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マスター:塩田多弾砲
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/11/20


みんなの思い出



オープニング

「……ああ、聞いた事ある。犬をいっぱい連れてたって話だぜ」
「……なんでも、すごい健脚らしいなあ。自転車に乗ってても、追いつかれそうになったとかで」
「……年の頃は、見たとこ小学校の高学年から、中学生くらいらしいね。で、同年齢層の子を襲うとか聞いたわよ」

 怪しき噂は、後を絶たず。
 その一つが「腕章の少年」。
 犬を連れて現れるは、ドイツ軍の腕章を付けた少年。話によっては、病的にまでやせぎすだったり、片足が義足あるいは鉄靴履いていたりという少年は、犬とともに同年代の少年……小学校高学年から、中学生……を見つけると、素早く動き、特殊警棒で打ち据える、という。
 必ず共通するのは「腕章」、それも「ドイツ軍の腕章」を付けている事。
 卓郎は朝に、TVニュースでこの話題が取り上げられているのを見た。憂鬱な気分になり……そのまま登校。

 高校一年生の、岩田卓郎。祖父母がドイツと、それも軍事関係の仕事と縁があるため、彼はドイツ関係のミリタリー趣味を持っていた。
 古今東西、歴代の軍隊の中で、やはり一番好きなのはドイツ軍。
 だが、だからといって戦争やそれに伴う暴力を肯定しているわけではない。むしろ卓郎自身は、無意味な暴力、正義と平和の名のもとに暴力を振るう行為そのものが大嫌いだった。
 
 もっとも、中学時代に趣味の友人だった同級生……諸星渉は、そうではないかもしれない。中二病的な選民思想に若干染まっていた彼は、しょっちゅう周囲を愚民扱いしていたものだ。根は悪くないが、卓郎も彼に対し辟易したことは少なくはない。
「おはよー、卓くん。どったの? 朝から履帯が剥がれた?号戦車の整備班みたいに憂鬱な顔してるじゃない」
 と、同じくクラスメイトの女子、鈴本純が声をかけてきたため、卓郎は思考を中断させた。
「おはよう……って、ほっとけ。いや、今朝のニュースでさあ」
「ああ、あれね。まったく、変な事件よねえ」
 朝の会話は、あのニュースに突っ込みを入れる事に終始。昔の友人を思い出す事は、記憶の片隅に追いやられてしまった。

 だが、卓郎はその日の放課後から。
 何度か、「息を飲む」事になる。
 
 まず最初に、放課後。下校時。
 その日は日直。そして日直の仕事をすませたら、遅くなってしまった。
 いつも一緒に帰る純は、今日は行きつけの自衛隊ショップにて、ミリメシ(軍用の糧食)が発売されるからと、先に下校。
 夕暮れに一人、下校する事になったが……いつも乗っているバスに乗り遅れてしまったため、徒歩で帰宅する事に。
 徒歩の道は、周囲に広く畑が広がり、見晴らしがスゴク良い。
 そのため、車の行き来のみならず、遠くから通行人が来るのがよくわかる。もっとも、外灯がほとんどないために、陽が落ちると真っ暗になってしまうが。
 そして、夕日の中。卓郎は「そいつ」……否、「そいつら」を見て、「息を飲んだ」。

 卓郎は最初、「家畜を引き連れた農家の人間」かと思った。
 が、その人間が引き連れていたのは数十匹の犬である事を知り、違和感を覚えた。その大きさは子牛並。それらが吠えつつ、接近してくる。
 いや……あれは本当に「犬」なのか? 
 その動物の鳴き声は、「ワン」でも「バウ」でもない。あえて形容するなら……「サヴァン、サヴァン」としか表現しようのない吠え声。
 その「犬」っぽい何かは、飼い主の命令をよく聞き、まるで行進中の軍隊の様に秩序だって行動している。
 だが……20mくらいまで接近したところ、異様なその姿を見た。体表面に体毛が無く、異常に筋肉が発育している。その目は狂気をたたえて大きく見開かれ、その口からは異様に鋭い牙がはみ出している。明らかに、普通の犬ではない。普通の動物ではない。
 そして、犬ばかりに注目していた卓郎は、ようやく気付いた。
 ……犬を引き連れている人間も、犬同様におかしいと。
 そいつは、痩せていた。……まるで、死にかけた人間、もしくは死体が起き上がり、動いているかのような印象を与える、不健康な「痩せ方」。
 そいつは、どこかの学校の夏の制服を着ていた。卓郎の学校ではない、渡が進学した学校の夏服を着ている。
 白い木の枝のような腕には、握っていた。細長い「警棒」を。
 履いているのは、食い違った靴。片足は鉄のような光沢、もう片方は紋様が刻まれた革靴。まるで……謂れのある軍靴のよう。
 だが、何よりも卓郎が注目したのは、そのワイシャツの左袖。そこに装着されていたのは……。
『腕章』。
 卓郎も知っている、統一前の旧西ドイツ軍の紋章……異様に鋭い眼差しの、ワシの意匠が描かれた腕章だった。
「あれは……『渉』?」
 混乱してきた。そいつの「顔」を見たところ……。
 確かに、諸星渉。卓郎の過去の友人に似ていた。

 卓郎は、それ以上確かめられなかった。混乱と恐怖とでそのまま背を向いて逃げ出し、全速力で走ったのだ。
 後ろから「サヴァン、サヴァン」という犬の咆哮が追ってきたが……どのくらい走っただろうか、交番に駆け込んで、事なきを得た。
 警官曰く、「変な犬が追ってきた。異様な姿に驚いたが、すぐにそいつは逃げて、視界から消えた」。
 すぐに警察は追ったが……あの異様な「少年」はもちろん、異様にして異質な「犬」すらも発見できなかった。
 その日は結局、「暴行未遂」という事で警察は調書を取り、パトロールを強化する事を約束し、その場は終わった。

 そんな事があって、数日後。
 再び、卓郎は「息を飲んだ」。

 とある休日に、卓郎は諸星家の近くを通りがかった。
 中学時代には、よく互いの家に向かっては、ミリタリー談義に花を咲かせたものだ。高校に上がり、学校が変わってしまってから疎遠になってしまったが。
 卓郎は、あの「少年」と「犬たち」を見てから気になっていた。あの痩せぎすな「少年」……遠目ではあったが、渉にあまりに似すぎていた。
 諸星家に赴き、扉の呼び鈴を鳴らす。
 出ない。
 もう一度、やはり出ない。
 静寂が、嫌な予感と胸騒ぎとを作り出す。心なしか、何かの臭いが。
 ……腐臭と、血の臭い。すなわち……死の臭い。
 扉に手をかけると、鍵がかかっていない。開くと……中は血の海。
 吐きそうになり、必死にこらえる。携帯ですぐに警察に連絡した後……。
 渉の事が気になり、庭へと向かった。

 渉の部屋は、庭にある。正確には、庭に納屋を建て、その内部を部屋にしている。
 扉を開けると……内部はきちんと整理されたまま。しかし、
「……無い?」
 無い。渉の部屋には何度も入り、彼の軍事関係のコレクションを何度も見せてもらった。軍服や装飾品、装備、戦車や戦闘機の部品、そして……。
「警棒」だけが無くなっている。
 武器を入れていた棚が、開け放たれていた。ナイフやブラックジャックなどはそのままに、特殊警棒だけが消えていたのだ。
「……!」
 気配を感じ、窓を見ると。
 そこには、「少年」の姿が……頬がこけ、死斑が浮いた青白い顔で室内を覗きこんでいる、諸星渉の姿があった。

「……で、大慌てで外に逃げると、周囲は犬に囲まれていた。だが……警察が到着し、なんとか助けてもらったわけだ」
 君たちへと、担当官が事件の詳細を告げる。
「警官も、サヴァンと鳴く犬に襲われ、重傷を負った。応援を呼んだら……すぐに逃げていったとの事だ。この『腕章の少年』を退治する事が、今回の依頼だ。やってくれるか?」


リプレイ本文

「ふう……」
 近場の警察署の一室。そこでエイルズレトラ マステリオ(ja2224)は、調査内容を今一度吟味していた。

「又聞き」
「根拠はない、ただの直感」
「腕章も、付けていたか否かすら定かでない」

 目撃証言のほとんどが、こんな感じ。
 それらを除外したところ……目撃証言は九割近くが除外。
 しかし……残りの一割には、興味深い情報が。
「瀕死の状態で、襲われた少年が死の間際に『犬』と『腕章の少年』を証言」
「遠目に、少年を襲う『犬』と『腕章の少年』を見た」
 などなど。
とはいえ……やはりまだ確信には至らない。
「……目的、は……何?」
 一ノ瀬・白夜(jb9446)が、感情に乏しい口調で疑問を口にした。
「……まだ、今の時点では何とも言えませんね」
 一ノ瀬の言葉に、エイルズレトラはため息をつく。彼もまた疑問だった。
 ……こいつの「目的」は、なんなのか?
 物取りや、怨恨の類ではない。被害者の少年たちには、共通点が全くない。当初は怨恨かと思われたが……恨まれている被害者は居なかった。
 では、殺人自体が目的か? 
 捕食ではない。被害者と思われる遺体は全て、打撲や咬傷はあっても「捕食の痕跡」は無かった。
 快楽殺人? それにしては、あまりに殺し方が「雑」。多くの犬を連れていたり、誰かに目撃されたりと、非効率的で大雑把。
 凶器も警棒に犬と、これまた非効率的。
「自己顕示欲の強いシリアルキラーが、自分を誇示するために騒動や殺人事件を起こしている」……といった錯覚すら覚える。
 わからないが、わからなかったら……わかるまで調べるしかない。すなわち……実地調査。

「きゃはァ♪ 周りは畑がいっぱいで見晴らし良いのねぇ……」
 午後、夕方近く。諸星家を臨む場所に来た黒百合(ja0422)は、周囲へと視線を向けつつ言った。
 彼女はヒリュウを召喚し、周囲を見て回ったが……危険な何かは見当たらない。
 そして、今彼女らがいる場所は、諸星家から10mほど離れた地点。そこには納屋があり、撃退士たちはその陰に隠れていた。

 諸星家には塀が無く、周囲には畑が広がり、広々としている。さながら、畑という海の中にある孤島。やや大き目の道路が隣接していなければ、本当に陸の孤島以外の何物でもなかった。
「…………」
 エイルズレトラとともに、セレス・ダリエ(ja0189)は、無言のまま渉の私室……庭に建つ離れの周囲へと目をやった。
「いやはや、なんとも奇妙だねぇ☆」
 ジェラルド&ブラックパレード(ja9284) が、あえて陽気に声を放つ。が、彼の口調も、陰鬱で重苦しい空気を払拭するまでには至らない。
「皆さん、お待たせしました」
 そんな中。天草 園果(jb9766)、長い黒髪と金色の瞳を持つ美少女が、聞き込みから戻って来た。

「……つまり、まとめるとこういう事かな。『失踪前に怪しい点は何もなかったし、失踪するような原因も見当たらなかった』と」
 エイルズレトラの指摘に、園果はうなずいた。
「はい。それと……諸星さんの同級生の方から聞きましたが、『諸星さんは一週間ほど前に「腕章」を手に入れて、それを自慢していた』そうです。ただ、それがどこで手に入れたものなのかまでは、わからなかったそうですが」
 彼女は渉の高校、および渉の自宅周辺を聞きこみしていたのだが……判明した事は上記の二点のみ。家庭にも問題は無く、むしろ仲の良い家族だったという。
 ならば、その腕章を手に入れたのはいつなのか。それを確かめねば。
「……今のところ、ヒリュウの目には怪しい奴らは見えないわぁ……」
 黒百合は、自身が召喚した召喚獣の視線で周囲を見る。地上10mから見て、怪しいものは今のところ見当たらない。
「……じゃ、行って、来る」
 一ノ瀬が立ち上がり、諸星家へと向かっていった。
 そしてセレスも、一ノ瀬を護衛するため、距離を取り彼の後を付いていった。
 
 彼らの狙いは、一ノ瀬を囮として「腕章の少年」をおびき出す事。
 今のところ、得られた情報から推測すると……「腕章の少年」は、同年代前後の少年を襲う傾向にある。
 ならば、一番年齢が近いだろう一ノ瀬が囮となり、誘い出す。
 出て来たところを、皆で叩く。
「……うまくいけば、ラッキーだけどねぇ♪ ま、なんとかなるっしょ」
 と言いつつ、ジェラルドは一ノ瀬が、渉の私室へと入っていくのを見守った。セレスは庭の樹の陰に隠れ、周囲へと目を凝らしている。
「ですね。なんとかなれば……いいんですが」
 ジェラルドと対照的に、園果は不安げだった。

 一ノ瀬は扉に手をかけ、中に入りこんだ。
「……確か、に……整頓、されてる、ね……」
 小さくつぶやき、なるべく現場を荒らさないようにして、調べ始める。
 ガラス張りの棚には、ドイツ軍の戦車や戦闘機のプラモやジオラマが。書籍関係も、きちんと書棚に入ったまま。
 クローゼットには、学校の制服に私服の他、ドイツ軍の軍服がハンガーに。
 それらとともに、いくつかある「腕章」もあった。が……それらは別段、怪しいものには見えない。
 目を転じて、机の上を見る。そこにあったのは、学校の教科書やノート、それにノートパソコン。
 PCを開き、電源を入れてみた。ネットにつながっているので、履歴を調べてみる。
「…………」
 それらにもまた、とりたてて怪しい点は見られない。通販サイトに、ミリタリー関係のサイト。それらを頻繁に閲覧しているだけだった。
 が、読み終わったところで。携帯が鳴った。
『警戒してねぇ』
 黒百合からの連絡だった。
 ヒリュウが、発見したというのだ。「サヴァン」と鳴く、犬の姿を。

「……犬の数は、7……いや、8体くらいねぇ。それに……一緒に誰かが走ってくるわァ…」
 ヒリュウを通じ、黒百合は「それら」が接近するのを見ていた。
 まずは、その「犬」が異様だった。
 遠目から見た限りでは、確かに犬、もしくは狼などイヌ科の動物を連想させる。が、近づくにつれ、「犬」から犬らしさが消えていくのを黒百合は感じていた。
「異常」だったのだ。
 異常なまでに筋肉が発達し、身体は普通の犬より一回り大きい。皮膚もまた、死体のような灰色。四肢の爪は異常に大きく鋭い。……まるで恐竜の爪を移植したかのような、犬類の特徴が皆無の爪なのだ。
 が、なんといっても一番異常なのは、頭部だった。
 その顔は、犬はもちろん、通常の動物どれとも似ていなかった。獅子や爬虫類や昆虫、恐竜などに比べ、若干犬に近いと言うだけの、おぞましい面構え。犬にやや近いと言えるのは、大きく開いた口と、そこから覗く鋭い牙くらいのもの。
 吠えるたびに響くのは……「サヴァン」と聞こえる吠え声。まともな生物ならば、こんな声は絶対に出さないし、出す事すら許されない……奇妙にして奇怪な声。
 そして、並走しているのは……奇妙な「少年」。
 報告通り、その姿は痩せていた。黒百合は当初、半袖の制服から出ている腕は、枯れ枝のようにやせ細り、皮膚は白い。
 顔もまた、白い。まるで……骸骨にぴっちりと、白く不健康な皮膚を張り付けたかのような面相。直視し続けているだけで、呪われそうな気分になってくる。
 その袖には「腕章」が付き、腕が握るは「警棒」。
 間違いない、「腕章の少年」だ!

「『アンタレス』!」
 黒百合が放った地獄の業火。それは犬の群れへ襲い掛かる。
 充分ひきつけ、距離を見計らうと……黒百合は強烈な爆炎を浴びせかけたのだ。8匹のうち2匹が炎にまかれ、燃え朽ち果てる。
 が、寸前に炎が来るのを見た「少年」は……警棒を振って、犬の群れとともに即座に立ち止まった。そして、黒百合が二撃目のアンタレスを放つ前に……犬の群れは立ち止まり、散開し……。
黒百合らが隠れている、納屋の方向を確認し、距離を取り後退した。
 つまり……相手に悟られたのだ。こちらが隠れつつ、攻撃した事を!

「……ちょっと、まずいわねぇ……!」
 焦りとともに、黒百合がつぶやく。
 アンタレスを警戒し、「犬」は散開して個別に接近してくる。心なしか、警棒を振る事で「少年」が、犬の群れを指揮しているように見えた。「少年」が動くたび、肩に付けた「腕章」があやしい反射光を放つ。
「犬」はまるで、訓練が行き届いた軍隊のよう。先刻までのような密集した集団なら、アンタレス、もしくはセレスの「ファイヤーブレイク」で一掃できただろうが……。今は射程距離外に後退し、残存する犬の半数を撃退士たちの後方へと回り込ませているようだ。
 犬の疾走する速度は、かなり早い。もう円状に展開し、撃退士たちの隠れた納屋、そして諸星家とを囲った。
 やがて、十分に距離をとって、円状に布陣を張った「犬」たちは……。
 徐々に、その円を縮め始めた。

「おいおいおい、随分と調教してるじゃないの。ドッグショーに出たら優勝間違いなしだねぇ♪」
 ジェラルドが軽口をたたくも、その口調は精彩を欠く。
「予想外」だった。相手が、特に「犬」が、ここまで効率的に、規律のある戦闘行動を取るなど、まさに予想外。実際、犬たちと少年は先刻の攻撃を警戒し、じっくりゆっくりと接近してくる。
「くっ、本調子じゃあないってのに」
 エイルズレトラが、傷の癒えぬ体で魔銃・フラガラッハを取り出し、構える。無理をするつもりはないが……いざとなったら、自分の身は自分で守らねばなるまい。
 そんな彼を守らんと、園果はエイルズレトラを「ナイトミスト」の闇で包んだ。
「エイルズさんは、私が守ります!」
 つぶやきとともに、園果は身構えた。それとともに、黒百合、ジェラルドも周囲の怪物たちに鋭い視線を投げかける。
 刹那。
「少年」が警棒を鋭く振ると、犬たちが駆け出した!

 外に出た一ノ瀬は、セレスとともにその様子を見ていた。既に状況は二人とも、携帯にて黒百合から聞いている。
 既に先刻から、周囲に「感知」を向けているものの……犬と「少年」以外には近くに誰もいない。
 二人へと迫ってくる「犬」は三匹、そしてそれとともに、「少年」もまた犬とともに疾走し、こちらへと接近してくる。
「……『ファイヤーブレイク』」
 最接近した犬の一体へと、セレスは巨大な火球を放つ。それをもろに受け、犬の一匹は火だるまになり地面に転がった。
 が、その間に別の二匹が左右から迫る。一匹はかわしたが……二匹目の攻撃が、わずかにかすった。
「……くうっ!」
 ほんの少し、犬の爪が掠っただけ。しかしそれはざっくりと彼女の服を切り裂き、彼女の肌も切り裂き、彼女を地面に打ち倒した。
「……セレス、さん……!」
 一ノ瀬が彼女へ顔を向けた時、「少年」がすばやく駆け寄り……自分へと警棒で殴りかかってくるのが見えた。
 そして、犬もまた左右から接近してくる。
 前後左右、どこに逃げても……逃れられない。犬が勝利を確信するかのように、「サヴァン、サヴァン」と吠えるのが聞こえた。


「あらよっと! ……おおっと、強烈すぎて動けないかなー、ワン公くん♪」
 イグゾーストアックスによる「Hit That」の一撃が、迫る犬の一匹へと見事に決まった。強烈に薙ぎ払われ、地面を転がる犬は苦しげにうめく。
 だが、別方向から迫りくる犬が、牙と爪とを煌めかせて襲い掛かる。
 それを見た、次の瞬間。
「『アンタレス』!」
 再び放たれた黒百合の爆炎が、再び犬に襲い掛かり、燃やし尽くした。
 残る一匹は、園果、そして園果の後ろにいるエイルズレトラへと向かっている。
 その牙が、爪が、二人に迫るが。
「……『ファイヤーワークス』!」
 黒百合のアンタレスとは異なる、園果が放った色とりどりの炎。まるで咲き誇る花のように、花火の様に、犬の周囲に咲き乱れ、包み込んだ。
 炎の攻撃の前に、三匹目の犬も果てた。
 
 一ノ瀬に犬が襲い掛かる。一秒前。
 彼は……空中へと逃れていた。「陰影の翼」を広げ、彼は空中へと飛び出したのだ。
 左右から挟み撃ちせんとした二匹の犬は、そのまま互いに正面衝突。それを見た「腕章の少年」すらも、予想外の出来事に戸惑っているようなそぶりを見せた。
 そのまま一ノ瀬は、地面に降り立ち更なる攻撃を仕掛けた。目前には絡まった犬が二匹、そしてその後ろには「少年」が。
 一ノ瀬は、呼び出した力を……犬と少年へ向け、一直線に放つ!。
 アウルは一直線に伸びる炎となり、進むその先にあるものを燃やし尽くした。さながら火炎で構成された蛇のように。
「火遁・火蛇」の強烈な一撃は、犬二匹を直撃したが……やはり「少年」は素早い動きでそれを回避。
「……キミ、は」
 鋼線・ジルヴァラを取り出し、身構えつつ。一ノ瀬は「少年」へと言葉をかけた。
「……キミ、は、本当に……渉、なの?」
 答えはない。返答の代わりに、殴りかかる「少年」だが。
「少年」の後ろから、電撃が襲い掛かった。倒れた「少年」の後ろには、雷霆の書を手にしたセレスが。彼女が放った「スタンエッジ」は、見事に決まったが……。
「……死んでる?」
 セレスの言うとおり、「少年」は死んでいた。
 気絶させる程度に、手加減はした。なのに……どうして?

「うーん……」
 疑問の前に、ジェラルドは軽口をたたくのを忘れていた。
 ちょうど「少年」が死んだ頃。行動不能な状態に陥っていた「犬」の一匹が、混乱した動きを見せたのだ。
 そして、相手かまわず目前の物体に……木や、納屋、農作業に用いる道具、その他目についたと思われるもの全てに、噛みつき、引っ掻き、叩き潰しにかかった。
 ジェラルドらが攻撃し、反応はしたが……先刻と異なる、あまりに無秩序な暴れっぷりは、危険だった。一ノ瀬が再び放った「火遁・火蛇」により、とどめを差したのはいいが……。
 この「犬」の変わりようは、一体なんなのか。それに答えられる者は、誰もいなかった。
 ジェラルドのみならず、黒百合もまた疑問を覚えていた。日が落ち、暗くなった中で「腕章の少年」の遺体を調べていた彼女だが。不気味な紋章の「腕章」と、やはり不気味な「警棒」は、何か曰くがありそうな、ただならぬ雰囲気を感じている。
 だが、少なくとも「少年」は死に、犬も殲滅できた。セレスの傷は、エイルズレトラのライトヒールによって治癒。当座の問題は解決した。
「……ともかく、遺体ごと久遠ヶ原学園に運んで、調査してもらいましょうねぇ」
 黒百合の言葉に、皆はうなずいた。不明な点が多すぎる。これから、それを調査しない事には……謎を解明しない事には、この事件は解決しないだろう。

 まだ、終わっていない。むしろ、これがはじまり。
 撃退士たちは、そんな不吉めいた予感を感じていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:1人

撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
影を切り裂く者・
一ノ瀬・白夜(jb9446)

大学部2年91組 男 鬼道忍軍
思い出重ねて・
天草 園果(jb9766)

大学部2年118組 女 ナイトウォーカー