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マスター:水音 流
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/11/18


みんなの思い出



オープニング

 近々、入籍する事になった。

 そう言って、彼ら――隊長の榊 栄一(さかき えいいち)と、副隊長の三原 幸恵(みはら ゆきえ)――は少し気恥ずかしそうに笑っていた。
 それを聞いた彼らの部下達が、皆一様に「ようやくか」と苦笑する。それは2人の学生時代からの後輩である自分も同じだった。

 だがそんな折、彼らの部隊に一つの任務が言い渡される。
 撃退庁所属の撃退士である彼らやその部下達とは違い、事務担当である自分にはアウル適性が無い。普段は戦地へと赴く彼らを見送る事しかできずに歯痒い思いをしていたが、今度の任務は冥魔事件の事後調査だ。
 事務調査官である自分が戦闘のあった現地へと赴き、栄一が隊長を務めている実働部隊が護衛として同行する。護衛とは言っても、暴れていたディアボロは既に排除されているので、あくまでも形式的なもの。

 そのはずだった――



『私は大丈夫ですから、早く彼を…!』

 圧し掛かる瓦礫の中から、幸恵が叫ぶ。

「駄目だ、栄一さん……。俺なんかよりも、幸恵さんを……」

 対して、栄一に肩を借りながら何とか意識を保っていた事務調査官の男――宍間 涼介(ししま りょうすけ)――は、掠れた声で反論した。腹部から酷く出血し、息をする度にゴボッと赤が零れる。
 そこへ迫る、ディアボロの群れ。

 恋人か、後輩か。
 いや、答えならば既に出ている。だがそれは余りにも……

 その時、全てを見透かすように幸恵が呟いた。

『私や部隊の皆は、あなたのそういう所に惹かれたんですよ。だから……ね?』

 ――耳元で、唇を噛む音が聞こえた。

「よせ…だめ、だ……」

 自分を担いだ栄一が瓦礫に背を向ける。それに抗う力は無く、涼介の意識は徐々に暗転。



 ディアボロの群れを率いながら、両腕に紫電を帯びた1人の悪魔が口を歪めて嗤っていた――……




 ハルとアーリィが去り、学園生達が追い出された喧嘩跡地。

「あーあ、また派手にやっちゃってまあ……」

 到着した中年の刑事――冨岡――は、元はビルだった瓦礫の塊を見て咥え煙草を揺らした。
 対して、さきほど学園生達を強制退去させたばかりの撃退庁エージェント――早上(さがみ)――が、慇懃無礼な態度で告げる。

「わざわざご足労いただいたところ申し訳ありませんが、現場検証はこちらでやります」

 邪魔だから入ってくるなと言わんばかりの目。
 冨岡は食い下がることなくその場から少し離れ、しかし決して現場からは去ることなく、新しい煙草に火を点けた。

 一緒に居た若い刑事が、不満に唇を尖らせる。

「何なんです? あの態度」
「外に漏らしたくないものでもあるんでしょ。ま、予想通りだな」
「だからここに来たの俺らだけだったんですね……」

 現場周辺をぐるりと見渡す。野次馬の締め出しや怪我人の手当てなどで警官や消防隊員が借り出されてはいるが、刑事部の人員は自分と冨岡の2人だけ。機捜はおろか鑑識の姿すら無く、調査に関わるような事は全て撃退庁直下の職員が行っていた。
 いくら天魔絡みの騒ぎとはいえ、裏付け捜査やら何やらで、普通はもう少し警察にも声が掛かりそうなものだが……

「だからって全くの知らんぷりじゃ、上の連中も面目が立たんからなあ。『ウチも仕事してますよ』って顔だけはしておきたいんだろうさ」

 そんな冨岡達を尻目に、早上は傍らに居た自らの部下に問う。

「斡旋所への根回しはどうなっている」
「通達を始めていますが、あちらは撃退庁というよりは久遠ヶ原寄りの組織なので、少々手間取りそうです。民間人が斡旋所へ直接通報するケースも多いので」
「急がせろ」

 この件に外部の者を関わらせるのはおもしろくない。撃退庁だけで内々に処理する為にも、斡旋所の情報規制は必須事項だ。

 ふと、早上は微かな気配を感じて顔を上げ、背の高いビルの屋上に目を向ける。
 黒い帽子を目深に被った青い瞳の青年――リーゼ――が、騒がしい地上を静かに見下ろしていた。

「……」

 彼は早上達を一瞥した後、すっと頭を引っ込めて姿を消す。

「ふん、死神め」

 疎ましそうに吐き捨てる早上。

「追いますか?」
「どうせ捕まるまい」

 放っておけ、と。
 早上は部下達に作業を急がせた。



 ハルとアーリィが喧嘩していた場所から少し離れた位置。そこは、過去の天魔事件が原因で現在は無人のはずの区画。
 目の前に現れたヴァニタスを見て、男――榊 栄一――はやりきれぬ表情を浮かべていた。

 宍間 涼介。
 栄一にとってかつての…いや今も変わらず後輩であるその相手は、剥き出しの殺意と共に双剣を手にした――



 ――斡旋所。

 撃退士が天魔に襲われている。
 電話ボックスからの通報を受けたオペ子は、机で書類と睨み合っている上司を振り返る。

「どうしますか局長」

 通報内容からして緊急事態ではあるが、少し前に撃退庁から「何か事件があっても、軽率に動くな」という指示が出ている。依頼として学園生を募っても良いものかどうか。
 だが局長は、手にしていた通達書に目を向けたまま小さく頷いた。

「構わん、緊急放送をかけろ」
「いいんですか。オペ子、あとで怒られるのはノーセンキューです」
「こんな曖昧な通達書に実効力があるとは思えん。緊急通報があった事は私から撃退庁へ連絡するが、同時進行で撃退士も派遣させる。すぐかかれ」
「わかりました」



「話を聞け涼介!」
「いまさら言い訳か!!」

 涼介が振るう双剣の連撃を、同じく双剣型の魔具で切り払う栄一。
 剣術の練度では栄一が上。
 それもそのはず。涼介の技は全て、栄一のそれを模倣したものであるからだ。

 ――憧れ、追いかけ、されどアウルを持たなかった自分では決して届かなかった“2人”の撃退士。

 ヴァニタスとなった今、限りなくその力に近づけた。
 それでも、双剣の扱いに関してはあと一歩のところで栄一が上。しかし――

「同じ武器ならアンタの方が上かもしれない。けど、俺の“強み”はそこじゃない!」

 幾度目かの横薙ぎを捌かれた涼介は、剣の切っ先が自身の背に隠れるほど大きく両手を振りかぶる。
 二刀による強打に備え、自身の剣を交差させる栄一。


 瞬間、涼介の得物が一瞬にして1本の大剣へと切り替わっていた。


「なっ!?」

 予備動作無しの持ち替え。
 力任せに振り下ろされた重量級の一撃をいなしきれずに、栄一がバランスを崩す。だがよろけながらも、大剣の追撃を避ける為に視線だけは相手の切っ先から外さない――

 つもりだった。

 そこには既に大剣など存在せず、代わりに飛んできたのはトンファーによる打突。斬撃とは違う軌道で打ち込まれた一撃に吹き飛ばされて、大きく地を転がる。

 あらゆる武器種を平均水準の練度で使いこなし、即座に切り替え、実際の練度以上のダメージを叩き出す。それを可能にする“特異な器用さ”こそが、彼の強みだった。
 人間だった頃、栄一や幸恵を含む周囲の者達から“天才”とまで称された順応力の高さ。それでも、撃退士や天魔の身体能力の前では話にすらならなかった。
 だがヴァニタス化して強靭な身体を手に入れたことで、その才は名実共に“力”へと昇華。

「勝てるんだよ……今の俺ならアンタにも、天魔にも……」

 その時、数名の学園生が到着。
 栄一を襲われている撃退士と判断し、戦闘に割って入ろうとするが……

 スッ、と。その行く手を遮るように現れる1人の青年。



 それは、無骨なリボルバーと鞘に収めたままの二刀を携えた、リーゼだった。




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リプレイ本文

「…た、タイム! なのです!」

 2人の戦闘を目視して、華愛(jb6708)は咄嗟に呼び掛けていた。
 そして深森 木葉(jb1711)と共に割って入ろうとするが、突如現れたリーゼに行く手を遮られる。

 それに首を傾げたのは樒 和紗(jb6970)。

「確か撃退士の仕事で留守にしていると聞いていますが…何故、此処に?」

 リーゼは答えず。だが、突然の乱入者に怯えていた木葉は、それが和紗の知り合いだと分かって少しほっとする。
 同様に、ゼロ=シュバイツァー(jb7501)もリーゼに対して愛想の良い笑みを浮かべて見せた。

「援軍か? 助かるわ。ほな、うるさいのが来んうちにちゃっちゃと終わらせよか」

 言いながら、しかし意識の隅に警戒心は残しながらリーゼの横をすり抜けようとして――

 スッ、と。
 横に伸びたリーゼの左手に、進路を塞がれていた。

「なんのつもりや兄ちゃん? 自分誰の味方やねん」

 同じく通行を阻まれた木葉も「通してぇ〜」と手をばたばたさせながら、

「理由もなく誰かが傷ついたり、傷つけたりはダメなのです。殴っても殴られても、どちらも『痛い、痛い』のです…」

 なぜ邪魔をするのか理由を問うが、リーゼは答えず。
 その時、帽子の陰から覗く彼の眼を見た和紗は、

「……。リーゼ、受け取って下さい」

 自らの指輪を外し、彼に投げた。

「俺のヒヒイロカネです」

 交戦の意思なし。
 和紗はリーゼに近づきながら、彼の後ろで尚も戦闘を続けている2人を指して言葉を続ける。

「一方は殺意を顕にしていますが、リーゼがあの2人への介入を阻止すると言う事は、あの撃退士は絶対に死なない」

 先の戦いでは、己に殺意を向ける悪魔に対しても刀を抜かず傷つけなかった。そんな人間が、目の前で誰かが倒れる事を良しとするとは思えない。

「俺はリーゼに場を収束させる算段があるのだと信じています…が、時には言葉にする事も必要です」
「……」
「リーゼの目的は何か、任務上語れないなら仕方ありませんが…俺に出来る事はありませんか?」

 すると、それまで固く閉じていた彼の唇が僅かに動き……

「……正しいと思う事を」

 言葉足らずながらも、そう言った。

「…アンタを信じてる子は裏切るんじゃないわよ」

 後列から成り行きを見守っていた鷹代 由稀(jb1456)が、言葉と共に紫煙を燻らせる。
 彼女は一度リーゼの眼を見た後、踵を返し、

「お客さんのお迎え準備してくるわ。どうせ、出張ってくるのはこないだの連中でしょうしね」

 オペ子の言っていた撃退庁部隊に備えるべく、どこかへと駆けて行った。
 遠ざかる由稀に対しては、リーゼも止めに入る様子は無し。

 また一方で、斉凛(ja6571)がリーゼには構う事なく陽光の翼で上空へと飛び上がる。
 2人の男の戦闘を見下ろしながら、撃退庁が躍起になる理由について思考を巡らせる。

(先刻のあの高圧的な態度…怪しいですわ)

 役人が第三者を遠ざけたがる理由と言えば…やはり不正だろうか。
 あれからさして間を置かずに、それもそう遠くない場所で戦いを始めた正体不明の撃退士と天魔。このどちらか、あるいは両方が、撃退庁と関係しているのかもしれない。

 あれこれと考えながら、凛は空から辺りを見渡す。
 索敵系スキルも駆使して、自分達以外の誰かが近づいてきていないかを監視。

 同様に、華愛もヒリュウを召喚して見張り役をお願いする。

「ヒーさん、お願いします、なのです」

 凛ほど高くは飛べないが、その死角をカバーするように、一角の白いヒリュウが上空をふよふよと漂う。
 野生?の目に期待するとしよう。

「んで? やっぱり通してくれる気ないんか?」

 リーゼに再度問うゼロ。あまり悠長にはしていられない。
 非戦闘を宣言した和紗とは対照的に、尋ねながら漆黒のアウルを纏う。対して、リーゼの気配も鋭さが増し――

「なら、こっちも仕事するわ」

 ボッと音を立てて、ゼロの拳がリーゼの鳩尾目掛けて突き出される。
 だがその寸前、和紗が両腕を広げて割って入りリーゼを庇っていた。

 その事態にゼロも反応はできていた。だが敢えて拳は止めず。
 殺す気は無いが手加減するつもりも無い一撃はしかし、和紗の数cm手前でピタリと固まる。

 咄嗟に和紗の後ろから腕を回したリーゼの右手が、ゼロの拳を受け止めていた。

「まあそう来るやろうと思ったわ。自分何がしたいんや?」

 驚いた風でもなく、ゼロがごちる。
 リーゼは答える代わりに、なおも力の抜けていないゼロの拳を押し留めながら、

「……樒」
「?」
「すまない」

 瞬間、和紗の身体がフッと浮いた。
 びっくりするほど綺麗に足を払われて、すとんと尻餅をつく和紗。
 隔てるものがなくなった瞬間、リーゼは拳ごとゼロの腕を絡め取って横に引き倒した。

 だがゼロも、地面に肩が着く前にもう片方の手をついて、側転の要領でくるりと体勢を立て直す。

「殴り甲斐はありそうやな!」

 獰猛に口端を歪めるゼロの背に、血のように赤い翼が顕現。
 赤色の羽根が舞う中で、拳を打ち、肘で薙ぎ、蹴りが轟と風を巻く。容赦を捨てた攻撃。しかしその全てをリーゼはいなし、受け止め、悉く回避した。

(…今のうち、なのです…?)

 その隙に奥へ進もうと、華愛がそおっと足を踏み出す。
 ちらり、と。リーゼの目が、背後へ抜けていった彼女に向く。
 刹那、ゼロの1発が打ち上げるようにリーゼの鳩尾に入った――いや、胸の前で両腕をクロスして受けられたか。しかも、インパクトの瞬間後ろに飛ばれて衝撃を殺された。

 飛び退いた勢いのまま、華愛の真横に着地するリーゼ。
 驚く華愛の踵に自らの足を沿えて固定し、彼女のおでこを人差し指でとんっと軽く押す。

「ぉ……」

 かくんと後ろに仰け反り、しかし踵を押さえられていて踏み止まれない華愛がわたわたと傾く。ぎりぎりのところで足がどけられ、彼女はぽてりとその場で尻餅をついた。
 同時に、リーゼは少し離れたところにやはり奥へ行こうとする木葉の姿を捉える。

 ゼロは距離を詰め直し、リーゼの鼻っ柱を狙って拳を振るうが不発。すり抜けて懐に肩を捻じ込んできた彼は、ゼロの背にある翼に目を向け――

「飛べるな?」
「なんやて?」

 瞬間、ゼロの身体が、彼の意思に反して一直線に横に飛んでいた。強引に投げ飛ばされた先には、木葉。
 ゼロは翼で制動を掛け、寸前で宙返りして衝突を回避。だが、驚いた木葉の足はきっちりと止まる。

 こちらが受身を取ると見越しての行動。

「ほんま……どういうつもりや」

 びっくりして縮こまる木葉の頭を一撫でしながら、リーゼに眉を顰める。
 その間、上空で待機していた凛は、索敵の合間に正体不明の2人に向けて警告を発していた。

「私達は久遠ヶ原学園所属の撃退士です。戦闘を辞めて話を聞いてください。辞めないなら撃ちます」

 しかし戦闘中の2人の耳には届かず。
 いや、おそらく聞こえてはいるだろう。ただどちらの男も、呼び掛けに気を割けるような状況ではなかった。

 実際に発砲しようにも、肉薄して戦闘する2人の内、上手く天魔の方にだけ当てるというのは容易い事ではない。
 気を引いて足を止めさせようにも仲間達はリーゼを突破できず、自分でやろうとすれば、その時は恐らくリーゼの妨害が入るだろう。
 攻撃の切欠が掴めずに二の足を踏む凛。また木葉も、近づく事はできずとも遠巻きから声を張るが、

「どうして、戦うのですかぁ? お知り合いじゃないの? 仲良くしようよぉ〜」

 やはり、2人の戦いは止まらない――



 現場への道に、ソレと分かる微妙な匙加減で爆破トラップを仕掛ける由稀。と言っても、ガラクタをそれっぽく見せただけのダミーだが。
 新しい煙草を咥えながら携帯を取り出し、掛けた先はオペ子。

「撃退庁の連中が来たら相手するから、次に私から着信あったら繋ぎっぱなしで会話録音、いいわね?」
『かしこまりです』

 一旦通話を切った由稀は、ふと気配を感じて振り返る。
 そこに居たのは、ホームレスと思しき数人の人間。

「あ、あんた撃退士か?」
「そうだけど…ああ、住所不定匿名希望の通報者ってもしかしてアンタ達?」

 結界領域ではないが、過去の天魔事件が原因で無人となった区画。住み着くのに丁度良かったのだろう。

「まだ騒がしいから、もう少し離れてなさい」

 彼らは素直に従った。

 ほどなくして、先刻のエージェントと特殊部隊が姿を見せる。
 由稀はさり気なくポケットの上からボタンを押して、オペ子との回線を繋ぐ。

「ここから先は、今のところこっちの管轄よ。首突っ込まないでもらえる?」

 対して早上――互いに、まだ相手の名前は知らないが――は、部隊と共に立ち止まって答える。

「こちらは公務で動いている」
「久遠ヶ原は公安の下部組織じゃない。それは理解してるわね? わかってるなら撃退士とはいえ、子供にまで銃突きつけるとか…アンタ、何様よ。あまり強引なやり方は、反発招いて後々立場悪くなるんじゃない?」
「貴様こそ理解しているのか? 撃退士の特権は、撃退庁の部隊にも等しく与えられている。権限が同等なら、一介の依頼などより公務の方が重い」
「国際機構の認可もあるわよ」
「学園設立に対してであって、この件に対してではないな」

 腹の探り合い。だが由稀の狙いは、連中をここで足止めする事でもある。
 早上もそれには気づいているようで、睨み合いもほどほどに無言で歩き始めた。

「私無視していくのは別に構わないけど…戦争屋が何の手も打たずにこんな所で姿晒してると思う?」
「……では、気をつけて進ませてもらうとしよう」

 由稀にこびり付いた硝煙の臭い。気づいた早上はそれをハッタリとは言い切れず、しかし迷って足を止めるほど無能でもなく、部隊と共に横を通り抜けていく。

「……流石に素人じゃ無い、か」

 いつの間にか短くなっていた煙草を携帯灰皿に放り込み、由稀は次の煙草に火を点けた――



 正しいと思う事を。
 和紗は、足払いを受けた際に返されていた指輪を手にしながら、リーゼが口にした言葉を考えていた。あれは「見極めろ」という意味だろうか。
 それは言われるまでもない事のはずだが、敢えてそれを言う彼の真意はどこにあるのだろう。
 それにもう1つ、気になる点がある。

 ――撃退士が天魔に襲われている

「…攻撃されている側が撃退士でしょうが、相手が天魔だと何故判断出来たのでしょう? 特に天魔らしき異形は見受けられませんし」

 まあそれに関しては、飛んで現れた所を目撃した…という程度の話かもしれないが。

「んー、見たまま単純というわけじゃないのですっ?」

 同じように隣で首を傾げていたのは青鹿 うみ(ja1298)。
 私の受けた依頼は『事実確認』ですから。そう言って彼女は、ひたすら現場の状況を観察していた。
 戦闘や介入の意思はなく、仲間の説得や戦闘をただぼーっと見ているようにも思えた彼女だったが、頭の中は目まぐるしく駆け回っている。

「オペ子さんの頼みが最優先と思っていましたが、謎の撃退士を救援、天魔を撃退という依頼情報から見直しですっ」

 和紗がそうであるように、うみもまた、エリスを助けたリーゼを信じていた。
 謎の撃退士と天魔が殴り合うのは、当事者同士の問題。リーゼも話さないのなら、話せない事情があるという事なのだろう。その上で、こちらの邪魔をする理由についても考えてみる。

 ふと、天魔の動きには違和感があった。

「今のも、殺せますよね?」

 幾度目かの斬り合いを指してうみが言う。天魔側には本気で殺す気は無いのではないか、と。



 ――その疑問は、涼介本人にとっても苛立ちとして現れていた。

 殺すつもりの一撃が、寸での所で届かず。
 思っていた以上に栄一の技量が高いのか、それとも――



(あかんな……)

 愛用の大鎌を用いてもリーゼを突破できずにいたゼロが、内心で呟く。
 よもやここまで食い下がられるとは。仮に全員で挑んだとしても、バラバラに仕掛けていたのでは、守りに徹した彼を抜くのは無理かもしれない。
 突破前から分担したのは失敗だったか……。

「…ぬ…? 撃退庁の方、来られました、なのです!」

 その時、ヒーさんと視覚を共有していた華愛が告げた。
 もはや撃退士側に当たる等と言ってはいられない。意を決して2人の少し横を狙ってトリガーを引く凛。

 そしてその一射は、リーゼも止める事はしなかった。

 ビシリと脇の地面に穴が開き、漸く2人は足を止めて上空の凛を見た。

「撃退庁の人間がすぐ近くまで来ていますわ」

 天魔の男は深く歯噛みした後、自らの翼を広げてあっという間に飛び去ってしまった。
 残った撃退士の男は、リーゼに助け起こされながら彼に尋ねる。

「何か分かったか?」
「いや」
「そうか……」

 そこへ駆け寄る木葉と華愛。
 それぞれ治癒膏やライトヒールを男に掛けてやりながら、華愛が恐る恐る話しかける。

「質問が、あるのです…」

 事の経緯や天魔の男との関係諸々。
 しかし部隊の気配が近づいてきて、その問いは断念せざるを得なかった。

「わたくしは貴方達に協力します」

 去ろうとする男の背に凛の声が掛かる。

「わたくし達学園の生徒は、現場の判断で決める権利がありますの。撃退庁の言いなりにさせませんわ」
「……撃退庁もだが、撃退士の権限とて絶対ではないよ。だが、その言葉はありがたく頂いておこう」
「今は信用できないなら、後でゆっくり考えてくださいませ。またお会いする時に事情を教えていただけたら嬉しいですわ」
「ほれ、連絡先や」

 ゼロが、自分達の連絡先を書いた紙を丸めて男に投げる。男は躊躇いながらも小さく頷き、足早に裏路地へと消えていった。
 リーゼも彼の後ろを守るように一呼吸置いてその場を去ろうとするが、これだけは聞きたいと華愛が呼び止める。

「二人とは、お知り合い、なのです?」
「日は浅いが」

 ただし宍間との面識は無い、と。
 宍間というのは、あの天魔の方の名前だろうか。面識が無いと言いつつも、リーゼは相手の名前まで把握しているようだった。

「…どうして、止めなかったのです?」

 これには答えず。
 すると和紗が、

「貴方の任務、あの2人の過去に関係しますか?」

 リーゼは頷かず、しかし否定する事もしなかった。隠しているのはなく、どちらとも言えないという事なのだろう。
 そして、今度こそ離脱。

 一同も急いでその場を離れながら、ゼロは携帯でオペ子を呼び出す。
 これ以上、情報で撃退庁の後手に回るのは面白くない。何とか警察辺りに協力を要請できないか。

「冨岡さまなら、お会いしたこと、あるのです」

 隣で華愛がこくこくと頷く。

『冨岡さんに連絡するのは可能ですが警察はシュバイツァーさん達以上に締め出し食らってると思います。撃退庁と同じ公安直下ど真ん中な組織なので』
「やってみるだけでもええから頼む。晩飯奢ったるから」
『オペ子頑張ります』

 通信終了。

 早上達が到着した時には、現場はシンと静まり返っていた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 星に刻む過去と今・青鹿 うみ(ja1298)
 光至ル瑞獣・和紗・S・ルフトハイト(jb6970)
 縛られない風へ・ゼロ=シュバイツァー(jb7501)
重体: −
面白かった!:8人

星に刻む過去と今・
青鹿 うみ(ja1298)

大学部2年7組 女 鬼道忍軍
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
Rapid Annihilation・
鷹代 由稀(jb1456)

大学部8年105組 女 インフィルトレイター
ねこのは・
深森 木葉(jb1711)

小等部1年1組 女 陰陽師
竜言の花・
華愛(jb6708)

大学部3年7組 女 バハムートテイマー
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
金の誇り、鉄の矜持・
リディア・バックフィード(jb7300)

大学部3年233組 女 ダアト
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅