●
福引き会場である体育館に足を踏み入れた生徒たちが見たのは、死屍累々たる怪我人の山であった。
皆、宝の地図破片を求めて福引をし、凶悪極まる福引き器の犠牲になった者たちである。
ハーフ悪魔の眼鏡青年、アルゼウス・レイドラ(
jb8388)と、淡い金色の髪をショートカットにまとめた美少年、ルーディ・クルーガー(
ja7536)は、反射的に怪我人たちを助け起こした。
「大丈夫ですか?」
「今、ライトヒールをかけてやる」
とたん、体育館の最奥壁際から、ドスの効いた声が飛んできた。
「アホー! 余計な事すんなー!」
アイロンパーマに、グラサン姿、教師というよりはその筋のお人にしか見えない伊佐 潔先生である。
「回復とか潔悪い真似すんな言うたやろー! 根性じゃーー! 根性だけで生きさせい!」
「ふつーにアウトだろこの教師……久遠ヶ原どーなったんだよコレ」
●
怪我人を見捨てて良いものか戸惑うアルゼウスの眼前に、突然、輝く数個の玉が飛んできた。
「これは、コガネムシ?」
そう、コガネムシが十匹、飛んできて足元に一列並んだのだ!
(コガネ、即ち黄金! これは黄金の玉を出せとの天のお告げに違いない! 福引よ! いざ、私に微笑むがいい……!!)
謎テンションで死の福引器へと向かうアルゼウス
「おう! いの一番にやるとはええ度胸やないかい!」
先生に凄まれても、アルゼウスは退かない。
「幸運……それは確約された道標、常にはその微笑みで他者を惑わし破滅においやるが、今日の私は違う……! 」
確信に溢れた強い目で、ガラガラを回す。
出た玉は――
白、5ダメージ。
「ふ……十匹ぐらいでは足りぬというか……女神よ……つれないひとだ」
アルゼウスは斃れた。
このくらいの芝居をしないと、かっこいい台詞を言った手前、引っ込みがつかなかったのである。
倒れた時、ぷちっと何か音がした。
コガネムシさんの無事を祈ろう。
●
二番手以降は、くじびきで順番が決められた。
それによる最初の挑戦者は、黒髪の侍娘、礼野 智美(
ja3600)である。
「固定値は裏切らないからなぁ、普通に考えれば百回引けば当たるんだから、生命力続く限り引き続けるか、うん!」
理論的なように見えて、割と脳筋な考え方である。
智美は方位磁針で実家の方向確認した
その方角に向け、二礼二拍一礼する。
「なんや、それがゲン担ぎか?」
「他所の神様より実家で代々お祀りしている神様にお願いする方が効果は高いと思うんです。 姫神様は寛容な神様ですから方角が判らない場合は空に向かってお祈りしても祈りが真摯なら聞いて下さる、って言われてますけど、方角きちんと判るならその方が尚良いですから」
「ワレ、実家が神社なんか? 縁起ええのう」
智美が、福引器をガラガラと回す――
赤! 10ダメージ!
「我慢せい! ワレ、侍やろ! ポン刀持ってんのやろ!」
「ポン刀って言わないで下さい!」
とりあえず、先生が帰ったらすぐ回復できるように回復系スキル使える状態にはしておこうと考えながら、智美は二巡目に備え、列の一番後ろに移動した。
●
礼拝をしている智美の様子を見て、金髪ショタっ子のルル(
jb7910)は顔を輝かせた。
「神頼みとな? まかせておけ。私も一応、もと“神”ぞっ」
ルルは砂漠の国のとある教団で現神として祀られていたという、複雑な経歴の持ち主である。
「潔先生はよい先生だな。生徒に成果をださせてやろうと、一生懸命ではないか」
あまりに複雑過ぎて、少しズレている部分があるのかもしれない。
「生徒たちも身を挺して健気じゃ。 どれ。私が一肌脱いでやろう!
元気にガラガラのハンドルをつかんだ時、ルルの頭にある閃きが走った。
「ふむ? しかしゲンカツギが、ならわしか」
ルルはとりあえず『おねーさん』を探そうと思った。
先刻まで前に並んでいた智美が真っ先に思い浮かんだが、彼女はもう最後尾に移動してしまっている。
周りを見渡す。
一番近くにいたのは、すぐ後ろに並んでいた御堂 龍太(
jb0849)だった。
「おねーさん?」
首を傾げるルル。
おねーさんぽい格好をしているが、何かが違うような気もする。
「そう、あたし! おねーさんよ!」
龍太は、嬉しくてつい嘘をついた。
本当は『おねーさん』ではなく、『おねー』なのだ。
普通の男ならドン引きするところだが、ルルは天真爛漫だった。
龍太のいう事をあっさり信じてしまった。
「おねーさん、私に運をさずけてくれぬか?」
柔らかな頬を差し出すルル。
「え?」
「キスをしてくれぬか?」
「ん、まあーー!」
二十世紀のマンガみたいに、龍太は目をハートマークにした。
可愛い少年に、キスをねだられるなど千載一隅の好機である。
迷いもなく、ルルの頬をブミュチューンと啜る龍太。
「勝利の女神のキッスももらって、もはや最強ぞっ」
強気な顔のルル。
やはり、育ちが複雑すぎたのだ。
そんな彼が出した玉は――
赤! 10ダメージ!
「うう、痛いのお」
実は赤玉などより、もっと痛い目にあっているのだが、それには気付いていないようである。
●
美少年にキスをねだられ、すでに運気は最高にまで高まっているように思える龍太。
だが、オカマの欲は天井を知らず、さらなる運の向上を図った。
(最強のゲン担ぎ、それは、自身の肉体を極限まで追い込んでこそ開花するのよ! 命が尽きようとするその時に生じる第六感! 生きるか死ぬか、生死の淵で究極に研ぎ澄まされる神経! そして、死する自らの運命をも変える運命力! これを会得すれば福引なんて百回やって百回当たるに決まってるわ!)
龍太は自分で自分の体をボコボコに殴り始めた!
「うぉー! ぼぉー! ぐびゃー!」
「な、なにしとるんや、われぇ!?
流石の先生も、これはビビる。
さらにはバッドステータススキルを、次々自分に向け発動する 。
見ているだけで、ドン引きするような酷い姿になった。
「美少年にキスをおねだりされ、生命力も減らし、バステも大量に付加されたあたしの運気は、まさに絶頂!」
さらに、勝利の布石を上乗せする。
「最後に石縛封も発動して、いざ回さん福引を! 」
しかし御堂は気付かなかった。
自分らが石縛封で石化すれば、福引をまわせなくなることを……。
●
続いては、クールなんだけど、酔うと残念な事になるお姉さん、田村 ケイ(
ja0582)である。
「命を懸けて福引を回すのね。その勝負、のった」
ケイにしては気合が入っているのかもしれないが、前の順番のオカマの気合が入り過ぎていたので、相対的にはいつものニヒルなお姉さんである。
「残念賞でろ!!」
謎の台詞だが、欲を捨てる事により物欲センサーを回避できるかもという、計算があるらしい。
結果は――
白! 5ダメージ!
「気絶するまで回すのをやめないわよ」
痛みを堪え、残した捨て台詞からして、やはり、いつもよりは気合が入っている。
継は、もう少し良い順番でクジが引けることを祈ろう。
●
「ゲン担ぎねぇ、んー、僕の場合だと、首にかけてるこの2つの竜胆の指輪かな、僕の名前が『竜胆』だから」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は、二つの指輪が揺れるネックレスを指で摘まんだ。
「竜胆? 竜の胆ってゲン担ぎかい、ええやんけ!」
先生はサングラスの向こうで目を輝かせる。
竜胆(リンドウ)と読む、花の名なのだが、そういう解釈はしなかったようである。
(いつか全てを分かち合えるような相手に出会えますようにと、そう――恋 愛 運 の ゲ ン 担 ぎ だけどね! )
何でもいいから運をあげれば、おまけでくじ運も上がっちゃうかもしれない、などという適当な考えだった。
竜胆は眼鏡を外した。
(普段はフィルターかけて運気貯め込んでおいて、いざという時に外して解放、みたいな!)
ガラガラと福引き器を回す。
「明日から本気出す!」
結果を見る前に、一応、保険をかけた!
結果は――
白! 5ダメージ!
「……ふっ、いいパンチだったよ」
ぱたりと倒れる竜胆。
小ダメージでも、優しい女の子が心配してくれるかもしれない。
とりあえず倒れとけ、なノリである。
●
続いては、赤いマフラー靡かせる、ヒーロー青年、千葉 真一(
ja0070)の出番だ。
塩を一握り撒いてから、柏手を打つ。
「相撲でもやってるけど、塩は場を清めるってことで」
拍手は邪を祓って願いを天に届けるための儀式だ。
運はあがりそうである。
「さて、それじゃ行ってみようか!」
ガラガラと廻し始める真一。
「うおお!」
のけぞる真一。
「うわー!」
天空高く吹っ飛び、顔から地面に落ちる。
俗に言う車田飛びである、
「こ、これしき……ぐぅ、無念」
立ち上がろうとし、力尽きる真一。
熱き魂の戦士の、死だった。
●
「頭の真っ赤なバンダナは! 汗と涙の年期物! この長年の友と一緒なら運気アップだぜ!」
神鷹 鹿時(
ja0217)も学ラン姿に、シンボルの赤いバンダナ靡せる熱血少年である。
「俺のトレジャー魂を見せてやる! でろー特等!」
ガラガラと福引器を回す。
発射口から勢いよく打ち出される玉! それが鹿時の胸を穿つ!
「ぐぉーっ!」
吹っ飛ばされ、倒れる鹿時!
その時、車田飛びで死亡したばかりのの真一が、正義の魂に呼応して蘇り、駆け寄ってきた。
「鹿時ぃぃっ! 死ぬなああ!」
腕の中に鹿時を抱え、熱い涙を流しながら絶叫する真一。
鹿時はゆっくりと目を開けた。
「ふっ、勝手に殺すな、真一さん――こいつが守ってくれたのさ」
首元から取り出したのは、不死鳥をモチーフにし、目にルビーが埋め込まれたキーネックレス。
凶弾から鹿時の心臓を逸らしてくれたらしい。
「不死鳥は不老不死! つまり回すチャンスがたくさん出来る事だ!」
力強く立ち上がる鹿時。
真一とガッチリ、熱い握手をかわし声を揃えて叫ぶ。
「正義ある限り、俺たちの命も不滅だぜ!」
ちなみに二人とも白玉で5ダメだったので、もう少し冷静になってもいい。
●
「ちょっとダメージの割合が多すぎやしません? それに、確率まで出てるって、ある意味すごいですよ?」
熱過ぎる流れを変えるかのように冷静な意見を言ったのは黄金の髪と翼の天使・獺郷 萩人(
jb8198)。
「なんや、いいがかりか?」
先生に凄まれても、萩人は動じない。
「ゲンをかついで、勝利を得れば良いのでしょう?」
萩人は、左腕にある琥珀の腕輪を見せた。
「天使時代、この験を担いだときには必ず勝利を自分が所属していた部隊にもたらしていたのです」
萩人は福引器の前で、琥珀の腕にさわった。
「特別賞よ、来い。特別賞よ、来い。特別賞よ、来い!」
念じながら、福引器を回す。
出たのは――
初の黒玉! 20ダメージ!
萩人は、床に倒れてヒクヒクいっている。
「念願の地図ですよ〜!」
笑顔である。
どうやら、良い夢見ているようだ。
●
ヒィヒィーーィン!
馬の嘶きと、蹄鉄の音が体育館に響いた。
「福引だと…?しかも低確率の特別賞か。 ふふふ、僕が見事に当ててやろうではないか!」
白馬に乗って登場したのは、カミーユ・バルト(
jb9931)。
仏蘭西貴族の血を引く、美しき貴公子である。
「ま、心配は要らん。 僕自身がゲンのようなものだからな! 此処で僕自身が福引器を回すだけでゲンは自然と上がるのだ!」
どーんと、ドヤ顔のカミーユ。
「まあ、折角だから、もう一つ位、ゲンを担いでおくか、そうだな……それでは、このとっておきの僕専用香水を付けておくとしよう。 僕の香りに包まれて自然と特別賞が飛び出して来るかもしれんしな!」
再び、どーんとドヤ顔のカミーユ。
どんだけ自信があるんだ!?
「それじゃ、回してやるぞ? 出でよ! 僕の魂の欠片…っ!!」
魂が出ちゃったら、やばいんじゃないかという気もするが、結果は――
赤玉! 10ダメージ!
鼻面に直撃!
「ば、ばかな……僕が、この僕が外すなど!」
出たのは魂ではなく、鼻血だった。
●
「ほう……験担ぎ、か」
庚 時貞(
ja8323)は波紋やら守護霊やらが出て来そうなポーズで立っている。
ドドドドとかゴゴゴゴォとかいう効果音がうるさい。
「その程度の験担ぎでこの私に勝てるかな!?」
誰と勝負してんだかわからないが、挑戦的にカッと目を見開くと同時に偶然、寺の鐘が鳴った!
「登校時には一度も通行人に妨げられることなく進み続け!ゴミ捨てに行った焼却炉で鳥がニルヴァーナした! そう、今の私には、ブッダが付いている!!」
そんなありがたい存在を、福引きごときに引っ張り出してもいいのか?
ともかく、時貞は福引器をカラコロカラコロと回した。
赤玉――10ダメージ
頭に直撃してアフロヘアになってしまった髪で去って行く。
「とりあえず帰りはカツ丼でも食べて帰ろう」
カツ丼で縁起をかつぐなら、先に食っておくべきだ。
●
福引き器の前に立ったのは『空』だった。
誰もそこに存在しないわけではない。
確かにそこには雪室 チルル(
ja0220)がいた。
『がくえんさいきょー』を名乗り、あまり物は考えずに突撃してゆく――そういう元気娘だ
チルルが、福引にあたって突撃したのは、久遠が原にある寺院だった。
そこで水を被って禊を行ったのだ。
邪念や悪しきオーラは取り払われ、今や、完全なる無垢となったのだ。
元々、頭空っぽな彼女が、心まで空っぽにしたらどうなるのか?
答えは完全なる、『空』である。
そこにいるのはチルルではなく、『チルルのようななにか』だった。
俗の存在である先生や生徒たちに、気付かれる事もなく『空』は福引器をガラガラと回した。
飛び出した白玉――5ダメージがチルルの額にポコンと当たった。
『空』は、元のチルルに戻った。
「ふー……よし、あたいの番だ!」
もう一度、回そうとするチルル。
『空』になっている間の事は、完全に忘れていた!
●
うだつの上がらない若手営業マン風の男、不二越 武志(
jb7228)は、何も言わずに福引器を回そうとした。
「何や、ゲン担ぎせんのかい!?」
「二回目からやります!」
「アホー! 物事を先送りすんな!」
武志の胸に、久遠ヶ原学園入学前――営業マン時代の忌まわしい思い出が、胃液とともにこみあげてきた。
『なんで前回、契約とってこなかった? 他社に先を越されてしまっただろ!』
『まだ契約をお願いするのはまだ早いと、次回訪問時にしようと思いまして』
『物事を先送りすんな!』
気弱な営業マンなら、誰もが受ける叱責。
その記憶が虚弱な武志の胃を、ますます痛めつけた。
武志はすぐさまポケットから小さなドリンク瓶を取り出し、蓋を開けて飲んだ。
緊張すると胃が痛くなる。
それをほぐし、運気を上げるのは液体用胃腸薬が効果的だ。
胃が強くなると、気が強くなれるような気がする。
「特別賞当たれぇー! 当たれぇー!!」
普段はクールな武志が、この時ばかりは目を血走らせ熱くなっていた。
契約をとるぞと、胸を熱くして客先を訪問したあの時の如く。
結果は――
赤 10ダメージ!
「また、ハズしたのか……」
絶対に契約をとると強気に訪問したところで、あえなく断られた事など数限りなくある。
そのたびに、武志は胃を痛めていったのだ。
今回も、また――。
●
「ふむ、面白そうだな、息抜きに一つやってみるとしよう」
そう言い赤い髭を撫でた男は、浅黒い肌を持つ壮年の男性だった。
「なんや、ずいぶんと老けたのがおるやないか、おっさん何かゲン担ぎしとんのか?」
相変わらず柄悪く先生は尋ねた。
年齢が上でも、先生と学生という関係である
「ゲン担ぎか。どうだろうな? 戦闘なら愛銃を磨く。弾丸を全てに息を吹きかけて磨いてから装填するといったものだが」
その話に、先生は身を乗り出した。
「チャカの話か?」
ガイストは袖をまくった。
そこには、熊の頭部を模したトライバルタトゥーが彫られている。
とたん、先生の様子が豹変した。
ふんぞり返っていたパイプ椅子から降り、ガイストの足元に跪いたのだ。
「アニキ! その見事な紋々! さぞかし名のあるアニキに違いありやせん! 先ほどは失礼しやした!」
片膝をつき、仁義を切る潔先生。
ガイストのタトゥーは、自身に獣の力や感覚が宿るイメージを思い描き、戦場において必要な力を引き出すためのものなのだが、潔先生は『そういう世界のお人』の証として解釈してしまったようである。
先生の勘違いに構わず、福引器を回すガイスト。
発射口から噴出したのは、
――銀! 30ダメージ!
「っ!」
鍛えあげられたガイストの肉体が大きく吹き飛んだ。
「あ、アニキー!」
倒れたガイストに、駆け寄る先生。
「ひでえ傷だ――ちくしょう、誰がこんな事を!」
お前だ。
「ま、まだ、大丈夫です」
よろよろと立ちあがり、列の後ろへ歩いてゆくガイスト。
むせび泣き、傷ついたその背中に決意を誓う先生。
「うぅ、カタキは必ず――アニキのカタキは必ずあっしが!」
カタキは、こんな福引きを用意したお前である。
●
金髪おさげの少女、クリエムヒルト(
ja0294)は、列に並んでいる時から、ひたすらに眼鏡を拭いていた
「私のゲン担ぎは眼鏡を拭く事なんだよー。 視界もくっきり。気分もスキッリなんだよ〜」
星の輝きを使用する、
反射で眼鏡を思い切り眼鏡が光り輝いた。
「私の眼鏡が、光って唸る!的な感じなんだよ〜!」
壊す勢いでガラガラをぐるぐる回す、クリエムヒルト。
――赤、10ダメージ!
「当たらないのは、ゲンの担ぎ方が足りないのかなぁー」
ひりひりする額を抑えるクリエムヒルト。
「じゃあ、最後のとっておき、眼鏡を外す作戦なんだよー、最終奥義、メガネ何処ー? なんだよー!」
ぐりんぐりん。
なぜか連続で回した。
連続では回せないように設定されているのだが?
「おう! 人様の腕を捻じるとはええ度胸やんけ!」
眼鏡を外し、視界が不自由になったクリエムヒルトが廻していたのは、先生の腕だった。
「あとで事務所来いや、度胸に免じて茶くらい飲ましてやるで」
事務所ってどこだろう?
とりあえずは眼鏡を探す、クリエムヒルトだった。
●
「どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!」
体育館中に響き渡ったのは、褌一丁スタイルの少年、佐藤 としお(
ja2489)の声だった。
かつて天魔と鬼ごっこをして優勝をしたというこの扮装で、喉が潰れるまで気合を叫び続けるだけである。
「うるさいわ!」
親戚の彫師に掘って貰ったと言うタトゥーもあるし、気合が入っていて先生が大好きなそうタイプだが、さすがに耳を塞ぐ。
結果は
――白、5ダメージ。
「ハハッ、いろいろと気合とノリで乗り越えようと思ったんすが」
幸運の女神も逃げ出すような大声だった。
●
「無欲の勝利、と言う言葉があります。 どれだけ験を担いでも気合を入れても祈っても、当たる時は当たって当たらない時は当たらない、ならば自然体で臨むのがこの場合の正解じゃないでしょうか」
普通少年・鈴代 征治(
ja1305)の結論は、やはり普通だった。
服装も携行品も普通。
これが、普通の結果に繋がるのかは、現時点ではわからない。
「ゆるーくゆるーく、当たったらラッキーくらいで行ってみましょう。 あ、でも商店街の福引とかでも僕、ポケットティッシュくらいしか当たった事ないんですよね」
だからこんな時くらい当たって……と期待した征治だが、期待が自然体を崩す事になると築き、すぐにその考えを打ち消す。
「んじゃ、ま とりあえず回してみますかー、そーれっと」
ひたすらに自然体を心がけて回す征治。
赤 10ダメージ! 普通よりちょっとだけ痛い!
「う〜ん、普通にしようとして、力み過ぎちゃったかなあ?」
普通を維持し続けるのは、結構、難しいものなのである。
●
冒頭で、怪我人にライトヒールしようとして怒鳴られたルーディが、ようやく再登場である。
「しかしあの固定ダメージ砲、どういう作りだ?? 量産できるなら対天魔の武器として実装したほうがいいんじゃね?」
首傾げるルーディ。
世の中、理不尽でいっぱいなのである。
「験担ぎなぁ……根性で乗り切ったことしかねェから、験担ぎしたことねーやそういえば、飯食うのに茶入れたら茶柱が立ったとか、学園来る道の全信号で一度も赤に引っかからなかったとか、その程度ぐらいだなぁ……」
「なら根性だけでええ! 根性で回せや!」
先生に言われるルーディ。
ならばと、拳を握りしめ福引器の発射口に狙いを定める。
「根性でどうにかなるのなら!! むしろこの弾ァ破壊してぇよなっっ!!
福引器を回す! 発射口の奥から湧き上がるは、赤い玉!
これを迎撃する気なのだ!
ちゅどーんっ
がふぅと倒れるルーディ。
「根性で…どうにか……できるもんじゃ……ねーなコレ……」
だが発想力と根性は、もっと評価されるべきだろう。
●
「む、私も暇人ですね、ですが、たまにはこういうのも良いでしょう」
そう言いながら、福引器へ向け、歩きだしたのは・フリューゲル(
jb9816)。
「なんや、変な歩き方やな?」
福引器の前に着いたとたん、先生に問われる。
「五の倍数歩、そして左足から辿り着く事が、私のゲン担ぎです」
「何か五に意味があんのか?」
「特にありません、キリ良く、自分の中でぴったりハマる感覚を大事にしたい、しっくりくるという心地良い感じが、運を引き寄せる気がするんです」
その答えに先生はニヤニヤと顔を歪ませた。
「なんや、恥ずかしがらずに正直に答えてええんやで?」
フリューゲルは首を傾げるしかない。
「5やからゴーゴー! 言う意味やろ? いくら寒いからって、嘘言ったらあかんわ、自分」
ゲラゲラ笑う先生。
フリューゲルは断じてそんな事は、考えていない。
ここまで寒いセンスの持ち主と決めつけられるとは。
――人として、最大限の恥辱――
周りで見ている生徒たちは、我が身に重ね、悪寒を感じずにはいられなかった。
「では、引きましょうか。 しっくり来るまで何度でも」
震え声で、福引器を回すフリューゲル。
――白玉 5ダメージ。
フリューゲルの傷ついたプライドは、そんな数字で測り切れるものではないはずである。
●
「へぇ、宝の地図かぁ。せっかくのお祭騒ぎだからぜひぜひGETしたいよね♪」
重苦しい空気を払拭するかのように、アロ(
jb9811)は大声で叫んだ。
「一等を引くって念じながら引いてみようかな、一番悪いものを念じる事で、物欲センサーの真逆を狙ってみるよ、ふふふ、こういうのって結構効果あるんだよね」
つまり三十ダメージを願って、福引器を回すと言うことである。
「運命の女神様は、たまにそのまま一番悪いのを引き当てるんだけどさ、でも、面白い方がいいじゃん♪ 」
30ダメくらったら、面白いじゃすまないくらいの激痛なのだが、本当にそれでいいのだろうか?
「1等30ダメ、来い!」
と、叫びつつ、福引器を――回さなかった。
「ま、他の人から見たらタダのドMだよね、そして、本当に当たっちゃったらご愛嬌! ネタとして楽しませてもらうよ」
福引器を回さないまま、まだペラペラ喋っている。
「いいから早くひけやー!」
先生に怒鳴られようやく回した福引器から出たのは、
白 5ダメージ。
運命の女神様はドSではなかったようだ。
●
「ゲン担ぎですか、私は悪魔なので、人間の基準とは違う気も……いや、もしかして」
銀髪の悪魔美少女、ヴェス・ペーラ(
jb2743)
彼女の戦略は、自らが悪魔である事を逆手にとったものだった。
幸運の女神に微笑まれたら、闇の存在とも言える悪魔にとってマイナスが起きかねない。
ならば――。
彼女がまずした事は、チャーハンを購入して食す事だった。
むろん、チャーハン自体は縁起を損ねる食べ物ではない
「過去、8分の1、25分の1、25分の1の確率で『食べたら臨死体験するチャーハン』を3回連続で食べさせられましたので」
さらにはくず鉄、チョコレート壊を身に着ける
「いずれも成功確率80%、大失敗確率2%で大失敗した品です」
いわば、マイナスのゲン担ぎ! 悪い運を悪魔の力で幸運に転じられるかの実験!
いざ、福引器を回す!
――白 5ダメージ
微妙な結果だが、彼女は知的な女性である。
一度の結果で、結論など出ない事を知っている。
「後学の為、種族によって運不運の確率は違うのか、参加者の各種族ごとの福引の結果を記録し統計をとってみましょう」
未来の偉大な統計学者の誕生に、期待したい。
●
ジョン・ドゥ(
jb9083)は金色の蛇の目と、紅髪の悪魔が特徴の悪魔少年である。
彼の戦略は奇しくも、ヴェスと近いものだった。
「これはある日科学室での強化中、2%の確率で出来たくず鉄だ。 嘆いたって仕方ねェし、どうせ だから低確率を引き易いお守りとして、敢えて持つ事にしたんだぜ!
ヴェスが知、ジョンは心に比重を置いているものの、不運を幸運に転化しようという思考は、悪魔同士共通しているのかもしれない。
「どうせなら先生の前で俺がデカい賞を全部掻っ攫ってやるぜ! 今回の俺は一等か特別賞以外興味無ェ!……勝負!」
熱い血をたぎらせ、先生に言い放つジョン。
「潔良いのう!」
先生、こういう生徒は大好きである。
回した福引器から飛び出したのは、
――白 5ダメージ!
「まだだ! 諦めが悪いのが俺の悪い癖でな!」
言い放つジョン。
先生の担任クラスに行ったら、割と可愛がられるんじゃないかというタイプの生徒だった。
●
一組の男女が体育館に飛び込んできた。
その名の通り、鷹を思わせる人相の男、鷹群六路(
jb5391)と、セーラー服の似合う、ちょっと古風な美少女、瑞枝 螢(
jc0139)である。
「つか、瑞枝さん、本気? スゲェ過酷な風景だけど、混ざっちゃう? 」
行列に並んでいる生徒たちは、どこかしら怪我をし、顔を顰めてている。
「瑞枝 螢、いざ尋常に参ります」
とんぼ柄の着物に身を包み、たすきを掛ける螢。
「確か、そのトンボもゲン担ぎですよね?」
「蜻蛉は勝虫、前へ前へと飛んで決して後ろに下がらない、勇猛果敢な虫――螢は祖父にそう、聞かされていたのである。
どこから取り出したのか、打鮑、勝栗、昆布を食べ出す螢。
「死と隣り合わせの武士だからこそ、げん担ぎは徹底していたのですよ」
「じゃあ俺は準備万端の瑞枝さんにご利益分けてもらおーっと」
六路がが冗談で軽くハグをすると、螢は反射的に背負い投げを放った。
「すみません。不届き者かと思いまして」
身軽に着地する六路。
「危な……てか怒った? ごめん 」
そんな事をやっていたら、先生が怒鳴りつけてきた。
「いちゃついとらんで、とっとと回せやー」
慌てて福引器に駆け寄る螢と六路。
「持ち上げると願いが叶う石とかあるし! 気合いが入れば勝てる気するっしょ!」
続けざまに福引器を回した二人が出した玉は――
二人お揃いで白 5ダメージ
列に並んでいる全員が溜息をついた。
螢のように徹底してゲンをかついでも結果が得られないのである。
これから二巡目。
回復も許されないまま、また痛みを味わう事になるのだ。
●
順番を変更して行われた二巡目。
生徒たちは、小さなダメージを受けながら、じわじわと絶望へと追い詰められていた。
誰でもいいから地図を出してもらい、この苦しみを終わらせたい。
なのに、一向に黄金の玉は出てきてくれないのだ。
二巡目も半ばを過ぎた頃、一人の男の再登場により、空気は変化した。
良い方向にではなく、さらに重い方向にである。
ガイスト、さきほど銀玉で三十ダメージを喰らった、最も不運な男である。
●
「やめてくれーアニキ! そんな体で福引したら死んじまうよー!」
先生が、傷ついたガイストの背中に泣きすがっている。
彼の残り生命力はわずか十二。
全生命力の70%を失っているのである、もはや息も絶え絶えの状態だ。
「いや、余計なものがない純粋な思考が欲しい。 心を無にして静かに引こう」
「お前らが、お前らが悪いんだー! さっさと特賞を出さないから、アニキがー仏様にー!」
「どう考えても先生が悪いだろ」
「死なない仕掛けはしているはずでは?」
ルーディや萩人がツッコンだが、先生は号泣するばかりで聞いちゃいない。
ガイストは、怪我の激痛で虚ろな目になりつつ福引器を回した。
そこから出てきたもの――
それを見て、皆は目を疑った。
確率百分の一、それが二回連続となると、単純計算で確率一万分の一。
ゲン担ぎがどれほどの効果をもたらしたのか不明だが、わずか二回の福引では起こりえない事のはずだ。
だが、この男はまたも出してしまったのである。
百分の一の確率でしか出ない玉を、
――黄金の玉を!――
生徒たちは沸き立った。
奇跡と言える事態が起こったのだ!
そして、今、苦しみと恐怖から解放されたのだ!
「これが、地図の破片が入った玉ですか」
奇跡を起こしたガイストが、一番冷静だった。
まじまじと、黄金の玉を観察している。
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禍福はあざなえる縄のごとしという。
良い事も悪い事も、生きていれば必ずやってくる。
だから、不運に見舞われても決して絶望してはならないし、幸運に見舞われても、思い上がってはいけない。
潔先生の福引器――皆に憎まれ、恐れられたこの器械は、その言葉の正しさを皆に教えるために、生み出されたのかもしれない。