.


マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/05/12


みんなの思い出



オープニング

 パーティーの日、明らかになった事実がある。

 楯岡 光人は天界よりのカオスレートを持つ天魔──彼が言うには天使であること。そして春苑 佳澄(jz0098)は彼の元にいるという事だ。
 楯岡は自分を、天界とはつながりがない堕天使である、とも言った。
 しかし少女はその発言を否定する。
「でもきっとお兄ちゃんはサーバントを‥‥銀仮面のことをよく知っているのですぅ〜‥‥」
 翠眼を悲しげに揺らして。 

 では何故楯岡は伊勢崎市の復興に奔走し、サーバントは伊勢崎市に姿を見せるのだろうか?
「元々魔界の勢力下だったけど、まるまる天界がかっさらおうとしている?」
「きっと伊勢崎市はゲートをつくるのに適した土地なのだろうね‥‥」
 少年少女は言い合った。
「もし市内にゲートがあるなら、拉致された人もそこにいるのかな〜」
「サーバントの出現状況からも、可能性はありそうですね」
 だが、市内にゲートは発見されていない。──少なくとも、目立つ場所には。

 ゲートが伊勢崎市にあるとして、それはどこなのか。現時点では推測もままならない。
 結局、伊勢崎市と楯岡の動向に注意すべき、という以上の結論を導き出すことが出来ないまま──三月が終わり、四月を迎えた。



「くぁ‥‥」
 棍を支えに突っ立ったまま、佳澄は今日何度めかの大きなあくびをした。
 ぐしぐしと瞼をこすり、少しでも眠気を晴らそうとするが、またぞろあくびが出そうになった。

 ここしばらく、ずっとここで見張りをさせられているが‥‥雇い主の楯岡を除けば、人なんか来たこともない。「誰も通すな」と言われてはいるものの、通したくても通せない状態だ。

 暇で仕方ない佳澄に出来ることと言えば、ちょっとしたストレッチと、物思いに耽ることくらいだ。
(この前のパーティー、楽しかったな‥‥)
 久しぶりに皆で集まって、食べたり騒いだり。佳澄のことを知るものは、何くれとそばに来て、話しかけてくれた。
(皆、心配してくれたんだよね)
 それくらいのことは、佳澄にも分かる。外見はちっとも成長しなくても、もう大学生だ──今は行っていないが。

 学園で一番の撃退士になりたいと思った。でも、自分には全然足りていないということがわかって──このままではいけないと思うようになった。
 楯岡は、佳澄に力をくれると言った。自分に足りないものを与えてくれる、救世主のように思えた。
 彼に従うことが、大好きな皆を助けることにもなるはずだと──思った。
 自分で考えて、決めたのだ。
(‥‥そう、だよね?)
 確認するように、佳澄は振り返る。実は、楯岡と契約を交わしたときのことを、彼女はよく覚えていない。何か熱に浮かされるようにして、気が付いたら決断をしていた。
 そして今、その決心が何故か、揺らいでいる。
(ずっと見張りばっかりだし‥‥)
 こんなことをしていて、強くなれるはずがない。楯岡さん、あたしのこと忘れちゃったんじゃないかな。
「‥‥よし」
 一度、しっかり話をしてこよう。それで、こういうことだから心配しないでくださいって、皆にちゃんと報告しなきゃ。

 楯岡はパーティーの日の前後から自室に閉じこもりがちになっている。佳澄は思い切って、直談判に向かうことにしたのだった。

   *

 警備を任されている入り口から奥、楯岡の私室がある区域へ向かう。
 この区域にはいくつかの部屋があるが、楯岡の部屋はほかの部屋とは少し離れ、もっとも奥まった場所にある。
 通路を挟んで二つの扉が並ぶ。左が楯岡の部屋だ。右の扉は、「決して開かないように」と厳命されていた。
(それに‥‥なんかヤな感じがするから開けたくないんだよね)
 それで彼女はその命令を忠実に守っていた。
 今も右の扉は意識しないようにして、左の扉の前に立つ。
「楯岡さん、ちょっといいですか?」
 ノックもそこそこに、佳澄は扉を開けた。



 部屋に一歩踏みいった途端、熱気のような、重苦しい空気がむっと押し寄せて佳澄を包んだ。
「おや‥‥?」
 楯岡は部屋の中央にいた。が、涼しげでしゃんとしているいつもの様子とはだいぶ異なる。

 呼吸が荒く、ひどく汗ばんでいる。ワイシャツのボタンが二つ目まではずれ、思いの外厚い胸板がかいま見えている。そして──足下に見覚えのない女性が一人、寝転がっている。

 楯岡は女性の右手を取っているが、女性はその手をだらりと力なく預けているだけで、身動きしない。
「楯‥‥岡、さん?」
 あまりにも予想していなかった光景で、佳澄は大きな目をぱちくりさせながら雇い主の名を呼んだ。
「持ち場を離れていいと、伝えた覚えはありませんよ」
 幾分気だるげに、楯岡は佳澄をたしなめた。その後で、小さく首を振る。
「‥‥しかし、そのことに気づかないとは。夢中になりすぎた私にも問題がありますね」
「なに‥‥してるんです? その人‥‥」
 尋ねながら、佳澄はさらに気づく。部屋の奥に、もう数人。人間が転がっている。皆ぴくりとも動く様子がない。
 まるで生気を抜かれた人形のようだ。

「あなたが気にすることではない」
 楯岡が強い調子で言った。
 これまでなら、それだけで引き下がっていたような気がする。だが今、さすがにこの光景を目にしては、それではいけないように佳澄には思えた。
「でも」
「‥‥やれやれ」
 楯岡は女性の手を離した。女性は何の抵抗もなく頭から床に落ち、鈍い音がした。
「どうやら、暗示が弱まってしまっているようですね。腐っても撃退士、ということですか」
 胸元を直しながら、佳澄の方へゆっくりと近づいてくる。
「久遠ヶ原へのカモフラージュになるかと傍においておきましたが‥‥。自由にさせておくには幼すぎたようだ。これもいい機会、術を強めておきましょう。余計なことを考えられなくなるように」
 佳澄は信じられないものを見る思いで目の前に迫る銀髪の男を見た。話しぶりは普段と変わらないのに、受ける印象はまるで違う。
「心配しなくとも、約束は守ります」楯岡は笑った。「お望み通り力は差し上げますよ。もっとも、力を振るう相手は天魔ではない、人間ですがね!」
 右手がずい、と伸ばされる。

 その手をぱん、と払った佳澄の行動は、ほとんど本能だった。

「‥‥!?」
 一瞬のうちに光纏した佳澄の手には、棍が握られていた。楯岡はしびれる右手を見て、動きを止める。
 一も二もなく佳澄は背を向け、そこから逃げ出した。

   *

 佳澄はとにかく、全力で走る。何故かやたらと熱を持つ右肩を一度ぎゅっと押さえて、それから携帯端末を取り出す。
(急がなくちゃ、伝えなくっちゃ)
 とんでもなく愚かな自分は、ここが何なのかさえ気づいていなかった。
 携帯の電波は届いていない。広間を抜け、自分の『持ち場』だった場所の先。結界を抜けなければ、連絡は取れない。

 あの扉の先だ。

 階段を上り、蹴破るようにして押し上げて──。

「あっ‥‥ぐ」
 もんどりうって倒れた。せっかく上った階段を体を打ち付けながら落ちていく。
 端末が佳澄の手を放れて地面に落ち、からからと乾いた音を立てた。

「う‥‥」
 ぼやける視線の先に銀色の甲冑姿を見ながら、佳澄は意識を失った。

「いや、危ない。いっぱい食わされる所でした」
 楯岡は薄く笑いながら、転がった端末を拾い上げる。しかし画面をのぞき込んだ瞬間、笑みが消えた。

『送信を完了しました』

 端末は鈍い音とともに握りつぶされた。

前回のシナリオを見る


リプレイ本文

 それは春の日射しも暖かな午後のこと。

 授業の合間、窓の外を見ながら食後の眠気と戦っていた神埼 晶(ja8085)の端末が、彼女にメールの着信を告げた。
「春苑さん? なんだろ‥‥」
 春苑 佳澄(jz0098)から久しぶりの連絡に、何かあったのかと指先を動かす。表題のないメールには、たったの一文。

  伊勢崎市 学校のち

「‥‥?」
 入力途中で送られたかのような不自然な内容。晶の心中に、言いしれぬ不安がよぎる。
 メールの返信なんてまどろっこしいと、晶は佳澄に電話をかけた。
 電話はつながらなかった。圏外にあるか、電源が切れているかと自動アナウンスが無感動に伝えてくるばかり。
(‥‥なにか悪い予感がする)
 眠気はどこかに行ってしまった。晶は席を立つと斡旋所へ急ぐ。


 同じようにメールを受け取ったもの、あるいは内容を見てやはり緊急事態と察したものたちが集まり、ディメンションサークルを抜けて伊勢崎市へと向かった。



 【群魔】の争乱から復興して間もない伊勢崎市には、学校は一つしかない。楯岡 光人が中心となって改修し、この春からの再開にこぎつけた学校だ。今は生徒数も少ないため、小学校から高校までが同じ敷地にある二棟の校舎を共同で使用していた。

「さて、とりあえずあたしらが校内で動く許可は取れたけど、どうしていこうかね」
 学校側に事情を伝え終え、応接室から出てきたアサニエル(jb5431)は、後に続く天風 静流(ja0373)を振り返った。
「そうだね‥‥」
 静流は自身の端末に送られてきたメールを見返す。
「学校の、ち‥‥か。連想される要素はいろいろとあるね」
「そうさね。学校の施設で『ち』のつく場所といったら‥‥調理室、地理歴史教室‥‥中等部の教室のどこか、なんて可能性もあるかい?」
 アサニエルは少し首を巡らせた後、いくつかの候補を挙げた。
「中央、とか中心、かもしれないね。いずれにしてもこの内容だけでは、推測の域を出ないが」
 あまりにも短いそのメールからは、はっきりとした事は掴めない。伝わってくるのは‥‥穏やかでない事態の可能性だ。
(無事だといいのだが)
 しばらく会っていない後輩の姿を脳裏に浮かべ、静流は一瞬だけ物思う。
「とにかく、他の班と連絡を取り合いながら虱潰しに見ていくさね。怪しそうな場所があったら生命探知も使うから、教えとくれよ」
「ああ」
 佳澄は、そして楯岡はどこにいるのだろうか。二人は学内を歩き始めた。



「ごめーん、これ持ってくれる?」
「あ、はい」
 星杜 藤花(ja0292)は、点喰 因(jb4659)が差し出した分度器──の中心から糸付きの五円玉が垂れ下がったもの、を受け取った。
「こうですか?」
「お、そうそう。ちょっとじっとしててねー‥‥」
 因は自作の簡易水平器を参考にしながらメジャーを延ばし、寸法をメモに書き付けていった。

「どうですか?」
「んー‥‥特に図面と違いはない、かな」
 因が答えると、藤花は残念そうに眉を下げた。
「怪しいと思ったのですけど‥‥」
 二人がいるのは学校の図書室だ。携帯端末で急いで文字を打ったとしたら、「ち」はタ行のどれかかもしれない、と藤花が訴えたのだった。
 ここへくる前に調理室も調べていたが、やはり不自然な点は見あたらなかった。
「佳澄さん、どこにいるのでしょう」
「改装業者がもう『ない』なんてどうもきな臭いし、校舎に細工がある可能性は高い‥‥と思ったんだけどなぁ」
 因は困り顔で頭を掻いた。ここまで調べた限りでは、公式な図面と異なる部分はない。
 話に聞いた改修期間や規模の割に、ところどころ年代臭さを感じるのが気になってはいるのだが‥‥。
「あとは屋上ですね。普段入れないようになっているところなら、何かあるかもしれません」
「よし、行ってみよか」
 図書室から出ようとする二人だったが、通りがかった女生徒に声を掛けられた。
「あれ? 確か、撃退士の‥‥」
「ふお」
 先日のパーティーで因と顔を合わせていた隅野 花枝が、真新しい制服姿で現れたのだった。

   *

「今日はどうしたんですか?」
 花枝は気さくな様子で因に話しかけてくる。
「えとー、佳澄ちゃんと約束してたんだけどね」
「佳澄ちゃん‥‥ここに来てるんですか?」
 花枝は初耳とばかりに小首を傾げた。藤花が因の袖を引く。
「この方は‥‥?」
「あ、初めてだっけ」
 因は藤花に、花枝のことを簡潔に紹介した。
「佳澄さんのこと、学校で見かけたことはありませんか?」
 藤花の問いに花枝は首を振った。二人顔を見合わせる。
「実は‥‥」
 因は端末を取り出した。

   *

「ここで‥‥何か、起きてるんですか? 起きるんですか?」
 佳澄からのメールを見せられた花枝の肩は、小刻みに震え始めていた。
「もしかして、また‥‥ゲート、とか‥‥!」
 かつてこの地で悪魔の結界に囚われていた花枝はかつての苦難を思い返しているのか、目の焦点が合わなくなる。彼女を呼び戻したのは、藤花だった。
「大丈夫です。なにがあっても、私たちが守りますから‥‥落ち着いて」
 藤花から染み出るようにあふれたアウルの光が花枝に届くと、彼女の震えはゆっくりと収まっていく。その様子に一息ついて、因は告げた。
「あたしたちも、まだ細かいことはわかってないんだけど‥‥でも念のため、校内に残ってる生徒さんたちは避難して貰いたいんだよね」
 花枝は一度大きく深呼吸すると、因に頷いた。
「わかりました。私、みんなに声を掛けて‥‥市役所の方に連れて行きます」
「お願いします」
「佳澄ちゃんのことは‥‥」
「ん、任せてねん」
 安心させるように笑顔で花枝を送り出してから。

「さ、あたしたちも行こうか」
 二人は神妙な顔で図書室を後にした。



「この少女なんだが‥‥このあたりで見かけたことは?」
 学校の外に建ち並ぶアパートの一角。管理人だという初老の男に、鳳 静矢(ja3856)は佳澄の画像を見せた。男はぷるぷると震えるように首を横に振る。
「さあ‥‥学生のためのアパートだから若い子ばかりだけどねえ‥‥」
「このアパート‥‥身寄りのない子たちの為にお兄ちゃ‥‥楯岡さんが建設したと聞きましたぁ〜」
 静矢の横に並んだ神ヶ島 鈴歌(jb9935)が言うと、男はやはりぷるぷる震えるように、今度は首を縦に振った。
「元々この辺りに住んでた人はだいぶいなくなっちまったからねぇ‥‥天魔被害にあった子供たちを集めて学校を‥‥なんて、たいしたお考えだよねぇ」
 話しぶりからするに、楯岡のこともさほどよく知っているわけではないらしい。静矢は念のため『中立者』を使ったが、男はただの男でしかなかった。

   *

「目撃情報はなし、か‥‥」
 静矢は腕を組みつつ歩く。
「春苑さんが冗談であのメールを送るとは考え難い。この周囲で何かあったのは間違いないだろうが‥‥」

 一方、鈴歌は整然と並ぶ建物を見ていた。
「どうして、身寄りのない子たちなのでしょうねぇ〜‥‥」
「うん?」
 呟くような鈴歌の言葉が静矢の耳に届いた。
「他にも困っている子たちは沢山いるのに‥‥お兄ちゃんは、どうして家族の無い人たちを優先して集めているのでしょうかぁ〜?」
 鈴歌の聞いた話では、学校の生徒はかなりの割合で孤児なのだという。
「何か目的があると?」
 静矢が聞くと、鈴歌は視線を落とした。
「もしかしたら‥‥」

 空の上の方から、高く突き抜ける音が響いた。

「今のは‥‥」
「銃声か!」



 晶は星杜 焔(ja5378)とともに、校舎の外周を歩いていた。
「『学校のち』近くか、地下か‥‥それとも‥‥」
「校舎に地下はないという話みたいだけど‥‥」
 焔は学校関係者から聞いた話を思い返したが、晶はむしろ、とばかりに足で地面を叩いた。
「それじゃ校舎の近くに地下への入り口とかないかな」

 仮に楯岡が人類に仇なす天魔ならば、ゲートを持っている、あるいは持とうとしているということは十分に考えられる。
「でも、伊勢崎市にはゲートは見つかっていない‥‥」
「学校なら、たいして大きくないゲートでも大勢の人間を取り込めますよね」
 
「地下があるとして、入り口はどこだろう‥‥?」
「うーん‥‥」
 学校の敷地は広いうえ、隠されている可能性もある。闇雲に探していては機を逸してしまうかもしれない。
「このメールだけど‥‥『うしろ』を『のち』と入力した可能性はないかな〜」
 急いでいる状況なら、少しでも入力回数を減らそうと考えたかもしれない。
「学校の‥‥後ろ?」

 校門を入ってすぐは広い校庭、その先に二棟の校舎がある。その後ろは‥‥。
「林がありますね」
「人気のない場所‥‥何かを隠すのに向いているよね‥‥」

   *

 林はもともと散策用だったらしく門が設置されていたが、施錠されていた。曰く、「誰も入らないから」ということらしい。
 職員から鍵を借りて中にはいると、さほど手入れもされていないのか、下草がずいぶんと伸びていた。それでも歩ける範囲の道はしっかりと確保されている。
「人が通っている跡はあるね〜」
「ますます怪しい‥‥」
 だが、隠された扉のような明確なものは見つからない。やがて、道が途切れてしまった。
「この先は行けないのかな‥‥」
 焔が首を伸ばす。
 その瞬間、一瞬だけ空気が歪んだ。

「‥‥はずれ、ですね。別の場所へ‥‥」
「待って」
 唐突に踵を返そうとする晶の腕をつかみ、焔は彼女に刻印を打ち込んだ。
「よく見て‥‥」
 示したのは、正面を塞ぐ楡の大樹。──いや、違う。
 抵抗に打ち勝った二人の前で、今やそれはそびえ立つ大樹ではなくなっていた。輪郭が怪しく歪み、生い繁る枝が波打つように揺れて──伸ばされる。
 前に出た焔が盾を構え、触手となった枝をはじく。晶は素早く拳銃を抜いた。
「ビンゴか」
 仲間を喚ぶ銃声が高らかに響いた。



 静かな放課後から一変したその場所へ、仲間たちは音を頼りに向かう。
 もっとも早くたどり着いたのは、アサニエルと静流だった。
「状況は‥‥って、こりゃ聞くまでもないかね」
 既に敵は己を隠そうとはしていない。無数の触手を伸ばす樹木の化け物が、気づいた者を逃がしはしないと暴れ回っている。
 既に焔と晶は戦闘状態だ。アサニエルは自分の端末で残りの二班を呼んだ。
 静流は弓を構えて敵を穿つ。そのまま距離をとって射撃を続けようとしたが──。
「‥‥っ」
 幹の中心にあるいびつな顔のような所から、空気を揺らす音が出ている。不思議なことにその音は、相手から離れるほどに強くなり、次第に耐え難いものになるのだ。
「距離はあけさせない、ということか‥‥ならば」
 静流は敵の求めに応じ、今度は一気に距離を詰めた。薙刀を振り出し、勢いに任せて敵を切り刻もうとする。
「危ない!」
 晶の声が飛んだ。同時に銃声も鳴って、静流の背後から迫っていた触手の一本を弾き飛ばす。
 だが迫る触手は一本ではなかった。静流は技を強制的に中断させられたうえ、触手に空中へ巻き上げられそうになる。

 晶が冷静に、触手をアシッドショットで撃ち抜いた。動きを取り戻した静流がもろくなった箇所を薙刀で切り落として逃れ、地面に着地する。焔が彼女を庇うように盾を構えて前に立った。

   *

 因と藤花が林へ辿り着いた。
「焔さん! 大丈夫ですか?」
「藤花ちゃん‥‥うん、平気だよ〜」
 最前線で敵の攻撃を受け続けた焔は負傷が蓄積していたが、藤花には微笑んで見せた。ライトヒールの光を受けて、笑みが力強くなる。
 因は二人を通り過ぎて、敵の眼前へと迫る。襲い来る触手は魔法の盾で弾き飛ばす。
「くおっ、結構重っ‥‥」
 本職ではないからか、想像よりきつい打撃に耐えながらも魔法書を繰り、水の固まりを打ち出した。
 相手はひるんだようにも見えたが、反撃の触手が飛んでくる。因は後方に飛んで躱したが、すぐにまた別の触手に襲われて障壁を使い切ってしまった。
 アサニエルがライトヒールを施し、負傷はいったん軽くなったが、次に狙われたら──。
(避けきれる‥‥かなぁ?)
 冷や汗が伝った。

 そのとき、後方から彼女を追い抜いてきたのは紫色の影である。
「すまない、遅くなった」
 静矢は因のさらに前に立つと飛んできた触手を魔具で受けた。
「どうやら、こいつが何かを隠している──そういうことか!」
 『緋晴』の銘を持つ刀を振り抜くと、紫の鳥がうなりをあげて触手を薙ぎ払い、幹の本体にまで襲いかかった。
「そこを退くのですぅ〜!」
 闘気を解放した鈴歌が続く。鎌を振り抜いて相手の動きを止め、そのまま敵の後方へ抜けた。撃退士が四方を取り囲む形になった。

 無数の触手──と形容はしても、実の所は有限である。八人の撃退士に囲まれれば、場の優劣は明らかであった。

「しぶといが‥‥そろそろ終わらせてもらう」
 静流が再び薙刀を振るう。先ほど中断させられた技をもう一度。一撃、二撃、三撃──。
 そこで彼女の手は止まった。

 それ以上は必要なかったからである。



「もう怪我のひどい人はいないかい?」
 アサニエルが周囲に確認する。彼女と藤花の力で、大きな傷が残っているものはいない。
 だが、彼らに笑顔はない。サーバントを一体斃しただけでは、なんの解決にもなっていないからだ。

「‥‥見つけた」
 地面に屈み込んでいた晶が声を上げた。サーバントのほとんど足下の地面に、扉が隠されていたのだ。
 鍵はかかっていなかった。跳ね上げるようにして扉を開くと、そこから先の空気の色は明らかに違って見える。
 結界だ。ゲートはすでにそこにあるのだ。
「きっと‥‥佳澄さんも、この中に」
 藤花が言った。

 迷う暇はない。結界に穴をあけ、扉の先の階段を下りていった。

   *

 階段の先は通路になっていた。道幅はさほど広くない。造りの新しい、人工的な空間だ。
「ここも‥‥あの人が造らせたってことだよね」
 因の声に、遠くから答えが返ってきた。

「そうですよ。実は一番、工期も費用もかかっている場所です」

 全員が緊張を強める。通路の先で、楯岡光人は涼しげな微笑みを浮かべていた。
「お兄ちゃん‥‥!」
 鈴歌の悲痛な呼び声に、流し目のような視線を送る。
「あっさり見つかってしまいましたね。上手く行っていたと思っていたのですが」
「佳澄君は‥‥?」
「死んではいませんよ。まだ、ね」
 静流の問いに答える声はこれまでと変わらない。あまりにも変わらないから、逆に軽薄でさえあった。

「さて‥‥こうなった以上、私は逃げる準備をしなくてはいけません。ああ、もちろん‥‥あなたたちの相手はちゃんといますよ」
 楯岡は一歩下がり、入れ替わりに銀仮面が現れる。一体は音もなく、一体は足音を響かせて。
「以前のように、あなたたちが無様に敗れるようであれば‥‥私も逃げずにすむかもしれませんがね」
 挑発するように言い残して、楯岡は奥へと消えた。ゲートの術式もそこにあるのだろう。


 通路には撃退士とサーバントが残された。

<続く>


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 思い繋ぎし翠光の焔・星杜 焔(ja5378)
 STRAIGHT BULLET・神埼 晶(ja8085)
重体: −
面白かった!:6人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター
212号室の職人さん・
点喰 因(jb4659)

大学部7年4組 女 阿修羅
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
翠眼に銀の髪、揺らして・
神ヶ島 鈴歌(jb9935)

高等部2年26組 女 阿修羅