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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2014/07/02


みんなの思い出



オープニング



 いつかお前に、美しいものを見せてあげよう





 ――それさえ、叶えば




●久遠ヶ原

 静まりかえった会議室内。
 集まった六人を前に、斡旋所スタッフの西橋旅人(jz0129)は軽く深呼吸した。
「君たちの報告と、提案についてなんだけれど――」
 彼は漆黒の瞳を一旦資料へと落とし、そして再び上げる。
「最終結果はこれからの裁判次第になるとは思う。だけど悪魔ルゥは抵抗無く自首し、本件以外に人を殺した形跡はないこと。殺害時の事情及び君たちからの嘆願を踏まえると、学園としては積極的な討伐指示は出さないという結論になったよ」
 つまり、自分たちに裁量が与えられたようなものだ。
 安堵のため息が漏れると同時、すぐさま眼鏡の少女から質問が飛ぶ。
「あの……ルゥさんの望みを叶える事はできそうですか?」
 彼の望みは、旧友との約束を果たしにある場所へ向かいたいと言うことだった。その場所に、瑠衣を連れていきたいとも。
「太珀先生とも相談したんだけれどね。彼には人間に対する害意がなさそうだし、僕たちの監視下でということなら可能じゃないかなって」
 ただ、と旅人はここで初めて複雑な表情を見せる。
「……どうした旅人?」
 友人の問いに旅人は若干ためらいがちに。
「……実はこれは太珀先生にも言っていないんだけど。その場所がね……ちょっと知ってる所で。ついでに言うと、指定された日とまったく同じ日に、そこで待っている別の『悪魔』がいる」
 その言葉に、一同は顔を見合わせる。
「それって……どういうことでしょうか。その悪魔は敵ではないんですか」
 金髪の青年の問いに、曖昧にうなずき。
「うん。そちらに向かうメンバーは、悪魔本人から討伐を依頼されている」
「本人から……?」
 わけがわからない様子の撃退士達に、苦笑しながら。
「話せば長くなるんだけれど、事実なんだ」
「……つまり、その悪魔の手助けをルゥが行う可能性もあるというわけか?」
 蒼く鋭い視線を受け、旅人は困ったように唸る。
「……だがお前の報告書によればルゥ自体はかなり力が衰えていて、もうまともに力を使える状態ではないのだろう。その悪魔とやらの手助けをするとは思えんが」
「僕もそう思います。わざわざ瑠衣さんを危険に巻き込むような事、ルゥさんがするはずありません!」
 ハーフ二人の言葉に、旅人は同意し。
「僕も正直言うと、可能性は低いと思っている」
「ルゥ本人にそのあたり確かめてみたのかなぁ?」
 赤髪の青年の問いに、旅人はうなずき。
「僕、思いきってその悪魔の名を出してみたんだ。そうしたら”ああ、クラウンを知っているのなら話は早い”って」
「クラウン…?」
 聞いた数名の顔色が変わる。
 旅人は再び苦笑した。

「何があるかわからないからね。僕も周辺警戒を含めて今回は同行するよ」



●私立水木坂高校前


 その日は、穏やかな夜だった。
 花水木の上り坂。
 訪れたメンバーはゆっくりと周囲を見渡す。
「何だか……他の気配も感じますね」
 姿は見えない。
 けれど自分たち以外にも確実に『観客』はいる。
 これから何が起きるのか。息をひそめそのときを待つ。

 しばらくして、見知った顔ぶれが現れた。あれは、同じ学園の生徒達。
 そして――

 並木道の中央にナニカが現れた。

 それは白い少女。

 彼女が撃退士達に一礼をした瞬間、白い結界が坂を覆う。
 純白の空間内で花水木だけが薄紅色の花弁を揺らす中、少女の声だけが見守る彼らの耳に届く。

「今からお一人ずつ、質問に答えていただきます」

 その時、ルゥがおもむろに切り出した。
『瑠衣、私はお前に美しいものを見せると約束したね。その約束を、今から果たそう』
「ルゥ……?」
 突然悪魔の体躯を強いオーラが覆う。撃退士は慌てたように。
「ルゥさん何を……!」
「あっ……!」
 声を上げたのは瑠衣だった。呆然とした様子で目の上の包帯に触れながら、掠れた声を出す。
「見え……る」
「え?」
「見えるの…景色が頭の中に映ってる…!」
 彼らはそれがルゥの能力だとすぐに理解する。ルゥの視界で見たものを、瑠衣の脳内に映し出しているのだろう。
 しかし。
「……かなり無理をしているのではあるまいか」
 高度な能力を扱えるほど、ルゥの力はもう残っていないはず。瑠衣に光を与えるさまは、まるで彼の命を燃やすようにさえ見え。
『……情けない話だが、この能力を得るのに今までかかってしまったものでね』
 時間が欲しかった本当の理由。
 ただ、ただ、これだけのために生きてきた。
『瑠衣。今から見るものは、美しいだけではないかもしれないね。けれど悪魔と人が選んだ一つの結末だ』

 そして、自分達が選んだ結末も。

『最後まで、見届けるのだよ』

 それからの光景を、彼らはただ黙って魅入っていた。
 薄桃色の花弁が降り積もる、白の世界。
 不思議と彼らの声も姿も手に取るようにわかるのは、この結界を作った悪魔がわざとそうしているとしか思えなくて。

 それぞれが語る想い。
 それぞれの決意。

 全てを聞き終えた時、少女が消え傍にいた銀蒼の猫が突然変化する。
 現れた道化の悪魔を見て、メンバーの数名は苦笑。
 あまりにも「らしい」と思ってしまったから。

 次の舞台は、まるで硝子細工。
 床も、壁も、天井も、全てがきらきらと輝くプリズムのように、虹色の光がかわるがわる踊っている。
「綺麗……」
 瑠衣の漏らすため息と、彼らの視線を捕らえて放さないもの。

 鍋。

「……まさかここで闇鍋が始まるとはねぇ」
「まあ、あのメンバーなら仕方ねえかもな…」
 その直後、周囲を巡回していたはずのメンバー数名が結界に取り込まれてしまう。どうやら闇鍋に(強制)参加したようだった。

 彼らは本当にひどかった。

 見ているメンバーも笑いすぎて涙する者、笑っちゃいけないと思いつつ堪えることができない者、ルゥと瑠衣に至ってはあまりのことにぽかんとしてしまっている。
「敵同士なのに、どうして彼らはあれほどに楽しそうなのだろうね」
 苦笑するルゥの表情は、どことなく寂しげでもあった。

 そして。

 最終舞台へと移ったときに、事件は起こった。
 突然、道化の悪魔の声がこちら側へ届いたのだ。

『ルゥ。これからあなたに、私が出した答えをお見せしましょう』

 次の瞬間、結界が広がりこの一帯も飲み込まれてしまう。

『最高の終幕とは、観客と共に迎えるもの』

 享楽溢れた声音が宵に満ちる。

『さあ、あなた方も共に楽しもうじゃありませんか!』

 撃退士達は顔を見合わせた。
「えっ……これ、俺たちも参加しろってこと…?」
「そう言うこと……みたいですね?」
 あまりのことに目を白黒させるメンバーに、舞台側から声が上がる。

「待ってたよ」

 ずっと見られているのは気付いていた。だから。
「来てくれるってうちは信じてた」
 繋がりは偶然、だけど集ったのはきっと運命。
「最後の舞台、一緒に頑張るんだよー!」
 口々に届く演者達の声。
 迷う彼らに、旅人が告げる。
 
「行っておいで。ここには僕が残るから」

 そのために、ここへ来た。彼らが選ぶ結末を見届けたいがために。
「……全ては決められていたと言うことか?」
 その言葉に旅人はかぶりを振る。
「君たちが選んだ、結果だよ」

 集わなければ。
 選ばなければ。
 願わなければ。

 それは偶然と運命のマスターピース。

『どうか瑠衣に見せてやってほしい』

 君たちの輝きを。

 旅人の声が、彼らを舞台へと送り出す。


「さあ、最高の終幕劇を」
 



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リプレイ本文





 羨慕の念を抱いたのは、いったいいつぶりの事だったか

 最初は、この世界に降り立ったとき

 儚くも力強く、哀しくも美しい人の営みに魅入られた

 二度目は、人と共に在る同朋に出会ったとき

 ありさまも行く末も、全てをその傍らで観測できる歓びは想像するに容易く

 そして三度目は――



 ※※



「何度目でしょうね。貴方とこうして向き合うのも」

 花水木の元に集う、愛しき者たち。
 マッド・ザ・クラウンに語りかける友の言葉を、赤坂白秋(ja7030)は万感の思いで聞いていた。

 この時が来たのだという歓びと。
 もっと観ていたいという名残惜しさと。
 様々な感情が入り交じり、呆れるほどに言葉が出ないでいる。

 その隣では雨宮 歩(ja3810)が、観客席で見守る少女と悪魔を見上げた。
「瑠衣。ルゥ。ここで、命を賭けてやるべき事がボクにある。お前たちにはそれを見届けてもらいたいんだよねぇ」
 こくりと頷く盲目の少女に、愉快そうに笑いかけ。

「アイツほどではないけどボクも道化でねぇ。観客が見てくれるなら、頑張れるからさぁ」

 その言葉に、多くの気配がうなずいた気がした。

「……まさか再びここに立つ事になるなんてね」
 一年前を思い出しながら、月居 愁也(ja6837)はこみ上げるものを感じる。

 あの時も花水木が満開で。
 とてもとても、綺麗だった。

 降りしきる花びらを見上げ、小田切ルビィ(ja0841)はひとり呟いていた。
「あれから一年以上、か……」
 愁也達と共に立ったこの上り坂。
 目がくらむほどに、あの日は空が澄んでいた。

(アンタも何処かで見てんのか? シツジさんよ……)

 命懸けで斬り結んだ相手。
 再びこの舞台に立った自分を見て、彼は何と言うだろう。

「あの時に恥じない戦いをしないとね」
 
 にやりと笑う愁也にルビィも不敵に笑んでみせる。

 ――ああ、わかってるぜ。

 結界内に淡い光が充ち満ちてゆく。
 揺らめく幻灯は、集いし者すべてを受け入れたゆたう。


 もう一度ここで己の命を賭けてみせよう。



 最高の終幕劇を。



●狂奏道化



 廻る、廻る、幻想と恍惚の輪舞華。
 幻燈の光が、演者を淡く艶やかに彩り照らす。

「さて、最高のフィナーレを目指して、全力で行きますよー!」

 明るい声と共に、始まりを告げる鐘が鳴る。

 白秋が放った弾丸が、ガードカードの中央部に光条を描く。攻撃を当てる度にカードは様々な色に冥明滅し、目にも鮮やかな色合いを生み出す。

 それまるで、開幕を謳うファンファーレ。

 稲妻の矢を撃ち込みながら、六道 琴音(jb3515)は不思議に思っていた。
(たとえ死んでも、戦った相手の中に自分の記憶は残り続ける。クラウンさんの目的は、そういう事なんだろうか……)
 かつて自分の中に命と記憶を刻んだ、シツジのように。
 同じ舞台を選んだのもそれが理由なのかもしれない。
(でも……瑠衣さんがこの戦いを見届ける意味はなんだろう)
 ルゥだけでなく瑠衣もこの場に連れてきたこと。その意味が未だにわからないでいる。
「……でも今は事ここに至った以上、考えている余裕は無いですね」
 とにかく、自分はあの時と同じように全力で臨むまで。
 いずれ『答え』は得られると信じて。

 炎の花が二枚のカードを巻き込み燃え上がる。
 魔法書を手にした桜木 真里(ja5827)はその穏やかな表情の下に、募る想いを秘めている。

(……この戦いには、たくさんの想いが込められている)

 人と。
 悪魔と。

 それぞれの願いがぶつかった先には、一体どんな結末が待っているのだろう。
 そして見届けた瑠衣は、何を心に残すだろうとも思う。
(願わくば、それがいつか彼女が望む未来への助けになるように)
 望む未来をつかみ取れるように。
 ただひたむきにその手を伸ばす。

 そんな真里を包み込む祝福の光。
「まだ未熟な僕だけど……精一杯頑張ります!」
 ロザリオを握りしめた穂積 直(jb8422)が、決意に満ちた表情を宿し。

 本当は怖い。
 父親と同じ悪魔と敵として戦うのは初めてで。
 圧倒的な重圧に、気圧されてしまいそうになる。

「それでも、僕は最後まで戦ってみせます…!」

 友だちである瑠衣のため。
 彼女を護ろうとしたルゥのため。

 そして何より、明日の自分が自分を誇れるようにと。

(俺には奴らの考えなど理解できないがな……)
 花水木の影に潜み、ファーフナー(jb7826)は内心で独りごちる。
 彼にとってこの舞台の結末にも瑠衣の行く末にも興味はない。
 とは言え理解できないからと邪魔するつもりもなく。

 ――俺は俺の役割を演ずるだけだ

 戦況を見極め、機を狙い。
 命中率を上げた一撃をガードカードに叩き込んでいく。
 
 一斉にガードカードへの攻撃が始まる中、道化の悪魔を黒煙が覆い始めた。
 現れたのはタキシード姿の青年。
 同時に現れた大鎌を手にゆっくりと飛翔する。

「では、行きますよ」

 言い終えた刹那、圧力が急速に収束し始める。
 凄まじいポテンシャルが漆黒の切っ先に集ってゆく。

 来る。

 悪魔は優美な微笑を絶やすことなく、高速の刃を振り抜く。
 意識を研ぎ澄ませた歩へ回避射撃が飛ぶ。
 盾を手にした愁也が走る。
 迫る禍々しき高圧の一閃と瞬間的に繰り出す意地の盾。


 ――その挑戦、受けて立とう。


 漆黒の斬刃が、大気を切り裂いた。







 クラウン、お前に伝えておくよ

 撃退士としてあの答えを『選んだ』日から、決めていたんだ

 必ず最後の場に立ち、お前と戦うと

 ボクの誇りと、命を賭けて

 同じ道化として

 舞台で踊ろうじゃないかぁ


 ※※


 ぽたり、ぽたり。
 流れ落ちる血は椿が白雪に色を落とすように、地を染める。

「……なんとかかわせたねぇ」
 ぎりぎりの所で攻撃をかわしきった歩は、安堵の息を漏らす。怪我が治りきらない身体であの攻撃を受けたら、恐らくひとたまりも無かっただろう。
(あいつらのおかげでもあるなぁ)
 彼の瞳には、前方でクラウンの攻撃を受け止めた仲間が映っていて。

「いってえ……さすがミスターのは効くな…」
 最前面で攻撃を受けきった愁也が、全身に走る痛みを堪え踏ん張る。
 始めて受けたクラウンの一撃は、受け止めた瞬間全身が総毛立った。

「でも……受けきってみせたぜ!」

 広範囲に及ぶ衝撃波。
 彼ら前衛が立ちふさがったおかげで、中後衛への被害はそれ程酷くは無い。
 愁也は不敵に笑う。

 絶対に誰一人欠けさせない。

「あの日も今日も、それは変わらねえよ」

「回復、入ります!」
 直と琴音が走る中、攻撃班はひたすらにガードカードを破壊。
 癒やしの光を生み出しながら、琴音は状況を確認する。
「とにかくあの防御壁を壊さないことには……埒があきそうにないですね」
 青の双銃を手にした白秋が射線を見極めつつ壁へと射撃。同じカードを狙ってファーフナーと真里も確実に攻撃を当てていく。
「クラブの5、破壊成功かな」
 しかしそれから数秒して、クラブのQが空いた穴を埋める。その様子を見た白秋がなるほどと。
「どうやらアレは、トランプの枚数分あるみてえだな」
 クラウンの周囲を動くカードは全部で十枚。最初はクラブのエースから10まで。先ほど反対側で2を破壊した後に出てきたのは、クラブのJだった。
「……と言うことは残り42枚か」
 辟易としつつもファーフナーは淡々と仕事をこなしていく。
 
 ここでクラウンが水平に武器を構える。
「あれは……!」
 瞬後、降られた刃の先端から細長いオーラが勢いよく伸びてゆく。捕まったメンバーは一気に引き寄せられるも、そこに生まれた隙を見逃すはずもなく。

「今のうちだ!」
「加倉さんの犠牲は忘れないぜ!」
 
 ルビィが封砲で複数枚を巻き込めば、愁也がここぞとばかりにカードに徹しを撃ち込んでいき。彼らの強襲でもろくなった箇所を歩や白秋達が狙い落とす。
「はっ…やったぜ!」
 白秋が放った貫通弾は威力こそ削られたものの、クラウンへと当たり。
 細身の肩口からぱっと鮮血が咲く。

 現在破壊数は十枚程度。
 曲刀を居合い構えした歩が、クラウンに向けて笑ってみせる。
「悪いね、こんな様で。別の因縁と向き合ってきた結果でねぇ」
 音もなく抜刀した刀身から、アウルの刃が向かう。ずきり、と身体が痛むのを顔には出さずに。
「万全の状態で挑みたかったんだけど……自分の選択の結果から逃げるような臆病者、お前は嫌いだろぉ」
 クラウンは瞳を細めると、鎌を手に身を躍らせる。
「ええ。もちろん、私も手加減はしません」
 そういうのは嫌いでしょう? と返す悪魔に苦笑し。
「ああ、お前の言うとおりだぁ」

 攻撃態勢に入ったクラウンを前に、歩は覚悟する。
 まともに食らえば、自分は死ぬ。
 狙われた時点で完全に避けきれるとも思えない。


 けれど、選ぶのは――
 

 撃退士としての意地だから。


 振り抜かれた漆黒の鎌から、凄まじい勢いで刃が飛ぶ。
 来ると思った瞬間、目前に現れた影。

「歩ちゃんは絶対に渡さないよ」

 障壁を繰り出す恋人を見て、歩は叫ぶ。
「祈羅やめろ!」

 黒髪が舞う。
 轟音と共に激しい衝突音が鳴り響く。


 ――一生一緒に、って誓ったでしょ?


 そう、聞こえた気がした。






 震えるほど怖いのに

 戦いたいと思ったのはなぜだろう

 ここにあるのは殺意でも悪意でもない

 その本質を見極めたいと思ったからかもしれません


 ※※

「雨宮さん!」
 倒れ込む二人の元に直は必死に駆け寄っていく。
「しっかりしてください! 今僕が癒しますから!」
 他の回復手と共にライトヒールを展開させながら、直は歩達の傷の状況を確認する。
(大丈夫……致命傷にはなっていない…)
 意識が朦朧としながらも奇跡的に気絶を免れた歩に、直は息を呑む。
(凄い動きだった……)
 怪我をしているとは思えないほどに。
 自分を庇う恋人を抱え直撃を避けた。彼女の防御力と自分の回避力と。互いに補い合う形で威力を減殺させたのだ。

「見事でした」

 そう言って微笑む悪魔は、まるで悔しそうには見えない。
 互いに歓び合うようにさえ見える様は、決して酔狂からくるものじゃなく。

「これが…本気で闘うということなんだ」

 己の命と矜持を賭けた、信念のぶつかり合い。
 失うためではなく、望む未来を勝ち取るための闘争に思わず、心が震える。

「さあ、まだまだこれからですよ!」
 クラウンは大鎌を一層大きく振りかぶる。即座に反応したルビィが警告を発する。
「気をつけろ、来るぞ!」
 大鎌を大回転させるサイクロン。一度見た技だからこそ、そこに生まれる隙も知っている。
 ルビィは受ける覚悟で盾を繰り出し対峙する。
 高速の刃が前衛を巻き込みはじき飛ばしたその時。

「今だ――!」
 
 振り終わった直後、ファーフナーと真里が攻撃を放つ。
 カードが消えた隙間を白秋が貫き、再びクラウンの身に鮮血を散らせる。
 しかし悪魔の動きも止まる事なく、前衛をはじいた隙を狙い包囲網を突破。
「くっ…まずい!」
 続く攻撃の先に立つのは中後衛の姿。唸るような衝撃波が彼らに向けて一気に放出される。
 地に伏す仲間と、背中に大きな傷を負ったクラウンを見てファーフナーは呟く。
「……痛み分けか」
 大技の連続からくる反動は、小さいものではない。
 それでも敢えて使用したのは、後のことなど考えていないのだろう。
 

「ハっ…わかってるぜ、クラウンさんよ」

 血溜まりの中、ルビィは笑いながら立ち上がった。
 既に何度も攻撃を受け、身体は限界に近い。
 けれど。

「こんなもんじゃ、まだまだ物足りねえよな?」

 もっと。
 もっと。

「来いよ、俺はあの日と同じように受けて立つぜ!」

 爛とした瞳がルビィを絡め取る。誘われるように互いの黒刃を交わす。
 纏うオーラは鋭く昂ぶる、紅玉の気高さ。

 その後方で白秋は彼らの生き様を魂に刻み続ける。

 (俺はな、あんた達に惚れ込んでんだ)
 
 敢えて直接関わることはせず、ずっと一歩後ろから応援していた。
 この瞬間に相応しい贈り物を考えてきた。
 考え抜いて得た『答え』。

「……ああ、そうさ。わかってたさ」

 花を贈ったって。
 歌を歌ったって。
 あいつらが伝えたい事の、百分の一だって伝わりゃしない。

 だから俺たちにできるのは――本音という花火を打ち上げる事だけ。


「ガードカード、残り7枚!」
「あと少しですよー!」

 その言葉に、終わりが近付くことを感じ取る。
 終わりへのカウントダウンのようにカードが一枚、また一枚と消えてゆく。

 
 47枚目、破壊。

 48枚目、破壊。


「ミスターはさー、ずるいよなー」
 ダイヤの9を破壊した愁也は苦笑する。
「なんかもう俺たちがさ。色んな気持ちをぶつける前から、もう楽しくって仕方ないって感じだもん」
 どう転んでも一人勝ちだよねと笑い、改めてその意志を告げる。

「今度はちゃんと見届けてみせるぜ」

 君の想いも。
 仲間の想いも。
 そして君をずっと追いかけていた友の全てを。
 最後まで立ち続け、心に刻んでみせる。

 そのために、ここへ来た。


 49枚目、破壊。


「戦いを通じて私達一人一人の本質を見極めたい……」
 琴音は残り少ない回復スキルを展開させながら、思う。
(クラウンさんの望みはそう言うこと…?)
 一年前に聞いたシツジの答えを、鮮明に覚えている。
 今も昔も変わらない。
 与えられた時が有限だからこそ、人は未来のために生きると彼は言った。
「……クラウンさんには見えましたか?」

 私たち人の本質を。
 この戦いの本質を。

 ――私は少しだけですが、見えた気がしています。

 あれからずっと向き合ってきた。
 教えてくれたのは、貴方たちだから。


 50枚目、破壊。


「結局全ては筋書通りか、クラウンさんよ…」
 流れ落ちる血もそのままに、ルビィは苦笑する。

(俺たちはアンタの『死』を背負う事になる)

 『友』とも呼べる存在を手に懸ける痛みを、知っていて実行させようとする。
 それなのに。
 こんなに傷だらけになってさえ、望みを叶えてやりいと思う。
 そのためだけに、己の命まで賭けようとしている。

 ――まったく、人間ってやつは。

「悪魔以上に馬鹿なのかもな…!」


 51枚目、破壊。


「ああそうさ! 俺達は馬鹿で!」
 残るカードに向けトリガーを引き、白秋が叫ぶ。
「阿呆で、愚かで、みっともなくて情けなくて。あんたにだって劣らない、身勝手な生き物だよ!」

 だからいつまでだって夢見ている。
 永遠に果てぬ夢を。
 あんたらと見られる同じ夢を。

「食べても、食べても、まだ足りねえ……」

 貪欲で、諦めが悪くて、格好悪いほどに食い散らかす。


「それがお前の愛した、人間だ!」


 52枚目、破壊。


 彼らは他班のメンバーとうなずき合う。

 ――ここまで来たら、もうやるしかない。

 互いに最高潮にまで達した熱を、止められるわけがなく。
 真里はその翠玉のような瞳に、静かな意志を宿す。
「クラウンと交わした言葉は多くないけれど……」
 死んで欲しくないと思うには十分で。
 でもだからこそ、彼の希望を叶えてあげたいとも思うから。

「取る取られる覚悟を決めて、全力でぶつかるよ」


 53枚目、破壊。


「僕も微力ですが、お手伝いします…!」
 直がまっすぐに顔を上げ、クラウンを見据える。

 ただ愚直に。
 ただ純直に。

 新たな始まりに繋がると信じ、持てる全てをぶつけてみせる。

「いよいよ、クライマックスだねぇクラウン」
 刀を手にした歩が、限界を超えてその身を舞わせる。
 さあ、踊って見せよう。
 謳って魅せよう。

「ボクの誇りと、命を賭けて」

 そして。

「54枚目、ガードカード全て破壊!」

 戦斧を手にしたファーフナーが、瞬時に地を蹴り間合いを詰める。
 背後からの一撃は確かな手応えと共に、悪魔の動きを鈍らせ。

「行け」

「クラウンがひるんだ、今だ!」

 全員での一斉攻撃開始。
「ボクの分まで頼むよ、祈羅……届けぇ!」
 恋人に絆を使用した歩が、自身もその魂を削るように渾身の力を振り絞る。
 絆で結ばれた者達が技を繰り出せば、各々の矜持と祈りを込めた一打が撃ち込まれていく。
 強襲を受けたクラウンは、わずかに顔をゆがめつつもそれでもその口元から弧が消えてはおらず。

 あと少し。
 あと少し。

 互いに撃ち合う遊興の奏で。
 命が燃え上がるように鮮やかに濃く。


「――さあ、人の子達よ見せてください」


 甘い夢が咲いてゆく。

 魂が共鳴し合う恍惚のマスターピース。



「あなた方の輝きすべてを!」



 その刹那。



 眩きほどの閃光が――結界を覆い尽くした。








 ※※








 ああ











 君たちは本当に















 幸せそうだ










 ※※



 ルゥは目下に映る光景を、ただ見つめていた。
 彼の真っ黒な瞳には、地面に次々と赤い染みを作るクラウンの姿が映っていて。
 流れ落ちる雫が血溜まりへと変わるのを見て、傍らの少女に声をかける。
「瑠衣、辛ければ目を背けても構わないよ」
 しかし瑠衣はきっぱりを首を振ってみせる。
「最後まで…見届ける」
 本当は誰かが傷つくのを見るのは怖い。
 けれどそれ以上に、この場を与えられた意味を知りたいと思ったから。

「――見事です」

 クラウンは微笑った。
 息が荒い。
 細身の体躯は今にも糸が切れそうに淡く明滅している。
 溢れる血でうまく息さえ吸えておらず、それでもその表情は恍惚とさえ見え。


 満ち足りた微笑はそのままに――


 道化の悪魔は、意識を失った。


「ミスター!」

 倒れ込むクラウンを仲間が抱き留める。
 勝ったのだと認識すると同時、思わず数名がその場にへたりこむ。
「……終わったようだな」
 ファーフナーはそう呟くと、花水木の幹へわずかに寄りかかる。
「何とか……なりましたね…」
 周囲を見渡し、琴音は安堵の吐息を漏らす。重傷者は多いが、全員生きている。
「クラウンさんは…?」
 彼は仲間が注ぎ込んだアウルでわずかに意識を取り戻していた。
 ぎりぎりで命をつなぎとめている状況に、クラウンを抱き締めた少女の頬を涙が伝う。
 愛を伝えるその姿。
 生きてと願うその姿に、愁也はこみ上げるものを抑えきれない。
「なあ、ミスター」
 どうか君に届くといい。
「ここにいるみんな、形は違えどミスターが大好きなんだってさ」
 ミスターが思ってるより、もっともっと大好きで。
 美しくて楽しくて幸せなものを、もっともっと一緒に見たいって。


 すげえよね。

 幸せだよね。


「俺さ、あの時聞かれた質問の意味ずっと考えてた」
 
 ――二人にとって大切なものは何ですか。

 答えた親友の言葉を今でも覚えている。
「ミスターも、あの時同感だって言ったよね? だからさ――」

 今日も明日もこれから先も。
 共に渡る未来が輝くと、自分たちが信じるように。


「ミスターも信じようぜ」


「……なあおい、出てこいよ!」
 白秋はどこかで見ている相手に対し、懸命に呼びかける。

 見ているだけで本当にいいのか?
 このフィナーレにお前がいないなんて、あり得ねえだろう。

「いるんだろ、なあ! レックス!」

 返事はない。けれど感じる視線と吐息に、白秋はありったけの想いをぶつける。
「聞いてくれ、レックス。他者の命とは夢だ。永遠に尽きる事のない夢だ。俺はな、遠い未来でもいい。きっといつか、天魔と同じ夢を見られると信じている」

 だから答えて欲しい。
 示して欲しい。

「世界中にも聞こえるほどに、どうか大きな声で聞かせてくれ!」

 ずっと知りたかった、その『答え』。



「冥魔とヒトは、殺し合うだけの存在だと思うか?」



 わずかな沈黙の後。
 微かに風が吹いたように感じたその時――



 舞い上がる花びらと共に、結界が砕け散った。





●その手に




 ねえ、クラウン

 地球には花言葉っていうのがあるって知ってるかな

 花水木の花言葉は「私の想いを受けてください」なんだって

 俺はこの場にとても相応しいと思う

 もし……もし、たまたまなんだとしたら

 君が言った”偶然という運命”を俺も信じてしまってもいいかな


 ※※

 ランタンが空へと昇ってゆく。
 それぞれの祈りや願いをその穏やかな光に乗せて。
 
 それは甘い夢。

 終わりと始まりの輝き。


 一斉に広がってゆく天灯たちを見上げ、真里は静かに涙を流していた。

 クラウンがこぼした、一滴の涙と。
 溢れた想いが花開くかのように星空を彩って。
 それはとてもとても、美しくて。
 とてもとても、輝いていて。


 言葉が、出なかった。


 その時、突然虚空から巨大な影が落ちてくる。

「……レックス?」

 白秋がそう認識すると同時、猫悪魔は彼の頬にその大きな口でキスをする。
「うわっちょっ…俺そんな趣味はねえぞ!?」
 悪魔は何も言わない。
 けれどその瞳が何を告げているのかは、聞かなくても分かる。
「……全く、俺たちってほんとお互い馬鹿だよなあ…」
 レックスを撫でる白秋は、つい涙腺が緩んでしまう。
 他の仲間がレックスに歩み寄る中、真里も穏やかに微笑む。
「……よかった」
 君がここに来てくれて。
 託された結末は、彼の目にどう映っただろうか。
 ルビィもやれやれと肩をすくめつつ。
 大きく澄み切った瞳に、にやりと笑んでみせた。


「最後にアンタは勝ったんだな、レックス」


 その刹那。

 周囲の至るところから拍手が聞こえてくる。
 見渡す撃退士の耳に飛び込んでくるのは、観客たちによる称賛と喝采。

「レックスよかったのっふー! また遊べるのっふー!」
 うさぎ悪魔が嬉しそうにすれば、亜麻色髪のメイド悪魔がふわりと笑み。
「とても楽しい舞台でしたわ。皆さまには感謝いたします」
「……お前らほんと物好きだな」
 怠惰な悪魔が肩をすくめる中、旅人は拍手を送りながら何も言わず頷いてみせる。

 そして。

 撃退士達の瞳には、こちらへ拍手を送り続ける少女と悪魔の姿が映っていた。

『見事だった。最高の舞台をありがとう』

 低く穏やかな声音は、満ち足りた響きを感じる。直と琴音は瑠衣の元と駆け寄り。
「瑠衣さん、最後まで見届けてくれありがとうございました!」
「見るの……辛くなかったですか?」
 少女はかぶりを振ると、一つ一つ言葉を確かめるように伝える。
「最初はみんなが傷だらけになるのが怖かった……でも」

 戦ってでも互いの想いを貫こうとした。
 その魂の強さに、胸が震えたから。

「私も……強くなりたい」

 瑠衣は直と琴音の手を握り、涙を流す。

「強くなって、自分の足で歩き出したい」

 本当に望むものは、自分の手で掴み取らなければならない。
 そう教えてくれたのは、あなたたちだから。

「……私、ルゥさんに聞きたいことがあります」
 琴音はずっと気になっていた事を尋ねる。

「ここに来た本当の理由を、教えてくれませんか」

 ルゥはしばらく沈黙した後、苦笑を滲ませ。

『どうにも君たちには見抜かれてしまっているようだ』

 そう言って、琴音へと向き合う。

『もう気付かれているだろうが、私の命は残り少ない』
 
 その言葉にファーフナーは沈黙したまま頷く。自らの命を削るように瑠衣にこの場を与えていた。その事に最初から勘付いていたから。
「そんな……」
 瑠衣が愕然となる中、ルゥは淡々と告げる。

『生を終える前に、人と悪魔の生き様を瑠衣に見せておきたかったのだ』

 それぞれが選んだものを識り、そこから先は自分で選べるようにと。

『君たちなら、それを見せてくれると信じていたよ』

「ルゥさん……」
 琴音はわずかにうつむくと、動揺する瑠衣の身体をそっと抱き締める。
 彼女の体温がじんわりと伝わってくる。

 儚い命。
 けれど、温かくて強い命。

 琴音は誓う。

「必ず、あなたの望みは叶えます」



 信じてくれて、ありがとう。



 

●終幕


 終幕は観客と共に描く奇跡

 それは歓び

 それは悦び

 唄おう、謳おう、歓喜の歌を


 ※※


 花が舞い、光が踊る。

 恍惚と妖艶に満ちた悪魔の宴が幕を閉じる。
 

「あ! 俺ミスターに言い忘れてた事があった」
 愁也は慌てて道化姿に戻ったクラウンへと告げる。
「この間、雪崩から俺たちを救ってくれたお礼、まだ伝えてなかったよね」
 徳島の剣山で起きた天使戦。
 まさかの共闘を楽しみつつ、最後は雪崩から護ってもらったのは記憶に新しい。
 クラウンはくすりとその瞳を妖艶に細めてみせ。
「あのようなもので死なれては困りますのでね」
 この日を迎えるために当然だと言わんばかりに。

 そして大きく袖を振った瞬間、舞い降る花びらの一部が次々にトランプへと変わっていく。
 各々の元に落ちてきたカードには、蒼銀の猫と道化師の絵が描かれていて。
「これ…もしかして一人一人スートが違うのではないでしょうか」
 琴音の言葉を聞いたルビィが苦笑する。
「全く…あんたはどこまでも好事家だな」

「じゃあさじゃあさ、みんなでスート教え合おうぜ−! 俺、クラブのジャック!」
 嬉しそうにトランプを掲げる愁也に、ルビィも続く。
「ダイヤの3ってな」
 歩は恋人とカードを確認し合い。
「……ハートのキング、だねぇ」
 真里は楽しそうにカードを眺める。
「ダイヤの6だ」
 直と琴音は瑠衣に向けてカードをかざし。
「僕はクラブのキングです!」
「ハートの3ですよ」
 ファーフナーはただ無言でカードを見やる。
(……スペードの6)
 カードをじっと見つめていた白秋は、突然うんうんと頷き出し。
「やっぱ…可愛い子に愛を語るべく、俺はこれじゃねえとな」
 読み上げるのは、燦然と輝く愛と情熱(?)のカード。


「ハートのナイト(ジャック)!」


 レックスが鼻息をむふーっと吐き出した。


 ※


「さて、あなた方とは一旦ここで別れます」

 切り出された言葉に撃退士は沈黙する。
 どういう意味だと問いかける視線に、クラウンは優美に瞳を細め。
「色々とやりたい事も見つかりましたのでね」
 レックスと旅にでも出ますと微笑う。
「……もう会えないの?」
 その言葉に、かぶりを振り。
「いいえ。あなた方も、私も。それぞれが望む先を求め、夢を咲かせたその時に」

 それは何年も先の事かもしれない。
 どちらかの命尽きるときなのかもしれない。


 けれどいつか、必ず。


「再び、会いましょう」


「ミスター……」
「それまで、そのカードは預けておきます」
 言わばそれは、いつかの為のチケットであり。
 ファーフナーが離れた所でやりとりを見守る中、彼らは終わりの挨拶を告げていく。
「……じゃ、また次の舞台で待ってるぜ」
 ルビィがいつも通りにやりと笑んでみせると、歩も肩をすくめつつ。
「次に会う時まで、ボクは道化を演じ続けるよぉ」
 直はどきどきしながら悪魔達にぺこりと頭を下げる。
「僕、次にお会いする時には、もっと強くなっていようと思います」
 心も。魂も。
「皆さんに負けないくらいに」
 琴音は瑠衣へと寄り添いながら、その決意を瞳に宿す。
「私も、もっともっと多くのものを護れるように」
 愁也は涙で顔をぐしゃぐしゃにする友に思わずつられながら。
「ミスター俺ね。人の本質は『愛』だって、今でもそう思ってる」
 それは美しいばかりじゃないけれど。
「だからこれからも、よろしくな」
 主演者たち歩み寄った白秋は、終幕への感謝を万感込めて伝える。

「最高の舞台だった。ありがとう」

 そして真里はゆっくりと頷き、ただ一言だけ贈る。


「またね、クラウン」


 それは再会の願いを込めた、始まりの言葉でもあるから。



●咲偶のマスターピース


 後日。
 ルゥの裁判は判決を迎え、執行猶予及び保護観察付きの処分となった。
 過剰防衛が認められたことと、本人が抵抗することなく投降したこと。
 そして撃退士達の嘆願が功を奏したのだろう。
 残りわずかな日々を瑠衣と過ごせる事に、本人は深く感謝していたと言う。

 すっかり新緑の季節を迎えた上り坂を、瑠衣とルゥは二人で歩いていた。
 最近の瑠衣は直や琴音たちと出掛けることも多く、表情が日に日に明るくなっている。

「――ねぇ、ルゥ」

 瑠衣は頬に触れる風を感じながら問いかける。

「誰かに何かを望むのは、わがままなのかな」

 大好きだから、ありのままに。
 大好きだから、生きていて欲しい。

 そのどちらもが、等しく大事なことに思えた。
 ルゥはゆっくりと瞬きをし。

『誰かにこうあって欲しいと願うのは自由なのだよ』

 想いそのものはわがままでいい。本音を曲げる必要などない。

『けれどその想いを相手に受け入れて欲しいのなら、時には闘わなければならないね』

 相手の想いが強ければ強いほど、選んだ結果を背負う覚悟も必要になってくる。

『想いを貫くとは、そういうことだ』

 だから受け入れるの、一つの選択。正解などない。
 瑠衣は考え込むように少しうつむいて。
「クラウンとレックスは……?」

『受け入れたし、闘った。それに対して撃退士も応えてみせたのだよ』

 ある者は闘い。
 ある者は受け入れようとした。


 そのどれもが、あるがままに美しいのだと。


『故に私も、ありのままを話さないといけないね』

 赤ん坊だった瑠衣を、たまたま通りがかって助けたこと。
 その後が気になり、たびたび様子を見に来ていたこと。
 襲われた彼女を助けようとして、誤って失明させてしまったこと。
 故郷を捨て、傍にいることを選んだこと。
 そして、瑠衣を護るために人を殺めてしまったことも。

「……わかってるよ、ルゥ」

 瑠衣はくすりと笑うと、ルゥの身体を抱き締める。
「ルゥはその全部を受け止め、背負ってきたんだよね」
 その瞳には涙が浮かんでいて。
「ずっと、ずっと、そうやって生きてきたんだよね」


 その命、いっぱいに。


「今度は私が、自分の命いっぱい生きるよ」


 貴方からもらった想いに、恥じぬように。



 聞いたルゥは空を仰ぐ。
 万感の思いが蒼穹へと吸い込まれていき。




 ――ああ、瑠衣。


 私はお前が歩む未来を、共に見届けることはできないだろう。


 けれど後悔はない。


 お前と彼らが歩む道は、きっと光に満ちている。

 辛く折れそうになったときでも、きっと彼らは導いてくれる。











 そしていつか――







 果てぬ夢を共に見て、輝く未来を咲かせるのだと。










 信じているから。











 完


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: 撃退士・雨宮 歩(ja3810)
   <クラウンと命懸けで戦ったため>という理由により『重体』となる
面白かった!:19人

戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
雨宮 歩(ja3810)

卒業 男 鬼道忍軍
真ごころを君に・
桜木 真里(ja5827)

卒業 男 ダアト
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
導きの光・
六道 琴音(jb3515)

卒業 女 アストラルヴァンガード
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
伸ばした掌は架け橋に・
穂積 直(jb8422)

中等部2年10組 男 アストラルヴァンガード