●久遠ヶ原島内〜AM1:40
月のない暗い夜。
微かな星明かりの下、通称「裏路地」と呼ばれる悪名高き暗黒街は遠くから聞こえる波音を別にすればひっそりと静まり返っていた。
深夜とはいえ酔っ払いの姿さえ見えない街角はまるでゴーストタウンだが、メインストリート沿いに立ち並ぶビルの窓には明かりを落とした電灯が所々に点き、確かに人の気配がある。
じっと息を潜め「彼ら」は見物しているのだ。
間もなく始まる奇妙な戦い。一般市民から見れば「裏社会の住民」である彼ら達でさえおいそれとは手出しできない撃退士=久遠ヶ原学園生徒同士の戦闘を。
「天魔、憎し‥‥その理由には同情ありかもしりません、けれど」
暗闇の中、織宮 歌乃(
jb5789)は哀しげにため息を洩らした。
「憎悪の果てに、何が残りましょうか」
地球上を侵略する天魔と戦うことは撃退士として当然の使命だ。
だがその使命感――正確には天魔への憎悪と復讐心が暴走する余り、学園に帰順し「味方」となった堕天やはぐれ悪魔までも排斥しようという過激派生徒の秘密結社「ネメシス」という鬼子を生み出してしまった。
当初は内密にことを収めようと模索していた生徒会も「ネメシス」幹部の拘束に派遣した親衛隊メンバーが返り討ちに遭い、さらに潜入調査を依頼した綿谷つばさ(jz0022)が連絡を絶つに及んで、ついに正規の依頼を出すに至った。
「ネメシス」のアジトと判明した裏路地の廃ビルを深夜急襲・制圧する。
目的はつばさの救出、そして組織の指導者「テンペスト」を含む幹部メンバー4人の拘束。
「彼らには少し、冷静になってもらわないといけないわね‥‥」
夜陰に乗じビル正面へと慎重に近づきながら、暮居 凪(
ja0503)が呟く。
やっていることは殆どテロ組織とはいえ、彼らとて同じ学園生徒で撃退士。
なるべくなら双方に被害の少ない形で解決したいところだが、この際強攻策もやむを得ないだろう。
堕天もはぐれ悪魔も同じ学園の「仲間」であると共に、今後も長く続くだろう対天魔戦における貴重な「戦力」でもある。
復讐心に任せて彼らを排斥し、学園における人・天・魔の協調を乱すことは、結果として敵方を利する愚行――それを分からせてやらねばなるまい。
今夜、ビルに立て籠もる「ネメシス」メンバーのおよそ2倍に及ぶ戦力が動員され、表玄関・裏手にあたる通用口と非常口、そして屋上からの同時突入が敢行される。
ただ制圧すれば良いというわけではない。
まず人質にとられた綿谷つばさの確実な救出。また相手も同じ学園生徒であることを思えば死亡・再起不能など致命的なダメージを与えることは避けたい。
そして撃退士としては突出した力を持つという「ネメシス」幹部達の確実な身柄確保――日頃の対天魔戦とは異質で、なおかつ微妙な判断が要求される困難な作戦である。
だが何としても成功させなければならない。
同じ島内で共に暮らす人・天・魔の信頼の絆を取り戻し、再び久遠ヶ原学園が1つになるために。
メインストリート、ビルを挟んだ裏道、そして隣接するビルの屋上――事前の打ち合わせに従い、学園撃退士達は各々所定の配置に付く。
君田 夢野(
ja0561)のクラブ「交響撃団」は、多くの天魔を仲間に迎えていた。
(同じ志を持つ以上は、出自がどうであれ俺は仲間と定めている。故に、志を違えるお前達「ネメシスは」敵だ、俺の仲間の命を奪わんとする敵だ)
敵であるからには、容赦は一切しない。
「だが、命までは取るつもりもも無いし、せいぜい耐えてくれよッ!」
「ボクだって故郷を支配地にされて何もかも失ってるんだ。悲劇の主人公面していい気になるな!」
白沢 舞桜(
ja0254)の憤りは一層深かった。
「大体、人間だけで勝てるなんて思い上がりが気に入らない!」
確かに学園は「神器」、すなわち神槍アドヴェンティを手に入れた。
しかしただ1本の槍で戦況を覆せるほど現実は甘くない。
これまでは一方的に狩られる立場だった人類が、曲がりなりにも敵の上級天魔と駆け引きするための「カード」を一枚手に入れたまでのこと。
四国や京都における激闘を顧みるまでもなく、天魔の脅威を地球上から取り除くのはまだ遠い将来、今はまだ「ようやく光明が見えてきた」という段階に過ぎない。
「力が無いからと受け入れ、力を手にしたから排除する‥‥臆面もなく、良く言える」
ネメシス指導者・テンペストがチラシやネット、口コミを通して広げるアジテーションに対し、雫(
ja1894)は軽蔑を隠さない。
人と天魔がどうという以前に、その余りに身勝手な理屈に嫌悪を覚えていた。
「下手なアジ打っちゃってまあ‥‥」
やれやれといった風情でかぶりを振る不破 玲二(
ja0344)。
「人間にだって悪人はいるし、天魔にも良い奴はいる。それを種族で括って迫害なんて、くだらないな」
正論である。
だが人間には理屈で割り切れない感情というものがあり、それはしばしば民族・宗教・思想などの相違から同じ人類同士が憎しみ争い合う原因ともなってきた。
ましてや相手が種族を異にする天魔ともなれば。
「天魔が憎いにしても極端すぎるよ。特に、学園生襲うのなんて殆ど八つ当たりじゃん」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)も呆れて肩を竦めた。
別にいま学園にいる天魔達が「ネメシス」メンバーの家族や親しい人々を殺したわけでもない。とはいえ種族憎悪の感情に凝り固まった彼らにとって、もはや「1人1人の天魔は別個の存在」という意識など存在しないのだろう。
(‥‥いつかは向き合わなきゃいけないんだろうね。でもこれはあまりにも時期尚早で拙速だ)
桜井明(
jb5937)自身は天魔に対し個人的な怨みはないが、彼もまた妻子を持つ人間だ。
天魔に家族を殺された撃退士の感情は容易に想像が付くし、今後島内に堕天やはぐれ悪魔の数が増えていけば遅かれ早かれ表面化する問題だったのかもしれない。
だからといって徒に学園側を挑発し「実力行使してくれ」といわんばかりの「ネメシス」指導者の行動はお世辞にも利口とはいえないが、あるいはここで敵味方を問わず多数の死傷者を出すことにより、自らの主張を学園や外部の社会に広くアピールするのが真の狙いなのかもしれない。
(テロリストの考えることは変わらないね。今も昔も‥‥)
「ネメシス」のやり口に怒りを覚える生徒がいる一方で、自ら親しい人々や故郷を天魔に奪われた経験を持つ生徒達の心境は複雑だった。
(一歩間違えていたら、きっとボクも同じ事していたかもなの‥‥)
椎野 つばさ(
ja0567)は魔具を持つ己の手をじっと見つめた。
脳裏に浮かぶのは天魔の結界に捕らわれ、ディアボロと化した両親の姿。
断片的ではあるが、今でもその光景は悪夢となって彼女を苦しめる。
(でも間違ってるよ‥‥学園にいる天魔生徒は敵じゃない、「仲間」なんだ。仲間を傷つける奴らは許せない。だから‥‥)
「感情は否定はしない‥‥でも、気に入らない」
「ネメシス」の行為を聞くにつけ、氷月 はくあ(
ja0811)は昔の己を見るかのような気分で不機嫌だった。
外見こそ幼く無邪気なはくあだが、故郷と両親を天魔に「収穫」され、その記憶は様々な面で現在の彼女の人格にも影を落としている。
天魔といっても堕天やはぐれ悪魔は(本来の「食料」である)人間の感情や魂を吸収することを自ら封印しており、そのため天界や冥魔陣営にいた頃に比べて遙かにその力は弱い。
つまり天魔を憎む人間にとっては格好の「ターゲット」となり得る。
力に劣る相手を感情の赴くままに迫害する――それは強大な天魔が人類を蹂躙する行為と何が違うというのか?
椎野と同じく、一歩間違えれば自分も彼らのシンパになっていたかもしれない――と想像するだけで、はくあの不快感はより強いものとなった。
「志は上々。ですが、手際が悪いですね」
機嶋 結(
ja0725)は「ネメシス」の存在を頭ごなしに否定はしない。
なぜなら彼女自身が生粋の悪魔絶滅主義者であり、可能であれば全ての悪魔をこの世から即刻消し去りたいと願っているからだ。
そのため組織の設立理由やメンバーの感情そのものは理解できた。
だがいかんせん、やり方が稚拙に過ぎる。
「チラシ配り? はぐれ悪魔への闇討ち? ‥‥馬鹿馬鹿しい。そんなお遊びに費やす熱意があるなら、なぜ地球上の悪魔ゲートを1つでも多く破壊することに使わないの」
目指す理想は同じでも、愚かな味方は有能な敵より遙かに有害であり、却って人類軍の足を引っ張るお荷物となるだろう。
だからこそこの依頼に参加したし、彼らに手心を加えるつもりもなかった。
「着いたぞ、起きろ」
「う〜ん‥‥もう着いたぁ?」
寝ぼけ眼を擦り、クリス・クリス(
ja2083)があくび混じりに尋ねた。
「もうすぐ作戦決行時間だ。いい加減目を覚ませ」
すやすや眠る彼女をここまで背負ってきたミハイル・エッカート(
jb0544)が呆れたようにいう。
「だって、よい子は寝てる時間だもん」
確かに時刻は深夜2時近く。一般人でいえば小学4年生にあたるクリスにとっては、普段ならばベッドの中で夢を見ている時間だ。
「ありがと、ミハイルさん。助かったよ」
ともあれ男の背中で充分仮眠をとったクリスは路上に飛び降りると、元気よく闇の中へと走り去った。
その後ろ姿を見送るミハイルの心境は複雑だった。
今回、クリスが所属するのはビルの外部に待機し、逃亡を図る「ネメシス」メンバーを捕縛するチーム。いわば後詰めの役割だ。
(まあ依頼だから仕方ないが。人に対して武器を向けるのは‥‥やらせたくないな、クリスには)
むろん撃退士である以上、任務の遂行に老若男女の区別などないことは百も承知だ。
とはいえ相手が同じ人間となれば話は違う。
撃退士の超人的な力が人間に向けて使われればどうなるか――ミハイル自身、某大企業の秘密工作員として裏社会の現実を知っているだけに、まだ幼いクリスをそんな世界に近づけさせたくはなかった。
「そのためにも、なるべく俺たちが逃がさないようにな。大人の責任ってやつか」
そう思い直し、ミハイルは手許に魔具のアサルトライフルを召喚する。
彼が向かう先はビルの表玄関。
屋上と並び、最も激戦が予想される戦域だった。
●総員、突入せよ!
腕時計やスマホの時刻表示が「2:00」を表示した。
本来なら作戦決行の時間だが、まだ夜の街に銃声も攻撃魔法の炸裂も響かない。
その代わり対照的な2つの人影――1人は長身で細身、もう1人は熊のようにずんぐりむっくり――が夜の街路を横切りビルへと歩み寄った。
玄関のドアには当然鍵がかかっていたが特別なものではなく、市販の鍵を少し改造して取り付けただけのようだ。
「秘密結社だなんて粋がっても、所詮は素人の集まりか」
2人の人影のうち1人、真野 智邦(
jb4146)は開錠スキルを用い易々と鍵を開いた。
「怪しい者ではない。少々話をしたいが、よろしいかな?」
「わぁぁ!?」
ドアのすぐ内側に立っていた男子生徒が驚いて飛びすさる。
それもそのはず、いきなり入って来たのは二本足で立つジャイアントパンダ――いやパンダの着ぐるみをまとった下妻笹緒(
ja0544)だったのだから。
が、日頃学園内をこの姿で闊歩する笹緒の存在は「ネメシス」側も知っていたのか、間もなく儀礼服にフェイスマスクで素顔を隠した男子生徒達が物珍しげに集まって来た。
すぐには攻撃してこないものの、各々手に銃や剣、魔法書などを手にパンダ姿の撃退士を注意深く取り囲む。
「おまえ、確か新聞部の‥‥いったい何の用だ?」
「自らの裡にある強い想いを実現させようと、行動を起こすその心意気や良し」
余計な前置きは抜きに、笹緒は本題を切り出した。
本格的な突入を前に、彼はあえて「最後の説得」を試みるため学園側に3分間の猶予を要求し、その許可を得ていたのだ。
「テロ行為であろうが、人質を取ろうが、それで事が為し得るのであれば存分にやれば良い。だがしかし、今のネメシスのやり方はあまりに杜撰。結果として撃退士の賛同を得るどころか、反感を買ってしまっている現状はお粗末過ぎる」
「むっ‥‥」
笹緒の正論を前に、「ネメシス」メンバー達も口ごもった。
彼らも集団の力に頼んでいるものの、内心では自らの行為に対しいくらか後ろめたい気持ちはあるのだろう。
「諸君はそれで本当に天魔を追放する気があるのか? アウトローを気取るだけで満足してはいないか? 本気で何かを主張したいのなら、我がエクストリーム新聞部に来たまえ。あるいは新聞同好会を紹介してやってもいい」
周囲を敵に囲まれながら、堂々と持論を展開する笹緒。
(一人にでも届けばそれで良い)
そう思いながら説得を続ける笹緒の言葉を遮るように。
「耳を貸しちゃ、ダメ」
白熱電灯にぼんやり照らされた薄暗いフロアに、あどけない少女の声が響いた。
フロアの一番奥。狐の面を被り、中等部女子制服に身を包んだ小柄な人物。
コードネーム「ニンブス」の名で呼ばれるネメシス幹部の1人だろう。
「あなた達の家族や恋人や友達を殺したのは誰? 今さら新聞に記事でも書いたら、殺されたみんなが戻ってくるの?」
淡々とした、それでいてよく通るハスキーな声。
同時に、ネメシスメンバーのマスクから覗く両眼に再び殺気が蘇った。
あたかも少女の言葉そのものが、人の心を操る魔法であるかの様に。
「どうして大切な人達を殺した奴らの同族と、笑いながら遊んだり勉強したりできるの? あたしは絶対にイヤ――この学園に居座る天魔どもは一匹残らず滅ぼさなきゃいけないの。もし邪魔する人間がいるなら、そいつらも一緒に」
既に与えられた3分は過ぎた。
この場での会話は、着ぐるみに忍ばせたマイクを通して屋外の仲間達にも伝わっているはずだ。
(‥‥ここまでか)
笹緒は断腸の思いで言葉を切り、一歩身を引く。
同時に背後の扉が破られ、制圧担当の撃退士達が一斉にフロア内に突入した。
●鷹は舞い降りた
『最後のネゴシエーションは失敗した。総員、予定通り救出作戦決行せよ』
所定の配置に着いた撃退士達のスマホを通しゴーサインが走る。
表玄関からの突入とタイミングを合わせ、両隣のビルや上空に待機していた撃退士15名は直ちに屋上からの侵入を目指し行動に移った。
ハウンド(
jb4974)は予め近隣ビルに敵の伏兵が潜んでいないか索敵していたが、幸いそれらしき人影は発見されなかった。
潜在的にはかなりのシンパがいるといわれるネメシスも、いざ実戦となり「本気」で集まる中核メンバーの数は精々3〜40人程度と見られている。
そのため、敵も戦力分散を怖れてアジトへの籠城を優先したのだろう。
「アジトのビル周辺に敵影を認めず、と‥‥にゃははは、そろそろ行く?」
屋上班、地上班を含め作戦参加の仲間達に一通り報告を済ませ、さらに報告用の写真を1枚撮った後、はぐれ悪魔の少年は自らも闇の翼で夜空へ舞い上がった。
「まったく‥‥こんな下らん事で争っていたって意味などないと思うけどね」
闇に紛れて上空待機していたはぐれ悪魔の蒼桐 遼布(
jb2501)は、ぼやきながらも高度を下げた。
「天使・悪魔・人間だろうと其々の世界の『人』なんだから種族にこだわって争うのはばからしい」
そもそも人類にしてからが天魔の侵攻を受けるまでは、互いの民族やら人種やらの違いから内輪の戦いが絶えなかったという。
「今は味方同士で争っている場合ではないだろうに。なぜそれが分からないんだ」
「無害な天魔の私らを憎むとはねぃ‥‥酷いとばっちりだぜー」
すぐ傍らには堕天の海城 恵神(
jb2536)も光の翼を広げている。
その飛行スキルを買われ、空中からの突入部隊にははぐれ悪魔や堕天が集中的に配置されていた。
本来なら「仇敵」同士である天使と悪魔が、人間の人質を救うため肩を並べて戦いに挑む。
それは久遠ヶ原学園が開校する前の時代であれば、誰もが想像し得ない光景であったろう。
「‥‥ネメシスか。 ネメセイアの名を持つ俺としては、迷惑極まりねぇな」
やはり光の翼で降下しつつ、アカーシャ・ネメセイア(
jb6043)は面倒そうに頭を掻いた。
彼の名前「ネメセイア」とは審判の女神・ネメシスを奉る祭を意味する。
天魔生徒排斥を叫ぶ組織にネメシスの名を勝手に使われるのは全く以て不愉快であるし、何より天使時代は司法職、堕天してからもバウンティハンター業を営むネメセイアとしては種族に拘わらず悪党は見逃せない。
ネメシス側も空からの襲撃は予想していたのか、屋上に待機した仮面の生徒達が盛んに銃や弓、遠距離魔法で対空砲火を打ち上げて来た。
激しい攻撃をかわしつつ、恵神は屋上の床に舞い降りた後もあえて己の存在を誇示するかのごとく天使の翼を広げた。
一様に無個性なマスクで顔を隠したネメシスの生徒達。だがギラギラした憎悪と殺意の視線が風圧のごとく押し寄せるのを肌で感じる。
「怒りや憎しみだけで殺すのは無いって事を知るがよい!」
恵神も臆することなく一喝。
堕天した当時のことを思えば、この程度の憎しみなどそよ風のようなものだ。現在でも依頼で島外の戦場に出れば、遙かに強大な力を持った天使やシュトラッサー達が彼女を「裏切り者」として付け狙ってくるのだから。
「こちとら天界まるごと敵に回してンだぜ。あんた達とは覚悟が違うんだよ!」
「人の名前パクってんじゃねぇよ!」
マモンの紋章から放つ炎の矢で敵を牽制しつつ降下したネメセイアは、屋上に降り立つなり武器をルシフェリオンの大剣に持ち替え吶喊した。
彼らは派手な大立ち回りを演じる一方で、戦闘そのものは防御に徹し、相手に対する攻撃は必要最小限に抑えている。
空から強襲降下した天魔生徒達は斬り込み部隊であると同時に、別動の友軍部隊から敵の目を逸らす囮役でもあった。
屋上へのルートは空からだけではない。
隣のビル屋上に身を潜めていた藤咲千尋(
ja8564)は作戦開始の合図を受けるなり、行動を共にする栗原 ひなこ(
ja3001)に元気よく声をかけた。
「こういう依頼で一緒になるの初めてだね、よろしくだよ!!」
「いつも千尋ちゃんとは遊びにしか行ってないもんね。足引っ張らないように頑張るよー」
高谷氷月(
ja7917)は己の腕にガムテープで固定したペンライトを点灯した。
「さて、お仕事の時間やな」
ペンライトやフラッシュライトなど持参の照明を頼りに、撃退士達は驚異的な跳躍力で隣ビルの屋上へと相次いで飛び移っていく。
上空の天魔生徒ばかりに気を取られていたネメシスメンバーの陣型が目に見えて乱れた。
屋根伝いに屋上へ突入していく仲間達の後方を警戒していた久遠 仁刀(
ja2464)も、全員が無事に飛び移ったことを確認後、自らも跳躍して敵地に乗り込んだ。
「――く、来るなっ!」
ライフルの銃口を向けながらも一瞬躊躇った相手の背後へ周り込むや、大剣の峰打ちで肩を砕いて戦闘不能にする。
「ぎゃっ!?」
「これくらい我慢しろ。後で回復させてやるから」
「理由はどうあれェ、私の敵ならぶちのめしてあげないとねェ‥‥♪」
「天魔の被害者はネメシスの人達だけじゃないのに、あんな事するなんて許せない‥‥何より、大事な友達の綿谷ちゃんを捕まえるなんて、絶対許せないよ!」
黒百合(
ja0422)と犬乃 さんぽ(
ja1272)は各々壁走りのスキルを駆使してビル外壁から屋上へと侵入、屋上壁際にいたネメシスメンバーの隙をついて次々と制圧していった。
深手を負わせないよう急所は外しつつ、ダメージを与えて動きを止めたところで用意しておいた特殊金属製の手錠をかけ、抵抗力を奪った上で床面に転がしておく。
対空要員としてダアトやインフィルトレーターといった遠距離型ジョブばかりを固めていたことも災いし、3方向からの奇襲を受けたネメシス側撃退士達は為す術もなく倒れていった。
「同じ学園の生徒なのに憎み合うのは悲しいよ!」
床に倒れ、マスクの外れた顔を苦痛に歪めるネメシスメンバーを見つめ、ひなこが叫ぶ。
「私も天魔に多くを奪われたから少しは理解出来ます。だけど、集団の責を個に問うのは間違ってます!」
大剣を構えた雫が、小柄な体からは想像もつかぬ大音声で叱責した。
「それでも責を問うなら、人が犯した責を貴方達は背負いなさい!」
その言葉を耳にして、戦意を喪失した敵方の生徒数名が魔具を置き両手を上げた。
「畜生、これまでか‥‥降参するよ」
彼らにしても「同じ人間相手の戦闘」には内心乗り気でなかったのだろう。
何より、こんな場所で戦死や再起不能になったら天魔への復讐どころではない。単なる犬死にである。
だがそんな中、屋上の給水タンク付近に身を潜め、執拗に狙撃を続ける1人のインフィルトレーターがいた。
他のメンバー達同様にマスクで顔を覆っているものの、黒いジャンプスーツに包まれたスレンダーな肢体、夜風になびく長い髪は明らかに若い女のもの。
撃退士達は直感した。
彼女こそ「ネメシス」幹部の1人、コードネーム「ラファール」だと。
「ふん、はぐれ悪魔、堕天使と馴れ合うのが嫌か。だったら戦力として使い潰すように仕向ければいいではないか? それとも人類至上主義者か? つまらんな」
敵が身を隠すタンク付近にクロスボウの矢を打ち込んで牽制しつつ、ランディ ハワード(
jb2615)は声をかけた。
「最前線の激戦区に割り振らせるぐらいの裏工作をして見せろ! それこそ我ら堕天使、はぐれ悪魔をコマとして使い勝利への足がかりにして見せろ! 投降者を戦力化することすら出来ぬなら貴様ら自身が最前線の1つでも相手にして来い。人質なんぞ取らずにな」
「あたし達だって別に殺されたくないから反抗してんじゃないのよねぇ。あんた達の行動を許すと結果的に人間がより多く傷つく。だから抗うの」
堕天のユグ=ルーインズ(
jb4265)もまた、盾で銃撃を防ぎつつ声を上げた。
元天使だからこそユグは知っている。高位天魔の中には聖槍を爪楊枝にしかねない奴だっているのだ。
(なのにもう人間だけで戦う? 天魔舐めてんじゃないわよ)
「復讐したいならもっと狡賢く冷静になりなさい。アタシ達を利用するだけ利用しなさいよ!」
「フフ‥‥そうやって人類に取り入るのが貴方がたの戦略なんでしょう?」
マスクを外し、素顔を晒したラファールが冷笑した。
色白の顔にノンフレームの眼鏡をかけた知的な美女だが、その瞳にはシュトラッサーにも似た狂信の光が宿っている。
「いわれなくても地球を侵略している天魔どもはいずれ必ず駆逐するわ。でも私が本当に恐れているのは、そんな風に味方のフリをして人類社会に根を張ろうとする貴方がた」
「何だと?」
「今はこの島内でおとなしくしているけど、いずれ数が増えれば徒党を組んで要求するつもりでしょ?『人間と同等の権利を寄越せ』と‥‥そして必ず人類にとって新たな災いの種となる。ひとたび異分子の台頭を許せばどんな結果が待っているか、それは過去の歴史が証明しているわ」
堕天・はぐれ悪魔は学園の庇護下に入る際、「日常は久遠ヶ原島内に居住し依頼以外の目的で外部に出ないこと」「体内に発信器を取り付け、常に居場所を学園側に伝えること」等々、いくつかの「制約」を課され彼らもそれに同意している。
これらは天魔陣営の報復から彼らを守るための施策でもあるのだが、堕天やはぐれ悪魔を嫌う人間の一部に「奴らは人類社会を内側から乗っ取ろうとしている」と警戒する声があるのもまた事実だった。
「あらあら、疑り深いのねえ」
「安っぽい陰謀論だな。つまらん、実につまらん!」
心底うんざりした気分で、ランディは武器を機械剣に持ち替える。
憎しみや復讐心だけならまだしも、本人的にはなまじ「論理的思考」で到達した結論だけに、言葉による説得はもはや至難の業だろう。
とりあえず距離を詰め、兜割による捕縛を狙うも――。
ここは旗色が悪いと悟ったか。数名の配下を連れ、ラファールは身を翻して建物の中に走り去った。
屋上に残ったネメシスメンバーはなおもしぶとく抵抗を続けるが、その数は最初の半数以下に減り、制圧も時間の問題だろう。
「挟撃班」の撃退士が交戦を続ける一方、「救出班」所属の撃退士達は作戦を次なる段階に進めるためいったん戦闘を中止し屋上の一角に集合した。
「私は別に天魔に恨みは無いし‥‥何より相手の事を理解せずに排除とは勿体無いと思うのですけどね」
救出班の1人、ドラグレイ・ミストダスト(
ja0664)は、同班所属の仲間達が全員揃ったか改めて確認した。
「まぁ♪ 私の友人を監禁した事は許しませんけど♪」
綿谷つばさが囚われているのは同ビル3階フロアの何処かと推測されている。
屋上の残敵制圧は挟撃班の仲間に任せ、救出班の一隊はラファールの後を追う形で建物内部に突入した。
●ビル内の戦闘
地上ではビルへの入り口となる正面表玄関、裏手の通用口と非常口の3カ所から同時突入が敢行された。
「ご安心ください。ビルの周囲に伏兵はいません」
生命探知で周辺の索敵を終えた御幸浜 霧(
ja0751)の合図を受け、表玄関を受け持つ生徒達が一斉に動き出した。
「顔を隠したままの凶行など、卑怯者のすること。 自身の行為が正しいと思うのなら、なぜ顔を見せ堂々としないのです」
かねて頻発していたネメシスによる天魔生徒への「闇討ち」(実際の被害は少なく、専ら恫喝目的と思われるが)を苦々しく思う霧は、仲間の第1陣が建物内へと突入していくのを見届けた後、自らも車椅子から立ち上がりとビルへと向かった。
彼女の役目は専ら後方支援。生徒同士の衝突という嘆かわしい事態だが、それだけに双方の被害を最小限に抑えるため、アスヴァンとして霧の役割は重要なものとなる。
表玄関のドアを破壊、1階エントランスに踏み込むなり、フロアにバリケードを築き立て籠もっていたネメシス側撃退士から一斉にアウルの銃弾や矢、遠距離魔法が殺到する。
「生徒同士傷つけ合いたくないけど‥‥いやここはできるだけ被害を抑えるためにも集中しないと! みんなを守れ! さくら3号!」
神野コウタ(
jb3220)が召喚したさくら3号、すなわち召喚獣ストレイシオンの巨体が盾となり、敵の第一撃を食い止めた。
その間、ミハイルが共にサーチトラップを発動、室内に罠が仕掛けられていないかを探る。
日頃相手にする天魔に比べれば非力な敵といえ、「同じ人間」であるだけに室内にどんなトラップを隠しているか分かったものではない。
案の定、目立たない形でワイヤーや爆薬を使用したトラップがフロア内複数カ所に仕掛けてあったが、所詮は素人の手製だけに撤去するのにそう手間はかからなかった。
トラップを見抜かれたネメシス側撃退士の一部が、悔しげに舌打ちしバリケードから飛び出す。
屋上とは反対に、こちらはルインズブレイドや阿修羅など近接戦を得意とするジョブが主力となっているようだ。
問題はフロアの最奥で指揮を執る狐面の少女。
己の身の丈より長い錫杖を振るや、天井に膨れあがった火球から突入班の撃退士めがけ炎の雨が降り注いだ。
「上級レベルのダアト」という事前の情報に間違いはないだろう。
「貴方達の主張に興味は無いのです。綿谷さんを返してもらうのです」
御手洗 紘人(
ja2549)が生み出したトワイライトの光が廃ビルのフロア内を照らし出す。
続けざまに放ったマジックスクリューの奔流が敵の1人を巻き込み朦朧とさせた。
「ただでさえ京都が大変だってのに、学園内で厄介ごとを起こさないで欲しいね」
紘人とタイミングを合わせてカロン(
ja8915)もトワイライトを発動、続いて相手が身を隠すバリケードに向けてエナジーアローを撃ち込み牽制する。
「さて‥‥悪漢と陰謀はこの場で潰させてもらうわ!」
エヴァ・グライナー(
ja0784)は得意とする炎系統の魔法攻撃でネメシスの生徒達を翻弄した。
「人殺しが出た事のない人種の人間だけ手を上げなさい。その人にしか、彼らを責める権利はありません!」
普段のおっとりした雰囲気からは想像もつかぬ怒りの表情で、Rehni Nam(
ja5283)(レフニー ナム)が拳銃のトリガーを引く。
「『過去に人を殺した者の仲間』という意味では、天魔と同等の立場だと自覚しなさい!」
「天魔たちが自らの意思で久遠ヶ原学園にやってきたのに、一部のワガママで築いた信頼を絶対に壊すわけにはいかない」
智邦もまた後方から拳銃による支援射撃。
天魔の侵略(正確にはいつの時点から始まったのかは諸説あるが)が本格化する前の時代、人間は国家や民族、宗教や思想を異にする他の人間をあるいは敵とみなして攻撃し、あるいは力で従え搾取の対象としてきた。
皮肉なことに「人ならぬ天魔」の襲来を受けることで、初めて人類は互いを「同胞」として本当に認め合えたともいえる。
そして今、ごく少数とはいえ天魔の中から人に歩み寄り、同じ世界で共存しようと望む者達がいる。
まだほんの小さな希望の「芽」に過ぎないかもしれない。
だがそれを憎悪と復讐心に任せて闇雲に摘み取ろうとする「ネメシス」の蛮行を、彼らは絶対に許せなかった。
かといって相手に致命傷を負わせるわけにもいかず、ミハイルはネメシスメンバーの手足や武器を狙い澄まして狙撃を繰り返す。
「殺すよりも生かすのは難しいぜ」
互いの射撃や魔法攻撃をかいくぐり、近接戦の間合いに入った撃退士同士の剣や刀、拳や蹴りによる激しい応酬が始まった。
先陣切って突撃した長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)の眼前に、プロレスラーのような大男の阿修羅が立ちふさがった。
「引っ込んでろっ、このアマ!」
振り下ろされる鉤爪を華麗なフットワークでかわし、みずほはすかさず相手の懐へ飛び込んだ。
「――なっ!?」
「あなたたちの様な者、すべてKOしてみせますわ!」
今回、相手が天魔ではないためV兵器は装備していない。彼女の武器は日頃ボクシングで鍛えた拳ひとつ。
しかし同じ阿修羅ですら戸惑うほどのスピードで接近するや、アウルの力を右拳に集中、自ら「黄金の拳」と名付けた必殺のパンチを男子生徒の顎にヒットさせた。
「うがっ!?」
「タオルを投げるなら今のうちですわよ!」
だがそんな必要さえなく、ネメシスの阿修羅は仰向けにひっくり返り、白目を剥いて失神していた。
「要するに、堕天したりはぐれたりして弱くなったところを闇討ちしか出来ない腰抜け集団でしょ。人間の屑だね」
「何だとっ!?」
まんまと挑発に乗った敵ルインズブレイドの刃をかいくぐると、舞桜はメタルレガースのローキックで床へ転倒させた。
「そろそろ削れて来ましたね」
序盤戦はシールド使用により友軍後方班の盾役を務めていた弥生 景(
ja0078)だったが、ネメシス側前衛の撃退士のある者は負傷して倒れ、ある者は戦意を失い投降して戦力が低下してきたと見るや、武器を槍に持ち替え前進を始めた。
狙うは敵幹部ニンブス。
既に配下の3分の1以上を失い不利は承知のはずだが、その素顔は仮面に隠された感情は全く読めない。
「貴方達には用は無いわ。そこを退きなさい」
残り少なくなったネメシスの一般メンバーをウェポンバッシュで蹴散らしつつ、凪はニンブスを目指し突き進む。
「そこを――――どけやァ!」
凪と肩を並べ、夢野も吼えた。
立ちふさがる敵がいればティロ・カンタビレ:改で片っ端から薙ぎ払う。
バリケードの上に飛び乗った凪はCODE:LPを発動。
ニンブスの顔が動き、初めて興味を抱いたかのように仮面越しの視線が凪に向けられた。
「少し勝ち目が見えたからと言って‥‥考えが浅いのよ。貴方達は」
「どうかしら?」
淡々とした口調のまま錫杖を持ち上げるや、ラグナロクの閃光が凪を狙って走った。
「危ない!」
一瞬早く飛び出した夢野がサイレントを発動し、強烈な魔法攻撃のダメージを和らげる。
「――くっ!」
辛うじて耐え凌ぐと、凪と夢野はバリケードを飛び降りニンブスへ向けて駆け出した。
「全く‥‥そんな力があるなら、何で今本土で戦ってる仲間達のために使わないの!?」
「その程度かい、お前等の憎しみとやらはッ!」
ラグナロクの使用は一回の戦闘で一度きり。
しかも使用者はその直後行動不能に陥る諸刃の剣だ。
レフニーが対幹部用に温存していたコメットを発動、アウルの流星群が身動きの取れなくなったニンブスめがけ降り注ぐ。
ほぼ同時に、やはりバリケードを乗り越えた歌乃が刀を構えて肉迫、椿姫風の斬撃を浴びせた。
椿の花弁のごとく紅い呪詛の気に包まれ、石化の呪いを受けたニンブスが無言で倒れる。
その弾みで仮面が外れた。
コードネーム「ニンブス」を名乗る少女の素顔は、まだ初等部生といっても通じる程幼い子供のものだった。
いかに優秀な撃退士といっても、こんな子供ならば(おそらくは学園の「先輩」である)テンペストの言葉など容易に信じ込んでしまっただろう。
果たして、どこまでが彼女自身の意志だったのか――。
「屋上の制圧に成功しました! 救出班は予定通りビル内に侵入したのです」
複雑な心境で倒れたニンブスを見下ろす凪達の耳に、他班との連絡役を務める紘人の報告が届いた。
戦闘終了後、負傷者に対し霧の応急手当が行われた。
既に投降したネメシスメンバーに対しても、分け隔てなく回復スキルを使用してやる。
「さあ、『義憤会』の皆様もどうぞ。同じ学園生徒ですからね」
「へ? 俺達はネメシ――」
「『義憤会』ですよね?」
にこやかに、だが断固とした口調で告げる霧。
「決してカタカナ言葉は使わない」というのが彼女のポリシーなのだ。
「‥‥ま、まあいいけど」
石化を解かれたニンブスもやがて意識を回復した。
ただし少女は俯いたまま、投降後も一言も喋ろうとはしなかったが。
「攻城戦よ! あたいに続けー!」
屋上や表玄関に突入した他のチームとタイミングを合わせ、ビルの裏手に当たる通用口からは雪室 チルル(
ja0220)が先頭に立って突入が開始されていた。
まだ商業ビルとして使われていた頃には業者の搬入口に使われていたこともあり、裏口としては比較的広い通用口からの侵入には屋上、表玄関に次ぐ人数が集められている。
「今日の我は殊更に不機嫌ゆえ、慈悲などあるとは思わぬことだ」
双剣を手に、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)も共に突き進む。
現在は堕天として学園に暮らすとある天使を幼なじみに持つ彼女にとって、ただ「天魔だから」というだけの理由で排斥を叫ぶネメシスの主張は許しがたい。
故に、今夜の依頼にも単なる任務以上の思いを抱いていた。
前衛部隊の後に続き、フィオナ・アルマイヤー(
ja9370)も銃を取って援護射撃の体勢を取る。
「はぐれ悪魔や堕天使に対して色々思うところがあるというのは理解できますが、実際にやってしまったか止まったかでは天と地ほどの差ですよね」
「うぅ‥‥こんなに人がいっぱい‥‥! 怖い‥‥怖いよぉ!」
性格的に集団行動の苦手な夏野 夢希 (
jb6694)は、突入決行を前にした緊張でややテンパり気味。
「でも、天使や悪魔で友達もいるし。こんなの止めないと」
それでもお守り代わりの短剣を握り締め、意を決して仲間達の後に続く。
「学園の天魔すら敵視している方には、人間でも天魔でもないアンデッドな私は、どう映るんですかねー」
今回の依頼に参加した撃退士の中でも、ブラウト=フランケンシュタイン(
jb6022)はとりわけユニークな人物といえるだろう。
何しろ彼女は人でも天魔でもない。ある日ある国で、とある天才科学者が死体をつなぎ合わせて復活させた人造人間、すなわち「アンデッド」なのだから。
‥‥というのはあくまで本人の証言であり、真偽の程は不明である。
だが少なくともブラウト自身にとっては「人か天魔か」などという区別自体がナンセンスな発想でしかない。
「まぁ、『ネメシス』の方々にとっては私も敵としか映らないでしょうけどねー♪ そんな訳で、倒す気で参りましょー♪」
ビル内の廊下に侵入して間もなく、待ち伏せていたネメシスメンバーによる攻撃が始まった。
「堕天だろうがはぐれ悪魔だろうが、天魔は天魔だ! 一匹残らずやっつけろ!」
「天魔に味方する生徒会の犬どもめ!」
「いい度胸ね。あたいに倒される覚悟があればかかってこい!」
そう叫ぶなり、チルルの放った封砲がネメシス前衛の数名を吹き飛ばす。
「貴様等が売り、我が買った喧嘩だ。‥‥逃げるなよ?」
ボールドウィンは同じ前衛に立つチルルとの連携を心がけた。
「円卓の武威」を発動、魔法によって生み出した武器を投射する。
「な、何だこりゃ!?」
「落ち着け、たぶん神輝掌を改良したオリジナルスキルだ!」
ボールドウィンの攻撃を避けるためうかつに一カ所に固まった敵を狙い、再びチルルの封砲が炸裂した。
及び腰になったネメシス側撃退士を狙い、後方から玲二やアルマイヤーの支援射撃が容赦なく降り注ぐ。
今の所戦況は有利に進んでいるが、場所は敵のアジト内とあり、ソフィアは警戒を怠らなかった。
「地の利は相手にあるから、無暗に動くのは危険だね」
後方や物陰からの攻撃、屋内の間取りを利用しての包囲や遠距離攻撃には十分に注意しつつ、自らは魔法による遠距離攻撃で前衛の仲間を援護した。
はくあは「冥姫の軍勢」を発動、アウルの生み出した無数の小型浮遊体が暴風のごとく荒れ狂い、敵の撃退士達をなぎ倒す。
「遊び感覚でやってる人‥‥死ななかったのは運が良かったんだよ?」
幼い少女の顔に浮かぶ暗い笑みが、倒れたネメシスの生徒達に傷の痛みさえ忘れるほどの恐怖を与えた。
「つまらないですね‥‥」
マモンの紋章で敵の撃退士を攻撃しながら、結はぽつりと洩らした。
別にネメシスという暗愚な集団を擁護する気も糾弾する気もない。
そんなことより、一刻も早くあの大天使との決着をつけたかった。
「いつまでも‥‥過去の事件に、囚われるワケにはいかないのですよ」
彼女の心は既に目の前の跳ねっ返り生徒達ではなく、京都で待っている天使軍との戦いに飛んでいた。
「ちっ、見てらんねーなぁ‥‥オメーら、もう下がってろ。後は俺が始末するからよ」
太い声が響き、廊下の奥から味方のネメシスメンバーを押しのけるように大柄な人影が現れた。
燃えるような赤髪を逆立てた少年。
巨漢という程ではないものの、引き締まった逞しい体つきは儀礼服の上からもよく分かる。
ホッケーマスクで顔を覆っているが、撃退士達は少年の髪型に覚えがあった。
事前に斡旋所から提供された資料写真。ネメシス幹部の1人、高等部生の阿修羅「フラーマ」。
「何だ、てっきり生徒会の親衛隊でも来るかと楽しみにしてたのになぁ‥‥まあいいや。結構やるようだし、ひとつ相手になってやるぜ」
儀礼服の上着を脱ぎ捨てたフラーマは、ニヤリと笑ってマグナムバーストで固めた両拳を構えると、軽くサイドステップを踏んだ。
まるで無邪気にスポーツの試合でも楽しむかのようなその様子は、他のネメシスメンバーとは明らかに異質な印象を与える。
「‥‥ん? ああ」
撃退士達の不審に気付いたか、フラーマは首をコキコキ鳴らしながら再び口を開いた。
「言っとくけど、俺ぁ別に天魔に恨みがあるワケじゃねぇんだ。だから組織の主義主張とやらにも興味はねえ」
ネメシス幹部らしからぬ発言に、突入班の撃退士達も思わず戦闘の手を止める。
「俺がテンペストに従ってんのは、何よりあの人の強さに惚れてるからさ。まあ他に理由が必要なら、『裏切り者』が嫌いだってことくらいかねぇ?」
「それはどういう意味だ?」
ボールドウィンが険しく問い詰めた。
「難しいこたぁよく分からねーけどよ、堕天やはぐれ悪魔ってのは元々いた天界や魔界を裏切ってきた連中なんだろ? そんな奴らは信用できねえ。もし風向きが変われば、いつまた寝返るか知れたもんじゃねえ――違うか?」
「離反した者達にもそれぞれ理由があるんだ! 事情も知らないくせに知った風な口を利くな!」
「ああ知らねー、興味もないねぇ。ってなワケで、楽しく殺し合おうじゃん?」
その言葉が終わらないうちに、少年の姿が消えた。
いや「消えた」と思えるほど素早い動きで、間合いにいたチルルとボールドウィンの2人に対し同時に拳撃を見舞った。
激しい衝撃に一瞬息が止まり、壁際まで吹き飛ばされる2人。
「おいおい、もうおしまいか? もっと楽しませろや」
はくあが対幹部用の螺旋白虹を発動するも、3重螺旋で発射された銃撃はその全てがかわされてしまった。
次に動いたのは結だった。つまらない依頼と思っていたが、相手が幹部クラスとあれば話は別だ。
レーヴァテインからの神輝掌。これはそれなりにダメージを与えるも、カウンターで食らった烈風突きにより少女の体は背後の壁に叩きつけられた。
「死んだことも無いクセに、殺意なんて向けないでくださいよー♪」
間合いを詰めたブラウトは第2夜でフラーマの攻撃軌道を予測、強烈な打撃を受け止めつつ、予測攻撃でカーマインを伸ばす。
紅い鋼糸がフラーマの片足に絡みつき、その動きを僅かに鈍らせることに成功。
「ごちゃごちゃうるさい! あんた達の事なんか知ったこっちゃない!」
体勢を立て直したチルルが大剣を構えて再び突撃。
「強い敵が望みか? ならば我が心ゆくまで叩き潰してくれる!」
ボールドウィンもまた立ち上がり、チルルと共に斬りかかった。
剣士と聖騎士の2人から持てるスキルを総動員した猛攻を受け、仮面の阿修羅も徐々に押され気味となっていく。
そのときフラーマがハンズフリーで肩に固定していたスマホが鳴り、何者かの声が洩れた。
「テンペストか? 今戦闘中で‥‥何っ?」
指導者から何らかの指示があったらしい。
ふいに戦いを止め飛び退いたフラーマは、
「わりぃいな。今夜はこれまで――」
踵を返して離脱を図るが。
そこに、大逃亡を使い逃げ道に周り込んだ結がいた。
「あなたごときを取り逃がすようでは‥‥あの大天使には勝てません」
「――ぐぉっ!?」
2発目の神輝掌をまともに食らい、フラーマは絶句したまま床に倒れた。
「逃げないで話を聞いて!」
リーダーの敗北を目の当たりにし、動転して逃げ出そうとするネメシス一般メンバー達に竜見彩華(
jb4626)が呼びかけた。
「私は親友を天魔の襲撃で失ったけど、天魔全てを憎むのは間違いだと思う。だってそれ『人間だから』って襲ってくる天魔とどう違うの‥‥?」
何人かの生徒が立ち止まり、彩華の方へ振り返った。
「天魔は強いけど、絆を結ぼうと伸ばされた手を振り払わなきゃいけないくらい怖がる必要なんて、もうないよね? 撃退士の力は対話のためにあるんじゃないのかなって、私はそう信じてる」
「あたしは家族とか親しい人を天魔にやられた事がないから、ここにいる天魔の人達に悪い感情を抱いていないというのはあるかも」
柴島 華桜璃(
ja0797)も言葉を添えた。
「けど、やったかどうか分からない過去の行いを持ち出して排除する理由にするのは、多分間違っていると思うなあ‥‥だって、それを適応するなら、人間だって犯罪を起こすんだし、それを悔い改めた人でも許せないって論理になっちゃうし、まさにあなた達にも当てはまるんじゃないかな〜?」
「‥‥」
覆面の生徒達はしばし無言で彼女達の言葉を聞いていたが、間もなく再び走り出し廊下の奥へと消えていった。
逃亡する一般メンバーについて深追いはしないことになっている。
彼らの捕縛は、ビルの屋外で待機している別班に任されているからだ。
その場にはフラーマの他、負傷して身動き出来ないネメシスの生徒達が何名か残された。彼らには一応手錠が掛けられ、後ほど学園側に引き渡す手はずになっている。
椎野 つばさは味方の応急手当を済ませたあと、彼らネメシスのメンバーにも手当してやりながら語りかけた。
「恨む気持ちとかは分かるなの。でも学園に居る人は仲間なの。仲良くしろとは言わないけど、利用してやるでもいいから、一緒に戦えないのなの?」
「他の所の天使や悪魔は知らないけどこの学園の人達をきちんと見てよ! 差別・排除する必要なんてないじゃない」
普段は内気な夢希も、勇気を振り絞ってネメシスの生徒を問い詰めた。
その内気さから人間関係に苦労している彼女だからこそ、差別される側の痛みはよく分かる。
「どうしても分からないのだったらこれから無理矢理にでも私と行動してもらって考え方を変えてもらうよ」
ビル裏手のもう一カ所尾出入り口、非常口からの突入は7名の撃退士が担当していた。
通用口に比べれば比較的狭い場所だが、それでもドアを壊して侵入した撃退士達の前に、ネメシス側撃退士10名近くが立ちふさがった。
「ふん、生徒会に雇われたか? 情けない奴らめ。報酬に目がくらんで、人界に天魔を受け入れるのがどれだけ危険なことも分からないか!」
ネメシス側の悪態に対し、
「それが、お前達の理屈か! その理屈で俺の道理は覆せない!」
まず皇 夜空(
ja7624)が真っ先に反論した。
「俺にはわかる。俺の中にある何かが、お前たちを悪だと確信させる! ああそうだ‥‥お前達は、悪だ!!」
「とても許されたことじゃあないな、ブラックオプスは。むかつく野郎だよお前は‥‥!!」
夜空の言葉を受け、ファング・クラウド(
ja7828)も叫ぶ。
こちらはネメシスではなく、彼らを無視して夜空と交わす言葉であるが。
「‥‥まぁいいでしょう、今はあそこに行くのが先だ。裁く!!! そう思うだろう!? お前も!!? EXAMシステム、スタンバイ!」
「ムキになるな、みっともない。同じ台詞を返そう。ああ、つばさを助け、ネメシスを断罪する!!! そう思うだろう!? 貴様も!!? EXAMシステム、スタンバイ!」
「断罪だと? 小賢しい!」
いきり立って剣を召喚するネメシスメンバーの1人に対し、鳳 蒼姫(
ja3762)は掌を伸ばしシンパシーを行使。トラップの位置や幹部の情報など必要な情報を読み取ろうと試みた。
あいにく下っ端のメンバーらしく、判明したのは非常口近辺に仕掛けられたトラップの位置くらいだったが。
「――こいつっ!」
思考を読まれた事を悟ったルインズブレイドが逆上して斬りかかる。
だが一瞬早く鳳 静矢(
ja3856)の抜き打ちが敵の刃を弾き、返す刀(峰打ち)で昏倒させた。
蒼姫は判明したトラップの位置を仲間達に伝え、鳳夫妻を先陣として一行は非常口から突入した。
「‥‥気持ちは分からないでもありませんが‥‥憎しみや悲しみの連鎖は何処かで止めなくては‥‥未来のためにも‥‥」
黒田 紫音(
jb0864)は内心で躊躇いを覚えつつも、斉凛(
ja6571)、夜空と3人でフォーメーションを組み鳳夫妻に続く。
純白のメイド服に身を包んだ凛はアサルトライフルを構え、敵側の銃撃から鳳達を守るべく回避射撃で援護した。
「ネメシスの皆さんは本当にお人好しですねー! そんなに真っ直ぐだと今度は人間に裏切られて、人間を深く憎むことになりますよ!!」
大声を張り上げ、袋井 雅人(
jb1469)が桜花霊符を飛ばす。
挑発に乗って突っ込んでくるネメシス側撃退士達は、静矢の紫光閃、蒼姫の魔法攻撃によりまとめて薙ぎ払われていった。
●憎悪の果て
屋上を守っていた幹部ラファールが早々に撤退したこともあり、結果としては彼女を追ってビル内に突入した救出班の撃退士達が最初に3階へ到達することになった。
ラファールの姿は途中で見失ったものの、ネメシス側撃退士も殆どが1階の戦闘に出払っていたためか、4階にいた敵の数は少なく、制圧するのにもさほど時間はかからなかった。
3階に降りる階段の踊り場で救出班はいったん停止。
一計を案じたさんぽがに変化の術とフェイスマスクでネメシスメンバーに変装、単身3階の廊下に飛び出すと、
「生徒会に雇われた撃退士の襲撃だ、直ぐに人質を移す準備を!」
「な、なにぃ!?」
動転した数名のネメシスメンバーが、3階のとある1室へと走る。
それを確かめた救出班撃退士達は踊り場から飛び出し、敵の撃退士に躍りかかるや一気に拘束した。
彼らが向かおうとした部屋の前に移動しドアを破ると、そこに椅子に座らされたままロープで縛られ、猿ぐつわをはめられた綿谷つばさの姿を発見した。
「お待たせ綿谷ちゃん、助けに来たよ!」
さんぽはすぐにロープを切り、猿ぐつわを外してやった。
つばさはケホケホ咳き込みながらも、(ありがとう)と言いたげに頭を下げる。
長時間の拘束で疲労し、すぐに言葉が出る状態ではないのかもしれないが‥‥。
(‥‥?)
そういえば彼女の頭にいつもの「アレ」がない。
不審に思ったドラグレイは、ふと思いつき、自らが装着した犬耳カチューシャを外して手渡してみた。
「よかったらこれどうぞ♪ いつものアクセサリーがないと、つばさちゃんも落ち着かないでしょ」
コクコク頷きながら、つばさはニッコリ笑ってカチューシャを頭に着けた。
「‥‥あれ? そういえばつばさちゃん犬耳でもOKでしたっけ? 確かネコミミ意外は絶対受付けなかったはずなのに」
つばさの笑顔が硬直した。
怒りの形相でドラグレイを睨み付けるや、その掌に召喚した苦無で突きかかる。
だが一瞬早く、仁刀の当て身が彼女のみぞおちにめり込んでいた。
呻き声を上げながらつばさ――いや変化の術でつばさに化け、彼女の服装を着た鬼道忍軍の男子生徒が床に倒れた。
「舐めた真似しやがって‥‥本物は何処だ?」
「おや、替え玉を見破ったかね? 君らはなかなか優秀な撃退士だな」
廊下に出た一行を、新手のネメシスメンバーが待ち受けていた。
リーダーと思しき二十代半ばの男と、数名の撃退士。その1人は、下着姿のまま縛られてグッタリした「本物の」つばさを抱えている。
「実に頼もしい。鼻が高いよ、『先輩』としてね」
「‥‥テンペストか」
仁刀は思わず口に出していた。
「ルインズブレイドの男性」という以外、その容貌も年齢も謎とされてきた「ネメシス」指導者。
他の生徒と違って野戦服にサングラスという出で立ちの男は、学園生徒というにはかなり年上。おそらく大学部か社会人学生だろう。
「左様、だが私とてこの久遠ヶ原学園の生徒‥‥もっとも我が校の前身、『久遠ヶ原撃退士養成学園』にも在籍していたがね」
「養成学園‥‥?」
その名前は仁刀も知っている。
かつて軍隊並みの厳格な教育と訓練で精鋭撃退士を大量育成しようと発足したものの、2004年に天魔の襲来を受け、当時の学園生徒およそ1/3が死亡するという大惨事を招いた挙げ句壊滅した悲劇の学園。
皮肉なことに、その事件の際に軍隊式の訓練で養成した撃退士達が天魔に対し殆ど歯が立たなかった苦い教訓が、現在の久遠ヶ原学園における「生徒達の自由奔放さを尊重する」校風を生み出したともいえる。
「ボクらの先輩なら‥‥何でこんなことを!?」
さんぽが怒って問い詰める。
「あんまりだよ! 同じ学園生徒同士が憎み合って戦うなんて!」
「その点については心苦しく思っている。だがこれで間違いないのだよ。憎悪こそは人間の持つ最も純粋で強烈な感情――そして撃退士のアウル能力を高める鍵でもある。これは私独自の見解だがね」
「あれ? 俺達天魔生徒を追い出したかったんじゃないの?」
不思議そうにハウンドが尋ねた。
「相手は誰でもよかったのだよ。ごく身近にいて、怒りをぶつけやすい対象ならば‥‥君ら天魔生徒は学園内の『憎まれ役』として格好の存在だったからねぇ」
ニタリと歯を剥いて嗤いながら、テンペストはサングラスを外した。
「私個人の感情をいえば、もちろん天魔は憎い。だがそれ以上に憎いのは‥‥我々養成校の生徒を兵士として育てておきながら、『役に立たない』と分かった途端に切り捨てた撃退庁の役人ども。奴らの大罪に比べれば――天魔など何ほどのこともない!」
男の言葉は途中から狂ったような哄笑に変わった。
同時に全身から血の色にも似た赤黒いオーラが立ち上る。
「憎め、異種族の天魔を! 憎め、愚かな人類を! この穢れた世界の全てを憎んで、憎んで、憎み抜き――憎悪の劫火で焼き尽くせ!! その時こそ、我ら撃退士は天魔をも凌ぐ真の『神』としてこの地上に君臨するのだ!!」
刃渡り2mはあろうかという大剣を振り上げると、テンペストの剣撃が襲いかかってきた。
その凄まじさは2つ名が示す「暴風」のごとく。
「イカれてやがる‥‥」
仁刀を始め、撃退士達も応戦を開始する。
「きゃははは! 見ぃ〜つけた!」
後方の廊下から駆け下りた黒百合が、漆黒の大鎌を構えて駆け寄ってきた。
彼女の後から屋上の制圧を終えた「挟撃班」生徒達も続く。
振り下ろされたテンペストの刃を空蝉でかわすと、金色の瞳をギラつかせた少女は一気に相手の懐に飛び込み、毒牙に変えた犬歯で噛みついていく。
「――むっ!?」
テンペストは咄嗟に大剣を持ち替え、盾代わりに黒百合の噛みつきを食い止める。
が、次の瞬間少女の口からこの世のものとも思えぬ破軍の咆吼が轟いた。
アウルの力を叫びに転化した衝撃波は刀身を貫きテンペストを直撃、さしもの「ネメシス」指導者も顔を歪めて一歩後退した。
その頃になると、地上階の制圧を終えた撃退士達も次々到着、援軍に加わった。
確かにテンペストは強かった。だがその強さも所詮は「人間の撃退士」の範疇を超えるものではない。撃退士数十名の攻撃に晒されるうちスキルを使い果たし、ついには力尽きてその場に倒れた。
ただしその顔は、意識を失った後も歪んだ嘲笑を湛えていたが。
●久遠ヶ原の黎明
「つまり思考っつかなんつかガッチガチおかたーいヒトらの集まりってこったろ? もっと肩の力抜いてこーぜー」
ビルの屋外で待機する梅ヶ枝 寿(
ja2303)が、ナイトビジョンで周辺を警戒しつつ友人のきくちーこと菊千田 一(
jb6023)に話しかけた。
「多少大事になってもさー学園風ドロケーっつえばなんとかなるんじゃね? あやっぱだめ?」
市街地に逃亡が予想されるネメシスメンバーを待ち伏せ、身柄を拘束するのが彼らの役目だ。
「考え、恨み辛みの想いは人それぞれだからねぇ。仕事なんでね。うちはうちの役割をさせてもらうさね」
そういう九十九(
ja1149)自身に、天魔に対して特に思うところはない。
「これも依頼」と割り切ってただ肩を竦めるのみ。
「ビルの中はどうなってるでしょうね‥‥」
今回が入学後の初依頼となる神在月 水那(
jb6385)は不安そうに建物を見やっていた。
「元々争いごとはあまり好きじゃないからニャ〜」
はぐれ悪魔のアヤカ(
jb2800)も落ち着かぬ様子で呟く。
元悪魔といっても、彼女の好きなものは歌とお酒と猫。根っからの平和主義者なのだ。
「だから天魔としてのほのんとここにいる訳何ニャし‥‥何でもかんでも天魔=悪と決めつけるのはやめて欲しいニャ〜。 むしろ、人間の方がよっぽど怖いニャよ‥‥」
ちょうどその時、突入班との外部連絡員を担当する礼野 智美(
ja3600)のスマホが着メロを奏でた。
「! ――はい、こちら礼野」
すかさずスマホをとった智美の耳に、突入班からの報告が飛び込む。
『綿谷つばさを無事救出! テンペストの身柄を拘束、ビル内も完全制圧!』
作戦成功の朗報は直ちに屋外班の撃退士達にも伝わり、一同の間にホッと安堵の空気が流れる。
「幹部連中も全員確保できたの?」
フレイヤ(
ja0715)の質問に対し、智美は首を横に振った。
「テンペストを含め3人までは確保した。‥‥だがまだ1人、ラファールの姿が見えないらしい」
「――来るよっ!」
ビルの監視にあたっていた1人、嵯峨野 楓(
ja8257)が叫んだ。
コグニショングラスを装着した澄野・絣(
ja1044)の視界に、ビル正面2階の窓が破られ、5、6人ほどの人影が路上に飛び降りる姿が映った。
屋上と1階を学園側撃退士に押さえられたため、苦し紛れの逃走手段をとったのだろう。
数こそ少ないが、あの中に最後の幹部・ラファールもいる――屋外警戒にあたる撃退士達は再び緊張に包まれた。
「さて、うちらの出番さね」
そのまま裏道に逃げ込もうとする組織のメンバー達を狙って九十九は立て続けに矢を射る。
「逃がしませんよー」
同じく絣も矢を放った。
これは相手の殺傷ではなく、足止めとマーキングを目的とした攻撃だ。
マーキングを受けたネメシス側撃退士達は、夜陰に紛れて逃走することも困難となった。
はぐれ悪魔のラプラス(
jb6336)がアヤカと共に飛翔し、上空から逃亡者達の追尾を開始。
指導者のテンペストを捕縛したといえ、ネメシスの完全壊滅までにはあと一歩が足りない。
ラプラスは自分達がその「一歩」となるつもりだった。
「ふふふ、逃がさないよ!」
動物交渉のスキルを有する球磨川 白熊(
jb6580)は、予め夜の街で見つけた野良犬や野良猫の協力を得て監視線を張っていた。周辺の街路に関する情報も、地形把握のスキルを駆使して把握済みだ。
カロンの生み出したトワイライトの光が逃走するネメシスメンバー達の影をうかびあがらせた。
戦闘に怖じ気づいて逃げ出してきた連中だけに、制圧は容易だった。
中には学園側撃退士の姿を見ただけで逃走を断念し、その場で投降する者さえいた。
唯1人、スナイパーライフルを携えたラファールのみは周囲を撃退士に囲まれてもしぶとく抵抗を続けたが。
仲間達からの情報からいち早くラファールの所在を突き止めた神凪 宗(
ja0435)が、銃火をかいくぐって隼突きを仕掛ける。
「ちみっ子だからって侮ると痛い目をみるよっ」
後方からはクリスがエナジーアローで、また神雷(
jb6374)は「死者の書」による魔法攻撃で支援。
(人間同士でも対立はあります。仲良くなれる相手なら天魔でも関係ないはずなのに‥‥)
学園生徒同士の戦闘という事態を残念に思いつつも、絣は弓を引き絞る。
先にマーキングを受けたこともあり、集中攻撃を浴びたラファールはみるみる抵抗力を削がれていった。
「これはゲームではない。敵を滅ぼして勝つなんて戦は、現実にはありません」
仲間達と連携して攪乱攻撃を仕掛けつつ、それでも彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)は彼女への説得を続けた。
「もう無駄な争いは止めましょう。私のアウルは、誰かの手を掴む形をしている‥‥それが天魔でも、あなた方ネメシスであっても」
「‥‥」
その言葉を聞くラファールの表情はどこか虚ろだ。
狂信者の最後の抵抗――にしては、何かがおかしい。
「そこだ!」
そんな彼女を宗の影縛りの術が捕らえ、ヴィリディアンで再拘束。
ラファールはその場に膝をつき、諦めたようにライフルをヒヒイロカネに戻した。
――ネメシス幹部、最後の1名を確保。
かくして深夜の裏路地を舞台にした救出作戦は学園側撃退士の完全勝利に終わった。
「確かに天使や悪魔がやっているのは明確な侵略行為であり、 それによって天魔を憎むのは理解出来るわ」
武装解除され、力なく地面に座り込んだラファールの元に歩み寄り、ラプラスが穏やかに話しかけた。
「それでも、共闘出来る相手とは共闘しておくのが利口よ、人間さん。天使だ悪魔だ人間だ、というラベルより、大事なのは個体として、個人としてどう生きるか。 私はそう思うけれどね」
「‥‥あなたの言葉、正しいわ。私の‥‥負けよ」
「‥‥?」
眼鏡を取ったラファールの目から涙が溢れ出す。
あの時、ビルの3階に戻った彼女はテンペストを助けて最後まで戦うつもりだった。
だがその時、聞いてしまったのだ。
自らが「指導者」と仰いできた男の本当の目的を。
「‥‥私は騙されていた。信じていたのに。あの人のためなら命さえ惜しくなかったのに――」
「もうっ、何メソメソしてんのよ?『悪い男に騙されました』なーんて、よくある話じゃない。元気出しなさいって」
見かねたフレイヤが慰める。
「笑いたければ笑いなさいよ。好きなだけ」
「ええ、笑いたいわね。ただし嘲笑じゃなくて、もっと楽しい場所で一緒に笑い合いたいわ。貴方の笑顔も見せてちょうだいよ」
「‥‥何で?」
「だって私は魔女だから。 魔女は見知らぬ誰かを笑顔にさせる者だから。 それがたとえ天魔だろうと、ネメシスだろうと皆を笑顔にする――それが私の選んだ答えよ」
「‥‥」
唇を噛んで顔を伏せるラファール。
いや、彼女は二度と「ラファール」と名乗ることはないだろう。
戦いを終えた双方の撃退士達を、いつしか東の空から差しこむ黎明の光が照らしだすのだった。
<了>
※このたびはリプレイ完成について大変遅れてしまいまして申し訳ございませんでした。