「なにしてくれてんだゴルァ!!」
「ぴっ…!」
真横に居たキャシーの咆哮に吃驚する華愛(
jb6708)。
「ふにゃっ?!」
そして、突然の衝撃でハッと目を覚ましたのは青鹿 うみ(
ja1298)。
テーブル席で雑談していたは良いものの、睡魔に勝てず寝落ちしていたところへ敵の襲撃。気がついた時には、深森 木葉(
jb1711)とエリスに抱えられる形で、テーブルの陰に引き込まれていた。
「え、何がなんだか? 一体何が起きてるんですっ?」
返事をする代わりに、鷹代 由稀(
jb1456)がテーブルの縁からショットガンの銃口を出して、入口付近のマズルフラッシュ目掛けて応射。
視界が微かにぼやけているせいで、正確な狙いは付けられず。もしかすると変な所に当たって殺してしまうかもしれないが、知った事か。
一般人も大勢居る中で警告も無しに銃撃してくるなど、テロリスト以外の何者でもない。そんな相手にかける慈悲など、由稀は持ち合わせてはいなかった。
うみは寝起き思考のまま、ひっちゃかめっちゃかになった周囲を確認。すぐ隣のテーブルの陰に居た監督達の太腿に、真っ赤な染みが滲んでいるのに気が付いた。
「…どこか怪我が? しっかりしてくださいっ!」
「あ、いやワインボトル割っちまって……もったいねぇ事しやがるぜドチクショウめ」
「カチコミじゃコルァ!?」
「どこの鉄砲玉じゃボケェ!?」
割れた酒瓶を握りしめて青筋を浮かべる、血気盛んな作業員達。怪我は無いようだ。
ほうっと安堵するうみ。
一方で、華愛は状況を確かめようと、天井スレスレの高さにヒリュウのヒーさんを召喚。視覚共有で店内を一望し、敵の数を把握。
「正面4、側面4、なのです」
同時に、木葉が四神結界を展開。キャシーや監督達の守りに徹する。
華愛もヒーさんを戻し、代わりにストレイシオンのスーさんを召喚。固有スキルである防御効果を発現させた。
対して、閃光手榴弾に乗じて裏口から一気に突撃を掛けようとしていた敵のB班。
しかし、ぼやけた視界に構わずカウンターアタックに転じた一同を見て、相手を完全には無力化できていないと判り中断。
結果的に店内は、互いに物陰に隠れた銃撃合戦へと発展していた。
「酒飲みに来る態度とちゃうな。ましてやレディのおる店にな」
カウンターの中で身を屈めながら、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は肩を竦める。
そんな彼の腕に、従業員の1人(オカマ)がしがみ付く。
「いやぁん! ゼロちゃん、アタシこぉわぁいぃ!(ゼロより太い声)」
くねくね、はぎゅ。腕めきめき。
「わたくしの仲間も店の方も、こんな人達に心当たりはないわ。貴方にはあるかしら?」
そう栄一に尋ねたのは、斉凛(
ja6571)。
「早上の部隊だろうな」
彼は凛の隣でしゃがみながら答え、先刻の――リーゼとの戦闘になったあの現場へやってきた――エージェントの名前だと説明。
まさかここまで強引に仕掛けてくるとは思わなかったが、目的はあくまでも自分の捕縛だろう。
実際、華愛のスーさんなどはその巨体が物陰から僅かにはみ出しているにも関わらず、敵はそこを直接狙わず、あくまでも遮蔽物の縁ギリギリを撃ち続けている。殺傷が目的で無いのは明らかだ。
言いながら拳銃魔具を手にする栄一だったが、
「余計な事は考えないように」
樒 和紗(
jb6970)に制止された。
彼女はカウンターの陰から慎重に敵方を伺いつつ、言葉だけを栄一に向ける。
「リーゼの友人として俺は貴方に話を聞きたい。姿を消されては困ります」
万が一にも、栄一の身柄を敵に渡すわけにはいかない。
凛もそれに同意し、自身の魔具を活性化させる。
「安全の為に座ったままで。ここは任せてくださいませ」
由稀達とは少し離れた、隅にあるテーブル席。
その陰で息を潜めていたのは桜井疾風(
jb1213)。
1人ちびちびと烏龍茶を飲んでいた時にいきなり襲撃され、慌ててその場に隠れていた。
グラス片手にスマホを取り出し、オペ子宛にメールを起動。
『えりすのみせしゅうげきたすけt』
刹那、銃撃。
持っていたグラスが被弾して砕け飛び、彼はわたわたとテーブルをひっくり返して盾にする。
本人らは気づいていなかったが、C班の監視によって店に出入りした人数は予め把握されていた。AB班は突入時に店内の人数を確認。いかに目立たぬ隅に居たとて、疾風の存在を見落とすはずはなかった。
咄嗟にスマホをポケットに捻じ込み、拳銃魔具を抜いて応戦する疾風。
まるで西部劇の世界にでも放り込まれた気分だった。
入口側の敵4人に向けて、スーさんが吼える。
威嚇して狙いを自身に集める事で少しでも他の仲間が動き易くなればと思ったのだが、『栄一の捕縛』という明確な目的で強固に連係された部隊への効き目はいま一つ。
反撃を警戒してか、あるいは足止め役だからなのか、4人は決して近づいてこようとはせず、弾幕も下手に偏らせる事なくバラ撒き続けている。
また華愛は、敵が展開しているであろう阻霊符を破壊できれば、カウンター内に居るゼロが透過能力を活かせるかもしれない……そう考えたのだが、今見えている分だけでも入口と裏口合わせて敵は8人。誰がどこに阻霊符を隠し持っているかわからない上に、こうも弾幕で頭を押さえられていては迂闊に仕掛けられない。
(ぴんち、なのです……)
どうしたものか、と頭を悩ませていると――
隣に居た木葉が、不意にすっくと立ち上がった。
顔を赤らめ、ぷるぷると小刻みに震える彼女は、怒っているようだった。
「ちょっ、木葉…!?」
「あ、あぶないのです…!」
エリスや華愛の呼び声も聞こえていないといった様子で、木葉はテーブル縁から頭を出して入口の敵へと言葉を投げる。
「ねえ? 一般人にアウルの能力を向けるって何を考えてるのぉ? その能力は人を助ける能力でしょ?」
脳裏に浮かぶのは、己の過去。力を振りかざす理不尽な“敵”と、それによって奪われた大切な人々。
あの時と同じだ。
(お父さん、お母さん…)
掠めた銃弾で髪が揺れ、頬に血筋が浮かび、それでも木葉は怯む事なく襲撃者達に言い放った。
「人間も…、天魔も…。傷ついた人たちを守る能力…。それを、傷つけるためだけに使っちゃ、だぁ〜めでしょ!!」
だが次の瞬間、由稀に後ろ襟を引っ張られてぺしゃりと無理矢理座らされる。
「無駄よ、ここまでやるからにはどうせ聞く耳なんか持っちゃいないわ」
敵の攻撃は止まず。
木葉の心の奥で燻っていた憤りが、涙となって溢れてくる。
「えううぅ……。それでも、こんなことしちゃだめなのですよぉ……」
裏口側に陣取るB班4人へ凛がカウンターから頭を出してタップ射撃を繰り返し、反撃が来る直前で再びカウンターに潜る。
距離を詰めようとするB班だったが、彼女の応射に阻まれて思うように近づけずにいた。それでも、まだ諦める様子は無い。
「何人か拘束して、学園に突き出せないかしら」
「やめておいたほうが良いだろうな」
呟いた凛を制止したのは、栄一。
装備も含め、身元が割れるような物は身に付けていないだろう。
「仮に撃退庁の部隊である事が判明したとしても、却って事態が悪化する可能性の方が大きい」
「どういう事ですの?」
「こんな無茶な襲撃作戦が、正規の任務のはずがない」
恐らくは早上による独断。動いているのも彼直属の部下だけ。
だが彼らを拘束して襲撃の件を撃退庁上層部に知らせれば、事実確認という名目で、撃退庁が本格的に介入する口実を与える事になる。早上は更迭されるかもしれないが、代わりに今以上の部隊が動き出す事になるだろう。
「ならコイツらどうするんや?」
腕に巻きついていたオカマを他のオカマに預けつつ尋ねたのはゼロ。
「“丁重に”お引取り願うしかないな」
それを聞き、ゼロの口端がククッと吊り上がる。
「そっちのが好みやわ」
首を鳴らした彼に、凛と和紗も頷き――
直後、3人が動いた。
凛がライフルを掃射し、敵が物陰に引っ込んだ隙に和紗はカウンターから飛び出し、手近なテーブルを引き倒してその陰へ。と同時に、敵前衛の1人をワイヤーで薙ぎ払って、持っていたショットガンを絡め落とす事に成功する。
その隙にゼロはカウンターを踏み越えて一気に接近。凛を銃撃しているもう1人の前衛を無視して、後衛の眼前まで駆け抜けた。
敵の射線が自分に重なるより速く、相手の右肩に拳を押し当ててアウルを込める。穿つような打突音と漆黒の衝撃が弾け、相手は肩を大きく仰け反らせてサブマシンガンを取り溢していた。
だが敵も素人ではなく、決して狼狽には至らない。
凛を牽制、あるいは咄嗟に拳銃へと持ち替えて和紗のワイヤーの射程外へと下がる前衛2人。
後衛2人もナイフや拳銃に持ち替えたのを見て、ゼロは愉しげに牙を剥いた。
怒りに任せて今にも飛び出していきそうな監督と作業員達。それを抑えたのは木葉だった。誰かが無意味に傷つけられる事を避けたい一心で、小さな体を張って彼らを庇う。
自分達が無茶をすれば、木葉が怪我をする。その事が、監督達の頭を冷やしていた。
その横で由稀は、拳銃で応戦しながら携帯を取り出す。
栄一はああ言っていたが、このままでは埒があかない。確証は無いが、経験からして他に別働隊がいる可能性もある。敵の撤退を促す意味でも、こちらの増援、あるいはその“フリ”は必要だ。
繋いだ先はオペ子。
「どこのか知らんけどテロリストの襲撃受けてる。一般人も多い場所なんで、応援寄越して。大至急」
『既に向かってます』
返って来たのは、意外な言葉。
少し前に冨岡から唐突に直通で電話があったらしく、最寄の署から彼の知り合いの刑事をバーに急行させてくれているという。
由稀は電話を切り、入口に陣取ったままの敵を見る。
敵にとってこの襲撃は、時間との勝負。当然、警察の到着前に撤退を始めるはず。だがその前に――
その時、敵の挙動が変わった。
それまで入口から牽制してくるだけだったA班4人も、栄一が居るカウンターへと接近を試み始めた。
撤退前に、何としてでも栄一を確保する。それが彼らの目的。だがそれは、焦りの証拠でもあった。
そうはさせない。由稀は得物をワイヤーに持ち替えて接近戦を仕掛ける。
テーブルから飛び出した彼女が蜂の巣にならぬよう、うみも咄嗟に援護。火遁・火蛇や影手裏剣・烈を射掛けて敵後衛を牽制し、それに合わせて、疾風が拳銃でもう一方の後衛を狙って支援する。
華愛も、できるだけ相手の武器を狙って物陰からロザリオによる魔法射撃を慣行しつつ、スーさんに指示を飛ばしていた。
由稀が叩きに行ったのとは別の前衛を、その巨体で強引に踏み倒すスーさん。頭ガジガジ。
その間に、残った前衛へと肉薄した由稀。
格闘戦。だが相手は素人ではないどころか、対能力者訓練を受けたプロである。
それでも何とか隙を突いて眼前の男を引き倒した瞬間、由稀の視界に新たに2人の襲撃者が映った。
2人が手にしているサブマシンガンが銃弾を吐き出し、由稀は咄嗟にスーさんがひっくり返した長テーブルの陰へと滑り込む。
「やっぱりまだ居たわね」
見ると、ゼロも似たような状況だった。
乱入してきた2人に銃撃され、慌てて物陰へと隠れる。
対して、テーブルの裏側で声を上げるうみ。
「別働隊が居るにしても、狙撃担当かと思ってましたっ」
まさかわざわざ突っ込んでくるとは。頭数を増やしてゴリ押すつもりだろうか?
一同は再度反撃するべく身構えるが、
『失敗だ。撤退する』
新手の敵――C班――の1人がそうサインで告げ、襲撃者達は躊躇無く踵を返す。
C班の役割は、監視および撤退の支援。
カンッ
去り際、敵の投げた筒が床を転がる。閃光手榴弾か。
初撃以降それを警戒していた学園生達は即座に反応するが、目の前の筒から噴き出したのは光ではなく煙。
あっという間に視界が埋まり、敵は目的を果たす事無くその姿を消した――
●
煙が晴れきるよりも先に、刑事が到着。と言ってもその数は1人だけで、車両もパトカーではなく覆面。赤色灯も店に近づいてから一瞬回しただけで、しかも音は無し。
彼は携帯でどこかへ電話を掛けると、それをスピーカーモードで一同へと向ける。
『全員生きてる?』
冨岡だった。
曰く、ゴニョゴニョしていたらバー襲撃情報をキャッチしたので、慌てて近場の知り合いを向かわせた。
が、表立って警察沙汰にはしないほうが良いと言う冨岡。この刑事も、冨岡の頼みであくまでも私用で外へ出ていることになっているらしい。到着した時にサイレンを鳴らしていなかったのは、それが理由だ。
赤色灯自体は回していたが、それはまあ、敵に「警察が来たぞ」とハッタリをかます為にはどうしても必要なギリギリのラインだった……というところか。
表沙汰にしない方が良い理由については、栄一が言っていた事と概ね同じだった。
すると疾風が、
「あの、俺一応動画撮ってたんですけど」
いつの間に撮影していたのか、先の戦闘の光景が映ったスマホを栄一に見せる。
「残念だが、お蔵入りだ」
「そ、そうですか……」
しょんぼり。
「告発できん言うんやったら、これからどないするんや?」
襲撃者が撤退を始めた時、追いかけようとしたものの栄一に制止されていたゼロが問う。
「早上よりも早く現場に着いて、早上よりも早く事件を解決するしかないだろうな」
「物騒なお客様にはお帰りいただきましたの」
まずは、ゆっくり話を聞かせて欲しいと言う凛。
「学園ではなくわたくし個人を信じてくださいませ」
華愛や木葉と共に怪我人の治療に当たっていた和紗もやってきて、
「リーゼは俺に『正しいと思う事を』と言いました。俺は根拠なく判断出来る程、感情の人間でもない。ですから俺に判断材料をくれませんか?」
彼の真意を大切にしたい。
そして、自分達はもう部外者ではなく当事者だ。騒動の元凶者には、店の皆を巻き込んだ落とし前をつけてもらわねばならない。
「……そうだな。少し予定は変わったが、私は元々事情を説明する為に君達を訪ねたのだから」
頷く栄一。だが、
「……zzZ」
うみが立ったまま寝ていた。
「あたしも、眠いのですよぉ……」
目を擦る木葉。
つい先ほどまで襲撃騒ぎがあったとは言え、時刻は深夜。ましてや今日は、昼間からハルやアーリィ、リーゼとの連戦続きだ。
うみや幼い木葉には、辛い時間だった。
「えーっと……」
2人を交互に見るエリス。
「と、とりあえず2階は無事だし、泊まってく?」