もう少しだけ
あと少しだけ
●追加調査
瑠衣が伝えようとした言葉。
その真意を探るべく、メンバーは追加調査を行うこととなった。
依然不可解な点を少しでも明確にしておきたいという意見が、あったからである。
雨宮 歩(
ja3810)歩と穂積 直(
jb8422)は瑠衣にまつわる過去の事件について、調査を始めた。
「今回の件と何か関係があるかもしれないからねぇ」
当時の資料を集めるだけ集め、精査する。調べていくとわかったのは、瑠衣の両親を襲った天魔は既に死亡していると言う事実。
当時現場に駆けつけた撃退士が、一般人の遺体と共に息絶えたディアボロを発見したと記録に残っている。
(ただしそのディアボロを討伐した者は不明…ねぇ)
血だまりの中、現場で唯一生き残っていたのがまだ赤ん坊だった瑠衣。歩は次に書かれた一文に目を留める。
”最初に現地へ到着した撃退士は、現場から去る大きな犬を目撃している。”
「……あれ?」
ここで失明事件の記録を辿っていた直の手も止まる。
「雨宮さん、これ…!」
指した記述は、瑠衣を発見した主婦の証言。
「”書生風の男”に子供が倒れていると言われて駆けつけたって書いてます!」
「どうやら、当たりみたいだねぇ」
後はこれらの証言者たちを見つけて、裏を取ればいい。
その頃、桜木 真里(
ja5827)と赤坂白秋(
ja7030)は、今回の事件の第一発見者について聞き込みを行っていた。
警察署で描いてもらった似顔絵を元に目撃者を探したが、なかなか見つからない。
「…ってことは日常的にこの辺をうろついてるってわけじゃなさそうだな」
「俺の方も駄目でした。誰も見たことがないのに、あの日に限って公園にいたのは――」
「偶然にしちゃ、できすぎてるな」
そこで歩達から連絡が入る。話を聞いた二人は似顔絵を写真に撮り、メールで送信。
その後真里は念のため引き続き目撃者の捜索を続け、白秋はペットショップへと向かう。
付近のいくつかを回ると、瑠衣の行きつけを難なく発見する事ができた。そこで聞いた、一つの事実。
「……餌を買った事がない、か」
試しに瑠衣の養父に確認してみたところ、瑠衣と同じ食事を食べているようだという返事。
携帯を手にした白秋は、ひとり呟く。
「やっぱ、あいつの正体は……」
※※
夜。
公園を巡回していた六道 琴音(
jb3515)は、見知った顔に出会っていた。
「ここへ来れば、あの二人に会えるかと思ってな」
ファーフナー(
jb7826)の言葉に、琴音は「私もです」と頷く。
全ての可能性と推察を確かめるには本人に聞くのが一番早い。
夜の公園ならば人目に触れずに瑠衣達と接触できると考えての行動だった。
「ここでなら、何か得られるかと思って…」
ひょっとして、全く別の犯人と出会うのではないか。そんな願望に近い想いもあったのかもしれない。
けれど。
「昼間、瑠衣さんと犬が何か話してる所を見たと言う人に会いました」
「……そうか」
暗がりだったゆえ確信はないと言っていた。しかし二人にはそれが本当なのだという確信がある。何より、歩の調査でも似たような結果が報告されていたから。
琴音は静まりかえった園内で、微かに吐息を漏らし。
「……あの時。彼女は一人ぼっちになる事を怖がっているように見えました」
”ルゥ”が殺されるかもしれないと、しきりに怯えていた故に。
「多分…ルゥとはあの犬の事でしょうね」
ああ、とファーフナーもうなずき。
「状況から見て、ルゥはただの犬ではあるまい」
「あの二人に会ったら、何を話すつもりですか?」
「全てを話してもらうよう、説得するだけだ」
話してもらわなければ、この事件は解決しない。故に自分は声をかけ続けるだけだと。
「――考える事は皆同じですね」
二人の視線の先、現れたのは直と残りのメンバーだった。
「裏付け取れました。瑠衣さんにまつわる過去の事件に、あの犬と書生風の男性が関わっているのは間違いなさそうです」
真里が目を伏せ。
「これからどうするのが、一番いいのかな…」
どうすれば、悲しい思いを少しでも減らせるのか。歩が手にした花水木の枝を弄びながら。
「……依頼を達成する事が撃退士の役目でありやるべき事、だけどねぇ」
宵空を見上げぽつりと呟く。
「ボクたちがやるべき事は、なんなんだろうねぇ」
「……分からねえが、これだけははっきり言える」
白秋が耳を澄ませながら、その時を待つ。
「それは、聞き届けなければならない事だ」
月にかかった霞が消えゆくように。
全ての情報は既に揃い、後は待つだけとなっている。
そして。
満月の蒼白い光が、園内を淡く照らす中――
わずかな足音を響かせ、”二人”は現れた。
●
撃退士たちの姿に気付いた犬が、先に歩みを止める。
「こんばんは、と」
歩が二人を警戒させないよう、軽い調子で語りかける。
「雨と花が好きな気分屋探偵、雨宮 歩だぁ。よろしくぅ」
お近づきにプレゼントだよ、と持ってきた花水木を差し出す。恐る恐る受け取った瑠衣は、しばらく困惑していたものの。感触を確かめると少し恥ずかしそうに礼を言う。
「今日もワンちゃんと一緒なんですね」
琴音の声に、先日会った撃退士だと気付いたらしかった。琴音は差し障りのない会話の後、質問を投げかけてみる。
「ワンちゃんの名前、よかったら教えてもらえませんか?」
「……ルゥ…」
瑠衣の警戒心はだいぶ和らいでいるようだ。しかし、と彼女は眉を曇らせる。
(今から話す事は…きっと、瑠衣さんにとっていい話ではない)
せっかく開きかけた心を、閉ざしてしまうかもしれない。
それでも自分たちはやらなくてはならないから。琴音は決心するとその言葉を切り出す。
「私たち、ルゥさんに用があってきました」
瑠衣の顔が明らかに強ばる。犬の方は沈黙を保ったまま反応がない。
「君は彼のことをどのくらい知ってるの?」
真里の問いかけに、彼女は震えだしたまま答えない。その姿に一瞬躊躇しかけるが、ぐっと耐え。
「ルゥは人間じゃない……よね?」
そう告げた声は震えていなかっただろうか。
瑠衣は相変わらず答えなかった。必死に首を振ってみせるが、その狼狽ぶりが肯定を表しているようなもの。
やがて沈黙が公園の闇にとけこんだとき。
瑠衣の近くから、その「声」は答えた。
『いいのだよ、瑠衣。もうこれ以上隠す意味はないのだから』
初めて聞く、男の声音。
目前に立つ黒犬から発せられている事に、息を呑む。
犬はわずかに嘆息しように見えたあと、その真っ黒な瞳をこちらへ向けた。
『面倒をかけたね。君たちの見込み通り、私は悪魔だ』
瑠衣に配慮した琴音が、ここで彼女の手を取る。
「少しの間、私と一緒にいましょうか」
瑠衣はわずかに躊躇したが、黙って従う。琴音は近くのベンチまで連れていくと、彼女を座らせ背中をさすってやる。
大丈夫だと、言い聞かせるように。
それを見届けた直がルゥに向かって問いかける。
「公園で男の人を殺したのは…あなたですね」
『今さら否定はすまいよ』
躊躇のない肯定。
『あの男は私の正体に気付いていてね。周囲にばらされたくなければ、と私たちを脅していたのだ』
要求の内容を彼は言わなかったが、ろくでもない事だったのだろう。のむつもりなどないと言ったルゥを、男は殴り始めたらしい。
『私は瑠衣さえ無事なら何をされても平気だったのだが』
抵抗しないルゥに腹を立てたのか、男は瑠衣に刃を向けた。そこから先は一瞬の事だったという。
『咄嗟に割り込んだとき――手加減が出来なかった』
そしてどこかで、この男は生かしておけないという思いもあったのかもしれない。
聞いていた真里はわずかに視線を落とし。
「俺は第一発見者だった書生風の男も、あなただったと思っています」
自分は変身能力がある悪魔に会った事があるだけに。直もうなずきながら。
「僕もそう思って、こっそり実家の父に聞いてみたんです。犬と人間、二つの姿になれる悪魔さんっているのかなって」
久しぶりに聞いた父親の声は、なぜか無性に懐かしかった。得られた返答は――
次の瞬間、ルゥの体躯を黒煙が覆う。
現れたのは書生風の男。見た目も身につけるものも、警察資料にあった証言と一致する。
『こちらが仮の姿だがね』
どこか寂しそうに笑うルゥを見て、真里は問う。
「…俺は疑問に思ってるんです。そのまま瑠衣さんと家に帰らずに警察に届けたのはなぜですか」
普通に考えればそのまま逃げた方が都合がよかっただろうに。
『私は人を殺めた事について、いずれ裁かれるつもりではいたのだよ』
ただ、とルゥは視線を馳せ。
『時間が、欲しかった』
その葛藤が、瑠衣を警察に届けながら自分が犯人だと言い出せなかった。
酷い話だ、と自虐的に笑う。
「――お前は何を望む?」
切り出された言葉に、ルゥは視線を移す。
『…ああ。君は先ほども申し出てくれていたね』
ファーフナーだった。
瑠衣と歩たちが話す間、彼は密かに霞声でルゥだけに話しかけていた。
困った事があるのなら、手を貸す準備があること。瑠衣が傷つかないよう便宜を図る事を伝えていた。
『君たちに瑠衣への害意がないと知り、安堵したものだ。礼を言うよ』
そして一旦沈黙した後。
静かな声音が、彼らの耳底を打つ。
『私は旧友との約束を果たしにある場所へ出向きたいのだ。そしてそこに、瑠衣を連れていってやりたい。それさえ叶えば――』
漏れる迷いのない笑み。
『喜んで君たちに討たれよう』
撃退士達は顔を見合わせた。
本来人間を殺した天魔であれば、討伐は当然ではある。
けれど、それは自分たちが本当に望む結末なのだろうか。
迷いと呼ぶべき色が、彼らの表情にはっきりと浮かんでいて。
「……人の命は、夢だ」
最初に口を開いたのは、白秋だった。
「そいつと自分が生きる限り、何処までも続く、夢」
目指すべき結末はまだ見えない。けれど、これだけは伝えておきたくて。
「お節介かも知れねえ。有難迷惑かも知れねえ。だが俺はその夢、終わらせたくないと思う」
『……君』
驚いた様子のルゥに、白秋ははっきりと告げる。
「俺達にはそれが出来るって、信じてるぜ」
戻って来た瑠衣に、直が問う。
「瑠衣さん。ずっと寄り添ってくれた方がかつて貴方を傷つけた方でも…一緒に居たいと思いますか?」
迷いのない、うなずきだった。
「なら僕は、協力します。ちょっとだけ我慢してもらうことになるかもですが」
人間と悪魔は一緒に暮らせるはずだ。なにより自分がその結果なのだからと、直は伝える。
「僕と同じ幸せを少しでも多くの人や天魔が受け取れたらと思っています」
ファーフナーは、ルゥへと向き直り懸案を述べる。
「だが今のお前達は二人きりで輪が閉じてしまっている。瑠衣はお前に依存して率先して外へ働きかけず、人との接点が断たれている。それは事実ではあるまいか?」
『……まったく反論する余地もないことだ』
その返事に、微かに頷き。
「人との関わりなくしては、人としての成長も期待できず成人後に社会的に苦労する。今のままでは人間社会での居場所が無くなるだろう」
その対策は講ぜねばなるまい? と告げるファーフナー。
ハーフである二人の言葉は、それぞれに重さを持ち。
「……つまり、あれだ」
聞いていた白秋が切り出す。
「各々考えがある中で、俺たちが一致しているのは、瑠衣ちゃんの将来を考える事だ。そこに異論はねえな?」
誰もが、最善を考えているのなら。
「とりあえず俺たちが具体的にどうしたいのかを、伝えるべきじゃねえかな」
じゃあ、と歩が切り出す。
「過去に起きた事は変わらない。けど、これから起きる事は変える事ができるかもしれない」
ルゥに向かって、自身の考えを告げる。
「お前に投降の意志があるなら、ボクはお前の望みを叶えたいと思っているんだぁ」
歩はその為に、学園に掛け合う予定だと言う。
「あ、俺も雨宮さんと同じでした」
真里が力強くうなずく。ルゥの希望が受け入れられないものでない限り、自分も学園に寛容な措置を願い出るつもりだった。
「僕もルゥさんが自首してくれるなら、減刑を働きかけるつもりでした」
直の言葉聞いた歩が愉快そうに。
「考える事は似たり寄ったりだったって事かねぇ」
成り行き任せじゃない。彼らは一番いい結末を、自分の手で掴み取ろうとしていたからに他ならなず。
「人の意志が全てを変える、という言葉を聞いたことがあってねぇ。それが本当なのか、ボクは知りたいんだよぉ」
それを聞いた琴音も納得したように。
「私も、まずは雨宮さんたちの結果を待ちたいと思います」
白秋とファーフナーも互いに目でうなずき合う。
六人が出した結論。
それでいいですかと問う琴音に、ルゥは静かに頭を下げ。
『厚情痛み入るよ。元より私は君たちの決議に従うつもりだ』
彼は思う。
自分たちに心をくだいてくれただけで、本当はもう十分だった。
彼らなら、きっと瑠衣に広い世界を見せてくれるだろう。だから――
『瑠衣、私は彼らと一緒にいくよ』
それを聞いた瑠衣は、ひどく動揺する。
「待って…ひとりにしないで、ルゥ…!」
しかしルゥは応えない。
「殺さないで…ルゥを…殺さないで…!」
すがろうとする瑠衣を琴音が抱き留める。
「大丈夫ですよ、私たちを信じてください…!」
瑠衣は琴音にすがって泣きじゃくる。そんな彼女を琴音もただ抱き締め続け。
それを見たルゥは、静かに告げた。
『瑠衣の事、どうか』
その声はわずかに掠れていた。
●
結局、瑠衣は琴音が一時的に預かることにした。
今は養父のもとにいるよりいいだろうとの判断である。
別れ際、直が瑠衣の手を取って告げる。
「瑠衣さん。僕たちお友達になれませんか?」
「とも…だち…?」
ハーフである自分を怖くないと言ってくれた。だから。
「今度一緒に遊びにいきましょう。綺麗なからくり時計とかある場所、僕知っているんです」
「いいですね。私も一緒に行きたいです」
直と琴音の言葉に、瑠衣は恥ずかしそうにけれど嬉しそうに頷く。
それを見たファーフナーは、ただ静かに視線をそらした。
帰り道。
学園と連絡を取っていた歩と真里が報告する。
「旅人さんに伝えたら、太珀先生に報告して動いてみてくれるって言ってました」
聞いた白秋が吐息を漏らし。
「後は結果次第…ってやつだな」
先の事はわからない。けれど最善の結果をその手で掴み取りたいから。
「まぁ何はともあれ、選択肢が増えそうなのはよかったかなぁ」
歩の言葉が、月夜の薄明かりに溶け込んでゆく。
彼らはまだ、知らない。
この先に待ち受ける収束に、自分たちも巻き込まれていることを。
既に運命は廻り始めていると言うことを。
満月の宵は花の香りを乗せ、穏やかにふけてゆく。
全ての終幕は、この先に。