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思考を止めた脳が認識する唯一の感覚。
冷たい。
命じずとも動く身体。
何処に?
熱のない心の奥で、何かが何かを求めている。
わたしは…。
ボウァッ!
薄紅の刀身から放たれる炎が蛇の如くうねり、波打ち、二体の敵を呑み込む。
ヴァローナ(
jb6714)の機先を制した動きは、敵の存在を捉えるや否や一気に距離を詰め、反応する間を与えることなく攻撃を仕掛けていた。
焼き尽くす赤と、凍てつく蒼。人気の無い駐車場で、相剋する二種の炎が激しく揺らめく。
絡み合い、もつれ合うその光景に、金と青が混ざりし瞳に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「ヴァロと、遊ぼ?」
姿捉えし敵は、蒼い炎揺らめく三体のサーバント。それらは小型、中型、大型と異なる大きさでありながら、いずれも人の形を模していた。
目的があるのかないのか。不規則に駐車場を徘徊していたサーバントたち。そこへ、銀髪灼眼の悪魔が追撃を仕掛けた。
「クカカッ、お前らはどんな味がするんだぁ?」
駐車場を挟んだショッピングモールの反対側で、悪食 咎狩(
jb7234)が光陰護符を掲げる。生み出されし光と陰の刃は、最も小型のサーバント一体を切り裂いた。
悪魔であるヴァローナと咎狩の攻撃が着実にダメージを与える一方で、これらの攻撃に反応して敵のパッシブスキルが発動する。燃える身をしならせ、鞭のように伸びる蒼炎。
カウンター型の反撃は速く、鋭く。ヴァローナはこれを躱せずに直撃を受ける。
「どうした? 届いてねぇぞ?」
一方で、挑発するように嗤う咎狩は距離を取っていた為、そもそも攻撃が及ばない。だが、それで敵の反撃が終わったわけではない。サーバント三体はそれぞれ二人に向けて両腕をあげると、アクティブスキルを発動。扇状に蒼炎の礫を乱れ放った。
その放射範囲は広く、敵と接敵しようとしていた久原 梓(
jb6465)をも巻き込んで、攻撃が撃退士たちの身体に叩き込まれる。
「くっ!?」
被弾した部位で燃え盛る蒼き炎。その見た目に反して、徐々に熱奪う炎は梓の身体に温度障害を与えていた。同じく直撃を受けた悪魔二人は高い抵抗力で蒼炎を振り払うも、サーバントとは言え、天界のものからから受けるダメージは決して軽くない。
3人が被弾する中、唯一攻撃対象から外れていた小夜戸 銀鼠(
jb0730)はゴーストバレットで応戦。
「この先には行かせない」
不可視の弾丸は狙い違わず、中型のサーバントの一体を捉えた。そこへ低温で動き鈍る身体を鼓舞した梓が、追撃の斬撃を浴びせる。
「何でこんなことのなるのよ!」
そのまま果敢に接近戦を挑む梓。他方、銀鼠は一定の距離を保ちつつ、眼前の敵と周囲に注意を向ける。
幸か不幸か。二人の視界の中に、二人の知る少女の姿はない。
(弥子はあの時、伸ばした手を取ったんだ。もし、万が一、弥子が現れたとしたって、それはあの子の意思なんかじゃないって俺は信じてる…!)
銀鼠は祈るような想いで敵を観察する。だが、敵の能力が弥子のそれに似通っている以上、どうしても関連性を否定しきれない。信じる気持ちの裏側でじわじわと広がる不安と焦燥。
「あの娘はシュトラッサー…だけどっ!」
梓が柳一文字を握る手を、怒りで叩きつけるように振り下ろす。苛立ちをぶつけるように薙ぎ払う。
依頼内容を聞いた時、弥子の気が変わって再び人々を襲い始めたのだとも思ったが、冷静に考えれば、弥子にはもはやサーバントを呼び出して戦う力など残されていないはず。
ならば考えられるのは…。
「俺は派手に暴れられりゃ満足だぁ」
表情曇る梓と銀鼠を横目に、咎狩は闇の翼を広げる。
人助け? 仕事? そんなことはどうでもいい。なぜなら『全てを出し切り、満足できる戦いか否か』。それが刹那的快楽主義者の彼の望みであり、本懐。
蒼の炎を嘲笑い、戦いに嗤う悪魔は夜の闇へと舞い上がった。
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時々、痛みが走る。
身体に? 心に?
でもわたしは、動き続けてる。
なんでわたしは…。
「皆、こっち、逃げる。慌てる、ダメ」
鬼一 凰賢(
jb5988)がショッピングモールの1階で避難する人々を誘導する。とは言え、避難勧告が出されていたこともあり、モール内に残る人々はそう多くはない。
「これ、使う、敵、入れない」
凰賢は避難誘導の傍ら、避難ルートや駐車場に通じる扉へ用意していた阻霊符を貼り付けていった。万が一にも侵入されぬ為の措置である。
だが、阻霊符は撃退士の身体から離れた時点で効果を発揮しない。幸い、凰賢が自身で所持している阻霊符を発動していた為、それほど大きくないショッピングモール全体を効果範囲内に収めることには成功していた。
「撃退士です、避難に協力しますので!」
逃げ遅れた人々を探して、アストリット・ベルンシュタイン(
jb6337)はモール内を駆けていた。警備員に安全と思われるルートを示し、自らは最上階に足を運ぶ。ふと金色の瞳を窓の外に向ければ、闇夜と駐車場の中で蒼い炎が揺らめいていた。
倒すべき敵はそこにいる。
だが、騎士として人々を護る。それが彼女が撃退士を目指した意味。それ故に敵が目の前にいようとも、逃げる人々に背を向けるわけにはいかなった。例え、その戦場に彼女の案じた少女が関わっている可能性があるとしても。
(弥子さん…)
アストリットは一刻も早く避難を終わらせる為、白銀の髪を靡かせて疾走を続けた。
二人が避難誘導に向かっている間、三体のサーバントを残された者たちで対応する必要がある。とは言え、経験浅い者もいる状況下。たった四人でそれを為すには戦力に余裕がない。ましてや撃退となると、相当上手く連携しなければならないだろう。もしくは負傷を抑え、耐え忍ぶ戦いだ。
「チビにノッポに統一性がないねぇ」
夜空に浮かぶ咎狩は、見下ろす小型の蒼炎に狙いを定めると攻撃を撃ち放った。
攻撃を受けたサーバントの体が揺らぎ、一瞬形を崩す。しかし、それも一瞬のこと。炎は人の形を取り戻しては、激しく燃え続けた。鮮やかに、冷たく、蒼の輝きを放ち。
「ダメージが増えれば炎の勢いは弱くなるみたいだ」
敵を観察し続けていた銀鼠が敵の僅かな変化に気付く。それを合図に、最もモールに近くに位置する小型へと集中攻撃を浴びせ始める咎狩と銀鼠。敵のカウンター攻撃を警戒し、二人は遠距離から攻撃を仕掛ける。それに対し、梓とヴァローナは別の個体へ近接戦を挑んでいた。
「こんのぉ!」
梓は常に足を動かし、目標を変えては敵の気を引き、その上で斬り結ぶ。傷口で燃え揺らぐ蒼炎は熱を奪い、身体の反応を鈍らせ続けるが、それを気にしている余裕などない。
「鬼さん、こっち」
ヴァローナが迅雷を活用し、斬りつけるや否や敵から距離を取る。カウンターを警戒した一撃離脱。だが、最後の迅雷を使いきった今、後は疾風による回復で負傷を癒しつつ、被弾を覚悟で戦うしかない。
二人の攻撃に対し、蒼炎を剣に変えて応戦するのは中型と大型の蒼炎二体。
2対2。数では互角でも、戦力的に互角に戦えるほど蒼炎のサーバントは弱くはない。ましてや敵にはカウンターがある。刃が敵を捉える度に放たれる蒼炎の打鞭と斬撃。被弾を重ねる身体は、少しずつダメージが蓄積させていく。
「これしき…っ!」
連撃を受けた梓が歯を食いしばる。飛びかける意識。その向こう側で自身の境遇がフラッシュバックする。
天使とハーフである梓は周囲に恵まれていた。その自覚があるからこそ、真逆に身を置く少女の存在は強い衝撃だった。自らの意思とは関係なく使役され、捨てられ、そして幼い命を散らそうとしていた幼き姿。
「…っ! 私はっ!!」
整理つかぬ気持ちを刃に乗せ、振るった剣閃が大型を薙ぐ。吹き飛び、一瞬欠ける蒼炎。その向こう側に虚ろな白の瞳を見つけ、そして視線が交錯する。
「そんな!?」
祭りに参加することなく弥子が姿を消した。
その事実を前にした時、梓は間に合わなかったのだと思った。もう『その時』が来てしまったのだと。
けれど、すぐに別の可能性にも行き着いていた。あれだけ祭りに行けることを楽しみにしていたのだ。黙っていなくなる筈がない。何か理由があったのだ。例えば、外部からの介入。そうでなければ、
「何が…あった、の…?」
探していた少女が虚ろな目で自分を見下ろすことなんてあるはずが―――。
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崩れ落ちる身体、心。
蒼白い景色の向こうに、赤い華。
キレイ。だけど胸の奥が痛くて。
それでもわたしは…。
驚愕。
と同時に、急速に遠のく梓の意識。身体を貫いているのは、よく知った顔が持つ蒼炎の刃。内より凍えてゆく身体は遂に限界を迎え、否応なく冷たい白の世界へと沈みゆく。
「ちぃっ」
咎狩は倒れた梓を担ぎ上げると低空を飛行、全力で敵の攻撃範囲から離れた。そこへ丁度、避難誘導を終えたアストリットと凰賢が合流する。
「よぉう、遅かったじゃねぇか。そんじゃこいつは任せるぜぇ」
「久原さん!?」
「あずさ、へいき?」
二人に梓を渡すや否や、咎狩はすぐさま身を翻していた。
「クックック。もっと楽しもうぜぇ」
明鏡止水を発動し、戦いへと逸る心を落ちつかせながら、車の陰へ滑り込んだ咎狩。吸魂符を活性化し、敵の背後を突くべく身を潜める彼の目に、大型の蒼炎に吹き飛ばされたヴァローナの姿が映る。
「やっぱり、殺しとく…んだったかな…」
梓が倒れたことで、敵の攻撃がヴァローナに集中。なんとか中型のサーバントを打ち倒しはしたものの、回復手段も使い終えた彼女もまた意識を失ってしまう。そこへ、銀鼠がヴァローナを庇うように前へと飛び出る。
「夏祭り一緒に行くんだろ…?!」
夢中で張り上げた声が、揺らぐ蒼炎の中へと向けられる。
彼にも見えていた。罅割れた顔の少女を。初めて自分から守ろうと思った、弥子の姿を。
「あれが弥子さんなのですか!?」
「やこ、久しぶり。おー、わからない?」
アストリットと凰賢が加勢し、三人は弥子を包みこむ大型の蒼炎サーバントと対峙する。
サーバントは散開する三人を狙い、蒼炎の礫を放射。これを銀鼠はナイトドレスで、アストリットは予測防御で防御力を向上させて耐え凌ぐ。唯一回避に成功した凰賢は、ルキフグスの書を開くと黒いカード状の刃を放って、サーバントの腕を切り刻んだ。弥子の身体は小さい。四肢を狙えば弥子を傷つけないと考えての攻撃だ。
そして、凰賢は思考をこれまでになくフル回転させて状況の分析に努める。
「やこ、敵? サーバント、合体?」
蒼炎自体がサーバントであることは間違いない。となれば、弥子が炎の中にいる理由は何なのか?
「弥子は多分、正気じゃない」
銀鼠が最後のゴーストバレットを放ちながら二人に己の印象を伝える。以前交戦した時とはまた異なる、虚ろな目と意志の無い表情。
「まさか…、操られてる?」
ならばと、アストリットが宝剣<黄玉>を発動。現れた透明な刀身の中で、麻痺を与える雷撃が黄玉の様に輝きを見せる。
だが、その斬撃は難なく弥子に躱されてしまう。代わりに、蒼炎の鞭がアストリットの身を打ちつける。
弥子が中にいるせいなのか。特別に力を与えられているのか。大型の蒼炎の動きは、他よりも正確で、疾かった。
(利用、されてる? どうして、この子がこれ以上苦しめられないといけないんですか……)
騎士として人々を護る。それは今、目の前にいる弥子も対象に含んでいるはず。けれど一方で、少女はシュトラッサーであり、サーバントであり、敵であった。今の少女が人々を襲わない確証はどこにもない。
「弥子さん!」「弥子!」「やこ、止める」
祈り、願い、想いを乗せた三人の呼び声が、蒼い炎を静かに揺らした。
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懐かしい声が聞こえる。
昔聞いたような。最近聞いたばかりのような。
声が聞こえるたびに心が震える。
わたしは…、わたしは……。
弥子を取り込んでいる大型の蒼炎に、三人の撃退士たちは対峙していた。
「俺達がんばったんだから、お前もあとちょっとがんばれ! 諦めたら許さないからな!」
「おー、わからない? やこ、思い出す」
「弥子さん、私たちの声が聞こえますか?」
銀鼠と凰賢はカウンター攻撃を受けぬ様、遠距離から攻撃を仕掛ける。アストリットは範囲攻撃を封じようと、ピッタリと張り付いては接近戦を挑む。
だが、攻撃する心が僅かに鈍るのか、弥子の動きが俊敏なのか。三人の仕掛ける攻撃は思うように当たらない。凰賢が状況を打破しようと思考を巡らせる。銀鼠は呼び掛け続け、アストリットは弥子を護ろうと、サーバントにだけ攻撃が当たるように攻撃を仕掛ける。
三人が奮戦する中、不意に弥子の身が大きく揺らいだ。見れば、咎狩の吸魂符が弥子の背面に直撃。蒼炎は激しく揺らいだかと思うと、身体を構成する炎の半分ほどが宙に消え失せた。
「悪食さん!」
「卑怯ってか? 俺は悪魔だぜぇ?」
アストリットの叫びに咎狩はニヤリと嗤い、奪い取った魂に齧り付く。
「味としちゃまあまあだねぇ」
かつて魂を喰らう悪魔だった彼は今も尚、感情を味わうことだけはできる。その彼が味を感じると言うことは、つまり。
「……みんな?」
感情を取り戻した声に、一同の動きが一瞬止まる。そこには、剥き出しとなった弥子の顔。
尚も攻撃を仕掛けようとした咎狩の前に、銀鼠とアストリットが立ち塞がる。
「おいおい、そいつは敵だろうが?」
初めて弥子と対峙する咎狩が抗議の声を上げるも、二人の瞳は強い意志を宿す。
「させない」
「悪食さん…」
その間に、銀鼠は弥子へと手を差し出していた。
「弥子、一緒に行こう。まだ間に合うだろ?」
それは最初に出会ったときよりも優しく、力強く。弥子は微笑みでそれに応える。
けれど―――。
わたし、みんなを傷付けたんだね…
弥子が感情を取り戻すと同時に認識したのは、自らが二人の撃退士を倒したという事実。助けてくれようとした人たちを傷つけたという記憶。
気にしなくていい。
誰かがそう口を開きかけた時、弥子の身体は大地から跳ねると、遠く、いずこかへと走り去って行った。
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すぐさま追い掛けた。
しかし、まだ小型のサーバントが一体残っていた。その為、倒れる仲間を捨て置くわけにもいかず。その逡巡が、追いつけるタイミングを逃してしまった。
幸い、避難誘導の甲斐あって一般人に被害はない。
けれど、幾人かが本当に救いたいと思ったものは、掌から零れ落ちた。
「目の前の、小さな手を守れる奴になりたいと、初めて自分から思ったのに。 …きっと、それが俺の考える”ヒーロー”だ」
握りしめた拳を雪の様に白く染め、銀鼠が夜空を見上げる。
そこに舞い落ちる、ひとひらの雪。それは目に映ることはなく。
人知れず地に落ちたそれは、温かく、儚く。
泡沫の如く、初秋の風にさらわれて、その存在を闇に溶け込ませた。