●黄金のゴレム
とある町中の外周に巨大な影。
後ろに無数の鉄屑引き連れて、足音高き死神のようだ。
「随分と大仰だな。この町にそれだけの価値があるとは思えんが」
「テストらしいからな。大型化は戦力強化としてはシンプルで判り易い。見た所メリットは重装甲かつ高火力、デメリットは機動力」
ショッピングセンターの屋上駐車場から見降ろしたファーフナー(
jb7826)は、ゴーレムの一団に視線を向けた。
無駄な事だと吐き捨てる彼に、鴉乃宮 歌音(
ja0427)は資料を読みながら告げる。
「…まあいい、どう攻めるべきだと思うね?」
「直線であれば全力移動出来るだろうが曲線はかなりのロスが生じる。取り巻きを排除しつつ横撃、その後は周回が有効かな」
ファーフナーの揶揄する声を横目に、歌音は指先で円をグルグルと描いた。
斜めに敵中の懐に飛び込み、即座に離れて敵の射界と護衛を置き去りにする算段だ。
有効な戦術ではあるが、その為には必要な手順がある。それは…。
「ならこちらの班で雑魚を引き付けておきますね。排除したら合流する予定ではありますけど…」
「撃退士は強いが脆い。ゆえにあれだけの数は厄介だ。挟撃を避け、後衛を守るには一騎でも多く潰して回った方がいいかもしれん」
必ず送り届けて見せますよ。と浪風 悠人(
ja3452)が告げ、壁の排除を申し出る。
だが信太 樟葉(
jb9433)が言うように、強くなくとも数は脅威だ。
討ち漏らした場合は他の撃退士に禍根を残す事になりかねない。
「企業雇いの撃退士にも荷が重いだろう、逃すわけにもいかん。ここにいる分だけでも根絶やしにさせて貰った方が良いかも知れんなぁ」
「ふむ。ならば任せるとして、こちらでも遮蔽物を利用するとしよう。それで随分と違うはずだ」
「そうですわね。後はタイミングさえ間違えねば、十分にやれるはずですわ」
戦いは数だとは良く言った物だ。という樟葉の呟きに、ファーフナーや長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)たちは考えを切り替えた。
それは、倒しながら行くのではなく、できるだけ出合わないようにして接近すればいいという事。
後は残る物だけ倒して、大本を叩けばいい。
「今度こそわたくしの拳でゴレムを倒して見せますわ!……いけませんわね、熱くなってわ」
みずほは前回に仕留めそこなかった同型機のゴーレムに思いを馳せた。
後少しで自分の手で倒しきれた感触がある。
もっと上手くやれればきっと倒せるに違いない。そう思って気を引き締めて行く。
●戦闘開始!
「時間どおりだべな。おーらはブレイカー、893なブレイカー、おーらが戦えば嵐を呼ぶべ♪」
色んな意味で寂しくなってしまった御供 瞳(
jb6018)は、思わず唄いながら前線に向かう。
なんというか、唄わねばやっていられない気分。
理由はリア充に対する嫉妬、そして自分に対するやるせなさ。
多数の敵よりも、吹き荒れる心の風が厄介だ。
いまいち理解できないかもしれないが、カップルを見た者は結構こうなる。
なにはともあれ、引き寄せながら後退する先任の撃退士も術は既に尽き、交代する為に全力で疾走し始めた。
「あのタイプとは何度か交戦経験がある。安心して下がってくれ」
『後は任せた。頼んだぞ』
キイ・ローランド(
jb5908)は少し高い場所に仁王立って、敵の索敵網にわざと引っ掛かる。
先遣班は状況確認を兼ねて礼を言うと、仲間達とすれ違って抜けて行った。
「また同型機か。これだけやられてるんだからコンセプトが間違ってるとか思わないのかな?」
「天使の目的は違うんでねか?それに前回よりはきっと強化してるべ」
キイの苦笑に応え、共に同じ敵に対した瞳が答える。
撃退士が作戦に成功したように、敵もまた実験に成功しているのなら話は別だ。
最初から侵攻用で無いなら、確かに倒すだけでは相手の計画が止まらないだろう。
「倒される事を前提にした実験か…。何にしても脅威には違いないし。倒させて貰うけどね」
守りに回ったキイには実感が無いが、確かに攻め手の仲間は苦労していた。
耐久性のある個体としては既に完成し、攻撃力などを試しているのかもしれない。
「実験なら自分の家でやりやがれってんだ。どんなに厄介でも…」
「どんなに強化…されても…、倒す…のみ」
それが撃退士だから。悠人と浪風 威鈴(
ja8371)の声が同時に唱和する。
自分たちのゲートで実戦訓練するのなら、留める義理もその気もない。だが、町中を狙って来るのが許せなかった。
本来であれば、この主戦場は町の人々が沢山訪れる場所なのだ。
『ふむ来たか…よしっ、劇場番「しの太と鉄屑兵団」。ここに堂々開幕と行こうかぁ!』
「(…えーと劇場?足を止めたら横槍で薙ぎ払うから援護よろしく)」
「(ん…。あの数は…脅威。油断は…禁物だから…ね)」
不意に割って入ったのは、先制を担当する樟葉の掛け声。
射程内に飛び込んで来る甲冑軍団向けて、屋上へ続く道から策を放つ予定だ。
悠人と威鈴は顔を見合わせて少しだけ微笑んだ後、樟葉のネタを盛大にスルーした。
目と目で合図を送り合い、ゆっくりと進んでいく。
『(は、反応が無い。あたしは屍のようだ)。いや、弱気は禁物! 鉄屑諸君、今から君たちを狙い撃つぞっ!覚悟は良いかね?私は出来ている!』
樟葉はその時、一抹の寂しさを覚え、大慌てでそれを打ち消した。
国民的なあの番組を知らぬはずもあるまい。
全撃破を心に決めて、策を実行に移す。
『行けッ!ショッピンカートっ、鉄屑の記憶と共に!第二波、第三波。そして本命を叩きこむ!!』
てえ!
樟葉が傾斜を利用して滑らせたのは、無数のショッピングカーだ。
阻霊符の影響下では、幾つかは勢い良く直撃し、当たらなかった物も障害物になる。
いいや、元より初動の注目を集めるのが役目なのだ。
稼げた時間が刹那でも十分過ぎる!
「足を止めましたね!?貰った!」
「…二重の…魔法光。生き残った…子でも…悪い…けど。邪魔は…させない」
飛び出した悠人は、仲間を進ませる為に敵集団へ魔法の火花を散らせた。
威鈴の視線には、無数のアウルが始めた後、別の仲間から全く同じ呪文が映る。
冷静に敵影を確認した後で、威鈴は狙いを付けて生き残りを弓で撃ち始めた。
●殲滅戦!
魔の砲花、そして生き残りを即座に仕留める矢の雨。
呼吸を合わせた攻撃に、前衛の一隊は瞬時に壊滅した。
「浪風君…旦那さんの方の火力が上とはいえ、自分と二発で壊滅か。魔法に弱いと言うのは本当だったみたいだね」
「(だっ旦那…。旦那さま…うう)」
キイが冷静に敵戦力を測っている脇で、瞳の目は死んでいた。
ぼけーと一瞬だけではあるが、頭が豆腐の用に真っ白になる。
旦那様、おらの旦那様はいずこと婚約者を探し続けるうちに……とうとう夫婦撃退士と遭遇してしまったのである。
「次が来たか。さっそく迎え討つよ。君達の相手は自分だ」
「こっ今度はおらの番だべー。どいててけろー」
次なる相手が突撃して来るのをキイが留めると、瞳はゆらりと失意より立ちあがった。
血の涙をふきもせず、忘我のふちでただ魔法を唱え続ける殺戮マシーンとなる!
「おらが、おらは、おらおらおらおらおらおらおら!」
瞳は考えるのを止めた。
敵だ、ああ。敵ならば倒さねば。
寄ってくるのは何時も敵だけだっちゃ…。その思いと共に周囲が炸裂、続いて砂嵐を呼ぶぜ!
無数の敵が次々突撃を掛け、仲間の体力と引き換えに撃滅されていく。
「さて、そろそろ頃合いかな」
「ですわね。被害を受け持っていただきましたが、ここからはわたくしたちが死地に参ります」
経緯を見守った後でファーフナーは、数人の仲間と共に強襲を掛けた。
みずほが後に続き、横合いからするりと鉄屑兵団の壁を抜けて行く。
否…。壁に穴が空き、強襲班を止めきれなくなるまで、待ち続けていたのである。
「直衛は引き受ける。足を止めるな」
「あなたの相手はわたくしですわ!さあ、かかってらっしゃい……ませ!」
一緒に飛び込んだもう一人、歌音は走りながら引き金を引いた。
みずほが黄金のゴレムに取り着いたのを見て、護衛を潰しに掛ったのだ。
流石に魔力型ではないので数発掛るだろうが、この場は状況を確保し続ければ十分!
「流石にいきなりは効かんか。…だが効果は期待できそうだな。ここは下がるとしよう」
ファーフナーが放つ魔力の鞭を振り払うのを見て、彼は一度下がって木材置き場に向かうと決めた。
甲冑の主力を倒している仲間が駆けつけるまで保てれば良いのだと、ヒットアンドウェイ。
みれば他の二人も目まぐるしく動いており、ゴレムの行動を撹乱していた。
「流石に無策では当てることは敵わないでしょう。ですが、クリーンヒットの為に積み上げるのもまたボクシングですわ」
ここはまだ命の掛け時では無いと、みずほは悟ってチャンスを待った。
敵は神秘文字のある目を大きな体で遮りながら攻撃しており、今はまだその時ではない。
●戦いの天秤
黄金のゴレムが祈るように手を組みわせ、徐々に開いた掌から空気が震え始める。
次第にその歪みは大きくなり、全身に震えが伝達すると同時に輝きだした。
「(前列を巻き添えにする気か…)。また来る、散らばれ!」
「…もう少し、離れて」
「大丈夫、心配は掛けないよ」
キイが声を掛けると同時に甲冑型を潰していたメンバーが散開。
念の為に援護しようかと思った威鈴に、悠人は笑って首を振った。
先遣班の話を聞いていた事もあり、予め距離を取っていたのが幸いしたと言えるだろう。
一度に巻き込まれるとしても精々二人。
「回復してもらってありがたいだっちゃ。そっちは大丈夫だべか?」
「魔力が上乗せされて無いし、この程度なら何とでもなる。面倒なのはむしろ甲冑たちだな」
瞳を治しているキイから血が滲むが、累積した衝撃だけでそれほど深いわけでもない。
むしろ次々にやってくる雑魚や、魔書攻撃を躊躇しないのが厄介だった。
「とはいえ敵を引きつけるのが騎士の役目。倒れるわけにはいかないから、適当に自分で治療させてもらうよ」
「…ならその役目、少し手伝おう」
キイの無事を確認した樟葉は、少しずつ目立つ場所に移動し始めた。
初めに居た後方から雷鳴を浴びせつつ、敵軍団の射程ギリギリに斜め斜めに前へ。
無理をする気は無い。少しずつ敵を引き離せればいい。
「護衛は辛いか、鉄屑?砲台なんて捨ててかかって来いよッ!」
樟葉が引き寄せた所で、脇から暴風が押し寄せる。
見れば仲間たちの方に向かった数体が、横殴りの風で押し流されたのだ。
「ひとまとめだべ。(…向こうが羨ましいだっちゃ。旦那様ぁはどこだべさー)」
「ここが残る手札の切りどころですっ。みんな行きますよ」
それは瞳が放った猛烈な風である。
一か所に集めて範囲魔法を放とうと、悠人が声を掛ける…のだが、瞳には見えてしまった。
彼が威鈴とアイコンタクトして、巻き込まない様に光の柱を放っているのを。
心と心の会話…。なんと羨ましい。
●鉄屑軍団の崩壊、そして…
甲冑は前戦に出払い、繰り返して攻撃で結構削ったか?
そう思えた矢先、黄金のゴレムの周りでは思わぬ変化が訪れる。
「指定範囲が近過ぎ…。まさか!?くっ。このままでは…」
「自分の周囲に掛ける気か。再生型だと考えるなら、確かにその手があったな」
みずほの周囲だけでなく、後方に回っている歌音にも範囲が及んでいる。
足を狙った酸弾で膝をつかせた事もあり、一斉攻撃を掛けようとしたのが裏目に出た構図である。
もちろん普通の敵であれば自滅行為だが、相手の特性を考えれば相殺といえなくもない。
このままでは避けれないと悟った歌音は、他人事のような冷静さで鉄杭を後頭部に打ちこんだ。
打ち合わされた掌へ、大型魔書に相応しい魔力が密集する。
攻撃魔法を持たぬゆえの素撃ちではあるが、回避型には威力十分。直撃すれば危険だが…。
「させ…ない!」
威鈴の放った矢が、合わされた手と手を僅かな時間縫いとめる。
時間は刹那、だが仲間が回避する助けにはなろう!
「この機を活かします!黄金と黄金、どちらが上かしら?」
みずほの拳がゴーレムの頭に突き刺さる!
仲間の援護もあり、彼女はからくも逃れたのだ。
同じように鉄杭で態勢を崩した歌音が、直撃した事を考えれば運が良かったのかもしれない。
「確かに好機だな。全弾持っていくがいい」
ファーフナーは再び束縛の魔力を網上げると、蔦の形で放出。
接近していた仲間たちが一度離れるのに合わせて、再び魔力の鎌を用意し始めた。
先ほどは失敗した束縛術式が効いている。
後方の仲間も合流すれば、神秘文字を破壊するのは難しくないだろう。
「待たせたなあ!」
「お待たせだべ」
「これで…チェックメイトですわ!」
樟葉や瞳たちが雑魚を蹴散らして合流すると、全員の顔面攻撃で神秘文字を粉砕。
確認している時間が惜しい、再び魔書攻撃が来る前に!
誰が文字を砕いたかを確認するより先に、みずほは渾身の拳を振り抜いた。
「俺は撃退士の浪風悠人。なぜ町を襲う。いや、襲うフリをする!こんな事が楽しいのか!?」
「実験ならば、失敗に終わったと伝えておけ」
悠人が敵後方に呼びかけると、僅かばかり気配が漏れる。
倒しただけでは本当の意味では終わらない、黒幕の心を折る必要があるからだ。
待機していたファーフナーが追撃とばかりに実験の失敗という言葉を掛けると、一人の天使が姿を現した。
「毎度雑用ご苦労様だな。一体何時まで続ける気だ?」
『どうするかニャー。口止めされて無いし良いかミャ〜』
「察するに強大な敵を足止めする防御用だろう?でなければこんなコストのかかる大型砲台造らない」
キイの質問をはぐらかそうとした天使に、歌音は得られた情報から推測を叩きつける。
隠された情報は、ある程度の真実でも鍵に成るからだ。
『そこまで判ったなら教えてやるニャ。ゴレムたちは『撃退士の遊撃制』に対抗する為の、即席戦力と言えばわかるかミャ?』
「遊撃制…。そうか、ゲート戦を想定したのか」
「確かに…必要ならば天使級の撃退士が10人集う事もありますわ」
天使の答えに、歌音とみずほは大規模戦闘を思い浮かべた。
チームによっては大天使級すら居るのだ。
思えば天使側が、撃退士の精鋭を無策で対抗するはずがないではないか。
「そんな事…の為に…。ひどい…」
「町でもゲートでも、もし次会えたら、お前をあのゴーレムみたいにしてやるからな!」
『お前らこそ、首を洗っておくがいいニャハハ!」
サーバントの材料が人や動物であることを思い出し、威鈴は涙した。材料にならねば、いや、戦いさえなければ殺し合う事は無かったはず。
悠人のあげる怒りの声を効き流し、天使は立ち去って行く。
はたして天魔との戦いは、どうなるのだろうか?