「一本道が貫く工業地帯……、衆人環視の目は緩く、殺人もなかなか表沙汰にならない、か」
そうこぼした雫(
ja1894)は銀色の髪をかき上げた。工場で働く人々には既に避難の命令が行き届いているはずだが、残って仕事を続ける人間も散見される。
今回目撃されたサイクロプス型の脅威が伝わっていないのか、はたまた分かっていても作業をしなければならないのだとすればそれはもう悲劇である。
「許せませんね、殺人ビデオなんて、悪趣味な」
「同感。わたくしだってそんなの」
吐き捨てたのは同行してきた鳳 飛鳥(
jc1565)である。どうやら志は同じのようだ。
「私も、許せない」
「気が合いそうですわね。わたくしも、よ。雫様、と言ったかしら?」
「私のほうが年下だから、呼び捨てでも」
「よくってよ、こういう喋り方が馴染んでいるから。それにしたって、この工場地帯の人々を襲うなんて、何て無残な……」
拳をぎゅっと握り締める飛鳥に雫は同調する。
「相手方のディアボロの情報は、ゼロさんが纏めてくださっています。それに既に目は?」
「通しています。だからこそ、許せない気持ちが募るのよ……」
見た目よりも可憐という感じではない、と雫は印象を改めた。
「私たちの力で、一刻も早く……」
求むるは相手の討伐。そのためならば、と雫も肩に緊張を走らせた。
くしゃみをすると、そっとハンカチを手渡された。
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)の差し出したハンカチに、白蛇(
jb0889)は怪訝そうにする。
「何じゃ? 人の身が。わしは風邪などひかん」
「それでも、今夜の作戦に支障を来たすといけないからねぇ」
ジェラルドののらりくらりとした風体に白蛇はハンカチを受け取って、思いっきり鼻をすすってやった。
「聞いておるか? やるのはまず飛翔型じゃ。おぬしは司が運ぶだろう。準備は」
「万端」
ジェラルドは上着の下にハーネスを着込んでいた。その様子に白蛇が小首を傾げる。
「おぬしのような、どこかあっけらかんとした輩はこういう役回りを嫌うもんじゃと思っておったがなぁ」
「そうでもないよ。ボクは、個人的な興味もあって、この役を買って出ているんだからね」
ジェラルドは今回の殺人が散発的なものではないとデータを得ていた。
――個人的な興味? 違うなぁ……。
笑みを浮かべると白蛇が気味悪そうにする。
「理解し難い行動を行う天魔は数あれど、これはその極地じゃな。何が楽しいのか、まるで理解できぬ」
「映像を撮るっていうのならば観たい人がいるわけだからねぇ。顧客と支持層を得ているある程度の悪魔の仕業……」
そこまで邪推したジェラルドを白蛇が横目に睨む。彼は肩を竦めた。
「……かも、しれないねぇ」
「どちらにせよ、理解するまでもない。彼奴らを一体残らず殲滅してくれよう。やがては彼奴らの主たる悪魔も見つけ出せれば僥倖じゃ」
白蛇は工場地帯に分け入る。寒さを増した風も工場の中ならば凌げよう。同時に、避難を促進するつもりでもあったのだが、そこに待っていたのはぎょっとする人影であった。
蒼いワンピース水着を着込み、腰まである長髪をなびかせた桜庭愛(
jc1977)だ。黒いロングブーツの靴音を響かせてわざわざ声に出している。
「避難は終わりましたかー?」
「な、なんじゃ? この寒空にうつけか? この小娘」
愛も白蛇を見つけるなり歩み寄ってくる。
「避難はしなきゃ駄目って言っているのに。まだ家族の娘さんが」
子供扱いする愛に白蛇は憤慨する。
「子供扱いをするな! わしは、お前のような小娘よりもずっと年上じゃぞ!」
「えーっ、見えないけれど。ゼロさん」
「なに、見た目通りの年齢やないのは、天魔にはよくあることやし」
そう言って工場の隅の椅子に座りこんでいたゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が立ち上がる。ジェラルドがその存在に、ほう、と息をついた。
「事前の作戦指揮は、きみが?」
「ああ。ジェラやん。なんか面白そうなこと考えてそうやな、お前」
ジェラルドの肩を掴んで白蛇と愛から離れる。その声にジェラルドも口元を綻ばせた。
「分かるかい? なに、きみらを害するような真似はしないよ。作戦指揮、大いに結構。ボクはこの作戦通りに動く。それだけさ」
「ほんまかぁ? まぁ、ええわ。あとでたっぷりと、な」
ポンポンと肩を叩き、ゼロは離れていく。
白蛇と愛がまだ言い争いをしていた。
「ゼロさん、この子は?」
「だから子供扱いするなと言うに! うつけめ!」
工業地帯を俯瞰する飛翔型の単眼は、変わらぬ風景を映し出していた。
殺人のために蹂躙される過疎地。人は全て、殺す対象だと教え込まれた脳髄を持つ飛翔型はぎょろりと単眼の位相を変えた。
パワー型とスピード型は勝手に殺しをやることだろう。主から与えられているのは、ただただ静観すること。
だが、その静寂を破ったのは一発の銃弾であった。
飛翔型は背中の翼を羽ばたかせて回避する。明らかにこちらを狙った狙撃、とその意思が関知する間に状況が動いた。
滑空するのは白い影であった。白蛇が千里翔翼に跨り、空を駆け抜けている。
「見つけたぞ、あれじゃ!」
「見えた、ね……」
応じたのはジェラルドである。ハーネスで身体を固定しており、千里翔翼に吊るされている形であったが、彼の目にはしっかりと飛翔型の次の行動が予見されている。
赤い眼を細め、装備した手甲型の武器から赤色のアウルが顕現する。それと同時に彼の足元から禍々しい赤紫の鈍い光が生じた。
「飛んで見せようか?」
吊るされた状態であったが、千里翔翼の優れた移動能力によってすぐさま上を取った。ハーネスの拘束具を外し、そのまま自由落下する。
拳を叩き込むかに思われたが、飛翔型は寸前で回避行動を取ろうとした。思っていたよりも速い。だが――。
「逃がさんぞ、雷鳴!」
白蛇が指差すと暗雲が瞬時に形成され、雷撃が飛翔型を撃った。即席の雷雲に飛翔型が困惑した瞬間、拳が大写しになる。
「――それも、見えていたよ」
叩き込んだ拳からアウルが光纏し、単眼を打ち据えた。だが一撃では足りない。即座に片手の銀糸を手繰る。瞬間的に蜘蛛の巣のような攻撃網を作り出し、飛翔型を拘束した。
ジェラルドはそのまま落下していくが銀糸で捉えたことで飛翔を得た形となった。
「君が墜ちない限り、ボクも落ちない」
笑みを浮かべるジェラルドに続け様の雷が放たれる。ジェラルドの分の重みのせいか、少しばかり動きの鈍った飛翔型を幾重もの雷が蹂躙する。
「ほぅれ、これはおぬしらやってきたことの、半分にもならんぞ」
掌の中で転がすように白蛇は言う。薙ぎ払った手の動きに呼応して一閃された雷で銀糸の絡まっていた翼が焼け爛れた。
ジェラルドは事前に予測しておいた工場の屋上に降り立つ。
自由になったかに思われた飛翔型に最後の止めをさしたのは狙撃であった。
「なかなかに手堅い狙撃だ。ゼロ=シュバイツァー」
「そりゃどうも、ご贔屓に」
聞こえているわけではなかったが、ゼロはジェラルドの言葉を予想して声にする。
「一つ目……あん時の奴と同系統か、それとも……」
飛翔型は翼をもがれて落下した。自分が狙撃したのも単眼に近い位置だ。致命傷であるはず。
ゼロはヒリュウを一体召喚し、手鏡を持たせた。
今回、作戦を共にする撃退士には全員持たせている。直視の効果に中てられるような者はいないだろうが念には念を、だ。
「転ばぬ先の杖、言うからな。……ぶっちゃけ前回との差異を見極めたいところもある」
ゼロは黒翼を広げ、飛翔した。
パワー型は視界の中に獲物がいないことで持て余していた。
スピード型も追うための脚であるのに、獲物がいないのでは分不相応だ。
だがディアボロは目的遂行のために工場地帯へと入った。人気の感じられない工場の真ん中ですらりとした蒼い水着姿の少女が佇んでいる。愛が、その視界の中にパワー型を据えた。
「来ましたね。正義のプロレスアーツを食らいなさい!」
パワー型が相手の強気に狼狽した動きを見せる。スピード型が僅か距離を置き、獲物が逃げた時の安全牌を振ろうとする。
「今日の私の相手はサイクロプスですか? プロレスの相手には申し分ありませんね。……いつでもいいですよ? 来なさい」
手招きさえする獲物に、パワー型が飛びかかった。異常発達した両腕が振るわれ、風を切る。
それをギリギリで避けて、愛は口笛を吹いた。
「なかなかの威圧……。ですが、これならばっ!」
伸びきった関節は逆に打撃を与えやすい点となる。関節部を狙って愛の拳が炸裂した。
パワー型が弛緩した、一瞬の隙。それを逃さず彼女は腕を引っ張り込み、単眼の頭部を掌底で打ち据えた。
「どうですか! これが正義のプロレス技です!」
パワー型がよろめくが雄叫びを上げて持ち直した。胸襟が膨れ上がり、口元から点火した吐息が棚引いた。
「おや、やる気満々ですね。では、こちらも、真正面から叩き潰すまで!」
愛が拳を握り締めてファイティングポーズを取る。
スピード型は愛の動きの隙を探していたが、その最中に事は起こった。
「――間抜けな視線ですね」
スピード型が反応した瞬間、突風の中に潜む刃がその身体を斬りつける。
気配を殺していた雫は息をつく。
「お前たちの悪趣味な撮影に付き合うつもりはない」
単眼を狙い澄ましたつもりだったが、そこはスピード型。僅かに反応速度で勝った。
単眼の端を掠めた形の刃が左肩を射抜いていた。スピード型はやおら立ち上がり、すぐさま駆け抜けようとする。
スピードの只中にあれば無敵、と判じた行動は次の被写体を前にして止まることになる。
「あら? 撮るのならわたくしを撮るのがいいのではなくって?」
炸裂した拳の一撃が虹の位相を伴って、スピード型の頭部を嬲った。
仰け反ったスピード型へと飛鳥は間断のない攻撃を与える。
「その程度でよろめくようならば、わたくしの姿は捉えられませんことよ?」
よろめきの隙さえも与えない、足払いでその速度を殺し、肘打ちで後頭部へと打撃を加える。
「このような姿で何が面白いのか分かりませんが、目に焼き付けてお逝きなさいな」
スピード型があまりの猛攻に動きを鈍らせた、その瞬間、黒翼の撃退士が舞い降りる。
死神の如き大鎌を振り翳し、ゼロがスピード型の視界に割って入った。
「そぅれ!」
引き裂かれた鎌の凶刃を、スピード型は反射神経でくるりとかわす。
「いっぺんは避けるよな。じゃあ、速さ勝負はどうや!」
ゼロが瞬時にスピード型の傍らに降り立った。放たれる手刀と鎌の交錯。
手刀は結果的にゼロに命中せず鎌の持ち手に突き刺さる。
「こんな細いのんで受け止められるんやで? どや? 速度自慢さんよ」
挑発の意味を受け取ったわけではない。ただ、スピード型は相手に命中するまで攻撃を止めない。
即座に距離を取り、別角度からの攻撃を試みようとしたスピード型へと、ゼロは鎌を背中に担ぎ声にする。
「やってみぃや。それでも、抜くんは俺のほうが速いと思うけれど」
工場の壁や廃材を用い、フェイントさえも混ぜてスピード型がゼロを射抜こうとした。
だが、その手刀は何もない空を穿っただけだ。
「ある意味では」
背後に回ったゼロがスピード型の足の腱を斬る。
「――大当たり、ですわね」
飛鳥の作り出した虹色の残像の向こう側から、拳が突き出される。
手で払った虹の残滓が消えぬ前に、飛鳥の打撃がスピード型のか細い全身を殴り飛ばした。
ボロボロになったスピード型が膝をつく。
「二体目、やな」
ゼロはそう声にしてパワー型との戦闘へと視線を向けた。
愛のプロレス技を前に、パワー型がまるで赤子のように翻弄されている。
「ふむ……ゴリラや、そういう霊長類に近いものを感じますね。でも、これでっ!」
既に両腕を潰されており、雫の援護も手伝って、パワー型はその膂力を活かすことなく、防戦一方であった。
「趣味の悪い夜は、これで終わりにする」
烈風を纏った刃がパワー型の腹腔を貫いた。愛が跳躍し、飛び蹴りの姿勢を取る。
「テンカウント、です!」
払われた蹴りで単眼に亀裂が走った。脳震とうに近いものを起こしたのだろう。パワー型がよろよろと後ずさり、その場で尻餅をついた。
「無様な。ですが、お似合いの最期です」
雫がその双眸の鋭さも相まって止めの刃をすっとパワー型に向ける。
パワー型の最期を誰もが予感した、その瞬間であった。
この場に似つかわしくない哄笑が響き渡る。
誰の? と全員が視線を配ったがその対象は一つしかない。
今まさに、殺されかけているパワー型であった。
『とても……、とてもいい被写体であったよ、撃退士諸君』
声音は変えてあるが、明らかにディアボロのそれではない。
「誰や……」
ゼロが視線を巡らせると、叩き壊されたスピード型も突っ伏したまま同じ音声を発していた。
どうやら、全サイクロプス型を経由して声を伝達させているらしい。
『お見事であった。褒美だ。監督の名前を言わないのは出演俳優に失礼だからね。僕の名前はゴォマ。そちらの言うところのディアボロを使って、フィルム制作をしている。ゴォマだ。彼らの眼を使って一部始終を見させてもらった。なるほど、僕も忘れていたよ、これがエンターテイメントなのだとね! 逃げる獲物を切り刻むのも少し飽きてきた頃合だ。立ち向かってくる獲物の興もまた、捨て難い。撃退士、というキャスティングもまた、アリだ! 我がフィルムの一つとして、僕の監督作として加えてあげよう』
「悪いがその予定は」
「なし、やな」
パワー型の単眼を雫の剣が、スピード型の首をゼロの鎌が狩った。だがそれでも、しばらくはケタケタとサイクロプスが嗤っていた。
「これだけ? 通信が切れたみたいだね」
ジェラルドは墜落した飛翔型からゴォマなる存在の犯行声明を聞いていた。
「読めぬ天魔は数あれど、ゴォマ、か。分からぬものよ」
「そうでもないよ」
白蛇の感想にジェラルドは全く違う見解を示していた。
聞き返される前に銀糸で単眼を八つ裂きにする。
「何か言ったかの?」
「いんや、何も」
誤魔化して手を振りつつ、ジェラルドは呟いていた。
「なかなかにエグイ。だが、単純だ。作者とは一度、じっくり話してみたいものだね」
「切れた、か」
ゴォマはディアボロが殲滅されたのを感じ取って、額の第三の目を閉じる。
久しぶりに「視線」を飛ばしていたので肩が凝っていた。
「だが、撃退士。今までのカメラで撮るにしては、ちょっと勿体ないかなぁ」
ゴォマの視線の向けられた先には、まだ肉塊の状態にある新たな「カメラ」の姿があった。
「特別な画素を用意しよう。特別な席も、特別な舞台も。それでこそ、監督業なのだから」