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マスター:橘 律希
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/10/12


みんなの思い出



オープニング

 



 ―――雪が、去る。

 夏夜の終わりに、雪が去る。




 身体能力高い撃退士の身でありながら、その呼吸は激しく乱れ、額からは滝のように汗が流れ落ちていた。
「はぁ…はぁ…、ここに…いるわよ…ね…」
 赤良瀬 千鶴は、神社の境内へと駆け込むと敷地を素早く一瞥する。
 境内は今やキレイに片付けられ、簡易修復された御社は独り寂しそうに建て直しを待つばかり。
 刈り取られた草葉の陰では早くも虫たちが秋の音色を響かせ、月の無い空を吹き抜けた残暑の風は、密やかに夏の終わりを告げていた。
「弥子ちゃん!」
 千鶴の声が星空の下を通り過ぎる。
「いるんでしょ!?」
 されど応える姿はなく。
「弥子ちゃんってば!」
 その声は、夜の向こう側へと吸い込まれていく。

 阿賀野 弥子。それが千鶴の探している者の名。その正体は、主を亡くした幼きシュトラッサー。
 戦いと、その果てにある死を望み……否、他にできることを見つけられずにいた少女。
 けれども、生徒たちの言葉と行動によって、少女の心は枯れゆく前に戦い以外の道へと目を向けることができた。
 見つけ直した願いは、皆で過ごす最期の夏祭りという些細なもの。
 幸いなことに近隣で祭りが開かれる予定はあったものの、タイミングの悪いことに開催は数日後。
 命失いかけた弥子には、その数日は致命的であった。
 そこで千鶴と協力を申し出た生徒たちは、方々を駆け回り、コネを駆使し、頭を下げ、時に無理を通し、遂には開催の前倒しにこぎつける。
 それが、つい昨夜のこと。そして祭りは今夜にも開かれる。
 「いちごのかき氷が食べたいな…」
 と皹入った顔を綻ばさせていた弥子の姿が脳裏によぎる。同時に、不吉な予感。
「ここじゃないっ!」
 踵を返し、僅かに落ち着きかけた息が再び弾む。当てが外れ、もはや心当たりなどありはしないが、その足は近隣を駆け巡る。
 哀しみ、怒り、焦り。
 感情に抗い、噛みしめた唇が青白く染まる。
 夜の隅から隅を探して走る女教師は、今日ほど自分の失策を呪ったことはない。
 目を離したのは、ほんの数時。人目を避けて外で待つ少女を置いて、役所に顔を出したほんの数分間。
「なんでなのよ、弥子ちゃん…」
 ふと気付けば、もう夜は明け始めていた………。




 時は少し遡る。

 広がる雲が星空を隠し、差し込む影が色濃くした路地裏の闇。
 弥子は雑居ビルにもたれかかり、熱に浮かされたように浅い呼吸を何度も繰り返していた。
 パキン。
 顔に入った罅が音を立て、亀裂となって弥子の片目を塞ぐ。力の入らない四肢は何故だか凄い重いくせに、もはやその他の感覚は何もない。

 ―――時間が来た。

 世界が遠ざかってゆく感覚の中、弥子は静かにその事実を悟る。
 主の死を察知し、身体が衰え始めたときから本能的に理解していた自らの死。
 わかっていたこと。だから別に怖くなんてない。
「怖い? ねぇ、怖い? その顔が恐怖って言うのかなぁ?」
 最後の力を振り絞り、落ちる瞼を支えて弥子は声の主を見遣った。
「…怖く、ないもん」
 いや、嘘だ。ちょっと怖い。
 覚悟はしていたけれど、ゆっくりと迫る死の存在を前に、忘れていた恐怖を思い出している。
「苦しいね。死んじゃうねぇ。怖いよねぇぇ?」
 それはネチネチと、不快感を帯びて弥子の体に絡み付いた。
「あなたは誰?」
 弥子は問いには答えず、自らを拐った存在に疑問をぶつける。
「ん? さぁって、誰だろうねぇ?」
 とぼけた声が肩を竦める。けれど、弥子にはもうその姿は見えない。
(ねむ…い…)
 小さく、穏やかになってゆく呼吸。霞み始めた視界は闇を呼び、閉じかけた瞼が最期の眠りに誘いかける。と、
「ねぇねぇ、まだ寝ちゃダメだよ? 折角ボクと話してるところなんだからさぁっ」
 不意に弥子の視界に戻った光。眼前に現れた2つの蒼。それはよく晴れた五月晴れのように、濁りなき澄んだ空色の双眸。
「へぇ〜、キミは変わった目をしてるねぇ。生に満足した感じはない。なのに、死は受け入れてる。でも諦めたとか、自暴自棄ってわけでもない…」
 無理やり瞼をこじ開けられ、弥子は瞳を覗かれていた。
「兄貴の遺したものを探して回って、漸く見つけたから捕まえてみたのに、もうゲームオーバー直前。ちょぉっと間に遅かったかぁ」
 ぶつぶつと呟く声がやけに耳にこびり付く。
 もう眠いのに、静かに寝たいのに、それは寝かせてくれそうにもない。
「ね? キミ、まだ戦う意思はあるかなぁ? まだ生きたていたいよねぇぇ?」
 弥子の首がゆらゆらと揺れる。それは頷いているようでもあり、かぶりを振っているようでもあり。既にその意識は混濁し始め、微睡みの中に漂う。
「役に立ってくれるなら、ボクはキミに力与えてもいいと思ってるんだよ?」
 鷲掴みにされた弥子の頭が揺さぶられる。激しく、無造作に、適当に。
「実は人間界に来て日が浅くてね。 色々と情報不足なんだよ。だからざぁ、死んじゃう前にちょっと手伝ってくれないかな? 噂の撃退士の力とか見てみたいし」
 そう言って、ピタリ止めた腕は上に上げられ、蒼の眼が暗く、深く弥子の身体を射抜く。
 既に反応のなくなった弥子の身体は力なくだらんとぶら下がり……次の瞬間、その身は蒼い炎に呑み込まれていた。




 数日後。
「みんな、サーバントが現れたわ。早速現場に向かって欲しいの」
 説明を始めた千鶴の眼には、鮮やかなクマが刻まれている。結局その後、弥子は見つからぬまま。痕跡を探し続けていた千鶴は、ここ数日ろくに寝ていない。
「敵は蒼い炎のサーバント。炎と言うだけあって、どうやら決まった形を持たないみたいね」
 表情を変えることなく、淡々と説明を続ける千鶴の声は固い。まるでこの後の説明を拒むかのように。
「ただし見た目は炎でも、その力は触れたものを凍り付かせる能力があるらしいの。見た目に騙されないようにね」
 場所は例の神社にほど近い、祭りが開催されたショッピングモールの駐車場。夜とは言え、週末とあって多くの一般人が居た為、今も避難をしている最中らしい。
「敵の能力、現れた場所、このタイミング。そして……現場に降ったとされる雪」
 千鶴はそこで一度目を伏せ、言葉を溜める。意を決するように。降りきるように。
「この状況では、弥子ちゃんが関わっている可能性を考慮せざるを得ないわ」
 言葉では言い表せない感情が、固い表情の中で揺らめく。
「だけど少ないとは言え、既に人的被害も出ている。これ以上、被害を広げるわけにはいかないわ。もし仮に、あの子が、本当に関わっているならば…」
 それ以上、言葉は続かない。代わりに、その橙の瞳で想いを伝える。

 言葉にならぬ想いに生徒たちは何を受け止めたのか。

「みんな……くれぐれもよろしくね」

 

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リプレイ本文



 思考を止めた脳が認識する唯一の感覚。

 冷たい。

 命じずとも動く身体。

 何処に?

 熱のない心の奥で、何かが何かを求めている。

 わたしは…。



 ボウァッ!
 薄紅の刀身から放たれる炎が蛇の如くうねり、波打ち、二体の敵を呑み込む。
 ヴァローナ(jb6714)の機先を制した動きは、敵の存在を捉えるや否や一気に距離を詰め、反応する間を与えることなく攻撃を仕掛けていた。
 焼き尽くす赤と、凍てつく蒼。人気の無い駐車場で、相剋する二種の炎が激しく揺らめく。
 絡み合い、もつれ合うその光景に、金と青が混ざりし瞳に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「ヴァロと、遊ぼ?」
 姿捉えし敵は、蒼い炎揺らめく三体のサーバント。それらは小型、中型、大型と異なる大きさでありながら、いずれも人の形を模していた。
 目的があるのかないのか。不規則に駐車場を徘徊していたサーバントたち。そこへ、銀髪灼眼の悪魔が追撃を仕掛けた。
「クカカッ、お前らはどんな味がするんだぁ?」
 駐車場を挟んだショッピングモールの反対側で、悪食 咎狩(jb7234)が光陰護符を掲げる。生み出されし光と陰の刃は、最も小型のサーバント一体を切り裂いた。
 悪魔であるヴァローナと咎狩の攻撃が着実にダメージを与える一方で、これらの攻撃に反応して敵のパッシブスキルが発動する。燃える身をしならせ、鞭のように伸びる蒼炎。
 カウンター型の反撃は速く、鋭く。ヴァローナはこれを躱せずに直撃を受ける。
「どうした? 届いてねぇぞ?」
 一方で、挑発するように嗤う咎狩は距離を取っていた為、そもそも攻撃が及ばない。だが、それで敵の反撃が終わったわけではない。サーバント三体はそれぞれ二人に向けて両腕をあげると、アクティブスキルを発動。扇状に蒼炎の礫を乱れ放った。
 その放射範囲は広く、敵と接敵しようとしていた久原 梓(jb6465)をも巻き込んで、攻撃が撃退士たちの身体に叩き込まれる。
「くっ!?」
 被弾した部位で燃え盛る蒼き炎。その見た目に反して、徐々に熱奪う炎は梓の身体に温度障害を与えていた。同じく直撃を受けた悪魔二人は高い抵抗力で蒼炎を振り払うも、サーバントとは言え、天界のものからから受けるダメージは決して軽くない。
 3人が被弾する中、唯一攻撃対象から外れていた小夜戸 銀鼠(jb0730)はゴーストバレットで応戦。
「この先には行かせない」
 不可視の弾丸は狙い違わず、中型のサーバントの一体を捉えた。そこへ低温で動き鈍る身体を鼓舞した梓が、追撃の斬撃を浴びせる。
「何でこんなことのなるのよ!」
 そのまま果敢に接近戦を挑む梓。他方、銀鼠は一定の距離を保ちつつ、眼前の敵と周囲に注意を向ける。
 幸か不幸か。二人の視界の中に、二人の知る少女の姿はない。
(弥子はあの時、伸ばした手を取ったんだ。もし、万が一、弥子が現れたとしたって、それはあの子の意思なんかじゃないって俺は信じてる…!)
 銀鼠は祈るような想いで敵を観察する。だが、敵の能力が弥子のそれに似通っている以上、どうしても関連性を否定しきれない。信じる気持ちの裏側でじわじわと広がる不安と焦燥。
「あの娘はシュトラッサー…だけどっ!」
 梓が柳一文字を握る手を、怒りで叩きつけるように振り下ろす。苛立ちをぶつけるように薙ぎ払う。
 依頼内容を聞いた時、弥子の気が変わって再び人々を襲い始めたのだとも思ったが、冷静に考えれば、弥子にはもはやサーバントを呼び出して戦う力など残されていないはず。
 ならば考えられるのは…。
「俺は派手に暴れられりゃ満足だぁ」
 表情曇る梓と銀鼠を横目に、咎狩は闇の翼を広げる。
 人助け? 仕事? そんなことはどうでもいい。なぜなら『全てを出し切り、満足できる戦いか否か』。それが刹那的快楽主義者の彼の望みであり、本懐。
 蒼の炎を嘲笑い、戦いに嗤う悪魔は夜の闇へと舞い上がった。





 時々、痛みが走る。

 身体に? 心に?

 でもわたしは、動き続けてる。

 なんでわたしは…。


「皆、こっち、逃げる。慌てる、ダメ」
 鬼一 凰賢(jb5988)がショッピングモールの1階で避難する人々を誘導する。とは言え、避難勧告が出されていたこともあり、モール内に残る人々はそう多くはない。
「これ、使う、敵、入れない」
 凰賢は避難誘導の傍ら、避難ルートや駐車場に通じる扉へ用意していた阻霊符を貼り付けていった。万が一にも侵入されぬ為の措置である。
 だが、阻霊符は撃退士の身体から離れた時点で効果を発揮しない。幸い、凰賢が自身で所持している阻霊符を発動していた為、それほど大きくないショッピングモール全体を効果範囲内に収めることには成功していた。
「撃退士です、避難に協力しますので!」
 逃げ遅れた人々を探して、アストリット・ベルンシュタイン(jb6337)はモール内を駆けていた。警備員に安全と思われるルートを示し、自らは最上階に足を運ぶ。ふと金色の瞳を窓の外に向ければ、闇夜と駐車場の中で蒼い炎が揺らめいていた。
 倒すべき敵はそこにいる。
 だが、騎士として人々を護る。それが彼女が撃退士を目指した意味。それ故に敵が目の前にいようとも、逃げる人々に背を向けるわけにはいかなった。例え、その戦場に彼女の案じた少女が関わっている可能性があるとしても。
(弥子さん…)
 アストリットは一刻も早く避難を終わらせる為、白銀の髪を靡かせて疾走を続けた。
 二人が避難誘導に向かっている間、三体のサーバントを残された者たちで対応する必要がある。とは言え、経験浅い者もいる状況下。たった四人でそれを為すには戦力に余裕がない。ましてや撃退となると、相当上手く連携しなければならないだろう。もしくは負傷を抑え、耐え忍ぶ戦いだ。
「チビにノッポに統一性がないねぇ」
 夜空に浮かぶ咎狩は、見下ろす小型の蒼炎に狙いを定めると攻撃を撃ち放った。
 攻撃を受けたサーバントの体が揺らぎ、一瞬形を崩す。しかし、それも一瞬のこと。炎は人の形を取り戻しては、激しく燃え続けた。鮮やかに、冷たく、蒼の輝きを放ち。
「ダメージが増えれば炎の勢いは弱くなるみたいだ」
 敵を観察し続けていた銀鼠が敵の僅かな変化に気付く。それを合図に、最もモールに近くに位置する小型へと集中攻撃を浴びせ始める咎狩と銀鼠。敵のカウンター攻撃を警戒し、二人は遠距離から攻撃を仕掛ける。それに対し、梓とヴァローナは別の個体へ近接戦を挑んでいた。
「こんのぉ!」
 梓は常に足を動かし、目標を変えては敵の気を引き、その上で斬り結ぶ。傷口で燃え揺らぐ蒼炎は熱を奪い、身体の反応を鈍らせ続けるが、それを気にしている余裕などない。
「鬼さん、こっち」
 ヴァローナが迅雷を活用し、斬りつけるや否や敵から距離を取る。カウンターを警戒した一撃離脱。だが、最後の迅雷を使いきった今、後は疾風による回復で負傷を癒しつつ、被弾を覚悟で戦うしかない。
 二人の攻撃に対し、蒼炎を剣に変えて応戦するのは中型と大型の蒼炎二体。
 2対2。数では互角でも、戦力的に互角に戦えるほど蒼炎のサーバントは弱くはない。ましてや敵にはカウンターがある。刃が敵を捉える度に放たれる蒼炎の打鞭と斬撃。被弾を重ねる身体は、少しずつダメージが蓄積させていく。
「これしき…っ!」
 連撃を受けた梓が歯を食いしばる。飛びかける意識。その向こう側で自身の境遇がフラッシュバックする。
 天使とハーフである梓は周囲に恵まれていた。その自覚があるからこそ、真逆に身を置く少女の存在は強い衝撃だった。自らの意思とは関係なく使役され、捨てられ、そして幼い命を散らそうとしていた幼き姿。
「…っ! 私はっ!!」
 整理つかぬ気持ちを刃に乗せ、振るった剣閃が大型を薙ぐ。吹き飛び、一瞬欠ける蒼炎。その向こう側に虚ろな白の瞳を見つけ、そして視線が交錯する。
「そんな!?」
 祭りに参加することなく弥子が姿を消した。
 その事実を前にした時、梓は間に合わなかったのだと思った。もう『その時』が来てしまったのだと。
 けれど、すぐに別の可能性にも行き着いていた。あれだけ祭りに行けることを楽しみにしていたのだ。黙っていなくなる筈がない。何か理由があったのだ。例えば、外部からの介入。そうでなければ、
「何が…あった、の…?」
 探していた少女が虚ろな目で自分を見下ろすことなんてあるはずが―――。





 崩れ落ちる身体、心。

 蒼白い景色の向こうに、赤い華。

 キレイ。だけど胸の奥が痛くて。

 それでもわたしは…。


 驚愕。
 と同時に、急速に遠のく梓の意識。身体を貫いているのは、よく知った顔が持つ蒼炎の刃。内より凍えてゆく身体は遂に限界を迎え、否応なく冷たい白の世界へと沈みゆく。
「ちぃっ」
 咎狩は倒れた梓を担ぎ上げると低空を飛行、全力で敵の攻撃範囲から離れた。そこへ丁度、避難誘導を終えたアストリットと凰賢が合流する。
「よぉう、遅かったじゃねぇか。そんじゃこいつは任せるぜぇ」
「久原さん!?」
「あずさ、へいき?」
 二人に梓を渡すや否や、咎狩はすぐさま身を翻していた。
「クックック。もっと楽しもうぜぇ」
 明鏡止水を発動し、戦いへと逸る心を落ちつかせながら、車の陰へ滑り込んだ咎狩。吸魂符を活性化し、敵の背後を突くべく身を潜める彼の目に、大型の蒼炎に吹き飛ばされたヴァローナの姿が映る。
「やっぱり、殺しとく…んだったかな…」
 梓が倒れたことで、敵の攻撃がヴァローナに集中。なんとか中型のサーバントを打ち倒しはしたものの、回復手段も使い終えた彼女もまた意識を失ってしまう。そこへ、銀鼠がヴァローナを庇うように前へと飛び出る。
「夏祭り一緒に行くんだろ…?!」
 夢中で張り上げた声が、揺らぐ蒼炎の中へと向けられる。
 彼にも見えていた。罅割れた顔の少女を。初めて自分から守ろうと思った、弥子の姿を。
「あれが弥子さんなのですか!?」
「やこ、久しぶり。おー、わからない?」
 アストリットと凰賢が加勢し、三人は弥子を包みこむ大型の蒼炎サーバントと対峙する。
 サーバントは散開する三人を狙い、蒼炎の礫を放射。これを銀鼠はナイトドレスで、アストリットは予測防御で防御力を向上させて耐え凌ぐ。唯一回避に成功した凰賢は、ルキフグスの書を開くと黒いカード状の刃を放って、サーバントの腕を切り刻んだ。弥子の身体は小さい。四肢を狙えば弥子を傷つけないと考えての攻撃だ。
 そして、凰賢は思考をこれまでになくフル回転させて状況の分析に努める。
「やこ、敵? サーバント、合体?」
 蒼炎自体がサーバントであることは間違いない。となれば、弥子が炎の中にいる理由は何なのか?
「弥子は多分、正気じゃない」
 銀鼠が最後のゴーストバレットを放ちながら二人に己の印象を伝える。以前交戦した時とはまた異なる、虚ろな目と意志の無い表情。
「まさか…、操られてる?」
 ならばと、アストリットが宝剣<黄玉>を発動。現れた透明な刀身の中で、麻痺を与える雷撃が黄玉の様に輝きを見せる。
 だが、その斬撃は難なく弥子に躱されてしまう。代わりに、蒼炎の鞭がアストリットの身を打ちつける。
 弥子が中にいるせいなのか。特別に力を与えられているのか。大型の蒼炎の動きは、他よりも正確で、疾かった。
(利用、されてる? どうして、この子がこれ以上苦しめられないといけないんですか……)
 騎士として人々を護る。それは今、目の前にいる弥子も対象に含んでいるはず。けれど一方で、少女はシュトラッサーであり、サーバントであり、敵であった。今の少女が人々を襲わない確証はどこにもない。
「弥子さん!」「弥子!」「やこ、止める」
 祈り、願い、想いを乗せた三人の呼び声が、蒼い炎を静かに揺らした。





 懐かしい声が聞こえる。

 昔聞いたような。最近聞いたばかりのような。

 声が聞こえるたびに心が震える。

 わたしは…、わたしは……。


 弥子を取り込んでいる大型の蒼炎に、三人の撃退士たちは対峙していた。
「俺達がんばったんだから、お前もあとちょっとがんばれ! 諦めたら許さないからな!」
「おー、わからない? やこ、思い出す」
「弥子さん、私たちの声が聞こえますか?」
 銀鼠と凰賢はカウンター攻撃を受けぬ様、遠距離から攻撃を仕掛ける。アストリットは範囲攻撃を封じようと、ピッタリと張り付いては接近戦を挑む。
 だが、攻撃する心が僅かに鈍るのか、弥子の動きが俊敏なのか。三人の仕掛ける攻撃は思うように当たらない。凰賢が状況を打破しようと思考を巡らせる。銀鼠は呼び掛け続け、アストリットは弥子を護ろうと、サーバントにだけ攻撃が当たるように攻撃を仕掛ける。
 三人が奮戦する中、不意に弥子の身が大きく揺らいだ。見れば、咎狩の吸魂符が弥子の背面に直撃。蒼炎は激しく揺らいだかと思うと、身体を構成する炎の半分ほどが宙に消え失せた。
「悪食さん!」
「卑怯ってか? 俺は悪魔だぜぇ?」
 アストリットの叫びに咎狩はニヤリと嗤い、奪い取った魂に齧り付く。
「味としちゃまあまあだねぇ」
 かつて魂を喰らう悪魔だった彼は今も尚、感情を味わうことだけはできる。その彼が味を感じると言うことは、つまり。
「……みんな?」
 感情を取り戻した声に、一同の動きが一瞬止まる。そこには、剥き出しとなった弥子の顔。
 尚も攻撃を仕掛けようとした咎狩の前に、銀鼠とアストリットが立ち塞がる。
「おいおい、そいつは敵だろうが?」
 初めて弥子と対峙する咎狩が抗議の声を上げるも、二人の瞳は強い意志を宿す。
「させない」
「悪食さん…」
 その間に、銀鼠は弥子へと手を差し出していた。
「弥子、一緒に行こう。まだ間に合うだろ?」
 それは最初に出会ったときよりも優しく、力強く。弥子は微笑みでそれに応える。
 けれど―――。

 わたし、みんなを傷付けたんだね…

 弥子が感情を取り戻すと同時に認識したのは、自らが二人の撃退士を倒したという事実。助けてくれようとした人たちを傷つけたという記憶。
 気にしなくていい。
 誰かがそう口を開きかけた時、弥子の身体は大地から跳ねると、遠く、いずこかへと走り去って行った。





 すぐさま追い掛けた。
 しかし、まだ小型のサーバントが一体残っていた。その為、倒れる仲間を捨て置くわけにもいかず。その逡巡が、追いつけるタイミングを逃してしまった。
 幸い、避難誘導の甲斐あって一般人に被害はない。
 けれど、幾人かが本当に救いたいと思ったものは、掌から零れ落ちた。
「目の前の、小さな手を守れる奴になりたいと、初めて自分から思ったのに。 …きっと、それが俺の考える”ヒーロー”だ」
 握りしめた拳を雪の様に白く染め、銀鼠が夜空を見上げる。
 そこに舞い落ちる、ひとひらの雪。それは目に映ることはなく。
 人知れず地に落ちたそれは、温かく、儚く。
 泡沫の如く、初秋の風にさらわれて、その存在を闇に溶け込ませた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:1人

撃退士・
小夜戸 銀鼠(jb0730)

高等部2年9組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
鬼一 凰賢(jb5988)

大学部4年91組 男 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
アストリット・ベルンシュタイン(jb6337)

大学部6年113組 女 アカシックレコーダー:タイプA
惨劇阻みし破魔の鋭刃・
久原 梓(jb6465)

大学部4年33組 女 アカシックレコーダー:タイプB
能力者・
黒瀬 うるか(jb6600)

大学部3年293組 女 インフィルトレイター
小悪魔な遊び・
ヴァローナ(jb6714)

大学部3年278組 女 鬼道忍軍
撃退士・
悪食 咎狩(jb7234)

大学部6年192組 男 陰陽師