●開かれる倉庫
「3、2、1。一足先にお疲れ〜」
「お疲れ〜。んじゃ用意に走るか。お前らも依頼明けだろ?よく来たな」
その日の朝。広島の北部では、寒い中で夜衛組のバイトが終わった。
学園では小さな仕事も学生たちがこなすことが多く、彼らは毛布を引っ張り出して仮眠室へ。
あるいは徹夜など感じさせない足取りで、パーティの準備を開始した。
「呼ばれちゃ仕方ない。励まさせてもらいますよ、御嬢様に旦那様がたを楽しませないとね」
「にひひ。ビール怖いビ−ル怖い、スナックもたっぷりあるし、牛肉や豚肉も怖いわぁ〜。ヒバにゲンソウ…これって美味しいのよね」
「漫才ですか…。でも、昔ですけどその手の工場が広島にあって、その縁だとかなんだとか…。車にタンクって、わざわざ水を汲みに行くのかい?」
「蘇りの水なんてモンがあるなら試しに行かなきゃ嘘だろうがよ。俺らの苦労なんざプライスレスだぜ」
足音高く、車や二輪から撃退士が降り立って行く。
手品のように包丁を取り出し、鳥や牛の調理を開始。あるいは紅茶を振舞う為に彼らが必要だと思う用意を始めたのである。
「苦労?苦労だと…、ふん。魔族に天使が協力するこの状況で、そんなものは不要である。俺らに任せておけばよい」
「悪魔とか関係ないんだからな。でも蒸気の力で解決すれば、疲れた人もちょちょいのちょいなんだからなっ!」
「……ん。俺…調理違う。僕…は、早く…来過ぎた…」
そんなこんなで十人十色、50十人いれば五十様と言った風情で御茶会は急速に整い始めた。
「そういやあ執事って眼鏡かけてるイメージあるよな?」
「かもですね。錯覚だとは思いますが、そう言うのを好む人も居るでしょう」
そっけねえなあ。
こんなんどうよ?と伊達眼鏡を吊りあげて見せる如月 敦志(
ja0941)は、石田 神楽(
ja4485)に笑顔でスルーされてしまった。
俺の話を聞けと掴み掛かり、仲良く喧嘩しているところを横殴りに別の笑顔が見舞われて思わず中断してしまう。
「仲ええなあ。思わず嫉妬してしまいそうや…、時間もないんやし、馬鹿は程ほどにな」
「ウゲっ、勘弁してくれよ。んなんじゃねえって」
「千鶴さん流の冗談ですよ、相も変わらず成れませんねえ。でもまあ時間が無いのには賛成です、今の内に間合いを把握しておきましょう」
くったくない笑顔。
宇田川 千鶴(
ja1613)の冗談に、敦志は沸騰し神楽はクールに流す。
友人同士の他愛ない会話で、忙しそうに動く他の撃退士たちに思わず和やかな空気が流れた。
…ええと、一部を除いて。
「…。…」
「わーっ、その絵凄いねぇエルレーンさんとっても器用〜。あたしも後で並ぼうかなー」
「だったら向かう場所を間違えない様にしないとな?」
オミーくんひっどーい。
方向音痴と定評のある栗原 ひなこ(
ja3001)は、加倉 一臣(
ja5823)に思わず言いかえした。
幾らなんでも、ここで彷徨う事なんてないよ!
それはどうかなと追撃喰らって、とうとう誰かさんの違和感には気が付かなかったのである。
「ひっどいよねえ?そんなんじゃないもん」
「え、あ、うん。そうだねー、ホラこーかい長の縞うまさんだよ〜。縞があるから虎さんカンチョーとも仲良しなのかなー」
「航海長に艦長って、動物村ならぬ動物戦艦かよ?おっもしれーこと考えるな」
そのとき、ラテアートの練習をしていた彼女にインストールされた何か。それを全員が見逃していた。
それまでふわふわな絵柄で、単品のデフォルメ動物を描いていたエルレーン・バルハザード(
ja0889)へ、恐るべき何かが飛来する。
受信した想像が、脳を高速で回転させる!
右手で可愛らしい動物たちを描きながら、左手ではある種のヨコシマな想像の発露が流れては消える。
「コーヒーと、あと何かつまむ物お願いできる?ファーストフードも味気ないし、こちらで頂くわ」
「はい、うさぎさんー。第一便だよ〜」
「あ、もう最初のお客さんですか?フィナンシェはまだ試作段階なので…」
「こちらで受け持って置きますよ。友人たちと愉しもうと、予め用意しておいた物がありますので、ご存分に御手を振ってください」
活性化するエルえもんの頭脳とラテアート。
視界の端に映った女生徒達へ、第一便のカップを用意。
彼女の奮闘に応えようと、お菓子を焼いていた御堂・玲獅(
ja0388)が時計を睨むが、残念ながら簡単には焼き上がったりはしない。
試作品を飾り付けて出すべきか悩んで居る彼女に、速水啓一(
ja9168)が声をかけて来た。
「相変わらず用意の良いことだ。相席は構わんが、愛想の方は期待するな」
「それで十分だよ。…なに、こう言った事は不慣れだけど、それゆえに準備は怠らない様にしておくのが流儀というものさ」
好きにしろ。
席の1つを御繕ったルチャーノ・ロッシ(
jb0602)は、気だるげに座り込み瞳を閉じる。
啓一たち友人連の主義や趣味に付き合う義理は無いが、それに口出して止める気も無い。
こちらの心情に踏み要らない範囲でなら付き合おうと、火もつけてない葉巻をしがんだ。
なにはともあれ御茶会は始まったのだ、自分なりに愉しむとしよう。
●ティーパーティの開宴
「おうや?煙草を喫んでないとは感心感心、これでアリス達に紅茶のなんたるかを説いていてくれれば含む所は何一つないのだがね」
「ぬかせ。コーヒーを飲み終わるまで隠れて待っていたくせに。ルトゥーチ…だいたいてめえは胡散くさ過ぎんだよ。とっとと全員分淹れちまえ」
「何を用意したんだい?それに合わせて合わせる物を変えるとするよ。手伝ってもらったやつだから、美味しくない事はないと思うんだけれど」
サッカーも出来ない狭い校庭には無数の天幕。その一つへ女学生や紳士達が集い始めていた。
バケットに敷きつめられた銀盤には味の違う何種かのスコーン。
それが紅茶の味を壊さぬ物と知って、レトラック・ルトゥーチ(
jb0553)は優雅に一礼を入れる。
ルチャーノの方は未成年と相席で煙草を喫する男ではないし、啓一は天才ではないが不出来な物を用意するはずもない。上々の滑り出しであった。
友人たちがその気ならば、用意した虎の子の成り立ちから説明してやるのが筋と言う物だろう。
「よろしい。この時期の旬は別の方に任せるとして、俺が勧める物を心行くまで味わってもらおうではないか。アリス達が花嫁道具に持って行けるほど、完成された手順と言う物がある。そもそも紅茶の歴史とはだね…」
「あいも変わらず囀る事だ。同じ事を繰り返して良くも飽きねぇ」
「伝統とはそういう物じゃないかな?それに相席する方が違うとなれば、気が抜けない物さ。そっちが目的じゃないかと疑う時もあるけどね」
女学生相手に一席ぶち始めたレトラックを放置して、割ったスコーンにジャムを塗りつつルチャーノと啓一はつまらない会話を愉しんだ。
洗練された業が自分の命より大事であるかのように講義しているが、必要に応じて平然と前提条件を覆す二枚舌だと知っている。
変わらないのはただ一つ、このくだらない時間を有意義に過ごそうと何もかもを傾ける姿勢こそが、あの男の本性だろうと笑い合った。
「…呼んだ。読んでない?詠ばれた気はするけど…私、何してるんだろう。エルさん、まだかな…」
「待ってる間に食べてく?試作品で良ければ結構揃ってるけど?」
…いい。
ぬいぐるみを連れて彷徨っていた蟻巣=ジャバウォック(
jb3343)は、不意に名前を呼ばれたような気がして立ち止った。
ケーキだろうか?漂うフルーツの良い香りに心惹かれるが、やる事があるというか、順番が違うからと近くの屋台に居たフローラ・シュトリエ(
jb1440)の勧めを断ってまた歩き出す。
二歩歩いてキョロキョロ、三歩歩いてキョロキョロ。
不思議な事に、そこから先は立ち止まらずに歩き続ける。
「やっと見つけたでござる。出遅れてしまった分は、二人で…」
「早く一緒に、屋台を回るです。美味しそうなケーキをくれる所、もう見つけて。…あ、あと、ぬいぐるみの…ティラちゃんも、一緒です。…忘れたらダメ」
ダメ、絶対。
予定の時間を早めに来たつもりのエルリック・リバーフィルド(
ja0112)が、早く来過ぎた蟻巣をようやく見つけ出した。
「うむ、ティラちゃんも一緒で御座ったなー。共に護衛を頼むでござるよ。さて、紅茶とケーキを頂きながら、次なる目的地を物色するでござる」
「ん…ここ…。ここがケーキ、くれるって」
エルリックは蟻巣に連れられて、腰をすえない程度に屋台を物色し始めた。
どれが良いのか決められないのか、彷徨う視線を温かい目で見守りながら、この後の行動を先に思案しておく。
蟻巣が凧のように不安定ならば、自分がケーキに和菓子、その後は遊びに…と、重しならぬ道標になれば良いのだと人知れずに頷いた。
新しい物に傾注して今までの認識がガラリと変わって振り回される事もあるだろうが、それはそれで楽しい事だろう。
「おっ、さっきの子ね。一緒に食べるなら同じ物じゃない方が良いかしら?ちょっとずつ変化を付けた物を盛るから、食べ比べて見て」
「…これ、何。かな?」
「申し訳ないでござるが、せっかくなのでケーキとコレの差を教えてくだされば幸いでござる」
フローラは迷っている蟻巣へ、三切れで一皿を構成するとエルリックの求めに応じてちょっとした話を付けてやった。
ケーキとシュトロイゼルの差から始まり、プティングであればプリンにカタラーナなど国別での名前以外の差など。コクコクと頷く二人に色々と付けくわえて行く。
「ドイツにいた頃はちょくちょく作ってた物だから、懐かしいわね。完成品は後で並べるから、美味しいと思ったらその時は買ってよね」
「面白そうだね。俺達にも貰える?全部食べて見たいから調度良い」
「新しいお客さんも来たので後で御土産にするでござるよ。さっき見繕って置いたのでまずは和菓子から…」
「ん…。うん、いく。お店巡り初めて、ですから。凄く、嬉しい」
専門家には叶わないけれどね。
そう謙遜するフローラの解説に、桜木 真里(
ja5827)が興味深そうに話しかけて来た。
腹具合に不安は無いが、せっかく手軽に愉しめるならば悪くない。
エルリックはフローラに感謝すると、蟻巣の手を取って掛け出し始めた。
御茶会は始まったばかり、でも楽しい時間は一瞬だから。
●鰹じゃないよ、アートだよ
「飲み物ありがとう。そういえば去年のクリスマス前にもこんなことあったよね」
「どういたしまして。あったあった文化祭のだね!一緒にケーキ予約したよね」
仮設されたベンチで少女は大人しく見張りをしていた。
真里は嵯峨野 楓(
ja8257)が足をバタバタ元気よく待っているのを確認、隣に腰掛けてついこの間のようにあの日を思い出していた。
「さっきのお店はちょっとずつ分けてくれたんだ。…あの時も全種類を目指していたよね。お腹は余裕?」
「うん!いっぱい食べるよっ。ドンドンこーい!…あの時はいっぱいあったなぁ(表でも裏でも…)」
真里の爽やかな笑顔に元気に応えながら、楓は心の棚を盛大に活用した。
嫉妬の炎をメラメラ燃やし、リア充どもを恨んだあの日の記憶は忘れる事は無い。だが、そんな日々の思い出へ都合よく蓋が出来るのは女の子たちだけの特権だろう。
何事も無かったようにカップのラテアートを眺めながら、残しておいた苺クリームを片付ける。
「あ…楓、少しじっとして?…また今度、二人で一緒にお花見したいね」
「ん?つ、…付いてるって言ってよね!ありがと」
その時、世界が止まった。
突然、真里が顎に片手を当て、もう片方の手で…。
唇に付いたクリームをふき取る感触で楓はパニック、真っ白になった頭は、珍しい事にいつもの冷静さが吹っ飛んでいた。代わりに支配するのは、彼女が愛読しているヨコシマな本だったらどうなるか…とか?
「うん…、行こうよ。お花見」
色々な妄想を抑えつけ、楓はようやくそれだけの言葉を絞り出す。
重ねた掌に感じる温かさが、まだ寒い風を跳ね返すほどに熱い。
彼女の顔の様に朱に染まる花へ、思いを馳せることでいつものマイペースを取り戻そうとする。
そんな時。屋台の一つでちょっとした騒ぎが起きていた…。
「すみません、おかわりください。鰹ダシ抜きで(や…、やはり、さっきの続き?まさかラテアートで連続ストーリー!?) 」
「お客様…鰹ダシは入ってません…!先ほども説明させていただいた通り…」
パシンと高なる指先の悲鳴。
内心の動揺を隠す若杉 英斗(
ja4230)が上げた音に、苦笑しながら反応が返った。
もちろん非礼を問題にする訳はない、ここは清浄厳正な執事の間ではなく趣味人の集う執事カフェ。指パッチンはむしろ気が効いた部類に入るだろう。
文句を付けたいのは、せっかくのコーヒーに鰹ダシを入れるバカは居ないと言う事であった。
少なくとも、『その時』の加倉 一臣はそう信じていた。
「しかし俺らのポジションって安定よな…」
「デスネー。でも、それどころじゃないんでもう一杯お代りいただけますか?もちろん鰹ダシ抜きで(これは…まさかのスペクタクルスペースラブロマンスの予感…) 」
「こちらです。次の一杯は少々お待ちいただけると幸いです。スタッフも誠心誠意に対応しておりますので」
腹こわすなよー。
ラテアートを凝視し、一気に啜り始める若者の隣で一臣は英斗の耳元で囁いた。
いつもなら隣でゲラゲラと笑う所だが、執事の身の上ではそうもいかない。
立ち去る彼と入れ換わる様に、夜来野 遥久(
ja6843)が影の様に新しい一杯を差し出した。
カップの絵では、飛びだった宇宙戦艦がドリル戦艦と激戦を始めたばかり。決着がつくのは、まだまだ先に思われた。
先が気になるらしい旦那様の興味を止める事はできないが、苦心する同輩を急かすのも躊躇われる。
「後でこれをご賞味ください。苦い物ですがきっとお役に立ちます」
「胃薬…。そうですね、じゃあラテは暫くしたらください。もちろん、鰹ダシ抜きで」
「ははっ、ならこれも食ってけよ。俺は!このために!一週間パンケーキと戦った!」
コーヒーではなく、それっぽい会話で場を繋ぐ二人。
遥久は最近愛用している整腸役を、そっとさしだして英斗の胃腸を気遣った。
朗らかに月居 愁也(
ja6837)がパンケーキを奢ってやるよと告げた時、何か気になる事を感じたが、弁えた執事らしく何も口にしなかった。
「にっしてもエルレーンさんはさすがに上手いなあ、本職になれるよ。何人か録画してるくらいだからな」
「ええ、思わず続きが気になるくらいです。…すみません、その…もう飲めなくなったら。最後どうなるかだけ教えてください…。正直、限界が…」
「承りました旦那様。(正直、もうちょっと早くその言葉を聞きたかったですけどね…)」
愁也が英斗の隣に座り掛けた処を、遥久が鋭い眼光で制する。
先ほど一臣でさえ執事だからと遠慮したのだ、発起人の一人に無作法をさせる訳にはいかなかった。
ましてや後方では、泣き言を抑えながら次のアートの完成を、待っているのだ。
「ひ、ひいぃ。また注文キター」
「大丈夫だって。今まで間に合ったんだし…、ホラ向こうでお話して止めててくれるよ。あ、敦志くんがヅラを取りだした(休憩になったし向こう行ってみよっかな?)」
その時、エルえもんには明らかに酸素が足りていなかった。
高速回転する頭の中では『逢いたかったよ…』『…結婚しよう!』とライバル同士の会話を時間軸やら間に入ったヒロインの存在をすっ飛ばしてMADテープの様に偽装していた。
そうでもしないと、意識とストーリーを保てそうにない。
気が付かないのか別に楽しい物を見つけたのか、ひなこはデジカメを手にしたまま、テーブル席へ移動し始める。
「お話仕立てにしてみよう〜。なんてゆうたなら最後まで気張らんとな。私らで注意引っ張っとくから…執事なんやし」
「ええ、同輩の苦労はなんとしても援護してみせますよ。執事たる者、この程度出来て当然ですってね」
「カウボーイと執事を勘違いしてねえか?ったく嫌な予感しかしねえ…。だが俺には奥の手がある」
入れ換わる様に休憩明けから戻った千鶴と石田は、まるで戦いに赴く前衛のようではないか。
涙するエルえもんの苦境に力を貸そうと言うのだ。
注目と話題をさらうのは苦労ではあるが、描くの止めても良いんじゃよ?とは言わない辺りが、微妙な友情で会ったかもしれない…。
そんなスパルタンなカップルの諸芸を朝から見ていた敦志は、密かなつもりでヅラを被った。本人はメットと言い張るソレをもう一度確りと固定する。
だが…さっき、ひなこが気がついたのは別に彼氏だから凝視していた訳ではない。
万全を期したつもりの敦志は、最初から弱点を見抜かれていたのである。
●クロスオーバーさ、ディステニーは
「それ、次々に行きますよ」
「構わんで、きぃ。…ほい、さっと…どうぞ、お嬢様。あ、いま旦那様だっけ?」
神楽が踊る様に手元を弾かせる。
大振りの鉄板からパンケーキを飛び立たせ、右で左で次々にダーツを投げた。
受け取る千鶴は振り向きもせずに空の皿で受け止めて、首や腰をひねって次々に避けて行く。
歓声と共にトトンと的に突き刺さるダーツ達、一歩間違えればやわ肌に傷が付く事など気にもしていないようであった。
まあ、本当に気にしていないんだけどね。
「きゃーすっごい。大丈夫なんですか?」
「的を外さないと判ってれば、約束組み手で…。あ…旦那様、見ない方がよろしいかと」
「あうち!くっそ…額まで覆っておかないと効果がないか…!判ってましたよ、へいへい。さて、俺のお姫様も珈琲は如何ですか?」
的を外さないと判っているなら、その射線からタイミングを合わせて外れれば良い。
恋人の腕前を信用し呼吸を把握している千鶴は、ひなこの質問にそう答えて見せた。
そんな中で神楽が当てない様に投げていると誤解した敦志は、颯爽と飛び出して装甲の無い部分を的確に撃ち抜かれていた。
というかまあ、危険な場所を護っているんだから、そうでない部分って薄いよね。
「ぶっぶー。今のあたしは休憩中の執事さんでーす。千鶴さんは一目だったのにひっどいんだ。〜ほらほら格好いい?」
「おおっと今の格好は旦那様だったか、随分とカッコよく出来たな。…らっしゃいじゃなくて、御帰りなさいませ旦那様」
「相席、失礼するよ?なんちゃって。みんな良く似合ってるよね。ねえ、ギィちゃん」
ひなこは唇を尖らせ、デジカメでパシャパシャと執事達を写し始める。
べーっと言葉だけ怒って見せる彼女をコッソリ撫でて、大仰なポーズで敦志は付き合って見せた。
そんな中、良く見た誰かさんが来客したのである。
「お帰りなさいませ、オミ…旦那様。ふふん、栄光あるゴョニョゴニョである俺にかかれば執事くらい完璧にこなしてみせようだぜ!」
「それでは魔族殿のお勧めを頂こうかな。お手並み拝見ってね」
ギィネシアヌ(
ja5565)は薄い胸を張って、颯爽と裏方からやって来た。
明らかに虚勢のはずだがそこに違和感は無い。誰よりも優雅にこなそうとするのではなく、可能な範囲で、それでいて的確に一臣を迎え入れた。
ほんのちょっと(どうみてもそれ以上に)地が出てしまうのは、それも含めて心に張ったラベルだからだろう。
「フフフ、今のお…私は執事でありますれば。魔族、はて何の事でしょう?少々お待ちあれ…」
「おギィネさんも中々だね。一週間パンケーキが主食だった俺たちにはアレだけどさ」
お任せあれ!
ギィネシアヌは魔族と言うラベルを執事と言う別のラベルに張り変えて、きっちりパンケーキを焼き上げた。
本来の執事にそんな業務はないはずだが、いま彼女が信じている執事ならば出来てこそ当然!
愁也の口笛にフフンと笑顔で返して、三色の食用ペンを片手に元居たテーブルへと戻って行く。
「お好みで字も掛けますが、どの色になさいますか?」
「そうだなー。その赤色で頼めるか…。おっ、頑張ってるな…って、この香り。まさか」
その時、笑顔と沈黙が交差した。
ギィネシアヌが用意した食用ペンには、食紅などで色合いを変えた何かが入っていた。
香り立つその違和感に、一臣は選べたこと自体が罠であった事を知る。
そう、中身は色ごとに違うジャムなのではない。同じ材料の色違いを用意する手の込みようであった。
『いつもありがとな』と描かれた、ぎこちない文字自体は愛らしさが溢れているのに…。
「この香り…明らかに鰹ダシ入ってるね…?」
「オミーくん、鰹は削られて良い出汁が出るんだよ。ギイネちゃんの愛が受け取れないの!?」
何処までが罠で、何処までが地だったのかは判らない。
だが、一臣がピンチなのは間違いが無かった。
ひなこと彼が同時に休憩に入った事、いやその前に神楽と千鶴が同時に帰って来た辺りから罠だったのか?
いずれにせよ、口裏合わせてガッチリと逃げられない状況に追い込まれたのは間違いが無い。
「口に直しにいかがですか?サービスの一環です」
「おぉお…、救援が…って、トッピングに鰹節のっけんのはヤーメーロー」
そうして鉄面皮の遥久が、チョコシロップで描いた鰹の一文字が留めであった。
真面目な話を言うと、ギィネシアヌの愛までは薄甘いお好み焼きの一種だと思えば口にできる。
だがこれは耐えきれないと顔を覆うのであった。
だってシロップの甘さの上に、鰹節なんだよ?
「なんと賑やかな。退屈しなくていいですね〜」
「うん、帰郷する人等の良い思い出になるとえぇね」
誰かさんの絶叫と、一同の笑い声が執事喫茶に響いていた…。
●だって、うららかな春だから
「休ませてあげてもいいかな?」
「いいよ。ここは休憩所だし、春だからね」
ここなら眠るのはにちょうどいい。
机に向かって何かをやっていた和泉早記(
ja8918)は、猫の様に顔をあげて二人組の執事を出迎えた。
彼の用意した休憩所には、腰を降ろすだけの者もいれば、たった今運び込まれた半病人もたむろする。
経営者?である彼を筆頭に、揃いもそろって麗らかな春の日差しにまどろんで居た。
「続き、続き…」
「起きた?野菜ジュースでよければあるよ。抹茶を混ぜれば目覚めが…、あれこの味はどこかで…」
担ぎ込まれた半病人は、お腹をさすりながら首を振る。
どうやら食べ過ぎか飲み過ぎらしい。
せっかくだからと絞った野菜ジュースを口にすると、健康に評判だと言う緑色の汁が、青々と挑戦者を待っていた。
暫く逡巡した後で、まあいいかと飲み干していく。
目の前にウロウロどうしようかと悩む姿がなければ、そのまま彼も眠っていたかもしれない。
「…あれ、そっちの執事さんは戻らないの?」
「し、執事…。違うんだからな!って、ぎっ、ギアはさっきの店の店員さんじゃないんだからなっ。休憩に行ったら飲み過ぎで倒れた人が…」
そっか、ならいい…春だからね。
早記は慌てふためく蒸姫 ギア(
jb4049)の言葉を、半分以上要約してみせた。
そう、春。
春ならば飲み過ぎが出ても、ポカポカ陽気で眠りこけるのも仕方ないじゃないか。
マイペースというか世間知らずな彼のおかげで、パニックに陥ったギアの方も調子を取り戻した。
だって春だからね?
「折るのも飽きたし俺も寝…。あ、なにかの匂い?」
「これは蒸気の力で造った美味しい料理の匂いなんだぞ。…そうだな、気になったら招待してあげても良い。別にコレのお礼じゃないんだからな」
千代紙という名の雪を乗り越えて、折り紙の蛙たちが啓蟄を迎える。
物珍しそうな少年へ早記が放り投げてやると、ほのかに香る良い匂いが風に乗って漂った。
ギアは思い出したように自分の手料理を語り、立ち上がって案内をし始める。
「手伝いに帰って来た訳じゃないんだからな。ちょっと早めに次の料理を造ろうと思っただけなん…」
「判ってるって、何はともあれおっかえりー。腿やネギマの定番から、ボンジリにダルムと伏兵までいっぱい揃ってるよ!一番揃ってるのは麦で出来た冷たい飲み物だけどね」
「こっちはヤキトリか…。上から下まで1本ずつ貰えます?」
食べ物系の並んだ体育館側。
ガッツリ食べながら一部の生徒が座ってモグモグ。
その前の屋台で、ギアを雀原 麦子(
ja1553)が出迎えた。
ねじり鉢巻きで時々商品をパックンチョ。職業倫理を問えば、きっと美味しい内に食べてあげない方が犯罪だと言うにちまいない。
案内人が鳥と野菜を重ねながら格闘し始めたので、早記は珍しそうに部位の位置と名前を比べ始めたのである。
「食べ比べ?いーねいーね。今日はお祭りをめいっぱい楽しみましょ♪野菜はおねえさんのオゴリだじぇい。…うふふ、本当に私の気分だから気にしないでいいよ」
「そう言うことならいただきます。あっちは…、もうちょっと掛かりそうかな」
新しい物に興味があるらしい少年へ、麦子はパックいっぱいに野菜をつめてやる。タレがしみ込んで実に美味しそうではないか。
一本一本のネーミングの由来やら部位がどこかなど、知ってる範囲で喋ると、早紀はそんな彼女の話を耳に挟みつつ、ギアの向こうで立ち登る蒸気を眺め始めた。
「という小話がついてるんだけど…。うお!ねね、そこの可愛いお嬢さん♪ウエイトレスしていかない?ダメ?そうなの、残念〜。あ、ごめんね話が飛んじゃってさ」
「構いませんよ。目が泳ぐのはお互い様だし、こっちも出来たみたいだから」
「その通り!これが、素晴らしき蒸気の力なんだからなっ」
話が飛んだ事に謝ってみせる麦子に、早記は今気がついたかのようにギアから視線を戻す。
風に棚引く蒸気の向こうから、蒸し上げた柔らかそうな肉と野菜が大皿に盛られ始めた。
「そんでコレはどういう味付けなの?」
麦子は、どういう味付けならば美味しいおつまみになるかを考え始めた。
売上とかは関係ない。そう言う競争なんかしてないし、酒が美味しくなるなら万事問題なしである。
「新しい春にかんぱ〜い♪」
ああ、春の陽気がなんと心地よい事か。
●過ぎゆく午後、過ぎゆく日々
「あっちの屋台はド派手だな。しっかし…こういうモンに、縁がある、ねェ」
「それはそうだけど、こんなに賑やかなのは久し振りよ」
もうもうとあがる蒸気に、物珍しそうに人の目が動いた。
視線を戻した仁科 皓一郎(
ja8777)は、裏方に戻って来た砂原 小夜子(
jb3918)に声を掛け一休みしようと札を回す。
クルリとターンさせた札は、営業中から仕込み中へ。
まだ少し早いか?と思っていた小夜子も、皓一郎が気を使ってくれたのだと悟って隣に腰を降ろした。
「何がいい?」
「何でも良いわ。でも器用な指。出来ないことの方を聞きたいわね…」
トントンとリズムに乗って包丁を降ろし、寸断する鋭利なエッジ。
確かあの果物は皮が堅かったような…と後から気が付く有様だ。
コップを飾り立てたフルーツを添え物に、ブラッドオレンジを一気に注ぐ。
何と言う早技だろうか?もっと見ていたかったのにと、惜しい気持さえ湧いてくる。
「早いわね…修学旅行から、もう春だなんて」
「あァ?ああ、修学旅行、ありがとうよ、アリャおかげで楽しかったわ」
私も楽しかったわ。
どこまで本気か判らない返事に載せて、自分へ注がれる視線を感じる。小夜子は、そんな気遣いにこそ疲れが和らいで行くのが判る。
何気ない言葉の応酬、何気ない会話が日々の緊張を解きほぐしてくれるのだ。
「猫の名前は決まったの?」
「黒チビ。…笑うなよ、悩んでる間にいつのまにか決まっちまったんだよ。そうだ!差し入れ配りつつ、他と交流、てのも面白ェな」
くつくつと笑いを抑える声が漏れる。
皓一郎は反論しようとして、言い訳を考えるのが面倒になった事もあってギターを片手に取った。
気だるい午後の日差しが眠気を誘っているのが判る。
ここは誤魔化しついでに散策して、安心して眠れるように店を閉めてしまうのも良いだろう。
目指すのは今日何度目かの御茶会を行っている、中々に悪くないと評判の店を目指した。
「ようこそお出でくださいました。3種類用意しておりますので、存分に味わってみてくださいね」
「カップが小さいって事は、飲み比べてみるの?」
「その後で一番気に入った物をもう一度御出ししますね。こちらが御茶受けです」
ほかほかと温められた小さなコップに、やはり少量の紅茶を注いで行く。
味が薄いが、ほのかな甘みを持つダージリンを最初に出しながら長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)はニコっと笑って肯定した。
玲獅が補足しながらフィナンシュを添えて、自分好みを見つけることもまた愉しみなのだと、補足の言葉を入れる。
「ダージリンが引き絞られた愉しみ方だとするなら、ディンブラは高い多様性を持った…という辺りでしょうか?手に入れ易く、癖が無いのでどのように飲んでも美味しいんですの」
「何時でも愉しめるってのは良いねぇ、菓子でもフルーツでも合わせて…。…そういえば子猫にフルーツってまずかったかね?」
「物にも寄りますけど、ちょっとお待ちくださいね。うちでも子猫を飼っていますので、一度調べたんです」
他愛ない話から、横道にそれて話題が弾む。
データをメールで送信して貰いながら、カメラの写真で笑顔がこぼれる。
皓一郎は、そんなやり取りの中で肩にかかる温かさに気がついた。
「悪ぃな。ちょっと軒先を借りるぜ?」
「ええ、構いませんですわ」
眠りこけた小夜子に上着を掛けると、一日の終わりを感じる。
今日も一日、賑やかな日々であった。
きっと明日もそうだと良い。遠目に映る立ち去る人々を見ながら、一同はそう思うのであった。
みんなの明日も、楽しい一日でありますように…。