●
秋の始まり、といっても気温はまだまだ暖かいといえる。
天候に恵まれた、祭りの日。
昼過ぎからのパレード出発に向けて、多治見の街は賑わいを見せていた。
「部長さん、部長さん」
人混みの中で周囲より頭一つ高い獏(
jb5676)が、同行者の卜部 紫亞(
ja0256)へと長い腕を伸ばす。
「どうしたの、獏君。不審者でも発見したのかしら?」
後方援護として私服警備に手参加している二人。
私服と言っても、紫亞は普段通りの黒いセーラー服姿だ。
「いや、えっと、思ったより人がたくさんで…… 誰が久遠ヶ原の生徒なのかわかんないね」
「どちらにしても、怪しい動向をするようなら遠慮はせんわ」
簀巻にして、本部あたりにでも放り込んでおくのだわ。
そう続ける紫亞に、獏が困ったように笑う。それでこそ部長さん。
「それより……」
紫亞は、ちらりと獏を見上げる。紫亞が部長を務める部員である獏とはウマが合い、今回の同行に至るのだが……
(獏君は、なんで緊張してるのかしらねぇ……?)
のんびりマイペースな、普段の彼とは様子が違う。
私服警備という仕事に緊張? でも、その振る舞いでは逆に目立つだろう。
「? どど…どうかした?」
ぱちりと視線が交わると、獏は飛び上がらんばかりの反応を見せる。
「なんでもないのだわ」
(まあ面白いから、言わんでおくけど)
(平和が戻って来たんですね……)
周囲の様子に気を配りながら、私服警備の雫(
ja1894)は街の雰囲気に浸る。
この街が悪魔の手に落ちて、ゲートに包まれた時。その戦いへ、少女は参加していた。
自然の色を取り戻した瞬間へ、立ち会っていた。
それからも幾度か多治見を訪れていたが……感慨深い。
時に撃退士の手を借りながら、住民の手で、少しずつ街は立ち直っていく。
幼いながら多くの困難な戦場を渡ってきた雫だけれど、携わったものそれぞれに、穏やかな未来が待っていれば……そんなことを考えた。
「おっと、ごめんねオチビちゃん。迷子には気を付けるんだよ」
「お待ちください」
通りすがりの観客とぶつかったのはほんの一瞬。去り際の男の手首を、雫は逃がすことなく掴む。
外見に反したその強さに、男は驚いた表情で振り向いた。
「撃退士の感知能力を甘く見ない方がいいですよ」
…ギリギリギリギリ…
「いだっ、いだだだだだだ」
「……ずいぶんと大漁の様で」
平和な祭りにスリ三昧とは、なんという不埒な。
そのまま本部へしょっぴこうとしたところで、別の場所で別の騒ぎ。
「賑やかなのは結構ですが……。やれやれ、折角のお祭りに何をやっているのでしょうね」
男を引きずったまま、雫はそちらへと向かった。騒ぎを、これ以上広げないために。
「こんなものでいいか」
「ありがとうございます、助かりました」
沿道に幾つか設けられている救護テントの設営を、ファーフナー(
jb7826)は手伝っていた。
ワインフェスタで振舞われるアルコールは、ひとつひとつは少ないとはいえ、何が起こるかわからない。
「パレードコースは頭に叩き込んでいる。トラブルになりそうな時は駆けつけるつもりだ」
目を引くパフォーマンスの時に、観客の将棋倒しが一番怖い。
場所取りも始まってきているし、混雑するスポットを押さえておけば事前に防ぐこともできるはず。
現地のスタッフと簡単な打ち合わせを済ませると男は帽子を目深にかぶり、観光客然として沿道に紛れていった。
●
「なかなか活気のある街じゃのう」
祭りの日ということもあるのだろう。
例年であれば別途に行なわれる二つの祭りが、合同で開かれるということもあるのだろう。
そうだとしても、場の雰囲気は緋打石(
jb5225)を上機嫌にさせた。
(この街は、悪魔の侵攻に遭ったというが……中心地が、こうも立ち直れるものか)
石は、戦いの詳しくを知らない。記録書に目を通しても、やはり実際に立ち会った者とは感じ方は違う。
「ワインとダンス……。ふむ、明るく平和を謳歌するに最適ではないか」
彼女が選んだのは釣鐘スカートのドレス。白を基調に、襟元や袖には黒のフリル。胸にはコサージュ。
知るものが見れば、有名な絵画に描かれた王女を模したものだとわかる。
スカートを揺らしながら、石は準備中の周辺をのんびり歩く。
「なにやら良い匂いがするのう」
どこからとなく漂う甘い香りが、鼻腔と彼女の好奇心をくすぐった。
その先では……
「天宮殿、何を作っておるのじゃ?」
「緋打さんもこちらへ参加されていたんですね。良ければ、お持ちになりませんか」
天宮 佳槻(
jb1989)が、ワインフェスタ枠での振る舞い用ドリンクを準備していたのだ。
「こういうお祭りには、気軽に口に出来るものが似合うでしょう?」
蜂蜜やレモン、スパイスで風味を加えたもの。
ジュースを使い、アルコールの苦手な人も楽しめるもの。
赤ワインと白ワイン、それぞれに豊富な種類を用意した。
「ふぅむ、なかなか味わい深い……。自分で良ければ、配り歩かせてもらおう。礼を言うぞ」
聞けば、佳槻はパレードには出ないのだそうだ。裏方に徹する。それも、ひとつの参加の形だろう。
「そういえば、これは修道院ワインであったな。天宮殿、西洋史における修道院ワインの役割をご存知か」
「え?」
――からの。
石に依る西洋史語り倒しは、パレード出発まで続くのであった。
その頃。
武者行列の参加準備も、着々と進んでいた。
(普通の姿じゃ面白くないわよねェ……。どんな格好で楽しもうかしらァ……♪)
普通の姿であれば奥ゆかしい姫君で通るであろう黒百合(
ja0422)は、金色の瞳を楽しげに輝かせ衣装を吟味していた。
手にするのは美しい着物ではなく、甲冑の類。
表を見て、裏を返し、小さく頷きを一つ。
閃きを伝えに、本部へと向かった。
「不破さん! 来てくれてたんだ」
「やあ、筧さん。ボクも武者行列に参加するよ。よろしくね」
陣羽織の武将姿をした筧が、不破 十六夜(
jb6122)の姿を見つけて呼びかける。
変身前の少女は、にこりと笑って彼を見上げた。
「着替えに時間のかかる衣装なんだよ、また後でね!」
「オッケイ、楽しみにしてるよー。楽しんでいこうな」
さて、少女はどんな変貌を遂げるのか。
貸衣装・着替えの場所で、月居 愁也(
ja6837)はいつになく真剣な表情をしていた。
「高貴な葦毛……いや、やはり落ち着きのある栗外か? 貫禄のある黒も魅力的だよな」
手触りの良い布地を手に、あれこれと見比べる。
「愁也、支度はできたのか」
そこへ従兄であり親友の夜来野 遥久(
ja6843)が、陰陽師姿で現れた。
「……馬?」
「…………俺が遥久を乗せるならドレが似合うかな、って」
「…………」
にこ。
……にこっ
馬の仮面を隣に並べていた愁也は、親友の生暖かい笑顔にぎこちない笑みを返し、仮面を戻し、全身タイツから手を放し、そそくさと武者装束のコーナーへと移動していった。
『俺は遥久の馬になる!!』
臆面もなく宣言する姿が、見送る遥久の脳裏をよぎる。こうして様子を見に来なければ、現実となっていたかもしれなかった。
「やれやれ。鞭うたれたいというなら別だが」
「冗談でも言うな、想像してしまうだろ」
嘆息する青年の後ろには同じグループで参加する、友人の加倉 一臣(
ja5823)と小野友真(
ja6901)。
一臣は武将姿、友真は忍びだ。
「皆様、お似合いですね」
只野黒子(
ja0049)が、デジタルカメラを片手に呼びかける。
金色の髪に鉢金を巻き、南蛮胴の女武者は、口元に笑みを浮かべていた。
「黒子ちゃんも、美しく勇ましく似合っているよ。もしかして愁也さがしてた?」
行列途中に、一臣・友真vs黒子・愁也という組分けで殺陣を予定していた。連携の打合せに来たのかもしれないと考え、一臣が小首をかしげる。
「ええ。ですが……なんとでもなりましょう。楽しみにしています」
「お手柔らかに、よろしゅうなー!!」
「……うん?」
握手を交わす黒子と友真を見守る一臣の視界の端に、見慣れた女性の着物姿。
「れ――…… 行っちゃった」
(黎ちゃんだと思ったんだけど…… 人波にまぎれちゃったな)
まあ、武者行列に参加しているのなら、また後で会うこともあるだろう。
「あっ、みんな、こっちに居たのだよー?」
「フィノシュトラさんは、可憐な姫君ですね」
「ありがとうなのだよ、夜来野さん!」
フィノシュトラ(
jb2752)は、鮮やかな紫地に秋の花が咲く着物を纏い、くるりと回って見せた。
●
地元のバトンクラブや音楽隊が先陣を飾り、パレードが始まった。
力強い宮太鼓に沿道が盛り上がる。
そこへ、層々たる武者行列が続いた。
雄々しい武将に艶やかな姫君たち。織田信長、明智光秀……東濃ゆかりの武将は地域の人々が勤めあげ。
はんなりとした、フィノシュトラの舞いが続く。
扇を返すたびに花びらが散るかのような優美な動きに、荒武者たちが付き従って行列を為す。
――そして。演武ポイントへ到達。
「さぁて晴れ舞台や、格好良く行こか!」
蒼天へ、二つの号砲が重なり飛んでゆく。
一臣と友真のそれが合図となり、チーム【削】の演武が始まる!
「筋書きのない殺陣、とくとご覧あれ!」
一臣と友真と相対し、武者姿の愁也が大太刀を構える。その背を護るように、同じく野太刀を背負った黒子。
「人間50年〜 ……信長さまはドコやぁああ!!」
「友真、蘭丸だったか」
一臣の背を駆けあがり、二刀を手に軽やかに跳躍する友真。くるり回転、袈裟懸けにするのを愁也が受け止め弾きかえす。
着地点へ、すかさず黒子が手裏剣を放って足元を崩す。
「っとっとっと」
美しくトンボを切ったところで、前後スイッチ・一臣がスイと進み出た。
水平に薙いだ太刀筋は軽く躱され、それすら読んでいたように青年は勢いに乗ったまま身を屈める。一臣の足払い、愁也の跳躍が小気味よく続く。
受け身を取って着地をする愁也を背に、一臣と黒子が刃を交えた。
「なかなかやるね、お嬢さん」
「……ふふ。頭が高くありませんこと?」
黒子の動きはしなやかで、青年の一撃を軽く受け流す。
ヴン、二の太刀要らずと言わんばかりの轟音が振り下ろされる!
「処される前にバトンタッチーー! 愁也!」
一臣はバックステップで一撃を回避。彼の振り向いた先には愁也。
体勢を直した友真が地を蹴って、一臣の死角を守り黒子を相手取る。
さあ、ここからが本調子――そう見えたところで、
「喧嘩、両成敗! なのだよ!!」
それまで曲に合わせて舞っていたフィノシュトラが参戦!!
一進一退の様子を見せていた愁也と一臣、黒子と友真の間それぞれに、鉄扇で割り入る。
ひらり、ひらり、姫の扇が刀を薙ぐ。
倒れてゆく武者たち、残る一臣と切り結び―― 弾けるように、互いに離れる。
どこからとなく流れるBGMは黒子チョイスの仕込み。始まるは武将二人の一騎打ちだ。
「よっ男前、勝負見せてくれいー!」
「あいよ!」
現れたのは、遥久と筧。去り際に友真が放った太刀を受け取り、筧はそのままスラリと抜いた。
「相手にとって不足なし、いざ手合わせ願おうか夜来野君」
「こちらこそ。筧殿とは、一度手合わせを御願いしたいと思っておりました」
動と静。熱と冷。対照的な二者の睨み合い。
沿道へと避けた愁也や一臣は熱く見守り、行列サイドからは黒子がしかとビデオカメラに収めている。
「――ッ」
仕掛けたのは筧だった。地を擦るような足捌き、下から上へと切り上げる。遥久は刀の背でそっと流れを変えてやり、肩口ギリギリへ太刀を振り下ろした。
舞うように互いに回転、向き直る。いち、に、切り結んでは離れ、機を伺う。
演武、『魅せる』ことを念頭に置きながらの、水面下での真剣勝負。
筧は真正面から遥久の目を見つめる。その先の狙いを読もうとする。与えられている時間は少ない。
(……動いた!)
冷静な遥久『らしからぬ』大きな動きに、筧が反応する。動かしてなるものかと、力で塞ぎにかかる。
力で押し、押されては引き、突く剣先を巻き込んで跳ね上げた!
筧の手から太刀が離れ、勝負あり――に見せかけて。
一瞬の縮地、背に回って懐から抜いた短刀を遥久の首筋にひたりと当てる。
「――俺の負け、だね」
「お見事でした」
その下では遥久もまた、逆手に握った短刀を筧の腹へ突きつけていた。
「うはー……。遥久まじオトコマエ。黒子さん、後でダビングしてね!!」
「一本5000久遠から検討いたしましょう」
激しい殺陣の後は、名もなき姫たちの優雅な列が続く。
その中でも目を引くのは、豪華絢爛な十二単の姫君。
(重いよ〜、暑いよ〜、動き難いよ〜〜〜)
一生懸命、顔に出さないよう進んでいるのは十六夜だった。
服装を間違えたかな? そんなことも、思っていた。
「お手をどうぞ、お姫様」
ふっと視界が陰ったかと思えば、苦笑いしている筧がいた。
先の武者行列から移動しながら見回っている途中で遭遇したようだ。
「筧さ〜ん、助けて〜」
渡りに船とはこのこと。少女はずしりと寄りかかる。
「これは手の込んだ変身だったね」
歩くのもやっとという様子を見かねて抱き上げようとした筧だが、それでもさすがに一瞬だけ顔が曇る。
「普段着れない代物だし、最近は寒くなって来たから調度良いと思ったけど……最悪だったよ」
「案外と、こっち方面はまだ暖かいんだよな」
現地に来てから路線を変更すればよかったかもしれない。でも、『これ』と決めたものを曲げるのは、なかなか難しいのだ。
「普段から着慣れてる狩衣で出れば良かった……」
「なーに言ってるの。こんな時じゃなくちゃ見られない姿でしょ。お兄さんは役得ですよ」
「……筧さん……悪いと思って今まで言わなかったんだけど」
「うん?」
「やっぱり、筧さんってロr」
「……ここで落としてもいいんだよ?」
やっぱりってなんですか、やっぱりって。
華やかな武者行列も、間もなく終わり……
雅楽演奏も途切れてきた、その最後尾。
――がしゃり がしゃ、……がしゃ
その場に似合わぬ、落ち武者が一人。
がしゃり、がしゃり、がしゃ。
異様な光景に、沿道の観客たちも固唾を飲む。
「――ヒッ ヒヒヒ……」
片足を引きずり、両腕をだらりと下げ、刃の欠けた太刀を引きずりながら落ち武者は歩く。
「うっ、うわっ……!!」
顔は兜で隠されてよく見えない、が、ゆるりと首を巡らせて……道の少年と、目が合う。
少年が指をさして悲鳴を上げた。
「あらぁ……? そんな顔して…………失礼ねェ?」
がしゃ
落ち武者が、一歩、踏み出す……
列からはみ出そうとした時だ。
――ゴォッッ……
衣装が、たちまちのうちに青白い業火に包まれる。
燃える落ち武者の姿に、周囲は騒然となる。何がしかのパフォーマンスだとわかっていても、本物の炎が見せる迫力は破格だ。
「……死にたくない、……恨みはらさでおくべきか……」
「きゃああああ!!?」
フッと炎の圧が消えた。途端に、周辺の気温がぐっと下がる。
焼かれ、地に伏した落ち武者から、黒髪が意思を持つかのように長く長く伸び……沿道の観客たちへ襲い掛かる!
逃げ惑う人々。警備のホイッスルがあちらこちらで響く。
「ふ、ふ、ふ……」
そこで落ち武者は立ち上がり、兜の下から金色の瞳をのぞかせた。
「少しは楽しんで頂けたかしらァ……? それではまた、ねぇ……?」
しゅるり、髪が元の長さへ戻る。気づけば周辺の気温も戻っていた。
それは、撃退士のなせる技。炎は、衣装に着火剤を仕込んでの炎焼スキルによるものだ。
怪しく笑い、落ち武者・黒百合は次の演武ポイントへと足を引きずりながら進んだ。
●
人混みの向こう、アウルの衝撃波が地を走りざわめきを呼ぶ。
「なんだ? 天魔か!?」
襲撃を警戒していた若杉 英斗(
ja4230)は顔を上げ、そちらへ駆けつけた。
「雫さん……か。何か起きたの? 敵?」
「ああ……いえ、怪しい人影があったので……つい。なんでもありません」
「だったらいいけど。顔色悪いよ……?」
「その、……私事です。すみません、賑やかしました」
汗で額に張りつく前髪を払い、少女は再び何処へとなく消えてゆく。
「えー、以上、久遠ヶ原学園撃退士によるパフォーマンス! でした!!」
尋常ならざる『力』の発露に動揺する周囲を、慌てて英斗が宥めに取り掛かった。
雫が何を警戒しているのかはわからないが……神経を張り詰めていて悪いことは無いだろう。
(こないだも天魔の襲撃があったからな。油断は禁物だ)
それでも今は、祭りの間は、襲撃という恐怖を忘れていてほしいと思うのだ。
この『平和な時間』を、護り抜くのが撃退士の使命だと思うから。
企業撃退士が常駐しているとはいえ人手不足の否めないこの街に、多くの撃退士が来ている今は。
「だから、人的被害は尚のこと最小限に留めたいんだ。協力をお願いします」
祭りの影で行なわれる恐喝行動を察知した英斗は、チンピラの背後からその手首を捻り上げた。
●
パレードは続く。
音楽は一転、西洋の民族舞踊へ。
楽しげな弦楽器の演奏に、ノルウェーの民族衣装・ブーナッドに身を包んだ巫 桜華(
jb1163)と穂原多門(
ja0895)が登場する。
「どうでスか多門サン、似合ってマスでしょうカ……?」
ワインとクラッカーサンドの入ったバスケットを提げ、桜華は笑顔でターン。
普段はチャイナドレスでいることが多いから、欧風の出で立ちは多門にとって新鮮に映る。
(……桜華は何を着ても似合うが、今回もまた……)
「……似合ってるぞ」
万感の思いは、短い言葉に凝縮して。顔を赤らめる多門へ、桜華は満足げににっこりとした。
「民族衣装の多門サンも、カッコいいでス♪」
桜華と色を合わせ、男性物のブーナッド。赤の生地に金の刺繍、銀細工のアクセサリー。
がっしりとした多門の体躯によって、雄々しさが際立つ。
「さァ、今年獲れた格別のワインですヨ!」
ひらりひらり、踊りながら桜華がワインを。
そのあとから、ぎこちない表情で多門がクラッカーサンドを振舞って回った。チーズと薄切りハムを挟んだもので、口当たりが良い。
「楽しい時を、一緒に」
膝をついて、恭しく。
身長差ゆえだが、紳士然としたその所作に女性陣から黄色い声が上がる。
曲に合わせて時に二人は役割をタッチ、楽しく場を彩った。
「ハイ、多門サンもあーんしてくだサイ♪」
「!?」
桜華から、突然の『あーん』攻撃。予想外のことに多門は動揺しながら、細い指先からクラッカーをついばむ。
「ふふッ」
再び赤面する多門へ、彼女は悪戯っぽく笑って見せた。
曲調が変わる。手拍子が伴う。砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)のヴォカリーズがそれに乗る。
東欧グルジアの民族衣装で揃えた、竜胆と樒 和紗(
jb6970)が進み出た。
黒地に金刺繍のチョハを着用した竜胆は、中世の英雄譚から抜け出した騎士の如く凛々しい。
対する和紗は優雅な、深いロイヤルブルーのドレス。
内側に大きく切込み入り袖の上着で、丈の長いスカートに幅広ベルトを長く垂らした貴婦人。
ワインボトルでフレアを魅せながら、和紗は観客へ悠然と微笑みかけた。
「オーダーをどうぞ」
赤ワインでカーディナル、白ワインでキール。ロゼならターキッシュ・ハーレム・クーラー。
和紗はバーテンダー修行をしており、知識も絶賛取得中。
(がんばってるなー、和紗)
(……竜胆兄? 真面目に仕事してくださいよ)
はとこと一緒に参加できたこと、真摯な横顔を見守る喜びに、竜胆の表情がついつい緩み……和紗の冷ややかな視線が振り向いた。あ、これもご褒美です。
三種のカクテルを乗せたトレイを片手に、竜胆は人の合間を縫ってワインを振舞う。
淑女には片膝をつき、紳士には一礼を。
「多治見の秋をお届けします」
昨年も見せた、紳士的極上スマイルを添えて。
「葡萄ジュースを使った、ノンアルコールのカクテルです。『フォー・キール』っていうんですよ。――美味しい秋をどうぞ」
大人たちがワインを楽しむ中、取り残されがちな子供へ和紗がノンアルコールカクテルをプレゼント。
膝をついて目線を合わせ、優しく微笑する。
一口一口の量は少なくても、数を重ねればそれなりに。
パレードの中盤に位置している竜胆は、試飲で酔いすぎる観客がいないかも注意していた。
「おっと。大丈夫かな、お嬢さん」
「え、あの……」
グラスの回収中、顔色の悪い娘さんを発見。
流れる動作でトレイを私服警備員へ渡し、東欧の紳士は令嬢をヒョイとお姫様抱っこした。
「救護班へお届けしてくる。すぐに戻るよ、和紗」
「あ、竜胆兄…… ……頼みます」
(もっと、具合の悪そうな男性がいるんだけど……)
竜胆の事だ、優先順位は推して知るべし。そちらへは他の私服警備が駆けつけていた。
「あら、石ちゃん」
「野崎氏ではないか」
佳槻特製のドリンクを振舞う石が聞き覚えのある声に振り向けば、ハンガリーの民族衣装姿の野崎が笑っている。白いシャツに赤のスカート、花の刺繍をふんだんにあしらった白エプロンは手作りらしい。
「仕事で会うのは久しぶりじゃのう」
「そうだね。ふふっ。フランスのお姫さまかしら、素敵なドレスだね」
野崎がワインフェスタ枠に参加するとは聞いていたが、どこに居るのか見つけられずじまいだった。
こうして、ばったり出くわすとは。
「こちらは天宮氏が用意してくれたのじゃ。野崎氏もいかがか?」
「いつの間に二人ったら。天宮くんの飲み物は格別なのよね。……まさか石ちゃん、飲んでないよね?」
「何を言う、自分は既に成人しておる、問題などないぞ」
「一般のお客さんの目もあるから、種族不問で外見年齢なんだってばー!」
「むむむ、そう来るか」
石の手から紙コップを奪い、野崎は飲み干して片目を瞑る。
「それまでは」
空いた片手を取り、
「踊ろっか」
「構わないが……それより」
「なんだい?」
「一緒に西洋史講座をしないか」
「……酔ってるね?」
「至極真面目じゃ。歴史と伝統の修道院ワインがあるというに、飲むだけで終わらせるとは勿体無いと思わぬか?」
「多門サン、少しふらついテますケド、大丈夫ですカ?」
「……うむ」
ダンスの合間に、さりげない動作で桜華が彼の頬へと手を伸ばす。
「顔赤いでス」
「少しワインの酔いが回ったか……」
「今ならダイジョブ、この曲が終わったら抜けまショウ」
沿道へ一礼、自然な動きで二人はパレードから抜け出してきた。
「こちらがエスコートせねばならぬのに……情けないな」
「楽しかったデスもの、こんなトキもありマス」
緑のある日陰を見つけると、桜華は柑橘の果汁を落とした冷水を差し出した。それから、己の膝を勧める。
ひとくち、ふたくち、それからゆっくりとグラスを乾して、多門は彼女の膝を借りた。柔らかな膝枕で、しばし反省。
「また来年モこうしてお祭できるようニ……もうひと頑張り、ですネ」
「桜華がいいのなら……また来年も、共に過ごそう。その先も……ずっと」
「……ハイ、多門サン」
●
ワインフェスタで悪乗りした一般参加者を救護テントへ送り届けたファーフナーは、他にも異変が無いか周辺を観察する。
(…………変わったな)
『仕事だから』『人間社会に属するためだから』今まで、自分が撃退士の仕事に当たる理由は、それであった。
けれど……不思議なことに、今は『見知らぬ誰かを心配する』感情が少なからず芽生えている。
自分よりもずっと年若い堕天使や混血の少女を間近に見たからかもしれない。
未熟な彼らが、懸命に足掻く姿を目の当たりにしたから……。
(俺は、この国に生まれたわけじゃない。この世界に……必要とされているとも思えない。だが……)
久遠ヶ原へ流れ着き、誰かと出会い、言葉を交わし、変化が生まれた。
そのこと自体を……受け入れようかと、思う。
人のために、戦うこと。行動すること。
小さな一歩でも、踏み出してみようと思う。
(今、自身が住んでいる日本という国の、人の営みを知ろう……)
「……」
「…………」
ぐい。ちいさな手が、ファーフナーのコートの裾を掴んだ。
「ままが、いないの…… おじちゃん、しらない?」
迷子探し。
もちろん、念頭にはあったが……一対一とは、なかなか難度が高い。
●
「ゴォオオオオオル!! みんな、お疲れさんなー!!!」
パレードの終着、友真が手製の花吹雪を夕空へ散らす。行進中に配り歩いた、他の参加者さんもご一緒に!
駅前の打ち上げ会場のセッティングは済んでおり、ある者は衣装そのまま、ある者は着替えを終えて、一息をつくことに。
「久々のすっぴんでシャバ歩きだぜー!」
点喰 因(
jb4659)は、アルコールの入る前からハイテンション。
先祖返りにより、顔の辺りに白い鱗が顕現してきたことが目下の困りごとであった。化粧で誤魔化すと言っても限度がある、限度を超えて『血』は表に出ようとする。
仮装という名の真の姿で伸び伸びできる今日は、なんとも心地よかった。
高下駄に水干、ときおり天魔としての翼を出せば、牛若丸の雰囲気が出る。
「羽のばそー!!!」
文字通りに再び翼を大きく開き、ドリンクブースで美味しいワインを。
ワインフェスタの賑やかさも気になっていたが、パレード中は離れていたため味わえなかった。
「お疲れ様です、通常のワインとアレンジしたものとありますが」
「んん、悩むねぇーえ。ね、このカップの中身はなんですか? スナックです?」
種類豊富に並べている佳槻へ訊ねる。
「ああ。焼麩です。ワインを吸わせて砂糖を絡め、焼き上げました。熱でアルコールが飛んで、コクが残るんです」
「ほほう。それは興味深い……。それじゃあ、それひとっつと、赤ワインを二杯ほど」
またあとで来ると思うけんども。
受け取って、因は適当なテーブルを探した。
優しい甘さの栗きんとん。一点豪華主義の飛騨牛カレー。多治見名物のウナギを使った一口にぎり寿司などを器用に運び、獏はテーブルへ並べる。
「部長さん、いつもありがとう。なんでも言うこと聞くから、遠慮なく言ってよ! 他に食べたいものはない?」
「獏君……こういう時くらい、のんびりすればいいのだわ」
私服警備の緊張が解けた紫亞と獏は、楽しみにしていたワインを二人で囲む。
警備より、こちらがメインという心持ちが強い。
「ほら。ワインを注いであげるから、まずは座りなさいな」
「えっ、じゃ、じゃあ……!」
まめまめしく動き回る獏の姿に笑いを誘われつつ、紫亞はそっと手招きを。
躾された犬のように獏は椅子に座り、おずおずとワイングラスを差し出した。
「あらためて、今日はお疲れ様なのだわ」
「部長さんもね! それじゃあ、かんぱーっい!」
多治見の修道院にあるブドウ園から作られたワイン。今年も味は抜群です。
「癒されるなあーー。秋に開催って正解だよね。栗やリンゴを使った甘いものもたくさん!」
「アップルパイをアテにワインが進むのは、獏君くらいじゃないかしら……?」
「美味しいよー!? もう、コレがメインで参加したようなものだしね。あっ、しまった。部長さんの分まで食べちゃった」
警備中に感じていた獏のぎこちなさも、今は霧散している。
紫亞はそのことにホッとしながらグラスを傾けた。
「ふむ、ロゼも良い口当たりだわ」
楽しい時間は、まだまだ続く。
フェスタからの流れで、石と野崎は引き続き同行していた。石は赤系のゴスロリへ、野崎は黒のニットワンピースに着替えている。
アルコール無しでも、石の西洋史に関する知識は深く語りつづけて終わる気配はない。
「こういう祭り事は楽しむに限るのう」
「だねぇ。あ、石ちゃんソレ美味しそう。一口ちょうだい」
「では、自分は野崎氏のワインを頂こうぞ。ロゼかの?」
「ふっ、ノンアルよ。心して飲みなさい」
「……くっ」
他愛ない会話を交わすうちに、互いに『仕事』の認識は薄れ、楽しさばかりを共有していく。
「そうじゃ。野崎氏に聞いておきたかったのじゃ……。多治見市での今まで戦いについて、どう思うておる?」
「うん? 私?」
「なかなか、長いこと携わっておるのじゃろう」
「……そう、だね」
問われ、過去を振り返る。ゲート戦……悪魔との戦いは筧が展開していたが、その一方で野崎は地域に根差した行動をとっていた。
夏草が企業撃退士としてやってくるまでの間も。
「この街は、強いと思うよ。この街で暮らしたい、って願いが強いのかな……。だから、きっと祭りも賑やかなんだ」
無事に一年を過ごせたことに感謝を。あるいは会えない人への想いが天へ届くように。
●
打ち上げが終わるまでがイベント。
「夏草ちゃん」
狩衣姿で周囲を巡回する企業撃退士を見つけ、竜胆が呼びかける。
「先日はどうも。問題ない?」
「……砂原くん! 今年も参加、ありがとう。おかげで無事に開催できたし、無事に進行しているさね」
宵闇の陰陽師は、アイスブルーの瞳を弓なりに細めた。
「紹介するよ、こちらは樒 和紗。僕のはとこなんだ。可愛いでしょう?」
「夏草 風太と申します。砂原くんにはお世話になってる。よろしくね、樒さん」
「こちらこそ。不束なはとこがお世話になりました。……チャラかったでしょう?」
握手を交わしながら、和紗は真顔で夏草を見上げた。
「あっはっは! 砂原くん、普段はそういうキャラなんか!」
「キメる時はキメるってね。夏草ちゃん、笑いすぎだよ……?」
「悪い悪い。もう少し打ち上げは続くから、楽しんで行ってな、お二人さん」
涙目を拭いながら、夏草は去ってゆく。
「……竜胆兄も、真面目に働くことがあるんですね」
「和紗? どういう意味かな?」
「きちんとねぎらう、という意味です。辛口のキールで良いですか?」
「えっ、作ってくれるの? 超嬉しい!!」
●
「ステージが有るなら、ヤるしかねェだろ」
「ふふ。そうね……響かせましょうか、血のようなワインに見合った、妖艶で薫り高い濃厚さを持つ歌を」
「ワインも魅力的だケド……音楽にゃ敵わねェ」
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)とケイ・リヒャルト(
ja0004)は視線を交え、昨年同様に壇上を選んだ。
慣れたステージ出演、だからといって気を抜くことはない。
静かな音馴らしは会場に流れるゆったりとした胎動の音。
目覚め、踊る、その瞬間を待ちわびる『静』の間だ。
ケイの発声に、自然と視線が集まり始める。
澄んだ、美しい歌声。歌詞を伴わない音だけでさえ、魅了する。
黒い薄絹のヴェールが微風に揺れる。花嫁を連想させるドレスは、夜を待つステージ上に舞う黒揚羽のよう。白い肌が妖艶に浮き上がって見える。
(さぁ、ワインを飲む客が酒以上に酔いしれる旋律を奏でるゼ?)
3,2,1,……!
スタートから低く唸るように鳴らすヤナギのベースを軸に、シンフォニックメタル調の曲が幕を上げる。
艶やかさのある曲調と、透明感のある歌声が絡まり合って何処までも響く。
ケイが蝶なら、ヤナギは蜘蛛。
編上げや、切りっ放しのガーゼ素材にレースを施した衣装は退廃的な雰囲気を醸し出し、蝶を捕え堕とそうとする蜘蛛。
存在感のあるベースのビートから逃れようとするかのように、ケイの声は伸びてゆく。
それは無垢な美しさではない。自由への、貪欲なまでの魂を押し殺した妖艶さ。
そして、歌詞に合わせ、絡みつくベース。
互いに互いを引き上げる。
やがてベースが独走し、ソロへと魅せる。
走る、走る、心を絡めとるようにうねる。
今まで秘めていた感情を爆発させるように。
――魂の叫び……
ケイとヤナギの声が重なる、曲は最高潮のサビへと入った。
胸に秘めたるは鳥籠からの想い
咎と知りつつも鳥籠の鍵を開け
一夜の夢
一夜の願い
切ない光、燃やし続け
切ない炎、燃やし続け
魂の赴く侭に飛び続けよう
この羽、燃え尽きるまで――……
鈴を鳴らすような、ケイの声。他に何もいらないと思わせる。
明かりの灯り始めた薄闇に、それは美しく美しく響いた。
●
本格的なステージ音楽に、十六夜は拍手を。
「ふーー、ようやく人心地ついたよ。今日はありがとうね、筧さん」
「構わないさ、面白いところ見れたし。……ところで、ほっぺたどうしたの?」
武者行列がゴールしてから十六夜を着替え場へ届け、筧は別行動だったのだが……
なんとはなしに様子が気になり、覗いてみれば少女は掠り傷を負っていた。
気にするほどではないにせよ、彼女とて撃退士。そう簡単にケガをするとも思えないのだ。
「うーん。それがね。お姉ちゃんらしき人を見つけたから名前を調べようとしたら、何処からともなく攻撃されたんだけど」
なっとくいかない。
不満を前面に押し出し、十六夜は頬を膨らませる。まだ痛い。
「お姉ちゃん……学園に居るって、話していたもんな。今回のパレードに参加してたのかな」
「そうかも。だけど、みんな仮装してるから見分けがつかないよう……。せっかくのチャンスなのに、夜になっちゃうし!」
もしかしたら、すぐ傍にいるかもしれないのに……。
「それに、調べようとしたら妨害とかどうなってるの。もーー、飲んでやる!!」
ノンアルコールカクテルを。
「あっ! 筧さん、パレードみましたよ。あの衣装は自前ですか?」
「おー、ありがとう若杉君。若杉君は……あれ? パレード出てた?」
「いえ、自分は沿道からの警備を。気を張ってたから疲れましたよ……」
これなら、普通に戦闘した方がよっぽど楽かも。
何事もなかったからこそ、そう言えるのかもしれない。
「それじゃあ、若杉君こそお疲れ様だね。打ち上げのブースでは、なんかいいメニューはあった?」
英斗は片手にヒャンタグレープ、もう他方に色々と盛り合わせの紙皿を持っていた。
「飛騨牛を使った、おひとりさま一点限りメニューは良かったですね!
去年のパンケーキも良いですが、今年は食べ応えのあるメニューも色々あるんで楽しいです」
「あ、いーなー串焼き。そっちのは、朴葉みそ?」
「そうみたいです。何種類かのキノコの包み焼きで……良い香りですよね」
「多治見っていうか、岐阜のアレコレなんだなぁー。俺もまわってこよう」
英斗と十六夜に手を振って、筧も何処ぞへと走っていく。
「……うん。何事もなくってよかった」
その背を見送り、英斗は改めて呟いた。
筧がフードブースに並んでいると、その後ろに雫が着いた。
「おや。筧さん、お疲れ様です」
「お疲れ様、雫さんは私服警備だったよね。首尾はどうだった?」
「上々です。ただ…… 気になることが」
「うん? なんだろ」
「最近、私の周りを調べてる人達がいるのですが……何か知りませんか?」
「……雫さんの?」
こくり。銀髪の少女は難しい表情をして頷く。
「雫さんの強さを脅威に感じた組織が、独自に調査を…… ってことは、ないか」
いや。破壊姫の二つ名を欲しいままにしている彼女だ、ないこともない、かもしれない。
「まあ、感知で発見しだい地すり斬月を叩き込んでるから平気だと思いますが」
「相手が平気じゃないよね、それは!!?」
同じ阿修羅ということもあり、少女の能力の高さは筧も良く知っている。
多治見で共に戦った頃より、格段に力を付けているということも。
「これで大人しくなるなら、『その程度』の相手でしょう?」
「……怖い。撃退士流判別方法、怖い」
「あ。ほら、前が空きましたよ。詰めて下さい」
(うん?)
むう、と膨れて見せる雫の表情。
――周りを調べる……
どこかで見たような、聞いたような?
(気のせいかな)
筧の思考は、カレーの良い香りに全てを持って行かれた。
●
歌にダンス、様々なパフォーマンスがステージ上で繰り広げられる。
パレード中こそ、大人しく参加していたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)だが……
「――……」
ノンアルコールカクテルを飲み乾し、カップをテーブルに置く。
無言で立ち上がる顔から感情は読み取れない……
……そろそろ、限界が来ていた。
『さぁて、お次の登場は……』
……ギキィーーーーーーッ
司会者のマイクに、突然のノイズ。切り替わるBGM。
「ハァーッハッハッハッハッ!!」
突如現れたるは、黒いタキシードの…… カボチャマスク! 誰だ! エイルズレトラだ!!
しかし、正体を知らぬ観客たちは純粋に驚き、そして沸き立つ。
カボチャマスクはシルクハットを脱いで恭しく一礼。すると、なんとハットから小柄なヒリュウが飛び出した!
召喚獣を見慣れない一般客は、どんなマジックかと大歓声で受け入れる。
ハートとエイルズレトラが名付けているヒリュウは、あざとくウィンクひとつ。召喚主の周囲を華麗に飛んでから肩へ停まった。
さぁさお立会い、と言わんばかりにハートが尾をしならせれば、そこから掌サイズのボールが3つ。
そちらに気を取られている間に、エイルズレトラがシルクハットから同じくボールを3つ、取り出した。
併せて6つのカラフルなボールでジャグリングが始まる。
高く低く、時には背を通し、ステップを踏みながらボールを回す。
「キィッ」
主がボールを取り落とせばハートが口の先で受け止め、突いて投げ戻した。
高く高く上げたボールが、すとととっとシルクハットに片付けられる――帽子を返すと、今度は蛍光色のリングが連なって出てきた。
エイルズレトラは繋げた輪を重ね、再び広げる。すると1つ1つに離れて少年の手首に収まった。
気づけば、少年と召喚獣はステージの端と端。
最初は1つ、輪を投げる。
召喚獣は、首に通してキャッチ。
続いて2つ、輪を投げる。
連ねて尾でキャッチ。
3つ連続で投ずれば、頭と小さな両腕で受け止めた。
「拍手に感謝。それではこれが、最後です」
シルクハットに頭を突っ込んだハートが、ずるりずるりと大きな黒い布を取り出す。
「それではみなさん、御機嫌よう! 縁があったら、また逢いましょう!!」
ワン、ツー、スリー!
黒布を纏ったエイルズレトラ。……が、スリーカウントと共に質量を失った。
ぺたりと床に落ちた布をハートが引き上げ、怪人南瓜の不在を証明する。
召喚獣は布を加えたまま何処ぞへと飛んでゆき、拍手と共に乱入・怪人マジックショーは終わりを告げた。
「ふぅ。ご苦労様でしたよ、ハート。ありがとう、戻ってください」
物質透過でステージ下へとすり抜けていたエイルズレトラは、舞台裏で落ち合った召喚獣の頭を撫でる。
「いやー、やりました。スッキリです」
まだまだ続く拍手へ振り返り、少年は良い顔で笑った。
●
(参加すれば会えるって、漠然と思ってたけど……イベントは甘くなかった、か)
武者行列に参加したままの、姫武者の装いで肩を落としているのは常木 黎(
ja0718)だった。
目立つ行動は得意じゃないし、人混みも嫌い。
パレード中は邪魔にならない程度にやりすごして……そう考えていたから、恋人である筧にも参加を事前に伝えていなかった。
「それじゃ、また今度ね雫さん。不審者には気を付けて。……やり過ぎないように」
(あ、鷹政さん)
ようやく見つけた……。筧はハイネックインナーに白ジャケット、私服姿に戻っている。
初等部の少女と言葉を交わして、別れるところだ。
(声をかけて大丈夫かな。邪魔にならないかな)
視線は彼から外れない、だが呼びかけるタイミングもつかめない。そうこうしているうちに……
「うん? 黎さんじゃない。ヒトリでどうしたのさ」
飲み物のおかわりに、と席を立っていた野崎が友人の背へ呼びかける。
「緋華さん……いや、その」
「……あれ。放っておかれてるの?」
「違う、そういうわけじゃなくて……」
「えー!? 黎、来てたの!!?」
見つかった。
「…………」
ようやく隣へ座れたというのに、何から切り出せばいいのかわからない。
「言ってくれればよかったのに。明るい時間帯に見たかったなあ。んーと、その衣装は巴御前?」
「的な……?」
「あたしはワインフェスの方だったから知らなくってさあ。カレシが何やってるんだい」
「面目ない」
行列は、一通り見たはずなのになー!!
項垂れる筧の肩を、いたたまれなくなった黎が叩いた。
「野崎さん、筧さん、お疲れ様です。常木さんもご一緒だったんですね」
「お。天宮君」
「差し入れを持ってきました。そろそろ気温も下がってきましたし、体の暖まるものを」
赤白二種類ずつのホットドリンクをトレイに乗せて、佳槻が加わった。
「ありがとう。うれしーなー、石ちゃんからもわけてもらったけど、あたし、天宮くんがいれてくれるドリンク好きだよ」
「緋打さんにもお会いしてましたか」
「うん、……そうだ。話の途中だったんだわ。戻らないと」
「僕は他の人たちにも配ってきますので。――それでは、来年もまた」
「また、多治見でフェスタ!! ありがと、天宮君!」
依頼で同行することの多い面々との遭遇に、黎も肩の力が抜けたようだ。
「……慣れない事はするもんじゃないなって思ったよ」
「いいんじゃない? 黎にとって慣れないことは、俺から見れば楽しいことだもん」
「ええー…… どういう理屈?」
「悪いことばかりじゃないって話さ」
穏やかな空気となって来たところで……
「れーちゃんっ♪」
「!?」
どんっ
背後から、足元のおぼつかないまま因がダイブ!!
「びっくりしたーびっくりしたーー、因さんか!」
「へへー。嫁の腰借りてます!」
「因ちゃん? あ、えぇと……大丈夫?」
「酒を飲んだら飲まれやがれ! ってじっちゃんが言ってた!」
※言ってません
※あんまり大丈夫そうに見えません
●
「なんだか色々ごちゃまぜだったけど、いっぺんに色々楽しめたのだよー!」
チーム【削】の打ち上げは賑やかに。
「今度は、学園での模擬戦もいいですね。演武だと加減してしまいますから」
「アレで加減してたの、遥久……」
「筧殿も、100%ではなかったぞ?」
しれりとした返答に、愁也は浮かせた腰を下ろす。
「殺陣も、連携訓練としては良い成果だったと思います」
デジカメの映像を確認しながら、黒子は口元だけで笑う。
「インフィルトレイターのお二人が、近接であれだけ動けるのでしたら……実戦でも期待してよろしいでしょうか」
「NO! 黒子ちゃん、その試練はあかんやつ!!」
「一臣さん、落ち着くのだよ。お酌をドウゾー!」
震える一臣の手元が空になっていることに気づき、フィノシュトラが黄金の液体を注ぐ。
「ありがとう、フィノちゃん。これは…… 本枯筧節?」
正解は、筧と加倉の合わせ出汁でした。
※利き出汁:上級者向け
●
石のもとへ戻る途中に、野崎は英斗の姿を見つけて手を振った。
「英斗くーん、お疲れ様! 食べてた?」
「全店網羅する勢いです!」
振り向いて、キリッとする英斗。
「野崎さんはフォークダンスしてたんですよね。自分は、ダンスはちょっと苦手だなぁ」
「えー? ああいうのは輪に入った方が楽しいものさ」
来年は一緒に踊ろうか。悪戯っぽく、野崎はそんなことを言う。
「バックアタックハーーグ!!」
「させるかぁ!」
前触れなく、背後から抱き付いてきたのは因。
野崎は合気道の要領で片腕を取り、コテンと返す。
「いっそこう……激しく叩かれるのも愛かなって思ったのに」
「女の子に痛い思いはさせないよ。酔ってるねぇ因ちゃん」
「へいき、へいきー! まだまだ飲むぞー!!」
「見るからに大丈夫そうではないんですが」
拳を振り上げる因へ、呼び声が。
「やったね因ちゃん、こんなところで会えた! 若ちゃんも一緒だったか」
「加倉さん」
因を助け起こす英斗も顔を上げ、少しだけ驚く。
「向こうで、愁也たちと飲んでるんだよ。一緒にどう?」
●
楽しさに包まれる喧騒を心地よく感じるなど、ファーフナーにとって意外なことだった。
煩わしい、と感じることが多かった。(少しながらでも、自発的に携わったからか……?)
人は、それに達成感という名前を付けるのだろうことを、男は気づかずにいる。
笑う人。酔って泣く人、怒る人。様々だが、どれも暖かな雰囲気を纏っていた。
会場の片隅で、ワインと軽食を口にしながら、その様子を観察する。
平和に感謝し、実りに感謝し、手に手を取って祭りを行なう。
(エスコートは……果たせた、か?)
はっきりとしているのは――ここのワインが美味であることと、来年もまた、と願う一般客が多くいるということだった。
気が付けば、夜空には数多の星が煌めいている。
打ち上げ終了のアナウンスが流れ始める。夏草の声だ。
『本日は、ご参加いただきありがとうございました。来年も……こうして笑い合えますように!』