●
「おーおー…また大層な歓迎だな。何となく厄介だケド、此の侭指を咥えてる俺じゃねェ」
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)は渡された書状に目を通して呟いた。
「『夜明けの八咫烏』か。かつて人界には、人界からの天魔の排斥を掲げた集団がいたらしい。私の知った事ではないが」
エルマ・ローゼンベルク(
jc1439)は書状にさして興味も持たず、隣に渡す。
「何処の誰だかよく分からないですが、味方を襲うなら敵です。須藤さんと素良さんの援護へ急行しましょう」
書状を受け取った理葉(
jc1844)も頷く。
(あの素良って野郎、車を真っ二つにするような剣術で私達を殺しかけておいて、詫びの言葉もないなんて。コミュ障じゃ済まされないわよ)
神埼 晶(
ja8085)の気は立っていたが、書状を読み鼎に問う。
「手紙の『旧時代ノ亡霊』って、霧雨さんの事ですか?」
「そうとも言えるが、恐らくは素良君やルスランも含まれている」
霧雨の態度は至極冷静であった。自身の命が狙われているというのに、むしろ安穏としている。
「……まぁ、いいわ。何度蘇ってこようが、また私が潰してやるだけよ」
端末を起動し、
ここから少し距離があるが――直線で突っ走れば問題はないだろう。
「で、狙いがあんただとしたら、この屋敷を空にしていいわけ? 私だったら、須藤と墓石を抑えている間に、別働隊にここを襲わせるけどね」
「問題ない」
不穏とも言える言葉であったが、霧雨は眉一つとして動かさず――さも当たり前かのように微笑んだ。
「君達や――それに、素良君とルスランが守ってくれるからな」
●
敵は霧雨の元へ辿りつく事を優先すると推測ができた。抜かれない事が重要である。位置を把握・連携し、幾重の壁になるような位置取りで現場に急行する。
(夜明けの八咫烏……きっと須藤さんは文面で思い当った筈)
しかし蓮城 真緋呂(
jb6120)は揺らがないと信じていた。彼が生きているのは『過去』ではなく、紛れもない『今』なのだから。
それに――霧雨鼎。
故郷を、自分の足を天魔によって奪われた女性。それでも尚、須藤のようにはならず、人間にも天魔にも分け隔てはなく、ただ穏やかで優しげな微笑みだけを浮かべている。蓮城はそんな鼎に興味があった。
(何故穏やかでいられるのか……私だったら……)
もし――もし、須藤がだからこそ霧雨鼎に最大の敬意を持っているとすれば?
「聞こえる、須藤さん」
様々な考えが渦巻く中、蓮城は無線機に語りかける。
『ああん、お節介か?』
「真緋呂よ。霧雨さんへの元へ襲撃者は行かせないから。……でも須藤さん自身も気を付けて。あなたが居ると分かれば狙われる可能性もある――何故だか分かるわよね?」
『わかってるよ!』
「それに何かあったら心配する。霧雨さんも私も」
『……そうかよ』
くすぐったそうな須藤の声が聞こえたと同時に、先に現場に到着する者達。
「ふざけた真似を……」
その一人である牙撃鉄鳴(
jb5667)は苛立っていた。世持のいない『夜明けの八咫烏』など塵芥程の価値もない。それに、昔の仕事にケチを付けられた事、自身が無自覚に魅かれていた世持以外の人間が組織を率いて『夜明けの八咫烏』を名乗る事も非常に癪であった。
「俺様はお優しいからな、てめえらが泣いて謝っても殴るのをやめないぜ」
事情も人間関係も一切預かり知らないが、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は仕事というなら相手をぶっ倒すだけなのだ。何の負い目も気負いもしがらみもわだかまりもない所は強さであった。
本来ならユーティライネンの拳は悪魔を殺すためだけの物。決して人に振るわれることはない。
「だがな、立ちふさがろうってんなら話は別だ。容赦はしねー、手加減もしねー。どうだ、フェアだろう?」
「どいておけ。警告はしたぞ」
牙撃が苛ついていても微塵もぶれない狙撃で竹を撃ち倒し到着まで敵を妨害。その横で、機械化したユーティライネンも警告する。
「二人ともしっかり避けろよ――多弾頭式シャドウブレイドミサイル発射!!」
直後、肩口にポップアップしたミサイルランチャーから無数のミサイルを発射して広範囲を爆撃。さらにスモークディスチャージャーを乱射。連携を阻止する。
実際に二人が避けられるかは牙撃とユーティライネンには知った話ではなく、霧の中で須藤がぎゃあぎゃあ文句を言っているのも馬耳東風で聞き流していた。須藤が騒げているなら問題なく、致命的な隙にならない限りは別にいいだろう。
セレス・ダリエ(
ja0189)は霧雨邸に近い粗方刀で薙ぎ払っておき、狙撃兵が身を隠す場が無い状態にしている中、無線で素良に呼びかける。
「素良さん……紙防御の私は一発くらったらお終いだと思いますので……援護と言いますか……そういったものを頼めないでしょうか」
『構わない』
受け答えは相変わらず淡々としていた。
最短距離で須藤達に合流したエリューナクは、狙撃兵の狙撃があと一歩で届かない所を突きながら遁甲の術などを使いつつ加勢。敵の密集地で動き回って態と姿を見せ竹同士の間隔が細い場所へ誘導し、雷遁・死雷蹴や隼突きを放つ。
(……まずは動き回りつつ、最終防衛線に簡易の罠とか作っとくのも良いかもな)
無線でそれを伝えたエリューナクは、素良に声を掛ける。
「不本意だケドお前さんと協力すっかな。ちょっと手伝え」
提案に黙って了承した素良は、そのまま共にワイヤーを張り巡らせる。
「一度倒れた亡霊どもが、また蘇ったか。さあ、戦争の続きといこう。案ずるな、私は冥界の生まれだ。貴様らの敵である、悪魔だ」
ローゼンベルグは初っ端から自らの生まれを明かし、挑発し続ける。
「問おう。貴様らは正義の使者か?それともただの駒か? さあ倒して見せろ、この私を!」
竹という遮蔽物を利用しつつ蛇行し、不意打ちを狙って敵へと接近するのは理葉。
素良の行く道にあった竹を切り倒して敵の進軍を阻みつつ、横から並走する。
「素良さん、先程は貴方と貴方の剣に失礼なことを言いました。……ごめんなさい」
理葉は前回の戦闘では挑発とは言え随分と失礼なことを言ってしまったと思っており、素良の事が気掛かりだった。
「構わない」
挑発とは言え自分の刀に向けられた言葉を、素良はもう何も感じてはいなかった。先程は勘違いもあって敵に侮辱されたと思っていたからで、助太刀に来てくれた今、あの言葉は何の意味もない。
「理葉が斬り込みます。敵の隙を突いてください」
連携して敵に波状攻撃を仕掛けつつ、信頼を得られるように率先して斬り込んでいくつもりである。互いの不信感は無くした方が、何をするのにも良いと思うから。
「了解した」
理葉の放ったスマッシュに続き、素良が斬り込んだ。薙ぎ倒される竹の間を縫うように、蓮城が疾る。
「……進めなく出来れば、それで構わない」
竹を斬り倒すとその分一つ一つの動きが鈍くなる隙を狙い、刀で刺突。竹林という地形上、横薙ぎに斬るより鋭利な突きを意識すれば、敵足の速度を落としながら斬り結ぶ事も可能だ。
コメットを撃ち落し、敵の動きを更に鈍くさせる。
「天魔の排斥が聞いて呆れる……私一人倒すのに、一体貴様らは何度死ぬのだろうな?」
ローゼンベルグは冥界での転戦で、完全に感覚がずれていた。
彼女の刻むリズムは、いつも口ずさむ軍歌。腹の奥底に響いて止まない大砲の音と、テンポを刻む小銃の音。
「地形をよく利用しているが、所詮はその程度といった所か。無様なものだな」
神崎は愛用のリボルバーを使って攻撃していたが、場所が場所だ。積極的にシルバーレガースによる蹴り技主体の接近戦に持ち込んでもいた。
素早い連射を繰り出した時、銃声が聞こえた。明らかに突撃銃ではない、狙撃銃のもので、威嚇射撃を行いながら狙撃を避ける。
「今のは狙撃!? どこかにスナイパーが潜んでいるの」
銃声と着弾タイミングと銃弾道の角度からおおよその狙撃位置を予測しにかかる。
「邪魔よ!」
神埼が行く手を遮られるも、狙いを澄まし、その全てに暴風の様な猛射撃を浴びせる。
「わかったゼ――っと」
射線や竹の茂り具合を良く観察し、潜伏場所を特定したのはエリューナク。竹を撓らせ、狙撃兵が丁度居る場所に対し、簡易奇襲を仕掛けにかかる。
「ロクでもない」
「ルスランには当てねェから安心しろ」
ケラケラと笑うエリューナクの横、銃弾を雷の短剣で叩き落すダリエ。
(ただこれだと私も丸見えですから、賭けでもありますが……)
距離があるまま銃弾が飛来するという事は、ある程度勢いが減った状態と仮定すればあるいは。
「まあ、試してみるだけならタダですから……」
協調性は皆無そうだが、霧雨の護衛の為なら何とか動いてくれるという一縷の望みに掛けて、ダリエは素良の後ろに構え、後方から双眼鏡で戦況を確認。素良の動きに合わせて白光の雷を落としながら、風の渦を引き起こす。リズムは思いのほか合っていた。
須藤の鼻先を掠める銃弾。いや、須藤を狙ったものではない。
「まさか――」
狙いは霧雨邸か。
まずい、間に合わない。
時が凍えた瞬間、行く手を阻み銃弾を受け止める者が。
「これ以上、須藤さんから奪わないで」
霊気万象で体を張って霧雨邸を守る蓮城。
「報酬分は仕事をする、それだけだ」
その攻撃の主を撃ち抜いたのは、牙撃であった。そうして、リロードを一つ。
ユーティライネンはどこかにいると言う狙撃手についてはこの際気にしておらず、むしろ最前線にいる自身を狙いに来れば仲間が刈り取ってくれるだろう程度の認識であった。
「スローすぎてあくびが出るぜい」
竹を遮蔽にしつつ突撃し、持ち前の回避力を駆使して竹林という地理を利用し、敵の攻撃を引き受ける。気分は香港カンフー映画であった。殺すなと言うお達しなので、とどめは刺さないが、それ以外の事はするのだ。
飛行している牙撃が、いち早く狙撃手を見つけ出す。かなりの竹が薙ぎ倒された今、上空からだと丸見えだ。
「素人共が。本物の狙撃とはこういうものだ」
相手が使えないような僅かな隙間も射線が通れば利用し、弾が飛んでこないと油断しているところに狙撃をぶち込む事もできる。それが、本物の狙撃手であり、プロというものなのだ。
しかし、竹がかなり倒されたお陰で射線を探す必要もない。侵蝕弾頭で敵の狙撃銃を撃ち抜き、さらに苛立ちをぶつけるように容赦なく、二度と使えなくなるように足を撃ち抜く。
そこを神崎が接近戦に持ち込み一気に倒す。首を鎖鎌の鎖で絞め、声が出ないようにして鎌部分で手を潰したのはエリューナクだ。
「他愛もない」
続けて目につけたのは突撃兵。銃を攻撃して弾き飛ばし、拾いに行こうとした所を同様に手足を撃ち抜いて無力化する。
「兵士諸君、任務ご苦労。後は我々が責任を持って殲滅する……貴様らをな」
表向きは支援攻撃を装っているが、周囲から制止が入らないのを良い事に勝手を始めるローゼンベルグ。
薙ぎ倒された大量の竹。残る兵士などまさしく烏合の衆であり、片付けるのに時間はかからなかった。
●
「霧雨さんが狙われる心当たり、教えて下さい……って素良さん、腕の怪我――」
蓮城が素良の腕を指差す。腕には刺突の傷があり、貫通はしていないが浅くもなく、血が止め処なく流れていた。
「問題ない」
彼は痛がる様子もなく、そもそも蓮城に教えられてようやく気付いたかのように傷をじっと見た後、懐から持ち歩いているらしい応急処置のセットを取り出した。
慣れた手付きで血を止めて消毒し、薬を塗ってゆく。素良は痛がる素振りも見せず、質問に答えた。
「あの人は、大切な人だ」
片手に持っていた刀に視線を落とす。
「その刀は霧雨さんから?」
「刀だけではない」
宝刀・胡蝶之涙。哉慧から賜った、この世に二振りともない宝刀。
「戦う術もだ」
鋭くも、優しい眼差しだった。そうして立ち去ってゆく素良に、蓮城はふと思う。
「素良さん……痛くないのかしら」
指揮官が縛られてゆく様子を眺める素良に、缶入りの茶を差し出したのはダリエ。
「先程は、ありがとうございました」
「詮無い事だ」
缶を受け取りそのまま飲む素良に、ダリエは問う。
「よろしければ……夜明けの八咫烏について教えていただければ……」
「あれは、天魔を滅ぼしこの国を作り変える為の翼」
ごく要点のみだが、言いたい事は理解できた。
「世持武政さん……でしたっけ」
首肯。ダリエはそのまま続けた。
「何故霧雨さんの護衛を……?」
「あの人に頼まれた」
「では、あの時どうして攻撃を?」
「敵だと思った」
素良の受け答えは極めて断片的なもの。早々に質問を切り上げたダリエは雑談を――とでも思ったのだが、二人共生来の無口のせいか、ただ無言で茶を飲んでいるのみだった。
一方では。
「しかし何ともキナ臭ェ。ぷんぷんと何処からも、な。ゲロって貰うゼ。現状や首謀者、欲を言えばその他諸々だ」
エリューナクが縛り上げた指揮官に、神埼は銃をちらつかせながら詰め寄る。
「さて、あんたがドコのダレだか、自己紹介してもらいましょうか。言っておくけど、私は今機嫌が悪い。さっさと喋っておいた方がいいと思うわよ。『殺すな』とは言われているけど、それ以外の制約は特にないからね」
すると銃声が響く。牙撃が足に一発撃ち込んだのだ。
「失われた亡霊に縋りつく紛い物共。首謀者は誰だ? 何故霧雨鼎を狙う?」
その様相は、最早尋問を隠れ蓑にした拷問であった。
「あの人は死んだ」
須藤が歩みだす。蓮城は何も言わずに見守る。下手に言葉をかけずとも、信じているから。
「もう『夜明けの八咫烏』に存在意義も、価値もない」
須藤ルスランは何もかもを認めている。
自身の今の立場も、『夜明けの八咫烏』の滅亡も。
「言え」
何もかもを認めている上で、今を許してはいなかった。
「誰がこんな陳腐な三文芝居をやっている。いつ俺の許しを得て、死んだ烏を蘇らせた」
『夜明けの八咫烏』。
天魔を憎み、この国を憎み、その憎悪を誇りとした組織。天魔廃絶の為、国家転覆の為、闇の中で爪を研いできた組織。
一人の英傑――世持武政という男が作り上げた、憎しみの八咫烏。それが『夜明けの八咫烏』。
その生き残り、須藤ルスラン。暁の烏を、最もよく知る人物。
「……何をするつもりだ」
翼を奪われ、鍵爪は切り取られても尚、その誇りと憎悪は消えない。
「決まっている」
絶世の美青年・須藤ルスラン。
「そいつの五臓六腑を、あの人の墓前に並べて捧げるだけだ」
彼の美しさは、憎悪によってのみ最も鮮やかなものとなる。
「……世持、森羅」
聞きなれた苗字に組み合わさるのは、不自然な名。
「『夜明けの八咫烏』前代首領――世持武政の娘だ」
【続く】