●争奪戦はすでに始まっている。
昼を知らせる鐘が鳴る。同時に、バイキングの店が開いた。
店の中を走るような生徒は一人として存在しなかったが、皆競歩である。
索敵スキル『通信士』を使用し、鴉乃宮 歌音(
ja0427)が真っ先に足を向けたのは限定品のケーキが置いてある場所。
索敵であるためにスキルは何の役にも立たなかったというかスキル使うところが間違えているがそこはご愛嬌。
「初速で私に追いつける者は少数」
にやりと少女のような柔らかな顔に若干悪い笑みを浮かべて、彼は一番に限定のイチゴタルトをゲットした。
後は優雅にフルーツを皿に盛り、人数が減るまで席で待機を決める。
「やって参りましたバイキング。それにしても大人の事情で数量限定って……」
佐藤 としお(
ja2489)は整理券を手にぽつりと漏らす。が、学生たちの勢いを見て納得した。これは数量限定にしないと店が潰れる。
「まずは酢の物とサラダ……と」
体にいい食事の為に、まずは胃腸を活性化。その後、主食を探して再び戦場へ。
限定品で争奪戦が始まるかと思いきや、皆プリンを狙っているようなので、としおは何の苦労もなく限定の金華豚の厚切りステーキをゲットした。
お肉はよく噛んで、甘い物は食欲減退するから飲み物はミネラルウォーターで。黙々とバランスのいい食事を続ける彼に何名かが話しかけようとしたのだが、あまりに夢中なので邪魔することも出来ず。
「フッ。余は満足だ……」
ちょっと目じりが光ってるのは、汗だよ汗。
「んー! グレイト!!」
同じく金華豚のロースステーキをゲットしたのはアフロが素敵な田中 匡弘(
ja6801)だ。
たまには豪勢なものをたべたいですね……と思っていただけに、喜びの表現も大きくなる。席に着き、味わうようにゆっくりとかみしめて。
バッ!と効果音が着きそうな勢いで立ち上がり、スキル☆アフロ・ザ・フィーバー☆を発動させる。
「ベリーグッドテイスト! アフロ3個分の素晴らしさです! ありがとう、そしてありがとう!」
ばっちりポージングを決めてあるベニヤ板で出来たアフロの看板が彼の左右に現れた。驚く店員に感謝を述べた後、看板をそのままに食事を続けたのだった。(3分後、効果が切れて看板は消えた)
「さあ、狩りの時間です」
きゅぴーんと目を輝かせたのは、氷雨 静(
ja4221)。大人しい外見なのに、その手に持つ皿には数々の料理と限定のチョコレートケーキ。ケーキを食べるのはもちろん最後だが、先に取っておくにこしたことはない。
「わぁ…どれも美味しそうです…!」
三代 あぬ(
ja6753)も数々の料理に目を輝かせながら、チョコケーキをゲットした。
並ぶかと思ったケーキだが、プリンのおかげで以下省略。
「私の前に並んだことがあなた方の悲劇です」
「お残しは絶対にしません……大食いのルールです」
限定品を手に取ったことだし。後は思う存分食べてもいいだろう。
あぬは少量で(魚以外)全種類制覇を。静は全種類制覇を目指し、限定ケーキゲット者同士、たわいもない会話をしながら食事を始める。
さて、静がケーキを食べるのはいつごろになるだろうか。
「………合宿中にバイトなんて。実についてない……」
わいわいがやがやと生徒たちで賑わう中、暮居 凪(
ja0503)はテーブルの一つを占領して疲れ切っていた。
「お疲れさん。どないしたん?」
「バイト先からプログラミングに問題があるとか言われて……朝までずっと作業よ……」
一人だけ明らかに浮いた空気を漂わせているのを見て冬夜が声をかけると、やっとと言った様子で凪は顔を上げる。見れば、凪の目の下にはくっきりと深い隈が入っており、目を開けているのも億劫なようだ。
「そりゃ災難やったなぁ……なんか取って来よか?」
「高級なコーヒーがあったら、お願い」
「はいよ」
半ばグロッキー状態の彼女に苦笑いを浮かべつつ、冬夜は凪の要望したコーヒーを取りにいき、一番高級豆を使ったコーヒーを差し出した。
「ありがとう……頭が起きたら行列の整理、手伝うわね」
「おう、ありがと。無理はせんでな〜」
手を振って凪と別れ、限定プリン待ちの列へと注意を促すために歩き出す。
「時間制限あんの?」
その冬夜を捕まえ、鐘田将太郎(
ja0114)が問いかけた。手の皿にはパエリアとエビピラフが載っている。
「一応3時間やけど、料理が出てくるまでは、おってもえぇよ」
「そうかい。わかった」
料理が出てくるまでは、を強調され、首をかしげることもなく将太郎は納得した。目の前で肉料理が次々と空になっていく。その中にすごい格好の女性が見えた気がしたが、見なかったことにした。
慌てたのは引率係の冬夜と店員だ。
「取捨選択……それは凡人の行うことです……神に選ばれし者はただただ蹂躙制圧あるのみです。2度目があるとも思わないので遠慮無く食べましょう♪」
言葉の通り、他の人がきちんと取れるように量は考えてアーレイ・バーグ(
ja0276)が次々に皿に盛っていく。そのスレンダーな体のどこに入るのか、おかわり二回目だ。
「また胸が太りますねぇ……」
そうか、胸か。そんな彼女の格好は、正直貸切でなければ一悶着あったであろう高露出。肌色の方が多いよ!
「バーク君!? 頼むからこれ羽織って! 勘違いされる!!」
「そうですねー。この格好だとヒーローショウのおね−さんと勘違いされるんですよ」
「深夜枠のヒーローものですねわかります、ってちゃう! 目の毒やから!」
慌てて冬夜が差し出した大きめのストールは、料理を取るのに少々邪魔になる。しかし、冬夜と店員の二人がかりで説得されてアーレイは渋々羽織った。
「なんか、すげ〜殺気だな? 皆、気合入り過ぎだろう」
少し離れた場所から、神楽坂 紫苑(
ja0526)が思わずぼそりと呟いているが、彼自身左手に二枚皿を乗せてバランス良く料理を持っているのだから、気合いの入り方は同じように見える。ちゃっかり限定料理の子牛のカツレツまで盛っているのだから油断もない。
「星杜、そっちはどうだ?」
「大丈夫。ゲットできたよ」
黒毛和牛のフィレ肉パイ包み。星杜 焔(
ja5378)は自分が覚えられて、かつ材料費的に作れそうな限定料理をちゃっかりゲットしていた。
餌付けの為にレパートリーを増やさなければならないのだ……! と気合を入れているだけあって、彼のテーブルには限定含めてほぼ全種類の料理が乗っていた。
「限定プリンだけは、無理そうですよ」
東城 夜刀彦(
ja6047)も限定の鮎の串焼きをゲットして、テーブルに合流した。視線の先にはプリンを狙い、今か今かと待ち受けている生徒たち。
果たしてあの中の何人が食べられるのだろうか。そして、プリンの味とは。気になるが、突撃する気にはあまりならない。
「それよりも、すべて丁寧に平らげなければいけませんよね」
夜刀彦の笑顔は、本気だった。
「……みんな、よく頑張るなぁ」
……食べて大きくなるのであれば、幾らでも食べるのだがなぁ。と苦笑を洩らすのはユリウス・ヴィッテルスバッハ(
ja4941)だ。食べようと思えば見かけによらず食べられるが、自分からはあまりたくさん食べようとは思わないようだ。高級食材を選んで浅く広く食べていた。
●プリン争奪戦、開幕。
「冬夜さん、限定プリンは何時からですか?」
「プリンは13時の予定やな。出す時にはアナウンスを入れてもらう予定や。それまでにちゃんとご飯食べときや〜」
さりげなくリサーチを入れた権現堂 幸桜(
ja3264)は、冬夜の忠告にいい笑顔で頷いた。奪取してからのご飯、これ基本。
この会話は直ちに限定プリン狙いの者たちの間に広まり、全員が時計をちらちらと気にしだした。
そして、時間が来る。
「限定プリン、6個です!」
店員の声がスピーカーを通して店内に響く。
聞いた瞬間、【奪プリ】のメンバーは一斉に動き出した。全く同時に、プリン狙いの者たちも動き出す。
「本気で行きますよー!」
あほ毛をピコピコ動かしながら競歩で向かう櫟 諏訪(
ja1215)。初速で彼にかなう者はいない。他の追随を許さぬスピードで、一番にプリンをゲットした。
「確保成功ですよー! やりましたー!」
確保すればそこにはもう用はない。次々と迫ってくる者たちから逃げるべく、諏訪は肉料理コーナーへ移動した。
「みんな食べ物を取り合って争うなんて大人げないなー」
「そうですねー」
飲み物の持ち込みは入店前にやめるように言われ、ノンアルコールでもビールを置いていなかったため麦茶を仕方なく飲んでいた雀原 麦子(
ja1553)と、刺身コーナーを見つつも【奪プリ】としてプリン奪取を狙うフェリーナ・シーグラム(
ja6845)の視線が絡む。
女の直感が告げる。こいつは、敵だと。
横目でにらみあいながら二人は競歩でプリン奪取を目指し競歩で進む。
「限定品……響きがいいですよね、美味しそうですし」
「引率係が陣取るくらいだしね」
表面上はにこにこと会話をしながらも、言葉の端々にけん制し合っているのが見える。
と、麦子ばかりを気にしていたフェリーナは、横手からある気配を感知した。
「この感じ…冬夜さんか!」
どこのニュータイプですか。いえ、普通の撃退士です。
フェリーナが新手に気を取られた隙を逃すはずもなく、麦子はスピードを上げ、プリンに手を伸ばした。
「あ!」
「ビールもないんだもの。これくらいはね」
勝者、麦子。ほくほくとした顔で彼女はテーブルへと戻っていった。フェリーナは邪魔した冬夜に抗議をしようとするがその姿はどこにもない。
というのも、Rehni Nam(
ja5283)が店内だと言うのに星の輝きを使おうとし、さらには盾を構えて人を吹き飛ばそうとしたからである。多少のスキルの使用(索敵や分身など)は、人に危害を加えないものだから目を瞑っただけだ。盾は公序良俗に問題なし!とRehniは主張するが、攻撃行為自体が問題大有りのため、店の裏でこんこんと説教である。
思わぬ脱落者が2名出たことで、プリン奪取が簡単かと言えばそうでもない。
「限定プリン……何としても手に入れる!」
今持てるすべての力を使って! と柊 夜鈴(
ja1014)が走っているのではないかと思うくらいの競歩でプリンを奪取する。
「よっし! プリンゲットだ!」
「ああああ!!」
無事にゲットできて喜ぶ彼の後ろでは、同じ【奪プリ】のカタリナ(
ja5119)が悔しがっていた。
「【奪プリ】仲間なら仕方ない、ですね……!」
「……譲りますよ?」
「いえいえそんな! 大丈夫、です!」
夜鈴の申し入れにカタリナは慌てて首を振る。一歩出遅れたのは自分なのだからと諦めようと、
「ふっふっふ、それは偽物だ! さっきすり替えておいたのさ!」
「「えええ!?」」
颯爽とギィネシアヌ(
ja5565)がプリンを片手に乱入してきた。生クリームにチェリーまで乗ったそれは、限定っぽいがなんか違う。
「嘘は良くないですよ。それ、さっきあっちのアイスバーでデコレーションしていたでしょう」
夜鈴とカタリナが手元のプリンとギィネシアヌのプリンを見比べている前で、苦笑交じりに幸桜が突っ込みを入れる。ばれたか、とギィネシアヌは悪びれもせずに笑った。限定プリンを狙っていたのだが、入口で店員に捕まっていたために完全に出遅れたのだ。
本当はコンビニプリンでのサプライズを計画して一旦抜け出して購入したものの、持ち込みを禁止されたので(隠密で持ってきたのに店員は見逃さなかった)すでに出ている普通のプリンを飾ってみた。
「皆さんゲットできたんですか?」
そこに甘い物は別腹!と敗戦の悲しみを甘い物で癒そうと大量にケーキを盛ったフェリーナが合流を果たす。
「夜鈴がゲットしたぞ」
「すごい!」
「後で皆さんで分けましょう」
「ありがとうございます! そちらも美味しそうですね」
「1個限定、ギィネシアヌ特製プリンかな」
先に食事を取ってからデザートを食べる約束を守るべく、【奪プリ】のメンバーは笑い合いながら料理を取りにいった。
こっそり限定プリンをゲットしていた幸桜が、カタリナに限定プリンをプレゼントするのはもう少し後。
「Alcohol……無いのか……」
限定プリンの5個目は八辻 鴉坤(
ja7362)の手の中にあった。瞬発力と運が味方し、誰にも邪魔されずにゲットできた。なんとも幸運なことである。
そんな彼は店内を見回して少しだけ肩を落とす。未成年者が利用するため、アルコール類は一滴も用意されていなかった。あらかじめ聞いていたとはいえ、美味しい料理に酒がないのは少々寂しい。
「うそん!! プリン!!」
諦めて寿司コーナーに向かおうとして。裏口から疲れた様子で戻ってきた冬夜を見つけ、葛藤ののちに鴉坤は声をかける。
「……冬夜、さん」
「ん? どないしたん?」
膝と手をついてうなだれていた冬夜だが、声をかけられれば笑顔で応じる。恰好はそのままに。
「プリン、少し分けようか?」
「マジで!?」
勢いよく立ちあがり目を輝かせる彼に鴉坤は少し笑い、頷いた。
●ごちそうさまでした!
「バイキングとは、ある意味戦争だな」
プリン争奪戦の様子を見て、如月 優(
ja7990)がぽつりと漏らす。各種スープが二つ分乗ったトレイを持って、ファリス・メイヤー(
ja8033)が待つテーブルに移動する。
「取りすぎた、な…」
テーブルには二人で手分けして集めた料理が並んでおり、スープも合わせると二人では食べきれない量になっていた。気持ちでは全部食べたいのだが、胃袋の容量はそこまで大きくはない。
「仕方ない。彦のところに持っていこう」
「そうだな」
バランス良く食事を取り、残りをすべて夜刀彦のところへと持っていく。迷惑がるでもなく、彼は笑顔ですべてを食べきった。
「美味しいですね!」
プリン争奪戦、最後の一つの勝者は、鳳 静矢(
ja3856)だった。
「手に入れられて良かった……」
愛する彼女へのプレゼント。その気合いは凄まじく、誰とも争うことなくゲットすることが出来た。これが愛のなせる技と言うものか。
「はい、静矢さん♪ あーんしてあーん♪」
「ん。……これは美味いな……」
愛する彼女、鳳 優希(
ja3762)はまだ知らずに静矢に次々と料理を食べさせる。自分の分もきちんと食べては
「ふにゅ、ふにゅ、美味しいのですー☆」
と無防備な笑顔を見せていた。
ふと、優希は静矢の頬にソースがついているのを見つけ顔を寄せて舐め取ろうとし、静矢は逆にキスをして自分でソースをぬぐった。
「食べかすはちゃんと普通に取りなさい……馬鹿者」
「えへへ」
二人だけの甘い空気をさりげなくまき散らしながら、料理を食べ終えた。満足して一服した後、静矢は優希にプリンを差し出す。
「優希、食後のデザートが用意できたよ」
「ふわぁ……!!」
甘い物は別腹。たくさん食べた後でも目を輝かせる彼女に、静矢は満足そうな柔らかい笑みを浮かべた。
それぞれが食事を終え、自分のタイミングでパークに戻っていく。
皆、最後にはこう言って。
――ごちそうさまでした!