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マスター:川崎コータロー
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/01/10


みんなの思い出



オープニング


 凜島透。
 それは須藤ルスランという青年が、須藤ルスランになる前に持っていた名である。
「おや、綺麗な子を連れてきたね」
 世持武政に拾われて霧雨の家に連れてこられた時、車椅子に乗った彼女は微笑んだ。
「凜島透? これはまた綺麗な名だ。この名前のままあいつにやるのは勿体無いね。これから血に染めるべきではない名だよ」
 彼女は未だ幼少であった彼の頭を撫で、少し考えた。
「そうだね、須藤ルスラン……なんてどうかな。ちょうどこの前、あいつに頼まれて女の子向けの偽名を一つ考えた所なんだ。その名をリュドミラと言い、良くしてくれた近所の叔父の苗字を貰って筒井リュドミラとしたんだよ。まあその子と会った事はないし、果たしてリュドミラという名が似合うかは謎だけどね」
 自分の前にもう一人、こういった人間がいたとは意外であったと共に、彼女が何かを思いついたらしい。
「それではお前はルスラン、須藤ルスランだ。それがいいね。須藤は私の母の旧姓さ。どうせ血に染める名だ、少しトンチキにする位が粋というものだろう」
 そうして彼は須藤ルスランとなった。凜島透という名を霧に預け、須藤ルスランという名を血の雨に汚して今に至る。
 この名を知っているのは霧雨鼎、世持武政、そしてもう顔も名前も忘れてしまった故郷と家族。
 だからこそ、筒井リュドミラ――来栖司――の顔をした世持森羅が現れ、凜島透の名を告げた時は驚いた。いや、驚いたどころの次元ではなかった。
 どこか飛躍したもの――あの時、世持武政と初めて出会った時の、あの飛躍し超越した何かで背筋と脳髄が凍えた。
 あの女は一体何者か。筒井リュドミラの実妹であると言うのであれば、一体どうして姉とはおらず、そしてどうして姉の死と自分の本来の名を知れたのか。疑問は膨らみ、漠然と須藤を苦痛の彼方へと追いやった。
 眠れぬ夜。本来ならば自棄酒でもして強引に眠らせるのが常であったが、胸の底で疼く気味悪さがアルコールを拒絶し吐き戻すだけであった。
 月明かりも差さぬ陰鬱な夜。起きているのは自分だけで、腰掛ける玄関先の岩は心地よく冷ややかなのに、頬を撫でる風は季節はずれのようにぬるく気持ち悪かった。
 足音。ゆっくりと顔を上げる。そこには。
「また会ったな」
「お前――」
 世持森羅。否、筒井リュドミラの実妹。
「何故ここに」
「言っただろう、『ならばこれからは一段と襲撃は苛烈になる。覚悟の程、よろしく頼もう』と」
 体が上手く動かない。様々な感情が、結果恐怖として身を竦めさせ、永遠の硬直を齎したのだ。
「復讐も半分、まずはお前からだ」
 背後から忍び寄る手――
 次の瞬間、須藤の意識は雲に隠れる夜更けの空で塗りつぶされた。

「馬鹿な男」
 気を失い地に伏せる須藤を見て、世持は微笑んだ。だがこの無様な姿は、彼女が見たいものではない。
 夜明けの八咫烏・須藤ルスランは天魔が憎かった。だから天魔から殺した。
 夜明けの八咫烏・世持森羅は全てが憎かった。だから人間から殺すことにした。
 そこに理念も何もない。天魔排斥すら彼女の手駒の一つに過ぎなかったのだから。
 憎悪は連鎖し、雨が降る。
 空を覆う雲が生み出すのは、闇だった。

「そしてお前は、殺した顔と同じ顔の女に殺されるんだよ」


「おうい素良君ちょうどいい。おはよう。ルスランを見なかったかな、心配なんだが、部屋を見ても居なかったんだ」
 朝から須藤を見ない鼎は、辺りを見回しながら駆けつけてきた素良に声を掛けた。彼女とて須藤が心配であった。夕餉も喉に通していない様子だったのでよく眠れたか気がかりであったのだが、それが部屋にいないのだ。
「おはようございます。――それが」
 素良が相変わらずの無表情で、だがどこか困惑した様子で一枚の書状を手渡した。
「これが玄関先に」
 霧雨も有無も言わずに書状を開ける。そこには。

『一段ト苛烈ニナル襲撃ノ手始メ、先ズハ憎キ烏ヲ捕ラヘタリ』

「……やってくれたね」
 ただ一言、素良の超人的な聴覚をもってしてようやく聞けたその一言の後、顔を上げて素良に指示を飛ばす。
「皆を呼んでくれないか」
「まさか」
 素良はそれで勘付いた。もう十数年も共にいる彼女の感情の機微やその時々の思考などを高い精度で読み取ることのできる彼だったからかもしれない。
「ここまでされて、黙っている私じゃないよ。お前の体の事を案じて行かせはしなかったが、流石に今回ばかりは行かせる必要があるね」
 霧雨鼎はわかっていた。新生『夜明けの八咫烏』がどこを根城にしているかを。素良にも伝えてはいたが、行かせなかった。彼女には、素良しか居ないのだ。
「しかし」
 それを知っているからこそ、素良は戸惑った。十数年ぶりに彼女に口答えらしい口答えをした。けれど霧雨はいつものように微笑んだ。

「心配するな。そう死ぬ私ではない。だって、お前が守ってくれるだろう」

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リプレイ本文


 じきに雨が降る。今にも泣き出しそうな空模様であった。
 霧雨邸に残ったセレス・ダリエ(ja0189)は、その主の護衛をする事にした。
「……安心感は増えないとは思いますし、敵襲が有るとも限りませんけれど……それでも、何もないよりは、まだマシと言った程度で……」
『警戒の件、委細承知した』
 イヤホンから流れる無線の声は素良のもの。彼はダリエとヤナギ・エリューナク(ja0006)の提案により本拠地へ向かったように見せかけて戻り、万一に備えての護衛を担当する事となった。
 素良は霧雨邸へと辿り着ける範囲で警戒を行い、周囲にワイヤートラップを使用。霧雨邸までの道を一つに絞る。……実際、今までどのように護衛をしていたのか不明だった為か、ダリエは今まで通りから更に一歩踏み込んだものを頼んだ。これでひとまずの心配はないだろう。
 暫しの静かな間。未だ心中を推し測る事のできない霧雨に、ダリエはふと聞いた。
「……鼎さんは、今まで敵襲にお遭いしましたか?」
 エリューナクの邪毒の結界に守られた霧雨は少し考える。
「何度かは。『夜明けの八咫烏』がいっとう活発だった時は、どこからか聞きつけた輩がよくちょっかいを出しに来てたかな」
 だからこそ、これまでの敵襲にも毅然と、そして時には当たり前のように振舞えていたのだろうか。
「――して、どうしてそんな事を聞くのかい?」
「……護衛を置く程ですから、何かあるかも、と言う懸念はある筈……と思いまして……その懸念の元が何かを知りたいのです」
 ダリエにとって分からない事が多過ぎる。だが依頼は依頼と、割り切った方が良いのかもしれない。けれど、分からないとダリエが動きようがないという感覚であった。
「元はと言えば武政が勝手に置いたんだけどね」
 苦さ交じりに笑う霧雨。
「だが素良君は非常に優秀だ。護衛だけじゃない、家事もお手のものでね。私も今は何とか生きなければならないとは考えているし。居てくれて有難いし、居てくれないとかなり困るね」
 微笑む霧雨に、動揺の類は一切ない。
「……今、何を考え、何を望んでいらっしゃるのですか……?」
「さあ」
 一瞬見えた。全てを飲み込む闇。霧として充満する彼女の地獄。
「いよいよわからなくなってきたよ」


 久しく人手の入っていない、舗装された路をゆく。
「須藤の奴、また拉致られたか。もはやお家芸の域よね……とか言ってる場合じゃないか。須藤を監視する依頼を受けている身としては、私の失態でもあるわけだし――仕方ない。須藤を救出しにいくか」
 神埼 晶(ja8085)が窓の外で流れてゆく不気味な緑を眺めた。
「……わざわざここまで来てあっさり捕まるとか……ちょっとアレ過ぎて言葉も無いわね……」
「でも須藤さんが連れ去られるとは、敵も手練れですね。これ以上油断せず、向かいましょう」
 卜部 紫亞(ja0256)が溜息を吐く隣、理葉(jc1844)が深く頷く。
「全く、何をするかと思えば……戦争がしたいなら、すればいい。私はきちんとそれに答えるぞ?」
 エルマ・ローゼンベルク(jc1439)が艶やかな髪の毛を撫でて掻き分ける。
「ルスランは籠の中の鳥……か。んじゃ、鳥籠から開放しますか」
「須藤の救出などどうでもいい。偽物どもを完膚なきまでに叩き潰す」
 エリューナクの隣、牙撃鉄鳴(jb5667)が銃の調子を確かめる。
「須藤さんは必ず取り戻す。霧雨さんにこれ以上失わせたくない。私も嫌だもの。人まで憎みたくない……」
 蓮城 真緋呂(jb6120)は思う。須藤はもっと自分を知るべきなのだ。須藤が思う須藤自信ではない価値を。蓮城からは決して細かくは問わない。須藤が話して良いと思う事だけ話して欲しい。須藤が伝えたい事こそ知りたい。
 だからこそ、世持森羅の思う通りにはさせない。
 車を降りると、迎えるは数多の兵。
「……邪魔が入るのは当然よね」
 本拠地への殴り込みなのだ。感付かれていてもおかしくはない。
 不殺で切り伏せる蓮城。
「最初からガンガン行くゼ」
 飛び出したエリューナクが銃弾をすり抜け、兵の後頭部を鎖鎌の分銅で殴打。意識不明に持ち込む。
「基本的に不殺だ。幹部トカ居た時にゃ、良い情報源だしな。こいつらは適当に戦闘行為不能にしとく……か」
 杖に刻まれたウアジェトの目が炎の蛇を召還し、たちまちの内に有象無象を飲み込んでゆく。
「それで、なるべく殺すなって? ……まあいいわ。生かしておけば使い道はあるでしょ」
 雑魚相手ならば手やら脚を狙って戦闘不能にさせる方法で十分。
「大人しく降参するならまあ――怪我位で済ませてあげてもいいけど」
 節約として骨の一本でもへし折っておけば、それ以上悪さは出来ないだろう。
 戦闘支援――という名目で敵部隊側面からの奇襲または強襲を行うのはローゼンベルグ。
「自軍の後方からしか支援が来ないとは限らぬぞ。そんな事もわからんのか? 全く……これだけ良い状況でも、敵への攻撃は最低限とはな。宣戦布告だってきちんとやった。理想を掲げ他を攻める連中は、他に攻められて滅ぶのだ。それが、それこそが戦争だ。そんな事もわからぬわけではあるまい?」
 弦月の書が生み出す半月の刃が遠く美しい軌道を描きながら宙を切る。敵側面から敵後方へ。統制が取れているとは言い辛い軍勢を相手に味方と挟撃を図る事など容易であった。
「何だこれは。我が祖国の訓練兵にも劣るぞ。敵の攻撃が正面からとは限らん。常識だろう」
 こちらのメンバーを攫うなどという手段を取った連中が予想できないのはおかしい。
 ローゼンベルグの瞳と同じ輝きを放ちながら矢が飛ぶ。挑発交じりとは思えないほど美しい輝きのそれは、折角の戦闘なのに全力を出せず不満な彼女の心情を表していた。
「雑魚は任せろ。この程度、物の数にも入らん。足止めで留めよと言うなら、尚の事だ」
 今はまだ数が多いが、いずれ手薄になれば突撃をも視野に入れている。
「でも、こんな組織で戦って、一体何がしたいんでしょう。恨みや憎しみだけで戦うなんて、出来るんでしょうか。あなた達の戦う理由が、理葉には分かりません」
 理葉も一気に斬り込んで敵集団の注意を引き、後衛の方々が狙われる危険を少しでも減らしたい。
「敵の射手は位置が判明次第、理葉が斬りに向かいます」
 見通しの良い駐車場が戦場になるのだから、以前の襲撃時と同様、敵の射撃に警戒する。
(殺害は禁止されていますから、武器が持てなくなるか戦意喪失してくれたら攻撃せず放置して、次の敵を狙いましょうか)
 遠距離から頭部や肺、喉などの急所を狙撃しているのは牙撃。
「本来なら皆殺しにしている所だ。生かしているのは依頼人の意向に過ぎない」
 殺してはいけないなら、アウル覚醒者がギリギリ死なないところまで痛めつければいいだけだ。戦闘能力がなくなろうが逃亡しようが一人も逃がしはしない。
「待て待て待てぇーい!」
 乱戦の中、男にしてはやけに甲高い声が響く。
 神経質そうな痩せぎすの、丸眼鏡をかけた男。どこぞのカーキの軍服にフライトジャケット。背負うはタンクで、小脇には銃のようなもの。
「我が名は宇野定之丞ぇー! 『夜明けの八咫烏』の幹部なりぃー!」
 まさか自ら名乗ってくれるとは。
「貴様が幹部だと? 馬鹿も休み休み言え」
 鼻で笑いながら、ローゼンベルグは宇野を一瞥。
「……あの人を押さえれば」
 宇野めがけて突撃、行動の隙を突き肉薄する蓮城。
「須藤さんを返して」
「誰が返すってぇ?」
 斬りつけるも手応えは硬い。なれば武器を持つ手を狙い斬撃。
「あの人は須藤さんの居所について知っていそうですし、可能なら生け捕りにしてしまいたいですね」
 あの火炎放射器を上手く使用不能にして尋問に応じてくれるなら良し。ただ抵抗するなら容赦はしないし、情報収集よりは味方の被害軽減を優先したいのも本音。
 様々な思惑を巡らせながら、ある程度の火傷は覚悟の上、接近してスマッシュを放つ。が。
「――硬い」
「馬鹿め!」
 反撃の炎を間一髪避け、理葉は数メートル後退。
(もう少し接近して、壊せる所を狙わないといけませんね)
 タンク部分が硬すぎる。
「でも、本人が硬くてもそのご自慢の武器はどうかねェ?」
 エリューナクは畳返しでひっくり返した地面を壁に炎を防ぐ。そのまま一般兵をローゼンベルグに任せる。
「得物は火炎放射器か。射程に入れると厄介ね」
 宇野から距離を取るように動き、射程ギリギリ位の間合いを保って愛用のリボルバーCL3の引き金を引く。
 炎は跳躍して避け、敵方の車を遮蔽にしつつ、その遮蔽ごとピアスジャベリンで撃ち抜く。無論不意打ちに近いと言えど、宇野は掠っただけのようで、ひぃひぃと息をしながらも叫ぶ。
「ははは! 甘い甘―い!」
(あんたがね)
 本命はピアスジャベリンの後に潜むアシッドショットである。こちらは成功したようで、硬い装甲と言えど、時間差でじっくりと確実に攻撃してゆく腐食には勝てまい。
「今時火炎放射器とはね……モヒカンに肩パットでもつけてるのがお似合いだわ」
 牽制を撃ちつつ様子見をし、注意が他の面子に逸れた頃を見計らって瞬間移動で側背面に回りこんだ卜部。火炎の射程外の側背面から攻撃を加えてヘイトを溜めつつ、こちらに気を向かせたら瞬間移動で飛び、再び同じ要領で攻撃。
「このッ!」
 噴き出す火炎の射程を見つつ、放射された火炎は北風の吐息で迎撃。正面からではなく、斜めから逸らし、逆流させる。
「タンクに装甲はしていても、チューブにとなるとまた別の話ね。外れても身体には当たるんだから」
 そんなアウトレンジ戦法で苛ついてくれればこちらのもの。黒い稲妻で火炎放射器のタンクと放射器を繋ぐであろうチューブを狙う。当たった事を確認できれば、後は吐息がヒットしたり味方に注意が向いた隙を見つけ、止めにかかればいい。
「口を開くな。耳障りだ」
 飛行する牙撃は炎の範囲外から侵蝕弾頭で火炎放射器の噴出口に二発。その後すぐに頭部を執拗に狙撃する。
「ゴミは、焼却処分だぁー!」
 白い炎が撒き散らされる。
 蓮城は霊気万象で炎を全て防ぎ、一度距離を取る。
 そしてその炎が再び巻き上がった時、蓮城は掌の中で風を集めた。
「あなた自身に返してあげる」
 圧縮された風の玉が、巻きかえって竜となる。
 宇野自身へと返って来る竜を背負い、蓮城は雷撃を纏う右腕を振るう。
「そこに貯まったアウルをお前のすぐ傍で暴発させてやる」
 噴出口に向かい、牙撃が狙い撃つ。出力の高いブーストショット。頭部にぶち込む。
「煙草の火にもなりゃしねェな」
 マッハで近寄ったエリューナクは、利き手に鎖鎌を持ちながら風遁・韋駄天斬り。疾風をも切り裂く一撃を与え、ワイヤーで足を貫きざまに締め上げた。鎖鎌の鎖で息が出来るギリギリで喉を締め 分銅で鳩尾を殴る。
 全てが殺す一歩手前。
 宇野の叫び声が聞こえ、炎が湿気た空気に紛れて消えていった。


(通信機、か)
 神埼が意識を失った兵の首根を掴み、そのまま耳打つように通信機のマイクに言葉を投げ入れる。
「世持森羅、聞こえてるならそのまま聞いてちょうだい。筒井リュドミラにトドメを刺したのは須藤かもしれないけど、須藤に殺られるまでに追い詰めたのは、この神埼晶よ」
 通信機の向こうから、何も返事は来ない。もし聞いていたとすれば、世持森羅は一体、どのような顔をしているのだろうか。
 宇野が不意打ちで逃亡しても追跡出来るようマーキングを撃ち込む牙撃。
「以前こんな状況から逃げ果せた奴がいた。一応の保険だ」
 筒井リュドミラの事だが、瓜二つの世持森羅共々思い出すと殺意が湧く。
「私は貴方を殺さない。彼女とは違うから。……貴方も、命を賭ける程の義理立ては無いのでしょう? 世持森羅の為という必死さを感じないから」
 蓮城は宇野を手錠で後ろ手に拘束する。
 殺さない――と彼女が言えど、この辺りの意見については二分しているのが実の所だ。
「さあて。攫った須藤の行方やらなんやら、キリキリ吐いてもらおうかしら」
「い、言わないぞ僕はぁ! 言うべきでないからな!」
「言いたくないなら? 人足のバーベキューが出来上がるだけよ」
 薄く笑う卜部に青くなる宇野。
「きっ、君達には捕虜に対する――」
「んぁ? ああ、拷問位ェならフツーにやるゼ。爪剥がしたりトカな」
 エリューナクもへらへらと笑いながら宇野を見下す。囲まれた宇野はどうする事もできず、縋る様に話し始めた。
「ひっ、あっ、は、話す……話すから……」
 どうやらこの男にはプライドというものがないらしい。それもそうか。この男には須藤のように、世持森羅に対する畏敬の念や信奉に狂奔というものが一切感じられないのだ。気持ち悪いほど守備よく、洗いざらい全て吐いてくれた。
 新生『夜明けの八咫烏』は、世持森羅と名乗る少女により結成された事。ただし急造であるため、幹部の宇野は世持森羅自身に心酔はしていない事。あくまでも協力関係である事。
 そして須藤はこの廃遊園地の奥、立体迷路の最深部にいるという。
「い、言える事は全部だ! だから――」
「そうか」
 牙撃は何気なく銃口を宇野の頭に突きつけた。
「得られる情報は得た。これ以上生かしておく理由はない」
 この男は、自分の所業に対する責任を一切持っていない。殺される覚悟もないのに殺す事が、何と愚かな事なのかを知らない。だからこそ牙撃は静かに怒っていた。
「残党を生み出す可能性は全て排除する。これ以上『八咫烏』の名を、世持武政の死を穢されてなるものか」
 かつての『夜明けの八咫烏』、その幹部と称する者としてはあり得ない。むしろ世持武政ならば一瞬で切り捨てたであろう人間。
「須藤もこうしただろうよ」
 言葉は雲から零れ落ちる雫のように、自然に落ちた。

 廃墟となった遊園地は、まるで彼らの失われた少年時代のようだった。
 憎しみに身を焦がし、終ぞ修復される事はなかった、哀れな少年時代。
 雨が降り始める。雨に濡れた迷宮はいっとう不気味で、足を踏み入れようとする者全てを拒む印象すらあった。しかし臆する事なく身を滑り込ませる。
 複雑に入り組んだ闇。彼らの過去。そして曲がりくねった道の先、行き止まりと引き返しを繰り返して、ようやく辿り着く。憎しみの城の最奥。
「やっと来たか……遅い、待ちくたびれたぞ」
 拷問を受けていたらしい須藤は、彼らを見た後微かに満足げに笑って自らごろりと転がって天井を仰いだ。
「だから気をつけてと言ったでしょう? 貴方はもっと自分を知るべき……貴方が思う貴方ではない価値を」
 蓮城は己から細かくは問わない。須藤が話して良いと思う事だけ話して欲しいのだから。
「須藤さんが伝えたい事こそ知りたいから。だから世持森羅、あなたの思うような世界にはさせない」
 傷付き拘束された須藤を足元に転がす世持森羅は、ゆっくりと微笑んだ。
「来い。全員殺してやる」


 同刻。素良が警戒から戻ってきた。連絡も受けていないダリエは不思議に思い素良を見たが、衣服や体に傷はない。
「素良さん、どうし」
「失敬」
 直後、ダリエの首筋に鋭い衝撃が奔る。脳が震え、全身の力が抜けてゆく。その隣、通信機器を全て破壊した素良は、最早動じる事すらない霧雨に向き合う。認識を改める事のできない結界は、素良をいとも容易く通し、破壊された。
「ご同行を」
 霧雨は、突きつけられた視線の冴えた切っ先を睥睨した。
「その前に約束してくれるかい。これ以上その娘には手を出さないと」
 素良は無言であった。それを了承と捉えた霧雨は、ふと空を見上げる。
「……ああ、嫌だね。雨が降ってきた。傘を差してくれるかい」
「承知」
 傘を出し、差しながら素良は霧雨の車椅子を押す。
「……どう、して」
 薄れてゆくダリエの意識の中、呼び止めた素良の、何も映さない瞳の奥底を見た。

「俺も全てが憎かった」

 雨が降る。天地を濡らす雨。その滴は、鬱屈とした闇であった。

【続く】


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
原罪の魔女・
卜部 紫亞(ja0256)

卒業 女 ダアト
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター
総てを焼き尽くす、黒・
牙撃鉄鳴(jb5667)

卒業 男 インフィルトレイター
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
紫炎の射手・
エルマ・ローゼンベルク(jc1439)

大学部1年40組 女 ダアト
深緑の剣士・
理葉(jc1844)

中等部1年6組 女 ルインズブレイド