「ふう……」
近場の警察署の一室。そこでエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、調査内容を今一度吟味していた。
「又聞き」
「根拠はない、ただの直感」
「腕章も、付けていたか否かすら定かでない」
目撃証言のほとんどが、こんな感じ。
それらを除外したところ……目撃証言は九割近くが除外。
しかし……残りの一割には、興味深い情報が。
「瀕死の状態で、襲われた少年が死の間際に『犬』と『腕章の少年』を証言」
「遠目に、少年を襲う『犬』と『腕章の少年』を見た」
などなど。
とはいえ……やはりまだ確信には至らない。
「……目的、は……何?」
一ノ瀬・白夜(
jb9446)が、感情に乏しい口調で疑問を口にした。
「……まだ、今の時点では何とも言えませんね」
一ノ瀬の言葉に、エイルズレトラはため息をつく。彼もまた疑問だった。
……こいつの「目的」は、なんなのか?
物取りや、怨恨の類ではない。被害者の少年たちには、共通点が全くない。当初は怨恨かと思われたが……恨まれている被害者は居なかった。
では、殺人自体が目的か?
捕食ではない。被害者と思われる遺体は全て、打撲や咬傷はあっても「捕食の痕跡」は無かった。
快楽殺人? それにしては、あまりに殺し方が「雑」。多くの犬を連れていたり、誰かに目撃されたりと、非効率的で大雑把。
凶器も警棒に犬と、これまた非効率的。
「自己顕示欲の強いシリアルキラーが、自分を誇示するために騒動や殺人事件を起こしている」……といった錯覚すら覚える。
わからないが、わからなかったら……わかるまで調べるしかない。すなわち……実地調査。
「きゃはァ♪ 周りは畑がいっぱいで見晴らし良いのねぇ……」
午後、夕方近く。諸星家を臨む場所に来た黒百合(
ja0422)は、周囲へと視線を向けつつ言った。
彼女はヒリュウを召喚し、周囲を見て回ったが……危険な何かは見当たらない。
そして、今彼女らがいる場所は、諸星家から10mほど離れた地点。そこには納屋があり、撃退士たちはその陰に隠れていた。
諸星家には塀が無く、周囲には畑が広がり、広々としている。さながら、畑という海の中にある孤島。やや大き目の道路が隣接していなければ、本当に陸の孤島以外の何物でもなかった。
「…………」
エイルズレトラとともに、セレス・ダリエ(
ja0189)は、無言のまま渉の私室……庭に建つ離れの周囲へと目をやった。
「いやはや、なんとも奇妙だねぇ☆」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284) が、あえて陽気に声を放つ。が、彼の口調も、陰鬱で重苦しい空気を払拭するまでには至らない。
「皆さん、お待たせしました」
そんな中。天草 園果(
jb9766)、長い黒髪と金色の瞳を持つ美少女が、聞き込みから戻って来た。
「……つまり、まとめるとこういう事かな。『失踪前に怪しい点は何もなかったし、失踪するような原因も見当たらなかった』と」
エイルズレトラの指摘に、園果はうなずいた。
「はい。それと……諸星さんの同級生の方から聞きましたが、『諸星さんは一週間ほど前に「腕章」を手に入れて、それを自慢していた』そうです。ただ、それがどこで手に入れたものなのかまでは、わからなかったそうですが」
彼女は渉の高校、および渉の自宅周辺を聞きこみしていたのだが……判明した事は上記の二点のみ。家庭にも問題は無く、むしろ仲の良い家族だったという。
ならば、その腕章を手に入れたのはいつなのか。それを確かめねば。
「……今のところ、ヒリュウの目には怪しい奴らは見えないわぁ……」
黒百合は、自身が召喚した召喚獣の視線で周囲を見る。地上10mから見て、怪しいものは今のところ見当たらない。
「……じゃ、行って、来る」
一ノ瀬が立ち上がり、諸星家へと向かっていった。
そしてセレスも、一ノ瀬を護衛するため、距離を取り彼の後を付いていった。
彼らの狙いは、一ノ瀬を囮として「腕章の少年」をおびき出す事。
今のところ、得られた情報から推測すると……「腕章の少年」は、同年代前後の少年を襲う傾向にある。
ならば、一番年齢が近いだろう一ノ瀬が囮となり、誘い出す。
出て来たところを、皆で叩く。
「……うまくいけば、ラッキーだけどねぇ♪ ま、なんとかなるっしょ」
と言いつつ、ジェラルドは一ノ瀬が、渉の私室へと入っていくのを見守った。セレスは庭の樹の陰に隠れ、周囲へと目を凝らしている。
「ですね。なんとかなれば……いいんですが」
ジェラルドと対照的に、園果は不安げだった。
一ノ瀬は扉に手をかけ、中に入りこんだ。
「……確か、に……整頓、されてる、ね……」
小さくつぶやき、なるべく現場を荒らさないようにして、調べ始める。
ガラス張りの棚には、ドイツ軍の戦車や戦闘機のプラモやジオラマが。書籍関係も、きちんと書棚に入ったまま。
クローゼットには、学校の制服に私服の他、ドイツ軍の軍服がハンガーに。
それらとともに、いくつかある「腕章」もあった。が……それらは別段、怪しいものには見えない。
目を転じて、机の上を見る。そこにあったのは、学校の教科書やノート、それにノートパソコン。
PCを開き、電源を入れてみた。ネットにつながっているので、履歴を調べてみる。
「…………」
それらにもまた、とりたてて怪しい点は見られない。通販サイトに、ミリタリー関係のサイト。それらを頻繁に閲覧しているだけだった。
が、読み終わったところで。携帯が鳴った。
『警戒してねぇ』
黒百合からの連絡だった。
ヒリュウが、発見したというのだ。「サヴァン」と鳴く、犬の姿を。
「……犬の数は、7……いや、8体くらいねぇ。それに……一緒に誰かが走ってくるわァ…」
ヒリュウを通じ、黒百合は「それら」が接近するのを見ていた。
まずは、その「犬」が異様だった。
遠目から見た限りでは、確かに犬、もしくは狼などイヌ科の動物を連想させる。が、近づくにつれ、「犬」から犬らしさが消えていくのを黒百合は感じていた。
「異常」だったのだ。
異常なまでに筋肉が発達し、身体は普通の犬より一回り大きい。皮膚もまた、死体のような灰色。四肢の爪は異常に大きく鋭い。……まるで恐竜の爪を移植したかのような、犬類の特徴が皆無の爪なのだ。
が、なんといっても一番異常なのは、頭部だった。
その顔は、犬はもちろん、通常の動物どれとも似ていなかった。獅子や爬虫類や昆虫、恐竜などに比べ、若干犬に近いと言うだけの、おぞましい面構え。犬にやや近いと言えるのは、大きく開いた口と、そこから覗く鋭い牙くらいのもの。
吠えるたびに響くのは……「サヴァン」と聞こえる吠え声。まともな生物ならば、こんな声は絶対に出さないし、出す事すら許されない……奇妙にして奇怪な声。
そして、並走しているのは……奇妙な「少年」。
報告通り、その姿は痩せていた。黒百合は当初、半袖の制服から出ている腕は、枯れ枝のようにやせ細り、皮膚は白い。
顔もまた、白い。まるで……骸骨にぴっちりと、白く不健康な皮膚を張り付けたかのような面相。直視し続けているだけで、呪われそうな気分になってくる。
その袖には「腕章」が付き、腕が握るは「警棒」。
間違いない、「腕章の少年」だ!
「『アンタレス』!」
黒百合が放った地獄の業火。それは犬の群れへ襲い掛かる。
充分ひきつけ、距離を見計らうと……黒百合は強烈な爆炎を浴びせかけたのだ。8匹のうち2匹が炎にまかれ、燃え朽ち果てる。
が、寸前に炎が来るのを見た「少年」は……警棒を振って、犬の群れとともに即座に立ち止まった。そして、黒百合が二撃目のアンタレスを放つ前に……犬の群れは立ち止まり、散開し……。
黒百合らが隠れている、納屋の方向を確認し、距離を取り後退した。
つまり……相手に悟られたのだ。こちらが隠れつつ、攻撃した事を!
「……ちょっと、まずいわねぇ……!」
焦りとともに、黒百合がつぶやく。
アンタレスを警戒し、「犬」は散開して個別に接近してくる。心なしか、警棒を振る事で「少年」が、犬の群れを指揮しているように見えた。「少年」が動くたび、肩に付けた「腕章」があやしい反射光を放つ。
「犬」はまるで、訓練が行き届いた軍隊のよう。先刻までのような密集した集団なら、アンタレス、もしくはセレスの「ファイヤーブレイク」で一掃できただろうが……。今は射程距離外に後退し、残存する犬の半数を撃退士たちの後方へと回り込ませているようだ。
犬の疾走する速度は、かなり早い。もう円状に展開し、撃退士たちの隠れた納屋、そして諸星家とを囲った。
やがて、十分に距離をとって、円状に布陣を張った「犬」たちは……。
徐々に、その円を縮め始めた。
「おいおいおい、随分と調教してるじゃないの。ドッグショーに出たら優勝間違いなしだねぇ♪」
ジェラルドが軽口をたたくも、その口調は精彩を欠く。
「予想外」だった。相手が、特に「犬」が、ここまで効率的に、規律のある戦闘行動を取るなど、まさに予想外。実際、犬たちと少年は先刻の攻撃を警戒し、じっくりゆっくりと接近してくる。
「くっ、本調子じゃあないってのに」
エイルズレトラが、傷の癒えぬ体で魔銃・フラガラッハを取り出し、構える。無理をするつもりはないが……いざとなったら、自分の身は自分で守らねばなるまい。
そんな彼を守らんと、園果はエイルズレトラを「ナイトミスト」の闇で包んだ。
「エイルズさんは、私が守ります!」
つぶやきとともに、園果は身構えた。それとともに、黒百合、ジェラルドも周囲の怪物たちに鋭い視線を投げかける。
刹那。
「少年」が警棒を鋭く振ると、犬たちが駆け出した!
外に出た一ノ瀬は、セレスとともにその様子を見ていた。既に状況は二人とも、携帯にて黒百合から聞いている。
既に先刻から、周囲に「感知」を向けているものの……犬と「少年」以外には近くに誰もいない。
二人へと迫ってくる「犬」は三匹、そしてそれとともに、「少年」もまた犬とともに疾走し、こちらへと接近してくる。
「……『ファイヤーブレイク』」
最接近した犬の一体へと、セレスは巨大な火球を放つ。それをもろに受け、犬の一匹は火だるまになり地面に転がった。
が、その間に別の二匹が左右から迫る。一匹はかわしたが……二匹目の攻撃が、わずかにかすった。
「……くうっ!」
ほんの少し、犬の爪が掠っただけ。しかしそれはざっくりと彼女の服を切り裂き、彼女の肌も切り裂き、彼女を地面に打ち倒した。
「……セレス、さん……!」
一ノ瀬が彼女へ顔を向けた時、「少年」がすばやく駆け寄り……自分へと警棒で殴りかかってくるのが見えた。
そして、犬もまた左右から接近してくる。
前後左右、どこに逃げても……逃れられない。犬が勝利を確信するかのように、「サヴァン、サヴァン」と吠えるのが聞こえた。
「あらよっと! ……おおっと、強烈すぎて動けないかなー、ワン公くん♪」
イグゾーストアックスによる「Hit That」の一撃が、迫る犬の一匹へと見事に決まった。強烈に薙ぎ払われ、地面を転がる犬は苦しげにうめく。
だが、別方向から迫りくる犬が、牙と爪とを煌めかせて襲い掛かる。
それを見た、次の瞬間。
「『アンタレス』!」
再び放たれた黒百合の爆炎が、再び犬に襲い掛かり、燃やし尽くした。
残る一匹は、園果、そして園果の後ろにいるエイルズレトラへと向かっている。
その牙が、爪が、二人に迫るが。
「……『ファイヤーワークス』!」
黒百合のアンタレスとは異なる、園果が放った色とりどりの炎。まるで咲き誇る花のように、花火の様に、犬の周囲に咲き乱れ、包み込んだ。
炎の攻撃の前に、三匹目の犬も果てた。
一ノ瀬に犬が襲い掛かる。一秒前。
彼は……空中へと逃れていた。「陰影の翼」を広げ、彼は空中へと飛び出したのだ。
左右から挟み撃ちせんとした二匹の犬は、そのまま互いに正面衝突。それを見た「腕章の少年」すらも、予想外の出来事に戸惑っているようなそぶりを見せた。
そのまま一ノ瀬は、地面に降り立ち更なる攻撃を仕掛けた。目前には絡まった犬が二匹、そしてその後ろには「少年」が。
一ノ瀬は、呼び出した力を……犬と少年へ向け、一直線に放つ!。
アウルは一直線に伸びる炎となり、進むその先にあるものを燃やし尽くした。さながら火炎で構成された蛇のように。
「火遁・火蛇」の強烈な一撃は、犬二匹を直撃したが……やはり「少年」は素早い動きでそれを回避。
「……キミ、は」
鋼線・ジルヴァラを取り出し、身構えつつ。一ノ瀬は「少年」へと言葉をかけた。
「……キミ、は、本当に……渉、なの?」
答えはない。返答の代わりに、殴りかかる「少年」だが。
「少年」の後ろから、電撃が襲い掛かった。倒れた「少年」の後ろには、雷霆の書を手にしたセレスが。彼女が放った「スタンエッジ」は、見事に決まったが……。
「……死んでる?」
セレスの言うとおり、「少年」は死んでいた。
気絶させる程度に、手加減はした。なのに……どうして?
「うーん……」
疑問の前に、ジェラルドは軽口をたたくのを忘れていた。
ちょうど「少年」が死んだ頃。行動不能な状態に陥っていた「犬」の一匹が、混乱した動きを見せたのだ。
そして、相手かまわず目前の物体に……木や、納屋、農作業に用いる道具、その他目についたと思われるもの全てに、噛みつき、引っ掻き、叩き潰しにかかった。
ジェラルドらが攻撃し、反応はしたが……先刻と異なる、あまりに無秩序な暴れっぷりは、危険だった。一ノ瀬が再び放った「火遁・火蛇」により、とどめを差したのはいいが……。
この「犬」の変わりようは、一体なんなのか。それに答えられる者は、誰もいなかった。
ジェラルドのみならず、黒百合もまた疑問を覚えていた。日が落ち、暗くなった中で「腕章の少年」の遺体を調べていた彼女だが。不気味な紋章の「腕章」と、やはり不気味な「警棒」は、何か曰くがありそうな、ただならぬ雰囲気を感じている。
だが、少なくとも「少年」は死に、犬も殲滅できた。セレスの傷は、エイルズレトラのライトヒールによって治癒。当座の問題は解決した。
「……ともかく、遺体ごと久遠ヶ原学園に運んで、調査してもらいましょうねぇ」
黒百合の言葉に、皆はうなずいた。不明な点が多すぎる。これから、それを調査しない事には……謎を解明しない事には、この事件は解決しないだろう。
まだ、終わっていない。むしろ、これがはじまり。
撃退士たちは、そんな不吉めいた予感を感じていた。