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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:37人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2017/09/16


みんなの思い出



オープニング



 久遠ヶ原学園。その巨大な学園には、その歴史に相応しい巨大な図書館がいくつも存在する。
 その中には、これまでに扱われた無数の依頼や、卒業生達の記録なども収められているという。
 ここなら、かつては『未来の話』として考えられていた記録も見つけられるだろう。

「昔の人はこんな未来が来るって想像出来なかったんじゃないかな?」

 若い世代はそういっているが、そうだろうか?
 未来は――そんな未来にしたいと《想った》からこそ、辿り着けたのだ。

 これはそんな、いつかの遠い未来の記録である。


 ――――――


 あれから色々なことがあった。
 これからも色々なことがあって、変わらず世界は続いて行くのだろう。

 多くの者が望んだ通りに。

 それは決して、手放しで歓迎出来る「楽園」ではないかもしれないが――

 これは、彼等の「その後」を記したアルバム。
 無事に学園を卒業した者、頑なに卒業を拒み留年記録を順調に伸ばし続ける者。
 夢を叶えた者、諦めた者、新たに見付けた者……まだ探し続けている者。
 中身も外見も変わらない者、すっかり落ち着いて貫禄が出た者。
 ページを繰れば様々な思い出が蘇る。
 そしてこれからも、新たな物語が紡がれては白いページが埋められていくのだろう。

 願わくば、その物語が幸福なものでありますように。



リプレイ本文

 2017年、ひとつの時代が終わった。
 これは世界を変えた者達の、その後の物語。



 ――2018年――


●Rehni Nam(ja5283)の未来

 某音楽大学。
 教室にレフニーの奏でるピアノの音が流れる。
 久遠ヶ原学園を卒業した彼女は今、かねてから志望していた音大のピアノ科に所属していた。
 それと並行してヴァイオリンも習い、更には非常勤で撃退士としても働くという三足の草鞋状態だが、もとより覚悟は完了している。
 そんな忙しさの中でも恋人とは相も変わらず喧嘩もなく、隣にいて落ち着きつつドキドキというラブラブっぷり。
 二人でゆっくり過ごす時間は充分とは言えないけれど、短い分は濃さでカバーすればいいし、実際そうしている。
 それに、これも将来のためと思えば苦にもならなかった。
 いずれはひとつに繋がるはずの道を今、二人はそれぞれに歩いている。
 忙しさにひーひー言いながらも、充実した毎日――

 そんなある日。
 授業中に緊急事態を知らせる呼び出し音が鳴る。
「すみません、すぐに戻ります……!」
 大学の近くに野良ディアボロが出たという報を受け、授業を抜け出して飛び出して行くレフニー。
 教授や他の生徒達も慣れたもので、保健室に行って来ますと言うよりも気軽に送り出してくれるのはが有難い。
 待ち受ける危険を考えればあまり気軽に送り出されるのも考えものだが、それも実力を知った上での信頼と思えば悪い気はしなかった。
「私の邪魔をするなですー!」
 いや、まあ、こうして出動があれば臨時収入に繋がるし、その点では助かってもいるのだけれど。
 何しろ久遠ヶ原と違って学費を自分で稼がなくてはいけないし、将来のために多少は蓄えも欲しいところ。
 性懲りもなく湧いて来る野良ボロを有難くお金に換えて、何食わぬ顔で教室に戻るのもいつものことだ。
「おや、君は戻る教室を間違えてはいないかね?」
 そう言われて手にしたままの魔具――Concerto B7(エレキヴァイオリン)を慌てて引っ込め、あははと笑って誤魔化しながらキーボード系を取り出してみるのもいつものこと。
 
 そんな日常を重ね、積もり積もったその先にあるものは――


●ミハイル・エッカート(jb0544)とサラ・マリヤ・エッカート(jc1995)の未来

 そこは南国のビーチリゾート。
 小さな無人島を借り切った二人は一生に一度の幸せ新婚旅行を満喫していた。
 静かな波と白い砂浜、瀟洒なコテージ。
 時間になるとボートで食事が運ばれて来る他は、完全に二人きりの世界だ。
 出来れば食事も無人のドローンか何かで運ばれるようにしたかったが、給仕付きのフルコースを選んだ代償としてそこは仕方があるまい。
 それによく冷えた白ワインと新鮮な海の幸が全てを帳消しにしてくれる。

 透き通った浅瀬に小舟を浮かべると、まるで魔法で空中に浮いているように思えた。
「ミハイルさん、ほら……熱帯魚があんなに」
「ああ、本当だ」
 船の上から眺めるだけでもよく見える。
 が、ここはやはり潜って楽しむのが正解だろう――と言うか熱帯魚と戯れる沙羅の姿が見たい。
 熱帯魚よりむしろそっちがメインだと、ミハイルは水中カメラを手に海中へ。
 岩場の影で餌となるソーセージの封を切ると、たちまち色とりどりの魚たちが集まって来る。
(「いや、俺じゃない。俺に集まってどうするんだ」)
 ミハイルはソーセージを沙羅に手渡すと、少し離れてカメラを構えた。
 最初は少し驚き戸惑い、しかしすぐに慣れた様子で楽しそうに魚と戯れ始める沙羅。
(「その昔、日本では乙姫という美女が魚を従えて海中に楽園を作ったらしい。つまりこういうことか」)
 こんな楽園を離れて帰ろうとした浦島野郎の気が知れない。
 目と鼻を覆った無骨なゴーグルさえ美しさを引き立てる華麗な装飾品に見えるぞ。
 そんな脳内妄想など知る由もない沙羅は、ミハイルのカメラを構える姿も素敵だと頬を染める――いや、妄想だだ漏れだったとしても印象は変わらないかもしれない。

 浅瀬のカラフルな世界を楽しんだら、次はクルーザーで沖へGO。
 運転はもちろんミハイルだ。
「免許を取ったのはもう何年前だったか……」
 もう一度マニュアルを読み返してみるべきかとも思ったが、触ってみれば案外思い出すものだ。
 颯爽と舵を取るその姿を、沙羅は飽きもせずにカメラに収めている。
「俺に見惚れるのもわかるが、たまには海の方も見てくれよ?」
「ええ、ちゃんと見ていますよ」
 イルカを探す時は、海面よりもその上空に群れる海鳥を目印にするのが良いらしい。
 海鳥が群れている場所には魚がいる、イルカはそれを狙って集まってくるのだとか――
「あ、あれがそうでしょうか?」
 沙羅が指さした方へゆっくりとクルーザーを近付ける。
 と、目の前の海面がドーム状に盛り上がり、それを破るように黒い流線型の身体が現れる。
 それを皮切りに、何頭ものイルカが船の周りで跳ね始めた。
「どうやら食事中のようだな」
「ええ、お邪魔してはいけませんね」
 暫く眺めていると、満腹になったイルカ達が「遊ぼう」とでも言うように寄って来る。
 その誘いに乗って、二人はそっと海の中へ。
「イルカは人間のことを泳ぎの下手な赤ちゃんイルカと勘違いすることもあるそうですよ」
 だから一緒に泳いでくれたり、下から押し上げるように鼻面でつついてみたりすることもあるのだとか。
「そうなのか、だが俺は泳ぎは得意だ」
 素潜りも久しぶりだがやはり身体が覚えていたと、ミハイルは海中深く潜って行く。
 そこで見付けたウミガメを一緒に見ようと、沙羅の手を引いてもう一度。
 水族館でしか見られなかった光景が、周囲を埋め尽くしていた。

 やがてそろそろ陽も沈む頃。
 クルーザーのデッキに沙羅が奏でるバイオリンの音色が心地良く響く。
 楽器にとっては過酷な状況だが、今日だけは特別に――夕日に染みるような美しい音色を心を込めて。
 オレンジ色に光る海と、その光を反射してキラキラと輝くミハイルの金色の髪。
 夕日に照らされた沙羅の姿と、優雅な手の動き、そして夕風に揺れる長い髪。
 全てが美しく、この世のものとも思えないほどに煌めいて見えた。
「私の旦那様はなんて格好良いんでしょう……」
「俺の愛妻の美しさには敵わないさ。俺はこの贅沢な時を一生忘れない」
 デッキの縁に固定されたビデオカメラだけが二人を見つめている。
 まさか高鳴る心臓の音までは記録されないと思うが――

「俺の竜宮城は今ここにある」
 浦島野郎のように手放したりはしない。
「ずっと二人で歳を重ねましょうね」
「ああ、俺はずっと沙羅の傍にいる。玉手箱を開けるのも二人一緒だ」
 白髪頭になるのも二人一緒なら怖くない。
 やがて川で桃を拾うような歳になったら、またこの場所に来てみようか。
 思い出の場所で、二人きりの思い出を再び――


●アレン・P・マルドゥーク(jb3190)とテリオス・P・アーレンベル((jz0393)の未来

「……どこだ?」
「ほら、あれですよ……この先に見えるでしょう?」
 星空観測タワーの展望台、アレンは水平線のすぐ上に向けて真っ直ぐに腕を伸ばす。
 夫に背を預けていたテリオス――フィリアは、腕と同じ高さに目線を合わせてみた。
 今、二人には同じものが見えている……はずなのだが。
「……あれが?」
「ええ、南十字星です」
「思ったより、地味だな。もっと、こう……派手に目立つものかと思っていたが」
 それに南十字「星」と言うからには、ひとつの星が十字型の光を放っている様子を想像していたのだが。
「あれが十字と言うなら、どこでも四つの星を適当に組み合わせれば出来てしまうではないか」
 それに正直、夏に教えてもらった白鳥座のほうが余程それらしく目立っていた気がする。
「ええ、ですから白鳥座を北十字と呼ぶこともあるのですよー」
 南半球ならもっと高い位置で存在感を放っているのだが、波照間島ではこの高さが限界だった。
「がっかりでしたか?」
「そんなことは……」
 ない、とは言い切れないけれど。
「言葉の響きで勝手にイメージを膨らませていたのもあるしな」
 新婚旅行は南の方にしようと話していた時に、南と聞いて単純に連想したものが南十字星。
 その結果、国内最南端にあるこの「星空に一番近い島」へとやって来た二人は、昼間はビーチで波と戯れ夜は星空を眺めて、のんびりゆったりと過ごしていた。
「本当はどこか別の場所が良かったんじゃないか?」
 フィリアの問いに、アレンは笑って首を振る。
 どう頑張っても残された寿命の差が縮まることはないだろう。
 ならば今のうちにたくさん愛情を注いで、たくさん思い出を作っておきたい――アレンはそう考えていた。
 今のところ甘い空気は……残念ながら殆どないけれど。
 しかし、じっくり腰を据えて愛を育む時間さえ惜しいほど、残り時間が少ないわけでもない。
 宿の主人に気の合う友人同士で遊びに来たものと間違えられたことも、いずれは懐かしいエピソードとして子供達に語られることになるだろう。

 そうしてのんびりゆったり過ごす日々の中、プリントして残すものを選ぶために撮りまくった写真を整理していた時のこと。
「ふむ、これはー……」
 何かに気付いたように、アレンはフィリアの画像を次々にスライドしていく。
「フィリアさん、モデルのお仕事してみる気はありませんかー?」
「……は?」
 何の冗談だと返すフィリアに、アレンは真顔で答える。
「興味があるならファッション誌に紹介しますよ」
 背が高くて中性的なモデルはポイントが高く、しかもアレンは彼女を輝かせる手法を知り尽くしていた。
 その彼がメイクやスタイリングはもちろんプロデュースまで担当するなら、これはもうブレイク間違いなし。
「この国には女性が男性役を演じる歌劇団の伝統もあることですし、その方面の需要も見込めるでしょうねー」
 それに目下、コンビニや商店街の惣菜に旬の果物という食事スタイルを取る彼等にとって、食費はけっこう切実な問題だ。
「……まあ、お前がそう言うなら……やってみても、いい」
 黙って立っているだけなら、多分なんとかなる……多分きっと。

 かくして、予想外の方向に転がり続けた彼女の人生は、ここに来てまたしても思ってもみなかった急転回を遂げるのであった――



 ――2019年――


●小宮 雅春(jc2177)の未来

 それは一年後の誕生日。
 一年で最も寒いと言われる大寒が過ぎたばかりだというのに、その日は朝から雪にもならないしとしと雨が降り続けていた。

「Happy birthday to me〜!」
 どんよりと重たい空に向かって声を上げてみる。
 学園にいた頃なら黙っていても誰かが気付いて「おめでとう」を言ってくれたことだろう。
 けれど今は、相棒のキツネイヌや斎藤さんくらいしか言ってくれそうな人はいない。
 もっとも、どちらも喋るのは自分だけれど。

 誕生日だからといって、仕事が休みになるわけではない。
 一日でも休めばそれが即収入ダウンに繋がってしまう、それが自由業の不自由なところだ。
「いいけどね、仕事は好きだし」
 お客さんの喜ぶ顔が一番のプレゼント――なんてね。

 卒業後は殆ど奇術師一本でやってきた。
 学園生活で何かを成した実感はないし、結局今も大人の振りをした子供のままだ。
 自分の心に暫く折り合いは付きそうにないけれど――
 あの時出会った人達が幸せであればいいと願えるようになったのは進歩だろうか。

 今日は雨のせいか、お客さんの入りが悪い。
 それでもショーのクオリティはいつもと同じ、いや、雨の中をわざわざ足を運んでくれたのだから、いつも以上に楽しいものに。
『あら、コミヤンは今日がお誕生日なの?』
「そうなんだ、おめでとうって言ってくれる?」
『おめでとうコミヤン、今日は美味しいものでも買って帰ろうね、ホホホ』
 アシスタントのジェニーちゃんは木偶人形。
 奇術師として舞台に上がる時は、いつも彼女が一緒だった。
 しかし彼女は、最初から自分と一緒にいたわけではない。
 それは自らを「お人形」と称するお姉さん――大人の女性が持っていたものだ。
 その人は……いや、ヒトだったのだろうか。
 もしかしたら、そうではなかったのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
 ただ一緒にいたかっただけで――
 けれど、幼い彼に人形だけを残して彼女はいなくなった。
 その人形に彼女の名前を付けたのは、そうすることで僅かでも彼女を繋ぎ止めておきたかったから、かもしれない。

 そんな感傷に浸りながら、ジェニーちゃんといつもの茶番に興じる。
 その時、ふと懐かしい気配を感じた。

 顔を上げると、そこに彼女の姿が――
 あれは幻なのか、それとも……誕生日の贈り物、だろうか。



 ――20××年――


●長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139

「さあ、参りますわよ!」
 セコンドに促され、みずほはリングの四方を囲むロープをくぐった。
 今日はテレビカメラも入っている――が、目当ては恐らく自分ではない。
(「今回の対戦相手はとてもお強いとの評判の方、でしたわね」)
 けれど、この試合が終わった時にはきっと、全てのカメラが自分を向いている。
 そう信じて、みずほはリングに立った。

 ゴングが鳴る。
 同時に右ストレートが飛んで来た。
 ジャブで様子見をするまでもない、ということか。
(「舐められたものですわね……!」)
 だが、それも仕方がないかもしれない。
 何度も何度も滅多打ちにされ、みずほはリングに沈む。
 噂に違わぬ強さ――けれどみずほは何度ダウンしても何度でも立ち上がった。
 腫れ上がった顔の中に笑みが見える。
 ヤケクソになって笑っているわけではない。
(「だってこんなに楽しいことはありませんもの」)
 少し前まで、アウル覚醒者はプロスポーツ選手になれなかった。
 いや、殆ど全ての世界でプロへの道が閉ざされていた。
 けれど、今はこうしてプロボクサーとしてリングに立っている。
(「一度は閉ざされた道が広がったのですもの、ここで満足するわけには参りませんわ!」)
 ふらつく足で立ち上がり、頭を振って滴り落ちる鼻血を振り払った。
(「鼻血も顔の腫れもボクサーにとっては勲章、どんと来いですわ!」)
 そのまま間合いを詰めて打ち合いに持ち込み、打たれては沈み、また立ち上がる。
 あまりの粘り強さに相手の士気が下がり始めた頃。
 甘く入った一撃にカウンターの右ストレートからラッシュに繋ぎ――

 カウントダウンの声が耳を打つ。
「……3、2、1――」
 ゴングが鳴り響き、みずほの右手が高々と掲げられた。



 ――2022年――


●月乃宮 恋音(jb1221)の未来

 あれから五年、大学部を卒業した恋音は今も久遠ヶ原島内に居を構えていた。
 職業はかねてから目指していた通りの事務・経理代行業。
 風雲荘の一角に構えた最初の事務所は順調に実績を積み上げ、大学の在学中には既に島内に「本局」を構え、現在では東京に支局を開設するほどに成長していた。
 成長と言えば、あの胸部も未だに成長中であるらしい――既に本体よりも大きくなっているのでは……いやいや、まさかそんな。
 しかしその反面、風貌は五年前とさほど変わらず、実年齢よりも少し若く見えるようだ。
 そのせいか、時には甘く見られることもあるが、大抵の相手はその直後に激しく後悔する羽目になる。
 何故なら、新しい局員も増えて和気藹々アットホームなごく普通の事務所にしか見えない事務・経理代行業とは表向きの顔。
 その裏には――

 と、事務所に一本の電話が入る。
 アシスタントの手を介さずに、局長のデスクに直接繋がるホットライン。
 この番号を知っているのは、ごく一部に限られる。
 学生時代に【内務室】のメンバーだった者達は、その多くがそのまま局員となっていた。
 だが中には敢えて外部に出て行った者もいる。
 電話の主、辻巻 頼也(jc1221)もそのひとりだった。
 彼は大学を卒業後に警察官となり、現在はキャリア組として所轄署の課長代理を務めている。
『管内でアウル関連の事件が発生しました』
 普通ならただの事務・経理代行業者に振られる話ではない。
 しかし彼等はただの事務・経理代行業者ではなかった。
『最有力容疑者はアウルに覚醒したての市会議員の息子、その父親である議員が警察に捜査妨害の圧力をかけています』
「了解、此方で圧力をかけておきます」
 話を聞いた途端、恋音の表情が変わる。
 これが彼女の裏――知る人ぞ知る若き政財界の黒幕としての顔だ。
 祖父の権力は既に取り込んである。
 その力を、彼女は撃退士の権益等を守る為に行使していた。

 折り返し何処かに電話をかけると、たちまち事態が動く。
 だが事務局には紅茶の湯気と焼き菓子の甘い香りが漂っていた。
「……では、そろそろ休憩にしましょうかぁ……」
 表の顔はあくまでも、のんびりと平和だった。


●柘榴明日(jb5253)と柘榴 今日(jb6210)の未来

 空港のターミナル、それは出会いと別れのドラマが生まれるところ。
「明日ぃ、アタシたちのこと捨てちゃうのー?」
 今日……いや、こちらは未来の方か――は、ロビーの真ん中で、みっともなくごねていた。
 だって聞いてないよ、せっかく勉強がんばって久遠ヶ原の芸術科の教師になったのに! 非常勤だけど!
「なのに初仕事の晴れ姿も見ないで留学なんて! ユルさないんだから!」
 頑張って進級したのも久遠ヶ原の教師になったのも、すべてはそこに妹の明日がいるからだ。
 ああ、それなのに……!
「いや、許すとか許さないとかそういう問題じゃ……って言うか頼むから人前で騒がないで……」
 妹の明日は周囲を気にしつつ、兄を宥めてみる。
 大学二年生となった明日は背も伸びて、それに合わせるように髪も伸ばしていた。
 顔つきも年相応に大人っぽくなっていたが、ただひとつ胸だけは頑として成長を拒み昔の面影を残している。
「いや……今生の別れじゃないんだし、暫くしたら帰ってくるから落ち着いて」
「暫くってどれくらい!? すぐ!? 二泊三日とか!?」
 そんな短い留学がどこにある。
「半年くらい」
「じゃあアタシたちこのままココで待ってる!」
「……無理だから、それ」
 ターミナルに住み着くつもりか、この人は。

 彼等の父は民俗学者だった。
 亡くなった当時まだ幼かった明日は、父の仕事の具体的な内容をあまり覚えていない。
 しかし血は争えないと言うべきか、高校に入学した頃からその方面に興味を持ち始め、やがて進学した大学で本格的な研究を始めることとなった。
 父の研究内容は古き伝承が空想ではなく実在した事実であることの検証。
 そこには天魔が絡んでいると推測し、過去からの天魔と人との繋がりを確かめることをテーマとしていた。
 その研究を引き継いだ明日の論文が海外の研究部門の目に留まり、留学の招待を受けることとなって……現在に至る。

「ちゃんと連絡とるし、お兄ちゃんだって仕事があるんだから……ね?」
「わかった……明日、俺たちのこと忘れないで! エターナル!」
「だから今生の別れじゃないって」
 説得されてとりあえず落ち着いた兄を残し、明日を乗せた飛行機は異国の空へ飛び立って行った。

 そして慣れない土地での生活にも少しは慣れてきた頃。
 明日のもとに今日からのビデオレターが届く。
『はぁい明日ぃ、元気してるー?』
 それは明日に見せることが叶わなかった、初仕事の様子。
 案の定、最初だけはシリアスにイケメンな今日でキメたものの、それは五分と続かない。
 0.9秒で未来に早変わりすると、何故か歌って踊り出した。
 未来『芸術はノリと勢いだよ!』
 今日『自由こそ久遠ヶ原! 無茶苦茶こそ久遠ヶ原!』
 未来『ただし加減はいるよ! やりすぎダメ絶対!』
 手本と称して前衛的な絵を描いたり、応援と称してギターパフォーマンスを披露するなど、とにかくフリーダム。
「……加減とかやりすぎダメとか、どの口が言うのかな……」
 着任早々解雇、なんてことにならなければいいけれど……まあ、そこは大丈夫か。
 だって久遠ヶ原だし。
 いつも通りの様子に呆れ、そしてどこか安心する明日だった。

 なお兄は後に変人教師としてなんやかんや有名になり、アイドルとしてのデビューも果たすことになるが――
 それはまた、別のお話。


●蓮城 真緋呂(jb6120)と和紗・S・ルフトハイト(jb6970)の未来

 八月、外は溶鉱炉にでも突っ込まれたかと思うほどの暑さだ。
 しかし冷房の効いた室内に一歩入れば、そこは天国。
「あー生き返ったー」
 開店前のバー「Heaven’s Horizon」のカウンターに倒れ込んだ真緋呂は、出された氷水を一気に喉に流し込んだ。
「おかわり!」
 それに応えて、二人分のノンアルコールのカクテルがテーブル席に置かれる。
 もちろん飲み物だけで真緋呂の腹が落ち着くはずもないので、軽食(という名のがっつり系食事メニュー)も添えてあった。
「カウンター越しに話すのもなんですから、こちらで」
「あ、そうね。和紗さんも結都ちゃん抱っこしたままじゃ大変だろうし」
 真緋呂は招かれるままにテーブル席へと移動する。
 和紗の腕に抱かれた次女の結都(ゆうと)は五月に生まれたばかりだった。
「真緋呂に取り上げて貰ってから3ヶ月ですか……早いですね」
「そうね。もう3ヶ月経つのか……」
 助産師の国家試験に合格し、看護大学を卒業したのが今年の三月。
 翌月から病院勤務の助産師として働き始めてから間もなくのことだった。
「結都ちゃん大きくなったわね」
 もう首もしっかり据わっているようで、顔つきも目鼻立ちがはっきりしてきた。
 黒々とした髪と父親譲りの青い瞳、将来は美人さんになるに違いない。
「このお姉さんが、結都が生まれるのを手伝ってくれたのですよ」
 和紗は腕の中の娘に語りかける。
「結都ちゃんがそれ分かる頃だと、おばちゃんになってるのかしら」
 子供の成長の早さを思うと、あっという間に老け込んでしまいそうな気になる。
 実際はそれほど先の話ではないにしても、やはり子供達からは「おばちゃん」と呼ばれることになるのだろう。
「兄様、頑張って立ち会ってるのに……オロオロしてて可笑しかった」
 初めてでもないのにと笑う真緋呂に和紗は苦笑混じりの柔らかな笑みを返した。
「ふふ。何度立ち会っても慣れないようで……あの仏頂面で小汗びっしりオロオロされると、俺の方が『落着いて』と思ってしまいます」
 ところで、と和紗は真緋呂の目を覗き込む。
「真緋呂は新婚生活はどうですか?」
 何を隠そう(隠してないけど)真緋呂は六月に結婚したばかりの新婚さん。
 お相手はあの元隊長だ。
「うーん……『おかえりなさい』って言うのも言われるのもいいな」
 頬を染めてはにかむ真緋呂は、照れ隠しなのか目の前の食事をどんどん平らげる。
 いや、普段からこうなのは知っているけれど。
(「やはり、少し心配ですね」)
 真緋呂の夫は和紗もよく知る人物だから、幸せであることは疑わない。
 しかし食費は大丈夫なのだろうか。
 彼はなかなかの高給取りで、真緋呂も自分達と同じく撃退士を兼業としているけれど――
 エンゲル係数、どれくらいになるのだろう。

「……あ」
 ふと気付いて、和紗はベストのポケットに手をやった。
 夫とペアで誂えた懐中時計を取り出して見る。
「真緋呂、そろそろ時間では?」
「えっ」
 言われて真緋呂も腕時計を見た。
「もうこんな時間とは」
 子供の成長も早ければ自分の時間が流れるのも早い。
 これでは本当に、あっという間におばちゃんになりそうだ。
「楽しくてつい話し込んじゃったわね。ごめんね、開店前の忙しい時に邪魔しちゃって」
「いえ、この時間はまだ……俺も久しぶりに話が出来て楽しかったですし」
「そう? じゃあまた今度寄らせてもらうわね」
 微笑を返し、真緋呂は席を立つ。
 今日はこれから夫と二人で、久々に学園を訪問することになっているのだ。
 彼の方は先に着いて、真緋呂が来るのを待っているはず。

 あ、食事代はとりあえずツケで……え、いらない?
 じゃあ遠慮なく!

 真緋呂を見送り、和紗は娘を寝かしつけるために店の奥へと姿を消した。


●若宮=A=可憐(jb9097)とキュリアン・ジョイス(jb9214)、サーティーン=ブロウニング(jb9311)、ドルトメイル・ペークシス(jb9458)の未来

 とある国の、どこかの町。
 どこにでもありそうな集合住宅の一室に、不穏な空気が漂っていた。
 部屋の主らしき赤毛の大男に、怒りを纏った三人の若者が詰め寄っている。
 形勢は明らかに大男の不利、無法な借金の取り立てか何かに見えるが、しかしどうやら非は完全に彼の方にあるようだ。

「いや、ちょっと待て、話せばわか――っ」
「問答無用!」
 出会い頭、赤毛の大男ドルトメイルの顔面にキュリアンの拳が入る。
「仮にも家族だというのに、いきなり手紙もなく居なくなるとはどういうことだ、この自分勝手め!」
「だからそれはぐぉっ!?」
 続けてうるうる涙目サーティーンの無言のゲンコツが飛ぶ。
 なお左手つまり義手によるそれは、手加減とは無縁の威力だった。
「かっ、顔! 顔が潰れる!」
「当然の報いでしょう」
 二人の行動を無言で見守った可憐は、最後に駄目押しの全力パンチを叩き込んだ。

 事の経緯はこうだ。
 五年前、彼等の義父ドルトメイルは家族に何も告げず、突然その姿を消した。
 以来、どこでどうしていたのか、そもそも無事でいるのかもわからない状態で現在に至る。
 無事なら無事でどうして連絡のひとつも寄越さないのか。
 残された家族がどれほど心配したか、この五年間どれだけ必死に探し続けていたか。
 というわけで、どうにか探し当てた先でまずは全員にゲンコツで挨拶を喰らうのは当然の結果だった――当人だけは「解せぬ」という顔をしていたけれど。

 鉄拳制裁でひとまず溜飲を下げた三人は、とりあえず座って話すことにしたらしい。
 居間のソファにドルトメイルを押し込め、その周囲を三人が取り囲む。
 逃げ場を失った彼は観念したように大人しくなった。
 が、その顔に反省の色はない。
「しかし、よくここがわかったな」
 などと他人事のように感心されると、ついもう一発お見舞いしたくなるが、ここは我慢だ。
「居なくならないでください、居なくなってしまったら私悲しいんです」
 荒ぶる左手を押さえ、サーティーンは震える声で訴える。
「家族でしょう、あんまりじゃないですか」
「せめて置き手紙でもあればまだしも、な」
 涙腺決壊寸前のサーティーンに迫られ、未だ怒り心頭のキュリアンに睨まれて、ドルトメイルは降参のポーズで両手を挙げた。
「いや、今まで連絡しなくて申し訳なかった。色々立て込んでいてな、つい後回しに……」
「色々って何ですか」
 低い声で問う可憐に、ドルトメイルは「色々は色々だ、止むに止まれぬ事情というものが」などと誤魔化そうとするが、それが却って火に油を注ぐ結果となった。
「だいたいあなたはいつもいつも、いい加減で自己中で、適当な事ばかり言って誤魔化して……私達を信頼してないのですか」
「いや違う、それは違うぞ可憐。信頼ゆえの放置と言うか、家族なら黙っていてもわかり合える絆というものが――」
「わかるか!!」
 バァンI
 キュリアンがテーブルを思い切り叩く。
「だが連絡もしないのにこの場所を見付けられたということは、やはり以心伝心――」
「心当たりに片っ端から連絡を入れて、警察に捜索願を出し、探偵を雇い、ネットの記録を洗い出して……それでも五年かかった」
 そこまでして、やっと探し当てた。
 それだけ大切に想われているということを、この男は理解しているのだろうか。
 しかし、これは何を言っても暖簾に腕押し馬の耳になんとやら、なのだろう。
「あ、それは義兄さんもですよ?」
 自覚がないらしいキュリアンに、サーティーンが釘を刺す。
「俺が?」
「定期的に手紙とか、出来るなら会いましょう。……まあ義兄さんですから、期待してませんけど」
 仕方ないね、似たもの義親子だから。

「まあ、とりあえず落ち着いてお茶でも飲もう、な?」
 標的が分散し、話が有耶無耶になったところでドルトメイルがお茶を淹れてくる。
 が、差し出されたカップはどう見ても彼の趣味とは思えないものだった。
「いや、俺が選んだものじゃないんだ、恋人がな……」
「「「恋人?」」」
 聞き捨てならない言葉に三人の声がハモる。
 その声に含まれたトゲにも気付かず、ドルトメイルは上機嫌で話を続けた。
「恋人がいるのはいいぞ。一人じゃないし、趣味などが共有できれば楽しいしな。どうだ、お前らもつくったら?」
 本人としては一応義父らしく、人生の先輩として良いことを言ったつもりなのだろうが――
「ほう、では家族をほったらかして、今まで恋人とイチャイチャしていたと、そういうわけか」
「いや違う、それはあくまで結果論で」
「問答無用!」
 そして始まる再びの鉄拳制裁、かと思いきや。
「ふむ、それも一理あるかもしれませんね」
 可憐は考えた。
 自分のとってのそれは、誰になるのだろう。
 考えた結果、その視線がキュリアンに向けられる。
(「……なんだかんだ言って、やっぱりこの人が一番、かな」)
 そうと決まれば善は急げ。
 跳ねる心臓を抑えて平静を保ちつつ、何でもないように切り出した。
「あと五年」
「は?」
「私が今後五年以内に結婚できなかったら、キュリアンが責任取ってください」
「責任って、なんでそうなるんだ……まあ、いいけど」
 どうせ冗談だろうと、この時は思った。きっと明日には忘れているだろうと。
 ドルトメイルも一度は本気なのかと思ったが、すぐに可憐の性格からしてありえねーなと思い直した。
 本人でさえ消去法でそうなっただけだと、その時はまだ考えていた。
 しかし、サーティーンだけはその真意を正確に読み取っていた。
(「あーあ、義兄さんとんでもない約束しちゃいましたね……」)

 果たせるかな、その五年後。
 言葉は口に出した途端に力を持つという。
(「まさかここまで好きだったとは」)
 思いつきが、本気になった。

 そして、約束は無事に果たされたらしい――



 ――2023年――


●クリス・クリス(ja2083)の未来

 その年の秋、芳紀十八歳のクリス・クリスは大学部への進学を目前にしていた。
 友人達とテーブルを囲む食堂で、クリスは目の前に広げたファッション雑誌を捲りながら、氷が溶けて少し薄くなったジュースをストローで掻き混ぜる。
 友人達の殆どが既に進路を決めている中、クリスはまだ迷っていた。
「うん。国の両親からは進学OKのお墨付き貰ったんで学園には居れるけど……」
 その目は可愛く着飾った同年代のモデル達の写真や購買意欲をそそるキャッチコピーを素通りして、どこか遠くを見ているようだった。
「専攻とか言われてもピンとこないなぁ……」
 と、口にはしたものの。
 実はもう、心の中では決めていることがあった。
「ねぇ、大学の専門課程に行けば召喚獣の研究って、できるのかな?」
 答えられる者はいない。
 召喚獣の何を研究するのかと尋ねる友人達に、クリスはストレイシオンの紫苑を喚び出して見せた。
「この娘、ずっと子供のままなんだよね……」
 幼体と言っても普通なら食堂で喚び出せるサイズではないが、そこはやっぱり久遠ヶ原。
 どーんと大きな蒼い身体が突然視界に入っても驚く者はいなかった。
「もうずっと大きくならないなんてこと、ないと思うんだ」
 だからきっと、どこかに原因があるに違いない。
(「ボクの呼び声に応え来てくれた娘――」)
 六年前の戦いの折、元々ダアトだったクリスは一時的にバハムートテイマーを専攻していた時期があった。
 その後はダアトに戻って今日まで過ごして来たのだけれど……
「ボクはこの娘をもっとちゃんと理解してあげたい。もっとちゃんと強くしてあげたい」
 クリスの言葉に紫苑はまるで猫のように喉を鳴らした。
「そんな動機の進学があってもいいよね?」
 よし、決めた。
 そのまま研究職に就くのも悪くない、かも?


●浅茅 いばら(jb8764)とリコ・ロゼ(jz0318)の未来

 あれから六年。
 約束通りに毎年のミニウェディングを重ね、今年はとうとう本番を迎える。
 二人とも外見上はもうすっかり大人になっていた。

 黒のタキシードに身を包んだいばらは、ドアの外で花嫁の支度が終わるのを今か今かと待っていた。
 その背に感じる少しトゲのある視線はリコの父親のものだ。
 和解とまではいかないが、こうして式に参列してくれたところを見ると、それなりに関係の改善はなされているのだろう。
 母親は今、花嫁の控え室でリコに付き添っている。
 こちらの関係は上手くいっているし、母親はいばらともよく話をしてくれるようになった。
(「お父さん、寂しいのかもしれへんな」)
 そんなことは絶対に口にも態度にも出さないが、自分だけが仲間はずれにされたような気分なのかもしれない。
(「まあ自業自得なんやけど」)
 他の招待客は既にチャペルの席に着いている。
 リュールやダルドフ、門木など風雲荘の面々に、リコの主であるネイサン、それに種子島で出会った子どもたち。
 種子島からの旅費は二人で一緒に負担した。
 いばらは職業撃退士、リコは保育士として働いている。
 生活費以外は特に使い途もないから、蓄えはけっこうあるのだ。

 やがて控え室のドアが開き、純白の花嫁が姿を現す。
 色々と試してみた結果、「リコの一番」は最もスタンダードな形に落ち着いたようだ。
 Aラインのシンプルなドレスに、結い上げた髪には真珠のティアラと真っ赤なミニバラの髪飾り。
 ブーケはピンクのバラを使ったラウンドタイプだ。
 胸元にはいつかのフラワーパークでいばらが作った、ピンクのバラのブローチが飾られていた。
「それ、まだ持っててくれたんやね」
 一段と綺麗になったリコを褒めるつもりが、出て来たのはそんな言葉。
 もう緊張で喉がカラカラだ。
「いばらも格好いいよ」
 にっこり笑ったリコは、いばらの耳元でそっと囁く。
「しっかりね、旦那様?」
 その一言に、心臓がひっくり返る――が、それで却って緊張が解けたようだ。
「リコ、綺麗や。改めて惚れ直したわ」
「当然でしょ、この日のためにちゃんとエステとか通ったんだから」
 一生に一度の結婚式で、自分の最高の姿を見せるために。
「ん、おおきにな」

 そしてパイプオルガンの音色と共に式が始まる。
 ヴェールを降ろしたリコは、父のエスコートでバージンロードを歩く。
 その姿を見ただけで、ネイサンはもう化粧が崩れて顔面ホラー。
 ぎりぎりまで、あの場所には自分が立つはずだったのだ。
「よかった、よかったわねぇリコちゃん……!」
 やがて祭壇の前で、父から花婿へと花嫁の手が受け渡される。
 二人で誓いの言葉を述べて、指輪を交換。
 そして誓いの口付けを。
「これからも、ずっと一緒や」
 死をも乗り越えた二人を分かつものは、何もない。

 暫くは夫婦水入らずで新婚気分を楽しもう。
 一年位して落ち着いたら、知人の養護施設やそのネットワークを頼って養子を迎えるのも良いだろう。
「どんな子が来るんやろね」
「んー、きっともう決まってると思うんだ」
 二人の子供になるために生まれてきた命が、今どこかで産声を上げているかもしれない。



 ――2024年――


●雪室 チルル(ja0220)の未来

「先生。こちらが本日の予定となります」
 あれから七年、その歳月はチルルに大人の落ち着きと思慮深さを与えていた――多分、予定の半分くらいは。
 さいきょーを目指して突き進んできたチルルは、今や政治家の卵である。
「ブレてなんかないわよ、あたいは最初から……いけない、うっかり昔の口調に戻っちゃったわね!」
 大丈夫、今ではどこに出ても恥ずかしくない大人の話し方をマスターしたし、必要な時には完璧な対応が出来る自信もある。
 ただ、少し気が緩むと元に戻ってしまうのはご愛敬。
 大学を卒業して三年になるが、身長が伸び悩んだために見た目も殆ど変わっていなかった。
 お陰で初対面の相手からは学生が付き人のアルバイトでもしているように思われることが多いのだが――チルルはれっきとした国会議員の秘書、兼護衛である。
「これが私の、最強への第一歩です」
 真の最強は、筋肉のみで作られるにあらず。
 力と賢さを兼ね備え、リーダーとして人々を導く者こそ、チルルが目指す最強の存在なのだ。
 そうしてチルルは政治の世界に足を踏み入れた。
 撃退士や天魔への理解がある国会議員の下で、使い走りから始めて今ここ。
「おい雪室」
「はい、何でしょうか先生」
 スケジュールに目を通した議員の先生は、またかと言うように眉を寄せた。
「確かに綺麗に収まってはいるが……移動時間はどうなっている」
「……え?」
「我々の仕事にも転移装置とやらが使えれば良いのだがな」
「あっ!」
 言われてチルルは赤くなったり青くなったり。
「申し訳ありません! ですが私が担いで走れば……全力疾走なら間に合います!」
「おいおい」
 先生、未だに学生気分が抜けないようだと苦笑い。
「まだまだ半人前ということか」
 だが、それでも一生懸命に頑張るスタンスは好評で、先生はもちろん他の秘書仲間や国会議員にも可愛がられているようだ。
 チルルが日本初の撃退士国会議員になるのは遠くない話……かもしれない。


●茅野 未来(jc0692)とシャヴィの未来

「こ、今年こそはシャヴィ君に告白するの、です……!」
 その年のバレンタイン、未来は何度目かの一大決心をもって家を出た。
 小等部六年から高等部二年までの六年間、毎年のようにバレンタインにはチョコを渡して来た。
 なのに毎年恥ずかしさに負けて未だに告白できていないというこの有様を、今年こそ何とかしなければと意気込む高等部最後の冬。

 待ち合わせはいつものドーナツ屋の前。
 念じればどこからともなく現れる謎の人だったシャヴィも、今では久遠ヶ原の学生だった。
 それに保護者であるヴァニタスのおかげで人間文化にも精通し、スマホも使いこなせるようになっている。
 もっとも、天然なのは相変わらずだけれど。
「ごめん、待った?」
 約束の五分前に現れたシャヴィは定番の挨拶。
「ううん、ボクも今来たとこなの、です……」
 本当は30分くらい前から待ってたことは秘密です。
「え、と、じゃあ……行くの、です……」
 店には入らず、ちょっとお洒落な喫茶店へ。
 だって大人ですもの、気分だけは!

 今のシャヴィは未来よりも頭ひとつ分くらい背が高い。
 この差は子供の頃からそれほど変わらなかったけれど、男の子はもう少し成長が続きそうだ。
 今日は平日だから二人とも制服のまま。
 正直シャヴィの私服センスはちょっと残念なので、この方がカッコイイかもしれない。
 コートの袖口からちらりと覗くローズクォーツのブレスレットは、数年前にチェーンを継ぎ足した他は当時のままずっと身に着けていた。

「えっと、あの……」
 店に入って向かい合わせに座り、カラフルな手作りチョコドーナツを手渡す。
「……シャヴィ君、は……好きな人とか居るの、です?」
「うん、未来ちゃんが大好きだよ?」
 さらっと言ってのける天然。
 しかしそれもいつものこと――問題はその「好き」の種類なわけで。
「あ、あの、その……それ、は……」
 どういう意味なのかと問いただしたい。
 自分も好きだと言いたい。
 でも。
(「毎年このあたりから挙動不審になるの……今年こそはちゃんとー!」)
 ちゃんと、ちゃんと……
「つ、つきあってほしいの、です……!」
 あかん。
 やっぱりあかんかった。
 撃沈する未来、そこに更なるダメージが!
「お店入ったばっかりだけど、いいよ? どこ行くの?」
 王道ボケで返された。
 しかもこれはマジボケか。
「……なんてね」
 暫しの間を置いて、シャヴィは悪戯っぽく微笑んだ。
「冗談だよ、ちゃんとわかってる」
「はぅ……」
 テンパる未来は涙目でシャヴィを見返し、直後テーブルに音を立てて突っ伏した。
「……あ、もちろんむりなら断ってくれていいの、です……」
 自分で言っておいて凹む豆腐メンタル。
「ひとつ、訊いていい?」
 未来の頭をそっと撫で、シャヴィはもうだいぶ前から気になっていた疑問を投げてみた。
「僕達、今まで付き合ってなかったの?」
「え……」
 顔を上げた未来はまん丸な目でシャヴィを見つめる。
「僕はそう思ってたんだけど、違うのかな」
「あ、あの、えと、その、ち、違わないの、です……!」
 ほっとしたように微笑むと、シャヴィはもう一度繰り返した。
「僕は未来ちゃんが大好きだよ」
 未来さん、涙腺決壊。

 落ち着いた頃を見計らって、立ち上がったシャヴィは未来に手を差しのべる。
「じゃあ行こうか」
「えと、どこに……です?」
「挨拶に行かなきゃ、未来ちゃんのお父さんとお母さんに」
 待って、それはまだちょっと早いのでは――!



 ――2027年――


●猪川真一(ja4585)と猪川 來鬼(ja7445)の未来

「うちが嫁とか誰も思わなかったんだよなぁ」
 本人でさえ思わなかったと、來鬼は夫の真一と七歳になる娘の沙耶を見る。
「結婚して子供出来て普通なんてなぁ?」
 二人は今、來鬼にはさっぱりわからないガラクタ(にしか見えないが本人達は考古学的に貴重な何かだと主張するモノ)をひっくり返している。
 これも本人達に言わせれば鑑定作業なのだそうだが……
(「やっぱりガラクタ弄りにしか見えないねぇ」)
 猪川家の居間はその考古学的な何かや資料と称する紙の山、更には娘が読み漁ってはそのへんにポイした本の山などで足の踏み場もない。
 知ってる、この手の人種の辞書には「片付ける」という言葉が存在しないって。
 いや、違う……本人達はきちんと片付けているつもりなのだ。
 恐らく彼等の脳内を覗いてみれば、きちんと座標が書き込まれた「何がどこにあるか地図」が存在するのだろう。
 しかし、來鬼には見えない。
(「まったく誰に似たのか……って真一に決まってるけど」)
 とは言え後悔は全くない。
 こういうのを人並みな幸せと言うのだろうか――
「おい、何ひとりでニヤニヤ笑ってんだ?」
「思い出し笑い? おかーさんのえっちー」
 ぼんやりしていたら、二人の顔が目の前に迫っていた。
「ちょ、何いっとるの!」
「思い出し笑いはえっちなんだよ?」
 誰から仕入れたそんな知識。
「しかしお前は相変わらずだな、子供が生まれれば少しは落ち着くかと思ったが……」
「ってコレでも落ち着いとるわい!」
「いや、褒めてるんだぞ? お陰でいつも退屈しない」
「それ、ほんとに褒めてる?」
「もちろん。いつもありがとう、そしてこれからもよろしく」
 そう言って、來鬼を抱き寄せた真一はそっと唇を重ねた。
「ねえ、子供が見てるんだけど?」
 そう言ったのは子供自身。
 動じないところは……どちらに似たのだろう。
「と、とにかく、はよ食べりん!」
 そう、來鬼は食事の支度が出来たと告げに来たのだ。
「真一も沙耶も、夢中になると食べるのも忘れるんだから」
「おかーさんだってそうじゃない」
「う、それは確かに」
 反論は出来ない、けれど。
「でもうちがすると二人して怒るのに、なんで自分の時は違うのかな!」
「それはやっぱり、あれだろ」
 愛ですか、そうですね。

 そんな猪川家の何でもない一日。
 これからもずっと、こんな日常が積み重なっていくのだろう。


●春都(jb2291)の未来

「んぅーーーっ」
 仕事の合間、病院の屋上に上がった春都は大きくひとつ伸びをした。
 二年間の研修を終え、念願の救急救命医になって二年目。
 まだまだ慣れたとは言えないけれど、それで良いのかもしれない。
「人の命を預かる仕事だもん、慣れは禁物だよね」
 こうして休憩している時も、いつ呼び出しがかかるかわからない緊張感はずっと続いている。
 けれど耳を澄ませても救急車のサイレンは聞こえなかった。
「暫くは大丈夫そうかな」
 春都は一つに纏めていた髪を降ろし、指で弄ぶ。
「伸びたなぁ」
 見上げれば、すっきりと晴れ上がった空。
「もう、今日はこれで打ち止めだといいな」
 仕事したくないでござる、ではない。
 救急救命医は命を守る最後の砦、その手前で助かってくれた方が良いに決まっているから。

「まだまだ未熟だけど、研修医時代から比べたら多少は成長出来た……はず、だよね」
 見上げた太陽に向けて呟いてみた。

 目の前の命を見つめ
 全力で向き合い

 掬えた命
 零れた命
 笑顔と後悔が荒波の様に次々押し寄せて
 それでも
 苦しくても辛くても前に進み続ける事
 学ぶ事を止めなかったのは――

「……おろ?」
 ポケットで震える携帯がメールの着信を告げる。
 まるで先程の呟きが聞こえたかのような文面。
 力強く豪快な彼らしい文面の中に添えられた優しさ。

 暖かな日差しに、春都はもう一度空を仰ぐ。
「うん、そうだね……ありがと」
 自然に頬が緩んだ。

 支えたい
 一緒に守りたい
 もう零させない
 全て掬い掴む手を望んだから

「――あっ、はい! 今行きます!」
 名前を呼ばれて春都は白衣を翻す。
 走りながら髪を纏め、気を引き締めた。
 メールの返事は後でゆっくり――

 行こう
 命を
 掬いに


●百目鬼 揺籠(jb8361)と秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)の未来

 長期ローンは未だ返済が終わらない。
 壁は依然として壁のままだった。

 しかし、ローンを踏み倒し壁の向こうに抜ける裏技がある。
 それを人は「既成事実」と呼んだ。

「鬼ってよりか猿ですねぃ」
 とある産婦人科の病室で、紫苑はくくっと喉を鳴らした。
 その腕に抱いているのは生後三日目の娘――名前はまだない。
 出産当日、ウロウロオロオロ狼狽えるばかりの父と夫を分娩室から放り出した産婦は今、母の余裕で二人の男を眺めていた。
「どうです、少しは落ち着きやしたかぃ?」
 その問いに、ベッドから十歩ほど離れた地点で待機を命じられていた二人は、壊れた人形のようにカクカクと首を縦に振った。
「さて、どうだか……まぁいいでしょ。二人ともこっち来なせぇよ」
 言われて、今度は出来の悪いロボットのようにぎこちない足取りで近付く二人。
 揺籠はベッドの右、ダルドフは左に。
 両脇からそーっと、紫苑の胸元を覗き込む。
「あー、やっぱこうなっちまいましたか」
 揺籠の呟きは、赤ん坊の身体に浮き出た目の紋様の故だろう。
「ああ、いや、でも」
 自分の紋様は、周囲の他人には大変不気味がられた。
 しかし母だけは、そんなことは無いと言った――あれはきっと、本心からの言葉だったのだ。
「……そんなことは、無ぇもんですね」
 父がもし自分を見てくれていたら、やはり思ったのだろうか……可愛い、と。
「流石鬼っ子ですねぃ。めんどくせぇ所ばっかり引き受けちまってまぁ」
 右の額からは母譲りの小さな片角が顔を出している。
 背中の羽根は華……ではなく、まだ新芽のように頼りなく産毛の中でふわふわと揺れていた。
 そして特徴的な目の紋様。
「こんだけはっきり証拠が残ってりゃ、後でグレても『俺の子じゃねぇ』なんて言えやせんぜ?」
「言いませんよ、言うはずがないでしょう?」
 たとえ何があっても、この子は自分の娘だ。
 自分に似たところがひとつもなかったとしても、やはりそう思えるだろう。
「紫苑サンは相変わらず昼ドラの見過ぎですよ、ねえお父さ……おじいちゃん?」
 揺籠はそっと様子を伺ってみるが、いつものような反撃はない。
 さすが孫の威力は絶大だ。

「順番ですぜ、抱っこはどっちからしやすか」
 によによと笑いながら、紫苑は二人を見比べる。
 だが二人は互いに牽制するように視線を交わしながら動かない。
 やがて揺籠が折れた。
「抱っこ……おとーさんからいったらどうですかぃ?」
「いや、ここはぬしが――」
「なんかもう懐いてるみたいですし……いやいや、別に遠慮してるわけじゃねぇですよ 」
 ビビってるわけでもありませんから。
「ほら、あれです。父親の余裕ですから!」
 そう胸を張っても、やはり反撃はない。
 娘は生後三日にして父の命を救った――かもしれない。
「ふむ、ではいいのだな? 後悔はせぬであろうな?」
 念を押してから、ダルドフはおくるみに包まれた小さく軽い身体をそっと受け取った。
 小さな手が顎に向かって伸び、もしゃもしゃの髭をきゅっと握り締める。
「髭がお気に入りみたいですねぃ」
 おじいちゃんはそんな声も耳に入らないほど、もうメロメロだ。
 やがて落ち着いた頃を見計らって、紫苑が尋ねる。
「名前、決めてきてくれやした?」
「うむ」
 何通りか考えて、今まで決めかねていたのだが。
 この瞬間に決まった。
 ダルドフは赤ん坊を紫苑に返し、持参していた紙と筆を取り出す。

「命名:綾芽(あやめ)」

 アヤメの花言葉は「嬉しい便り、愛、あなたを大切にします」という。
 綾の字は綾織物のように色鮮やかに多彩な縁に恵まれた人生であるように。
 芽はその小さな角と羽根から、大きく伸びやかに育つように。

「綾芽、ですかぃ……」
 紫苑は娘に呼びかけてみる。
「どうです、気に入りやしたか?」
 まだサルのように見えるその顔が、くしゃっと縮んだ気がした。
 もしかしたら笑ったのだろうか。

 そこに差出人不明の荷物が届けられる。
 が、包み紙に押された黒兎の印を忘れるはずもなかった。
 中身は北欧の伝統、子育てグッズがぎっしり詰まった育児パッケージ。
 ベビーベッドとしても使える箱のデザインは、月に舞う黒兎の図柄――ベビー用品にしては渋いが、カッコイイ。

「ねえ、`百目鬼の兄さん’ 」
 紫苑は懐かしい呼び名で夫に声をかける。
「どうですかぃ、しょぼくれてる暇はもうねぇですよ」
「ほっといてくだせぇ」
 揺籠はごしごしと目を擦る。
 目にゴミが入っただけ、なんて言い訳が通用しないことはわかっているけれど。
「……まぁ、今くらいはね、泣いてもいいんですけど」
 紫苑は母の顔で赤ん坊に語りかけた。
「しょうのねぇお父さんですねぃ、綾芽。ほら、慰めてやりなせぇ」
 その命を揺籠が抱きとめる。
 この腕の重み。
 これが700余年、鬼にまでなって生き抜いた長い年月の答え。
 自身の子を前に、今、確信を持って言える。
「きっと。愛されて生まれてきてたんですぜ。紫苑さんも、俺も」

 明日からまた、国家撃退士としてバリバリ働いて、せっせと稼がなくては――



 ――2028年――


●姫路 眞央(ja8399)の未来

 姫路眞央は代々続く芸能一家に生まれた生粋の芸人。
 その魂はたとえ愛する妻を失った悲しみでやさぐれていようとも、芸能活動とは全く縁のない生活をしていようとも、消えることなく彼の心に火を灯し続けていた。
 そして迎えた三界大戦の最終局面。
 彼は久しく忘れていた――いや、心の底に封じ込めていた感覚を思い出した。
 すなわち――
「やはりテレビは良いな、画面に映し出された自分の姿は我ながら惚れ惚れする」
 最後の戦いを支援するため、星祈ノ調への協力を呼びかけたあの放送。
 その録画を見返すたびに、やはり自分の生きる場所はここだと実感する。
 かくして、眞央は晴れて芸能界への復帰を果たしたのである――もちろん、久遠ヶ原で息子を見守りつつ。

 復帰後は精力的に仕事をこなし、やがて2028年の春。
 天界および冥界・魔界との正式な国交が開始されたその日、それを記念して三界大戦を描く映画の制作記者会見が行われた。
 主演に抜擢されたのは、もちろん眞央だ。
「いや、こういった作品は若い方にお任せすべきだろうと思ったのですが」
 記者の質問に、眞央はそう答える。
「やはり実際の戦いを知る現役の撃退士をキャスティングしたいという監督の熱意に共感し、やらせていただくことになりました」
 大丈夫、まだまだ若い者には負けない。
 リアルなアクションだってスタントなしで行ける――光纏さえすれば。
 その隣には息子役を演じる実の息子の姿もある。
 この親子共演も、今回の話題のひとつとなっていた。
「そう言えば息子さんはかつて、娘として育てられていたとか……」
 記者の質問に、眞央はこれまで幾度となく繰り返してきた説明を滑らかに披露する。
「ええ、姫路家の伝統に従い女形の修行で日常でも女として暮らしていたのです(キリッ」
 その説明で事なきを得ているのは、妻を喪ってからの病み具合でそっとされてるだけという説もあるが――そこは触れずにおくのが武士の情け。

 そして会見の席にはアレンとテリオス、そして四歳になる双子の姿もあった。
 ずっと昔、クリスマスの路地裏で保護した行き倒れ天使も、今や伴侶を得て二児の父となっている。
「幸せそうで何よりだ」
 公私ともに世話になった、そのお返しというわけでもないが――
「もう隠れる必要もないのだし、裏方だけでは勿体無いだろう? 夫婦揃って見目麗しく、それを活用出来る場が近くにあるのだから、やらねば損だろう」
 それに同じ職場なら子育て協力もし易かろうと、二人セットで監督に紹介したのが始まりだった。
 彼等も今回の映画には天使役で出演することになっている。
 四歳になる双子、兄のレアと妹のミアも何かしらの役どころで出演する予定だった。

 完成は2030年!
 乞うご期待!

 なお、テリオスは台詞の殆どない、しかも男性の役だとか――



 ――20××年――


●雫(ja1894)の未来

「流石に潮時なのかも知れませんね」
 卒業後も現役の撃退士として母校で後輩達の指導に当たっていた雫は、「休暇届」と書かれた封書に視線を落とす。
 その視線を更に下――腹部へと落とし、軽く溜息を吐いた。
 まだそれほど目立ってはいないが、そこには新しい命が宿っている。
「流石にこの子を危険に晒す訳には行きませんからね」
 周囲からは、結婚当初から引退を勧められていた。
 それでも夫が理解し支えてくれたこともあって、何度となく断り続けて来たのだが――その夫も、さすがにこの状況では首を縦に振ってはくれなかった。
 家族や友人達からも脅迫まがいの説得を受け、渋々ながらも今ここに至る。
 出産と育児の期間を含めた長期の休暇は当然としても、それに伴って撃退士を引退することまでは学園側も考えていなかったようだ。
 復帰の考えはないのかと問われ、雫は首を振る。
「教職にはいずれ復帰するつもりですが、撃退士としては……」
 実戦に危険は付き物、一人の時には自分さえ覚悟を決めればそれでよかったが、今はもうそれでは済まない。
「この子に私のような思いをさせるわけにはいきませんから」
 それに、教え導いた後には道を譲ることもまた先達の務め――
 かくして、最強の一角が世代交代を迎えた。

「しかし、子育てですか……下手な天魔を相手するよりも困難な気がします」
 戦闘では百戦錬磨の猛者と言えど、子育ては全くの素人。
 とりあえず育児書の類はいくつか読んでみたものの、本によって書かれていることが違っていたり、中には真逆の主張がなされていたり……一体どれを信じればいいのやら。
「ふむ……誰か知り合いに経験者はいましたっけ?」
 心当たりの何人かを訪ね、話を聞いたり実際に子供の世話をしてみたり、少し大きい子とは一緒に遊んでみたり。
 身長があまり伸びなかったこともあって、子供に交じってチャンバラや鬼ごっこに興じていても殆ど違和感がない――その、風船のような腹部以外は。

 臨月が近付いた雫は、新たに精神攻撃を覚えた!
 大きなお腹を抱えて動き回ろうとするその姿が、周囲の人々の胃に多大なストレスを与える!

 精神面でも相変わらずの戦闘力を発揮する雫に、とうとう蟄居命令が下されるに至った。
「暇です……」
 安楽椅子に身を預け、ぼんやりと外を眺める雫。
 まあ、そう言ってられるのも今のうちだけ、なんですけどね。


●不知火あけび(jc1857)と不知火藤忠(jc2194)の未来

 父譲りの白銀の髪に母から受け継いだ深紅の瞳を持つ彼は、名を不知火 仙火という。
 名前の由来は鳳仙花、不知火の伝統である花と父の名を組み合わせたものだ。
 両親から全ての資質をバランス良く受け継いだ彼は、見目麗しい美少年だった――黙ってさえいれば。
「そういう所はあけびにそっくりだな」
 藤忠がそう言って笑うように、母であるあけびもかつては黙っていれば美人といわれたものだ。
「そんな所は似なくていいのにね」
 あけびが苦笑いを漏らすように、仙火は鳳仙花の種のように触ると弾けそうなやんちゃな天然小僧だった。

 今日はその仙火の誕生日。
 ひとつ歳を重ねて少しは落ち着きが出る……わけもなく。
 誕生会の準備を待つ間に暇を持て余した仙火は、家族同然の幼馴染、藤忠の娘である不知火 楓を誘う。
「なあ、アパートの中探検しようぜ!」
「探検?」
 仙火の提案に、楓の瞳が好奇心に輝いた。
 その赤い色は仙火に似ているが、髪は母譲りの黒檀。
 そしてこちらも仙火に劣らぬ美貌ではあるが、中身はクールなミステリアス小学生だった。
 そのせいか年齢よりも大人びて見え、更には性別不詳というオマケ付きだ。
「でも勝手に動き回って良いのかな?」
「いいって、鍵ももらって来たし!」
 誕生会が開かれる風雲荘は、仙火の両親と楓の父が学生時代に住んでいたアパートだ。
 その部屋は今でも別荘のように使われ、今日だけは誕生日の特別として出入り自由が言い渡されていた。
「そうだ、せっかくだからどっちがスゲーもん見付けるか競争しようぜ!」
「競争……、…………うん、いいよ」
「なに、今の妙な間」
「いや、なんでも」
 子供っぽい、と思っても口に出さない優しさで、楓は出来ています。

 そんなわけで、探検開始。
 仙火はまず母の部屋に入ってみた。
「ここはあんまり、うちと変わんないな……」
 母の趣味はどうやら昔から変わらないらしい。
 しかし、母と言えども女性の部屋を弄り回すのはなんだか気が引けて、仙火は早々に父の部屋へ。
「なんだこれ、フローリングに畳?」
 畳の上には小さな文机と座布団が三枚。
「昔から三人で仲良かったって聞くし、ここでお喋りとかしてたのかな」
 ふと見ると、机の上には三人が並んだ古い写真。
「え、これ母さん?」
 今の自分より少し上くらいだろうか。
「姫叔父も若いな……でも父さんは全然変わんないや」
 アルバムを見付けて引っ張り出してみると、どうやらその写真が一番古いもののようだ。
 そこから一気に月日が飛んで、母の姿はもうすっかり大人にえた――といっても実際はまだ高校生だが、子供にとっては立派な大人だ。
 どのページを見ても父の姿は変わらない。
 一緒に写っている中にも何人か、同じように若いままの人達がいた。
 けれど、母と姫叔父は確実に歳を重ねている。
「母さんは今でも美人だけど、やっぱり若い頃の方が綺麗だよなぁ」
 そう言ったら「ヒトヅマのミリョクは子供にはわからない」と言われたけれど。
 その話をしたら父も姫叔父も『誰が言った』と怖い顔で詰め寄ってきたっけ。
「母さんだよって答えた時の顔、面白かったなー」
 思い出し笑いをしながらページをめくる。
「姫叔父も美人のまま……だけどやっぱり……これもヒトヅマのミリョクなのかな?」
 変わっていく人と、変わらない人。
 これが天使と人間の違いなのだろうか。
 家のアルバムを見れば、自分と楓は確実に成長している。
 でも、いつかそれが……父のように止まってしまう時が来るのだろうか。
「楓は、どうなんだろうな……」
 そんなことを考えながら、仙火はいつの間にか眠りに落ちていた。

 一方こちらは藤忠の部屋を探検中の楓。
「あ、これ……」
 見付けたのは鬼灯の簪。
「父さん、やっぱり女装癖が……」
「誤解だ」
「わっ!?」
 誰もいないと思ったのに急に後ろから声をかけられて、楓は思わず飛び上がる。
「それは母さんからの贈り物なんだ」
「ふふっ、やっぱり仲が良いね」
 でも、と楓は首を傾げる。
「どうしてうちに置かないで、ここに置きっぱなしなの?」
「いや、それは……」
 青春の甘酸っぱい思い出を部屋ごとタイムカプセルにしてみました、的な?
「だが、そうだな。良い機会だし持って帰るか」
 藤忠はそれを懐にしまい込んだ。
「あけびも子供の頃、大切な人から簪を貰った。今でも着けてるだろう?」
「うん、あれ良く似合ってるよね」
「そうやって大事に身に着けてもらえるのは嬉しいよな……さすがに俺は簪を挿すわけにはいかないが」
「挿せばいいのに、きっと似合うよ?」
 悪戯っぽく笑う娘の額を軽く小突いて、藤忠は姉に簪を贈った時のことを話して聞かせた。
「自分が簪を貰って……俺は大事にしようと思ったんだ。人の好意も自分の好意も」
 そう言って藤忠は娘の頭を撫でる。
「お前もいつか大切な人が出来たら贈ると良い」
「大切な人、かぁ……」
 思い浮かんだのは――

「誕生日おめでとう。大事な幼馴染君?」
 仙火の肩を揺すって起こした楓は、その髪に紫陽花の簪を挿した。
「うん、やっぱり綺麗だから似合うね」
「って、何だこれ簪? 楓……俺、男だぞ?」
「知ってる、でも似合ってるなら問題ないと思う」
「そういうもんか? つかむしろ楓が着ければ良いのに……それに、なんで簪?」
「君から貰ったら挿しても良いよ。なんか親の代からの伝統なんだって、うちのとこも仙火のとこも」
「へぇ……」
 そう言えば母の簪はずっと同じだ。
 いつか理由を訊いたら「大事な旦那様に貰った物だからね! 宝物だよ」と言っていたっけ。
「まぁ、ありがとな」
 それなら、楓の誕生日には楓の簪でお返ししようか。
(「たとえ見た目が変わっても大事な奴だからな」)
 その手を楓の手が握る。
 男の子みたいに見えても、細い指は女の子のものだ――そう思った瞬間、胸の奥で「きゅんっ」と不思議な音がした。
 けれど、やんちゃ小僧にその意味がわかるはずもなく。
「ほら、御馳走を食べに行こう?」
「ん、母さんの苺ケーキすっげぇ美味いんだぜ!」
 まだまだ、色気より食い気の二人だった。



 ――2032年――


●カノン・エルナシア(jb2648)とエルナハシュ・カナン・カドゥケウス(jz0029)の未来

「今日の患者さんはこれで全部ですね」
 受付の小窓を閉めたカノンは待合室をざっと片付けると、診療所のドアに「本日休診」の札を下げた。
 今日の診察は午前中で終わり、明日から数日は休診日となる。
 患者の多くは症状も軽く、病院を談話室と勘違いしているような人達だから、留守中に容体が急変するようなことはないだろう。
「もしもの時には知り合いの病院に頼んであるし、大丈夫だよ」
 奥の診察室から夫が姿を現す。
「いつもありがとう、温泉にでも入ってゆっくりしようか」
 夫婦二人だけで経営する小さな診療所は、開業から五年にして初めての長期休暇を迎えようとしていた。

「お父さんお母さん、支度できた? 忘れ物ない?」
 風雲荘の玄関先で声をかけるのは、十歳くらいの少女。
 母譲りの黒髪を肩まで伸ばし、父譲りの茶色の瞳を光らせた利発そうなその子の名前は、花鈴(かりん)という。
 今日はこれから、家族三人で旅行に出かけるのだ。
「いってらっしゃい、お気を付けてー。留守のことはお任せくださいー」
 見送りに出た叔父のアレンが相変わらずのんびりした調子で小さく手を振る。
「あれ、レアミアは?」
 二歳年下の従兄妹の姿が見えないと、花鈴は不思議そうに首を傾げた。
「あの二人、いつも私のあとくっついて来るのに」
 と、そこに困った様子の父が姿を現す。
「花鈴、車のキー知らないか?」
「知らないよ、またどこかに置き忘れたとかポケットに入れたまま洗濯しちゃったとか……あ」
 そこまで言って、何かに思い当たった。
「あの二人だ。私ちょっと探してくるね!」

 その頃、双子は――
「ねえミア、やめようよー、お母さんに見付かったら槍で百叩きされるよー?」
「へーきへーき、脅かすだけでホントにやられたことないじゃん」
「伯母さんにも叱られるよー?」
「それは……うん、あのお説教はちょっと……、でもオレたち当然のケンリをシュチョーしてるだけだし!」
 双子の兄、レアは母によく似た白に近い淡い緑髪を持つが、緑の瞳と中身は父そっくり。
 妹のミアは父そっくりの金髪に、青い瞳と中身が母そのもののオレっ娘という組み合わせ。
 二人は今、車のキーをしっかりと握り締め、いつもの隠れ家で身を寄せ合っていた。
 しかし、その隠れ家はそもそも花鈴が作り、二人に貸しているもの。
 花鈴に対しては、隠れ家としての機能を全く果たしていなかった。
「あ、やっぱりここにいた」
 中を覗き込んだ花鈴は、当然のように「ほら返して?」と手を差しのべる。
 しかし。
「やだよ、オレ達も連れてってくんなきゃ返さない」
 ミアはつんと横を向いた。
「いつも一緒なのに、なんで今日は一緒じゃないのさ。花鈴だけズルいよ」
「うーん、そう言われてもなー」
 花鈴は困ったように頭を掻いた。
「あのね、今回の旅行はちょっと特別なの」
「とくべつ?」
「うん、私が生まれる時にね、お父さんあっちこっちの神社やお寺で、お守りいっぱい貰って来たんだって」
 その安産祈願のお守り達は、以後十年の間大切に保管されていた。
 そして娘が無事に十歳になったこの年、それらを全て納めに行くことになったのだ。
「だから今回は、お父さんとお母さんと、私だけで行きたいの」

 花鈴の名は父が付けたものだ。
「名前はどうしましょう」
 生まれてくるのが女の子だとわかった時、カノンは夫に尋ねた。
 最初から任せるつもりつもりではいたけれど……ほら、そう言うと遠慮するから。
「ナーシュは何か考えていますか?」
「え? あぁ、うん……一応……でも俺センスないから……!」
 カリンとかカレンとか、どうしても「カノンに似た名前」の縛りから抜け出せない。
 何度も言うけど、どんだけ好きなのか。
 ついでに言えば、男の子の名前は全く思い付かなかった。
「私はナーシュが考えてくれた名前が良いです」
 そう言われ、先の二つの候補から顔を見て決めたという次第。

 それから十年。
 本来ならは天使は年齢を止められるものだが、カノンは自分の時を少しずつ進めていた。
 外見変化で変わる絆ではないという信頼と、一緒に歩んでいくという確固たる意思表示として――
「いや、それは良いんだけど」
 むしろ実年齢相応に年上になるまで進めても構わないのだけれど……問題がひとつ。
「俺、もっと子供欲しいな」
 妊娠出産には適齢期というものがある。
 高齢出産は母子ともにリスクが高く、それを知った上で危険に晒すわけにはいかない。
「それに、相応の夫婦って言うなら……それこそ外見なんか関係ないんじゃないかな」
 娘も「大きくなったらお母さんと姉妹みたいって言われたい!」と言ってることだし、ね?

「お父さん、キーあったよ!」
 駆け寄る花鈴の後ろから、小さくなった双子が付いてくる。
 なお情状を酌量し、お説教は免れた模様。
「それじゃ行って来ます!」
 後ろのドアから身を乗り出して手を振っていた花鈴は、くるりと前を向いて前部シートの間から顔を出す。
「お守り納めたら、また新しいの貰って来ないとね!」
 え、それってどういう――

「私、妹がいいな!」



 ――2033年――


●ユウ(jb5639)とその心の両親の未来

「リュールさん、あまり動かずにいるのも良くありませんよ?」
 元々ぐーたらで出不精、必要な物は全て手の届く範囲に置いておくタイプだったリュール・オウレアル(jz0354)は、このところ更にその傾向に拍車がかかっていた。
 それというのも、かなり目立ち始めたお腹のせいで――つまり妊婦さんなう。
「甘い物もなるべく控えてくださいね? 妊娠中の体重増加は適度に抑制しないと……」
「ああ、わかったわかった……まったく、お前は小姑のようにうるさいな」
 苦笑いしながら、リュールは目の前に置かれたクッキーに手を伸ばす。
「だからこうして糖質制限クッキーとやらで我慢しているのだろう」
 それは甘い物がどうしてもやめられないと断固として言い張るリュールのために、ユウが作った特別食。
 彼女はこのところ、暇さえあれば――暇がなければ作ってでも、こうして風雲荘に顔を出していた。

 学園の教師となって十五年ほど、しかしユウの外見は昔と全く変わらない。
 おかげで今でも生徒に間違えられることがあるようだが、その中身を知っている者なら決して間違えることはないだろう。
 だって怒らせるとめっちゃ怖いし――その、笑顔が。
 人を教え導く立場として日々学び成長を続けているが、成長しているのはそうした内面だけではないらしい。

 そんなわけで、ユウはにっこり笑って立ち上がる。
「さあリュールさん、少し動きましょう。暫くお掃除もしていないようですし……洗濯物も溜まってますよね?」
 この人は放っておくとテコでも動かないが、ユウの言うことなら文句を言いながらも比較的素直に従ってくれるのだ。
 それはやっぱり笑顔が怖いから――ではないと、思いたい。
「こんなはずではなかったのだがな」
「何がですか?」
「いや、その……」
 リュールは怒ったように顔を背ける。
 なるほど、子供が出来たことを照れているのか。
 そう言えば天界ではそれなりの年月を夫婦として過ごしていたが、その時は子宝に恵まれなったと聞く。
「人間界の空気がよほど合っていたのでしょうね」
 そういうことにしておこうと、リュールは面倒くさそうに立ち上がった。
「掃除と言っても軽く掃除機をかける程度でよかろう」
 洗濯も食事の支度も、殆どはダルドフがやっているらしい。
 その彼も今では学園で実技の講師をしている。
 つまりユウの同僚だ。
「ところで、ユウよ。お前も私の面倒ばかり見ていないで、そろそろ自分のことを考えたらどうだ?」
 自分のこと、すなわち「誰か好い人はいないのか」ということだ。
「え、あの、それはその……」
「誰もおらぬと言うなら、いっそこの子はどうだ?」
 半ば本気で、リュールは自分の腹部に手を置いた。
 生まれて来るのはどうやら男の子らしいが――
「いえ、さすがにそれは」
 気が早すぎるのではないでしょうか!



 ――20××年――


●天険 突破(jb0947)の未来

 あれから何年経ったんだっけな。
 いや、何年経とうが俺はバイトだ。温泉宿でアルバイト、それが俺。
 シーズンごとに各地の温泉宿を渡り歩いてんだ。
 え、なんでそんな不安定な暮らしをしてるのかって?
 まあ、あれだ、即興で撃退士の仕事が割り込んでくるから定住できないってことにしといてくれ。
 俺は撃退士が本業だからな、今でもバリバリの現役だぜ!
 定住はしてなくても手紙や荷物はちゃんと届くし、ネットで繋がってりゃ住所なんて知らなくても問題ないしな。
 それに撃退庁への定期報告とかちゃんとやったりしてるから、いつでも連絡はつくぜ。
 仕事の中身は主に肉体労働かな。
 繁忙期には掃除洗濯から配膳、布団の上げ下ろしにフロント業務まで何でもこなすぜ。
 床の雑巾がけは機械じゃしっかりできないからな、これでも常に需要はあるんだよ。
 俺が拭いた後はワックスよりもピカピカになるって評判なんだぜ?
 あとは根気とかな。
 正直かなり地味な仕事だから、長く続ける奴はそう多くない。
 大抵の奴は掃除なんか下っ端がするもんだと思ってるから、すぐに辞めちまうんだけど。
 でも何事も極めれば常人とは違う世界が見えるもんだ、掃除にだって達人にしか見えない世界がある。
 そんな話とか聞いてるとなんかキツそうって思うかもしれないけど、もちろんキツいことばっかりじゃない。
 この業界の役得はやっぱり誰もいない時間に入れる温泉だな。
 良い気分になって、ついうっかり歌ったりしてな。
 誰も見てないと思ったらお客さんがいたとか、でも実はサルだったとか……そんな話、聞きたきゃ泊まりに来てくれよ。
 そうそう、この仕事してると久遠ヶ原の出身者とばったり会うこともよくあるんだ。
 お互い名前は知らなくても「あー久しぶりー」なんて普通に挨拶したりしてな。
 ま、元気にやってるなら何よりだな。

 そして俺は今日も牛乳を飲む。
 毎日欠かさず飲んでるぜ、健康的だろ。
 風呂上りの一杯は最高だよな!

 身長?
 ああ、風呂上りの一杯は最高だ!(大事なことなので二度(


●インレ(jb3056)の未来

 ──世界各地に一つの噂在り。
 それは助けを求める声に応え、尊きものに手を伸ばすモノ。
 それは月夜の影に跳ね、哀しみを斬り払う一匹の黒兎 ――

 2017年8月、インレは無事に久遠ヶ原学園を卒業……出来なかった。
 卒業試験のハードルは思った以上に高く、残念ながらそれを越えることは出来なかったのだが――
「それはそれとして、そろそろ潮時よのう」
 四年あまりの歳月を過ごした地を去ることは名残惜しくもあるが、繋いだ縁がこれで絶たれるわけでもなし。
 一区切り付いた今がその時と、インレは世界中を放浪する渡り鳥――いや、渡り兎の生活に戻った。

 娘や孫の自慢を語り合うSNSグループ『保護者会』の名簿にも、月の黒兎の名が残されている。
 しかし、彼がその愛し子の前に姿を見せることは二度となかった。
 己の居ない所で幸せにおなりと、その想いだけを残して。
 ただ、その後の二十数年間――祝い事には欠かさず贈物が届いたと聞く。

 ――夜影跳人ブラックラビット。
 それは隻腕のヒーローにして、零れ落ちた『星』を探すモノ。
 かの『星』が零れたと思しき欧州を渡り歩いた彼の行く末は誰も知らない。
 放浪の末に『星』を見つけられたのかどうかも――

 やがてその足取りは跡絶え、だが語られる噂は在り。

「黒兎はきっと、探しものを見付けられたんだよ。だってほら、見て!」

 赤いマフラーをなびかせて夜影に跳ねる黒兎は、取り戻した両手を満月に向けて大きく広げていた。



 ――2047年――


●パウリーネ(jb8709)とジョン・ドゥ(jb9083)の未来

 その後の20年ほどの間、二人は世界中を旅して回っていた。
 ただの観光レベルを超えた、一箇所にじっくりと腰を落ち着けて巡る旅。
 有名な観光地よりも、ガイドにも載っていない地元民も知らないような秘境が二人の心を躍らせた。
 結果、最終的に根を下ろしたのもやはり秘境。

 日本のとある山奥。
 獣道さえ通わず、人里に降りるには翼を使うしかないような陸の孤島。
 そんな場所にひっそりと建つ日本家屋に居を定めて、そろそろ10年になる。
 パウリーネはここで、三界絡みの学術研究に励んだり読書をしたり林檎を食べたり――時には学園の図書館に入り浸ってみたり、とにかく好きなことだけをして過ごしていた。
 生活の糧はジョンが魔法と自分の手で作る金細工。
 あとは小さな畑で採れる作物があれば充分という質素で穏やかな生活に、二人ともこの上もなく満足していた。

 その年の9月に入って間もなくのこと。
「ヴィック」
 何やら香ばしい……と言うより焦げ臭い匂いと共に、パウリーネが台所から顔を出す。
 仕事の手を止めて見上げるジョンに、パウリーネは右目を隠した前髪を弄りながら告げた。
「先に謝る。お前様のね、ケーキを焼いていた筈なんだ。なんか気付いたら読書始めてて、それで……」
 伏せた右目が盛大に泳いでいる。
 この30年、彼女に目立った変化はない――外見的にも、内面にも。
 ただひとつ、いつでもどこでも「ながら読書」という少々困った癖が定着してしまったこと以外は。
 だがジョンは怒らない。
「怪我はしなかったか?」
「ああ、それは大丈夫」
「ならいいさ、ケーキはまた焼けばいい」
「わかった、今度は本棚を封印して本という本を全部開けないようにしてから作るね」
 本さえ封じれば失敗はない、元々家庭的な仕事は得意なのだから。
 しかしジョンは首を振る。
「そこまでする必要もないと思うが」
 いや、その必要があるほど重症なのだろうか。
 それならそれで構わない。
 こうして共に暮らし、互いの誕生日を当たり前のように祝い合うこと。
 そこに無上の喜びと幸せを感じる身としては、ケーキよりも祝ってくれようとしているその気持ちの方が重要なのだ。

 とは言え、パウリーネもそれで「はいそうですか」と済ませるわけにはいかない。
 最終的にはケーキも料理も花束もきっちり調えて、誕生日当日を迎えることとなった。
「誕生日おめでとう。どうか来年も祝わせてね」
「ありがとう。それはもちろんだが……」
 この地に落ち着いて10年、そろそろ次の生きる目標について考えてみてもいい頃合いだ。
「次の誕生日はどこか別の場所で祝うことになるかもしれないな」
 まだ具体的なプランはないけれど――
「パウリーネはどうしたい?」
「そうだね……」
 問われて暫し考え込むが、考えるまでもなかったとパウリーネは顔を上げた。
「長い余生を悔いのないように−−とは考えるけど、でも、二人なら何しようが幸せなんだよなぁ」
「そうか、そうだな」
 ジョンも平穏な日々を満喫し、彼女が好きな事をし生き生きしているのを見ているのが大好きだ。
 だからこのままでいいのかもしれない。
 ただ、穏やかな家庭を作ってみたいという想いはあった。
 二人で静かに過ごすのもいいけれど、少し賑やかになるのも悪くない気がする。
 かつての自分には縁のなかったもの。
 でも今なら、手が届くのではないだろうか――



 ――2057年――


●水竹 水簾(jb3042)の未来

 あれから40年。
 その年の3月31日、還暦を迎えた水簾は夢の中にいた。

「今日からこのクラスの担任になった。よろしく」
 公立高校の生物教師となって数年。
 初めて担任としてクラスを受け持ったあの日、教壇に立つ私の目の前には真新しい制服に身を包んだ初々しい新入生が、緊張の面持ちで並んでいた。
 その緊張をほぐすため、何か良い話はないかと考えを巡らせた結果、出てきたのが――
「先生は昔忍者だったんだぞ」
 そんなことを言っても、高校生ともなれば素直に信じて驚く者はまずいない。
 しかし撃退士時代の思い出話などを聞かせると「えー、冗談でしょー」と言いながらも目の輝きが違ってくる。
 そこで実際にスキルのひとつでも披露すれば掴みはOK――と、ここまでがデフォ。
 以来、新しい生徒を迎えるたびに繰り返すことになったそのパターンに、暫く前から新たなバリエーションが加わることとなった。
 曰く「先生は今いくつだと思う?」という問いである。
 これまで、その問いに正解した生徒はいない。
 何しろ二十歳を超えた頃から見た目が全く変わらなくなったのだ。
 羨ましいと人は言うが、内臓や血管年齢は年相応。
 部活の指導もそろそろ身体に堪えるようになって……ああ、そうそう。
「先生、ボルダリング部を作りたいんですけど……顧問になってくれませんか!」
 そう懇願した生徒の目が、いつかの自分に重なった。
 そしてとうとう教職を去ることとなった日、教え子たちが涙と笑顔で送り出す様は、まるであの日のようだった――

「……、…………私は……寝てたのか……」
 定年を迎えた水簾にとって、教師として学校に来るのはこれが最後になる。
 職員室で離任式の準備を待っているうちに、どうやらうたた寝をしてしまったらしい。
「……やはり、年かな……」
 懐かしい夢の余韻に浸っていると、背後からそっと声がかかる。
「水竹先生、そろそろ……」
「ああ、時間か。どれ、行くとしよう」
 立ち上がる時に思わず「どっこいしょ」と出てしまうのも、やはり歳のせいだろうか――



 ――2067年――


●Md.瑞姫・イェーガー(jb1529)の未来

「はぁ〜〜〜〜〜」
 50年後、とある魔界の田舎のどこか。
 丸々と太って黒光りした豚のようなご婦人が、腰をトントン叩きながら伸びをした。
 手には鍬を持ち、タオルをかけた上から麦わら帽子を被った農家スタイルの彼女は、ちょうど今しがた一本の畝を整え終わったところのようだ。
 魔界に戻って数十年、マダムはもうすっかりその姿と農家の暮らしに馴染んでいた。
「子供のために人間に戻ったんだども、手が掛からなくなったらさ、あら不思議オークの姿に戻ったんだべ」
 辺境のド田舎にはテレビもラジオもネットもない。新聞も届かない。客のひとりも尋ねて来ない。
 変化と言えば蒔いた種が芽を出して大きく育ち、やがて収穫を迎えるという、ほぼ決まった自然のサイクルのみ。
 おかげですっかり世の中の動きに疎くなってしまった。
 しかし退屈はしていない。
「一仕事終えた後の泥風呂は格別だぁ」
 ここには魔界で最も美容と健康に良いとされる最高級の泥をふんだんに使った、自家製の豪華な泥風呂がある。
 誰に遠慮することなく泥の中を転げ回り、ゆったりと浸かるこの至福の時よ。
「今日の激闘を思い出しはいる風呂は良い物だす」
 そのお陰か、今では立派な牙を持った一段と逞しい体になっていた。
 もうどこからどう見てもオークである――が、不思議なことがひとつあった。

「さて、孫に会うために人になるべ」
 家族や孫に会うときだけは人間に戻れるのだ。
 都合が良すぎる? いやいや、日頃の信心のお陰でしょう。
「願ってみる物だがや、孤立せずにすんだもの」
 人の姿に戻ったマダムは、採れたばかりの野菜を手土産に弾む足取りで玄関を出た。

 魔界でこしらえた野菜達、気に入ってくれっと良いんだけんどもなー。



 ――それから――


 物語は、まだまだ続く。
 その後のお話は、また今度――





 つづく


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:20人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
処刑の時間・
猪川真一(ja4585)

大学部8年7組 男 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
肉を切らせて骨を断つ・
猪川 來鬼(ja7445)

大学部9年4組 女 アストラルヴァンガード
想いの灯を見送る・
姫路 眞央(ja8399)

大学部1年7組 男 阿修羅
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
久遠ヶ原から愛をこめて・
天険 突破(jb0947)

卒業 男 阿修羅
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
食欲魔神・
Md.瑞姫・イェーガー(jb1529)

大学部6年1組 女 ナイトウォーカー
久遠ヶ原から愛をこめて・
春都(jb2291)

卒業 女 陰陽師
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
山芋ハンター・
水竹 水簾(jb3042)

卒業 女 鬼道忍軍
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
勇気を示す背中・
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)

大学部4年7組 女 阿修羅
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
『楽園』華茶会・
柘榴明日(jb5253)

高等部1年1組 女 ダアト
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
麗しの看板娘(女体化)・
柘榴 今日(jb6210)

大学部4年6組 男 アカシックレコーダー:タイプB
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
大切な思い出を紡ぐ・
パウリーネ(jb8709)

卒業 女 ナイトウォーカー
Half of Rose・
浅茅 いばら(jb8764)

高等部3年1組 男 阿修羅
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師
撃退士・
若宮=A=可憐(jb9097)

大学部2年3組 女 インフィルトレイター
魔法使い・
キュリアン・ジョイス(jb9214)

大学部6年3組 男 バハムートテイマー
撃退士・
サーティーン=ブロウニング(jb9311)

大学部3年7組 女 鬼道忍軍
撃退士・
ドルトメイル・ペークシス(jb9458)

大学部7年5組 男 ルインズブレイド
撃退士・
茅野 未来(jc0692)

小等部6年1組 女 阿修羅
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード
愛しのジェニー・
小宮 雅春(jc2177)

卒業 男 アーティスト
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師