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マスター:悠希ユタカ
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:4人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/02/25


みんなの思い出



オープニング



『今年はこの辺りの界隈で局地的な不幸の連鎖が始まるでしょう。皆様、ゆめゆめ他人事などとは思わず細心の注意を払ってお過ごしください』

 テレビの中で、最近有名な占い師がそんなことを言った。
 居た堪れない気持ちになった彼はすぐにソファの上にあったリモコンに手を伸ばしチャンネルを変えた。
 そう言えばあの日に近づくにつれて確かに良くないことが起きている気がする。このままでは憧れのあの子からまたアレを貰えそうにない。
 そんな考えに捕らわれおろおろとしている少年、浅沼幸太。彼は来たるべきその日に向けて意中の少女からブツを贈られるよう自分磨きに精を出していた。
 新しい洗顔フォームを使用し、筋トレで肉体改造。そして鏡の前で笑顔の練習だ。
 しかし、彼のその努力とは裏腹に不幸は彼を襲う。
 洗顔フォームは肌に合わなかったらしく、彼の白い顔に赤い赤い湿疹を残し、行き過ぎた筋トレで肉離れ。学校の鏡の前でも笑顔の練習をする癖がついてしまった彼はナルシストだと悪評が流れた。
 このままではまずい。
 彼は名誉を挽回すべく様々なことに取り組んでみるものの、その全てが悪い方へ悪い方へと流れていく。

「どうなってるんだよ……一体……」

 本当にあの占い師の言葉が当たっているのか。でも、そんなものどうやって回避すればいいと言うのか。
 学校からの帰り道、頭を悩ませる幸太が周りを見回してみると皆一様に暗い顔をしていることに気が付く。どうやらこの現象は自分だけではないらしい。男も女も老いも若きも街全体が沈んでいるかのような雰囲気だ。
 結局何も解決しないまま、彼はその日を迎えてしまうことになる。
 決戦の日、2月14日。
 彼は今自分にできる精一杯のおめかしと、ほんの少しの勇気を持ってその日に挑む。
 彼があの日観たテレビ番組。チャンネルを変えず最後まで見ていれば少しは違った結末が待っていたかもしれない。
 しかしこれを運命と言うのならそれを創った者はなかなかに粋な性格なのかも知れない。

 負の連鎖が渦巻くこの街で人々はその日をどう過ごしていくのか。
 不幸は巡り廻る。


リプレイ本文



 その日は天気が悪かった。
 どんよりとした薄暗い雲が空を覆う。
 暗い空はより深みを増し、今にも泣き出しそうだった。




「ここにもないのか……」
 これでお店4軒目。陽波 透次(ja0280)は誰にもチョコを貰えない寂しさを埋めるため、細長いスナックにチョコの掛かった定番お菓子である『ペッキー』を求めて彷徨っていた。
「あっ、ここ閉まってる……」
 これで5軒連続でペッキーが手に入らなかった。
「僕はペッキーが食べたいだけなのに……」
 それから3時間。やっとあるコンビニでペッキーを一箱発見。ほくほく顔で帰路につく透次だったが、そこで切羽詰まった悲鳴を聞いた。
「た……助け……ごぼっ……」
 子供が川で溺れている。透次は咄嗟に川へ飛び込み子供を救い出した。しかし、ポケットに入れていたペッキーはぐちょぐちょに。
「だ、大丈夫。中の袋は破れてないからまだ食べられ……きゃいんっ!」
 ペッキーに気を取られていた透次は暴走トラックに撥ねられ道路に転がった。なにやらポケットの中で『ばきっ! ねちゃっ!』とかいう音が聞こえた気がしたが聞かなかったことにする。
「うぅ……素できゃいんとか言っちゃった……ペッキーは……?」
 ペッキーが無事かどうか恐る恐る確認してみたが、ポケットの中が川の水と中身が飛び出たペッキーのチョコにまみれていた。
 天を仰ぐ透次。空に負けじと最早泣きそうになっていた。

 がばっと布団を跳ね除け起き上がったライアー・ハングマン(jb2704)。彼は時計を見て顔を青褪めさせた。
「……電池切れに時間設定ミスだと……? いや、まだ間に合う! 飯はいらん! せめて身嗜みを……なんでこの日のために用意してた勝負服が見つからねぇんだ!」
 至る所に仕掛けた目覚まし時計が不発に終わり、予定より遅く起きてしまったようだ。今日は、最近やっと想いが通じ始めた藤谷 観月(jz0161)との大切なデートの日。ライアーは慌てて支度を進める。
「チィ、いつもの服で行くしかないか、一年に一度のこの日に……観月さんとの待ち合わせ……デートに遅れる訳にはいかんのだ!」
 待ち合わせは大きな時計が目印の公園。彼は自分を待つ観月の顔を思い浮かべ、風よりも早く走った。

 ライアーが走り去った大通りでは、去年に引き続き『VAVA(ヴァイオレンスアルティメットヴァレンタイン)※過去依頼参照』が開催されていた。
「今年もこの時が参りましたわ! バレンタインデーで皆様盛り上がっておられますわね。わたくしもどなたかにチョコをプレゼントいたしませんと」
 そう息巻くのは長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)である。プレゼントといっても英国の風習に倣い、友チョコのことだったりするのだが。
 去年は怪我を押しての出場だったが今年は万全。しかし、さすがに撃退士が万全の状態で一般人相手に本気を出す訳にはいかず、製薬開発部の試作品『アウル抑制剤』を使用。アウルの力が抑えられることで一時的に超人的能力は影を潜め、彼女本来の力で戦える環境を作った。
 それでも彼女の快進撃は続き、次々と対戦相手を病院送りに。
「……やはり今年も相手の方が担架で運ばれていってしまいましたわ……お相手の方、大丈夫かしら……でも去年は病院送りにした方々が殿方と良い雰囲気になったとお聞きしましたし、今年も皆様病院送りにして差し上げますわ!」
 そう豪語するみずほに立ちはだかる影が一つ。
 二人は最後まで勝ち進み、決勝への舞台と上がることとなる。

 ところ変わって久遠ヶ原学園。
 職員室の前にはゴシック調の衣装に身を包む一人の少女、シュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)。実際にはもっと大人の女性ではあるが、少なくとも客観的にはそう見える。
 彼女は学園に向かう途中、
「やれやれ……行き交う人たち、どれも暗い顔ばかりね。私より顔色悪く見えるのならよっぼどね」
 と、自嘲気味に呟きつつ、曇りながらも自らの白い肌に紫外線が当たらぬよう何時もの道を何時もの通りに日傘を差しながら歩いてきた。
 手には小洒落た袋。道すがら購入したチョコレートだった。
 出身地の北欧ではバレンタインはあまりメジャーな行事ではなかったが、日本での意味合いを知りここまで来たのだ。
 これを渡すことも、相手とどのような間柄でいるかということも全て決めている。迷わず彼女は職員室の扉を開け、目的の机まで歩いた。どうせここにいるだろうと考えていたが、予想に反し無人だった机へチョコの箱と書き置きを一通。
 これで何も、問題はない。
 以前あげた『幸運の象徴』はまだ持っていてくれているだろうか。そんなことを考えていると、一緒に四つ葉のクローバーを探した『天然で真面目過ぎる愛玩天使』の顔が浮かぶ。彼女にもチョコをくれてやろう。
 そう思い、彼女は職員室を後にした。




「あんまりだ……」
 透次は無残な姿になったペッキーの前で膝を折っていた。
 こうなったらもう自作あるのみ。彼は立ち上がると助けた少年に別れを告げ、スーパーへ赴く。
 たとえペッキーそのものがなくとも、材料くらいはある筈……ある筈……あると良いな。
 そんな不安に満ちた心持ちではあったが無事に材料を全て見つけ安堵の溜息をつく。いざレジで支払いをしようとするが……
 ない。
 この資本主義の世界にとって大切なアレが。

 財 布 落 と し た。

「うわぁああ! 僕の大事な生活費がぁああ!」
 血の気が引く音が聞こえそうな程顔を青くした透次。そこからは見るのも辛い財布捜索の始まりである。
 今日行ったところを駆け回り、先程の川や事故現場に戻って探してみるが財布は見つからない。時間だけが刻一刻と無情にも過ぎていくのであった。

「急いでるんだ! どいてくれ!」
 ここにも時間との闘いをしている男が一人。ライアーは目的地に逸早く向かうため裏路地を通る。
「ガキが何やっとんじゃあ!」
 カツアゲをしている不良を弾き飛ばし、
「ぐあ! ショベルカーが、クソ……早く逃げろ!」
 工事現場で倒れてくるショベルカーを受け止め、
「ここの通りさえ抜ければ……って、ガキから目ぇ離してんじゃねぇぞ、おい!」
 道路に飛び出した子供を助け自身がトラックに盛大に轢かれる。
 忙しない交通路を制し、親御さんのお礼も手早く切り上げ先を急ぐ。
 しかし、そこで大変なことが起きた。
「あの……ライアーさん、これ受け取って下さい! ずっと……好きでした!」
 学園で何度か目にしたことがある女の子だった。
 ライアーはパニックになりつつとりあえずそれを受け取る。
「え、あ、ありがとう。でも俺にはもう大切な人が……」
 そう断ろうとした所へ感じる視線。
 観月だった。約束の時間になっても来ないライアーを探していたらしい。
「あ、観月さ……」
 ライアーが声を掛けようとしたが、観月はふいっと顔を背けその場を去る。
「さ、最悪だ……」
 ボロボロになった服装と同じく、心もボロボロと崩れていくライアーだった。

 その頃、VAVAでは決勝が開始されていた。
「くっ……強い……!」
 なんと押されているのはみずほ。彼女が現在相手にしているのはなんと、3団体を制し世界王座の更に上位の王座に当たるスーパー王座保持者、現WBA・WBO世界Sフライ級スーパー王者『キャンベル・ニーナ・白石』である。
 ニーナはお忍びで街をうろついている時にこのイベントを見つけ飛び入り参加。日系アメリカ人の彼女は「Oh〜、超エキサイティン!」と喜び勇み、破竹の勢いで勝ち進んだのだ。
 みずほはニーナに圧倒されていた。ジャブの差し合いでは先を取られ、右を打てばカウンターが飛んでくる。
(アウルの力がなければわたくしはこの程度ですの……?)
 自問するみずほのボディにニーナの左が突き刺さる。
「Hey!」
「ぐっ……!」
 それでも踏み留まるみずほ。コーナーに追い詰められ覚悟を決める。
「わたくしは撃退士である前に一人の拳闘士。相手がいくら強かろうと何もせずに終われませんわ!」
 近距離。
 迫ってきたニーナの右と、みずほの右が交換される。
「What!?」
 両者の顔が弾けた。
 しかし、すぐに持ち直したのはニーナ。レバー、テンプルへの左のダブル。そこから返しの右フックがジョーを捉えみずほは崩れ落ちた。
 そして試合はそのまま終了し、みずほは担架で運ばれることになったのだった。

 そんな激しい運動とは無縁の少女、シュルヴィアは無事にクリスと呼んでいる天然天使にチョコを渡した帰り道を歩いていた。
 きっと今頃、「うむ、甘い!」などという当たり前の感想を口にしているのかも知れない。
 そんなことを考えながら廊下の角を曲がると、ぽすんと何かにぶつかった。
「あっと、ごめんなさいね」
 それは元気のなさそうな顔をした幸太。
「貴方も、暗い顔してるのね。あぁ、少し気になって」
 二人はこれも何かの縁と、お互いのことを話し合う。自分はチョコを渡してきた帰りであること、幸太は気になる女の子からチョコをもらえるか悩んでいること、最近の占いのこと。
「占いねぇ……で、色々よくない、と……。そうね、一つ助言があるわ。全ては気の持ちようよ。『ケセラセラ』。なるようになるさって思いなさい。この国じゃ、笑う門には福来たるって言うそうじゃない。そんな辛気臭い顔してる人に、幸運なんて降ってこないわよ?」
 ピシャリと言い放ち、シュルヴィアは幸太を送り出した。
 それを後ろから見ている女の子がいたことに二人はまだ気が付かないでいた。




「僕は何をやってるんだろう……」
 ただペッキーが食べたかっただけなのに……
 ただそれだけの事が……そんなにも罪なことがったんだろうか……?
 透次はひたすら財布を探していたが結局見つからず、降りだした雨に打たれ顔を流れる雨は舐めるとしょっぱかった。
「は、はっくしゅん!」
 どうやら風邪も引いたらしい。
「な〜に、やってんのよ」
 その声に振り返るとそこには傘を差した気の強そうな赤毛の少女。透次の姉が立っていた。

 自宅でベッドに入る透次。てんで料理がダメなはずの姉が作った粥が運ばれてくる。
「ほら、財布。助けた子供が拾ったって。その子の親御さんからお礼もあったわよ」
 その事実に今日が悪いことだけじゃなかったと透次は感慨を持つ。
「あと、ほら。どうせ誰にももらってないでしょ。……ペッキーだけど」
 手渡されたペッキーに透次は泣いた。
「あ、ありがとう……姉さん……」
「な、なに泣いてんのよ! これくらいで」
 気恥ずかしさに顔を背けた姉。透次は感動に震え、粥を口に流し込んだ。
「あ」
 壊滅的料理に気を失う透次。それでもその表情は満ち足りていた気がした。


「やっぱ、いねぇよな……」
 ライアーが待ち合わせの公園に来た時、観月はいなかった。
 既に約束の時間から一時間が経過し、あまつさえあんな所を見られたのだ。
「ちょっと、ぶらつくか……」
 肩を落とし公園を出るライアーの背が見えなくなった頃、トイレから戻った観月は公園のベンチで更に待ち続けていた。

 それから数時間、雨も降り身を竦めたライアーの耳に、一組のカップルの会話が飛び込んできた。
『あの女の子、こんな雨の中なんでずっと公園のベンチに座ってたんだろう』
「まさか……うぉおお!」
 それを聞いたライアーはすぐに駆け出した。
 約束の時間から五時間。公園には雨に打たれたままベンチに座って待つ観月の姿。
「観月さん!」
「あ……」
 立ち上がった観月をライアーが力強く抱きしめた。
「ごめん……! 本当に……ごめん!」
 話を聞くと、どうやら観月は単純に邪魔しては悪いとあの場を去っただけで待ち合わせの約束は果たそうとずっと待っていたようだ。
「……ただ、なぜか分かりませんが胸の辺りがもやもやしました」
 感情らしい感情をあまり見せない観月の嫉妬。その姿にライアーは腕の力を強める。ただただ嬉しくて。
 なかなか出番のない、観月の持つ袋に入ったままの手作りチョコレートは、今か今かと渡されるのを待っていたのだった。


「わたくし、負けましたのね……」
 病院のベッドで目覚めたみずほは今の状況を悟る。
 今回は力負けだった。上には上がいる――そのことを改めて痛感する。
「Ms.みずほはココですか?」
 そんな折、病室へ来訪者。それは先程闘ったニーナだった。彫りの深い美しい顔に愛らしいそばかすがミスマッチでなんとも不思議な魅力がある。打たれた形跡のほとんどない綺麗なままのその顔にみずほは悔しさとは逆に清々しさすら感じていた。
「みずほの最後のパンチ、効きマシタ。プロの世界でも初めてナくらい。いつでもプロのリングで待ってルよ?」
 その時、みずほは力が戻ってきているのを感じていた。どうやら薬が抜け始めたらしい。
「それはお約束出来かねますわ……」
「Oh〜、どうシテ?」
「だって……」
 ベッドから降りたみずほはニーナの顔面へ本気のストレートを放つ。それは鼻先で寸止めされるが、爆風でニーナのくすみがかった金髪が後方へ棚引いた。
「だってわたくし。今は、撃退士ですもの」
「Wow〜! 超ファンタスティック……!」
 放たれたみずほの拳にニーナが拳を重ねる。
 ニーナのマネージャーが駆けつけ今回の試合出場を激しく咎めるその先で、心通じ合う二人はにこやかに笑顔を咲かせていた。


「なるほどね……それで貴女はここにいると……? そういうことね」
 幸太と別れた後、気配を察したシュルヴィアは二人を見つめる気配へと声を掛けた。話を聞くと何でもない。ただ、今日を強く生きる一人の女性の話だ。
 シュルヴィアは幸太にしたように彼女にも言う。
「……ハイッ! シャンとする! 背筋伸ばして、胸張って! そう。後は自信を持って笑いなさい。それで、大丈夫よ。簡単でしょ? いいわね? 合言葉は『ケセラセラ』よ」
 さて、どう転ぶのか。私は運命の女神なんかではないからわからない。
 女性の背を見送り、自分は日傘を差すと校舎の外へ。

 今年も全く相手にされなかった。
 結局その日、気になる子からチョコを貰えなかった幸太は溜め息をつく。そこへ『ケセラセラ』と小さく呟いた少女がチョコを手に幸太の前に出る。
 彼女は幸太の幼馴染み。運命の交差点を二人はどう歩くのか。
『ケセラセラ』。それだけが二人の運命の道標だった。

 降りだした雨に日傘も形無しだ。シュルヴィアは慌てて雨除けのため目の前の店先へ飛び込む。ふと隣を見上げるとそこには見慣れた越南笠。その教師はまだこちらに気付いていない。
 自分が生徒の間はこのままの関係でいい。
 だからこれくらいの距離が丁度いい。
 ただ、今日は悪くない日だと、そう思った。




 占い師の出ていたあの番組の最後はこう括られていた。
『……ですが、不幸は幸となって巡り回るでしょう。不幸は、幸せの始まりの合図なのだから』

 皆が見上げた空はいつしか泣き止み、大きな虹を掲げていた。


依頼結果