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マスター:塩田多弾砲
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/12/13


みんなの思い出



オープニング

「腕章の少年」
 旧ドイツ軍の腕章をつけ、警棒を持ち、「サヴァン」と吠える犬たちを連れた少年。異常なまでに健脚な少年は、同年代の少年を見つけると、襲い、撲殺する。
 撃退士たちは犬と少年とをおびき出し、これを殲滅。
 ……したはずだった。


 夕方。放課後・下校時。
「……どういう、事よ」
 自転車をこぐ鈴本純は、疑問に思う事が二つあった。
 一つは、「腕章の少年」に関して。もう一つは、ここ三日ほど風邪をひき卓郎が学校を休んでいる事に関して。
「腕章の少年」が退治された事は、純も知っていた。なぜなら、卓郎、そしてこの件を担当している刑事……純の叔父である鈴本九朗から、彼女は事件の詳細を聞いていたからだ。
 九朗は警察で、天魔関係の事件を手掛ける部署におり、久遠ヶ原にも出入りができる立場にいる。
 ゆえに、この事実も部外者に口外は禁止……とはいえ、純と卓郎はずっと幼馴染で、ほぼ関係者と呼べる仲。
 ともかく、卓郎と九朗から聞かされた話は……純にとって納得しがたいもの。聞いた時から現在まで、納得していない。

 久遠ヶ原、ないしは学園内部の研究施設に引き取られた「腕章の少年」の遺体は、すぐに調査された。
 が、その結果。判明したのは……奇妙な事実。
 遺体は諸星渉である事には間違いなかった。制服や遺体のDNAから、それは判明していた。
 問題は、死因。そして……凶行に走らせた「原因」。
 遺体を調査した結果、死因は「栄養失調」だというのだ。
 ますますおかしい。純が見た事のある渉は、デブではないにしろ、小太りな体格だった。
 加えて、家庭でも学校でも、渉が凶行に至るような原因は全く見つからない。
 ならば、身に付けていた何かが原因だろうか? 
 渉が付けていたのは、「旧西ドイツ軍の腕章」。それはワシの意匠を用いた紋章が描かれ、80年代に統一する前、旧西ドイツ軍で用いられていたもの。
 まさか、その腕章が事件の原因とでもいうのか?
「……まさか、ね」
 そんな事、あるわけがない。などと考えているうちに……岩田卓郎の家に到着した。


 卓郎の家は、住宅街の端に位置していた。ここは諸星家と異なり、周囲に住宅や建物があるものの……隣は重機や資材の置き場だったり、空き地だったりと、やはりどこか孤立している感がある。数年前までは純も卓郎の家の隣りに住んでいたが、後に引っ越してしまった。
 とはいえ、引っ越し先はここから自転車で30分程度の場所。家族ぐるみの付き合いは今も継続中。
「卓郎、いるー?」
 呼び鈴を押す純。卓郎の両親は仕事でよく家を空けており、ここ一か月は二人とも海外に飛んでいる。あと二月しないと戻らないとの事なので、今のところ実質は卓郎の一人暮らし。
 なので、こうやって時々家事や食事作りに来てやってる。加えて……「腕章の少年」が倒された後で風邪を引き、卓郎はここ数日の間は学校を休んでいた。
 で、学校からもらったプリントや宿題やらを持ってきてやったのだが……。
「?」
 出てこない。
 そして、呼び鈴を押しているうちに……おぞましい「吠え声」が聞こえて来た。
 それは、「サヴァン、サヴァン」と聞こえた。

 純は、吠え声が響く家の裏側へと、注意深く歩を進めた。
 彼女もまた、ドイツ軍のものではないが……伸縮式の警棒も持ち歩いている。あくまで護身用であり、幸か不幸か今まで使ったためしはない。
 こっそりと、裏庭へと向かうと……。
 予想もしなかったものが、そして、ある程度予想がついたものが、いた。
 裏庭には、二種類の生物が存在していた。一つは犬が多数……見たところ、5〜6匹。
 しかし、その犬は、普通の犬ではなかった。異様な外観に、「サヴァン」と吠えていたのだ。
 だが、純の目を奪ったのは、もう一つの存在。すなわち……後ろ向きに立っている「少年」。
 それは、自分の通っている高校、ないしはそこの男子の制服を着ていた。
 互い違いの靴……片方は鉄靴、もう片方はスニーカーをはいている。上半身に着ている服は半袖で、露出している皮膚は白っぽい。
 腕は、痩せてはいない様子。が……その手には、はっきりと握られていた。
「警棒」が。

 サヴァンと吠えた犬に促されるように、少年は、純の方へと振り向いた。
 少年の顔は、純が見知った顔……卓郎だった。彼の肩には、「腕章」が。
「腕章」に描かれた紋章は、ワシの図柄。旧西ドイツ軍が用いていたそれだった。
 
 すぐにその場を離れた純は、自転車に飛び乗り、逃げ出した。
 だが……「腕章の少年」の姿をした卓郎、および「サヴァンドッグ」の群れは、彼女を追いかけてくる。走る様子は話に聞いた通り、いや、それ以上のスピードとスタミナだ。
「犬」が走る様は、まるで……高速で進軍する、駆逐艦部隊を彷彿させた。そして……その中に混じり、卓郎……「腕章の少年」は、超人的な速さで並走している。
 チェーンが切れ、側溝に車輪が取られて……そのまま路上に転がってしまった。なんとか立ち上がるも、「腕章の少年」と「犬」は目前。
 だめ、追いつかれる……!
でも、卓郎……どうして、こんな事……!
 幼馴染に殺される。その事実の前に、心が折れかけた時。
「純!」
 車に乗った叔父、九朗が助けに来てくれたのを純は知った。

 車で、犬の群れに突っ込み、すぐに純を車内に入れさせると……九朗はそのままアクセルを踏み込む。
 さすがに「腕章の少年」が健脚であっても、車のスピードにはかなわず、そのまま引き離された。
「……大丈夫か?」
「う、うん……。叔父さん、どうして……?」
「このあたりで、『腕章の少年』らしき奴らを見たって報告があってな。行ってみたら、お前を見つけたってわけだ」
「……そうだ、叔父さん。あの『腕章の少年』……顔を見たら……」
「ああ、そうだな。あれは確かに……卓郎だ」
 そして、と、九朗は付け加えた。
「そして、確かに……奴の袖には、『腕章』がついていたな。賭けてもいいが……あの腕章のデザイン。渉が付けていたのと同じものに違いないだろうよ」

 九朗はすぐに警察へ赴き、署内にある特殊なシェルターに純を保護。
 その後すぐに久遠ヶ原に赴き、渉の遺体を運び込んだ研究施設、ないしはその担当者を呼び出した。
「……ええ、その件は私の助手が担当してます」
 学園の保険教諭も兼任している女性・霞ヶ関碧。撃退士関係の依頼斡旋などの他、天魔の遺体を調査する研究所の職員も兼ねている。
 が、兼任も限界があるため、最近は数名の部下に様々な事を手伝わせていた。
 しかし、
「遺体は現在、死体安置所で保管しています。ですが……『証拠物件』の方が、担当している助手が言うには……」
 整理していたら、この事件の証拠品を入れた箱が無くなっていたというのだ。


「……というわけで、正式に依頼したい。新たな『腕章の少年』が出て、それと同時に……証拠物件が『腕章』を含めて全て無くなっている。可能ならば証拠を見つけ出し、新たな『腕章の少年』を何とかしてもらいたい」
 ただし、と、霞ヶ関は君たちへと念を押した。
「今度の、卓郎が化したと思われる『腕章の少年』は……渉ほど痩せてないし、肌も白くなってはいない。できれば……何があったのかを知りたい。『倒す』のではなく、『助けて』ほしい。これは、鈴本純からの依頼でもある」
 難しい依頼だが、やってくれないか。そう言って彼女は依頼した。

前回のシナリオを見る


リプレイ本文

「事情はわかりました。僕にも協力させて下さい」
 今回より、新たに参加した者が二人。
 うち一人……戒 龍雲(jb6175)が請け合った。
「……それにしても。なぜ旧ドイツ軍の腕章なんだ」
 もう一人。大柄な中年男性が、疑問を口にする。経験に裏打ちされた、思慮深さを感じさせる青い瞳で、彼……ファーフナー(jb7826)は、何度も資料を読み直していた。
「犬の吠え声も変ですよね。ともかく……やつの正体が何か、突き止めましょう!」
 前回から引き続きの参加者、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は、やる気に満ちている。体調も回復し、今回は戦闘に専念できる。
 三人は今、警察署へと向かっていた。残る三人は、既にいるはずだ。

「証拠物件に関して、確認しなくてもいいんですか? 今、久遠ヶ原に問い合わせて、もう一度確認するつもりなんですが……」
 警察署。
刑事・鈴本九朗の言葉に、撃退士たちはかぶりを振った。
「それより、時間帯や場所などの情報、犬の数や卓郎さんの襲撃地点などの情報をお願いしたいわぁ」
 黒百合(ja0422)の言葉に、セレス・ダリエ(ja0189)はこくりとうなずいた。
 とりあえず、紛失した証拠物件は重視せずとも良いだろう。それよりも、今は状況の把握が先。まず間違いなく、「腕章」……そしておそらくは、「警棒」。それらが重要な役割を有しているに違いない。事によると、それら片方、あるいは両方が本体とも考えられる。
 話し合いの結果、撃退士たちはそのような仮説を立てた。そして「腕章」なり「警棒」なりが、この事件を起こした本体。そいつが保管庫から逃げ出して、卓郎少年に寄生している。
 そう考えるのが妥当。ならば、確認するより目前の「腕章の少年」を追うべきだろう。
「…………」
 言葉には出さずとも、一ノ瀬・白夜(jb9446)も同じような事を考えていた。「腕章」と「警棒」が怪しいと。


「それは本当か?」
 ファーフナーが、信じられないとばかりに聞き返した。
 警察の担当者からの話によると。「多数の犬を引き連れた『腕章の少年』」の目撃例が、数件寄せられたという。
 それによると、犬の数は……少なく見積もって、「100匹」。
 時間帯は、主に夕方から夜間。
 その内何件かには、写真も添えられていた。被写体が高速で走っているため、ピントがボケているが……紛れもなく、「腕章の少年」と「犬」。「少年」に関しては、特徴である「腕章」はもちろん、「警棒」に、片足だけの「鉄靴」も、白く痩せた「身体」も、写真からは何とか確認できる。
「……通報した目撃者たちは皆、一様に怯えてました。『犬』のうち何匹かは、目撃者の家に入り込もうと、窓へと迫って来たそうです。侵入はされなかったようですが……」
 担当者からの話を聞き、エイルズレトラは考え込んだ。
 ……こいつら、「少年」と「犬」は、一体何がしたいのか。
 今回の他の犠牲者たちにもまた、共通点は全くない。襲われた状況は、歩いていたら襲い掛かって来た、という事以外、これまた共通点は無い。
 そして、目撃者もまた、脅かされるだけ脅かされている。怖がり、怯え、不安がっている。
 そこから……この「腕章の少年」という怪異の噂を聞き、不安からの二次的な事件が多く発生しつつあるという。
「……くっ……」
 もどかしい。
 何かを見落としているような気がするのに、それがはっきりせず、もどかしい。
 だが、エイルズレトラのその思いは、戒の言葉で払拭された。
「行きましょう。この『腕章の少年』とやらに来てもらわない事には、始まらないです。でしょう?」
 戒の言葉に、エイルズレトラはうなずいた。
 まずは、岩田卓郎。彼を捕えなければ。

 夕暮れ。
 岩田家とその周辺の住宅街は、ひっそりと静まり返っていた。「腕章の少年」事件で、出歩く者がほぼいないのだ。
 ともかく、住宅街の一角にある空家。そこを前線基地として、撃退士たちは来るべき者どもを待っていた。
「……ただい……ま……」
 セレス、戒とともに、一ノ瀬が戻って来た。三人は、岩田家へ、卓郎の自宅へと赴いていたのだ。
「お帰りなさぁい。どうだった?」
 黒百合の言葉に、一ノ瀬はかぶりを振る。
「……手がかりらしい……もの、は……なかった、よ……」
 彼が言うには、卓郎宅は何者かが立ち入った様子もなければ、漁られた痕跡も、何もないという。
 がっかりする暇はなかった。撃退士たちの耳に、「サヴァン」の吠え声が聞こえて来たのだ。

「……この空家で、罠を張ってて正解でしたね」
「ああ」
 戒とファーフナーが言葉を交わし、戦いに備える。
 一ノ瀬が、家の前……路上にその姿を現し、「犬」をおびき出す。……要は、前回とほぼ同じ。
『こちら黒百合、感度良好よぉ?』
 携帯に、屋根に居る黒百合からの連絡が。「陰影の翼」にて上空を偵察した彼女は、通りを通って接近しつつある「犬」の群れ、そしてそれを操る……まるで軍隊の指揮官のような、「腕章の少年」の姿。
 現在は、単に移動しているのみの様子。こちらの存在に気付いているのか、あるいは気づいていても、知らぬふりをしているのか……。
「犬」に関しては、強敵ではあるが対処法はある。が……。
「……ちょっと、多いわねぇ」
 屋根の上から徐々に近づく「腕章の少年」と「犬」の群れを見て、黒百合はうめいた。「犬」の数がかなり多い。100体とは言わないが……それでも4〜50匹ほどは見られる。
「!」
 一体の「犬」が、一ノ瀬に気付いたようだ。それを携帯電話越しに伝えた黒百合は、自身も戦いに参加すべく……スナイパーライフルを構えた。

 一ノ瀬を目前に、「犬」の群れは規律正しい軍隊の様に行進を止めた。そして「犬」たちをかき分け、指揮官のように「腕章の少年」が進み出る。
 曇り空の夕刻、暗くなりつつあるこの時間帯でも、「腕章の少年」の顔は良く見える。……間違いなく、岩田卓郎。前回の依頼人の少年の顔だ。
 しかし、その肌は白くなりつつある。生命力が吸われていくとともに、肌色もまた消えていくような錯覚を覚えてしまう。
 加えて……夏服らしい学生服を着ている体躯は、「痩せつつ」あった。
 卓郎は、中肉中背で年相応の体格だった。それが今は……不健康なまでに細くなりつつある。その左肩には、「腕章」があった。
 紛れもなく、描かれているのは鷲の紋章……旧西ドイツ軍のそれ。
 右手に握っているのは、「警棒」。
 片足には鉄靴、もう片足にはスニーカー。
 静かにたたずんでいた卓郎……「腕章の少年」は、命令するかのように「警棒」を振った。
 それとともに……控えていた「犬」が動き出す。
 振り上げた警棒を振り下ろすと同時に、「犬」は駆け出す。その視線の先には、一ノ瀬の姿があった。

 一ノ瀬に接近しつつある「犬」は……彼に接近する事はかなわなかった。
彼の目前で、一匹の「犬」が脳天を狙撃され、地面に転がった。黒百合によるスナイプによるものだ。
 更に数匹を、黒百合は餌食に。「犬」の群れは立ち止まると、困惑するかのように周囲を見回した。
 それを認めた、「腕章の少年」は自身が走り出し、一ノ瀬の前に対峙する。電光石火の勢いで、警棒を振り下ろさんとするも……。
 それは、空を切った。
 一ノ瀬は「陰影の翼」にて空に舞い上がり、代わりに両脇の住宅、ないしは門や車庫の陰から、戒とファーフナー、セレスが進み出て、代わりに対峙したのだ。
「少年」はそれでも、動じることなく……警棒で横薙ぎに殴りかかった。

 そして、「犬」たちには後方から襲撃する者たちが。
「ヒリュウ、行くよっ!」
 召喚したヒリュウに背を守らせ、エイルズレトラが群れへと突撃したのだ。
「……『タップダンサー』!」
 地面に掌底を叩き付け、周囲に痛手を与え、束縛する結界を放つ。一挙に十数匹が、エイルズレトラの術の前に斃れた。
 が、後ろに控える別の「犬」の群れが、仲間たちの仇を討たんと牙をむき、宙を舞う。
 それを阻むは、黒百合の放った劫火の一撃。
「『アンタレス』! ……焼き尽くしますわぁっ!」
 強烈な炎の舌が、「犬」どもを舐めつくし燃やし尽くす。
 だが、「犬」たちもひるんだ様子はない。警戒するように、背中合わせに立つエイルズレトラと黒百合の周囲を、ゆっくりと取り囲んだ。その動きにはそつが無く、無駄も無い。
「……どうやら、こちらに注意を引けたみたいですね」
「ちょうどいいわぁ……これで心置きなく、ぶっ飛ばせるってものよぉっ!」
 歪んだ戦いの笑いをうかべ、黒百合は再び赤き劫火を、「アンタレス」を放つ!
 そして、エイルズレトラもまた、「タップダンサー」……改良した『呪縛陣』を「犬」の群れへと放つ!
 容赦のない術の攻撃が、『犬』どもを襲い続けていた。

 横薙ぎに払われた警棒が、空気を切る音をファーフナーは聞いた。
 後方へと下がり、その一撃をかわしたファーフナーは、そのまま身構えた。目的はこの「少年」の捕獲。戦闘・抹殺ではない。
 二撃、三撃と、更なる警棒の攻撃が仕掛けられる。が、四撃目で動きを止めた。
「……忍法『髪芝居』! その動き、止めさせてもらいます!」
 ファーフナーの後方に控えていた、戒の術。どうやら、それにかかったようだった。
「……!」
 振り上げたままの警棒へ、セレスの放った「ライトニング」の電撃が直撃し……地面に転がった。
 そのまま、膝をつく「少年」。
「……やったか?」
 油断なく、ファーフナーは、そして戒とセレスは、その様子を見守った。
 うずくまり、動く様子が無い。ゆっくりと近づいたファーフナーは、「少年」の「腕章」へと手を伸ばし……。
 そのまま素早く、引き剥がした。
「……ぐっ!?」
 だが、ファーフナーを襲ったのは、困惑と激痛。
 不意に起き上った「少年」は、どこから取り出したのか。もう一本の「警棒」を右手に握り……ファーフナーの脇腹に叩き付けていたのだ。
 思わずファーフナーは息がつまり、動きをとめた。すかさず、片方だけの鉄靴をはいた、右足からの蹴りをもらう。
 蹴りはもろに決まった。ファーフナーは後ろざまに倒れ、転がされるのを感じていた。戒が助け起こしてくれたが、その時には「少年」の警棒が、戒の身体を打ち据えんとする寸前だった。
 やられる……。
 覚悟を決めた、その時。
 打撃は来なかった。警棒を握った右手を、一ノ瀬の放ったワイヤー「ジルヴァラ」が巻き付いていたのだ。
「……大、丈夫……?」
「大丈夫です!」
 再び、動きを封じられた「少年」。だが、彼を助けんと「犬」の二匹が駆けつける。一匹はセレスと一ノ瀬に、一匹は……ファーフナーと戒へと、それぞれ向かってきたのだ!

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」
「くっ、数が……多すぎるわねぇッ!」
 そして、エイルズレトラと黒百合も、苦戦していた。
 思った以上に、「犬」の数が多かったのだ。巻き込まれる事を警戒して、犬は密集を止め、互いに間隔を広げていた。そして、一斉に襲撃する事無く、一匹が攻撃を受けたその隙に接近する……と、戦略を立てて攻撃を仕掛けていた。
 加えて、その総数が多い。先刻に確認した時より、数が増えているのだ。相手が莫迦なら、同士討ちさせたり考えなしに突撃させて攻撃したりできるが、こいつらの場合はそれが効かない。
 こちらは……一騎当千の力を有していても、限界がある。
 認めたくはないが、認めざるを得なかった。圧倒的な数の前に、自分たちは「負けそう」……否、「負けつつある」事を。

 一ノ瀬はすぐにワイヤーから手を離し、襲い掛かる「犬」の襲撃から身をかわした。
 飛びかかった「犬」は、すぐに体勢を立て直し、改めて襲わんとする。が、その刹那の隙に、セレスが放った「ライトニング」の直撃を受け……そのまま、地面に崩れ落ちる。
 そしてファーフナーと戒へと飛びかかった「犬」は……二人が地面を転がる事で、攻撃は空振りに終わっていた。
「くっ……!」
 歯噛みしつつ、ファーフナーは激痛に耐える。傷はそう深くは無いが、あの警棒の一撃は、完全に不意を突かれてしまった。
「卓郎、くん……?」
 だが、「少年」から目を離していた、数秒の間。
「少年」は、近くの家の、庭に逃げ込んで……倒れていた。
 そして、それとともに……。「犬」たちの動きに、劇的な変化が訪れていた。

「また『犬』の行動に変化が?」
 事後。警察署の一室で、鈴本九朗へ撃退士たちは報告していた。
「ああ。俺は犬の攻撃が来るものと思っていたら……やっこさん、急に混乱しやがった。で、エイルズレトラと黒百合が戦っていた犬の群れも……」
「はい。僕らは正直、『負けた』と思っていました。そしたらある瞬間からいきなり、犬たちが混乱し、互いに殺し合いを始めて、そこから全滅したんです」
 セレスから「治癒膏」を受け、傷から回復したファーフナーは報告していた。彼に続き、エイルズレトラもまた、報告していた。
「……それ、が……起こった、時……卓郎、が……倒れたの、と、ちょうど、同じ……」
 一ノ瀬の言葉に、セレスもうなずく。つまりは、卓郎……「腕章の少年」が倒れたと同時に、犬も混乱し、殺し合うようになった。そう判断して間違いなかろう。
 卓郎は、すぐに救急車で運ばれた。まだ息はあり……救急隊員が言うには『ひどい栄養失調だが、休んでいれば徐々に回復する』。
 そして、着衣も片足が裸足である以外、変わった点は無かったし、怪しい物も持っていない、との事だ。
「そうだ、刑事さん。これが……一ノ瀬君が携帯で録音した犬の声。それに、ファーフナーさんが確保した『腕章』と『警棒』です」
 戒が、九朗へとそれらを差し出した。が、九朗はそれを受け取る前に……彼らの前に、何かが入ったビニール袋を差し出した。
「……その『腕章』ですが、おそらくは……あまり重要ではないかと思われます」
「え? どういう事よぉ?」
 黒百合が疑問とともに、九朗のビニール袋を受け取った。
 その中に入っていたのは、それもまた『腕章』だった。卓郎が装着していたのと、全く同じ『腕章』。
「……諸星渉の装着していた腕章です。前回の事件の証拠物件ですが……単純な人的ミスで、別の場所に置かれていただけだったんですよ。それに……」
 九朗は、更なる驚愕を口にした。
「それに、『腕章』と『警棒』は、ミリタリーショップで購入された市販品で、怪しい点など全くありませんでした。店の店主は、渉・卓郎両少年が購入したものだと証言し、裏も取ってあります」
 つまりは、注目すべきは「腕章」でも「警棒」でも無かった、という事か。
 では、この事件の真犯人は? 卓郎と渉の身に、何が起こったのか?

 それを知るためには、卓郎が目覚めるまで待つしかない。この事件の謎を解くのは、そこからだろう。
 撃退士たちは、解けなかった謎を前に、ただ戦慄するだけだった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
限界を超えて立ち上がる者・
戒 龍雲(jb6175)

卒業 男 阿修羅
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
影を切り裂く者・
一ノ瀬・白夜(jb9446)

大学部2年91組 男 鬼道忍軍