
真っ暗な砂浜に、場違いな程巨大な鍋が2つ。今はまだ、何も入ってはいないが、その傍らのプラカードには、『と〇やさい味噌』と『いしる』と書かれている。簡単に言えば、味噌鍋と醤油鍋である。
「では、ルール説明は以上です。これから、24時間後、明日の夜に調理を開始しますので、それまでにここに戻ってきて下さい」
主催者サイドの司会者が、空気はもちろん、そこに集まる客の表情も読まずに自分の仕事をキッチリ終えてしまう。そして説明終了を合図に、カメラやマイクを携えたスタッフが数十名ずらっと整列。
「我々が、責任を持って! あなた方の雄姿を撮影させていただきます! 」
手に持つ道具には、「Hなデジタルテレビ」という、怪しげなフレーズが書かれている。しかし、どうやら地元ではそれほど違和感のある物ではないようです。
●まずは、材料を求めて
「えー、『闇鍋バトルロイヤル ブレイカー大会』司会兼実況中継役を任されました、安藤 麗子です。解説をしてくださるのは、こちら」
司会の安藤さんの横には、威風堂々といった雰囲気の男性が座っており、軽く会釈をする。
「食・芸術・人生を極めようと、全てを費やしていらっしゃるという、大海原 雄さんです」
「うむ」
「それでは、まず‥‥漁港の方お願いします」
画面の映像が切り替わると、そこには漁港の朝市で何やら良くわからない魚介類ばかりを選んでいる蒼波セツナ(ja1159)さんが映し出されています。
「うむ、あの手に持つ箱は石川の珍味『ふぐの卵巣の粕漬け』だな」
間髪入れずに、雄さんの説明が入った。他にも、水魚や海鼠、カメの手などの怪しい外見の具材が見て取れる。
「おや? あちらにも誰かいらっしゃいませんか?」
安藤さんがモニターに映る、もう一人の撃退士を見つけた。すぐにカメラが切り替わると
「僕は‥‥美味しい鍋と聞いて来たのに‥‥」
楯清十郎(ja2990)さんのぼやきが聞こえた。楯さんの買い集めている具材は、白菜、ネギ、人参といった極普通の食材です。楯さんの、美味しい鍋への諦めない気持ちの現れの様です。
「ほほぉ、彼はありふれた素材の選択ではあるが、美味い鍋とは何かを良く理解していると見える」
「‥‥闇鍋ですけど」
安藤さんのささやかな突っ込みなど何のその、雄さんはまったく動じず、視線すら揺らぎない様子。
「こちら、戸川 乃亜(ja2839)班です。聞こえますか〜」
音声の割り込みが入って、映像も切り替わる。すると、何故か近所のスーパー‥‥いえ、商店といえばいいのでしょうか、小さなお店の映像が映し出されています。そして、買い物袋を持ってお店から出てくる戸川さん。彼女にマイクが向けられると
「え? わしが買ったものか? シュークリームとわさびチューブじゃ」
袋の中には、甘そうなシュークリームと、相反するチューブタイプのわさびが入っている。まだ、どう使うかは教えてはくれませんでしたが、雄さんが推理を展開し始めます。
「この闇鍋、ただ作るのではなく、相手の鍋の邪魔も出来る。ならば、あのわさびもその為のものであろう。しかし‥‥、そもそも、鍋にシュークリームもないだろうが」
どうやら、やっぱり不明の様です。
「それでは、次は山の方に行った方々の様子を見てみましょう」
そうは言っても、山中を駆け回り、山菜や獣を獲ろうという撃退士を普通のスタッフが追えるわけもないわけで‥‥映像として使える物が乏しく、中継ではなくVTRによる放送に切り替わってしまう。
「んーと‥‥たしかこれは食えるな」
山菜の種類を見極めている烏田仁(ja4104)さん。次のシーンは、その島田さんが大きな猪に挑みかかろうとしているシーン。
「‥‥よし、行くか! 」
ドサッ!
「よし、肉確保っと‥‥血抜きしなきゃな」
見事に仕留め、手早く血抜きなどを行い下処理を済ませている。
「ええ、VTRの途中ですが、ここで速報が入りました。山中で戦闘が始った模様です」
鷺谷 明(ja0776)さんと水無月 神奈(ja0914)さんの2人が、木々の間を縫うように交差しては、距離を取り、また交差する戦いを繰り広げている。
「ここで出会ったのが運の尽き!!」
水無月さんの攻撃が、鷺谷さんをかすめる。
「貴様、なかなかやるな」
鷺谷も負けじと応戦する。
今度は安藤さんが解説を始めた。
「今は映っては居ませんが、ザクセン(ja5234)さんが熊と全力で戦っている際、動植物の乱獲への制裁目的で、鷺谷さんがザクセンさんに戦いを挑んだそうです。その戦う姿を見た水無月さんが、意気揚々として参戦した為、この様な事態になったとの事です。なお、ザクセンさんは戦闘からは離脱し、山菜などの食料の調達に戻ったそうです。これが、その時のザクセンさんのコメントです」
「‥‥鍋‥‥食材、狩る」
何事も無かったように、その巨体は森の奥へと消えていった。
●闇に乗じて、鍋、鍋、バトル
「それでは、これより闇鍋の調理に入りたいと思います」
各自が様々な素材を集め、会場である『夜の砂浜』に戻って来ており、すでに戦闘態勢という雰囲気である。そこに、安藤さんの大太鼓による開始の合図により、火蓋は切って落とされた。
ドーーン!
開始と同時に、行動は2パータンに分けられている。素材の下処理を始める人達、すでに材料を鍋に投入しようと駆け出す人達である。
「あら? 蒼波さんは、フグの粕漬けを擂って肉団子にしている模様です」
「それだけではない、唐辛子も混ぜ込んでいるな」
フグの粕漬けについた糠を軽く洗い落とし、すり鉢で擂り唐辛子を混ぜて団子にしている。元々、火を通さずに食べる事も出来るので、大きく間違っているわけではないけれど‥‥唐辛子?
「具材の投入に向かった方でも、大きな動きがあったようです」
アーレイ・バーグ(ja0276)さんが、主催者サイドの人間に取り押さえられている。
「サバイバルの基本ですよね‥‥栄養価高いですし」
何故取り押さえられたか解らないという風に、具材(?)を差し出し説明している‥‥しかし、手に持っているのは、台所などに出る『黒いヤツ』である。すでに、安藤さんは白めを剥いている。
「うむ。確かに、アーレイの言う事も一理ある。元来、ヤツを食用にする国は多く、今でも食べられているのは確かだ。しかし、食用にするには育った環境などがとても重要だ。体内に毒素を溜め込んでいく、生体濃縮の害を考えれば、野性の物であっても食するべきではない。清潔な環境下で、適切な‥‥」
スタッフによって、マイクの音声をオフにされた事に気が付かないまま、雄さんの説明は続いている。説明を続けさせれば、苦情の電話が殺到しそうだからである。
「私はあれこれと物が入る前にある程度確保しておこうかしら‥‥」
卜部 紫亞(ja0256)さんが、醤油鍋の前で考え込んでいる。卜部さんは、食材の選定を占いで行なっており、魚と野菜を一番に醤油鍋に入れていた。魚醤である『いしる』に、魚を入れたのだから、味は問題なく、調味料なども自前で持参している。しかし、味に問題がなかったのは、ほんの数秒の間だけであった‥‥
ボチャン! チャポポン!
何故か、鍋にシュークリームが投げ込まれる。一瞬、味噌鍋班からの具材攻撃かと思った卜部さんだったが‥‥
「わさび入りのロシアンシュークリームじゃ」
同じ醤油鍋班の戸川さんの仕業であった。しかも、自作だ。二人の間に微妙な空気が流れていた。仲間のはずの二人なのですが‥‥
「‥‥はっ! 失礼しました。私、気絶していたようで」
安藤さん復活。即座に仕事を再開する。
「白神明日斗(ja5396)さんが、漁港で大量に安く購入してらした小魚の下処理をして居る様です。白神さん、何か一言お願いします」
丹念に、うろこ、内臓を取り出し、ドバドバと味噌鍋に投入していく。
「豪快に煮込んでも魚ならだしが出て美味しいよね、うん」
その姿を見て、雄さんの説明が入っている様だが、最初の方は音声が入っていないままで、スタッフにより音声がオンにされた後半部分のみ聞こえてくる。
「‥‥の種類の魚なら、申し分ないだろう。そこらの高級魚より鍋向きと言える」
「いい香りがしてきました」
雄さんの説明を後押しするかの様に一言挟んだのは、楯さんであった。丁寧に鍋に浮かぶ灰汁を取っている最中の一言だ。
と‥‥ここまでは、平穏な闇鍋だった。かもしれない。
「いくわよ〜」
蒼波さんの攻撃が始ったのだ。先ほど作った団子を、ドンドン味噌鍋へと投げていく。しかし、味噌鍋を守る物が誰もいないという状況であり、次々と投入されていく。
ドボドボドボ
投げ込まれた物は、そのまま鍋の具材となっていく。さらに、島田さんも味噌の鍋にタバスコを混ぜ込む。けれど、味噌鍋班にとって、敵は醤油鍋班だけではなかった‥‥
「なんというか‥‥良くわからないんだよね」
闇鍋を理解出来ていない者が一人‥‥かつよ(ja5330)さんである。良くわからないと言いながら、何故かミント味のガムを次々に鍋に入れてしまい、どえらい事になっている。さらに、影森 千景 ja5404さんは、自ら獲って来た鹿や兎などの肉を入れていたが、途中でシュークリームやガムなどを発見し、その対応として何故か激辛ソースを投入してしまっていた。この時点でも、味噌鍋は恐ろしい物になっている‥‥
「醤油鍋の方と味噌鍋の方で、差がすごいですわ‥‥」
安藤さんが青ざめた顔で感想を述べている。
「あら?あれは‥‥」
安藤さんの視線の先には、ザクセンさんが居た。山の中で、水無月さんや鷺谷さんに邪魔される形になったものの、どうやら熊を仕留める事が出来たようです。それを、安藤さんが見ている前で、一頭丸々を解体し始めた‥‥
「はぅぅ〜‥‥」
ドサッ
安藤さん2度目の失神。
「ほほぉ、熊肉か。しかも、なかなかの包丁捌きだ」
ザクセンの見事な熊の解体に、雄さんは感心している。
「はぁ、はぁ‥‥はぁ〜。すごく遅れてしまいました」
大荷物を担いだ少女が息を切らせて、闇鍋会場に姿を現した。気絶している安藤さんに代わり、雄さんが事情を聞きにやってきた。
「私ですか? 私は雫(ja1894)といいます。小学3年です。」
「いままで、どこに行っていたのだ?」
「お隣の富山県の富山湾に行ってました。そこで、漁船に乗せてもらって、漁をして来ました」
「ほほぉ、では、その荷物が獲れた食材か」
「はい」
ドン、ドドン
荷物を地面に置き、中身を披露し始める。ベニズワイガニ、ホテイウオ、寒ぶりなど色々取り揃えてある。
「ほぉ、これは幻魚(げんげ)か。深海魚の一種で、脂の乗りというゼラチン質な身といい、かなり珍しいものだな」
「はい。これも狙っていた物だったので、大変でした。だから、遅れてしまったのですけど‥‥」
「これは、失礼。足を止めさせてしまった。ささ、行ってくるが良い」
雄さんが、手に持っていた幻魚を返すと、雫を闇鍋の方へと案内する。
「む! これは‥‥」
雄さんが見たものは‥‥。褌姿にニット帽、そして手には銛という出で立ちのイクス・ガーデンクォーツ(ja5287)であった。そして、彼が無駄に大量に獲って来た魚や、貝や、なまこ、サザエと言った海の幸に対し、一色 松子(ja5086)が抗議していた。
「食材を無駄にする冒涜的行いです! ニット帽も変ですし」
「お前本当は日本人だろうという疑問は受けつけねぇ!」
「‥‥なるほど、これも私への試練ということですね」
会話がまったく成り立っていないが、そのまま乱闘へ。そして、何故かイクスさんはニット帽を目深に、目元まで被り戦っている。
「ニット帽目元まで被ってるのに見えるのかって? ‥‥お嬢ちゃん、世の中にゃあ触れてはならない禁忌ってモノがあるんだぜ?」
「私、あなたの事まったく理解できないです」
二人の温度差はかなりの物である。しかし、二人が戦う姿を見て、またもよ水無月さんが意気揚々と入り込んできた。
「お前たち、仲間同士で行き過ぎた喧嘩はダメだ」
言葉は正論だが、楽しそうである。こうして、どちらの鍋班なのかも曖昧なままの3人により乱闘が始り、拡大しつつあった‥‥
「今のうちに儀式を!」
乱闘から外れた場所で、鷺谷さん蒼波さんと、卜部さんの協力の下、何か怪しげな事を始めていた。鶏を生贄として捧げ、その血を怪しい像にかけ呪文の様な物を唱え始めている。
「邪神が降臨するみたいなの」
蒼波さんが指摘した通り、呪文を唱える鷺谷さんの体から、黒い瘴気が立ち上る。
「食らうがいい!!」
鷺谷さんの声とは思えない程のかすれた声と共に、鷺谷さんが両方の鍋に向け毒草を投げつけ始めた。
「うわぁぁぁ!」
辺りから悲鳴が聞こえ、皆が必死に鍋へ入るのを阻止している。この毒草に関しては、主催者側のスタッフも必死に防いでいた。
「邪神ヤゥミナァ・ベーの力ぁぁ!」
さらに、鷺谷さんが意味深な神の名を叫び、さらに毒草を投げるスピードをあげる。
「させません!」
雫が次々と毒草を鍋の手前で、打ち落としていく。幸い、全員が守りに回った甲斐があり、毒草被害はなかった。そしてこれがきっかけで、乱闘騒ぎはもはや誰にも止められない程に拡大することになってしまった。
―――数時間後‥‥
うっすら夜が明け始めた頃、闇鍋は完成した。乱闘で力尽きた者‥‥調理に専念した者‥‥こんなの適当に済ませて二人で遊ばない? とナンパする者(かつよさんが戸川さんをナンパ)‥‥危険な物を投入しようとして阻止された者(アーレイさん、鷺谷さん)など‥‥様々であった。
「それでは、大海原 雄さんに結果を発表して頂ます」
「うむ、では‥‥まずは、具材からだ」
●味噌鍋に投入された具材
唐辛子フグ粕漬け団子
ロシアンシュークリーム
白菜、ネギ、人参、豆腐、しらたき、山菜
タバスコ
ミント味のガム
魚大量
獣肉(鹿、兎、熊)
激辛ソース
●醤油鍋に投入された具材
ベニズワイ
げんげ
ホテイウオ
魚、野菜、肉
ロシアンシュークリーム
「これが投入された各鍋の具材だ。見ての通り、圧倒的に味噌の方が危険な香りのする物に仕上がった。一方、醤油鍋の方は、ロシアンシュークリーム以外は至って平凡。これにより‥‥」
本来、雰囲気は結果発表の重々しい雰囲気が漂うのですが、鍋の匂いや疲れ果てた参加等により、会場全体がどんよりしている。ちなみに、安藤さんは気絶から熟睡へと移行。
「闇鍋とは、闇である事が重要。普通の鍋を食らうのであれば、闇など必要なし。闇の中、鍋の中をも闇へと変えてこそ『闇鍋』。よって、闇鍋バトルロイヤル前半戦の勝者は味噌鍋の方とする」
「はい?」
大海原 雄さんの言葉に驚愕する者、呆然とする者など多数いた。『前半戦』という事は、今から後半戦?
「では、準備を頼みます」
雄さんの合図により、スタッフが次々に参加者の前の茶碗に醤油と味噌の鍋を取り分けていく。
「それを両方全て食べきった班が後半戦の勝者とする」
鍋だから、食べるのは当然。しかし、食えるかどうかは別問題。それが闇鍋‥‥そして、食べる人の反応は様々であった。
「日本には変わった風習があるんですね」
理解していないアーレイさん
「ふぅ〜‥‥」
何気にパイポを吸い始め、平然としている島田さん
もぐもぐ‥‥
普通に食べ初めてしまう戸川さん
「‥‥美味しい鍋と聞いて来たのに」
現実に改めて落胆する楯さん
「この世の食は神のお恵み‥‥余すことなく守りきってみせる‥‥!」
不思議な使命感に燃える一色さん
ごそごそ‥‥
事前に胃薬を用意していた影森さん
しかし、結果は当然‥‥食べた全員が真っ白な天井、白いシーツのベッドの上で目覚める事となった。
●後日談
「雄さん、あの闇鍋バトルロイヤルを振り返ってみて、何か一言お願いします」
まったく役に立たなかった安藤 麗子さんが、大海原 雄さんへの単独インタビューを行なっているのだ。
「うむ。なかなか良い内容だったと思うぞ。素材の選定、準備、調理と見る限り、皆の腕前はなかなかだったと感じておる。闇鍋などというテーマでなければ、さぞ美味い物が出来たであろう。是非、次はわしが主催して、普通の鍋を作らせて見たいものだ」
「‥‥ちなみに、味見はなされたのですか?」
「するわけがなかろう」
この闇鍋バトルロイヤルが再び開かれる事は‥‥ないかも知れない?