●
冷たい冬空の下、ホコホコ蒸しあがったもち米が社務所より運ばれてくる。
「大きな戦いも日々ありますけど、こういう日常でのんびり餅つきもいいですねー?」
「お餅をついてみたいと思ったけど、『搗き手2・返し手1』の三人一組だなんて自分にはハードル高すぎましたよね……」
若杉 英斗(
ja4230)は、櫟 諏訪(
ja1215)と一緒にもち米運びをしながら遠い目を。
「若杉さんなら、そんな場面でも注目を集めることができたと思いますよー?」
「いいんです、今日の自分は縁の下に徹するんです。力仕事的なのを手伝って、あとはゆっくりお餅を食べるんです」
「餅の仕上がりなら、期待していいぞ」
そんな二人のところへ、強羅 龍仁(
ja8161)が通りがかった。社務所内にある調理場での下準備、仕上げ場の用意とで慌ただしいようだ。
「強羅さんが言うと、説得力がありますね」
餅搗きの準備に取り掛かっていた鳳 静矢(
ja3856)が目を細める。
「え……、皆さん!」
諏訪や龍仁に気づいた黒髪の女子中学生、六角ユナが遠方から駆け寄ってきた。
まさか、と驚いた表情を見せ、それから深々と頭を下げる。
「その節は、大変お世話になりました」
六角が学園へ編入する決意を固めるきっかけとなった存在たちだ。
「ユナはあれ以来か、久しぶりな」
たすき掛けで袖を括った青空・アルベール(
ja0732)も、そっと歩み寄る。
「お久しぶりですねー? お元気でしたかー?」
「はい、おかげさまで。……皆さん、久遠ヶ原の学園生だったのですね。驚きました」
「黙っててすみませんでしたよー? あれもまた、撃退士の仕事だったのですよー?」
「今ならわかります……。といっても、私はまだまだこれからですが」
「堅苦しくなくていい、俺のことは変わらず『おじさん』で構わないからな」
「……はい」
龍仁に頭を撫でられ、六角はくすぐったそうに目を閉じた。
「これからも、困ったら頼ってくれて良いのだからな!」
猫のヌイグルミで、青空が優しいパンチと握手を。
●
杵を手にしながら、礼野 智美(
ja3600)は神社特有の神聖な空気を胸に吸い込んだ。
「昔取った杵柄どころが、現在進行形だけど」
「子供少ないから、昔から良く参加させてもらったしね」
土地神を祀る家系であり、巫女を護る立場にある智美にとって、『神社』は日常に近い場所。
彼女に誘われた神谷 託人(
jb5589)も懐かしげに頷き、そろりと従弟を見上げる。
「町内会の餅搗きか。徹底した役割分担だったな」
視線を受け、音羽 聖歌(
jb5486)もニヤリ。
「どうしても固定メンバーだと、聖歌と智美さんと……後一人と……後は聖歌のお姉さん? が搗き手になりがちだもんね」
「ああ、そうだ。『搗き手2・返し手1の三人一組交替制』だけど、変更しても良いか?」
思い出話に花を咲かせる中、智美が提案を。
搗き手・返し手、両方の経験がある智美と聖歌。返し手専門の託人。
ローテーションを組んで、二人一組の合間に一人休みを挟む形。
「本人同士が納得出来るなら、良いと思うんだけど。競技じゃないし、強制ってわけじゃないよね」
募集要項で提示されていたのは、『一般的な餅搗きの役割分担でいうなれば』という組み合わせに思う。
「俺に返し手やれって言われても、事故の確率増えるだけだろ。それでやるか。倍速で搗けば良いってことだな」
やりがいも出るってものだと聖歌も頷き。
「アウルに目覚めてから、力もそれなりについたと思うけど……慣れには逆らわないよ。あ、もち米が来る」
「よいしょ、と。搗き手の皆さん、よろしくお願いします」
そこへ、黒井 明斗(
jb0525)が蒸しあがったもち米を運んできた。
「こういう文化的な風習は大事にしたいですよね」
「絶やさず、繋げていくことも俺たちの役割だな」
少年の言葉に、智美は深く頷いた。
「まずは、一気にコネないと。よっし、やるか」
「おうよ」
懐かしくも楽しい餅つき。気心の知れた三人組は呼吸を合わせ、白い塊へと立ち向かう。
「餅を搗きまくれば良いのよね? これなら私にも出来そうだわ!」
コネあがり、いざ搗くばかりのもちを前に、陽波 飛鳥(
ja3599)は袖をまくって気合を入れる。
「1食分の食費を浮かしつつ、2人分の報酬を得て生活費の足しもゲット。こんな美味しい話は無いからね。がんばろう、姉さん」
飛鳥と組むのは、弟である陽波 透次(
ja0280)。
今回の件で、誘ったのは透次だった。
貧乏学生の家計は苦しいのです。共に暮らす姉とであれば、呼吸も合わせやすいはず。彼は返し手を担う。
「えーっと、搗き手が足りないようだったら、ボクと組んでもらえるかな」
そこへ、金髪ポニーテールを揺らして犬乃 さんぽ(
ja1272)が姿を見せた。
(日本じゃあお餅を搗かないと年が越せなかったり、年が明けなかったりするんだよね! ボク、これを幸せな一年の第一歩にしちゃうから)
わくわくソワソワ、日本文化体当たりに瞳を輝かせて。
「ちょうどよかった。搗き手が一人いたらと、募集中だったんです」
「任せて! ニンジャの力で餅を搗いて、搗いて搗きまくっちゃうよ!」
「あら。パワーだったら負けないわ」
赤いツインテールを払い、飛鳥も不敵に応じる。
「日本の神秘、餅つき行事……搗き手と返し手の三身一体の連携が大事なんだよね! ニンジャパワーで、お米を餅に変えちゃうもん」
「準備はいいわね。犬乃さん、透次、行くわよ!」
「おりゃあああああ!!!」
「来たれ忍龍、杵へ更なる力を!!」
(搗き手と息を合わせるのが重要…… え、ここでヒリュウ召喚?)
\☆ドン☆/
「ふっふ……。これは痩せそうね。大太刀の素振りともまた違う感じ」
「姉さんは大雑把過ぎるよ……」
「いいぞ、忍龍! このまま、餅つき速度アップだ!!」
「犬乃さんは速過ぎます…… いえ、対応して見せます」
力の飛鳥、スピードのさんぽ。
飛鳥が10の力で一度搗く間に、さんぽは5の力で二度搗く。その合間を縫うように、透次がぬるま湯で湿した手を差し入れ折りたたむように餅を返す。
特徴的な搗き手ふたりの呼吸・目線・動作を読み取りながらの合いの手は、思いのほかにスリリング。
(正月は食べ過ぎたし。打倒、脂肪! の執念で回転数を上げまくるわ!)
「粉砕、粉砕するべし……」
餅が脂肪の塊に見えて来た飛鳥の呟きに気づきながらも、心を乱されては負けであると透次は返し手に集中、集中。
下手をすれば、重体必至の餅ドンが待っている。
●
本格的に餅搗きが始まり、周囲がにわかに活気づく。
「餅撒きか……。食には興味は無いが、こう言った伝統行事は興味深いな」
そう呟くのは凪(
jc1035)。天使と悪魔の狭間の男。狭間であるが故の、揺らぎを抱く。
「ストーブを借りてきた。……風よけをしてあるとはいえ、寒いだろう」
「ありがとうございます、助かります」
救護テントを設置し、ケガ人対応の場所づくりをしていた廣幡 庚(
jb7208)が振り返った。
「一時休憩所なんかにも利用できそうだな。暖かいお茶なんかも用意しておくのが良い、か? それとも甘酒とかが良いだろうか……」
「甘酒でしたら、ストーブの上で温めておけそうですね。お子さんも飲めますし、神社の行事らしいでしょうか」
淡々とした口ぶりの凪だが、快適な場所づくりのために考えを巡らせていることは庚にも伝わる。
「もち……か。食べたことはないが、珍妙な文化だな」
光景を遠巻きに眺め、飲み物類を用意してきたのはファーフナー(
jb7826)だ。
ひとまず、とヤカンをストーブの上に乗せる。
(エネルギー摂取が出来れば、食事は充分だろうが……)
ちびっこチャレンジタイムらしく、幼子が大きな杵に振り回されながらも愉快げに。
「餅は……縁起物だ。ま、少し位、携わってみるのも面白いかもしれん、な」
そちらへ視線を投じ、凪は口の中で呟いた。
「あ〜、平和だなぁ」
手を叩いて音頭をとって、いっち・にぃ、いっち・にぃ、子供たちの餅搗きは可愛らしい。
英斗は休憩がてらのイベント見学。
他の学園生も気を配っているから、ちびっこたちがケガをすることは無いと思いたいが、救急箱は用意して。
(学園に来てから餅つきはしてなかったから、久しぶりだな)
一般参加者のサポートをしつつ、龍崎海(
ja0565)は雰囲気を楽しんでいた。
「臼と杵をぶつけないようにね。そうなると破片が餅に混ざっちゃったりするから」
子供が杵に振り回されないよう、そっと支えるのも大切な役目。
「おっとと、危ない」
ご老人が、汗で手を滑らせ思わぬタイミングで杵落下、返し手を『アウルの鎧』で護るのも大切な役目。
人数が足りない場所、サポートが必要な場所を見つけ、適宜助っ人として加わる。
「こちらは搗き手が足りないかな」
「ああ、助かる」
ヒョイと顔を出した先では、金髪天使・ラシャが返し手を担っていた。
「こ、このあとに大きなヤマが待っていて、少し、練習をしておきたい」
一般人より力があるだろう堕天使少年が返し手担当なのは、そんな事情かららしい。
「そういうことなら。じゃあ、声を掛けながら行くよ」
海と組む搗き手は、一般人で高校生くらいの少年。力に自信ありと見た。
自分と同年代くらいの撃退士たちが軽々と杵を扱っていることから、自分も同じだと感じているのだろう。
(気を付けて見守らないと)
もしかしたら、撃退士同士よりも気を配るべき相手かもしれない。
海がそう、意識して――
「あっ」
「あっ」
案の定というか、振りかぶりすぎた高校生が後ろへ引っくり返る。大丈夫、転ぶくらいで済む――海はそう判断したのだが。
何を考えたのか、ラシャが真後ろへ回り込み頭上で杵を受け止める事態発生。少年天使なりに、高校生を助けたかったらしい。
「大丈夫ですか!?」
「下手に動かさない方が良いかな」
素早く庚が駆けつけ、脳震盪など起こしていないか確認しながら咄嗟のヒールを。海もサポートに回る。
(あれは……)
救護テントから眺めていたファーフナーが、天使の名を思い出していた。
「うわ」
声を出したのは、向こうだった。みっともないところを見られたと、目が合っては頬を赤らめる。
そのままプイと顔を逸らされ、男は片眉を上げた。
(相変わらずのようだな……、ラシャ)
賑やかな場所へ、向かうようなことはせず。
「アレが噂の撃墜王? ラシャ君か……」
英斗もまた、決定的瞬間を目にしていた。
彼については幼馴染から耳にしていたが、なるほど華麗な撃墜されっぷりであった。
●
「こーゆうのなんか久し振りな、楽しみ!」
自分たちの番が来て、青空はうきうきと向かう。
「お天気も良いし、わくわくするね〜」
森浦 萌々佳(
ja0835)が、おっとりした笑顔で隣に並び。
「もしかして一名様募集中だったりするか?」
そこへ、搗き手として参加希望のテト・シュタイナー(
ja9202)が声を掛けてきた。
「搗き手さん歓迎なのだ。よろしくお願いしますなのだ」
「うっし、こちらこそよろしく。前からやってみたい事があったんだが、付き合ってもらえるか?」
テトの提案は―― 『超高速餅つき』。
「前にテレビで見たことがあるんだよ、えっらい速いヤツ。あれを俺様達がやったらどうなるかってな」
「スピード勝負……」
杵の重さをずっしり感じながら、青空がオウム返し。ポカンとした表情を、キリリと締め直す。
「V兵器でつく訳じゃねーから大丈夫だろ。不安ならスキルの準備でもしてな」
「さ、流石にこれくらい平気だよ、撃退士だもの。搗くのは男手の仕事であろ」
(V兵器じゃない…… スキル…… 撃退士…… 鈍器……)
返し手の準備をしながら、萌々佳の心は、ざわ……ざわ…… 小さな波をたて始める。
「そんじゃ行くぜ? うおりゃあああああああ!!」
「よい、しょーー!!」
(おもち、もちもち)
※平静を保つための魔法の呪文
「……どした、萌? 物理の血が騒ぐ?」
「そっ、……そんな、コトハ」
(おもち、もち、もち)
額の汗をぬぐう青空から、萌々佳が視線を逸らす。
「萌、そろそろ交代な」
「あ、ええと、最初は力加減を確かめたいから、ゆっくりスタートでもいい〜?」
光纏し、しっくりと手になじむ鈍器の感触に萌々佳の魂が反応を始めていた。
(だめ、『いつも通り』にやったら粉砕する可能性が〜……!)
「それ、じゃあ」
(5%……、5%ぐらいの力なら〜……)
ぺったん、ぺったん、
「なかなか良い調子じゃねーか?」
「そ、そうかな〜?」
(私は、たぶんこっちの方が合ってそう……)
次第にペースが上がってゆく搗き手の応酬に、青空の返し手もテンポよくついていく。
「おもち、もちもち…… すーちゃん、行くよ〜」
「いつでもどうぞ、なのだ!」
「おっしゃ、ガンガン行こうぜ!」
テトの声に合わせ、萌々佳、『フェンシング』いっきまーす!
「「おりゃあああああああああ!!!」」
\\★どどどん★//
「はっはー、中々楽しかったな。いい汗かいたぜ」
「叩くって楽しいですよね!」
「冷や汗を…… なんだか一生分くらいの、冷や汗をかいたのだ……」
「結構柔らかくなったんじゃね? 絶対においしいってコレ!」
「激しい攻防でしたが、大丈夫ですか?」
攻防って言われた。
救急箱を手に、明斗が姿を見せる。
「餅ドンも起きなかったし、へーき……」
「ああ、ちょっと火傷になっていますね。お餅、熱いですし……」
スピードへついていくことに必死で、痛みを忘れてしまったらしい。青空の手は、真っ赤になっていた。
●
異常なし、とチェック完了したラシャが餅搗きの場へ戻ってくる。
「大丈夫かい?」
「返し手に徹する……。それで問題ない」
案じる静矢へ、唇を尖らせて。
「それではよろしくお願いします、鳳先輩。ラシャさんは、折れた心を立て直してね」
「キサラギ……お前……」
「平常心、平常心」
背景に何か炎のような物を見た静矢が、如月唯とラシャの双方をなだめつつ。
「んしょ、むずかしいですね……コント、ロールが」
「重心が、武器とは違うからねぇ。重さに逆らわず、――そうそう」
世間話をしているうちに知ったが、唯は普段は鉤爪を愛用する超近接型らしい。なるほど、こういった類の力加減が苦手なわけだ。
(戦闘経験が増えていけば、扱う武器の幅も広がっていくこともあるだろうし、ここでの経験も無駄にはならないはず)
静矢自身、得意な得物は刀だが、戦況に応じて弓や銃器も扱う。
得手不得手だけで物事を遠ざけず、どんなことにも挑戦していく気概は大事だろう。それを示唆してやれるのが、年長者なのかもしれない。
「それから、掛け声をかけて搗くタイミングを返し手に解りやすくすると、不幸な事故が多少は防げるかな」
「よいしょー、とかでしょうか?」
「そうだねぇ。よいしょー」
ぺったん
「オオトリは、モチの違いって知ってるか? ……コラショー」
「うーん。搗いた餅は柔らかくその場でも食べられる。よいしょー」
ぺったん
「あ。あ。私も気になってました。こういう餅つきのって、丸めて食べるか鏡餅ですよね。よいしょー」
ぺったん
「うむ。切り餅は火を入れて柔らかくしないと食べにくいが、雑煮等にするのには都合が良い」
ぺったん
「鏡餅は正月の祝い用……と覚えれば、まぁ間違いではないかね」
「なるほど」
「如月さんも、力加減に慣れて来たかな?」
「あっ、はい!! 先輩のペースが、とてもやりやすくて」
「私は合わせただけだよ。その調子で、六角ユナさんと三人で仕上げまで頑張ってはどうだろう」
「キサラギが、ロッカクを振り回さなければ問題ないな」
「むぅ、そういうことを! 大丈夫だもん。ユナちゃーん、一緒にやろ!!」
龍仁の手伝いをしていた六角へ、如月が呼びかける。行ってくると言い、促されて少女が向かってきた。
「せっかくの機会だ、級友と一緒にやってみてはどうかな」
「私…… 良いんですか?」
静矢から杵を渡され、六角の瞳が少しだけ潤んだように見えた。
「これも『学園生活』だよ」
●
搗きたて柔らかお餅が、仕上げ用の作業台へと運ばれる。
「みんなでおもちつき、なつかしいなあ」
(だいたい仲間はずれか、一人でやってるかだったけど……)
搗いている間に準備の整った雑煮の鍋を運びながら、星杜 焔(
ja5378)は回想する。
「手伝いますよ、星杜さん」
鍋の他方を、英斗が持った。
撃退士であれば一人で軽々であるが、そこはそれ、気持ちの問題。
「いい匂い…… カレーですか」
「和風出汁の、カレー雑煮だよ〜」
「蕎麦屋のカレー、美味しいですもんね。わかります」
「うん、基本的には甘みのあるまろやかカレー。辛いの好き向けにふりかけスパイスも用意したんだ〜」
それから、雑煮とは別に餅ピザ用にトッピングも準備してある。
「自分は、ひきわり納豆を用意してきました。これがまた美味しいんです」
「納豆もいいよね〜」
のどかな会話の途中、ふと焔の目に留まったのはぎこちない表情の少女。
(あれ?)
笑っているようで、泣いているようで、感情表現に不慣れといった雰囲気は、何処となく身に覚えがあった。
(初依頼っぽい? そういえば俺、初依頼でもカレー作ってたな……。何か力になれるかなあ……)
「お・も・ち こ〜ろこーろ♪」
自作の歌を口ずさみ、マリー・ゴールド(
jc1045)は餅を丸めていく。
「黄粉かな? あんこかな? 海苔もいいな、大根おろし♪」
非常に楽しげなのだが、歌に合わせてアップテンポかと思えば作業はノンビリ。
このお餅がたっくさん味わえるのかと思うと、そちらに想像が広がって手がお留守になりがち。
本人は、一生懸命なんです。
「餅搗きは久々かも。故郷の町では皆でやってたけど……。賑やかなのは楽しいわよね」
向かい合って餅を丸めながら、蓮城 真緋呂(
jb6120)は六角へ話しかけた。
「あっ、えと…… はい。搗きたてって、温かいんですね」
それは笑っているような、泣いているような表情だった。
「あたたかい、です」
ひとも。空気も。
「……うん」
『故郷の町』。真緋呂は何気なく口にしたが、その町は、今は『無い』。
賑やかで、楽しくて、温かいあの時は、もう戻れない思い出の中にだけ存在している。
「おもちは、お正月に寮で食べたよ。茶色いつぶつぶの液体に入ってて、甘かった」
「お汁粉のことかしら?」
「たぶん、それ」
一緒に丸めていたRobin redbreast(
jb2203)が、『おもち』について思い出せる限りの記憶を引っ張り出す。あまりない。
「他の食べ方もあるんだ……?」
茶色いつぶつぶの液体をどうやって作るのかもわからないロビンだが、周囲を見るに『それ以外』の姿を多く目にして首をかしげる。
「そうねえ、私は『塩ミルク善哉』を作るつもりよ」
「……しお?」
塩。ミルク。それぞれの単語と、味は、わかる。組み合わされた時の、想像ができない。
「日本の人は創作するのが得意なんだね。あたしも色々と考えてみる」
手持ちの品から、何か作り上げることはできるだろうか。唸りながら、ロビンは餅を丸め続けた。
和気あいあいとした空気を見渡しつつ、サーティーン=ブロウニング(
jb9311)はアスハ・A・R(
ja8432)と共に仕上げ作業。
平和なコミュニティは、何かの映像でも見ているようだった。
「落ち着かない、か? 折角の機会なので、誘ってみるのも有りかと思って、ね……?」
アスハが、蒼髪を揺らして訊ねる。サーティーンは静かに首を振った。
「義兄達以外では初めてですね。感謝しますよ」
他者の目が気になるわけでは、無い。
左手だけで、器用に餅を丸めてゆく。
調味料各種を楽しめるよう、必要な数と大きさを考えながら。
「これなら、義手の細やかな加減も楽しめr ……サーティーン、今、その黄粉や醤油、どこから出した?」
「これですか? 義手からですよ? ……どうかしました?」
「あー…… 実に、細やかな仕事だと思って、な」
流れるような動きに、ツッコミを入れずにはいられないほどの。
そんなアスハへ、笑っているとも無表情とも判別できない『いつも通り』の様子で少女は七味を差しだした。
●
「餅ピザ、焼きあがったよ〜。コーン、肉野菜茸、チーズ蜂蜜。たくさんあるからね〜〜」
焔の声を皮切りに、食事会スタート!
「牛乳、砂糖、塩、片栗粉、すりおろし生姜で、とろみのあるお汁なの。お餅とすりおろし林檎を加えて、仕上げはシナモンよ」
塩ミルク善哉の紹介をするのは真緋呂。
「消化が良くて、栄養もあるのよ。洋風スイーツなお善哉も良いでしょ?」
「温まりますね。体の中からポカポカするみたい」
六角が、打ち解けた笑顔を見せる。
「ふふ。これで私が食べ専じゃない事は証明できたわね」
「え?」
「食べて来るわ! もう、全種制覇してきちゃう」
「い、行ってらっしゃい、連城先輩……?」
穏やかな雰囲気から一転して食へ燃える女の表情となった真緋呂を、六角は暖かく見送るしかできなかった。
「念願無料お餅……!」
体を動かした後だと、なお美味い。
ガツガツと食らう弟を、姉が恨めしく見遣る。
(美味しそうだわ……。でも、正月は食べ過ぎたのよね)
「す、少しくらいなら?」
「オーソドックスな砂糖醤油も良いけど、チーズ餅も濃厚でなかなか。む、この安倍川餅は格別に」
「…………」
「痛い痛い痛い。姉さん、その暴行は理解しがたい」
「私が、こんなに悩んでるって言うのに……っ」
「ストップー……!」
飛鳥からコメカミ拳骨グリグリの刑に処され、透次は叫びつつも箸を手放さず。
「もっちもっちもっちもっち…… うん、余は満足じゃ〜」
お腹を空かせて待っていたみくず(
jb2654)は、文字通りの喜色満面。
どんなお餅も、とっても美味しい。
残飯だなんて言わせない、致死レベルなんて言わせない。
「もぐ、おもち、もぐ、おいしいなあ。……もぐもぐ」
通りかかる人々が、詰まらせているんじゃないかと驚くほどに、口の中へ詰め込み咀嚼咀嚼。
「鰹節麺つゆ醤油とか、飲めちゃうね!!」
バナナオレに餅を漬けこむだなんて、天才か!
次から次へと、餅たちは少女の胃袋へ吸い込まれていった。
「? ……私の顔が何か」
視線を感じ、サーティーンは顔を上げる。
どうやらアスハは食べるのもそこそこに、彼女の様子を観察していたらしい。
「いや、美味しいものでも食べれば、表情が変わるかな、とな?」
「おいしいとは思いますよ。人と食べるのはいいですね」
「……なるほど」
ほんの、少しだけ。読み取りにくい表情が、血の通った柔和なものとなる。
「では、約束の肩車、お願いします」
「構わないが、……本気か?」
「もちろん」
――肩車。
なぜ、彼女がそんなリクエストをしたのか、それこそ解からないのだが。約束は約束。
肩車をしてもらえると聞いて、サーティーンはスカートではなくショートパンツで参加したのだ。準備はいつでもOK。
「しっかり、つかまっておけよ」
一気に広がる視界。サーティーンは軽く目を見開く。
「これ、思っていたより恥ずかしい、な……?」
「そうです? ……そう気にならないですが」
「サーティーンは、そうだろう、な」
頭上からは、楽しげな声。
もしかして彼女は、相変わらず周囲の視線など気にせず、しかし珍しいことに笑っていたりするのだろうか。
「好きなのを取って食べてね」
トントン、背を突かれてラシャが振り向けば、トレイに数種類のトッピングを用意したロビンが穢れなき笑顔で立っていた。
「たくさんあるんだな……。どういう味なんだ?」
人界知らずの問いに、世間知らずが答える。
「日本の人は、辛いものが好きだよね。それが、これでー。マヨラーって人がいるのも、知ってるよ。
カレーに生きてる人種もいるって聞いた! 一部で、バナナオレ党っていうのもあるとか……?」
「……ふむ」
「青汁は健康に良くて、牛乳は背が伸びるらしい。アンタの好みは知らないから、とりあえず健康に良さs」
「待て」
裏方仕事を終えて休憩をしていたファーフナーは、眩暈を覚えつつラシャの言葉を遮った。
「何故、俺のところへ持ってきた」
「あの時の礼を、してなかったから。アンタに助けてもらったから、オレは今ここに居るんだ。ファーフナー」
偵察に失敗し、崖下へ落下して翼を折って。そこを助けてくれたのがファーフナーだ。
「モチは、嫌いか?」
「好きでも嫌いでもない」
「でも、興味が無ければ参加はしないだろう?」
「人手不足と聞いて、内容はよく知らぬまま来た。仕事は義務、それだけだ」
「わかった」
きらり、少年が目を輝かせた。
「アンタ、箸を使えないんだろう……! オレも使えない! ナカマか!」
「一緒にするな、俺はちゃんと使える。それとも、教えてほしいか?」
小馬鹿にするよう言ってやれば、少年は餅のように頬を膨らませた。わかりやすい。
あちらこちらから皿に取り分け山と積み、お茶を添えてマリーは恍惚とした表情。
「ど・れ・か・ら・食べよ こ〜ろころ♪」
自作の歌で、気分を盛り上げ。
「まずは、そのまんま…… んぐ、もぐ、……ん〜〜、おいひぃ」
米の甘さがよくわかる。
大きさによっても、伸びたり歯切れが良かったり違いがあって楽しい。
「それからー……」
からみ餅、ずんだ餅、あんころ餅に……
「!? ……ん、……んご」
傍らのお茶は、飾りだった!!
一気に詰め込み過ぎて、目を白黒させる。
「大丈夫ですか!?」
裏側の片づけを終えた明斗が、慌てて駆け寄る。
背部叩打法でいくつかの餅が出て来るが、まだまだ詰まっているらしい。
「苦しいかもしれませんが…… 失礼します」
えいっ。背後から両脇に腕を通し、ハイムリック法を試みる。
男女だから照れ臭い、なんて言ってる場合ではない。
「けほっ、けほ……」
明斗の腕の中、マリーはぐったりしている。
「手順に間違いはありませんでしたし、全て吐きだせたと思うのですが……」
同様に助けに来た庚が屈み込み、マリーの頬に手を当てる。
「――はっ!!?」
我に返った少女の眼前に、真っ先に入ったのは心配そうな庚の顔。
それじゃあ、今、マリーを抱きかかえているのは……
「ああ、よかった」
にこり。
善意の塊の笑顔が、差し向けられる。
「だ」
「だ?」
「大丈夫ですっ。大丈夫ですから〜……!」
らー……
……らー…………
ドップラー現象を残し、マリーは何処へとなく走り去っていった。
男性免疫ナシのマリーにとって、あの距離は危険が危なかった。餅とは違う意味で息の音が止まるところだった。
「……ええと」
「手順に間違いはありませんでした」
こくり、励ますかのように庚が明斗の肩を叩いた。
甘いもの、食事系、食べる順で口直しを楽しむのは海。
無尽蔵に食べられるわけではないから、計画的に。
「よろしければ『運試し』致しませんか?」
「運試し?」
悪戯っぽい表情で、庚が声を掛けてきた。
一口サイズの餅が、積み上げられた皿を手にして。
「一部にだけ、『当たり』が入っています。他は、普通の餡ですよ」
「『当たり』、か……」
その言葉に、海の表情が難しいものへと。
「さっきも、『当たり』を引いて…… タバスコ入りだったんだよね」
今度『は』大丈夫、庚の言葉もまた、なかなかに信じがたい。
神社という場所で、疑心暗鬼を飼うことになるとは。
「お・じ・さ・ん……!」
「どうだ、笑ってもらえたか」
「龍崎先輩は、アクシデントに動じない方でした……」
『当たり』入りロシアン餅だとは知らず、振舞っていたなんて!
龍仁に促されるまま回っていた六角が、ポカポカと犯人を叩く。
「学園の生活に少しは慣れたか?」
「まだ……わかりません。だけど……」
今は、楽しいです。
少女は拗ねた声で、年相応の表情を見せた。
「それでいい」
自分の戦う姿を見た上で、同職を選んでくれたことを嬉しく感じる半面、『癒し手』ならではの苦悩もまた、少女は学んでいくことになるのだろう。
いつかの時のため、挫けないだけの支えになる『楽しい』を、積み重ねていってほしい。
「将来の夢があれば、それに関わる仕事の依頼を選んだりもありですしねー?」
あほ毛レーダーで事故発生をチェックしながら、餅ピザ片手に諏訪が歩み寄る。
「まずは、自分がやりたいことを見つけて行けばいいと思いますよー? それに、戦うには覚悟も必要ですしねー?」
「戦う……」
六角の義父は、戦いの中で再起不能に至るケガを負った。それでも、義父は撃退士であった経験を活かした事業を展開している。再び大ケガをしたなら命は危ない……その『覚悟』をした上で。
「君は君らしくあればそれでいいと思うよ。ちなみに、俺は殆ど戦場に出ないままここまできてしまった……」
「え」
カレー雑煮をトレイに乗せてやってきた焔の言葉に、六角は吃驚する。
「はじめまして!」
もぐもぐごくん、一通り食べ終えてから、みくずがひょっこり顔を出した。
「そう言えばユナちゃんははーふなんだっけ? あたしはね、こう見えても悪魔なんだよ〜」
他者を警戒させない、温和な笑顔。可愛らしい耳をぴこぴこ動かしてみせる。
半分、六角と同じ種族の血。
「どんな種族でも、良い人も悪い人もいると思うよ〜。きっとね、そこに『特別』はないんだよ」
焔が言葉を添える。久遠ヶ原だから出会える、たくさんの選択肢が広がっていた。
「まだ道が見えなくても、きっと素敵な未来は見えてくるよ。あたしはそうだったからね♪」
この学園で実兄と再会したのだと、みくずが言った。
食べてみるまで具材がわからないロシアンお餅のように、可能性はいくらでもある。
三人一組から始まった依頼が、繋がって広がって彩りを添えてゆくように。
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汗と笑いと涙を込めた新春餅搗き大会。
大きな負傷者を出すことも無く、無事閉幕。
何気ないイベントも、きっと忘れられない大切な思い出と経験に。
今年は、まだまだ始まったばかり。