2月19日の状況
今年に入ってから山梨県では市民や撃退署署員に行方不明者が相次いでいます。
また、夜になると空に拳大の白い光の球が飛び交う怪奇現象が目撃されており「人魂がでた」と市民の間で噂になっています。
さらに先日、人魂を追跡した先の廃ビルにおいて、ヴァニタスの童女と異形のディアボロ、そしてかつて静岡県で暗躍していたヨハナ・ヘルキャットの姿が確認されました。
ヨハナは以前には所持していなかった水晶の長剣を所持していました。
またその際の言動から「人魂」について何らかの関わりがあると推測されています。
全国各地でよく行われている一過性の散発的な襲撃ではないか、という見方も根強いですが、悪魔達が山梨県において、何らかの計画を進めているのではないか、という推測もなされています。
山梨県の撃退署ではこの状況に対し、昼夜を問わず県内パトロールを強化する事を決定しました。
その際に人員不足を補う為に、山梨撃退署は久遠ヶ原学園に協力を要請し、学園はこれを容れました。
山梨県において、学園撃退士を日単位や一週間程度単位で非常勤の撃退署パトロール隊員として雇い、怪奇事件の解決や県内治安維持に務め、県民達の安全の確保及びその不安を和らげようという試みが進められています。
4月30日の状況
山梨県において今年に入ってから頻繁に起こっていた行方不明者や怪奇現象は冥魔の軍団プロホロフカの悪魔達の仕業でした。
彼等はゲートを用いずともディアボロ単体で一般人から魂を効率を損なわず吸い出す新技術を生み出していたのです。
プロホロフカ軍団は新技術で作られたディアボロの実験・性能テストを山梨県で行っていたのでした。
度重なる冥魔軍の襲撃に対しパトロール隊を編成して市の防衛にあたっていた山梨県撃でしたが、ただ防衛しているだけでは埒が明かないと反撃にでる事を決意します。ディアボロ達を迎撃によって殲滅しても、敵は新技術によって魂を回収・出撃分のコストを賄って消費分以上のディアボロを再生産している可能性があり、大元を叩かない限り、永遠に繰り返し襲撃を受け続ける可能性が懸念された為です。
しかし戦いに慣れていない山梨県撃には現状において上手く反撃する為の良案がありませんでした。
そこで山梨県撃本部において久遠ヶ原学園の撃退士達が招聘されて会議が行われ、諸々の防衛・反撃策が策定されました。戦力不足を解消する為に静岡の企業撃退組織と契約を結び連携を取る事になったのもその一つです。
敵の大元を叩く為には、その拠点・根拠地の場所を掴んでいなければなりません。
並びに、学園に大動員令を要請する案が出ましたが、大軍は長時間稼動させるにはコストがかかり過ぎる為、出動させたら短期間で終わらせる必要があります。
しかし、敵が山梨県の広大な山岳地帯の何処に潜んでいるのか解らない状態では、短期間で終わらせる事はできません。大動員令を発令する為にも、敵拠点の位置情報を掴んでいる必要があります。
そこで会議で発案された一つが、透過能力に対策を取りつつ上手く発信機を敵に取り付け、敵拠点の位置を特定するという方法でした。
かくて発信機を用いた作戦が行われ、その結果、敵の拠点が静岡県鳥森山付近にある可能性が高い事が判明します。
しかし、これは渡された発信機のうち二つの反応がその同地点で消滅した、というだけであり、その目で直接捉えた訳ではなく確実な情報ではありません。敵がそう見せかけている罠の可能性もあります。大軍を派遣してからブラフでした、では人類側の被害は目もあてられない事になってしまいます。
よって、情報を確実化する為に偵察隊が派遣されました。
しかしこの偵察隊はポイントに辿り着く前に冥魔の部隊の襲撃を受け、撤退する結果に終わってしまいました。
そこで今回、山梨県撃と静岡DOGと久遠ヶ原学園は共同して一大偵察作戦を実行する事が決定されました。
陽動部隊が敵の迎撃部隊の目をひきつけている間に、偵察隊が密かに発信機反応消失点へと急行し、そこに敵拠点があるかどうかを偵察するのです。
現在の状況規模で、大動員令を発令する為には敵拠点の確実な位置を掴んでいなければなりません。
冥魔が大挙して出撃し都市部に押し寄せるなどすれば発令が許可される可能性は高まりますが、冥魔達もそれは解っているのか、未だ襲撃規模を小さく抑え実験の継続を優先させている為です。
しかし実験の成熟を見れば、彼等は大挙して動き出す可能性があります。
いずれ互いに大軍を以って相対する事になった際、撃退士側が先手を取って冥魔のゲートに攻め込むのか、冥魔の側が先手を取って人類側の都市部へと大挙して攻め込むのか、そのいずれになるかで、山梨八十五万の人々の運命はその時点で既に大きく左右される事になりえます。
そして今回の偵察作戦の成否が、おそらくどちらが先手を取るかを決定づけるものとなるでしょう。大きな分水嶺です。
未来を決定づける重要な一戦となります。作戦を成功させ、敵拠点の確実な位置を判明させましょう。
武運を祈ります。
5月19日の状況
偵察作戦は成功し、人類側はプロホロフカ軍団の拠点の位置情報を掴む事に成功しました。
この結果を受けて、久遠ヶ原学園は大動員令を発令、静岡県鳥森山にあった冥魔軍団の拠点を叩く為に出撃します。
対するプロホロフカ軍団は人類側の攻勢に対し、隠密行動を放棄、秘匿していた大兵力を解き放ち迎撃に出てきました。
現在、両軍は静岡県と山梨県の境で会敵しています。
プロホロフカ軍団を破り、そのゲートを破壊し、山梨県及び周辺県を同軍団の脅威から解き放てるか。
人類側が敗北し、プロホロフカの大軍団に山梨県が呑まれて灰燼に帰すか。
山梨県八十五万の県民、及び周辺県の県民達の未来を賭けた一戦となります。
武運を祈ります。
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2月19日更新分
吐く息さえも純白に、凍てつく北の冷厳なる大地。
厳かなる蒼い湖面が風に漣立って揺れている。
――洞爺湖。
その湖に浮かぶ島には、世界でも最大の規模を誇る超巨大ゲートがあった。
ゲートの主の名はルシフェル、黄金の翼を持つ大悪魔、魔界の宰相、冥魔連合地球方面派遣軍の総大将である。
「なぁカーベイ=アジン、御前さん、面白いディアボロを開発したんだってな?」
玉座に片胡坐をかいた着流し姿の金髪碧眼の美丈夫――ルシフェルが座っている。
その前に立っているのは血染めの白衣に身を包んだ痩躯の男、カーベイ=アジン・プロホロフカだった。
赤黒い光に満ちたホールには無数の影が蠢いていた。
いずれも並々ならぬ大悪魔達。
洞爺湖ゲートの最奥部、冥魔の総大将の本拠地、すなわち魔の深部。
纏わりつく空気はまさに氷の刃。
しかし、
「いぇえええええええすでぇええええすねぇ〜! わぁれわれぇがぁ開発したぁ『吸魂刃』にご興味惹かれましたかぁ閣下〜?」
奇人変人の類は空気を読まない輩が多い。
ドクター・カーベイ=アジンもまた紛れも無くそれであった。
彼は今日もいつも通りの態度で通常営業だった。
ルシフェルは苦笑を洩らしつつ言う。
「おうよドクター、お前さんの言う通りだ。俺達は魂の搾取をゲートに頼っている。小技はあるが、あくまでもメインはそれだ。だからこそ、冥魔軍の行動戦略もゲート展開を根底に考えての動きになっている。しかし、お前さんが開発したそれは、あるいは、ゲート展開を不要の物とするかもしれない。その意味が解るか?」
直接魂を吸収する技はある。だが、それは普通、デビル達にしか使用は不能な物だった。おまけに効率も悪い。
だが大量生産できるディアボロ達がその技を使えるようになったというのなら、話は変わってくる。
「無論、無論、無論んんんんんんっ! 承ぉ〜知ぃ〜しておりますぁあああああすともぉおおお閣下ぁああああ!!」
鋭利なイェローサングラスをかけ血染めの白衣を纏った男は裾を翻すと大仰な身振り手振りを交えつつ叫んだ。
「今までぇ、ディアボロに吸魂能力を付与できなかったのはぁ、その機能を与え維持するに力の消費がかかり過ぎた為でぇーす! また、奪った魂をディアボロに吸収させてしまっても意味がなぁあああああい! ローコスツ! かぁああああつ、ディアボロに奪った魂を吸収させず、こちらにそっくりそのまま保存して運ばせるぅ! こぉおおんのぉおおお能力を! 持たせることがぁああああ! 成功の秘訣ぬぁあああんでぇすねぇええええ〜! こぉれを可能にしたのがぁ、我がプロホロフカが誇る魔道生命科学研究の最新技術であるサックえーんどヴァイシーズと呼ばれる手法でぇ――」
「こまけぇこたぁどうでも良い」
ルシフェルは面倒臭そうに手を振って博士の話を遮った。
カーベイ=アジンは露骨に残念そうな顔をした。
「どういう技術を使ってるんだとか、こまぁけこたぁ俺には良いんだ。その辺りは後でこいつにでも話しておけ」
とルシフェルは隣に立つ女副官を指す。
「え"、わ、わたしですかっ!?」
ゴシックドレスの美女はあからさまに迷惑そうな表情を浮かべた。冥界からルシフェルにつけられた目付け、副官のレヴィアタンである。
博士は満面の笑みを浮かべた。
美女はますます嫌そうな顔をした。
「――要するに、従来よりも遥かにローコストで生産できて、かつ魂の回収もロスなく行えると、そう理解して良いんだな?」
とルシフェル。
「まぁ〜、それは比較的であって普通のディアボロよりは当然割高ですし、ロスも零とは言えませんがぁああ、十分実用できる範囲ではぁああああります」
「ほぉ」
ルシフェルは口端を吊り上げ笑みを浮かべる。
「それじゃあこうしよう。ここしばらく……そうさな、半年の魂の上納ノルマを緩和してやる。その変わりにお前はその吸魂刃とやらを使って可能な限りの最善の結果を出せ。その効率が、ゲートを展開する従来の方式よりも効率が良いと判断出来たら、お前をこの冥魔連合の技術長官の地位につけてやる。そうすれば、お前の技術で、この世界は再び新たな動きを見せ始める。どうだ?」
ゲートを使っての吸収は超広範囲だが、時間はかかる。
故に天使と悪魔が全力を出し合って激突すれば、互いに魂や精神を回収する前にこの地を短期間で焦土と化してしまうだろう。そうなってしまうと、精神も魂も十分な量が手に入らない。
それはまったく折角の資源を無駄にする行為である。
だから、主戦場では激しく戦いを繰り広げていても、資源の狩場たるこの地球においては、天使と悪魔は全面戦争にならぬようにお互いに出す力を制限し、睨み合いにも似た状況下で陣取り合戦――資源の取り合い――をやっているのだ。
だが、直接斬り殺して魂を回収できるのならば、時間はそう必要なくなる。
時間がかからなくなるのならば、例えこの地球を焦土と化すような全力の戦を行っても、冥魔側だけは魂をきっちり回収できるのではないか? 全面戦争を行うに、すべての問題が無くなる訳ではないが、少なくとも軽減はされる。
「動きたくても動けない」という状態と「動こうと思えば動ける」という状態では天地の差だ。そしてあるいは、動けないのだと思っている相手に対してその思い込みを隙として突き蹂躙してやるのも悪くは無い。多少の損が出るのだとしても、敵にそれ以上の被害を与えられるならやる価値はある。吠え面かかすのが面白いのならばなおの事。
「エェェェェェェェェェエエエエクセレェェェェェェェエエエエエエンッ!!!!」
ドクターは身を震わせて吼えた。
カーベイ=アジンは研究さえ出来ればそれで良い悪魔である。
悪魔博士はこう思うのだ。
冥魔連合軍の技術長官、それになったら口に糊する為にやっているあれこれの不本意な仕事を放り投げて、大手を振って研究だけに没頭できるではないか!
「いいですね〜、いいですね〜、いいですよぉ〜、さぁすがはぁルシフェル閣下ッ! どぉかぁ〜ご期待してお待ちください。必ずやわたくしカーベイ=アジンの技術が、この天魔の睨み合いに硬直した世界に旋風を巻き起こすと、示してみっせまっしょうううううううう!!」
かくて、悪魔博士の軍団が再び暗躍を開始する事になる。
欲望という名の火を、その瞳に宿して。
●
日本国、山梨県。
戦国時代に「甲斐の虎」と恐れられた武田信玄公が本拠とした地域として名高い。西を長野県、北を埼玉県、東を東京都及び神奈川県、そして南を静岡県と接している。
峻険な山岳地帯を広く有する県であり、県庁所在地である甲府市とその一帯である都市部は四方を山岳に囲まれ、その中に浮かんでいる、とも見える。
県南部には富士山があり、故サリエル・レシュ率いる天界軍のサーバント達からの被害をしばしば受けてはいたが、彼女等が攻勢をかけていたのは他にもガブリエルゲートが存在していた静岡県であり、山梨県においての天魔被害は比較的少なかった。
日常において久遠ヶ原にまで依頼が出されるような事はあまりなかった。(実際、山梨県で起きた天魔事件に関する報告書は久遠ヶ原学園には数少ない。ここ数年ではほぼ零である)
これは現地の撃退勢力が強大であった、というよりは、付近に天界の巨大ゲートがあったが為に冥魔軍は手を出しづらく、そして天界側は南の静岡県を狙っていた為、天魔双方から狙われなかった、という事が大きい。
現地の撃退士達だけで処理しきれる規模でしか事件は起こっていなかったのである。
その現地撃退戦力だが、企業などの民間撃退組織の力は強くなく、もっぱら県内に三つある撃退署の撃退戦力に防衛力を頼っていた。
その数、2015年初頭時点で、北社市撃退署100名、富士吉田市撃退署200名、富士吉田市撃退署400名、計、700名である。うち半数は事務や分析など後方支援担当の一般人であったから、実質的な撃退戦力は県全体で350名と決して多いといえる数ではなかった。(天魔との攻防が激しかった静岡県などは民間と撃退署を併せれば最盛期には撃退士数1500名以上を数えた)
山梨県はこれまで比較的平穏無事に過ごせていた県であり、故に、撃退士戦力の増加があまり図られなかった県でもあった。
さて、その比較的平穏な山梨県だったがこのところ市民や撃退署員の失踪が相次いでいた。
人の手による事件の形跡は無く、神隠しの如く突如として消えるのである。
おまけに夜になると都市部において、拳大の白い光の塊が空を飛び交う、という怪奇現象が頻発している。
一体何事が起きているのかといえば――
「にゃあ、ついに忌々しき久遠ヶ原学園の学生達と遭遇してしまったのぅ」
冥魔の一勢力、プロホロフカ軍団に所属する四獄鬼ヨハナ・ヘルキャットが残念そうに言った。髑髏マークの帽子がトレードマークの桃色ナース服に身を包んだブロンド少女である。
冥く沈んだ緋色の闇、生物の臓器を思わせる赤黒床と壁には所々が瘤のように膨らんでおり、血管の如き管が張り巡らされ脈動している。部屋の中央には紫色に輝く結晶多面体が浮かび、ヨハナが持つ水晶剣から放出される白光球を次々に呑み込んでいっていた。
「ま、バレるのは織り込み済みです。こんなもんでしょう」
ゲートコアへと魂を収納しゆく作業を見つめながら、牙を剥いて笑ったのは軍帽を被った狼頭の獣人だった。同じく四獄鬼の一鬼レイガー・ウルヴァリンである。
先年、彼等プロホロフカ軍団は静岡県における天と人の争いの側面を突き、大いに漁夫の利を漁ったものだったが、富士火口ゲートが陥落し、静岡天界軍が敗れ去ると、百戦練磨の静岡企業連合撃退組織(DOG)と一対一で戦うのを嫌って、比較的防衛力の弱い山梨県へと標的を移していたのである。
ルシフェルから技術実験指令を受けた軍団首魁カーベイ=アジンは、先の大戦で獲得した大量の魂を用いて次々に新型のディアボロを開発していたが、その実地テストを行う場所として山梨県が選ばれた、という事も意味していた。良い迷惑である。
県民達の多くはこの時まだ己達がこの邪悪にして悪辣な悪魔達から実験対象に選ばれていたとは知っていなかった。僅かながらにその事実の断片を掴んだ県民もいたが、その多くは既にディアボロに喰われて肉体を地上から消滅させていた。
そして今、抜き取られた魂をゲートコアに喰われている。
白い魂の球が、紫色に不気味に輝くコアへと吸い寄せられ、呑み込まれてゆく。
「……不思議な光景ね」
先日、人の身を捨てヴァニタスとなり、プロホロフカ軍団のもとへと派遣された十歳の童女鹿砦夏樹は、人の魂が呑み込まれてゆく様に、少し心が疼くのを感じながら呟いた。
「うむ、奇麗じゃろ♪」
生粋の悪魔たるデビルナースは実に楽しそうに笑った。
「『解放者(リベレイター)』に人の魂を空へと解放させ『魂齎剣(ソウルブリンガー)』で魂を引き寄せその剣身に集積し、剣ごと一気に運んでコアに納める。実に効率的、さすが我がマスターが開発した新システム、多少欠点はあれど完璧じゃっ」
と己の主君を賞賛する。
「欠点あるなら完璧じゃないんじゃないですかねぇ」
人狼がぼやいた。
「ま、人魂は一ヶ月もコア内で寝かせておけば食べ頃になるでしょう。五割は研究資材用に軍団に上納しなけりゃなりやせんが、残りは俺達で美味しく喰っちまって構わねぇって話です。自前でゲート開くよりは小規模ですが、その分、初期投資もリスクも低いし、リターンも回収しやすい。やりやすくはありますな」
ゲートを開くのはどうもフットワークが重くなりますからなぁ、とレイガー。
「……これを食べれば強くなれるのね?」
黒髪童女は水晶体の中にぼんやりと輝く魂達を見つめて問いかける。
「うむ。栄養満点じゃぞー」
ヒヒヒ、と笑って金髪女男爵。
「その水晶剣、あっしが使うより、ヘルキャットが使う方が収集範囲が広いようですな」
「うむ。じゃが妾が持つとなぁ、力が半端なく吸い取られる感じがするのぅ。これ持っとるといつもの半分程度しかパワーが出せん」
「ほ? あっしの時はそこまでは制限かからなかった感触でしたが……相性とか個人差あるんですかねぇ」
「範囲を広く展開できるデビルほど、能力吸われるのかもしれんの。いずれにせよ、この剣のテストをしておる時に撃退士達に遭遇したら逃げの一手じゃな。あやつら怖いからのぅ、弱体化中に遭ったら殺されてしまうわい。『魂葬剣』機能のテストもしろとマスターは言うておったが、折角集めた魂を消費するのも勿体無いしの、目晦まし機能だけ使って交戦は避けるが吉ぢゃ」
「えぇ? いっやぁ〜、むしろ燃える状況じゃねぇですかねぇ? ギリギリの勝負が出来ますぜぇ」
「冗談ぬかせ戦闘狂。ぬしゃあ勝つか負けるか解らん勝負が好きなのかもしれんがの。妾は戦うのが好きなのじゃないのじゃ。勝・つ・の・が・好きなのじゃ! そんなリスクを背負った戦いなんぞやりたくないのじゃ!」
「は、ヘルキャットらしいですナァ」
「ねぇねぇヨハナ様」
ふと思いついたように童女が小首を傾げて言う。
「そのソウルブリンガーっていう……えぇと、魂収集容器にして、貯蔵容器にして、剣の形をした成長型兵器、だっけ? やたら多機能な魔剣、使う必要、あるのかしら? それメリットもあるけどデメリットも多くて危険よね。吸魂刃とかの『吸者(サッカー)』系だけじゃ駄目なのかしら? 元々そっちで売り込んでたんでしょ?」
「スプーンがあるからフォークはいらん、って訳ではなかろ。どっちのディアボロシステムも一長一短あるからの。サッカー系はそのディアボロがコアまで魂持ち帰る前にやれてしまうと折角集めた魂がパァじゃからな。静岡の時にはそれで結構勿体無い事になってしもうたし、今度の『解放者&魂齎剣』システムなら、剣持ちが上手くやりさえすれば取りっぱぐれはないからのぅ」
「でも剣が奪われると一発で全滅じゃない? リスクが分散できないわ」
「うむ、オールオアナッシング。どっちも一長一短じゃな。じゃからこそ、どっちも併せてテストして、場面場面でどっちも組み合わせて使ってゆく、と、そういう訳なんじゃ」
「…………なるほど、良く解ったわ」
「理解の早い子は嫌いじゃないのじゃ」
うむうむと頷いて金髪ナース。
「まぁどっちを使うにしてもいずれにせよ二人とも、あまりやりすぎはせんようにな。今の段階では妾達の目的はあくまでテストが第一じゃ。派手にやり過ぎてまたニンゲン達に大動員令とか出されたら面倒じゃからな。あまり連中を刺激し過ぎないラインでちょこちょこっと散発的に狩ってゆくのが吉じゃ」
「へいへい、解ってますって」
人狼は赤い闇に笑う。
「――ま、軍団外から援護員を寄越してくれるって話もありやすし、楽しくなると良いですナァ」
そんな悪魔達の愉悦は、人の屍骸の上で催されるものだった。
二〇一五年二月、山梨県において、地獄となりえるかもしれぬ時代が、ゆっくりと幕を開けようとしていた。
(執筆:望月誠司)
4月30日更新分
激動の季節だった。
命は燃えて光と化して流れてゆく。
長い間、比較的に平穏にあった山梨県において、ニ○一五年というのは激動の年だった。
冥魔達の企みは山梨の人々の生活に大きな変化を齎していた。
度重なる襲撃に対し、県内において人口密度が低い地域の住民達は都市部への避難を余儀なくされ、都市部においては監視カメラが大幅に増設され、また静岡県の企業連合撃退組織や久遠ヶ原学園等からの応援も加えて撃退士の駐在所が大幅に増設されていた。
さながら都市圏が城砦の如くに防御が固められている。
その体制によって著しい防衛力の強化が齎されたが、経済性という点から見れば好ましくないものであり、長期戦となれば山梨県の疲弊が激しいものになるのは必定だった。
山岳地帯より湧き出るように散発的に都市部へと襲撃を繰り返していた冥魔の軍団プロホロフカは、人類側が防御を固めた事により襲撃に失敗が目立つようになっていた。都市に接近する前に監視網によって発見され、駆けつけた撃退士達により迎撃されるからである。
これは人類側の防衛力が向上した事に加えて、冥魔側の一隊における戦力数が少なかったから、というのも理由の一つだった。大軍で押し潰せば発見されても小勢の迎撃など意味を成さない。
であるのに、何故、軍団は少数に拘っていたのかというと、首魁カーベイ=アジンの方針『ディアボロの性能テストを第一とする』という事に起因していた。
カーベイらはあくまで長期間の実験継続を目指しており、大規模な襲撃行動を起して人類側を刺激し、大動員令が発動される事を避けようとしていたのだ。
カーベイにとって襲撃作戦の成否は二の次だった。
彼の感覚でいえば、襲撃自体は成功すればそれに越した事はないが、失敗しても問題はなかったのである。ディアボロの性能データが取れればそれで良い。新型のディアボロ達がどの程度まで動く事ができるのか、それを観測する事に重きを置いていたのである。
冥魔側がそういった構えである間に、人類側は山岳に隠されている冥魔側の拠点を探り出し、反撃を試みようとしていた。
中でも発信機を様々な手段で敵に取りつけ、それを以って拠点を探り当てんとする動きがあった。
一つに、ヴァニタス・鹿砦夏樹に彼女の姉が死亡する事なり彼女自身もヴァニタスと化す事になったシャリオンへの殺人依頼事件のその詳細、それを記した書類に発信機を仕込んだクリップを括りつけて渡したというもの。
これは鹿砦夏樹の興味を惹き、受け取らせる事に成功した。
発信機の反応は、静岡市市街より北に少々分け入った山岳地帯で起こった交戦地点よりも大きく西側へと移動し、そしてそこで消えた。
二つにバロン・レイガー、戦いを求める彼へとこれで連絡をすれば何時でも自由に戦いが出来るとして追跡機能付きの携帯電話を渡した。
レイガー・ウルヴァリンは追跡機能の可能性に気付いていたが、戦闘狂な彼は敢えてそれを受け取った。
その反応は静岡県北部の山岳地帯まで移動し、そして消えた。
三つに、プライベート・セーレが放ったディアボロへと発信機取り付ける事を試み、これを成功させた。
発信機のチップを生肉で包み込みこれを狼型のディアボロに呑み込ませたのだった。
その反応は静岡県北部の山岳地帯まで移動し、そして消えた。
一つ目の反応と二つ目の反応が消えた場所はそれぞれ別の地点であったが、二つ目と三つ目が消えた場所は同じ地点だった。
それは、静岡県静岡市の北方の山岳地帯、聖岳の東にある『鳥森山』だった。
この結果――冥魔側は複数の拠点を持っている可能性も示唆されていたが――そこに少なくとも一つの拠点があるのではないかという期待がかけられた。
そして、山梨県撃、静岡企業連合DOG、久遠ヶ原学園の三組織共同による大規模な調査隊の派遣が、山梨県撃本部長・田岳信勝の総指揮のもと、決定されたのだった。
先に、DOGの山岳調査隊が冥魔からの迎撃を二度程受けていた事から、この偵察行動も激しい妨害を受けるであろう事が予想された。
そこで人類側連合は偵察隊の役割を大きく二つに分け、一方を冥魔軍の妨害部隊をひきつける陽動部隊、一方をその間に隠密に反応消失点を探る偵察部隊とした。
陽動部隊が敵の注意を惹いている間に、偵察隊が敵の防衛網を密かに突破して目標ポイントに踏み込む、という作戦である。
かくて、山梨県の命運を大きく左右する、強行偵察作戦が開始されたのだった。
(執筆:望月誠司)
5月19日更新分
静岡県、鳥森山。
冥魔の迎撃隊が陽動隊と激突し激しい戦闘が巻き起こっている最中。
とある古参の『潜入者(インフィルトレイター)』が冥魔の迎撃網をすり抜けて、山の中心へと向けて音も無く駆けていた。
陽動隊の奮戦の上に絞り出された時間だ。
彼等の働きを無駄にしない為にも、静岡と山梨の人類の皆の為にも、断じてこの偵察を失敗する訳にはいかない。
陰に生き表舞台では名を語られる事のなかった男は、使命感を胸に緑深い山中を急ぐ。
陽動隊は上手くやっているらしく、敵の注意はそちらに惹きつけられていた。
それは簡単な事ではなかったが、しかし経験豊富な撃退士であった男は技能を駆使し、冥魔達に発見される事なく、山の中心部付近にまで入り込む事に成功していた。
やがて彼は、山林の中にひっそりと建つ、古びた洋館を発見した。
『そこは、とある資産家の私有地だ』
無線からオペレーターの声が聞こえた。
なんでもおよそ二十年前に金融業で財を成した華塀庵治男という名の資産家が別荘として建てたものらしい。
藪の中から様子を窺うに人の気配はなかった。古びた外見を持つ洋館だったが、手入れはされているらしく、朽ちてはいない。
疑念を抱いた男は、身を隠しつつ館の裏へと周り、窓ガラスを音も無く手早く切り抜いて侵入する。
その瞬間、後方の司令部のモニタより男の位置情報を示す光点が消滅した――
●
「フゥム、ニンゲェンというのはぁ、なっかなか能動的でぇええええすねぇええええええ」
館の奥底、地下室、空間を割り異次元への巨大な虚ろが覗くその場所で、イェローサングラスをかけ、血染めの白衣に身を包んだ男が呟き、出刃包丁の如き大きさのメスを一振りした。
赤く濡れた大刃から鮮血が飛び、床を点々と濡らす。
その傍らには光信機を手に、全身を斬り刻まれ、血溜まりの中で絶命している潜入者の男の姿があった。
カーベイ=アジンは思う、どうにも自分達の警備というのには大きな穴があるのではないだろうか、と。
前にもセーレにゲート内まで潜入されたし、こうして今日は人間にまで――この男はもしかしたら人間の中では優秀な男だったのかもしれないが――入り口に来られてしまった。
抹殺には成功したが、しかし。
「もう少しぃ、こっまかい所のテェストをぉ続けたかったでーすがぁ〜、そっろそろ限界でぇすかねぇええええええ?」
ふぅむ、とマッドドクターは顎に手をやり唸ると傍らへと視線をやる。
そこには戦闘直後に慌てて戻ってきたのか、帽子も無くしあちこちボロボロに煤けた様子のデビルナースが立っていた。陽動の一部隊を敗走させ急遽取って返してきたヨハナ・ヘルキャットである。
「バレタ、と思ったほうが良いの」
「でぇぇぇえええええすよねー!」
「すまんの、マスター」
はぁ、と肩を落とし項垂れてヨハナ。
「なぁに八割達成できればぁ上出来上出来ぃぃぃぃ。中てぇええいどのの勝利でぇええええ満足するものぉおは、 常に勝者であり続けるでっしょう、構いはしません。ここらぁが切り上げ時でぇぇぇすねぇ。さぁぁぁぁああいごにぃぃぃぃ、会戦における性能テストをおっこなってぇおっさらばぁしまぁしょぉおおおお!」
少数戦と大集団戦では勝手が違う。
この星を根こそぎ焦土と化すような戦いにおいては、天界軍との間の超大規模戦闘は避けられない事だろうから、大規模戦闘でのデータは必要なものだった。
「攻め寄せてきた敵を〜、隠していた戦力を出して返り討ちにしぃ〜、返す刀でぇええ山梨ぃの中心をぉ喰らぁい尽くしてぇ数十万の魂ぃをぉ超たぁ〜いりょうげぇええええとっ! ぼろ儲けした後にぃ、第二陣が来る前に、ゲートを通じて魔界へすみやかに離脱! 収集したテェストデェイタァを元に仕上げはあっちらで行うっと! ウーーーーヒャヒャヒャヒャヒャ! かぁあああああ〜んぺっきな計画でぇえええす! すべてはぁ私の掌のうぇえ! ジャスト・ソー!!」
「ず、随分アクロバティックな気もするのじゃが、そー上手くいくじゃろか……連中、どんどん強くなってきてるのじゃよ? マスター」
「どんとうわーりぃー! しぃ〜んぱぁいごむよー! なぁせばぁなぁるー! わぁたしも直接でぇますからねぇ、軍団と私の力があ〜わさればぁ百万ぱうわー! さらに魂齎剣の力もモードを切り替えて回収モードから戦闘モードに切り替えれば殺意リンリン! いっくら撃退士ぃが集まろうとも敵ではなぁああああああい!」
「お、おおっ! そ、そうじゃった、魂齎剣があったのぅ。マスター子爵じゃしな。うむ。ついつい弱気になってしもうた。撃退士どもなど妾達の敵ではないの!」
けたたましい狂人的笑声をあげてカーベイ=アジンは助手と笑い合うと彼女を引き連れ、血塗れの骸を後にして、地上へと向かうのだった。
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陽動偵察作戦の成功により人類側は、冥魔のゲートの位置情報を掴む事に成功した。
最後に送られてきた情報には、首魁カーベイ=アジンの存在を知らせるものがあった為、そのゲートはプロホロフカ軍団の本拠地である可能性が高かった。
山梨県撃からその報告を受けた久遠ヶ原学園は大動員令を発令、ディメンションサークルを開き大勢の撃退士達が甲府市へと集結した。
また『恒久の聖女』の活動など近頃の情勢は不穏な為、学園は戦力の長期間拘束を嫌い、短期間で一気にけりをつける為に神器・アドヴェンティの使用を許可していた。
先の四国の戦いでも活用されたように、再び連発使用が可能になった神器は運用法によっては非常に高い火力を継続して発揮しうる戦略兵器と呼んで良い代物である。
かつて、人類の希望とも呼ばれたそれは強大な力を秘めていたが、だが逆に、これが奪われてしまえば、希望は潰えるだけでなく、敵側の凶器として、絶望の牙となって襲いかかってくる可能性もまた多大だった。
神器は、あらゆる意味で諸刃の力である。
神器を戦場へと投入するのは、多大なメリットをもたらすと共におそろしいまでのリスクを孕む。負けたら神器がどう使われるかなど想像もしたくない。
だが、子爵位であるカーベイ=アジンとそれが率いる軍団を短期間にこの一戦で打ち破るには、この力は使わざるをえないと判断された。
出撃の際、
「皆さん、どうか勝利を。悪魔達の実験場にされているこの地に平穏を取り戻し、二度といたずらに手出しをされぬように我々の武威を示し、そして、私達も無事に帰りましょう」
久遠ヶ原学園の生徒会長・神楽坂茜は全軍にそのように宣言した。
山梨八十五万人、及び周辺県の人々を冥魔の軍団の脅威より解き放ちその安らかな生活を取り戻す為に――あるいは個々人は個々人の別の思惑を胸に秘めて――山梨県撃退暑の撃退士、静岡県企業連合組織の撃退士、そして久遠ヶ原学園の撃退士達からなる共同軍は静岡県にある鳥森山を目指して出撃してゆく。
この動きに対し、プロホロフカ軍団は迎え撃つべくこれまでにない大戦力を出撃させる。
年始から続いた山梨県の争乱に終止符が打たれるのか。
撃退士達が勝利し、冥魔の脅威がこの地から払われるのか、それとも、敗北し山梨一県、炎と殺戮の中に沈むのか。
その運命を賭け、冥魔軍と人類側部隊は静岡と山梨の県境付近の山岳地帯で相見え、今まさに激突せんとしていたのだった――
(執筆:望月誠司)
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