春と言うよりはすっかり初夏。そんな感じの久遠ヶ原の桜の木の前。うんしょ、うんしょと鉄板とコンロを運んでいるのは末広菜穂である。
「花以外の桜もまた一興……」
菜穂を手伝っているイアン・J・アルビス(
ja0084)が深い言葉を呟く。
「っておじさんが言ってましたが、どこがいいのでしょうか……」
が、やはり当然の感想を。
「でもでも、はっぱがあるんだにゃも」
子供らしい切り返しをする菜穂は、そもそもソメイヨシノという桜が分かっていない。
「菜穂ちゃんは毛虫、大丈夫?」
菜穂に虫除けスプレーを吹きかけてくれる佐倉哲平(
ja0650)は当然の心配をしてくれるのだが、なぜか菜穂には話が通じない。哲平にもそれがなぜなのか判らず不思議になってくる。
実は菜穂が思う桜とは花よりも先に葉がつくエゾヤマザクラであり、さらに菜穂の故郷・釧路は、花見の季節は虫もあまり飛ばない気温10度の世界なのである……。
「菜穂ちゃん、内地の桜は釧路の桜とちょっと違うんだよ」
頭の上にクエスチョンマークが見えそうな菜穂に、釧路出身の月居愁也(
ja6837)が教えてくれる。
「しかし。毛虫が出たとしても、私がいる限りは大丈夫」
ぴょこっと猫耳ヘアバンドが揺らしながら、ごろごろとガスコンロと鉄板を乗せた台車を押している海柘榴(
ja8493)が宣言する。完璧なパーティーの成功させるため、生粋のメイド魂が燃えている模様だ。
「平安貴族は桜が散った後に花見をして満開の桜を想像するのを風流としたらしいですから、こういうのもありなんじゃないでしょうか。毛虫はいやですー、けど」
目の前にあるのは指定スカート。声の主を確認しようと菜穂が目線を上げると、大きな丸いふたつの固まりがたゆんと揺れていた。
「おっぱいが、しゃべったのにゃも」
そんな訳ないですー、とさらにその上からツッコミが。アーレイ・バーグ(
ja0276)
はしゃがみ込み、菜穂の視線にようやく入る。上着を着てないのかと思ったら、下から見たら服が浮いて見えなかっただけ、のようだ。
「ないちって、すごいんだにゃも」
「菜穂ちゃん。それは誤解」
手にお重を抱えた道明寺詩愛(
ja3388)がすかさず修正を入れる。
「この人はちょっと……別ですよね」
ぴょんと立ち上がるとアーレイの清楚な白のシャツが、頷くように大きくぽよんと上下する。
「アーレイは何をもってきたの」
詩愛が問うと馬肉を持ってきたと返すアーレイ。
「一応桜の名前が付いてますし? 一人前じゃ足りないのは詩愛様もご存じの通り」
そこから桜を連想できるかなと言いたかったが、言葉を飲み込む詩愛であった。
とりあえず。賑やかに会話が弾ませながら菜穂を囲みながら桜の木の元へと向かう一行。間もなく桜の木だね、と誰かが言った時。
「枯れ木に〜花を〜咲かせましょう〜」
歌が聞こえて来た。歌っているのは森浦萌々佳(
ja0835)である。萌々佳の横には綺堂彗(
ja8227)が慎重に木に何かを結わえている姿が。そして更にその先にも幾人かが集まって、何やら最終的なチェックでもしているような、そんな様相である。そして、その先に視線を延ばすと。
「わあ……」
一瞬、菜穂は言葉を失った。
目の前にあるのは、花がすでに落ちたはずの桜、であった。
「さくらが、さいているんだ、にゃも!」
菜穂が叫ぶ。すると木の方角から声が聞こえてくる。
「わぁ、人口の桜でもいい感じなのですねぇ」
鳳優希(
ja3762)が傍らにいる夫、鳳静矢(
ja3856)と笑みを交している。
「これ、紙でできてるのにゃも!」
目を丸くする菜穂に気がつき萌々佳、優希、静矢が手を振り微笑む。
「菜穂ちゃん、今日はお招きありがとう!」
同じく造花のチェックをしていたユリウス・ヴィッテルスバッハ(
ja4941)、そしてユリウス、雀原麦子(
ja1553)の差し出す手を受けながら四十宮縁(
ja3294)が脚立から降りてきて挨拶を交す。
「縁は静ちゃんと一緒に作業してたの。縁、下担当だったんだよ」
紹介された氷雨静(
ja4221)に菜穂は喜びを伝える。静はみんなで作った千代紙の桜が飛ばないように徹夜で見守ってくれたのだ。そして待ってましたと一言。
「流石に疲れました……。ですが、さあ、狩りの時間です!」
静の意気込みにおーと口を開けた菜穂。その髪の上に麦子の手が伸びた瞬間、ぽぽぽん、と花が咲いた。
「菜穂ちゃんにはこれが似合うね!」
麦子の手にはマーガレット、アネモネの花が握られている。
「設置、終了です!」
菜穂が花に驚き喜んでいる僅かな間に海柘榴、哲平、悠也らが設営を終えていた。本当に花を愛でつつの宴になり、菜穂の満面の笑みがこぼれる。
焼き物用の巨大な鉄板、そしてそれを囲むように設置されたアルミ箔でできた使い捨てのジンギスカン鍋。使い捨てがあるのか、と驚く学生を不思議そうに見る菜穂の顔に、思わず噴き出す学生。
準備は万端に整った。てっぺんに油を引いて肉を乗せ、落ちてくるタレを受ける位置に野菜を置いて焼く。火で焼かれた肉の香りと、煙が食欲を刺激する。
「じゃあ、いっただきまーす!」
●
「ジンギスカンねえ?食べた事無いんだが、美味しいのか?」
神楽坂紫苑(
ja0526)が腕組みをしている。初めて見る料理だ。調理法が判らないので焼き方を見ていたのだが、しかし学生の食いつきは予想以上に良いようだ。紫苑が用意したご飯の需要は高そうだ。
「さすが、肉だけ有って争奪戦が激しいな。飯いる人言ってくれ。よそうから」
しゃもじを空高く掲げ声を張り上げる。するとあちこちから手が伸びた。
「ごはん、ほしいんだにゃも」
はにかみながら歩いて来た菜穂に、その緊張を解くように笑顔を見せて、ご飯を盛りつけてあげる紫苑だった。
「肉は真ん中に載せるんだっけ?」
久遠仁刀(
ja2464)が尋ねると菜穂が「そうなのにゃも」と答える。加倉一臣(
ja5823)が用意してくれた「北海道ではポピュラー」な付けダレも回ってきて、一通り理解した仁刀は桐原雅(
ja1822)の分も取り分けて……いたのだが。
「先輩のお肉、頂戴します!」
飛燕一閃。雅の箸が仁刀の箸の先から肉を奪い取る争奪戦に。でも、最近見せていた難しい顔をしばしでも忘れ、肉を奪い勝ち誇る仁刀の顔に安堵する雅なのである。そんな2人の頭をぽんぽんと何かが撫でる。
「お二人さんにもこれ」
いつの間にか2人の髪に花が差されている。そしていたずらっぽく笑って去っていく麦子は、既にふたりを置き去りにしてお櫃に入ったご飯を勧めて回っている。
一瞬、風が吹き、雅の髪から花が落ちそうになるのを仁刀は押さえると、そのまま雅の髪をわずかに、しかし優しく。わからないように撫でた。
「おみず、どこだったかな、なのにゃも?」
その近くを、喉の渇いた菜穂があちこちをうろうろと歩き回っていた。
「あなたが、菜穂ちゃん……?」
「にゃも?」
呼びかける声に気がつき振り向く菜穂。静かに、菜穂の視線まで腰を屈める獅堂遥(
ja0190)。菜穂と菜穂の母に今日の宴の開催を感謝すると、軽く、そっと、菜穂の髪を撫でた。
「おねえちゃん。なんで、ないてるの?」
心配する菜穂の瞳に遙は微笑みで返す。
「大丈夫。煙、がすごいだけ、だから」
そうなのにゃも? と安堵したらくく再びにゃも語に戻った菜穂に、ゆっくりと手を振り見送る。そして。散った桜の木の幹に手を添えると、こみ上げて来る想いに耐えるため、痛みを消すようにそっと撫でる。
「桜……。散ってしまった思い出に、私はたどり着けそうに……ないかも」
遙が背を向けた方角。その先にはひとつの風景があり。それは、とても幸せそうで。
●
「うふふっ、此れならわたくしにも出来ますわね♪」
楽しそうに肉、野菜をバランス良く焼いている桜井・L・瑞穂(
ja0027)、そしてその横で一心不乱に食べている猫野・宮子(
ja0024)の組み合わせがいる。
不意に何かに気がついたのか、瑞穂が「あああ!」と声を上げた。
「って、宮子ぉ! 如何してわたくしが貴女の給仕をしていますの!?」
「え。瑞穂さんが楽しそうに焼いてるからてっきり」
じゃあ今度は僕が焼いて上げるからしっかり、食べてね、と宮子が声を上げるのが菜穂の耳に強く残った。
「へぇ、こんな料理なんですね」
「俺も初めてだ」
イアンとその横で鐘田将太郎(
ja0114)がまたひとつ勉強になったと呟く。将太郎は記念に、と写メを撮ることも忘れない。横を通り過ぎようとしていた菜穂を確認すると「誘ってくれてありがとな」と声を掛けてくれた。
2人がいる席の傍らに立つのは海柘榴。
「食べないの?」
聞かれても微笑むだけで肉や野菜を運んでくる。心根はプロのメイドの海柘榴なのである。でも、そうはいってもお腹は減る。「ぐう」と少しだけ音がなったのを無言のままで「無かった事」にする
別の席を通りかかると哲平がいた。雪成藤花(
ja0292)、フューリ=ツヴァイル=ヴァラハ(
ja0380)と一緒に席を囲んでいる海柘榴であった。
「ああ、肉は上で。垂れる汁で野菜に味つけるから」
と言って肉を焼き。
「雪成はもう少し、肉を食え」
と言って野菜中心に食べている藤花に肉を取り分け。
「食べっぷり凄いな、ヴァラハさん」
と言ってフューリのために更に追加する哲平であった。
哲平に肉を勧められ、ちまちまと口に入れる藤花は、しかし、ひそかに野菜を器に入れて野菜多めの状態に戻している。
「ありがとう。残すのは良くないからねー。ちゃんと食べないと〜」
格闘家のような装いのフューリの、食べっぷりは本当に良い。
「でも、ワインがあるともっと良いんだけどねえ」
その声が聞こえた訳では無いだろうが、ネコノミロクン(
ja0229)が呼びかけている。
「お茶やコーヒー、ジュースはありますよ」
「わい、なのにゃも」
ネコノミロクンにジュースを貰い、こくこくと飲み干すと菜穂は感謝の意を述べる。しかし、ごちそうになっているから遠慮しないでねと言いながら、ネコノミロクンはしみじみと感想を述べる。
「でも菜穂ちゃんのお母さん、豪快だね……」
配られた肉の山の量に、ちょっと驚いてしまったのだ。戻っていく菜穂に手を振り見送るとネコノミロクンは器用にピーマンを脇に避け、それ以外の食材を満喫した。
「確かに、ビールは進みそうだな」
未成年が、とツッコミを入れられたユリウスが真面目に答える。
「地元ではもう飲める年齢だからね。こういう料理を食べるとつい、な……。まぁ、後数年の話だしな。その時は、今よりもう少し平和になっていれば言うこと無いのだが、な」
うんうん、と隣で聞いていた麦子がユリウスの手の上にハンカチを置き、それを上に引き上げると。ユリウスの手の上には、ノンアルコールビールが現れた。飲める人にはほんとのビールが配られて。
「乾杯!」
平和になったその時が来る事を前もって祝して、乾杯。
●
「あら、菜穂ちゃん。迷ったの?」
自分の席を見失い戸惑う菜穂。その後ろから優しく声が掛かる。レイラ(
ja0365)がその身を屈めて菜穂の目線にまで下がってくれていた。
「そうなのかもにゃも……」
「じゃあ、お姉さんと一緒に食べようか」
テキパキと準備をしていたレイラは手を休め、菜穂と一緒に歩いて行く。途中、誕生日はいつ、と聞かれ「9月25日にゃも」と答える菜穂。すると「今日のお礼にお祝いしますね」と言われてびっくりした。
「へー、ジンギスカンって羊の肉なんだ。世界史で聞いた名前だから、なんのことかと思っちゃったよ」
菜穂達の目の前に突如現れたのは犬乃さんぽ(
ja1272)。
「ボクは犬乃さんぽっていうんだ、末広ちゃん宜しくね!」
にこっと笑ったさんぽに「よろしくなのにゃも」と菜穂は頭を下げ。おねえさん」と述べて頭を上げ……ようとした瞬間。
「わわわ、ぼっ、ボク、男だからっ!」
赤面しながらさんぽがはわわわ、と間髪入れずに訂正する。
今度は菜穂がはわわわ、となり。でも。知り合いもいなかった久遠ヶ原のはずなのに、今日はたくさんのお兄さん、お姉さんができた気がして。「うれしい、んだにゃも」と小さく、本当に小さく呟く菜穂だった。
日差しは柔らかで、肌を撫でる風も心地よい。千代紙で作られた花たちも風の中で揺られ遊んでいるようにさえ見える。
「美味い……。それに本物の桜の様だな…良いねぇ」
桜の花を喜ぶ菜穂が通り過ぎるのを目で追って見送ると、静矢が満足そうに頷く。静矢が置いた桜の造花を生けた花瓶を愛でながらの食事も、空の青さと相まって趣があった。優希も頷きながらジンギスカン鍋に手を伸ばす。
「美味しいのなのー☆」
優希が持参した桜色のちらし寿司も好評だった。ほんのりと梅の香がする。
「どうぞなのー☆」
優希のちらし寿司に賑わう人たちの耳に、歌が流れてくる。
「満開の桜咲いて〜♪皆が笑顔になる〜♪」
先刻まで怒濤、と言うのが女性に適する表現なのかは難しい所だが怒濤の勢いとしか言いようが無い食べっぷりを見せていた氷雨が、静かに、そして朗々と歌を歌っている。しばし箸の動きを止めて聞き入る皆。
別の場所ではフルートを吹いている少女がいた。優しい笛の音に誘われた菜穂が近付いていくと、唇からフルートを外し少女は笑いかけてきた。
「おねえさんのふえ、うまいんだにゃも。えとね、えとね、やさしいきもちになるんだにゃも」
少ない語彙の中から一生懸命言葉を探しているんだなと察し、笛の持ち主、ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)はくすっと笑った。「にゃも」の語尾も可愛く思える。
「あなたが菜穂ちゃん? 今日はお招きありがとう」
ファティナがお礼を述べると、銀の髪がきらきらと流れるように揺れた。「髪が銀色で、とてもきれいなのにゃも」と菜穂がほめるとファティナの、その表情は少しだけ。影ができた。しかし菜穂にはそれが気がつかない。会話は弾んだ。ファティナは菜穂の故郷の話を興味津々に聞いた。
後でそれを「日本の常識」だと思って話したら。例えば道路にはタンチョーヅルやシカが歩いているから車はそれを避けるんだよ、などの知識を得てしまい「どこの日本?」と言われる事になるのであるが。
●
優しい風が吹く。千代紙で作られた想いのこもった花たちが揺れる。
その中でうっすらと頬を朱に染め声を上げているのは黒百合(
ja0422)。
「うふふゥ、なかなか美味しいじゃないのさァ……満足ゥ、満足ゥ♪」
上機嫌な黒百合の置いた肉に頂きます、と手を伸ばす者もいたが。
「わはー、そのお肉もリリーがGETするのだよー♪」
強襲を敢行する鈴蘭(
ja5235)の声が響き渡る。
「あらァ。私のジンギスカンを狙うなんていい度胸じゃないのさァ……。とりあえず逝ってみるゥ……」
ちなみに「それぞれ別の卓での会話です。決して、同じ肉を取り合っている訳じゃありません」と、ここで謎のナレーション。ちなみに鈴蘭の近くの人が突然驚いた声を上げること数度。ちょっぴりワサビ風味の炭酸水を飲んで驚く人が幾人かいたらしく。でも、鈴蘭も空気と場を読んで爆弾投下しているらしく、それも笑いに花を咲かせるスパイスにはなったとか。
詩愛が持参したお重からは東西の桜もち、道明寺と長命寺、それに三色の花見団子と塩漬けの桜の花を散らした桜ご飯が現れ、皆に振舞われた。
「にゃもちゃんはこっちかな?」
菜穂を見つけた詩愛が、桜の葉にくるまれた赤紅でつぶつぶのお餅を差し出した。
「わ、さくらもちなのにゃも!」
菜穂が手にしたのは道明寺。逆にクレープのような生地で餡を包む長命寺は菜穂が初めて見るお菓子だった。にっこり微笑んで菜穂に道明寺を渡す詩愛。
「やっぱり北海道は道明寺なんですね」
「北海道ローカルの話か?」
函館出身の一臣と釧路出身の愁也を交えて北海道の話題で盛上がる。
「ありがとな、外でジンギスカンなんて久々だよ」
内地に来て以来、滅多に出会えないジンギスカンを満喫した一臣が礼を述べる。
「臣先輩!ボクも手伝うですっ」
一臣らが囲んでいた鍋に突如シエル(
ja6560)によって放たれたオリーブオイルの滝。
「……何と言うことでしょう、匠の技で」
状況を整理するために一臣が実況した所で。シエルの額が「ぴこん」と撃たれた。柊夜鈴(
ja1014)のデコピン(弱)がヒット。
「追いオリーブしたの、シエルか」
「追いオリーブ」なんて専門用語が出て来るほど、一瞬の後がまさに混沌。
そして夜鈴のデコピンは本当はあまり痛くなかったのに、大げさに痛がるシエル。
「ひー君、痛いーっ!」
抗議するシエルを視界から外して夜鈴はジンギスカンに箸を伸ばす。オリーブオイルの洪水にもどうやらジンギスカンは耐えきれる、らしい。
「はじめて食べたけど結構おいしい……っておいシエル何やってんだ?」
「あ、手が滑った」
ごめん、の言葉と同時にどしゃあと野菜が夜鈴の前に集まる。オリーブオイルで摩擦係数が減ったジンギスカン鍋は、どうもよく滑るらしい。
「何と言うことでしょう、匠の技で」
一臣の解説が再び。
「あ。星杜さん。作って欲しい物があるんですけど」
そのカオスを視界から外し、愁也は星杜焔(
ja5378)に「菜穂ちゃんがよく知っている料理なんですけど、作れます?」とお願いをしてみた。それを聞いて「なるほど」と焔。一旦消えるとあちこちから食材を集め、まずはミートソースを作り、続いてスパゲッティを湯がき、そしてとんかつを揚げる。
「麺は7割で止める。鉄板の上に油多めに敷いて焼く。これにとんかつを載せて」
このタイミングで愁也が菜穂を連れてきた。鉄板の上に乗ったスパゲッティととんかつを見て、菜穂は意味が判り興奮する。そしてとんかつの上から掛けられるミートソース。鉄板の上で焦げ、あちこちに飛び跳ねる。
「おお! あの味にひけをとらない、にゃも!」
「……ぱ、パスタを鉄板にのせる、だと。ジャッポネーゼ不思議すぎるわ・・・!」
こめかみを指先で押さえて一生懸命「郷に入っては郷に従え、よね」と自己暗示をしているイタリア出身の珠真緑(
ja2428)である。
「うーん、でも。よし、挑戦してみましょ。頑張れ私、負けるな私」
油でテカテカなスパゲッティも、間に日本生まれの洋食がサンドされているのも緑には未知なる体験だった。小刻みに震える手を押さえながらひとくち「ぱく」。
「ジンギスカンの締めがパスタだと……。県民性ご紹介番組かよ、ここは!」
びっしっとツッコミを入れてくれたのは牧野一倫(
ja8516)。なんとなく大勢で同じ鍋をつつくのには抵抗がある彼だったのだが、金欠の身にはありがたいと足を運んでしまったのである。それが予想以上に、いや、予想通りか、カオスの色に面食らっている模様。でも肉を盛大に食べられるのはありがたい。
一方、目下悩みができてしまった雫(
ja1894)。ひとつ溜息をつく。
「……感染力強いんですにゃも」
先刻まで菜穂とアメリカンドッグについて意見を交していた雫である。
「アメリカンドッグ自体が甘めなのに、さらに砂糖で甘くなんて」
と言ったら「ふれんちどっぐのおはなしにゃも?」と聞き返され、そこからか−、と絶句したことが討論のきっかけ。砂糖まぶしもなんだけど、ケチャップを刷毛で塗るとか聞かされた日には頭が混乱し「ケチャップと粒マスタードで線を書くのが普通にゃも」と言い返した時は、既にすっかり感染していた。ただ、「あまいどーなつみたいなあじなのにゃも」だけは理解できた。
「……これは美味いな!」
先ほどの一団の中からラグナ・グラウシード(
ja3538)の感嘆が聞こえて来る。初めて食べた料理だが殊の外口に合ったらしい。しかし肉ばかり食べてしまい注意を受けていた。
ふと、近くに佇んでいる焔の視線に気がつく。
(わあ……、ラグナ、楽しそう。よかったねえ、よかったねえ)
にこにこと自然に笑みが漏れる焔……。だが、その正体はラグナの妹弟子にして変装したエルレーン・バルハザード(
ja0889)である。だが、ラグナはそれに気付かず、今はただ、食べる事に夢中になっている。
「ラグナもどう?」
完成したスパゲッティを持っていこうとした焔は、もう一人の自分がそこにいることに気がつき足を止める。
「ああ、エルレーンか……」
ラグナと遊びたいだろうに、事情があるゆえにラグナに恨まれているエルレーンを思うと、焔は胸が痛くなった。邪魔しちゃ悪いと向きを変えた焔だが、不意に思い付き体格が隠れるメイド服とメイクで女の子になりきる。
つまり、焔になりきっているエルレーンがラグナと話せるようにしよう……としたがそうは問屋が許さなかった。
「ほむほむ先輩、こんにちは……、って誰? 贋物?」
「ところで星杜さん……何故女装?」
「……!?」
この状況を把握し、真っ赤になった焔、じゃなくて変装したエルレーンを追いかけ、どったんばったん。空は良い天気。ラグナは何事も無かったように、鉄板で焼きうどんを作っている。さっきまで興味津々に釧路ローカルなスパゲッティを賞味していたネコノミロクンはうどん投下に反応したらしく、こっちに移動。
●
「ジンギスカンも良いけど鍋も食べたいねー」
ジンギスカンの横に据えられた鍋を囲みながら持参したおにぎりを分け与えているのは鬼燈しきみ(
ja3040)。
「よ〜し。いっぱい食べて楽しむば〜い!」
大きな寸胴を用意したのは阿岳恭司(
ja6451)である。いつもはちゃんこ鍋を作るのに活用される寸胴だが、今日は北海道繋がりということで石狩鍋である。
「フフ、暖かい物を食うと心もほっこりするぜ……」
恭司から手渡された器を受け取り喜ぶギィネシアヌ(
ja5565)。だがついつい食が進んでしまう恭司を抑えきれなくなり、いつしか恭司対しきみ&ギィネシアヌの対抗戦が始まっていた。そしていつの間に変装したのか、今やマスクドレスラー「チャンコマン」の恭司。
「食らえ、コブラツイスト!」
「うにー、菜穂ちゃん。応援ありがとー」
突如始まったプロレスに菜穂もギャラリーも大興奮。
「菜穂ちゃん、楽しそう。やっぱり笑顔が一番だね」
その様子をぱちりとカメラで撮ったのは天音 みらい(
ja6376)。菜穂に笑顔を見せると菜穂も微笑み返してくる。
「あちらにお菓子があるのよ」
生チョコのの挟んだクッキー、さくら味のシフォンケーキ、抹茶カステラ。みらいお手製のスイーツである。「ほわー」と声を上げる菜穂。」
「ピザも食べる?」
ピザを振舞っていたソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が菜穂に微笑みかける。
「ここで焼ければ一番だったんだけど、持ち運びできる窯を用意するには色々と足りなかったんだ」
本当はあつあつのピザを出したかったのに、と思っていた矢先。
「おや、あれは」
鉄板に乗らないパスタを見つけたソフィア。そのハートに調理の魂に火がついたのか。具材を組み合わせ創作料理を生み出していた。オリーブオイルはふんだんにあるのでそれを利用。実況を交えるのならばソフィア・キッチンと銘されるのかも。
麺と言えばこちらも負けていない。グラン(
ja1111)はビデオを回す手を休め、寸胴を火に掛けると麺を湯がき始めた。スープは魚ダシ、タレは市販で良いのがあると「とある人物」に聞いたので、それに順い調理を開始する。
「ものすごく細い麺なんだな」
3分ほどで完成できるラーメン見て、グランの方がむしろ驚いてしまう。
「お礼だよ」
きょとんとしたままの菜穂の目の前に、子供が食べきれる分量の「釧路ラーメン」が差し出された。あっさり醤油。内地に来て以来、他の物はあったとしてもこれだけは似た物さえなかった故郷の味。喜びながらするする、とすする菜穂の顔を、ビデオに写すグランであった。
「来年は花を見ながら食べたいね」
ジンギスカン鍋をサーブし、あるいは片付けながら北海道風の豚串を焼いている櫟諏訪(
ja1215)がつぶやく。
「それにしても何で豚串を焼き鳥というんですかねー?」
豚なのに鶏とはこれ如何に。首を傾げながらも遅滞なく焼き続ける諏訪である。
その様子を眺めてファング・クラウド(
ja7828) が感心する。
「皆さんの兵站や連携、お見事の一言です。これは負けられません」
非常に丁寧な物言いで皆の動きを褒めると、まさに閃光の速さでファングは携帯を取り出し電話を掛ける。相手が出た瞬間、それまでの雰囲気が一変。荒い命令調に。
「焼きそばを運んでこい、5kg……10ポンド強だろこの野郎。10分以内だ。空軍を使え!」
繋がっている先がどこなのかちょっと不安になってくる。
なお、やきそばはちゃんと届いた。最終的に電話を掛けた久遠ヶ原商店街から経費税込でぴったり50人前分、しめて3千円。必要物資は揃ったが、その経過にやや不満そうなファング。しかし、その麺はにゃも子にとって一番馴染みがある麺だった。
「お兄さん、ありがとうなのにゃも」
キラキラとした眼で感謝され、紳士として対応をするファングであった。
「牙、やきそば焼くの? 焼く時はボクも手伝うね!」
義兄・ファングの姿を発見した清良奈緒(
ja7916)が駆け寄ってくる。まだ麺も届いてないし、という事で奈緒はファングの横で目をキラキラさせている菜穂の手を取り「一緒に食べよ、あそぼ!」と握手する。
「えっと、なにしてあそうぼうなのにゃも」
二人ならあやとりとかしりとりかな、と答える菜穂。もっとたくさんの人と遊びたいねと答える奈緒。
すると、校舎の方から賑やかな集団が現れた。
●
「おーい、こっちこっち」
突如立ち上がるのは佐藤としお(
ja2489)。どうも集団に心辺りがあるようだ。
「食べ物を残すのもなんですし、声かけてみたっすよ。にゃも子ちゃん、みんなとお友達になってくれるかな」
それとは別方向からもたばこを燻らせるために席を外していた間田竜(
ja8551)が、場所が判らずはぐれてしまった子を見つけ手を引きながら戻ってきた。会話を切り出すのが苦手と思っていた竜であったが、案内し他の撃退士らとも会話を交す内に打ち解けていた。空いている席を見つけてあげている内に、次第に会話も多くなる。
にわかに増えた人を見て「ここは腕の振るいどころ」と喜んだのはファングである。早速届いた焼きそばを炒めては盛りつける。盛りつけられた焼きそばを奈緒が運ぶたび「おいしいね」の声があがる。腕は良いようだ。麺に目敏いネコノミロクンも賞味している。
これでこの場に居合わせた数は多分、100人になるかもしれない。
「ほんとうに、ともだち100にん、できたのかも、にゃも」
みんなとわいわい笑顔の花を咲かせる菜穂。そして菜穂の手をとる奈緒も笑っている。
「こちら、デザートもどうぞ」
諏訪が持ってきたのは巨大なバケツ。中身は缶詰の果物と炭酸水で作られたフルーツポンチである。
「来年は花が咲いている時期に皆で楽しみたいですね……」
フルーツポンチと聞きつけやってきた縁は、器に取ると流し込むように食べている。菜穂も釣られてぱくぱくと。菜穂と同学年の子も、更に釣られて。一列に並び「おかわり!」を連呼している。
一方で小さき者たちが戦う事実に水無月神奈(
ja0914)は胸に痛みを覚えてしまう。どうかこの小さくも健気な者達が、どうか無事であり、命を大事にして欲しいと願う。が、それはそれとして。今は同じ時、同じ空間で同じ宴にいられる幸せを味わおう、と桜の木にその身を預ける。
「それにしても。豚とも牛とも似つかない妙な味だ」
神奈はジンギスカンを賞味。かなりの量があった食べ物も、新しく増えた撃退士らが歓声をあげて食べている。まもなく、宴も終わりになるのだろう。
「ご馳走様」
久しぶりの肉を堪能した一倫がつぶやき、そしてスマホを持って歩き出す。立ち上がる者、まだ残り雑談を交す者。皆それぞれに一時を過ごしている。
●
「そろそろ後片付けしなきゃ、なのー☆」
名残惜しいけどね、と優希の一言に頷き、そして一斉に動き出す久遠ヶ原の皆。日も長くなり作業は円滑だった。
枯れ木ではない桜でもやりたいですねとイアン。「綺麗に片付けて来る前と同じ状態に戻しておかないとね」と宮子。ゴミ拾いを受け持ってくれた将太郎、そして縁。それを受け取り分別する諏訪。食器を片付けてくれている夜鈴。器具を整頓していくソフィア。仁刀は、握った手の熱さを思い出しながら。一臣、みらい、彗が手渡された
「きちんと綺麗に掃除をして帰りますなのですよー☆ 」
桜の木に付けた千代紙を集めていた優希が、最後のゴミを回収して作業は終了した。
「疲れました」
泣きそうな顔、というよりも本当に泣いているような氷雨を先頭にして、みんなが帰って来た。レイラは「疲れてない?」と確認しながら菜穂の手を引き歩いてくる。
「お疲れさまです。皆様、お茶をどうぞ」
彗が淹れ立てのお茶を差し出す。
清々しいお茶の香りをすすると、自然ににっこりと笑顔になった。
そしてそっと、夏草の匂いを含んだ風が吹く。
後片付けを手伝いながらも途中で抜け出した一倫も、視線をスマホから空へと動かす。春の夕暮れ。青から変わる茜の空。
「みんなで記念撮影しようよ」
ネコノミロクンが提案すると、使い捨てカメラを持参していた静矢が手を上げる。
「菜穂ちゃんのご両親に写真を送ろうか」
きっと安心すると思うから、と静矢が提言するとネコノミロクンも同じ考えだった模様。他にもうんうんと頷いている生徒がいる。きっと、この幼い撃退士に対してみんな同じ事を考えていたのだろう。
改めて静矢がカメラを構える。既にビデオを回しているグランはファインダーの中の構図を考えているようだ。
そして。菜穂を囲むように咲いたたくさんの笑顔の花。
「いいかい、撮るよ。せーの」
静矢の掛け声に合わせて、示し合わせたように声が上がる
「にゃもー!!」
「ええええ?」
ここで使い捨てカメラのシャッター音。
「みんなの笑顔の花だねー」
萌々佳の言葉にうん、とまた笑顔の花が咲く。
そのいっぱいの花に囲まれてただひとり、びっくりした顔で映っている菜穂。その笑顔が面白くて、将太郎やみらいもぱちり。
「もう1枚いくよ」
「にゃもーっ」
今度は後ろから麦子に「高い高い」されてびっくりしている菜穂をファインダーに収める。録画しているグランはクールな表情を崩さないまま、でも「ナイス」と言いたそうにサムズアップ。
ところで。後日談になるのであるが。録画を再生すると逃げて消えたはずのエルレーンが後ろの方で「にゃも」の口と表情で映っていた。だが、それに気がつくのはまた後の話。
「みんなと一緒の写真をご両親に届けたら、少しは安心してくれるっすかね」
としおが、それを言葉にはせず胸の中で問う。親は不安だろう。でも彼女には仲間がこんなにもいるんだから、と拳に力を込める。
「良かったな、友達できて。これからも皆、仲よくしてくれると思うぞ」
紫苑が菜穂の頭を撫でる。何かあったら電話しな、とメアドを交換した。そして菜穂の周りを囲む学生の輪が。
風の香は、既に初夏の訪れを告げていた。