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深く立ち込めた霧が相対する使徒・ジンとサーバントの姿を霞ませる。
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)はジンが踏み出した足を降ろすよりも速く、真っ直ぐに距離を詰めていく。
「噂に聞く絵に描いたものを実体化出来る使徒ですわね……人の力、教えて差し上げますわ!」
一気にジンに向かって距離を詰める長谷川の前に、ふわふわとした白い巨体が立ち塞がる。
「邪魔ですわ!」
踏み出した左足に体重をかけ、強引に前へと進む勢いを全て拳を振り抜く力に変換する。
抉り込むように打ち抜かれた拳は、確かな手応えと共に雲型の中心に突き刺さり、その動きを止める。
長谷川は動きを止める事なく上半身を大きく逸らし、横合いから飛び込んで来た白い人形のようなサーバントの体当たりをかわす。
「なんだこいつは。人形みてぇな体で飛びついてくるだけか?」
棘のついた楕円形の盾を振り回し、鐘田将太郎(
ja0114)は長谷川に飛びつこうとする白人形をけん制する。
「こんな奴等はすぐに片付けて、悪戯坊主にきつーいお仕置きをしてやらねえとな!」
鐘田の気合の入った言葉に、ジンは面白そうに口を歪める。
「大人しく帰ってくれたら良かったんだけどね。僕はお仕置きする方がいいなぁ」
ジンは微笑みながら素早く筆を宙に走らせる。
立ち尽くしたままの雲形の体にもう一本の腕が生え、振り回された腕は長谷川のテンプルを強かに打ち付ける。
「わたくしは拳で倒れるわけにはいきませんわ!」
ぐらりとよろめいた長谷川だが、しっかりと地面を踏みしめ、腰を落としてファイティングポーズを取る。
「いい加減目障りだ、今日この場で引導を、いや、その存在を消滅させてやる」
蘇芳 更紗(
ja8374)は不気味な両刃の斧を両手で低く構え、ジンに向かって疾走する。
目の前に白人形が飛び出してくる所に、斧を振り上げ跳ねのけようと試みる。
その勢いに警戒したのか、白人形は直前で足を止め、体勢を崩しながら距離を取りなおす。
「忌々しい人形め」
勢いを止められたことで目の前に立ち塞がる人形が増え、蘇芳は舌打ちをして斧を構え直す。
「背中は任せたよ」
召喚したケセランがたゆたいながらついてくる気配を背に、陽波 透次(
ja0280)は白人形に向かって駆け寄っていく。
すぐに白人形に囲まれた陽波だが、ひらりひらりとステップを踏んで飛びかかってくる白人形達をかわし続け、愛刀・水鏡弐式を抜くタイミングを窺う。
「相変わらず人間離れした動きだよね……」
3体の白人形に囲まれて掠らせもしない陽波に、ジンは溜息をつくように独り言を漏らす。
陽波はそんなジンに視線を送り、視線を白人形へと戻す。
「ゲートは、開かせないよ」
そう呟く陽波は、さらに集中力を増して白人形を翻弄するような足捌きを見せる。
蝙蝠の翼を静かに広げ、ハルルカ=レイニィズ(
jb2546)は霧の中へと浮上する。
かろうじて戦いの様子が窺える高所に佇み、ハルルカは狙うべき相手を定めるように視線を移ろわせる。
「お人形遊びがキミの趣味なのかい。良いさ、踊ってあげるよ。壊れてしまうまでね」
他の白人形から離れた一体の白人形に狙いを定め、鍛え上げられた両刃の大剣を突き出すように滑空する。
蘇芳に飛びかかろうと姿勢を低くしていた白人形を叩き潰すように、大剣が振り下ろされる。
咄嗟に避けた白人形だったが、肩にぱっくりと裂け目が生じて空虚な中身を晒す。
「そのまま動くな」
ファーフナー(
jb7826)が動きを止めた雲型を指さすと、周囲の芝生が見る間に蔦の様にうねうねと急成長していく。
意識を失った雲型はジンが生み出した腕も既に消え、抗うことも出来ずに締め付けられて行くのだった。
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「もう、雲ちゃんしっかりしなよ」
ジンが空中に筆を走らせると、雲型を締め上げていた蔦は枯れ果て、雲型は意識を取り戻す。
「何度立ち上がっても無駄ですわ!」
動き出した雲型の振るう腕を掻い潜るように身体を沈め、長谷川は地面を抉る様に低い軌道を描くアッパーを突き上げる。
長谷川の拳をが竜の咢のように雲型の腹部に突き刺さり、雲型は再びその動きを止める。
「……根競べでもするか?」
ファーフナーが再び芝生に力を与え、雲型の身体を縛り上げていく。
ジンは縛り上げられる雲型を見て溜息をつき、筆を構えて力を練り上げる。
「ちぇっ。待っててね、雲ちゃん」
ジンが半眼で筆を見つめ続けると、濃密なアウルが筆先に集まっていく。
「ふむ、まだ早いかと思っていたけど」
ハルルカは囚われた雲型と集中するジンを見て再び空へと舞い上がる。
「頃合いだね。それじゃ後は任せたよ」
ジンとサーバントが見せた隙を逃さず、ハルルカがなりふり構わぬ勢いで展望台へと向かって飛翔する。
「親玉を潰せば終わりだ」
ファーフナーも翼を広げて、ハルルカの後を追いかける。
ジンは視界の端に二人の動きを捉え、焦った様子でアウルの籠った筆を動かし始める。
「させるかぁっ!」
蘇芳はジンの筆を止めようと勢いよく踏み出すが、白人形が飛びかかってくる。
前のめりに足を踏み出していた蘇芳は避けきれずに、タックルを喰らって強かに後頭部を地面に叩き付けられる。
「んの野郎っ!」
鎌田は飛びかかって来た白人形を盾で受け止め、そのまま振り回して盾に付けられた刃で白人形を切り裂く。
「ちっ、次から次へとまあ……」
鐘田の前に新たな白人形が現れ、雲型、そしてその後ろでアウルを練り上げるジンへの道のりに立ち塞がる。
「これでKOですわっ」
ボディブローで意識を失い、さらに蔦に縛り上げられた雲型に向かって、長谷川が大きく右腕を振りかぶる。
だが、その右腕が振るわれる前に白人形に飛びつかれ、腕を取られる。
腕を取られた長谷川は、言葉を発しようと口を開く。
「……っ!」
その瞬間、飛来した小さな隕石に顎を貫かれ、膝から崩れ落ちる。
「僕の方が早かったみたいだね」
ジンが勝ち誇ったように笑う間にも次々と隕石が周囲を襲う。
鐘田は盾では受け切れなかった隕石に片腕と片足を貫かれ、苦痛に歯を噛みしめて耐える。
蘇芳は組み伏せる白人形ごと転がり、頬を掠る程度で避ける。
陽波は3体の白人形の相手をしながら、無数の隕石をも見極めて目まぐるしく動きまわり、その全てを避け切った。
さらに加速を見せる陽波の体には禍々しい印象を与える金色の光が滾る。
「あまり時間をかけられないね」
陽波は小さく呟き、飛びかかってくる白人形に向かい美しい刀身を煌めかせる。
袈裟切りに振り下ろした刀をすぐさま反転させ逆袈裟に切り上げ、水平に左右に切り抜け、最後に放たれた突きは幾程放たれたのか。
幾筋もの光を残して、陽波が動きを止めると、白人形だったものは形を保てずに崩れていく。
「すご……っと、感心してる場合じゃないや」
陽波の太刀筋を呆けたように眺めていたジンだったが、展望台を振り返って走り出す。
「雲ちゃん追いかけてっ!白ちゃん達は足止めっ!」
ジンの指示に雲型は蔦を振り切り、ハルルカを追って空へ飛び出す。
「逃げられると思ってるのか屍人よ!貴様は絶対に逃がさんっ!」
展望台へと走っていくジンの姿に、蘇芳は白人形の頸部を掴んで投げ捨て、ジンを追って走り出す。
蘇芳を追って同じく駆け出した2体の白人形だったが、鐘田がその前に立ち塞がる。
「お前らの相手は俺達だ。もう少し片付けてやるよ」
盾を振り回し、白人形を押し戻す。
だが、1体の白人形は鐘田の横をすり抜け、蘇芳を追っていく。
「ちっ、抜けられたか……これで2対4か。やるしかねぇな!」
貫かれた右腕に纏われたアウルをさらに激しく燃え上がらせ、鐘田は陽波に声をかけるのだった。
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「どこに居るのかな?」
展望台上空へとたどり着いたハルルカだったが、霧が邪魔で展望台の端までは見渡すことが出来ない。
「おっと」
霧の中から飛び出してきた雲型の体当たりを、ハルルカは大剣の腹で受け止める。
「早かったね。でも私はキミと遊んでる暇はないのさ」
雲型から距離を取り、探索を続けようとしたハルルカは翼を止めて眉をしかめる。
先ほどまでは展望台の手すりが薄らと見えていたはずが、いつの間にか自分のつま先程度までしか見えなくなっていた。
「空に霧を足させてもらったよ。降りておいでよ、僕と遊ぼう」
霧の下からジンの声が届く。
「いいだろう、キミの誘いに乗ろうじゃないか」
すぅ、とハルルカが地上に降り立つと、周囲の光景が先ほどと同じように戻り、目の前に煌々と輝く火の玉が良く見えた。
「おや、まあ」
ハルルカが呆れた声をだした瞬間に、火の玉がハルルカ目掛けて飛んでくる。
攻撃を予測していたハルルカは大剣で火の玉を打ち返そうとするが、魔法で作られた焔を受け止めきれずに、身体が炎に包まれる。
「僕の絵はとっても熱いでしょ」
嬉しそうにジンの声が響くなか、ハルルカは炎に包まれたまま、悠然と歩き出す。
自らを赤いアウルの炎で包み込み、体が燃えると同時にアウルで傷を癒しているのだった。
「はしゃいでいるところ悪いけれど、この程度の炎じゃ、何も感じないね」
炎が消えると、言葉通り傷一つ無く、ハルルカが現れる。
そのまま、ジンを無視して展望台を降り、お堂へと向かって足を踏み出す。
「駄目だよっ!」
ジンの叫びと共に、ハルルカの目の前に高い壁が聳え立つ。
能力を使い過ぎた反動で、膝をついて呼吸を荒くするジンの姿に地上に降り立ったファーフナーはお堂へと視線を向ける。
「やはりまだ子供、か。そこだな」
お堂へと向かうファーフナーに気づいたジンだったが、まだ脚に力が入らない。
「雲ちゃんっ!お願いっ!」
ジンの声に、ファーフナーの頭上の霧が膨らみ、弾けるように雲型が飛び出してくる。
雲型の拳を頬に受け、ファーフナーは地面に仰向けに倒れる。
「しつこい野郎だ」
ファーフナーが地面に手をつき、アウルを流し込むと三度蔦が雲型に伸びていく。
だが、雲型は立ち止まることなく空へと飛び立ち、蔦は何もない空間で絡まり合う。
「あの霧は邪魔だ」
霧に消えた雲型を追うようにファーフナーが腕を振るうと、周囲に風が渦巻き霧を晴らしていく。
空に浮かぶ雲型が再び迫ってくるのを認識し、ファーフナーは、ハルバードを肩に担ぎ上げのだった。
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陽波は3度目の結界で白人形をやり過ごし、目の前に居る自分と同じ姿のサーバントが自分と同じ技を放ってくるのを冷静な目で見つめる。
予備動作、踏み込み、表情さえも、自分と同じ動きをしてくる相手を前にして、陽波は斜め前に半歩踏み出し、鋭い突きをかわす
「その技を何度放ってきたと思っているんだ。当たるわけがない。嫌になるよ、僕の隙までそっくりだ」
すれ違い様に刀を抜いた陽波は、背後を振り返ることなく次の相手へと向き直る。
陽波の姿をしたサーバントは真剣な眼差しを前に向けたまま、全身から白い霧を吹き出して崩れ落ちる。
鐘田は白人形を背中に抱えたまま、暴れまわっていた。
唇は紫に染まり、血走った眼を見開いても視界が定まらない。
それでも目の前にいた白人形を打ち据え、叩き斬る。
「まだ、まだ俺は動け……」
空気を求めて喘ぐ肺を騙して止めを刺そうとするが、もはや何も見えず、手足の感覚も失われていた。
鐘田は自分が崩れ落ちたことに気づく前に意識を失っていた。
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轟音と共にジンが築いた壁が崩れ落ち、朱の閃光がジンを打ち据える。
「この程度、まさか本気だったわけじゃないんだろう?」
消え去った壁の向こう側から、ハルルカがゆっくりと歩いて出てくる。
ジンは震える脚に力を込めて立ち上がり、再び筆にアウルを集中させる。
「この先には行かせない、とでもいうのかい?それじゃ足りないね」
歩みを止めて大剣をジンに向けて突き出す。
「響け朱雷」
再び響き渡る轟音と朱色の輝き。
ジンは咄嗟に防壁を展開して致命傷は避けるが、後ろのお堂は崩れ落ちる。
「ドラッ!」
無防備にハルルカに背中を向けて、ジンは崩れ落ちたお堂へと駆け寄る。
立ち込める埃が静まると、先ほど見たものと変わらないドラの姿がそこにあった。
「もうすこしじゃ。耐えてくれジン」
極度の集中により掠れてしまった声で、ドラが小さく呟く。
ドラの無事な姿にジンはほっと息を漏らした。
だが、次の瞬間、胸に小さな赤い点を生じさせ、ドラは苦しそうに喀血する。
「え……なんでっ!?」
背後を振り返ると、禍々しいアウルを身に纏い、銃を構えたファーフナーが雲型の体当たりに吹っ飛んでいく姿が見えた。
「余所見ばかりしていると守れるものも守れないのさ、少年。これでチェックメイト。私の勝ちだ」
視線を移すと、ハルルカがジンとドラを狙って大剣を構えていた。
咄嗟に筆を走らせ火の玉をハルルカに飛ばすが、既に朱色の輝きはジンとドラ目掛けて放たれた後だった。
眩い光が爆発的に広がり、静かに消えていく。
その場には、ボロボロになって両手を広げるジンと、半眼のまま集中するドラの姿があった。
「守ったよ……僕の勝ち、だよね」
黒く焦げた筆を構え、ジンはゆっくりと宙に次の一手を描き始める。
その絵を描き終える前に、白人形を振り払った蘇芳が斧を振りかぶって飛び込んで来る。
「貴様を人に戻してやろう!死んだ後でな!」
完全に虚を突かれたジンは、迫ってくる自らの死をただ見つめる事しかできなかった。
「そんな……」
飛び散る鮮血に、ジンの呟きが零れる。
「僕が守るって言ったのに!」
自分が守っていたはずのドラが、ジンを庇って背中を切り裂かれたのだった。
「あ〜、やっちゃった。もう少しだったのになぁ」
ほわっとした笑顔を浮かべてドラはジンに笑いかけ、背中の翼でジンを包み込むと空へと飛び上がる。
「待てっ!貴様等逃がさんぞ!」
蘇芳がアウルの翼で追いかけるが、ドラの合図と同時に、蘇芳の周囲に無数の大蛇が現れ行く手を阻む。
「くっ、無駄な足掻きを!」
蘇芳は大蛇の頭を両断しようと斧を振り上げるのだった。
突然何も居ない空中に向かって斧を振り回し始めた蘇芳を見て、ハルルカは飛び去りつつあるドラに声をかける。
「幻術、かな。箱庭という幻を夢見たキミには相応しいね。だが箱庭は作る前に壊れた。キミたちに居場所は無いのさ、何処にもね」
ハルルカの言葉に、ドラは悔しさを滲ませた笑みを浮かべる。
「もうゲートは作れないかな……。でも、ジンの絵を二人でゆっくり見る程度の場所はあるよ、きっと」
ドラはそう言い残して飛び去り、雲型もハルルカを警戒するようにゆっくりと二人の後を追っていく。
地上では陽波が最後の白人形を打ち倒し、霧が晴れた空からは朝日が眩しく周囲を照らしている。
「キミ達は何処へ行きつくのか」
ドラが消えた方角を見つめて佇んでいたハルルカだったが、肩をすくめて背中を向けるのだった。