工場区画は思っていたよりも手狭で、向坂 玲治(
ja6214)は速度が命になりそうだ、と感じていた。
「迅速に相手の間合いへと入り込み、即座に決着をつけないとな。罠がないとも限らない」
双眼鏡で覗いたゲート付近には小鬼が二体、棍棒を手に歩き回っている。
どれほど強力な敵とは言え、奇襲にはそれなりに遅れが生ずるもの。やはり、狙うのならば総攻撃、あるいは相手の裏を掻くものだろう。
「どちらでもいい。ようやく、追い詰めたのだからな」
そう冷たく言い放った咲村 氷雅(
jb0731)の目には、既に迷いはないようであった。
武器商人シャフト。その天魔への確実なとどめが彼の脳裏で描かれている。
「しかし、前回のディアマンが思ったよりも軽く吐いたところを見ると、案外、シャフトも強くはないのかもしれないな。傭兵の悪魔に軽んじられる、となると」
「どうだろうな。シャフトそのものの思想、手腕は一切謎。デッド・ローは恐ろしく弱かった記憶があるが、本体は一度として、俺たちの前に出てこない。狡猾な悪魔だ。自分から打って出ることはしない、か」
そう考えると、その強さにも不明な点が多い。
あまり軽く考えるのは危険か。
「だがいずれにせよ、俺は全力で潰す。シャフトにここまで肉迫できた。俺ならばもう次はない。ここでの決着を望んでいる」
「ボク、役に立てますかね……?」
バスに揺られつつ、アルティミシア(
jc1611)がぼやく。その声を聞き届けたのはファーフナー(
jb7826)であった。
「役に立つ、と?」
その強面にアルティミシアは覚えずと言った様子でうろたえる。
「あっ、いえ、その……。今の今までシャフト関係では後方支援に徹していまして、今回、前に出るのは初めてなので、ちょっとその……怖いって言うか」
おずおずと言葉にしたアルティミシアにファーフナーは軽く息をついた。
「それくらいでちょうどいい。後方支援に徹していた、ということは慎重、と言い換えられる。慎重な人間がいきなり前に出るのはいつだって恐怖が先に立つというものだ。逆に、何の考えもなしに前に出る、という奴を俺は信用しない。怖くとも前に出る、その時点で、既にある種の役に立っているのではないか」
ファーフナーの論調にアルティミシアは赤髪を掻いた。
「どうなんでしょう……。ボク、今まで役に立てていたかどうかも分からないんで、中距離支援が怖いってだけかもしれません」
「恐怖はその人間の慎重さを引き出す。恐怖のない人間は麻痺しているだけだ。その麻痺を、俺は勇気とは呼ばん。迂闊、と呼ぶ」
一貫して断ずる口調のファーフナーにアルティミシアは感心していた。
「場数踏んでいるんですねぇ……」
「これしき、場数にも入らん。要は考え方だ。後方支援、俺は軽んずることはしない。それも一つの戦場での方法論だからな」
アルティミシアは嘆息をついた。
「傭兵に捨てられた、と思うべきなのだろうかな」
エルマ・ローゼンベルク(
jc1439)の声に双眼鏡を一心に眺めていた長田・E・勇太(
jb9116)は視線を振り向ける。
「シャフトのことかナ? ミーはそう簡単な話とも思えないヨ」
「ほう、そう簡単だとは思えない、か」
エルマは葉巻をくわえて火を点けようとする。ライターを点けたのは勇太であった。
「気が利くな、お前」
「グランマに教えられてきたからネ。ユーはグランマにそっくりだよ。纏っている空気とか」
「それは老いている、と言いたいのか?」
勇太は慌てて首を横に振った。どうやらその「グランマ」とやらは相当怖いらしい。
「冗談だ、冗談。子犬のように反応が激しいな」
「実際、グランマからしてみれば、ミーは子犬同然だヨ……。まだまだだってネ。でも、シャフト討伐に、迷いはない。全てを終わらせよう」
その言葉尻には研ぎ澄まされた戦士の声音がある。なるほど、ただの子犬ではない。
その実は訓練された、猟犬だ。
嫌いではないな、とエルマはフッと笑みを浮かべる。
「よし、子犬。戦うことを刻み込まれた者同士、その戦いを存分に見せつけてやろうじゃないか」
「子犬、ネ……。グランマに言われているのと同じくらいの気迫を感じるヨ」
緊張しているようだが、戦闘においては迷いなど微塵にもないだろう。
エルマは満足して、葉巻の紫煙をたゆたわせた。
巡回していた小鬼が感知したのは、佇む玲治の姿であった。
「よぉ、門番。悪いが、通させてもらうぜ」
駆け出した玲治がシールドを突き出す。小鬼二体が棍棒を振り上げた瞬間、跳躍した玲治がトンファーによる打撃を与えた。
小鬼がよろめいたその一瞬の隙をつき、玲治がゲートに突入する。
後を追おうとした小鬼へと突き抜けたのは薄紫色の矢による襲撃であった。
魔術展開したエルマが手を振り翳す。
「か弱い番兵だな。だが、まぁ討伐の数にも入らん、その程度の相手だ」
「そういうことだ」
小鬼の耳朶を打ったのは明瞭な氷雅の声音であった。
駆け抜けた一閃が小鬼の両腕を弾き飛ばす。
「武器をなくした小鬼は何を頼む?」
氷雅の試すような声音が響き渡る前に、銃撃が小鬼の頭部を吹き飛ばした。
ファーフナーが硝煙を棚引かせた拳銃を突き出している。
「さて、まずは第一関門クリア、か」
「行くネ」
勇太が武装を掲げて準備完了を指示する。
小鬼が僅かに動いたのを、アルティミシアの指輪が煌いた。
「……ごめんなさい。あまり時間はかけられないんです」
空色の光弾が叩き落され、小鬼を粉砕する。
全員がゲートを見据えた。
「よぉ、撃退士。来たかよ」
玲治を出迎えたのはゲート最奥に鎮座するシャフトと、その部下、デッド・ロー。
改造措置が施されたデッド・ローに、玲治は笑みを浮かべた。
「イメチェンしたところ悪いんだが、ここで終わりだ」
「終わり、ね。強い言葉を吐くじゃねぇか、撃退士。俺も、よ。武道派のつもりはねぇんだ。だがな、こうして合間見えると、やっぱり血潮が騒ぐ。それは俺の中にも野蛮な悪魔の血があるってことなんだろうな」
シャフトがやおら立ち上がる。デッド・ローが喚き声を上げて玲治へと真っ直ぐに灼熱の剣を叩き込んだ。
シールドで受けた玲治がその鳩尾へとトンファーを叩き込む。
デッド・ローの頭部のアンテナが回転した。
「ボス、シャフトぉ……。どこなんです? 何にも見えない。聞こえない」
「部下にここまで魔改造するかね、まったくよ……」
玲治の呆れを他所にデッド・ローは武器を仕舞い、片手を開いた。
カトブレパスの眼の発動に、玲治は後退して回避する。
デッド・ローは耳を塞いで咆哮した。その瞬間、頭部の武装が開き、小銃と小型ミサイルが放射される。
玲治は横っ飛びで避けつつ、シールドで爆発を受け止めた。
「なんつー武装だよ、あいつ」
ああ、と呻くデッド・ローに、痺れを切らしたシャフトが立ち上がる。
「おい、デッド・ロー、もっと全力でやれよ。そんなんじゃ百年かかるぜ」
「――百年、か。それはこちらとしても困る」
背後へと回り込んでいたのは氷雅である。戦闘に夢中に成り過ぎたな、とその黒い剣が無数の爪痕となってシャフトへと叩き込まれようとした。
しかし、シャフトは片腕に構えた炎熱の剣で防御する。
「危ねぇな。言っておくが、あんまり鈍っていると思われるのも癪だから、この際ハッキリしておくぜ。俺は戦うのは苦手だが、弱くはねぇ」
弾き返したシャフトの膂力に氷雅は舌打ちを漏らす。
「ローゼンベルク! 援護を」
「誰にものを言っている」
エルマの放射した魔術の矢が一斉にデッド・ローへと突き刺さった。後ずさるデッド・ローに玲治が言いやる。
「ようやく援護が来たか。さて、こっからが」
「ミーたちのターンネ! エーリカ、カモン!」
召喚されたフェンリルと共に勇太が戦場に雪崩れ込む。それと連携するのはファーフナーだ。
銃撃が明滅し、シャフトへと照準された。
シャフトは、というと担いでいた大型の錨を防御に用いていた。
「そう容易くは徹ってくれない、か」
デッド・ローがそちらへと攻撃を振り向けようとするのを、突然の黒い逆十字架が襲い掛かった。
「何、だ、これは……」
アルティミシアの操るクロスグラビティがデッド・ローの動きを阻害する。
「動かないで、ください……」
吼えたデッド・ローが頭部の武装を展開し、小銃をアルティミシアに向ける。
それを阻んだのは玲治の盾とエルマの矢であった。
「俺たちは、一人で戦っているわけじゃないでね」
「存分にやるといい、子犬。私はここで、戦争音楽を奏でるとしよう。さぁ、来い。武器商人の部下よ。私と戦争のワルツを踊ろうじゃないか」
勇太が跳ね上がり、ショットガンがシャフトを狙い澄ます。
ファーフナーの銃撃が同期し、その攻撃網に隙は見られないようであった。
だが、それは一辺倒の見方での話。事実、シャフトは一撃さえも、致命的な打撃をもらっていない。
「おいおい、離れて銃撃、ってのはなかなかこう、スマートじゃねぇな。嫌でも近づいてもらうぜ。――見せてやるよ。武器商人の戦い方って奴を」
錨を頭上高くに掲げたシャフトがそれを振り回し、鎖を利用して勇太を狙おうとした。
弾幕によって直前で回避されるも、錨の棘に仕込まれた炸薬が爆発の余韻を引き起こす。
「爆撃……? なんていう武器ネ……」
錨を引き戻したシャフトへとファーフナーの正確無比な銃撃が襲う。
「筋肉には弱い部位がある。鍛えているようだが、如何に鍛えようとも防御に適さない部位が。それを狙えば、どれほどのパワーの持ち主とて」
「――瓦解する」
黒い影の剣筋が再びシャフトの頚動脈を掻っ切ろうとするが、踏み止まったシャフトが炎熱剣を掲げ、防御する。
「効かねぇ、なぁ! 撃退士!」
振り翳された錨が氷雅へと突き刺さろうとする。氷雅はバックステップで距離を取り、錨の投擲を誘発させた。
鎖が伸び切り、氷雅の腕に絡みつく。
「炸薬のオマケ付きだ! 受け止められるか?」
今にも棘が爆発しそうになったが、それを無効化したのは勇太である。
銃撃と衝撃波の両面攻撃が炸薬による爆発を極限まで低下させたのだ。
煙が棚引く中、氷雅が片手剣を構えて鎖を引き寄せる。
「パワー勝負と行くか?」
「嘗めんな! パワーなら、俺のほうが上だ!」
その言葉通りに氷雅が引き込まれる。
待っているのは炎熱剣の二の太刀。しかし、氷雅は何も無謀なパワー勝負に打って出たわけではない。
その手には桜色の刀がある。桜吹雪が舞い散り、シャフトの視界を遮った。
「何だこりゃ……。眼が」
その瞬間的な眩惑。
桜の刀がシャフトの額を割ろうとする。
だが、悪魔の天性の勘か、あるいは勝負師の感覚か。
振り上げられた炎熱剣が桜の刃と打ち合った。
「厄介な技ぁ、使いやがって! 炸薬を全展開! ここまで来たてめぇを丸焼きにしてやる!」
「悪いが、そうもいかないのでね」
背後に接近していたのはファーフナーである。今まで銃撃に徹していたのでその姿を捉えられなかったシャフトはまともに背筋へと掌底を受けた。
稲光を棚引かせる掌底に、シャフトの全身が硬直する。
「何だ、こりゃ……。クソッタレ、撃退士が! ちょこちょこ、妙な真似を!」
「それはこちらの台詞だ。炸薬も使い切り、弓折れ矢尽きたと見える。凍てつく刃を受け取れ」
氷雅が氷の剣を無数に召喚し、シャフトへと突き立てた。
体表を貫通した氷剣にシャフトが歯噛みする。
「ふざけんな! こんなところで終わるかよ! デッド・ロー! 頭部ミサイル、全点火! 連中を焼き切れ!」
主の呼びかけに応じてデッド・ローがアンテナを回転させ、周囲の対象をロックオンしようとする。
「させるな! アンテナだ! あれをやれ!」
玲治の声に、一斉にアンテナへと攻撃が向けられる。
トンファーによる一撃――しかし届かない。
エルマの魔術の矢による攻撃――しかしそれは、アンテナを守るべく展開された小銃の踊るような弾丸に相殺される。
「このままでは……」
手痛いダメージを受ける。
そう感じた全員に差し込むように、闇の逆さ十字と凍てつく大気がデッド・ローへと襲い掛かった。
アルティミシアの展開した魔術攻撃がアンテナへと届き、その照準を麻痺させる。
「やらせるわけにはいかないんです……。眠れ、永久に。極寒地獄」
アンテナが過負荷に火花を散らし、遂に破壊されてしまった。
アンテナを失ったデッド・ローが慟哭する。
「ボス、シャフトぉ! 何も見えない、聞こえない!」
その場に蹲ったデッド・ローへと、エルマの矢が全身に突き刺さる。
仰け反ったその頭部に玲治が腕を振るい上げた。
「墜ちろ!」
渾身の一撃が頭部を打ち砕き、デッド・ローが頭を失って沈黙する。
シャフトが歯噛みし、獣のように吼えた。
「俺が、負けるわけが!」
「同じく、武器を扱うものとしては、お前との戦いはなかなかに有意義であった。だが、決着はつける。沈め」
振り返り様の炎熱剣による攻撃と、氷雅の片手剣による攻撃が交差する。
一瞬の静寂。
その後に、心臓へと突き立てられた氷雅の剣が、シャフトの息の根を止めた。
倒れ伏したシャフトに、行動不能のデッド・ローを目にして、全員が確認する。
この作戦の遂行を。
「武器商人というくらいだから、武器庫があるんだろうな」
ファーフナーは徹底的に潰す気らしい。シャフトの鎮座していた椅子の近くに武器庫が存在した。
「さすがは武器商人の宝物庫ネ……」
口笛を吹いて勇太も歩み入る。
その瞬間、倒れていたシャフトが怨嗟の声を漏らした。
「……ジョーダンじゃねぇ。武器商人シャフト、てめぇらの好きにはさせるかよ」
奥歯を噛み締めると同時に、何かのスイッチが押された音が耳朶を打つ。
氷雅は叫んでいた。
「いけない! 武器庫に入るな!」
ハッとした瞬間には、武器庫から赤い光が生じていた。
爆発の光輪が広がる中、フェンリルによって難を逃れた勇太が声にする。
「せっかくの武器庫が……」
「こいつもまた、商売人としてはそれなりであった、という証明か」
ファーフナーが無慈悲にゲートコアへと銃弾を見舞う。
ゲートの崩壊が始まり、氷雅はどこか口惜しそうにシャフトの死体を眺めていた。
「結局、武器は手に入らなかったネ……」
「撃退士として、天魔を尊敬はできない。だが、それなりの奴であった。その自負は刻むぞ。俺の胸にな」
氷雅は身を翻す。
――敵ながらあっ晴れ。その言葉の似合う奴であった、と。
一つの決着に、撃退士たちは歩み出す。
次の戦場へと。