鳳 静矢(
ja3856)が長机をまとめてこしらえたパーティー用のテーブルの真ん中に、花をあしらった網籠を置く。
「造花でも花はあった方が良いだろう‥‥これで、少しはそれらしくなったかな」
用意してきた雑貨で殺風景だった室内は飾り付けられている。
「お、いい感じだねーん。じゃ、あたしも少々っと‥‥」
点喰 因(
jb4659)は人数分の敷紙を手際よく並べていく。ひとつひとつに、猫の肉球型の切り抜きが施してあり、芸が細かい。
今日は隅野 花枝の高校進学を祝うパーティー。もちろん主役は花枝だが、撃退士たちには別の目的があった。
(んー‥‥何というか、何というか)
因は唇をむにむにと動かす。
「色々事情はあれど‥‥楽しく祝ってあげないとな」
彼女の気持ちが伝わったかのように、静矢が言った。
「そだねぇ」
せめて楽しんでもらえるように。因は静矢に向かって頷くのだった。
「皆さん、こんにちは!」
まっすぐな声が響いて、春苑 佳澄(jz0098)が花枝と一緒に姿を見せた。
「なんだかすみません。私の為に‥‥」
「気にすることはないよ。喜ばしいことだからね」
恐縮した様子の花枝に、天風 静流(
ja0373)が笑いかける。
「料理は沢山作ってきたから、まっててね〜」
奥の方で星杜 焔(
ja5378)が、バックパックから鍋やら米やら取り出している。
「それでは料理が出揃う間、僕が余興を披露しましょう」
タキシード姿の少年が花枝の前に進み出て、恭しく礼をする。
「奇術士・エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)です。伊勢崎市を取り戻す戦いには、僕も参加していたんですよ」
差し出した手指を動かすと、何もないように見えたそこから小さな赤い花が飛び出した。
「さあ、こちらへ」
「ひさしぶり、春苑さん」
「佳澄お姉ちゃん、こんにちはですぅ〜♪」
佳澄の元には、神埼 晶(
ja8085)と神ヶ島 鈴歌(
jb9935)がやってきた。
「きいたよ、先の依頼。大変だったね」
「あ、うん‥‥」
晶の言葉に、佳澄は表情を曇らせた。
「でもでも、佳澄お姉ちゃんが助けてくれて、おかげで命を救われたのですぅ〜」
鈴歌がありがとうと礼を言っても、佳澄は首を振る。
「あたしが助けたわけじゃないんだよ、鈴歌ちゃん。あたしは、何も出来なかったから‥‥」
「ところで、春苑さん。ここのところ学園でみかけないけど、最近はなにしてるの?」
晶は話題を変えると、佳澄は上を向いた。
「え? ええーっと、そうだなあ‥‥見張りをしたりとか」
「見張りって、どこの?」
「どこって、それはほら、あの‥‥」
指をくるくる回して今にも口に出しそうだったが‥‥。
「‥‥わあ! ご、ごめんね、内緒なの!」
慌てて自分の口を押さえて逃げていった。
●
「隅野さん、合格おめでとうございます!」
「花枝お姉ちゃんおめでとうですぅ〜!」
晶と鈴歌の祝福の言葉を皮切りに、花枝を囲んだ参加者たちが一斉に拍手をし、彼女を祝った。
「えへへ〜学生仲間ですぅ〜♪」
「ほんとだね‥‥ありがとうございます、皆さん」
照れくさそうにしながらも礼を言う花枝の前に、鈴歌よりもさらに小柄な少女──星歌 奏(
jb9929)が進み出た。
「あのね! 花枝ちゃん、合格おめでとうなの♪ そんな花枝ちゃんに、プレゼントなの♪」
奏が後ろに回していた手を前に出すと、画用紙が握られている。
「努力賞授与♪」
何事かと腰を屈めた花枝に向け、奏は背筋を伸ばして内容を読み上げた。
「花枝ちゃん、貴方はこれまで多くの苦難を乗り越え大きく成長していったのー!
大きな壁にぶつかるかもしれない、大変な日々を送るかもしれない。
でも変わらず努力をすれば、きっと道は開けるのー。
これからも一緒に頑張っていこうね♪」
「おめでとうなの!」
目を丸くしている花枝ににっこり微笑み、奏は手作りの賞状を差し出した。
「奏ちゃん‥‥ありがとうっ!」
「わあ!?」
花枝は感激のあまり、賞状よりもまずは奏を、思い切り抱きしめたのだった。
「カレーの用意をしてこよう‥‥佳澄ちゃん、盛りつけの手伝いをお願いするよ〜」
「あ、うん!」
簡素な調理場の方へ焔と佳澄が向かう。
「そういえば隅野さんは高校でしたい事はあるかな?」
「おっ、新生活のほーふ、聞いてみたいなぁ」
花枝の方は、静矢や因が話しかけて盛り上げていた。
*
「それじゃあ、お皿にご飯を盛っていってくれるかな〜」
「うん!」
焔は佳澄と二人、用意したカレーの盛りつけにかかる‥‥その前に。
「ちょっといいかな〜」
佳澄の肩に手をかざし、聖なる刻印を打つ。佳澄はきょと、と刻印の痕を見た。
「どうしたの、星杜くん?」
「おまじない、かな‥‥」
もし、佳澄が何か特殊な状態異常下にあるとしたら、変化があるかも‥‥と思ったが、目に見える変化はない。
「楯岡さんは、遅れてくるんだってね〜」
「うん、用事があるから‥‥夜には行く、って」
「そうなんだ‥‥でも、楯岡さんも変な人だよね」
佳澄がご飯を盛った皿に手作りのカレールーを注ぎながら焔が言うと、佳澄は「えっ?」と驚いた顔をした。
「敵の出現も予言できるし‥‥それに神ヶ島さんが言ってたけど、俺が銀仮面につけたのと同じ香水の匂いが‥‥」
「いたっ」
佳澄の小さな悲鳴が焔の話を遮った。
「どうしたの?」
「あ、ううん‥‥一瞬、頭の後ろがちくっとしただけ」
佳澄は「もう平気」と笑う。
「これ、もう運んじゃうね」
盛り付けの終わったカレー皿を両手に持って、テーブルの方へ行ってしまった。
「偶然、かな‥‥?」
●
エイルズレトラの握り拳を、花枝が鼻をくっつけんばかりに凝視している。
ぱっとその手が開かれると、そこはもぬけの殻だった。
「えーっ? 全然わかんない!」
花枝は悔しそうに嬉しそうに、自分の膝をバンバン叩く。
「そこまで楽しんでいただけると、僕も技の披露し甲斐があるというものですね」
エイルズレトラはこれで一段落、と礼をした。
「せっかくだし、私も余興のひとつも披露しようか」
「おや、あなたも手品を?」
腰を上げた静流に、エイルズレトラが興味深そうに問いかける。静流は緩やかに首を振った。
「そんなたいそうなものではないよ」
静流が喚び出したのは──ふよふよと漂う毛玉のような生き物、ケセラン。
「な、なんですかこれ?」
花枝はびっくりして、ちょっと後ずさる。ケセランは無表情でその場に漂っている。
「害はないよ。触ってみるといい」
「ほ、本当に‥‥?」
噛みついてきやしないかと、花枝はちょっとおっかなびっくり手を伸ばす。
「えいっ」
かと思えば、最後は叩きつけるように思いっきり側頭部に手を突っ込んだ。ケセランは花枝の平手を受け止めると、反動を殺そうともせずにそのまま向こうへたゆたっていく。
そして入り口付近で、ちょうど入ってきた男に受け止められた。
「おや‥‥なんです、これは」
「光人お兄ちゃん♪」
鈴歌がぱっと立ち上がり、男のもとへ駆け寄っていく。
「お忙しい中、来てくれてありがとうございますぅ〜♪」
「いえ、遅れてしまってすみませんでした」
「花枝ちゃん、あの銀色のお兄さんは誰なのー?」
奏が小声で聞いた。
「楯岡 光人さん。伊勢崎市が早く復興するようにって、すごく頑張ってくれてる人なんだよ。私が通う学校も、楯岡さんが立て直してくれたようなものなの」
「じゃあ花枝ちゃんの恩人さんなの♪」
「うん‥‥その通りだね」
奏の言葉を聞いて、花枝は嬉しそうに目を細めていた。
「あれが楯岡さんかあ。思った以上になんていうか‥‥モテそうだね」
晶が何気なく口にした言葉に、焔のこめかみがぴくりと反応していた。
*
「料理を沢山用意してきたのだけど‥‥少し作りすぎてしまったのですよ」
テーブルには、焔お手製の料理が湯気を立てている。ほかに静矢や奏が用意していたパーティーメニューや、静流が提供したサンドイッチなどもあるから確かに結構な量だ。
「どれも美味しいのだけど‥‥ちょっとにんにくきついかなぁ。明日が心配‥‥?」
因が言うとおり、焔の料理にはどれもこれでもかとにんにくが効かせてあった。
「にんにくは魔除けと言われているからこの地が守られますようにって作ったのだけど‥‥女の子が主役だっていうのをうっかりしていてね〜」
焔はにこやかな笑顔を楯岡に向ける。
「これは是非ともこの地のリーダー的存在の楯岡さんにいっぱい食べてもらうしか!」
「‥‥私、ですか?」
「食べてくれますよね! モテ系の楯岡さんが皆の期待裏切るはずないですよね!」
笑顔の圧力で押し迫る焔。
「あまり量をこなせる方ではありませんが‥‥まあ、そういうことなら努力はしましょう」
●
楯岡が来てからも、パーティーは和やかに進行した。
「因先輩、これ食べました? 美味しいですよ!」
「ふぉ、どれどれ‥‥ん、いいお味だねぇ」
佳澄から取り分けられた料理を口に運びつつ、因はそれとなく様子を伺う。こうして見れば、部室で歓談していたときの彼女と何も変わらない。
「お兄ちゃん、少しお疲れ気味ですかぁ〜? 無理しちゃダメですよぉ〜?」
鈴歌が楯岡の頭を引き寄せ、慈しむようにぽんぽんとさすっている。
「ありがとうございます。ですが今までのような仕事はこの先減るはずですからね。心配は無用ですよ」
楯岡は優しい様子で応えている。
(そう簡単にボロは出さないか‥‥)
晶はサンドイッチを口に運びながら、その様子を観察していた。
(この人が伊勢崎市の復興に尽力しているのは事実。目的があるなら、それはなんだろう‥‥?)
*
日が落ち、テーブルの料理もだいぶ数を減らした頃、静流が佳澄を促した。
「少しいいかな」
「え? はい‥‥」
楯岡の目が細く横に伸びて、その様子を捉える。
「女の子同士、乙女の相談事ですかねぇ?」
が、因がフォローすると、それ以上追っていくことはしなかった。
楯岡の横に、エイルズレトラが腰を下ろす。彼はにこにこと少年らしい笑顔を浮かべて楯岡にささやいた。
「実は僕、ここ最近の報告書を読んであなたのファンになったんです。よかったら少し、お話を伺えませんか?」
二組が室外へ出ていくと、にわかに華やいだ空気は薄らいだ。
「花枝ちゃん、お家までお送りするの♪」
奏が椅子からぴょこんと降りて、花枝に手を差し伸べた。
「合格祝いでVIP待遇なの♪」
「外が暗いから、その方が良いだろう」
静矢が言った。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました」
騎士役の奏をお持ち帰りする勢いで抱きしめながら、花枝が礼を言う。
「楽しんでくれたなら何よりだねぇ」
因たちに見送られて、花枝は一足先に帰宅していった。
●
「あなたの活動は素晴らしいと思います」
会議室の外、わずかな灯りの下で、エイルズレトラは身振りを交えて楯岡を賞賛した。
「その行動力──ぶっちゃけ、あなたは本当に人間ですか?」
賛辞を並べた後で、ずいと本題に切り込む。エイルズレトラの視線は、楯岡の銀髪に注がれている。
「たとえ天魔だとしても、些細なことです。誰にも言いません。本当のところ──どうなんですか?」
*
「最近はこういう機会もないと思ってね」
別の場所で、静流と佳澄は並んで腰を下ろしていた。
「あれからどうだい。‥‥楯岡さんとは、上手くやっているかな?」
「はい‥‥楯岡さん、普段はあんまり出てこないから、実はそんなに顔合わせないんですけど」
カマかけに気づいた様子もない佳澄に内心苦笑するが、とりあえず一つ。佳澄は楯岡と共にいるということだ。
「自分で考えて、その結果何を得て何を失うか理解した上で決めたのなら、何も言うことは無いよ」
小さな安心を得て、静流は言った。が。
佳澄はまるで虚空を見るかのように、呆然と中空を見据えている。
「佳澄君?」
「‥‥あ、はい。そうですね!」
一瞬か、たまたまの偶然か。佳澄はいつもの様子に戻って相づちを打った。
(なんだ? 今のは‥‥)
だが違和感は強烈に静流の胸に残った。
*
「おや、隅野くんは帰ったのですか。‥‥聞かれても構わなかったのですが」
エイルズレトラたちは会議室へ戻ってきた。
「さて‥‥皆さんお察しの通り、私は人間ではありません」
そして楯岡は、いともあっさりと自身の秘密を公言した。
「私は天使です。ただし天界とのつながりはない。いわば、堕天使ですね」
久遠ヶ原に登録されていない、人間社会に溶け込んでいる堕天使なのだと、楯岡は言っているのだ。
「どうして今まで、隠してたんですか?」
晶が聞いた。
「聞かれなかったから答えなかった、これにつきます。自分からひけらかすことでもありませんからね」
楯岡は涼しい顔でそう答えた。
「パーティーも終わりのようですね。私もこれで失礼しましょう」
それ以上楯岡を留め置く質問はそこにはなかった。彼は撃退士に背を向けて、悠然と部屋を出ていく。‥‥鈴歌がその背を追っていった。
「嘘をついている様子には見えませんでしたね」
楯岡は全て真実を語っているか、あるいは、エイルズレトラに見抜けないほど、嘘に慣れているか。
「ああ‥‥少なくとも、天界側のレートを持つことは間違いない」
静矢は予定通り、楯岡に『中立者』を仕掛けた──相手は抵抗する様子もなく、静矢に情報をさらけだした。
楯岡は天使だ。──それだけでは、彼が伊勢崎市で起きている異変の当事者だと断ずるには足りない。
「あの‥‥あたしも、これで失礼します」
佳澄がおずおずと皆の前に立った。
「春苑さん」
去りゆく彼女に、静矢が声を掛ける。
「‥‥春苑さんは、今、何の為に戦っているかな?」
佳澄はつと考えて、答える。
「とにかく、皆の力になりたいなって‥‥今は、それだけです」
「そうか」
静矢は頷いた。
*
「お兄ちゃん‥‥ぃぇ‥‥お師匠様、銀仮面と呼ぶべきですぅ〜?」
楯岡に追いついた鈴歌は問うた。
確証の無い問いだったが、振り返った楯岡の視線は氷のように冷たい。
「銀仮面‥‥私が?」
だが次には、声に出して笑い出した。
「ふ、ふふふ‥‥私があのような空っぽのサーバントと同一だと? それはとんだ勘違いですよ‥‥鈴」
「!」
心の動揺を抑えつつ、鈴歌はさらに問う。
「ならどうして‥‥銀仮面にかけたはずの香水が、お兄ちゃんから香ったのですぅ〜‥‥? どうして、サーバントの出現を予言出来たのですぅ〜!?」
はっきりと、明確な否定がほしい。鈴歌は懇願する思いだった。
だが、ついにそれは来なかった。
「たまたま、ですよ」
それだけ言って、楯岡は踵を返す。鈴歌の足はそれ以上動かなかった。
「どうしてお兄ちゃんは‥‥銀仮面を知っているように話すのですぅ‥‥?」
戦いの場に居合わせたことのない楯岡が、銀仮面を知っているはずがない。「あのような」などと言えるはずがないのだ。
楯岡光人はサーバントとつながりがある。鈴歌の中で、それは悲しい確信となっていった。