●深夜荘ご一行
「わーい、お花見だー!」
桜広場に到着し、来崎 麻夜(
jb0905)とヒビキ・ユーヤ(
jb9420)が小動物のように駆けて行く。
「騒ぎ過ぎて迷惑かけんなよー?」
やれやれと苦笑しながら荷物を降ろした麻生 遊夜(
ja1838)は、同じく荷物を抱えていた同寮生ディザイア・シーカー(
jb5989)の肩を叩いて互いを労う。
「ま、コレくらいはせんとな」
料理も作れなくはなかったが……まあそこは乙女2人に譲るべきだろう。
ディザイアは遊夜と共に彼女達を追って桜の近くへ。ふと、広場の中に見覚えのある2人を発見。
睨み合うハルとアーリィ。大所帯でやってきたこちらに気づきもせず口喧嘩している。
「あっちの方に、行こう?」
「向こうの方で何か言い合ってる二人がいるしねぇ」
ヒビキと麻夜に頷き、4人は反対側の隅へ移動。座敷を広げて腰を下ろし、弁当を広げる。
「…綺麗だねぇ」
桜並木を見上げながらズズッとお茶を啜るヒビキ。一方、遠くでは先の2人がキャンキャン言い合いを続けている。
「多少の馬鹿騒ぎは花見の華かね?」
ふぅむ、と眺める遊夜。ふと、ヒビキとは反対隣に座っていた麻夜が彼におにぎりを差し出した。ヒビキもその仕草を真似て、遊夜のコップにお酌(お茶)する。
「隣にも華は咲いてるんだけど、綺麗? 可愛い?」
「可愛い?」
「…はいはい、可愛くて綺麗ですよお嬢さん方」
両側からぐいぐいと迫る女子2人に肩を竦めながら、遊夜は差し出されたおにぎりを齧り、注がれたお茶を含んだ。
「んふふ、やった」
上機嫌にクスクスと笑う麻夜。
「ん、こういうじゃれ合いも、癒される」
ヒビキもこくりと頷く。大丈夫、ここが私の居場所なんだ……と。
(やれやれ。彼女がいるって公言してる俺なんかのどこが良いんかねぇ……彼女が来てないからか?)
もぐもぐごくりと最初の一口を飲みこんだ彼に、2人は休むことなく世話を焼き続けた。
あー……遊夜ちゃん爆発しねえかな。
「知り合いがいたから顔出してくんぜ」
その時、空気を読んで立ち上がるディザイア。彼は未だに吠え合っているハルアリの方へと歩いていった――
あ、ちなみに今のモノローグは彼じゃなくてMSです。
●桜遊楽
「うお、七輪重てェ……」
ぐぬぬ、と首筋を浮き立たせていたバルトロ・アンドレイニ(
ja7838)は、桜広場に到着してどすりと荷を降ろす。
「七輪よーし。豆炭よーし。ライターよーし。よっしゃ、この帆立も焼こうぜ!」
担いでいたクーラーボックスから大量の貝を取り出すアンネ・ベルセリウス(
ja8216)。
「く〜っ。日本酒とあうなぁ……」
「うめェ……かー……この一杯の為に生きてる、って感じだよな!」
焼き帆立や焼きスルメを肴にしながら早速飲み始める2人。ちなみにアンネちゃんは若く見えるけど大学3年だから大丈夫だよ! ちゃんと大人だよ! 久遠ヶ原に飛び級なし!
「ねねこれ焼いてこれ焼いて!」
元気におねだりしたのはエリン・フォーゲル(
jb3038)。差し出したのは枝豆、竹ちくわ、ジャーキーといった実に丁寧な女の子らしさ溢れる……あふれる……あれ?
程よく焦げ目がついたそれらをバルトロの手から毟り取ると、エリンは食い千切るようにガツガツと貪る。
「うめぇ!」
丁寧な女の子なんて居なかった。
「子持ちししゃもも美味しいよな」
クーラーボックスの中にあった具材を七輪で焼く霧島イザヤ(
jb5262)。ついでにスルメも。もぐもぐ。
一方、隣で十段もある重箱を抱えていたダナ・ユスティール(
ja8221)は、鼻歌を口ずさみながらその包みを解く。しかし作ってくれた当の本人は今回不参加。まるで遠足の日のお母さん。
さてその中身は――
なんと春の山菜づくし。作った人の「わーい! 明日のお花見楽しみー!」な気持ちが痛いほど伝わってくる。しかし本人は参加ならず。
あれおかしいな、目からアウルが……。
「美味しくいただきます。……あ、ハチクの煮物入ってるやったー」
うまし!
イザヤも手を合わせて重箱をつつく。
「……和風だな」
もぐもぐ。
「……美味い」
もぐもぐ。
「春だな……」
もぐもぐもぐ。
「あの子料理ホントうまいよね」
来れなかったけど。
丁寧系?女子高生エリンちゃんも、さすがに故人?を偲んでしおらしくお箸でいただきます。
「うう……煮締め美味しい……あとこれ美味しいけど、なんだろ? タラの芽の天ぷら?」
うお菜の花のお浸しだ。うめぇ!
やっぱり丁寧なんて無かった。
「こっちがちらし寿司で、こっちがいなり寿司と太巻きか……さては寝ないで作ったな……」
料理に舌鼓を打つアンネ。対して、バルドゥル・エンゲルブレヒト(
jb4599)が重箱の傍に置かれていた水筒に気づいた。
「……こっちの大きな魔法瓶の水筒は…………」
蓋を開け、コップに中身を注ぐ。濁った汁と共にでろりとワカメが飛び出てきた。
「…………味噌汁……とか……」
しかも美味しいのがまたなんとも……。
ふとバルドゥルは、熱々の味噌汁を啜りながら辺りを見回す。風に揺られて柔らかに揺れる桜木の広場。自分達以外にも、花見を主催したオペ子や、彼女に誘われて集まった様々な人々がわいわいと賑やかな声を上げている。実に統一性のない雑多な華の席だが――
「なぜか、ここだけ妙に家の匂いがするんだが……」
落ち着く。
いや、家と全く違うんだが……。味噌汁のせいだろうか?
「やーこういうのいいねぇいいねぇ」
頬についた米粒をバルドゥルに取ってもらいながら、伸ばした足をパタパタさせるシルヴィア・マリエス(
jb3164)。
「なかなかさー、まとまって遊びにいけないからさー……いや人数多いからだけど……最近会えないことも多かったしさー……」
ぶちぶち。
だがしかし、今日はめいっぱい甘えるのだ!
「バルっちは今日一日あたしに構うといいんだよ!!」
というわけで肩車をよーきゅーする!
言いながらバルドゥルの背をよじ登り、彼の後頭部をぺちぺちと叩いて急かすシルヴィア。
「さぁ桜の花びらに顔つっこんでふんかふんかするぞー!!」
長身のバルドゥルが立ち上がると、肩に乗った彼女の顔はもふりと薄桃色の雲に埋もれた。
「やっはー!」と大燥ぎするシルヴィア。
「届くか? 飛べば早いような気もするが」
「やですしおすし! 夢中になりすぎて枝とか傷つけたらダメだもん!」
一頻り桜を堪能した後、再び座敷へ。バルドゥルは持参していた餅を七輪に乗せて呟く。
「私は砂糖醤油派だが……小豆も美味いな」
「おだんご食べたい。みたらしだんご!」
シルヴィアがバルドゥルの膝をゆすっていると――
「やあ、こちらも賑やかだね」
地主である笠木一家がやってきた。どうやら皆に挨拶して回っているようだ。
「家主さんこーんにーちわー!!」
元気に声を返すシルヴィア。彼女に続き、他の6人もぺこりとお辞儀。
「シルヴィアちゃんは、お団子が食べたいの?」
「おだんご! みたらしだんご!」
妻の麗佳が尋ねる。ぶんぶんと首を振ったシルヴィアを見て、盆を抱えていた娘の恵子が歩み出た。
恵子の抱えていたその盆の上には大量の串団子。三色団子や草団子、みたらし団子もある。興奮した様子で全種を両手の指の間一杯に挟むシルヴィア。
「ゆっくり楽しんでいってくださいね」
座敷巡りへと戻る笠木一家に手を振り、バルトロは桜吹雪を眺める。
「アイツもなぁ……来れればよかったのになぁ……」
「あ、花びら入った」
エリンのお茶にひたりと桃色の花弁が浮かぶ。それを見たバルトロは何気なく呟く。
「落ちてくる花びらとか空中で受け取ったら持って帰ってもいいかね…?」
アイツへのお土産に。それを聞き、ダナは落ちてくる花びらを空中で掬い上げるように両手を構える。
「ちらちら落ちてきてたら受け止めて……こう…」
ひらり。
取れない。
今度はエリンが白刃取りのように両手を打ち合わせてキャッチを狙う。バチンッ。
取れない。
どんくせえなあ、と笑うバルトロ。すっと手を伸ばして空中の花びらを……取れない。
「「……」」
3人は食べ物を置いてスッと立ち上がると、光纏して花吹雪に飛び掛かり始めた。
「手伝う!」
繰り出したアンネのジャブは――お、1枚ゲット。
「お菓子とかつくりそうな気がするな」
同じく1枚掴んだイザヤ。
「いいよな、桜。塩漬けに出来ないかな……」
手の中の花びらをじっと見つめていたアンネは、なんとなくそれをペロリ。もぐもぐ。
「……まぁ味しないよな今は」
結局誰の土産なのやら。
●
荷物を乗せたリアカーを降ろし、九鬼 龍磨(
jb8028)と木嶋香里(
jb7748)は早速コンロに火を入れる。下拵えは済ませてあるので、後はどんどん焼くだけだ。
「バーベキュー会を開催するよー♪」
「皆さん、料理は一杯あるので楽しんで下さいね♪」
2人の声に、周りにいた参加者がぞろぞろと集まってくる。その中に羽柴 柳正と長門 アイリを見つけて、龍磨は笑顔で手を振った。
「龍磨。こんにちは」
柳正の服の袖をぎゅっと握ったまま、アイリが言う。
心に抱えた傷が原因で柳正以外の他人の顔が認識できないアイリ。しかし龍磨は、柳正以外で認識できる数少ない知り合いの内の1人だった。
「はじめまして長門さん。私は木嶋香里と申します」
アイリを怖がらせないよう、いつも以上に丁寧な物腰で挨拶をする香里。
アイリは柳正と龍磨の方をちらりと窺い、彼らが「大丈夫」と頷くと恐る恐る柳正の後ろから出てきて、差し出されていた香里の手を小さく握り返した。
火の世話に忙しそうな龍磨に、柳正が「代わろう」と申し出る。一旦交代した龍磨は、手持ち無沙汰にしているアイリへと声をかける。
「アイリちゃんもやってみる?」
お料理を覚えて、羽柴さんが喜ぶの見たいでしょ?
その耳打ちに、無言のまま頷くアイリ。龍磨と香里に教えられ、彼女は肉や野菜、フルーツなどの具材を1つずつ串に刺して火にかけた。
バーベキューの賑わいに一段落ついた頃。
香里は龍磨達に一声かけてから、BrO組の元へ。するとそこでは、玉置 雪子(
jb8344)が御堂 栄治や豚侍達と廃人臭漂うBrO談義に花を咲かせていた。
「『たまゆき』は君のアバターだったのか」
「カンストしちゃったんで他にもキャラいますけど。ていうか複垢で金策とか基本だろjk」
「でござるなー。デイリークエ回すだけでも結構貯まるでござる」
「……複垢って一応規約違反なんですけど?」
「「ぎくっ」」
『法務部』室長――嘉瀬 綾子の声に、雪子達が固まる。やべえ忘れてたよこの人そっちの人だったよ。
「駄菓子菓子。本当にBANされないといけないのはbotと升じゃないですかね」
小さな悪事はより大きな悪事で塗り潰すべし。雪子はここぞとばかりにネトゲに巣食う永遠の害悪――そう、言うなればネットのゴキブリ『業者』について、法務部室長に物申す。
「まじ不正利用者みんな○ねばいいのに」
あ、複垢は暗黙のノーカウントでおんしゃす。
「す、すごい盛り上がってますね」
『ネトゲ英会話』を前に圧倒されていた香里は、同じくオロオロした様子でそれを見守っていたヒメに声を掛ける。
ヒメもまた結構なBrO廃人ではあったが、引っ込み思案な性格が勝って、ただただ状況を眺めているしかできない。
「その後、お仕事の調子はどうですか?」
BrO失踪騒ぎでの一件。事件解決後にヒメは学園に籍を置きつつ、綾子の口利きによってBrO運営会社でアルバイトとして働いている。
「は、はい。今は、法務部で綾子さんのお手伝いをさせていただいてます。わ、私の性格だと、プレイヤーさんに話しかけたりとかちゃんと出来ないので」
でもたまに運営チームに借り出されて実装前データのテストプレイをしたりもする。
オドオドと、しかしスラスラと専門用語を操るヒメの話に、香里は笑顔で疑問符を浮かべた。
後ろでは、雪子のオフラインミーティングも最高潮に。
「アカレコのスキル不遇な件。修正はよ。あと籤、S出ない。どうしてこうなった」
おや? BrOの話ですよね?
もしかしてエリュs――おや誰か来たようだ……
●
絶賛口論中のアーリィとハル。
「貴様のマスター、でーべそー!」
子供か。
「でべそっつった方がでべそだろーが!」
だから子供か。
一方、大きい子供2人の様子を陰からこっそりと窺う腐った大人が1人――
(あれはチャーハン事件の時の……!?)
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は、広場に入るなりシュトヴァニ2人の姿を発見。
「下賤なヤンキーめ。主の程度もたかが知れるな」
「ケッ! 花見で上司のご機嫌取りしようとしてるゴマスリ野郎が偉そうに!」
じゃれる2人を見て何やらイケナイ妄想が巡ったシェリアは、偶然持ってきていたノートPCを開いてBでLなアレを(以下略
「桜より薔薇よ…! わたくしにも春がきたのよ…これを逃す手は無いわ!」
桜の木に隠れて2人を観察。カタカタとキーボードを弾くその表情は桜の花びらよりピンクに染まっている。
「桜を見せたいという理由で外面を装いつつもその内心、気持ちで惹かれ合い再会した喜びに満ち溢れている…! しかし二人は敵同士! 素直に気持ちを伝える事が叶わず、言葉に乗せた棘は同じ痛みを伴って恋慕で熱くなった胸に突き刺さる! 嗚呼、なんて悲しいの…!」
おいばかやめろ。
しかし腐乱酢貴族は止まらない。
『主に桜を? ふっ、嘘が下手だな。本当は私の後を追ってきたのだろう?』
『あっ……。ち、ちげーよ…何、勝手に決めつけてんだよ……バカじゃねえの…!』
※注意:シェリア視点です。
ハァハァと湿った息遣いが聞こえ、ドカカカとキーボードが猛ぶ。
と、そこへ新たな役者が。
「おいおい…こんなとこでも喧嘩かよ」
歩いてきたのはディザイア。彼は言い合う2人を引き剥がすように間に割って入った。
「まぁ! 三角関数だなんて…!」
だめだこの貴族はやく何とかしないと。
だが次の瞬間――
ドゥルルン!
野太い排気音を轟かせ、突如巨大な4tトラックが広場に乱入。掴み合うアーリィとハル(とディザイア)をぷちっと轢き潰し、そのまま場外まで出た所でエアブレーキを鳴かせて停車した。
運転席から降りてきたのは 喫茶店『キャスリング』 の専属メイド斉凛(
ja6571)。 喫茶店『キャスリング』 の。大事な事なので(ry。
「本日はキャスリングよりサービスの差し入れですわ」
ざわざわと集まってきた参加者の前でふわりとお辞儀し、トラックの荷台にあるボタンを押す。コンテナの片側がゴウンゴウンと開いていく。
中に搭載されていたのは、簡易ミニキッチン。
今日は自身が働く 喫茶店『キャスリング』 の宣伝も兼ねて、日頃ぶいぶい言わせているメイドスキルをフル活用してのご奉仕だ。
「「助太刀するでござる」」
そこへ名乗りを上げたのは、なんと豚侍達。
「凛殿にはいつぞやの一件でご迷惑をお掛けもうした」
自らの着物に手をかけ、ババッと脱ぎ捨てる。するとその下には文字Tシャツが!
喫 茶 店 『 キ ャ ス リ ン グ 』 。
1人1文字。
それ、『』と。の人は必要ですかね?
思わぬ奴隷――もといお手伝いさんを得た凛は、豚侍達と共に手馴れた動作でお菓子や軽食、そして紅茶を用意して参加者に振舞う。
無骨な4tトラックは、あっという間にキャスリングの出張支店へと早変わり。
特に紅茶は、本店と比べても遜色ないバリエーションが取り揃えられていた。しかしそこへ異を被せる男達の声――
「ふざけんな殺す気か!」
吠えたのはハル。
アーリィ(とディザイア)と共にべりっと地面から剥がれて身を起こすと、ポッポー!とヤカンのように蒸気を噴いて抗議する。
だがその瞬間、凛の両拳の指の間にシャキンと串団子が生えた。
こんな事もあろうかと。
営業の邪魔者を黙らせる為に、道中で仕入れておいた1日50本限定の串団子。ダーツのように投擲されたそれがブスリと両目に突き刺さり、黒金黒の3人は見事に黙らされた。
「もしよろしければ紅茶講座なども行わせていただきますわ」
真っ白メイドさんの笑顔に釣られて手を上げたのは笠木 恵子。メイドヘッドがぎゅるんと向きを変え、メイドアームがにゅるりと伸びてその肩を掴む。
「紅茶を美味しく淹れるコツは気合いですわ」
「え? あ、あの、そんな体育会系な……?」
「メイドの持ち場は戦場ですの」
茶葉は実弾、ポットは銃身。作法と技術は身体で覚える。
どっちが勝つかって? 決まってる……気持ちの強い方だ!
白夜叉メイドに手を引かれ、恵子はさながらボルトアクションライフルのような威圧感を放つティーポットを手に取った――
●チャーハン作るよ!
携帯バーナーを駆使して中華鍋を振るい、究極チャーハン出張版をじゃかじゃか掻き回す芳野 絵美。
目を離すと会場中のあらゆる食べ物が酒茶漬けにされかねないと危惧したヴェス・ペーラ(
jb2743)は、彼女の隣にぴたりと張り付いてその動向を監視していた。
「ヴェスちゃんは悪魔っ子なんだよねー? 未成年? 成人かな?」
合法なら酒茶漬け食べようず。
「女性の年齢と体重は機密事項です」
「そっかー。うん、わかるよー。私も乙女だしー」
チャーハン臭い乙女だな。
まあそれはさておき、
(桜キレイね……)
ひらひらと舞う薄桃色の花吹雪を見上げるヴェス。
「あ」
「え?」
不意に絵美が声を洩らしたのを聞いて視線を戻す。
「何でもないヨ」
背中を向けたまま、ふるふると首を振る絵美。ヴェスから隠すようにすっと鍋の前に立って調理を続ける。
やがてチャーハンが完成。
「いただきます」
ヴェスは手を合わせてから、差し込んだレンゲを口に運び――
べしゃりと皿に顔を埋めて動かなくなった。
●
「おかしい。なぜ俺まで……」
ディザイアがむくりと起き上がる。隣には、同じようにヨロヨロと立ち上がるアーリィとハルの姿。
思い出したように再び相手に掴みかかろうとする彼らを、ディザイアは一喝した。
「花見で勝負っつったらカラオケだろうが!」
すまん、適当ぶっこいた。
とは言えず、荷物の中から簡易カラオケセットを取り出して地面に置く。
「良いだろう。こんなガナリ声のカラスよりも、私の方が歌が上手いという事を照明してやる」
「抜かせハト野郎。生きてた頃にスナック通いで鍛えた俺の声量で、格の違いってやつを思い知らせてやんよ」
(まあ同点しか出ないように弄ってあるんだがな……)
ディザイアはやれやれと首を鳴らしながら、2人喉自慢大会をおっぱじめた彼らに背を向けた――
●局長は女の人です
「オペ子様、お花見に招いて頂いてありがとうございます」
飲めや歌えの大宴会とはいえ、節度は守らなくてはなりません。
三つ指ついて深々と頭を下げる神雷(
jb6374)の先に居たのは――
オペ子のコスプレをしたドラム缶ロボ。
局長が、怪訝そうに眉を顰める。
「神雷君、酔っているのか?」
いいえシラフです。
神雷は頭を上げると、徐に懐から塩を取り出してオペ子――もといロペ子に振り掛け始めた。
「なぜ清める?」
「いえいえ、念の為です。この前『御札を貼r
カァン!
突然あらぬ方向からカラオケマイクが飛んできて、神雷の額に直撃。
局長が首を向けると、一向に同点から抜け出せないハルアリが再度言い争いを始めていた。
ぐすんと涙目でおでこを擦る神雷。いじけた様子で近くにあった缶チューハイに手を伸ばす。実年齢は成人だから合法です。
ちびっと一口。
「あー、せっかくらんれ脱ぎまふー」
最初からクライマックスだった。
絡み酒で局長に擦り寄ると、唐突に自らの衣服を脱ぎ始める神雷。
スカートからシャツを出し、プチプチとボタンを外し――きる前に局長が止めに入った。
ちっ、余計な事を。
すると神雷は脱ぐのを止め、半裸のまま局長の膝の上で寝息を立て始めてしまった。節度ェ……。
むにゃむにゃと寝言を呟く神雷。
「おぺこさん…きょくちょーさんの、すきゃんだるですよー……ぐぅ……」
あれ? もしかして局長が男だと思ってたり……いやいやまさかね。
一方――
「早く呑める年齢になりたいわァ…ふふ、桜が綺麗ねェ」
同じ座敷内で、ウーロン茶片手に桜景色を見上げるシグネ=リンドベリ(
jb8023)。
ロペ子を呼び、「一緒に飲もう」と缶チューハイを渡す。掃除機がどうやって飲み食いするのか興味津々だった。すると――
ロペ子の頭部がパカッと2つに割れ、封も開けていない缶をそのまま中に放り込んだ。
頭が閉じ、メキメキとアルミ缶の拉げる音が響く。しばらくして、
パカリと胴部が開き、中から綺麗に潰された空き缶だけがペイッと吐き出されてきた。
(…初動がちょっとエグイわねェ…)
というか中身はどこへ?
まあ深く考えないことにしつつ、ロペ子のツインテールを弄り始めるシグネ。
「オペ子そっくりだから区別つけるのに髪形変えるといいわよォ」
髪束を分け、三つ編みに。
もし髪が放熱板だったら編めない、もしくはオーバーヒートしたりするのだろうか? と思ったが、普通に編めた。ただのカツラのようだ。
些細な疑問も解消され、彼女の興味は次の方向へ。
(局長…ちょっと気になってるのよねェ…面倒見よくってイイヒトっぽいしィ…)
んん? やっぱり局長、男だと思われてる?
シグネはすすすっと局長に擦り寄りメアドを要求。局長はあっさりアドレスを教えてくれた。
ついでに本名も尋ねようと、シグネが口を開きかけたその時――
「☆$○#=%∞℃□▽」
突然ロペ子が震えだした。
三つ編みになった銀髪に熱が溜まり、真っ赤に爛れ始める。
「あらァ…? やっぱり放熱板だったのかしらァ…」
ロペ子は明らかにヤバそうな震え方で何処かへと走り去った――
●
女子2人に挟まれる、彼女一筋の男――遊夜。ふと、
「あ、ロペコだ」
ヒビキが呟く。銀髪ツインテールが一直線にこちらへ向かってきた。
近づいてくるそれを見て、遊夜は今日の企画者の事を思い出す。
「ああ、オペ子さんにもちゃんと挨拶しとかんとな――ってあれ? ロボ?」
オペ子違い。
「あっちの人にそっくりな格好してるねぇ」
遠くに見つけた本物を指しながら麻夜が笑う。そうこうしているうちにロペ子は3人の前までやってくるとピタリと急停止。遠巻きには銀髪ツインテールに見えたが、実際は三つ編みにされ、発熱しすぎた髪は赤を通り越えて真っ白に。
少し疑問に思いつつもヒビキはこくりと頷き、
「うん、何時も通り、良い金属ツヤ…今日は『巨大k
瞬間、爆発――
●
「日本伝統文化のお花見です……」
ほうっと紅茶を飲むリディア・バックフィード(
jb7300)。知識はともかく、体験するのは初めてだ。今日は服装もいつもとは少し変えて、春らしい明るいコーディネートにしてみた。
広場に到着してすぐの頃は、オペ子を手伝って挨拶回り。まあ実際はオペ子が各座敷の料理を食べ歩きしただけだが。
そうして今は、座敷でまったりと小次郎をもふもふしていた。そんなリディアの正面では、彼女作の弁当をガツガツと頬張るオペ子の姿。
「お花見に洋食弁当とは斬新なチョイスです」
「和風料理が多そうですからね」
サンドウィッチもありますよ、とバスケットを開ける。
いただきますと即答するオペ子を見て、ふとリディアは思いつく。
「はい、あーん?」
ぱくっ。
言い終えるより先にリディアの手からサンドウィッチが消える。恥じらいなんて無かった。
「ところでオペ子さん」
指先に残ったパンくずを小次郎に舐められながら、リディアはかねてから思っていた話題を切り出す。
「もし宜しければいつか名前で呼ばせて下さい」
「はて。オペ子の名前はオペ子ですが」
「ふふ、オペ子さんってば」
こう言っては失礼かもしれないが、流石にオペ子が『本名だなんt
――チュンッ
瞬間、リディアの眼前を何かが横切り、掠めた前髪が数本ハラリと落ちる。焼け焦げたボルトが芝生に突き刺さっていた。
飛んできた方を見やると、爆発したロペ子の残骸と、黒く煤けた深夜荘の3人。
リディアはこの話題をそっと封印した。
「……そろそろ彼女を何とかしてもらえると助かるんだが」
その時、同じ座敷内に居た局長が膝上の神雷を指して2人に声をかける。シグネも一緒だ。
「居たんですか局長」
「居たんだよ」
「相変わらず仲良いな」
そこへ新たにやってきたのはディザイア。
「私もご一緒して良いですか?」
香里も加わる。
わいわいと賑やかに弁当を囲みながら、花見は続く。
●
――体調を崩したり落ち込む事があった時、支えてくれた人がいた。
それが凄く嬉しくて、何かお礼ができたらなと思っていた矢先の花見話。誘ってみたらえらく喜んでくれて、手作りのお弁当まで用意してくれた。これじゃ俺、またお礼言わなきゃなと、自然と笑みが零れてきて。
――尊敬している先輩からお花見に誘われた。
とてもとても嬉しくて、腕によりをかけてお弁当を作っていったらそれだけでも凄く喜んでくれて、それがまたとっても嬉しくて。
黄昏ひりょ(
jb3452)は豪勢な弁当に思わず感嘆の声を漏らす。自炊経験もある彼には、一目見ただけでそれが結構な手間暇だったであろう事がわかった。
隣に座る雪織 もなか(
jb8020)に言葉では足りない礼を述べながら、好物づくしのお弁当を2人で味わう。
賑やかな皆の声と、ゆっくりと流れる桜の風。
ふと、隣り合った手が触れる。
――照れ笑いのような、相手の声。
離れるでもなく、重なるでもなく。
2つの手は、並び立つように互いの温度を感じていた。
●
お花見。その言葉にふらふらと誘われるように参加した若菜 白兎(
ja2109)。
ご飯を貰い、ジュースも飲んで、ひらひらと舞う桜を眺めながらはむはむとお団子を頬張る。幸せいっぱいでお腹もいっぱいになった時、ふと我に返ってみたら、周りは知らない人ばかり。
急に不安になって、知ってる人を探してとてとて広場を行ったり来たり。背のおっきい人と目が合って、声のおっきい人が怒ってて、つまずいてぺしゃりと地面にころがって。
不安なまま隅っこの方で小さくなっていると――
「どうしたの?」
声がして顔を上げると、お父さんとお母さんみたいな、やさしそうなおじさんとおばさんが居た。たしか、笠木というお家の人だ。
「皆と一緒にお花見しましょう?」
そっと頭を撫でられて、白兎はようやく落ち着くことができた。
やがて陽も落ち、花見もそろそろお開きとなった頃。
全員で広場の後片付けをする中、ふと修造と麗佳が桜の木の根元で丸くなって眠っている白兎を見つける。彼女の傍らには、きちんと分別された空き缶の袋。その中にはお酒の缶も入っていた。
どうやら不安からくる精神的な疲労と、アルコールの残り香にあてられてしまったようだ。
一同は苦笑し、麗佳は片づけが終わるまで白兎をそっと膝上に抱えて待つ事にした。
●
「あの、オペ子さんちょっと良いですか!」
桜井疾風(
jb1213)は、意を決してオペ子を広場の外れへと連れ出す。
「好きです!! 付き合ってください!!」
全力の告白。
「オペ子さんがいるこの日常を守りたいんです。そのためなら戦ってもいいって初めて思ったんです」
戦う理由を持たなかった疾風の初めての戦う理由。始めて手にした学園にいる意味。
「だからお願いです。オペ子さんとオペ子さんの日常を俺に守らせてください」
――俺をオペ子さんの彼氏にしてください。
そう告げた疾風は、オペ子の前で地面に額を擦りつけていた――……
(おお!?)
桜の陰から覗いていた一同が沸く。しかしそんな中で、唯一舌打ちをする者が。
「土下座して告白する奴があるかよ。堂々としやがれ」
ハルだ。
彼はズカズカと木の陰から出て行こうとして――
刹那、横から振りぬかれた斧の一撃で高々と打ち上げられていた。
「……何人たりとも、邪魔はさせない」
眼光を赤く灯して立ちはだかったのは疾風の父――桜井明(
jb5937)。愛しい息子の大勝負。ならばここが自分の戦場だ。
もっとも、ハル以外には邪魔をしようとする者は居なかった。覗きはするが。
「……見世物じゃ、ないんだよ?」
とは言え、父も一同に混じってハラハラと行く末を見守る。
地面にへばりつき、返事を待つ疾風。その耳に届いたのは、
「すみません彼氏がいるので」
聞きたくなかった。認めたくなかった。しかしオペ子に肩を叩かれ、疾風は恐る恐る頭を上げる。
オペ子は自らの頭上に乗っていた黒い仔猫を、そっと疾風の頭上に移す。
「え、あの、オペ子さん……」
「彼氏の小次郎です」
おいおいおいこの状況でそれは流石に。
誰しもがそう思った。しかし、
「ドロドロした昼ドラ展開はあまり好みじゃないですが、桜井さんが小次郎を越える男の子になった時は考えなくもないです」
じーっと視線を合わせられ、それが冗談や逃げ口実ではないのだと感じ取る疾風。それは、失恋したという事実。
(これってつまり、再アタックしても良いって事ですわよね?)
(でも今は猫以下って事よねェ…?)
(桜井と言うより、男全般がそうっぽいな)
何だかいたたまれなくなってきた。……各自の手元には、食べきれなかった弁当や飲み物の残り。
一同はこくりと顔を見合わせると――
「あー、何かまた腹減ってきちまったなー!
「先輩が減ったならボクもー!」
「お花見の、続き、しよう」
ぞろぞろと広場へ戻り、畳んでいた座敷を広げ直す。
頭に小次郎を乗せたまま、ディザイアやアーリィに肩ぽむされる疾風。我が事のように落ち込む明の様子に、殴り飛ばされたハルも怒る気が失せて背中を叩く。
対してオペ子は、相変わらずの眠たげな半目薄表情のまましれっと疾風を宴へ誘う。
図太すぎる看板娘。彼女にとって振った振られたなどは、友達でいる事と何の関係も無いようだ。
というわけでここからは――
夜桜延長戦。