.


マスター:飯賀梟師
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/08/23


みんなの思い出



オープニング


 小倉舞は走った。
 夏の陽は長い。赤い夕陽が突き刺す頃、時刻は午後六時を回っていた。
 片思いの相手、青木隆の誕生会は、その午後六時を目途に開始される予定。完全に遅刻だ。
 遅れた理由をどう言い訳しようと考えながら、プレゼントのクッキーを大事に抱え、舞は走る。
 幸いにして、出発点のプチ・ブランジェから青木家まではそう遠くない。遅刻といっても、まだ何も始まっていない内に到着できそうだ。
 そして、その舞の背を追う影があった。
 隆の誕生日のために舞が焼いたクッキー。これは、久遠ヶ原学園の学生が側にいたことで完成を見たものである。
 舞を追跡する影とは、その、クッキー作りを手助けした面々だ。
 せっかくプレゼントを用意したのだ。その行方を見守ろうというのである。


 青木家では、主だったメンバーがそろっていた。両親は仕事で帰りが遅くなるらしく、今ここにいるのは、一人息子の隆と、その友人たちだ。
「あいつ、遅いな……」
「先に始めちまおうぜ。すぐ来るだろ」
 時計を確認した隆がボソリと呟く。
 テーブルの上には、数種類のピザが並べられていた。高校生だけで開く誕生日パーティーなのだから、御馳走といえばこのような形になるのだろう。
 誰かの手料理といえるようなものは何一つ並んでいないが、それを気にする者すらいない。
 ともかく、目の前に焼き立て届きたての宅配ピザが置かれているのだ。耐えかねた友人の一人が手を伸ばす。
「主役より先に食べんじゃないよ!」
 何人か、女性の姿もあった。その内の一人が、ピザへ伸びる手を叩き落とす。
 丁度そんな時。インターホンの音が響いた。
「やっと来たか」
「あぁ、私が出るわよ」
「何でだよ」
「主役は座ってればいいの。あ、先に始めてて」
 椅子から腰を上げようとした隆を、先ほど友人の食欲を制した女性が押し止め、玄関の方へと向かっていった。


「あれ……?」
 青木家に到着した舞は、玄関から出てきたのが見知らぬ女性であったことに困惑した。
 まさか家を間違えたのかと表札を確認するが、確かにここで間違いない。そもそも、幼馴染の家を間違えるなど、あり得るはずもなかった。
「あなたね、リュウの幼馴染って」
 後ろ手に戸を閉めた女性が、しげしげと舞を眺める。
 だいたい舞と同い年くらいだろうか。茶色の髪が夕陽に反射してテラテラと光っているのが印象的。恐らく高校生なのだろうが、その割にはじゃらじゃらとイヤリングをつけたり、派手なネイルをしていたりと、風紀委員や生活指導の先生が見たら発狂しかねない出で立ちだ。
 あぁ、そうか。舞は胸中納得する。
 この人は、隆の友達なのだ。昔から、不思議と周囲に人の集まりやすかった隆のことだ。女友達もそれなりにできたのだろう。
 きっとこの誕生会は、かなりの数の友達で溢れているに違いない。
「は、はい、えっと、小倉舞です。もうパーティー始まって――」
「帰って」
 瞬間。舞の表情が凍り付いた。
 拒絶。
 まだ、何もしていない。気に障るようなことを言ったつもりもない。
 だけど、何故だろう。何故こんなにも、拒否されなければならないのだろう。
「だ、だけど、せっかくプレゼント用意してきたし……」
「ちなみに、何ソレ。見せなさいよ」
 などと言いながら、舞の手から包みを引っ手繰る女性。
 舞が抗議の声を上げるよりも早く、そのリボンがほどかれてゆく。
 今も隆が夢中になっているだろうサッカー。それをイメージして、思いを込めて作った、サッカーボールの形をした抹茶クッキーとジンジャークッキー。
 真っ先に、隆に見てほしかった。
 だけど、この場で見ず知らずの女性によって、改められてゆく。
「はっ、こんなんでリュウが喜ぶと思ったの?」
「か、返してください、それは隆くんに……!」
「あーはいはい、渡したいのね、分かった分かった。アタシの方から渡しておくから。じゃあね」
 そう言って包みを持ったまま、家の中へ消えていこうとする女性。
 だが、これでは納得できない。
「待って! それは私が――」
「はぁぁ……。なに、分かンないの?」
 深く深くため息を吐いて、女性が振り返る。
 その表情には呆れの色が浮かんでいて、蔑むような、虐げるような瞳をしていた。
 ゾッと舞の背筋が凍る。嫌な汗が浮かんでくる。
 この人は、敵だ。直観がそう告げている。
 彼女の次の言葉をまともに聞いてはならない。脳内で警鐘が鳴らされるも、舞にはどうすることもできないのだ。
「アタシね、リュウのカノジョ。分かる? 今更アンタみたいなのに出てこられたら、リュウだって困るワケ。だから二度とリュウに会わないで。分かった? 分かったよね? じゃあバイバイさよーなら」
 そして玄関の扉は閉じられた。
 舞には、どうすることもできない。
 抗うことも、受け入れることも。
 何が起こったのか、全く分からなかった。
 ただ、一つだけ。
「……う、うぅ」
 頬を伝う涙が教えてくれる。
 この片思いは、無残な形で破壊されたのだと。
 嗚咽が漏れる。
 拭っても拭っても、涙はとめどなく溢れてくる。
 後ずさるように玄関を離れ、そして気づけば駆け出していた。
 どこへ向かうのかも分からないまま、ただその場から逃げ出したい気持ちに任せて、舞は走った。


「あれ、あいつじゃなかったのか?」
「ん? あぁ、新聞の勧誘。ホントしつこくってさー、アタシがこの家の人間じゃないって何度言っても分かってくンないの」
 一方で、誕生会へと戻った女性は、適当な話をデッチ上げていた。
 彼女にとって、小倉舞という少女は、邪魔でしかないのだろう。
「そんなことより、はいコレ」
 そしてこの女性は、小奇麗な包みを隆へと手渡した。
「何だ、プレゼント?」
「そ。早起きして作ったんだ。リュウの好きな、サッカーボールのクッキーだよ」
 リボンは、しっかりと結びなおされていた。

前回のシナリオを見る


リプレイ本文


「案の定こうなったかー。……進歩ねーな」
 小倉舞が派手な女子高生に門前払いを食らった頃、物陰からその様子を伺っていたラファル A ユーティライネン(jb4620)はため息混じりに呟いた。
 誕生日プレゼントと称して、舞の思い人である青木隆へ渡すクッキー作りを手伝った後、九鬼 龍磨(jb8028)はこのようなことを口にしている。
『相手が今どうしているのか、どんな人になっているのか、舞ちゃんは全く考えていない』
 つまり、想定が甘い。
 もしかしたら、舞はただクッキーを渡せればいいと考えていた可能性がある。だが、渡せない、あるいは受け取りを拒否されることにまで想像が及んでいないのだ。
 上手くいかないかもしれない。そう考えることができなかったから、彼女が受けているショックは、想像を絶するものだっただろう。
 それは、相手が幼馴染であることへの甘えも含まれていたかもしれないが。
 彼ら撃退士たちは、ただ見ていただけではない。舞と女子高生のやり取りに耳を澄ませていた。だから、そこで交わされた会話も、しっかり把握できる。
(……嫉妬。いえ、焦りかしら。その感情自体は、理解できる。でも、本当に恋人なら。彼の意志を無下にするような真似は、したくないんじゃないの……?)
 霧原 沙希(ja3448)の胸に浮かんだ考えが、撃退士たちの感じたことを代表していたといっても良いだろう。
 真偽は定かではないが、彼女が隆の恋人を自称するのであれば、あの言葉の選び方は自分勝手が過ぎる。
 それに対する怒りは、ひとまず置いておこう。
 青木家の扉が閉じられると、舞はどこかへと駆けて行った。放ってはおけない。
「よし……。皆で後を追おう」
 提案したのはキャロライン・ベルナール(jb3415)。
 他の面々は頷くが、唯一人、凪澤 小紅(ja0266)は違った。
「皆、舞を頼む。私は、ここに残る」
「どうしてですの?」
 長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)が首を傾げる。
 だが問答をしている時間はない。急がねば舞を見失ってしまう。
「とにかく行ってくれ。それから、覗いたこと、舞に謝っておいてくれ」
「ですが……」
「行くよ、きっと考えがあるんだ」
 口ごもるみずほを、龍磨が急かした。
 殊舞のこととなると半端をしない小紅のことだ。理由や、閃いたことがあるに違いない。ここは、彼女を信じるべきだろう。
 小紅と共に過ごす時間の長いみずほは、察した。この場を小紅に任せ、舞を追って駆け出す。


 青木家からそう離れない距離に団地がある。そのど真ん中、小さな公園があった。
 小倉舞の姿は、そこにある。
 陽も沈み、一気に暗くなった景色。公園に、他の人影はない。
 ブランコに埋まるかの如く腰を下ろした舞は、しばらく自分のつま先を眺めていた。
 何を考えているのか、想像するのは容易い。
 落とした視線。そこから零れる雫を見れば明らかだ。
「……しんどいことが、あったみたいだねぇ」
 一歩だけ公園に踏み込んだ龍磨が声をかける。
 それに舞は返事をせず、顔を上げもしない。
 ただ、目元を拭った。涙を見せたくないという、些細な意地なのだろう。
「何をメソメソして――」
「少し黙ってて」
 呆れたように頭の後ろで手を組むラファル。
 それを制した沙希は、ゆっくりと舞に近づいていく。
 彼女の手は、膝の上できつく握られていた。舞は仕事着のまま。ズボンは濡れている。
 膝が汚れるのも構わず沙希は跪き、舞の手をそっと包むように握った。
 決して、顔を覗かない。
 どんな顔をしているかなんて、知っている。そして、今、その顔は誰にも見られたくないだろうということも。
「私……バカ、だよね。なんにも、考えないで。みんなと一緒に作ったクッキーも、取られちゃって……」
「そんなことはありませんわ!」
 しばらくして、舞は絞り出すように、掠れた声を漏らした。
 間髪入れず、みずほが否定する。自虐はよくない。舞の場合、自分がいけないのだと考えすぎて、いつか爆発させてしまう可能性がある。
 だからこそ、今は自らを責めさせてはならないとみずほは判断したのだ。
「いや、バカかもしれないな」
 腕を組んで、キャロラインは告げた。
 眉間に皺を寄せたみずほは「余計なことを言わないで」と言わんばかりにキャロラインを振り向く。
「君は、バカ正直なんだ。なんというか、言葉を素直に受け止めて鵜呑みにし過ぎる」
 続いた言葉を聞いて、みずほは思い出した。
 少なくとも、学園にいた頃の舞は、良くも悪くも、他人の言葉を信じすぎていた。悪意には特に敏感で、理不尽なことでも受け入れてしまう。
 そうだ。
 今、舞に必要なのは、悪意を受け入れることではなく、悪意と戦うことではないのだろうか。
「でも……」
「……でも、ではないわ。舞、貴女は、どうしたいの?」
 少しだけ、強く。
 沙希は握った舞の手を、揺さぶった。


 小紅は、青木家の中を伺っていた。
 高校生が何人か、一つの部屋に集まっているのが見える。窓越しであるが故に全貌までは把握できないが、それで十分だ。
 今、小紅が考えていることは、機会を得ることだ。
 先ほどの舞と女子高生のやり取りを見ていた限りでは、舞に大きな後悔が残る。このままにしておくわけにはいかない。だからこそ、舞と隆が向き合い、しっかりと会話する場を設けねばならないのだ。
 だが、そのためには、あの女子高生が障害となる。可能ならば、舞と隆は二人きりにしてやりたい。
 誕生会が終わった頃を見計らって隆を誘い出そうと、小紅は考えていた。
 それは、断念せざるを得ないだろう。どうやら誕生会は始まったばかりで、しばらく解散はしないように見えた。
「何か、上手い手はないのか。どうにか……ん?」
 使えるものであれば、何でも使う。周囲を見回し、必死に脳を回転させる。
 そんな時だ。団地の入り口に、電話ボックスを見つけたのは。


「どうしたいかなんて……」
 舞は俯いた。
 突然のことに、心も打ち砕かれ、完全に自分を見失っていた。
 自らが何を望んでいるのかすらも、分からなくなっていた。
「しっかりしろ、舞」
 突き刺すような、キャロラインの言葉。
 そこでようやく、彼女は顔を上げた。
 すっかり目は腫れて、頬には涙の痕がくっきりとついていた。
「本人に直接言われたわけではないのでしょう? なら、まだ可能性は有りますわ」
 にこりと微笑んで、みずほは舞の空いた手を握る。
 そう、舞の失恋は、思い込みなのだ。隆の自称彼女に否定を受けただけなのだ。
 それに、隆には会ってもいない。勝手にショックを受けて、泣いている。
 まだ終わっていない――いや、始まってすらいない。
「以前舞さんに応援に来ていただいた試合の事、覚えておられるかしら? わたくし、ボクシングを始めて一つだけ、間違いなく知ったことが有りますわ」
 手の甲を優しく摩りつつ、みずほは言葉を紡いでいく。
 かつて、舞を招待して、ボクシングの試合に臨んだことがあった。あの時は、自分よりも強い相手に向かっていった。試合には負けた。ボロボロになってまで挑んでも、拳が届かず、敵わなかった。
 客席で手を組み、心配そうな目をしながら、声援を送ってくれた舞。その記憶が、胸の内に蘇る。
 そして、その中で舞に伝えたかったこと。今度は、言葉にして伝えたい。
「それはリングに上がらないと勝利は絶対に掴めないことですわ」
「っ!」
 舞の手に、少し力が籠った。
 リングに上がれば、まず間違いなく殴られる。痛い思いをする。だけど、それでも、勝利を掴むためには、リングに上がるしかないのだ。勝利には、喜びには、身を傷つけるだけの価値がある。いや、それだけ大きな喜びを掴みたいからこそ、傷を負うことにも躊躇いがなくなるのだ。
 きっと、舞はそれに気が付いたのだろう。
「だけど、クッキー、作り直さなきゃ……」
「はァ? 何言ってンだよ」
 今日は隆の誕生日。リングに上がるなら、武器が欲しい。彼が喜んでくれるであろう、力が。しかしそれは、奪われてしまった。
 心細い気持ちがあったのだろう。
 しかしラファルは、言葉を遮った。
 そしてごそごそとポケットを弄る。取り出されたのは、プチ・ブランジェでクッキーをラッピングした時に余った袋に適当に作った、形の不出来なクッキーだ。
「で、でも、せっかくみんな、帰って食べたい、って……」
「舞」
 キャロラインも、持っていたクッキーを差し出した。
 言葉に詰まる舞。
「舞さん」
 そしてみずほも。
「……舞」
 沙希も。
「舞ちゃん。一分だけ時間をくれないかな。今の君じゃ、手が震えて上手く包みなおせないだろうから。その間に、涙を拭いておきなよ」
 龍磨もまた、クッキーを取り出す。
 全員のクッキーを集めた彼は、余っていたラッピング袋に丁寧にクッキーを包んでいった。
 みずほがハンカチを差し出し、舞の涙を拭ってやる。
「……凪澤先輩、今から舞がそっちへ行くわ。上手くやってちょうだい」
 その間に、沙希は小紅に電話をしていた。
 彼女が、何故あの場に残ったのか。その察しがついていたのだ。
 考えていることは、同じ。役割が違うだけだ。
「ほらできた。会いたい人に、会っておいで」
 そうこうしている内に、ラッピングが完成。
 龍磨はそれを笑顔と共に、舞へ手渡した。
「いつまでも受け身じゃなくてそろそろ舞自身がどうしたいか言えよ。解らない、出来ないは通用しねーからな。この件をどう乗り越えるか乗り越えないかはお前さんが決めんだよ」
 突き放すようでいて暖かい、ラファルの言葉が、舞を動かす。
「みんな……。わ、私、やっぱり私、ちゃんと会わなきゃ。会って、話して、ちゃんと伝えなきゃ」
「そうですわ! さぁ、ゴングを鳴らしますわよ」
 遂に舞の決心も固まった。包みを手に、舞は立ち上がる。
 みずほが音頭を取り、撃退士たちが舞の背を押しだしてやった。

 小倉舞、再び走る。


「さっきの電話、どういうことですか?」
 沙希から連絡を受けた小紅は、電話ボックスにあった電話帳から青木家の電話番号を探し当てていた。そしてその番号にかけ、隆に家の外へ出てきてもらったのだ。
 いきなり知らない人に呼び出され、困惑するのも無理はないだろう。
 小紅から見た彼は、健康的に日焼けし、髪は短めながらも爽やかな印象、まさに好青年だった。
 頼りがいがありそうでいて、人懐こそうでもある。舞でなくとも、好意的な感情を抱く人は多いのかもしれない。
「さっき電話でも言ったが、私は舞の友人だ。時間がないので簡単に説明する。舞は、この家まで来た。なぜ、中に入れなかったのかは、私からは語れない。だから、お願いだ。舞と話してやってくれ」
「は? ……あ、いや、来たんなら入ってくれれば良かったんですけども」
「事情があるんだ! とにかく舞は自分から一歩を踏み出したところなんだ。だから、お願いだ」
 必死に頭を下げる小紅。
 隆は困惑の表情を浮かべるばかり。
 もうどうしようもない。とにかく舞が到着するまで、このまま隆を外に出しておかねばならない。
 余計な邪魔が入らないようにもしなくては。
「いや、急に言われても――」
「隆君!」
 ポリポリと頭を掻く隆。
 そんなところへ、舞の声が響いた。
 少し離れたところに、息を切らせた舞の姿がある。
 いつの間にか、小紅は姿を消していた。


「……あとは、舞の勇気次第ね」
「お疲れ様でしたわ」
 こっそりと後をつけてきた撃退士たちは、こっそり離脱した小紅を加え、物陰から二人の様子を伺っていた。
 沙希は沈痛な面持ちで、次第を見守っている。
 みずほは、小紅に一言声をかけた。視線は舞たちの方に向けたまま。
 どうなるかは分からない。
 分からないからこそ、彼女らも内心不安だった。


「なんだよ、来たんなら普通に入ってくりゃよかったのに」
 とても久しぶりに会うとは思えない、慣れた言葉。
 だが、決して無下にする様子もなく、舞を迎え入れるような言葉でもあった。
 一方で、舞は真剣だ。呼吸を整え、返事も忘れ、一歩、また一歩と、隆へと近づく。
「隆君、これ……!」
 やがて。
 舞は包みを突き出した。
 不意を打たれたように、キョトンとした顔の隆。
 後には引けないと決意した舞の言葉は、遮る余地もないほど早口でありながら、気持ちが、心が、ありったけに詰め込まれたものだった。
「どうしても食べてほしくて、喜んでほしくて、作ったの。今の隆君が、何が好きなのか分からないし、味の好みもはっきりとは分からないけど、でも、頑張って作ったの。それでまた隆君が笑ってくれて、それでまた昔みたいに、ううん、これから、いつも一緒にいられたらって思ったの。だからお願い隆君、受け取って」
 いつになく、勢いに任せた言葉。
 舞の頬が朱に染まっていたのは、息継ぎの間もなく喋ったからでも、走ってきたからでもない。
 隆はおずおずと包みを受け取り、リボンを解いた。
「あれ、これって確か、あいつが作ったって……」
 あいつ。恐らくあの女子高生のことだろう。
 きっと彼女は、自分が作ったなどと偽って、舞から奪ったクッキーを隆に渡してしまったのだろう。
「違うの、私が作ったの! 私が、隆君のために」
「待て、待てよ。なんだよ『いつも一緒にいられたら』って」
「それは……」
 ここに来て、言葉が詰まった。
 伝えたいことがあるのに、それが形にならない。
 そんな時、少し離れた路地の陰に、見知った六人の影が見えた。
 皆が、見守っている。その安心感が、素直な気持ちを固めてくれた。
「好き!」
「は?」
「だ、だから、好きなの! 私、隆君のこと、好きなの!」
 今まで舞が発した言葉の中で、一番大きな声で言い切った。
 物陰から見ていた六人も、胸中拳を突き上げる。
 後は、隆がどう動くかだが……。
「遅ぇよ。なんで今なんだよ」
 その時、誰もが凍り付いた。


「あはは……。ダメだった、よ」
 舞は結局、失恋してしまった。
 例の女子高生は、本当に隆の恋人だったのだ。
 その事実を告げられ、せっかく包みなおしたクッキーも、受け取れないと返されてしまった。
 誕生会に参加する気力をなくした舞は、再び公園に逃げ帰った。
 撃退士たちを伴って。
「よく頑張ったぞ、舞」
「ええ、立派でしたわ」
 キャロラインも、みずほも、他の面々も、何故か表情は晴れやかだ。
 結果は駄目だったけれど、ちゃんと伝えたという事実だけで十分。それは、どこかすっきりした様子の舞から見て取れる。
「クッキー、皆で食べよっか」
「……そうね。無駄にはできないわ」
 龍磨が提案し、沙希を筆頭に一同賛成。
 小さな公園に集まった彼女ら。ほんの少しだけにぎやかな失恋パーティーを、ブランコは見つめていた。


依頼結果