○月×日 快晴
「お集まりのみなさーん、元気ですかー!?」
狩谷つむじ(jz0253)の声に、「おー!」と歓声が上がる。
「本日は絶好の惚気日和です! 糖死の準備はよろしいですかー!?」
おー! と再び歓声が上がる。
ミルザム(jz0274)から手伝いを頼まれた直後とは正反対に、進行役を務めるつむじの表情は明るい。
参加者には事前にパフォーマンスの内容を提出してもらっている。
その内容を読んだとき、つむじはこのイベントを全力で成功させると決めた。
アウル覚醒後、普通ではなくなった撃退士たちが大切なモノを語る場を、少しでも盛り上げたい。
それが、今の彼女の気持ちだった。
「参加者の方はミルザムさんに愛を説明してください! 出演の順番は私が独断で決めました! 判定は私、ミルザムさん、ハニワ人形で行います!」
ステージの左側には机と椅子が用意されて、ミルザムが座っている。
ハニワ人形も目をチカチカと光らせていた。
「では、世界砂糖化計画スタートです! トップバッターは青戸誠士郎さん(
ja0994)、ルーネさん(
ja3012)です! カッコ内はゼッケンですよ!」
会場が笑いに包まれた。
誠士郎とルーネが手を繋いで登場すると、今度は大きな拍手に包まれた。
青戸とルーネは、緊張した面持ちで語る。
「いい機会かもしれない、きちんと形にしたいと思って参加しました」
「目に見えやすい一つの愛の形をお見せします」
二人が言った直後、彼らの背後に設置された大画面液晶に光が灯る。
映像には、青戸とルーネが映っている。画面の二人はカメラに手を振った後、どこかへ向かって歩き出した。
『今から、ルーネと役所に行き、この婚姻届けを出そうと思います』
会場がどよめいた。
『模擬系で式を挙げたことはありますが……本当に籍を入れるとなると何か緊張します』
『入籍や結婚は大多数の人が一生に一度のことだから、どうしても緊張しちゃいますね』
青戸、ルーネの順に喋り、二人は固く手を繋ぐ。
緊張しているためか、二人の笑顔は硬い。その、浮き足立った感じがまた幸せそうだった。
ステージで映像を見上げる現実の二人も、穏やかに笑っている。
チカチカ、と光っていたハニワ人形の目が激しい明滅に切り替わり、「おおっ?」とミルザムが驚く。
「……参加者全員に見られるのは恥ずかしいな」
ステージの上でルーネがはにかむと、青戸が優しく頭を撫でる。
ハニワ人形がますます輝いた。
映像の二人は、役場に到着する。
『付き合って2年とちょっと。婚姻という『形』で一生お互いを大事にすることを示そうと思います』
『これから恋人から夫婦に、家族になるんですね……』
万感の思いを噛み締めながら、二人は役場に入る。
記入済みの婚姻届を提出し、職員の祝福を受けて、二人は晴れて夫婦となった。
『ルーネ、ずっと大事にするよ』
『誠士郎さん。不束者ですがこれからもよろしくお願いします』
会場に万雷の拍手が降り注ぐ。
多くの「おめでとー!」に応えて、青戸とルーネは一礼する。
「婚姻が特別なのは知っていたが、実際に見るのは初めてだ」
ミルザムが手元の審査シートに羽根ペンを走らせる。
「結婚後の様子も是非知りたいところだ」
「そちらについては、次のお二人を観測してください」
ミルザムに返答をした青戸が、ルーネと手を繋いでステージを下りる。
「では続けて行きましょー! 浪風 悠人さん(
ja3452)、浪風 威鈴さん(
ja8371)、どうぞ!」
紹介を受けて、悠人と威鈴が舞台に上がる。
悠斗の手には、何やら包みがぶら下がっている。
「これから、嫁への愛を見せつけるため、一緒に弁当を食べまーす! ……ただ、その前に一言伝えておきたい」
悠人は、ふぅ――、と一度息を吐き出し、すぅぅぅ、と思い切り吸い込んで、
「俺が不幸と呼ばれるのは嫁と出会えた幸福と釣り合う様に神様が与えた物であって嫁と一緒に居られるだけでそりゃもう人生の不幸な点が帳消しになるくらい幸せであり幸せすぎてバランスが悪くならないよう神様が配慮してくださっているとしか思えないほどのギャップがありつまり何が言いたいかと言うと、」
そこまでを一息で言って、最後に、
「嫁が可愛い」
と断言した。
キャー! と女性陣から黄色い声が上がる。ハニワ人形は光りまくり、つむじも真っ赤になっていた。
威鈴は、恥ずかしそうに照れている。
「はい、あ〜ん」
広げたブルーシートの上で、悠人は威鈴の口元へ箸を運ぶ。
威鈴は相変わらず恥ずかしそうだが、悠人に甘えるように擦り寄り、差し出されたご飯を素直に食べさせてもらっていた。
「生きてきて色々不幸なこともあったけど、苦あれば楽あり。苦難の先には幸せがあるよな、威鈴?」
「うん……悠人と……会えて……楽しいことも……嬉しい……ことも……一緒だから……結婚してから……もっと……」
威鈴は悠人から箸を受け取り、今度は夫の口へ料理を運び、「あ〜ん」をする。
「ふむ、つまり結婚しても愛は不変か」
「うん……悠人は……カッコよくて……ボクが女の子らしい服着るの苦手でも……いつも可愛いって……言って……」
ミルザムに答える威鈴の声は、後になるほど先細っていく。
思考が追いつかないらしく、終いには悠人の胸に顔を埋めてしまった。
「離れるの嫌な……くらい……大好き……」
言い終えて、ギュっと抱き締める。
悠人からすれば、弁当どころではない。
「デザートに威鈴を食べちゃいたいな!」
言いながらキスした瞬間、再び会場全体から黄色い声援が上がった。
威鈴は一瞬驚いたが、幸せそうにとろんと目尻を下げて、されるがままになっていた。
「うむ、よくわかった。キスと『あ〜ん』と告白は点数が高い。覚えたぞ」
ミルザムが、審査シートとは別に持ち込んだノートに羽根ペンを走らせる。
「……ちなみに、カップルはどういった具合に出逢い、仲を深めるのだろう?」
「それにつきましては、志堂 龍実さん(
ja9408)、フィル・アシュティンさん(
ja9799)にお願いしましょー!」
浪風夫妻が拍手に送り出された後、志堂がフィルを伴ってステージに上がる。
「参加したは良いけど……パフォーマンスと言われてもな」
フィルに誘われて参加した志堂は困り果て、苦笑する。
「あ、出逢った当初は、普通に友人だったんだけど……な?」
志堂に問われて、フィルは俯いたまま何度も首肯する。
付き合ってから半年だが、今まで人前で惚気たことはない。
そのせいか、フィルは既に赤面していた。
だが、
「で、でも、私は、出逢ったときから、特別、に思ってたよ」
と、彼女は必死に告げた。
「え、えとね……最初に会った時、凄く綺麗な人だなぁって思ったんだ。……話してるうちに、気付いたら龍実のことしか見てなくて……これが、恋なのかなって思ったら……凄く、胸がドキドキして………」
初めて聞く話だったのか、志堂は少し驚いた様子でフィルの話を聞いている。
「気持ちを伝えた時に龍実の思いも知って……約束もして……今でも鮮明に覚えてる」
喋りながら徐々に落ち着いたのか、フィルはようやく、ちらりと志堂を流し見た。
一呼吸置いてから、紅潮したまま微笑む。
「……大好きだよ。これからもずっと……一緒だよ」
純なる想いを込めた告白だった。
息を呑んで、観衆が注目する。
「……自分は、最初は、戸惑っていたと思う」
返答を始めた志堂もまた、しっとりと微笑んでいた。優しい微笑だった。
「でも、今ではフィルの事が大切だ。恋の始まった位置は違っても、今は大切な彼女として……これからも、ずっと好きだ」
純なる想いを返した志堂はフィルの手を取り、ぎゅっと握り締めた。
フィルは再び目を逸らしてしまったが、手はちゃんと握り返していた。
「ずっと一緒だ……必ず自分が護るから」
「…………。うん……」
大きな拍手が巻き起こった。
退場するときもフィルは真っ赤だったが、手は固く結んだままだった。
ステージを下りたとき、彼女がほっとして微笑んだのを、志堂は優しく見つめている。
「では出逢いについてもう一組! 鳳 静矢さん(
ja3856)と鳳 蒼姫さん(
ja3762)です!」
静矢は落ち着いた足取りで、蒼姫は軽い足取りでステージに上がる。
左手の薬指には指輪が光っている。
「私と蒼姫も最初は友として仲良く過ごすうち、次第に意識し始め、今こうして一緒になっている」
「そう、最初は友だったのですよぅ☆ 何故、意識し始めたのでしょうねぇ。鳳だから?」
のんびり口調で独特な感性のままに話す蒼姫のおかげで、会場に微笑みが広がっていく。
「私が思うに、愛とは『損得考えずにその人と一緒に居たい』という気持ちではないかな」
「アキは損得よりもおもろければ良いんですけどねぇ?」
「確かにな。でも面白いと思えるのも愛ゆえだろう。しかし、愛情と言うのは言葉や知識で説明出来るものではない……残念ながら、経験し、感じなければ完全に理解出来るとは言い難い分野になるだろう」
「だからこそのあいまいみー!」
「……愛は曖昧、と言いたいらしい」
蒼姫の言葉に首を捻っていたミルザムが「なるほど」と静矢のフォローに納得する。
「だが、それでも理解してしまえば、抑える事など出来ない……それが愛だ」
「愛は突っ走るものなのですねぃ。あ○ーん」
どこかで見たようなポーズを繰り出した蒼姫を見て、静矢はふっ、と吐息まじりに笑った。
そして蒼姫を抱き寄せて、軽くキスをした。
「……だからこそ、これからも共にずっと傍に居てほしい……蒼姫」
「アキは一緒に居たいから居るのですよぅ? 静矢さん?」
「ふふ。それも当然か。私と蒼姫は、二人で一対の鳳凰の様なものなのだからな」
「一対の鳳凰? 羽ばたかねばならぬのですねぃ?」
ぱっ、と身体を離した蒼姫が、ばっさばっさと両手を上下させて羽ばたきを表現する。
「最高の羽ばたきだな」
静矢が蒼姫を再び強く抱き締めると、観客から温かな拍手が漏れた。
幸せが広がっていくような拍手だった。
「ふむ。恋に落ちる時期に違いはあっても、想いが結べば結果は同じ、か。大事なのは過程ではないのだな」
「ミルザムさんもだいぶわかってきたようで。次は近々結婚を控えているお二人、翡翠 龍斗さん(
ja7594)と夏野 雪さん(
ja6883)ですよー!」
婚約中の二人が、拍手に後押しされてステージに上がる。
――パフォーマンス? よくわからんが、いつも通りでいいのかな?
――別に芝居を見せる訳でもない。ただ、思いを言い伝えればいいだけだ。何てことはない。何時もの事。
前者は翡翠、後者は夏野の心情だ。
二人とも考えていることは同じだった。
「というわけで、いつも通りに腕を組んでみたいと思う」
翡翠は夏野に向けて軽く肘を開く。
すると、夏野は翡翠の片腕を抱いて、身体を預ける。
そうして応じるのが二人の自然だと理解させる、流れるような仕草だった。
「やっぱり可愛いな、雪は」
動作に応じてくれたことか、それとも腕を組んだまま見つめている顔のことなのかはわからない。
それでも翡翠が夏野を大切に想っていることは、十分に観衆に伝わっていた。
普段は抜き身の刀のような覇気を持つ翡翠だが、恋人がそばにいる今のような時間はずいぶん印象が変わる。
その変化を誰よりも感じている夏野が、静かに口を開く。
「私の愛しい龍斗さま。あなたと出会って、もう2年が過ぎました。この二年は、私の人生の中でも、特に得られる事の多い2年でした」
特別なことではない。いつも想っていることを伝えるだけだ。
「これからの人生をあなたと共に過ごせる事に、感謝します。ありがとう、龍斗さま。……ありがとう、私の愛しい旦那さま」
腕を組んだまま、夏野は顔を上向かせたまま、翡翠の唇に口を寄せていく。
「私は盾。秩序と、人々を護る盾。でも、これからは……そうであるまえに、あなただけの盾になります。これからも、末永くよろしくお願いします」
翡翠の返答を待たずに、夏野は翡翠と唇を合わせた。
観衆は大いに沸いて、夏野が唇を離すと、また静かになった。
翡翠は普段、恋人への愛情をなかなか口にできてはいない――と自分で思っていた。
自覚なしに甘い言葉を言う場面はたくさんあるが、自覚した状態で言うことはほとんどない。
だが今日ばかりは、素直に言う。
「愛してる」
「……はい」
夏野がここ最近で一番の笑顔を見せた瞬間、会場も大きな拍手で祝福した。
翡翠は不意に夏野を抱き寄せ、ポケットから何かを取り出す。
スターチスを模ったヘアピンだった。驚く夏野の髪に、そっと付ける。
「こういう不意打ちのプレゼントもいいだろう?」
拍手が鳴り止まない。
「……うむ。何度も観測させてもらえると、やはり基準がわかってくるな。キスは甘いぞ、つむじ」
「それはよかったです。お二人のご結婚が待ち遠しいですね、って、おおぉ!?」
夏野をお姫様抱っこした翡翠がつむじの前を通り過ぎて、ステージから下りていく。
「ありがとうございましたー! 続いては御供 瞳さん(
jb6018)ですね。旦那さまについて語ってくださいます!」
呼ばれた御供が姿を見せた瞬間、会場は軽くざわめいた。
「つむじ、彼女は結婚しているのか?」
「……みたいです。絶賛13歳ですが」
不穏な空気を吹き飛ばすように、御供は腹の底から叫ぶ。
「オラァは旦那さまぁを愛しているっちゃ!」
「えぇと、その旦那さまは本日どちらへ?」
「生き別れたのでわからんっちゃ!」
えぇっ!? とそこかしこから声が上がる。
「オラァの村では、13歳になると村の神様と結婚するんだァ。村は四国戦争のときに滅ばされちまって、旦那さまともはぐれちまったけど……撃退業で有名になって、見つけてもらおうとがんばってるっちゃ」
会場が彼女の境遇を思いやって、静まり返る。
「旦那さまぁに出会えたら、お肩をおもみしてあげるっちゃ! あとあと、お風呂ですか、ごはんですか、それともオラ? をやってあげたり……ふふふ、ふふふ」
御供が身体をくねらせて妄想を始めた瞬間、ハニワ人形の光が強くなった。
「その旦那とやらは、実在するのか?」
ミルザムのKY発言で、会場の空気が凍った。
「し、失礼なこと言うなーっ!」
「証明できるか?」
「当たり前だっちゃー! ぐぬぬぬ!!」
御供がアウルを迸らせる。
「旦那様、見える、見えるだっちゃよ!」
スキルを発動させた瞬間、確かに、彼女の背後に生霊のような影が……?
「ひー!? お化けー!?」
●
(※つむじ錯乱中につき、しばらくお待ちください)
●
「お、御供さんありがとうございました……で、では、桜井明さん(
jb5937)!」
桜井は既婚の身ながら、一人での参加だった。
彼は一礼した後、持参したアルバムを開く。彼と妻の、結婚式の写真だった。
「まあね。良くある話だよね。少年と少女が出会って恋に落ちて結婚しましたってやつ」
写真は軽く焼けていて、アルバムのページの端には手垢がついている。
何度もめくっているに違いなかった。薬指の指輪も相まって、美しい光景だった。
「17年前は互いの両親に反対されていて、式は挙げられなかった。写真だけ撮ったんだ」
まだ二十歳だったころの思い出だと、桜井は語る。
「生まれた息子も、もう17歳だ。恋をする年頃になって、好きな子がいるみたいだね」
桜井がアルバムのページをめくる。
写真はもうなかった。白紙のページだけがそこにある。
「次の世代の写真を足すのが楽しみなんだ。妻に出会えて、息子に出会えて――幸せだよ」
ハニワ人形が光る前に、会場から拍手が起こる。
「……ありがとうございましたー!」
喋るつむじの目が、少し赤い。
「次は猪川真一さん(
ja4585)と幽樂 來鬼さん(
ja7445)ですー!」
二人が姿を見せると、「おや?」と会場がざわついた。
猪川が剣を、幽樂が杖を持っていたからだ。
「お二人は愛を示すべく、模擬戦を行うそうです! スキル使用、武器の変更はなし。武器を落とすか、ギブアップで負けです!」
つむじが説明している途中、幽樂は得意げに武器を振り回していた。
これが一番自分たちらしい、と確信している面持ちだった。
「加減はなるたけするけど……頑張って避けてね、真一♪」
「……頼り甲斐のあるとこ見せたいね」
だが、怪我させたくないなぁ……と、猪川は考えていた。
「はじめ!」
合図が掛かった瞬間、幽樂は出足鋭く、猪川の懐に飛び込む。
猪川は剣での受け防御を意識していた分、遅れた。
「お、おおっ?」
幽樂の連撃を、猪川はしっかりと受けるが――
「殺す気ではやるなよ!?」
模擬戦が初めてのせいか、幽樂の加減がうまくいかない。
反して、猪川は「怪我させないように」と立ち回っている分、どうしても不利になる。
地力では猪川が勝っている分、余計に立ち回りが難しかった。
「っ!」
受けに回っていた猪川が、隙を見つけて攻撃を返す。
「あ。」
幽樂が虚を突かれているのを悟った瞬間、猪川は強引に攻撃を捻じ曲げた。
一拍遅れて防御に回った幽樂の杖が、剣を叩き落としたのは直後のことだ。
「……あーあ」
「大丈夫?」
幽樂が猪川の身体を手で探り、怪我の具合を調べる。
回復を受けながら、……かっこつかねぇなぁ、と猪川が頬を掻いていた。
「……」
「ん? なんだ?」
猪川が、幽樂の視線に気が付く。
彼女は、前触れなく猪川の頬にキスをした。
猪川も会場も固まってしまって、すぐに反応できなかった。
「これでも頼りにしてるんだよ?」
「……そうか」
「あとこれ、戦利品としてもらってくね♪」
「え……あ!?」
幽樂は、猪川が書いた手紙を持っていた。
身体を調べられたときにスられたらしい。
猪川が模擬戦に勝ったら読み上げようと考えていた、日頃からの感謝を綴った手紙だ。
「知ってるぞ、あれがイチャつくという奴だな。しかし、何故に序盤は斬り合った?」
「そのあたりはアデル・シルフィードさん(
jb1802)に解説をお願いしています。どうぞー!」
つむじに呼ばれて、アデルがゆっくりとステージに上がる。
「残念ながらご本人は愛や恋に縁遠いそうですが、自分なりに感じたことを打ち明けてくれるそうです」
「それは興味深い。よろしく頼む」
興味津々、といった様子でミルザムがアデルに目を向ける。
「愛といっても男女の色恋に限った話ではなくてな……家族愛もそうならば、好敵手同士のシンパシーもその一つかもしれん、と思う」
「互いに状況や感情を共有することが重要、ということか?」
「そうだな。己と対等かそれ以上の者に対しても馴れ合わず、己の全てをぶつけ合いながらも重んじ、慈しむ事を忘れない。そうした思いの先に愛は生まれるのだろうね……そして時として、そんな愛の前ではいかなる善悪の価値観など何の意味も為さなくなる事だってある」
「なるほど。信頼した相手と模擬戦をするのも、私が知識を愛して学園に流れてきたのも、愛の一つか」
「そうだね。……誰かの受け売りになるが、己の心を変にするから、恋というべきか……」
「そうなると、知識は私に恋をさせているとも言えるか。よくわかった、感謝する」
アデルは来たときと同じように、静かに退散していく。
「次からは、様々な形の愛を語っていただきまーす! まずは黒夜さん(
jb0668)ですね!」
明るさを感じさせる足取りで、黒夜が階段を上がる。
「本日は別人格の白鷺陽子さんでの参加、だそうです」
つむじに紹介された白鷺が、観衆を見回してにっこり笑う。
その背後で、スクリーンの電源が灯った。
映し出されたのは、カメラ目線をばっちり決めた猫の写真だった。
「私は猫が可愛いと思うんですよ。チアキっていう私のお友達なんですけど、とっても可愛いですよね?」
写真は一定間隔で別のものに切り替わる。
そのたびに「にゃー!」と女性陣から悲鳴じみた歓声が上がった。
がたっ、とミルザムの椅子が揺れている。
「ころころ転がってるこの姿とか! 気になるものがあると前足でてしてし叩く所も可愛いです!」
ミルザムの椅子が揺れている。
「チアキの動きを見てるだけで毎日幸せです♪ 一緒に暮らしてるパートナーなので、危険とか体調管理とか注意してます。共存できるよう、気配りを大切にするのも愛なのかなーって。ね?」
うんうん、とつむじも首肯している。
「恋愛は、正直私にはよくわからないですけど、黒夜は『一生に一度しか恋はしない』って言ってました。一途なのもいいことなんでしょうけどね。……以上です。ありがとうございました!」
「はーい、こちらこそありがとうございます! もういっちょ、猫ちゃん写真が続きます!」
つむじの言葉通り、チアキとは別の猫の姿が映る。
「こちらは、沙 月子さん(
ja1773)のまろちゃんですね。沙さん、ステージへどうぞ!」
会場が白猫・まろの映像に沸く中、沙が微笑みながら登場する。
「好きとは、二つ以上のものを比較し観測することで得られる情報のことです。好きなお菓子を二つ並べて、ひとつしか食べてはならない時にどちらを選ぶか……つまりそれが好きということ。人であれ天使であれ悪魔であれ、そこに大差はないと思います。……私の場合は、まろが一番ですね」
沙の微笑が、満面の笑みに変わる。
「ウチの子は世界一可愛くて美麗で、とにかく言葉には言い表せないほど高貴な存在なんです。ですから、私はウチの子の奴隷なんですよ」
自らを猫よりも下だと語る彼女の顔は、とてもいい笑顔だった。
「何を差し置いても見苦しく、常道と違うとわかっていても抑えられない感情、それが、愛です」
沙はまろの映像に顔を向けて、静かに語る。
「まろには、できるだけでいいから長生きしてほしいです。引き取った時から最期を看取る覚悟はしてるけれど、私にはまだ貴女が必要だから……」
いつか来る別れを案じたところで、沙は自らステージを下りていく。
「愛が深い分、別れも辛くなるが……それ以上の魅力があるな、あれは」
「ミルザムさんがネコ好きと判明したところで、次! ユーリ・ヴェルトライゼンさーん(
jb2669)!」
呼ばれたユーリは、他の参加者と比較して明らかに戸惑っていた。
「これに参加したら、レンアイというものが解ると聞いて来たんだけど、語らないとだめ?」
「そういう催しなので、是非!」
「……好きな子に意地悪して、行き過ぎて泣かせてしまったり、とかがあるらしいね? レンアイは」
小学校低学年レベルの知識を披露されて、会場はシーンと静まる。
ミルザムだけが「本に書いてあったな」と呟いていた。
「あ、レンアイはよくわからないけど、ラグナと景秀のことは特別だな。白い子狼と黒い子山猫。弟なんだ」
「書類によると、堕天のきっかけにもなったそうで?」
「そうだね。懐かれて、放っておけなくなってね」
ユーリは深くため息をつくが、あまり困っていなさそうだった。むしろ、嬉しそうだった。
「さっきの猫たちの映像を思い出すと、散歩に行きたくなってしまうね。よし、行ってこよう。失礼するよ」
言うや否や、ユーリは足早にステージを下りてしまう。
その後、彼が向かった方角から狼? の鳴き声が聞こえてきた。
「さ、散歩の途中だったんですね……続いてはフェイン・ティアラさん(
jb3994)!」
「はーい!」
元気に挙手した後、ふわふわの白犬尾を揺らしながらフェインが駆け足で登場する。
「妹もクラブの人も先輩も、皆大好きー! なんだけど、今日はまとめてって言われたから、朱桜たちの……召喚獣のことをいっぱい話すよー!」
フェインが光纏を発動させる。
桜色の光が淡く周囲を包み、ヒリュウが飛び出てきた。
「この子が朱桜だよー! 一人ぼっちで寂しかった時、最初に応えてくれた子なんだー。それからずーっと仲良しなんだよー。でもね、ヤンチャで、よくボクのお菓子を持っていっちゃうんだよー。駄目だよねーっ!」
えっ!? とヒリュウが身体を強張らせる。すると、ヒリュウの耳元につけてある飾りが揺れた。
「ボクの呼ぶ子達は、ボクがプレゼントした、お揃いの飾りを付けてるのー。皆可愛くて元気いっぱいなんだよー!」
フェインが髪につけてる中華飾りを指差すと、ヒリュウも楽しそうに身体を揺らす。
彼らが仲良しなのは、語らなくても目に見えてわかっていた。
「次は銀樺だよー!」
朱桜を帰還させて、代わりにティアマットの銀樺が呼ばれる。
もちろんお揃いの飾り付きだった。
「フェインさん! もう時間がーっ!」
「えー、もうっ? じゃあまた今度ねーっ」
フェインは銀樺に乗って退場する。
「元気いっぱいでしたねー! お次は戸蔵 悠市さん(
jb5251)です!」
おや、とミルザムが反応する。
反して、戸蔵は淡々とステージ上に上がる。
用意した紙に目を落として、読み上げていく。
「恋愛感情についてということだが……科学的に身も蓋もなく言ってしまえば、より優秀な遺伝子と子孫を残すためにDNAが起こす錯覚。それが恋愛感情であると言いきれなくもない」
自らの心情に寄った他の参加者とは一線を画す、科学的な考察だ。
「だが、繁殖行為を伴わない恋愛感情を単なる脳内物質のエラーと片付けてしまっていいのか……そう問われると、それは否だろう。結局は、何が正しいのかどうかは誰にもわからない……そのはずだ」
文面を読み終えた戸蔵は「以上だ」と結び、ステージを後にする。
「他の組の観察が真の狙いか?」
戸蔵が目の前を横切るときに、ミルザムが声を掛けた。
「そんなところだ。……古今東西、恋愛を題材にした作品は多いが、ここまで誰一人として既存の言葉そのままに語る者はいない。実に興味深い感情だと私は思う」
「同感だ。私が本を書くときにも恋愛の項目はつけておこう」
「楽しみにしている」
戸蔵は今度こそ、ステージを下りる。
「残るは二人! ノスト・クローバーさん(
jb7527)、お願いしまーす!」
おや、と再びミルザムが反応する。
ノストは軽く微笑みかけた後、ステージに上がった。
「本と物語と、知識への愛を語ろうと思うね。……生き物への愛限定ではないんだろう?」
「うむ。是非語ってくれ」
ミルザムの許可を得たノストは、観衆に向けて語りかける。
「知識とは人によって様々な側面があるものであり、その膨大さは語りつくせない。その知識を愛するのは当然のことだよ。そして、人というのは素晴らしいものだ」
悪魔である彼だが、人間への賛辞を惜しまない。
「事実を書き起こすという歴史書だけでも価値がある。俺たち悪魔なんてのは、いちいち自分達の行動を書き記したりしないからね」
悪魔の陣営にも身を置いていたミルザムが、何度も頷く。
「さらに、自分たちの想像した物語を作り出せるというのもとても良い部分だ。事実だろうと想像だろうと、本は素晴らしい。特に最近読んだ本で――」
ノストは本について、記憶の限り情報を伝えようとする。
未読のものがあったらしく、ミルザムはメモに書き留めていた。
「ノストさん! 時間! 時間!」
「む……残念だ。ミルザム君、よければ後で語り合おう」
「あぁ。必ず」
「知識人同志の輪が広がりますねぇ……では最後です! ルルさーん(
jb7910)!」
ラストを飾るのも悪魔だ。ステージに上がる前から天真爛漫に微笑んでいるのが印象的だった。
「学問の最もスタンダードでクラシカルな手法に『実験』があろう? 立証済の実験には再現性の保障がある。……そこでズバリ『吊り橋実験』をしてみよぅーっ!」
ジャキン! と、ルルのハサミが凶悪にきらめく。
「それそれそーれ」
ルルはステージの端から端へ、持参のビニール紐を渡す。
さらには手際よくハサミを使い、あっという間に即席の吊り橋を作ってしまう。
板がないので、綱渡りをするような橋になった。
「渡るのは私だ! あと、橋の中央で電話番号のメモを渡して『よければ後で連絡を』という役を誰か……おねーさん手伝って?」
ルルが指差したのは、ステージ脇にいた斡旋所の職員だ。
「実験後ドキドキはトキメキに。私が電話したくなれば……それが恋だ!?」
勢いに任せて、ルルは女性職員の手を引いて橋を渡り始める。
橋は予想よりも不安定で、ルルは翼でぱたぱたバランスを取る。
斡旋所の職員と前後に並び、身体を密着させてキャーキャー言いながら二人で渡っていく。
いつしか会場も応援を強めて、渡り終わったときには「おおー!」と歓声が上がった。
「おねぇさぁん、こわかったよぉっ」
実験を忘れて、ルルが危機を共に乗り越えた職員に抱き付く。職員は嬉しそうだった。
「……可愛い男の子好きだからなぁ、あの人」
ぼそり、とつむじが呟いてた。
ルルが職員から電話番号を渡されるのは、ステージを下りた直後のことである。
●
「まずは、感謝を述べたい」
全ての採点が終わった後、ステージでミルザムは語り掛ける。
「みんながとてもいい顔をして笑っていることを、本当に嬉しく思う」
じっと、全員が聞き入っている。
「愛とは、笑顔の源なのだと思う。この気持ちを、まだ私は完全には理解できていない。それが悔しく思えるほど、愛は偉大なものだと教えてもらった」
そこで言葉を区切ると、拍手が起こった。
拍手が終わるのを待ってから、ミルザムが先を繋ぐ。
「甲乙つけ難いが、今日を特別な日にすることを選んでくれた青戸誠士郎、ルーネを優勝者とする」
わぁっ、と今日一番の歓声が上がった。
「だが忘れないでほしい!」
歓声を遮って、ミルザムが叫んだ。
「この場で笑顔を共有できた全員が勝利者だ」
ミルザムは笑う。
「人間界にきて、学園にきて、本当によかった。……ありがとう」
●
最後に記念撮影が行われた。
優勝者の二人を囲み、全員が映る思い出の写真は、ミルザムのアルバムにきちんと収められている。