまない』と告げられ、レギュリアは一礼した。 「兄上‥‥?」 「話は聞いてますよ、ウリエル。積もる話はありますが‥‥場所を変えましょう。例え聞く者が誰もいなくても、ここは私達にとって不自由な場所ですから」 * * * 「最期まで立派な人でした」 ミカエルが話始めたのは、オグンの部屋だった。 簡素な家具と、大量の本。そして武器を手入れする道具しかない、質実剛健を表したような部屋だ。 「武闘派、穏健派を問わず、天界にとって大きな損失になるでしょう」 「‥‥‥‥」 ウリエルは何も言わない。 無言で見つめるのは、かつて老爺がバルシークやゴライアスと酒を囲んだ小さな円卓。 でかい図体の男3人が、小さな円卓に身を寄せてよく酒を交わしていたものだった。 円卓の横に設えられた書き物机は、エクセリオのため用意されたもの。 打ち合わせ中にその場で策を書くためのものだが、曰く『年配の将達は待てずに机に酒を広げてしまうので、いっそ酒席の横で作業するほうが効率がよいのです』と軍師は呆れていたものだった。 今にも動き出しそうなくらい浮かぶ在りし日の情景に、涙が溢れる。 その馬鹿馬鹿しくも暖かな面影を、自分は何度笑って見ていただろうか。 「でも、それ以上に、私達にとってかけがえの無い存在でしたね。‥‥おいで、ウリエル」 言って、ミカエルは部屋の一番奥、暖かな陽だまりに照らされた執務机へと、彼女を招いた。 その引き出しに丁寧にしまわれている古ぼけた肖像画を、ミカエルは知っている。 幼い頃に贈った万年筆はとうにインクが固まってしまったのに、何百年が経った今も天鵞絨の巾着に入れて大切にしている事も。 二人で作った手製の勲章を、本物の徽章とともに並べて飾っている事も――。 「っ、‥‥あ、ぁ、」 「ここは謁見の間とは違います、派閥も立場も関係ないから‥‥我慢しなくていい」 「あああぁぁ―――ッ!!」 堰を切ったように崩折れて泣くウリエルを抱きしめ、ミカエルは思う。 生存を揣摩できる材料はほとんどない。だが、疑問が全くないわけでもない。 ゲートでオグンの護衛についたソールは、撃退士がオグンを説得しようとしていたのを見ている。 リネリアは、まさに身を捨てようとする瞬間のエクセリオを助けようとしたのを見ている。 もしも、撃退士がレーヴァティンの焔が立ち上る最中でまでも、オグンに希望を見出そうとしていたなら――。 (しかし縋りついた希望が潰えた時の反動は、今の比ではない。まだ言うべきではないでしょう) 疑問を胸の内にしまい、兄として、そして同じ地を預かる将として語りかける。 「今は恩師の死を、素直に悼みましょう。たくさん泣いて、悲しんで、痛みを胸に残しましょう。そしてその後、オグンの志を継ぐために私達が何をなすべきか、何を考えるべきか、私達ができる最良の手段を共に考えて行く事が、何よりの敬意となります」 例え、撃退士がオグンを討っていようと、いまいと。 ● 『ようやく、司令に花を手向けに行けるかねぇ』 言ってふぅっと吐き出した紫煙がカメラにかかり、画面が薄白く染まる。 1年半の間、四国と九州の司令を兼任していた椿の身が休まる事はなかった。 だが、騎士団を退けた事で区切りとして、四国司令の椅子を暫く開ける事ができるという話だった。 『時間もそうだけど、レーヴァティンをぶっ壊したって事で、一応顔向けもできンだろうさ』 欲を言えば騎士団を壊滅させてやりたかったけど、と笑って。 『しかし、子どもたちの発想には考えさせられるねぇ。私ら古参は殺るか殺られるかってのがどうにも染み付いちまってるが』 一方的に侵略してきた天魔が悪い。それを討って何がおかしい。 あいつらが攻めてこなければ、こちらから返す刃はなかったはずだ。 至極尤もではあるが、それは終わりがない――そして、天魔が数万年もの戦争を続けているように、後戻りのできない道。 『‥‥活かせるかね、アレを』 「一回のアプローチで事態が好転するほど軽い覚悟ではなかった‥‥とはいえ、四国の作戦中に見せた生徒の意思から言えば、猶予を得られた事は大きいと考えていいだろう。行動でこちらの考えを示す事もできるし、ね」 つまり、これからが嘘偽りのできない本当の交渉というわけだ。 『体の方は大丈夫なのかい?』 「もう騎士として再起することはできないが、まぁ生きるだけなら食事を摂れば問題ないさ。‥‥ただ」 いずれ病室から出歩けるくらいに回復したとしても、彼がそう出来る日が来るかどうかは未知数だ。 それは死を偽装して存在を秘匿する方針になったから。だがそれ以上に、撃退士が天界の認識を変えるという可能性をオグンが見出さなければ、認めさせることができなければ、次はオグンの死路を止める事はできない。 ――と、説明しようとして、紫蝶は頭を振った。 椿にとって焔劫の騎士団は亡くなった四国司令の仇敵であり、騎士団長のオグンはその象徴。 生かしておくこと事態、蟠りを抑えての承諾だろうと思うと、捕えた事が無為になるかもしれないと語る事はひどく無粋に思えたのだ。 「‥‥ただ、好きに飲食させると酒ばっかり飲むとかで、それは制限される事になったそうだよ」 そう、昔馴染みに嘯いてみせた。 ● ある日の朝、太珀は校内放送でオグン死去の発表を行った。 表向きは既に治療を受け付ける状態ではなく、回復する体力もなかったことが原因の衰弱死。 オグンが入院していた病室こそ明らかにはならなかったが、それでも届けてほしいと太珀に花を託す生徒が跡を絶たなかった。 それだけ多くの撃退士が、敵将たるオグンに敬意をもち、戦うだけではない未来を模索している――。 (オグンの選択、人間の選択。天は人をどのように見るか、そして人が天使や冥魔とどのように渡り合っていくのか‥‥) 『歴史の観測者』として、人知れず笑みをこぼす太珀。 数多の血で錆びついた檻がこじ開けられる。 そんな予感が、していた。 (執筆:由貴 珪花) オグンの生死についてオグンの死の真実については、依頼「【四国】劫天の先に」に立ち会った者だけが知っています。 戦いのあとに学園に搬送されたこと、その際はまだ生きていたこと、説得の依頼があったことなどは公となっていますが 現在もまだオグンが生かされていることは、一部の教師と説得の場に立ち会った者以外は知り得ない情報となります。 オグンについては、回復しなかったという公式発表がされていますが、 学園内では「密かに生きているらしい」という噂が残っている状態になりますので 依頼参加者以外であっても、その噂を信じているというロールプレイは可能です。 |
『四国劫天』コンテンツ一覧
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高知のゲート戦にて、エクセリオ、ゴライアス、バルシークの3名が死亡。 また、瀕死のオグンを捕虜にしたが、後に学園にて死亡している。 残った騎士達に関しては、今のところ大きな動きは報告されていないぞ。 あちらも損害が大きいぶん、暫く大人しくなるというのが大方の見解だ。 ベテラン窓際族 ・ 月摘 紫蝶(jz0043)
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illustration:萩オス |
騎士団長《閼伽の刃》 オグン《 光 燐 剣 》 アルリエル 従士 イール 《蒼閃霆公》 バルシーク /久生夕貴MS 従士 ソール・ブラーク /九三壱八MS 《紫迅天翔》 リネリア /蒼月柚葉MS 従士 ロベル・リヴル /扇風気 周MS 従士 リュクス /水綺ゆらMS 《龍血公主》 アブサール・イ=ベクトラ /小田由章MS |
《百計千詐》 エクセリオ /剣崎宗二MS 《皓獅子公》 ゴライアス /九三壱八MS 従士 エル・デュ・クラージュ /九三壱八MS 従士 シス=カルセドナ /久生夕貴MS 《 白 焔 》 アセナス /さとう綾子MS 従士 キアーラ /monelMS 《一矢確命》 ハントレイ /螺子巻ゼンマイMS 従士 クラン・ティーヴ /ユウガタノクマMS 《光閃緋弓》 メリーゼル /ちまだりMS |
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レーヴァティンは、オグンが過負荷を掛けて行使したため毀れてしまったよ。 フロスヒルデは今も久遠ヶ原にあるが‥‥ヒュアデスの雫は残り1つだ。 ベテラン窓際族 ・ 月摘 紫蝶(jz0043)
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アルリエル | 天使(大天使) | オグン | 天使(不明) | |
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前田走矢の主であり、ウリエルに従う武闘派。 まだ天使としては年若いがウリエルに妹の様に可愛がられており、その恩義を果たすべく彼女は自ら進んで戦乱の中へと身を投じる。 『冥慟』時の独断行動の上での失態の処罰として、現在は勅命を除きツインバベルで軟禁されている。 風の噂で騎士団の度重なる敗退を耳にし、苛立っている様子。 イラスト:白亜 |
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武闘派の統治者、ウリエル旗下の親衛隊『焔劫の騎士団』団長。 非常に無骨で実直かつ豪胆な性格で知られており、騎士団内外を問わず尊敬・信頼に足る武将と名高い。 オグン自身は武闘派でも穏健派でもなく中立を貫いており、剣を捧げた主に仕える事が唯一無二の信条。 非常に長い年月を生き抜いており、ミカエル・ウリエル兄妹とは幼少からの縁。 イラスト:白亜 |
レギュリア | 天使(天使) | ウリエル | 天使(力天使) | |
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ウリエルの友人。生まれて数十年の若い天使。 『封都』でザインエルの元で働いた後ツインバベルに身を寄せていたが、『四国冥慟』の顛末とツインバベルの様子をメタトロンに報告した折、監査役として正式に任命される。 主にツインバベルを監査し、片手間にアルリエルの監視を行っている。 イラスト:山本七式 |
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真紅の衣に白銀の甲冑を纏う麗傑の女騎士。 実兄・ミカエルと並ぶ『ツインバベル《双剣の天女》』の統治者。 武闘派の新進気鋭で、戦場を尽く斬り閃く美しき暁の剣と渾名される。 性格は信念に愚直で生真面目。人間は劣等種であり、優位種である天使の糧となるべき存在と位置づけている。 イラスト:白亜 |
焔宿・レーヴァティン | アイテム(武器) | 氷宿・フロスヒルデ | アイテム(防具) | |
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愛媛ゲート『ツインバベル《双剣の天女》』の開発局が創りだした、焔の剣。 火精を召喚する事で、射程500m内の指定地点を中心に半径400mほどの焔の檻を展開後、内部を焼き尽くす…と見られている。 発動時、剣に貯えられた膨大な精神エネルギーを開放するため、オリハルコンのみで鍛えた刀身では負荷に耐え切れない。現在は地球で産出されるヒヒイロカネに目をつけ、合金の刀身を作成しようとしている。 イラスト:Bee |
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愛媛ゲート『ツインバベル《双剣の天女》』の開発局が創りだした、氷の盾。 レーヴァティンの火力制御の為に、併せて所持する目的で開発されたと推測される。 火精を相殺する氷精召喚と、盾中心半径1kmに微弱な持続回復を持つ水膜を展開する能力を持つ事が確認されている。 現在は人類が入手しており、学園内で保管中。 イラスト:Bee |
焔の蝶 | サーバント(下級) | ヒュアデスの雫 | アイテム | |
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焔劫の騎士団の索敵用サーバント。 非常にもろく攻撃能力も殆ど持たないが、蝶同士の間で意思伝達能力を持つ。個としての意思はなく、例え援軍要請の伝達であっても主の天使・使徒を介さない限り行動しない。 個体サイズは様々で、5cm〜20cm大のサイズが見られる。 イラスト:鷹林太郎丸 |
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蒼く煌めく、不思議な宝石。氷宿・フロスヒルデの補助装具。 1つの霊石から切り出した姉妹石であり、その加工には100年近い歳月がかかる。 周囲数十km範囲に姉妹石があれば鈴のような共鳴が発生するらしい。 元々は術式展開の補助具であるが、盾の使用者が天界天使ではない場合は不足エネルギーを補って消費されるため、実質ブースターとなっている。 水膜には1つ、火精相殺には2つの石を消費し、現在は残り数は3個。 イラスト:鷹林太郎丸 |
コー・ミーシュラ | 悪魔(無爵位) | コンチネンタル | ヴァニタス | |
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外見は20歳代後半の美青年な悪魔。 性格は残忍なナルシストで強い上昇志向の持ち主。 武門の一族である「ミーシュラ」家に婿入りしたものの、彼の実力は悪魔の中でも「下」。 しかしその分知恵と狡猾さに長けた存在であり、「虎の威を借りる」という術を得意とする。 灰の街にて動向が確認されて以降の音沙汰はないが、現地を嗅ぎまわっていた以上は警戒は必要だろう。 イラスト:― |
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際だって強くもなく特殊能力も持たないが、非力さを自覚して小狡く立ち回るタイプ。 敵味方の能力やコンディションを把握するマメさと眼力によりディアボロを使い分けるので、強くは無いがゆえに油断しない厄介な相手である。 時として人と戦い、時として人間を天使との戦いで利用しようと目論んで居る。 わざとイールの脱走を見逃し、現在は観察中。 イラスト:― |