「事情はわかりました。僕にも協力させて下さい」
今回より、新たに参加した者が二人。
うち一人……戒 龍雲(
jb6175)が請け合った。
「……それにしても。なぜ旧ドイツ軍の腕章なんだ」
もう一人。大柄な中年男性が、疑問を口にする。経験に裏打ちされた、思慮深さを感じさせる青い瞳で、彼……ファーフナー(
jb7826)は、何度も資料を読み直していた。
「犬の吠え声も変ですよね。ともかく……やつの正体が何か、突き止めましょう!」
前回から引き続きの参加者、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、やる気に満ちている。体調も回復し、今回は戦闘に専念できる。
三人は今、警察署へと向かっていた。残る三人は、既にいるはずだ。
「証拠物件に関して、確認しなくてもいいんですか? 今、久遠ヶ原に問い合わせて、もう一度確認するつもりなんですが……」
警察署。
刑事・鈴本九朗の言葉に、撃退士たちはかぶりを振った。
「それより、時間帯や場所などの情報、犬の数や卓郎さんの襲撃地点などの情報をお願いしたいわぁ」
黒百合(
ja0422)の言葉に、セレス・ダリエ(
ja0189)はこくりとうなずいた。
とりあえず、紛失した証拠物件は重視せずとも良いだろう。それよりも、今は状況の把握が先。まず間違いなく、「腕章」……そしておそらくは、「警棒」。それらが重要な役割を有しているに違いない。事によると、それら片方、あるいは両方が本体とも考えられる。
話し合いの結果、撃退士たちはそのような仮説を立てた。そして「腕章」なり「警棒」なりが、この事件を起こした本体。そいつが保管庫から逃げ出して、卓郎少年に寄生している。
そう考えるのが妥当。ならば、確認するより目前の「腕章の少年」を追うべきだろう。
「…………」
言葉には出さずとも、一ノ瀬・白夜(
jb9446)も同じような事を考えていた。「腕章」と「警棒」が怪しいと。
「それは本当か?」
ファーフナーが、信じられないとばかりに聞き返した。
警察の担当者からの話によると。「多数の犬を引き連れた『腕章の少年』」の目撃例が、数件寄せられたという。
それによると、犬の数は……少なく見積もって、「100匹」。
時間帯は、主に夕方から夜間。
その内何件かには、写真も添えられていた。被写体が高速で走っているため、ピントがボケているが……紛れもなく、「腕章の少年」と「犬」。「少年」に関しては、特徴である「腕章」はもちろん、「警棒」に、片足だけの「鉄靴」も、白く痩せた「身体」も、写真からは何とか確認できる。
「……通報した目撃者たちは皆、一様に怯えてました。『犬』のうち何匹かは、目撃者の家に入り込もうと、窓へと迫って来たそうです。侵入はされなかったようですが……」
担当者からの話を聞き、エイルズレトラは考え込んだ。
……こいつら、「少年」と「犬」は、一体何がしたいのか。
今回の他の犠牲者たちにもまた、共通点は全くない。襲われた状況は、歩いていたら襲い掛かって来た、という事以外、これまた共通点は無い。
そして、目撃者もまた、脅かされるだけ脅かされている。怖がり、怯え、不安がっている。
そこから……この「腕章の少年」という怪異の噂を聞き、不安からの二次的な事件が多く発生しつつあるという。
「……くっ……」
もどかしい。
何かを見落としているような気がするのに、それがはっきりせず、もどかしい。
だが、エイルズレトラのその思いは、戒の言葉で払拭された。
「行きましょう。この『腕章の少年』とやらに来てもらわない事には、始まらないです。でしょう?」
戒の言葉に、エイルズレトラはうなずいた。
まずは、岩田卓郎。彼を捕えなければ。
夕暮れ。
岩田家とその周辺の住宅街は、ひっそりと静まり返っていた。「腕章の少年」事件で、出歩く者がほぼいないのだ。
ともかく、住宅街の一角にある空家。そこを前線基地として、撃退士たちは来るべき者どもを待っていた。
「……ただい……ま……」
セレス、戒とともに、一ノ瀬が戻って来た。三人は、岩田家へ、卓郎の自宅へと赴いていたのだ。
「お帰りなさぁい。どうだった?」
黒百合の言葉に、一ノ瀬はかぶりを振る。
「……手がかりらしい……もの、は……なかった、よ……」
彼が言うには、卓郎宅は何者かが立ち入った様子もなければ、漁られた痕跡も、何もないという。
がっかりする暇はなかった。撃退士たちの耳に、「サヴァン」の吠え声が聞こえて来たのだ。
「……この空家で、罠を張ってて正解でしたね」
「ああ」
戒とファーフナーが言葉を交わし、戦いに備える。
一ノ瀬が、家の前……路上にその姿を現し、「犬」をおびき出す。……要は、前回とほぼ同じ。
『こちら黒百合、感度良好よぉ?』
携帯に、屋根に居る黒百合からの連絡が。「陰影の翼」にて上空を偵察した彼女は、通りを通って接近しつつある「犬」の群れ、そしてそれを操る……まるで軍隊の指揮官のような、「腕章の少年」の姿。
現在は、単に移動しているのみの様子。こちらの存在に気付いているのか、あるいは気づいていても、知らぬふりをしているのか……。
「犬」に関しては、強敵ではあるが対処法はある。が……。
「……ちょっと、多いわねぇ」
屋根の上から徐々に近づく「腕章の少年」と「犬」の群れを見て、黒百合はうめいた。「犬」の数がかなり多い。100体とは言わないが……それでも4〜50匹ほどは見られる。
「!」
一体の「犬」が、一ノ瀬に気付いたようだ。それを携帯電話越しに伝えた黒百合は、自身も戦いに参加すべく……スナイパーライフルを構えた。
一ノ瀬を目前に、「犬」の群れは規律正しい軍隊の様に行進を止めた。そして「犬」たちをかき分け、指揮官のように「腕章の少年」が進み出る。
曇り空の夕刻、暗くなりつつあるこの時間帯でも、「腕章の少年」の顔は良く見える。……間違いなく、岩田卓郎。前回の依頼人の少年の顔だ。
しかし、その肌は白くなりつつある。生命力が吸われていくとともに、肌色もまた消えていくような錯覚を覚えてしまう。
加えて……夏服らしい学生服を着ている体躯は、「痩せつつ」あった。
卓郎は、中肉中背で年相応の体格だった。それが今は……不健康なまでに細くなりつつある。その左肩には、「腕章」があった。
紛れもなく、描かれているのは鷲の紋章……旧西ドイツ軍のそれ。
右手に握っているのは、「警棒」。
片足には鉄靴、もう片足にはスニーカー。
静かにたたずんでいた卓郎……「腕章の少年」は、命令するかのように「警棒」を振った。
それとともに……控えていた「犬」が動き出す。
振り上げた警棒を振り下ろすと同時に、「犬」は駆け出す。その視線の先には、一ノ瀬の姿があった。
一ノ瀬に接近しつつある「犬」は……彼に接近する事はかなわなかった。
彼の目前で、一匹の「犬」が脳天を狙撃され、地面に転がった。黒百合によるスナイプによるものだ。
更に数匹を、黒百合は餌食に。「犬」の群れは立ち止まると、困惑するかのように周囲を見回した。
それを認めた、「腕章の少年」は自身が走り出し、一ノ瀬の前に対峙する。電光石火の勢いで、警棒を振り下ろさんとするも……。
それは、空を切った。
一ノ瀬は「陰影の翼」にて空に舞い上がり、代わりに両脇の住宅、ないしは門や車庫の陰から、戒とファーフナー、セレスが進み出て、代わりに対峙したのだ。
「少年」はそれでも、動じることなく……警棒で横薙ぎに殴りかかった。
そして、「犬」たちには後方から襲撃する者たちが。
「ヒリュウ、行くよっ!」
召喚したヒリュウに背を守らせ、エイルズレトラが群れへと突撃したのだ。
「……『タップダンサー』!」
地面に掌底を叩き付け、周囲に痛手を与え、束縛する結界を放つ。一挙に十数匹が、エイルズレトラの術の前に斃れた。
が、後ろに控える別の「犬」の群れが、仲間たちの仇を討たんと牙をむき、宙を舞う。
それを阻むは、黒百合の放った劫火の一撃。
「『アンタレス』! ……焼き尽くしますわぁっ!」
強烈な炎の舌が、「犬」どもを舐めつくし燃やし尽くす。
だが、「犬」たちもひるんだ様子はない。警戒するように、背中合わせに立つエイルズレトラと黒百合の周囲を、ゆっくりと取り囲んだ。その動きにはそつが無く、無駄も無い。
「……どうやら、こちらに注意を引けたみたいですね」
「ちょうどいいわぁ……これで心置きなく、ぶっ飛ばせるってものよぉっ!」
歪んだ戦いの笑いをうかべ、黒百合は再び赤き劫火を、「アンタレス」を放つ!
そして、エイルズレトラもまた、「タップダンサー」……改良した『呪縛陣』を「犬」の群れへと放つ!
容赦のない術の攻撃が、『犬』どもを襲い続けていた。
横薙ぎに払われた警棒が、空気を切る音をファーフナーは聞いた。
後方へと下がり、その一撃をかわしたファーフナーは、そのまま身構えた。目的はこの「少年」の捕獲。戦闘・抹殺ではない。
二撃、三撃と、更なる警棒の攻撃が仕掛けられる。が、四撃目で動きを止めた。
「……忍法『髪芝居』! その動き、止めさせてもらいます!」
ファーフナーの後方に控えていた、戒の術。どうやら、それにかかったようだった。
「……!」
振り上げたままの警棒へ、セレスの放った「ライトニング」の電撃が直撃し……地面に転がった。
そのまま、膝をつく「少年」。
「……やったか?」
油断なく、ファーフナーは、そして戒とセレスは、その様子を見守った。
うずくまり、動く様子が無い。ゆっくりと近づいたファーフナーは、「少年」の「腕章」へと手を伸ばし……。
そのまま素早く、引き剥がした。
「……ぐっ!?」
だが、ファーフナーを襲ったのは、困惑と激痛。
不意に起き上った「少年」は、どこから取り出したのか。もう一本の「警棒」を右手に握り……ファーフナーの脇腹に叩き付けていたのだ。
思わずファーフナーは息がつまり、動きをとめた。すかさず、片方だけの鉄靴をはいた、右足からの蹴りをもらう。
蹴りはもろに決まった。ファーフナーは後ろざまに倒れ、転がされるのを感じていた。戒が助け起こしてくれたが、その時には「少年」の警棒が、戒の身体を打ち据えんとする寸前だった。
やられる……。
覚悟を決めた、その時。
打撃は来なかった。警棒を握った右手を、一ノ瀬の放ったワイヤー「ジルヴァラ」が巻き付いていたのだ。
「……大、丈夫……?」
「大丈夫です!」
再び、動きを封じられた「少年」。だが、彼を助けんと「犬」の二匹が駆けつける。一匹はセレスと一ノ瀬に、一匹は……ファーフナーと戒へと、それぞれ向かってきたのだ!
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」
「くっ、数が……多すぎるわねぇッ!」
そして、エイルズレトラと黒百合も、苦戦していた。
思った以上に、「犬」の数が多かったのだ。巻き込まれる事を警戒して、犬は密集を止め、互いに間隔を広げていた。そして、一斉に襲撃する事無く、一匹が攻撃を受けたその隙に接近する……と、戦略を立てて攻撃を仕掛けていた。
加えて、その総数が多い。先刻に確認した時より、数が増えているのだ。相手が莫迦なら、同士討ちさせたり考えなしに突撃させて攻撃したりできるが、こいつらの場合はそれが効かない。
こちらは……一騎当千の力を有していても、限界がある。
認めたくはないが、認めざるを得なかった。圧倒的な数の前に、自分たちは「負けそう」……否、「負けつつある」事を。
一ノ瀬はすぐにワイヤーから手を離し、襲い掛かる「犬」の襲撃から身をかわした。
飛びかかった「犬」は、すぐに体勢を立て直し、改めて襲わんとする。が、その刹那の隙に、セレスが放った「ライトニング」の直撃を受け……そのまま、地面に崩れ落ちる。
そしてファーフナーと戒へと飛びかかった「犬」は……二人が地面を転がる事で、攻撃は空振りに終わっていた。
「くっ……!」
歯噛みしつつ、ファーフナーは激痛に耐える。傷はそう深くは無いが、あの警棒の一撃は、完全に不意を突かれてしまった。
「卓郎、くん……?」
だが、「少年」から目を離していた、数秒の間。
「少年」は、近くの家の、庭に逃げ込んで……倒れていた。
そして、それとともに……。「犬」たちの動きに、劇的な変化が訪れていた。
「また『犬』の行動に変化が?」
事後。警察署の一室で、鈴本九朗へ撃退士たちは報告していた。
「ああ。俺は犬の攻撃が来るものと思っていたら……やっこさん、急に混乱しやがった。で、エイルズレトラと黒百合が戦っていた犬の群れも……」
「はい。僕らは正直、『負けた』と思っていました。そしたらある瞬間からいきなり、犬たちが混乱し、互いに殺し合いを始めて、そこから全滅したんです」
セレスから「治癒膏」を受け、傷から回復したファーフナーは報告していた。彼に続き、エイルズレトラもまた、報告していた。
「……それ、が……起こった、時……卓郎、が……倒れたの、と、ちょうど、同じ……」
一ノ瀬の言葉に、セレスもうなずく。つまりは、卓郎……「腕章の少年」が倒れたと同時に、犬も混乱し、殺し合うようになった。そう判断して間違いなかろう。
卓郎は、すぐに救急車で運ばれた。まだ息はあり……救急隊員が言うには『ひどい栄養失調だが、休んでいれば徐々に回復する』。
そして、着衣も片足が裸足である以外、変わった点は無かったし、怪しい物も持っていない、との事だ。
「そうだ、刑事さん。これが……一ノ瀬君が携帯で録音した犬の声。それに、ファーフナーさんが確保した『腕章』と『警棒』です」
戒が、九朗へとそれらを差し出した。が、九朗はそれを受け取る前に……彼らの前に、何かが入ったビニール袋を差し出した。
「……その『腕章』ですが、おそらくは……あまり重要ではないかと思われます」
「え? どういう事よぉ?」
黒百合が疑問とともに、九朗のビニール袋を受け取った。
その中に入っていたのは、それもまた『腕章』だった。卓郎が装着していたのと、全く同じ『腕章』。
「……諸星渉の装着していた腕章です。前回の事件の証拠物件ですが……単純な人的ミスで、別の場所に置かれていただけだったんですよ。それに……」
九朗は、更なる驚愕を口にした。
「それに、『腕章』と『警棒』は、ミリタリーショップで購入された市販品で、怪しい点など全くありませんでした。店の店主は、渉・卓郎両少年が購入したものだと証言し、裏も取ってあります」
つまりは、注目すべきは「腕章」でも「警棒」でも無かった、という事か。
では、この事件の真犯人は? 卓郎と渉の身に、何が起こったのか?
それを知るためには、卓郎が目覚めるまで待つしかない。この事件の謎を解くのは、そこからだろう。
撃退士たちは、解けなかった謎を前に、ただ戦慄するだけだった。