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マスター:ガンマ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2016/05/24


みんなの思い出



オープニング

●幕は閉じ

【ギ曲】とナンバリングされた一連の事件。

 それは新春、『恒久の聖女』の残党を率いて、滋賀県のかつての彼らの拠点を奪還せんと仕掛けてきた京臣ゐのりとの戦い――そして撃退士の勝利によって幕を下ろした。
 京臣ゐのりは死に。彼女を唆した外奪も同じ運命を辿り。残党もゐのりと運命を共にした。
 そしてその戦いにおける『約束』通り、ゐのりに力を与えた大悪魔、サマエルは地球上からその勢力の全てを撤退させた。
 サマエルが所有していたゲートは跡形もなく消え、かつてかの悪魔が所有していた土地は、ただただ不毛の荒野が広がっている。そこにはディアボロ一匹の姿もない。
 今は何もない『跡地』だけれど……時間と共に、そこはかつての姿を取り戻すだろう。緑が、生き物が、人が、町が。蘇るだろう。

 終わった、のだ。
 終わった――されど――それは消滅ではない。

 記憶はある。傷跡もある。
 たくさんあった。色んなことがあった。
 人が死んだ。あるいは生き残った。
 憎みあった。分かり合うこともできた。

 戯曲は終わり。幕も閉じ。役者と客は退場し。舞台も席もガランドウだけれども。
 全ての終わりなどではない。
 演目は終われど。
 舞台から降りた先。客席から立ち上がった先。

 まだまだ、生きる時は『続いて』いるのだから。


リプレイ本文

●共に歩み寄るために

 久遠ヶ原学園、日中。
 
 以上となります、と学園の職員が【ギ曲】事件について一通りの説明を終えた。
 一礼をした職員が顔を上げれば、そこにはズラリと着席した一般人達。
 下がる職員は、控えていた学園生達に目配せをした。「よろしくお願いします」との小声に、最初に頷き立ち上がったのは鳳 静矢(ja3856)だった。

「事の顛末については……先ほど説明させて頂いた通りです」

 静矢の声はどこまでも冷静だった。
 そして「先ほどの説明」に加え、彼が撃退士として実際に出撃し、見聞きした事実をかいつまんで説明する。彼が述べるのは、全て事実に基づいたことだ。
「ほとんどの場合、事件を起こした者の大半は覚醒前から差別や虐めなどを受けていたり……覚醒したことで激しい好奇や嫌悪の目を向けられ、追い詰められたケースも少なからずあります」
 反論はない。聴衆は一先ず様子見している、という雰囲気か。だがその眼差しは好意的なそれでは決してない。
 構わない――寧ろ静かに冷静に聴いてくれている分には静矢の思惑通りである。
「非覚醒者でも人を殺す者も居ればテロを起こす者も居ます。結局、覚醒の有無に関わらず、人間関係が重要なのではないでしょうか」
 彼は口調を変えずに言葉を続けた。
「私もですが、覚醒者は皆、好んでアウルに目覚めた訳ではありません。例えば皆さんも、明日突然に覚醒しているかもしれない……。
 その時に今、覚醒者に向けている感情が自分に向けられたらどうでしょうか?」
 静矢の問いに、会場がざわついた。人々が互いに互いを見合う。
 ざわつきはしばし続き――かくして、ひとつの問いが撃退士へと投げかけられる。

「突発的にアウル覚醒者が生まれ、そのことで問題が起きるのであれば、やはりアウル覚醒者は厳重に管理すべきなのでは?」

 その言葉に……Rehni Nam(ja5283)は目を細めた。彼女が見つめる先で、「そうだそうだ」「その通りだ」と現れた意見に一斉に賛同する様子が繰り広げられている。

「――知らないから怖れる」

 静矢と交代で人々の前に立ちつつ、レフニーは凛と言い放った。
「そして戦いに用いられるからと、無為に武器を怖れるように怖れる」
 先ほどの静矢の問いかけに聴衆がざわついたのも、ひとえに「覚醒したらどうなるか」「覚醒者とは」そんな諸々を知らないからこそだ。レフニーは少なくともそう判断した。
 ゆえに。
「なら教えてあげるのです。この力は、そんなに怖い物ではない、と」
 そう言って、レフニーがヒヒイロカネより取り出したのは『天槍』メタトロニオスだった。2mをゆうに超える大槍の登場に会場の一同がギョッとたじろぐ。
 更にレフニーが取り出したのは――魚。レフニーは槍にアウルを込めた。すると燦然たる金色のアウル刃が巨大な包丁の形状になったではないか。
「せやっ!」
 包丁一閃。眩い煌きの刃が過ぎ去った後、そこにはなんとお刺身に調理された魚の姿が。
「どうぞ召し上がって下さい」
 レフニーは微笑む。その笑みは人々の心から不安を拭う不思議な力を秘めていて――その種明かし、マインドケアというアウルの術を皆に伝える。
「マインドケアはカウンセリングで用いれば効果が望めるのではないでしょうか」
 彼女が示すのは、アウルは戦うためだけのものではないということ。
「反発に対し返るのは、やはり反発が多く……それが集約されて一つの流れになったのが、今回の【ギ曲】、でした。彼らが生まれた一因は、あなた方にあることを自覚して欲しいのです」
 毒気を抜かれた人々を、レフニーは見渡す。
「……親兄弟、妻・夫・子供がアウルに目覚めたら? そんな無意味なことは聞きません。既にあったことですから。ですが……あなた方は決して目覚めないと言えますか?」

 それは現実だ。事件の裏にあった、真実だ。

「確かに。アウルの力は容易に人を殺められる力だ……」
 次いで立ち上がったのは小田切ルビィ(ja0841)だった。
「本来なら恐れ、糾弾されても仕方のないもの。それが公に認められているのは、天魔に対抗する切り札として必要とされているからだ。そして、ルールやモラルを守って信頼を勝ち取って来た、先人の能力者のお蔭でもある」
 会場はシンと静まり返っていた。全ての視線が、ルビィに集まっている。それらの目は先ほどのような非好意的なものではなかった。目を見開き、誰もが傾聴している。
 深呼吸を一つ分。ルビィは言葉を続ける。
「――だが、そのルールやモラルが儚いものであることを、一連の事件によって再認識した人々は少なくないだろう……」
 思い返すのは数々の事件。悲しい事件。やりきれない思い。この手に握った剣で貫いた少女だったもの。元を辿れば、皆、幸せになろうとしていただけだったのに。
「どうか、……どうか、」
 ルビィは、一同へと頭を下げる。
「恐れないでくれ、憎まないでくれ……とは言えねえ。厳重に管理されるべきとの意見が多いなら、それに従う。……だが、」
 唇を引き結んだ顔を上げ、ルビィは皆を真っ直ぐに見つめ返す。

「俺は……俺達はこれからも盾となり剣となって天魔と戦い続ける。
 皆を、皆が生きるこの世界を護る為に与えられた力が、アウルだと信じているから」

 反論は無かった。
 静けさがそこにある。けれどその静寂は決して刺々しいものではなくて。
 最中――不意に見学者側の席より発言があった。

「烈鉄は、寂しいからサマエルのところで戦ってるって言ってたよ。人間はみんな寂しいんだって言ってた」

 Robin redbreast(jb2203)の声。少女は小鳥のように首をかしげ、真ん丸な目で見学者を、そして説明者をじっと見ている。
 彼女は今回、説明者ではなくそれを聞く立場としてこの会見に参加していたのである。
「あたしは、寂しい……は、よく分からないけど。依頼主が喜んでくれたら嬉しい。お仕事ができないと、こわい……かな」
 彼女はそのように『調律』された。人形のように。自らの意思を持たないように。
「みんながアウル覚醒者のことをこわい……のは、悲しいのかもしれない」
 己の掌に視線を落とす。一見して白く美しいが、よく見れば武器ダコができたそれを。
「どうしたら、こわくなくなるのかな。ごめんなさいって謝ればいい? なんでも言うことを聞きますと言えばいい? それとも、お仕置きされればいい? 檻に閉じ込められれば安心する?」
 顔を上げるロビンの問いに、首を縦に振るものはいなかった。「こうしてくれたらこわくなくなる」という言葉もなかった。
『孤独ちゃう人間が、この世におるんやろか? 人間、誰しもなんかしら寂しいんとちゃいますのん』
 ロビンは烈鉄の言葉を思い出していた。

「何をしても、どうしても、こわがられる……これが、寂しいってことなのかな?」

 顔を上げた少女の無垢な言葉に。心そのままの言葉に。
 否定の言葉はない。
 誰もが、考え省みているような様子だった。
 それは皆の言葉が、ちゃんと彼らに届いている証で。

「アウル覚醒者を管理するのにどこが最適でしょうか? 天魔に付け込まれる隙を与えず、天魔を闘う仲間となってくれる場所……この学園です」

 最後に説明係として現れたのは斉凛(ja6571)だった。
 彼女は改めて今回の事件について語る。『恒久の聖女』。その背後にいた悪魔。悪魔が彼らを唆し、行き場のないアウル覚醒者が従ってしまったのだと。
「さて……」
 説明を終えた凛が半天使の翼を顕現させた。見よと言わんばかりに広げられる、天使の血の証。
「わたくしの父は天使。つまりわたくしは天使と人間のハーフです。この学園では珍しくもありません――」
 凛が見やれば、頷いたルビィもまたその翼を顕現させた。彼の翼は、凛とは逆に半悪魔のものである。
「アウルの力を持ち天魔と闘う、これが学園生の共通の目的です」
 けれど、と凜は一同へ視線を戻し、説明を続けた。
「学園で教わるのは戦闘訓練だけではありません。人を守ること、仲間を助けること。情操教育もあるのです」
 もちろん文化祭や修学旅行といった普通の学校と変わらないイベントもある。
 真っ直ぐ、聴衆の目を見つめ返す凛の胸には誇りがあった。久遠ヶ原学園の一員としての誇りが。
 だからこそ、伝えるのだ。学園生の絆を。学園の素晴らしさを。
 凜は大きく息を吸い込み……歌を謡う。最後の戦いでも学園生が歌い、絆を繋いだあの歌を。久遠ヶ原学園の校歌を。


 光冠を戴く 三稜の地
 健やかに伸びゆく 蘭桂の子
 志は大空に
 友情は掌に
 共に分かち合おう
 ああ 久遠 久遠ヶ原学園

 夕映えが顕す 故郷の美
 いなさが目に染みる 風雲の子
 青春はこの胸に
 情熱は夢に換え
 共に笑い合おう
 ああ 久遠 久遠ヶ原学園

 海神が見守る 久遠の地
 煌星を背に負う 愛国の子
 自らの信念を
 未来へと繋げて
 共に歩みゆこう
 ああ 久遠 久遠ヶ原学園

 ああ 久遠 久遠ヶ原学園


 気付けば凛だけでなく。そう、全くあの戦いの時と同じように。
 そこにいる学園生――静矢が、レフニーが、ルビィが、ロビンが、声を揃えて歌っていた。

 アウルの力を悪用した者がいたのは事実だ。
 学園生の言葉を、そして歌声を聴いた者は……一人残らずこう思った。

 一体どうして、反論などできようか。
 彼らを悪と謗れようか。
 異質なバケモノだと迫害ができようか。

 彼らは、学園生は、人間だ。
 どうやっても、どうしても、人間なのだ。
 アウル覚醒の有無で隔絶しきれない、自分達と同じ、人間なのだと。


 ――このたった一度の会見で、世界全てのアウル覚醒者への偏見が無くなるわけではない。
 けれどその日の出来事は、相互理解に向けての大きな一歩になったことは、紛れもない事実であった。



●共に歩んでいくために

「きゃはァ、頑張って鍛えましょうねェ、強くなりましょうねェ♪」

 久遠ヶ原学園、運動場。
 整列した新入生を前に、黒百合(ja0422)は妖艶に微笑んだ。その隣には翡翠 龍斗(ja7594)とジョン・ドゥ(jb9083)が、同様に講師役として並んでいた。
「とりあえず2チームに分かれて前衛後衛決めたら模擬戦開始ィ」
 ニッコリと黒百合が言い放ち――というわけで。

 基本的な集団戦闘訓練。にわかに運動場は賑やかさに満ち始めた。
 黒百合は各新入生を指導しつつ、豊富な武器の知識と使用経験を活かして武器操作指南も行っている。
 武器指導だけではない。
「こっちが弾丸蟲でこっちが剪断蟲……スキル改造っていってねェ?」
 体内に潜む極小の蟲達をアウルで活性化させ、奇襲攻撃のいろはやスキルの改造についても指導を。

 龍斗は前衛面子を主に受け持っていた。黒百合とは対照的に武器は持たず、実戦形式で体術の基本を新入生の体に叩き込む。夫婦手・山突きなど、本格的な技を教え込んでいた。
「踏み込みが甘い。大丈夫だ、全力でかかってこい」
 一度に複数の新入生に囲まれても、彼はそれらを全て的確に捌いてゆく。

 一方でジョンは後衛面子、特に弓を使う者にその扱いを教えていた。とはいえ格闘、二刀、長物と色々持ってきたので、新入生のニーズに合わせる心算である。
「弓にとって大事なのは――」
 新入生に混じって矢を番え、引き絞りつつ、ジョンは言う。
「正射必中、落着きと基本の大切さ、かな」
 放たれた矢は的のド真ん中。おぉ〜、と感声が上がった。
 もう一射。再度ジョンは矢を番えつつ――徐に口を開いた。
「した事は消えねぇし、取返しが付かない事もある。けどやり直す事は、出来る。大事なのはこれから自分はどうしたいか……その為にどうするか、だな」
 だからこそ己は新入生達に普通に接するのだと、彼は続けた。
「そりゃ、今は教団から抜けてここに来てくれたんだし。ンなこと言ったら俺は悪魔だし、ねえ? それに教団嫌いより天魔嫌いのが多いと思うぞ? 実際」
 小気味いい音と共に矢が的を射抜く。ジョンの過去は血腥い。そういった点ではある種の『先輩』だ。尤も、当のジョン本人は欠片も気にしていないのだが。

「……生き物っていうのは、必ず過ちを犯すものよォ。人生において苦痛とは絶対不可避」
 同様に。黒百合も、後ろ暗い過去を持つがゆえに刃を鈍らせる者達へ語りかけていた。
「だからといって諦めるのは、それこそ愚の骨頂ねェ。諦めない覚悟……それを持つ者だけが、撃退士である資格があるってワケェ」
 まァ、と続ける。超改造された漆黒の巨槍を軽やかに回しながら。
「その覚悟を全員が持てたら訳無いんだけどねェ? ……精々足掻きなさいなァ。判断は、それからすればいいわァ」

 龍斗も同じく、『迷い』について「持論であることを前置きさせてもらう」と告げてから、新入生へと語り始めていた。
「天使・悪魔を除いた天魔の殆どは、人間がベースとなっている。云わば、俺たちは人殺しだ」
 局地災害として、天魔を討伐したら正義。しかしそれは、その天魔の家族から見ればまぎれもない殺人。「お前たちがやった事とそう、大差はないだろう」と龍斗は続けた。
「結局のところ、過去を清算する事はできん。だから、今は一日でも多く生きて、何を成すかを考えればいいさ」

「みなさーん、お疲れ様でーす!」

 と、そこへ、だ。快活な声。
 一同が見やれば、クーラーボックスをたくさん従えた木嶋香里(jb7748)が、皆へと手を振り替えしていた。
「差し入れです。訓練お疲れ様です!」
 休憩も訓練の一つですから、と香里は新入生達へレモンの蜂蜜漬けやレモネードを配っていった。
 女将業で培った交流術。その明るい笑顔に、緊張している新入生達の顔にも笑顔が灯る。美味しい、という声。おかわり、という声。
「おかわりならまだありますからね。あ、でも、レモネードの飲みすぎには注意ですよ?」
 そんな、賑やかな様子。レモネードを飲みながら、ジョンは遠巻きに眺める。
(悪魔の劇は終わったが。エンドロール後も登場人物の人生は続くのだな……)

「あなた可愛いね。プロレスに興味ないかな?」
 と、休憩中の一団――特に女子生徒へ、だ。顔を覗かせたのは桜庭愛(jc1977)だ。「私は『久遠ノ原学園美少女プロレス』の部長なんだけど」とニッコリ、いつもの営業に精を出している。
「プロレス、ですか?」
「そ、プロレス! まずは見学だけでもどう? なんなら訓練としても付き合うよ!」

 というわけで。

 愛は青いハイレグ水着のリングコスチュームを身に纏い、リング上に立っていた。そして周囲の新入生にも同じ格好を。だが些かセクシーなコスチューム、一同は恥ずかしそうだ。
「いーですか? 自分に自信がないから捕らわれるんです。まず視線を気にしないのが大切です」
 そんな彼女達に愛は堂々と言い放つ。愛は名は体を表すを地でいく美少女レスラーなのだ。では、と手を一度大きく鳴らす。
「基礎練開始! とりあえず受身100回!」
 華やかなイメージのプロレス。なのに地味な受身の練習、それも慣れてない者が繰り返せば体に痣もできるそれ――だがそれは決してイジワルや懲罰的な意味合いではない。
 受身を侮るなかれ。心身の鍛錬であり、全ての基礎である。地味で痛くてきつくても、それを乗り越えなければレスラーにはなれないのだ。
 受身の音と揺れるリング、そして励む新入生達――愛は彼女達を見渡す。「あと2セット!」「気合入れていくよー!」と檄を飛ばす。
 愛は切に願う。この中からいつか、共に闘うレスラーが生まれることを。

(――これは、営業だ)


 運動場以外でも、訓練は行われていた。
 久遠ヶ原島、海沿いの砂浜。

「撃退士だけではなく、体を動かす仕事全般に必要なのは基礎体力、それも足腰の粘りは重要です。特に実戦では、どこまで踏ん張れるかが生死を分けることもあります。そこで、今回の特訓は歩行です」

 という、黒井 明斗(jb0525)の宣言から、その歩行訓練は始まった。
 だがそれはただの歩行訓練ではない。全員、30キロ以上の錘を詰めたリュックを背負いの、10時間以上休憩なし行軍である。しかも砂浜、足が取られる。
 朝7時から始まったその地獄の行軍は、昼を迎えてようやっと『折り返し地点』であった。
 序盤でこそ進軍の中で新入生の中で語らいがあったものの、今は既に終始無言。ざふざふ、と砂浜を踏みしめる幾つもの足音が黙々と響くのみ。それもその筈だ、錘は新入生が負荷に慣れてきた頃合にキロずつ追加されてもいるのだから。
 明斗は行軍の先陣ではなく、一番後ろにいた。そこから新入生達を見守っている。同じように錘を背負って、だ。無暗矢鱈に指示をすることもなく、『見守る』ことを主眼に。
 容赦の無い初夏の日差し。誰もが汗だく。中には、ふらり、片膝を突いてしまう者が。
 どうしたらよいのか狼狽する新入生の中、真っ先に動いたのは明斗だった。だが彼は歩けなくなった者を通り過ぎて――最も体力に余裕のある者の肩に手を置いて。
「あの子に肩を貸してあげなさい」
「は、はい」
 指示通りに、その者は歩けなくなった者に手を差し伸べる。明斗はそれをやはり見守りつ、一同を見渡した。
「倒れた仲間は助けなさい。誰一人見捨てない、仲間を守り、仲間と共に歩むんです」
 伝えるのは連携の大切さ。撃退士は一人で戦うものではないがゆえに。
 かくして、行軍は支えあい、脱落者なく進んでゆく――。


 場面は再び久遠ヶ原学園内へ。
 廃校舎からは銃声が響いていた。
「おお、やってるやってる」
 屋上より双眼鏡でそれらを眺めているのはミハイル・エッカート(jb0544)だ。彼はインフィルトレイター専攻の新入生を集め、ペイント弾を用いてのサバイバルゲーム式訓練を実施しているのである。
 さて……ミハイルは腕時計で時間を確認すると、拡声器を取り出して。
「よーーし、そろそろ休憩にするぞーー。全員、エリアD校舎の屋上に集合〜〜」

 屋上に集まったのは、ペイント弾のインクまみれでヘトヘトの新入生達。
 まずはお疲れ、とミハイルはスポーツドリンクを皆に配り。ひと段落も兼ねて、座学としてのインフィルトレイターのいろはを話し始めた。
 気配を殺しても射線で居場所が特定される、カオスレート攻撃は諸刃の剣ゆえ乱戦状態で使うのは危ない、などなど――その語り口は決して教官めいてはおらず、友好的なそれだった。
「さーてと、基本はこんなもんかな」
 レクチャーを終え。ミハイルは一同を見渡した。そして徐に、『事情あり』の彼らに対し語りかける。
「――君らが不安がるのは当然だ。今は耐えて友好的な態度で示そう。少なくとも俺は敵視していないぜ」
 彼の言葉に、新入生は一様にハッと息を呑む。ミハイルは続けた。
「ここに馴染んで欲しい。昨日の敵は今日の味方だ、この学園は懐が深いんだぜ。割り切るやつも多いさ」
 でも、とその言葉に返事があった。一人の新入生。その子はかつて、久遠ヶ原学園の者と交戦したことがあるという。そう、ミハイルとも。
「ああ、」
 ふ、とミハイルは微笑を浮かべた。
「あれは仕事だ。だが今は味方だ。気が治まらないなら俺を負かしてみろ」
 言いながら立ち上がる。
「悩みが尽きぬなら、俺がいつも駄弁っているプレハブハウスへ来い。とことん付き合ってやるさ」
 そう言って――さぁ、休憩終わり! 午後の部始め!


 遠くから響いてくる訓練の賑やかさ。
 一方で、ファーフナー(jb7826)は新入生のカウンセリングを主に行っていた。
 彼は教室に集った新入生を見渡す。彼らの顔は決して希望に溌剌としているようには見えなかった。
 当たり前だろう――寧ろ『この状況』で希望に満ち溢れるような心の持ち主ならば、そもそも『恒久の聖女』に堕ちてはいないのだから。
「戯れに、まやかしの救いと束の間の居場所を与え、飽きたからと、無責任に放置して去って行ったサマエル。
 翻弄された挙げ句、放置され、拠り所をなくし、絶望的な気持ちだろう。敵対していた学園に本当に受け入れられるのか、疑心暗鬼だろう」
 じっと、彼らはファーフナーのそんな言葉に耳を傾け、視線をつぶさに注いでいる。
 その瞳の根底にあるのは迷い、不安。然らば。ファーフナーは思う。これからどう生きていくかの指針や希望が必要だ、と。ゆえに言葉を、続ける。
「人は、誰かのために生きているのだ。求められたら、応える。人のために努力することが、次第に生きる活力になる」
 だからこそ。ファーフナーは彼らを助けるのではなく、逆に助力を求める。
「我々は、その力ゆえに恐怖心を抱かれ迫害を受けることもある。だから学園で、1つ1つ実績を重ねて、証明していかないといけない。
 ……失敗もある。簡単なことではない。だからこそ、力を貸してほしい。頼む」
 頭を下げた。彼の言葉は決して上っ面などではない。
 ファーフナーは知っている。迫害の恐怖。拒絶の恐怖。その恐怖が心に植えつける憎悪。憎悪が生み出す無限の地獄。終わりの無い不安。
 新入生からの返事は――無いけれど。ファーフナーの言葉は、確かに彼らの心の拠り所となる。顔を上げたファーフナーの目に、先よりも光を帯びた新入生の眼差しが映った。


 とある校舎の屋上。そこは最も高い場所の一つで、そこからは学園内のあらゆる光景が目に映った。
 フィオナ・ボールドウィン(ja2611)は一通り、会見や特訓の様子を眺め――徐に、誰とはなしに、口を開いた。
「京臣ゐのり及び外奪の死という結果により、物理的な意味合いでは学園側の勝利であろう。その実、本質としては敗北だ」
 思い返すは【ギ曲】の事件。フィオナは遠くを見やりつつ、次いで、校舎を見やった。
「思想とは一種の呪い。此度の思想は既に蔓延し、確実に万人の奥底に固着している。……精々励めよ。呪いというものは忘れた頃に牙を剥くぞ」
 裏切られた、とフィオナは思っている。四国の件で、撃退士にも学園にも。
 だが「裏切られた」ことでフィオナは、『王』は、狼狽しない。悲観しない。憤慨しない。それすらも愉悦だと言わんばかりに余裕の笑みを浮かべてみせた。
「理想論が正論のごとく罷り通るわりに、裏切りが正当化される。たいしたものだ。この危ういバランスがどこまで保つか、愉しみだ」
 口角をわずかに吊り、碧玉の双眸を緩やかに細める。
 一陣の風にフィオナの金の髪が靡いた。かくして彼女は踵を返す。この先に待つ未来を『愉しみ』にしながら。



●未来へ進んでいくために

 たしかにサマエルを追い払うことはできたかもしれない。

(でも、俺達は同胞同士で殺し合いまでしてしまった……人類の勝利だなんて言える気分じゃないな)
 若杉 英斗(ja4230)は町を行く。すれ違う雑踏は【ギ曲】事件の後でも前でも変わらない。日常はいつだって続いていて――どこか、埋没するような心地を英斗に感じさせた。
 そういえばこの近辺で【ギ曲】事件の一つがあったっけ。そう思い、とある公園に足を伸ばす。
 かくしてそこに見慣れた教師の姿があった。
「棄棄先生、お疲れ様です」
「ん? おう、若ちゃんか」
 ベンチに腰かけた棄棄が英斗を見上げた。隣をポンポンと手で示す。座れよ、と。
「失礼します。あんぱんいかがですか?」
 促されるまま座りつつ、英斗は購買で購入していたあんぱんとパック入り牛乳を差し出した。
「食べる食べる〜〜」
 棄棄はそれを、笑顔で受け取り。

 景色を眺めた。噴水が見える。初夏の日差しに芝生が煌く。賑やかな声。遠巻きの喧騒。

 英斗もあんぱんを頬張りながら棄棄と同じ方向を眺める。
(そういえば、棄棄先生、以前ココでディアボロとハーフ天魔をズタボロにしたんだったな。力の加減ができないぐらい、ガタがきた身体で……)
 横目に見やった。教師の横顔。
「俺が久遠ヶ原学園に入学してから、もうだいぶ経ちます。そろそろ先生のお役に立てるぐらいにはなっていると思うんですよね」
「そだなー。俺、マジモードの若ちゃんにダメージ蓄積できる気しねーわ」
 英斗へ振り返った棄棄がカラカラ笑う。「俺は真剣なんですよ」と前置きして、英斗は視線を景色へと戻した。
「だから、今度何かある時は、俺にも声を掛けてください」
「はは。……ああ、……そーするわ。ありがとな若ちゃん、頼りにしてっぜ」


「よっ。具合はどう?」
 所変わって。九鬼 龍磨(jb8028)はアウル覚醒者の収容所に訪問していた。面会室にて強化硝子越しに笑いかけた先には、『恒久の聖女』上位構成員であった辺枝折 烈鉄が。
「おーっす九鬼くん、まぁぼちぼちやなー。そっちは?」
「こっちもぼちぼちかなー。うん、元気そうで何より。でももう戦えないって聞いたよ」
 着席しながら龍磨は烈鉄に向き直る。彼の片腕は無い。「せやなぁ」と烈鉄は残った方の手で顎をさすった。今度は彼が龍磨に問いを投げかける。
「残念? それとも安心した?」
「ん〜……両方」
「ほう?」
「……難しいよ。恨みつらみの籠った喧嘩は苦手だけど、君と闘うのは楽しかったから」
 言いながら、龍磨は鞄から一枚の写真を取り出した。
「記念に、砕けた武器の刃は取り替えずに仕立て直したよ」
 ぺらり。写真で見せるのは、改造した武爪格闘武器の影獅子だ。あの戦いで用い、そして、刃が砕けた兵装。直さなかった爪の欠片は棘として残されている。
「ぶははははは。さよかさよか」
 これはこれは。烈鉄は派手に笑っている。それは空元気などではなく、侮辱の意味でもなく、本当に愉快で笑っている声だった。
「そうそう、差し入れがあるんだ」
 写真を仕舞いながら、次いで龍磨が烈鉄に見せたのは――
「お菓子と、あとはカクテルレシピの本。君、カラオケでジュース混ぜてたでしょ」
「良ぉ覚えてるなぁ〜」
「にはは、まぁねー。片手でシェイカーを振る方法も載ってるし、ま、暇つぶしにね。お酒飲める年かどうかも知らないけれど、気に入ったらいつか作ってよ」
「おう安心しぃな、僕成人済みや。本かー、ええなー、ありがたく貰っとくわ」
「僕も君も、まだまだこれからが長い人生さ。よろしく、友達」
 硝子越しに拳を向けた。烈鉄は一瞬目を丸くして、それからクッと笑いを漏らし。
「あいよ」
 拳を向ける。ごつん。数ミリ越しに、拳を合わせる。


「久しぶり。元気そう……とは言えなそうだけど、また会えて好かった」
 翡翠 雪(ja6883)が訪れていたのは、アウル覚醒者用の更生施設だった。面会用の一室。そこにはかつて『恒久の聖女』側として事件を起こした元久遠ヶ原学園生徒、入谷タツコの姿があった。
「お久し振りです」
 雪の隣にはユウ(jb5639)が、同じくタツコとの面会を目的にその場にいる。雪の凛とした表情、対照的にユウの笑顔、そのどちらも、タツコにとっては居心地悪いようで……少女は椅子に小さく座ったまま、上目気味に二人の様子を窺っていた。
「もう聞いてるかもだけど。終わったみたい。その終わりに、私は立ち会えなかったけど」
「一連の顛末、お話しましょうか」
 雪に続いたユウの言葉に、タツコは「もう知ってるよ」と緩やかに首を振った。
「なんだか……夢を見ていたような心地。でも、現実なんだね」
 どこか疲れた、そして自嘲めいた笑みを浮かべつつ、タツコが自らの胸に手を添えた。
「ここにね、穴が開いたような気分。ガランドウで、虚しくて……ああ、終わったのね、全部……」
「でも、終わりは、始まりでもあるから。これで……ようやく、始まれる人も、居る筈だから」
 答えたのは雪だった。
「あなたは、力の意味を知った。持つ事の意味と責任を。強さと弱さを。だからこそ……。あなたは『盾』になれるって、私は思う」
 言葉を続ける雪の背中にはもう、彼女の半身たる大盾はない。けれど彼女は『盾』を失ったのではない。首から提げた盾を模したネックレス。それと、雪は静かに握り締める。
「私、は、……」
 タツコは俯き、膝の上で握り締めた拳にいっそうの力を込めていた。
「でも」――そんな言葉が出てくる前に、出てくるだろうことが分かったから、雪はタツコの前に。しゃがむ。顔を覗き込む。その両手に、両手を重ねる。
「護る事が免罪符になる訳じゃない。助ける事で赦される訳でもない。でも、それでも……今のあなたならきっと……私は、そう思う」
 真っ直ぐな瞳は揺るがない。確かなる意志を秘めてそこに在る。そう、雪が構える『盾』のように。
「何時か、あなたと共に立てる日が来る事を、私は願ってる」
「あるのかな……私に、『盾』になる資格が」
 それに対する返答は――ユウの抱擁だった。
「っ!?」
 突如のゼロ距離にタツコが目を見開く。けれど振り払ったり暴れたりなどはしなかった。驚いているが、どうして、という様子でユウを窺っている。
「……いいんです」
 ただ、一言。
「いいんですよ、貴方は」
 ユウは語らない。タツコが自らの生を絶たず、生きて罪と向き合い続けていることに対して。
 ただただ優しく抱きしめる。体温が伝わる。鼓動と温度に悪魔と人間の差異は無い。どちらも平等、同じように、生きていた。
「貴方は……、幸せになっても、いいんです」
 罪は苦しい。でも罪を苦しいと思えることは正常なこと。罪に向き合っているからこそ。けれど、その苦しさで自らの幸福を全て放棄するのは違う――たとえその考えが独善的だとしても。遺族からすれば許されない行為だとしても。
「罪を背負いながらも……それでも、貴方は、笑ってもいいんです。幸せになってもいいんです」
 それがユウの想いであり願いだった。
「どうして」
 タツコはぎゅうとユウの服を握り締める。
 どうして――どうして、その先はなんと言いたかったのだろう。溢れる涙に、タツコは忘れてしまった。
 ただ一つ確かなことは……虚無の心に、なにか、温かいものが満ちた感触。


「こんにちは。元気だった?」
 同じ施設の玄関口、訪問したのは山里赤薔薇(jb4090)。
「山里さん! 久し振り!」
 彼女を出迎えたのは遠藤 希理恵、かつて【ギ曲】事件において過ちを犯してしまった者の一人である。だが彼女と赤薔薇は確かな友情が結ばれていた。
「ありがとう希理恵ちゃん、玄関まで迎えに来てくれたんだ」
「うん、山里さんが来るって聞いたから」
 希理恵は本当に嬉しそうだった。赤薔薇が手に提げていた紙袋を見ると、「持とうか?」と問うてくる。「大丈夫」と赤薔薇は笑みを返した。だが希理恵ははたと紙袋を見つめたまま、
「ねえ、山里さん。それって、もしかして」
「……ふふ。なんだと思う?」
「じゃあ、同時に言ってみる?」
「いいよ。せーの、」

「「ケーキ!」」

 天気もいいので、庭で一緒に食べよう、ということになって。
 二人の少女は紅茶とケーキで談笑に花を咲かせていた。学園のこと、入学のこと。それから、とある学園生からのお土産も渡して。
 その中で赤薔薇は希理恵を見る。希理恵ちゃん、悩んだり苦しんでないかな――心配だった。だからこそ、フォークを一度止めて問うてみる。
「希理恵ちゃん、苦しい事とか悩みはない? 怖い夢見るとか……」
 その言葉に、希理恵は苦笑を浮かべた。
「……怖い夢、あるよ。それに……フッとした時に、ね。心の奥から……なにか黒いものが、ざわざわ這い上がってくるの」
 ああ。赤薔薇には分かる。罪悪感という、心の傷が。
「私も、そう。……同じだね」
 人を殺めた後は苦しかった。今でも苦しい。
 そっと、赤薔薇はテーブル上の希理恵の手を握り締める。
「苦しい時はね、いつも私がしてることなんだけど。……毎朝殺めてしまった人達にお祈りするの。教会やお寺に行ったり。今度、一緒に行こうね」
「うん! ……山里さん、ありがとう。約束ね」
「うん、約束。……ねえ希理恵ちゃん」
 顔を上げて、赤薔薇は微笑んだ。大切な、友達へと。
「あなたが居なくなったら不幸になる人が居る事を決して忘れないで。……二人で生きよう、全力で」
「……うん! これからも、……えへ。よろしくね、赤薔薇さん」
 希理恵はキュッと、大切な友達の手を握り返した。喜びの笑みと共に。


 世界は夕方を迎えようとしていた。
「……そこの不審者さん。なにを黄昏てるのかしら?」
 徐々に茜色を帯び始めてきた日差しを日傘で塞ぎつつ。シュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)は棄棄の顔をひょいと覗いた。
「シュルヴィアか」
 既に英斗とは別れた棄棄は相変わらず例の公園のベンチにいた。シュルヴィアに声をかけられ我に返ったような様子で、「もうすぐ夕方か〜」なんて伸びをしている。
「シュルヴィア、散歩でもしてたのか?」
「まぁ……ちょっと、ね。帰り道よ」
 本当は希理恵に会いに行こうかと思っていたのだが、そういえば面識がなかったな、と。というわけで赤薔薇に菓子折と栞を渡して引き返してきたのだ。
 ま、機会があれば入学後に会えるでしょ。そう思い。
「隣、よろしい?」
「あいよ」
 座りな、と棄棄がベンチの隣をぽんとたたく。シュルヴィアはそこに腰かけ、一つ息を吐いた。
「一段落……したみたいね」
「そうだな。はー、やっとこさだわ」
「これから『も』大変でしょうけど……忙しくなるかしら」
「そりゃ〜〜な〜……まだまだ問題は山積みだしな」
 まぁ良い方向に向かっていくさ。教師は苦笑し、生徒の横顔を見やった。日傘の陰の中、シュルヴィアは噴水の水が返す光に眩しそうに目を細める。
「受け持つ子が増えて……忙しくなりそうね?」
「おうよ。ま、今日だってボランティアで新入生特訓に付き合ってくれてる生徒もいるし、そこまで多忙にゃならなさそうだがな!」
「そう。まだまだ休めなさそうね。ご愁傷様? それともおめでとうなのかしら」
「それが教師ってモンよ、楽しいことさ。俺の生き甲斐だよ」
 緩やかな物言いだった。「そう」とシュルヴィアは答える。寸の間の静寂。遠くで踏み切りの音が聞こえる。
「――疲れは、しないの?」
 最中。不意に。シュルヴィアは問うた。棄棄の視線を感じ、返事が来る前に彼女は含み笑いをして先んじた。
「……何でもない。人だもの、誰だって疲れるわよね」
 言下にシュルヴィアは立ち上がり、振り返る。微笑を浮かべて。
「……さて、帰るわ。コーヒー豆切らしててね、お店閉まる前に行かないと。先生も、程々に帰ってらっしゃいね。……また明日。――って、ちょっと?」
 なんと。しれっと棄棄も立ち上がっているではないか。
「送るよ。俺も帰るかなーって思ってたし。コーヒー豆? オススメのお店? 先生も気になるわぁコーヒー牛乳好きだし。ああ晩飯まだならどっかで一緒に食ってくか? この近くに良い店があってさァ――」
 行こうぜ、と教師は生徒に笑いかけた。



●これからも生きていくために

「……結局、あの騒動で何が変わったんでしょうね」

 小楽園。それが、そこのかつての呼び名でもあった。『恒久の聖女』の本拠地があった場所。そして、【ギ曲】事件の終局となった場所。
 昼下がりを過ぎた光を乗せた風に、雫(ja1894)の銀の髪がふわりと揺らいだ。同時に風に流れるのは、雫が備えた花と、線香の細い煙。
「……恐らくは、最初の考えは私達と同じだったんでしょうね。天魔からの脅威を退ける。その為に円滑に動ける様にする為に権力を欲した……」
 静かに目を閉じる。あの最後の戦いとは打って変わって、静まり返った一帯。風の音だけが聞こえる。
「主張の裏付けをする為に選民思想を取り入れたのでしょうが、それが間違いだったんですよ。結果、騙され堕ちて貴方達が亡くなっても弔う人達も居ない」
 一部を除いては、と小さく付け足した。ここに来たのは、雫だけではなかった。目的は同一、弔いと鎮魂。
「憐れみはしませんが、貴方達の過ちは胸に刻みます。将来で貴方達と同じ轍を踏まない様に」
 俯き、雫が捧げるのは鎮魂の祈り――。


 誰も彼もいなくなった。
 けれど、遺された人はいる。
 ゆえに川澄文歌(jb7507)は『楽園へ至りしモノ』の親族や知人のもとへ一人ひとり、名簿と少ない情報を頼りに訪れていた。
 彼らの反応は――芳しくないものがほとんどだった。忘れたいんです、傷を抉らないで下さい、知りませんそんな人、うちとは無関係です。中には目的を告げるなり「帰れ!」と罵声と共に物を投げつけられる始末だった。
(それでも……)
 突き飛ばされ、散らばってしまった名簿を拾い集めながら。文歌は立ち上がる。スカートについた埃を払う。
(……彼らの生きた証を忘れない為にも)
 何かございましたら、いつでも学園を頼って下さい。堅く閉ざされたドアの向こうへそう呼びかけて。返事はない。けれど文歌は文句の一つも言わないで。
(願わくば、憎しみの負の連鎖を断ち切れるように)
 彼女の要請で、小楽園の跡地には慰霊碑が建てられることとなった。『楽園へ至りしモノ』の墓標として、だ。
「死は誰にでも平等です。私たちと貴方たちを隔てるものはない……。だから皆さんの魂が真に幸せでありますように……」
 空を仰ぐ。きっと今頃、『あの場所』には学園生達が訪れている筈だ。
「ゐのりちゃん、今度は一緒に歌ったり笑ったり、そんな普通の生活ができるといいね」
 そっと、雑踏に掻き消されぬよう、唇で紡ぐのは鎮魂歌……。


「……」
 雁鉄 静寂(jb3365)はそっと立ち上がる。その足元には小さな積み石。頼み込んで入手した外奪の眼鏡――彼の遺品が、この『墓』の下に埋められている。
 きゅぽ。静寂はバーボンのボトルを開けた。
「最期まで、あなたに言いそびれていたことがありました」
 ボトルを傾ける。琥珀色が静かに、流れ落ち始める――
「根っからの悪党が自分でそう名乗るとは思い難いです。そもそも根っからの悪党などこの世にいないと思うのです。元凶はサマエルか、その上の誰かかもしれませんが……」
 とくとくとく。流れる酒は重力に従い、小さな積み石に降り注ぐ。静寂は零れてゆくそれを、じっと見守っていた。
「わたし個人の想いですが、あなたを殺して大団円とは感じられません。サマエルにも背けず、撃退士に討たれる道に逃げた……そんな気がします」
 真相は、もう誰にも分からない。きっと本人に聞いてみたところで笑い飛ばされるのがオチなのだろう。だから、そうだ、これは、あくまでも、静寂の思い。静寂なりの結論、ケジメ。
「あなたに罪が全く無いとは言いませんが、討たれる以外では贖えなかったですか。……あなたと、もっと話したかったです」
 返事は無い――バーボンのボトルを戻す。注がれるものが止まる。まだボトルに残っているそれを、静寂は一息に飲み干した。二度と届かぬ言葉と共に。
「――……」
 言いたいことはこれで全て。これで決別。静寂は進まねばならないのだ。彼女の人生はこれからも続くのだから。
「それでは」
 踵を返す。
 歩いて行く――……

「……む」
 ひょっこり、静寂が立ち去ったのを確認してから、ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)は物陰から顔を出した。キョロキョロ。周囲には誰もいない。
「ヨシ……」
 少女は頷き、先ほど静寂がいた場所まで足を伸ばした。つまりは、外奪のささやかな墓。
「こんにちは……これ、差し入れ……ドゾー……」
 そっと、墓石の隣に置くのはアップルパイだ。十字を切って合掌という和洋折衷な追悼をすると、ベアトリーチェは墓石の前にちょこんとしゃがみこみ、徐に語り始めた。近況、分かっている限りの【ギ曲】事件に関するニュースだ。
「いろんなことがあって……これからもいろいろあると思う……」
 それから。次いでベアトリーチェが語り始めたのは、彼女自身の心情についてだった。
「色々だけれど……あの時……感じていた……助けるか否かの基準……モヤモヤ……継続……。だから……私は私の心に……従って……いく……いいかな……思った……」
 この世界は曖昧で。「正しい」が本当に正しいのかの確証もなくて。これが「現実は厳しい」ということなのだろうか。幼いながらにふんわり思う。だからこそ、自分の心を信じよう。それがベアトリーチェの――ジャスティス。
「偶に……お話……しに来る……。いいこ……分かった……報告とか……オタノシミニー……」
 スカートの埃を払いながら立ち上がる。夕暮れが来る。逢魔時。黄昏の風が彼女の髪と服を靡かせた。こんなにいっぱい喋ったのはいつ以来だろう。舌が疲れたような気すらもする――思いつつ、ベアトリーチェは踵を返した。
 一歩、二歩。

「小生……ガンバルゾー……」

 呟いた。気合を入れた。
 最後に振り返る。悪戯っぽく舌を出して。
「似てた……? ……ふふ」
 外奪のおにーさんが見てたら吃驚したかな。小さく笑って、小さく手を振った。
「またね……」
 さようなら、ではなく。また、いつか。


「長いようで……あっという間で……」
 蓮城 真緋呂(jb6120)は一息を吐いた。ガーデニング店で購入したユーカリの苗を、ちょうど小楽園跡地の片隅に植え終わったところだった。
 ユーカリの花言葉は「再生」「記憶]「慰め」――真緋呂は想いを馳せる。長いようであっという間だった、【ギ曲】事件の一つ一つを。

 たくさんの命が喪われた。
【ギ曲】だけでない、それ以前の【双蝕】事件でも、だ。
 救えなかった数多の命。ここは真緋呂の涙が染み付いた地。
 悲しい、やりきれない、後悔、懺悔……。

「喪った命は返らないけれど、せめてその行く先に救いがありますように」
 ヒヒイロカネより取り出したのは漆黒の直刀、火輪。ゐのり達に突き立てた刃。それを地に、そっと横たわらせて。手にしたのは、使い慣れたヴァイオリン。
 ――奏で始める。
 それは、一日の二四時間を楽曲にした連作音楽のヴァイオリンソロアレンジ。それは、二一時間目にして作曲者が死去したために未完の絶筆となった楽曲。
 その最後にして途中の、未完の最終楽章の名は――楽園<PARADIES>。

「最後は楽園。けれど未完……」

 その楽曲の演奏時間は実に十一時間を要する。
 けれど真緋呂は、それを自分のけじめとして奏で続ける。喪われた命の行く先に救いがありますようにと、一音一音願いを込めて。

 夕暮れと共に奏で始められた楽曲は、日が昇る時に終わるのだろう。
 終わり、そして、始まる。
 今日のように。明日のように。昨日のように。

(私は――望む未来へ歩き続ける。だから幕はまた上がり、きっと終わらない)

 私の命、続く命ある限り。
 人生という、愚かしくも美しく、憎らしくも愛おしい戯曲(ものがたり)は――


 ――続いてゆく。



『了』


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:23人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
心の盾は砕けない・
翡翠 雪(ja6883)

卒業 女 アストラルヴァンガード
盾と歩む修羅・
翡翠 龍斗(ja7594)

卒業 男 阿修羅
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
さよなら、またいつか・
シュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)

卒業 女 ナイトウォーカー
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
朧雪を掴む・
雁鉄 静寂(jb3365)

卒業 女 ナイトウォーカー
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
圧し折れぬ者・
九鬼 龍磨(jb8028)

卒業 男 ディバインナイト
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師
揺籃少女・
ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)

高等部1年1組 女 バハムートテイマー
天真爛漫!美少女レスラー・
桜庭愛(jc1977)

卒業 女 阿修羅