「違和感しかないですね」
現着した雫(
ja1894)がそうこぼすのを、うむと聞き届けたのは白蛇(
jb0889)であった。
「本当に、件のごぉま、という天魔の仕業なのか、ちょっと分からぬのう。あまりに見せつけがましいというか、あの口調の持ち主にしては軽率じゃ」
前回の討伐を思い返せば、ゴォマ本体がたった一体のディアボロを引き連れてやってくるのは不自然だ。雫は憶測を口にする。
「もし、ゴォマじゃないとして、何の目的で?」
「わしには理解しがたい天魔じゃとて。そもそも撮影というのが分からん」
白蛇は肩を竦めてみせる。雫は決意を固めた。
「ここでゴォマは倒す」
「ねぇ、ジェラルドさん。私、大衆娯楽しか観ないからよく分からないんですけれど、こういうの面白いんですか?」
尋ねたのはシエル・ウェスト(
jb6351)であった。ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)と共に現地映像を眺めている。
「そうだね、人は選ぶけれど、ボクは嫌いじゃない。ただ……この悪魔が本当に監督かどうかは別としてね」
前回のゴォマという天魔にしてはやり口が軽率だ。ジェラルドからしてみれば幼稚にさえも映る。
「どういうことですか?」
「カメオ出演、というものがある。監督やスタッフが出てくる場合だ。そういう時、絶対に主役を食うような真似はしない。スナッフフィルムとはいえ映像手法を心得ているのならば監督自らご足労はない、はずだよ」
「じゃあ偽者だって言うんですか?」
「ボクはそうだと信じたいな。だってあまりにもこの悪魔、見た目もやり口も粗野だ。ボクの想像していたゴォマ監督じゃない」
「どっちにせよ、救助優先。俺は先んじて潜っておくけれど、ええな、お二人さん」
背後から声をかけたのはゼロ=シュバイツァー(
jb7501)であった。シエルは唇をすぼめる。
「私がやるなら、コメディがいいなー」
「今回は救助劇の主役や、シエっちゃん。そっちのほうがまだええやろ。んで、ジェラやんは救助鉄道の指示、できとるか?」
「問題はないよ。だけれど、今回、監督が出ないとなれば、ボクの役割は何だい?」
「せいぜい、鎌でもかけてみぃや。モノホンのゴォマなら反応来るやろ」
「ゼロ、君もそう思うかい? 本物ではない、と」
その口調に確信する。ゼロは一拍の逡巡を浮かべてから応じた。
「……ま、そのほうが俺としてもな。納得ずくで監督をぶっ倒せる。今回の討伐はフェアやないからな。主役が俺らや、言うといて人質取るんは」
「気持ちは同じなわけだ。いいよ、ボクはディアボロと人質の救助のお手伝いと行こう。さて、監督とは喋らせてもらえるのかな。それだけが問題だ」
単眼のディアボロ――セブンが捉えているのは固まった人質たちであった。
セブンとゴォマの威容に竦み上がっている人々の表情は恐怖に引きつっている。
喚き出す子供もいた。セブンが一瞬だけ、ゴォマに問うように視線を振り向ける。ゴォマは首肯した。
セブンの長大な爪が子供へとかかろうとする。咽び泣く子供に母親が被さった。
「この子だけは! やるんなら私を殺しなさい!」
「美しい、親子愛だ……。とでも、奴は言うのだろうか」
呟いたゴォマにセブンは爪を振るい上げる。その横っ面へと突如として何かが激突した。
散弾のように攻撃がセブンを叩きつけ、爪があらぬ方向を掻く。
出現したのはファーフナー(
jb7826)であった。強面の表情を翳らせ、彼は銃弾を込める。
「悪いが、ショーはそこまでだ」
突き出した拳銃から放たれるのは不可視の弾丸であった。セブンは射線を意識して避けようとするがファーフナーの目的はあくまで引き付けであり、現時点での撃退ではない。
すっと足音もなく現れたのはシエルであった。彼女は人質の一団に指示する。
「相手とは逆方向に走ってください! 落ち着いて! 救助はあります!」
その声と共に鉄道の激しいブレーキ音が響き渡る。空のコンテナを擁した列車が団地の傍に緊急停止し、係員が人質の救助を行おうとする。
「させると、思っているのか」
ゴォマが地鳴りのような足音と共に人質保護を阻もうとした。だが、その身体を叩いたのは銃弾である。
甲冑の表層で弾いただけでダメージには至らないが、ゴォマには敵の居場所を判ずる術はない。
「小賢しい真似を」
「――どちらが、ですか」
救助車両に乗り込んでいたのは剣を構えた雫であった。人質と入れ替わりに戦場へと飛び込む。
ゴォマが岩石の拳を突き出して雫の剣と鍔迫り合いをした。剣に宿った血脈が禍々しく輝き、ゴォマのパワーと弾き合う。
「……さて、貴方の本当の名前は何ですか?」
赤い眼を見開いたゴォマへと雫は続け様に声にする。
「監督を名乗る者が、悪趣味な殺人ビデオに脇役ならばともかく、メインで出演するわけがないでしょう!」
弾き飛ばした剣の圧力にゴォマが僅かに喜色を浮かべた。
「果たして、そうかな」
セブンが甲高く鳴き声を発する。その足元には、逃げ遅れた老人の姿が。
「一人でも多く殺せ」
セブンが爪を打ち下ろす前に、氷雪の咆哮が覆い被さった。
「権能、雪禍! 氷結の爪の前に塵となれ!」
「召喚獣、フェンリルか……」
雪禍がセブンの進路を遮る。セブンが負けじと鳴き返し、下段から爪を突き刺そうとする。白蛇自身の放った弓矢がその肩口を貫いた。
「肩の膿みのような爪、封じさせてもらう!」
輝いた一瞬の眩惑の間に、接近していたのはジェラルドだ。
「やぁ、君は何番目のカメラだい?」
拳がその単眼を叩き据えた。よろめいたセブンへとジェラルドは言いやる。
「ボクの立場がそっち側なら、一緒に作っていたかも。……ん? そうか、この映像を逆スナッフとして賄賂を得るという手もあるなぁ☆」
ジェラルドの挑発にセブンが突き刺さった矢を放り投げる。それをジェラルドは軽くいなし、セブンの足元を薙ぎ払った。
「姿勢崩し、よし。それにしても、駄目じゃないか。カメラはいいものを使わないと。戦闘に夢中になる辺り、まだ三流かい? ゴォマ監督」
振り向けた声にゴォマが雫の攻撃を弾いて反応する。
「……お前は」
「やぁ、久しぶり。前回同様二体編成で来たね。今回はスピードタイプ使わないの?」
「……持ち合わせていなくてな。前回と同じ編成ならば、撮影に支障はない」
その言葉にジェラルドは笑みを深く刻んだ。
「ダウト☆ 前回は三体だ。作成者ならカメラの個体数くらいは覚えているし、それに、やっぱり違う。キミ、監督じゃないよ。このビデオの作成者ならそんな回答はしないし……キミ、だぁれ?☆」
「……お喋りな役者だ」
ゴォマの拳と、セブンの爪が一挙にジェラルドへと襲いかかる。しかし、それを阻んだのは高空からの狙撃であった。正確無比な銃弾がセブンの頭部と、ゴォマの甲冑の間を徹る。
ジェラルドはチッチッと指を振った。
「熱くならないのが、監督の仕事だ。にしても、相も変わらず手堅い射撃だ、ゼロ=シュバイツァー」
「そりゃ、どうも、って奴やな」
黒い翼を広げたゼロはスナイパーライフルを構えたまま、救助車両の傍に降り立つ。
「これで完了か?」
「大丈夫です! 行ってください!」
避難民の確認を終えたシエルの言葉にゼロはサムズアップを寄越す。
「シエっちゃん。本気、出したれ!」
「言われるまでも。さて、ゴォマさんでしたっけ。あれ、偽物だっけ? まぁ、いいや。そういうのはもう、私からしてみれば結構、どうでもよくって。監督、ジャンル変えましょうよ。コメディにしちゃいましょう。私へのギャラも高額にしちゃって欲しいな、って」
取り出したのはクラリネット型の武器であった。荘厳な音階を奏でるそれが衝撃波を生み出し、雫との戦闘に割って入る。
その姿が徐々に変容していき、瞳の五方星が顔面いっぱいに広がっていく。紫色の炎が浮かび上がり、光背のように孔雀文様のアウルが展開された。
「足場潰しか……」
「そういう風になるかどうかはそっち次第だけれど、どっちにせよ、そんなに太っちょな格好して。女の子に……」
持ち替えた武器は長大な槍である。その切っ先がたたらを踏んだゴォマの股下を狙い澄ました。
「なっちゃえ!」
股下を狙った一撃にゼロがひっと声にする。
「ヒヤッとするなぁ……シエっちゃんのその攻撃」
ゴォマは槍とかち合う形で拳を突き出して後退する。残念ながら致命的な一撃には成り得なかったが、恐怖を覚えさせるのには充分だった。
「なるほど、近接も得意、か」
「得心している場合ですか? まだ、戦いは終わっていませんよ」
背後に回り込んだ雫が自分を機軸にして回転斬りを見舞う。首を刈る一撃であったのだが、ゴォマの頑丈な表皮には亀裂程度しかダメージを与えられない。
「だが、連携が密になってきた、な」
セブンへと間断のない不可視の弾丸を撃ち続けているのはファーフナーだ。
「そろそろ、狩れるか?」
不意打ち気味に接近し、末端肥大の身体へと電磁力を内包する掌底が叩き込まれた。バランスを崩したセブンの口腔内に無理やり銃口が押し込まれる。
「弾け飛んで死ね」
その瞬間、花開くようにセブンの両肩から腕が出現する。危惧されていた隠し腕であった。
ファーフナーはしかし、慌てふためくわけでもない。
「頭を潰すのに、俺一人でなくなっただけだ」
「そういうこと」
言葉を引き継いだのはゼロであった。
迷うことなくファーフナーの弾丸とゼロの放った蒼い光の弾丸が頭部へと吸い寄せられるように命中する。単眼に亀裂が走り、内側から膨れ上がった。
「見えるところだけから攻撃するとは限らんのやで?」
「――そういうこと。まぁ、ボクがキミだったとしたら、カメラは安定感を重視する」
ジェラルドの宙返りから放った蹴りがその単眼へとめり込んだ。仰け反ったセブンが隠し腕を全面展開し、身も世もなく特攻してくる。最早、目標物を捉えることなど重視していないのだろう。
「愚かよのぉ、末路というのは。愚直な特攻攻撃、悪いがわしはふぃるむとやらの完成まで待てんのじゃ」
白蛇の放った光の矢が単眼に命中した瞬間、咆哮と共に雪禍がその首筋を掻っ切った。
頚動脈から血飛沫が迸り、セブンが活動を停止する。
ジェラルドが指を鳴らした。
「さて、ニセ監督。カメラがなくなったらどうするんだい?」
ゴォマは雫とシエルの両面攻撃を弾きながら残り四人の撃退士の能力を推し量る。
――最早、ここまでか。
雫の剣がゴォマの首を刈ろうとした時、その体躯を沈ませて全身を身体の内側へと仕舞いこんだ。
まるでダルマのように、ゴォマが防御する。鉄壁の防御力に雫の剣が鋭く弾き返された。
「この状態になるということは、もう戦闘意思はない。ハッキリ言おう。オレはゴォマではない。奴に雇われた悪魔だ」
「名前は?」
「言えないな。職業上、本当の名を知られると厄介なのでね。悪魔の一傭兵、と名乗っておく」
「その一傭兵が、何でゴォマに手を貸した?」
「オレはビジネスで動く。単純に雇われただけだ。奴に、全く感情移入はしていない。それと、これはオーダーだ」
差し出されたのは一葉の紙である。戦闘の気配を漂わせたまま、全員の無言の了承を得て、雫が手に取った。
「これは、数字?」
「奴の本拠地、ゲートの座標だよ。オレが敗北した場合、それを教えろ、とのことだ」
「解せんな。何で、わざわざ、根城を教えるような真似を?」
「ショー、だからだろうな。オレには分からん感情だよ。オレは離脱する。これ以上、殺戮をしていても、オレに利はないのでね」
「逃がすとでも?」
全員の放った殺気に悪魔は失笑する。
「こういうオーダーも受けていてね。オレの離脱時にきっちり信号を出せば、自分は次の仕事に移る、と。つまり、あまり次の撮影までは時間はないのだよ、撃退士共。その座標の紙がオレの手から離れた時点で、もう秒読みは始まった」
その言葉に全員に緊張が走った。ゴォマの次の動きに、刃を休ませる暇もないとなれば当然だろう。
「オレは逃げ帰る。卑怯だとか、そういう言葉で引き止めるのは無しだ。オレも仕事、お前らもそうだろう? オレを追う暇があれば、もう次の座標に向けて兵を出すといい。ゴォマは逃げも隠れもしない。そこにいる」
「それ、信じるに足ると思っとるんか? そりゃ次の撮影はあるとは思うが、悪魔一体、全方位せんとでも?」
武器を構える手に力を込める撃退士たちに悪魔は哄笑を上げる。
「かもな。だが、所詮は末端の切り捨て要員。そいつを下すか、大元を正すか。どっちが賢いかは考えるまでもあるまい」
「ボクは次を行くよ、傭兵君。もうキミへの興味は失せた」
踵を返すジェラルドにゼロも嘆息をつく。
「次の撮影待ち、言うわけか」
「術があるのなら、あの悪趣味三流監督に伝えておきなさい。仮に次のビデオがあるとすれば、犠牲者はお前だと」
瓦礫を踏み締めて、撃退士たちは立ち去った。
悪魔――ディアマンはふと呟く。
「演者として、オレは釣り合いが取れなかったらしいな。まぁ、いい。どうせ、戦地を渡り歩くのがお似合いだ。次の会うのはこんな趣味を疑う戦場でないことだけを期待しよう、撃退士」